全14件 (14件中 1-14件目)
1

気になっていた映画が、昨日公開された。早速、初日にダンナと観てきた。【ストーリー】東都新聞の記者・吉岡(シム・ウンギョン)は、大学新設計画にまつわる極秘情報の匿名FAXを受け取り、調査を始める。日本人の父と韓国人の母を持ち、アメリカで育った吉岡はある思いから日本の新聞社に在職していた。かたや内閣情報調査室官僚の杉原(松坂桃李)は、国民に尽くすという信念と、現実の任務の間で葛藤する。東京新聞記者・望月衣塑子の著書を原案にしたサスペンスドラマ。国家の闇を追う記者と若手エリート官僚が、それぞれの正義を貫こうとする。『怪しい彼女』『操作された都市』などのシム・ウンギョンと、『娼年』『孤狼の血』などの松坂桃李が共演。『オー!ファーザー』『デイアンドナイト』などの藤井道人がメガホンを取る。アメリカでは、マイケル・ムーア監督作品など、政権批判をする映画もよくあるが、日本でこういう映画が作られるとは思わなかった。絶対変だと思ったモリカケ問題も、いつの間にかうやむやにされ、マスコミも取り上げなくなった。官僚だけでなく、マスコミも保身のために忖度しているように感じていた。そんな中で、こんな映画を作った監督や、出演者たちの勇気に、頭が下がる思いだ。あくまでもフィクションだけれど、実際に起こった事件と重なるところもあって、役者たちの演技も素晴らしく、ぐんぐん引き込まれた。主演が韓国人の女優だが、父親が新聞記者母親が韓国人という設定だったので、時折たどたどしく感じる日本語も、ありえるような感じがした。でも、そのために批判する人も多いんだろうな。本当かどうか知らないが、ネットを使って、真実を曲げていく内閣調査室の様子を見ると、本当にやっていそうな気もするし、この映画もいろんなところでたたかれていきそうな気もする。選挙前だし、途中で打ち切りになるとも限らないので、なるべく多くの人に見て欲しいな。「この国の民主主義は形だけでいいんだよ」という言葉が心にささった。今の日本はそうなって来ているんだろうな。これでいいわけがない。良くも悪くも、いろんな情報を得て、自分の頭で、正しいことは何なのか考えていかなければ。帰りの車の中で、卒業アルバムにいつも自分が書いていた言葉を思い出した。 「きれいなものを、きれいだと感じる心を、 正しいと思うことを、正しいと言える勇気を」
2019.06.29
コメント(6)
2年前に右目の白内障の手術をした姉が、今度は左目が白内障になって、私が手術したアイクリニックで手術することになった。それで昨日は、術前検査。私も、白内障の手術から半年。視力検査と診察があった。視力は、両眼とも1.5。近くも50mぐらいのところに照準を合わしているけれど、良く見えて、日常生活で眼鏡なしで困ることはほとんどない。「ダイビングはいつ行くんですか?」と聞かれた。ダイビングも支障ないらしいけれど、足の調子があるので、10月の予定。眼瞼下垂の手術もきれいにしてもらったねえと言っていた。私の、白内障の診察は、昨日で一応終了した。姉は、何年も前から先進医療特約の付いた保険に入っていたのに、2年前にした時は、単焦点レンズ。近所の眼科で白内障の診断をされて、医大に紹介状を書いてもらった。医大では、多焦点レンズも扱っているのに、説明がなかったらしい。その上、50cmの近くに焦点を合わせていると思っていたら、遠くに焦点を合わせたレンズだった。50cmの近くに合わせていると言うのは、付き添いで行ってたので、医大の看護師さんから私も聞いた。姉はもともと近視だったので、だんだん視力が良くなってきていて、眼鏡が無くても困らない生活だったので、気づかなかったみたい。でも、最近、近くが見えにくくなってきて、50cmに合わせてるのに、変だと言っていた。それで今度は、多焦点レンズを希望している。片方の目が単焦点レンズなので、左目だけ多焦点レンズを入れても、私みたいな満足感は無いみたいだけど。姉は近くに合わせていると思っていたけれど、片方の目だけを手術する時は、遠くに合わせているのはいい選択らしい。医大からデータを取り寄せて、すごく丁寧に先生が説明してくれるので、医大の時とは大違いと姉は満足していた。手術は7月25日。翌日の診察もあるので、先日からきて、26日まで泊まったら?と言っている。その後、一緒にお昼を食べて、朝までいた孫たちの話をしたり、いろんな話をしたのに、駅まで送っていって、帰ろうとしたとき、韓国旅行のeチケットを渡し忘れたことに気が付いた。来週の月曜日からなのに、待ち合わせのことも何も話していなかった。韓国では、のんびりとボーッと過ごすつもり。やっぱり私にとって韓国は、京都、奈良並みで海外旅行の緊張感がない。姉も、娘もそうみたい。
2019.06.27
コメント(4)

23日(日)から、娘が1泊2日で友達と韓国へ行ったので、2日間、エルちゃん、イー君と過ごした。土曜日からうちで泊まっていて、日曜日の朝、娘が出発した後、私が洗濯したり、掃除したりする間、3人で近所の公園へ。その後、イオンで買い物してから、別のショッピングモールの中にある、室内キッズパークへ。空気で膨らませた大きな滑り台や、トランポリン、ウレタンのような素材でできたアスレチックの中に、ボールプールや、小さなお家、色々な遊具が置かれている。日曜日価格で、3時間以上で、エルちゃんは1280円、大人は一人480円、2才以下は無料なので、1才2か月のイー君は無料。ゲームセンターにあるようなゲーム機や、乗り物あるし、カラオケルームも5部屋ある、食事は持ち込み自由で、保護者ホルダーを付けていると、途中外で買い物など出入りも自由、大人用に、マッサージ機や雑誌なども置いてある。着いた時、イー君は寝ていたので、ダンナにエルちゃんを頼んで、イー君をベビーカーにのせて、中に入っている生協に、お昼ご飯用のおにぎりやお弁当を買いに行った。私はアスレチックなどできないので、お昼を食べてからは、ダンナが二人を見てくれた。イー君を置いて出かけるのは初めてなので、空港やホテルから、娘から何度も「大丈夫?」とLINEが来た。私も、「元気に遊んでるよ」と写真を送った。4時頃、エルちゃんが眠そうなので、カラオケルームへ。好きな歌を3曲ぐらい歌うと、目がトロトロ。エルちゃんと一緒に、イー君も、ソファーで寝てしまったので、ダンナと二人で、歌を歌ったりしながらのんびり。2人が起きて、5時半ごろ帰って来た。晩御飯を食べてから、この日のお風呂は私が二人と一緒に。浴槽の中に持ち上げて入れられなくて、足が引っかかって泣いたけれど、そのほかはイー君もとっても楽。プールで水になれているからか、頭を洗ってシャワーをかけても平気。お風呂から出てから、ピアノの練習をしてから、アイスを1つ食べて、歯を磨いてから寝る、というのが、毎日の習慣だとエルちゃんが教えてくれた。3才9か月のエルちゃんは、3歳になってからピアノを習っているけれど、今は、指の体操や、音符を読むソルフェージュ、リズムうちなどが宿題。終わったら、アイスを食べて、自分で歯を磨いた。一姫二太郎とよく言ったもので、1才2か月のイー君は、言葉はあまりしゃべられないけれど、こちらが言っていることはよくわかる。歯を磨くよと言うと、私の膝にに寝転んで口を開けるし、オムツを替える時も足をあげてと言うと、片足ずつ上げてくれる。明日、幼稚園だから早く寝ようね、と電気をちょっと暗くしたら、9時過ぎには、二人ともコロンと寝てしまった。月曜日の朝は、7時前に二人とも起きてきて、朝食後、8時頃から、エルちゃんを幼稚園まで送った。幼稚園までは、車で約50分。車に乗せると、条件反射のようにイー君は寝てしまう。買い物して家に帰って、お昼を食べて、1時半にはまたお迎えに。幼稚園の中には、送るのも迎えに行くのもダンナに行ってもらった。車の中で、エルちゃんの服を着替えて、ららぽーとへ。キッズコーナーで遊んだりした後、晩御飯も食べて帰ってきた。この日は、ダンナにお風呂に入れてもらった。ピアノの練習をして、アイスを食べて、歯を磨いて、エルちゃんは、幼稚園でプールもあって疲れたのか、9時前には寝てしまった。朝起きたらママがいてるねと、二人とも全くこだわりがない。10時半ごろ娘が帰って来てもぐっすりで、朝になってからママのそばにくっつきに行っていた。本当に二人ともびっくりするぐらい楽な子たちなんだけど、ちょっと悲しいのは、私が一緒に遊んであげられないこと。それなのに、一緒に歩いているだけで、夜になると足が悲鳴を上げている。仕事していた時は、子どもと一緒に走り回って、休み時間になると、一緒に鬼ごっこしたりドッジボールしていたのにな。その分ダンナが一緒によく遊んでくれるけれど。今日は、朝から娘が幼稚園へ送った。バイバイと手を振って、帰っていった。
2019.06.26
コメント(4)
昨日は、電車でなんばに行く予定をしていた。5月1日に、天王寺で、フェルメール展を見てから、あべのハルカスへ行ってきて、6月14日には、なんばの高島屋で、友達とランチとお茶をした。杖をつきながらの外出も慣れてきて、今回は、3回目。なんばで、スイスホテルの株主総会に出て、高島屋のワコールセールを見て、地下鉄で天王寺へ移動して、あべのハルカスの、ハルカス美術館で「クマのプーさん展」を見てこようと思っていた。「クマのプーさん展」の招待状ももらっていたし、株主総会で会おうねと言ってた知り合いもいた。ちょっとずつ出かける距離を長くして、自信を付けていこうと思っていた。でも、昨日朝起きたら、一昨日以上にふくらはぎが痛い。トイレへ行くのもやっとで、ベッドの上でふくらはぎをさすりながら、行ったら、途中で動けなくなるかもと不安になった。これはやめた方がよさそう。今日は休むと言っていた、習字とプールへ行った方がよさそうだ。ボルタレンの座薬を入れて、横になりながら、株主総会で会おうと言っていた人に、断りのLINEと、習字のYさんに、今日はやっぱり行きますとLINEを入れた。Yさんから、ランチ楽しみと返事が来た。Yさんは、今年80才で、最近習字の後、毎回一緒にランチをしている。80才の誕生日をきっかけに、運転免許証を返納したけれど、朝日新聞が発行している「みんなの漢字」という雑誌で、いつも難問漢字パズルに挑戦していたり、とっても若々しい。LINEゲームもしていて、ゲームができるハートを送ってくれたりしている。10時から12時までの習字を終わってから、いつものように、クウクウというお店でランチ。Yさんを、送ってあげてから、プールへ。プールでは、シュノーケルレッスン30分、アクアビクス30分に参加した。2016年の5月に、沖縄のダイビングツアーを戻って来てから、腰痛がひどい時があった。腰は、寝ても痛い、座ってても痛い、体を丸めるとちょっと楽、両足が痺れ、左の太ももが象の皮みたいに分厚くなった感覚で、太ももは、しびれて、触ってもあまり感覚が無かった。クーラーの効いた部屋だと、その太ももが痛くて仕方ないし、プールで泳ぐと、太ももから泡がいっぱい出ているような感じがした。その時に撮ったMRIが、以前、このブログにものせたもの。その頃通っていた、ペインクリニックもしてくれる病院では、椎間板ヘルニアと脊柱管狭窄症もあるので、手術を勧められた。でも、家庭医の先生は、痛み止めを使って、運動して、腰に筋肉を付けたら、痛みも和らぐと言う考え方。水面を泳ぐと痛いけれど、水の中でシュノーケルを使って泳ぐと、あまり痛みを感じないで泳げると言うと、水中では。上下左右から圧力がかかっているので、神経の痛みは出にくい。フィンを使って負荷をかけているし、腰に筋肉を付けるのには効果があるだろうし、私の体には、とっても合っている運動だと言ってくれた。そして、何回かシュノーケルレッスンを休まず受けていくうち、いつしか太ももの痛みも、腰の痛みも薄れていった。それで、今回も、シュノーケルレッスンの効果を期待して、みんなが水面を泳いでいる時も、潜って泳がせてもらった。以前の太ももとは違って、ふくらはぎの痛みだけれど、水の中を潜って泳いでいたら、痛みは薄れてくれるかな。7月に入ったら、いろいろ旅行の予定も入っている。早く楽に、なってくれないかなあ。旅行までに、去年のハワイの記録を書いておかないと。
2019.06.22
コメント(4)
膝の手術をして、約4か月。手術した右膝は順調に良くなっているようで、今までのように立ち上がる時の痛みも無くなった。でも、他の部分の痛みが出てきて、なぜかしっくりこない。朝起きてトイレに行こうとすると、すぐに立てない。足や腰の関節が痛くて、いろんなところを持ちながら、そろりそろり、まるで老婆の様だと自分で思う。へバーデン結節の指も痛いので、布団に戻って、足の指と手の指のグッパーを何度もして、股関節や腰や腕のストレッチをして体をほぐしてから起き始める。こんな状態で、何年持つのかなあと不安になることもある。2週間ほど前からは、今まで何ともなかったのに、右腕のひじの痛みが出てきて、腕がまっすぐ伸びなくなってきた。リハビリの先生が、腕の関節も変形してきているのかもしれないと言う。私は、痛みが出てきて、レントゲンを撮ったら軟骨がすり減っている、ということが多いので、右腕のひじの骨も変形してきているのかもしれない。3日前から出てきているのは、左のふくらはぎの痛み。ふくらはぎはちょっと腫れている程度だけれど、感覚的には、筋肉が張って、肉離れを起こしそうな気分。20年ほど前、ふくらはぎの肉離れを起こしたことがあるけれど、実際の肉離れは、運動中、走ろうとした途端、急にブチっと音がして、ふくらはぎにボールが当たったような感じだった。その前に筋肉が張っていると言う感じはなかったので、今の状態で、肉離れを起こすことはないだろうと思うけれど、嫌な痛みがずっと続いている。血液の循環を良くする薬や、足がつるのを予防する漢方薬も飲んでいる。お風呂で温めて、ふくらはぎをもんで、湿布を貼って寝ている。けれど、その嫌な感覚は全然消えない。今日は、リハビリの日で、PTの先生に話すと、腰からきているんじゃないかと言う。そういえば、両足のしびれも、今までは指先だけだったのに、最近は、足全体にしびれが広がって来ている。診察を受けた方がいいかもしれないと言うので、リハビリが終わったところで、診察の順番を入れてもらった。いつもの担当の医師ではなかったけれど、固定術をした足首の調子は良さそうだし、MRIの脊椎の画像を見ながら、多分腰からきているんだろうと言う。今のMRIのデータは、2016年のものなので、またMRIを撮った方がいいだろうと言う。膝の手術をした、総合病院にMRIの予約を入れ、今日は腰のレントゲンを5枚撮った。MRIの予約は、7月9日で、次の診察は7月12日。結果がわかるまで時間がかかるなあ。腕のレントゲンも、一緒に撮ってもらったら良かったと、ちょっと後悔。最近飲んでいる痛み止めは、トアラセット配合錠という薬で、これがあまり効かないから、痛みが続いているんだと思う。胃腸が心配、腎臓が悪くならないか心配と言われて、使わないようにしているけれど、やっぱり私には、ボルタレンとロキソニンが合っているみたい。
2019.06.18
コメント(6)

5月の第3土曜日と、6月の第2土曜日、年に一度の食事会が2回ある。私は、33年間で、5つの職場に勤めた。5月の第3土曜日は、8年間いた2番目の職場の、最初の方にいた女性たちの食事会。今年は16人が集まった。最高齢は89才、そして88才の二人の先輩は、約40年前の当時も、職場の女性を牽引して、色々なことを教えてくれたけれど、今も元気で、私たちの目標となってくれている。みんなで近況報告しあうけれど、多かったのは老化対策。ボーリングやマージャンを始めた人もいる。年下の人は少なく、現役で勤めているのは一人になった。ほとんどの人が年上だけれど、元気に生き生きと過ごしている人を見ると勇気をもらえる。美味しい食事を食べて元気をもらい、また一年後を楽しみにしている。この日の食事は、こんな洋風創作料理。6月の第2土曜は、8年間いた一番最初の職場の、最後の方にいた女性たちの会。今年の参加者は10人。ここでも最高齢は89才。ずっと元気で太極拳もしてきたのに、一昨年骨折をし、リハビリに通っていた。それで、今、週2回はデイサービスに通っているそうだ。でもすごく元気で、前向き。デイサービスも楽しんでいる感じ。毎回手帳を見せてくれるけれど、手帳に毎日あった出来事を、細かい字でびっしり書いている。こういうのは、老化防止に役立つんだろうな。この日の食事は、こんな和風料理。でも来年からは、この2回の食事会が同じ場所になる。同じ料理を食べることになりそうだ。ちなみに、8年間いた一番最初の職場の最初の方の女性の会は、お家カフェで集まる人たち。2番目の職場の終わりの方のメンバーは、月一で集まっている。それ以降の、6年、8年、3年と務めた職場は、時々会って話す人はいるけれど、決まった会は無い。仕事を辞めた後、退職仲間の会は、12年経った今も続いている。
2019.06.15
コメント(4)

昨日のパリの写真では小さかったエルちゃんも、今年の4月から、幼稚園の年少さん。毎月、第1と第2の水曜日は、お弁当を持って行く日。あまりお料理が得意ではない娘は、最初は頭を悩ましていたけれど、最近は、ちょっと楽しんでいる感じもする。左上から、スヌーピー、トトロ右上から、お猿のジョージ、ミニオン、ノンタンエルちゃん、お弁当を開けるの楽しいだろうな。携帯に送ってくれる写真を見ながら、今度はどんなキャラ弁かな?と私も楽しんでいる。
2019.06.14
コメント(8)

日記をだいぶ書いたところで、パソコンからモールス信号みたいな音がしてきて、画面が真っ暗になった。このパソコンは、2011年11月にジョーシンで、39800円で買った東芝ダイナブック。型落ちで激安で買えた割には、長持ちしているけど、そろそろ寿命かな?ほとんどのことは携帯で間に合っているので、とことん使い潰すつもり。でも、日記が途中で消えたのは残念。こまめに保存していかなくては。2017年10月29日日曜日。この日は、蚤の市に行く計画をしていた。朝、目が覚めて時計を見ると午前6時。そろそろ起きようかと携帯を見ると、午前5時。え?時計が壊れたの?と見てみると動いている。部屋の他の時計を見ても、午前5時。狐につままれたような気分になった。姉や娘が起きてきて、サマータイムから変わったのかもと、ネットで調べてみたら、10月の最終日曜日、午前3時が2時に、夏時間から冬時間に替わるそうだ。そういえばフロントにフランス語で「10/29~○○○○」と書いていた。こんなのは初めてで、ちょっと驚いた。変わる瞬間が見たかったな。蚤の市は、本で調べて、パリの南のヴァンヴの蚤の市に行くことに。こじんまりした蚤の市のようで、初心者に向いていると書かれていた。朝食のバイキングを食べてから、9時頃、ウーバーを呼んだ。ウーバーのアプリは日本語表記ができて、行き先を入れ、4人乗りを選ぶと、グーグルマップの上に近くの車が表示され、車のナンバーと、運転手と値段、そしてあと何分で着くかが表示される。決定すると、ホテルの前まで来てくれる。この時は、ヴァンヴまで17.66ユーロ。カード払いだし、あとで運転手を☆で評価するシステムなので安心だ。遠くの方にエッフェル塔を見ながら、モンパルナスを通り、ヴァンヴに着いた。運転手さんは、途中で建物を指さしながら、名前などを教えてくれた。ヴァンヴの蚤の市に着くと、歩道に机を置いて、品物を並べていた。絵画やアンティークの食器、アクセサリーなどのお店が多い。しばらく一緒に回った後、テントの下に集合場所を決めて、30分程個人行動。ちょっとお天気が悪くて、肌寒い。蚤の市でのエルちゃん。私は、同年代ぐらいの女性が出していたお店で、アンティークのネックレスとピアスを買った。姉は知らない間に、真っ黒のウールのコートを買っていた。襟が皮で、昔の映画でマリーネデートリッヒ着ていたような感じのコート。姉は、100ユーロで絨毯も買った。純毛の手織りで値打ちがあると言うけれど、地面に広げられていたし、年代物すぎて、薄汚れた感じで、本当に蚤がいそうな気になってくる。娘も、蚤の市の古いものは苦手みたい。姉のスーツケースは、私より小さいし、持って帰るのが大変なのに、紙袋に入れてガムテープでぐるぐる巻きにしてもらっていた。そんなの持って、帰りの乗り継ぎの仁川で歩くの?と私は、文句たらたら。雨がポツポツ降ってきたので、近くのカフェに入ってコーヒーを飲んだ。そこから、またウーバーを頼んで、午後1時頃ホテルまで帰ってきた。帰りはなぜか安くて、13.88ユーロ。ウーバーのアプリに、記録が残っている。帰って来て部屋で見てみたら、私の買ったネックレスとピアスがない。スーパーのレジ袋みたいなのに入れてもらった。バッグに入れたと思ったけれど、手に持って歩いていたかも入れない。姉に文句を言ったりしていたので、そっちにばかり気を取られていた。ウーバーの運転手さんへのコメント欄に、アクセサリーの袋を無くしました。車に落としていませんか?と翻訳アプリを使って書いて送った。ホテルの前まで送ってもらったので、見つかったらホテルに届けてくれるかもしれない。夕方、ウーバーから「お尋ねのものは見つかりませんでした。」と、メールで返事が来た。蚤の市で、落としていたのかもしれないな。まあ、全部で30ユーロもしない安いものだけれど。それから、歩いて行ける百貨店、ギャラリー・ラファイエットに出かけた。まずは、遅くなったランチを。レストランの天井は、ドーム型になっていて、クラシックなステンドグラス。前菜と、メインと、デザートランチメニューを3種類頼んで、みんなでシェア。この時の料理は、どれも美味しかった。デパートの中を見て、スーパーで買い物して帰ってきた。夕食は、スーパーで買ってきたものをホテルの部屋で、ビールを飲みながら食べたような気がする。翌日朝の出発なので、荷物を整理した。私のスーツケースは大きくて、大きな買い物もしなかったので、片面を開けることができて、姉が買った絨毯を詰めることができてホッ。翌日は、13時10分の飛行機で、ゆっくり朝食を食べてから、9時過ぎのロワシーバスで空港へ。バスの中では、フランス語、英語、中国語、日本語のアナウンスもあって、降りる場所もよくわかった。荷物を預け、免税手続きまでは娘と一緒に。娘とエルちゃんは直行便なので、ラウンジでちょっと一緒に過ごしてから別れた。私たちは、仁川で乗り継いで、10月31日のお昼過ぎに関空に着いた。ダンナが迎えに来てくれていたので、そのまま和歌山の姉の家へ。絨毯を下ろして、帰ってきた。後日、姉の家で丸洗いした絨毯を見たら、手織りの手の込んだもの。お得な買い物だったようだ。
2019.06.13
コメント(4)

デビュー当時から、かわいがっていた浅田美代子に、バラエティータレントではなく、女優として代表作を持たせてあげたい、と樹木希林が語っていたのを、テレビで何度か見たことがある。樹木希林が企画し、出演した「エリカ38」はぜひ観たいと思っていた。近くの映画館では上映していなくて、今週末で終わりそう。それで、今日は和歌山の映画館まで、観に行ってきた。 <あらすじ>渡部聡子・自称エリカ(浅田美代子)は、愛人・平澤育男(平岳大)の指示のもと、支援事業説明会という名目で人を集め、架空の投資話で大金を集めていた。だが実は、平澤が複数の女と付合い、自分を裏切っている事を知る。彼女は平澤との連絡を絶つと、金持ちの老人をたらし込み、豪邸を手に入れた。老人ホームに入っていた母(樹木希林)も呼び寄せ、今度は自ら架空の支援事業の説明会をおこない金を詐取していく。旅先のタイで、若者ポルシェと出会う。恋に落ちるエリカ。蜜月の時。だがもう警察の手はすぐそこまで伸びていた。数年前にあった実話をもとにしたものだけれど、浅田美代子は熱演していると思う。60を超えて、38と年齢をごまかしても、あまり不自然に見えない可愛さと、年相応に老けて見えるしたたかさと、両面をうまく見せている。相手を褒めて、心を許させてしまう口の上手さも違和感がない。でも、大きな詐欺事件を起こしても、私も被害者と開き直るけれど、そこらへんが何故なのか、ちょっとわかりにくかった。どうしてこれだけの人が騙されてしまったのか、詐欺の内容が詳しく描かれていないからだろうな。カンボジアへの支援したお金が、毎月何割か配当されて、元本も保証されると言うけれど、どんな仕組みになっているのか。実話を一回調べてみよう。樹木希林の、最後の出演作で、去年「日日是好日」と「万引き家族」を観たけれど、その時よりもかなり痩せて、演技もしんどそうに見える。出演しないと言ってたけれど、「私が出ると箔が付くのよねえ」と言って出演してくれたそうだ。最後、老人ホームに入って、うつろな目で手を振るところがあるけれど、樹木希林が好きだったので、ファンに最後のお別れをしているみたいで、この映画を観て良かったなあという気持ちになった。
2019.06.11
コメント(4)

28日、朝食を食べてから、荷物を片付けて、ファミリールームに移動した。大きなベッドが2台。夕方から娘とエルちゃんと合流する。その後、95番バスに乗ってルーブルへ。ガラスのピラミッドのルーブル美術館が見えてきた。ガラスのピラミッドの下に入り口があって、流れに沿って入っていくと、チケット売り場へ。モニターを日本語表記して、チケットを購入した。1人15ユーロ。ルーブル美術館は、コの字型の宮殿が、シュリー、リシュリュー、ドノンという3つの部分に分けられている。2004年に行ったとき、サモトラケのニケの美しさが一番印象に残っていた。モナリザは、人が多くてよく見えなかった。それらは、ドノン翼にあるので、インフォメーションでもらった、日本語表記の館内マップを見ながらスタート。2階へ上がる階段のところにあったのが、サモトラケのニケ。ここからドノン翼の方へ行くと、教科書で見たことのある作品がいっぱい。モナリザの案内が出てきて、そちらの方へ。小さな部屋の中に1点だけ展示されているけれど、こんなに小さな絵。やっぱり人は多いけれど、そばによって見ることができた。表情、背景、繊細なタッチで描かれて、やっぱり魅力的な微笑。ドラクロアの、「民衆を導く自由の女神」はすごい迫力。アングルの「グランド・オダリスク」魅力的な裸婦の絵だけれど、実際よりも背骨が長すぎると聞いたことがある。オルセー美術館もそうだったけれど、有名な絵画と一緒に写真も撮れるし、そんな自由な雰囲気がいいなあ。でも、姉も私もだんだん、腰や足が痛くなってきた。ミロのビーナスを見てないねと言ってたけれど、戻るのもしんどいし、お腹もすいてきた。美術館の中のレストランは、満員で、座る場所もない。仕方がないので、また次の機会に行くことにしようと外へ出た。また95番バスに乗って、南のモンパルナスへ。お腹が空いていたので、お店を見つけてピザとチキングリルでランチ。2人とも疲れ切って、いたけれど、食べ終わってから周りを歩いた。モンパルナスの駅の中に若者向けの服屋さんがあって、たくさん買い込んだんだけど、名前は何と言ったかなあ。私はダンナのセーターを2枚。丈が長めで着やすそう。姉は息子が巨漢なので、サイズの大きいセーターやジャンバー。大きなサイズなのに、おしゃれで着やすそう。日本では、こういうのがなかなか見つからない。モンパルナスの街並みを見ながら、95番バスで帰ってきた。ホテルに着いて、ロビーで休んでいると、娘たちがやってきた。久しぶりで、エルちゃんは大はしゃぎ。この日も夜の写真がないなあ。夕食はどうしたんだろう。
2019.06.11
コメント(2)

10月26日の夜、8時半ごろにホテルに着いた。でも、パリとの時差は7時間。日本時間だと、夜中の3時を回っている。機内で寝ていなかったので、部屋に入ると姉はすぐに寝てしまった。朝目が覚めると、姉がお風呂に入っていた。姉と旅行に行くと、いつもこのパターン。27日の朝は、食堂でバイキング。焼き立てのパンが美味しくて、大満足。パリへ行く前、チケットやホテルの手配や行き方は私が調べるので、姉にはどこに行きたいか、ネットで調べておいてねと頼んでいた。姉が計画したのは、サンジェルマンから、カルチェラタンからシテ島。ルーブルとモンパルナスにも行きたい。と盛りだくさん。もう、自分たちの年齢を考えてないわあと呆れたけれど、とりあえずサンジェルマンの方に向かうことにした。オペラから95番バスに乗って、ルーブル美術館を車窓から見て、サン・ジェルマン・デ・プレ教会の前で下車した。パリ最古の教会は、厳粛な雰囲気の建物。でも、向かいはおしゃれなルイ・ヴィトン。サンジェルマン通りを歩いていくと、カフェが多い。この辺りは、ソルボンヌ大学やパリ大学、美術館や博物館も多い。ここからシテ島の方に入ったところがカルチェラタンかな?狭い小道に小さなレストランが並んでいて、学生らしい人が多かった。そんな中のお店で、ランチを食べた。前菜とメインとデザート。右上はムール貝。2人で37ユーロ。シテ島のほうに歩いていくと、セーヌ川の向こうにノートルダム大聖堂が見えてきた。今年4月の火災で、右側の尖塔のある部分が焼け落ちてしまった。14世紀からの歴史ある美しい建物なのに残念。セーヌ川では遊覧船が。2004年、娘と一緒に行ったパリで、足が痛いのとおなかが痛いのとで、動けなくて、セーヌ川を船に乗って観光した。その時も、美しいノートルダム大聖堂が見えて嬉しかったのを覚えている。シテ島に入って、ノートルダム大聖堂を真正面から見たところ。またセーヌ川を渡ると、お土産物屋さんもいっぱい。パリ市庁舎の前あたりかな?広告塔も面白いなあと思った。まっすぐ進むと、ボンピドゥー・センター。その手前の公園の壁に、大きなダリの肖像画。公園に置いている遊具も前衛的。歩き疲れて、この横のベンチでちょっと休憩。地図を見ながらボンピドゥー・センターのところまできたけれど、姉が階段みたいな入り口という。反対側に回ると、これがボンピドゥー・センター(国立近代美術館)美術館の入り口は、すごい人が並んでいて、これからは行ってみる元気はない。場所が分かったから、次の機会にしようと言うことで、ホテルの方に向かうバスを探すことにした。ボンピドゥー・センターのそばに、面白い建物発見。建物右側、壁に絵をかいてあるけれど、その上の8つの窓も、描かれた窓。上の4つの窓を拡大すると、絵だってことがわかるかなあ。オペラの方に向かうバスがなかなか見つからず、かなり歩いて、ルーブルの裏手で、やっと見つけてホテルに戻った。 ホテルのフロントで、ソファーに座れてほっ。ソフトドリンクなども利用できて、やっと落ち着いて休むことができた。部屋に戻ると、姉はまたすぐに寝てしまった。写真がないので、晩御飯は食べなかったのかな?
2019.06.09
コメント(6)

昨日は、足首の診察日で、午前中習字の講座に参加した後、Yさんとランチを食べ、阪神高速を通って、奈良の生駒の病院まで。2007年に奈良県立医大で、足首の固定手術をしてくれたK先生は、今やスポーツ整形外科、足関節鏡手術の第一人者。一昨年から、早稲田大学の教授になり、Jリーグのサッカーチームの専属ドクターや、オリンピックの強化ドクターにもなっている。一昨年から、K先生が東京から戻ってくる日に合わせて、半年ごとに、この病院で診察してもらっている。今までは、整形外科の外来で診てもらっていたけれど、昨日はスポーツ内視鏡センターという場所だった。入ってみて驚いた。サイン入りのユニホームや色紙がいっぱいで、診察室と言う感じじゃない。K先生やスタッフと一緒に撮った写真には、見たことのある人も多い。トップアスリートの治療に携わっているみたいで、そのための部屋なのかもしれない。膝の手術をしてから、歩いていると腰や足首も痛くなるので、手術したところが悪くないか診てもらった。固定術をした左の足首は、リスフラン関節も距骨下関節もよく動いている。右の足首の軟骨は狭くなっているけれど、半年前とあまり変わりはない。ただリスフラン関節の動きは良くなさそうなので、半年後来た時に、その部分のレントゲンを撮ることになった。膝関節を入れた写真を見せたら、きれいに入って、X脚だった足もまっすぐになって良かったと言っていた。両足とも、足の甲や足首のむくみがあるので、血流が悪そうだ、足の指先の運動を継続するようにということ。ということで、次回は12月。足首の内視鏡による固定手術をして、12年。多分、この手術の成功例の第一号。どれだけ持つかということを追跡調査している気もするなあ。
2019.06.07
コメント(5)
ついでだからその年の10月、姉と一緒に行ったパリのことを書いておこう。パリへの機内からブログを書いているけれど、去年、一昨年とほとんど書けていない。パソコンを開けて書くのも読むのもしんどくて、こんなに意欲の無くなった自分は、年なのかなと思っていたけれど、今から思えば、白内障と眼瞼下垂のせいだったような気がする。ところで2017年のパリ行き、4月に娘と一緒にニース、アビニョン、パリへ行き、姉と一緒にオルセー美術館を見に行った。ルーブル美術館にも行きたかったのに、足が痛くて断念。次に残しておこうということになった。ホテルはパリのオペラ座に近く、空港からはバスで直通。またこのホテルなら自分たちで行けるかもと思った。娘がちょうど10月にパリへ行く予定があって、途中で合流できそうなので、姉と二人で行くことにした。この時のパリはとても安く行っている。航空券は、楽天トラベルで大韓航空で仁川乗り継ぎ。二人で154800円(一人77400円)10月26日9時半に関空を出発して仁川で約2時間。仁川はよく知っているし、ラウンジで過ごせるし、不安はなかった。パリ到着は、18時30分。到着したのは第2ターミナル。荷物を取ってBUSという表示のある方へ行くと、バス乗り場があった。不安だったので、このブログの写真を撮っていってたけれど、すぐにわかった。市内へ行くバスはいろいろあるけれど、ロワシーバスはオペラが終着。11ユーロの切符を買って、バスに乗った。私の後に、姉が乗ろうとしたら止められて、よく見たら切符じゃなくて私の切符の領収書。私が取り忘れて、続けて買ったので切符じゃなく領収書を取ってしまったらしい。慌てて券売機を見に行ったけれど、チケットが無いと戻ってきた。パニクっているおばさん二人、日本語で何言ってるかわからなかっただろうけれど、運転手さんが親切に乗っていいと合図してくれた。「メルシー」と言って、バスの座席に座った。オペラに着いてから見覚えのある道を通っていってホテルまではすぐ近く。この時のホテルは、アストラオペラ。HPが日本語表記にできるので、直接予約した。4月に行ったホテル・サンペテスブールの2軒ほど隣り。このホテルは、26日136ユーロ、27日127ユーロ娘と合流した28日からは家族部屋で、28日、29日とも215ユーロ。大体一人一泊9000円ぐらいで泊まっている。それで朝食付きで、お昼過ぎからはロビーがラウンジに替わって、ソフトドリンクやフルーツやデザートもフリー。このホテルからは、今も時々メールが届き、宿泊代を教えてくれる。最近の値段は大体一人12000円~13000円ぐらい。29日は、またロワシーバスで空港に向かい、13時10分発のエールフランス(大韓空港提携便)翌日の8時過ぎに着いた仁川では約3時間。お昼過ぎに関空に戻ってきた。パリでは、オペラからルーブルを通ってサンジェルマン、モンパルナスまで行く95番バスをよく利用した。28日には、ウーバーを利用して蚤の市へ。そんなわけで、飛行機、ホテル、食事代合わせても15万円ぐらいの旅行。お得に行けたし、ルーブルはほんの少ししか見られてないので、また行こうと言ってたけれど、いつ行けるようになるかなあ。焼けてしまったノートルダム寺院の写真もあるので、続きを書いていこう。
2019.06.04
コメント(4)

杖をつかないと歩けない、腰が痛い、股関節が痛い、足の甲が痛い、とか言いながら、どこかへ旅行に行きたいと思ってしまう。金曜日、娘が泊まりに来て、夏にどこかへ行こうかという話になり、早速南国ビーチリゾートの航空券を予約してしまった。「おばちゃん、誘わなくていいの?」と娘が言うけれど、姉は泳がないし、海は好きじゃないし、今回はダンナも一緒だし。姉も、腰が痛い、腕が痛いと言いながら、どこかへ旅行したいとばかり言っている。姉とは、一昨年、4月のフランス、6月の韓国、9月の韓国、10月のパリ、と4回、一緒に旅行した。私は娘ともよく旅行するけれど、姉は息子しかいないのでいつも羨ましがられる。73才の姉の周りには、国内を一緒に旅行する友人はいるけれど、もう海外旅行をしようという人はいないようだ。一緒に韓国にでも、行ってこようかな。いつものような韓国だったら、足が痛くてものんびり行けそうな気もする。2017年の6月と9月の韓国旅行のことを書いておこう。6月19日~6月21日19日、10時20分発のアシアナ航空でソウルへ。いつものように仁川空港からは空港鉄道のA’REX。ソウル駅で両替してからロッテマートへ。スーツケースを預けて、ソウル駅3階の韓国スイーツのお店で休憩。パッピンスとコーヒーを頼んでシェア。伝統的なお餅を使った高級菓子も売っているお店だった。4時頃のシャトルバスで、スカイパークキングスタウン東大門ホテルへ。この時の部屋は、ちょっと狭かったけれど、眺めは良かった。近くのサムギョプサルのお店で夕食。ビールも頼んで二人で2000円ぐらい。食べ放題で、頼んだらお肉も持ってきてくれるけれど、そんなに食べられない。夕食後、チムジルバンへ行って、あかすりをした。翌20日は、ホテルの周りの24時間営業の食堂で、キムパプと餃子のスープ。シャトルバスで明洞まで行った。お昼は、カンジャンケジャンを食べたけれど、高いわりに醤油味が強すぎて、あまり美味しくなかった。明洞からタクシーで、新羅免税店へ。化粧品を買って、シャトルバスで東大門に帰ってきた。2日目の夕食は、ヒュンダイアウトレット9階の、韓国料理のバイキング。色々な韓国料理が食べられて、ビールは2杯飲んでも1杯料金。東大門は眠らない町。夜遅くまでファッションビルも開いている。食べ終わった後も買い物に出かけた。でも、問屋街なので試着できないのが難点。この時、デザインが気に入って、カットソーを買ったのに、来てみたら首ぐりが小さい。着るのも、脱ぐのも一苦労。姉はソーイングが得意で、首ぐりを広げたらいいと言うけれど、私はそういうのが苦手なので、姉にあげた。3日目の朝も、近くのお店で朝食。シャトルバスで、ソウル駅に行き、ロッテマートで買い物。ソウル駅で出国手続きをして、スーツケースを送り、ハンドバッグ1つで仁川へ。私も姉も、プライオリティーカードを持っているので、仁川のSkyhubラウンジで、ビビンバを作って食べた。免税店のブランド品などを見てから、またMatinaラウンジで休憩。夕方の便で、関空に帰ってきた。9月1日~9月3日姉が、日中韓文化協力美術祭に版画を出品して、展覧会や表彰式、晩餐会があると言うので一緒に付き添った。9月1日、9時50分関空発のチェジュ航空でソウルへ。A’REXでソウル駅に行き、帰りの便が早いので、この時は先にロッテマートへ行ってお土産を買った。夕食は、9階の韓食バイキングで。その後、周りのショッピングセンターで買い物。9月2日、午後1時に、迎えが来るのでその前にチムジルバンへ行こうと話していたけれど、慌ただしいので結局やめた。朝昼兼用で、外のお店でキムパプと餃子のスープ。午後1時に、迎えのバスが来た。日本語の通訳の人が迎えに来て、バスに乗ると、中には、韓国、中国、香港、台湾などいろいろなところから来た人達が。いろんな人から、名刺や自分の作品展のパンフレットをもらった。台湾から来たと言う、年配の女性は、日本語が上手で、日本にも住んだことがことがあると言っていた。光化門のところでバスを降りて、国ごとに記念撮影。日本からきているのは、関係のない私を入れて6人。一緒に版画を出品した姉の友人が、この日ソウルに到着して、遅れてきた。地下鉄の駅の構内にギャラリーがあり、絵画や書道、俳画などが展示されていた。3時頃から、主催者や各国の代表のあいさつなどが続いた。その後、作品を順番に見ながら、作者が作品の解説などをしていた。私は、習字に興味があって、自分一人で鑑賞していたけれど、もうすぐ姉たちの順番が回ってくると言うのに、二人がいない。私一人で焦ったけれど、電話が通じて、やっと戻ってきた。解説が一巡してから、バスに乗りソウルタワー近くのパシフィックホテルへ。各国から集まった10人ぐらいで、テーブルを囲んだ。あいさつの後、表彰式があった。姉も賞状とメダル、記念品などをもらっていた。乾杯してから、プルコギ(韓国風すき焼き)などを食べながら、だんだん和やかなムードになっていった。中国の上海から来た人、香港から来た人、台湾から来た人、韓国の人、同じアジアに住み、同じように漢字を書く人たち。もっと仲良くなれるだろうになあと思った。食事を終わってから、仁寺洞のカラオケホールで二次会。カラオケの画面が出るけれど、伴奏は生演奏。韓国語で歌う人、中国語で歌う人、私たちも歌ってと言われて、姉と友人と私と、3人で選んだのはテレサテンの「時の流れに身をまかせ」日本語だけれど、この歌の威力はすごい。みんなが知っていた。途中で一緒に口ずさむ人も多く、踊り出す人も。すごく喜んでくれて、もう一曲というので「つぐない」も歌った。私は作品展と全く関係のない付き添いだったけれど、すごく好意的に接してくれた。夜遅く、バスで順番にホテルまで送ってくれた。3日の朝は何を食べたのかなあ。あまり記憶がない。シャトルバスでソウル駅まで行き、出国手続きをし、仁川のラウンジでお昼を食べて、お昼過ぎの飛行機で帰ってきた。姉が3日後に、白内障の手術を控えていて、この日の朝から、2種類の目薬をささないといけなかったので、早く帰るようにしたんだと思う。この時に見たいろいろな国の人の作品。ハングルの毛筆も珍しかったし、中国の人の毛筆は達筆だなあと思った。下の写真に写っている人たちは、各国の代表の人たち。写真を撮りながら見ていたいたけれど、姉たちがいないのに気づいて焦っていたので、結局姉たちの作品の写真を撮り忘れてしまった。韓国へ行きたいなと、楽天トラベルを見ていたら、6月4日夜8時から、楽天スーパーセール。安く行けるかな?
2019.06.02
コメント(4)
全14件 (14件中 1-14件目)
1

![]()
