仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2024.09.25
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カテゴリ: 宮城




大崎/380年前から山あいの農地潤す水利施設/「南原穴堰」守り伝えたい
「世界かんがい遺産登録」で報告会/ 組合員「先人たちの苦労に感謝」
(以下本文)
 約380年前に造られ、現在も山間地の農地を潤す大崎市鳴子温泉の水利施設「南原穴堰(ぜき)」が、歴史的価値を持つ農業用水利施設を認定する国際かんがい排水委員会 (ICID)の「世界かんがい施設遺産」に登録されたことを受け、市は報告会を開いた。
 南原穴堰は1644~47年、河川から遠い山間地の用水確保のため造られ総延長は1880m。1330mを占める隧道(トンネル) は全て、たがねやのみを使った手掘り。高低差5mの緩い勾配を、 夜間にたいまつの明かりを使って測量するなど高い技術が生かされ、現在も水田や牧草地計25秒haに用水を提供する。
 オーストラリアのシドニーで3 日あった表彰式には、伊藤康志市長と南原穴堰水利組合の上野孝作組合長(68)らが出席した。「農業とコミュニティーの発展に貢献した地元の知恵と創意工夫」との登録理由について、6日に市役所で開かれた報告会で上野組合長は「先人たちが苦労して残してくれたことで私たちは生かされている。感謝したい」と強調した。
 掘削のために崖から掘られた9カ所の横穴「狭間(さま)」は土砂の排出にも用いる。近年は手作業からハンドル式のゲートになり負担は軽減したが、春と秋には地域外からも支援を受けて清掃作業(江払い)を行うなど維持管理が欠かせない。組合役員の上野健夫さん(65)は「子どもの頃からあって当たり前だった穴堰が、世界に誇れるものだった」と感慨深げに語った。

 上野組合長と表彰式に出席した伊藤市長は、看板の多言語表記など、国内外からの視察に対応すると説明。「地元任せでなく、市民や企業が価値に気付き、保全に参加する仕組みをつくりたい。次代を担う子どもたちにも関心を持ってもらい、一過性にせず未来につなげる」と述べた。
 市は11月8、9日に登録記念のシンポジウムを開催する予定。



大崎市作成のペーパーがあり、穴堰について説明がある。以下に紹介する。


ICID 世界かんがい施設遺産 登録(2024.9.3 Sydney)
『南原穴堰』 Minamihara-Anaszeki Irrigation Canal
~山間地の荒地を、知恵と技の巧みな水管理で、約380年続く農村に変えた生きた遺産~

 人家もない荒れ地の山間地で、標高が高く、河川から取水できない中、新たな用水確保のため、1644年から1647年の3年をかけ、隧道を含む約2kmの水路を、手掘りで岩を削り水路を完成させた。山間地で約380年にわたり水稲を生産、食料を確保し、農村が生まれ、暮らしを守り続けている重要な水管理施設である。
 総延長1,880m、その内隧道が1,330mであるが、高低差が5mしかなく、非常に緩い勾配 (0.3%)に対し、夜に松明の明かりを利用し、対岸の山から声を出し指示をして、杭打ちを行い測量し、隧道を掘削したが、知恵を活かした測量と掘削の技術により実現した歴史的にも貴重な施設である。
 また、崖から横穴「狭間(さま)」を9ヶ所掘削し、狭間から左右に隧道を掘削したが、狭間からは岩石を排出した他、水の力で土砂払いができる仕組みに工夫されている。約380年前に計画実行された巧みな工夫と技術の高さにより、現在も維持管理では労力を少なく土砂払いが継続できており、約380年前の形状を残した生きた遺産を、地域内外の人々が協働で守りながら活かしている。


このプリント(ペーパー)には以下の写真も掲載されている。
・「隧道の内部」~約380年前の手振りの凹凸の形状や燭台が今も残る~
・隧道出口から田んぼまで続く「開水路」~協働で維持管理する土水路にはイワナも泳ぐ〜
・隧道の横穴「狭間(さま)」(7号(勘兵衛)狭間)~隧道内部の土砂が水の力で排出される~
・日本国内位置図


南原穴堰水物語 (宮城県北部振興事務所農業農村整備部)
■参考サイト  大崎耕土「世界農業遺産」鳴子温泉エリア

■関連する過去の記事(大崎耕土)
なぜ大崎耕土と呼ぶのか (07年7月25日)
■関連する過去の記事(陸羽東線沿線の探訪)
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名生館官衙遺跡、名生城跡 (2024年06月18日)
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東北本線旧線(山線)の跡を訪ねて(その12)愛宕駅、高城川架橋 (2024年06月03日)
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■関連する過去の記事(宮城県内の河川改修など。これらの他、貞山堀などの記事もあります)
川村重吉 (2024年01月22日)
川村孫兵衛重吉 (2012年6月21日)
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仙台・宮城人怠け者論を考える (09年11月11日)=皇太子の一分停車について記載あり
北上川改修の歴史と流路の変遷 (08年2月17日)
北上川流域の「水山」 (08年2月11日)
高城川を考える (06年8月26日)
七北田川を考える (07年10月3日)(寛文の流路変更)





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最終更新日  2024.09.25 05:29:08
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