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海外留学生は日本に人脈が無く、不自由している。それだけに彼らを支援してゆこうという人々や団体も存在する。大学の場合は、留学生を確保するために交換留学という得な制度も持っている。大学の評判を上げるためには、就職につながる研究活動をさせているが、海外留学生はまじめに勉強に取り組んでいるようだ。周囲の人々も気軽に知り合いなどを紹介して、留学生の周りには貴重な情報が集まりやすくなっているように思える。日本人学生の場合は、本人からの意志がはっきりしないので、学生への支援は責任が伴うので躊躇しがちだが、留学生の場合ははっきりしていて、本人責任が明確なので、お手伝いというのが明確で支援しやすいのだろう。双方を見ていると、海外留学生の方が支援の流れがはっきりしていて、うらやましいと思う。早く日本人も自分の意志をはっきり示して周囲に支援を要請するという行動の在り方を身に付けてほしいものである。
2014.10.30
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留学生や研修生が増えてきて、国際交流の活動に外国人の参加が増えてきた。今日はハロウィンに集まりをするが、アジアの留学生が参加する。英国の片田舎で行われてきた慰霊の行事が、コスプレ好きの人々の琴線に触れて広がってきた。今やコスプレといえば日本が元祖のようになり、妖怪やカワイイファションを楽しむ催事になり、子供たちが大喜びする様になってきている。しょうがないので、海賊の帽子と仮面を買ってきて参加するが、アジアの留学生はどのように感じるのかが楽しみである。何のメッセージもなく取り入れる日本をどう受け止めるのだろうか。平和の象徴として受け止められるのだろうと想像している。
2014.10.29
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大相撲で外国人力士の躍進が止まらない。逸ノ城の登場について日本人が驚きの声を上げ、横綱に対しても立ち合いの変化をするなど従来の常識を破る戦いを見せ、大いに論戦まで盛り上げている。日本の古来のスポーツであり神事であると言われたものが、グローバル化の流れに乗っている。ウィンブルドン現象と言われたもので、スポーツというのはできるだけシンプルなルールでフェアに闘えるものが世界に受け入れられ発展してきた。最もドメスティックな相撲にまで、このグローバル化の流れが影響してきた。外国人力士を救世主的に導入してから20年ほどで大きく変革が主流になったのである。改革というと明日からでも世の中が変わってしまうように考えがちだが、一寸した取り組みの変更が将来を大きく変えてゆく力を持つ。問題だ問題だとばかり声高に言うだけではなく、一寸した発想の違いに挑戦すろことが大事であることを、大相撲は示してくれているように思う。
2014.10.28
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年をとってくるとネットワーク人間になってゆく。現場の技術技能に疎くなるが、ビジネスチャンスなどには敏感になって現場に対していろいろ言いたいことが溜まってきて、うるさ型爺になるのである。しかし、その解決策についても豊富な人脈から適切な人材を配合して処方箋を出すというネットワーク人間も珍重される。世の中はバランスがとれていればよいのだが、往々にしてバランスが悪く、新規に人材を投入したり、プロジェクトを立ち上げると解決策を推進しているという錯覚に陥りがちであるが、現実は現場の技術を深堀している人材が適切に配置されていないとネットワーク人間は空回りし、落下傘部隊と揶揄され、烏合の衆と化す。大切なのは、ネットワーク人材と深堀人材のバランスであり、とりわけ重要なのは育成に時間のかかる深堀人材の確保と育成である。日本の組織の弱さは財務的な問題がおこるとリストラと称して、深慮なしに人材を手放してしまうことにある。重要課題であればあるほど、深堀人材の動向に目を向けていきたい。
2014.10.27
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今日は娘夫婦が義妹の農園の収穫手伝いに行っているので、小学1年と4歳の2人の孫を預かることになった。家でテレビを見るだけでウズウズしていても良くないので、京都市の動物園に連れて行った。地下鉄の蹴上から、インクラインのトロッコ線路を歩いたり、三十石船を見て驚いたりしながら、動物園に入った。中学生以下は無料であり、多くの家族連れが紅葉の始まりを楽しみながら、動物物語りに大はしゃぎしていた。若い夫婦と子供というのが一番多いのだが、若い男女のデートに次いで多いのが、爺の孫守である。小学生ぐらいになると動きも激しく、2時間ぐらいの見学でも、その動きをフォローするのにヘトヘトになった。もちろん間で、食事やアイスクリームを食べたりするのを挟んで巧妙に休養を取り、遊園地の遊具をまぜながら孫の満足を導いた。動物園に遊具などというのは邪道だと思っていたが、爺の孫守となるとこのような息抜きがないとスタミナがもたない。もちろん爺ばかりでなく、お母さんたちも遊具で興奮しているのを見ると母親業も相当につかれるものだとよくわかった。かくして、帰りの電車では、孫たちはスヤスヤお昼寝につく。ところが、駅に着いたら元気回復して走り回り始める。ついてゆくのがやっとのことで、手をつないでいても振り切られ、そんなはずみに自動車や自転車にぶつからないかとヒヤヒヤものである。親業は大変だったと思い出すと同時に、小学校の先生は大変だと思い知らされた。
2014.10.26
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芸術というのは、個人からあふれ出てくるものである。本人にとってはほとばしり出るものが秩序だっているものであり、手を放す瞬間では本人が納得したものである。共感されることを期待はするが、相手に伝わるかどうかは保証の限りではない。多くの作品が生まれるが、ほんの一部が評価され、展示されたり取り引きされたりする。多くはごみのように焼却され、忘却されてしまう。我々も大学時代に創作曲を始めて世に問うという機会があり、あまりにも印象深かったので記憶に残った。約50年を経て再度その創作曲を、ご高齢の作曲家をお招きして、内々で、物受け本番で再演した。これにより作曲家の方は、若き日の思い入れに火が付き、密かに再演を期待されるようになったようだ。やさしい曲ではないだけに再演は簡単なことではない。今まで演奏されてこなかった阻害要因というものを潰すような取り組みが必要だろう。さて、このような阻害要因への対策を積み上げてゆくことを、作曲家先生のお元気な間に実現できるかどうかが課題である。作品が世に残るかどうかの瀬戸際だけに先生の想いもひときわだと思うし、我々も是非再演にいたる工夫をこらしたいものだとおもった。社会の受け入れられる芸術というのは大変なことだとしみじみと思った。
2014.10.25
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今日は「いしいしんじ」氏の講演を聴いた。氏は作家として活動を始めて5年でスランプに陥った。スランプの中で、4-5歳のころに書いた物語りの行李を見直して、自身の作家としての原点に気付き、無意識に近いところにある自身の能力を自覚する。そして、そのころの物語の展開を行うことで独自性のあるストーリーを書きあげてゆき、作家としての境地を確固たるものにしていった。4歳や5歳のころに興味を持っていることや倫理観・価値観を大事にしてやらねばならない。丁度、孫たちがこの年齢に当たるので、単なる子守ではなく、彼らが持つ魂をしっかりと受け止めてやらねばならないと自覚した。団塊の世代の我々の場合は、生きる目標が設定されており、戦後社会での復興であり、欧米製造メーカーに追いつき追い越せの一本やりだっただけに、創造力の幅が狭い。しかし、孫の将来を見る時、新たな視線・価値観で見直してやる必要があるだろう。孫たちがどんな特徴を見ているのか、わが子たちも必死に見極めようとしているが、人生経験の長さがこの見方に深みと幅が与えられるように気を付けようと思った。
2014.10.24
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昨日は国際交流活動の年下のメンバーとの飲み会をやった。通常の国際交流の話の後、OBになって学生交流をやりながら気づいた現地での国際競争の実態を話してやった。特に携帯電話の話になると、日本メーカーがアップルやサムソンに追い払われた後、華為・小米などの製品がこれらを追い落としにかかっている様子になると身を乗り出して聞いてくれた。また、これらのメーカーに就職する人たちや、勤め始めてからの落胆なとになると、クライマックスにかかってきた。現役時代には、こんな生々しい状況は営業の人々が愚痴として片づけられていた話だが、市場の実態というのは貴重な現実情報だったのだ。OBはあちこち海外旅行をして、市場の変化を断片的には気づいているのだろうが、秩序だって現役世代にフィードバックされていないのが残念である。これは議員さんの旅行にもあてはまるのだろう。結構重要な情報が入りながら、現実には生かし切れていない。OBの皆さんもつかんだ情報を上手に後輩にフィードバックする方法を工夫していくことが日本の発展に一つの貢献になるだろう。
2014.10.23
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OBになっても人脈は無くならない。まだ現役で頑張っている人たちもOBの人脈を使いながら次世代に後世に残してゆくものを厳選する仕事をしている。長年にわたって積み上げてきた人脈だけに、それぞれの人の性格まで知った上での仕事になる。みな、それぞれに一癖も二癖も持った人たちなので、リーダーに思い通りの仕事をできる組合わせを生み出すためには神経を使う。時に破壊的な化学反応を作り出すこともあるが、一方で多少の軋轢が活力を生み出すこともある。組み合わせと成果は現役時代は派閥に利するかどうかなどの思惑が交錯して大変だったが、OBになると出世欲などとも無縁になるので、顧客本位・社会の望ましい発展に資するかどうか単純に考えられるので、気が楽で楽しい。良い組み合わせから多くの良き成果が生まれることを楽しみに、いろいろな方面の活動に首を突っ込もうと思う。
2014.10.22
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大学の合唱団の指揮者の薫陶を受けたものが、当時の思い出の難曲に挑戦し、そのDVDをお届けに上がった。先輩は、今は画商として画家の発掘に命を捧げておられる。ギャラリーとはセレブな仕事をしておられると上っ面の理解をしていたが、先輩のやっておられるのは、画家が命を削って絵を描いたものを世に紹介する仕事に賭けておられ、高価な絵画を右から左で取引することで利ザヤを稼ぐという通常の画商の仕事ではなかった。画家は伝統の展示会で、伝統の評価基準で入賞し絵に値段が出るというものばかりではなく、時代を生きたあかしとして描く衝動に突き動かされて制作されるものもある。このような画家は必ずしも世の中で評価されるというものでもなく、ギャラリーに展示の機会を迫り、上手に紹介して売り上げを上げ、画集を出版させるという期待をもっている。その画家の鑑賞者に与える価値を見抜いて、展示会のチャンスを提供するぎりぎりの仕事だということを教えていただいた。もちろん、お話しいただくのではなく、先輩の著作やメルマガを読んでいるうちにわかったことである。このような強烈なモチーフで仕事をされるから、我々は当時の演奏が強く記憶に焼付き、涙に打ち震えるほどのステージを持ったことが、当時の再現を希望したのが、同窓会での演奏だった。もちろん、この難曲は先輩以降、挑戦したものは数少なく、作曲された先生も大きく心動かされ、この先輩に、この出来事を報告された。そして、この素晴らしい曲を先輩の手で再現してほしいという想いが言外にいやというほど感じられる文章だった。先輩は感受性の鋭い方なので、82歳になった先生のご意向を痛いほど感じられたと思う。ここにも埋もれた作品を世に出す現場がある。さて、先輩は数十年の空白を破ってステージに立つように、皆さんに呼びかけをされるだろうか?この先輩はこの地方での芸術面では名士なので、フアンも多い。先輩が動かれると多くのファンは大歓迎するに違いない。先輩の動きから目が離せない。
2014.10.21
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小淵優子大臣が辞職した。選挙の地盤が昔のまま引き継いでいて、そのままの体質まで受け継いでしまって、何とも思わないでいたことが原因である。何事にも群がって利益を享受しようという輩がおり、必ずしも悪いとばっかりは言えないものもあるが、常軌を逸してしまっては本末転倒になる。億単位のカネでもしらを切りとおす政治家もいれば、数千万円、いやそれ以下で命取りになる議員もいる。時代は変わってしまい、お金の流れなども情報化などのお蔭で以前より格段に透明化してきている。実力本意で人が選ばれてゆく時代である。地盤・看板をひきついだ2世議員としては、まだ若いのだから、実力本位でこれからの信頼を築きなおす覚悟で出直してほしい。そして、世界に訴えかけられるような現代的な政治家に鞍替えしてほしい。
2014.10.20
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今日は珍しい「悔過茶会」という150年ぐらい前の形の茶会に参加できた。老松という京菓子屋のご主人が、若手の和菓子アーティストとのコラボレーションで神職・僧侶の服装で、往時の茶器のスタイルで献茶されるのである。窮屈なお茶会のスタイルではなく、寛いだ空間でお二人の献茶トークを基調講演のような形にして、参加者がそれぞれに感想や質問を出し合って会話を楽しめた。茶菓子は、神仏への祈りを媒介するものであり、菓子を作るときでもしっかりとテーマを持ってこれを実現してゆくところに魅力が生まれる。若手の女性アーティストは、「勾玉・・・卵子が生命を宿したときの姿」「ねじりがし・・・払い・清めの象徴」「積み重ね菓子」などをテーマに提示し、「祈り」の展開を考えているとのことであった。不思議なことに、話を聞く前にはあまり強う印象を持たなかったのが、話を聴いた後には「ありがたいお菓子」と受ける印象が変わり、150年前の製法によるお菓子ではありながら、実際に食べてみて非常においしいと感じ、少し高いお菓子だったが、家内へのお土産に求めて帰った。文化の価値で、単にお砂糖ともち米と寒天のバランスから生まれるおいしさというものに留まらない味が高まるのが実感できたのは面白い。これらの和菓子も、神道・儒教・仏教・キリスト教とともにもたらされたお菓子をしたたかに吸収しながら幅を広げていることも説明され、その経緯を事例を見ながら教えてもらうことで、和菓子のもつたくましさを覚えた。そこで、イスラム教の影響を尋ねたが、「砂糖を3倍ほど使うのと、油で揚げるのが特徴であり、中々和菓子には馴染みにくい。」との回答に、イスラム菓子には高齢者がなじみにくいことに妙に共感してしまった。
2014.10.19
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今日は高校留学生の日本語勉強会だった。日本語を一生懸命に学んで、12月の検定テストに臨むのだが、7か月の滞在で得意不得意と努力の度合いによって差が付き始めてきた。一方で、日本の学校の英語の授業だが、ワンパターンで教師が教え、ドリルをやらせ、CDを聞かせたりするようだが、マニアル通りでダイナミックではないようである。折角ネイティブスピーカーがいるのだから、いろんなリーディングにしても留学生に読ませたり、簡単な質疑をさせればもっとダイナミックな授業になると思う。最近はリスニングが試験科目に入ってくるのだから、味気ないCDを聞かされるだけというより、学生をティーチングアシスタントに使えばよいのにと思う。先生は一方的に学習要綱のマニアルに沿って教え、生徒は聞くだけ、決められた質問に答えるだけというのではグローバル時代のダイナミックなコミュニケーション能力は開発されないだろう。留学生を使えない先生の頭は固いと思う。マネージャーなら、現存するリソースを最大限に活用すると思う。必要なのは、教師のマネジメント能力ではないかと考えさせられた。
2014.10.18
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兄は79歳でまだ2つの合唱団で歌っている。同窓生でも同窓会に出てこれないのは明日のステージに向けての最終練習に出ているからという。仕事も週3回とできかぎり続けながら興味深い曲には冥途の土産と挑戦を続けている。驚くほど貪欲に挑戦を続けている。それに引きかえ、私はというと、それぞれ自分にしかできないことだけに絞って冒険はしていない。5年に1回ずつぐらいのペースで大病を患い1-2年の療養が必要になったことで、活動の連続性が欠けていることにもよるようだ。糖尿病を残して、あとの病気は完治し、やっと得られた通常の状態であり、ボランティアのおとなしい貢献だけでなく、もう少し挑戦してみようと思い直す今日この頃である。
2014.10.17
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海外留学生のお世話をしていると、日本の学生に対する不満が聞こえてきてつらい。教室の後ろの方で、勝手に話し込んで、折角講師のすばらしい話に関心をもたないので、級友と学ぶ機会がないのが残念というのである。どこにいけばしっかりと学ぶ学生と共に学べるのか。かれらは真剣な環境を求めている。日本の最高と呼ばれる大学でも世界では、中々50位入りがせいぜいで、それも1-2校とのことである。学生だけを責めても止む無いところもあるだろう。親が背中で勉強している姿を見せてなければ子供は学ばないだろう。孫に教育資金を贈与する非課税枠を設けたりしているが、それだけ危機感も薄れているかもしれない。留学生を刺激にして日本の学生を奮起させたいという先生方がおられるが、その前に留学生に見放されてしょうがない。ここは、大学を高等保育園にせず、社会のニーズや課題にどう個人の特性をマッチングさせるかの真剣勝負する場として、学生に発信できるように教師・親が一体となって取り組む時なのだろう。親の乗ってきたエスカレーターの先には、そんなに予定されたエスカレーターの延長はなく、自分でエスカレーターを設計し、歩んでゆかねばならない。だれも社長になった子ともなく、総理大臣もやったことはない。みんな初めてのことに挑戦してゆかねばならないのだから、学生の挑戦意欲を大切に引き出してやりたいものである。そして、海外留学生から見てもナルホドと思える生き方をしてほしいものである。
2014.10.16
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ベトナム人で我が家にステイしていた留学生が、帰国後、研修生・実習生の派遣事業会社に就職している。また、自宅では塾を開いて、英語・日本語の授業もしている。派遣会社は日本向けだけでなく、韓国向けにも派遣しているようである。留学希望者や研修派遣生の募集のために留学フェア・海外就労フェアが盛んにおこなわれており、これらの様子がFBで送られてくる。韓国フェアでは、人気アイドルグループの公演や伝統の韓国舞踊が披露されている。日本の留学フェアではどうなるのだろうか。家内はお茶会の催しがあれば喜んでお手伝いに行くというが、お母さんやおばあちゃんのイメージで若い人を魅了できるだろうか。いずれにせよ、それぞれの国が持つ力を最大限に活かした取り組みで、若者はそれぞれに惹かれてゆくのだろう。それにしても新興国のしたたかなやり方には感心するし、留学生経験者のタフさにも感心する。
2014.10.15
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我が家にホームステイしていた子が、新築した家を見てほしいと言っていたが、前回の出張では訪問できなかった。3階建の一軒屋と聞いて驚き、本人も給料の7割を家に入れているというのに感心していた。今日FBを開いて訳が分かった。学習塾になっている。そこでは、彼は英語や日本語を仕事の傍らで教えているし、いろんな講師を呼んできて講座を開いている。お父上も日系企業の教育機関に勤めておられ、お母様も夜学で大学院を卒業しておられる。ベトナムはこれからも多くの若者が勉強し、留学生を輩出するが、その方向に向けてしっかりと活動しておられるのには、またまた感心させられた。果たして、日本の学生にこれほどのガッツはあるのだろうか。うかうかしてはいられない。
2014.10.14
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先日の大学のグリークラブの同窓会では、鬼籍に入った部員の奥様やお子様にも参加いただき、故人も一生懸命に練習した難しい曲を思い出の曲として歌った。作曲いただいた先生もご高齢を押して参加いただいたが、この曲こそが「感謝」「祈り」そして「愛」を謳いあげたものであった。良くこの年までまともな人生を歩んでこれた感謝と鬼籍に入った部員のご遺族が健やかにお過ごしになるよう祈りを込めて歌うことができたのではないかと思った。顔を合わせて、「お祈りしてますよ」「愛してます」とは伝えられないが、歌を通じて伝え会えるのは芸術ならではのことだろう。皆までゆうな。解ってますよということだ。絵や歌があるのはそういうことなのだろう。
2014.10.13
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娘の地区の運動会を見に行った。親子ゲームなどで、夫婦と子供一人が連続して参加するので、下の子供を見張っているためである。地区対抗の徒競争になると親の方は随分厚く応援をする。地区の子供だから誰が早いのか少しは情報があるようである。親と子供の地区対抗綱引きトーナメントになると大いに盛り上がり、拮抗して時間切れのところで、綱の中央が20センチどちらかに傾いていることで勝敗が分かれて大いに悔しがる大人もあり、ドンドンヒートアップしてゆく。借り物競争・パン悔い競争など定番のゲームの後、地区の特別ゲームで馬跳びの代わりに大人の背中を子供がハイハイしてゴールに向かう。親は次々とゴールまで順番に馬を伸ばしてゆく。地区の親子で協力する面白いゲームである。そして、いよいよ地区対抗綱引きの決勝戦。最後は、年齢別男女別地区対抗リレーである。対抗となると参加した人たちは随分熱くなり、力いっぱいに走り、引っ張りする。日頃使わない筋肉を使い、また、地区の人たちが全力を出して協力をする。キズナの再確認である。爺婆としては、自分が住んで切る地域ではないので、参加者ほどには感情移入できないが、地区の運動会で子供や孫たちがご近所の人たちと和やかに遊んでいるのは微笑ましい。学校の運動会とは一味違った生活基盤に沿った、年代を越えた交流ということでも有意義なイベントだった。
2014.10.12
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先週の日曜日に、大学のグリークラブ卒業45周年の集まりがあり、そこで思い出深い曲を歌った。この曲は、当時、委嘱作品で初演という大曲であり、それだけに印象に強く残り、一度再演してみたいという希望があり挑戦した。当日は、作曲された現役で82歳の先生もお越し下さり、また、鬼籍に入った部員の奥様とお子様にもお聞きいただくイベントになった。難曲なので、歌うというより抑揚付朗読と称して、懐かしい講堂(有料)を借りて歌った。難曲とあってなかなか合わないが、2回演奏する機会が持てた。一回目はそれぞれに練習してきた成果が周囲と合うかどうか聞き耳を立てながらの演奏で、難しいながらもそこここにこれはと思うところもあった。しかし、2回目になるとそれぞれが、ここぞと思うところで力みが入って個性を発揮しすぎる演奏になったり、スタミナぎれになってかすれてしまう残念もあった。聴いておられた先生は、さすがに現役であり、「ええ曲なのに、会ってない。お酒なんか飲んでおらずに練習してほしい」ときついお言葉であった。歌った本人たちはぶっつけ本番にしては最後まで歌いきったとの満足感たっぷりであった。さて、奥様とお子様の感想は、「故人もこのステージで歌っていたのだろう」と感慨に浸っておられたようだ。もちろん、私的なセンチメンタルジャーニーであり、お聞かせするのが目的ではなかったが、歌う満足と聞く満足との相違を浮かび上がらせた演奏であった。当時の先輩の指揮者に来てもらってという話もあったが、そこまで大げさにしないということで演奏したが、歌ったメンバーは大満足であった。
2014.10.10
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日本人は、企業の中でゴシップなどで競争相手を追い落とす足の引っ張り合いをやってきた。このあたりは、従順なフォロワーシップということで、空気の文化と表現されるもので、自然な形で形成されてきた。しかし、国際社会で他国を貶めるような活動は行ってこなかった。たぶん、日露戦争を最後に他国の情報工作は行ってこなかったと思う。一方で国際社会では、他国は情報工作を進め、日本のイメージを貶めようとする活動が目立ってきている。とりわけ韓国による米国を舞台における従軍慰安婦問題の広報と活動は著しいものがある。足を引っ張られているわけだ。日本側が反論をはじめ、韓国側の課題を述べると国際的な足の引っ張り合いが始まることになる。これが嵩じてくると紛争にも発展しかねない。足の引っ張り合いは積極的に生まれるものは少ない。積極的な将来への取り組みへの呼びかけを強め、足の引っ張り合いは慎みたいものである。
2014.10.08
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台風の接近で、10月5日の大学卒業45周年の合唱部の集まりを神戸で開催するにあたり、中止すべきか大いに迷った。とりわけ物故メンバーの奥様やお子様を招き、恩師にもさんかいただくだけに10月4日には多くの連絡が行き交った。しかし、台風は5日夕刻の接近と判断し、東京から参加の奥様とお子様がすでに出発しておられた。気象予報についての精度があがり、信頼性が上がった結果、今までなら中止して安全をとるところが、開催の判断ができ、恩師から貴重な裏話や率直な感想も聞け、奥様お子様にもメッセージの篭った同期会を開催できた。奥様もお子様も台風の影響が出る寸前に東京に帰ることができた。さて、10月6日は、集まったメンバーでゴルフを予定していたが、これも台風の影響で中止すべきか迷った。しかしながら、夜のうちの暴風雨圏と判断して、予定時刻を少し遅らせて開催を決めたが、これまた予想通りに天気が回復し、時々小雨に振られたがプレーに大きな影響はなかった。気象予報の精度が上がっていることを頭に入れて、従来なら安全サイドの中止の判断でリスクを避けるという行動から一転して、実行することを前提に課題を潰してゆく判断を共有した同期の集まりの粘り腰に驚いた。単に馬齢を重ねているばかりではないことがわかり、勇気と元気づけられた同期会だった。
2014.10.07
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大学の合唱部の卒業45周年同窓会で、15人あまりで当時の思い入れの深い曲を歌うことになった。難曲だが、老齢化による息切れ、かすれ、音域の狭まりなど課題が出てきた。難曲という事に対しては、要所要所でピアノの音を入れて音程を確かめられるようにする。息切れとかすれにたいしては、できるだけ響きで歌うようにする。音域の狭まりでは、ピッチを下げるとともに、オクターブ上げたり下げたりしたメロディーを歌い、倍音効果を期待するなどなど。工夫を重ねて明日はいよいよ恩師を迎えての演奏である。すでに鬼籍に入った同僚の奥様・お子様にも聞いてもらおうという企画である。是非、我々の青春をぶつけた曲を聴いてもらい、これを歌ったり、聴いたりしたメンバーの中から、いつか誰かがこの曲を歌い継いでもらえたらという祈りを込めて歌うのだが。今夜は中々寝付けない。
2014.10.04
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物質の豊かさは、解りやすい。市場経済がすべてであり、優勝劣敗で人生を賭けて自分の長所を生かして富に変えるスリルを楽しむ。成功者は大いに消費し周囲に富を還元してゆくというモデルである。自由と創造に満ちており、世界中の若者がこの物の豊かさに魅了されている。この富を守るのは武器と命を懸ける勇気である。一方で、節度を知り、今活かされている自身をできるだけささやかな消費に抑制し、できるだけ多くの人に物の豊かさを分け合いたいという考えも若者の心の底に訴える。「わび・さび」の精神と呼ばれるものがこれにあたるのだろう。昔は、青春時代にはマルクス主義の洗礼を受け、実社会に出て、現実の人々に触れるにつけ市場経済主義に変わってゆくと言われたものだ。しかし、市場経済万能主義の矛盾は、様々な恨みつらみを生み出し、紛争が絶えない社会をもたらすのも事実だろう。武装闘争・力がすべてと言われた戦国時代でも、富とその基盤になる土地・領地は有限であり、富に変わる心の豊かさの象徴になる工芸品・美術品の価値を理解しないと、世の中の調和は保てないとトップリーダーは考えていた。しかし、心の豊かさ・自己抑制・節度というのは個々人の判断にゆだねられ、解りにくい。ついついお隣さんと比較してのひがみなどが生まれて、崩れ去ってしまう。家内と話しするが、「いろいろ患いながらも、よくここまで生きてこられたものだ。」と。生かされている自分たち、いろいろな人々の相互の好意ある活動に支えられての人生に感謝することが、「心の豊かさ」であろう。「我足るを知る」の精神はどのように世界に理解されるのか、竜安寺の観光のおりに世界の若者にも聞いてみよう。
2014.10.02
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NPOと聞くと、志高い人の集まりと思われがちである。当初の滑り出しは高潔な人の集まりでも、時がたつにつれ、活動を食い物にする人たちが現れる。利権に繋がってしまうとこれにつながる人は徒党を組んで、オリジナルの志はどこかに飛んでしまう。そして、実情を憂える人も高齢化や体調を崩したり、嫌気がさして辞めてしまったりする。そして、残った人々は当初の組織とは様変わりしてしまっている。もちろん社会的な意義があるからスタートしているわけで、一旦動き始めると継続発展させなければならないのだが、往々にして内部での抗争になってしまい、ボランティア精神の人々が息切れしてしまうことが多い。いくつかのNPOをお手伝いしながら経験することがあった。いよいよ資金的に行き詰るまで改革ができないのが日本の組織風土の弱いところではないだろうか。後世の人々から見て、評価される活動を継承してゆきたいものである。
2014.10.01
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