2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全14件 (14件中 1-14件目)
1
ポーターの5つの力の1つ目は、ライバル企業との競合である。これは、ライバル企業同士の競争により、どの程度、業界全体の収益性が低くなってしまうかどうか、ということである。通常、収益性が下がる要因としては、以下の要素が挙げられる。● 業界の規模と比べて多すぎる企業が競合していること● 他社との差別化を行なうのが難しいこと● 供給過剰であること● 一度参入するとなかなか撤退しにくい業界であること● 業界自体の成長性が低いこと● 規模が大きくなるほど一単位当たりのコストが小さくなる業界であること(規模の経済が働くこと)● 固定費が変動費対比大きいこと● などなど多くの企業が同じような製品・サービスを供給しており、かつ供給が需要を大きく上回っているが、撤退するにはコストが大きすぎるために(固定費が大きい、規模の経済が働いている、など)、不採算企業がマーケットに残り、限られたパイを熾烈な価格競争で奪い合う、といった場合に、業界全体として収益性が低くなってしまうのだ。なお、このポーターの5つの力の1つ目である「ライバル企業との競合」は、その他の4つの力から影響を受けているものである。では、プロレス業界の場合はどうであろうか。まず、業界の中で競合している企業の数であるが、小さい団体を含めれば数は数十団体にも上り、これは明らかに多すぎる数であろう。プロレス界は、日本プロレスの独占状態から、新日本プロレス、全日本プロレスの複占状態、その後は複数の団体による寡占状態へとなってきた。現在は、限られたプロレスファンのパイを各団体が熾烈に奪い合っている供給過剰状態というのが現状だ。業界の成長動向については、1960年代からの大きな流れで見ると、テレビ放送は、ゴールデンタイムから撤退したものの、観客動員数は東京ドームで興行を行なうなど増加しており、関連グッズの売り上げが増えるなど、大きく成長してきたと言えるのではないかと思う。しかしながら、近年は、業界最大手の新日本プロレスのドーム大会も観客数の減少に苦しんでおり(ノアのドーム大会は大成功だったが)、プロレス業界全体としては、ゆるやかに衰退していっているように感じる。従って、業界全体として伸び悩む中、供給過剰に陥っており、収益を圧迫している、というのがプロレス界の現状であろう。プロレス界において、「ライバル企業との競合」は極めて高いと言える。明日は、ポーターの5つの力の中の、「新規参入の脅威」であり、今回触れなかったコスト、他社との差別化、などについても言及していきたいと思う。
August 29, 2005
コメント(0)
今日から数回に渡って、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)のマイケル・ポーター教授が提唱した業界分析のツールであるファイブ・フォーシズ(Five Forces = 5つの力)の概念を説明した上で、プロレス業界に当てはめて考えてみたいと思う。マイケル・ポーターはHBSのスター教授であり、少しでも戦略論を学んだことのある人であれば、知らない人はいないであろう。1980年代に「競争の戦略」を発表し、ファイブ・フォーシズや、バリュー・チェイン(Value Chain)など、様々な新概念を世の中に発表している。ポーターの理論については、現実とは違うなどの様々な批判もあるものの、ファイブ・フォーシズは、業界の基本的な分析フレームワークとして、現在でも使われたりしているものである。ポーターは、企業の収益性を考える上で、その企業が属する業界構造がどの程度影響を与えるかに注目し、企業収益の約2割は、業界によって説明出来る、との研究結果を発表した (Anita McGahan & Michael Porter, Strategic Management Journal, 1997)。つまり、業界のマーケット構造は、企業の収益性、ひいては戦略にも大きな影響を与えるのである。では、ファイブ・フォーシズとはそもそも何であろうか。このツールは、業界の収益性を分析するためのフレームワークで、企業の戦略を考える上で非常に有用なツールである。ポーターは、以下5つの要素によって業界の収益性を説明した。括弧内は、プロレス業界に当てはめるとどのようなものかを説明したものである。1.ライバル企業との競合(団体間の競合)2.新規参入の脅威(新プロレス団体設立、など)3.代替商品の脅威(プロレス以外のものにファンが流れること、など)4.買い手の力(チケットを購入するファンの持つ力、など)5.売り手の力(レスラーの持つ力、など)ポーターは、上記2から4が、1のライバル企業との競合に影響を与えると考えており、もし競合が過熱すれば、業界全体として利益が出ないことも有り得るし、逆に、競争が存在したとしてもマーケット環境によっては、全ての企業が利益を享受することも有り得る。明日からは、ファイブ・フォーシズの各項目を1つ1つ説明して行くと共に、プロレス界に当てはめて考えてみたい。プロレス業界は非常に厳しい環境におかれているということが明らかになるであろう。
August 28, 2005
コメント(0)
PRIDEを運営しているドリーム・ステージ・エンターテイメントは、PRIDEに加えてハッスルもイベントとして手がけている。現在は、先行しているPRIDEがある一定の地位を獲得しており、ハッスルも段々と大きなイベントに育ってきているところであるが、この組み合わせは、会社の事業ポートフォリオとして非常に面白い戦略だ。何故ならば、PRIDEとハッスルは同じリング上で行なうものだとしても、その内容やターゲットは正反対のものだからだ。ハッスルのビジネス・モデルは、次のようなものだ。Who(誰に対して): ●プロレスのストーリー性を重視するファン(真剣勝負は求めない)●エンターテイメントの一環としてのプロレスを求めるファン●子供ファン●などなどWhat(何を):●ストーリーラインを重視したプロレス●プロレス以外のエンターテイメントの導入●キャラクターの強い登場人物(レスラー、フロント等を含む)●などなどHow(どうやって):●善悪の対立によるストーリー(次回に繋がる終わりのないドラマを提供)●記者会見を利用してイベントの見所をファンに伝達●小川直也を始めとする一流レスラーを投入●高田総統などハッスル用キャラクターの設定●インリン様を始めとするセクシー系キャラクターの投入●ハッスルポーズを普及●などなどこれも、全てがうまく噛み合っている。ハッスルは、エンターテイメントプロレスを標榜しており、日本のWWEを目指している。このような団体はかつてのFMW、DDT、Dragon Gateなどいくつかあるが、参加しているレスラーの実績・知名度、資金力では、群を抜いている。また、新日本プロレス、全日本プロレス、ノアなどの大手プロレス団体は、ハッスルほど徹底したエンターテイメント路線を取っていないので、その意味でも業界内で革新的なポジションを取ろうとしていると考えられる。今後の発展性に関しては、ハッスルはいわばドラマのようなものなので、いかに興味を惹けるストーリーを展開できるか、また面白いキャラクターを投入できるか、ということがポイントとなってくるであろう。ドリーム・ステージ・エンターテイメントにとってみると、PRIDEが万が一人気に陰りが見えてきたとしても、ハッスルがあれば一定の収益を確保出来る。PRIDEで儲けたお金をハッスルの発展に使うというのは、非常に合理的であると言える。プロレスファンの価値観は、PRIDEとハッスルの間に大体おさまるのではないかと思う。将来的には、業界内でどのようなポジショニングを取るかということについて戦略ツールを使って考えていこうかと思うが、その第1段階として、次回からは、業界分析の代表的手法である「ポーターのファイブ・フォーシズ」を紹介していき、プロレス業界のことも分析していきたいと思う。
August 27, 2005
コメント(2)
最近、小泉首相の靖国神社参拝問題で、中国・韓国の友人から「何故日本は我々を挑発するようなことをするのか?」という質問を時々受ける。彼らからしてみると、A級戦犯が祀られている靖国神社を首相が参拝することは、そのように感じるらしい。みんな小泉首相のことは大嫌いなようだ。私は、個人的には、靖国神社参拝は日本の自由であり、そもそも言論の自由すら保障されていない国から(中国はもちろんのこと、韓国においても数年前まで日本の歌が禁止となるなど、こと日本のことに関しては自由な議論は出来なかったであろう)そのようなことを言われる筋合いはない、と思っており、もし、上記のような議論をしてくるのであれば、逆に日本が今まで中国、韓国のために行なってきた経済援助等もきちんと伝えられるべきであるし、近年の中国の動きなどを見ていると愛国心というよりも排他的なナショナリズムを感じてそちらの方が日本よりよっぽど危険なのではないか、などと考えて、海外の友人にうまく説明しようと思っていたのであるが、なかなかうまくいかない。そこで手にしたのが本書である。著者は、その道の専門家ではないらしいのであるが、その分、非常に優しく、丁寧に、首相・政治家の靖国神社参拝の正当性を明かすものとなっている。著者は、(1)神を「絶対神」として祀る西洋的な神観とは違う日本人の神観、(2)欧米列国が植民地政策により世界中を支配しており、帝国主義が肯定されていた時代背景、(3)勝者が敗者を裁いた東京裁判の非正当性、(4)欧米諸国の植民地政策と日本のアジア進出の違い、などを靖国神社参拝の正当性の根拠として説明している。一方、現在の日本は、近隣諸外国への補償問題も含めて戦後処理をまだ完了しておらず、真の禊ぎを終わらせなければならない、と著者は主張、そして最後に、日本人がそれを実現するためには、自国の精神文化をよく理解し、国を愛することが出来なければ、成し得ない、という論調で結んでいる。私は、著者の意見に大賛成である。まずは、自国に対する誇りを持った上でないと、近隣諸外国との関係は、良化していかないであろう。個人レベルに置き換えても、自分自身に対してNegativeな感情を持っているときには、良好な人間関係の構築は難しいであろうと思う。その意味で、本書は愛国心を明快に主張した本であると言える。しかしながら、歴史学者などには、本書の見解と全く違う日本史観、つまり、被虐的な史観を持っている人も多々いるが、本書はそのような人々の意見を変えるだけの根拠にはかけると思う。まずは、日本国内できちんとある程度統一した歴史観を持ち、それを以って国際的にも諸外国からの理解を得ていくという道筋が必要なのではないかと思った。一定の時期が来たら、東京裁判の再評価も視野に入れていっていいのではないかと思う。
August 26, 2005
コメント(2)
ビジネス・モデル第3弾は、PRIDEである。PRIDEは、所謂何でもありの真剣勝負(“バーリ・トゥード”)であり、現在では、プロレスとは別の競技との扱いとなっている。元々は、1997年10月11日のPRIDE1で、プロレスラーの中でも最強と言われていた高田延彦と、グレイシー柔術最強と言われてプロレスラーの脅威となりつつあったヒクソン・グレイシーが一騎打ちを行なったところからPRIDEは始まった。それ以前は、「強さ」の代名詞であったプロレスであったが、PRIDEの出現以降、その威光を失っていったように思う。そして、現在、PRIDEの舞台は「最強を決する舞台」として認知されてきた。ビジネス・モデルは以下の通りである。Who(誰に対して): ○「強さ」を求めるファン○真剣勝負を求めるファン○などなどWhat(何を):○真剣勝負○他の分野で成功しているファイター(桜庭和志、高山善廣などのプロレスラー、小川直也、吉田秀彦などの柔道家、マーク・ハントなどのK1ファイター)をPRIDEに招聘、夢の対決を実現○などなどHow(どうやって):○夢の対決を次々と実現○知名度のあるファイターを招聘○PRIDEを運営するドリーム・ステージ・エンターテイメントは、選手を保有せず、イベント運営に専念、選手とは別途契約○テレビ放送を通じた新しいファン層の開拓○トーナメントを通じた最強ファイターの決定○チャンピオンを認定、興行の核として、選手権試合を開催○高田延彦、以前であればアントニオ猪木などもともと知名度のある人物を冠することによるPRIDEの権威向上○などなどPRIDEは、現時点で隆盛を誇っており、人気度・選手の知名度から行くとプロレスを既に抜いてしまった。ここでポイントとなるのは、PRIDEが真剣勝負・強さを打ち出し、その点においてプロレスを凌駕することにより、プロレスファンの獲得に成功したことである。元々、プロレスに存在していた不明確なルールなどに拒否反応を示していたアンチ・プロレスファンもPRIDEの真剣勝負には魅せられ、新しいファン層の開拓にも成功した。また、桜庭が一時期勝ち続けていたことにより、桜庭はPRIDEのスターとなり、プロレス会場ではマイノリティであった女性ファンも増えた。吉田秀彦、小川直也、K1でNo.1となったマーク・ハントなどの大物スターも登場、テレビ局のサポートも手厚い。PRIDEは大成功を収めている。気になる点があるとすれば、PRIDEを運営するドリーム・ステージ・エンターテイメントは、運営を専門に行なっている会社であり、ファイター自体を保有しているわけではないことだ。現時点では、PRIDEのリングが魅力的であり、多くのファイターが集ってきているが、K1も総合格闘技を始めており、前田日明がアドバイザーとなっているHERO’Sも旗揚げされた。選手の確保は、今後より一層困難となっていくであろう。また、PRIDEは、真剣勝負を売りにしていることから、大会自体は必ずしもHappy Endとならない。先般のPRIDE GP 2005 2回戦で桜庭が無残にも敗退したのは記憶に新しい。PRIDEがここまで躍進したのは、桜庭を初めとする日本人選手が活躍したことも大きな要因であった。将来に渡って優位性を確保するためには、戦いの最前線に出てくる日本人選手が出て来ることが、大きな鍵となってくると思われる。明日は、ドリーム・ステージ・エンターテイメントが手がけるもう1つのイベント、ハッスルについて考えてみる。
August 25, 2005
コメント(2)
今日は、プロレス界の盟主、新日本プロレスである。新日は、時代と共にビジネス・モデルが変わってきている。以下は、猪木が第一線で活躍していた頃の話である。Who(誰に対して): ○もともとのプロレスファン○中でもプロレスの中の「強さ」を重要視するファン○テレビなどを通じて、新しいファンを開拓すると共に世間にプロレスを認めてもらおうとしたWhat(何を):○絶対的エースであるアントニオ猪木の活躍○ストロング・スタイルを標榜し、新日本プロレスこそ最強である、ということを、試合を通じてアピール○今までは、タブーであった日本人の大物対決、猪木が開始した一連の対ボクシング、対空手などの格闘技戦(これらの試合は、それ自体が団体の売りになると共に、最強であることを証明するために使われた)○1980年代に入ると、正規軍対維新軍、タイガーマスク、IWGPなどの猪木以外の話題を提供してファンを開拓○などなどHow(どうやって):○アントニオ猪木を絶対的なエースとして売り出し○強さを売りにしていたため、モハメッド・アリを初めとして強いと言われる格闘家・プロレスラーに猪木が喧嘩を売り続け、猪木が最強であることを証明し続けた(ジャイアント馬場戦は実現しなかった。。。)○外国人招聘ルートが限られていたため、猪木の師匠であるカール・ゴッチ(強かったものの、我が強く、活躍の場がなかった)を上手に活用すると共に、自ら無名外人レスラーを猪木のライバルとして育て上げる(タイガー・ジェット・シン、スタン・ハンセン、ハルク・ホーガンなど)と共に、大物日本人プロレスラーと猪木との対戦を実現○テレビ放送、梶原一騎氏の漫画、大物格闘家(モハメッド・アリなど)の招聘などを通じて世間へアピール○強さを維持するための道場の充実○などなど新日本プロレス全盛期には、この3つの要素全てが非常にうまくかみ合っていたことが分かる。新日本プロレスは、もともと資源(レスラー、外国人招聘ルート)が限られていたため、世間の目を向けさせるには、他団体(設立当初は日本プロレス、その後は全日本プロレス)がやっていないことを仕掛けていかなければ、生き残れなかった。猪木の格闘技戦や大物日本人との対決はそのような背景から生まれてきたものであり、世間の注目を集めるのに非常に効果的であった。一方、人気外国人レスラーを馬場に握られてしまっていた新日本プロレスは、自ら外国人を育てて行く方法をとった(1980年代には全日本との外人引き抜き合戦が勃発したが)。タイガー・ジェット・シンに、休日を楽しむ猪木夫妻を新宿・伊勢丹で襲わせ、シンの悪役人気を高めたり、猪木対ホーガンのIWGP決勝で猪木が失神を演ずることによってホーガンの知名度を上げたりしたのも外人スターを生み出すためのものであり、彼らは日本中で知られる存在となった。そんな中でも、新日本プロレスが長い間成功を収めてきた理由には、「新日本プロレスこそ最強である」という1つの軸を失わなかったからである。猪木信者と呼ばれるファンは、猪木こそ最強であると信じていたし、猪木も裏切らなかった。近年、新日本プロレスは、最強の称号を失ってしまった。最強を売りにしたPrideの方が強い、ということをファンが感じ始めてきたのである。というわけで、明日はPrideについて述べたいと思う。
August 24, 2005
コメント(0)
前回の日記まで、Who, What, Howを考えることの重要性について述べてきたが、いくつかビジネス・モデルについて考察してみたい。記念すべき最初のビジネス・モデルは、日本にプロレスを根付かせた日本プロレス、中でも力道山が活躍していた時代の日本プロレスである。Who(誰に対して): ○第2次世界大戦敗戦からの復興を目指していた日本国民全体What(何を):○絶対的ヒーローである力道山の活躍○その他日本人レスラーの活躍○人間離れした外国人レスラーの活躍○日本人レスラーが外国人レスラーを打ち負かすことによってファンが得ることが出来る、日本人としてのアイデンティティ向上○などなどHow(どうやって):○力道山が絶対的なヒーローとして君臨○リング上だけでなく、経営面でも力道山が絶対的に君臨○テレビ放送を通じて、より多くのファンに楽しみを提供○日本プロレス界を統一することによるプロレス産業の独占○所属レスラーのレベルの維持・外国人レスラーのレベル維持○などなどこれは、1950年代から1960年代にかけての話であり、現代とは大きく時代が異なる。プロレスが栄えた一番の大きな要因は、「日本人が外国人をやっつける」という構図が当時の日本の世相を表していること、絶対エースである力道山がその象徴として君臨していたこと、であろう。Who, What, Howはお互い密接に繋がっており、このモデルがうまく機能する限りは、日本プロレスは繁栄を続けていったのである。力道山の死後、豊登、ジャイアント馬場、アントニオ猪木などの活躍により、日本プロレスは繁栄を続けるが、猪木が新日本プロレスを立ち上げ、馬場が全日本プロレスを立ち上げて次々と去って行くと、最終的には崩壊への道を辿っていった。明日以降は、新日本プロレス、全日本プロレスなどについて述べる。
August 23, 2005
コメント(0)
昨日は、ビジネス・モデルの話をしたが、どのようなビジネス・モデルを作るか、ということは、1つ1つ意思決定を行なっていくということである。プロレス団体で言えば、どのようなファンをターゲットとするか(Who?)、何をアピールしてファンを掴むか(What?)、どんな方法を使うか(How?)、というような意思決定である。これは、具体的に何かの選択を行い、何かを捨てる、ということでなければ、戦略として意味をなさない、ということである。例えば、新日本プロレスはプロレス業界の盟主であるが(既に変わってきてしまっているかもしれないが)、「業界の盟主としての地位を維持していく」というのは、戦略的な意思決定にはならない。何故ならば、それは当たり前の話であるからだ。また、ただ単純に「観客動員数を増やしていく」「強みを活かして、団体を活性化する」「コストを削減していく」「ファンを満足させる」なども、同じ理由で戦略的とは言えない。戦略的な意思決定は、Who, What, Howを首尾一貫したもの、お互いを補完しあうものとして、戦略的ポジショニングの実現と有効資源の活用を目指すものだ。プロレス界において、史上最も大きいであろう戦略的意思決定は、WWE(World Wrestling Entertainment)がプロレスはスポーツではなく、エンターテイメントであることを正式に認め、それに合わせた戦略策定をしてきたことではないであろうか。WWEは、ビンス・マクマホン・シニア(現WWEトップのビンス・マクマホンの父)のWWF(World Wrestling Federation)時代から、New Yorkを拠点として活動してきたプロレス団体であり、NWA(National Wrestling Alliance)、AWA(American Wrestling Association)と共に、最も権威のある団体と考えられていたプロレス界における名門中の名門であった。その団体が、プロレスは勝負事であるという概念をぶち壊し、エンターテイメントであることを公表したのは、極めて重要な決定である。私の記憶が正しければ、WWFがWWEに改名したきっかけは、WWFを名乗ることに関してもう1つのWWF(World Wildlife Fund = 世界自然保護基金)と裁判で争っていたことである。裁判を継続することによってイメージを悪くするよりも、WWEへと解明して、エンターテイメント路線の突っ走るという決定を下したビンス・マクマホンの経営センスは、抜群であると言えるであろう。マクマホンの意思決定は、大成功であったわけだが、意思決定を行なう際には、以下のことを考えるとよりよい決定が行える。(1)発生するコストを考えるマクマホンの場合には、通常のプロレス興行を行なっていくうえでのコストの変化はそんなにはなかったと思われるが、例えば、新たなファンを開拓する戦略を立てた場合には、ファン獲得のためにかかる直接・間接問わないあらゆるコストを考えるべきである。(2)機会費用も含めて考える機会費用とは、「もしその選択肢を採らなかった場合に得るであろう利益のうち最大のもの」である。マクマホンの場合に当てはめると、エンターテイメントであることを告白せずにスポーツであることを前提として興行を続けた場合に得るであろう利益を、新しい路線で得るであろう利益と比較することが必要であった(多分やっているだろう)。(3)競争優位を保っていけるかどうかについて考える新しい戦略を取る場合、競合相手との競争優位を高めることが前提となるが、例えその時点で他社を圧倒していたとしても将来に渡って競争優位を確保することが出来るか、ということを考えておかなくてはならない。WWEの場合、現時点では、競争優位は圧倒的であり、他者の追随を許していない。私は、1990年代の新日本プロレスは、ドーム興行を連発してドーム黄金期を享受していたと思うが、その際、上記(3)の競争優位を保っていく、ということに関して無視しすぎた、というのが現在の状況を招いているのではないかと考えている。このことについては、別途述べていきたいと思う。明日以降は、いくつかのプロレス団体のビジネス・モデルについて考えてみたい。なお、今回の記事は、カクトウログさんの記事を参考にさせて頂きました。
August 21, 2005
コメント(0)
では、戦略を策定するに当たり、企業はどのようなことを考えればいいのであろうか。最初に考えなくてはならないのは、以下の3つである。○Who? 誰に売るのか(どんな顧客か、どの地域の顧客か、など)○What? 何を売るのか(どんなサービスを、どんな製品を、など)○How? どうやって売るのか(どんなチャンネルを使用して売るか、など)この3つは、所謂ビジネス・モデルというものであり、どの企業にも適応できるはずだ。例えば、インターネット書店(売っているのは本だけではないが)のアマゾンは、以下のようなビジネス・モデルである。○Who? : -本購入を検討しているインターネット・ユーザー-中でも忙しくて書店に行けない人-などなど○What? : -本、CDなどの製品-それに関する情報、他人の評価、個人向けお勧め、などを無料提供-24時間営業、あらゆる商品在庫がある便利さ、便利な検索機能等のサービス-などなど○How? :-インターネット上での販売のみ実施-発送までの時間を最短とする在庫管理システムを構築-他社が追いつけないレベルまでに、先行投資を実施-などなどアマゾンは、このビジネス・モデルによって、会社の利益が出る前から、莫大な金額の資金調達を行なうことが出来たし、その後も順調に成長していっている。このモデルは、いくつもの、いいモデルが持つ要素を示唆している。まず第1に、Who、What、How、がお互い密接にリンクしており、お互いが補強し合っていることだ。例えば、本屋に実際に来ないネット人向けに、24時間オープンのWeb上での書店を開き、本を選ぶための情報、検索機能を充実させている。そのようなサービスを実現するための投資を先行して行い、インターネット書店としては、圧倒的優位な立場を構築している。このビジネス・モデルでは、外部的には、顧客に向けてアピール出来、内部的にも、自社独自の強みを先んじて創造し、発展させていくことが可能となっている。Who, What, Howを考えていくと、論理的に繋がっているかということが確認でき、どこか繋がらない点があれば、必要に応じて修整することができる。明日は、この続きで、ビジネス・モデルの決断を行なう際に、考えなくてはならないことについて述べていこうと思う。
August 20, 2005
コメント(0)
今日は、企業の戦略がうまく機能しているかどうかを判断する際に使われる指標について考えてみる。指標は大きく言うと、(1)ファイナンシャル面での健全性、(2)戦略面での健全性、の2つに分かれる。(1)ファイナンシャル面での健全性は、利益、キャッシュフロー、株主価値、成長率、など、決算書や株価など会計・金融関係の数字で示される。一方、(2)戦略面での健全性の指標は多岐に渡り、代表的なものとしては以下のものが挙げられる。● 顧客満足度、或いは顧客のロイヤルティ(プロレス業界で言うと、ファンの満足度、或いはファンの特定団体への忠誠心といったところだろうか)● マーケットシェア● 従業員モラル、従業員の離職率(プロレス界で言うと、レスラーの退団率、フロントの離職率みたいなものだろうか)● 従業員とのコミュニケーションの円滑さ● 新しい試みの実施● 製品・サービスの充実度(プロレスでは、試合の質の高さもここに含まれる)普通に考えれば、戦略面がうまく行けば、ファイナンシャル面もうまく行くであろうし、ファイナンシャル面がうまく行っていれば、戦略面がうまく行くであろう。お互い補完的な関係なのである。従って、どちらかが悪くなれば、もう一方も悪くなる。1990年代以降、多くのプロレス団体が生まれ、その多くが消えていっているが、その団体崩壊への流れは、ファイナンシャル・戦略の両方がお互いネガティブに作用して、一気に進んでいくことが多い。「ファンを満足させられず、収入が落ちる。当然、レスラーへの給与支払いは滞り、会社への忠誠心は無くなっていき、場合によっては脱退してしまう。試合の質は更に低下していき、ファン離れが加速、当然収入は大幅に減少していく。」といったような流れだ。全日本女子プロレス、FMW、リングス、UWFインターナショナルなど、最近崩壊した団体はどこも似たような流れを経験していることだろう。しかしながら、時と場合によっては、両者成り立たない場合も有り得る。戦略面での健全性を高めることはコストがかかることであり、コストが高いと必然的にファイナンシャル面での健全性は悪化していく。逆に、コストを圧縮して利益を上げようとすると、戦略的な健全性は悪化するだろう。日本のプロレス団体で上場している団体はないので、詳しい決算内容などは把握出来ないが、是非一度詳細な分析をしてみたいものである。この話を書いていたら、以前、UWFインターナショナルのフロントのヘッドであった鈴木健氏が著作の中で、1993年12月5日の神宮球場大会(メインはベイダー対高田)は、観客数は超満員4万6187であったが、経費がかかり当時最も欲していた収益はそれほどでもなかった、と言っていたことを思い出した。また、あまりにも有名な「アントニオ猪木対モハメド・アリ」の一戦は、新日本プロレスが大きな借金を負ってまで実現させた試合であり、リスクは非常に高かった。しかし、長期的な視点で考えると、猪木の知名度を世界的に上げ、その後の新日本プロレスの「プロレスこそ最強である」という哲学とマッチした大成功といえる大会であった。戦略を考える際には、どのような結果を期待するのか、ということも念頭におかなければならず、必要に応じてファイナンシャル面、戦略面のバランスを取っていかなくてはならないのである。
August 20, 2005
コメント(0)
昨日述べたように、プロレスには、様々なビジネスとの関わりが認められるが、最初にプロレスにおける戦略論について考えてみる。ビジネス・スクールで一般的に教えられている分析手法・フレームワークがプロレス団体の経営にも当てはめることが出来るのだ。本論に入っていく前に、そもそも戦略とは何であるかについて考えてみる。ここでは、嫌いな人もいるかと思うが、大仁田厚を採り上げてみよう(自分は、大仁田厚ファンというわけでは決してないが、一番いい例として思いついた)。大仁田はプロレス界の成功者である。記憶に残ることが重要なプロレス界において、人々の記憶に残っているし、将来的にも語り継がれるであろう。しかしながら、彼はプロレスラーとして強いか?試合を見たことのある人は分かるであろうが、この上なく弱い。プロレスラーとしてうまいか?大仁田の膝はぼろぼろであり、決してうまいともいえないだろう。それでも歴史に名を残してしまった不思議なレスラーなのである。そのような彼が、プロレス史に残るサクセス・ストーリーのスタートを切ったのは、平成元年に最初の現役復帰を果たし、FMW(Frontier Martial Arts Wrestling)なるプロレス団体を興した時である。この時の元手資金は、たった5万円であり、この資金を使って電話線を引くところから会社としての活動を開始したのは、有名な話である。お金もない、プロレスラーとしての強靭さもない大仁田は、「何でもあり」のプロレスで勝負した。有刺鉄線爆破マッチなど、既存の新日本プロレス、全日本プロレスなどが決して行なわないようなプロレス方式を考案し、自らの体が傷つくことと引き換えに、FMWの人気を高めていき、自らの価値を高めていった。FMWで一度引退し、再度復帰した後には、業界最大手の新日本プロレスに喧嘩を売り、新日の東京ドーム登場、現場トップで既に引退していた長州力を復帰させた上で横浜アリーナのメイン・イベントを務めるなど、新しい大仁田像を作り上げた。また、プロレスラーとしての限界が近づいてくると、今までの実績を活かして国会議員に立候補して当選、今では先生と呼ばれるようになった。大仁田がやってきたことをまとめると、 ● 戦略的ポジショニング (業界内における自らの立ち位置を明確に定める) ● 有効資源 (大仁田が保有するあらゆるもの、例えば、資金、支援者など)を把握した上で、資源を戦略ポジショニングの実現のために最大限活用し、 ● 成長(組織の成長、個人としての高いレベルへの成長) ● 変化への対応(環境変化、有効資源の変化)を体現してきた、と言える。つまり、成長、変化への対応には、「戦略的ポジショニング」と「資源・能力」の活用の両方が必要であり、どちらかがかけても結果はついてこないのである。大仁田が、「何でもあり」で勝負せず、新日、全日、或いはUWFなどと同じようなポジションを目指していたら、彼は絶対に成功しなかっただろうし、「何でもあり」を実現するためには、デスマッチを考案する自分のアイデア、対戦者、傷ついても戦い続けることが出来る不死身の体、などの「有効資源」を活用していかなかったら成功しなかったに違いない。戦略とは、「戦略的ポジショニングの実現」、「資源の有効活用」に係る問題点を把握・解決し、「成長・変化への対応」を実現するためのものである。これは、大仁田のように個人にも十分適用出来るフレームワークであるし(パーソナル・ブランディングの世界に密接に関わってくる)、企業レベルでも、本社レベル、ビジネスユニットレベル、などそれぞれのレベルに応じて必要とされるものである。
August 19, 2005
コメント(0)
現在、自分はビジネスマンとなり、様々なビジネス系知識を学んできたが、ここでもプロレスを楽しむポイントがある。例えば、プロレス団体経営だ。企業は、利益を計上することによって成り立っているが、プロレス団体も当然利益を上げていかなくてはならない。しかし、利益を上げるには、競争に勝ち抜かなければならない。そして、競争の形態は、時代と共に変化し、時代に応じた経営を行なっていかなくてはならない。日本プロレス界は、物凄く大雑把に言って4つの時代に分かれている。第一は、力道山が立ち上げた日本プロレス全盛時代。この時代、プロレスは同団体の独占状態であった。第二は、1980年代まで続いたアントニオ猪木の新日本プロレス、ジャイアント馬場の全日本プロレス、そして小粒ではあったが国際プロレスの寡占時代。第三は、1980年代後半以降、新日本、全日本の二大団体に加えて、第二次UWF、後のUWF系諸団体、大仁田厚のFMWなどを含む多くの団体が乱立した他団体時代。そして、第四は、それ以前のプロレスの前提を覆す総合格闘技・K1などが出現し、古くからある純粋なプロレス以外のイベントと競争をしていかなくてはならなくなった時代であり、現在もこの時代が続いている。プロレス団体は、このように変化の大きい環境の中で経営を行なってこなくてはならなかった。経営を行なうに当たっては、どのような会社戦略を持つか、資金はどこから引っ張ってくるのか、どのようにマーケティングを行なっていくか、どのように人材育成を行なっていくか、など様々な問題に取り組んでいかなくてはならない。プロレス団体の歴史を紐解くと、様々なビジネス問題を内包していることが分かる。つまり、プロレス団体そのものが最高のケース・スタディの題材であり、それを研究することにより、ビジネス・センスを磨くことが可能なのである。大谷晋二郎は、プロレスの教科書という発言をよくしていたが、実はプロレス自体がビジネスの教科書になりえるのだ。
August 18, 2005
コメント(0)
プロレスの楽しみ方にはいろいろある。プロレスラーの強靭さ、試合における攻防、プロレスを通じて垣間見ることが出来る人間ドラマ、レスラーのファンタジー溢れるキャラクター、団体間のいざこざ、などなど。人それぞれ自分の関わり方を持っていることであろう。プロレスを嫌いな人は嫌いなままで交わらなければいいのである。さて、自分の場合はどうか。時代によって大分変わってきたようである。プロレスを見始めた当初は、単純にプロレスラーの強さへの憧れ、試合でどちらが勝つのか、ということで単純に楽しんでいた。当時、海外から来るプロレスラーは未知なる世界へと誘ってくれ、情報が少ない中で我々の想像力をかきたててくれた。梶原一騎氏が煽っていたプロレス話はファンタジーに溢れており、我々の空想はさらに大きくなったものである。その後、プロレスは世相を表すということにも気づいてきた。例えば、日本とアメリカの関係である。古く力道山の時代には、海外に追いつけ、追い越せ、という日本の状況がプロレスに反映されているし、その状況が1980年代の日本のプロレスのレベルの高さへと昇華し、日本のプロレスファンは世界で最高レベルのプロレスを楽しむことが出来た。これは、当時、日本経済が世界の脅威となっていた時代である。現在は、日本経済が長い不況から抜けようとしている時期であるが、米国企業が日本を買収対象として投資を進めようとしている現状は、WWEが単独で来日して成功を収めていることと似た流れを作っている。このような観点でプロレスを見るのも面白い。また、プロレスラーの生き様を見るのは下手なドラマを見るよりもよっぽど。プロレス界にはスターもいれば、陽は当たらないものの技術は確かな職人肌の選手もいる。スターの座が約束されてそれを掴みとるものもいれば、自らの手で掴みとるものもいる。一生、ライトを浴びることのない職人レスラーもいる。プロレス団体が選手をどのように育てて行くか、それに対して選手がどのように応えていくか。また、誰と誰が手を組み、誰が裏切り、誰が独立し、誰が出戻るか。興味はつきない。プロレスとは人生をさらけ出してファンを楽しませるものなのである。プロレスが自分に投げかけてくれるものは、自分にいろいろな示唆を与えてくれる。だからプロレスは面白い。
August 17, 2005
コメント(2)
私は、もの心ついたときからプロレスファンであった。とある金曜日の夜8時、テレビでたまたま見た新日本プロレスの「ワールドプロレスリング」中継にはまったのだ。アントニオ猪木が当然ながら一番最後にコールされたのであるが、会場の盛り上がりが他のレスラーとは比較にならなかった。私は幼心にもこの人は凄いな、と思い、それ以来、猪木を見たくて毎晩金曜午後8時には、テレビの前に座るようになったのである。当時の新日本プロレスは、アントニオ猪木をトップとして、坂口征二、藤波辰巳の3人が中心となっており、タイガーマスクはまだ誕生しておらず、長州力もまだ革命を起こしていなかった。多分、前田日明が一番下の若手だった時代だと思う。その後、訪れた新日黄金時代は、わくわくしながら見ていたものである。そんな中、土曜夕方にもプロレス中継があるらしいという話を聞きつけ、全日本プロレスも見始めた。全日本プロレスは、ジャイアント馬場をトップとして、ジャンボ鶴田が若大将として頭角を現し始めた頃だ。全日では、華のある外国人レスラーが活躍しており、ミル・マスカラス、ファンク兄弟、歴代NWAチャンピオンなど、これまたわくわくしながら見ていたものである。プロレス熱もいつか冷めるかな、と思っていたが、結局この年になるまで見続けている。1990年代からは、Prideなどの格闘技団体の動向も気になり始めてきた。愛読書は「週刊ゴング」「週刊プロレス」であったし(今は、海外にいて高いのであまり読んでいないが)、Webでは毎日最新ニュースをチェックしてしまう。猪木が北朝鮮に行ってリック・フレアー(夢の対決!)と一騎打ちした時などは、思わず私も追いかけて北朝鮮まで追いかけていってしまった。プロレス(格闘技も)は、知れば知るほど奥が深い世界なのである。村松友視氏は言った。「私、プロレスの味方です」。私もプロレスの味方です。
August 16, 2005
コメント(0)
全14件 (14件中 1-14件目)
1

![]()
