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泣きたい気持ちです。ず~っと長い間、見ないようにしてきたものを見るようになり、呆然としている自分がいます。私を介して9年前に生まれてきた、大切な命。彼が持つすべての力が、自由にのびのびと広がっていくことを願ってきました。あるがままの自分として、生き生きと、毎日を笑顔で暮らしていってほしいと願っていました。しかし今、彼にはそれができていません。可哀想に、枝葉は伸びる方向を失い、太陽の光すらじゅうぶんに届いていないかのよう・・・。私は彼の鬱屈したエネルギーを持て余し、本人の希望を叶えるかのようなふりをして母のところへ送ったり、家へ戻したりを繰り返してきました。「それだけでいいはずがない」と、どこかで気づいていながら、「これ以上どうしようもない」と、自分に言い聞かせてきたような気がします。最近、レメディーを摂って、自分自身と向き合うことができてきたおかげだと思うのですが、これまで視野に入れまいとしてきたユウの問題が、私の中で急浮上してきたのです。とにかく、毎日、彼の姿を目にするのがつらいのです。思わず涙が出てくるほどです。でも、泣いているだけではどうしようもありませんから、動かなければ。できることから、ひとつでもいいから始めたいと思っています。彼が私を必要とするのは、もうほんのわずかな時間だけです。朝起きて、「ユウ、大好きだよ~」と抱きしめると、「ママのオッパイが大好き!」と抱き返してくれる。「オッパイだけなの~?ママはどうなの~?」ときくと、「ママも大好き!」ともう一度、ギュッと抱きしめてくれる。おそらく3年後には、もうこんな朝はやって来ないでしょう。すでに母親の手には負えなくなった年代として、父親に託してしまうことも考えていました。でも、今、彼がまだ母としての私を必要としている間に、できるだけのことをやっておいてやりたい!という気持ちが、私の心の底から湧いてきているのです。それがイコール「引越し」になるのかどうかは、まだわかりません。でも、いろんな選択肢を検討して、今の自分たちに一番必要だと思われるものを選んでいきたいと考えています。これまではユウを見る目を半分以上つむってきたので、そろそろミンミも大きくなってきたし、ホメオパシーの仕事や勉強に力を注ぐときが来たのではないかと考えてきました。東京あたりで、託児もできるようなセンターを開き、講義や相談業務に集中していく時間を設けたいと、その準備をもう始めてもいい頃なのではないかと思ったりしていたのです。でも、私にはまだ大切な仕事が残っていた!これをやり残すことはどうしてもできない、したくない・・・と思うのです。ホメオパスとしての私、3歳児ミンミの母としての私、9歳の成長期にあるユウの母としての私。その3つが、ほどよく溶け合い回っていけるような暮らしを、落ち着いてイメージしてみたいと思っています。
2007/05/25
4月の14日に家を離れ、祖母(私の実母)の家でひと月ほどを過ごしたユウを迎えに、勝浦まで行ってきました。今回はウーファさんが同行してくれたので、運転のほとんどを頼むことができて助かりました。数日遅れの母の日のプレゼントということで、2泊3日の中日は漁港の近くでお寿司を食べ、一緒に髪を切り、買い物に付き合い、まるまる一日を母のために過ごしました。母も久しぶりに孫2人と長い時間を過ごせて嬉しそう。ミンミも、先月の悔しい思いはすっかり消え去り、今回は自分も祖母の家に泊まることができて満足した様子です。ああ、よかった!帰りは、『100万円の家づくり』の小笠原さんを訪ね、千葉市内の叔母の家にも立ち寄り、途上で無農薬野菜のビュッフェスタイルレストラン『四季こよみ』で夕食をとって帰ったのですが・・・このレストランで食事中に、隣に座ったユウがこんなことを言いました。「ママ、『なりたい人』と『夢』ができたんだ」「え?ホント? それ、なあに?」「あのね、『夢』は家族みんなで食事をすること。家族っていうのは、ママとチャーチャン(私の母のこと)とミノリとユウと父ちゃん(ミノリの父親)とパパ(ユウの父親)とパパのおばあちゃん(沖縄のユウの祖母)」「へぇ・・・それじゃ、早くしてあげないとね!沖縄のおばあちゃんが一番お年寄りだから、元気なうちにね」「うん、そして、ユウがおごるの!それが『夢』」沖縄のおばあちゃんが聞いたら、間違いなく泣き出すだろうなぁ・・・。ユウは、パパの家にいる年老いたおばさんが、いったい自分とどういう関係なのか、去年の誕生日あたりまで知らなかったようなのです。去年、おうちに数日間お世話になって、誕生パーティーを親戚一同に開いてもらって、ようやく祖母と孫という関係性がつかめたらしいのですね。さて、話をレストランに戻すと、ミンミとウーファさんが席を外して、誰も周りにはいないのに、コッソリと耳打ちしてきました。「そしてね、『なりたい人』は、宝くじを当てて犬や猫をみんな山へ返す!」『なりたい人』すなわち、将来どんな仕事をしたいかということなのでしょうね?そういえば数分前に、「犬や猫ってすごく高いんでしょう?5万円とか10万円とかするんでしょう?」と尋ねて来たのでした。ペットショップで売られている犬や猫のことを言っているのかな?それを買い取って山へ返すと言ってるのかな?「だって、すごく暑くて狭くて可哀想なんだよ!」両目には涙があふれんばかりに溜まっています。きっとお友達の家でテレビを見た際に、そういう番組が流れていたのでしょうね。ふだんから同情心が強い子だなと感じています。このユウの表情は、以前にも一度見たことがありました。「ママが父ちゃんを嫌ってるから!」と言って、私と前夫が別れることになった直後、私をなじったことがありまして・・・あのときも、義父への同情心が強くあったのでしょうね。出て行く自分たちよりも、残される義父のほうが気の毒に見えたのだと思います。ユウが大人になるころには、犬や猫たちよりも、捨てられてしまったお父さんたちを保護する施設が必要になっていたりして・・・。~・~ もうひとつの日記はこちら ~・~ 富士ヶ嶺MOMの家 ~・~
2007/05/17
昨日、ウーファさん2人をのぞくすべての人たちが帰っていきました。延べ何十人の人が出入りしたんだろう・・・とてもにぎやかでした!楽しいこともたくさんあるのですが、人があまりに多いと、食事やおやつの人数計算であるとか、作業の指示、それからそれぞれが必要とするものを探して回ったり、やっぱり神経や気を遣うんでしょうね。みんなが帰った後、ドドド~ッと疲れが襲ってきました。一度、杉の大木を動かすために力を使って、腰(というより脚の付け根のあたり)がとても痛くなり、痛みで体がボ~ッとしてきたので、ラストックス(蔦漆)のレメディーを摂ったんです。痛みは1時間もしないうちに取れました。しかしながら、それがまさに私のラストックス的な部分に作用したらしく、今度は喉の痛みが出てきました。翌朝になり、あまりに左に偏った痛みだったため、ラカシス(ブッシュマスター毒)の高ポテンシー(うんと希釈震盪したもの)を摂りました。この痛みもほどなくして消えました。これで全部終わりかな?まだあるような気がする・・・そう思っていたら、来ました来ました!肺や胃の辺りから、ゴロゴロゴロと空気が下りていく感覚と痛み。まさしくこれは、つい先日までミンミが苦しんでいたロタウィルスでは!?心身のバランスをちょうど崩していた私が、感染してしまったんですねぇ。これから3日間は、安静に休みたいと思います。体は賢いから、無理をしたときにはちゃんと要休養のサインを出してくれます。それに気づいて従いさえすればいいんですよね。でも、無理をしすぎないということがまず肝要かなとも思いました。何でも引き受けちゃう自分を正したほうがいいはず。それにはもっとありのままの自分自身を認めて、自信を持つことかな。「何もできない私、何も持たない私でも十分」だって、そう心から思えるようになれたらいいんだよねって思います。(いくつになっても学ぶことは多いですね・・・笑)~・~ もうひとつの日記はこちら ~・~ 富士ヶ嶺MOMの家 ~・~
2007/05/06
大阪から来てくれているDさんとは、実はシングルマザー同士、お互いの恋愛観を語り合うことで知り合ったのでした。Dさんはmixiにも入っているのでさっそくマイミク同士になったのですが、彼女のトップ画像に使われている写真が、フランスの有名女優アヌーク・エーメ。とてもキレイな女性です。このAエーメの代表作といえば、『男と女』(原題は『Un Homme et Une Femme』忠実に訳すると、『ある男と女(の物語)』って感じなのでしょうけれども)ですね!私も最近ですが、ビデオを借りて観ました。そして、Dさんと一緒に観たいなと思って、この恋人たちの20年後を描いたという映画『男と女 2』(原題は『Un Homme et Une femme :20 ans deja』忠実に訳すると、『ある男と女(の物語) あれから20年』って感じ?)を借りておいたのです。男性陣もいたし、夜は疲れて眠いしということで、これまでずっと観る機会がなかったのですが、今日こそは!ということで、夕方のひととき、スージー(途中で寝てしまったらしいけど・・・笑)を交えて3人で鑑賞することにしました。50代半ばという設定のAエーメですが、美しすぎる!(好みじゃないけど・・・) そして、ジャン・ルイ・トランティニャンも、Dさんによれば「オジサンになっている」ということでしたが、なかなか素敵な中年ぶりでした。彼が扮するジャン=ルイには今、息子の奥さんの妹という若い若い妻がいるにも関わらず、アン(Aエーメ)と再会して、心が惹かれてしまいます。私はどうしても、妻のマリー=ソフィーに感情移入してしまい、「フランスの恋愛至上主義って一体何よ~っ!」と、怒りにも似た感情がこみ上げてきてしまったり・・・だって、そりゃもちろん、恋の炎の前には出会った順序もへったくれもないのでしょうが、これじゃあんまりだよな~。アンだって、そんなに好きなら、前作(亡くなった夫の思い出が強すぎてジャン=ルイとの恋愛を成就できなかった)から10年経ったあたりで連絡取ったらよかったじゃないの!と思ったり。しかし、アンの美しさ、またジャン=ルイにしても、日本の50代にはなかなかああいう男性はいませんよね。「フランスでは、いくつになっても女性は女性として扱ってもらえる」と聞き、フランス語の先生にも「マユミさん、いい人がいたら紹介するから、フランスに来て恋愛したら!?」と勧められたり、「う~ん、子育て終えたら、そんなのもいいかも!」と半ば乗り気になっていたのですが・・・。いや、何が・・・かって、ああして磨かないとやっぱりダメなんだろうな。キレイに若々しくしているからこそいくつになっても女性として扱ってもらえるわけで。(しかし、いくつになっても女性として若い女性とも張り合わなければならないわけで!それも大変そうだしなぁ)以前観た『まぼろし』という映画の女優さんもそうだったけど、やはり50代でありながら、美しく装っているのです(こちらも実は私の好みじゃないんだけど)。果たして私にできるかどうか、てんで自信がありませんね~。(でも、先生曰く「日本人女性は若く見えるから大丈夫!」)それよりは、日本のふくよかな表情の「おばあちゃん」になるというほうが、なんとなくシックリ感じられる私なんです。(いや、それは60代、70代からでいいのか・・・?)しかし、マリー=ソフィーがジャン=ルイと出会ったシーンといい、アンとジャン=ルイが20年ぶりに再会したシーンといい、女性の目が違う!完全に「あなたに気があるのよ」という目つきをしているんですよね。これはやっぱり、私には真似できないでしょう・・・絶対に。そう思うと、フランス遠征恋愛計画も、もろくも崩れ去るような気がしてきました(笑)。残念ですが、日本で枯れておばあちゃんになることを選んだほうがよさそうです。~・~ もうひとつの日記はこちら ~・~ 富士ヶ嶺MOMの家 ~・~
2007/05/05
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