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「あっ、この人は、ちょっとちがう!」 まあ、そんな、感想を持って注目していた人でしたが、最近気に入っている 乗代雄介 とは、まあ、好対象(笑)というか、 2作目 で 芥川賞 でした。
あなたは積まれた山の中から、片手に握っているものとちょうど同じようなのを探した。豊作でしたのでどうぞ、という文字と、柚子に顔を描いたようなイラストが添えられた紙が貼ってある。そのまえの机に積まれた大量の柚子が、マスク越しでも目が開かれるようなにおいを放ち続ける。あなたは努めて、左右均等の力を両足にかけて立つ。片方に重心をかけると体が歪んでしまうと知ってからは、脚を組んで座ることもしない。腕時計も毎日左右交互につける。あなたは人が見ていないことを確認しつつ片手に一つずつ握っていき、大きさ重さを感じながら微調整し、ちょうどいい二つをようやく揃えた。喪服の生地は伸びにくいので、スカートの両側についたポケットにそれぞれ滑り込ませると、柚子の大きさで布は張り膨らむ。この柚子は娘たちに、風呂の時に一つずつ持たせてやろう、とあなたは手の中のを握りしめた。従業員休憩室に、おすそ分けがこうして取りやすく置いてあるのは珍しい。大きなショッピングセンターなので休憩室は広く、売り場のコーナーごとに仲良くまとまっている。仲間内でお土産が配られたりして、普段は分け合っているのを横目で眺めるだけだ、お菓子などは、あなたにはいつも回ってこない。(P7~P8) 書き出しの、最初のパラグラフです。 「あなた」 という2人称の代名詞で語られる 「誰か」 の行為(外面)から意識(内面)までが、この作品で、その 「誰か」 のことを 「あなた」 と呼んでいる書き手によって描かれていました。
「仲間内でお土産が配られたりして、普段は分け合っているのを横目で眺めるだけ」 だと感じながら働いていて、もう少し読めば、 ポケットに入れた柚子 を
「風呂の時に一つずつ持たせてやろう」 と思う 二人の娘 が、すでに就職したり、大学生になっていたりしている、おそらく40歳をこえる 女性 だということもわかってきますが、問題は、その 女性 を 「あなた」 と呼んで、この文章を書いているのは誰なのかということですね。
「或日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待つてゐた。」 教科書でご存知でしょう、 芥川龍之介 の 「羅生門」 の冒頭ですが、この一文の 「一人の下人」 を 「あなた」 に置き替えてみると、読者はこの小説の
「書き手」と「あなた」の関係は何か? から目を離せなくなると思いませんか。小説が 説話物語 的な構造を捨てて、 書き手 と、登場人物である 「あなた」 との 「関係」 を描かずに終えることはできないだろうという、まあ、
ある種の緊張感 を内包する現代小説化していくと思うのですね。この作品は、そこに着目して現代を生きる人間を描こうとしているのではないか?
「この世の喜び」とは何か? ですね。
「 私 は炎みたいな形の木とか、太い幹の根もとから色の薄い若木が取り囲むように生えてて、これから競い合うように、枝はどう伸びていくんだろうとか、そういうのを眺めてた。」 初めて、この小説に、 一人称の「私」 が出てきた一文の後半です。
「 あなた に何かを伝えられる喜びよ、 あなた の胸に体いっぱいの水が圧する。」 ここまで読んできて浮かんできた、あれこれの疑問が、この一文ですべて氷解したりはしませんでしたが、読み終えたとき、なんだか深くため息をつきながら、
「胸に体いっぱいの水が圧」している「あなた」の姿を思い浮かべました。 わからないところは残っていますが、確かに、今という時代の、社会の片隅で、ひっそりと生きている人間の
「希望」 を描こうとしている作品であることは間違いないと思います。
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