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近年、一つの質問からどう深めていくか、ということも例として挙げたかったので、質問をして回答をし、というのを繰り返しましたが、今後はまた、ラフに答えていこうと思います。そのように、一見質問があっても、その裏にはいろんなことがあるということでもあります。で、恋愛相談ですが、>その喪失感もあるからなのですが、でもその人との楽しかった感覚もあるので、誰かとまたそんな関係を築けるといいな、と思っています。これはとても良いです。>それで、たとえば、まだよくわからない人、>もしかしたら遊んでいる人かもしれないけどちょっと気になる人、既婚者だけど海外に住んでいて、自分的にはちょっと惹かれるところのある人、そんな人達と、あまり考えすぎずに(今までの自分は最初からいろいろ考えすぎて、前に進もうとしなかった)、関係をすすめてみてもよいでしょうか。大事なのは、フットワークの軽さです。変な言い方だけれど、それらは恋愛にならなくてよいのです。でも同時に自分を傷つけるほど、深入りする必要もないし。どうしても滞る、というのは、何らかのしがみつきがあるからです。もうどっちかしかないし、決めたらそのまま行こうとするし関係を進めてみてもよいのですが、ふと違うな、と思えばそれをすぐに離れるというのがものすごくいろんなものを引き寄せる力になるんです。でも皆さんは、この一個、これがなくなると、というふうになっていてそのためにそれにしがみつきどうにもならないと何もない、というようになりがちです。ただ、みなさんの学びとして、一つの恋愛をとことんやってみてああこれは違うんだ、こういうのだと進む、といった経験を持つことが大事なのでそうしてよい時期がありますいずれにしろ、とても大事な羅針盤は、心です。心はとても正直です。また行動は正直です。ですが、「考え」はウソをつきます。たとえば既婚者の人と一緒にいて話をすることで自分の恋愛の気も上がることもあります。その人が女性として認めてくれることで、自分の自信がついてほかの人とも恋愛が始まることもあります。でも、心と行動はウソをつかないので、その人といて、その人が奥さんがいたりたとえどんなに大事にしてくれるようでも自分が不満だということは、その人は答えではないのです。それを無理して無視して、だってあの人はこうだから私がこうなれば、もっとよくなるはずというように、自分の行動と心に頭が嘘をつけば、精神のバランスが崩れていきます・頭はウソをつきますから、彼が愛してくれないせいだ彼が離婚をすれば、などいろんな理由を勝手に考えます。でも、実際には、なんだかウキウキしない部分があれば、奥さんがいる人と一緒にいると自分には壊れる部分があり、離れることを示していることもあるのです。もしその人が、そういう人といても楽であり本当に恋愛をしたいだけで、だれにも迷惑をかけるつもりもなくそして自分が本当にいろんなものに前向きになれるとかであればその人の中でその関係で何かを得られることもあるのかもしれません。でも通常は、ネットで不倫と二つが重なればあまり楽しい未来は予測ができないです。そのように、自分が気軽に、この人といると楽しいこの人といて今は距離が必要、ということは恋愛になる前にたくさんの人としてもよいのですがでも一つにしがみついたり、得られていないものがあるのに無理をしてその人と(さびしいから)くっついたりするのではなくて心が教えてくれる、もっとこういうのがいいこういう楽しさがあったとしても、新たにこういう要素もある人というように気軽に心が動きが取れる方がとても(新しい未来への展開が)速いです。言っていること、わかるでしょうか?自分が軽く(というのはいい加減、ということではなくて、一緒に話をしてみて楽しい、帰れるときに帰る、話をするときに恋愛ならば話をするけれどそうじゃなきゃしない、ということではなくて人と人として楽にいられるということ)いれば、動きが早ければ、未来は早く展開をするということです。ほかの例でいえば、遊んでいるのかなーと思う人とも会うことがあるとしてもその前ではわからないんだから考え込んでもしょうがないです。でもっちょっと話をしたりして、それはただの偏見かもしれないし本当かもしれないし、ちょっとこれ、嫌なんですがーと思えば今日はごめんね、で帰ってしまえてその人はもう気にしない、無視もしないけれど、追っかけようとも自分が悪いとも直そうともくよくよ分析をしようとも思わない、でもこういうのは嫌なんだな、と気が付ける人ならばいろんなことを同時に経験をしていくエネルギーを持っているんです。恋愛を引き寄せにくいのは、怖がっていて完全を待っている人々です。あるいは最初から完璧なものではないと怒ったりする人々です。これらが起きるのは、あまりに恋愛が怖いために、完全であるかあるいは不完全でも認められずに愛してくれるはずなのにとなるかというしがみつきを生みます。完全ではないものが来れば、それはそれ、で、でももっとこういう人がいいなあ、こういう関係がいいなあ、でそちらに楽しめる人はそうなるし、どうしてこうなんだろう、何が悪いんだろう、どうしたら変えられるんだろう(相手か状況を)とその人と状況にしがみつけばつくほど相手に恋愛の芽があればまだいいですが(でもあったらそんな事考えなくてもチャンスがやってくるので、話をしたり手を握ったりできていくし、オー進進と思うことがあるし。)ないのだと考え込む方にエネルギーがいきます引き寄せるのは、ないじゃんだめじゃん、と考えている以上ないじゃん、だめじゃん、という状態とものになるしその人との葛藤になるし、自分のあら捜しを続けます。まとめると、だから、あなたがこんなの楽しかったなーと思えるのは良いことです。そして、今後、頭で考える必要はないけれど同時に、違うなと思えばこちらも頭で考え込んでしがみつかずにいてください。それらの人々が違うなと思えばそれを少しほっておいて、同時に進行をするものを待ってください。いろんなことが流れていくと、残るものが残ったり縁がなかったのが縁ができてきたり去ったものが何年後かに声をかけてきたりいろんなことは起きえます。でも起きてもそこでそれにしがみつかない、そうするとなんだか手に入っているものがあって、あれあれ、ということに。ーーーーーー自分の中にある罪悪感のプログラムすなわち自分はどんなに足りていないのかそれを補足しようとする欲求をきちんと見直し本来の力あるあなたへともどしていきます。http://www.acoreading.com
2012.10.31
ほかの方の参考になると良いと思うのでいろいろ会話をして、だんだんと現れてきているものがあるので少し話をさせてください。先の会話は、すべてここを掘り下げていくためのもので、対面のセッションではかなり深い自己の本質を見ます。メールカウンセリングでは、まず問題を解決できるように下記に伝えるような、ご自身の中で起きていること、相手とのすれ違いが起きる原因や、自分の癖でしていることをもっともっと深めてみることが多いです掲示板ではこのやり取りの最初のように、その人に何かをぶつけてこれはこうじゃない、これは当たっている、と読んだ本人の中にただ、これは違うなあこうだなあ、という、何かを感じるほんの入り口のきっかけを与えるにすぎません。これらの文章の最初のほうは当たっているのではなくて何かをぶつけて、そこから沸き起こるその人の中の反応によって初めてその方の中の入り口の一歩に入れていきます。ここから嫌なことがわかり、最終的にはその人が求めているものに行きつきます。そしてほしいものに一致をしたときに、いろんなものが氷解をします、というところまでセッションではもっていきます。まずは入口の入り口ですが、>持っているものに関して、何か言われることはありますがそれは、かわいいね、いいね、とか、どこで買ったの?など後ろにつくとしたらそういうたぐいの言葉ではないでしょうか?(ごめんなさい、ここは私は正確に読み取れなかったのですが、というのは人によって以下の3つの意味があるからです。そういう類の言葉を言うのが、常識で、適切で、普通だ、と感じている、と、いうこと?それともあなたが推測をするに彼女はそう言うだろう、ということ?あるいは事実、彼女がかわいいね、いいね、と言ってきて、それも下品だと感じる、ということ? ここにはお答えいただかなくて大丈夫ですが、少し本当はここらへんも明確にしないと映像がでないので、そこはちょっとあてづっぽうになります。)>自分を面白く思ってない=そういうことを言ったからというのではなく、ニコニコ笑いながら、沈黙が何秒か続き、明らかにこちらの言葉をただ、じーっと待っている感じがすごく嫌でした。しかも一度ではなかったので、彼女も度々、私が不審な顔をしたのをみたと思うのですがそれでも、同じことをされるのが嫌でした。先に、ご自身の感情を知り、それに巻き込まれないことが大事だとお伝えしましたが、そうしないと相手は絶対に見ていないという話をしました。これは国対国の関係でも現れます。お互いにお互いに対する感情があれば相手を大きくあるいは怖く見すぎていて、正確には読み取ることはできません。この人との縁を切ることが悪いことではなくて相性が合わないのだから切ってそれは正解なのですがただ、参考のために、感情に巻き込まれない、という方法についてお伝えしていきます。つまり、(ここも少し適当になりますが、掲示板の反中なのですみません、メールや対面ではもう少し正確にきちんとしていきますが)お金の話、というか、これができていいね、とか、稼げてていいね、という話をするのは下品で、沈黙をするのが嫌だ、ということで、これで彼女はあなたのことを面白くない、と判断をしていて、でも実は、この彼女の行動を嫌なのは、あなただ、ということなんです。いい悪い、ではなくて、あなたには常識でも、これらの判断も自分が好みでしている、ということを知っておくことが大事です。もちろん、あなたはほかの人にお金のことを話をしないというのは良い判断です。でも、常にそれをしないことが上品というのも一つの思い込みでもあります。あらゆる人々が、自分が感じていることを相手がしていると思います。でも彼女がしているのは、お金の話をする、あるいは、こういうのっていいね、やこんなのできていいなあ、と言う、そして会話を待っている、あなたが不審がってもそれには反応をしない、ということだけが、事実です。そこには彼女の生い立ち考え方があります。動機は彼女の生い立ち上、あなたが考えるものとは全く別のものです。お金の話をするのは下品ではなくて人とつながれることなのかもしれませんし(よい悪いではなくて、彼女にとっては価値観が違うということなんですが)会話をして、こうなの、と聞いて会話が続かなくてもにこにこしていてよい、という何かがあるのかもしれませんし、不審がっても無理に察して何かを話しかけなくて良いという彼女がいるのかもしれません。どちらが良い悪い、ではなくて、それらが違う、ということなんです。でもこちらではないと嫌だ、というあなたがいるのも事実です。こういった行動の裏側に彼女にも、感情は確かにあるでしょうけれど、もし、あなたが、自分が嫌なんだ、何かこういう不快なことを言われて相手から言葉をつけたすべきなのに、何も出ないでなんだか居心地が悪いのが(でよいでしょうか、ここも正確ではないですもう少しあなたと話をしないと)不快だ、というのがもしないとすれば、事実がわかっていくことがあります。あるいはじっと見られていると、対話というのはいつも心地よいものであるべきだという思い込みが働き、自分は不愉快ではなくて快活ではないといけないような嫌な気分になるのかもしれません。ひょっとしたら、何か嫌なことがご自身のあるのに、ニコニコ笑って待たれていると(相手にはそれは負担ではないので)居心地が悪く、相手は●●だ、と考えることがあるのかもしれません。嫌なことがあるともう少し話し合いたいのでしょうか相手から言葉を足してほしいのでしょうか、自分が不愉快なものを明らかにされたくないのでしょうか、じっと見られたくないのでしょうかここはわかりませんが何かが働いているようです。最初にお伝えしている、自分の感情をまず自分のものとして見るというのは、こういうことなんです。ここまでをきちんと明らかにし自分をちゃんと認めていれば、認める、というのはそれらは自分の価値であり判断であり感情でありそれらはあってよくて、でもそれに巻き込まれないで外側に置いておく、それらがすべて真実という上に立たないという意味ですがそれらを切り離してみた時に、初めて相手がわかります。最初のご質問は確か、相手はどういう動機でしているか、なんですが自分がどうして嫌かを取り去らないと、相手がそれを自然と思っていても大した動機ではなくてしていても、それがわからないことになります。ということが、大事な関係性でも大事になります。なぜこんな話をするのかー。つまり、人は自分の判断でしか生きられず、相手は別の判断価値観を持っています。その参考のためです。ここは大きな問題ではないので、全然あなたのままでかまいません。ただ、上記のように見ていく方法もある、ということです。そして大きな問題であればあるほど上記ができないと自分が混乱に巻き込まれます。そうして今、私たちに求められているのは、自分自身をきちんと感じ取ることと、そして人と別に分かれながらつながる方法を見出すことです。世界の誤解は、あらゆる不一致は、自分の感情を相手に見てしまうことにはじまります。それらはあらゆる人々にある事柄であり、全然悪いことではないのですが「今ある問題」の陰には必ずこの事柄が関連があります。自分の判断基準価値に惑わされなくなったときには脳の中が整理をされていて、体調もかなり整います。というのは判断やべき、といった事柄は、相当に重たいからです。セッションで、自分の整理をしていくと、若返る方も出てきて事実人から若返ったね、と言われる人もいるので、これは本当に興味深いです。自分が自分を価値で縛り、本来の自分でありながら自由に得たいものを得ていないときというのは、相当に負担はかかっています。
2012.10.31
相手との価値観の違いって、どうにもできないのでしょうか。私の彼は、共働きの家庭に育ったため、奥さんが働くのは当たり前と思っているようです。定年は何歳?と聞いてきました、対して私は母が専業主婦の家庭に育ってきたためか、奥さんの収入をあてにされるのはどうも嫌です。私が働きたくないわけではなく、男性は基本家族を養って行くという気持ちでいてほしいんです。頼りなく感じるというか。相手が私を選んだのも、私に手に職があるからかな、と思わせる発言をよくしますし、嫌だなと思います。ここのところ、ギクシャクしてしまっています。価値観の違いってどうにもならないのでしょうか。-------------最近、経済が不安定なので、女性にも働いていてほしい、という男性も増えてきてはいます。要は天秤、なんですが、双方ともに譲れない物があるとします。その場合、結婚をそれでもしたいかどうか、に最終的にはなっていきます。相手、あるいはあなたが、それがダメならば結婚をできない、ということもありえて、その彼にしても、仕事をしている女性ではないと、結婚をしないという選択肢もあるのかもしれません。でもそういうことは些細なことで、二人がもめてはいても一緒にやっていける場合には、きちんと自分が結婚をしたいがために、そこを譲っているんだ、という自覚は必要になります。あるいは、二人が仲良くすることを目的にして些細なすれ違いに目を向けないことが重要です。ではないと、自分が結婚を選んだのを忘れて自分が不幸なのをずっと相手のせいにするようにはなります。そのため、そのことにこだわりすぎず二人で一致できる点を探して、良い生活を築いていってください。大事なのは二人で良い生活をすることです。ただ、あまりぎくしゃくをしてしまうのであれば結婚が決まったとしたら、あるいは結婚を考えているとしたら、きちんと話し合った方がよいでしょうね。彼もはっきり言うのを避けていて、あなたもはっきり言うのを避けているかもしれず、そのためにお互いにイライラはしています。たとえ通常は結婚に差し障りがないとはしても、双方が絶対に価値観が違っていて、話し合うとそれが明らかになるリスクがあるとしてもこういう理由で養ってくれる男性ではないと不安だという思いなどを、彼にしたら、結婚後どのくらい働いてほしいのか、ということなどをちゃんと話をしておかないで大事なことをごまかしたまま結婚をすると、結婚後、相当にひどく、もめます。お互いに恨みになることがあります。ーーーーーーーーーー自分の中に答えはあり、それはとても明確です。それらを出していきます。http://www.acoreading.com
2012.10.30
夫に腹が立つ。相手を分からせようとするのが誤り。ようやく問題が姿を現してくれたのですが、思い込を解決するのは、セッションでは、あなたの「伝わらない、伝えないと自分は何もできない」という思い込みを解消をします。伝わらないから、このなにもできない感覚、というのは実は伝わらないから何もしなくなってしまうんです。伝わったら自分が何かをしようという姿勢になるし。でも本当は、ご主人はご主人でわからなくてよくて、「ねえ、手伝ってくれる?」「あ、駄目なのじゃ今日はいいや」と掃除をして、また次の日に気軽に手伝ってくれる?と言えたりしてそうするとぶつぶつ言いながらも、相手は動きます。何が起きているのか?信頼をしている、自分を。伝わらなくてよくて、気軽に伝えてよくて、そして相手がダメでも自分がまたひきこもらなくてよくて、その気軽さを相手は愛と感じるのです。今日は疲れたから寝るね、相手がぶつぶつ言っても、うんでも疲れたから、(おしまい)で寝てしまえて相手がわかってくれない、嫌だ、という重たさがないと相手もあら不思議、心を開いていきます。でも、伝わらないと、あなたがわかってくれないと、私はできない、あなたがわかってくれないと、というのがあると無意識に何をしても、結局は相手に分からせようとしていてこれはお互いに正しさ競争になります。自分が正しいのか、相手が正しいのか。相手の言うことを聞けば自分が蒔けた気になり、相手は相手で同じように負けたくない。何か話すたびに、相手に分からせようとしているわけです。ここが誤解。相手は分からなくてよい、そして自分がそれでも自分のしたいようにしていて、できたよ、ありがとう、というのがない限り相手は分からない、無理。相手がわかってくれないと自分が楽にならないなれないというように相手の事に目が行き過ぎていると、相手が逆らいます。で、解消しないとならないのは、相手をわからせなくてよい、ということです。相手を分からせなくても一致ができる、うんいいよ、と言える、ということなんです。あなたは、とてもおびえていて。相手が違うとまずいと思っていて表面上合わせるか、あるいは、言い聞かせるかの二つしかないんだけれど、遅かったね、大変だった、ほー、そりゃま、大変でしたね。そして私は楽しかったよ、というように、二つを分けて考えられる能力。自分は自分でいていい。という許可です。伝わらなくてよくて、うん、私はこうなんだ。あなたはこうなのねとほっておける許可です。相手が相手のままでいてよいという許可。そして自分も自分でいてよいという許可。深いレベルでこれが出来ると相手も変わります。相手と話し合いで分かる部分何てほんの表面。皆ここばかり目指すけれど、そして必死になってかえってすれ違うけれど、個性が互いに違うのだから本当に分かり合う、というのは、その欠点や違いを受け入れて全然違うのに一致を出来るレベルなんです。ーーーーーーーーこれはものすごく面白いことなんですが、その人の中にある戦いが、人への戦いとなって出てきます。その人の脳の中で、一つの事が正しくて、片方の自分は受け止められず片方の時分だけが受け止められるという部分があります。その部分を調和をさせると必ず人と調和をしていきます。自分の部分の中で、「こういう私はいいけれど」「こういうのって受け止められないから」みたいなのがあると、相手にその部分を出させないようにしようとする力学が働きます。自分の中の不一致をただすことで、周りを変えていく、というのはとても面白いことです。http://www.acoreading.com
2012.10.30
実は自分が楽しませられない、という思いでさえ、私のセッションではもっと深くに入ります。これは、もっともっと深いレベルでは、うまくいっていないような自分が分離しているような、気持ちの不安定なというか、そこの部分の整理をします。するとその思いそのものが、解体をしていくことがしばしばあるからです。その、自分がダメなんだという思いが解消をしてそして望むものを望めている状態が、過去の悲しみにどっぷりつかっていなくて、今、にいる状態です。自分の厄介な引っ掛かりごとに引っかからず楽にいて、何も気にならず、自然体でいて日々を過ごしています。あなたは、前のご結婚で、まず、自分は人を楽しませられないというもともとあった不安感があって、それが離婚によって、強くなっていることそのために、とても消去的に心がなっていることこれは心が、だからね。態度はどうでもいい。態度は積極的かもしれないし、一生懸命やっているかもしれない。でも心がすぐにいじける、というか、引きこもってくよくよしだす癖が出来てしまっていることもあるでしょう。例えば、自分が楽しませられない、という人がいて、その人が積極的にした、としましょうか。でもそれでも心の一部は閉じたまま技巧を使うわけですから、負担が大きいよね。何か相手が、楽しそうではないとまた恋愛がダメだ、とすぐに予測をするわけでしょう?何かあるたびにああ、駄目だった、とダメだったほうに全部気持ちが行くようになってしまっている。例えば自分は楽しませられない、という不安がないとしてその人が逆に、消極的にしている、としましょうか。それでも、不安がないから、人の話をよく聞いていたり聞いていないで飲んでいてもどことなく幸せそうだったり、相手が少し話しかけてくれなくても、その人とも自然だし。というのは、自分が楽しませられなかったんだ、というガッカリがないから。そんなこんなで、天然で可愛がられたり、という事が出てくることもあるでしょう。そうしてその両者の大きな違いは、恋愛の過程で当然ある相手と上手くいかない時期が、負担か負担ではないか、という違いです。一個一個の恋愛が下の方であれば、全然負担にならずに次々同時進行で、人との会話を楽しんでいるわけですが上のほうであれば、同時進行何てできない、一個一個考え込むし一つ一つダメなことがあるたびに、何故ダメなんだろう、何故なんだろう、とダメな方に全部気持ちが引っかかるのです。これは思う以上にものすごい労力。それにあらゆる引き寄せのエネルギーの力がいってしまって余力がない状態なんです。気持ちがダメなんだろうと考えるとそれに引っ張られるし進みが悪いし引き寄せにくい。でも自分がダメという体の感覚がなければ、何か望ましくない状態でも、ああ、こうなったな、と1日2日は沈むけれど余計な自分の感じ取り方の癖がなければ、またその翌日からは普通に考え込まずに楽にいられる違いです。このことがあると、物事の速度は相当に違います。だから「何をするか」「態度を変える」ということではなくて、その人がどうあるか、心の中が、という事が大事だ、というのが、ACRでの考え方です。楽しませられない、そしてダメだ、というもともとあった思いがあるために一つ一つの出来事に深く考え込みすぎてしまう。頭で考えなくても、心がとても寂しくて、一つ一つの出来事にひっかかりすぎながら一生懸命前に進もうとしている、という状態が今です。そしてずっと考えている。自分は何がダメなのか、ああやっぱりそうなんだ、というように、ずっとここに入り込む。自分を守ろうとする。傷つかないようになる。そうして潜在意識未来が良いものがなくても、もう傷つかないように、駄目なんだと引きこもる方を選択をし続ける。理屈で言えば、そしてこれは事実なんだけれど、あなたがもし、私は人を楽しませられない、という不安定なもともとあったものを解消をできた、としましょうか。また人が周りにいることになる。楽しんでいることになる。自分も楽しんでいることになる。でもそう変わっても、すぐには相手は現れない、でも大事なのはその人のあり方は安定をしているからそのままで、いられる、ということなんです。そうして人との交わりをしながら、2年もたてば、なんとなく縁みたいなものができていたりもする。良いかな、あなたに縁ができるのは、たった一つのこと、たったひとつの課題、あなたにとってとても行きやすい方向だから私は楽しませられないんだ、どこかがおかしいんだ、という考え方をやめることなんです。これが癖であって色んな出来事があっていいんだ、大丈夫なんだ、と受け止められて安心をしている時間を長くすることなんです。私は人といて楽しむこともできる。こんな小さなことだけれど恋愛にすぐにつながらなかった、でも私は恋愛をしたいそしてその思いを持ちつつも、豊かに持ちつつも、私は楽しんだし、今日は小さなことだけれど楽しませることもできた、本当にそれを認めて認めて、その場にいることです。揺るがず揺るがず、おびえず、すぐに良いことがなくても。恋愛にすぐにならないよ?3か月まず続けてみるかな。そしてそこで人と交われて、なんとなく早い人だと恋愛っぽくはなるよ。でも、もう少し続ける。1年くらいだと、良い感じの人がいたりして、凄くうまくいくのに、失恋する経験とかあってもいい。それから上手くいくと、何だか男性が何名か声をかけてくれたりする。そう言う状態になれてくる。それでも続けることです。というのはここはあなたの人格にならないとならないからです。戻りやすいのは、すぐに恋愛にならないと、すぐに戻ろうとする力学が働くことです。すぐここの癖に支配をされやすい。年齢が上がるほど、そちらに引っ張られやすくなる。でも人格になるとその時にはほかの事がおきます・自分のせいで、自分は誰も楽しませられないほらねほらね今日もダメだった、明日もダメかもしれない、貴方を傷つけ、そして得させなくするものは、この感じ取り方そのものなんです。ここが事実と誤認をされる部分でありここが、潜在意識と呼ばれるものであり、ここがあなたの行動を決めるものであり、ここがあなたの人生の整理する課題でもあります。そしてここが、過去の、あなたの哀しみと繋がって癒しを必要としている部分でもあります。それは本当は事実ではなくて、記憶の中にある悲しみや怒りなんです。そうなんだ、自分って足りていないんだよね、という自分が一つにつながれない違和感でもあります。根底の所からの癒しをしていきます。http://www.acoreading.com
2012.10.30
恋愛ができなくなった、あるいは両想いになれなくなったという相談をいただきました。関係性の中で、恋愛を全くしたことがない方、というのは気を使います。というのは、恋愛の体質ではないために「それ」を起こしていくことは少し手間がかかります。でも本当に幸せになってほしい、というか、少なくとも恋愛はしていってほしいな、と望んでいます。それに、そういうことが起きていることは事実です。さて以下に相談内容です。―――――――――――以前は恋愛していました。といっても、お恥ずかしい話、もう10年くらい前までの話です。それ以前に、結婚していたこともあります。でも、最初の結婚は国籍の違う相手で、お互い若く未熟でした。その後の相手は、ちょっと特殊で、嘘をつかれていたことがありました。恋愛という部分だけで見ると、相思相愛にはなっています。でも、人と人との繋がり、という部分では、つたなく、成熟したものではなかったように思います。最後の恋愛で強烈な体験をしたため、その後8年くらいはひきづられていたように思うのですが、今はもう、そのせいではないように思います。うまくいかないたびに、自分は人を楽しませることができない、つまりは自分が楽しむこともできていない、自分は人を引き付ける何か欠けている、というような思いにかられます。年齢のせいにしたくなるときも正直ありますが、年齢がいっていても魅力的な人はたくさん知っているので、年齢だけではない、自分の責任だと思います。なんだか、何をしてもダメ、何もしないで自然に任せていてもダメ、これ以上どうしたらいいんだ、という気持ちになります。今回の人は自然にしているときに、普通に知り合い、徐々に好きになりました。この人と恋愛になるんだ、と思うと楽しい気持ちになれたし、昔の感覚が戻った気がしました。でも、やっぱり何かが違ったようです、なんだか思うようには進まなくなりました。相手には相手の気持ちも事情もあるのでしょうが、私にとっては、またダメだった、やっぱりまたこのパターン、いつもうまくいかない、と、よく馴染んだ気持ちを味わってしまいます。多分、私の「何か」がいけないんだ。何かって何だろう?に思考がいってしまいます。ちょっと経歴を話しても、いいかな?私のセッションにとてもヒントになったのは、スリーインワン、というところからの学びが大きいです。そのほかにも、この、スリーインワンが取り入れている考え方、前身である、タイムラインセラピー、キネシオロジーの二つの流派であるタッチフォーヘルス、アプライドキネシオロジー(はかじっただけだけど)NLP.クラニオ、EFT、あるいはエネルギーワークと言ったあらゆるものを、私は学び、ファシリテーターの資格をとってきました。でもそういった様々なもののなかでも、スリーインワンは衝撃的なセッションでした。私はそれに深く傾倒をしたし、何年にもわたり、学びもしました。ただし、問題が整理をされるときと、されないときがあって何故整理をされないときがあり、整理をされるときがあるか、という研究も、私のセッションのとても大事な方法論になっていっています。でね、簡単に言うと、もしあなたの事で言えば、あなたが恋愛をできるように、という事で、セッションをしたらあまりうまいことにはならないんだ。何が悪いのか、と探していくと。そうではなくて、何故あなたは、自分は人を楽しませることができない、つまりは自分が楽しむこともできていない、自分は人を引き付ける何か欠けている、というような思いに駆られるのか、この思いを持っているのか、ということを、ここをやっつけないとなんない。ここがあまりに強くて真実と感じ取れて、どうしてもこっちに引っ張られる癖をやっつけていくことになります。もっと深いことを言うならば、もともと持っている体の感覚、すぐに上手くいかないと、自分がダメなんだという引きこもるエネルギーのパターンを持っているのかを見ないとなんない。意外でしょう?もし、スリーインワンのファシリテーターが、だね。ここを知らないと、何も解消ができない。ツールはすごいんだけれどね。他のことを一生懸命してしまうから。何で恋愛ができないのか。その原因を探そうとするから。恋愛ができなくて何が悪いんだろう、もっと悪いことがあるのかな、なんて一緒に探したらもぅ答えはみっかんない。でも大事なのは、この、私って足りていないよね、本当に、というの自体が癖で、今出てきているものなんだ、そしてそれは、実はあなたがずっと持っていた感覚だ、ということなんです。ずっとずっと、私は、人を楽しませらんない。(親に対しても誰に対しても)私は楽しませられない、というのがあったんだけれど、隠れていたわけです。特に何かが上手くいっているときはこれは隠れていて逆に人を楽しませられる、というように感じていたかもしれない。楽しませられない、という発想が隠れているから上手くいっているときには逆に楽しませられるんだ、と逆を感じることもあるでしょう。恋愛で上手くいっていた時にはようやく、自分は役に立てるし、大丈夫なんだ、と思えたことでしょう。でもそもそも、自分が人を楽しませられるんだ、と感じる、ということは楽しませられないかも、という恐れがないと出てこない考え方でもあります。だって、普通のことって、普通なだけでしょう?ご飯を食べていて偉いな、なんて思わないし。だけれどご飯が食べられなくて悲しいな、という経験があればご飯を食べて偉いな、という発想が出るわけで。普段出来ていないと感じているからそれが出来ると出来た、できた、と嬉しいわけで。そう言う、もともとあった隠れていた思いが、その恋愛がダメになった時に何倍にもなって出てきてしまう。何十倍にもなって、それがあったら、どうなると思う?今の恋愛でしかり、何だけれど、ちょっと上手くいかないと心が引きこもるわけでしょう?以前の恋愛で上手くいっていたのは、この引きこもりが若干今より少なかったはず。つまり、上手くいかなくても、他の人に対して消極的になったりという時間が短かったり、確かに、前のご主人は癖がある人だったにしてもその、ご主人の前の前とか、前での恋愛がうまくいかなくてもそれほど、引きずらないでいられた、と思うのです。ご主人に対して開けたり楽しんだり楽しめたりしたいな、という欲求がもう少しあったり。そう言うときにご主人と出会ったでしょうし。
2012.10.30
幼い彼、というテーマで相談をいただきました。はじめまして。付き合って約半年の彼との事で色々気になっています。彼はぬいぐるみやモコモコした素材のものが好きで、最近分かったのが、寝る時に、かぶる毛布とは別にもう一つ毛布を持っていないと寝れないそうなのです。(夏はタオルを持つ)そういう症候群みたいのはあるのは知っていましたが、いわゆる「安心毛布」というものですよね。他にも彼は対人関係が余り上手くない。店員さんや他の人に話す時もモゴモゴしていて非常に内気で暗い印象です。私と二人の時はそうでもないのですが。また他人に強く言ったり、聞いたり余りしないので、隣にいる私は時々イライラします。けれど頭は良く研究者として地道に仕事をしています。(営業や接客業ではないので仕事には大きな支障はないみたいです)結婚を考えていますが、毛布やぬいぐるみ等の幼稚性、きっと小さい頃愛情不足やら何らかの原因があってそうなんだと思いますが、そういう人を旦那として父親としても大丈夫なのか気になります。また余り人と上手く接する事ができない点も不安や頼りなさそうを感じます。ーーーーーーーーーはじめまして。ときどき、掲示板に書き込んで頂いた方で一応ここでお答えするけれどメールカウンセリングで詳しく事情を聴いていくと全然違う方もいて、だから、ここのは、参考程度にとどめておいてください。というのは、ひょっとしたら、何か他の事が気になっているのであって、表面で気になっているのが毛布とか、弱さとかというものになっているのかもしれないです。だったら、二人の関係の中にあるわだかまり、自分に対してリードをしてくれない不満とか、元の方の解消をしないとならないし。でもざっくり言えば、その人たちは欠陥品ではないのです。セッションを受けられた多くの方々の中で、親御さんが大学教授や医師とか、何とか省のなんとかとか、超エリートとか、ざらにいらっしゃるんです。でも案外、「この大馬鹿父親めっ!」と子供たちが親のことを思っていることはよくあって、(外では立派に思われていても)人格と(穏やかさや落ち着きや物事の対応の仕方と)学歴経歴収入とは繋がらないので、相手の人柄って重要ではあります。何が言いたいか、というと、そりゃ、相手がすごく大人の対応が出来る人だと、結婚は、楽は楽ですよね?だからそういう人であればいいとは思うんだけれど。でもそうではなくても、社会でちゃんと生活をしていることもある、ということです。誰でも、子どもっぽいところ、欠点と一件思えるところがあります。ただし、あまりにその大変なところが大変であれば、難しいよね?でもこの人は、弱い点はあるけれど、仕事はそういう自分に合ったものを選んでおられるし、一応、経済的には、あるいは社会的には家庭生活を営むのには、大丈夫なのかもしれません。それにあなたも、何らかの安心をするものはありませんか?人は、皆、その人なりの欠点が、見方によってはあるもの。ということはあなたも、ほかの人から見たら、その個性の中でこれは欠点と見受けられているものがあるかもしれません。んだから、毛布を抱えてもらっていてもなんでもいいんだけれど、その毛布に名前を付けて、○○ちゃーん、というのであれば少しオモシロな、とは思うけれど、物事の対応が一応出来るかどうかは、別途、見ておいてください。確かに幼稚いところは男性、あるいは人間、誰しもあるけれど、家で毛布を抱え込みながらも、大人な対応の部分もあれば、幼児性と名付けなくてもよいものもあります。それと、どうしても、彼は内側にこもる人なので、外側に華やかに、というのは、諦めておくんなまし。彼は内側にこもって何かをしたほうが、生きやすいですし才能も生かされるでしょうから、それは理解をしておいてください。そう言う社交性の意味では、あなたがフォローをしないとならない点は出てくるだろうけれど(対外的なものはあなた担当になるかと)立派に仕事をされていて、収入があって、一般的に人への愛情や思いやりがあり、物事の対応ができて言えば分かる、などの点があれば、何とかなるんじゃないでしょうか。案外、レスラーとか、強いお仕事をしておられる人の中にもそう言う幼稚いところはあったりもします。まあ、自分からみて、気持ち悪い程度とかであると一緒にいるのは困るし、幼稚いところを少し可愛いと思えないと、生理的に嫌いになる、とかであればきついですが、そうであればだんだんと今後結婚に向けていくと嫌になると思いますから。心が教えてくれるでしょう。また、彼は、身体の感覚が鋭敏なので、環境が落ち着いた物にしてあげるとよいです。ーーーーーーーーーその人の中のバランスを取ると、関係性は良くなります。http://www.acoreading.com
2012.10.29
メールカウンセリングのお申し込みをされた方でメールの受信ができない方がおられます。もしお心当たりがある方がおられれば、ご連絡ください。そちら様からのメールは届きますが、こちらからのメールがはじかれてしまうので、gmail 、を受けとれる設定に変えていただくか、あるいは、他のメールアドレスのご通知をお願いいたします。
2012.10.29
夫に非常に腹がたちます。ふと思ったのですが、人が変わらないなら、環境を変えるのはどうなんでしょうか。夫は大家族で育っています。夫は、母、祖母、曾祖母、父、祖父、叔父、姉、兄 の中で育ちました。私は、核家族(父、母、歳の離れた弟)で育ちました。今、核家族で暮らしているのですが、子どもが生まれてから、夫の変わらなさにいらいらします。でも、夫は仕事をしていれば、あとは自分の好きなことをしてもいいんですよね。家のことは女性がするものなので。私は、父も母を助けて、家事や私たちを育ててくれているのをみてきました。なので、男性も当然ながらせめて休みの日くらいは家族として何かするものだと思っているようです。夫にはそれがないし、わからないようなので、夫の実家で夫の両親と一緒に暮らしたらいいのでは?と思いました。私はこれ以上無理です。夫が子どもをお風呂にいれていても、その間は家事をしています。夫が子どもの面倒をみていてくれていても、私は夫の食事を作っています。休む暇もありません。いつも0時就寝です。夫は私が話をきかない、自分に関心がない、自分の勧めた小説(分厚いです・・)を読もうともしない・・といいます。夫の両親と同居したら、夫の矛先が少し私からそれるのではないかと期待しています。夫は、いつでも誰かが相手をしてくれないとだめなのではないかと思います。(私が相手をしないと怒るので。帰省すると母親や父親と話すのでほっとします)こういうのはだめでしょうか。ーーーーーーーーーーーーーあなたはいくつかの問題をまぜこぜにしておられるのだけれど。それら全部をあげることはできかねるから、二つだけあげるよ。一つは、夫がうるせー、という事だと思うのでその矛先を変えるために、夫の両親と住む、ですよね?夫の両親と住んで、矛先がそれたら、ほかの問題は必ずあるんだけれどその問題があっても、夫の矛先がそれたら、楽になるかどうか、という選択ざんしょう。もう一つは、夫の手伝い、なんですが、これは、プログラム、なんです。隠れていたけれど、いずれ何かの形で出るプログラム。何年か前のメールカウンセリングは、その時ちんぷんかんぷんでも、2年とか、5年とか、何年後か読み返したら意味が分かった、という方は凄く多かったです。それは、何年後かに出てくるプログラムも伝えているからなんですがでもその時には分からないので、という事がよくありました。何年後かに相談に来られた方で、その答えは、結婚前に伝えたよね結婚後こういう問題があなたには出るって。もう一度読んでみて、ということも過去にはしばしば、凄くたくさん、ありました。今は、そんなことよりも、今絶対に必要なことを伝えていくようにはなりました。未来予測したってしょうがないし。で、プログラム、というのは、あなたの中に、「自分だけが苦労をしていて、あいつは幸せそうだ」というのがあるんです。これは夫婦関係でどうしても出てくるもの。ひょっとしたら、両親が手伝い合いながらも、お父様かお母様が相手に対して、「自分がこんなに苦労をしているのであの人ばかりが楽で許せない」という気持ちを感じながら必死で頑張って耐える、みたいなスタイルを持っていたのかもしれません。これは老後の姿ではなくて、自分が幼少期の親の姿を記憶をして同じように生きようとする傾向があります。でも、その手伝いあうスタイルが、思いやりだけで出来ていたところを見ていて(義務感ではなくて)お互いに助け合いながらもお互いに気楽に休んでいるというスタイルを見ていたら、違うことになっていたかもしれませんね。逆に言いますと、ご主人が、「俺がこんなに仕事をしているのにお前は何やっているんだ、確かに家事はしてくれているけれど、俺が夜中の3時まで仕事をしているのに、12時で寝るなんて許せない」というようにずっと自分が苦しんで(しかも自分から選んで仕事を完全にやろうと思っていたりして)それを共有しないのを、何を手伝っても怒りまくっている人と一緒にいたら、あなたはどう感じるか、なんです。てっめー、分厚い育児書くらい、読んでくれ!と強制したくなるかもしんない。自分を主張したくなるかもしんない。優しくなれなくなるかもしんない。今のご主人が感じているのは、このお気持ちです。当然、文句も言いたくなるし、ほかの点で当たったりもすることもでてきます。家事をもう少し楽にしてくれていいんだし、ひょっとしたら買ってきたものを料理に使うとか、掃除の方法を変えるとか、(ドイツなどでは毎日掃除、というよりも、一か所つづきれいにするそうなので)という事はできるのかもしれません。でもこのプログラムがあると、どうしても「できない、これもあれもやらないと、なのに手伝ってくれない」というほうに向かおう、向かおう、というように自然となります。自然と、ほかの人が、料理は買って来たら?掃除をもう少し手を抜いてもいいんじゃない?少し休む時間を早めなよ、と言ったところで、お金がないから買ってきたものは絶対に使えない(本当?)だって、掃除をしないと不潔でダメだし(本当?)ほこりで、死ぬし(本当?)だって、休むことなんてできない(本当?)育児によくないし(本当?)というように考え方がそれ以外を選べないシステムになってしまっているのです。それらの考えは真実ではなくて(極端では無ければいくらでも効率よくできるから。私が言っているのはごみ屋敷にしろ、ということではなくて、効率をよく休んで良いよ、ということなので)その人の中にある強い抵抗を表します。夫が助けて自分の苦しみを軽減しない限り私には何もできない、したくない、という強い決意です。まずは、あなたが気づかないとならないことは、自分は、自分が苦しんで、イライラする、ということを、無意識に選んでいること、自分だけがこんなに損をして相手は何もしてくれない、絶対にそうなんだ、という思いにとらわれていてその囚われがあなたを苦しめているのであって、実は、その囚われがないと、楽に色々出来ること、それはご主人のせいではないことです。つまりね、あなたを苦しめているのは、夫ではなくて「夫がしてくれない限り、私は一人頑張っているし自分一人が苦しんで相手は幸福でそれが許せない」という考えがあるからイライライライラしているし、自分ががんばるはめになるしがんばっては相手に見せつけることになるし、それらが、貴方を苦しめるのです。そしてその囚われをあなたは見てきて学んでいること、記憶に保存をされていて再現をされること、この囚われがある時に相手も抵抗をすることです。この部分は引っ越しても変わらないです。んーだから、イライラは一生ついて回る(笑) あなたが50歳とか、60歳とかもういいやあ、こんなの。と思える時期まで。夫が手伝ってくれていて、その間料理をできていて、うわーハッピー、もうそれで夫婦円満、という夫婦がいるのは、何故か考えてみることです。それと潜在意識を変えるには、お父さんかお母さんが、記憶の中でこんなに必死で頑張っているのに、誰も手伝ってくれない、と怒っている、としたら、それは本当かどうか、客観的に見てみることです。ーーーーーーーーーーこういうそんなプログラムがあると、一生の大半が「相手がしてくれないために、こんなに不幸である。。。。」と思う事に囚われて、それを再現をします。でもさあ、本当は相手にこんな勝負をしないで、手伝ってもらってさっさか家事を終わらせて明日の分はそれで残して、早めに休んで赤ちゃんと楽しんで、休日は手伝ってもらっている間にお買いもの行くふりをして少し喫茶店によっても休めることを選んでもいいわけなので。そうできると、あら不思議、相手との関係がとても変わります。結婚前に感じた愛情や、思いやりは二人にあるのに隠れてしまったのがわかるようになるし。どれだけ相手にしがみつきたいかを感じてみてください。あなたが私を不幸にしている、あなたがしてくれない限り私は幸福に離れない、という囚われたすごい強い、24時間そればかり考えている感覚です。もうここを変えるのは、本当に楽しい、人生180度変わるからね。http://www.acoreading.com
2012.10.29
罪悪感と自分を罰すること(無意識に)について、例を挙げて説明をしていきます。掲示板にあったご相談内容から拝借します。カウンセリングの内容は、(とてもよい例でご本人に承諾を得て、日記に載せる例外を除いては)こちらに載せることは、一切ありません。ーーーーーーーーーーー本日、母親と電話で話しました。私は貯金の話になり、結構溜まってきた。というお話を母にしました。そうしたら、困っているから旅費だしてくれない?と言われ、「なんで私が?」と言ったら、機嫌がわるくなり「じゃあ、いいよ」と電話を切られました。私は以前よりは冷静になったほうではいますが、またこの態度か・・・とおもい愕然としました。いつもお金を要求されて断ると機嫌が悪くなります。そして一度だすと、次も要求されますのでお金の話はしないようにしています。そしていつものように「お金を出せない私は、ダメな私」と少し思ってしまいました。お金を稼ぎたいんだけど、方法しらない?と聞かれれば教えられるかもしれませんが、まるなげだと厳しいです。変えたい気持ちというのは正直ありますが、一線ひいていて、どんな態度でもあまり気になりません。私が知りたいのは、このままの態度でいったら何かおきたりするのかな?とか、そういうことが気になります。これも思い込みなのでしょうか?アドバイスいただけたら嬉しいです。ーーーーーーーーーーーーー簡単に言えば、お母様は甘えている(子供が親に甘えるように)だけなので、まあ、子どもに旅費を出せ、というのも、少し無茶では確かにあるんですが、こうしてちょうだい、こうしてちょうだい、とは言うししてくれないとプンスカするけれど、子どものことを思えばいいです。それであなたを見捨てたりもしないし、少しプンスカしても、関係もかわりません。あなたのほうは潜在意識に、「何かの役に立てない私が悪い」という罪悪感があるので、嫌な気持ちになります。お母様が重たいのではなくて「自分が悪いんだ、役に立てないのが」という「罪悪感が」重たいのです。さらに罪悪感があると、無意識に自分を罰しようとするので、本当は貯金の額も言わなくてよいわけです。でもこうやって「わざわざ自分が嫌な目に合う」ことを無意識に選んで自分を(誰かに)罰してもらうこともします。また、誤った「母親の面倒を見ないのはいけない私に全責任がある」という思い込みがあると、あとからバツが下る(とても不安定なため、未来に何か起きるような気持ちになってしまう)ような気分になるのも、セットでもれなく、ついてきます。ーーーーーーーーーーーーーーーー自分がしてあげないことが不幸になる原因だ、という誤った罪悪感があると、人々と上手く交われないままにくっつこうとする傾向があります。例えば暴力をふるう父親に対して、自分が救えなかったという潜在意識上の哀しみがあれば、そういう人とくっついて私さえ変わればあの人も変わる、というようにずっと一緒にいたり、そういう人々を引き寄せてもいます。それらを、正しい自分本来のあり方に戻していきます。http://www.acoreading.com
2012.10.29
こんにちは。上にキャシーさんが書かれていることと、リンクすると思うのですが私の場合ある人と、友達関係を続けるか否か迷っています。彼女はとてもさばっとしていて、爽やかな感じの人なのですが時折、え?と戸惑うようなことを言う時があります。例えば「へ~、財布ヴィトンじゃんすごいじゃん。お金もってんね。」とかライブに行く話しをすると、「すごいじゃん、お金あるんじゃん」とかいう感じです。ライブは年に2回もあるかないかで、お金があるから行くとか、そういう問題じゃないと思うんですけど。。、どちらも満面の笑みで言い、不思議に思って顔を見てもずっと微笑んでいます。(でも目は笑っていないみたいな・・)私自身、他人に対してそういう言葉は出てこないので頭の中が「??」でいっぱいになり、混乱してしまいます。私は余裕ある暮らしではないけれど、それを彼女にこぼしたことはないし、(それなりの幸せもあると思うからなのですが)独り身で、年収も200ギリギリの生活です。彼女は結婚して大きな子供もいて、共働きなので私のように、根無し草というわけではないのに、何か羨ましく思うことがあるのでしょうか。よくわかりません。距離をおいて付き合ったほうがいいのかな?とメールで「元気でがんばってね」など、少し離すと「はてなちゃん以外の、○○のお仕事をしてる人とは話したことさえない」などと言います。確かに花形商売かもしれないけれど、芸能人でもないのにまた頭の中が、?でいっぱいになります。これで、あまり会いたくないと思うのは、神経質すぎるのでしょうか?どうやって頭の中を整理すればよいのでしょう?――――――――――――通常は、こういう方々はそういう育ち方をされたので、何か贅沢(と自分が思っているもの)をすると、「いいわねえ、あなたは暇で」とか、お母様が言っていた言葉と同じように言うことがあります。あるいは、周りの人々に対してお母様が、いいわねえ、お金があって(自分はできないし、自分はこんなに一生懸命生きている、みたいなメッセージや圧力)という言葉を聞いてきたのかもしれません。でも、どうも彼女のコメントは、そういうふうに自分は出来ないけれど、いいなあ、自分はできないけれどと、相手を立てて自分はへりくだるみたいな、これではないと人と繋がれないというような、思い込みがあるようです。そのどちらにしろ、そうするのは、彼女の個性、育ち方、考え方、課題、信じ込み、何という名前を付けてもいいのですが、彼女の考え方で、感じ取り方で、自由でよいのです。問題はなぜあなたが反応をするか、です。ご自身の中でも、「贅沢ではいけないんだ」と下に下がろうとするというか均一にならされていないと不安というか、その部分が、「何で?何が悪いというんだろう、こんなに質素に生きているのに」という不安を起こします。(という事はあなたの中でも、豊かでいることはいけないことというか傲慢という思い込みが反応をしている)という呼応をしてしまいます。でも呼応しなければ、自然にいれば、自然な距離でたくさん話をしたりしてもその部分は出ても気にならないということもあるでしょう。そういうなかで、あまりくっつかない時もあったり、くっついて話をできたり、色々あってよいこともあります。そのように、呼応をする必要はないけれど、呼応をして自分によくないな、と思えば距離は必要かもしれません。上記のように、相手が自分は常にダメ、と駄目で競争をしてしまうのであれば、自分サイドでもっともっと、楽しい事柄に目を向けて楽しくして自分に今できる範囲での楽しさを心から許していると、二つの事が起きます。彼女のどこかで、彼女自身も自分を変えようと思っていた場合、彼女が変わります。彼女自身が、私はできないけれどあなたはできていいね、というように、自分は低くいたくて、相手にどうしても嫌味を言う場合には、彼女から離れていくこともあるでしょう。今回のケースのように、彼女が無意識にあなたはできていいなあ、というのが褒めていて相手を立てるというような会話のスタイルを身に着けていれば、親切でしてくれているので、それはありがとう、か、あるいは、きちんと、彼女は、そうやって人を立てている(つもりで)そうして、人と繋がれる、というように誤っているのでその誤解を徐々に解いてあげることもできますし。でもいずれにしろ、自分がそちらに関心を払えば、波動が変わるので、あなたの中に楽しい出来事も増えていきます。し、知らないとならないのは、「いったい自分はどうしてそうされると嫌なのか」です。元気で頑張ってね、というのが、あなたの人を離すスタイルなんですね。でも、本心は、うん、あなたもそうやってみたらいいよもう少し自分に自信をもって生きてくれた方が付き合いやすいな。うふっ、ハートではないでしょうか?ーーー今起きていることは、すべて、あなたの中にある何かに呼応をしています。それらのメッセージを正確に読み取り行きたい方向にプログラムをし直します。http://www.acoreading.com
2012.10.28
キャシーさん、無性に腹が立つことがあります。それは母のことなのですが、私の持ち物とか、車の中とか部屋の中とかが気になるみたいで、ジロジロみては、「それは何?」とか聞いてくるし、いないときにもチェックしたりで、そんな干渉してくる事にとても腹が立つんです。仕事のこととかも言ってもわからないのに聞いてきたり、ちょっと話すと同じことを何回も聞いたり、深く聞いてくるし、(言いたくない理由に母は仕事のことを他の人に話したりすることがあります)ウザく感じます。自分なりに、後で心配してくれているのかなとも考えますが、その時は腹が立ってきつく言ったりしてしまいます。何がそうさせているのかわかりません。よく考えると、仕事でも第三者が入り込んでくることや自分の物を勝手に使われたりすることとかも許せません。何がそうさせているのか教えてください。――――――――――――――――――――――――何でそうなるのかは、その人と接して詳しく見ていかないとわからないんです。でも、それらが気にならなくなっていくことはセッションではしています。そう言うのが収まるとあらゆる関係性が変わっていくのも事実です。それと、ほかの人が干渉をするのが嫌なのではなくて母親のその姿をいろんなところに投影をするので、ほかの人が同じようにするのが嫌なのです。つまり他の人が同じようにみると、気にならない人もいるけれどあなたは同じように感じます。すごく感情が上がるでしょう?もともとは、そういった母親の姿が「怖かった」という記憶があります。その怖さは、いつからかイライラに変わります。そして後々、その人なりの、独特の解釈が入ります。見張っているんだ、とか、信じていないんだ、とか、管理されているんだ、とか自分にとっては、「こういうことだ」という解釈と、怖かったという感情とがくっついてしまうのです。生い立ちの中で、自分に出来上がっていて、それが真実と信じられているのです。セッションで扱うことを言えば、この怖さそのものを解体をするということをします。また、裏側に、「それでも○○してあげなきゃ」みたいな他の信じ込みがあってそれもくっついて怖いので、それが重たくさせていることがあるので、その罪悪感も同時に下げることが通常です。嫌ならばただ単純に嫌でいいんだけれど、親子の場合には自分の心境に、それでも見られたら○○でしてあげなきゃ、管理されたくないけれど、管理をされないとならない、そうじゃないのはいい子じゃない、とか、いろんなことがくっついて怖いという気持ちがあがるので、また、母親は力が強くて、自分は非力で、何だか言うことはそちらが信じられてしまうというような想いとか、みたいないろんなものが絡まっていたりします。変な話ですが、家庭内暴力だって、本当は親が怖いのです。何らかの感情がイライラして止められない、ということなのですが。見せたくないし、断りたい怒っているし、それなのに見せないとどこかで裏切ったような気がする、大丈夫なはずなのに母の方がどうしても強く思えたり、みたいな複雑な心境が隠れていたりもします。これがすごく怒ってしまう理由の一つでもあります。まずは、自分は見られると、何か怖い、というような暗いような心境があることに気が付いてください。ここが潜在意識への気づきになり、入り口になります。そこから考え込むと他の場所に行くのでああ、暗い気持ちがあって怖いんだな、と認めて、また見せなくても裏切りではないし、というように軽くなる方向を探してみてください。こういった場合、相手はそれほどひどいことをしていないと思い自分の中では非常に嫌なので、怖いので止めさせたいので話し合ってもすれ違います。わかってもらえない、という事になりがちです。感情的に背負ったものの整理をしますhttp://www.acoreading.com
2012.10.27
ありがとうございます。頭の中に浮かんだ言葉は『強迫観念』です。下の日記に書かれている、早く支度をできない子どもを叱ってしまうのも強迫観念ですよね、早くできないとダメだという。何かにこだわってしまうのも、こだわりを捨てなきゃと強く思い過ぎてしまうのも強迫観念のような気がします。友達にとても大らかな人がいます。私と反対の性格。同じ物事を見ていても彼女は気にならない。私はとても気になってしまう。だからなのか、彼女から人間関係の悩みを聞いたことがない(ご主人に腹が立った、とかはあります)。気にならないから気付かないし引き寄せないんですね。逆に私は気にし過ぎはよくないと思えば思うほど、相手の表情や口調が気になってしまう。気にしちゃいけないから無理にでも流そうとする。今度は『流さなきゃ』という強迫観念です。とりあえずここまで整理できました。ーーーーーーーーーーーーーーああ、そうなんですね。そうすると、起きていることは、コントロールしていないと怖い、なんです。手を放してはならない、考えていないとならない何かを正確にしないと何も起きない、怖いことになるそのもとに、双方をされておられます。つまり何かをやっていてもやらなくても、双方ともに考えていないと、何かを正確にしていないと、とても怖いというようにされていて。だから、本当に考えなくても何も起きないんだな、という穏やかな瞬間を生きる訓練が必要になるでしょう?これは、考えが暴走をしている状態なんです。考えが自分と同一になってしまっていて、考えはただ頭のなかで自動的に起きるものなのに、それに支配をされてしまいます。ずっとこうすべきだこうすべきじゃない、という事に支配をされてしまうのです。まずは1分から。1分間、自分の身体の感覚に集中をしてみてください。今風を感じた、蚊に刺された、少し痛痒い。それだからどうしないと、こうしないと、というのではなくてただ体の感覚を感じてみます。食べた口に入った、かんでいる。もっとこうしないと、ああしないと、と考えるのではなくてただ感覚だけを良い悪いではなくて追っていきます。これが過去にない状態、自分の今を生きている瞬間です。考えが暴走をするとそれが人生を支配するようになります。でも実は考えは頭が勝手に動いてしまうことであり、考えは自分自身ではありませんし、考えに支配をされずに正しく考えを使う持ち主になる必要があります。考えに支配をされず暴走をせずに、自分に役に立つように考えられることを、「意図」と呼び、こちらは引き寄せることができます。自分自身につながる訓練はとても大切なものです。自分の過去から出来てしまっている癖を整理します。そしてきちんと意図を持てるようになっていきます。http://www.acoreading.com
2012.10.27
強くならないと流せない、そして疲れる、ということは「何か」を信じているんです。こんなことをされたら、私はこう思われていてこうでああで、こんなで。私は、、、私は、、、という何らかの「自動的に過去から考え続けている自分」がいてずっと頭が無意識に動いている状態です。でも信じたまま、無理に流すわけだから。そりゃ、疲れます。気にならない、ということは、その誤解がなくてわ、怒鳴った、しょうもなー落ち着かない人だなあびっくりしたあ、怖いなあ、というように、ただその現実を自分を、正確に(何かに引っ張られることなく)見ています。これってうまくいけば、ほんの10秒ですむことだから。脳の中に自分がこういう扱いをされていてこうでああでという解釈がなくて判断も無くてそして、することをしているので、相当に楽です。だから疲れないんです。で、そういう人にはあまり変な人も絡みにくくはあります。もちろん、人はそれぞれいろんな状態に入るわけだからそう言う状態から出ているときにはいろいろ起きるけれど。そうやっている状態は問題が整理をして祝福に変えられる力も持っています。
2012.10.27
よく『相手は変わらないんだから自分が変わろう』という言葉を聞きますがもちろん相手に合わせて自分を変えることが必要なのではなく流すという作業ができるようになっていくと楽だよ。という事ですよね。うまくできた時は良いのでしょうが、強い心を持っていないとなかなか難しいと思います。人間関係に疲れました。――――――――――――――それは正しいです。でももっと真理を言うならばセッションをしていくと流せるようになっていくのです。それと起きなくなる。不思議でしょう?つまり、流せない事自体が錯覚なんです。潜在意識なんです。例えば馬鹿、と言われた、とする。それが流せないのは過去の思い出の中に、「本当にこう自分が言われるということは切なく哀しく(そうよ!こんなに悲しい思い出が自分にはあったと無意識にリンクをします)自分が理解をされずひどいことだ」という書き込みがあるから、なんです。その書き込みがもし誤ってなされていない、としたら。どうでもいいことじゃ、ありませんか!地球はひっくり返らないしおっちょこちょいで馬鹿と言われたならば、おっちょこちょいなんだしそれは馬鹿ではないし。そういうように、本当は過去の記憶に無意識に繋がらないで今にいたらどうでもいいことがほとんどなんです。つまり同義語なんです。書き込みがないと馬鹿にされないけれど同時にそうされても気にならない、気にならないことと、されないこととは、一緒なんです。本当に気にならないと、事実出会う出来事は相当かわります。そうされたくないことは、そうされるし、そうされることばかり気になるし。潜在意識にそういう書き込みがあるから、気になる気になることはされるし引き寄せる。だから、あなたの中に、何故疲れるようなことをするような(あるいはそういう風に緊張をするような、そういうふうに感じるような)何かがあるか、なんです。
2012.10.27
相談内容最近、家族や親しくしていた人に対して、この人はこういう人なんだ、と感じ、相手に変わってもらいたい、という願望、というかエゴ?を持ち続けることをあきらめる気持ちになりました。それはいいのですが、同時に、こういう関係を築きたい、という気持ちもなくなり、併せて、対人関係以外の、日常生活などについても関心が少なくなり、今は、何だか、何をするのも面倒くさい、できれば積極的に行動したくない気持ちを多く感じています。今までは、周囲の人達が、私の働きかけ?でいつか私に都合の良いように変化してくれることを期待して、その期待が私の力にもなっていたような気がします。このやる気のなさも、あー、来たな、という感じで流していけば、次第に気力は戻ってくるでしょうか?まず最初に、相手に変わってほしい時、というのは、すべて、自分の問題を再現しています。例えば、自分の子供が早くできないから、と言って、当り散らすのであれば自分がいろいろ出来ていない時の怖さだったり、親に怒られたときの気持ちを再生して感情が上がってきて止められない状態ですし、愛情についても、女性の場合、今まで満たされていないものは全部愛情で満たそうとします。そのために、親と話ができなかったら、相手が話をしてくれないとイライラして(たとえ他の部分で上手く言っていても)全く上手くいっていない、と相手を変えようとします。自分が無理をし続けてきていたら、相手も自分に無理をしてくれないと愛してくれていないと思い込んで、無理をさせたくなったり、それをしてくれないことにイライラし通しになります。あらゆる問題が、一個のこだわりから抜け出られなくなって、ずっとその事ばかりを考えて憑りつかれ、本当の問題がなんなのか、わからなくなっていきます。子どもの問題に戻れば、早くできないのであれば、早くする必要がそもそもあるのか、ただ自分が過剰に反応をしているだけで、したらよいことしなくてよいことが区別ができず、ただ焦っているのではないかということもあるでしょうし、話をしろと強要をせずとも、そのこだわりがないと、いい関係はいい関係、上手くいっていない関係は上手くいっていない関係、というように冷静に見られなくなっているかもしれませんし、自分が無理をしていて、愛情とは無理をすることだ、と思い込んでいたら、相手が無理をしないタイプでも、ごく自然に夫婦としていられるのにいられない感情になるかもしれません。でも問題は、その裏側には意欲が隠れている、ということなのです。早く早く、には、本当は大丈夫で物事は上手くいっているという事を感じたいのにそれがうまくいっていません。話をしろ、という強要には、ああ、満たされている、繋がっているという感覚を持ちたいのに、その訓練ができていないから不足感に悩まされます。自分が無理をしていて、という問題には、自分があらゆる時に穏やかであって幸せだ、と感じ取りたいのにうまくいっておらず潜在意識はそちらに行きたい欲求があります。そういった、こだわりに囚われなくなる為には、いくつかの方法がありますが、例えば禅、瞑想、などであれば、このこだわりに目を向けないことで、自分の誤った欲求を抑えていくという事をしていきます。これはこれで、素晴らしい方法です。バランスがとれて来れば本来の欲求も湧きます。謝った欲求に流されることがなければ、本来のその人の求めているものが、わかっていく可能性もあります。でも問題はその裏側にある、全く感じ取れなくなった先ほどの感情をも、切り捨ててしまう可能性もある、ということです。セッションでは、これは独特な扱い方をします。通常、例えば、「相手が仕事を真剣にしないのが嫌で嫌で仕方がない絶対に許せない」という事があるとします。そうしたら、ご自身の意思でわかる範囲は、仕事を真剣にしないのが嫌だ→ 実は、一生懸命仕事がしたい → あるいは、のろのろしているのを見ると、全てが上手くいかない恐怖心があるなどまでは、感じとることができるかもしれません。他の問題では、自分が評価をされたいとか、愛されたいとかの意欲までは感じ取ることができるかもしれません。でも実際には、この裏側には、もっと違う意欲が隠れています。ここを出すのが、セッションなんです。だから、全然違う意欲を発見したときに相当に気持ちが落ち着くし和らぐ経験もされていくでしょう。仕事を真剣にしないのが嫌で嫌で仕方がない人をセッションする、とします。それは一人一人出てくるものは違いますが、ある人は親に怒られて必死でやらされていた、でも本当は必死でやるのではなくて、自分が自分らしく確かめてやりたかった確かめてやりたいんだけれど、それをすると怒られるからいけないと思ったそのために、自分らしく確かめたらどれほど安心をするか満たされるか、というのが感じ取れなくなった、ああ、こんなに安心をするんだ、という経験をセッションすれば同様に生活にもそれがだんだんと出てきます。相手がちゃんと仕事をしていない許せない、というこだわりが本当の欲求、自分らしく確かめながら本当に自信を持ってというようなことで相手と協力をしていきます。(これは例ですから、一人一人全く違うものが出ますが、その人にとって凄く豊かな気持ちがするものです)この安心をしていない、できないのがもともとあって、相手が必死でやってくれるときに不安が消える感覚があるから、そうする、といったようなことが出てきます。通常、この非常な安心感は小さなことで得られるのですが脳がその方法を全くわからなくなっています。そうして通常のごく当たり前と思われている、相手から評価をされたいとか愛されたいとか、仕事では必死にならないとならないとか、なんちゃらかんちゃらのいろんなものにこだわるようになります。このこだわりを捨てる、ということは、裏側に隠れている見えない意欲をも捨て去る可能性があるために、いろんなことに対してやる気がなくなることもあります。だから大事なのは、まず、相手を変えようと必死になっているときにはそれしか感じ取れなくなっていて、それしかわからないけれど本当は全く違う意欲があったんだ、と覚えておくこととこれは頭で考えようとすると、とても間違ったもの、愛されたかった、評価をされたかった、という事しか出てきませんしそうすると自分につながれず、相手が何かをしてくれないと全然落ち着かないし幸せでもないので、頭で考えない方が良いとは思います。でも、裏側に、大事な意欲があるのは、そうなんだな、ということは、知っておくのは役に立つでしょう。そしてそれは、すごくすごく満たされるものですそれは相手を必要としておらず、それが得られると相手とも強調並びに良い関係も築けます。で、もう一つの誤解は、あなたの中にある、「相手が変わらないと絶対にその欲しいものは手に入らない」という先に説明をした二つの戦いの信じ込みなんです。例えば、父親が怒鳴っていて、母親が言うことを聞きすぎていてそうして、その人が話を穏やかにしてくれないと絶対に幸せではない、と思い込んだ、とします。すると、相手が穏やかに聞け、聞いてくれ、耳を傾けてくれという事にこだわりすぎてしまい、本当は相手が聞いていなくても(相手が機嫌よく一日中歌を歌っているような人だとしても)調和を出来るという関係が脳の中にないために話をしてくれなくても、楽しいなあ、素晴らしいなあ相手も時々ものを買ってくれたりして、と感じ取れないしあるいは、むすっとする個性がある人ならば、むすっとしながらも愛情が感じられるなあ、という関係が脳の中にないために話をしてくれないから、全部だめ、怒ったから、父親と同じだ、もうだめというように、とても偏った感じ取り方をするようになります。とても興味深いことに、人はこの関係はこうではないと嫌だとこだわる人ほど、そうではない人を引き寄せては相手に「変わってくれないと嫌だ」と言い続けることをしていきます。それは脳の中に、調和をした状態がないためで、そのために、相手が自分の理想の(頭の中で作りだした)状態ではないとすべてがうまくいっていないが、それには父を母を、記憶の中のああいう人々を変えたい、という裏側にあるこだわりに導かれてしまうためでもあります。逆に言えば、父母が、母が話し合いを当然のようにしていた、とすると話し合えないから、話し合おう、この人どうして話をしようとしないんだろうという強いこだわりがないから、普通に話し合ったりしているし相手が仕事や機嫌が悪かったり、そこは都合が悪かったりして話せないときがあっても、それは問題がないことなのか問題があることなのか、ということも、よくわかりますから解消をしていきます。そのこだわりがあれば、絶対に話をしてくれないのはいけないことなのだから優しくしてくれない限りこびてでも何をしてでも奪い取ろうとして、そうするとできない相手とそれをしてよ、という関係になりやすい、ということでもあります。頭の中で一個のことを嫌だ嫌だと考える人ほど相手をちゃんと見られていないし、相手は抵抗をするし上手くいかないことに執着をするし、ということです。話が長くなりましたが、つまり二つのことがあり、一つは、確かに、あなたが変えたいということは方法は間違っているけれど本当は変えなくてもそれを得られるのに、脳の中で全くその、違う感じたい気持ちを感じる方法がわからないことが問題、もう一つは、潜在意識には、相手がそう変わってくれない限りこういう関係にはなれないし、相手がそう変わらないのに何でできるの?というモデルがないし、また、相手が変わらないのに、幸せになるものか、というこだわりがある(そういうのは、両親のスタイルだったり世の中の誤っていることを許してしまう気もしてしまうのでという誤解もあるし)という部分を整理をしていくことになります。で、ご自身でするときには、私は今、怒っている。相手がこういう風にならないことを。そしてその怒りを手放した、としても、相手がそうではない限り、そこを絶対に変えてくれない限り、自分は幸せになんてなれないし、ならないと感じている。強く強く、感じている。相手がそうなってくれない限り良い関係になんてなれないし、なりたくないと感じている。その自分を許そう。ちょっと不思議な言葉だけれど、これが潜在意識の感じている真実だからしかも、今感じ取れる唯一の扉に近い部分だと思うから。認めてあげないと動かないからね。そこは本当に丁寧に、言葉をかけてあげてください。自分の中でやる気がまた戻るとは思います。
2012.10.25
アセンションについては、言及を避けますが。というのは私はそれほど詳しくもないし、関心がそれほど高いわけではありません。ですが、現在起きていることについて、お伝えすると、きちんとしたエンライトメント、悟りのようなものは必要になってきているようです。しかも、その悟りは、古代の宗教的な、一部の人々が得られたものではなくてもっと生活に根差していて、もっと皆さんがよりよい現実世界物質面でも、を得られるためのものに分かりやすい説明があちこちに見受けられます。(これは霊的な説明ではないことも多々あります。潜在意識、自分のあり方といったように)近年、セッションをしていて、あらゆる問題の根底にあるものは一つの事柄に集約をしてきています。皆さんが社会(それは両親も含めてですが)に思い込まされてきた事柄により、縛られていることそのために、自分というものが見失われていること、自分の才能、自分のあり方が、押し込められていること、それらは、一見悪いと思われて自分で制限をしているものを含めて、それらが葛藤を起こしています。その根底には、自分自身は頭の良さ、綺麗さ、あるいは人の言うことを聞いてあげられる優しさ、あるいは強く人々に言える意思がある姿勢など、自分が素晴らしいと頼ってきたものが自分自身である、という誤解、それらはその人自身ではありません。あるいは自分は誰よりもみじめだから、貧乏だから、いやなのにこれそのものが自分自身で、かばってもらってよいという欲求など、あらゆる、誤解、自分自身ではない物にすがっている以上、ほかの人々と一つにはなれないのです。ついでに言うならば、パートナーシップで言うならば、自分というものの整理ができていないままにマスコミによってあおられた愛情を求めるところに、無理があります。アメリカではカリフォルニアであれば、50パーセント以上が、離婚の経験をしますが、(早い話が離婚率が50パーセント以上)それは人々が正直になったことと関係があるだろうし、だから悪いことばかりではないんです。でも、さらに、幻想的な愛情では保てない自分が整理をできていないのに、幻想的なパートナーができたら全て問題を解消するような、思想に基づいてしまって、結婚をするのが原因にも思います。本当の自分というものはどのようなものでというのがわかっていたら人との関係の中で、人との適切な位置や距離はおのずとわかっています。そこには、思考ではない本当の自分自身につながらないと無理があり、思考がすべてを牛耳ってきた世界から他の世界への移行は進んでいるようです。明らかに、人々は、何かを求めています。でも求める対象が分からないことがあります。また学んでも、今後の学びは、「経験」になってしまうため頭の世界では限界があるともいえます。
2012.10.21
赤い糸みたいな縁ってないのでしょうか。短期間で別れてしまった元彼がいます。不思議に自然と、この人とずっと一緒にいるのだと感じました。でも縁がありませんでした。彼とは、ぶつかってばかりで、まともに関係が築けませんでした。今では、別れから学ぶ関係だったと思います。だからこれで良かったのだと思いたい反面、あの彼にだけ感じた、「この人と」という感覚はなんだったのかと、もう縁も切れたのに、忘れられません。特別な人っていないのでしょうか。特別な人、というのが、結婚をして一緒にいるという意味ならば、そういう特別な人と特殊な出会い方をする人も、確かにいますし、いました。でも、ほとんどが学びの関係です。それでよいのだと思います。実は学びの関係だって、縁があるのです。大事な関係です。学び合いながらもしっかり楽しくやっていく同士がたくさんいます。お付き合いをしたのであれば、それだってすごく大事な縁です。ぶつかる、ということはほかの人を使ってここが整理を出来ていないことを学びます。そこは、ぶつからなくてよいことなのですが、「自分一人では整理できないから、相手がいて初めて自分でこういうのが自分の中にあるのがわかる」というようなことがらがあって、そのためにぶつかります。自分一人でできないことを、相手に求めているのでぶつかります。半分が欠けた状態でお互いに臨むとぶつかることがあって当たり前で1人で満たされている部分がおおければぶつかりあいは少なくなります。例えば自分が勇気をもっていろいろしにくいので、相手が常に優しくしてくれたら勇気を持てるから相手がしてくれないとならないとしたら、そうしないと愛してくれていないと要求をするようになります。そうしてくれない痛みがとてもつらくて、相手がひどいことをしているように思えます。でも勇気をもっていろいろするのは、誰でしょうか?彼、その女性、ということです。あるいは、自分に完璧を(自分にも)望み過ぎているので、相手にそれを求めて許せない、などです。親が厳しくてその価値観からまだ巣立っていないので相手に押し付けてしまうこともありますし。相手に何かを求めてしまっている愛情は本物ではないのですがそれは恋愛関係の時には上手くいきます。でもぶつかる部分を内包してしまいます。自分自身が自分で整理できていないこと、しなければならないことを人は相手に求めようとしますが、そうするとぶつかるのです。また、そういう風ではありながらも、(ぶつかるにはぶつかるにしても)組み合わせで忍耐をしやすいこともあるでしょう。つまり欠点はありながらも他の人だと上手くいくこともあります。学びながらぶつかりながらも、この人だと頭に来るのに、続く、これが本当の縁です。それと、一つ言うならば、「この人」と思うのは「一目ぼれ」という場合が多いです。縁がある、というよりも、そういう自分に足りないものを持っていたり、好みの男性でもぴんと来ます。自分が欲しい要素は持っていて、手に入りそうと思うとそう感じたりもします。お互いに学び合えるのでぴんと来たり。(つまり母親の役割と父親の役割が双方で、できそうだったり)だから案外、片思いなのにぴんと来てしまう人もいます。本当に縁がある同士のぴん、はとても静かだったりすることも見受けます。情熱的なピン、は一目ぼれかもしれません。それと短期間、ということは、ですね。最初から入り込み過ぎです。男性とのお付き合いでは安定するまで時間を見ないとわからないです。さらに体の関係を持ちたいから情熱的な最初の頃もあるし、大丈夫だと思って早く進み過ぎると、案外安定をしていないことがあとからわかったり。あなたは縁があると思ったから、突っ込んでいったでしょう?つまり縁を築けているし甘えようとなんでも言う事が愛だと思っていた、ということなんですが。次回から気を付ければ大丈夫です。^^し、この人と、と思う気持ちを感じたいと願っておいてください。でも今度は長続きする人と。そしてゆっくり分かり合っていってもいいでしょう。本当に縁がある人ならば。
2012.10.20
自然体だと相手が現れるって、信じられません。私はほんとに恋愛したくて、お見合いパーティーにもいきました。そこで彼ができましたが、相手の仕事が付き合いはじめてすぐにいそがくなって別れました。ほんとにやっとできた彼だったのに。彼がいなければ一人でやっていく覚悟ができたのに…。自分が悪いわけじゃないとは思っているけど、自分には縁がないのかな?と考えて落ち込みます。行動してもうまくいかないです。元々縁がないかもしれない場合、どうすればいいでじょうか?――――――――――――――恋愛してみて、楽しかったでしょう?そうしたら、今、一人を楽しみながらも、恋愛って楽しいな、という気持ちを大事にしてみてください。人はマインド、つまり考え込むこと、が発達をしています。その考えというのは、実はほとんどが嘘であり、事実ではないのですが、誤認をします。本来人は、自分が目指す事柄に頭を使いたいのですが頭は自動的に動く、という習性を持っているために「何か」をやろうと思って頭が働くのではなくて、ほとんどが、何かが現れるまえに必死に頭が考え込んでいます。自動的に勝手に暴走をし、未来予測(悪いことを含めての)という恐れや今ある出来事がひどい出来事なんだ、というような嘘をつきます。そして、その「考え」に操られた悲惨な感情を味わっていきます。感情には正しい方向を教えてくれる感情と、方向が分からずに頭の考えとくっつき暴走をする感情がありますがほとんどが、頭の考えによって歪曲をされている本来の感情ではない感情に引っ張られていきます。簡単に言えば、あなたが今陥っているのは、せっかく恋愛は楽しいな、こういう気持ちを感じられるんだこういうのをしてみたい、という事を学べたのに、つまりそれは、恋愛体質、恋愛が時々入ってくるような感じ、になっていくための、ただのチャンスなんです。こういうのって楽しいんだ、こういうふうなこともしてみたいなという気持ちが奥深く隠れているのに、でも、上手くいかないから、その理由を付けておびえたり、というように頭が働き始めてもいるんです。頭は出来事を大げさに考えさせ社会という枠に当てはめようとします。つまり、社会の信じ込みや通念がこうだから、あなたは今こういう目にあっていて、こうとしか生きられない、というような、今まで信じ込んできたものに強く引っ張られます。矛盾をするようですが、(頭にとっては、常にマイナスのリスクを考え込む習性があるために)実際には、あなたは、恋愛って楽しいんだな、ということと1人でいても大丈夫なんだ、という安心感の、双方を持った状態で「いる」ことができます。それが、「現れる状態」なんです。先に説明をした状態です。自然体とあなたの言葉で言えば、言えるわけです。でも、その安心感は、いろんな出来事が同時にいくつも展開し、現れてもいいんだ、というスピリチャルな正しい視点から来ます。色々現れてよい、には、そしていろんな人との出会いと、うまくいくことと上手くいかないことがすべてあってよい、ということは受け入れていて気にならない、という事が含まれます。彼が出来てもよくて、楽しくてもよくて、それが上手くいかないこともあるそれらに引っ張られなくてよい、哀しみはあってよいけれどそこから頭でどんどん引っ張られていかない、ただ、その状態があってよいと受け入れ、ただ、あなたが恋愛をしたら楽しいという事を受け入れていきます。この二つを受け入れてみてください。その視点がもてないのは、ひとえに過去の思い込みである作られてしまった、こうなる=もうこんなになるしこうだし、という自分の体験や、自分を守るために、幸せで「いる」ことは許せないという脳の保存本能によるものでもあります。今も真実を言えば、あなたは幸せでいて、全然いいんです。「今」この瞬間、不幸でいる理由は何一つありません。彼がいないこと?それは未来どうなるかを全然意味していません。そしていないからといって、不幸だというのも脳の思い込だったり、人々が教え込んできた嘘です。だからといって、「今」の瞬間、幸せであればあなたが感じた恋愛での幸せを、また味わえなくなる、というのも脳の全くの嘘です。恋愛中、あなたは、がちゃがちゃになったでしょう?先のコミュニケーションと関連があるのですが、相手が仕事で忙しいから不幸になる、というのも、実は「考え」であって「事実ではない」んです。そういった落ち着きを取り戻すことが本来の自分になることであり、考えの中の幸せ不幸というものにとらわれない自分にいることが、本来の自分です。もちろん、おそらくそこには、相手の気持ちが少なかったり仕事ばかりではなくて多くの事も経験をしたとは思います。であれば、あなたは、こういうふうな付き合いをしたい、と思えたことがあったはずです。何故それを、不幸の中にいて、得ていこうとはしませんか?こういうのは無いんだ、と思うとどうなるでしょうか?それはその人にとって事実です。でもこういう要素が私には必要だからそういう人と出会っていこう、と考えて、そして現状をそのまま受け入れていたら、それほど強いことはないです。このお付き合いから学べたことは、こうだと相手の気持ちが少ないな、とかこういうところはこうなるからもっとこうでありたいな、と分かっていく段階です。だったら勇気をもってそれらがあっても楽しいなと認めてそっとしておいてください。そっとしておく、というのは、だから得ようと必死にならないことです。得ようと必死になる時には、頭が「それは無いと不幸、私は不幸」というような逆の問題を生み出しますし、本当は効率がよくはないんです。そこらへんを解決をしようとしているのが、ACRです・こういうのは楽しいな、こういうのが好きだ、そして一人でいても楽しい、色々準備をしつつこうしないとだめという思いにとらわれずにいたら、新しいことは起きえます。
2012.10.20
男性と話をしていて、何だかかみ合わない、気持ちをわかってほしかっただけなのに、「こうすればいいよ」なんてアドバイスが返ってきて。という場合には、アドバイスを求めているのではなくて思いやりを求めているのです。だったら、アドバイスを求めるような言い方をしないことです。これってどう思う?これってこうなのかな、と聞いてしまえば相手はあなたに不必要なことを伝えてくるかもしれません。(本当にアドバイスを求めているのではない限り)でも、自分が思いやりを求めている、としたらこういうのがあって、いやだったんだ、本当につらかったから今は気持ちをわかってもらいたいな。解決はね、気持ちが落ち着いたら自分ができるんだ。と伝えておくことも、できます。そうしたら、相手はズバピタとそれを与えてくれます。実は、自分が欲しいものをちゃんと伝えておらずに相手がしてくれないと怒ってしまう場合には自分が欲しいものは与えてくれない、という信じ込みがあります。だから、伝えても本当にほしいもの、思いやり、ではなくてアドバイスを求めてしまったり、何をしてほしいのか自分でもわからないままに伝えていたり、相手からしてくれないと自分が怒る結果になるような伝え方をしているかもしれませんね。真のコミュニケーションは、お互いがすごく満たされますが実はこの方法は、かなり学ばないとならないものです。でも真のコミュニケーションは、自分が満たされるだけではなくて相手も非常に心を開きます。わっはっは。話せば話すほど、とてもとても満たされるような心が温まるような、涙が出るような、そんな経験をしていってください。アセンションについては、後日伝えることがあれば伝えます。
2012.10.19
このネット恋愛でのことに関して指摘を受けたことが以前有り、そのときは「結婚願望がですぎているから」と漠然な回答でした。しかし、結婚願望が出すぎている、ということのほかになにか違う部分があるような気がするんです。占いで解消できないと思うんです。――――――――――――――結婚願望が強すぎる、という意味は、その占い師さんが感じたのが、何かわからないんだけれど占い師さんにもいろいろおられて、原因が分からないと、言う事がないから、結婚願望が高すぎる、という方もおられます。あるいは本当にあなたから何かを感じ取っている方もたくさんいて、なんだかなー緊張をし過ぎてその人らしくはなさそうだなーと思ってそういう人もいるし、それならばその緊張を取らないとならないしあるいはあなたと話していて、何だかなー恋愛をしたことがなくて、恋愛をしたらすぐに楽しめるし、相手のことを好きになれるところもあるのに、その前に頭で考え込みすぎていて(これが結婚願望かな)こうじゃないとああじゃないと、と思い過ぎて好きになれる人もわからずにいるぞ、というふうに感じ取る場合もあるでしょう。そうであれば、ちょっと実地が必要だ、というような意味で言っているかたもいるし(恋愛をしていくと、恋愛体質になります。)あるいは、結婚結婚、と最初から、焦っているのが出そうだとか。いろんなことを直感的に感じているんでしょうとは思います。それぞれ、結婚願望が高すぎるのだって、それがどうその人に影響をしているか、というのは、上に書いたように、人ぞれぞれ違うかもしんない。ちょっと話がぶれますが、本当に恋愛体質の人って、すぐに相手が現れやすい人って面白いことをしています。こっちの人と少し話して、それでおしまい、こっちの人と少し話してそれでおしまい、という流れがあるんだな。結婚をしたいとか、恋人を作りたい人って、話す以上は、絶対に相手が素敵じゃないとならないし、話す以上は、上手く言ったら成功で、上手くいかないと失敗でという緊張が高すぎるんです。でもそういうの、なんちゃら願望とか、成功をさせないとというストレス(気合のようだけれど、裏返るとストレス)がないと、いっぱいの人と自然と話していてしかも話したから、その人が好きになってくれないとならない、と思っていない。そう言うときってさ、恋愛ってしやすいじゃない?例えば、気持ちがくしゃくしゃして、一人で飲みに行っちゃったりするよね?そうして隣にいた人と、なんとなく短く話して、それでおしまい。その人が素敵だろうとそうではなかろうと、別に相手とどうなろう、なんて思ってない。そしてまた別の日に、ソフトクリームを食べていたら、こぼしちゃって、かかっちゃってあ、ごめん、いいですよ、なんて男性と話し、そうしてそれは忘れていてそう言うたくさんの流れにいちいちこうだああだーと理屈を付けては失敗したうまくいかない、上手くいった、とごねて流れを止めておらずそういうときって、相手に対してすごいしがみつくような何かがないんです。そんなふうに自然にたくさんの人とごく普通に接してそれも忘れていたりして、そしてまた、本屋さんで立ち読みをして、後日その人に会う、みたいなことなんです。あまりに自然に流しているからわからないけれど自然な流れに乗っていると、その総合が、あとからやってくるみたいな。でも恋愛をしたいしたい、って思っていると、一つがうまくいかないとずっとくよくよ考えたり反省をしたり、その間にある自然な流れを止めてはいます。何というのかな、恋愛をするときって、本当に目指していないんですよね目指していなくて、でも自然と話していて、ステキな人も現れるけれどそこに視点なんて向けていなくて、そうしていたところがなんだかそういう人がぽつっぽつっと現れてそしてメールをしている人もでてきて、でもそういうときにいちいちいちいち、結婚をしたい、恋愛をしたいと考えていると、止まっては駄目だって上手く言った―と悩むわけで。そういう流れがいいときってなんとなくあちこちから声がかかるしその中で自分がしがみつかないとその中に付き合うことがでてきたりして。ご自身が恋愛をするときも、何も考えていない時に現れてはいないですか?ということは言えるよねー。
2012.10.19
失恋の痛みというご相談がありました。最近、恋愛の活動をしているのですが、過去のトラウマなのか、過去の相手はもうすでに忘れてしまったぐらいであまり思い出すこともないのですが、相手にされなかった悲しさもあり、ネットでの活動で、毎日連絡を取っていて、2日程相手からの返事がないと、退会手続きをとってしまいます。待ったほうがいいのか・・・、なかなか次に進みずらくて。ああ、また相手にされなかったな。特に自分に魅力がないんだ・・・とかは思いませんが、またか・・・。というような疲れが残ります。これって、セッションで癒せるものなのでしょうか?---------------------まず最初に、これをどうやって癒すか、というと、あなたの個性の中に入ってしまった癖の修正をしていきます。で、あなたの癖なんですが、(他の方の失恋の痛みはまた全然違う癖がありますから)上記の書き込みから言えば、何か嫌なことがあるでしょう?そうすると自分を責めて、自分がダメだったせいだと感じやすく、そして同じことをしたがらなくなります。という事をされておられますよね?「そこには近づかないようになる」という癖があるんです。これは、ご自身で観察をすると、あらゆる事柄に出てきていることでしょう。つまり、恋愛の姿勢って生き方の姿勢なんです。たとえば、仕事で何かをしようとして叱られた、するとそれをしなくなる(無意識に)というようなことですね。でもさあ人、によっては、何だと?馬鹿ヤロ。俺はやってやる、みたいな人もいるわけで、つまり言いたいことは、何かをしようとして嫌なことが起きた=だから自分が全部だめ、というわけではないです。で、それらは、失恋を契機に「出てきた」のであって、本当はその失恋が原因ではありません。もともとあったのが強く見えてきた、という部分なのです。だからセッションでは臭いにおいはもとからたたなきゃだめ。というところを、整理します。(古いコマーシャルでご存知の方はいないかもしれませんね)人によっては、親に叱られてそうなった、とご自身は思うかもしれませんがそれよりももっと前に、ご自身の中で、自分はこういうときにはこうする、という方法をその人の中で決めて採用をしています。んだからさ、セッションでは主に、最近は胎児によくいくよね?胎児の痛みを修正をすると、幼少期の嫌な思い出が変わっていてという事はセッションの間に、経験をされるでしょうが?癖、というのは、その人の生き方にもなっていますが、つまり脳は、「こういうやり方をする私が私である」という誤解をしています。あなたであれば、失敗をした時に「ショックを受ける」のを自分として保存をしようとする働きがあります。それは、そうしたら、自分を守れるという誤った誤解が、本能の部分に組み込まれてしまうからなのです。火を見てやけどをするから二度と火を使わない、それが良い方法である、例え良いものはもう永遠に得られなくても、というような思い込みです。・実際には、それは単なる癖なのですが、この、かたくなに「自分はこういう風に生きるんだ」という脳の中の方法があって、その癖を繰り返す部分が、「エゴ」と呼ばれています。エゴというのは、わがままではなくて、「自分はこういうものなんだから変えないんだ」という部分をエゴ、と呼びます。あなたであれば、何か悲しいことがあったらショックを受けて自分を責めて、そして、それをやらなくなるというような方法をするものこそが自分だから、これは変えないというようにかたくなになっている部分にセッションでは切り込みます。癖の部分というのは面白くて、修正が出来ると同時にその失恋に対する痛みもなくなっていきます。というのはその修正の段階で「何か嫌なことがあると、自分が必ずしもダメだというのは本当か?本当に全部同じことが起きるから、怖がってやめないとならないのか?そんな怖いことなのか?」という誤解を取るわけですから、もちろん、失恋の痛みも、それらがなくなると同時になくなるわけです。ただし、失恋はその人の良い思い出とくっついていたりするかもしれないし、他の事も微妙に絡んでいて、忘れたがらないこともありますし、少し時間がかかることもありますが通常は、楽になっていくのは案外早くから、あわられることも多いです。ご自身でするヒントもここにあるのじゃないでしょうか?自分は、ひょっとして、嫌なことがあると、全部自分が魅力的ではないせいこういうせい、ああいうせい、と自分のせいにしていないか?そうとても強く信じている自分がいるのではないか?そうやって、もう嫌だから、二度とそんな感じ取り方をしたくないから逃げて逃げて、逃げると恋愛は出来ないよ(笑)そう言う嫌な状況を含めて人生であり、でもそういうのがあってもよいことがある、というのを信じていないのではないか?という事だと思うのです。恋愛は、あなたがもし、自然体になったら現れます。現れては良い部分があり、完全に付き合えないかもしれないけれど楽しみそしてまた良い部分があり、本物が現れる。これについては少し詳しく書いた方が役に立つんだろうけれど時間があれば。」でもね、これは不思議なんだけれどね、本当にそう。
2012.10.19
占いはその人が信じている以上、その人にとっては真実です。占いによっては的中率が高いものもありますが人の意思をそれによって抑え込もうとした瞬間から本当に当てたい部分が当たらなくなります。要は肝心なときには外している、という意味です。それだけ検挙ではないとならない難しい職業でもあるように見受けます。その人に、ある意思と意図がある場合、占いの支配下にその人はなく、占いはその人にとって、真実ではありません。それ以上のものに出会います。人はすべての人が、起きえるべき事柄の影響は受けますが、つまり嫌なことはあってよい、という意味ですが、それらは、意思と意図がある以上、その意思と意図が優先をされます。天野
2012.10.10
11月10日あたりに、一般参加のセミナーを開催しようと思うのですが皆さんの関心があるテーマがありますか?どんなことでもお伝えすることができますし、解消をしていく時間には出来るかと思います。ただ、異性については細かくなってしまうのでそれであれば、夢を叶える、といったことでサポートをしていきたいです。異性としての気をあげることもしていけば声はかかりやすくなります。それもできないことはないんだけれど即効性がある人とない人がいるからそれでないとがっかりしちゃうから、ほかの目標と二本立ての方がよいでしょう。であれば、それらを整理しながらいくつかが同時に叶う方向に行く習慣づけができるでしょうし。それと今までの癖が引っかかっているとしたら、何かを解決して自分で進んでいく方向をわかりやすくはできます。異性として誤解を生むことが多いのであれば、その解消を探していくこともできます。また、もう少しスピリチャルな面でのサポートもできます。自分の使命、あるいは、自分が人生で引っかかっている事柄の接し方今上手くいっていないことの改善など。自生の扉を開けていくことなど。あるいは、パーソノロジーをお教えすることもできます。こちらは大学生時代に習った知識で、かなーり年月を経た後で、スリーインワンでも再び、構造機能として習いました。今回はもともとあったオリジナルのパーソノロジーを学び、自分の資質やあり方引っかかりやすい問題など、自分の個性、すなわち自分の脳の機能、考え方の傾向から、知ることができます。また、自分が気になっている相手とのすれ違いがなぜ起きるのか、どう解消ができるのか、ということを知ることができます。自分の中で何かが起きやすい、改善をしたい解決をしたいという事はありますか?10時から午後5時くらいになるかと思います。現時点では詳細はまだお伝えできませんが、内容について知りたいことがあれば、教えて下さい。本来は自分で決めればいいのでしょうけれど、皆さんの知りたいことをしたほうがいいかな、とも思います。この件につきましては、shosekishinkan(a)yahoo.co.jp(a)をあっとまーくに変えて、ご送信ください。1週間ほどこちらのメールアドレスで、アンケート募集をします。
2012.10.10
日記と関係ないのですが、相談させてください。結婚を前提に付き合ってる彼氏がいますが、この人でいいのかなと、ふとした会話などで思ってしまいます。かといって別れる勇気もなく、何となく違和感や不安がつねにありもんもんと悩むばかりです。悩むこと自体が疲れるので、別れたほうがいいのかなとも思うのですが、もっとちゃんと心や体で感じて決めたいのです。でも彼氏に欠点があるとか、これを直してほしいとかではないので解決できません。判断を間違わずに、決める方法はないですか?-----------------------こういう場合、実に様々な原因があります。人によっては違和感があってくっつかない方が正しいかもしれませんし人によってはただの気にし過ぎ、マリッジブルー様のものもあるでしょう。さて、この方限定で話をします。要は皆さんに起きていることはまた違うかもしれないけれど、という意味ですね。さて、この方の思い込みの中に、「彼に欠点があるとかこれを直してほしいとかではないので、解決ができない」という物が挙げられていますが、ここが、問題を生み出している部分の思い込みです。つまりセッションではここの思い込みを外すことをします。すると物事がクリアーになっていきます。さて、この思い込みがあるとどうして問題になるか、というと、通常、この思い込みには、「だって、自分が違和感を感じても悪いしもめるし言ってはならない」という深い深い禁止が脳の中でセットになっています。でもそれがあると、違和感を簡単に感じて解消というのができなくなります。脳にそういった思い込みがなければ、すごく気楽に止めずに違和感が身体を流れていくために、簡単に理由をわかります。要はその思い込みがあるから、本当の違和感の原因と(とても小さい)その簡単な解消が思い浮かばない、ということなんです。例えば、「あれーこの人、こんなところが違う、おかしいなと思ったけれど(びっくりがそのまま流れて他の気持ちに変化をする、でも思い込みがある人はこのままびっくりがずっととどまってなんとなく違和感がずっと長い時間ある)面白い部分でもあるなあ(思い込みがなくて違和感、びっくりをそのまま受け止めているのですぐに変化をする)あるいは、あれ、違うやり方なんだ(とすぐに感じ取れる人はそう感じる脳の中でそんなの感じてもいけないけれど感じていてでも相手が解消をしてくれないしでもできないし、というぐるぐるがある人は、そのびっくりが流れていかないでずっとどまる)あ、わかった、じゃあ、私は違うやり方でやるからね(流れた気持ちはすぐに決意に変わる)」と決断がすぐにできたりして、結婚後、簡単に自分のやり方をもめずに実践出来たり(相手に嫌がられることもなく)します。あるいは、ある場合には、「あれ、ここはちょっと違うぞ(ここで思い込みがある人はとどまる)こうしてもらうほうが楽かな(思い込みがない人はすぐに気持ちが正しい方向に向かっていく)」というのを感じたりします。通常、皆さんの中の「どうしても相手がしてくれないと解消ができないんだ私はそういう相手に傷つけられてきたからそれを解消をしてれないのが嫌だ」というのがありすぎて、そればかりが脳の中で再生をして強いこだわりとして感じるのですがつまり、相手がしてくれないからできない、という気持ちばかり感じるという意味ですね。あるいは、相手に言ってはならないんだけれど、自分では解消ができないし嫌だし、という不安ばかり残るということです。でも、その思い込みがない場合、ほとんどが、自分ですっきり解消ができるものなのに相手にしがみついて相手を変えようとしている、という事にも気が付きます。つまり、違和感を簡単に流していけるということは、(相手に言ってはならない)(相手は変わってはくれない)(自分には何もできない)といった、身体の感覚、諦めの何もできない感覚を瞬時処理できる本来の自分でいるということでもあります。こういったスタイルを持っている方々の多くは、女性であればお母様が同じスタイルを持っていて、お父様に対して若い時(その本人が大きくなったりお母様の老後は違うとしても) 違和感があるけれどあの人がやってくれないしできない、というのを見てきた人々に多く見受けられます。脳は幼少期に見たスタイルを自分も採用をしていくので、そのために家族の結婚形態が似てきます。つまりこれらの問題の解消は、先祖供養でもあるし人類皆のテーマの修正でもあります。自分たちの思い込みを変えていくことは、本当に幸せになりたかった人々の夢を叶えることでもあるのです。また、違和感を簡単に感じた場合、「こうしたら解消するな」というのが簡単にできて、は、説明したけれど、なおかつ、その100個に1個ぐらいが、本当に大事であることがわかります。そして本当に違和感を流していった後に残るとても大事であることについて話し合い、というか自然な形で「これってこうしたいな」と伝えており、相手がそれに対してどう反応をするかを伝えているためによく知っているのでその人がただしい人かどうかをわかるか、あるいは凄く親しくなるか、という事が起きていきます。100個に1個ですよ、大事なのは(笑)思い込みが全部の違和感は相手が変えてくれないとならないと大げさに見せているのですが自分の本質について大事なことは、とても少ないのです。そしてそれを見分けて本当に大事な事だけを話したときには確実に相手の反応はとても親身です。自分が本当に自分を取り戻した時に大事なことについて話をするときにはそれは通じます、それはとても不思議です。要は、違和感の出所が本当はわかっていない、それは、脳の中に感じたらまずいし、相手に言っても解消が出来ないという思い込みがあるから、相手と自分の問題になってしまって自分がどうしたいのかが分からないままに時間が過ぎていっている、ということなんですが。伝えようとすると大げさになるし相手が何かをしてくれないと解消が出来ないという思い込みがあるから、ということですが。とてもとてもここはわかりにくい、と思うので一個だけ、違和感が出てきているところを考えてみると良いんじゃないでしょうか?ふとした会話から違うと感じているんだからああ、彼はこういうスタイル、で、自分はこうがいいんだな、というのをとどめずに感じておいてください。自分はこういうのが良いんだ、なんだ、彼から学んだなあ私と彼は違う人間、彼はこういうものがよくて私はこちらがよいからこちらを実現をするのは自分でもしていこう、それらをしていって本当に彼の協力が必要なのか、あるいは、ただ気が付けば気がすむのか、本当にこれらは絶対に大事なこと、と思うことは伝えてまた違和感があり、また一致が起こり、そういう何回かのやり取りで深まるものがあり、だんだんとただの杞憂なのか、本当に合っていないのか分かっていきます。それが出来ないと誰といても(人は全員違うので)違う、と感じ(るので、誰に対しても)ても自分を押し込めてしまい、解消ができずに相手が違うのか、全然気にしなくてよいのか、一つ一つわからないままにもわっとしたまま、大きなわだかまりになります。こんなことやっていると、いつか、あなたは相手を嫌いになるよ(笑)誰といても。自分が本当に大事なものを自分で大事にしないから、相手がしてくれない、と思うから。小さな違いを解消をしていないから。、自分をおしこめてしまったから。でもさあ、ここがスムーズにできないもう一個の理由に、「自分が伝えたために葛藤が起きた」というのがありすぎて相手との違いが表れているだけのことを上手に受け止められないんだけれど。ま、いいや、長くなるから。親しい関係になればなるほど、あなたは違和感を感じるでしょうし。(ひょっとしたら女性とも距離が近くなるとこういうことは起きえるのかもしれません)だから、自分の違和感の出元を大事にすることだねー。ーーーーーーーーーーセッションでこの違和感への接し方を学んでいくことができます。自分自身と上手に接することはとても大切です。近日、尖閣諸島問題が怖い、という事で相談に来られる方々もいらっしゃってとても面白い結果が出ています。恐怖心が抜けてどうしたらいいのか分かると同時に自分の問題の解消の仕方もわかったりして、というのが、興味深いです。http://www.acoreading.com
2012.10.10
仕事で無理をして苦しんで達成しなければならないという思いは昔ありました。いまは、無駄をしていることに気が付き、断ったり、回避したり、工夫して楽にできるようになってきたのですが、やはり根底に必死にやりきった感動みたいなものが達成とつながってしまっており、楽にスルスルとやったことに感動がありません。同時に休日などに自分でいろんなことに興味をもって楽に、あ、やってみようというのができず(人を誘ったり、新しいコミュニティにはいっていくこともできない)感動が日々なくなり、辛くなってきています。根底にある私自身の性質的に1点集中でがつんとやりきることが得意な面もあるから、いろいろなことをやって得ること=中途半端という恐れみたいなものもあると思います。単純に人と関わり無視されたり拒否されることがものすごくストレスで、それを感じるくらいなら声をかけたり、参加していくことも嫌というのもあります。また、思い切って参加しても、やっぱり何か違う・・という違和感にさいなまれ、結局1回か2回でやめてしまうというサイクルにハマっています。私が求めているのはあの、必死にやった感動・・みたいのもあります。興味もったことにエネルギーを分散すると大好きなこと(私の場合仕事と結びついている)を一生懸命やらないことにつながる怖さもある。どうしたら楽にいろんなことにチャレンジをし、本当にやりたいことを探したり、仕事も楽しむし、プライベートも楽しむみたいな人生を楽しめるようになるのでしょうか。感動が欲しいのです。ごめんなさい、もうお一方、質問があった方がおられると思うのですが、どこかに流れてしまいましたね。気になるようであればもう一度お書きください。それとアドバイスはできるときに、皆に役立つことがあれば、します。全員にはできないのでご了承ください。また、ご自身で考えてどちらでもそう差はないときにはそれは自分で考える必要があります。極端に問題をしていることもあります。どちらでもそう差はないのにどちらかを選ばないとならないと思いすぎていたり。さて、本題ですが、人は皆、右脳と左脳の戦いがあります物理的には右、左、という区分ではないかもしれません。でも簡単に言えば、「こうではなければならないんだろう」と信じている部分と「私は本当はこういうほうに向かいたい」という部分が戦っている部分です。その戦いは、通常、親子の関係の記憶として保存をされている、というのがACRでの考え方です。例えば、自分と親が、「絶対にしたくない」「絶対にしなさい」という葛藤を記憶をしていたら、ほかの人にも押し付けられているでもしない、という葛藤を生むのは当然のことです・それ以外の方法や考え方がない、ということになります。その人が、親が「絶対にそうじゃないとならないからしなければダメ」と言っていて、自分がそうしたら叱られなくて、というのであれば、やはり無意識レベルでは人への接し方は叱られないように●●する、というのが選択となります。その人たちは自分たちで選んでいるようで、本当は過去の記憶の再現をしている、というのはこういう意味です。毎回毎回選択肢は違うはずなのに、人は主に時間を再生と再現とですごします。ここを書き換えることが潜在意識の書き換えですがそれは単に記憶をイメージで変えるのみではなくて感情が、ああ、これが本当になんだ、こうして大丈夫じゃんという気持ちが感じられて事実を探し出せることが重要になりここが少し一人では、難しい部分です。(というのはそれ以外にないとしか思えないから、感情も)さて、上記のことを踏まえながら言えば、この方は、本来、自分がとても熱心に何かをしたかったんです。そういうエネルギーは持っていて、それが本来の質ではあります。ただ、苦労をしないとそれが得られない、と信じているためにそれしかできないのですが、でも本来のやり方ではないと体を壊したりして、体もそれを教えてくれようとしたりもします。で、上記のことを拝見するに、セッションでは全然違うことがでてはくるんです。ですが今のところ大事なのは、あなたは一点集中をして成し遂げる感が大事だからそれをしていく、と決めてしまうことではないでしょうか?対象が大事なのではなくて、それがしたいことかどうか、というよりも自分が目指しているのは、何かを少し過激にして成し遂げた、というのがすきなのだから、その感覚を味わうことも優先してよいのです。おそらくなんですが、人に声をかけるのが嫌、というのも何らかに影響をしているので、そこはセッションでは見ていくのかなとは思いますが今人に声をかけるのが嫌ならば、なぜ一人でできることで頑張ってやっていかないのかな、とも思います。何らかのこれをしたら=こちらができない、という信じ込みがあるはずですからそれにとらわれないことです。脳の中に、本当は一人で自分が黙々と達成をできるのにそこができないと信じていて、何か必要な熱中をすることと必要ではない苦しみとがセットとしてないとダメと信じておられるというか。ご自身の在り方として、もし、人を集めて何かをしてというのが負担であり一点集中が心地よければ、一点集中仕事でバリバリやりながらも自分が不必要に人を集めようとしなくてはよかったり、何か二つのことを同時にできるようにしてみてください。ですがこれは例です。ひょっとしたら人を集めるのが好きなのに嫌がっているストレスがあるのかもしれませんしひょっとしたら嫌なことをしないと熱中はできないと勝手に信じていて嫌なことは嫌なことだけれど、でもそれをしなくても一点集中ができるはずなのでようは、二つの部分が統合をできていたら、本当は嫌な部分はちゃんと避けつつほしいものは手に入る、ということなんです。そしてそれは、とても細かなことにたくさんあるはずなので自分の独り言に注意をし、よく正しく考えてみることです。例えば、嫌なことをしない=全部をしない、とかになっていないかどうか人に声をかけない=だから、絶対に一人で熱中ができない、とか、熱中をして楽しむ = 途中でいろいろ細かく変更をしながらもどんどん熱中をしていいのがわからない、できないいろんなことをしていく=一つに深堀はできないいろんなことをしていく=全部にエネルギーを注がないとならない 全部均等にしないとならない、一つを主にやってはならない、一つを優先してはならない全部したら他は忘れるという思い込みがあるとか、いろんな思い込みはありそうです。でもそれら全部が=ではないので。両方できるでしょうし。無理をしていないと熱中できない、という思い込みがあるのは確かでしょうし。ここは頑張って良い部分頑張りたい部分少し多めに体を動かしてやってみたい部分、ここは不必要の区分がしにくいのですね。また、通常セッションではいくつかの思い込みを同時に扱うので、人に声をかけて、断られるのは私を●●と思っていることという誤った思い込みが重たくさせていたり、ほかのこともあるでしょう。脳がとても何かを信じているときってそれを避けようとすると極端にさけたり、それをしようとすると極端にそれをしたりするのでバランスがとりにくいですーーーーーーーーーーー体験談です。 前回セッションでは、幼少期の自分の願望を叶えたことで、その後の時間軸が変わってしまったという体験をさせていただきました。脳の中がすっかり違う空間に行ってしまったようで、あれっ、前の状態にはもう戻らない、といった実感があり、とても面白い体験でした。それと同時に、前の時間軸の上にあったさまざまな悩みの記憶がさーっと流れていくのを感じました。これも面白い体験でした。ーーーーーとても知的な方なので、独特の表現ですが何か時間の使い方が変わっていかれたのかもしれませんね。また、ある思い出の変更が、いろんな時間軸で変化を起こします。みなさんがセッションで経験をする絶対に変わらないと思っている相手がある時点を変えたことで、相手さえ変わっていたり自分がもっと違うことができたり、ということはよくあることでもあります。感想をありがとうございました。(ご本人の了解を得たものだけを掲載しています)
2012.10.08
>キャシーさん、質問があります。>こももさんの様に「対人関係」で無理をしている時は、脱力感や違和感があり、最近はハッキリと認識しやすくなってきているのですが、「仕事」=「無理して達成すべきもの」「楽なものはない」と言う思い込みがあるので「無理」をしている状況が当たり前になっています。>>事実、現在の仕事を頭では「待遇面・対人関係」に満足しているので「辞めたい」気持ちは少ないのですが、年数を重ねるたびに責任や仕事量が増えストレスを無意識に感じているのか「全身のかゆみ」に悩まされています。ここ2・3年で仕事量や責任に比例してどんどん状況が悪化し大変です。>頭では「まぁ、許容範囲」でも体が「キャパーオーバー」のようです。体の状況だけをみると体が悲鳴をあげているので、仕事についての考え方を見直す時期なのでしょうか?-----そうですね、確実にご自身が変わる時期かな、と思います。二つの思い込みがあると、そのどちらかしか、ないんです。でも本気で考えてみてください。効率よく、そしてうまくいく方法で自分にとっては、あまり負担がない楽なもの、もう一つは、ここはやらなくても、本当は周りも自分も困らないのに脳がそんなことをしたら死ぬほどダメだという思い込みにより絶対に見えなくなっている「だからしないと」という部分。周りの人々が断ったり、しなかったりしても成功をしているのであればそこに見落としがあることでしょう。あらゆる出来事が、二つの思い込みに作用をされてしまって見えなくなったことがありすぎるのです。セッション後、頭がよくなったように感じる、という方はとても多くおられてそれはこの二つしかないという思い込みがはずれるととてもよく世界が見えるようになるからです。実は本当は毎秒毎秒違う選択肢があるはずなのに、感じ取れなくなっているのです。例えば、ある仕事を任されて必死でやらないとと脳が反応をしてしまうそれに完全にという怯えがあるために、何もかも加えないとならないという判断が働き、30ページの大作を作ってしまい、相手にしたら必要がない情報ばかりになります。またとても疲れるし。でもその思い込みがなければ、すごくリラックスをしていたらその人は、反応ではなくて、はいはい、これするのね優先はこれとこれ、だから、今日の午後から、というようにいつするかもわかるし、手抜きではなくて、これはここまで求められているとよい意味で、判断がクリアーです。相手の立場に立っていらない物がクリアーにわかります。3ページあれば、それが事足りるのであれば、3ページ、しかも全部が必要なことのページなのでとても有効なものが作りだせます。何故一生懸命にするのに評価されないのか、という方々の場合思い込みに必死にならないと、とか、○○しないと評価されないというのが邪魔をしていて、不必要なことばかりしています。立場に立つのは自分の中にある、批判する相手という立場に立っているのでそもそもの前提に無理があります。本人は加えていかないと評価をされないと思っているものだから蛇足が多くなってしまうのです。脳が引っ張るんです、。判断を。二つの葛藤、つまり仕事をよくする、というのと楽にしていく、というのは、本当はぜんぜん矛盾をしていなくて双方にとってよい答えがあるのに全くわからないことがらをストレスを取り除くことでわかるようにしていくことは、重要なんです。でもまず、太字を必死で考えるというのもよいと思います。とてもとても隠れていることが多すぎて思い込みがあればあるほど、この二つが出てこないです。全く。でも思い込みがないとそれが、瞬時に上がるものなんです。本来は。
2012.10.05
前の恋愛からパタッと恋愛がなくなった。前の恋愛は両思いでしたか?それ以来、縁がないんでしょうか?一概には言えないんだけれど、前の恋愛で閉じてしまう方もおられますよね。頭では恋愛をしたいんだけれど、もうこんな○○は嫌だというのがどうも邪魔する場合があるようなので、こんな○○はいやだ、というのが強いと、そういうのをチェックしようとします。チェックが働く、ということは相手にそれを見てしまわざるを得ない、ということです。そして人を見るたびに、これもこの人も○○になると予測をします。それは無意識に動いてしまい何らかの傾向や似たところがあると判断をするとこれも○○だ、と脳が自然と思います。すると、相手もなんとなく面白くなくて魅力的なところは出さなかったりしたり、かかわってこないので、こういうふうになりたい、というように考えておいてください。○○はいやだ、という人は、全部そういう風に思えます、ちょっとした欠点も全部そう見えてしまう。(怒っていると相手をひどく悪く見ることがあるでしょう?日本に対して怒っていたらそれが客観的かどうかも疑問があるでしょう?)相手がこういうことをすると同じだ、と思うし。さらに、傷つくのも嫌だ、というのも、案外やっかいでもあります。本当は普通に話をするところで、相手を試しているような感じは出てきます。でもこうなったらいいな、というのであれば、色んな人々の違いが判ります、さらに、相手が心を開いてくれやすくはなることもあるし、それが魅力と受け止められることさえあります。あなたにこれが当てはまるかどうかはわかりませんが。という場合もあります。異性と気軽に話せる人は、異性からすると、開いている印象があります。あまり、こういう人ではないと(真剣に付き合わない人とはあまり楽しくないなど)嫌だ、というのは持たないほうがいいかもしれませんね。それは自分が理想を下げることではなくて、自分がオープンになり、楽しんでいると同じ気質が集まるためです。異性として見られないと、付き合う気がないと、という場合オープンな楽しい気もかなり下がっています。このオープンで楽しい気が、魅力みたいなものです。こびるのではなくて、普通のあなた。はどんなあなた?を取り戻したら、またモテ始めた人がいました。この方も失恋から縁がなくなり、ですね。面白いです。八百屋のおじさんと楽しく話せることだって、とてもよいことなんですよ。理想ではない物を受け入れるのは、自分を下げる、ということではなくて自分が異性といて楽しいという経験値と、気をあげるためのものです。自然にできていたらね、自然に。
2012.10.04
過去の恋愛で、自分が悪かった、とくよくよする人は実はその恋愛では、あなたが「それ」をしてもうまくいっていません。もっと違う理由、。あなたがそれをしなかったせいではなくてあるいはしてしまったせいではなくて、相手が抱えている問題や二人が全然目的が合っていないという問題や、それらがあって必ず同じように別れていたのです。それは本当に確実です。もちろん、至らないところは二人にあるわけでそれはそれで見直して完了をしていいのですが。それは見直して終わりです。「それ」があったためではないので次回は出来る範囲で、正直でいよう、とか、出来る範囲で、「最初から自分の要望ばかりにならないようにしょう」とか「自分は相手がここを認めてくれないと変になるからもう少し認め合う関係でいたい」とか、次の恋愛で生かすか引き寄せるものを明確にするか、で、生かせばいい。後悔をしていると、実は、先の恋愛をしなくなっています。他に好きになれる人もなぜか現れなくなるしずっとその人との課題を終わらせたくてその事ばかりを考えてしまいます。その人が好きだから、ではなくて、その人と未完了の課題を終わらせたいのです。自分が悪かった、とくよくよしているには二つあり一つは自分を責める癖があって、もう人生すべてに消極的。自分さえ直せば変わればこんなことをしなければ、人は自分の思った通りにいい人になり調和ができて、人には問題がなくなる、と勘違いをしている場合が一つ。それは脳の中で、幼少期、両親の問題は自分の問題だと引き受けてしまった誤解によります。これを感じている気持ち自体は、相手を好きなようですが、実は全然愛していなくて(いや、好きな部分や愛情が本物である「部分」もあるけれど、「後悔」そのものの「痛み」は愛情ではありません)(そこが近年、痛みは愛情ではない、とても混同をされるけれど、と説明をされているところですね)ただ単に、「自分が自分のせいでできなかった」という自分のとても大きな課題を整理できていないから苦しいのです。また時には、相手を何が何でも言うことを聞かせたいという欲求が強く隠れていて、(二つ目)二人が合っていないところもありえたかもしれないのに、そこを認めるものか、私はあなたがよかった時期しか認めないし認められない、絶対に私が変わればあなたは私を満たすはずだ、本当はもっと違う人生のはずなのよ、とこだわっていて、という強い強いコントロールしたい業のようなものが、その人の課題であることもあります。これらはその人が背負っていて繰り返し人生で創りだすものですから脳の誤解が解けていくと、人生変わります。出会いも変わる人もいます。というか、本当は変わるんですが。下の場合は特に絶対に自分が変える、変えてやる、というのが、しつこいんです。相手が抱えている問題とかがあるんだと、理解がしにくいし。だから、見ていると、1回のセッションでは他の部分通常は、何か別の、仕事や他の部分が楽になっていることが多いです。あるいは、案外初めてのほうで、その苦しみが変化をし、楽には楽になる部分がでる人もいて、つまり耐え難かったのが全然耐えられて来たりします。でも、まだまだすごくこだわってしまうところ自体はまだあって、苦しいということは多々あるでしょう。でもいずれ、セッションで溶けていくに従って、すっきりするし課題が終わるわけですから、本当に違う未来が出てきます。愛する、というのは、自分が変われば相手に問題がなくなることを望むことではないのです。例えば相手が、まだ過去の恋愛の傷が癒えていなくて疑り深く、付き合い始めはいいんだけれど何かに引っかかると疑ってしまって、切れて別れるのを繰り返す、としたら今はその相手はそれをしていたいわけです。その例で言えば、その怒りたい相手は、ずっと繰り返し他の人ともこれをするわけで、あるいは、その女性との間だけで出たのかもしれないけれど、それが出てきた、という事実があります。事実である以上それを出す相手が、その人そのものであり自分が優しくしたから変わっている(時が一時的にある)相手や、恋愛初めでとても優しい相手が本物の相手ではないのです。その例で言えばですが、怒っていたい時期があるのに、自分が変われば相手も愛して幸せになるだろう、というのは、至極自分サイドの、勝手な理由でもあります。恋愛はじめの楽しさがあれば、これを求めていたんだ、これを求めるぞでおしまいにしてごらん。それで楽に徐々になっていける工夫をするならば、、つまり、楽でいられるならば、、何か面白いことは、現れるから。おしまいにしようとしてもしようとしても葛藤がある、としても、お終いにしよう、そしてもういいんだ、と思い続けられる手段を探していけるならばそれも全く違う状況にいずれは、なるし。これがなくなった悲しいこの人にもう一度何とかしてもらわないと、と、こだわると、似たようなものがやってくるし、失うこと(相手に執着をしていたのに戻らない時間とか相手とか)もあるし。でもね、できなくてもいい、それはそれで、あなたのサイドにもこだわりたいものがあって、それが今は大事だからなんです。さて、その男性たちであれば、過去の課題を整理するために、怒っていたい時期があり投影をしてこんな人、信じられない、と関係が築けない時期があります。とまあ、その男性男性によって、課題があります。その女性に向き合う気持ちが少ないのかもしれないしその女性といて、自分の完璧主義が出てしまったのかもしれないしその女性といて話しあうという点がやや苦手で逃げ出したくなる癖があるのかもしれないしその人が、きちんと本当に人を愛したいとどこか言葉ではなく(言葉ではないのです。本当のその人の気持ちは)自分の怒りやそういったこだわりよりも、幸せになろうかな、とどこかの一部が思った時に、というか感じる時期があって、そのときに、その人は、ほかの人との対話を始めていきます。その人がその人であることを、受け入れたときそれが変われない事実であることを受け入れたときにそれが受け入れる愛情ですしそうすると初めて脳が、「じゃあ違う関係を生み出そう」と課題を終わらせにかかります。そして本当にその人がぴったり合った相手であるときにはそうやって手放すとよく帰ってくることがあります。現状が正しく戻ることもあります。が通常は、学び合う関係なので、そこを望んでいることはあまり適切ではないことがほとんどです。でも夫婦とかはね、特別な縁だからやっぱり。色々元の状態に戻りやすいことはある。とは言っても、今、学んだこと全部、自分ができないととか、変えないとならないわけではなよ。少し気が付いた時点でも人生は変わるものです。変な完璧主義にならないこと。また、嫌だ嫌だ、こんなのできない、ということがればこんなのできない、どうしてもこだわりたい私が変われば、その人は自分と向き合っている自分が望んでいるその人であるはずだと思いたい、それを捨てられない捨てたくない自分を受け入れてみてください。これを受け入れるのは、こだわって相手に押し付けるためではなく自分がもう幸せになることを諦めることでもなく(全然逆なんだけれどエゴはそういう嘘を言うからなあ)自分が大事なものをもう捨ててしまうことではなくて(逆なんだけどね、本当にそういう、求めていることを次に創りだそうと前に向くことなので)そう言う自分がいる、という事を認めることで認めると、潜在意識上、ゆっくりと、動き始める何かはあるからです。ーーーーーーーー自分の課題(業みたいなもの)を完了させ違う未来を築きます。http://www.acoreading.com
2012.10.02
付き合う人の欠点(弱さ)が気になってでもほかの人とはなかなか縁がないしその人がいないと寂しいし必要だし。その人は確か優しいんだけれどなんちゃら、とか箸の持ち方が、どうちゃら、とか書いておられたように記憶をします。という場合ね、たいてい、その人と結婚をしたりします。どうしてそうなるか、というと、一回ぐらい、相手がその人を捨てる危機が出てくるのね、そんな比較をしていると。すると、大事さが分かるよ(笑) ピーピー泣いていなくなったら、どんなに大事かわかった~、とかね。でも、本当に学びのためだけで、その人から学び謙虚になって、もっといい人同士くっつくための付き合いもあるにはあるけれどそう言うこともあるには、ある。ただ単に学びで出会っている場合は別れます。別れて大事さがわかったら、今度は、それを大事にしよう、という気持ちのほうを後悔よりも多く持ってください。本当は異性を引き寄せて出会うのって案外簡単。皆のやっているのは、後悔ばかりでしょう?そうするとテストが終わらない、そうじゃなくてああ、こういうのだと無理なんだ、じゃあ次はこうしよう良い学びでした、で気持ちが完了をしたら次はやってくるから本気でやってみてください。本気で、だよ。皆後悔をして前のことやり直すことばっかりに必死なんだもん。そうじゃなくて、ああこういう人だと私はこうなるしもっとこういう人がいい、そして、ここは自分は直していこうかなと軽く脳の誤解がない状態で思えたら前に進みます。カルマが変わるから。それから、本当にもっとふさわしい人を探したいならば探せばいいけれど、具体的ではない人は探せない。具体的ではない、というのは、その相手の欠点が、ただ、自分に手に入ったものは嫌だ、という信じ込みから来ていたらただの無い物ねだりなんです。つまりね、そういう欠点がない人が好きなわけではないんだ。その欠点がなくてしっかりした人ならば今度は逆にあなたに文句を言うわけだから(あなたの信じ込みがそうだから)つまりあなたの中で、片方がしっかりしていたら片方がしっかりしていない、嫌になる、信じているから、その人が足りなく思えるわけです。そうすると、今度は相手がそれをやってくれちゃう。自分が完全で相手も完全だと信じている人はというと、言葉が違うな、自分は自分で大丈夫だ、という安心感がある人が、という方が近いかな、本当の本質が合っているかどうか本質を、見られるのでその人に本当に合っている部分を見ます。つまり、人との付き合いが楽であり、どこかで安心をしていると、その人は、余計なものに囚われません。箸の持ち方がおかしいと不幸になるのは本当か、という話なんですが。自分が不完全であると信じていたら、その不完全なところは相手が持っていないとならないわけだよね。だからいらっとする。頭で選んでいて理想を選ぶと、そうするとその相手といるのもつらくなったりね。もし本当に、自分の魂の質がね、しっかりした人どうしで何かを達成したい場合には、もうそういう、しっかりした人じゃないと生理的に無理になる。最初から違う相手とは付き合えない。そう言うふうに、本当に必要なものを持っている人が必要ならばそういう人と一緒にいるし。でもそれを選ぶのは、頭ではないんだよね、もう少し体や魂がこれが本当に必要と感じていて自然とそういう人と知り合う、というか。自分の中の信じ込みがすべてを創ります。そしてその中に自分は完全なものなんかいつも手に入らなかったじゃん、という怒りがあるとそれを投影して相手の欠点ばかり見るんだな。誰といてもそういう人っている。幸せになるには、自分が本当に求めていないものは捨てていくことです。完全じゃない、完全に見せてくれない、という怒りをすり抜けていこうではないか。自分の中に完全じゃない、いつも不完全なものばかりという怒りを抱え込んでいると、常に不完全ばかりを引き寄せますしそうとしか思えない。ちょっと自覚してみ?相手が好きかどうか、相手が必要かどうかではなくて、今、私はこんなんじゃないんだし、私っていっつもこんなんしかもらえなくて嫌なだなし、と怒っている感情が支配をしているなーって。そこから真実が感じられるようになるんじゃないかな?まあ時にはね、夫婦で甘えあって、いやだー嫌だ、って言っている場合もある。こんなの嫌だあなたのこんなのも嫌だ、と言いながらも本当は本質は離れていなくて、ある時期、お互いに何かがあって病気をしたり、ちょっとお互いにそっぽを向いたり、傷ついたりしたときに、相手が大事なことがわかることもあるし。相手の本質を見たうえで嫌なら嫌だし、好きなら好き、だしね。ーーーーーーーーーーーーーーそんな潜在意識の怒りを癒していきます。http://www.acoreading.com
2012.10.01
という相談内容について動揺してもいいんですが、動揺している気持ちは事実ではないなあ、ということは知っておくことです。わーすごいかわいそうだと私は思っているなあ凄いことが起きているかもね、と思っているなあでもそれが事実ではなくて、「私の気持ち」なんだな、と自分自身に向き合いましょうか。事実ではない、というのは、事実な面もあるけれど考え方次第で変わっていくことがあるから、それに未来は変わるんだし、その可能性も見られるように心を受信的にしておく、ということです。子供は子供で大丈夫かもしれないし、そういう時期ってあるのかもしれないし、子どもは子どもでこの経験から学ぶんだろうな、という事を知ったうえでどうするか、です。しつこすぎるのであれば、それは徐々にお子さんがどうするのかを学ぶとは思います。動揺をしないふりはいいのですが、それが負担になるようであればこんなことが起きているんだ、それはお母さんも哀しいな、と思うよというのは表してもかまいません。そうなんだねえ、と感じるとしても、そういうことがあったんだねえ、お母さんも少しびっくりしちゃった、でも、大丈夫かもしれないねえと気持ちと事実をはがしていくことは役に立つかもしれませんし、こうしていったらいいかな。とお互いに相談をしてもいいのです。通常、怒りすぎる親、というのは、動揺を上手く処理ができておらず変に隠そうごまかそう力でねじ伏せよう(自分自身元気になったり相手の動揺を必要以上に止めようとしてしまったり)とするからそうなることが多いです。動揺をしない、というふりは時には負担になりはしませんか。しつこいから嫌がられるのがわかっているのであれば、しつこいから悪いのよ、ではなくて(それは分からないし自分を抑え込むようになるので)そういう会話が出た時に(兄弟とかに)こういうふうに、絶対にこうして、と言っても、○○ちゃんは、こうしたいんだって、程度で、そういう考え方もあるんだと接する機会を多く持ちます。しかも簡潔に(が難しいんでしょうけれど)徐々にその子自身が、あれー人と自分は違うんだ、ということや、どうしてもしつこくなる自分の癖とそれをどう処理をして人と接するかを学べるといいな、とは思います。犬のしつけと一緒で、そういう事件が起きたとき短く、繰り返し、そういうことが起きた時に短く、ではないと話しても通じないですから。それに分からないところにきてそれを説き伏せようとすると、言葉が頭に入っていきませんから、それは注意が必要です。
2012.10.01
一つ伝えておきますが、ほっておける、というのは、何もしない、という事ではありません。正しく対応をする力を持っています。心理的な負担なくすべきことをする状態です。だけれども、これがあってはだめ、と焦っていない状態であるだけなんです。手放すことーの力はー とても大きいんですから。
2012.10.01
子供の心のケアは本当に考えさせられますね。私の友人の娘さんがパニック?になってしまったことについて何か対応のアドバイスを頂けると有り難いです。友人の娘さんは小1で下には年中の妹がいます。遠足の日に、少し早く集合場所へ行ったら誰も来ていなかったので、不安になり教室まで行ってみたところやはり誰もおらず『皆は私を置いて行ってしまった』と勘違いをし、教室でパニックを起こしたそうです。それ以来、家で一人で留守番も不安でできず…妹の習い事で母親と少し離れるにも不安なようです。離れている間は何かを諦めたように抜け殻のようになってしまっているそうです。子供が安心できるまで抱きしめてあげたら…とかアドバイスしてみましたが、娘さんの反応はいまいちのようです。友人もどちらかと言うといつも焦っている感じで落ち着きのない子なので、安心感を与えるとか子供をよく見るとかできてないんだろな…と思います。娘さんにどう接していってあげればいいのか、アドバイスお願いします。サボさんご質問は、娘さんにあなたがどう接したらよいか、ですか?それとも、お母様が娘さんにどう接したらよいか?ですか?Re:子どもが仲間外れで動揺をする サボ さん お母さんが娘さんに対してどう接してあげたらいいのかを知りたいです。宜しくお願い致します。サボさん、サボさんの善意は良くわかるのですが、通常、こういった問題の場合、お母様もプレッシャーを感じておられます。事実を認めたくなかったり、どうしてよいのかわからなかったり。そのために、ほかの人が「自分よりも解決を望んでいる」雰囲気を感じるととてもプレッシャーに感じます。あなたにしたら善意であるのは良くわかるのですがその問題については、その人が、解決をしたい、とご自身が相談してくるのではない限り、ほかの人からの(善意ではあっても)介入はプレッシャーになる、ということでもあります。例えば、あなたのご主人が風邪をひいていて、確かにそれは治したほうがよい、という事実があるんでしょう。でも、他の人が、こうしたらいいわよ、ああしたらいいわよ、というと負担ではないでしょうか?あるいはどこかでご主人の風邪、治すようにもう少しちゃんとしたらいいのに、と思っていることに気が付いていたら?それよりか、多少風邪が悪くても、あなたがうまくやっていると信じてもらえたほうが、具合よくはないですか?それは、どの程度自分がその問題を重要視してどの程度治したいか(今はそれほど緊急ではないとどこかで真剣になれないのかもしれないし)という自分なりの速度を無視されたからでもあります。そういったことがどうして起きるか、というと、「それを何とかしたい」のは、「自分であって」相手ではないからなのです。この気づきは、大切です。まとめると、ご自身に自分は問題があることがいけないことだ、ということがあったり問題を無くそうなくそうとしていると、それは自分の我であって相手にはかえってプレッシャーになることがある、ということなのです。ご自身が相手の問題がいけないことだ、と思い過ぎている、ということ自体が、相手の負担になることもあり得る、ということでもあります。親切なんだけれどね、なんだか一緒にいると息苦しいの、というのはそういうところからきます。ご自身が娘さんに接するのは優しくすればいいですし、お母様が相談に乗ってきたならば、彼女が欲しいサポートをしてあげてください。通常はパニックがでたら、自分で余裕があれば、胸を抱え込むように座れば楽になることもあります。でも、これを教えて差し上げてもお母様かお子さんが乗り気ではない場合には、何らかの無意識の事情で、まだ、そこに接する気力がないのかもしれません。確かに、一人が怖い、ということは、何らかの原因があるかもしれません。でも、このお母様は、今、余裕がある状態ではなくこうしたらいい、ああしたらいい、という言葉すべてが、あるいは、何とかしてあげたいな、という思いでさえ、気が付くと、心に刺さって、力にはならないかもしれません。勉強をしたくない子供が勉強をしないといけない、と思っているお母様と一緒にいると苦しくてできないということと同じことが起きるかもしれませんしお子さんにしたら、パニックを起こすことで、ようやくお母さん一人にしないで、と言えたことが一つの表現でもあり、今の場では正しいことでもあるのです。その方法は正しくない、というか、苦しい方法なのでいずれもっと良い方法で、伝えることが出来るようになるとはしても。このお二人が、本当に何かを求め始めるときそのときに、このお二人は、独自に、回答を求めていきます。その時であれば、様々なことが役に立っていきます。その時は、いつくるのでしょうかそれは、お子さんが、高校に行って本当にパニックを無くしていきたいと思うときかもしれませんし、お母様が、ああ、本当に寂しいんだ、なというのを余裕を持って見守れる時期になるときかもしれません。でもそれまでバランスは崩れていても、今の方法がこの二人にとっては自然な表現でもあります。そして不思議なことに、その状態を受け入れたほうが、その時期が早く来ます。どうそ、その状態を今はその状態でよいんだよ、という受け止めのほうが人には大事なことがあることもあることを、受け入れてください。そのことを通してお母様が今は、ようやく何が起きているのか少しづつ時間をかけて見直そうとしているのですから、この時間そのものを、尊重をしてあげてください。時として、それは何年もかかることがあるでしょう。双方を尊重をしてあげてください。娘さんがこうなってはいけないかわいそう、お母様がもっとこうしたらいいのに、というご自身の何らかの痛みを投影することなく。こう考えることはできます。誰かを直そうとすることはできないけれどあなたは、その問題を抱えているお母様自身の友人であることも、何かを手伝ってと言われたときに手伝うことも、お子さんの友達でいることも、できます。そちらのほうがよほど、相手を直そう、価値ある良いアドバイスをしよう、とするよりも有効なのですし、愛情でもあるでしょう。本当は、そちらのほうが手間も、忍耐も必要かもしれませんね。あるいは、自分の欲求とは合っていないのかもしれません。それか、そのままでいい、とそっとしておくことも、実はとても大切なことでもあります。アドバイスをしたい、という自分の欲求がどこから出てくるのか、それを知っておくことも、正しい判断をするためには必要でしょう。また、ひょっとしたら、何かこういったテーマで話をしたいのであって実際にはアドバイスを求めていない、それほど相手のお母様にアドバイスをしたかったり、するわけでもない、としたら、本当に満たされることについて、考えてみてください。自分が人との交流が何かしにくくて、実際にはどうやってか人とかかわりたいのですが、あるテーマを聞くと、これもあれも聞いてみよう、話ができる、というように、アドバイスを求めてしまう、という方もおられます。それであれば、ご自身が本当に満足が行く人との関係を築けるということをテーマに考えていく必要があるでしょう。そのいずれかか、あるいは当てはまっていないのかもしれませんが、取り急ぎ、書いておきます。余談ではありますが、セッションは、どうやってするか、というと、その人の速度とやはりやり方を、尊重をします。十分に尊重をされた後にある、その人の力を引き出すだけなのです。私が変えるのではなくて、私がアドバイスをするのでもなく。もし私がそのお母様にセッションをする、としたら、もし抱きしめても直らない、としていたとしたら、(お嬢様のセッションもできますし、お母様側もできますがお母様側だとしますと)お母様が一人でいてパニックになる状態に対してストレスがないようにしていきます。すると、パニックになるお嬢様の状態を、それほど怖いとか避けたいとかあるいは嫌だとかあわてたり、何かが上手くいっていないと思うことなく、そのお嬢様に接することができるようになります。この何かがうまくいっていない、という気持ちは、実は脳の中に起きている誤解なのですが、それは、全人類の中で、自己矛盾と焦りを生み出してきました。そのように今起きていることが、大丈夫だ、という事を知っていたら、すると、お嬢様がとても落ち着いていきます。それが何度か繰り返されて、そしてそれでもお母様が大丈夫みたいだ、という何らかのどっしりしたところを感じると子供も落ち着いてはいきます。ここに初めて、愛を感じます。抱きしめるのは、愛情は示しているのですがどこかで、パニック自体は嫌だ、と思っているかもしれませんね。子どもは敏感なんですよ(笑) 今問題を起こして1人にしないで、と訴えているわけですから、その自分を丸ごと受け入れてくれないと、一人にしないでという要望が受け止められていない、と感じることがあります。変な言い方ですが、パニックを受け入れてくれないと、自分が一人でいたくないという気持ちを否定されて、自分に愛情がないと勝手に(無意識で、頭では違うとわかっていますがね)誤解をします。誤解ではありますから、脳の誤解って言葉ではなかなか取れないので、(ほら、皆さんよく言うでしょう?頭では相手の立場もわかる、でも感情が絶対にこうだと伝えると)セッションであれば、お嬢様側から解くこともできますし、お母様側がそう誤解をさせないように変わることもできるでしょう。さて話をもとに戻しますが、お嬢さんが愛情を感じて心を開くのは、パニックがあってもいいんだよという受け入れをしたときに、最大限の、大きな変化が起きていくのです。不思議でしょう?戦いは戦いしか生まないんです。だとしたら、そういう二人を丸ごと受け止めて、話は聞くし助けもするけれどそのまま丸ごとの二人をそのまま、愛情を持って見守ることが今のあなたにできる一番の模範でもあるのです。天野
2012.10.01
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