全37件 (37件中 1-37件目)
1
結果を望むことはよいのです。ただ結果がないと何も積み重ねられないのも実は脳の中に生じた誤解なんです。あなたは昨日も今日も同じようにいます。そしてこれからも続きます、だけれど、生きているのは今だけ。今その物しか経験をできないんです。過去はただの頭の中にあるもの。あるいはもので残っているかもしれませんが未来も自分の頭の中にあるだけのもの。今のこの瞬間だけの身体の痛みを感じ、喜びを感じられます。過去も未来も幻想です。あなたが痛みを感じるのは今で過去のは記憶なだけになります。たとえどんなに素晴らしいことがあろうともそんなのは過去です。今喜びを感じることだけが人間に許されていることなのに未来を望み、結果を望み、今しか生きていないことを忘れていろんなところへ、思考が飛びます。今の積み重ねがあなたの人生そのものなのにあなたは結果が得られなくて今がダメだと思っています。でも今は確実にあなたはいて、確実に今しか生きられない。未来も過去も、今の積み重ねなんです。今の瞬間しか生きていないのです。その今をあなたは今、何を思って生きていますか?だから、何かが起きないとだめだと今を不幸に生きたりするのは、この生き方はとても不自然でもあるのです。追記ーーーーーーーー脳の中に生きた誤解は、その人の今を生きられなくします。それは、自分の喜びや楽しみに没頭し、それを感じている自分自体を信頼し喜びを体中で表すという事をしたときにそれがいけないことだ、と教えられておびえてしまいそのために結果を重視するようになります。あらゆる天才と呼ばれる人々の才能はそのことをしたくてしょうがない、ということです。エジソンがフィラメントを考えるのに、1万回以上も失敗したんですよ?これはもはや、結果が得られないとだめだと思っているからではないんです。ならば早々に諦めます。もう100回ほどで嫌になるかな~耐えて300回かな~フィラメントに使えるかな~と思っていろんな素材を使い人毛あらゆるものを使い、もうやになっちゃいますって。そうではなくて、その発見がしたくてたまらないそういう内なる静かな止められない欲求があったからでもあるでしょう。あらゆる天才は結果を得たいのではありません。それをせずにはおられないのです。そしてその結果は?遥かに通常をしのぎます。これはあらゆる分野で言えることでもあります。でも成功失敗こんなのが嫌だというのは、実は正しい欲求のようで内なる自分の力と自分を会えなくしてしまうのです。この天才の才能は、赤ちゃんの時に皆が平等に持っているものです。赤ちゃんはただ歩きたい、それだけです。前に進んでみよう、それだけです。もし結果重視の赤ちゃんがいて、歩けないとだめ3回転んだ、もう十分、いやになった楽しくないうんざりだ、と思っていたら永遠に歩けないかもしれません。しかもさ、練習量が全然違います。片や何かおもしろそうだと駆け寄っては転び、再び駆け寄って、片や疑いながら少しやっては駄目と思い少しやってはすごくやっているのに、と怒り。筋肉の使用量とやっていることの質と、あらゆる経験量が全く違います。でも後者は必死でやっていると思っているところが気の毒。確かにいやいやだからすごい量とは本人は感じますが。怒りも混じっているからね。確かに最初のほうは、全然やっている気がしないでしょう。でも分量は遥かに、自分が好きで何も考えずにやっているほうが総量は多いんです。そのように赤ちゃんというのは天才で、何百回、ひょっとしたらそれ以上の単位で転ぶのにそれでも立ちたい欲求、自然の欲求に今従っているから成し遂げられるのです。しかもそんなの、失敗とも成功とも考えていなくてただただしていますよね。自分の正しい欲求に導かれていく自然な行動をできるということは、これはすごい強みなんです。で、これは自分の事だけ?いいえ、出会いや人の縁までも本当は創りだす力です。引き寄せるしいろんなことは起きえます。ーーーーーーーーーー本来の自分の力にhttp://www.acoreading.com
2012.11.30
上手く行かないこと上手くいかないことの陰には、その人の本当にやりたいことが隠れています。でも少しそれている、というか。これはセッションを長年してきて人々に接するうちに、自分で明確になってきました。嫉妬をしているのにその嫉妬している対象が手に入らない、とするでしょう?何となんと、それは本当は欲しいものではないんです。欲しい物とはちょっとずれているけれど、いや、ちょっとじゃなかったりする。相当ずれている。それが何かわからないままにそれに固執をするという反応が出来上がっています。例えば、友人が成功して有名になった、凄くずるいと思う、で自分も有名になる為に必死になるのになれない、としたら?まあ、そもそも有名になるために頑張れない、としたらもうこれは有名になりたいのでは全くありませんが、嫉妬をする癖がついていて何が幸せなんだか分からないという状態なんですが、でも有名になるために必死になるのになれない、としたら、その状況でも、本当は有名になりたいのではありません。その人の心の奥深くを整理していくと私だけ良いものは得られないみたいな変な感じ取り方があってそれが起動をして必死になってしまうわけですがそれらがなくなると、嫉妬がなくなったりします。でも同時に嫉妬がその人の今までの動いてきた動機ですから少し平安で空っぽになります。でもそれからまた色々していくと、今度は、その人にとって大事なものが出てきます。例えば有名になりたいのではなくて、人の前にもっと前面に出たいのにとても止める気持ちも自分にあり、それで人の前でいろいろするのがしたいのにそれが全く感じ取れなくなっているとします。すると、有名になりたい、と感じていたりもっと人と暖かな関係を築きたいのに、それができずにいて、有名になったら何も上手くいくと間違って思っていたり本当はしたいことが、人々を助けることであるけれどそれが出来ないと信じているために、何か誤った気持ちを感じていたり。そうしたら上の人は、人の前に立って説明をする仕事をしたらいきなり伸びたりいや、こりゃもう、水を得た魚?みたいに、はまりどころに勝手にはまっていく感じです。下の人であれば、人との関係を築く営業をやったらいきなり伸びたり適正にはまっていきます。その人が今抱えている問題は、本当はそれが欲しいのではないのですが何か自分のあり方が分からないままに一般的な幸せを求めたために少し(あるいは大いに)ずれているために上手くいかない、という事がしばしばあります。面白いでしょう~?本当に面白い、と思う。自分の中でこれが明確になってから、意識がすごくしたいんだけれど、本当はしたくないことであり本当はこっちに行きたいんだな、というのが分かるようになってからそっちに行けば何でもうまくいくんだな、と。でも感情がしがみついているから、どうしてもこっちなはずだ、としがみついているんだけれどね。でも本当の目標は、あなたの目標は、実はもっと大きい。例えば、絶対にお金持ちになりたい、と思うのに稼げないとしたら本当はもっともっと豊かになっていいのに、自分の豊かさがわかっていなかったり。もします。自分の豊かさがお金だけだと思っていたりね。―――――――――自分自身と繋がっていきます。それは人としての生きる意義でもありまた楽に生きられる道でもあります。http://www.acoreading
2012.11.30
少し実験をしてみませんか?恋愛ではいろんな感情がありすぎるから小さな小さな問題を考えてみてください。それはできれば、「何か」を出来ていないというようなことだと良いでしょう。それについて、こんなことしないとならない、したくないのになーと少しイライラしているかもしれません。その出来事について、穏やかにいて、必要なことをし、過程を楽しめるように、過程を楽しめなくなってしまった自分と繋がれるように、とだけ考えておきます。不満だらけで、これができていない、こんなの嫌だ、と思っている自分を感じ取ります。そして、寝る前に、かなり自分を整えておいてください。つまり穏やかに眠れるように、リラックスをする時間を前もって取ります。そして、過程を楽しめなくなっていて、もう一度この過程を楽しみたいな、どうしたら楽しめるかな今は、結果のみ得たくてそれ以外には怒っているんだけれど、いったい何を私は得たいのかな、というようにだけ、考えて眠りにつきます。もし皆さんがこれから何日間で夢を見てもそれらに囚われないでください。今後皆さんは潜在意識と繋がりますがそれにこだわって解釈をしたり、分析をしたりして別の思い込みを作らないようにします。そうしてふと気持ちがああ、これだ、あれ、これでよかったんだと納得がいくものが出るまで、してみてください。時として深まると、質問はどんどん正しいものに変わっていくことでしょう。正しい質問が出れば出るほど、皆さんは回答が得やすいことに気が付くかもしれません。皆さんは、怒っているでしょう?何かが出来ないことを。でもそれは、大人の脳の仕業です。いつの間にか皆さんは大人になり、子どもの時の、純粋にしていることが楽しくて、というときを切り捨ててしまったのです。お母さんにお手伝いをしてあげよう、お皿を洗いたいな、同じようにしてみたいなという興味に光り輝く思いや、チャレンジの精神や愛情はなくなり、「こうするんだったら、こういうふうにならないとやりたくないしむなしい」という方向が良くわからない思いにすり替わります。もし皆さんがこのパワーを取り戻した、としたら、いろんなことに光が当たることもあるでしょう、こんなの嫌だ、という不満ばかりから、熱中をしている私へその結果出てくる豊かさは、全然こんなの嫌だ、と思っていたものとは違います。実はこの純粋さは、いろんなものを引き寄せる力があるものです。人の目にある輝きは、ここから出ています。漫画の目に光がたくさん当たっているのは、星があるのは本能的にそういう光があると綺麗なことを知っているからではないでしょうか。―――――――自分自身を取り戻すためにhttp://www.acoreading.com
2012.11.29
恋愛を考えすぎていて、良い結果は出ないし、ばかばかしい、みたいなことが書いてありましたが、(端折りすぎていてすみません)頭で考えているからね、それだと大変でしょう。でもばかばかしいのも答えでしょう。ばかばかしいことは、やめてしまってください。何をかはわかりません。考えすぎかもしれませんし、恋愛で無理をしたりすることかもしれません。期待をし過ぎてダメだダメだと考えすぎていることかもしれないし。いずれにしろ、お話を伺っていて思うのは、あなたは、自分が楽しいから恋愛をするのではなくて結果が出ないから嫌だ、と思っておられて。不思議とそうしていると、何か起きないことが出てきますよね?何でも、なんですが、結果だけを求めていると不自然です。その過程が楽しくないことには、味方が現れないもの。まずは他のものから試して感覚をつかんでみてください。
2012.11.29
>でも基本、男性がその人を好きになるのは、何かを作用させてではなくてその人の中に芽があって、その人自身が好きではないとならないのはとてもとても正しいです。ここがよく分からなかったんですが、男性がある女性を好きになるときは、ある女性の中に、(その男性にとって)好きになる要素(芽)があって、その女性じゃなきゃだめだ、ってものを男性が感じ取ったとき、ってことでしょうか。 その女性じゃなきゃダメだ、ということではなくて、その女性とは恋愛をしたいかどうか男性は分かっていることが多い、ということです。その女性となら恋愛になってよい女性たちの種類みたいなのがあって、その女性となら、恋愛はしないけれど、関係を持ちたい人々がいます。その女性とだと友人としかなれない人もいます。それはその女性たちが悪いのではなくて完全にその男性の好み、です。ただ、お互いに意識をしていない場合は何年か経つと好きになることがありますが通常は自分が好きでも、相手にとって自分の何かどこかを好きな部分がないと振り向いてくれません。そして何かをして好きになってくれるような人はすぐに反応があったりします。その好みは完全その人のものです。ある人々は元気が良い人だと異性として感じておとなしい人だとだめだという人もいます。逆にあまり大騒ぎされると嫌だという人がいたり、さまざまです。時には啓発をされる方がよいとか、であれば対象の人は様々ですが話していて意見がある人になるでしょうし時として穏やかさが良ければ、穏やかに感じる元気な人もいればそうではない人などこちらも様々なタイプであっても自分の中にあるセンサーみたいなものが合致をしていたりします。また見た目であることもあります。ある程度西洋人風のボリュームのある人細い人。それぞれ好みがあります。ある女性とは関係は持てるけれど、恋愛は無理だという場合、それはものすごく女性サイドにも、はっきり分かるでしょう。デートに誘いああ、本当に話していて良いな、と思うと好きであることがわかりずっと好きな気持ちが続く男性もいます。やり方次第のところもあるし、見極めないとならないところもあります。そのため、自分を好きではないな、と感じたら深入りをせずに上手に付き合っていく方が良いことがあります。声をかけてすぐにダメになる場合には、好きだというよりもどういう人か知りたい、というようなことがあって、でも、知る過程でやはりそれほど好きにはなってはいけないこともあります。その女性が必ずしも悪いわけではなくて、男性は最初、良い感じで誘ってくれるのですが、そこにこだわらず本当に自分を好きになってくれる人々との出会いを速めた方がその人が好きになってくれるように必死になるよりも効率が良い、ということです。そして不思議なことですが、本当に自分を好きであれば、自分が心から好きになれる人で自分を好きになってくれる一致が時々あります。でもだからと言って、その人たちが希望を持ってドキドキしている過程や気持ちはとても大切に思います。デートはたくさんしていかれたらよいです。いろんなことが分かるでしょうし。それとこれが恋愛ではなかったとしたらとても寂しい、という言葉がありましたよね?それが潜在意識、なんです。本当の幸せよりも、自分を守る方に人生を動かそうとします。だから、これもあれも本物であってほしいと思うしそしてその人にこだわってしまうのです。例え偽物だと心のどこかで気が付いていても、それを大事にしようとします。でも本当は?あなたが、今までのは本物ではないとしたら本当に関心を持たれるとどんなに楽しいんだろうと、感じられるとしたらそれは起こります。嘘みたいでしょう?でも事実です。ーーーーーーーー自分の中のストーリを変えればいろんなことが変わっていくことがあります。http://www.acoreading.com
2012.11.29
ルールズの誤解 エレンとシェリーと話してルールズを私は推進も勧めもしませんが、ある特定の人々にとってはとても有用です。さらに言うならば、相手が好きならば相手からアプローチがあるしある程度情熱的ならばほっておけば勝手の心の中で勝手に情熱的になるのも、事実でもあります。そしてそういう場合は馬鹿みたいに好きに相手がなるのも至極当然。でもね、ちょっと日本人に誤解が多すぎて。一つは、ルールズは素晴らしい結果を生むこともあります。相手が自分を好きならば、追いかけてくるならば。でも、それだけが愛情を育てる方法ではないしそれではなくても好きだよ、愛している、と言って大事にしてくれることもあることも、結婚をした人もいることは、お伝えをしておきます。でも基本、男性がその人を好きになるのは、何かを作用させてではなくてその人の中に芽があって、その人自身が好きではないとならないのはとてもとても正しいです。さて、すごく誤解をされるのは、これ以降は、ルールズをしている人だけが読んでくださいね。ほかの人たちには意味がない。例えば、ルールズを守りたいがあまりに、彼が遠距離で相手から来てくれると言わないので縁をバッサリ切る、みたいな極端なことをする人々がいて。これについては、先日、これはあまりに間違い、とエレンとシェリーと話をしたんだけれど、本当に間違い。どうしてこういう間違いが起きるか、というと西洋人には無い日本人の感性、ルールを聞いたら、それに当てはまらない物は全部間違いと思うという独特の感性によります。つまりアメリカ人の方が、ルールを聞いても、それは何のためにしているかを知っている。だからルールに当てはまらなくても意味を考えて、ルールを変える、というか正しく使うことができる。でも日本人は几帳面だから、何のためにしているのかというのではなくて、「守らないと怖いことになる完全に守れないのは意味がない」という感情に支配されやすく、意味よりもやることに意義を見出しやすい。つまり非常に柔軟ではない、ということ。そのために、アメリカでは起きない変な事が起きることがしばしばある。例えばだけれどさ、遠距離で自分が行きたくなくて、来てほしいのであれば、通常は、「○○で、行けないんです。ごめんなさい」と言えば済むことであろうが。相手が愛してくれていない、と悲しんで、こんなの、ルールズじゃなーい、こんな人、いらない、と相手を切ってしまうのは、これは一種のノイローゼです、愛されていないのが怖い症候群、とでもいうか。私はセッションでこの愛されていないのが怖い症候群を癒していたり極端すぎるところがあれば正しく判断を出来るようにしていっています。でもルールズで言うならば、エレンとシェリーにも一応、まあルールズでも相手をそこで切るのはおかしいという確認は取ったけれど、まず断って相手がどうするかを見ればいいだけで、というのも、二人と一応確認をしたけれど、つまり公式なルールズの考え方なんだけれど、理由は何でもいいんだけれど、あ、ごめんなさい、忙しくてそちらに行けないかもしれません、か道が不案内で、そこまではいけません、か、ルールズをするにしても、私は行けないんだ~と言って別に反応を見ればいいだけであり、愛されていないんだ、こんなの愛じゃない!ばっさり、というほどのことでも、こんなの、ルールズの関係ではない、と悲観をするほどのことでも、あるまーに。という事であ~る。聞いてみて相手がどうするかは相手次第。そして自分は楽にいてください。ルールズをするならばね。相手がその女性を大好きでも、近くに来てほしいな、と思うことがあったら愛していないんかい、というとそういうことはない。よーく自分で考えてみなはれ、。自分が一人の人として考えつつルールズをしていってください。時として何かに当てはめすぎていて、とても狭い視点で極端になっていないかどうか。ただ、好きな人だと、比較的来てくれることもあるから断っても会おうとはするよね、好きならば。程度のことだし。誤った使い方しないようにね。
2012.11.27
まず文章では主語を必ず入れていくようにしてみてください。途中で主語が変わることがあるので、それは注意です。話をしていたら、面白くなかったので、怒ったので、いやになり。途中で主語が変わっていますよね?私と彼が話をしていたら、彼が面白くなかったらしく(彼が)怒ったので、私が嫌になり。あるいは私と彼が話をしていたら、私は面白くなくて怒ったので、彼が嫌になり。です。人と人との関係が日本語では(潜在意識から)密着しやすいようになっています。だからごたっとくっつく関係性になりやすいのですが、英語は必ず、自分と他人とが別れているのです。
2012.11.27
話が分かってもらえない時は潜在意識を変える色鉛筆時として人は、話がわかってもらえなくてさびしい思いをすることもありますよね。そういうときがあって、でもそれでも人は繋がっていけるとても素晴らしいことに思います。で、話が分かりにくくなっているときには、自分が成長をしなおかつ自分が変わり、自分の見方が変わるとても大きなチャンスなのでお伝えしておきます。色鉛筆を何本かだし、ご自身で色分けをする準備をしましょう。一つは、事実、起きた出来事 二つは、事実、相手が絶対にこう思っていると自分が思っていること三つ目は、周りの人や他の人が信じていると私が信じていること四つ目は 私は絶対にこうだと信じていること五つ目は、それによって自分が感じたり信じていることそれらとは別に、各文章に主語を必ず付けます。例えば、下の会話だと分からないですよね?林檎が赤いので、恥ずかしいから、池に飛び込む分からないのはその文章の各々のつながりと、池に飛び込んだのは誰か、という点です。でこれは、その人が見ている世界をそのまま伝えているからこうなります。そして、これはその人にとっての常識であり、ほかの人々でも同じ行動をするだろうと思うために、そう伝えてしまいます。その人にとってはあまりに当たり前になりすぎていることなんです。色を分けて自分の世界観と起きている出来事、真実が湧かれるにつれてその人の問題の核心がだんだんと浮き上がるので、この色分けはとても役に立ちます。上記のことであれば、今日できたリンゴが赤いので、私の地域では、それは恥ずかしいことと信じられており、恥ずかしいと体を冷やすために私は飛び込むのが常識だと信じていたので私が池に飛び込んだであれば、分かりますよね?上の文章は、あり得ない変な出来事ではあるのですが、でも皆さんがされていることは、こういうことなんです。自分の心象的つまり、自分の頭の中にある世界では、長年積み重なっているこれが常識誰でも同じだろうと思うものがありでも実際には、それはその人独自の世界なので通じない、という事があります。それらの、事実と、周りが信じていること、それによって影響をされている自分、また、事実相手がしている行動と言動そのものとそれに対して自分が解釈付けをしているものを分けることで真実がわかりやすくなるし、言葉も通じやすくなります。例えば、相手が嫌な顔をしたので、普段から私は嫌われているからとても嫌な気がした。であれば、これらはその人の中で真実と思われています。でも事実は、相手が顔をしかめて怒鳴ったので、相手は嫌に思っていると思う自分がおり、普段から私は嫌われていると思っているために、とても嫌な気がした。というように、ほとんどが自分の心象印象なんです。この中での事実は、実は、相手が顔をしかめたということと怒鳴った、という事だけが事実であり、後は自分の解釈です。相手が自分を確かにいやだとしても、相手はどの程度嫌かも分からないし、相手の立場に立つと自分が思っているほどではないかもしれないし相手が嫌っているにしても仕事の仕方が嫌なのかただ単純に、こういう顔の種類が嫌いなのかノロい人、早すぎておっちょこちょいの人、何か嫌いなタイプがあるのかもしれないし、何が嫌なのかは相手の世界観なのでわかりません。でもそれに対して解釈をし、それに対してあわてている自分がいる、それだけが事実なのです。自分が周りの出来事に解釈を付けてそれが真実だと思い込みでもそれがとても特徴があることであればあるほど周りの人々との擦れ違いが起きてきてしまいます。言葉を伝えようとして大事なことになればなるほど伝わらない事も出てくるので整理をしてみてください。嫌なことになればなるほど何を言っているかわからない、その時には全て主語が抜けていて、すべて正しいこととして認識がごっちゃになっています。主語が同じになってしまう、ということは、自分の中で潜在意識の中では人と自分との境界線もあいまいになり、気持ちと出来事がまぜまぜになり、いろんな出来事が団子状態になってしまっているということでもあります。色分けをしてそれらを潜在意識で分けていけば問題が小分けになって案外解消を出来る問題であることも気が付きます。
2012.11.27
先日、自分のこだわっている部分、分かってもらいたい部分が問題を起こすという話をしましたよね?少し具体的に一つの例を挙げて説明をします。で、これは参考程度なので、その人そのものの状態ではありません。その人そのものの状態を知って潜在意識を書き換えるのは直接お会いをしたりあるいはきちんとメールでお話を伺わないと全部を把握はでこないからです。だから、ここの例は少し例だと考えてください。つまりここであまり詳しく聞かれても、ただの例だから、本当に起きていることは少し違うから、自分で考えてごらん、ということです。まず相談内容ですが、嫉妬をされる、と思われていて自分がお金があるとか、おしゃれをすると嫉妬をされる、友達にも色々言われて嫌だ、という例です。で、その方の場合、おそらく、お母様も似たようなことをおっしゃっているように思います。幼少期から親が言い続けることは同じ価値観を持ちやすくなります。で、その方は、>私が出産後に、私は子どもの成長競ったり、子どもの容姿を気にしたり、比べたり、友人だからこそ、そういう目は特に持たないよ。と安心してね。(という事を)伝えました。でも、>子どもや家の事になるとムキになります。家買えてていいわね!セレブ生活でいいわね~!とストレートです。それから、>あなたは、綺麗だからママ地獄あるよ、気をつけて!と意味不明なことを言われました。そんなんなら、友人の整理すべき時期かな?と迷い中です。ということでした、で、いったい、何をその人に伝えたのかお伺いしたところ、>彼女には御子さんが(出産が上手くいかなかった、ということでしょうか?)悲しい経験をしました。落ち着いてから電話で話した時に、うちの子どもは不細工でとか、色々と固まっていて(様子が)妙だったので、私は自分自身はお洒落好きだし、ダイエットしたり身なり整えるのは好きだから誤解をされやすいかもしれないけど、子どもの事は全く別。という感じ【(感じで)、か、(感じを)、なのでしょうか?】伝えました。とても面白いことなのですが、その人の中にはプログラムというものが働いています。自分で良く出会う状況がある、としたら、無意識にその状態を自分が作ることにも加担をしています。セレブであれ、お金持ちであれ、嫉妬をされてあなたは良いわね~なんて言われないお友達をたくさん持っている人々もいるし、おしゃれをすることや、おうちを買うことは、大豪邸でもない限りごくごく自然にしてよいはずです。なので、ご自身の中にも、何かが働いていることは知っておいてください。で私が思うには、あなたの中で嫉妬をされている、と決めつけている部分があってそのために相手が「いいわね、どうせ、いいわよね」と言わせてしまう部分はあるように思います。というのは、嫉妬をしている、と考えているのは、「あなた」です。また、他の方にはこの会話の内容自体が、話を聞いていて、よく分からないと思います。つまり、とても個性的な捉え方をしておられるんです。例えばですが、相手が固まった、とします。自分の子供は不細工で、というように。だとしたらそれまでの会話に何かがあったはずですが、あなたは全てそういう事柄を、「あ、嫉妬だ、嫉妬されている」と決めておられるように思うのです。でも通常、この会話から、いきなり、嫉妬しなくてよいよ、安心をして良いよ、みたいなのは意味が通じないです。それはあなたの思い込みの中の決めつけた彼女に対して言っている言葉でもあります。だからこの言葉を聞いた相手は非常に不快になるか、不安定になります。そしてそれらがわだかまったある時期にあなたはどうせいいよね、と怒りを表すようになります。もし、その方の御子さんが不細工で、というように固まっていたら、「何か気になることがあるの?心配があるの?」「あれ、今私、何か言った?」と相手を知ろうとするのが、通常の会話ではないでしょうか?これはここの場だけの話では無いんです。あらゆる出来事が、このように、嫉妬をしているんだ、と決めつけて積み重なってきています。私は個性できれいにしているけれど、ダイエットしたり身なり整えたりするのは○○だから、という話は、相手にすると、意味がわからないんです。つまり、話をしていて、何か違和感があると、「あ、私がおしゃれをしているせいだ家に住んでいるせいだ、○○なせいだ」というように先に結論を付けてしまいます。そして、そんなことないよ、とか、そういうのは関係ないよ、とか話をされたり、あるいは相手にしたら話を聞いて欲しいとか他の事で違和感がある時にあなたは、ああ又だ嫉妬をしているんだ、と信じているわけですから、彼女の話に本当には耳を傾けていません。そのために、相手は、聞いてもらえていない気がします。だから、少し相手が嫉妬ではなくて、今何を言っているのかなというのを整理する訓練が必要に思います。そのように決めつけて話をしていると、「私はおしゃれをしているけれど、あなたの事を好きだよ私は綺麗な家に住んでいるけれど、全然偏見がないから」みたいな会話になっているんだけれど、意味が分からないので、常にあなたにおしゃれをしているダイエットをしている、家がどうの、と威張られている気がします。威張ってないよ、というように逆に言い過ぎていて私は違うのに、と常に考えすぎていて、それが不自然だということなんですが、それらはそこで話す内容でもなく相手はそのことを話しているのでもなくいきなり話されるので、威張られていると思ってしまうのです。これそのものが、偏見そのものなんです。あなたの中で出来てしまった綺麗な家に住んでいても私は普通なのに嫉妬をされる、という考え方が強いために、そんな事は無いよという事を付け足したり、それが普通の人には無いことなので、そこの部分が相手をいらだたせてしまいます。時にはそういうことが重なりすぎると、「いいよね、あなたは!」と言いたくなります。怒っているからです。例えだとあまりしっくりこないのかもしれませんが、例えばものをブログに書くときに、通常、家を買いました、念願の家です。^^ポーチをつけてこうしてああして、、、というように自分の中で嫉妬をされるんだという決めつけた人々を見て育たなかったり普通に家に住んで普通におしゃれをして良い関係に恵まれているのを見て育った人だと普通に話をします。その際に嫉妬をされると思い込んでいないので、海外に行きました!とても楽しかったです。子どもにこんな服を着せました、楽しかったです、。で終わります。でも嫉妬をされると信じている人々は、そのために一言余計なことを付けたり、かくして話そうとする部分があります。相手を妙に気遣ったり、つまり、相手が嫉妬をする、という過程の下の話をして、それがすごく嫌なんです。この部分が非常に妙に感じます。そのために、相手に引っ掛かりを生み、相手に自分が信じている行動をさせてしまいます。嫉妬をされる、そうなんだ、という気持ちがすぐに上がってしまうのでそれに対して対応をしたり考え続けたり常に話していないと不安な気持ちがあって、常にそんなことないよ、という風に自分をかばう方に意識が向いてしまいそれが不自然であり、その不安が相手を不安にさせることを覚えておき、普通に普通に普通にこれら(ダイエットやきれいにすること他の人と葛藤があっても、ああそうなんだね、と自分の思い込みを通さずに物事を見て相手と対話が出来るといったこと)を普通にただ、しているだけの人々を、今後観察してみてください。それらの人々は言い訳をしたり、相手を観察をしたり相手が変な様子でも、嫉妬をされたと誰かにずっと話し続けたり意識をし過ぎていたりしないはずです。だからだから簡単に言えば、相手が嫉妬をする自分が綺麗にすると家が大きいと何かを持つと、という信じ込みを変えてしまえばこれらの現象はなくなります。また、不思議なほど、いろんなことが変わっていきます、。というのはセッションで出来ます。今まであなたは嫉妬をされるというテーマでは扱ったことがないかもしれません。でも自分が自分で変わることもできるので、そうする、としたら、自分が嫉妬をされているんだと決めつけてするあらゆる行動言動を自覚し、止めることが大事です。「あ、今、私は、自分が嫉妬されていると感じた。そのために何を言おうとしている?何をやろうとしている?何を決めつけて相手の話を聞いていない?」と一度立ち止まることです。それらが定着をしたら、あらゆる事柄が変わっていきますが、ここが強迫観念があるところで止められないところです。嫉妬をされているだから自分を守らないと、あ、これも嫉妬だ、と相手との会話をもう聞いていない自分にまず気が付いてみてください。あらゆる行動が、すべて、「嫉妬をされた、嫉妬をされている、嫉妬をされないようにしないと」とう動機からしていることでしょうから。でね、あなたもままなんチャラに気を付けてね、の「会話ですが、「お互い綺麗だと大変だよね~」程度でよいです。それとママ地獄、というくらいだから悩み事があるんじゃないでしょうか?悩み事は聞いてあげても聞いてあげなくても思いやりの言葉をかけるだけでも自分の選択ですが、そういう「相手」がいても、そこまでまどわないで良いです。まず自分の整理を。そして同時に心地よくない友人は離れてもいいんです。でも自分の整理無くしては同じ関係ばかり引き寄せます。ーーーーーーーーーーACRで考えるところの、プログラム、というとても強い潜在意識の働きがあります。そんなに強力ならば、良いものを引き寄せるプログラムに変えた方が得ではないかな?http://www.acoreading.com
2012.11.26
こんばんは。日記の内容と関係なくて申し訳ないんですが、ここでよく言われている、その人の先天的性質と性格分類について、キャシーさんの考えをお伺いできればと思い、コメントしています。エニアグラムとか、体格・体質による性格/気質分類とか、ありますよね。私はこの前、体格・体質による気質分類をあるところで見てもらい、そうだな、と思ったところはあるのですが、そうではないところも、ほかのタイプにあてはまるところもありました。AかBかってそんなにはっきり分けられるのかな?と疑問に思ったんです。まあ、参考程度、で受け止めればいいのだと思いますが、「タイプ●●です」という場合、当てはまってるほかのタイプは全く考慮に入れずに、そのタイプで見ても差支えないんでしょうか。どう思われますか?今はどうかわからないけれど、昔はアメリカ人を含めた―――――――――――――西洋人の多くは、は全く血液占いをしません。というよりも、もともと、自分の血液が何かも知らない奴らもいっぱいいたりして。アジアの一部の、日本と韓国人は血液型で個性があると信じていますがそれ以外の国々ではあまり受け入れていないところもあります。そう言われるからそうなる、そう言われてそういう部分ばかりを見るからそう思える、色んなことも言われています。血液についてはある一定の範囲での個性はあるようには思います。例えば、男性だと、好みの服装なんかにも現れやすいし、ただし、問題はそればかりに当てはめてしまうところです。すべてがこう、というのではなくてこういう個性が多いという統計の中でそれよりみな外れていて一定ではありません。そのように、日本人は、とても○○だ、と決めつけるのが好きでもあります。そういう本も売れるし、おそらく安心をするようなんです。この人はああで、あの人はああだから、と決めてしまうと分かったように思えて、そういう頼りどころが必要なのかもしれません。ただし、決めつけてしまうと視野が極端でそれに当てはめて人を見てしまうために、また自分も当てはめてしまうために正確ではありません。血液型でもしそれらに傾向があるとしても、親の血液型がまた違えば、それらにも影響を受けるでしょう。エニアグラムには、実はウイング(複人格の部分というか)、というものがあり、一つの個性にもそれ以外の複合した個性も入っています。エニアグラムはとても面白くて、自分が思い込んでいるものと本当のものが違う場合があります。そしてそれは、表面の分析ではなくて困った時にいったいどういう動機がその人を動かすか、というところで見ないとなかなか出てこないところもあります。なので、根底のその人を動かす動機が何種類かあり、また根底の、本質の所で動く動機が明確で、それにより方向性がある、というのは、それを見極めるととても正しいのですが、やはり同じように、自分がこれだ、と決めてしまっても間違っている場合もあるし(とても隠れていて)あるいは、自分が思い込んでそうなってしまう場合もあるし、あるいは、複数の他のものの影響を受けるものだし、という事があります。そしてまた、クレッチマーなどの分類は、大まかではいいんだけれど、あまりあてにはなっていないところもあります。野口整体による対癖の分類は興味深くはありますが、でも、人によっては複数のものを持っていると教えている方もいて、確かに人は一つではなくて複数の要素を持っています。また野口さん自身は3種の人間とあわなかったらしく個性を悪く書いているのもとても面白いです。というのはその個性が悪いのではなくて、その傾向と野口さんの傾向があわなかったというのが現れているからです。で、セッションでは個人を全く別の物、として見ています。その人の本質が持っている傾向というのはその人オリジナルのものです。だから、全く一つのタイプに当てはまりませんが、人としてある以上、例えば、怒りっぽければ、まあ、傾向としては、交感神経が副交感神経よりも優位だから、たとえば、高血圧などの、そう言った病気にはなりやすいし、という事はあります。分かるでしょうか?一人一人違う。そして、人としてある以上、こういう傾向に当てはまる、とは言える。でもその人が確実に交感神経が優位だから、その病気になるかというとそんなことはない。ただその傾向は高くはなる。当てはめきってしまうと自分を見誤る。怒りっぽいのだって通常は熱っぽいけれど、冷え性の何か逆の、内向性の怒りっぽい人もいる。一つのタイプに当てはめてしまうのは相手も見誤る。そして何よりも、一つの安定した個性があるのではなくて、「あの人と比べると、私の方が○○だから、ここがすれ違う」という見方をしないと全く意味がありません。例えば、身体のタイプで言えば、その人と比べると、私の方が○○質で、相手よりも焦り症だから、この人といると私がイライラする側のタイプになる、でも私と、別の人だと、彼の方が○○気質の部分が自分より高く、私と比べると、より、焦り症だから、この人といると相手が焦り、自分が、引っ張られて、という役割になる。というようにです。つまり個性が人との関係で逆の立場になります。物事の見方は、この人とこの人との関係だとタイプがこうあのものとこういう場合ではこのタイプが出る、という見方をしないと偏りがあります。-----------セッションでは何故その関係性がその人といると上手くいかないのかを改善をしていきます。すると、その人の本質の傾向がだんだんと浮き出てきます、http://www.acoreading.com
2012.11.26
むるみさん>>ほとんどの場合が、痛みに寄り相手と寄り添おうとするのです。>それが学びの関係ですか?>へたしたら、一生そうなってしまいますよね、何をおっしゃるうさぎさん。これだって本当の運命の出会いなんです。ほとんどの夫婦が学びの関係ですしその中にはとてもとても仲が良い人々もいます。お互いに色々あるけれど、大好きな気持ちもあっていつくしんでいけば、(相手を責めたてたりではなくて良い点を認めて、こだわりにより相手を変えようとしている時期があってもでも根底に好きなことがあって、すれ違いが多くなくそして、徐々に受け入れあうようになり)長い年月の間、その二人はかけがえのないものになります。さらにさらに、学びの関係でもめていても、自分のこだわりがなくなっていくにつれて愛情があることに気がつく夫婦なんてざらです。セッションでもよく関係性がよくなることもあります。ごくまれに、本当に関係が整理が出来ていて、という場合もあるにはありますがそれは、本当に稀です。ひょっとしたら何度も生まれ変わった霊なのかもしれないほど。それはそれで幸せでしょう。でも今のあなたで、今の彼で出会えるんですから。ただね、あんまし言いたくないんだけれど、というのは出会えるから変わる、とか、絶対に出会えないと嫌だ、とか目標が何のために自分と向き合いたいのかぶれるのが好きじゃない殻なんだけれど、そういう動機や気持ちを助長するようなものはしたくないからなんだけれど、でも、確かに整理をしていくと(完全に変わる必要も変わらないとならない必要もなく視点を変えただけで)面白いことは起きえます。ーーーーーーーーーーーーhttp:www.acoreading.com
2012.11.26
先ほどの続きですが、よく、痛みは愛情と勘違いをするけれど愛ではない、というでしょう?ここにその意味があります。分かってもらいたい、愛してもらいたい、というのは自分が何らかの解消を出来ていない寂しさとかがあって脳の中に「私はこうではないから○○じゃないんだ」という誤解があるんです。そのために必死になってしまい、でもその必死さは自分にとっては愛情なんだけれど本当は愛情ではなくてその人の痛みを解消をするために相手を使っているので、うまくいかないんです。ストーカーのことを考えると分かると思うのですがでも人は誰でも、一部、痛みによって関係性を築こうとします。というか、痛みの感情は強く相手にしがみつくのでほとんどの場合が、痛みに寄り相手と寄り添おうとするのです。ーーーーーーーーhttp://www.acoreading.com
2012.11.25
>キャシーさんのおっしゃっている>>>それは、わかってもらいたい、という欲求を捨てること>>ですが、最近、わかってもらおうとするのをあきらめたら、>家族でも友人でも、自分から何か関わろうという気が薄れ、どうも表面的なものになってる気がします。>>私、今、こんな風に思ってんだよ。>こういうの、あんま好きじゃないんだよ。>>そんなこと言っても伝わんないんだな、どうせ違う人間なんだし・・・って感じです。>>>私って、実は、わかってもらうために、誰かと関係してたんかい、と思い始めましたが、>そうなると、友達、恋人、関係の意味がわからなくなりました。さびしさからつきあってたのかな。。。>>>さびしさをいやすことって、できるんでしょうか。>-----えっとね、セッションの好きなところは、潜在意識から変えられる、ということなんです。これはとても美しいことだと思います。で、分かってもらいたい、の根底は、分かってもらえないから分かってもらいたい潜在意識にあるのは、何でしょうか? 何でわかってもらえないんだ分かってもらえないのは私には価値がない寂しい、と言った根底があるからですよね?そして今、あなたがされているのは、分かってもらえないから来ている諦めで、双方とも同じことが根底にあるんです。根底にあるものが同じ場合、方法を変えても結局同じ、という意味がここにあります。この根柢を癒すことはできますし、そうすると現れる現象は、分かってもらえないも分かってもらえるも考えて無くて別に気にならない、ということなんです。この状態にある時には、今まで分かってもらいたいと思っていた幻想が解けてそれらの100個のうち、本当に大事なことは、1つか2つだと気が付きます。これは頭ではなくて、感覚が変わります。気にならなくて、あれ、大事だぞと思う場所が変わってくるということですね。気にならなくなったうえで、大事なことは伝えているから必ず伝わります。つまり、なんですが、根底に、寂しいなぁ、私なんて分かってもらえないんだというのを癒さないとならないんです。分かってもらえない、分かってもらえるぞ、と気張るような方法ではなくて、分かってもらえない、という幻想を癒すというよりも、分かってもらえない、私はとても寂しいんだ、分かってもらえないと寂しいんだ、という幻想を、傷ついて繰り返されるこだわりや感情を癒します。例えばなんですが、今日は自分は会社でつまらないことがあってとても嫌だった、とします。でもこれって、分かってもらうことがそれほど重要でしょうか?分かってもらえないと愛されていないんでしょうか?分かってもらえないと一人なんでしょうか?別に相手が同じ心境にならなくてもどぉ~~ってことないことなんです。これらは、トラウマから来る、何か大事なことが幼少期に分かってもらえなかったそこ凝り固まりがあるにすぎず、感情が大きく上がるだけでどうでもよいことなんです。「今日会社で、嫌なことがあってさあ、、」「うんうん、でもそういのってあるよね」程度でも二人に愛情がないことはなく、でも愛情がないという幻想があり寂しいという幻想に囚われていると「そんなんじゃない、何故親身に聞いてくれないんだ、どうしてなんだそこじゃないのに、、、」と恨むことで、自分がその人から勝手に扉を閉じます。でも、そういう幻想がなければ、「そっかなあ、そうかもなー」と思う程度です、どこにも抵抗もないし、すんなり入るだけ。でも本当に二人の間で大事なことについては、「ねえねえ、これってよくないよ、解消をしよう」と言います。でもそれらは本当にトラウマから来るこだわりから来るしがみついたものではないのですんなり相手は聞きます。つまり聞かれないときには、その人の中に別の問題があります。ここはこうだからこうしないとならないそうではないと癒されないという強い強い相手へのしがみつきが起きています。だからセッション後、あれ、聞いてくれるようになった、という事が起きます。無意識になのですが、だから行動を変えたつもりがなくても、無意識が変わると、言い方や感じ取り方が変わるんですね。逆の方法を(つまり潜在意識は変わりにくいものだから、というのは感情のパターンを変えるものだから、感情そのものが変わるのだから行動から変えたり、思い込むことで変えるとするならば)取るとするならば、それが出来ているという方法から学ぶことができます。しがみつかず、それって別に大丈夫で繋がってるんだ、という感情を持つように努力をしたら、逆に長い年月をかければいつかは潜在意識が変わるので、それについての方法を前に述べたのですが、今そういう状態であれば、少し考え方を変える必要があるかもですね。人とは分かり合えるし、楽しいものだし豊かなものだしそしてでも、今これを分からせようと必死になって分かってもらえなくても本当はすごくすごく幸せなんだ、というのが事実ですが、脳の思い込みにより一人ぼっちで寂しくて、と恨んでいるわけです。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーご自身の豊かな未来に向けてのセッションです、http://www.acoreading.com
2012.11.25
さてさて、皆さんの問題が始まるときには、必ず、「自分がこう自分を見せたい」「自分がこういうふうに絶対に相手に分かってもらわないと困る」という執着がありますから、それを発見してみると面白いですよ。^^言った一言が上手く受け止められない、せっかく行動をしたのに、受け入れられない、そのときに、絶対に私がここをわかってほしい、というものがありその執着が変な言葉を言わせています。みょうてきりんな、行動をさせたりしています。相手はそこに敏感に反応をしたりしています。難しいことでとても簡単なこと、でもすごく難しすぎてできないこと、でもやったら世の中が、自分の周りが、確実に変わること、それは、わかってもらいたい、という欲求を捨てることです。この時に、全ての未来への扉は開かれるし、その人との問題もおさまります。ーーーーーーーーーーhttp://www.acoreading.com
2012.11.24
嫌だと思ったら身も心もボロボロになっても耐え続けるか、その対象から100%離れるかの二つの選択肢しか持ってません。むしろ中間が嫌というか… どちらかしか選択したくないのは何故なんだろうと自問自答しましたが「何でも曖昧は嫌!気持ち悪い!全てハッキリさせたい!」という思いしか出てきません。 生きてて自分にとっての中間の選択肢(?)のような物が殆ど無く、むしろ中間の選択肢(臨機応変、好きでも嫌いでも無い人や物事など)には全く興味が無いというか… よく「要領が悪い、真面目すぎ、極端」とか言われるのは、これか!と気が付きました。 幸せに関しても、不幸か凄く幸せになるかのどちらかしか判断基準がありません(泣) 思い返せば以前ルールズをしていた時も、出会い初期の相手の気持ちが熟すかどうかを様子見しているのが一番辛かったです。 二つの統合が出来たらもっと世界が広がるのでしょうね…。 中間が気持ち悪いって考えの私でも二つの統合が出来るようになるのでしょうか。-----------この生き方が負担ではない時にはそれでかまわないのですがむしろエネルギーにその人なりになっていることもありますし、大事な時期です。でも、30代、40代以降になると、不自然なところを教えてくれるようになります。そのために、「そのことを抱えているからこそ」起きる問題が必ず起きるのが通常です。好きなことを大事にしてそれはそれでよいのですが、この極端さは何らかの表れではあります。まさに、セッションはこういった、自分に染みついている本当の時分ではないものの整理のためにあります。実は、これは自分自身ではなくて、何でもあいまいは嫌絶対に嫌という事を覚え込んだエゴ(自分はこういうのがあるからこそ自分なんだ、という脳の意識の一部が強く縛る部分)が動かしている非常にこだわっている部分です。これを徹底していないと絶対に嫌だ、というこだわりそのものが実はその人の中で何かが起きて記憶をされている、ということでもあります。この考え方があると、人生が極端になり、やがて思った通りではないことに全てを諦めるような極端な時代が来るか、ほかの人に極端に全部をゆだねてさせようとするために(子供や夫などに)そちらに色々な問題が起きてくることがあります。で、中間が嫌と思っておられるのですが、実は中間ではないんです。中間ではなくて自分の思い込みの強い部分、こだわりの強い部分である絶対にこんなの生きている感じがしない、絶対に過激に好きなことを徹底してやらないと生きていない気がする、みたいな部分を整理をしていくと他の選択肢が出てくる、しかももっとよい選択肢が、ということです。中間で嫌だ、というの自体が錯覚であり新しい選択肢が思い浮かばない理由でもあります。例えばパフェを造るのに、50センチの高さを盛り上げないと絶対に嫌だとこだわっている、としますよね?それで採算が取れずに店がつぶれるとわかっているのに嫌だ絶対に50センチがないと、日本で一番(だか何だか知らないけれどその人がこだわっているもの)じゃないと嫌だ、とする、とします。これは、機能不全と言っては変なのですが、その人の本来の姿ではないです。なぜならその人の本来の姿は、目的があって、その目的の最終的なものは幸せになることだからです。でも、50センチではないと嫌だ、という強い観念がその人に取り込まれてこだわると、店がつぶれても採算が取れなくても絶対に嫌で店がつぶれるから、と10センチのを出したとたんに自分が自分を裏切った気がして丁寧に作れなくなり(10センチのパフェを)そのためにやっぱり店がうまくいかないみたいになります。何が起きているか、というと、その人がその人自身の喜びを感じ取り自分に根差して、パフェって作るの面白いなあ、こんなにきれいにできるこんなに喜んでもらえる、みたいな、何らかの本当に感じたい気持ちを感じる部分がうまくいかなくなって、ほかのものに依存をしている状態がこの50センチパフェなんです。もしその人が、日本で一番こういうものが作りたいという自分の感性を取り戻せたらその人がたとえば50センチですごく綺麗なものを作りたいのかあるいはびっくりさせたいのかその人自身が自分自身と繋がります。で、びっくりさせたいのであれば、10センチでもびっくりさせれば嬉しいな、となるべきものがその人の中で、嫌だ嫌だ、絶対に50センチではないといけないんだ、という何かの誤解が生じてそれから離れられなくなっている状態になってしまっているんです。このこだわりなりこわばりを取ることが、その人自身が目的を見出す最短の距離だ、というのはとても矛盾をするようですが真実でもあります。さらにこの文章を拝見して思うのは、何かぼろぼろになることに依存も入っていると思うので(そうしていないと安心ができあない、逆に言えば不安であるからぼろぼろになるまで何かをするという)そういった他の事柄もあるとは思います。ご自身が中間と思っておられる、実はバランスの取れた目的がしっかりしている(頑張るために頑張るのではなくてこうなりたいな、と思うのでその結果が得られることだけをしていけるがそれは同時に、しなくてよいものを選択できるが、それが極端ではなくて常に入れ替わりながら新しいん選択をし続けられる受難さも持っている)生き方ならば、実はいろんなものを得るのが簡単です。人生の中で物事を整理をしていくに伴い、その人が変わるに伴い現実も整理をされて現れるようになります。でも同時にその人が持っている世界観だったりこだわりだったりはその人そのもののとても大事な生きている整理をしなければならないテーマでもあり、生涯をかけてその人自身が学んでいく大事なものでもあります。━━━■ アクセスコードリーディング http://www.acoreading.com/ ■ キャシー天野
2012.11.24
自分を大事にすることと、嫌なことを耐えるということが相反するみたいで、どうしたらいいかわかりません。そう、これが自分の中に出来てしまった二つなんです。そしてこの二つが統合をされるのが、自己の統合です。例えばなんだけれど、嫌なことをされても、相手に言ってもわからない、という考えがないと言うこともあって、言わずにストレスの解消をすることもできます。色んな方法があるんです。例えばなんだけれど、自分が画家だとして、のびのび自由に画風を変えていくとしてでも仕事のために、画風を固定したものにして描くとして脳が二つが湧かれていると片方しかできないんです。でも何故画風を固定して売れるものの中に少し自分の画風を入れ趣味の時間にたくさん自分のものを描いてはいけないのでしょうか?そういった自由な発想が生まれないままに自分が固定をしてしまいます。片方しかできません。例えば、嫌なことをしなければならない、として本当に嫌だ嫌だ、嫌なことをしないとだめなんだよね、しないと食べていけないという自分の思い込みがなければ、いやでもなくてただやることだからやるという心境にもなります。ダイエットと一緒で、こちらしかできなくてこちらをやらないとならないという考えが潜在意識にあるから、とても嫌だという矛盾も起こしているんです。で、二つに一つだと、我慢をして無理をするか自分が自由にするならばその人たちの枠を抜けないとできないということになります。ヒントになりますか?自分の別れた部分を統合します。http://www.acoreading.com
2012.11.23
仕事のことを考えると憂鬱で仕方ありません。私は夫の転勤と出産で退職して、地方に来たのですが仕事に復帰したいと考えてます。しかし地方は殆ど仕事がなく、あっても店員さんや介護、ウェイトレスです。私はそういう仕事に偏見があり就くことに抵抗があります。そういう仕事は他に出来ることのない人がやるもの、とういう風に思っています。実際にはそんな事はないと知っているのに、その思い込みが抜けません。私の母もそういった職業にたいする偏見のある人でした。母は私が以前にしていた仕事も「いくら特殊な世界でも事務は弱い、仕事に生きるという程の仕事ではない、一生は難しい」等々と言ってました。私はその見方をされる度にとても嫌で傷ついて頭にきて、見下さないで欲しいし、私の仕事だって遣り甲斐もあれば知識も必要な立派な仕事だと、母と喧嘩をしたこともあります。でも母は見下してるわけではなく事実として、一般論はそうだと言っただけだそうです。仕事の事を考えるとそういった事が頭にいっぱいになって、憂鬱で悲しくて気が狂いそうになります。私は結局、その程度で終わってしまうのかと涙が出ます。どうしたらこの考えから楽になれるのでしょうか。私は自分を恥ずかしいと思いたくないし、今できる事に喜びを見出して生きていきたいです。まず最初に、あなたの中にあるこの軽蔑はお母様が嫌がることへの、辛いお気持ちだと理解をしてあげてください。お母さんも他の人々の思いを吸い込みながら生きてきました、ちょうどあなたと同じように。それらは事実ではありませんが感情がとてもとても動く部分でもあったでしょう。というのは、事務というのは比較的、人気が高い商売ですから生涯できない嫌な仕事、というのは、お母様独特の感じ取り方でもあります。事務職が安定をしないのではなくて、その会社が安定をしないとそこに勤めるあらゆる人々の仕事が安定をしないだけの話です。人は皆、幼少期に他の人が軽蔑をするときにとても傷つきます。傷ついているとは分からなくても、怖くなったり悲しくなったりします。そしてそれがやがて自分も傷つかないために、相手を軽蔑する気持ちに変化をします。でもそれらが単なる気持ちであることを知り、自分が本当にのびのびと自由に生活をするために道を切り開いていくことをしていってくださいね。どうぞ、胸に手を当てて、「この気持ちはお母さんが嫌がる姿を見て哀しんでいる気持ち、でも私は本当に自分が信じるものを信じる」と伝えてあげてください。ーーーーーーーーーーーー感情に滞ったオリを取り除いていきます。http://www.acoreading.com
2012.11.23
とても大事なことをお伝えしますね。まず最初に、メールカウンセリング途中でやめてしまう方の特徴なのですがこれは、何百人かに1名ぐらいの割合でいらっしゃると思います。途中で、というのは、少し分からないことがあっても、ありがとうございました、でクローズしてしまう方も含めてです。疑問があっても、伝えないで、後からブログに書き込むタイプの方です。でも大事なのは、その時になぜ聞かなかったか、なんです。あれ、ここは少し違うな、分からないな、もし、違うな、分からないな、という事を、ずっと相手に聞き続ける、としたら自分が一歩を踏み出さずに常に考えすぎていて不安がありすぎるなど別の問題があるので、それはお伝えしたり他のメールカウンセリングをお願いする事もあります。だから、ずっとずっと分からない、と聞いていて行動を起こさないのは少し違いますが、これらのタイプの方も、やっぱり100人とか、に、1名ぐらいはおられるかもしれません。でも通常は、私は小さな疑問で、ここは違う、と言われたらじゃあ少し状況を聞かせて、ああこういうことね、とそれらについて新たに深めた話をしているはずです。という事はブログでもしていますよね?一つをぶつけてああ違いが出たなじゃあ、ここなんだ、とだんだんと問題が分かるからです。メールでも最初から問題を聞いてズバッとしていく場合と一つの段階で一つをぶつけて返ってきた答えから深めることと二つあります。通常は私はメールではかなり核心に迫るまで質問をします。でも明らかに表面に出てきていることについては、その段階でお伝えすることもあります。その段階でお伝えした場合、違いがあれば伝えてくれればそこについてはもう少しその人の傾向なり調整を図ります。対面では会っているので正確にわかっていくのでこのぶつけては分かり合い、というのはあまりありません。でも聞けないの自体が癖だ、と思ってください。対人関係の中で、すぐに諦めてしまうんです。簡単に良い関係になれるものが(自分はここが少し違うなと思ったときに簡単に聞いて分かり合えるものが)自分が相手に聞いてはならない、失礼だ、私をわかってもらえることはないと何らかの信じ込みがあるために、それを聞くことができず、聞いても1、2回でこの癖はすぐに表れるので、すぐにガッカリして引きこもるので、あるいはストレスがかかりすぎていて、「ここがこういう風です」と伝えずに周りを探る言い方をするので気が付いてもらえないし、それ自体が自分と相手との壁を容易に作ります。わかってもらえない、とそのまま引きこもりその人の前から消えていきます。そして自分をわかってもらえていないことが、怒りにあるいは寂しさに、あるいはいじけるような感覚に、あるいは、人生の悲しさになっていきます。それが癖であることを知り、それがあれば自分がぶつけないままに恨みにいずれなります。恨みは、無意識に、その時ではなくて後から何らかのカラチで出す、という事をします。ここで起きていることが、対人関係の癖なのを知っておいてください。○○ですね。と言われて、失礼な内容でもないのに、怒って違います、言う人はあまりに感情的、あるいは受け止めてもらえない、誤解をされている、という事が信じ込みになっています。その意見を聞いて、えっと、ここはもう少し知りたいな、調べよう、あるいは聞いてみよう、あるいは少し保留をして時間を待とうなど自分で判断をしていれば、人ときちんと繋がれている、その意見を聞いてわからないままに、あ、何だかダメなんだ、と引きこもるのであれば人間関係の中で自分を諦め過ぎ、という事が起きているわけです。ご自身が良い豊かな生活になるためには?それは精神的なものも含めてですが実は、自分自身をとても大事にする、ということを訓練する必要があるのです。自分自身を大事にするには?自分の中に諦めすぎているところがあればそれに気が付くことも大事です。ーーーーーーーーーーーー自分を諦めていたら、それらを修正することで手に入れるものが多くなります。自分を諦めるというのは密かな自分にとってはあまりに自然な感じ取り方やパターンでしているのが気が付かないことも多くあります。http://www.acoreading.com
2012.11.23
何でもないことに怒っていることに気が付いて、相手が悪いと思っていたんだけれど、相手も自分も悪くないというか怒りが徐々に忘れられてきた、それに伴い、良いことは起きているんだけれどとても慣れていない不安定な感じがするんだが、怒っている内容(言われた言葉や嫌なことをすべて)忘れていいのか、というご質問がありました。それでこの方の面白いのは、周りも優しくなり、仕事でのミスも少なくなり仕事も集中をできているのですが、それでも、「今まで怒っていたことを忘れそうで嫌だ」と言われている点です。で、どうして言われた内容を覚えていないとならないと感じるのかお伺いをしたところ、「学んだことを忘れてしまって、同じことが起きる」(つまり自分を守れない)「(多分怒ってだと思いますが、それできちんと距離をとれた相手と)また親しくなってしまう」というようなことを書いておられました。―――――――――皆さんに今まで、エゴ、という話をしてきましたよね?エゴ、というのは、わがまま、という意味ではなくて自分勝手、という意味でもなくて、単なる、「自分はこういうのが自分である」と保存をしてる思い込みのことを言います。このエゴは、その人自身ではないのですが脳の一部分をつかさどっているたった一部の働きにより全ての行動を支配しがちになります。また、エゴは、生き残りたいと願っていて、自分が考えを捨てるといなくなるという誤った恐怖心に支配をされています。今回、この方に起きていることは、とてもとてもその特徴をよく表していて説明をしやすいので、例としてあげますね。ブログを読んだ範囲で分かることで、私がまとめすぎているのでメールカウンセリングではもう少しきちんと聞きますがその人とぴったりする部分ではないことはあるかとは思います。でもそれはこの方一人に向けてではなくて一例として皆さんに書いているので、ご了承ください。さて、通常、エゴは、自分が生き残る事だけを考えています。自分という部分はたくさんあるのに、考えている部分は自分だと主張をし、自分が考え方をやめたらいなくなる恐怖心があるということなんですが。怒りを捨てるのは、本当は容易なんです。きちんと、「あれ、こんなつまらないことに怒っていた」と気が付くと、怒りの処理をできますから、その処理が終われば怒りはもう、目的を果たします。つまり、通常は、感情は感じ取れば自然的になくなるのが役割だ、ということです。同じ怒りに支配をされる場合にはその人の中で、ほかの問題が起きています。そういった抜けない繰り返される感情は、怒りでいえば、例えば、親が怒りすぎているのを見ていたり、あるいは自分の脳の中で、「これもあれも非常に感情的になるべきこと」という誤ったものがあるために、その人の感情の湧き方に癖がついている、ということです。今、私は二つの事について述べましたよね?一つは本来の感情は、なんだ、こんなことがこうなんだ、と理解をしたら消えて目的を果たしていること。例えば水につかっていて不快であれば、水から体を出します。そしたら水に浸かっているのは体によくないと教えてくれている感情は目的を果たしたので消えます。もう一つは、条件によって、勝手に湧く過激な感情はその癖があるので、それは整理が必要だという2つでしたね?でこの方の場合、上記のように、「なんだ、私はこういうふうなことでこう感じてしまう不自然な点があるんだな」と教えてくれていましたがその目的を果たして本人が何かを気づいたので、その感情は消えます。癒されればそれに伴い、それらの出来事も忘れていくし、現実もこの方のように変わります。問題は、この方の、エゴの部分、「たとえどんなに自分が人から優しくされまいとミスをしようと、私は他の人のせいにして嫌だと思い、相手にしがみついていないと私ではない」という誤った部分が、今、作動をしている点です。ここが作動をすると、不安なので、そして頭が理由を勝手につけます。でも実は、怒らなくなっても、嫌な相手とはちゃんと距離を取ります。知恵って、しっかりと残るんです。そんないらない記憶がないほうがこういうときにはこうしよう、と自然と動けるんです。嫌なものと距離をとった、その出来事はぜんぜん忘れていただいてかまわなくてそんなの覚えていたい、というのが、頭の部分の嘘です。知恵、その人が一回距離を開けたり、そういうときにはこう距離を取ろうというのは恨みや怒りや、あるいはこまごまとした考えがないほうがしっかりと働きます。その時の言葉あの時の言葉、ああいったこういった、というのを覚えていたら怒りすぎて逆に何をしていいのかわからなくなります。エゴの部分は取り外し(つまり手放すこと)が怖いのでここがなくなるとこれもあれもうまくいかなくなるよ、というように誤作動をします。このエゴ、つまり、今までの自分を変えたくないところは、どんなに不便で幸せになれないとしても人生の目的を達せられないとしても、「この方法を取り外したくないとても違和感があるし不安。だから、嫌なことが起きる、と思う」というのが、その人の思い込みと潜在意識でもあります。つまり自分は変わりたくない、というエゴ(自分を変えないプログラム)の声なんです。ここは強烈です。感情が不安定というか違和感というか。下に戻ろう戻ろうとする部分が人にはあります。ーーーーーーーーーーーーーーーーー知らず知らずのうちに、その人の中でプログラムが働いています。自分が変わらないように。それを改善していきます。http://www.acoreading.com
2012.11.22
関わる相手が不安になるとき、というのは(自分といて)自分が決めなければならないことを、相手に決めさせようとしているときです。例えば、相手がこういう嫌なところがあるから相手が変わったら自分はこうなるとか、相手に何かを決めてやってほしいとか。でも本当は、自分がその状態であることを認めそれを受け入れ、そして自分はどうするか、決める時であるのです。その人が自分で決めることを、相手に決めてほしいと思うとき不必要な葛藤が生まれます。きちんとその状態はそうなんだとわかりつつ、自分がどうするかを決めて(それは常々変わっていって柔軟でよいし、場合によっては相手に言わなくてよいし)意外にも相手も安定をすることがあるからしてみてね。これはね親子の関係でもよくある。親が、子どもの意見は最大限尊重をするにしても、まだ未確定な部分があれば、ある程度ここはこうしよう、と決めていかないで、子ども任せにしていると子どもが不安定になることも。------ー潜在意識の自分のプログラムがあり、それを変えることで人生が変わります。http://www.acoreading.com
2012.11.21
最近あることで悩んでしまって、彼にメールで相談をしました。男性らしく論理的な返信が来て、その時はもっと感情的に寄り添ってほしいのにそっけない、淋しい、と思いました。でも時間をおいて読み返してみるとヒントがたくさんあり、自分でも考えを進めてみたら悩んでいたのが嘘のようにラクになりました。ああ、彼は彼なりにちゃんと考えて答えをくれたんだな、ということがわかって、淋しい、そっけない、男っていつもこうだからイヤ、などと思っていた気持ちが大事なヒントをくれてありがとう、に変わりました。淋しい、そっけない、男ってこれだからヤダ、という気持ち、ヒントをくれてありがとう、男の人の見方って面白いなあ、という気持ち、どちらも本当なのですがそれでよいのでしょうか?。。。いつも後者になれるようにしたほうがよいのでしょうか?ーーーーーーーーーーーーーーーーー実は動植物は、とても幸せに生きています。もちろん、環境次第では過酷なこともあるでしょう。でも、人とは違う深いレベルでの喜びを味わうことがあります。人は、幸せでいられない、という課題を抱えています。それは、幸せは心で感じるものなのですが、頭の理念が、「こんなのは幸せではない。もっとこうでああで、こうじゃないと」という物があるために、それが「身体で感じる幸せ」を妨げてしまうからです。皆さんが恋愛で感じる安心感は、常に人々が日々の暮らしで(他のものでも)持っていてよいものなのですが、そのように頭がこれってこの程度幸せ、あれって、この程度こう、というように順位を付けたりしてその頭の幻想の中で生きているためにその幸せを感じられずに、何か大きな出来事を求めるようになります。さらに、とても興味深いことに、自分がそういった安心感を持っていたら通常はいろんな出来事もそれに伴って安定をしていきます。パートナーも恋愛もその中に含まれるでしょうし経済的な事柄も含まれるでしょう。幼少期、皆さんは通常であれば、この幸せを味わったことがありあるいは幼少期にとてもとても苦労をされていたとしても、胎児のときに、味わったことがあります。何も考えずにその時に遊びに集中をしていたり何か頭でくよくよ考えずに体いっぱいで感じているような事柄です。さて、上記のことを書いたのは、幸せの一部にはその人が揺らぐという性質を取り戻さないとなれないから、という事を伝えるためでもあります。わかめがだよ、幸せなのは、(もちろん脳がないから、幸せは脳で感じるものではなくて自然の中の一部にただある、という感覚なのですが)海水に逆らうからではなくて、今日は暖か、今日は冷たい水その中で海水と共に揺らいでいるんだなー。もしわかめに知恵がつき、水に逆らって、こんなところではしっかりしないとこんなの嫌だね、というようになっていったら、その場にある、というこの幸せな感覚を味わうことができなくなります。で、男性と女性は、男性は物事を解決をすることがよいことだという左脳的な考え方を持っていると言われています。女性は、「わかるわかる、そうだよね~うんそうそう。」と言われるととても安心をしそういう会話をしたがります。上の男性が強いわけでも、感情がないわけでもなくてただの物事の解消の方法の違いです。男性は自分の感情に深く深く同意をされなくても大丈夫な面があるし、会話の目的は意味があることであって、物事の解決は大事です。女性は力があるので、わかる~うんそうそう、と感情が落ち着けば解消は自分でしていくこともあります。意味がなくても感情的に同意をしあうと安心をします。でもそのためにすれ違うわけです。さて、これは海の水があっちにゆらゆらこっちにゆらゆらしているように、双方に行き来をして流れているのが関係性における本来の幸せです。違いを持つ男女が、時としてすれ違いながらも、うー相手の方法は違うけれど助かったぞ、と思うときがあってよくうー、こんなの違うじゃん、という風に思ってよくてそれらにゆらゆら揺らぎながらその場を楽しんでみなはれや。皆さんが幸せになりにくいのは、あるいは問題を抱えてこう着をしてしまうのは、自分の思い込み、幼少期の出来事、親の(女性ならば母親の)考え方などに影響を受けて、一つの事に癒着をし一つの方法ではないと幸せではないとこだわり(この時の顔って絶対に眉間にしわ寄ってるんだもんねー)「ほらね、全然わかってくれていないじゃないの嫌だこんなの、わかってよ」としがみついて海水の流れに乗れなくなるかあるいは、罪悪感があって、「自分はいつもわかってあげないと良い関係ではない」と思い過ぎてしまっているために、ずっと自分を押し殺しているかになります。それで、分かってあげるときもあって、(その時には相手も光り輝くような愛情に満ちる瞬間を経験をします)「ここはわかってくれないんだね、つまんない、ぷんぷん」としてもよいときがあるのも分からなくなるからでもあります。二人が、あるいは家族が良い関係である、ということは一つの考え方に縛られることではなくて常に相手と自分が色々な色に変わりながらも、それらが受け止められて自然なエネルギーが十分に流れているときにとても心地が良く居場所があり、二人が愛情を確かめ合いという事ができます。嘘から出た誠ではなくて真実から出た誠。本当にこれは嫌だな、と思いでもそれを忘れてまた違うエネルギーに流れてそれに沿っているとふと分かる時がある。その時には相手も心を大きく開きます。上手くいっている夫婦ではこういう会話になるのではないでしょうか?もう、お父ちゃんったら本当に分からないんだから。とぶひぶひしても、その場でそれは終わり(ここがポイント。赤ちゃんが愛されるのは、怒ってもすぐに泣いて解消をしてしまうからです。そのことを相手がしないと絶対に許せない幸せではないと思い込むのは、何らかの思い込みがあるからです本来人は、その時に豊かに上がる感情があり落ち着き楽しめるものなのです)、そしてぷいと一瞬しても、夕食には楽しい会話があり。そして時には、お父ちゃん、ちょっとピンと外れているけれどありがとうね、と言えて、感じ取れて、双方が豊かに感じ取れそのどちらにもこだわって絶対にこうではないとならないと思わずにお互いが何だか自然に受け入れられているなーという状態です。んだから、なんだな。あなたが今回上手くいったのは自分の流れに自然体で揺れてたからです。折角それで上手く言ったので頭でどちらじゃないといけないと考えて、硬直したわかめになるなかれ、ってことだわな。ーーーーーーーーーーーーーその人自身が癒着をして滞っているために関係性が上手くいかないので、その心の癒着を取っていく作業をします。近年、駄目だと思っていた自分の好きな相手からのアプローチが急に始まったという経験者もあったりで、その人の問題を解消すると出てくる事柄は、とても興味深いです。ただし、通常は、あまり絶対にこの相手を手に入れたいとかじゃなくて、こういったもの、関係性を得たい、という目標で来てくれると嬉しい。http://www.acoreading.com
2012.11.21
そうですね、メールカウンセリングの方がきちんとできるかなとは思います。掲示板では単なる推測なのであまり信頼をしないでください。でも私が感じたのは、確かにあなたは応援をしてくれないと嫌だというのがありすぎるようです。これ自体は癒すことができますし、セッションの方がよいですが、もしどうしても、というのであれば電話、あるいはスカイプでも現在は出来るとは思います。が、少し違う方法にはなります。ヤッパリお会いして、触れて、そしてしていくのは楽に切り替えをしやすいというのはあります。話をもとに戻すと、彼と出会っているのは、このこと、すなわち応援をしてくれないとこだわってしまう自分がいることに、気が付くためです。私はこうしたいんだよ、これを応援してねと言わないままに、相手に意見を求めて自分の思ったとおりではないとというのは、無理があるときもあります。通常自分の課題を整理をすると、相手との関係が良くなります。でも同時に課題を整理したら、その人では無ければそれはそれで前にいってもかまいません。要はどちらでも大丈夫です。だた、自分が整理をするものは、自分で整理をしていってよいです。少し個性が違った合わないとはしても、彼はとても正直ですし男性が親しくなると別に普通の会話で、通常の男性でもあります。ご自身の中に同意をされない時に、自分が自分をさばいているので自分が見捨てられたような全然ダメなような、そういった極端な感情が湧いてくるのが原因ですが、もう少し穏やかな男性との方が楽であればそれはそれでかまいません。つまり良い悪い、ではないんです。もう少し話が合う人を選んでもいいです。でもあなたがそんなに応援をしてほしい、ということであれば、求めている人は、かなり女性的な資質を持っていますね。なので、少し男性らしさや決断力にはかけるかもしれません。あるいは少し要領がよい男性もいます。男性は、かわいいよぉ。女の子も可愛いけれど。それぞれ。それで、時には不器用だけれど自分はこういうけれど、ここは決めているからがんばってね、と言ってくれたら私は助かる、と知ったら(言葉で教えるのではないよ、自分が相手ができるように行動を自然とするならば)本当にしてくれようとする。そういう紹介のテクニックも学んだ方がよいかもしれませんね。いずれにしろ、この問題は多かれ少なかれ、親しくなると出ます。親しくなってあなたへの意見を正直に相手が言い始めると、イライラして突っかかるし逆にあなたが結婚後、今ままでは人と合わせるために同意をしてきたことを伴侶に怒りとしてぶつけることもあります。あわないのになぜ合わせないとならないの、というように今まで他の人々に対しては無理をしてきたことを伴侶へはするということはしばしばあります。で、これがある、ということは、私は私でこうで良いと思うんだ、というのを言って楽しめないというのは確かにあります。それがないと密着しようとしながら関係が複雑化しやすくはあります。ーーーーーーーーーーーーーーーー近年、おひとりの人との話を深めて一いることが多いですがこれは、ほかの人々にも役に立つことが含まれているからです。表面でざくっと答えるよりも、まあちょっと問題が皆さんが見ても分かりやすくなるかもしれないことを考えています。依怙贔屓ではないのでごめんなすって。
2012.11.13
人間関係を取り扱うお仕事をしています。今、関わっている件が弱い立場の人を守るという役目です。一緒にその人を守ってほしい人たちがいます。その人たちの協力がなくては、その弱い立場の人を守れない状況にあります。でも、弱い立場の人を守ってほしいと提案すると、摩擦がおきる可能性が大なんです。自分としても摩擦がおきてしまったらどうしよう…と、怖いです。摩擦が怖いから、提案するのをやめるということは絶対にありませんが、本当は、快く、強い立場の人に、一緒に弱い立場の人を守ってもらいたいです…。――――――――――――潜在意識が変わると本当に興味深いことが起きます。掃除を始める人というのは案外多くおられます。それと、何かが直った、という方や。セッションする内容と別のものが変わることもしばしばあります。それくらい、自分の生きる姿勢ややっていることって色んなものに現れてはいるんだろうなー、絡まっていて、一つほどくと色々おきますなあ、ということです。でね、上記のご相談内容はどうするか、というと、ご自身の中にある、強い人の立場に守ってほしいというこだわりと強い人がいない限りは何も絶対にこれ以上はできないという信じ込みと、そして、そうすると摩擦が起きるという書き込みを変えるんです。その人の中にある。これはあなたには絶対の事実としてあるものだから仕方がないんですが、実は「感情」なんです。感情というのは、湧く気持ちです。だからあなたが目の前にその人たちを見ると反応として、その人が助けてくれないと、でもしてくれない摩擦が起きる、でもその人たちが、という感情が強く起きてしまうために、その人と自分の中でしか答えを探せない状態になります。これはどうしてもその人自身をセッションをしないと本人には全く分からない部分です。でももし、その書き込みがないと、自分一人でそういう組織を創っちゃう方もいます。弱い人を守ってよ、と相手に言わないので摩擦は起きなくなるでしょう。あるいは、守ってよ、ではなくて、自分自身の出来る事をすべて探す方に感情がいきますから、そうしてできることを整理をして本当に必要な部分にお願いをしてそういう人々を使うことになります。ご自身の中でそういう信じ込みが強くあるために、どうしても相手を動かすことにこだわるし、どうしても相手が変わらないことにいらいらするし、どうしても摩擦が起きると思いながら何とかしないととその状況に「張り付いて」しまいます。それともう一つもしかしたらセッションで書き換えるかもしれないものは快くその人たちに助けてほしい、ということです。これも何かの投影なんです。実はもし、あなたが弱い人たちを助けたいだけだったら(強い人がなんちゃら、という何らかのこだわりがなければ)その人たちが快かろうと、快くなかろうと、要はやってくれりゃあいいわけだから、どっちでも、あまり気になりません。動いてくれてありがとう、そして次第に気分よく動いてくれるのですが何らかの強いものは正義をしてくれないのにという信じ込みでもしてほしいという何らかの未消化の感情が投影をされてしまいます。お父さんお母さん、いろんな投影があって、未消化なことがあって、弱い人々を助けたい気持ちと上の人が動いてくれないとだめだし快くしてくれないとだめだしそうはしてくれないと嫌だし、という何かを整理をすることが課題なんです。そう思うから頼むときも遠慮がち言っていることもわからないし相手が動かないように自分も無意識にします。つまりこういうことなんです。あなたの現実は。何を見た時にどんな感情が生まれるかで決まっている、ということなんです。あらゆる人類の問題は、自分の中にある信じ込みです。それがないと本当に全く違う行動をサクサクしていきます。これが、ある特定の成功者のしていることでもあります。例えば同じ状況に、マンデラ大統領がいた、とします。(黒人解放のために運動をして何度も投獄をされながら最後は、大統領なった)強い立場の人がこうしてくれないしああしてくれないしこれはもっとこうしたほうが、でもできない、と自然と感情が向かないので、(そういった感情そのものがわかない。この人はしてくれなくて、でもこうしないとならなくて、という感情の反応がないか、あるいはそういうのを自分で整理した)とにかく弱い人を助けちゃおう、と思うでしょう。そして作業をしてここはこうしていこうと決めて出来ることをして上司に言い、許可が出ればするかでなければ方法を変えるか上の人が良い顔をするかどうかにかかわらず推進をサクサク滞りなくしていきます。その間、とまることないでしょう。何ができるだろう、そうだ、今日はこれとこれをして、というように感情が外側に全部向いていくような感じがあります。24時間、365日にこの状態にいる人だと、この差は大きいんです。これは状態です。その状態にあるんです。そしてその人がもし、自分の中に強いものはこうでやってくれないとならないのにやらない、という信じ込みがあればそう言う人ばかりを見ていて自分のすべきことが分かるのは本当は1000あるうちの一つなんです、その一つを一生懸命にしていきます。これは、その状態になるとすごくわかります。エー全然、周りが違うということになります。その状態にいると、周りは協力をせざるを得ない状況になります。つまりね皆さんのつっかえるのは、自分の未消化の感情がその問題で出てきて自分で足止めしてる、ってことなんです。ーーーーーーーーー自分の未消化の課題を整理していきます。しかもそれは、皆さんの心の奥底に潜んでしまっているものでもあります。http://www.acorading.com
2012.11.12
彼と一緒にいると喧嘩もあるし、具合が悪くなっていて、(コリみたいな、ものなんでしょうか)本当に彼でよいのかな、と思うとのことなんですが、うーんとね、喧嘩の内容が何も分からないから喧嘩の内容によっては全く違うアドバイスをすると思います。それってどうなの、と思う事はあるだろうし、そこはこうだな、という判断はするけれど、今は状態が分からないから相手へのアドバイスはできないから「自分サイドのこと」だけに限定をして言うならば、自分で彼氏と向き合って、とおっしゃっていますよね?意外に思われるかもしれないけれど、回答っていろんなところにあります。無理に向き合おうとするのは、向き合いたいと強く思ってしまう女性のほとんどの癖は、実はトラウマ、なんです。トラウマ、というとちょっと言葉が違うけれどこんなふうな状態であれば私は受け入れられていないとその相手の状態が嫌だ嫌だ、という気持ちが抜けなくて、楽になれなくて、自分が勝手にこの人はこういうふうでこんな私はみじめだったりいやだったり大事にされていないという自分の幻想の中で、この状態に、(あるいは相手に)抵抗をしている状態なんです。人と人との関係性で上手くいっている時というのはよし、向き合うぞ、と気張られるのではなくて(片方に)その状態で良し、と思えたとき。でもその状態だとよくないわけでしょ?だから変えたいことを向き合う、と、女性は、いうんだけれど、それって向き合うことではないんです。緊張して真面目顔をして二人でいる、っていう面白くもない状態を言うわけで。星の王子様を書いたテグジュペリの言葉は真理をついていると思うんだけれど人と人が愛し合うのは、向き合うのではなくて、同じ方向を向くこと、と。男性からしたら、正面向かれていられたら、息が詰まると思うからね。だから彼はこういったんだどうけれど。上手い事言います。女性は嫌なことを話し合うととても満たされるものだから無理に正面切って向き合おうとするんだけれど。あなたは彼との違いにメールカウンセリングで気づかれたと思いますが今後はご自身がそのストレスを下げていってください。彼と一緒にいるにしろ一緒にいないにしろ、向き合おうとしているのがあなたの身体の不調の原因でもあります。彼とあわない、というよりも、この状態が嫌でこの状態は駄目なもので、自分は受け止められていないと抵抗をしていることに体が無理と言い出します。わかりますか?彼が嫌なんじゃなくて、そういう状態ではいられなくてそう言うのが嫌だ、と抵抗をしている、この抵抗が自分が疲れる原因なんです。だからセッションではすごくすごく思いもよらないだろうけれど抵抗を取り除くんです。すると、一緒にいてもいい、居なくてもよいいるんだったら楽に、違うんでも楽に離れるという状態になります。抵抗というのは、相手の状態に対して、「そうされると私はこう扱われていてこんな風に不安になり、こう不快になる」というその思い込みをとるということでもあります。相手が普通にしているのに、自分が普通でいられないとしたらそこには相手の行動は自分をこう扱っていて自分は不幸だ不安定になるという誤った脳の書き込みがあるからです。もちろん、身体が無理だと止めてもいいんだし(もう少し抵抗をしなくて良い人はいるかもしれないから)その、彼が嫌だというところへの、抵抗をやめてもいいんだしどちらもできます。・向き合わないと怖いんです。上手くいっていない感じがして。でも本当は何も起きていなくて脳がこれは上手くいっていない、直さないと、と、緊張をしているだけかもしれないのです。あなたは今相当に混乱をしているはずです。メールでは片側を話しましたよね彼ときちんと違いを知って表現をすることです。でも今自分自身を受け入れることや抵抗を無くすことを話していますが実は双方が関係性に必要なことで、全然矛盾をしていないのです。自分の表現をすること、それは相手はどう思っていて自分はどうするかを決めるための情報です。皆さん勘違いをするけれど、相手を変えるためのものではないんです。相手はどう思っていて自分との違いを知り、自分はこれでどうするかを決めるためのものです。そして、自分が楽にいられること。その双方を関係性は学ばせてくれます。その二つが出来るときにはその関係は完全であり得ます。相手も変わります。しばしばそれもあります。自分も変わります。で、言うならばね、身体の不調って案外、いろんなことから来ている。だから少々は、あっていいんです。親子でも、会社でも、何処かは緊張をしているのは間違いないんだし。体のコリやいろんな状態は、少し不調が誰でもあって、そこは負担から来ている。そしてそれは、自分が何かに抵抗をしすぎていたり止めたりそれか抵抗を無くしなさいという事を教えてくれている。だから、親子の喧嘩が悪い、というよりも、そういう状態があっても、自分はこう決めて実行し、それでこの件はお終い、そしてまた何か出た時にそれに接するずっとそれにこだわっていない、というように、できないことが負担になります。
2012.11.12
こちらからお送りするメールが届かない方がおられます。gmailからのメールを受け取れるように設定をお願いいたします。また、ジャンクメールに入っていないかどうか確認をお願いします。ezweb と、goo に多いようです。
2012.11.09
11月6日の苦も無く叶えること、のぶら下がりコメントです。キャシー様報告させてください。夫がお米をといでくれました。部屋を片付けてくれました。私が片付けて寝たら、綺麗にしてくれてありがとう、といいました。すごくびっくりです。夫は何をしても文句をいう、とずっと思っていて、私は文句を言われないように対応しなければいけないとずっと思っていて、その方法をずっと探して試してきたのですが、文句をいいたいなら言えばいいし私はできることをすればいいや私は私でいいんだよと教えてもらったら、あっという間に文句を言う夫がどっかにいっちゃいました。。。今まで考えもつかなかったことでした・・。ありがとうございました。ほんと、びっくりです。ーーーーーーーーー思い込みがあると、相手も反応をします。結婚をした時に優しい二人がいるならば、それも事実なんです。つまりその部分はいなくはなっていないんです。暴力をふるうなどの問題があれば、その人をどうして離れないのかという別の問題があるにしろ、通常は、優しい二人は取り戻せるのです。自分の中で「どうして相手がこうなんだろう(こうあるべきなのに)」ということがあれば方法を変えても、(そういうつもりでも)やっていることは、実は、何一つ変わってはいません。例え180度違うことをしていると思えても、です。「私はこうしるか、ああかしか方法がない」というのも同じ。言ったら喧嘩になるし、言わないという事を聞かないとという二つの思い込みがあるために、本来のその人のある姿になれずにいます。そのことが解決をしたら色々ほどける糸みたいなものは確かにあります。だから、関係性がガラッと変わるのはよくあることなんです。良い経験でしたね。^^自分が引き起こしているものを改善していきます。http://www.acoreading.com
2012.11.07
ずっと聞きたかったのですが、今、幼少期にやりたくてやっていて、でも緊張してできなかったことをやりたいと思っているのですが、その時の感情間違えたらどうしよう、とか不安とか緊張とかがやってきます。ただ、一人で練習していると無我夢中で時間が経つのも忘れるんです。その緊張感というのはなくすことはできるのでしょうか?すごく大好きな事なんですが、ああなったらどうしよう、とか張り詰めた感じが嫌なのでそれに耐えられないし、もっとラフにやっていきたいと思う自分もいるんです。ラフにできる方法を探してみてもいいのかな?と思いましたが、また変にプライドが高くなってしまったり自分を責めたり異常に自分に宿題を与えたりして人に対しても厳しくなったりするのが嫌で。でも、こういうふうに緊張してしまうというのは本当はやりたくないことなんじゃないのかな?って考えてしまうんです。>その時の感情間違えたらどうしよう、とか>不安とか緊張とかがやってきます。これが、「癖」なんです。感情の。まさにセッションで扱っていることです。つまり、本当はいらない物だけれど、脳や体が必要だと思っていてしてくれているものですね。事実、間違えたらやばいというのではなくて、単なる条件反射みたいなものです。でも相当に怖くてそちら側をやらないのが、プログラムです。条件反射みたいなものだから、犬に餌をやる時にベルを聞かせるとベルの音だけで涎を流すようになるのと一緒。癖なんです。ベルは食べられんしさ。涎は必要ないんだけれど(消化を助けるものだから、涎は)で、行動から変える方法であれば、(行動療法みたいなやつ)少しづつやってみることです。やってみても何も怖いことは、起きませんし正解を言えば、失敗をした、と思うときって、そこから新しい方法を探していく大事な時期なので適切なメンター(相談者)に相談をして、失敗をフィードバックしてじゃあこうしていこうね、と新しい方法を探していきます。失敗は失敗ではなくてじゃあこうしていこうという新しい方法を探せる時期でそこにこそ発展があることがわかっていきます。で、認識を変えるという方法であれば、(認識療法みたいなもの)間違えたってどってこと、なくね~?(朗らかなあなたを支えてくれる男性が言う風)というのとか、プライドを満たすために、全部完璧にしなくても、前にすすんでいってるじゃん?それに、それをするのにそんなに必死にならなくても周りはどうも思わなくない?というのも、必要な情報かもしれませんね。(誤ったプライドの整理)というように、認識をただしくします。で、ACRであれば、できれば体の反応を変えていくという事をしていっているわけです。まあ、正直言えば、反応を変えるには、認知のかなり深いところをいじくらないとなんないんだけどね。まあそれは良しとして。反応をしなくなれば、(条件反射)自然と、メンターに相談をしなくても、自分がメンターになれます。さて、私たちは、先祖代々、火でやけどした先祖の過去があるから二度と火を使わない、みたいな、物が刻み込まれています。その中の一つに、自分が好きなことをして傷つくくらいならば幸せにならなくてもいい、ほかの事を、せっせか、していよう、というのも刻み込まれているんです。困ったことに、こういったものは自覚をすることなく、「怖い」という感情を沸かせます。また、その行動をしないために(回避をするために)失敗が怖いとか、さまざまな「人生での言い訳」も思い込みとして刻み込まれていきます。でもこういうのって、もっと動物的で、「怖い」んだよね、本当に。自分の整理は、先祖代々からの人間の思い込みの整理でもあるのです。要はさ、簡単に言うと、私たちは火を使いこなしてきた。だから、火が怖くないのをもはや「もう体の感覚から」知っているでしょう?使いこなせます。でも、ある、火を使う世界から、隔離をされてきた民族がいて、その人たちは先祖代々の教え、火は絶対に使ってはならない(火事になるから、怖いことになるから)というのを守っていたらこれって説き伏せるの、大変よ? 体にしみついちゃってて、火を使おうとすると、もう、怖いんです。ぶえーとかひえーとか、言うわけだ。理屈何てどうでもよくて、怖いんです。こういうことが、人は誰でも起きている、ということなんです。でも本当はね、もう、「そういう自分らしいことをするの自体が」怖いんです。でもそれは、もう理由ないんだからしてみていいんです。それがあなたの人生の課題。うまくいく秘訣。あなたが、あなたとして悟りを開くために。成功をするために。チャック スペザーノは上手いこと言ったな、と思います。「私たちは、自分の才能(確かgiftみたいに言ってたんじゃなかったかな。)を恐れている」とね。避けようとしているとね。それは真実なんですが、とても無自覚に行われています。(自分の中でプログラムとして動いているから)火を使えたらどれほど世界が広がるか。あなた方は知っているはずです。―――――――――――自分らしさを取り戻すプログラムがセッションです。http://www.acoreading.com
2012.11.07
>そういうのって我が儘で自分勝手なんだと散々親から言われてきたので、そうしないように心掛けてきましたが、苦もなくかなり早くに夢が叶う時は自分の好きな事を自分のペースで没頭した時だったと気が付きました。>この感覚をとり戻せたら色々な事が、流れるようになるんでしょうか?ピンポーン、あたり、です。だってそもそも、自分の好きなペースでというのはやり方いくらでもある。わがままではなくて返って人に迷惑かけない責任ある生き方が出来るわけですし。これは、皆がかかっている催眠術、夢なのですが、「自分はこうしては駄目だ」というのは事実ではなくて自分はこうしては駄目だ、という思い込みからする行動が変な現象を生みます。それなのに皆それがあると「あ、またこうしたせいだ」と誤解をするというループに、はまる。これはとても興味深いことですが、マインドは原因を誤って作りだします。例えば嫉妬をされると思い込んでいて何度も嫉妬をされていじめられていたという人がいると、嫉妬をされていると思い込んでいる、ここを取り去ります。すると嫉妬をされているから、しないようにしようとする行動がなくなります。すると周りから、「何あの人?本当に嫌だ」というのがなくなるのです。(事実よくある話だし)でもマインドは、絶対に自分が嫉妬をされるからそのためにする行動を止めようとはしないんです。それは威張らないようにしようとすることだったり、(それが返って自然に、ねえねえ、こんなの出来ちゃった、へへへと言えずに不自然にその人の場合はなっていたわけですが。隠そうとする態度が周りの人々を、見下しているように周りから思われということです)あるいは嫉妬をされたと思ったとたんに自分が自然に話せなくなる態度だったり(えーなにそれ?宝くじあたったの?どこでーみたいに言えば話が盛り上がったりするのにあるいは、私も私も、この間あったたよー言えたら自然な会話だけれど、しっとをされると思っていると言えなかったりしてその態度を相手は喜んでくれないんだ、と誤解をしたりして後日自分が良いことを言っても相手もぷいとしたり)嫌われるから意見を言わないようにしようとしていてそのために、周りにはっきり言わないから、迷惑がかかる後になってから、ごめんね、実はいけないかもしれなくて、なんて最初に言え、ということで、皆の仲間に入れてもらえないとますます、意見を言うから怒られたせいだ、と感じるわけです。でもそーじゃなくて、意見を言ってくれないのが困ったんだもんねー。皆逆をしているんです。これはとても面白いと思います。自分が意見を言ったら関係性がダメになったという方がいてそれはなくなりましたが、何と原因が、その思い込みがあるから、本当は相手の男性が好きではなくても見抜けなくて結婚をしてもらえると引っ付いていて自分が意見を言うと、初めて相手が自分を好きではないのが分かったり話を聞けない人だったりするだけなのに、自分が意見を言って聞いてもらえないとしがみつき、みたいのが直ったら、意見を言って喧嘩をしながら結婚をしました。(という例は使ってよいとのことで、今回書かせていただきましたが)そんなもんよ、世の中。だから、その人が思い込んでいることが、本当に現実を造るのにその人はその思い込んでいることが正しいからこうなったと脳が誤解をしているので同じことに巻き込まれます。つまりね、私たちは、ほかの原因を、この原因のせいでこうなった、と思い込んで生きているのです。でも本当は原因が違うのに脳が誤解をし過ぎていてわからなくなっていて。ということなんです。その思い込みが人から見ると不自然で、あなたが「その原因を隠せなかったせいで、ちゃんとできなかったせいでこうなった」と思う事を呼んでくる、ということなんですね。ただ、思い込みがある以上そういうのが分からないんです。分からない以上、事件が起きるたびに、「あ、私のこのせいだ」と誤っている気持ちが大きすぎて、怖くて乗り越えられないのがプログラムなんだね。つまり前に戻るわけだ。-------------自分の生き方を探していきます。http://www.acoreading.com
2012.11.06
>最近シンクロがよくあり、まさにここ数日この件について考えていたので今日の日記はとても心に刺さりました。>なぜか、「今」をとても生きずらいです。>「今」を生きることを意識するようになってから、この事に気が付きました。>確かに「今」を生きてる時には物事がスムーズに流れていきます。>仕事も家庭も交遊関係も恋愛も、大抵のことが自分にとって良い方に進む事も経験してきました。>成功体験の様なものを数々積み重ねてきて、頭では「今」を生きる事が自分の幸せに繋がると知っているのに、とてつもない息苦しさや焦りを感じます。>「今」を意識して生活していると、実際に呼吸が浅くなり息苦しくて、物凄く不安や恐怖や絶望感や焦りを感じます。>後々考えると全く大した事ではないのに、恐怖と不安で泣く時も多々あります。>なんだか、自分の目の前の現実を受け入れることや、目標に向けて何かを「今」すること、自分にとっての幸せへの選択が精神的に負担です。>かといって何もしなかったり、違う事をすると、それはそれでとても焦りや自分に対して罪悪感を感じるという…>自分がどうしたいのかサッパリ分かりません。>-----これらすべてが幻想だとしたら?つまり息が浅くなるのは、怖いんですが、マインドが嫌だーと言っているんですが、心配をしていないと不安だし。とてつもなく私達ってマインドに縛られていますよね。たとえば、現実が今のこれなんだと認めても、何も悪いことは起きていないんです。地球はひっくり返らないしそうだからと言って、「すべての実力も未来も失われるわけでもない」のに周りの人々は欠点がわかっていたりするのに自分は欠点やら、嫌な気持ちやら、隠せていると思っているし、自分はそれら何かを認めたら怖いことが起きるし自分は駄目だし、というのは凄くすごく強い誤解です。そうやって、何かを認めたら自分が生き延びられない、とマインドは考えます。頭はかなり誤解が多くて事実ではない事柄に縛られるんですが、それは不自然なために流れには逆らいます。というのは、何かを隠したり不自然にしていることが問題を生んでいるのですがそれを人は分からず、「自分の欠点のせい、認めたくないことのせい」にしているからなんですが。すんごい、逆してるしぃ~ということでもあります。ーーー脳の誤解を取り去ることは、とても有意義な人生へのステップです。http://www.acoreading.com
2012.11.06
楽にいられる、というのは、海藻が海の流れに逆らわないようにその時期その時期に必要なことをさくっと出来るから楽なのです。わかりますか?もし、一つの事だけが楽だから、これをしなきやならない逆をしたらつらいんだから、と考えてできない、としたら海の流れに逆らって突っ立っている海藻です。さぞかしつらかろうなー。それは頭で考えた楽さであって、自分の感覚に基づいていないから、です。昨日は楽なのはのんびりすることだった、身体を十分に休めようとした、でも今日は早起きをして頑張る、それらは二つとも楽なんです。自分の生体にあっていたら。でも頭は、ずっと逆らいます、休んでは人生に乗り遅れると信じ込んでいたり、あるいは、早起きをしてやることは、とてもつらいことだ、と自分に逆らうエネルギーが強すぎたり。頭で考えると、身体で感じる、でも頭が強くて観念で生きようとしている、ということが、分かるでしょうか?流れに乗るのは考えすぎずに今必要なことをします。必要なことをするのに、これをしたらこうなるという過去のデーターやこういうのはしてはならないという価値観判断がとても邪魔なのです。サクサク必要なことを必要な分だけする。そして、したらそれで終わりです。過去のことを考えるとしたら参考のため、であって後悔のためではありません。未来を考えるとしたら、目標を立てて「今」を生き生きと生きるため、であって「未来に救われるから、今はどうでもいい」という生き方をするためではありません。皆さんは大事なことを忘れていますが、過去も未来も、「今」なんです。今しか皆さんはいられません。今しか生きられないんです。どんな過去も「今」であったし、未来も「今」だとしたら今を幸せに生きられないでいきなり、そこに飛び込むのはできかねます。本当は、全ての事柄は、リズムです。恋愛もそう。関係性もそう。そして、社会的な事やお金の流れも。自分本来の流れを取り戻していきます。http://www.acoreading.com
2012.11.05
幼い男性とばかり出会う、キャラクターものが好き、とか、という相談がありました。その方いわく、暴力とかは古い層にないし、優しい人であることは、あるみたいなんだけれど、「やはり無意識の中に何か自分がこの現実を引き寄せる理由があるのでしょうか。そういう原因を見つけだして癒さないとこの先も同じ繰り返しですか?」-----------確実に原因はありますが、別にそれが悪い、とは限らないです。実は、あなたが「それが男性らしくない」という信じ込みから分かっていないことがあるかもしれません。信じ込みはいろんな方向から取り去るものなのです。そしてその人には分からないほど、その人には常識だと思っているものです。セッションではないから(セッションは私の感想を一切いれずにその方の内部から答えを出していくので)わからないけれど色んな可能性があります。一つは、あなたはそういう男性と幸せになれるかもしれないのに、信じ込みから自分が勝手に抵抗をしていること。そのために少し極端な人が現れるけれど(あなたの思う男性らしさってなんだ?どういう優しさを求めているんだ?優しさの中には繊細さも無いとあなたはつらいのではないか?繊細さを無視して生きてきてはいないか?というような何らかの事柄を教えるために現実がすごく極端になる方もいます)自分がどういう優しさを求めているかちゃんと心がわかればもう少しバランスが取れた男性と出会う可能性もあります。これは例だから、優しさに対しての思い込みかもしんないし強さについてや男性らしさについての思い込かもしんないし求めている男性らしさが自分のものではなくて、世間の観念で抵抗をしているかもしんないし、そこらへんは分からないです。繰り返すかどうかは、わかんない。ある日突然、世界が変わることがあるし。私は何年か周期で好きな色が突然変わります。そすると、出会う出来事が変わっていきます。好みも変わることもあるし、どちらが良い、悪い、前より成長した、とかではなくて、必要なことが変わると、身体の細胞レベルや感じ取り方が変わるみたい。大学生のときには、顔が一日で変わってびっくりされたこともあった。人の内部って、おもしろいだしょ?本当にその人の持つ世界は美しく広いです。---------http://www.acoreading.com
2012.11.03
セッションを数回受け、今はすごく楽な状態で過ごすことができています。最近気づいたのですが、結婚したいと思っている割に、自分が結婚することのイメージが湧かないのです。家族にも、あなたは結婚しないでずっとここにいるのよって言われてしまいます。このままでは結婚までの道のりが遠いのかと不安になってしまいます。今、自分がしたいことは結婚ではないのでしょうか?――――――――――――楽な状態になれているととても良いのでまた、自分の好きな方向に物事を持っていける状態に入りつつあるので、そのまま欲しいものを願ってみてください。イメージングを根を詰めて(眉間にしわを寄せるようなイメージングはまずいです)する必要はないので今後現れてくるいろんな出来事から、「あ、こういう関係は嫌なんだな、じゃあこうではない異性との関係がもちたいな」というのをただふと思うだけで忘れていてください。実は体の感覚が鋭敏ではなくて皆、緊張をした状態にあるためにがちがちなまま、いやでも分からずに必死にイメージングをしているんです。そのために手に入りません。緊張をするときにあなたはそれを嫌がっている、という意味なのですがそれを通常の人は緊張をしっぱなしのためにわかりません。それが今外れた状態なので、緊張をしたときには、こういうのは嫌だ、とわかってきているんです。だから、例えば、人と話をしたときに、相手の話が早すぎて緊張をしているとしたらえっと、自分がわかってもらえる方がいいな、とか逆に求めているものを探し出して願い、これでお終い。その人たちに対して判断を持つのではなくて、そっちがいいなでおしまい。この時の緊張状態のないすぐに忘れる状態が凄くいろんなものを引き寄せる(瞬時)です。この、その人たちを判断して嫌だな、どうしてなんだろ、としがみついているのが、皆さんの状態で、これが前回までいろんな人々と詳しく話をして何を皆が現実は願っているのかを出した状態なんです。嫌だこんなの、この人はどうなの、と考えるのは緊張状態にあり、また実際には相手は違う現実を生きているの意味がありません。自分を緊張から外せずに嫌なものを引き寄せている状態だからです。親に対して結婚と言われて、結婚を考えるのが嫌ならば緊張をして考え込むのではなくて、自然に出会いたいな、とか、何を求めてそうじゃないから緊張をしているのかを探し出して、その場でそれはお終いです。とても面白いと思いますから、実験をしてみてください。そして常に楽にいること。これが今ここにいる状態であり、過去の出来事や考え方に縛られたり、未来への予測で今にいられない状態ではない楽で幸せで自分と繋がる状態です。焦って来たら、こういうのは緊張をするから嫌だな焦らずにこういうのが手に入るのが好き、というように。ーーーーーーセッションは自分自身と繋がる入り口です。http://www.acoreading.com
2012.11.03
10日のセミナーについてですが、私事で用事が入っているのを忘れておりました。そのままになっていてすみません。ほかの日程でできるか、予定を組んでみます。
2012.11.02
相手が要求をしているのではないです。自分の中の、相手の期待に応えられない怖さが相手が要求をさせているように感じさせてしまうのです。すごくすごくすごく相手が要求をしているどうしよう嫌だ、という抵抗が、物事を大きく見せてしまうのです。自分がやってあげないと怖いことが起きるという誤った観念や自分にしてほしいと全部言われている嫌だという抵抗感が物事を大きく見せます。この罪悪感がない人は、その人が「これこれなくて嫌だよね?」とたとえば言ったらその言葉をその言葉通りにとります。そのあとで意味ありげな顔をしても、それがなくて嫌だといっているだけなのだろうと感じます。そこに別の意味を勝手に付加をしません。でも、要求をされている嫌だしたくない、とか要求をされているしてあげないとかわいそうだという誤った感情をわかせるプログラムを持っていたら、その言葉に裏を読みます。なんでも全部そういう表情や言葉が自分に向けていることと思い込みます。あ、してほしいんだ、期待をされているんだ、と感じとってしまいます。相手はあなたがしてくれなくても生きていけるのに相手はあなたにしてもらわなくても、全然それほど何も思っていないのにあるいはしてくれなくても、ぷいとしてもすぐに忘れるのに、あるいは通常の人々はしてくれないのにその本人が、こんなに要求をされていると感じるかしてあげないとかわいそう、怖いことが起きるとなってしまうのです。もし仮にその相手が本当に何かをしてほしいと言っているとしてもバランスが取れている人々は何も感じません。それは相手がすることか自分がすることかはっきりわかっているからです。そのためにその本人も本当は自分ですることだと心の奥底ではわかっているためにそれ以上は何もいいません。どこかでその人が罪悪感を感じているときのみ相手は頑張ってさせようとすることがあります。そしてこのプログラムを持っていたら、誤った人を引き寄せることさえあります。自分で自分の事をしない人。あるいは、時として親子の関係がかなり歪んでいるともう少し傾斜の角度がある、というか。親が本当に物事を要求して自分で何もしない、としたら関係性があらゆるところで通常に戻しにくくなります。このプログラムを持てば、相手が要求したと相手の言葉に怒っているかあるいはしてあげるか(この、してあげないと可愛そうプログラムを持っている人は、相手が精神的に子供で頼りたい人になる、か通常の関係を結べないのでお金を恋愛で出してしまう関係利用される関係を引き寄せたりする方もいます)だから、自分がどれほどこの言葉もあの言葉も自分に向けられていると、怖がっているのかそう聞いてしまうのかあるいはやってあげないと怖いことが起きるという感情がわく癖があるのかに気が付いてください。そして、してあげないからこうなるのが怖いのではなくて、かわいそうなのではなくて、この感情の本当に感じているのは、相手のためではなくて、自分のための気持ちです。「自分がしてあげないことそのものが、こんなに怖いんだ」という気持ちに戻してあげてください。ーーーーーーーーhttp://www.acoreading.com自分の中にある間違った感情のわき方を変えます。誤った感情がわかなければ、その人の人生は正しく導かれるからです。
2012.11.02
マインドに支配されている、ということに関してご質問させてください。恋愛に関して、またはその他もですが、知人が「私はこういう条件(職業名、趣味など)の人とつきあいたい。○○が好きじゃないなら、やだなー」と恋愛したい対象を出して言いますが、だいたいそういう人と出会っています。積極的に活動する、とかじゃなくて。私も好みはあり、そんな人と出会いたいなーと思っていますが、出会いません。行動してみるけど、軽く扱われて終わりとか。私がほしい未来を誰かが持っていくと、(本当に大人気ないですが・・・)いいなあ、と正直思います。待つことも大事だっていうけど。でも、10年は恋愛してません。もはや、条件すら出すこともおこがましいです。内心、その条件ってものを人につけることって選り分けみたいでいいのだろうか・・・(おいおい、そんなこと言えるほど魅力的かい?)と上の知人に失礼ながら思ってしまうこともあります。出会っている方に、益々自分は混乱。それぞれの運命があるから仕方ないよ、って思ったりもしますが、出会えた人は本質からそういう人に出会いたいって思っていて、私はマインドからそう思ってるから出会えないんでしょうか??ーーーーーーーーーーーーーーーもう少し詳しくお話を伺わないとわからないですが知人の方は、ひょっとしたら、正直なのかもしれませんし正直であるがゆえに、こんな人がいいなーと思ったら吉日、その人たちに対してアプローチが上手だったりあるいは、自分もそういう人と付き合える程度には整えていたり、その程度だと思っているのかもしれません。また、好きな人が何かを持っていても、大丈夫感があるために、アプローチをして(アプローチというのは付きあってもらうために頑張るものではなくて、普通に友人として話をしたり、緊張をせずに普通に話せたり、わざとではなくて魅力的だったり、ということのほうが恋愛運をあげます)ダメでもほかの人にすぐ行けたりするのかもしれません。おいおい、そんなこと言えるほど、魅力かい、については確かにもう少し自分を整えないと、無理だよな、という場合もあるかもしれません。でも、この基準は自分にも適応をしているかもしれず無理だよね、やっぱり私程度じゃ、という感じ取り方がいろんな物事、たとえば普通に話したりという事柄なども、消極的にさせていたり尊重をされない行動をさせてしまうこともあります。そこらへんは、かなり詳しくお話を伺わないとわからないです。それにこういうのって問題って隠れていてセッションだと180度違う方向のものが出てくることが常々あります。謙虚さを持ちつつ、でも、そういう人々と分け隔てなく話をしてみる、というのは、今のあなたにはとてもよいことでしょう。
2012.11.01
優柔不断で決められないというご質問がありましたが、要は、あれなんだな、決める、ということに、安心感がないんです。私が発見をしたとても面白い事実は、決めるのが怖いんじゃなくて怖いのが決めた後で出る、という癖のほうの修正なんです。だから、怖くて不安定なほうを直したほうが効果的。怖い原因は、こうで、親がこうで、とやっていても仕方がないでしょう?なかなか直んないし。確かに、決めたとたんにお父さんやお母さんに怒られっぱなしや決めてもそれは違うよ、と言われたり親が決めすぎていて、決める習慣がないと決めるのが怖くなります。でもそういう親に育っても、決めちゃう人は決めちゃいます。それと、そういう親ではなくても、決められない人もいます。その人の中で、安心感があるのが、それとつながれなくなったことで自分の力を持てなくなったことが、問題なんです。それが親との何かがあって出てきた、ということは確かにあります。不安があって、それが決めるというときに出てしまう、という癖になっているから、不安がまずある。不安だから、すべて悪く思える。選んでも選んでもこっちもあっちもこういう悪いことがあるし、と決断をしない。でもそれも、最終的には決めているんです。自分が何もしないで、何かが起きるまで待つ流れにそって待っている、という決定でもあります。だからそれはそれで、そこまでくよくよしなくても大丈夫ともいえます。決めることに関しては、徐々に決められるようになりますがそこが深いところで、自分は決めたくない、人に決めてほしいという欲求不満が隠れていると、そちらの整理をしてからにはなります。でもひとつそういう人々に知ってほしいのは、まず「しない」ことは、本当はどんなに意識がしたがっていてもしたくないことだから自分を責めてもしょうがない、ということ、それに、何かが起きたら対応をして生きてきたんだから、何かが起きるまで待っても大丈夫だ、対応できるし、というように安心感を持つことです。どちらでもよいと知れば、どちらも選べるという感覚も取り戻せます。
2012.11.01
いろいろな日記を読んで、ふと思ったのですが、結局問題は自分の中にありそれが元で他人との摩擦がおきている・・・ということなんですよね?ということは、自分がとてもクリアーで本来の姿で生きている人、つまりいつも心からすがすがしく他人とまったく問題を感じない、という人たちがいるということですよね?無理してそうあるのではなく、ほんとうに本来の自分のあるべき姿であれば、ほかのことでなにか心が乱れたりなどはないということでしょうか?ーーーーーーーーーーー人がその本質に完全につながれば完全にそうですが、通常は、ある程度できていてある程度乱れず乱れても戻る時間が早い、1か月や、あるいは2,3日で気づける、ということで十分に思います。(というのは人は生涯を気づかないままに過ごしているからそれだってかなり画期的なことです)それだってすごく有意義に人生を生きられます。近年、少し突っ込んでその人々と寄り添っていったのは、人というもののあり方やいろいろな方向に光を当てたかったからでもあります。その人が人生で抵抗をしている部分に何かが起きます。でもその抵抗がないとすっと流れていきます。今回の例でいえばお金があるという話はいけない、という自分の中の抵抗と黙っているのはなんだろうか、という抵抗がその映像を曲げてしまう部分もある、ということでしたが、人は皆、物事を正しくは見てはいないんです。人がわかっている、わかりたい、というのでさえこれは良いこと(人が調和をしていたり自分を叱らないことが)これは悪いこと(人が怒ったり自分を受け入れてくれなかったり)という思い込や抵抗があってみているわけですからそのものに抵抗をなく見ているのとは全く違う画像を見ています。感じて聞いています。その相手が見事に怒りながらも不自然なことをしながらも自然に生きているかもしれないものを、見落とします。抵抗はその人の本質がしているものではなくて「こうではないと私は生きられない、価値がない」と信じ込んだ事柄が起こします。それは「頭」がしていることですが頭はその人そのものではありません。でも頭は起きている時間のほとんどすべてを支配するために人は頭の考えを自分自身と思います。その頭、すなわち考えですが、しかも自分の意思による考えではなくて考えが心配となり不安となり判断となり自動的に勝手に動いてしまうものをさしますが、は、その人が「こうではないとならない」とおぼえこんでしまった部分であり、そうではないと私はいられない、そうではないと価値がないと信じ込んだ部分でもあります。それらは、自分が好きだからする嫌いだからしない、という選択肢であればいいのですがそれらは本来はものすごく軽いものです。頭が支配をしたときに、無自覚にその基準に沿ってあらゆる判断が(自分を抜きに)自動的にされて感情の支配をします。問題は自分の本質を抜きに頭が勝手に判断をしてそれの基準でいろいろ問題を起こすことがある、ということなのです。先に言ったように、これは自分と混同をされますが自分自身の判断ではなくて、自分にくっついた便利なコンピューターが勝手に動き回っている、頭の考えの支配が起こっている状態なんです。その人の本質がまずあり、楽であればその人の本質を叶えるために頭があります。これが意図です。こういった意図は素晴らしいことに、本当に力を持ちます、体とあるいは本質とが一致をしてある目的に向けて動いているからです。意図は叶います。自分の本質が良い目的を達成するために、頭を使いこなします。主人はその人です。本来は便利な道具に過ぎない頭が、ある基準をもとに勝手に判断をし、その人の人生の選択を自動的に行います。これがマインドに支配をされている状態で、通常人は、この支配下にあります。そしてこの支配下にあるときに、人はとても不愉快です。不愉快なので、その原因を相手のせいにしますが、実は自分を苦しめているのはその相手ではなくて、「相手がこうではないといけない」という考えがその人を傷つけます。その人がそうではないと自分の解釈が入って体がきつい、というその感覚がその人を不快にさせます。極論を話さないでください、じゃあ人ごろしはどうなのか、とかそういうレベルの話をしているのではありません。それについてはまた微細な、いろんなその人の問題を整理をする必要もあるでしょう。たとえば、会社で自分を上司が怒鳴りつけてそれが不愉快なのではなくて相手が怒鳴りつけられたから私はとても楽しくいられない相手が敵意を持っているのが怖い、というような何らかの判断がその人を怖がらせるのです。でなければ、その時だけでその感覚は終わります。その人の頭の中にある考えが、その人をおびえさせ心配をさせ不都合を起こします。幼少期に出来上がってしまった体の緊張と、そうして頭に出来上がってしまった価値観と、様々なものが人々を縛ります。ある国で、その対立国が嫌いだというように覚えこめばあらゆる判断はその人の本質の考えに基づいた幸せの法則に則るものではなくて、その人が頭に乗っ取られて自動的にその国は悪いものだという立場の上で自動的に判断がなされていきます。あらゆる判断が、たとえどんなに自分にとってよくなかろうと、その基準に沿って自動的になされていくのです。戦争、人々の迫害、政治家が本当に社会のため自分の子孫に有意義なためではなくて自分の利益を守らないと怖いとしたら、そういったものは、その人の本質が起こすものではなくてその人のマインドが恐怖心からこうではないとならない、という考えから起こしているものでもあります。人は通常、頭が働きすぎていて心配をしたり、こうではないといけないと緊張をしている状態です。これがマインドがその人を支配している状態ですがこれはその人そのものではないのです。その人そのものではないために朝怖くて起きてしまう、緊張をしすぎている、体ががちがちになる、人とうまく対峙ができない、選択をしていったところが詰まることがあるなどの問題を生みます。セッションで楽になると人は前の状態に戻ると大騒ぎをします。すごく自然に楽になっていくので、何かが起きると、苦しくていられない、というようになりますが。でもそれは前の状態に少しなっただけなんです。苦しくてまたバランスを取ろうとします。それくらい体に普段から違和感があるのですがそれが無自覚になってしまっています。その人の美しい姿はそれ、マインドの価値観、を超えたところにあります。またその美しさを見ている人々はそれらがわかります。ひょっとしたらその美しさは、ある人は社会的に成功をしておらずでもその人は本質に沿って生きていて、本質を正直に生きていることがわかる、というように、社会の判断とは違うところに美しさを見ている人もいます。でも通常はマインドが支配をしているのでそれらが見せている映像があります。もちろん、その人の本質の姿は、いろんなところでバランスを取って生きやすくしたり成功をしやすくはしていくでしょう。これが夢の中で生きていて、目覚めてはいないと言われるゆえんです。今回少し突っ込んで2、3の方々とお話をさせていただいたのは、これは皆にあることなんです。私だってもちろんマインドに支配をされてはいるでしょう。それに大したことない部分では、そんなことは普通にあってもよいでしょう。でも、どう自分の考えが、どう、自分を支配をしているか、それは自分自身ではない、ということに少しだけ、光を当てるためでもあります。相手を知る、ということは、すなわち、自分がその人に対してどう判断をして、何が怖くて相手を知りたいのか、相手のここの部分は絶対にそう感じている、自分をそう思っていると思うのか怖いからなのか嫌だからなのかそうあってほしいからなのか、という感情を抜かない限りその人の姿を見ることは不可能なんです。その人の本質は、それらの考え反応ではなくてもっともっと奥に輝いています。その輝きを見ることも。
2012.11.01
全37件 (37件中 1-37件目)
1

