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Face Bookのお誘いをいただいているみなさん、本当にありがとうございます。超、アナログな人間なので、フェースブックのやり方がわからないので、まだはじめていないのですが、すみません。今後、始めることがありましたら、再度お誘いくださいませ。_(__)_キャシ 天野
2012.02.29
>横からすみませんさんに同感です。>話しがズレるようですが、引き寄せの法則を詳しく解説したザシークレットという本ありますよね。とにかく意識をポジティブに保って望みを引き寄せましょうみたいな。私は読んでて肩が凝りそうでした。そんなにずっとポジティブでいられるものなのかしら、と。人によって入り込みやすい感情はあるでしょうが、良いことも悪い事もあるのが自然な状態だなあ~ってある種の諦めを抱いたら以前より良い状態になりました。希望を抱くのはとても良いこと、それに張り付きすぎないこと大切ですね。-----ええ、その通りです。潜在意識を書き換えるときに、一つ重要なことがあります。それは、それが気にならなくなるという過程を一回やってからポジティブになれるならば、これはとても早い、ということなんです。例えば、皆さんが、結婚をしたい、という望みが強すぎる、とします。どうしてその望みが強すぎるか、というと脳の記憶の中に、「私って一人じゃダメなんだよね」「一人じゃ何もできないかもしれない」「さびしい、一人だ」「自分って味方がいなかった(だからほしい)」「自分ってわかってもらえなかった(だからわかってほしい)」みたいな、たくさんの結びつきが無意識にあるからです。これらが感情のストレス、と呼ばれるものであり、それらは記憶であり、そして、「だから、私は今も一緒だ」という、同じことを繰り返し同じ状態にいようとする、働きが動きます。良い望みではあっても、あまりに焦り、あまりに必死になっているときには実は裏側の、いろんな信じ込みが動きます。実はそれがないと怖い、それがない私なんてなんちゃらかんちゃら、今の私が怖い、でも今の私が怖いのは、私が今の私だと信じているから。これが無意識の分野です。現代のいろいろな方法の中には、いったん手放してから望むという方法があったりします。それが気にならない、楽で落ち着いていて手に入っていない今が全然よくて、という状態で望むときには、本当に楽にいろいろなことが起きます。しかも、かなり違った方法で、与えられます。ポジティブはすごく良いものではあります。でも、ポジティブではないと怖い、というときには潜在意識は、本当は何かを隠している、というのも、事実です。全然望んでいないときに望むことは、もっと楽に望めます。分かりにくいとは思いますが、あたかも望んでいないくらいの状態で穏やかに楽に望んでいる状態。それもできて、楽に他のこともできて、そうやって自然に時間が過ぎていく一個の心配にとらわれやる気がなくなり、というのではなく。武士が勝てるのは命を捨てた時だといいます。勝とうと思えば、命がけのことであれば、怖さに負けます。命を捨てた武士は、きちんと試合への対策を練るでしょう。でも同時に、毎日の食事をしっかりし、自分を清めるのではないでしょうか。命を捨てずに、絶対に勝つ、というのは、がちがちのアスリートに似ていて、例えばいろいろな映画の敵役はそういう心境に近いかもしれません。勝つことばかりに執着をしているので、人間としてもバランスもとれなくなります。絶対に勝つ、絶対に負けない、という意欲はとても力になることもあります。でもそこでは乗り越えられないときには、別の方法を学べという時期でもあります。ちょっと思い出したので書いておきますね。ーーーーーーーーーーーーーACRのセッションでは、今までのわだかまりに切り込み整理をして、ニュートラルな状態で物事を望めるようになるようにしていきます。http://www.acoreading.com
2012.02.29
2月17日のぶら下がりコメントへのコメントです。積極的に、女性からいかない場合ですね?でも好意を見せたから追いかけてくる。それであれば、やはりその男性は、その女性が好きなんです。というか、その人に、好きになってもらえたらうれしいな、(しかも付き合いたいな)という好意があります。自分の場合を考えてみてください、好意がない男性に、好感をもたれてもあまり積極的になれないです。どこかで、「自分が好きになってほしい人」に好きになられているんじゃないか、と思うからわくわくするし、とてもうれしいし積極的になります。しかも好きな人に対しては、好意が少しでもその人にあれば、拡大解釈を皆します。声を掛けられただけで、自分を好きかなあ、とどきどきし目があっただけで、自分に好意があるんだ、と「自分が相手を好きだから、相手も自分を好き」と、思うのです。それでなんだか勇気がでて積極的になります。(うぬぼれてこの人もあの人も自分を好き、というのとは違うドキドキのことをお話していますが)そして頑張ろうと思います。相手を好きになりますただ、恋愛の話って過去のことは自分に都合が良い点だけを話しますから。だから相手が好きになってくれて、とは言いますがどこかで好きになれる点がないと、好意を表してもあまり相手が積極的にならないし最初のうちはうまくいくようでも、相手がやはりその女性が好きではないと長続きをする、ということはないです。だから、そういったものをちゃんと知るために、何かをしてみるのはとてもよいでしょう。好きにさせる、という意地は重たいです。好きになってもらいたい、そうじゃないと怖い、というのがあれば、時として卑屈になります。(都合の良い女というのはここら辺の心理に関係があります)でもやってみて出てきたものを嫌なものも含めて、信頼する、これができているとしかも、短いスパンでやったりやめたり、気軽にできれば、なんだかうまくいきます。
2012.02.27
2月にセッションをご希望の方で、何か所からメールをしても戻ってきてしまう方がおられます。もし、お申し込みをされて返事が来ていない方がおられたら、他のメールアドレスから送信をいただくか、受信設定をご確認ください。万が一、設定で受信ができるけれども、配信不能メールが返ってくるのだとしたら、、、何通も同じメールが届いていることと思います。ご勘弁を!
2012.02.21
身体の感覚を感じるとき、 言葉にしない方がいいのでしょうか?言葉にすると、それはまた「考え」になりますか?その際たとえば「見捨てられて悲しい」とか言葉が出てきたら、それは考えで、いつわりでしょうか。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー見捨てられて、という部分は、その人の潜在意識です。つまり真実ではありません。そして、過去からその人が思い込んだことです。例えば、相手が、他の友人と遊びに行った、見捨ててないですよね?その友人と遊びに行くことがあっただけで、あなたをずっと連れて行かない、という意味ではないし。その人の意見にカチンと来てにらんだ、見捨ててないですよね?その意見がいやなだけで。けんかをして少し話しをしたくない。見捨ててないですよね?ただ、今はとりあえず話しをしたくない。いーじゃないの、ちょっと話しをしたくないくらい。許してください、と相手は言うかもしれないし。失恋をした、見捨ててないですよね?ただ、その人はあなたを好きになれない。その人が、過去からの解消が出来ないことがあって、それを人は真実だと強く思いすぎているから、いろんな出来事に関して、同じことだと思います。それを真実にしていきます。友人が他の人と遊びに行った。次回から距離をとるのは、その人でしょうか、自分でしょうか?自分からすることもあるでしょう。つまり、見捨てていると感じる人々は、じつはその潜在意識があるために、「自分も相手とかかわりを持たない(なぜなら私はあなたが私を見捨てたと信じているから)」という意味で、見捨てていもするのです。相手との距離は徐々に広がります。先に伝えられたように、見捨てられている、というのは、事実ではありません。でもそう思いすぎることで、色んな事実をそうだと思い込みます。プラス上記のように、自分からその状態にもって行きます。ただ、「悲しい」という事実と、その体の感覚を言葉にすることは役にたつでしょう。例えば、相手が怖い顔をしたので、悲しい、というのであれば事実です。相手がその意見を聞かず、そっぽを向いたので悲しい、というのであれば、それも、わかります。その現象を「あなたの考えを入れずに」感じることは、とてもその人にとって難しいことです。これが判断がない状態です。相手が強い口調で言ったので不安である、その不安は体のここにありこんなふうにあり、という感じ取り方は、感情の解放に繋がりますが、そういう意味では、言葉は役にたちます。相手が、バカにしている、私を下に見て、とか、その人が繰り返し繰り返し、事実だと思っていることを感じきろうとすると、問題は解消をしません。この上記の部分は、その人の解釈です。相手は、あなたの言い方にカチンときたのかもしれないしただの性格で嫌がらせを言いたいのかもしれないし。怒りっぽい人、相手にしてもしょうがないし。バカにしているわけではないことも、しばしば。これはその親御さんの感じ取り方も入っていることでしょう。つまり、親御さんの感じ取り方も、潜在意識の一部になります・でも問題は、その考え方は「その人にとって」事実だ、ということです。その人だけにとって。ほらね、もめているときをかんがえてね、「そんなこと、言ってない!」と相手は言うでしょう?つまり、お互いに潜在意識が違うから。だから言っていることを、お互いに、違って聞いています。ある人が言いました。「自分が意見を言うと相手が反対をするからいえない」ということで、その人はもって回った言い方をするので嫌がられておりましたが、だって、意見を言うと気にもめてはいけないと思うから、先生に言ってもらうの。その人にとっては、「意見を言うからいけない、もっと気をつけないと」というようになるでしょう。でもそれは、その人の「考え」が引き起こしているからもめされている。周りの感じ取り方とは違います。つまり、その人が「言ってはいけない、もめるから」ということで、「これこうしたいな」といえない不信感が、相手ともめる原因だったりします。見捨てられているから、というのも、同じです。その人の潜在意識の思い込み、つまり馬鹿にされて怒っている、とか、見捨てられて悲しい、とか間違った脳の誤解、エゴの思い込みに伴う感情を、どんどん感じていけば過去の状態に自分がなり、同じ感情になり、そのまま、そこにいて、たとえそれ一個については気がすんでも、同じ出来事を引き起こすことについては、解消ができない、ということです。この気持ちの裏側には、とても清い思いがあるのですがそこに繋がるととても楽に色々変わることがあります。それは前の日記に書いたとおり。ここの清い思いに通じることが感じきる、ということですね。ですが取り急ぎ、上の方法が入り口です。思い込みがはずれるとき、あ、そうなんだ、というびっくりした感覚があります。すると世の中が違って見えます。http://www.acoreading.com
2012.02.20
出し惜しみするな!あなたへの成功の法則です。出し惜しみをしたくなるとき、例えばあるノウハウを知っていて、これを他の人にとられたくない、とかですね。でも、何かに成功をしたいとき、あなたがそれがすばらしい、と思っているアイデアをそれだけ提供しても、すばらしい物にならない、と思ってください。そんなちみいもの、たいしたこと、ないです。(笑)すぐにどこかで、道がゆがむでしょう?協力者が現れない、現れても、なんだかうまく行かない、エトセトラ、エトセトラ。それらを出し惜しみしないとき、「同じレベルの」すばらしいアイデアが平行でわきます。それらの、提供ができるようになったとき、しかも、それをひとつにまとめるのです。すると、あなたの新たな人生の道筋が明らかになります。世の中の需要のあるものは、よくよく見ると、一つのアイデアで成り立っているのではありません。いくつもの、その人がよいなーと思ったものを減らし減らしして成り立っています。もしあなたの中に甘えがあり、このひとつがすばらしいのに自分にはチャンスがないとか、何とか周りをうらやんだりして、言っているとき、確かに、このひとつだけだと駄目だ、と認めなくてよい、という点で自分が満たされてはいるのです。でも、そんな不満を持ちながら老け込んで生きていくのとアイデアを増やして自分らしく生きるのと、どっちが得か、さあ、よく考えてみよう!
2012.02.17
キャシーさん、ちょっと質問と言いますか疑問ががあります。お時間あれば回答頂けると幸いです。最近自分の感情を感じる事を日々意識しているのですが、私の場合、まず「怒り」を何においても感じるようです。で、よくよく自分の過去の出来事や何やかんやと自分を見つめていくと、本当は「相手に受け止められなかった寂しさや悲しみ」「自分で自分を認めてあげられなかった辛さや罪悪感」に行きつく事が多いです。なので、自分ではそういう状況になった「相手」に「怒っている」と思って「「そういう状況にする相手」を「何とかしなきゃ」という恐怖心で行動したり反応を示していたのですが、どうも「怒り」を感じていても本当の本心では全然違う事を思っている事が多くびっくりしています。で、何が言いたいのかと言いますと、この感じ方と言いますか方法?で私は癒されていくのか?と言う事なのです。どうも私は「自分自身」をとても許せていない罪悪感等のたくさんの荷物を抱えているのと、「男性」特に父親や特定の異性に対して「怒り」や「男性は私や私の純粋な気持ちや暖かさを受け止めない」という誤った価値観があるので、それを癒して行きたいのです。何だか支離滅裂になりましたが、アドバイス頂けますと幸いです。-----------------------------------------私は最初のほうで、感情を感じきる、という方法をお伝えしてきましたよね?でも最近は、とらわれない、というように、言い方を変えている、と思うのです。どうしてそうなったか、というとセッションで感じる感情というのは皆さんが感じているものと、ぜんぜん違うからです。でもそのつもりで話しをしていても、経験がない部分であるからどうしても「いまの感情に」とらわれてしまうのです。いま、皆さんが感じている感情、というのは、じつは、解消ができていない過去の再現であり、本当のあなた方の感情ではありません。しかも、過去の再現、というのが、最も強く感じ、最も相手にしがみ付かせる強い気持ちですから、これが皆さんの本当の感情である、と思います。それで、この、根源の、本来の正しい目的を持ったエネルギーである感情を、ACRでは、プリミティブエモーション、原始感情、と名づけました。この感情には、「相手に受け止められなかった寂しさや悲しみ」「自分で自分を認めてあげられなかった辛さや罪悪感」という感覚はありません。つまり、この根底にある感情には、こういった理由ではなくてもっと純粋なエネルギーですから、こちらを感じたときに癒しがおき、ふっと理解ができて、ということが起きてきます。よくセッションで理由がなく涙を流して、どうしてなんだろう、ぜんぜん悲しくも嬉しくもないのに、静かに涙が流れる、というような方がおられますが、これが、その感覚に触れたときの感覚です。で、結論を言えば、この太字の部分は、感情ではなく、感情を感じるさいに邪魔になる、脳のなかでの信じ込みにあたります。皆さんがある状況下で同じ感情しかわかないのは、脳の中にある感情がわくと、エゴ、つまり、自分の自我というか、自分はこう扱われる、人はこういうものだ、と信じている部分ですが、が、「つまりは、こういうことが起きているからだ」という「考え」を生みます。だって、よく考えてみ?親はあなたを認めなかったわけではなくてあなたの考えが悪かったわけでもさらさらなく、聞けない人格だったり、聞く個性がなかったり忙しかったり他の問題を抱えていたのでしょう?それら周りの出来事を、子供は「総て」 自分がこう扱われる存在だからだ、と「マインドに」記憶をしてしまうのです。ここが、再現をされるプログラムです。この考えと感情がくっついて強く結びつくことが、「潜在意識」であり繰り返される部分です。つまりあなたの中で、何らかの動物としてのもっとオリジナルの感情がわくそれと同時に信じ込んでいる、それは、人が私のを認めてくれていない私も私を認めていない、考えが同時にわいてしまう、そこにとらわれてしまう癖がついている、同じことが繰り返される、ということなのですが、結論を言うと、この、「考え」つまり「相手に受け止められなかった寂しさや悲しみ」「自分で自分を認めてあげられなかった辛さや罪悪感」を強く感じても、癒されません。それは信じ込みであって、信じ込みと強い情念が一緒になっているのであって本当はそれが感情ではないからです。さらにいうならば先に伝えたように、事実ではなくて、相手がこういうときには自分は認められない、自分は認められていないんだ、という考えがわくために、それが邪魔をして本当の感情が感じきれないから不愉快で相手に認めてもらえないと解消が出来ない強いこだわりでもあります。先にお伝えしたように、本来の感情そのものに触れることができるならばそしてそれはできることがしばしばあります。その感情そのものはその場で変容をするくらい、強烈なものでもあります。それで、方法としては、体の感覚で捕らえてください。あなたの、「私が認められていない」という信じ込み、「自分が自分を認めていない」という信じ込みは信じ込みです。そしてその信じ込みに伴って感情がおきますが、これは取り扱いたいものではなく、その悲しさは怒りの少し深い層ではあるものの、まだまだ階層としては浅い部分です。そのため、あなたはそういった感覚が生じたときに、体の感覚のみに注目をしておいてください。理屈でこうだ、ああだ、という「考え」を感情と信じるのではなく、あるいは「考えるとわく」感情にとらわれるのではなく、体のいまこういった部分がこうなって、こうなっている、こんなふうに感じている、というように。これは、深い層に入るひとつの「ゲート」となります。体の感覚そのものが感情そのものではありませんが、そこに入るゲートとなり、癒しのきっかけとなりますから。ようは、セッションでは、まず、この考えと感情を切り離して、考えが誤解であるところがあらら、とわかり、それにとらわれない先にある感情を深めていくという作業をします。怒っている、その感覚を、深く深く「考え」ではなくて体の感じで感じてみてください。自分が認められていない、という感覚を、その「考え」とは切り離して、体で感じてみてください。体の感覚を感じきってみてください。さて、上記のように、考えではなくてもう少し違う感じ取り方で感じることが、こちらが感情を感じきる、ということでこちらであれば、何かが変容をする可能性は大いにあります。--------------------http://www.acoreading.com
2012.02.17
>しんどいを超える強い力で奮起させないと、グダグダしてなかなか動けません。でもそう感じる大抵の事は、実際に動き出しちゃうと、あんまりしんどくないんですよね…。経験上、動いてしまえばしんどくない事だってわかってるハズなのにイメージというか、癖だと思うんですが、すぐ「動くのしんどい・面倒臭い」という方に向いてしまいます.――――――――――――――――もし、動いたららくだ、というのであれば、しんどいなーのあとに続く想像(こうなったらこうなって、と考え込むこと)自体が、しんどいなーから出てくる幻想でもあります。そのため、そちらの「考え」にはあまり関心を示さないでください。こうしたらこうなる、という考え(しんどい、大変)に、感情を移入するのではなくて、映画でも見るように、しんどいと考えている私がいるが、それは幻想と知りながら、囚われずに、流してみてください。解消の方法は色々ありますが、実践的な方法は、まず、これはしておく、しない、というのを決めておくと良いでしょう。その計画もがちがちにやることばかりを決めず、3回や4回に一度は、長引かせたりやめたりしてもよい、と余裕を持ちます。また、どうしてもやらなければならないことについては、自分の傾向を見ます。ひょっとしたら、あるリズムがあるかもしれません。どうしても1週間前ではないとやらなくて、その間、早くやればいいのに、と悩んでいる、とか。でも、もし、1週間前に焦ってやることが「今のリズム」であり、集中を出来るとしたり、その時間までやらないとどうもどこかで決めているようであれば、自分を責めずに、その1週間前までは「やらない」と決めて、その時間を有効に使うことも、できます。たとえどんなに忙しくても、そうやって今はバランスをとっているんだ、と自分を受け入れてみましょう。ようは、その1週間前まで悩むよりも、他のことをしていたほうがよいし、悩むとますます腰が重たくなるということでもあるでしょう。これらの状態は、二つの部分が戦ったままになっている、ということでもあるのです。親の部分(の記憶)が自分を責め、そうされると固まってしまう部分があります。本来は、自分の本質に寄り添って、理性が働く状態が望ましいのですが、そうできないには、それなりの理由はあります。こういった単純なことには、ただ動けばよいのですが、それ以上に動けない場合には、他の問題が隠れていることもあるでしょう。http://www.acoreading.com自分の中にある葛藤を解消していきます。
2012.02.17
そのときには、どうぞ、自分が、相手の好かれたいために色々行動をしたり、逆に好かれたいために行動を抑えていないかどうかを、確認をしてください。相手に好かれるために意見を言う、相手を傷つけないために(というか、勝手に嫌われると思って)意見を合わせている、それは正直ではないので、ガツンときた感覚は相手にはないのです。本当に相手が、認めてもらえている感覚、ですねー。特に幼少期、暖かくは接してくれたけれど、本当にここだ、というときに関わってもらえていない相手にとっては一緒にいると、このぼんやりした感覚が辛いかも。です。ーーーーーーーーーーーーーーーhttp://www.acoreading.com自分の感じ取り方の癖を変えたときが潜在意識の変わるときです。
2012.02.10
日記に取り上げてくださってありがとうございます。お礼が遅くなってしまって申し訳ありません。早速、仕事で番号を振るようにしてみました。番号を振って、念の為に周りに内容を確認して貰って、終わったものは横にチェックをつけるようにしています。それでもミスは出てしまうのですが、上司には自分なりに改善の方法を考えていることを評価して貰えました。私を嫌いな同僚は私が仕事のミスが多いこともありますが、不思議ちゃんであることが許せないようです。私自身が作り上げてきたキャラクターだけではなく、ごく普通だと思っていることについても苛立たせてしまうようです。仲の良い同僚に相談したところ、どうしたらいいか解らなくなると笑顔を作る癖が気に食わないという情報を得たのでそれについては気をつけるようにしています。どこにいっても同じ問題が起きるので、ここで諦めずに何とか折り合いがつくようにしていきたいです。以下略これはとても良い例です。まず最初に、あなたが、今までは、分からなくなったときに、機嫌をとる、というか、分からないことを隠そうとしていて、それが今までの自分を守るスタイルだったのです。人生の早い時期から、分からない自分が駄目だと思っていたからこそ、身についたのでしょう。でも今の時期に起きていることは、分からないことにちゃんと向き合ってよいよ、ということです。ここは分からないので、もう少し説明をしてください、なのか、あるいは、ここが分からないので、それについては時間を置いてみます。ここが分からないな、後で考えようと自分で受け止めておくか。なのか、しっかりと自分の分からないことから逃げずにいたときに彼女との葛藤が形を変えます。この相手の方にしたら、はっきり分からないとすぐに分かりたい、という焦りがありますから、それが問題になることもあるでしょう。双方が双方の力を借りて、学びあいます。ーーーーーーーーーー今、何の学びをしたら、あなたは前に進めるでしょうか?http://www.acoreading.com
2012.02.08
「私の父もテレビに向かって偉そうに言っていました。特にスポーツ選手の方で優勝できなかったりするのをみていると、やたらと非難、アドバイスらしきものそれを見ていると、私は自分は何もできないくせに、がんばってないくせに偉そうにと思っていました。なので、仕事のできない男の人に偉そうに言われるとすぐに凄い勢いで言い返します。その人の欠点をその人の出来ていないところをたぶん自分は何もできていないくせに頑張って仕事してる人を理解していないと思いやり込めたくなります」これはとても良い例です。前に書いた方と同じ状況でありながら、「信じたもの」が違います。嫌だな、と思ったりするものが、個人の求めている物が違うためにそれぞれにいやなものが、行動のパターンが違ってくるからです。前の方であれば、本質が、居場所、穏やかな物を求めているのにうまくいかずに、いらいらしている、ということでしょうし、この方であれば、自分が頑張って色々してみたいのかもしれません。でも、そちらにエネルギーが行きにくく(本来の力が使いにくく)どうしても、えらそうにしている人に今は目が行くことでしょう。経験が問題なのではなくて、そのときに自分がこだわったことの癒しになるのです。
2012.02.08
便乗するようで申し訳なく、日記の主旨とは違いますが質問していいですか?世の中には シンドイと思いながらも、でも頑張らないと~って人が多いと思うんですが(というか今の私がそうなんですが、笑)社会全体の風潮がそのように見えます。キャシーさんから見ると違うんでしょうか?問題と自分を同一化しないというか、問題を重く受けとめて苦しくなりやすいのは元々の性格や親からの影響に由来するのでしょうか?それとも後天的な経験の積み重ねでしょうか?友人からはよく、もっとアホになれと言われます…これは、脳の中にできた、癖、と思ってください。そして脳の癖は、ある出来事があると、自然とわく、感情の癖です。もしある人が、世の中はしんどい、これもあれも、ととても「強く」感じる数値が、10、とします。例えば、掃除を頼まれて、しんどい、と感じるレベルって人それぞれ違うわけじゃないですか?その数値が高い、としますよね?そしたら、頑張らないとならない気持ちも、10以上動くために必要です。つまり、嫌だなーという感受性がとても高いために、動くために必死にならないと、という度合いも強い、ということです。で、さらに、ですね、嫌だけれど頑張らないと、自分はできない、というこの重さが加わり、さらにさらに辛いことになるのです。世の中はどうであれ、その人の感受性で嫌だ嫌だ嫌だーと感じる数値が高いほど、同時に、頑張らないと何もできないじゃん、嫌だけれどやらなくちゃ、と自分を引きずる力が相当に強くなり、体を動かす反対の力が必要で、それがしんどい、ということなんです。でも、ある人が、数値が、2、だとします。ぜんぜん世の中が違います。たとえば、「世の中は暗くていやな世界だ」と親がどんよりしていると子供はそれを引き継ぎます。それは悪いことではなくて、その家族は先祖代々、そうやって、自分たちを守ってきたからです。でも、そうしていると、数値は高いのは、想像がつくでしょう。本来の先祖供養とは、その個人が先祖代々背負ってきてしまった問題を整理することです。セッションを受けた後で、家族が変わることはしばしばあります。話しを戻し、本当に楽しく、今日は掃除があったの、そんじゃ、どっこらしょ、くらいでする親と、嫌だなー嫌だけれどやらないと、という親を見て育つのと、ようは、脳の中に、記憶の中に、親がこんなにしんどがっていたから、こんなにしんどいんだ、というほかの苦しさも同時に記憶をしてしまっているのです。さーて、あるけれど、まずやっちゃいましょうか、それが自然なことならば、例えば学校で、掃除をするのも、そんなにだるい、学校嫌い嫌だ、でも頑張らないと、とはならないです。回りが先生、バカじゃないの、はー、こんなの、かったるいし、という人がいてもそうなんだーと思いながら同じように軽く出来る友達と、あるいは個人でさっさか掃除を終わって楽しい放課後を過ごすでしょう。セッションで、軽くなる、というのは、こういうことを言います。数値をつまりは下げているのです。これは、本当に物理的に軽くなります。という経験をされている方は多くいます。この、数値を下げることを、感情のストレスを取り去る、というように言います。これは無意識に出来てしまった癖ですから、どうしてもその人の独特の形があります。感情のわき方そのものが、つまり、造られた癖なのです。それを、本当に楽にすることはできますが、文章でそれをつたえられて、それが学べればいいなーと私も思います。まあ、いろんなことが楽にできている、という人を見ておいてください。その人たちは、世の中、そんな大変だとは思っていないです。もちろん、生活には、色々ありますが。それらには一個一個対応をすればいいだけなのでー。つまり、あなたの場合は、小さな事柄にたいして「しんどい」という気持ちがわきやすいので、乗り越える力もそれだけ、必要になる、ということです。あーあ。しんどい。本当にしんどい?本当に?そのことって、そんなに大きなこと?それとも、そう思う、感じてむっとしてしまう「癖?」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー自分の中にできている、感情の癖を楽にしていく=感情のストレスマネジメントをしています。http://www.acoreading.com
2012.02.06
私はバツイチなのですが、いつも好きになる相手や付き合う相手もバツイチです。何故かバツイチの人に惹かれてしまいます。たまたまなのでしょうか?何故そうなのかを考えてみると、同じ経験をした者同士の親近感を感じたり、あと、離婚を経験しているということは、何かしら辛い体験や重い経験をしていると思うので、そういうところに惹かれたりします。人生の深みを知っているような気がして、人として興味を持ったりします。傷ついた経験のある人に惹かれるという部分もあるかもしれません。何かあまり、人生の悲哀を経験していないような人には惹かれなかったりします。(バツなしだから悲哀を経験していないと言うことではないのですが。。) でもこれって、正しい人との関わり方なのでしょうか?だけど暴力男やダメ男ばかり選んでしまう、という類とは異なりますよね? ちょうど今好きになりかけている人もバツイチです。何か訳ありな人、傷ついた経験を持っていたり、自分が人を傷つけたと感じているような人に惹かれてしまうんです。でも、バツイチなら誰でもいいってわけじゃないし、別にその人がバツイチだから好きってわけでもないし、別にいいですよね?すみません、、、なんか変な質問ですよね。 私はバツイチなのですが、いつも好きになる相手や付き合う相手もバツイチです。何故かバツイチの人に惹かれてしまいます。たまたまなのでしょうか?何故そうなのかを考えてみると、同じ経験をした者同士の親近感を感じたり、あと、離婚を経験しているということは、何かしら辛い体験や重い経験をしていると思うので、そういうところに惹かれたりします。人生の深みを知っているような気がして、人として興味を持ったりします。傷ついた経験のある人に惹かれるという部分もあるかもしれません。何かあまり、人生の悲哀を経験していないような人には惹かれなかったりします。(バツなしだから悲哀を経験していないと言うことではないのですが。。) でもこれって、正しい人との関わり方なのでしょうか?だけど暴力男やダメ男ばかり選んでしまう、という類とは異なりますよね? ちょうど今好きになりかけている人もバツイチです。何か訳ありな人、傷ついた経験を持っていたり、自分が人を傷つけたと感じているような人に惹かれてしまうんです。でも、バツイチなら誰でもいいってわけじゃないし、別にその人がバツイチだから好きってわけでもないし、別にいいですよね?すみません、、、なんか変な質問ですよね。 こういう理由で人を好きになるのは問題ありますか?―――――――――――――――――ごめんなさい、これは「本当の問題」ではないです。問題は他のことで、あなたは他の事を聞きたいのです。だから、セッションであればそちらを解決することになるでしょう。で、本当の問題は、隠れているので、少し出しやすくするためのヒントですが、いったい、自分はなんだ、と信じているのですか?恋愛がうまく出来ない人? 自分が好きな人に自信を持てない人?好きになっても、これでいいのかな、と分からないことが問題?相手はどう行動をすると信じていて、それを再現させたくないと思っているの?それとも、今お付き合いを始めた人がバツ一で、変なところがあるけれど見逃している、という可能性ではなくてあなたの場合は、良い人なんだけれど疑っているという状態なのかもしれません。今、この質問をするのは、あなたは、不安なんです。だから、自分が好きになった人に、自信が持てないのです。その人が、同じ経験をしたほうが合うのであれば合うし、変な人を選ぶならばそれは別問題だけれど、あなたは、今、自分が合っているかどうか、分からなくて自信が持てません。自分の選択が間違っていないかどうか。答えはこうです。心の整理がついてきて、自分は人をしっかり見ているし、この人はこういう経験もあるしだからこそ、私は好きだ、大丈夫だ、と自分が信じられるときにであった人が本物になるでしょう。
2012.02.06
感想と質問の答えが上がらないで、残念。そうですか、それはごめんなさい。で、感想なのですが、大事に保存をしています。保存をしたまま、日記に必要なときに挙げようと思いつつ、あるいは、acoreading.comのほうに載せようと思いつつ保存をしてあるままのものもあります。それと、質問の回答についてですが、残念ながら、皆にお答えはできないです。ですが、お答えしていない理由は多々あり、通常、質問をして止まっているものは、この方に答えるだけではなくて他の人々に誤解を生まないように、と慎重に考えていることもあります。何度か書き直して止まっているものもあります。というのは、いろんな面で誤解を生みやすい(他の人に影響を与える)大切なものである場合もあるから。ただし、そのままになってしまうことも確かにあります。というのは、書いているうちに、あ、大丈夫だ、と感じるからです。それと、申し訳ないけれど他のことにまぎれることもあります。それと、あまりに個人的な質問の場合、ご自身の力をつけたほうがよいな、と思うものについては、つまり、依存をするのではなく、ですね。答えないこともあります。このかたがたについては、ご自身が自分の回答を得たい、と思えば、そこから何をするかを自分自身で選択をするという力が助けになります。つまりあらゆる問題に対して、自分で決めないで他の本や、ものに依存をしていること自体が回答を遅らせる場合もあります。ご自身で考えたのちにここはこうだと判断をしてここが力を足りぬが、貸してほしい、しかも、その結果は自分が責任をとる、としたら、もうひとつのケースでは、個人的な問題の場合、答えても役にたたないこともあります。その人が頭で考えすぎるとよくないので今答えると、絶対違う意味にとって頑張るだろう、ということもあるでしょう。それと、単純に時間不足で、あるいは、目に付かずに、というのは私の問題だから、ご自身ががっかりして、力を失わなくてよいです。これは、皆さんに言えることですが、ご自身の問題と、相手の問題の、区別をしてください。私が忘れるのは、あなたの価値に関わらず、がっかりする必要はなく私の自由です。自由というと変だけれど、個性もあるかもしれないし方法の違いもあります。上記のように、私の判断もあります。つまりは、それは、あなたの文章が悪いわけでも、価値がないわけでもない、ということなのです。そして、あなたも、ご自身が投稿をしたり答えがほしいと願った気持ちに、誇りをもってよくて、相手がしないときに、その理由を知る必要もなく、また、相手の行動次第で左右をされなくてもよいでしょう。待っていると、とても残念な気持ちになりますよね、答えられると、よいなー、うれしいなー、という暖かな純粋な気持ちがあったからでしょうしその気持ち自体は、私も、とても嬉しくいとおしくは思います。残念なお気持ちが、癒えるとよいのですが。それと、その書き込みの下に暖かなコメントを書き込んでくださったかたがたにもとても感謝をしています。今週一週間、よい週になるように、祈っています。キャシ 天野
2012.02.06
人に何かを言わぬといらいらしてしまう私前回、まだ掲示板があったころ、人に何かを言わないといらいらしてしまう、という状況が書かれていましたね?そして、そんな自分がいやだったりする、とのことでしたが、そして、お二人の人に質問をして、それらのかたがたは似た状態に見えるけれどちょっと違うので、それぞれ、書こうかな、というところで、掲示板が消えたのであったな。たしか。(笑)それで、申し訳ないのですが、1名の方について書いていきます。もう一名の方、ごめんなさい。でもひとつ知っておくとよいのは、下のかたのように、何かがあなたにも隠れていて、その気持ちがあなたを動かしている、ということです。さて、お一人の方は、言わないと、自分の意見が全く聞いてもらえない、というような感覚がおありだったように、思います。体に凄く力が入っていて、自分が言わないと、全部自分の言うことは聞いてもらえない気がしていて、下がその方の書き込みです。自分と違う意見を聞いたら、自分の考えを言い返さないと、何にも聞いてもらえない、とか、私のいる意味がないような、私がいなくなっちゃうような感じもして、すごい恐怖がぐうっと来ます。意見が飲み込まれるというよりも、私自身が飲み込まれるような感じかもしれません。思い出したのは、小さい頃から父親がよくテレビに向かってひたすら文句を言ったり、馬鹿にするような、軽蔑するようなことを言っていました。私は、それを見るのがすごく嫌いで、文句言うなら見なければいいのにと思っていました。あーーー、確かに父親は、自分と考えの違う人に対して、相手を馬鹿にしつつ、戦っている感じがありました。私には、相当屁理屈に聞こえることでも、絶対自分の意見を通そうと躍起になっている感じでした。今これを書きながら、自分が父親とまったく同じことをしていることに気づいて、凹んできました~(T_T)なるほど、そうですか。それで、ちょっと知りたいのですが、それを見ているお子さんは、何故それがいやですか?恥ずかしい?怖い?自分が叱られているよう? それとね、その子、なんですが、どうも、お父さんがそうしていると、自分はいないほうがいいとか、いても意味がないとか、そんな感覚があるのですが、なんですか?ごめんなさい、これは過去を見ているのではなくて、あなたの潜在意識の構造を見ています。そうすると解決方法が出やすいからね。それを見ている子は、すごく怖いみたいです。自分にいわれているように感じていて、それなら私なんていなくたっていいんだって思っているみたいです。まず、テーマをお伝えしますね。この方の場合、太字の回答が、ご自身の感情がわく癖が付いた部分です。あなたの「感情」なのですが、相手が強く出ると、攻撃をされている、と思うのですが、そのときに、「私なんていらなくていいんだ」という感情が動くのです。幼少期、人は、嫌だな、という記憶をどう記憶するか、というと、自分はこうだから、という理由と一緒に記憶をします。それが人生で再現をされる「部分」です。そしてそうすると、ある状況下で常に同じ行動をします。今の場合で言うと、何か言わないとならなくなりますから、つまり言うのは、「この方であれば」居場所をつくるためですね。それらは、一人ひとり違います。脳の誤解をとるのは、感情が、動いたときに、「これは怖いだけなんだけれど、私はもうお父さんの時代から、私なんていらなくていいんだと思って言い返さないとならなくなるんだな」、と感じておいてください。で、脳の誤解をとるためにひとつ言うならば、お父さんの気持ちになってみてくださいね。お父さんがテレビを見ながら物を言っているときも、同じ不安があります。決してあなたに向けているのではなくー。今のあなたと、全く同じ気持ちでテレビに話していた、そう思うとー?さて、愛情というのは、人と自分を同時に理解をすることでもあるのでしょう。--------------------脳の誤解をとるときというのは、感情のわき方を変える、というときでもあります。http://www.acoreading.com
2012.02.06
頑張って仕事をしたら孤立という書き込みがあったので(1月31日日記のぶら下がり)それについて、です。追い込むように仕事をするでしょう?そうしていないと不安でしょう?不安なため(これは幻想ですがつまりそうしないと○○になる、というのが感情にくっついた嘘の思考です。感情が動くのでそうしていないと怖いのですが)それが原因です。それに伴い、皆に入る余地がなくなります。他のかたがたでは、自分を追い込まないために、自分の範疇をしりながら、仕事が出来る方もおられるでしょう。冷静ではない、というか、ここは私の仕事で、これは違ってこれは明日、という選択が上記の恐怖心のためになくなるので。少しそこから考えてみるとよいかもしれませんね。恐怖心にまず気が付いてください。自分を追い込んでいないと駄目になるこれは感情であり、事実ではありません。今までの経緯があるので、今立て直すのは少し時間がかかります。だから、最初の時点でそれに気が付いていくほうが、楽になるのですが。今は今までの見直しです。ちょっと時間をかけても良いでしょう。―――――――――――――――――ご自身が見ている現実は、じつは現実ではなくて自分の思い込みを強く投影した世界です。「見ているものが違った!」というきづきをすると色んな物が楽におろせます。http://www.acoreading.com
2012.02.04
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