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プエブロに伝わる話に、「太陽へとぶ矢」という物語がある。むかし太陽の神は、命の力を一本の矢に換え大地に向かってはなった。その矢はプエブロの村に届き、ひとりの娘にあたった。やがて男の子が生まれる。男の子はすくすくと育つが、村の子供たちに父親がいないことでいじめられる。ある日、男の子はお父さんを探しに行くことを決め、トウモロコシ作り・壷作り・矢作りのところを訪ね、矢作りに一本の矢に作りかえられた少年は太陽の神の元へと飛んでいく。太陽の神は少年に、ライオン・ヘビ・ハチ・稲妻のキバと通り抜けるという試練を与える。少年は無事そこを通り抜け、見違えるように成長し、太陽の神の子であると認められる。そして、人間の国に太陽の心を持って帰るようにと、再び矢に姿を換えプエブロの村に戻っていく。というお話だ。私には、この物語でちょっと腑に落ちないところがある神宮輝夫さんの日本語訳では、男の子が試練を受けるのは4つの“部屋”になっているが、英語版ではkiva になっている。キバというのは神聖な儀式をする場所であって、こういうライオンや蛇などの試練を受ける場所なのだろうか。そして母系社会のプエブロで、父親がいないということで、それほどいじめられるのだろうか・・・ということ。このお話は“プエブロの話”となっているけれど、元々こういうストーリーだったんだろうか・・・。マウンテンライオン(moroさま撮影)よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月31日
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自分で織っているラグ、・・・・の小さいの。ナバホ織りは、羊毛を手で一段一段織っていくのだが、織った後に特大フォークでバンバンと上からたたいて密にしていく。ナバホでは4つずつ、バンバンバンバン、バンバンバンバンと叩いていくのが、よいのだそうだ。ナバホ織りは、基本的には左右・上下対称なので、デザインもそのようにして、出来上がりが縦も横も対象になるように目を作っていく。私のような初心者は、そうやって叩いていくうちに、だんだん縦が押しつぶされて、一番上まで織り終わる前に、予定のデザインが出来上がってしまい、上に隙間があいてしまうことがよくある。でも隙間をあけておくわけにはいかず、天辺まで織らないとラグにならない。そこで、どうしたものか・・・と、最初のデザインにない模様を入れてみたり、だんだん集中力が切れて織り方が変になったりして、だんだん思っているものとは違うものになっていってしまうことがある。そんなふうにヘンテコになってしまい、模様も角も綺麗に決まらず、手の施しようのなくなってしまった私のラグ、ナバホ織りの先生のところで入院治療してもらったところ、私が織った部分はうまく残し、縦の長さや角を修正して、すっきりと生まれ変わって、私のところに戻ってきたこれで完成させるのも楽しみになった。あと一息。9月の教室までには完成できそう。ありがとうございましたDIBEさん開発の小さいナバホ織り用織機“ミニナバホ”で織っている小さなラグよかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月29日
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ナバホでは1年を one winter year と数えたりと、冬をいつく越えたかで年を数えていくそうだ。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月28日
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昨日送られたきたビーズ細工のドリームキャッチャーやラグを織る織機は、アリゾナのアンテロープから送られてきたのだが、旅から帰ってすぐにキャロルに日本の農作業用の帽子を送った。Yokoさんの名を借りて、Yoko Hat と呼んでいる。Yokoさんが日本から持っていったフードの付いた帽子が大受けで、友達にもあげたいので是非欲しいという。サンバイザーも好きだというので、探してみたら素敵なものがあった。農協のおじ様たちもとても親切で、これはどうかと尋ねたいので、写真を撮って送ってもいいかと聞いたところ、「モデルになってやればいいじゃないかい」「いや~、俺は遠慮しとくわ」といいながら、うまく撮影できるよう協力してくれた。今回のモデルは長靴にお願いしました向こうでも、「こんな帽子ナバホにはない!」と喜んでくれている。この帽子、気をつけてみていると、農作業だけでなく庭先でガーデニングに被っている人もいたりする。都会では、このフードの部分がおしゃれなデザインになっているものもあるというから、案外日本でも隠れた人気があるのかもしれない。ナバホの夏に彩りを加えたYoko Hat達日本から海を渡ったYoko Hatがナバホではためき、そしてナバホの素敵なビーズ細工がまた海を渡って日本にやってきた。女性達の小さな交流、こうして何か続いていくといいな・・・よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月27日
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ナバホでみんなが注文したドリームキャッチャーとナバホ織りのミニチュア織機が、とうとう届いた!ひとつひとつ丁寧に赤い紙に包まれてビーズと木片で作られているこの作品は、もちろんインディアンの女性の手作りで、織機には織りかけのラグと、ドリームキャッチャーにもラグがついている。 そして、そのひとつひとつに、ラグを織るための羊毛をカードするカーダー、糸を紡ぐナバホスピンドル、そして織るためのバタンとフォークがついている。ドリームキャッチャーの裏側これは作るのに時間がかかるんだろうな。そして、ひとつひとつラグも模様が違う。その上、ちゃんと伝統的なパターンになっている。私は織機を頼んだのだけれど、ドリームキャッチャーも頼めばよかったなあ・・・・そして私にはラグも送ってくれた。嬉しいなあよかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月26日
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ナバホ・ホピ・アコマへの旅があまりに楽しかったので、旅から帰って写真交換などを理由に八ヶ岳に集合した。企画が持ち上がって連絡して、あっという間に「行きます!」と返事が来た!サマーキャンプ引率のため泣く泣く参加できなかったTさんを除き、全員があちこちから八ヶ岳山麓までやってきた。森の中でバーベキューも楽しんだ。近くの温泉に入った後に見たホタルの群れは、幻想的で素敵だったそうだが、残念ながら私は見逃した・・・・・アリゾナの旅行は本当に楽しかったし、こうして皆が集まれるってのも旅が楽しかった証拠。旅が終わった後も、二度三度とあの旅を楽しんでいる。 よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月25日
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ナバホ織り教室で、ご一緒させていただいている華ちゃんはとても絵が上手。毎日、絵日記を書いているそうだけれど、それが本になるくらい、とってもほんわかして見ているだけで楽しくなる。そんな華ちゃんのもうひとつの特技が、消しゴムでスタンプを作ること。私もMorozumin 様にデザインしてもらったSinging Flower のマークを、スタンプにしてもらった。できあがって気づいてみれば、スタンプの文字は裏からみた文字を彫っていくのだ。カッターと消しゴムでこんな素敵なスタンプができました!最初にどこに使おうかな・・・・あまった消しゴムでリサイクルのスタンプまで作ってくれました。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月24日
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今まで私が本やインターネットで見てきた景色は、そこに住む人々に出会うことで大きく変わった。今まで平面だったものが、立体になった。それもとてもふんわりとした空間になったような気がする。私が出会った人、話を聞いた人は、全体からみればほんのわずかな人達だ。見ている面もほんの一面から見ているわけで、全容というわけではない。そんな私がこうして旅を報告することに、どんな意味があるのだろう・・・。同じ場所を訪れている方もたくさんいる。旅の記録のブログはたくさんある。そんな思いもあったのだけれど、キャニオンデシェイのアダムさんの話の締めくくりの言葉、”Thank you for being here with us. Tell the wonderful experience of Canyon de Chelly to your family and friends as your story.”、それを聞いて、私は私が経験したことを、私の周りにいる人達に自分の言葉で伝えていけば、それでいいのだと思った。これは私の見聞きした、全体からみたらほんの一面であるけれど、こうやって暮らしている人々がいることを、私のストーリーのひとつとして、自分の言葉で、身近な人に聴いてもらえばいいのだと。長い間、私の話を聴いて下さってありがとうございました。旅の報告はこれで終わります。旅の後日談は、まだ続くんですけどね♪ よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月21日
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初めてのロスアンゼルス空港♪ここはアメリカ、残ったドルでおやつ用のお菓子を買って、「ああほんとうによかったなあ。みんながこの旅に参加してくれたから、私もここにこうして幸せな気分でいることができる」と感慨に浸っている私に、ツアーのみんなが思いがけないプレゼントを用意してくれていた。たくさんの暖かいメッセージと、コーラルとシルバーの素敵なピアス。私ひとりでは、アメリカで車も運転できないし、たとえやってきたとしても、景色を見ることはできたかもしれないけど、こんな貴重な体験はできなっただろうな・・・、ほんとうにみんながいてくれたからツアーも成立して、ありがたかったな・・・・と思っていたのは私の方だったのに。なんだか嬉しくて、たくさんの人がいるロスの空港で涙が溢れてとまらなかった。ターコイズやシルバーは買ったけど、赤いジュエリーが欲しいな・・・と思いながらも、結局買うことができなかったコーラル。どうして私が赤いのが欲しいな・・・と思っていたのが、わかったんだろう?口にしたことはなかったはずなのに。。。。寝言でも言ったのかな。。。。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月21日
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アルバカーキの最後の夜は、5泊6日を一緒に旅してきたEagle Feather Tour のふたりとのお別れの時。私達からのお礼の気持ちを、オノマトペや歌、そして日本から用意してきた“おむすびころころ”のお話で伝えた。 (Copyright (c) Morozumin. All Rights Reserved.)最初に訪れたサンディアではふたつの虹に迎えられ、その嬉しい予感も的中し、旅の間中私達は貴重な体験や素晴らしい時間を持つことができた。ほんとうに楽しく、またたくさんのことを学ぶ機会のある旅になった。私達日本人の容姿は、時としてインディアンの人達に似ていて、Oさんのように叔母さんにしているといわれ、ナバホシスターと呼ばれていた方もいたくらいだ。ふとアメリカ人のツアー客をみかけて、ああここはアメリカだったんだと気づいたりもした。行く先々、ナバホ・ホピ・アコマの人々に受け入れていただいたように感じた。私達の容姿が似ていることもあっただろうが、私達を連れていってくれたのが、ナバホ族のチャーリーだったということが大きかったように思う。チャーリーが連れて来た人達だからと、大切にしてもらった部分もあったと思う。ナバホの神話の"最初の男と最初の女が生まれた場所“・ハーファーノの出身であるから、皆とても大切にしてくれるとチャーリーが言っていたけれど、アメリカナイズされた生活をしているナバホの人々の中にも、そんなふうにナバホ固有の伝統というのが今でもしっかり根付いているという感じがした。12人のメンバーのうち、半分くらいはこの旅で初めて会った方たちだったが、ほんとうにいい旅の道連れになった。お土産においてきた“おむすびころころ”の中には、Miさんがツアー中に撮ったものを現像し、夜中までかかって貼ってくれた写真もある。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月20日
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ツアーでのキャニオン・デ・シェイのキャンプの日、アダムさんから聴かせてもらったナバホストーリーテリングの中での「影」の話は、忘れられない話のひとつだ。アダム・テラーさん(Kさん撮影)影は生きている間ずっと共にいて、良いことも悪いことも、その人がこの世でしてきた全てを覚えている。そして亡くなるとその影は創造主のところに戻り、その人が生きている間にしてきたことを全て話すのだという。ナバホでは、そんなふうに考えられている。誰も見ていない、誰も気づかないと思っても、悪いことをすれば影は必ず見ているよという教訓的に用いられたり、誰も気づかないかもしれないけれど、あなたの小さな優しさを影は見ているよ、人知れずしてきた努力とか、誰にもみせない悲しさや寂しさも影は知っているよという癒しにもなっているのだろうか。あれから自分の影を、改めて見つめたりしている。薄くなって、いつか消えてしまうまで、この影と私はずっとずっと一緒に歩いていく。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月19日
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アルバカーキの街の中を、私達を乗せたバンは走っていく。まわりには他の住宅に混ざって、アドベ風の家がたくさん建っている。その多くは、基本構造は他の近代的な建物と同じで、外壁だけをアドベ風に塗ってあるもののようだ。そんな住宅街のすぐ近くに、ペトログリフ・ナショナル・モニュメントはある。ビジターセンターに寄り、そこから少し離れた場所にある遊歩道のようなところを歩いていく。“ペテログリフ・ナショナル・モニュメント”のビジターセンター小高い丘は、黒い火山の溶岩で覆われていて、そこに2万ともいわれる、たくさんのペトログリフ(岩絵)が残っている。ニューメキシコを走っている時には、結構道の端に溶岩が残っていることころがあったが、ここも一帯に溶岩が広がっている。昔の人々が描き残した岩絵もたくさんあるけれど、いたずら書きのようなフェイクのものや、銃を撃った跡などもあり、とても残念だと思う。この小高い丘の反対方向に目を向けると、住宅地が広がっている。ここから街がよく見渡せる。逆に言えば、街からもこの場所がよく見えるということだ。この辺りは聖なる場所で、住居の方からも見えるこの場所に、昔の人々は祈りを込めてこのような絵を描き残したため、ペトログリグがこんなにたくさんこの場所に描かれているのではないかということだった。この岩絵ひとつひとつに、当時の人々の祈りが込められているのだ。 よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月18日
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儀式をする場所は、ナバホではホーガン、そしてプエブロのホピやアコマではキバだ。ナバホのホーガンアコマのキバは、梯子で平らな屋根に登って、そこにある入り口から中に降りていく。一階には入り口はない。アコマのキバホピではどうなっているのかな・・・と思っていたけれど、Moroさまがホピカルチャーセンターで模型を見てきてくれたおかげでようやくわかったが、地下に掘られたキバに梯子で下りていくようだ。精霊はこのキバを通ってやってくるので、私達もカチーナダンスは土から遠い屋根の上に上って見せていただいた。ダンスが行われた広場の真ん中に、もしかしたらキバがあったのかもしれないが、そこは定かではない。トミィさんに聞いておけばよかった・・・ホピのキバの入り口・イメージプエブロの先祖であるアナサジのキバは、石を円く積み上げた形になっているそうだ。また2004年に訪れたチャコキャニオンでは、丸く大きな部屋が地下に掘られていた。チャコキャニオンのキバよかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月17日
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カルチャーセンターの中にある、ヤッカカフェで昼食。私はもちろん、楽しみにしていた“バッファロー・バーガー”!「バッファロー・バーガーを食べたよ」というと、皆一様に「えっ~!!!」と驚き、「硬くない?油っぽくない?においは?」と聞かれる。それが予想に反して、バッファローは柔らかいし、アッサリしている。においも気にならないし、牛肉より軽い感じだ。後で調べたところ、高タンパク・低脂肪で、牛肉に比べローカロリーなのだそうだ。案外、ヘルシーなダイエット食かもしれない。バッファロー・ジャーキーというのもあるらしいので、旅の最中お店でずっとチェックしてきたけれど、とうとう見つからなかった。バッファローは確か平原に住んでいたのが、昔交易でサウスウェストにもやってきたのだと思うけれど、毛皮はコート・かばん・敷物・ドラム等(平原ではティピに)に、骨は武器や装身具に、内臓は水を運ぶ袋に使われ、バッファローダンスのように儀式にも用いられている。そしてもちろんその肉は食用として、大切なものだった。一頭の命を頂いたら、余すことなく利用したのだ。カルチャーセンターにあった像よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月16日
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インディアンの人々も部族によって髪型が異なっていて、プエブロのホピやアコマでは、おかっぱの男の人が多く、長髪の人は見かけなかった。ナバホでは、男の人が髪を伸ばし束ねている姿をよくみかけたが、これはナバホでは、“髪は思慮深さを秘めるものであるという信念”のために、ナバホの人は髪を切らないからのようだ。アコマでは女の人は、家に関することは全てやらなくてはいけないので、とても大変なんだとクリスさんは言っていた。パン焼き釜“オルノ”で焼いた白パンを売っているという話もきいたけれど、「今日は売っていないのかな」と思っていると、チャーリーがどこからかフライド・ブレッドを手に入れてやってきた。売っていたのか、知り合いからいただいたのかわからないが、アコマでもフライド・ブレッドは食べられているようだ。スカイシティから下の平地にあるカルチャーセンターまで、帰りは急な坂道を下っていくことにしたのだが、その道案内してくれたのは子供たち。足を滑らせたら、下を歩いている人達を巻き込んで、ゴロゴロと一気に墜落してしまいそうなその石の階段を下りていくのは、ちょっと怖くて、両端の岩に手をかけ慎重に下っていった。(Showちゃん撮影)けれど、子供たちはピョンピョンと身軽に下っていく。100mもの高低さのある階段も、いつもなら2分くらいでかけ下りてしまうそうだ。(Showちゃん撮影)「普段、何をして遊んでいるの?」というshow ちゃんの問いに、「バスケットボール」と答える。こんな高いところでボールが転がり落ちたら、さぞ大変だろうと思ったら、バスケは平地にいる友達のところでするのだそうだ。無事平地に到着ここからカルチャーセンターまで、ぶらぶらと歩いていく。舗装した道が緩く右に曲がっている、その先にセンターはある。「学校はどうしているの?」とクリスさんに聞いた時に、「スクールバスで〇〇まで行っている。ずっと遠くの△△まで行っている子もいる」と言っていた。アメリカでは、黄色いスクールバスが、あちこちで大活躍しているようだ。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月15日
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スカイシティではドンと建っている教会が目を引くけれど、ここにもプエブロの人達の儀式の場キバがある。観光ガイドなどには、教会の方が大きく取り上げられているけれど、アコマの人々にとっては、キバがとても大切な場所なのではないかと私は思う。クリスさんが座っているのが、キバの屋根に登る梯子。足元にあるのは換気用の穴で、一階には入り口はない。この梯子を上り、天井に開いた入り口から中に入る。ここで、神聖な儀式や大切な会議が行われる。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月15日
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スカイシティの端に立っている大きな建物は、サン・エステバン教会。1629年に建築を開始し、完成は1640年である。その30フィートの梁は、カワシティマまたはマウント・テイラー山から、30マイルの道のりを運ばれてきたもので、教会の墓地の土はメサの下の谷から運び上げられたという。教会の中と墓地は撮影禁止教会の壁の色はピンクで、母なる土地の色をしているそうだ。そして壁の厚さは2mもある。中は天井が高く、ひんやりしている。11年の歳月がかけられた建設も信仰も強制的であったようで、アコマの歴史の中では複雑な存在のように感じた。当時の人々はこの大きな梁や墓地の土をどんな思いで、この高い場所まで運んだのだろう。お墓もたくさん残っているので、信仰する人、しない人の間でいろんな思いが残っているのではないかとも思う。今は結婚式なども信仰にかかわらず行われているようだが、この教会の牧師はアコマだけでなく、他のプエブロ、そしてナバホも協力して追い出したという歴史があるようだ。連絡の手段を持たない人々は、伝令が走って決起の日を伝えるなどして蜂起したそうだ。当時、足が速いというのは、かなり大事な能力だったようだ。そしてそういう伝令のこと、あるいは伝令が伝わっていくことを、“モカシン・トレイル”と言ったそうだ。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月14日
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小さな穴のあいた丸い陶器。コロンとしてかわいいけれど、いったい何に使うのだろう・・・とずっと疑問に思っていた。一輪挿しにしても水が入れにくいし、あまり花が咲かないプエブロで、これほどたくさんの花瓶を作るのだろうか・・・、いったい何なんだろう・・・・。その疑問がようやく解けた。これはトウモロコシの種、乾いたコーンを保存しておくもの。収穫し、種用に干しておいたコーンをここに入れて、翌年の種蒔きの時までとっておく。壷の柄もきれいだから飾っておくにもいい。そして種蒔きの時期がきたら、これを畑に持って行って投げる!割れた陶器から飛び散ったコーンから芽が出て、トウモロコシになり、壷はまた自然にかえるというわけだ。ルイスさんの作品こちらの口が二つあるものは結婚式に使う壷。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月13日
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アコマプエブロは、その幾何学模様の壷作りで有名な部族だ。ガイドは、チャーリーの知り合いのクリスさんがしてくれている。クリスさんは、今はもう亡くなっているが、ルーシー・ルイスさんという有名な壷作りだった方のお孫さん。ルーシーさんの娘さんたちもまた壷作りをしていて、だんだん名が売れてきているそうだ。アコマの壷の特徴は、幾何学模様と赤・白・黒を使っていることではないかと思う。100%ハンドメイドのものとブルウェアーと呼ばれるセラミックを使った型に色をつけたものとがある。100%ハンドメイドは、文字通り手作業で粘土をこね、形作っていくものである。 ルイスさんのお店 ルイスさんと壷写真を撮ってもいいとOKをもらったけれど、あまり写真は好きではなさそうなので作品だけアップ道の端に台を置き、陶器を並べて売っているお店がいくつかある。ルイスさんのお店で作っているのは、100%ハンドメイドのものばかりだが、中にはブルーウェアをたくさん扱っているお店もある。でも売っている人に尋ねると、「100%ハンドメイドのものはこれだよ」と教えてくれる。そしてブルーウェアのものは値段も安く、それはそれでかわいい。 ハンドメイドのお皿(ルイスさん作) ブルーウェアのクリスマスオーナメント (ブルーウェアと呼ばれるものが全部青い色をしているというわけではない)壷を焼く焼き釜はパンのものより大きく、火力も強いのでスカイシティではなく、ずっと向こうに見える山の方に釜があるそうだ。また、薪はその山からとってくるとのこと。そしてスカイシティの上には水溜りがいくつかあり、壷作りに使っているそうだ。ルイスさんの家の前にある水溜りは、飲むことができるそうだ。飲み水の多くは、今は下から運んでいるのだと思うけれど。壷作りに使う水よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月12日
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バスから降りて目に入るのは、土色の土地とそれと同じ色のアドベつくりの家々。ベースの色は、全体的に薄い赤茶色と抜けるような空の青だ。そこに、たまに青く塗られた窓枠もあるが、多くの家の窓や梯子に塗られた白、そして家の前に停まっている車の色が加わる。最初の建物は3階建てで、一階が貯蔵庫、二階が住居、三階が調理をする場所だったそうだ。他の建物は2階建てや平屋で、屋根は皆平らだ。家の中には階段がなく、はしごを使って上の階へのぼっていく。平らな屋根では食べ物などを干したり、壷などを作ったりいろんな作業をしていたそうだ。そして、敵が攻めてきた時にははしごをはずし、家の中に入られないようにしたのだそうだ。雲母を窓に使っているも家が一軒あるが、今は他の家の窓にはガラスが使われている。雲母の窓の家パン焼きの釜があちこちにある。高温で釜を熱し、そこにパン生地を入れ蒸して焼くそうだ。トイレも断崖にあり、確か昔は風洗トイレだったのはここのことだと思うが、今は簡易トイレが設置されている。今は汲み取りトラックがやってくるとこのこと。ひとつひとつどこの家のものかも決まっていて、鍵がかかっているそうだ(Show ちゃん撮影)よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月11日
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結局全員スカイシティ見学に行くことになり、入場料を払いバスでアコマスカイシティに向かう。標高約2000メートルで、平地からも100mほど高い台地にバスは上っていく。この脇を通る道路をバスは登っていく写真もお金を払ってOKになった。確かタオスプエブロは、写真撮影許可の料金等は、建物の保存などのために使われていると思うが、アコマスカイシティはどうだろうか。いずれにしても、1150年に建てられたというこの村を、そのままの状態で保存していくのは大変なことだと思う。アコマ・スカイシティは、北アメリカで一番古い村だといわれている。かつての住民は、敵から身を守るためにこの高台に住み始めたといわれる。スカイシティからは四方がぐるりと見渡せ、当時は敵が攻めてきても、その甲冑が光ってすぐにわかったという。今でも水や電気は来ていない。ところどころに広場があり、村の中には1本だけ木が立っている。なんだかとても空に近いような気がする。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月10日
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いよいよツアーも最終日。アコマスカイシティへ。最初の計画の段階では、アコマのカルチャーセンターで昼食の予定ということだったのだけれど、そこまで行って天空都市アコマスカイシティを下から眺めて、それでお終いなんて、それはあんまりだ・・・と、「スカイシティには行けない?」とダメ元でデイブに頼んでみた。私達がその日のうちに飛行機に乗るのでなければ、時間的にはスカイシティの見学はできる、ということだった。私達はツアー終了後もアルバカーキに一泊予定で時間はたっぷりあるので、オプションでスカイシティ見学も入れてもらった。はるか向こうに見えるのがアコマスカイシティ。大きな台地の裾、中央にキラキラ光っている場所が見える。カルチャーセンターの駐車場に停まっている車が反射して光っているのだ。その左側に、平らな大地にシルクハットを置いたようなメッサが見える。これはスカイシティの隣にある台地で、昔人々はこの上に住んでいたが、洪水で平地と村を結ぶトレイルが流され、上に残された人々は食べるものも無くなり、とうとう全員亡くなってしまったということだった。今ここに、人は住んでいない。スカイシティから撮った写真いよいよ、スカイシティが近づいてくる。アコマ・プエブロに入ったので写真撮影は中止。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月10日
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オバマ氏が大統領になった時、ナバホの人は喜んだんだろうな・・・と思っていたけれど、ナバホではクリントン氏を支持する人が多かったのだそうだ。オバマ氏の演説の中で、2004年に行われた民主党大会では、”There is not Black American and White American and Latino American and Asian American “と言っているけれど、そこにNative American という言葉は出てこない。「あれ?」と思った。忘れられちゃったから、そんなオバマ氏よりはクリントン氏かな・・・などと思ってもみたけれど、ナバホの人達には、抽象的なオバマ演説より、クリントン氏の実績の方がわかり易かったということのようだ。2009年の勝利演説では、 “Black, white, Hispanic, Asian and Native American” と、ネイティブアメリカンも入っていた。 よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月09日
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話はアリゾナ・ホピに戻るが、アリゾナというところは、不思議なことが起こる場所のようだ。パワースポットがあるというのはよく聞く話だが、中には“UFOを見たとか、メディスンマンが儀式をしに来た日に物陰で宇宙人を見た”という、結構リアル描写の話も聞いた。私達が旅をしたのもそんなアリゾナ。ホピのカルチャーセンターに立ち寄ったときのこと。アリゾナに住む友達に会いたいと連絡を取り合っていたGさん。でも私達の旅のスケジュールはよく変更になるし、時間もアバウトに動いているし、その上そのお友達もすぐに連絡が取れる手段を持っていないし、車も持っていない。そんなわけで、私達のツアーはホピのカルチャーセンターにお昼ごろにつく予定ということだけを頼りにやってくる彼女と、時間が大幅にずれて到着した私達が出会えるかどうかは、運次第というようなところがあった。しばらく待ってみたが、彼女の姿は見えず出発時間になってしまった。ところが、いつも時間正確なmoroさまの姿が、その時に限って見えない。約束の時間に遅れることなどいまだかつてないし、それどころか集合には一番最初にやってくる人である。その彼女の姿が見えないのだ。お店もトイレも覗いたが、どこにも姿が見えない・・・・・。そういえばここはアリゾナ、UFOや宇宙人を見たという話はたくさんある。もしかしたら、地球人のサンプルとして連れ去られてしまったかもしれない・・・・・・。そうであるなら、彼女はあまりにユニークで一般地球人のサンプルにはならないからと、返してもらわなければ・・・・・と真剣に思い始めた。なんといっても、ここはアリゾナ、何が起こるかわからない。と、もう一度覗いたお土産屋さんの奥にあるホピ博物館のカウンターで、受付のおじさんとなにやら楽しそうに話しているのは、Moroさま!ああ、よかった、サンプルにされてなくて・・・と、車に走っていくと、ここでGさんが待ち合わせをしていたお友達が、なんと車を運転してやって来た!私達が到着した時間も予定よりずいぶん遅れていたし、連絡手段もないので、もう会えないだろうとあきらめていたのだが、行方不明事件のおかげで、こうして再会を果たすことができたのだ。その上、moroさまがホピ博物館を見学してくれたおかげで、ずっと疑問だったホピのキバのこともわかり、全て丸く収まり、めでたし、めでたし。ものごとは、うまく回るようになっているもんだ。ホピのかごよかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月09日
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インディアンの人々の中で、食料を支給してもらうことができるフードスタンプをもらっている人がたくさんいる。インディアンの人のためだけかと思っていたけれど、所得の低いアメリカ国民はもらうことができるのだそうだ。インディアンの人々は低所得層が多いため、もらっている人の数も多いのだろう。そのフードスタンプの受給もまた、複雑だとのこと。仕事をして収入を得ればスタンプをもらえなくなってしまうので、結局働かなくなってしまう。私が今回出会った人達は、守るべき場所がありそれを大切にしながらビジネスにつなげていたり、ジュエリーをつくって売っていたり、自分の足で立って前向きに暮らしている人達ばかりだった。うまく回っていかない環境の中であえいでいる人々に出会うということはなかったのだけれど、なげやりな暮らしを選んでいる、あるいは選ばざるをえない状況にいる人たちもたくさんいる。そういう人達はフードスタンプに助けられているのだろう。でもそれをお酒に換えてしまい、アル中になり、益々働けなくなっていったりする人もいる。そういう人達を、その悪循環から抜けられるよう支援するプロジェクトもあるようで、そういった試みもうまく功を奏するといいなと思う。私自身は、一生懸命自分の足で立って歩こうとしている人達を応援するようなことができたらいいな・・・と思う。チャーリーに「私に何かできることはある?」と聞いてみたけれど、「こうやって、買い物をすることもひとつの方法だよ」と言われた。今の私には、こうしてわずかなお金を落としていくことしかできないけれど、「何か一緒にできることはないだろうか・・・」と思う。そしてその思いは、心の片隅にずっと持っていたいと思う。私達が注文し、到着するのを楽しみにしているドリームキャッチャーよかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月08日
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「アメリカでは10代で母親になる子がたくさんいたり、ひとりで子供を育てている女性達もたくさんいると聞くけれど、ナバホでもそれは同じ?」と尋ねてみた。シングルマザーがたくさんいるのは、アメリカの他のところと同じだけれど、ナバホは母系社会だから、娘の母親やおばあちゃん達、家族みんなで子供の面倒を見るので、経済的には大変でも、ひとりで困っているということはあまりないということだった。経済的にも、生活の面でもひとりでやっていくのはほんとうに大変なことだが、母系制は、子供がいろんな人に囲まれて育っていく環境をつくりやすいのかもしれない。また家族や親戚が協力しあって暮らしていくという形が、アジアの国に似ているのかな・・・とも思う。 クレードル・ナバホのゆりかご ベビービーズのついたジュニパーのネックレスは クレードルにかけてあかちゃんの魔除けにする よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月08日
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“モカシンひとつで離婚できる”、ということを聞いたことがあった。ナバホは女系で、ホーガンやひつじなどの財産は、その家の長女が代々継いでいく。そして結婚すると、夫になる人が引っ越してきてその家に入る。そんなナバホは昔、妻が離婚を決め、夫のモカシンあるいは荷物をホーガンの外に出せば、それが離婚を意味し、夫はそれを持ってその家から去っていくという話を聞いたことがあるけれど、それは本当のことだったのかとチャーリーに尋ねてみた。「事実といえば事実だけれど、問題はそんなに簡単じゃない。」ナバホは一夫多妻制だった。あっちのホーガン、こっちのホーガンに妻のいる男もいれば、中にはひとつのホーガンに住む母と娘、姉と妹と結婚している場合もあり、娘が別れたいと思っても母は別れたくないと思えば、その男はホーガンから出て行くことはない。「え、そ、そんな・・・・」英語の聞き間違いかと思って聞き直したけれど、狩猟で夫を失ったりした女性も多く、力のある男が何人もの女性の面倒を見ることはめずらしくもなく、それが母娘だったり姉妹だったりすることも中にはあったという。「ふ~ん、複雑だったんだねえ・・・」とその時は思ったけれど、今になってみると、その“力のある男”というのはどういう人を意味していたのだろう・・・と疑問が残る。イスラムのように裕福な男の人が、複数の女性の生活の面倒を見るというのは聞いたことがあるけれど、ナバホでは財産は女性が継いでいくのだから、男の人には財産はついてこない。こういう時の、そして狩猟民族の力のある男というのは、“狩猟の能力が高い”男を意味するのだろうか。ハッベル・トレーディングポストの天井よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月07日
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「グリーンタートル、グリーンタートル、こちらゴジラ」と、大型の白いバンと普通サイズの緑のバンの2台を運転するチャーリーとデイブのやりとりは、ウォーキートーキーと呼ばれる日本で言うとトランシーバーで行われる。白いバンに乗っている私から見ると、後ろからトコトコついてくるデイブの緑色の車はまるで「緑亀」そのものでかわいい。ウォーキートーキーはどこでも通じるのと、ボタンを押せば話ができるので、運転中でも話がしやすい。ウォーキートーキーと携帯電話ではそれぞれに用途が違うのだろうが、ナバホでは携帯電話が通じない場所が多かったのを思い出す。ギャラップのような大きな街の近くに来ると通じるけれど、ナバホの真ん中にいる時は携帯電話は通じなかった。特に日本から持って行った海外でも使える携帯電話はほとんど使えないようだった。大きな道路の周辺は通じるけれど、そこから遠くに入ってしまうと電波が届かない。最貧国と呼ばれるバングラデシュのような国でも、グラミンフォンという会社が携帯電話を普及させ、現地の人々の生産性をあげたという話を聞いたことがあるが、電線を引く必要のない携帯電話は、普通の電話線を使うものより普及しやすいように思うけれど、どうしてナバホでは普及していかないのだろう。利用者の数と電波塔設置コストとの兼ね合いだろうけれど、どうしてバングラディシュではできて、アメリカという経済大国の中にあるインディアン居留地では、普及していかないのだろう。ここ3年程は雨が多いので、いつもより花もたくさん咲いているそうだよかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月07日
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ギャラップに着いて、そこで私達のツアーから離れる人達が予約したレンタカー屋さんにやってきたけれど、到着時間が遅れてしまったせいでか、もうお店は閉まっていて連絡が取れなくなってしまった。アルバカーキなら、遠距離バス・グレイファウンドで行けるというので、彼らをバス停まで送り届け、私達はお土産用の小物があるというお店に寄ったりして、夜はハリウッドスター達が撮影の時に泊まったという、エルランチョホテルで食事をした。グレイファウンドでは、ギャラップからアルバカーキまで20ドルくらいでいけるし、なかなか面白かったというから、バスの旅もまたいいかもしれない。夕食前にグルッとバス停に寄ってみたけれど、もちろん彼らの姿は見えなかった。出発時刻を2時間以上もまわっていたし、例えバスが来なくても自力でなんとかできる人達だから心配はしていなかったけれど、念のためバス停を経由してホテルへ。往年のハリウッドスターの写真が飾ってあったり、部屋にスターの名前が付いていたり、このツアーで一番豪華なレストランでの食事だった。なまずのフライやムニエルがあったので、それを注文してみる。淡白な感じで案外おいしかった。なまずは沼だからいいけれど、ナバホの人は海のものは食べないのだそうだ。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月06日
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ウィンドウロックのフリーマーケットは、もう店じまいしていたり、片付けようとしているところもあったので、大急ぎで見て回った。以前ナバホを訪れた時にもここのマーケットに寄ったが、今日は時間が遅かったのか、お店の数も少なかった。ちょうどお昼時なので食べ物屋さんを覗くと、もう食べものを注文して座っている仲間もいた。「おいしそうね、それは何?」「今日のお勧め。コーヒーも付いて4ドルよ」壁に貼ってあるメニューをみても、どれがそれなのかわからない。「どうしてわかったの?」「隣にいる人に聞いたの。それは何ですかって」「へえ、なかなかやるねえ・・・」私も、お勧めセットを頼んだ。 フライドブレッドとスープ これを食べた人もそうしていると、女の子が3人お店に入ってきた。小さな水色のクーラーボックスを持っている。恥ずかしそうに、中にあるトウモロコシの皮でつつんだ食べ物を見せてくれる。ホカホカと暖かなその食べ物を売りに来たのだ。1ドルだったか、4ドルだったか・・・・、ひとつ買ってみんなで食べてみた。中はキドニービーンズが入っていて、とてもおいしかった。「名前聞くの忘れたね」と女の子をおいかけて名前を聞く。「フシーン」そう言っていたような気がするけれど、今となるとなんだかちょっと自信がない。タマレス、ホットモーリーというのが英語での名前のようだけれど、あれはナバホ語だったのかな・・・・。まさか、女の子の名前じゃないよね・・・・。とってもかわいい女の子達、写真を撮らせてもらえばよかった。チャーリーが買ってきたのが、これ。セキに効く根っこセキや喉の痛みに効くそうだ。ガムのように噛むものらしい。「ちょっと、味見をさせて・・・」と試してみればよかったな・・・。と、インディアン・マーケットでは小さな後悔がふたつ。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月03日
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女の子の成人の祝いは、キナアルダという儀式があるが、男の子は成人の儀式としてスウェット・ロッジに入り、その後メディスンマンからインディアンネームをもらうのだと、キャニオン・デ・シェイのアダムさんが言っていた。その名前は儀式の時だけ用い、普段はそれを名乗ったりすることはなく、亡くなった後で精霊の前に行った時に口にするそうだ。今は皆西洋式の名前を持っているが、インディアンの復権の動きが出てきたせいか、登録してある名前をインディアンネームに変更する人もでてきているそうだ。数は多くはないけれど、裁判所に名前の変更を申し立てて認められ、インディアンネームを公式名称として使う人も出てきているということもチャーリーから聞いた。ハッベル・トレーディングポストからギャラップへ向かう道交易所のある辺りは緑が多いよかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月02日
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この辺りの国立公園を取り仕切っているという女性がハッベルに立ち寄っていたので、紹介してもらう。「こんにちは」と挨拶をしたくらいだけれど、ナバホの女性でそういう高い地位に起用されている女性もいるのだ・・・・と思った。名前を教えてもらったのに思い出せない。今度からメモとペンは首からぶら下げて、記録しておくくらいにしないと、本当にいろんなことが記憶からこぼれ落ちていってしまうことを実感した。「もっと、ここにいたかったな~」と思うほど、たくさんの素敵なラグが置いてあるハッベル・トレーディングポストだったが、次の目的地に向かうため出発した。ハッブル・トレーディングポスト「私達がトレーディングポストで買うのとマーケットで買うのとでは、ナバホの人にとってどっちがいいの?」「それは複雑だね」「どう複雑なの?」「トレーディングポストでは安く買い取って、それを数倍、時には8倍くらいの値段をつけて売ることもある。だから売る人にとっては利益は少ないけれど、その場で現金が手に入る。マーケットでは、商品が売れるまでお金にならないし、売れるように工夫もしなければいけない。だから、手っ取り早くお金になるトレーディングポストに、売りに行ってしまう人がたくさんいるんだよ。」「じゃあ、路肩のテントでジュエリーなんかを売っている人達は、いろいろ工夫しているんだ」「高く売るには、それなりの工夫をしないと売れないからね」ホピに向かう時に寄った出店ギャラップでフリーマーケットに行く予定にしていたが、朝の出発も遅れ、またハッベルで時間をくってしまったので、マーケットは終了してしまっているかもしれないということで、途中のフリーマーケットに寄ることにし、ウィンドウロックに向かった。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2009年08月01日
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