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6月29日、生きがいのある仕事についてぶら下がりコメントに私もずっと仕事がつらくて、やりがいを見いだせる仕事は他にあるのではと思ってきましたが、昨日、はたと気づいたんです。「私は、責任が軽くて、休みがちゃんととれて、福利厚生がしっかりしている仕事を求めてた」って。我ながら書いてて呆れる理由ですが、それに気づいて、「むやみにやりがいとか求めなくてよかったんだ」って思えたら、仕事の状況とか何も変わってないのに、今朝ほんとに体が軽かったんです。びっくりしました。意外な方向でしたが、これは自分と一致をしたってことなんでしょうか。とありました。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー人は理想の自分、よい自分、というのを「意識が」頭のみで信じてしまい、本来の自分につながれなくなります。すると、本当の生きがいや向いている生き方がわからないままに生き急ぎますが同時に、幸せとは離れます。は嘘をつきます、「そんな自分を認めたら、怠けものになる」でも本当は、よりよい環境でより良いものを得たいという本質からの声にすぎませんから。より創造性のあるより、素晴らしい生き方を本質は導いてくれます。頭の誤解、それは、本来の自分を認めたら自堕落になる、という嘘をついてコントロールをしないと怖い、これが手放せない状態です。本来の人間、本質の声に頭が従いそれを作りだすために、理性が働くという、双方の状態、これが実現をされれば、一つの統合された人間、と呼びます。それと、この自己の葛藤が終わるだけでも相当に健康になります。楽にその場にいることができていきます。多くの病気が不調和から来ることもよくあります。もし、責任を取らないとダメだという緊張があれば、人は、効率よく働いて、稼ぐということがしにくくなります。頭の思い込みの嘘は、「ほかの方法、選択肢を見えなくする」ということをします。だから、責任を取ることに意識がいくので誰の責任、彼の責任、もっと働け、というかたくなな態度になりますが要は、きちんと稼いで、しっかりと仕事をすればいいだけなので。脳の誤解が人生を生きにくくします。本来の自分のあり方につないでいきます。http://www.acoreading.com
2012.04.28
情報を受け取る、というのは、罪悪感と、そして問題を「今すぐに」解決をしたいというイライラにとらわれたり、くよくよ悩むことによって、流れを乱さないと情報がやってきます。それは自然な形でやってきます。たとえば、デートの最中に、彼が帰りたそうに時計を見た、とします。そしてあなたは気がかりで、ずっと他の人々に「ねーね、どうして彼はこうしたんだと、思う?」と聞き続けたり本を読んだり、手放せなくなります。それを解消をしないと進めないと思うわけです。そして回答を求め始めますが、そうしているときには情報を受け取れないんです。ここで、ああ、何だか時計を見たなーとだけ思いそのことにとらわれないと、とても不思議なことがおきます。次々回ぐらいのデートで、彼が時計を見た時に、「急いでるの?」と何の感情もなく、自然に言葉がふと出て、しかもそれは、何かを探ろうとしてもいず、私が嫌われているかなー時間とりすぎかな、とも思わず、ただ聞きたいから聞きます。その時に、「いや、全然。まだ一緒にいたいよ」と言ってくれたり、ですね。なんとなく問題が解消をしたりします。どうしてこんなことばかり起きるようになるのか。理由は簡単。自分がくよくよしていないからです。相手はどうなんだろうと卑屈になったり逆に引き止めたい、と変な絡まりを持ったり。ずっと考えている分、すべてが深刻になります。ねえ、私、邪魔しすぎている?と聞けば、一件相手を気づかっているようでも、相手も、自分が相手に何かを思わせてはならない、と自然体ではいられなくなるでしょう。仕事も一緒。この人の、怒りをしずめてこの人の評価を得たい、この課題を急いで、と思っていると焦るばかりで何も進まないから、ほかのことと並行してしていく必要があります。並行してしていく、ということは、これが今のところ良い対策、と考えてしまったら、さくっと悩まずにして、もはやそのことを忘れている時間が相当にある、ということです。皆のしていることは、逆のことをしているでしょう?人生の流れって手放すほど、良いことが起きる、というのはそういうことです。ガールズトークは楽しいものです。でもガールズトークや占いに頼っていないとならないのであれば、隠れた不安が大きすぎるのかもしれませんね。考えに占められ、解消したい気持ちを手放せず、必死に探るとき、そのときには、「自分が満たされていないからそのことを、状況や、相手を変えることで、得よう」としている働きがあります。これをおさめていくことは自分のいろんな部分を統合し、癒していくことに他なりませんし、流れがよくなるように、潜在意識を変えている(安心をできるように)ともいえるでしょう。http://www.acoreading.com
2012.04.26
人生の転換期には、調子が良いときがあってそれから、落ち込んだりすることがあります。新しいパターンに脳が拒絶を示す時で、きちんと情報を受け取れば、きちんと前に進めます。
2012.04.26
依存しすぎて嫌われた相手の人と話をしたくて、悩みを相談したくてそしてずっとくっついていて嫌われてそういう場合、人に頼りすぎなのが(依存が)悪いのではありません。実際には、人に頼れなくなった部分が解放を必要としています。そういう方々の場合、人と温かく交わる、というところがしにくくて悩みの相談をしたり、必死になって問題を作りだし、あるいは苦しみを癒してくれる意外に、感情が今は動かないのです。本来の、頼り方を学んでいっているのです。それが出来た時、どれほど、人と繋がることができるのかも経験をします。だから、頼りすぎて近寄りすぎて、私が悪い、と思わないでください。絶対にそうではないよ。セッションで安心をするところに行くでしょう?もう一度、変な依存ではなくて、ああ、こうやって何だ心が開くんだ、という繋がり方を学んでいるのです。今の自分は、苦しみや悲しみや、相手が自分を悲しませたことにこだわっていて、そこを助けてほしいと願っていてそれ以外に気持ちを感じなくなっているけれど、どうせ自分がプラスの、こういうの好き、これって楽しいよねと分かち合っても、喜びが得られるという感覚が(頭ではあっても)(心には信じとして経験として)なくて、苦しみをわかってほしいほうの経験ばかりをしてきたから。でも本当に喜びを、したいことを、本当に分かち合える力を取戻し人と繋がれるんだ、というところを取り戻していくんですから。たとえばだな、、もはや、すでに、こんなことしたくてさあ、と言ってみて、言えた、頼れた、本当に安心、と通常の無邪気な感覚で伝える人は、そして伝えられる人は伝えなくても伝わらなくても何も思いません。そういう時に伝わる、チャンスが来た時にちゃんと伝えている。そうやって、これを持てたら相手も安心どんどん心を開きますが、こんなことをしたいと言って相手がしてくれないとしてくれていない、どうしてこんなに痛いんだろう、わかってほしいどうしても、というところに、気持ちがいくという癖がついていて。本来のあなたの純真さを取り戻していきましょう。たとえどんなにマインドが、そんなあなたなんて、拒絶される、と痛みを通して語るとしても、それらにごまかされないようにね。本物の純真さ、もう信じて疑わないというか、自然な行動をできたときには人は助けてくれます。でもそれは、痛みを通してではなくて豊かさでつながる必要も出てくるでしょう。恋愛は引き寄せます。愛情も。でもあまりに、簡単な方法なのに、見落とされているのです。太字のところだけ読んで、よく読んで、そしてすべてを忘れておいてください。違うところに行けることもあるでしょう。本来のつながりを(自分とのつながりを)取り戻していけば人との関係が変わります。これは、多くの方々が経験をしていることです。http://www.acoreading.com
2012.04.20
夢がすぐ叶うってどういう意味?それは大きく物事を見ているからです。例えば、こうでああで、こうで、と条件にとらわれているときには、自分がどちらに行きたいのか分からないのです。条件にとらわれ過ぎ。でも、こうなりたい、ああなりたい、そしてそれは○○を得るためであると、太字の、○○を得るためである、というのが、しっかりわかれば、違う方法でも、○○は得られているかもしれません。しかも太字は、「もの」ではなくて、「気持ち」です。皆さんはものが欲しいのではありません。そうして叶う「気持ち」が欲しいのです。それを得るためである、というのが無意識になってしまっていて得られないと思っているから間違ったものにしがみつきそれを手放すと何もできない気がするから手放せず、という循環ですよね。例えば、顔がいい人と結婚をしたい、外国人の、トムクルーズみたいな人じゃないと嫌だ、絶対にしたい、と思っていた方がそういう願いもかなえたり、叶えなかったりしつつ、年齢を経ていき、ある時期に好みがガラッと変わり、今までのタイプの人とは違う人を好きになりその人と一緒になれたら幸せで幸せで、仕方がない、とするでしょう?これは実際にあった話だからね。その人が順番に変わっていきそして引き寄せたもの。その人も素敵な人だけれど今までの好みではなかった。でも、本当に素敵だなーと思える。そうであるならば、顔がスーパーいい人と結婚をしたい、と思っていた、いた、けれど、実は「自分が本当に好きになれて誇りに思える人と結婚をしたい」だったわけです。でも信じ込みの中で、自分が好きになれる人は顔がいい人であるはずだ、というのや、それよりも、顔が良い人ではないと、誇りに思えない、私はみじめだ、とか、そうに違いない、という思い込みがあって、それが邪魔をして意地になり‐の、自分と繋がれなかったわけですが夢の実現により、初めてわかる、ということがあります。その人は、わかったわけです。彼といて。すごく幸せだああ、そうかあ、こんなふうに自分が本当に好きな人といるとその人や自分を誇りに思えるんだ、そう、思いたかったんだ自分が誇りに思えるほど、好きな人であれば、誰でも、同じことだったんだなあ、と。誇りに思えることって、こんなにたくさんあったんだ。彼のこんなとこも好き、あんなとこも好き。もちろん、そこには背の高さや、学歴なども入ってよいのですよ、良いのだけれどね、でもそれらは、想像をした気持ちではなくて、そうかあ、という納得をする気持ちでもあります。こだわるのではなくて、自分が本当に幸せになれる人。というほうが合っている条件かもしれませんね。ただしい学びをした人々は、条件がぴった、合っています。だからいいんだけれど、本当にこういうことがあると幸せだな、というのは付き合ってみないとわからないこともあるでしょう?案外、えーこんなに条件に合っているのに、こういう人はダメだあ~なにこれ?自分は我慢できると思ったのに、こういう性格って無理なんだ、良いと思ったのに、とか、と思うこともあるし。だから、あまりよくわからないならばあまり細かに出さないことです。書き込んだところで、ずれているだろうし。でも、その人のいろいろな思い込み、自分は、きっとこういうものがないと幸せではないと思う、と思い過ぎていたもので、似ているけれど違うものを探しているわけです。だから、夢がすぐに叶うのって、心が、もう、いいんじゃないの?思い込みに引きずられるのは。と思ってくれると、自分の本当の夢がわかったりして、違う局面が出てきます。今はそれがわからないから、○○の条件だと、いいなあと思うでもそれによって得られる幸せの、経験がないから、よしんば途中でそういう人に出会って恋愛がダメになっているとそこにもしがみつきがあり、どうしても過去を取り戻したいという別のことも入ってくるしね、わからない、わからないから、何かを探している。そうするとわからないから条件になる。だから、そういうふうにわからないのであれば、すごく幸せになれるのであればまかせます、みたいな余裕がないと任せていると何かが手に入っています。気が付けば、その目的を果たせるもの。そしてそれらが積み重なって、つまり、こういうのが目的でこっちに行きたいの、であればたくさん叶ってそれらがたまって大きな願いが叶います。がちがちに項目をそろえて書いている人って、それが叶う場合は執着がない場合だろうけれど、なかなか叶わない場合は相当に自分が望んでいるのとずれているな、とは思います。だから、もう少し大きく見て忘れておく。こういうのもありかなー、みたいな。そしてその過程でのああ、そういえば、○○が欲しいな、というのが叶いつつあるなあ例えば、弁護士になりたいとしたら、弁護士にまだなれていないけれど弁護士になったら、お金がもらえる、とか自分に誇りが持てる、のどちらかは、もう叶っているかもしれないのです。そこに目を向けて叶ったことに気が付く、そして、いつの間にか他の方法で稼いでいたり、誇りを持っているかもしれない。でもその後、弁護士になってもいいし、そうではない方法で夢をかなえてもいい。ようは、それによって得たいものが、よくわからなくなっているからそれにつながればいいのですから。それによって得たいものも本当はちょっと、皆さんが思っているのとはずれています。頭で考えようとしない、頭で考えるときって、どうしても、だから弁護士、だから、顔のいい人、というように心につながらない頭の答えになります。幸せに感じること、ほっとするもの、緊張の解けること、そしてそれを信頼すること、それ以上に頭で考えすぎない、読んだら忘れる、忘れてほっとしておいてください。目的を探すにしても、弁護士になろうとして、目的が、自分が威張れるから、であれば、これは本心ではなく威張れるとだから、何が得られるのさ?というようにもう少し突き詰めが必要です。それと失敗を恐れない。失敗のあとには、罪悪感で自分を締め付けないと失敗をした、だからダメなんだという思いにとらわれないともっといいものが来ます。たとえばなんだけれどね、先に伝えたように、どうしてもそういう人と付き合ってからしか、手放せないこともあります。そういう夢をかなえた後で、それが違うという道があってもよいのです。そこからが大事。そこまで幸せでたとえ違っていてもそこから、違うことがあったんだ、と気が付くことが大事です。そうしたら手に入るものがあります。本当に本当に心が納得をする、これだよね、という豊かさです。自分の豊かさにつながれなくなった現代人。その自分なりのあり方につながっていきます。http://www.acoreading.com
2012.04.20
○○すべきか、すべきでないか。上記のことについて、少し説明をしましょう。いろんなことに当てはまると思うから、まず下の例を取って書きますが、皆さんは、皆さんの状況にあてはめて考えてみると良いかと思います。夫のことが嫌だし、離婚をしたい、けれども、一人ではいろいろ不安、とのことですが。答えはその人にしか、わからないんです。ある人にとってはこちらが幸せ、ほかの人にとってはこちらが幸せ、それは個性によって違うからです。例えば、仕事熱心で、病気をしても頑張りたい夫。そうであるならば、相手の人が病気をしても気遣わないです。それが「彼にとっての」普通だから。でもそれが、とても愛情を感じない、という人とムカッとは来るけれど、許せる人で、一人でいるよりもむかむかしながら、一緒にいての幸せだという人がいます。双方とも相談内容は一緒でも、だんだんと自分の個性とともにうん、頭に気過ぎていたけれど、まあそこまで気にしなくていいかあ、心の整理をすれば、となる人もいれば、うん、相手を怖がり過ぎていたけれど自分は本当はこういう姿でこうなってみたい、それが幸せだったんだと思う人と、色々いるわけです。自分がどちらに行っていいのかわからないとき、その方々は、最終的には、自分の気持ちがどうなのかがわかる時間まで時間がかかります。つまり言いたいことは、ある問題があっても、回答はその人たちにより、違って、その人たち自身が、納得をして、ああ、これだったんだ、という気持ちがわく方向だということです。でもそういう経験がないから、不必要におびえている部分を取り除きます。その方々の中で、答えはあるのですが、でもその人が受けてきた教え(信じ込み)、そして、そして自分が出来ないという思いやいろんなことがありすぎて、できることが分からくなります。双方に思い込みがあって、どちらにも行けない。つまり、自分の信じ込みがあるために、先にある答えよりも自分の信じ込みと怖れと○○しないといけないという価値観などばかりが、目につきますから、それをなるべく早くつなぐことをしているのです。だからセッションはかかる時間が早くなるという感じがあります。通常、例えば、夫婦で絶対にもう無理でも、信じ込みがあって離婚をできたのが何十年先とか。とても年月がかかるものなのです。いわゆる熟年離婚はおカネのことを考えた賢い選択肢もあり得るしあるいは、そこまでいかないと待たないとならない、できないできない、と、信じ込んでいるせいで、年月がかかったなあ、という方もいるでしょう。そういうことをしてはいけない、と思い過ぎていてなんだ、できるんだと気づくまでの時間が必要だったり。あるいは、一緒にいたほうがいいんだと本心はそう思っていても、自分がこんなのは愛情じゃない、絶対に嫌だという怒りがありすぎてその整理がつく60歳ぐらいになり、つまり自分のこだわりは捨てられる年齢ですが、そこらへんで、相手が許せて、何だか夫婦が一致してきたとかつまり、どちらにしろ、自分の答えに行きつくまで、わかるまで時間がかかる。それくらい、自分の中の気持ちを認めるのは時間がかかります。だから頭で考えるのではなくて、自分の心が熟成をすることを待ってください。ある時期、納得がいきます。そうなんだ、そうか、私はこうしたい。と。人に意見を聞きたい時期には、確かにこうなんだけれどね、と思うことができず、他の人の意見から、自分にぴったりなものを聞きながら方向を探しているのです。頭に来るアドバイスは確信をついていても見たくないか、あるいは自分がしたくないか。そういうことでも探せるでしょう。ピンと来たのは、相手、ではなくて、自分がそれをしてみたい、という自信が持てる方向。でも結局自分が本当にしてみたいこと(これが表面の意識ではなくて意地とかではなくて、つながると、それはかなり良い道を開いてくれます)と繋がる答えであると妙に感動をしたり。でもそういったアドバイスが重要なのではなくてアドバイスにより、ああ、確かにこれだ、こうしたかったんだというのがだんだんとわかることが重要なのです。占いの危険性はここにあります。自分が納得をしていないのに自分がこれだ、誇りを持てると思えていないのに、周りの意見から何かを決めると例えそれが確かにそうだったかもしれないことであったとしても、その後の人生が自信がなくなります。自分がちゃんと選んでいないのを心が知っているわけだから、何をしても不安が常に付きまとい、だから、ずっと聞いていないと怖くなります。自分がこれだと思えることを人は探していて、それを聞きたいのです。今、離婚のことを、準備をしても、あなたは、本当は怒っているだけで、ご主人と一緒にやっていきたいのかもしれませんし、あるいは、本当に自分に力があるのに、一人の方が幸せなのに、いろんな信じ込みや、謝った教えに縛られ過ぎていて、方法がわからず悩んでいるだけの双方があります。つまり、どちらに行くのかはまだわかりません。でもどちらにしろ、成功をするのは、自分が本当にこれだと思えて、だからこそ納得ができて、うん、これならば自分に誇りを持てる、という感じ取り方ができているからなのです。そこまで心が熟成をするまで、そのことはあまりくよくよ考えてもどちらにも決められませんから、しっかり日常生活をそれにとらわれずにしていってください、そのほうが心の中での整理がかえって進むでしょう。くよくよ、どうなんだろう、と考える時間に、とらわれないように。そして毎日、幸せだと思えることを。でもその方法が、あまりに偏ったものであれば(たとえば買い物をし過ぎるとか飲みすぎるとか)、依存を減らしましょう。自分の心の平安を静かな時間をとり、何も考えずにいられる時間を工夫して作ってください。そうしたら、ああ、本当にこうだったんだな、と心が思い始めます。そこまでいけば誤りはありませんが、しかもまあまあ、良いことばかり展開をします。さらに問題があっても納得できる答えを探す時間が早くなれば展開が早くなります。でも最初の段階は、時間がかかります。そしてその間、こちらに納得がして、動き始めたら、また違う気持ちがしてまた納得をすることを探し、というように、正しい揺れ方があります。動けないときには、二つの事柄に双方に信じ込みがあり気持ちが乱れて時間がかかるときです。また、その時間の正しい待ち方によって、その間も幸せをどんどん作りだします。この問題があるから、解消が出来ない、とその問題に張り付く人は空っぽになります。その問題があっても同時に幸せになりつつ、その問題の解消を図る人は解消までの年月が早くなるとともに、それまでの間も、幸せをつかみます。気が付いたら、いろんなことができるように、幸せになっていくでしょう。そして問題が解決したとき、いろんなことが同時に起きています。例でいうならば、足が痛い、足が痛いから何もできない足が痛い、と人に話してそのことだけを考えて、どうしてこうなんだろう、という思いにとらわれて、どうして治らないんだろう、ということばかり、とらわれて、解消をしたいと病院にいき続ける老人と、(これが先の、執着の状態です)足が痛い、できることをする、でも病院に行っていなかったりしている時間は、足が痛くてできないこと以外に、したいことがある足のことばかり、考えていられませんし、(これが先の、諦めない、という本来の意味ですね)という老人との違いですね。とても面白いことなのですが、執着の状態が取れると、痛み自体も軽減されることが多いです。潜在意識の葛藤を下げると、新しい人生を生きることができます。http://www.acoreading.com
2012.04.19
ちょっと皆に大きな誤解があるようだから、伝えておくと、執着、と諦めない、の違いが分からないようだから。例えば、ある女性が、自分は容姿に恵まれていないと思っていてそのために、絶対に相手がかっこよくないとならない、と思っていたとして何の問題もありません。でも、執着をしていると面倒なので、執着を捨てろと話をすると、現実を見ないと駄目なんだ、とか、だったら、身の程をわきまえて、とか、自分は諦めないとならないと落ち込むとかそういうことになるんだけれど。それは、どしてだ?気持ちが落ち込む、ということは、だね、潜在意識の誤解がある部分。ここを、やっつけるのがセッションの役割です。つまり、落ち込む、とかある言葉を聞いて、こんなひどいことを言われた、と感情的になる、ということは、潜在意識上の誤解がある部分なんだけれど、思うに、皆さんは、凄くこだわっている気持ちを捨てるのと、こだわりを捨てたら手に入らない、という誤解とがごっちゃごっちゃ整理が付いていないんだけれど。執着して手に入るのであれば、ストーカーが一番物を手に入れているんじゃないでしょうか?でもストーカーが気持ち悪いのは、「相手が自分を好きではないことを認めたら、手に入らなくなる、怖すぎるから、諦めない」というこの、気持ち悪さ、ですよね?そして頑張る、あくまで頑張る。諦めない。皆さんは、これを運命に向かって、してはいないでしょうか?諦めると手に入らない、と、頑張っちゃうと、何かの事実を認められずに認めても手に入る方法が リラックスしていると、分かるということが分からないときって、本当は脳が、手に入らない、と信じているからこそ、何かを認めたら落ち込みすぎて事実が見落とされる。絶対にそこを認めては駄目だと頑張っている部分ですから。つまり、ストーカーは、相手の人が自分に好意を寄せてくれた、と思って事実そういう時期があったかもしれないね。そして相手が本当に素敵な人で自分が好きになった人ででもこの人が手に入らないともう手に入らない、とどこかで信じているわけです。そして、相手がどういう状況かを受け入れたら、もう手に入らない、と思っているから認めないで必死になる。という姿は、必死に何かをイメージングして毎日手に入るようにと願い手に入らない姿と似ています。具体的に思い描くとよいのは、そりゃそうなんだけれど、それが叶わないのって、どこかで、無理して必死になっている・それを諦めたら手に入らないという強迫観念がある。だからこそ、いったんその強迫観念と恐れをクリアーにしらくらく緊張がないよいにして、思い描くほうがいいから、緊張状態を忘れるために、その「絶対に手に入らないと嫌だーこれを忘れたら手に入らないと緊張をしている緊張」を手放せ、といっているのであってでもそれを手放すのって、いったんどうでもいいじゃん、と思えたら本当に楽に叶うこともあるのに。だから、何かを手放しなさい、というとするよね?例えば、自分は絶対にこうなりたい、こういう人じゃないと嫌だ、といって頑固な場合。その頑固さは、ちょいと面倒。手放したっていいじゃない?もう少し気軽に手に入るのに、と思うのに、手放せないのはそれがないと怖い、という何か別の事柄や誤解があるからでしょう。じつは、本当の望みはすぐに叶います。でもそれは緊張状態のない、周りの思いや、恐れや、世間体や、エトセトラに紛らわされていないものであるほうが望ましいのです。しかももっと良い方法で、同じ結果を得られればいいわけですから。確かにね、頑張って頑張って必死になって、手に入れるということもある。あるけれど、それがうまくいっていないんだったら、少し緊張を解いてみたら?どんなに今までその方法にすがって生きてきたとしても、もう違う方法ではないと生き詰まることが、人生にはあるものです。自分は人生のストーカーになっていないでしょうか?変えられることは変える努力を、変えられないことは受け入れる勇気を、といったようなお話は、凄く凄く、深遠な言葉なのです。変えられないことを認めることが、人には凄く不得意です。変えられないと認めること自体があまりに怖いのです。でも変えられないことを認めて視野を広く持ち、本当に他の方法で得たい物を得られる視野を、と願えば、違う方向から違う方法で望みが叶うことだってしばしばあるでしょう。諦めないこと、本当に自分が幸せになれるという確信。執着を手放すこと、それは、ひとつの何かにこだわりすぎている気持ちを手放すこと。といった方法は、次回から紹介をしていきましょう。最近、セッションで面白いことがおきつつあります。人の感情の外側には、本当に臨んでいる物を得る方法が隠れているようです。http://www.acoreading.com
2012.04.17
怒りがわくのは、不安や、傷ついていることの裏返し?という質問があり、内容は、○○できないとダメだよ、と言われて傷ついた、とのことなのですが。何というのでしょうか、簡単に言うと、自分の人生の目的は、「自分が正しいと思えたことを本当に豊かに気にせずにできる」ということです。それができずに、周りの人々が気になる、怒る、怒る陰には確かに不安もあるでしょうし、罪悪感もあるでしょうし色々隠れているでしょうけれども、親に言われていたり、いろんなことで、「自分ってどこかでダメなんじゃないかな」という思いに触れてしまった時のみです。そこから、考えていってください。本来人は、人の言葉はそれほど気にしないように、できています。気になるのは、「そんなこと言われたら、自分はダメなんじゃないか、本当に自分っていいのかな、自分の正しさってなんだろう?」ということがどぎまぎしてわかりにくくなっているところでもあります。自分が正しいと思ったことを、していってください。そして、それは、次のことはこれ、これはこれ、と割り切ってただ純粋に他の意思に紛れずにできる必要があります。そうしていくときに、どれほど豊かな道が皆さんに開かれているかーそうしてそうなれたときには、そうなん?そういう考え方もあるよねそして私はこれをこうしていくね、というのがしっかりあり周りの人々が優しくなっていくでしょう。自分が自分にしっかりつながるときには、想像がつかないことが起きるのかもしれないのですから。というか本当はそうです。本来の自分につながるためにhttp://www.acoreading.com
2012.04.10
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