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最近、シンクロが増えてますよね。ブログ読む前に同じことを聞いた、とか、ブログ読んでから同じことが起きた、とか。よきことじゃ。シンクロは大事な導きですから従ってみてくださいませ。
2012.06.28
この日記の内容から外れてしまうかもですが、〉非現実的と考えて 敵意がわく、そういった自分らしく成功してい く人々を、 軽蔑するような感覚ですね。 こんな人がいるなんてショックです。私は、「自分らしく成功していくのを応援する」のが当たり前だと思っていたから。だけど、思い当たる事があるんです。そう言えば経験しました。軽視されたり、敵意をもたれたり。以下省略、昨日か、あるいは近日中のぶら下がりコメントへのコメントです。という相談がありましたから、それについてお伝えします。セッションでこういうの、扱いますが、自分が変化をして対応ができるようになりながら最終的には、敵意を持たれなくなります。で、まず、人は自分のことを映し出すにすぎない、と思ってください。つまり、あなたの課題は、「そんな人がいるのがショックです」、という部分になります。ここにあるのは、隠れた価値観、私は人の成功を応援しなければならない人も自分の成功を応援しなければならない、という価値観ですが、実はこれも、思い込み、というかベースには、自分なりに傷ついたことを守るために、できている事柄でもあるんです。そのストレスは、上手く言えないんですが、「自分はマイナスの気持ちを感じ取らなくして、いい人でいよう」みたいなものや、「失敗が怖い」ではないんですが、何か、通常にもう少し客観的に、あるいは別にマイナスの気分にならずに認めてよいものが上手く認められずに楽観的にいる、みたいな事柄があります。特にここで言えるのは、人に対して?本当は、相手に嫌な部分があっても、それは感じずによいところだけを見ていこう、みたいな、何かがあります。まあそういった、その人の独特の、いろんな書き込みとともに、潜在意識で層になっているのが通常です。セッションではこの裏側にある、ストレスを取り除きます。するとバランスが取れるからです。すると、相手から敵意を持たれなくなっていくし、それが早期に出てくる人もいます。上司が優しくなったとかがかなり早期、極端では1回目ぐらいから現れる人もいますし自分がいろいろ気にならなくなりなたら対応が上手くなっていく人もいます。通常は成長の過程で、相手が気にならなくなるとか上手く話ができるようになるとか、対応ができるとか、から変化をしていきます。で、あなたであれば、もう少し、自分の中にいるいい自分積極的でポジティブで、という自分が認めやすい自分だけではなくて、本当は、したくなかったり、しなくてよい自分、それと特に、本当は相手のいろんな嫌いな部分言い換えれば、自分と相手と違っていて嫌な部分に自分が嫌だ、と思っている、という事への気づきが必要です。じゃないと善意に介入をしているんだけれど、でも本当は、相手のその価値観が嫌いだったりして。相手はそれを敏感に感じ取ったりします。嫌なのが問題を起こすのではなくて自分がそういう価値観が嫌いなんだ、と感じないと相手がそういう問題を持っているから直そう、というような無意識が働いてしまって、そこがすれ違いを生むからです。そういった「何か」、認めてこなかった気が付けない自分をもう一度、認めてあげる必要があります。でも、エゴ、つまり、皆エゴというと自分勝手という意味で使いますが、そうではないです。「これが自分だ!」と誤解をし、裏側を見たくない自分を、エゴ、そう呼びますが、は、そういう自分がいることを認めると、崩壊をする、と思ってますから思いも浮かばないことでしょう。で、一つヒントを言えば、あなたが積極的に言いたくなっちゃう部分、なんだか励ましたりしたくなったり、大丈夫だよ、と励ましたくなったりするときに、少し落ち着いて、自分を様子を見てみましょう。なぜその人がそのままでは「いけない」と自分が信じているのか。なぜ「上向きにしないといけない」と思ってしまうのか。その人がそういう落ち込んでいたり、成功に積極的ではなかったりその部分をなぜ自分はいけない、というか、嫌だ、というか落ち着いていられなくなるのか。本当にそれは相手に必要なものなのか、それとも、「自分がそうしないではいられない」ような「よし、励まさないと」「ポジティブに言わないと」「そんなことじゃ、こうなっちゃうよ」という自分の怖さがあったり、というどこかが求めているような感覚に動かされていないかどうかを確認をしておいてください。相手はそのまんまで、ええじゃん?その人はその人が何かをしたい時期にちゃんとします。この、どこかが求めていて、どうしても励ましたくなったり積極的に行きたくなる部分が自分が傷ついている部分です。相手からすれば、一人でできること、これは別にそれほどポジティブに行かなくて問題のないこと、穏やかな方法でしたいこと、少し沈んでから反動で上向きになる時間がかかるときとか、自分で勝手になんでもできる分野であること別に消極的ではなくて、事実だから、とか自分はそれほど、頑張る意義をそこで見出していない、とか、生き方が違う、とか、それほど悩んでいないところで、「大丈夫だよ、頑張れ!」「そんなこと言っちゃダメだよ」みたいな、あなたが自分の傷を守っている方法でかかわられるので(言っていなくても)、自分が認められていない気がして相手がいずれ無意識の復讐にでます。これはすごく以外で二言三言、言葉を交わした時に、相手が何かを感じることがある。というか、自分の中の、認められていない部分が自分に復讐を無意識でしているわかってほしくて、ということが、正確でしょうか。ま、そんなふうにバランスをとってみてください。どう相手に対応をするか、ではなくて、どう自分の中のつぶしてきた部分に対応をするか、です。それをわかっていけばいろんな問題が氷解をすることはあります。なお、付け加えておけば、相手の成功を応援できない、というのはそれはそれでいいのです。だってさ、その裏側には、「自分もそうなりたいな」という意欲があるかもしれないでしょ?あるいは、「自分はそういう生き方ではないものを求めてるんだが」というものが、隠れているかもしれない。そうしながら、その人は自分探しを人生でしていっているのです。相手は相手でいろいろなストレスはありますが、自分があらゆる価値観を認めたときに、(あって悪いのではなくて、自分はこの価値観、相手は違う価値観がある、ということをわかる)相手はあなたにそういう部分は出してはきにくいし出してきても、相手を認めてあげられるかもしれません。敵意を持たれても、自分の中の価値観に気が付くと、相手も反応はおこしにくくはなっていくけれど、まあ、それが潜在意識の不思議かな?今起きていることをちゃんと過去の原因(出来事の原因はダメです。それは全然問題が解決していかない、出来事の原因ではなくてこのように、自分の中で起きている事柄の、最初のスイッチというか)その、スイッチに対して自分が違う感じ取り方をできれば相手も変わることはよくあるけれど、敵意を持たれちゃったら仕方がない、ちゃんと自分は自分で守るんだわね(笑)戦ってもよし、流してもよし、人生は学びです。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー自分自身を学びます。http://www.acoreading.com
2012.06.28
相談内容は、あなたになんかできるはずがない、と言われて育ったために「どうせ自分は○○だし」と考えて、恋愛でも積極的になれない、あるいは、どうしても他人の意見が気になる、ということでしたが、一般的な話をします。お母様の言葉から来ている信じ込みは変えた方がよいでしょう。それはできます。一つ言うならば、目標を間違えませんように。つまり、すぐになんでもできる、という事を目指すのではなくて、傷つくと思うことは、本当は大したことではない、という事を知ることが前に進む正しい理解となるでしょう。通常、こういった言葉を信じている場合自分にも、利益があるのです。で、恋愛での例を挙げれば、実際に、自分のことを好きかしら楽しいわ、と思えて、相手とかかわっていくとそれが成就することと、しないことと、二つのことをだれでも経験をしていくわけです。(ごめん、失恋しか経験をしない人にはまた別のことになるのでそういう例は割愛。話を続けていきますが)だんだんとそうやって、これはまだ相手はそれほどじゃないこれは本当にかかわれるとか、学んでいくわけですがつまり、言いたいことは、通常、何をやっても、うまくいくときと行かない時と、人は、双方を経験をしながら、でもうまくいかないことがあってもよくて、そして上手くいくときをつなげて夢を叶えていきます。でも、どうせお前になんてできない、という家族関係の場合それは親もそうやられてきているのです。どうしてそんなふうになったか、というと、自分たちを守るためなんです。自分たちが積極的に何かを追い求めるときには、大事なことは、上手くいかない時と行くときと双方を経験しながら上手くいかせる、という事ができていく、とお伝えしましたよね?たとえば、作家になりたくて文章を書く、実際に書いている人がいる、とします。思うほど受けなかったり、思ったよりもかけなかったりするでしょう。続けるのはつらいと思うよ。自分の実力もわかっていくわけだしさそうやって自分が出来ないこともあったり、色々で来たりわかりながらでも、できないことは大したことではない、と思っていないとやってられんわね。と思うわ。そうやって、だんだんと文章も成熟をしていくのでしょう。で、そうしながら、ガッカリしながら自分のスタイルを見出していくのはお笑いでもどんな仕事でも一緒です。実は、恋愛も一緒のところがある。でも、どうでしょうか、ご自身が、「絶対にできない」と信じていたら、成功はしていかないけれど、失敗はないんです。この人生を守るために、先祖代々受け継がれているシステムでもあります。脳のシステムはとても強いもので、一回出来上がると、そこからはずれようとするとものすごい感情がわきます。怖い、できない、非現実的と考えて敵意がわく、そういった自分らしく成功していく人々を、軽蔑するような感覚ですね。そしてその感情が、事実ではないたくさんの事柄を、考えとして浮かばせます。あなたの考え方なのですが、実は、自分が、守られているのです。でももし、成功を手に入れたかったら、逆側を受け入れるという事が必要になります。うまくいかなくてよい、大したことじゃない、今日、楽しく話しかけたのに今日は相手が聞き流した、全然大きな出来事ではありません。相手が好意があると思ったのに、実はなかった、だから?それは大した問題ではないし、そこで、心が引きこもらなければ、次の恋愛なんて、時期やってきます。しかもよりよい形で。他のことで言えば、かわいいと言われていたけれど、それはあなたを元気づけるためのものでしょう。事実かわいいんだけれど、でも本当は自分の思った通りではないとしても、(芸能人ほど、とか、この世の中的にかわいいと思っていたらそうでもなかったとか)それは大したことではありません。でも、自分を責めている人々は、自分なんて嫌い、と言いながらも自分が完ぺきではないことを認めてはいません。それで全然よいことがわからずにいます。自分を卑下する人々は、自分を卑下しながらも、どこかで本当に不完全だったりできなかったりしたら困るから、その事実を認めたくない、というような複雑な心理があります。そして、自分を卑下している限り、事実に向き合わなくてよい、傷つかなくてよい、というシステムを乗り越えるためには先に行った脳の誤解があるわけで、小さなことをしてみてそれがうまくいくときいかないとき、全然かまわないどっちでも、という姿勢で、続けていく努力が必要です。今日楽しく話しかけてみて、結果はどうでもよい、と思えることや、かわいく服装をしていったけれど、それほど受けがよくなかったりかわいくお化粧をしたところが、周りは気が付きてくれず男性もそれほど注目をしてくれなくても、そんなことあってよいということ、それでも、楽しくこれをしてみたいな、という気持ちが沸き続けるということは、潜在意識がもう、できると思っているということで、まあ、そこの領域に行くことはいいのですが、でも今は、あってよい、傷つくことがあってよい、とそれを避けなくなることが大事です。目標になるために頑張ってみたところが、思ったよりも全然自分が井の中の蛙であったことに気が付いたり、それは、大したことではない、という事を知っていないと自分を隠そう隠そうとして、傷つくのが嫌だ、と言いながら自分を守ってばかりになります。大したことない、という部分が、あなたの家族が傷ついてできなくなっているところなんです。本当に自分が全然ダメだ、と思っている、としたら返って本当はなんでもできるものなんです。でもできなくなるのは、出来ると思って何かをして傷つくことがあまりに怖くそれは、お母様に言われたショックも心に残っているためにお母様も無意識にそうやられてきたので、あなたを守っているんです。そういったマイナスの気持ちではあるけれど。そういったこまごました大したことがないことが、心の痛みが出てきてしまう為に、避けるようになるのですが、やっぱりダメなんだ自分なんてこうなんだ、と引きこもることは、ある種いじけたり、引きこもることで、自分がしてみてもよいことやっていけばできること、やっていっても思う通りではないことがあってもよいことそこから何かが生まれることを、全面拒絶している、ということでもあります。もう、人生を拒絶するなや。そしたら人生が扉を開いてきます。恋愛でなんでもかんでも積極的になれ、ということではありません。ただ、気持ちは、そんなに引きこもる必要ないじゃん?恋愛って楽しいよ。本当は。井の中の蛙、大海を知らず、後世の人々は、こう付け加えました。井の中の蛙、大海を知らず、されど、空の青さを知る私はこの言葉が、とても好きです空の青さを知っている蛙は、さぞかし、強かろうて。^^親から、あるいは先祖代々からの自分の思い込みをクリアーにします。すると、親子関係が変わっていくこともしばしばあります。http://www.acoreading.com
2012.06.27
こまごまとした相談について芸能人だって、最初、完全にきれいには、なれないのである程度から入って、だんだんときれいになりますよね?もちろん、普通の方々よりも段違いできれいですよ。でもそういうことが言いたいのではなくて。漫画家の漫画も、最初、ひどくはないですか?最初の主人公の顔。だんだんとこなれてきますよね?さて、あなたの問題は、親御さんの考えかたの癖でご自身が、例えば自分が漫画家だとして、この主人公の顔が描けないから、全部だめなんだ、とずっとダメなんだ、というようなことを考える時間が多すぎることが、癖になっている、ということです。周りがこうで、ああで、これもこうだから、ダメなんじゃないだろうかというのを見てきたために、そこにずっと感情が行ってしまいます。心配国の住民になっているのです。もう少し自分を信じて、小さな何かをして忘れて他のことをする積み重ねが大事になります。たとえば芸能人になる人であれば、周りからこういわれるだろう親は反対をするし、これもあれもダメで、というダメな方に行きすぎるのではなくて出来る小さなことをしてあとは忘れる、日常生活の大事なことをしながら進む今きれいではないからダメだ、すぐにこれも直してあれも直してという心配だけではなくて、実際に芸能人活動もしている人々が成功をしていきます。相談者さんの一つの問題、ご主人が周りとうまくいっていないようだお小遣いが足りないと言われた、どうしよう、という問題ですが、喧嘩をしている最中だったら八つ当たり的に言っているだけだし気になるのであれば、ご主人がそういう相談をしたら、ふーんそうなんだ、じゃあ、必要な時には言ってね、でよいです。そして必要な経費はその都度話し合ってもいいし、決めてもいい。それでおしまい。そして、彼が家で落ち着けるような場所さえ確保をしておけば、その時、その時に必要な解決方法が完全にわかります。一つ一つの問題がおしまい完了していなくて、いつまでも引きずることを癖にしないほうが、よいです。そうなんだ、じゃあ飲み会の時には言ってね。もう少し周りと交われば、というアドバイスが必要だっり何かが必要であれば言ってそしてそれは忘れておく、相手が成長をするのも待たないとならないしその問題ばかりを考えているのはとても不健全です。その時その時にできることは小さくて、それをしたらまた忘れます。つまり、こういうことです。漫画家になろうとしたところが社会的な地位が低い、嫌だな、どうしたらいいんだろう、そういえば姑がそんなのダメだと言っていた、どぅしたらいいんだろう、誰か教えて下さい、そういえば、主人公の顔が変だからって周りの人が笑っていたよね、どうしたらいいんだろう、というような事柄に囚われすぎていて。要は漫画家になりたいんでしょ?だったら余計なことを考えずに描いて、また修正をして、という方の行動がすごくとりにくくなっています。人生が周りで上手くいっていないことを忘れられずずっとそれに囚われていきます。小さく行動を分けること。そして、その時最善だと思われる一つをしたら小さな一つをしたら忘れておくこと。あまり外野のあなたの目標に関係ない人のことは、忘れておくこと。相手が成長をすることが必要であればそれに任せてその人がこうだから自分がこう、と巻き込まれないで二人の別々の人間としてちゃんと落ち着いておくこと。自分のことをしっかりしていけば相手も変わることを覚えておくこと。周りの人々が悪意があって、周りがこうで、自分が完全ではないとならずこんな自分は嫌で、という事を考えることに、時間を取られ過ぎです。問題にしがみついてしまうのは、それは感情の癖です。幼少期そういった姿勢を見てきたところもあるでしょう。そういった感情の癖を改善し、本来のあなたの力を取り戻していきます。http://www.acoreading.com
2012.06.25
ぶら下がりコメントへのコメントです。かえでさん変な質問なんですが、同じように、未来を考えて気分が重くなった事柄があれば書き出してみてください。案外、何だかいろんなことで、悩んではいませんでしたか?今過去に行ける、としたら、その心配をしている自分にどうアドバイスをしますか?それがでたら、答えがでるのではないでしょうか?この心配は癖からでるものなので、事実ではないです。でも変な心配をしているとその状態に巻き込まれることもあるでしょうし。自分の心の癖を改善します。http://www.acoreading.com
2012.06.25
自分が嫌いになるような方法で、目標をたてるな、し!落ち込むような場所、方法、それらは、「自分のしやすい方法」を選んでいないことに原因があるのじゃないかな?この方法ではないとできない、という錯覚を捨てるように。
2012.06.21
それと、さっきのとは別問題、別の話なんだけれどね、自分が答えを決めていい範疇を、「怖いから正解をどうぞ」みたいに聞かれると、回答は絶対に返らないです。ちょっと思い出したから、書いておくね。Aの彼と、Bの彼と、どちらがいいですか?とかね。どちらがいいですか。というのは、自分にはぴったりした、答えが返らない。Aだとどういう点が良くて悪くて、Bだとどういうものかな。あなたならどちらがいいかな、とは聞けるけれどね。所詮、聞いても、相手に聞いているのではなくて自分の心にフィットしてくれるものを探しているの。自信があるとか、ないとか、ってどういうことか、というと。自分が決めてこれで大丈夫だ、という訓練がなされていないからね、ずっと答えを探し回る状態が、自信がない、と言われていることなの。これでよし、だってよし、と思える状態が、自信がある。でもここを得たいために、皆、何とかがあれば、そうなれるだろう、と思うけれどね東大生の中に、だって、そうできなくて、自信がない、という人、たくさんいるよ?モデルの人々の中にだって、きれいであると思えばそうできるけれど他の人に負けたと思ったとたんに何もできなくなる人、いるよ?たくさんたくさん、それはその人たちのせいばかりじゃやない、本当の自信というものを、育てられない今の社会にも原因がある気がする。だから、何かがあればできると思うと、そうじゃないんだな。話を戻して、A君の方がいいと思っているけれど、若干だらしない、だけれど本当は、心が、自分はもうA君と決めているのであれば、なんだか、B君と言われると頭は考えるけれど、「でもね」と言って、反抗をしちゃうし。この人はB君には決めないです。決められなくなる状態、というのは、心は回答を知っていてね、でも、その答えを選んでから、成功をする体験がないのね。だからそっちに行きたくないの。周りの人々もそれを見せてくれなかった。だから頭が絶対にそれは選んではなりません、というように、逆らっている状態なんだ。土瓶をひっくり返して、拭けばいいじゃん、という経験がなければ、この色を塗って絵を仕上げていきたくても、もう、色を塗る前に聞きたくなってしまいます。でもその人の中に答えがある。でも自分で逆らっているわけだから、この人は、情報収集にずっと行きます。いや、その色でもちょっと違うまた質問になるのね。でも本当の問題は?土瓶を、ひっくり返して周りの人が一緒に拭いてくれたら、その人が育って、絵をかきたくなって、この色だ、と思えば、色を塗ってみてからすごくいい感じも経験しているし塗って違う色だとわかるという経験もどんどん積んでいける。技量が高まる速度が速いんです。そうやりながら、真実を探せる。頭で考え込むことではなくてね。それと、右脳にとって答えは一つではありません。今はA君で何かを学び、そして次に出会いたいかもしれないし。でも、自分に出来た嘘は、こう告げます。今成功をしないと私はもうだめ、、、ってホントかな?というもあるしね。。。http://www.acoreading.com本来の自信、本来の自分に戻る過程を支援します。
2012.06.21
質問が問題を解決する下の書き込みはブログに書き込まれた質問ですが、それにお答えしつつよもやま話を。黙ってるのも罪悪感ですか?もう長い付き合いの親友にあたりますが、(この続きは、書き換えさせていただきましたが)男性にだらしなく、子供がいても他の男性と関係を持つ?みたいな?嫌なところが目につく友人で、でもそうかといって、助けてもらったことも多くあり、注意をすることもしにくいし(ということでしょうか?)でもいやだなーと思うことも、あり。という相談が乗っていましたが。相談を拝見するに注意するどころか、相手のそういった、良くないとご自身が感じるところも応援をしたりしている様子もお見受けします。「いいじゃない!」みたいに。ちょっと、無理しすぎかなー。良い関係になるのに自分が嫌なことを、応援すると、うそつきになっちゃうよ。自分にも。そしてそういう人と、いたくなくなっちゃうよ。それに何も、同調できない部分を無理に応援をする必要もありませんし。良い関係は、そうなんだ、と受け入れつつも違うところは、無理にこびない方法でいくらでも築けますし。黙っているのが罪悪感ですか、というのはよくわからなかったんだけれど、罪悪感があるから、黙っているんですか?という意味?それとも、黙っていると罪悪感がわきますか?という意味?あ、これは、今自分で独り言なので、答えなくて大丈夫です。まあ、それはどちらにしろ、本当は注意したくて、でもできない、嫌だなーと思っているのであれば自分がしたいことをしていないで心が痛いんで、こりゃ、自分に逆らっていることから生じる罪悪感でしょうし。自分は別に、伝えたいのではなくて、ただ、あまりに相手を裁きすぎているのを(意識は改善をできないと思っていても本質は、そこを解決したければ)そこが気になってもんもんとします。人それぞれなんだな、これが。でも、黙っているのは、はい、罪悪感、というか、生き方の姿勢というかスタイルというか、に、関係があります。違う意見の人に合わせないと絶対に一緒にやっていけない、というようなスタイルをお持ちなんでしょうね。この場合の正しい質問は、「こういう人の考え方って、本当は、嫌いかも。あるいは、そういう生き方を見ていると自分とは違ってイライラする。少しやってみたい?とか?親友って思っているけれど少し距離を取りたいのかも。相手にどうしてこびちゃうんだろう?無理しちゃうんだろう?無理しないとならないって、そもそもほんとかな。嫌とか、相手に注意とまでは言わなくても、そういう生き方でいいよ、いいよ、なんて無理して言い続けないとならないんだろうか?悪いなーと思っていて、自分が無理をする。でもそうしないでつながる方法がわからない。教えてくれろ。それ以外の方法を。私が本当に求めているものは、何?求めているのが分からなくなるわからなくしている考え方はどれ?本当にこの関係は大事?親友を離れることが、怖いんだろうか?失うこと?世話になったら、ずっと一緒に、という思いが何かを曲げている?あるいは単に、今ある関係を壊したくないだけ?彼女が、大事だとしたらどうしたら自分は楽に接することができるの?相手の価値観を気にし過ぎ? お互いに違っても、自然であれないのはなぜ?」ということの中に、ちょっとヒントがあるかも。まだ、正しい質問ではないけれどね。もう少し自分自身がわかってきたら出てくると思います。で、一つ伝えておくと、質問って難しいのです。「本当の質問ができれば、もう問題は解決している」ということが言われていて、それは真実。質問がちゃんとできる、ってことは、もう、自分がわかっている、ってことだからね。今はいろんな人に話して、自分が何を聞きたいのか、というか知りたいのか、というか向き合いたいのか、徐々にわかっていくことが必要なのかもしれませんね。それくらい、自分が自分につながることは時間がかかってよいものだし、難しいのです。アンソニーロビンスも、質問が正しければ、もう問題は解決している、なんてことを言っていると思いますです。はい。これは、本当です。
2012.06.21
あらゆる事柄に、詳しく説明がないと不安になるイライラして説明を求める本当は説明がほしいのではなくて、不安なんです。不安だから、わかればコントロールできると思っておられて。すがりつく場所が説明なんです。わからないと上手くいかないという不安があると一緒にいる相手、(特に親しくなればなるほど)大変かもしれません。というのは、今すぐ回答がない、ということが、人生にはあるわけで。時間の流れとともに浮き上がるまで、ほかのことをしていないとならないことがあるわけで。すぐに回答を求められると、怖い、というか、強迫されているような感じになるわけで。もちろん、癖がある同士がやっていくものなので、皆それぞれ癖はあり喧嘩をしながらもやっていくので、よいのですが。あって、ダメ、ということはありませんが、知らないと焦るということを自分で知っていれば、相手も気持ちが楽になるでしょう。「不安がある、でもその不安は事実ではなくて何でも知っていないと上手くいっていないという怖い気持ちを整理していこう」と考えておけばよいでしょう。それはできますし。自分の問題を相手のせい(相手が答えてくれないせいでこんなになっていると)にはしないので、良い人生が送れるかな、と。思うのです。でもでもでもね、なんでも知的に知っている才能は、生かす場所で適切に生かすことです。
2012.06.21
今朝だか、昨日の朝だか、書き込んだものがすべて消えているので楽天さんのメンテナンスの時間と重なっていたので、そうかい、そうかい、そっちがそのつもりで消すならば、とぐれたんだけれど、そっちがそのつもりなら、何をするつもりなのか、わからない私でした。で、質問。『仕事では自分では不必要だから関わりたくないと思っていても、関わらないといけない状況になることは多いですよね。私の上司はいつも解釈が伝えたいことと違うんです。そして、その違う解釈で皆に話しを持ちかけてしまうので私たち部下はいつも困っています。それでも自分の考え方を変えていくしかないのでしょうか?』なんで、セッションをすると、人によっては状況が変わると思いますか?これはこういうことなんです。自分の見ているのは「当然だよね~絶対に当然、だって、過去からの記憶がそうだから~」というものが創り上げている世界です。皆が皆、この場合、解釈が違うし、もうどうしようものないししょうがないし、やりようがないし、という気持ちに引っ張られているんです。そこで、じゃじゃーん。そういう状況でも、過去に成功体験があればこの状況を変えていく something をその人は考え付くというわけです。で、今、当然だよね~当然。だってあの人こうだしさぁ~もうやりようがないしさあ~というのが「ない」としたらどうなるかなんです。解釈が違うんだから、もう最初から、こう曲がるな、としっておいて上手く使う。という方に脳よ開け、私よ開け、制限を自分にかけるな、と思ってください。1)赤い色を示し、青ですね、。というならば、そうです、青ですからこの青を、こちらに使いますね、と言える度量を身に着ける2)その人に話す内容は決めておいて、裏で動けるよう皆で画策3)もう解釈の、入りようがないような話し方に変える おそらく、なんですがね、わかってもらえない、というストレスがあるとわかってもらおうとしているんです。でもわかってもらわなくてよい、なんと楽しい、新しい解釈よ、と思えたら、その先に、この解釈で、自分に優位に使う方法がわき出てきます。解釈がどれだけ歪むかを、楽しみにしてみてください。相手の態度が変わるから。この、わかってもらえない、イライラ、と今までの何をしてもダメな状況を繰り返すのは、あたまの、左のほうの、一部の、考えです。前に血よ行け~新しい方法は、前脳が使えている状態。おでこを抑えて、考えてみてね。○おでこのぽっち、2か所のふくらみを、前頭隆起、とよび、 そこを抑えて考えると、ストレスを軽減して考えられる、とされておりますhttp://www.acoreading.comストレスを軽減してクリエーティブになってみよう
2012.06.18
ふじこさんあり?書き込んだのが消えたようなのでもう一度書き込みます。ひょっとして2か所に重複していtら、ごめんなさい。あなたの夢、なんですが、何かを感じると答えないとならないという罪悪感があるんです。その整理はしておくとよいでしょうとは思います。愛情が相手にあるからといって、何もする必要はないんですが、うっとおしいのは、どこかで、罪悪感で何かをしないといけないとか私がおなかがすいたとしたら、何かをしてあげないとならない、と見ているあなたが、罪悪感で重苦しくなるのですが。へ?私が不安でしているか愛情でしているかで、それを見ているあなたが行動を変えないとならないんですか?つまり相手の意思を感じたら自分が何かをしてあげないと嫌だなー逃げたい、と自分で戦いをしているんです。それは私の心だから(笑)分析しないでいただきたい、と友人だと思います。これが罪悪感です。隣のおじさんがきれいなお花をくださって、それはそれで相手は、喜んでいるのに、絶対に返さないとと自分が重くなるだれが重く感じてくれ、と思っているでしょうか?重たーい、重たくなーる、と自分で催眠状態を作りだしているようなもの。でも重さがないと、ありがとう、で忘れる、ある時、あこれ、お花咲いている、あの人にあげようと思うときがあってそれが自然な愛情でつながりで、重たくもなく自然にわいてくるのです。この自然な沸き起こったのが愛情です。愛情は、だから、忘れたころにやってくる。皆勘違いしているけれど。創り上げた罪悪感ではなくてね。女性はさ、義務でやるな、って彼にいうのに、義務でやらないと、やらない、と騒ぐわけです。だったら本当の愛情を示されるのは、無理というもの。なーんちゃって、無理じゃないけれど、も少し簡単に愛情を貰えてよいのではないかな。先の続き。私がおなかがすくのも、好きでやってあげるのもそれでおしまいなので。相手が不安で出ていようが、愛情で出ていようがそれは「相手が自由にしていいこと」なんです。そしてそこで、相手が何かを思ったら「答えないといけない、何かをしないとならない」ということが強く(相手が1してもらいたいとしたらあなたが10思っていたり、相手がしてもらいたいと思っていないことを自分が罪悪感を持ってしまったり不安に思っていてもほっておいたら成長をするのに自分がしないと怖くていられないとかいらいらするとか)が起きてしまっているので。相手の立場に立ったらやってあげないとならない、これが普通の人が、2、とするでしょう?あなたはちびり、高いから、それは知っておくとよいかも。不安があれば、セッションでその場で伝えていただけるとその場で深くセッションがしやすいです。
2012.06.18
すみません、きっとわかっていないのは私ぐらいなのかもしれませんが、それならば相手の気持ちになって考えてみることや、セッションで例えば自分の母の立場になって、自分を見て気持ちを感じるという作業がありましたが、それは結局全て自分サイドの気持ちであって、語弊があったら申し訳ないのですが、意味があるのかわからないときがあります。人それぞれ考えていることは違うと思うので…相手の立場にたって考えるって難しいですよね。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーA段階、思い込みで、「相手が自分をこう思い」というようにすべてのことは、自分が原因で起きていると思うB段階、相手になることで、相手は違う動機で動いていることがわかる相手が違う人間であることが、体験として、わかっていくという段階です。より正しく理解をするための、一段階ですね。理解というのは、自分のいろんな思い込みがなくなれば当然わかっていきます。矛盾をしているようですが、自分が感じていることが相手の見方に影響をしていることがわかれば、かなり正確に相手がわかります。だから、相手と深いレベルで繋がれるのです。皆さんに何度もお伝えしているのですが、事実というのは一つのことではなくて、たくさんのことが同時に進行をします。だから、一つが正しければ裏側の考え方は嘘だ、という感じ取り方はなるべく捨ててください。一つの考え方だけが正しくてあとは嘘、というのは、左脳の感じ取り方ですが、つまり、数式みたいなものですね。でも事実はそうではありません。1+1=2、ではなくて溶け合う物質であれば、質量は、0.5の場合も、混ぜれば増える物質であれば、1.2の場合もあるでしょう。右脳が優位に活動をすれば、矛盾するいくつもの考え方が全然矛盾がないことがわかります。つまり、左脳の一つが正しければ矛盾する他の考え方は嘘、というのはかなり間違っている、ということです。だから、理解が出来ない、と知っていれば、理解ができるようになります。ああ、そうなんだ、自分がこれは感じているものなんだ、と区別ができれば、ひかりの粒子のように、相手の実像が浮き出てきます。今まで自分が勝手に思い描いていた相手ではなくて。そのために、相手が心を許してくれるようになるのです。一つだけで判断をしないことです。東洋の思想ではそれを陰陽、光と陰は同時に存在をする、海には満ち引きがあり、自然には二つの局面が交互に訪れ、という言い方ですが上手い言い方だと思います。二つの考え方が同時に進行をする以上、相手もわかります。それも真実です。自分を大事に思ってくれている、疎ましく思っている。その一部は真実であり、自分がその部分を信じることによりその一部がわかります。愛情があっても自分が信じなければそれは「ない」ことになります。そしてその人の、一部の友情だったり、愛情のかけらがあるとしてもわからなくなります。相手にもし、何らかの愛情があり、自分が期待をしたほどではないとか、自分が期待をしている形通りなはずだという様々な感情が紛れていなければ相手の愛情をそのまま、わかっていくでしょう。でも、相手と自分は、全く同じ心境ではない、ということです。自分の気持ちがわかり、どの程度何を大きく見過ぎていて何を低く評価しすぎていて、自分の気持ちのために恨んでいるから、怒っているから、期待をしているからそれらが自分の気持ちとしてわかれば、そこに紛れていない本当の相手がわかっていきます。本当の自分を愛したとき本当の自分を見極められた時に相手がわかっていきます。いろんな人になってみるのは、自分自身を探すためです。自分自身が自分に繋がるための作業なのです。相手をわかる、ということは、実はとても深い意味があるように思います。相手をそのまま受け入れようとすれば、自分の中で抵抗をしている部分がわかります。自分がいろんな抵抗を捨てれば、初めて相手が正確にわかっていくこともあります。
2012.06.17
少し論争になったので書いておくと、人の気持ちを知ることは、不可能なんです。というのは、たとえば、彼があなたのこと、怒っているんだって、と言われた、とします。すると、その人の世界が途端に頭に広がります。「この程度、こんなことで怒っている」というように。点数にすれば、相手はカットは来るけれどちょっと距離は取りたいけれど、日常生活でそのことを忘れているレベルだとします。点数にしたら、2、程度。でも、嫌われた自分には、嫌われるのが怖い、嫌われるのは屈辱的嫌われるのはこんなこと、あんなこと、という過去の出来事からの、あるいは自分の感情が動いてしまう癖からの、判断が入ってこ~んなに大きなこと、に変換をして、見ているであろうが!この変換を、「東映映画」ではなかった、投影、と言います。つまり、皆はどうしても「投影を」してしか物事を判断はできないのです。人の気持ちはわかろうとしているときに、別の問題があるよ、というのは昨日かなんかのブログでお伝えしましたが、だからなんです。皆さんが相手の心理を知りたい時にはもう、その人がそうするのは、いけないこと、わからないこと、という判断があるからいくら説明をしても、それが1点程度のことなのに自分では10点満点で付けちゃうから、事実とちょっと違うんです。たとえば、相手が自分を好きだ、としましょうかでもその人それぞれに、好きだ、という言葉さえその人の判断と過去からの経験による勝手な思い込みがあります。そのために、好きというのはこういうことで、そうかあ、この程度のことで、信頼はこの程度出来あるいはできず、これをやってもらえるという意味ででもここはしてもらえないという意味で、というように判断なり過去の状態とあてはめて考えます。さらに、「自分に対しての」という更なる大きなストレスが入るからもっともっと大げさなことになります。つまり、いくら正確に伝えた、としても受け取る方が、それを大きくしたり小さくし過ぎたりある映像に必ずあてはめています。自分の心境にあてはめて考えるから相手そのものになって感じるのではなくて「自分はこう思われたい思われたくない」というあたかも自分一人に対してやられていることに思うから、大げさになってしまうのです。当の本人から聞いたら「うーんそうだけど、全然、違う」という話になる、ということです。相手があなたの悪口を言っているよー悪口が怖い、という映像をその人が持っていたら、それが広がり皆が自分をはぶにして、と思うけれどその人は「困っちゃうよね」と言っている程度かもしれないしその人のほうが嫌われているかもしれないし、事実はまた別にそれぞれ毎回違うのですが「その人の頭の中にある同じ映像が出てきて同じ感情と考え方を湧かせて、同じ状況に持ち込む」ということになります。人の気持ちを知りたいベースには、自分がその人がこうだと決めつけている何かがあります。たとえばそんなことをするのは、大きなことで自分は影響をされなければならず、うんちゃらかんちゃら。でもその映像なり過去の思い込みなり感情が沸く癖なりがなければ、それらがそれほど大きなことではないこともわかります。するとそれが起きない、自分の映像に従って事実は作られていきます。ふーん、そう怒っているのかああ、まあこれについてはこうだし、これは仕方がないしまあ怒る気持ちもわかるしね、でも今回はいいかあ、ほっておこう、程度であれば影響を受けないしっかりしたベースが育っていますがさらに、関係性はどんどん良いものを築いていく力もあるでしょう。怖い、どうしよう、嫌われている、とんでもないことが起きる心境穏やかならず、というのであれば、自分の投影によって物事を広く大きく見過ぎていて相手の心境も大きく見過ぎているということでもあります。フィルター、よく心理分野、NLPなどで使われている言葉ですが、皆はフィルターをかけて物事を見ている、と言われています。フィルターってなんだ?という説明になっているでしょうか?古代トルティカ文化では人は起きたまま夢を見ている、とも言われましたが、つまりそれは上記のことでもあります。古代トルティカ人は、その夢(つまりフィルターを自分でかけていること)を自覚し、それら(つまり自分がみている夢)を自覚し、変えることで、現実を変える、という手段を持っていました。古代の人々は、言葉こそ原始的なものの多くの事実を知っていたんだな、と思います。だから人の気持ちを知ろうとすることは、意味がないんです。自分のあまりに多くの、期待とそして恐れが過去からのテーマが乗っているからです。正確に説明をしても、怒られるってこんなこと認められないことは、こんなにひどいことで嫌なことで、認められるとこんなにうれしくって、好かれるってこんなにいいこと、などのように心が動揺しアップしダウンしそれらによって事実がわかわなくなる。そしてこのアップダウンが潜在意識の表れであり、そのアップダウンにより事実が作られていきます。あまりにアップをするのはその陰に、期待をそれにかけすぎていたり、自分そのものの価値を知らずに何かに依存をし過ぎているのが入っているやもしれず。相手がメールが来ない、あなたのメールが楽しくないからと判断をする、としたら、自分を解消をしようとしたらますますつまらない人になります。だって、相手の心境にしたら、それは大したことではないかもしれないから相手にしたら、メールした、メールをしたのはそれほど大きなことでもなく、メールをやめたのも大きなことではないのにあなたの中の期待、希望、そして、さらに自分がダメだという罪悪感、こうあるべきという決めつけ、などなどがあまりに大げさに物事を見過ぎていて大したことをないところでくよくよ考えるから似た状況ばかりになりそれらがどうでもよいことで、話していると自分もつまらない人とは自然に縁がなくなりならがたくさんのよい環境になっていくことも自分に許せなくなるでしょう。許せない、というのは、そうなる前に怖くて考えすぎて必死に同じ状況に入っては改善を図るというような過ちをする、ということです。もちろん依存的にメールをあまり長く書くと関係性については、築き方は上手ではないです。でもそれらは、たとえば、依存的過ぎれば、依存的でありすぎる、ということを解消をすればいいのですが、そうかあ、自分って、こんな心境で相手を頼りすぎていてそうしていないとならなくて、でも相手はそこまで話をしたくないときもあるんだなあ、あってよいんだなあと自分サイドからの解消をすべきです。もし皆さんが、相手サイド、つまり相手が嫌うから、相手がこうなるから、こうしないとならないと考えた時には、本当の問題はどんどん隠れてしまいます。そうして何も改善ができないまま、相手の心境を曲げて大きくし過ぎてそれは全然相手にとっては大きな問題ではなくてたくさんのしたいことが相手にあることもわからなくなっ自分を解消しようとばかりしすぎて、自分の対応ができない、という更なる問題を生むのです。相手をわかる、というのは、本当は無理だしとても難しいことなんだぴょん。もし本当に100パーセントわかれば、もめごとはないからね。どんな夢を見ているか?あなたは夢を見ているんです。今も。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー自分の心の中の、誤った物事の見た方を解消をしていきますhttp://www.acoreading.com
2012.06.16
魂の、というと大げさですが、魂の、というのは、自分が本来のあるがままの自分であったらどんなことを成し遂げたいのかを、知っている部分です。自分の望みがかないにくい時には、いくつかの要因があります。一つは、すべての事柄が、避けたい、ということになっていること。この避けたい、という望みがあると、ドアがぱたんと目の前で閉まったり、必死になって何かを追い求める、というアンバランスになります。本来の望みの叶い方、というのは、たとえば、あなたが、明日、クッキーを買いに行くとしてすると、お店に行って買うだけですよね?そういったように、とても静かに進行をします。買うかなーそうだ、買おうという静かな確信というかただ手を伸ばすだけ、というかいろんな関係性で、得たい得たいと必死になっていることって自分を避けてはいきませんか?クッキーを買いに行くときには買えるとしっていますから、必死にならないですよね?ただ買います。できると知っているし、というかできるかどうかさえもう考えないし。必死になっちゃう裏側に、どんな気持ちが隠れているでしょうか。それがないと困る?それがないと生きていけない?本当には私は得られないと思うんだけれどそれを認めたら怖すぎるから、嫌だねー絶対にあきらめないねーと自分が得られないとみじめだという思い込みを避けて、避けまくっている?だから、邪魔な必死さがあります。さらにその陰には、こうではない私はダメだ、というおぼえこみや誤った価値観が隠れていることさえ、あるでしょう。スピザーノはneed wantを分けていますが、それって、言葉が、わかりにくいかと思います。でも上記の心境の違いです。ニードは、必死になって追い求めるもの。そうすればするほど、その夢が自分を避けていきます。wantというと、少し言葉がわかりにくい、というか誤解を生む気はしますが、それが欲しいから自然に手を伸ばす、は自然に得ていける不自然さのない静かな余計なもののないただ手を伸ばす姿勢です。心に痛みもなければ(あるいは少なかったり)必死になってそれを願い求める、ということでもありません。ーーーーーーーーーーーーーーーーーー自分自身を学び、本来の力を取り戻していきましょう。自分が本来の自分に戻り、何を欲しいのかをだんだんと明確にしていきます。http://www.acoreading.com
2012.06.15
自分の問題について、「どうしてあの人は、ああなのか?」と聞くときには、ご自身が、「そういう人々を高く評価しすぎている」と思ってください。高く評価しすぎる、というのは、相手が立派な人間であるとか相手を好きだとか、そういうことじゃあありませんが、「相手がいるからこうできない、相手が、、、相手が」というように相手にしがみついていることを言います。それは、記憶の中で、両親がそういう人々の悪口を言っていてそういう人々になるのが怖すぎる恐怖心だったり、両親がそういう人だったので、そういう人になるのが怖すぎる、ということだったり、が裏操作をしていて、とにかく、高く評価をしすぎているのです。その人が、その人による、その人のための政治。みたいに。この際には、そういう相手が次々現れているでしょう?親戚、会社、そしてそういう人々にエネルギーを吸い取られていきます。問題の解消は、「なぜ私はその人たちをそんなに高く評価しているのか=気にし過ぎているのかどんな価値観があって、私は、その人が気になるのかいったい幼少期に、誰の何を信じたのか。」と視点を変える必要があります。価値観、というのは、そういう人が悪口を言うと自分は悪く思われるとかいろんな思い込みのことです。幼少期に見ていた周りの人々は、そういう人たちを気にしながら生きてきました。だから、自分もそれを受け継ぎます。でも本当はそれらの人々にエネルギーを吸い取られる必要はありませんしそうなったときに、つまり自分が穏やかな状況になれば、自分の魂の望みが静かに(かなり穏やかに)叶っていきます。ーーーーーーーーーーーーーーーーー自分の無意識レベルでの,人とのかかわり方を変えることで引き寄せる現象を変えていきます。無意識レベルでの人とのかかわり、というのはその人がこだわってしまう部分と係わりがあります。こだわってしまう事柄をその人は周りに集めていきます。あれ、これってこういうことだったんだ、と目が覚めるような気がして、気にならなくなってほっとなると何かが変わっていくでしょう?そのような経験をしていってください。http://www.acoreading.com
2012.06.15
相談内容ずっとストレスを溜めていたことがありまして、職場で新しく入ってきた社員を無視していました。考えれば考えるほどイライラするのですが「挨拶しない」「何かをきけば は? と言って答えない」「私のところにきて仕事するのですがミスが多く雑すぎて、仕事になっていない」その繰り返しでとうとう、私はパートですし、注意できないので無視してしまいました。無視をするのはすごく、やっている本人は嫌なのですが今仕事をカエル気持ちもなく、かといって、注意もできないし、誰かに相談すると、「社員に注意するのは、それはないよ~」と言ってきました。上司は私の方から少し言っとくよ。と話を聞いてくれましたが、治らず。挨拶もなく人の近くに来ていきなり仕事を始めて雑にちらかして、何も言わずにいなくなるんです。それはやはり人の部屋の中に無言ではいってきて部屋中散らかして、無言でいなくなる。それの繰り返しのように感じます。対応策を日記でみつけてみようとはおもいますが、どう対応すればいいのか・・・アドバイスいただけませんでしょうか。―――――――――――――――――――――潜在意識を動かすって、どういうことなんでしょうか?感情のストレスを取り除く、という言葉に置き換えられるかもしれません。感情のストレスを取り除く、ってどういうことなんでしょうか?今までの反応に、当然だと思う気持ちに、乗っ取られないで新しい選択肢が出てくる、ということです。感情が、過去からのものである、その感情に従うと問題の解決ができないが、今を見えるようになると、問題は解消をします。でも、どうしても脳は、繰り返し、繰り返し、自分の中で出来てしまった枠しか見られないからそれの、解消をすると、その本人が、かなり早期に問題を解決していきます。それで、この方の場合、一見、その人には絶対の真実があるのですがそれは感情です。その強い感情は派遣だから注意ができない、というものなんです。これは、幼少期から出来上がっている、上に逆らえないし怖いし、いやー当然だよね、という感情に巻き込まれてしまっていて物事が見えにくくなっています。この感情を取り除くと、その人は自然と、動けるようになります。方法としては、注意をするのではなくて、自然と楽に欲しいものに手を伸ばせるようになるから、そう行動をするようになります。つまり、潜在意識と、感情の反応のパターンに、注意できないよね、したとしても、変わってくれないよねイライラ、というのにとらわれ過ぎている「何か」があるということです。その人それぞれ、脳が開かれると出てくる行動は意外なものですから、どういう行動をとるかは、わかりません。そしてその人がセッションで変わって自然と問題を解決する方法はさまざまなのでそれをここでアドバイスはできないし、脳が変わっていない以上、その方法は、本人が使えないんですが、たとえば、仕事を楽にして、楽にここと、ここを、お願いしますね。とお願いをして(注意ではなくて)自然と相手にさせてしまう、とかそういうことを、自然とできるようになります。今、脳に引っかかっている、あるいは感情のストレスでどうしても足場が弱い状態なんです。どうしても、注意ができない、イライライライラ、という方にエネルギーがいき、ほらね、変わらないし、周りに話しても変わらないしもう嫌いだよ、という過去から出来ている、自分の中にある感情のパターンに従っているのが今です。注意をするのは差し出がましいし、できない、という流れで注意ではなくて自然と動くことができず、例えしたとしてもほらねやってもらえない、イライライライラ、というほうに行ってしまいます。だから私は、本人の観念を変える方が、方法を教えるよりもラクだ、とは思っています。思ってはいますが、もしあなたが変わったらどういう行動をするか、というと、楽に「欲しいもの」だけを手にするようになる、ということです。おそらくは、「これとこれ、お願いします」というように何度でも無意識に(意識することなく自然に) 言っているつもりもなく相手も注意されているつもりもない間に関係ができているか、自分のしたいように仕事をして、必要なときだけ彼女に注意が向いて効率がよくなるかそして手にしている、というか。でも今お伝えすると脳が切り替わっていないから、だってこれもあれもできない、というように感じられると思うのです。凄く大きな抵抗がわくし、開かれていない脳から見えない事柄があるのです。ご自身がとらわれている、大きな感情、「言えない、言ってはならない、そして相手が嫌い、相手は変わらない」という痛みに捕らわれないように、ということが第一歩にはなるでしょう。痛みに捕らわれると、痛みばかりが再現をします。痛みというのは、イライラですね。感情がかーっと上がって何もできないといういら立ちに自分がさいなまれる状態です。少し、どうして、ではなくて、「どうしたら」に考え方を変えてみてください。時間はかかりますが、そこからであれば、本来のあなたの力を使いやすくなります。どうして、彼女はこうで、彼女は変わらなくて、という場合にはその現状を維持する力が、アッチャこっちゃで、働きます。つまり、その状態が、丁寧にずっと続きます。なぜ?自分がエネルギーを注いでいるから。なぜこんななんだ、あの人はこんなで、という強いエネルギーは今の現状維持のために使われていきます。(嘘のようであろう?でも事実だから)どうしたら彼女を変えられるか、ではなくて、どうしたら彼女がそのままでよくてそのうえで、「どうしたら私は○○という結果(仕事を効率よく、散らかっていない場所で気分よく仕事をするか、といったようなこと)」を手に入れられるか」というふうに、私主体で、私が手に入れるものに、意図をうつし、物事を考え直す必要があります。皆さんは何を手に入れたいかわからないままに、相手を変えようとしています。そしてそれは、過去の、誰かが持っていたりこれが現実と脳に刻み込まれた感情のスタイルによるイライラで、そこに強い感情が沸き、どうしてもそのことしか感じ取れなくなりますが、これが人生を邪魔します。○ 運命を築く方法 その人の中で強い痛みがあれば、それが再現をされている、ということに、 少し気が付いて行ってください。願望(それがないと 嫌だ、という焦燥感とでも言いましょうか)は叶いませんが、意図は叶います。 それについて、今後、情報を提供をしていこうと思います。 次回のレベル1では、呼吸法も取り入れて、より自分の願望 をただしく叶える自分になるように、という取り組みもしていきます。 レベルが上がるごとに、自分が手に入れる、ということについて学びます。 現在レベル6以上の方々についても、これらを学んでいきます。http://www.acoreading.com
2012.06.13
キャシーさんのブログで芸能人の悪口に関してあったかな?と記憶にあります。見つからなかったので質問しますが、やたら芸能人の顔やスタイルを批判する人の心理は何なのでしょうか?(ある方は、とても良い方なのですが、その人から)悪口や批判を聞かされるのだけ、ちょっとな…。と思います。関係ないかもしれませんが、彼女はずっと独身で彼氏もできないらしく、いい部分もたくさんあるのに、そこは残念だ…と思います。私は(家事はできるのに、)嫁に行けないなんてって気持ちもあるみたいです。ダイエットするといっても、何年も極端に太ったままです。個人的には料理は適当でも、まず痩せて綺麗になるのが先って思いますが指摘するほどの仲でもありません。とにかく、芸能人批判が物凄いんですが、何なんですか?可愛い子の性格まで分析してひねくれた事を言ったり、可愛いですよね。と言っても、でも肌が汚い、とか、性格悪そう、とか整形だ、とかキリがないんです(笑)まず、人の悪口をどうしても言ってしまう場合には、自分が、自分らしくまだ生きていない、と思ってください。もちろん、「ある部分は」その人たちに達成をしていることがあり、確実に立派なお仕事を成し遂げていることでしょう。でも、自分の中で解放をされていない部分、例えば自分らしく思いっきり楽しいことをして生きる部分が、他の人、特にお母様や、お父様だったら、こう非難をするからそういう人々を避ける、そういう人々に注目されないように、という想像のもと、「こう言われるし、ああも言われる、だからやめておこう」としているところがあり、そうしていると、やたら他の人の細かなミスが気になります。でも、もちろん、そういう部分があると、人生に全然関係がないところで滞りがでます。いろんなことが派生的に起きることもありえます。仕事が面白くない、というようなことも含まれるでしょう。体重については、太っていることは、必ずしも悪いことではありません。体質もあるし、例えば、霊的な事柄に関心がある方々の場合、どうしても体に肉を蓄えるという特徴がありがちです。繊細なご自身の部分を、守っているのかもしれません。だから、良い、悪い、ではないんですが、自分は、こう生きたら批判をされるからこうとしか生きられない、と思っている部分があり、そこの解放をしないと他の人に捕らわれるようになる、何だか、カチンとくるし、間違っていると思えるしということが起きてきます。その、かちん、嫌だな、言わないともう気が済まない、という気持ちは、自分の中で何を押し殺していますか、という問いかけでもあるのです。でもこれは、悪口を言わない人が良いのではなくて、悪口を言う人が間違っているのでもない、ということも、重要です。この地上ではそうは教わらないので、とても考えにくいことなのでしょうけれど、良い悪い、というのは、天の法則にはありません。ただ、その人は悪口を今は言いたい、いろんな事情で、その人は言わない、という違いがあるだけなんです。その双方も、人としての価値は同じであり、とても価値があるものなのですがこれが本来の霊的な、というか、正しい物事の見方でもあります。こういう人は、高い、低いと考えると、どうしても高慢と自己卑下を生みますがこれは誤ったベースの上で物事を論じているからでもあります。また、愛の本質がまだわからないからでもあります。赤ちゃんと老人とどっちが偉いか、というくらい、くだらない問題なんです。老人は老人としての状態があるだけで、赤ちゃんは赤ちゃんとしての状態がありますが双方とも、その人であることに、変わりはありません。それと似ていますね。少しわかりにくいと思うのですが言いたいことは、悪口を言う人はダメだし、霊的に低い、ということではないんです。太っていても全然かまいません。ただ、状態として、いろんな相手に悪く思う、としたら、自分がそこで突っかかる何か、を生み出す現状があります。そうして、その人が生み出す現実や、今のその人のその状態があります。また、法則として悪口を言う、ということは、自分の、何らかを、解放を出来ていない部分があるわけだから自分が何かをしようとしても批判をされるな、と身構えて無意識に何かをしようとするよりも、何かをしない選択をしています。発展もしないし、つっかえるし、楽しくない部分もあります。そのため、苦しいし、身体にもいろんなところで、障害が出ます。事実、生き方に気が付いて変わっていくと、体調がよくなる方は多くいて。簡単に言えば、自分らしく生きられない、ということです。自分らしく生きたら、こんな風に言う両親を見てきた、同じような目、親に悪口を言われる側の人間にはならない、という誤った扉を開いて生きなおすことが必要になります。その閉じた扉があるのであれば、自分らしく生きている人々を応援できないし、カチンと来ます。そして、何もかもが目につくのですが、おかしなことに、これらのいろんな問題を整理する過程で、付随する、たくさんの関係がなさそうな問題が解消をしていくことはありますから・。自分は自由に生きられない、だけれど、完全であればそういう人であれば、親から逃げられる、だから完全な人を求めるようになり、完全ではないものは、全部没になります。怖いのです。完全ではないことが。完全であれば、悪口は言われないはず、だからそれ未満を許してはいけない、ということにエネルギーが使われると、もちろん、真の意味でのその人の魂が目指していることは、とてもしにくくはなります。その状態は悪くはないけれど、変えたら、全然関係がないよう出来事にも、変化もある、ということです。太っている方の心理は一つではありませんが、それに、太っているのが嫌でなければ、何ら問題はありませんが、嫌でもそうであるのであれば、自分らしくなんて生きられない、自分は非難されるよねこんなの嫌だ、醜いし、でも非難をされるよね、嫌だ逃げたいみたいな心境があると、本当にその「体重に」とどまります。自分が嫌だな、と思うと、人が、自分に禁じていることをしているとやたら目につきます。完全ではないものが許せなかったりもします。でも本当は、自分が嫌なのです。ですが、それだって、今バランスを取るために必要なことである場合もあるでしょう。すべての状態が、悪ではないのです。今のその人は、そのままで、バランスが取れていて美しいのです。ただ、こういうことがあって、だから関連がないようなここにも波及をしていることがあり、変えることもできる、今までの状態でいたい時期があってもよいでしょう。変えれば変化は当然起きます。どちらを選んでもいい。その人が本当に選びたい時期に。
2012.06.12
掲示板で以下のようなやり取りがありました。無愛想な彼突然すみません。煮詰まってしまって。。。機嫌の悪いときに、思いを伝えてもよいのでしょうか? ジムに通っており、そこで知り合った人を好きになりました。いろいろとお話しできるようになったのですが、ここ最近は、無愛想なんです。以前もそうでした。その時は、私も距離をとったら、向こうから話かけてきてくれました。今回・・・私は、またかぁーって。いつも私の恋のパターンです。 このまま、相手は機嫌が良い悪いを繰り返し、私はだまって何もなく私の方から接することばかり、それを繰り返して 結局私が疲れて。。。何もなくおしまい。 いつも、親しくお話した後に、こういう状態が着ます。 彼は、そんなに女性との接点はないような・・・。 1年前の2/14日のVDは、友達ぽく、チョコを渡しました。そして今年もチョコを渡したかったけど、無愛想な期間で・・・。 その後は、また親しげにお話をしてきてくれ、今に至ります。 私はどうでればいいのか・・・。もしこの恋はダメなら、気持ちだけでも伝えたいなぁーって思いが募ります。 今は、2012年3月5日の“思わせぶり”を読んで、もう少しアプローチをするか告白をしてちゃんと現実をみるべきなのでしょうか? 先生の本を読んでワークして、ブログを読んで・・・でも煮詰まってしまって。思わず、書き込みしてしまいました。ーーーーーーーーーーーーーーーーーで、課題、なんですが、恋愛感情をなしに、会話をすることを学んでみてください。あなたの場合、「親しく話をする」ということが恋愛をする、一つのキーポイントのようです。親しく話をされるとうれしいし、だから、恋愛になってしまいます。何だか、話をされると、特別に自分が大事にされていると感じられるんですね。だとしたら、凄く楽しそうに自分と話をする人に恋愛感情を持たれたい、そしたら幸せをわたしは感じ取れるから、ということが目標にはなっていくでしょう。繰り返されている、とのことなので、そういった機嫌が悪い人が家族にいたりして選んでいるのかもしれませんし、そういう人たちが話をしてくれると余計にうれしいのか、とにかく、話をしてくれる、ということが、大変にうれしくはあります。でも、大事なのは、こういった楽しいという感覚を今は練習として、たくさんの人々とも分かち合うことです。話せ、ということではなくて、いじけるな、ということですね。相手からしてもらえないといじけるダメなんだと思わず楽しくいられる方法は?こうであれば、波動がかなり上がっているので、違う局面も出てくるでしょう。ようは、相手からを待っていて、相手がすごく話してくれると凄くうれしくなってしまって、特別な感情を感じるから相手もそうだ(自分を大事だから話してくれている)と思う、ご自身が話をされるとうれしいから相手もそうだと期待をするわけですよね?まっていて、相手からなんでもしてほしい、相手にあまり積極的に行き過ぎる、という恋愛ばかりをするのではなくて、他のお友達といて、相手から、と、待つのではなくて、楽しくなれるという工夫は、楽しい相手が本当にあなたに話しかけたい、という意図を持ってもらうのに、大事なことになるでしょう。また、その好きな、相手にとっては、話をする、ということはもう少し気持ちが抜けているもののようです。話をしたい時に身近にいる人と気楽に話をするでもそれは特別なことではなくて、だから、無愛想なわけではなくて普段は自然に自分のことに集中をしている。これって面白くてね、自分と相手が付き合うと、無愛想なのなぜ?と聞くと、全然そんなつもりはないはずです。相手に聞いてみると、無愛想の自覚さえないこともあるでしょう。だから、自分も踊らされないほうがいいよ。自分だって自由に話せたり楽しかったりこだわらなかったり、できたほうがいいよ。それと、時としては、特別な感情を持たれても相手も困るので、無愛想になるのは、ここまでだよ、と教えてくれるということでもありますから。告白については、してもしなくても、どちらでも大丈夫です。大事なことは、自分がどちらのほうが前向きに先に進めるか、執着をなくしたりこれを学びとして本当に欲しいものに気が付いてそれに向き合えるかです。言った方がああ本当に違ったとかやってみてよかった、とか、思えたり、可能性にかけて頑張れた自分を誇りに思えたり(それに相手も気に入ってくれることも万が一あるかもしれないし)頑張って手に入れば、それもまたよし、だし。というのであれば、次の恋愛が、あるいはこの恋での成果が早く現れます。でも後悔をしやすくて、恥かしいという思いが自分で整理ができずにいそうでずっとくよくよしてしまうのであれば、ご自身で判断をして、このまま時々話をしてくれる友人と割り切ってしまうのも上手な恋愛です。そしたところで、本当にあなたを好きだと、進むし。違うなら、徐々に相手を見ながら、気持ちが済めばふと他の人が現れます。どうぞ、ご自身でかしこく選んでみてください。要は自分の幸せは、自分でしかわからないから自分で作りだすということなんです。面白いでしょう?愛情って、あれば皆感じると思います。でも愛情を感じるポイントは、個々人違うのです。だから、自分がしてほしいことを、相手がしてくれると、相手に愛情を読み取ります。相手が自分に関心があって特別な人だと思います。ということは、それは逆にも使える、ってことでもあります。でも無理しないでね、自分が自分でいたらそういうことは自然とあるんだから。もちろん、全部共通のものもあります。でもその人にとってとても大切なことが満たされていないと人はそれを恋愛で得ようとします。
2012.06.05
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