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ワールドカップサッカーを見ていて、つくづく感じるのはグローバルな情報時代で競争のためのスキル開発の激しさである。高速パス交換が前回大会の華だったとしたら、パスどころか足バレーボールのようなボレー・ヘディングで一発で決める時代に変わってきている。お互いに研究し尽くし、創造力を生かした想定外の連係プレーでゴールを割る。スポーツ選手は多くの若者にグローバル競争の厳しさを教え、体現してくれている。ビジネスの社会、研究開発の社会でも同じことが起こっており、しのぎを削っている。世の中で自分のような仕事をする人は他にはいないと思っていても、面白いことなら必ずライバルはいる。ライバルは大事にしてその分野を大いに盛り上げてゆきたいものだ。また、一方で、自分の担っている役割は自分以外にはいないというものを見つけた場合は非常に貴重であり、大切に伸ばしてゆく必要があるだろう。ビジネスの社会なら、市場性の高いものは中国や韓国に真似られてしまう。それだけに本当に使命感を持って時代を担うテーマに当たっているという事は日本にとっても非常に重要なのだから。
2014.06.30
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家内は子供を産んだことない人間が戦争を口にすることは認めない。戦争は、まず心の中に宿るものだという信念からである。もちろん桜井良子や安倍晋三も同じ類に属するので信用しない。ひたすら国際友好・善隣友好活動に賭けている。20世紀は世界大戦・大量殺戮の世紀であり、21世紀こそは家内のいう平和希求が前面に出てくる世紀と期待したが、実態はこれまで営々と続けられてきた先頭の歴史が収束する気配ははっきりとしない。不公平・不公正・不平等だという人間の原始的な憤りを乗り越えられない子供を中心としたテロリズム・アジテーションが止むことがない。既得権者はこれらのエネルギーを巧妙に使いながら自らを守るテクニック・スキルを駆使して生涯を乗り切ろうとする。この暴挙に対する防衛力を整備しなければならないと防衛産業は虎視眈々と機会を伺う。しかし、世界で一番尊いボランティア活動足る母なる想いを大事にしたい。大人なら皆知っている戦争の愚行を顕在化させないささやかな国際交流・善隣友好を最大限の効果を生むように努めてゆきたい。
2014.06.29
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政治は数である。多数決は民主主義の基本。などなど政治の基本に関して、民衆や選挙民は潜在的に不信感を持っている。数は力であり、政策で選ばれたはずの政治家が自身に対する信頼だと勘違いしてしまい、選ばれた限り自分の思うようにふるまえると暴走するのが怖いからである。政治家の暴走を恐れる気持ちが根強いことは政治家が常に念頭に置いておかなければならないことである。そして声なき声に断罪されることが前回の民主党の躍進の引き金になったことは記憶に新しい。しかし、今回の都議会という日本のど真ん中で性差別発言のヤジで政治家の思い違いを露呈してしまったのは非常に残念である。数を握った政党が自浄作用を失うというのは危険な兆候である。政治家を業界の人々としてお互いに雇用を守り続けようとする組合になり下がってしまったのが恐ろしい。自民党が政治屋集団なのか、志をもった政治家の集まりなのか、日本の良心が問われる事態になってきてしまった。自身の言行についても政治家並みの慎みを持ちたいと自戒している。選挙民以上の政治家生まれないからである。「うやむやが好きな日本人。」という定評が定着するのが恐ろしいからである。もちろん白黒の合間に真実があるということも多いが、その合間を根気よく突き止める力が日本に求められていると思うからである。
2014.06.28
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韓国からの留学生は率直で解りやすい。好きな子ができると告白しようかどうかとソワソワする。振られたらがっかりして帰ってくる。それでも翌日お友達ならよいといって一緒に通学バスに乗り、挨拶してくれるようになったと言ってうれしがる。また、通学バスは早く並んで隣同士の席をとるといって、早起きしてお弁当を作るようになった。そんなにフェロモンを振りまくタイプではないが、本国で兵役に就く同級生が入隊前に会いに来るという。彼には彼女もいることも知っているという。いずれにしても情熱的な生き方は、我々の若いころとは少し様相を異にしている感じがする。どのような価値観と約束事が流れているのか、事実は小説よりも奇なりである。日本の常識だけでなく、世界の常識にお付き合いできる国際交流は、当人たちはくそまじめだけに面白い。
2014.06.27
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レフェリーに見えないところで相手選手に噛みつく。巧妙な技である。さすがにかみ跡が残っており、審判団や主催者側の審議の対象になっている。日本でも最終戦で動きの良かった岡崎が、競り合いでひじ打ちをくらって鼻を骨折したようだ。これも審判の死角であり偶然の出来事として無視されてしまった。これをもって相手側の勝利が不当だという事にはならないようだ。世界中の少年・少女が詳細に見つめ。見守る最高の舞台のワールドカップというのは、その規範性でも世界に範たるものでなければならないのに、教えられるのが巧妙な反則技であり、体を張って闘うというのはそういうギリギリのスキルなのだということなら、何ともやるせない。世界は悪意にも満ちており、これぐらいのタフさがないと世界王者にはなれないということなのだろう。この悪意に満ちた反則さえも乗り越える返し技まで身に付ける必要があるようだ。これから世界レベルを目指す子育てというのが、日本のような土壌の中から生まれるのかどうか、サッカーに関する限り疑問が残るW杯だったように思う。世界の中の悪意というものをも教え、その中でも戦い抜ける力を養うようなコミックやアニメが必要なのだろうかなどと考え込んでしまう。
2014.06.26
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いろいろな事業で世界の壁にぶち当たっている。一番目は携帯電話だろう。Iモードを世界に展開できると思ったNTTドコモ。普通なら倒産してもおかしくないぐらいの大損失だが、超成長市場にいたおかげで、この失敗は企業生命には影響しなかったが、多くの電話製造メーカーがあおりをくらって倒産に近い状態に追い込まれた。世にいうガラパゴス携帯である。これは世界市場を知り、働きかける力に欠けていたから起きた問題である。その点では、お隣の韓国のサムソンがこの問題を乗り越えて立派に善戦しているのに敬意を表したい。今回はワールドカップサッカーで日本は予選グループで敗退の憂き目にあった。世界の壁は厚かったというが、結果論で言うと第2戦で引き分けたギリシャがコートジボワールを下して決勝グループに進出したことを見るとその差は紙一重だったと言える。あのシュート一本が決まっていれば流れは変わったのにという悔しい気持ちを表して欲しかった。それなのに一様に世界の壁は厚かったと関係者はコメントする。逃げてはいけない。自分のあの一本を決めきれる力が不足していただけなのだ。その差は世界の差ではなく、チャンスを引き寄せるまでの力はあったと言ってほしかった。そのほうが次に続く世代への励みになっただろう。ほんの少しの差を自分のものにできる技能の習得と練習が課題であり、いろんな分野でもチャンスは引き寄せる力は日本にはあるのだから。
2014.06.25
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無人飛行機の開発が加速している。怖いのは軍事利用であり、この技術がだんだん簡単な操作で可能になってきていることである。沖縄戦記念日も終わり原爆記念日を控え、平和祈念と核兵器の廃絶を訴える催しが開催されるが、これらの想像を超えるリスク社会を迎えようとしているのではないかと懸念する。無人機の爆撃が無差別殺戮を招き、核兵器に寄らずとも無人機の原発攻撃が行われれば、核兵器以上の被害をもたらすかもしれないのは福島原発やチェルノブイリを見れば明らかである。そんなバカなことはしないという性善説により日常が支えられていることに、目に見えぬ大きな力に感謝しつつ、心底から祈りる思いで一杯である。軍需産業は、小さな衝突を行うことで、抑止力・情報収集力の向上を図らせる兵器の更新を迫るが、リスクを大きくする動きを抑止する平和維持推進活動もこれに勝る活動であってほしいと願っている。
2014.06.24
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世の中の問題は単純ではない。シリア・イラク・アフガニスタン・ウクライナ・ウルムチ・チベットなどなど数え上げればきりがない。グローバルなリーダーという気概の強い米国も、これまでならカウボーイハットよろしく力で解決し、民主主義の旗をかかげて復興させると乗り込んでいたが、ことはそんなに単純には片付かない。それだけにCIAなどの情報機関を通じた情報収集と分析を行うが慎重である。一方で軍需産業側からは中間選挙に向けたプレッシャーがかかる難しい図式である。似たような状況でリーダーシップを発揮したのにイビチャ・オシム氏があることを昨日のNHK番組で教えられた。ボスニア・ヘルツェゴビナの内戦寸前の中をサッカーの力で国の力を結集する理念を実現したのである。混乱の渦中で、火中の栗を拾う仕事をやり遂げたのである。まさに命がけで理念を実践したのである。これらの混乱を解決するには、その根幹になる課題について解決してゆくイビチャ・オシムが必要なのだろう。高齢者として余生を賭ける取り組みに頭が下がる。余生を甘いポスト探しと任官にうつつを抜かす余生とは大きな違いがあるのを日本の高齢者も大いに学ぶところがあるように思った。
2014.06.23
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年金受給開始年齢の70歳へ引き上げなどが論議され始めた。さて、これに先立って既に年金を受給できている高齢者も報酬のあるポジションを求めた任官運動が盛んになってきているように思える。特にNPOなどでボランティアにより成立している団体において、報酬のあるポジションに高齢者が居座ろうとする動きは見苦しい。後継候補者が愛想をつかし後継者なしという理由で続投をするような態度はあきれる。年金受給年齢までの報酬については理解できるものの、年金開始後は支給額の抑制があってしかるべきところを現役時代の支給を継続しようとする醜い多数派工作を行う。高齢者は人脈などが豊富で手練手管に通じているだけに歯止めが効かない。現在の議員の定数削減が進まないのと同じ構造である。社会活動が高齢者の食い物にされるのは醜いばかりである。高齢者社会を美しい社会にするには高齢者の慎みが必要である。自身も大いに自戒することとしたい。
2014.06.22
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日本のモノづくりへのこだわりが、世界の需要家のニーズにマッチする感動の物語のシリーズで縫製されているのが和風総本家である。磨きをかけたモノづくりでも、世界のメジャーになりかけるとその技術が新興国向けの汎用技術になり、奪われてしまい、和風総本家が成り立たなくなる。残るのは、メジャーにならない世界の片隅でこだわり続けるユーザーに訴えかける技術だけである。とはいうものの、このような和風総本家スペシャルの連打が重要であり、これらの新陳代謝が日本のモノづくりの継承発展につながってゆく。真似られてしまったものはしようがない。次から次へと和風総本家を追求し続けてゆくことが次の世代に求められているのだと思い、若い世代の人々の活動を注目し、支援してゆくことにしよう。
2014.06.21
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どうしても気になるWカップの侍ジャパンの行方。比較的おだやかな日本人でもWカップには熱くなる。ゴールを決めきれないもどかしさ。ゴールキーパーの堅守のたくましさ、などなど。サッカーには、日本という環境や精神的な土壌で育った若者の実力とはいかがなものなのかという思い入れがあるからだろう。どのような環境を生き抜き勝ち抜いて、世界の土俵で戦えるのかが表現される。そして対戦国の同じような環境づくりや選手の育成に想いを馳せるのである。負けたとしても、次の世代はさらに世界のお手本を基にさらなる高みをめざして取り組んでくれるだろう。戦争にも似た熱狂だが、サッカーは平和である。このサッカーを育てる環境づくりを世界で共有でき、それぞれのお国柄を理解し合えるのが素晴らしい。それぞれのお国柄の違いを楽しみ味わう余裕を大事に共有したいものである。
2014.06.20
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IT技術が進んで、少しの情報でも大きく拡散したり、なりすましが横行する様になってきた。何も新しい問題ではなく、第2次世界大戦でもそれ以前の日露戦争でも情報戦は熾烈を極めていた。南京事件にしろ従軍慰安婦問題にしても、新しい問題ではなく、戦争中から自己正当性を訴えるために抗日戦線をまとめるために使われていた内部統合策ならびに国際社会への自己正当性の訴求策であった。日本軍の情報戦は、不都合な事実を隠ぺいする統制だったために有効な対抗策が打たれないままに終戦を迎えてしまったことが抗日戦線の訴求が残り火になってしまう状況を生み出したと考えられよう。いずれの事態も戦争が起これば勇ましげな人間の表面が強調されるが、生存をかけた人間の弱い面、醜い面が必ず出ることをよくよく知る必要があるだろう。力による支配と安定をことさら強調するときに、このような戦争の暗黒部についてどう考えるのか、リーダーは考えを明示する必要があるだろう。日本は敗戦国として不都合な事実にさらされ誇張された面についてはしっかりとした事実関係の調査を続けるとともにこのような戦争には暗黒側面が伴うことを世界に知らしめる必要もある。日本は暗黒をうまない規律を持った国であるという世界への発信は重要である。W杯の日本応援団の事後清掃などは非常に好もしい行動だと思う。
2014.06.19
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我が家の韓国人留学生は、W杯のロシア戦を通学前に観戦して興奮気味に登校した。日本戦では日本が負けても残念とはお世辞にも言わない。こちらも韓国が負けても残念とは言わない。兄弟喧嘩のようなもので、強烈なライバル意識でライバルの成功は心からの祝福にはならず、勝因・敗因の分析のほうに目が向かう。彼女が素直に思ったことを口にするので、こちらもストレートに振舞えて非常に清々しい。古代から日韓関係はこのようなものだったのだろうと想像に難くない。日本に中宮寺の弥勒菩薩があるといえば、韓国にも金銅製の弥勒菩薩があり、法隆寺といえば仏国寺、高松塚の壁画といえば石窟庵の壁画などライバル意識が一杯であった。そこで、びっくりするような青銅製の大仏が百済と日本の技術者の協力で出来上がったのだろうと推測する。このような民族の特性を理解して付き合う必要があるように思う。韓国人に日本人と同じ反応を期待するのはどだい無理な話であり、なまじW杯で共感を寄せてくる人があれば裏があると思った方がよいだろう。ライバル関係をプラスに活かしてゆく方法を共有するという考え方が必要だろう。
2014.06.18
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今日は定期健診を受診した。最近の検査機や測定器は進歩し、検診にかかる時間は大いに短縮されて、あまり時間をおかずに結果を聞けたので、進歩を実感できた。しかし、超音波・胃の透視などは写真を撮るばかりで結果はこじつ書面で行うとのこと。医師が画像を覗き込みながらなので、大きな所見だけでも結果を聞く機会に間に合わせとほしかった。数人の医師で画像を見ながら診断を確定しないと結果をフィードバックできないのは解るが、「顕著な所見はなかったが、詳しい分析の上、後日正式書面を送付する。」といわれれば、なるほどと納得するのに、惜しいことである。医師も看護師も職員も大忙しなのだろうと推測するが、無難で勤務時間を合理化する優しさが表に出て、受診者のほうが後回しになるのでは、強い取り組みにはならない。優しい配慮の中にも、強さを具現できる取り組みが望まれる。
2014.06.17
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子供が留学するというと親は経済的な支援負担に胸が詰まる。しかし、かわいい子には自分ができなかった経験をさせたいと思い、苦労しながら留学させる。しかし、少子化の影響を受けて、日本から留学する学生は増えない。一方で、人口政策の中心に外国人の頭脳や労働力への期待が高まり、来日留学生は増える。そんな中で、実際に留学した人のかなりの数が、大人の期待するようなグローバルな企業活動や国際協力に関わるのではなく、母国からの逃避の国際結婚などに帰結することも多い。中国などは、故国に戻らないでもよいというように周囲から言われる人も多いようである。いわゆる華僑になったらよい。住みよいところなら定住すればよいといいうことだ。韓国からの留学生が多いのも、非常に不安定な情勢を受けて移住先を確保しておこうという思惑も見え隠れする。留学歓迎という単純な考え方だけでなく、子供としっかりと生き方を話しながら留学を考える必要がありそうだ。世の中ボーダーレス化してゆく中で、大きな費用をかけて留学させる意味を共有しないと浮いた憧れだけへの投資にもなりかねない難しい選択を親は請け負うようになるかもしれない。
2014.06.16
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ワールドカップ緒戦では、スペインが敗れた。研究されつくした結果なのだろう。日本もコートジボワールに敗れた。前半は研究したとおりに試合は運んだ。前半のうちの隙を研究し、コートジボワールは実践における日本の比較な弱みが右サイドにあると判断し、ドロクバの投入でさらに右サイドの守りが薄くなるようにドロクバを動かし、若手選手に弱くなったネット右を攻めさせた。ゲーム途中での見事な采配である。さすがのザッケローニ監督も教え子に見事にしてやられた。試合中に弱みを分析し、的確に攻めてゆく分析力と実践力がワールドクラスの競争なのだと思い知らされた。今日一日は日本中が落ち込む父の日だったが、お父さん方もこの厳しい国際競争を勝ち抜いていかねばならないのだとふんどしがしまった一日になったのだろう。
2014.06.15
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高校卒業後50周年ということで、当時の合唱部のメンバーでリバイバルコンサートを開くことになった。1年後を目指して練習が始まった。始めは軽いノリでスタートしたが、やり始めたら若いころの練習に向かう姿勢がそのままに出てきて、だんだん練習もハードになってきた。というのも、一年先輩が2年のとき、我々も1年生として参加したNHK合唱コンクール、朝日合唱コンクールの両方で全国制覇したことを想定される聴衆の人たちが知っていると思われるからだ。思いついた人たちは日頃から合唱活動に参画しておられ、バリバリの現役という感じだが、乗せられた私など、思うほどに高い声が出なくなっている。それでも発念した人々の求めることと行動はワイルドでドラスティックである。こうなると高校生のころの想いがよみがえり、できるところまでやってみるしかないということで、ボイストレーニングを受けたり、菜食主義を止めて肉食に切り替え声帯筋肉の増強を図るということなのである。これを機会にワイルドな肉食系に変身してゆかねばならない。大変な変化である。
2014.06.15
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同期入社のOB会には、不思議な安心感がある。同じ時代のいろんな局面を共有するからだろう。そして各人の生い立ちと今の生き方の中に、世代継承をどのように行っているかに共感が生まれてくるのだろう。これは日本人だけでなく、外国人とでも同い年というだけで、不思議な連帯が生まれて、いろいろ協力してもらうことがあった。長い間のご無沙汰があっても、現状を話しし、こんな課題に取り組むのに協力してほしいと言えば、同世代人として即座に状況を察して動いてくれたこともひとつや二つではない。もちろんこちらも協力を行ったことも同じように一つや二つではない。協力してもらったことが仕事の重要な局面を生み出すことに至ったことは言うまでもなく、協力したことが現在の同時代人に大きな影響を与えたことも間違いはない。政治や外交に振り回されることもあるが、それよりはるかに大きなインパクトで同時代を動かしている一人一人の人間の営みを振り返ってみる今日この頃である。
2014.06.13
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会社の同期のOB会に出てくると言えば、それなりの成功者ということになる。今回はOBの一人の田舎の自宅を訪問した。祖父母の代から引き継いだ家を手入れして、晴れた日には農耕、魚釣り、雨の日には読書、冬には雪山に挑戦と典型的な仙人暮らしである。冬山登山の話などはワイルドであり、挑戦的である。この話を中心に如何に自然に親しみながら生きていくか、また、歴史を振り返り今日を見直すということが共通のポイントになり、大いに話が弾んだ。そして苦労しているのが、田舎の家と田畑・墓であり、父母からの受け継ぎと子供への動機づけとなった。少子化を受けて、複数の家・土地・墓を受け継ぎ相続する複雑さにうんざりするとともに、都会に出て田舎を顧みない子供たちの世代で出身の田舎をどうするか、共通解は見つからない。しかし、今日のOB氏の家は、瀬戸内の国立公園を見下ろす保養所のような家なので、兄弟の別荘という位置づけになるようであり、やはり、女兄弟がしっかりと守っていくようである。女の子はいいよと言われるが、やはり家を継承してゆくのは女性が自然なようである。
2014.06.12
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定年退職後の悠々自適人生はうらやましいと思っていた。しかし、定年退職してみると現役時代のいろいろな至らなさが副作用としてあらわになってくる。ある意味で後悔が頭をもたげてきて、じっとしていられない気持ちにさいなまされる。とは言えども現役メンバーに話しすると年寄りの冷や水になってしまう。この辛さはどこの国の人も、昔の人も味わってきたものなので、これへの対処は難しいし、十人十色である。できれば現役時代の経験を活かして、その周辺でお役にたてる活動を展開するのがベストだろう。よいジジババになって孫の世代に役立つことなどが好ましい活動だろう。通学の見守りなどは本当にご苦労様と思う。自身は留学生の受け入れと日本人の留学応援のボランティア活動を行っているが、将来の企業人や文化人が現れてくれることを祈りつつ、現役時代にできなかったグローバル人材の育成というテーマの罪滅ぼしをしている。ほころびは放置すると敗れにつながる。なんとか現役時代に至らなかったほころびを少しでも上手に繕いたいと念じている。
2014.06.11
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韓国からの留学生の滞在も2か月を越えようとしている。彼女の口座に韓国政府から100万ウォンが振り込まれてきたそうだ。やっとホームシックも乗り越えて、いろいろ活動するのに資金が不足してくる時期に、国から約10万円が振り込まれてくるというのは絶妙のタイミングである。成績が抜群ではないように思えるが、一般の留学生でも挑戦して峠を越えてこれからという時期にほとんどの学生に助成金を支給するというのは非常に意義があると思う。上級大学生だけに多額の留学支援金を送るのではなく、すそ野を広く支援するというのは国家を意識させるのに適切だと思える。広くグローバルに活動する時代に必ずや効果を示すのではないかと思う。20万人の留学生に10万円を送るというのは200億円の予算であり尋常ではないと思うが、社会が世界と関わりなしには生きてゆけないというメッセージになると思う。ステイしている留学生が実り多い生活ができるようにサポートしてやりたいとこちらも触発された。
2014.06.10
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適当に便利使いされている時は、ストレスが高い。なぜ自分はこの要請を断れなかったのだろうかと自身に対して憤りが出てくるからだ。ボランティアとタダ働きは紙一重である。タダ働きは長続きしない。ボランティアも心底から湧き上がるものでないと長続きしない。こうなるといろんな活動も自分自身の心底から生まれてくるものかどうかの判断基準は、自分の身体に聞いてみることなのだろう。十分に楽しんでいるのだろうかと。そういう意味では、人生、健康第一と思って取り組むのに間違いはなさそうである。
2014.06.09
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ブラジルではワールドカップのサッカーがあるというのに、地下鉄や警官がストライキ。スタジアムの工事さえ間に合わなくなることもある。北米や中南米で仕事をしたことのある人なら経験することである。管理監督者を困らせるためにギリギリまで仕事をしないで労賃を吊り上げるやり方である。北米ならギリギリのところで譲歩して工期に間に合わせるのだが、中南米では工期よりも労賃であり、国に対する外国の信頼感などは少しも気にならないようである。日本人は対外的な信頼は絶対であり、工程表を作り上げて緻密に運営してゆくのだが、これは日本の国民性なのだとわかる。タイ人の留学生にクーデターのことを聞けば、小さいころから何回もクーデターは経験済みであり、少しも驚かないという。地球の裏表は東西だけでなく、南北でも大きく異なる。武力・暴力・選挙行動など、21世紀になっても中々平和的・民主的に運営するのは困難な状況が変わらないことが表面化するにつけ、しっかりとした平和への信念をもち慎ましい生活を送り、若い世代を教育してゆくことが大切なことが思い知らされてくる。
2014.06.08
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人生では自分で頑張ったことへの見返りが返ってくる。良いことで報われることもあるが、お世話になったことへのお返しも返ってくる。もし、十分な感謝の気持ちとお返しをしていないと周囲からつまはじきされてくる。同窓会にはだんだん出られなくなってくる。あれだけ世話になっておきながらというお返しである。しかし、世の中には面の皮が厚い人も多く、都合の良いところばかりをつなぎ合わせて生きてゆく人があるが、そのような人が関わった組織や団体は繁栄しないという巡りあわせになる。OBになっていくつかの組織に関わらせていただいているが、これらは現役時代にお世話になったというところからのお返しの気持ちを共有できる組織だからだろう。その中には小さな組織ながら着実に運営されているものや、大きな伝統のある組織であるのに旧態依然としたブランドに胡坐をくんだ組織で行き詰りつつあるものもある。この行き詰まりの原因は受益者が奉仕者に対して適切な評価が伴っていないことが原因となっていることが多い。大きな組織のリーダーが裸の王様になってしまっているのである。これまでの人生経験を活かして、裸の王様に自然に効率的に実態を理解してもらえるように活動することが望まれているのだろうと思う。そして関わる人たちの人生がお世話になった人とブレークイーブンになる仕組みを作ることが求められているのだと、しみじみと感じる今日この頃である。
2014.06.07
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日本人はNoと言われると、素直じゃない人だなどと反応する。まずは一旦受け入れておくのが礼儀で、善処するなどのあいまいなまま済ませる。しかし、外国では、まず何でもはじめはNoである。我が家にステイする韓国人留学生も初めてのことに直面するとNOである。警戒心が強い。何度もこのような経験を積んで信用できそうな状況になるとやっとYesが出てくる。しかし、自然の習性では日本人のやり方の方が少数派のようである。韓国人留学生も少しずつYesが増えてくると馴染んできたなという事が良くわかる。こちらから「ああせい」「こうせい」といわれずとも先回りしてくるようになると可愛くなってくる。始めから対立点を避けるようにする日本のやり方は少数派であり、Noという反応に慣れるようにする必要があるのだとつくずく思い知らされる。
2014.06.06
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アイドル、スタープレイヤー。彼らは解りやすいロールモデルである。憧れがビジョンの具現化である。ビジネスや政治の世界でも、グローバルなプレイヤーを生み出したいとグローバル人材の育成と政財界は躍起になり、大学や教育界も大変なエネルギーをかけているが、生徒や学生の側は中々動かない。ロールモデルがはっきりしないことと、ロールモデルそのものがすぐに色あせるからでもある。それはアイドルやスポーツ選手も変わりがないが、グローバルリーダーというのは、ロールモデルとしての明快さがないという事なのだろう。金融トレーダーとして世界の情勢を頭に入れながら、秒単位で億単位のお金を動かすなどがカッコいいというようには移らないのだろう。スポーツや芸能の場合は動機が純粋だから訴求力があるように思える。政治経済の場合も動機は純粋であり得るはずなのだが、それらがガラス張りにならないところに訴求力が無くなると言えよう。動機と努力、その報酬の仕組みをガラス張りにし、納得性が出てこない限り、憧れという明確なビジョンになりにくいように思う。日本も少子高齢化などで課題先進国であるが、これらを明快に取り組んでいかないと世界のリーダーにはなりえないと思う。このような政治経済界にもグローバルなリーダーシップがが求められている。
2014.06.05
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今日、大学時代のクラブ活動で病気欠場のおりに被っていただいた先生を訪問した。卒業・就職を控えて肺結核を発病で、それ以降は何とか就職と仕事で病気の再発を避けるように必死になり、恩師への感謝の意をお伝えする機会も忘れていた。卒業45周年の同窓会に先生をお呼びすることになり、出席のお願いの席に加えてもらって謝意をお伝えする機会が持てた。幸い82歳の今もお元気で当時のことをシッカリと記憶しておられた。メンバーの写真があればとのことであり、来る同窓会でどんな思い出をお話になるか、怖くもあり楽しみでもある。振り返れば人生のいろんな局面でお世話になりながら謝意を伝えられていない人々が多く存在するように思える。えらいさんになられた方々は、その節々でお祝いするような機会が持てているように思うが、下手をすると葬式までその機会を持てないことさえあるようだ。その点、クラブのメンバーでも部長やマネージャーを務めたメンバーは行き届いていて、すでに鬼籍に入った部員の未亡人を同窓会にお誘いし、部員からのお声かけができるようなチャンスも設けるようである。人生を振り返ってきっちりと謝恩するということは、忘れがちになるが大事なことである。クラブの幹部に敬意を表するとともに感謝したい。
2014.06.03
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7年前から高校の合唱部の同窓会が隔年開催されている。前回から参加しており、今回が2回目の参加である。それぞれ歴代の恩師を囲んだ演奏が交換され、最後に愛唱歌をみんなで歌う3時間のひと時である。現役生も招かれ演奏と顔ぶれが披露される。最年長者は82歳、現役最年少は15歳のとてつもない広い年代にわたる集まりであり、創部のころの男子校と女子高の合併エピソードの紹介など、みなワクワクドキドキの話も交えて、一番心に残る歌を演奏する。青春のころに年間330日をかけて練習した曲は70、80歳になっても色あせない。年代ごとの演奏にブラボー!、アンコール!の過去声が入りいやがうえにも盛り上がり、若返る。現役の女子学生も歌とともにビールを注いでくれたりする。多少お腹が膨らみ、ワインも入ってほろ酔い加減で声帯をゆるめて思い切り歌う。極上のひと時、最後に校歌を斉唱したが、「人生のはじめにおいて、わが友と刻む命の時々を・・・」との一節にはこの年になって味わいがひとしおであった。帰りに後輩諸君が交換演奏旅行に選出されて資金カンパが行われたが、みな喜んで参加したのは言うまでもないことだった。
2014.06.02
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