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内容と違うかも知れませんが、自分が愛されている、ということが理解・感知できません。自分が自分を愛せてないから、というよく聞く理由は浮かびますが、ピンときません。恋人がいますが、なぜ好きでいてくれるか判りません。こんな状態なので頻繁に困らせることをして、それでも私を嫌いにならないなんて、それもなぜだか判らないんです。相手に迷惑をかけたり、くだらないことばかり繰り返して、苦しいです。日によって死にたいという声が頭のなかに岩清水のように湧いてきます。なぜここまで不幸になりたいのだろう。なんだか、最近色んなことが判らなくなってきた、という感じです。―――――――――――――――――――――――――+えっと、ずぅーっと、同じことを心配されておられるでしょう?それで同じことが気になってずっと話しているときにはその人の問題が意識上の問題とちょっと違ってまだすっきり言っていないときなんです。表面に見えている問題と本当の問題が違う、ということなんだけれど。注意点を言えば、まず、最近気が付いたんだけれどブログってその人が「見えている」現実だけを書いてくださるのでそれにアドバイスをするわけだから、実際にはちょっと違います。質問をしてメールカウンセリングをすると、ブログに書いていただいた質問と全然違うことが起きていたりすることがしばしばあるので、ここで書くのは、まあ、さらっと、流しておいてください。ちゃんと話を伺ったら全然違うこともあるだろうしね。さて、通常、彼に愛されたくて愛されたくて、嫌がらせをする人がいますがそういう人たちって、本当に問題なのは、「バカ、死ね、くそ野郎!」くらい、言うからね。(笑)そうであれば、本当に、愛情の受け止め方がわからずに、怒りばかりがわいてきていて少々、考えねばならないことはあるでしょう。あなたの場合、どうもそれとはちょっと違います。で、あなたがなぜ、こんな質問をしているか、というと本当は、自分が自分に接してこなかった問題が現れているからです。先にブログで、あなたは、問題を一部解消をして、本当に良かった頑張れそう、と書いてくださって、それは私もうれしく思います。でも気を付けないと問題が違うので、そうやって上がっては、また下がる、という繰り返しになります。なぜ上がって[高揚するようなことがあり]また出来ない、と下がるのかというと、問題が違うからです。江戸の仇を、長崎で打つ、みたいな?あなたの潜在意識はこういっているのです。ねえね、今までさ、いい子であろうとしすぎていない?そのために、彼が好きなのは、わかったよ、でもどこかで、本当は好かれていて悪いんだけれど、こういうのってちょっと私が望んでいるのとは違うなーってことを無視し続けてない?そのために、何か、違和感があるんだけれど、今まで違和感を感じて嫌だと思ったらいけない、関係が切れる、だから見ないでいこう、と思っているために自分らしく愛情を感じることができなくなってしまい(というのは無理をすると愛情って感じないからたとえば、触られたときに、あれ、腕のつかみ方が強いな、と思って愛情をハートや体が安心感や温かさで感じ取れないのに、頭では、これでいいんだ、と思い分離してしまいます。すると愛情って頭だけで感じているもし、自分が、この方法は愛情が感じないなーと気づいていたらその場で気持ちの処理ができるし、あるいは、腕を持ち直して、そっと優しく握られるようにして、自分も安心感と暖かさと愛情を感じ、相手も感じるということがないために)なんだか頭では好かれている、とわかるのに、どこかに違和感がありでも自分でどうしていいのかわからず、脳は、「嫌なことを感じたら(腕の握り方が強すぎて、ちょっと愛情がないみたいに感じるみたいなこと)それは無視をして大丈夫だと無理をして言い聞かせているみたいなことから(愛情がないなんて感じたら失礼だし関係が切れる、違和感を感じたら悪いことが起きると脳は信じている、相手に対してマイナスを感じたらダメと信じている、ということなんだけれど)そんなふうに違和感をちゃんと自分と自分が暖かさとつながる道具として使えないとなんだか好かれているはずなのに、と頭は必至で言うのにそれは理屈でわかっているのに、体での安心感を通した愛情が、わからずに、でも何を伝えていいのかわからないけれど違和感を心は伝えたくて暴れるし、みたいな状態です。今。ややこしいのは、脳が完全に「違和感があるけれど、それを感じる、ということは、相手を嫌い、ということは相手と離れる、ということだから、感じない」というようになっていて相手がなぜだかわからないんじゃないんだよ、自分がわからないの。自分が本当はこんなところは少し軽く嫌だな、と思っていてそこを調整できないままに、だから、違和感があるから愛されていないんじゃないか、と、その違和感から自分が勝手に深層では感じてしまい、でもあなたの癖で絶対に違和感を認めないで関係を築いてきたから、さらに、愛情を感じない部分を感じようとすると、脳がパニックになって感じないように止めているから(大したことないことなんだけれどねちょっとこうしてほしいな、程度のことなんだけれど)不安があるから、かえって、必至で好かれている、と思い込もうとする部分があり。あのね、本当に好かれている、ってわかっていたらそれはもう言わないんだよ、当然だから。だからさあ、本当の問題を整理したい、と思ったら彼のこんなとこ、本当は、(悪いと今まで思っていて禁じている部分を特に)嫌い、って書きだしてごらん?本当はね、、、しゃべり方が嫌なの、時々、きついよ本当はね、鼻が低い、だってさ、友達に紹介するのにちょっとカッコ悪い、本当はね、本当は、好き、という表現の仕方がね私が望んでいるのとは大分違う、全然違う、話をしたときに話が進みすぎたでしょう?私はちょっと待っていてほしかった(だから次回は、ちょっと待ってと言ってみるとかしないと愛情は不安になる、容易に)ああ、そう、こんなに違和感があってもつながっていられるんだ、という安心感。それらのどれもを感じても、あなたと彼との関係を切りはしないからかえって強めるから。あなたがそういうことを自分に許せたときに相手が「大好き」って今度は言えるから。本当はあなたと彼との問題は、あなたの関係性全般の問題です。自分がいかに、本当に関係を築くためにこれは嫌だなこれはいいな、これは違うな、そして好き、という過程を通らずに、違和感を、特に私が相手に対して感じているマイナスの気持ちを、私は抑えよう、私は感じてはいけない、私が嫌いなこと怒っていることそして自分はそれを感じたら関係が切れると思いながら無理をして関係を築いてきたか、だよね。でもさあマイナスって、単に、自分はこうしたいな、っていう意識だけだから。ちょっとのわがままは、恋愛ではあるのは当然だしね。問題は、自分と繋がっていないと、無視をしようとした部分は必死になって伝えてくる、ということなんだ。恋愛では特に。あるいは、時と場合によっては、本当に問題があってそれに接していかないと、こういう状態になることもあります。大好き、で問題を無視しないこと。認めれば改善も解消もできます。自分を愛する、って、こういうこったい!なお今関係が悪い彼には、あるいは本当に本気で死ね、バカ野郎、と怒りを止められない人々は、これをあてはめないこと。問題はそこではない、と思うからね。全然違うことが起きている、と私は思う。-------------------自分の方法を知り、変えていきます。http://www.acoreading.com
2012.08.30
自分を守るためなのでしょうが、ゆがんだ解釈をしたり、過剰に自分を憐れんだりする人が気になって仕方がありません。というか、嫌いです。相手を攻撃するような態度を取る人、悪口を言ったり、自分が被害を受けているように大げさに言いふらしたりする人となると、もうほっとけなくて、諭したり、なだめたり、と必死で関わってしまいます。自分とは距離の遠い人にまでしてしまいがちです。わたしはそういう人たちが怖いのでしょうか?自分では「間違った解釈、受け取り方をしているだけだよ」と相手に伝えたいだけだ、と思っているのですが、そのことばかり考えてしまう、というのは不自然だなぁ、と自分でも思います・・・^-------------------こういうのってセッションでおさまっていくのでやはり過剰な反応ではあります。それに、いずれそういう人と結婚をします(笑)んで、ご主人に、どうして直さないの、と相手にかかりきりになり、ほかの人に「主人がこんなんで、嫌でしょうがない、直らない」と話していないとならなくなりますが、それはほかの人と気になっていた葛藤を、彼が一切引き受けてくれるため、です、ということは、ご家族にありました?えっとね、ここで言っているのは、嫌な人がいて悪い、ということではなくて嫌な人は、いや、自分と方法が違うな、でいいんだけれど直さないといられない、ということについて、話をしています。いらっとしてしまって、どうしても正そうとするときには、自分なりにある正しさにこだわっているときでもあります。この正しさ、というのは、一見正しいようですが実は頭が考え出している錯覚でもあります。頭というのは、「べき」という判断をします。癖になってしまったこだわりです。事実、正しくないのではなくて。そんな風に頭でべきべき、となえたって変わるものではないし。もし変わる手伝いをできるとしたら、相手が変わらないでいいと感じている人によって、でもあります。ほらほら、あまりに問い詰める相手だと相手が委縮をし穏やかに説得できる人だということを聞かれるでしょう?その人には今すぐ直してください、という強迫観念がないからね。ではないと、相手が変わりたいと願った時に協力をするのではなくて、この、変わりたいとき以外にはその人には変える必要がないんです。意外かもしれないけれど、変わらないと、こんな問題があってと思うとき以外は、それでバランスがとれています・そうではなくて、べきがあると、常に相手が変わらないといけないと思ってしまいますし、本当は、今はそのスタイルを持っていてもなんら問題がなくても(実は、だれも、何も被害もなければ(気分が悪い人はいるかもしれないけれど) 本人も被害者意識によって救われてバランスを取っている利益があるとか)問題がないところに、頭がすべき、というように働いてしまって、必要以上に、「自分が問題視」してしまうからです。その人が変わるとき、というのは、周りにいっぱい問題が起きてイヤースタイルそろそろ変えんとね、とちゃんとそういうことになっています。で、カウンセラーの方々はわかると思うんだけれど判断を持たない、ということは、以上のことです。自分がこの人、こう変わるべきなんじゃないの、と躍起になると変な絡まり方をし始めるであろう?覚えておいてください、問題視を自分がすると、そういう人が周りにやってきてくれます。ーーーーーーーーーーーーーーー潜在意識のこだわりを取り除いていきます。http://www.acoreading.com
2012.08.30
私を一番にしてほしい、一番じゃなきゃ嫌だそう思って、絶対に一番にしてほしい、恋愛をしたい、結婚をしたい、一番にしてくれない、とすごく悲しいというような場合ですが、私を一番にしない、と怒っていて、そして恋愛を始めたらそれは一番にしない、という現状だけを生みます。私を一番にしない、という怒りが自分をコントロールしていることをまず知ってみてください、そもそもの前提に誤りがあるのは、自分が怒っているのであって、自分が一番ではないというのは、怒りが見せている錯覚だ、ということです。よくよく観察をしてみてください。逆の立場になるとわかるかもしれませんね。あなたに対して怒っている人、あるいは、日本とかに対して怒っている人、動物の保護のために怒っている人、極端に怒っていて、あなたが怒られている、としましょうか。そうすると、言われることが、事実とちょっとずれませんか?いや、確かにそうなんだけれどさ、そこは、違うだろう、という部分が。あなたが対象になるとよくわかるでしょう。同じことです。何かに対して絶対に嫌だ、とうときには、それは何か感情的になりすぎているための見誤りがあります。一番になる、というのは、それはあるのですが、それは、全体として一番ですよね?つまり、家族としてあるときに、家族はやっぱり一番かもしれません。でもそれは、仕事が一番ではない時期がまったくない、という意味ではありません。恋人が一番である、というときに、それは恋愛中はそうですがそれでも、その時その時に応じて優先は変わります。恋愛してたって、相手のこと、忘れることなんて、長い付き合いだとあるんだもんねー。そういうことがわかっていての、一番です。あまりに一番ではない、という怒りが強ければそれは何らかのトラウマがあるからですが、そのために、全部一番ではない、という現状に見えます。ある時期、仕事が忙しければ、仕事の方が最優先事項になることは誰でもあります。それでも、家族が病気をしたりしたらその人を優先するでしょう?だけど、会社の上司が病気であれば説明なくそちらに行くことがあるかもしんないし。いちいちそれを、説明をしてくれないと自分が一番ではない、と信じられても困るし。みたいなことは、長い付き合い結婚生活では出てきます。一番である、というのはそういうことをわかっての上での信頼があっての一番なんです。だから自分だって相手を信頼する力も必要になる。それに時期時間によって、いろんなことは変わっていきます。でも、その変化に一番ではないと怒っていると対応ができなくもあります。自分が一番ではない、という思い込みは、実はあらゆる人々を拒絶もしています。その時にはあなたを優先してくれた人々の思いやりも「こんなの本物じゃないね、だって、私を一番にはしていないから」「この人には、家族がいるしね、私に何してくれたってウソだし、この人、表面だけで言っているんだしね」みたいな、すごい付き合い方をすることになるし。「やっぱりこのさみしさをとるには、結婚をする以外には許さない」というように思うでしょうし、そう思えば思うほど、恋愛で全部これを得られるはずだ、という裏返しになるし。自分が怒って目標を作ったときにはそれは得られないし、何よりも目標自体が少し誤っているし得られても、「何?やっぱり私を一番にはしていない、、許せない!」くらいの勢いで思おうかもしれません。ご自身の課題は、どんなに自分が怒っているのか、悲しんでいるのか一番ではない、してくれなかった、ということにこだわっているのかそのために、あなたを一番にしている人々の思いにも気づかないことその仕事なりなんなりで、家族もそうかもしれません。あなたの思う通りではなかったかもしれないけれど欠点欠陥はあるだろうし、友人であれば確かに、結婚をしたら縁遠くはなったりはするけれどその瞬間瞬間、関係があることを楽しめなければ一人だけにすがって生きていく、なんてことは、できません。親だって、文句は言いつつもあなたを一番にしてくれている瞬間があるかもしれません。そんな理解がないままに、自分で苦しんでしまうことでもあります。瞬時として、人は、あなたを一番優先をしているときもあるけれど全部いらない、こんなの偽物だし私をいつも一番にはしていないし、と受け取り拒絶もしていること、それらの癒しは必要にはなります。そのために恋愛で全部得られると思って怒っていること、でもそういうものではなこと、一番である、というのは恋愛であれば、確かに情熱的なときには、そう。、でも長い年月がたてば、一番というのは、あなたが思っているのとちょっと違って、お互いの信頼がありお互いにほかのことを優先することも当然あり、その中でなんとなく一番である、ということ、お、思い出せばみたいなこともあるし。病気にお互いになれば、全然一番って感じられない時期もあっての、一番でしょう。一番を受け取れる人々は、一番を受け取っているんです。あるトラウマがあって、ある言葉だけにこだわるときには、それを癒すことは、どうしても必要です。一番になれないじゃないの、という怒りは、本当は、それが問題なのではないのです。深い潜在意識のレベルでは。でもまあ、取り急ぎ、一番になれない、という感情があることを気づき、そうだ、これが私を全部のっとっている全部これによって物事を判断し、決めているこの感情がある、程度は気づいていてちょうだいませ。そして一番ではない、という痛みがでたら痛いんだ、痛いんだけれど、これは感情だ、痛いんだけれど、これは感情で私はここから全部を判断している、でも起きているのは一番じゃないと怒っているんだ、というようにとらえておいてくださいそこから考え込むあらゆる考えは、実は嘘なんですが今のあなたにはそれは区別ができないし考え込むともうどうにも自力では出られないから上記に気づく事。感情に乗っ取られずにいたら、一番は手に入る。でも一番になれない、どうしてなれないんだ、ほらねあれもこれも、と思考、つまりこれもあれもしてくれないじゃないの、ほらね一番じゃない、一番じゃないのよという頭のぐるぐるに入れば、もうあなたは出られないとらわれの住民です。ちょっと、そこまでは、できたらしてみてください次の扉に入る準備です。もう一度言います。一番じゃない、ほら、これもあれもこうなっていて、ああなっていて、と考え込むとすごく苦しい中にいて、そしてその感情が事実と思い込み出られずにそれを再現しつつ、それを現実に見つつということが繰り返されるから、どんなに抵抗があっても、上記の体験は必要になるでしょう。ーーーーーーーーーーーーーーーーーこれじゃないとだめ、というのは何らかの課題がありますが通常は見えているものをとても違うもので癒されていくことが多いです。http://www.acoreading.com
2012.08.29
大人の色気がない私 年に応じた精神や女の色気が感じられない、という人がいます。名前を挙げて申し訳ないのですが、フィギュアスケートの浅田選手もよく色気がない、などと言われていましたよね。あどけなくてかわいい、というタイプの方です。実は私も幼く見られるタイプで、「異性」として見られにくいです。前はそれでよかったんですが、年を経るにつれて、そのことがコンプレックスになってきています。童顔だからか?と考えたのですが、たとえば、永作博美さんは、童顔でも色気がある方ですよね。異性としての年相応の色気がない、というのは、何か内面や意識と関係があると思われますか?それともただ、顔の造りとか、持って生まれたもの、に過ぎないのでしょうか。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以下に書くことは、私個人の感じ取り方だから、信じてもらわなくてかまいません。この質問の趣旨、なんですが、要は、色っぽくなくても、異性と付き合えればいいんだと思います。「あなたが」異性として見られたい、ということなんでしょう。浅田選手は、案外、彼ができやすいとは思います。それに彼女は、いずれご結婚はされるんじゃないでしょうか。それほど、しにくいタイプでもないです。だから、異性と縁がないのは、色気がないのばかりが原因でもないし現に中学生にしか見えない色っぽくない主婦、というのも、いるし。もしあなたが、色っぽいといわれたい、という趣旨ならば、教えちゃうよ~教えちゃうけれどね~(笑)そうじゃなくて、ご自身が女性として見られたいなーということであれば色っぽいな、と言われてもそれで通り過ぎられたいのではないでしょうから。内面だろうと、外見だろうとその人が女性として見られればいいわけです。色っぽくないので、異性として見られないわけではなく、少女っぽくでもかわいく、色気がなくていいんだけれど、それでも異性にみられりゃ、いいじゃん、というお話でしたで、どうもお話を伺っていると、お付き合いが全くないわけではなくてただ、時々異性として見られていないだけのようだから、心配ないんでないかな?そしてそれを、色っぽくないせいかな~みたいにあてはめているんだけれど果たして本当にそうでありましょうや?で、人は、自分の個性が嫌いになる時期があります。上手に乗り越えてね。通常、たいてい自分が似合う色って、調べて思うと、嫌いな色だったりするし。それはどこかで自分を知っていて違う自分になりたい時期だからに思うのです。外側だけの色っぽさで言えば、女性は、服、という強い見方がいます。ただし、無理はしないようにしたほうがいいでしょうけれど。仮に色っぽくしてうまくいってしまってそうしないと生きていけないと思ってしまうとだんだん自分が疲れます。楽しんでやれる分にはかまいません。それに、妙に色っぽくて本気になられない人であればこれはこれで、気の毒です。この色っぽさは色っぽさ、というよりも関係を予測させすぎていることもあるでしょう。これも、案外、コンプレックスになるよ。色っぽいって言われるのにどーしてまじ、ではないんだ、みたいに。さて、上記の外面の、色っぽさではなくて、内側の色っぽさはエネルギーもあります。生命力の質とか、色とかによっても、その人が出す色気が違います。食がすごく極端に細い女性の中には(ダイエットではなくて、もともと)色っぽさの質が落ち着いているので、すごく動物的な色っぽさを持つ男性とは親しくならず、穏やかな人と夫婦になったりします。これは見た目、というよりもすごく食が細いのに、体は、栄養分を吸収しやすくてそんなに細くない人の色気は、少し違っていて、もう少しエネルギッシュな質を持ちます。被害者意識を持ってしまうと、いろんなものが滞って、出方、間違ってるし。みたいなんは、個々人、あります。実は、皆が色っぽくはあるんです。枚挙したって仕方があるまい。と思うからしないけれど、女性なんだから、だれでも。ただ、質、というのは、上記のように、確かにあります。そして質によっては、色っぽいとは現在は言われないけれど魅力といわれているのかもしれません。今、テレビがよくなくて、こういうのが美人、こういうのがよい人もてるのがよくて、お金持ちがよくて、うんぬんかんぬん、なんちゃらかんちゃら。正しく情報を伝えるだけの役割ではなくて視聴率を稼ぐためが大きな目的になっていて。そのために、こういうのがよくてこういうのがこうで、という情報で、頭ががちがちな状態。だから、相手のいろいろなことを感じ取る力は減っています。自分自身のことも感じにくいとは思います。そのために、「自分はこうで」と限界を定めてしまったり、「こういう人はこうで」と決めつけてしまうカテゴライズしてしまうことは、ありがちに思いますが誰でも色っぽいです。もう一度、いうね、だれでも色っぽいんだけれどそれがそう表現をされないこともあります。し、隠れていたりほかのことで歪んで見えにくいことはあるけれど、でも、時々、それに気が付く人がいます。それが恋愛。そして世間一般では、いくら幼稚く見えても声だったり、話す内容だったリ、眼とか口とか、どこかの一部が大人っぽいとそのアンバランスがかえって色気と思われることもあって、自分の特徴を生かしておくれなさいまし。浅田真央さんのほうが、透明感と純真さはあるので、だから色気は一般的な価値観から言えば見えにくいかもしれませんが同じような透明感がある人、スポーツしているような人、とくっつくかもしれないし、浅田真央ちゃんが石田純一と、というのは色気の質が違うのでくっつきにくいなあ。こういう透明感がある人でもどこかでもろさがあると、また違うし。諸さの中に、何が入っているかによっても人によっては色気に映るし。私が言っている色気は一般的なものではありませんが魅力に近いんだろうけれど、その人の生命の力や質です。動物では 体が大きいとか元気そうな色とか、生命力があるものがもてるわけですから、生命力と恋愛というのは、一致しているのも、生物としてはあります。さて、そういった色気(魅力?という言葉なんだろうか、世間一般では) がうまく働いていない理由ですが私って駄目だなー女性としてダメだなーというのがあると当然隠れるわけです。自分らしくもないし。もう、一般的なものに当てはめるの、やめなはれや。こういうこと。一般的に言われているきれいを目指していいです。同時に、自分の特徴を本当に愛する。矛盾しているようだけれど本当はそれらが双方がそろって初めて、その人は十分な気をいただいて、活かされる。自分らしい、というのは、わがままをすることでも、人と違うことをすることでも、自分らしくないものは取り入れない、と頑張ることでも、ありません。でももっこし、自分の魅力を信じてもいいんじゃないかな。と、おばちゃんは、思う。
2012.08.26
分かり合うのは素晴らしいことなんです。でも、わかってくれない、わかってほしい、わからない、という事ですれ違う場合には本当は 大丈夫なのに、あるいは相手がそういう資質をもっていて、それを知ったうえでどうするかを自分が決める時期だったり、この状態がいやでいられなくてわかろうとして相手に介入をし過ぎていること自分の何らかのこだわりでそのままでいられないというようなことがあり、(そういう姿ではいけない、変えたいという思いもあるだろうし)が根底にはあります。ありますが、そこから来る葛藤もあってよいのです。いろんな時期が人にはあります。
2012.08.23
>キャシーさん、愛する人や家族でも相手の気持ちを知ろうとかやりすぎないほうが良いのでしょうか?>自分の準拠枠の中で判断してしまうと結局、ずれが生じてしまうのかもしれませんね。ここまではよし。として、つまり、はい、その通りですね。>最近、人を愛することとはどういうことなのかわからなくなります。すべてを受け入れてあげることでしょうか。上の質問は、やや誤解をされているように思います。なぜすべてを受け入れてあげないとなりませんか?自分が判断をしない、ことと、我慢をすることを、混乱していませんか?判断をしないのは、相手が違う人間である以上判断をしても相手の主観とは違うしさらに、変える力をますます持てなくなるし一番は、自分が苦しまないためです。ご家族で、分からないことがあった、それでそれはそれで仕方がないな、とは思おうと思われたのでしょう。でもそのために、自分はこうしない、とか、、こうしたいというのも、同時に諦めているから、出てくる質問かなあ、その質問は、と思いました。分からなくなったのは、自分に逆らったからです。上記の理解を、だから我慢をすることなんだ、と「頭」が押し付けて「心」が戸惑っている状態です。愛は確かに受け入れることですが、それは、我慢をすることではありません。相手がその状態であることは「理解」をする、つまり自分とはどうも違う人らしい、ということです。そして、そういった自分以外の人にわかってもらうことに依存をすることは止めたうえで自分の欲しいものを創りだすのですが。自分が本当に望んでいるものは、その人とかもしれませんし別の人とかもしれませんし、でも本当は、人に関係なく創りだしていくものでもあります。その相手の欠点があったら、本当にあなたが望んでいる愛情は創れないのでしょうか?相手が本当に分からずやであったら分かってもらえないことがあったら、先に進みませんか?相手が何かをしてくれないと平安ではないのであれば自分自身が平安になることは大切です。諦めてこれが愛だから我慢をする、とか、愛がないといけないから無理をする、とか、愛がないのはいけないという観念や、善悪の決め事で、愛を無理に経験する、とかではありません。愛情をあまり深く考えない方がいいです。頭で考えた愛情は、愛ではないからです。自分が自分らしくいたときに、本当に自然にわいてくる心に、暖かさがあり、信頼があることもあるでしょう。名前を付ければ愛、と呼ぶかもしれません、でももっともっと自然に。青い鳥の話はよくできているなあ、と思います。青い鳥を探し回って、でも帰ってみると家にいた、という話でしたね。あなたには愛がないのではなくて、分からないのです。潜在意識は正確に言葉を発します。つまりあなたは愛を感じているのに考えすぎて何かの形に当てはめようとして「わからない」のです。時々出てくる思いやりや、繋がろうとする思い、もっと愛をわかりたいとしている今の姿、嫌なんだけれど共通のものを見出したしたかったり、それらは愛ではないでしょうか?幼児は嫌い、と言います。でもすぐに怒りはどっかへいき、そしてそばに寄ります。人を、自然を、何かを、大好きになります。それは頭で考えた愛情ではないのです。幼児は愛情深い、時には、多くの違う文化圏でさえ、そう言われることがあるのは偶然ではないと思いますよ。
2012.08.23
私の友達で、とても無口な女の子がいます。質問しても「ん~」とあ「あ~」しか返ってこなく、「ありがとう」や、「ごめん」もハッキリしなく、不快な思いを相手にさせちゃっているのかなと思い、ますます、気を使いながら話かけたり、笑わそうとしたり、するのですが、ニコニコはしていても、言葉で返ってこないので、何を感じているのか、何を考えているのか、嬉しいのか、つまらないのか、全く掴めず、たまに、人の揚げ足をとる発言だけは、ボソッといいうので、自分がピエロのように感じます。かといって、それを以前、指摘したとき、泣かれたことがあったので、今は何もいいません。>何でだろう、私のこと嫌いなのかな?とか、馬鹿にされてるのかな?とか思い始めると、イライラしてきて、イライラしている自分や、人を嫌いになりかけている自分にモヤモヤしてきていました。>対人恐怖症っぽいところがあるのかもしれませんが、本心は迷惑です。超迷惑です。>私自身、人と話すのが苦手だったから色々乗り越えて、最近楽に生きられかけてきたので、>自分の嫌いな部分をその娘に会う時、投影しているだけなのですね。>また引きずり戻されそうな感覚で、怖いだけなのですね。その子の長所も沢山知っているのだけれど、もう少し自分にゆとりができるまで、嫌いでいてもいい…。んですね。-----嫌いでいてもいい、確かにそうですね。自分なりに気づいたことが出てきたのでもうすこしゆとりがあるまで、嫌いでいていい、とてもよい、賢い考え方です。付け加えるならば、「いてもいい」のもう一つの正しい使い方は、分からなくてよい、です。彼女が何を考えているのか知ろうとしなくてよい、です。実はここにあるのは、機嫌をよいのか、悪いのか、推測をしていないと怖いあなたがいる、だから、心の中のことを知りたい、と思う、それがあなたの生きてきた今までの安全の基準でもありました。あなた自身が周りがよい状態である時にのみ安全を信じられた、ということですね。でも本当は、そうして介入をして笑わせたりしなくても、「あなたが思うところの、良い反応、分かり合う関係」でなくても上手くいっていないわけではないという理解が、今チャレンジとして与えられています。彼女との葛藤は、彼女を知りたいというか、あなたが思うところの良い対応を望んでいてそれは何を考えているのかわからないから不安だ、というのは確かにあります。でもその人はしゃべれない以上、分からなくていいんです。彼女の場合、知る知られるというのは重要ではなくて自分の世界の中が大事だったりするのかもしれませんそれを分かち合いたくない人もいます。あるいは、彼女が泣いた、ということは、相当にストレスがあります。こちらからすると勝手ではあっても、彼女の場合は、人のあらゆる意思や意図が怖いものであり得るので何も伝えず、伝わらず穏やかにいたい、というのはあるでしょう。これが良いよね、悪いよね、違うよね、といったあらゆる違いや意見の表明が、ストレスになり得たり意思の表示の表明がストレスになり得たりします。さらに人によっては、本当にどっちでもいい、人によっては言葉の意味がよく理解できずに少し時間が経たないと会話が咀嚼できない方もいます。時々何かを返す勇気があるにしても(いやなことがあると上げ足を取ることはしても)それ以外のことを上手く伝えられないのかもしれません。それらのどういうタイプなのか、これだけの情報ではわかりませんが、でも相手の理解も必要かもしれませんがそれ以上に重要なのは、相手が理解を出来なくてもそのままで大丈夫と思える自分の探索も必要です。前に書いたことがありますが、そのままの相手で怖くないと実は相手がわかっている状態でもあり自分の形に当てはめて頭で理解をしようとするとすれ違いのもとは生まれることもあります。ほらねあったでしょう?この子、何故こんなんなの?と親が理屈で知ろうとすればするほど、こんなんじゃ嫌なんだけれど、と、子どもである自分の状態にストレスに感じれば感じるほど、子どもである自分の感じ取り方と違うことが。こんなに違う子だけれど、を気にしないでいてくれるということは、本当にその子がわかっているかそのまま信頼しているかでもあるでしょう。またそうされて初めて、子ども自身が自分をわかっていくこともありえます。ーーーーーーーーーーーーーーーhttp://www.acoreading.com
2012.08.21
>自分を忌み嫌う気持ちと、他人を憎むのは>セットなんです。切り離せません。>自分を好きでも、きらいとか、受け入れられない苦手な人っていますよね?自分を好きであればどんな他人も受け入れられるし好きにもなれますか?いやな人がいる場合は、まだ自分のこともすきではないってことですか?うん、これは、自分が大嫌いで、憎んでいるそうすると人も本当に嫌だ、という気持ちになる心境を現したんだけれど、 んーと、あなたがどういう意図で質問をしているかによるんだけれど。もし、自分を完全に好きではないとならない、と思っているのであれば、そんな必要はありません。人を嫌いではいけない、と思っているのであってもそんなことは、ないです。嫌いな人はいていい。今問題を起こしている相手へのこだわり、ということさえ、整理をしていけば人生はうまく進んでいきます。今問題を起こしている部分があるのであれば整理をすればいいです。なぜなら人が自分が完全ではないことをだめだと思った時には自分を見失い、本来の自分とつながることができなくなるからです。また完全ではないと思う人々を、軽蔑するようにもなります。だから、自分が完全ではないから駄目で直そうとしているならばその質問はする必要もないし、答えて役に立つものでもないんだけれど。理屈からだけ言えば、はい、深い意味では、かなり嫌いって、自分のことを好きであれば、軽減をする、と思います。自分が本来の自分につながれて安定をしていれば。つながれている、ということは、好き、というか自分の本質を認めている姿でもあります。人は、自分の中に良い部分好きな部分、嫌いな部分、認めない部分、というのを作り出していきます。そのために自分の中でこれはよくない、というのを作り出してしまいそのために相手がその部分を見せると嫌いになることがあります。たとえば父親が威張りん坊でそういうのが恥ずかしかったり居心地が悪かった、とします。そうすると、自分がのびのびと自分を心から(威張らなくてものびのびと楽しく)誇りに思う気持ちもうまく作り出せなくなります、禁じた扉ができる。すると、かえって自分も威張り、ほかの人に認めてもらわないと不安定だし、そしてまた威張る人を嫌う、みたいな。こともありますし、またさらに、たとえば自分が今の相手が嫌だな、という気持ちを許せていないと、相手がこうしている、と思い込んでさらに嫌いになります。たとえば相手の怖い声が嫌だ、何かに似ているから、相手のこういう視線と、ものができないときに怒る様子が怖い、として、自分がそういう態度なりあり方なりを、どこが嫌で、怖いんだ、というのが感じ取れないと、そして本当は感じているのは、解消をできなくなったものを繰り返しているので、本当の意味では、感じ取れないのですが、常に「相手が馬鹿にしている」「相手が私に嫌がらせをする」「相手はこういう問題が整理ができていない」と相手のことばかりに執着をするようになり相手のことばかり考えるようになります。つまり自分が本当に感じている以上に、必要以上に嫌いになる、という意味ですが。これも、自分を好きかどうかは別として自分が本来、こういうものに対して内側からのびのびと感じることができずに、思考が混じっている感じ取り方しかできないために解消をできにくい「嫌い」です。でも、もう一つの意味で言うならば、人は一人だと、自分を学ぶことはできません。とても面白いんですが、自分がどういう人、というのは人との対比で初めてわかります。という意味で言えば、嫌いな人はいてもいい。そのために、相手と違う、こうではなくてこういうものを作り出したい、ということを知るためにほかの人と違う、という気持ちが、嫌い、です。でも、人とのまだ癒されていない気持ちがあるからそれが嫌いと感じると、強く相手に反発をしますが、本当に自分を許せているとあ、ここが自分がしたいこと、あなたはこうありたいんだねという認める気持ちにはなりやすいです・なぜならば、相手への癒着、どうしてそんなことをするのか、という気持ちにしがみつくこと、が比較的、少ないからです。ーーーーーーーーーーーー自分の本質的な力を、自分の癒着を癒すことで引き出します。あらゆる問題は、自分の感情的な処理をできない事柄(潜在意識の在り方)やエネルギーのパターンと関連があります。http://www.acoreading.com
2012.08.21
キャシーさん、私はずっと寂しさを抱えていました。行き着いた先は、事実かわからないけど誰も私を傷つけようとはしていない。誰も私を否定しようなんて思っていない。人間関係で緊張していつも疲れています。わかりずらいとは思いますが、この考えは間違っていますか----------------------------+えっと。全然間違ってはいないんだけれど、ご自身がこう聞くということは、人って私を傷つけたいんだな、拒絶するんだ、というのと似た事柄を信じている、ということで。信じている以上そうとしか思えないでしょうから。何かが起きると、たとえば会社で、おい、これどこやった馬鹿者、みたいに言うときに、ですね。何いらいらしているんだろうここにありますけど、みたいにはいかないと思うのです。そうして、相手が自分を傷つけようとしているんだ、否定をしているんだと感じるからこそ、今このように言われている、と思うので、相手もいやだったり悔しかったり逆らったり、イライラしていたり、という別のことが見えずにそう感じてしまうのだろうとは思います。事実は本当に傷つけようとしているわけではないんですがでもご自身に無理がないところから始めてみてください。自分が信じやすい言葉から。事実だと思えることから。ーーーーーーーーーーーーーあらゆる信じ込みは、事実を曲げて感じ取るようにしています。それらが変わるとき、問題が解決していきます。事実を見る目を養います。http://www.acoreading.com
2012.08.16
事実を知りたければ、それを知ることができます。でもそれは、自分の中の思い込み、偏見、恨み、怒り悲しみ、といった感情を整理すると、自然に認められるものでもあります。その先にしか、分からないのです。そしてその事実は、平安です。本当の事実は平安であるのですが、それは深い平安です。自分のそういった感情から離れていけば、あるいは適切な形で触れていけば、その奥にある、真実の声です。言葉では説明できないのは、それは経験をする必要があるからに思います。どうぞ皆さんが自分のプレゼントを開けていかれますように。ーーーーーーーーーーーーーーーーhttp://www.acoreading.com
2012.08.14
みんなに言っておくけど、執着をなくす、というのは望まないことでも、動き回らないことでも、ないです。修行僧じゃ、あるめーし。ここに強く誤解があるよね。もうちっと楽になって望むとか動き回る、焦点が合っている状態になる、ということですが。これについては、機会があれば書きます。かな?ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーhttp://www.acoreading.com
2012.08.12
ジョセフ マーフィーは、胃だかどこかが悪い人が、「胃がよくなりますように」と必死に唱えているのを知って、でも治らない、と言っていて、そのやり方はまずいでしょう~というくだりがあったのですがごめんなさい、もうマーフィーは卒業をして何十年もたっているので詳細はこまごま違うかも、ですが。大筋として、どこかに必死になっていて、そりゃ、まずいでしょう~というくだりは間違いないか、と。なんだか、病気と一致しているみたい、もうすこし忘れたらという内容なんです。でもそれと同じことが、みなさんの夢のかなえ方に表れていることがあり特に異性との関係に必死になっているときにはこれが起きています。なんだか、これがあれが直らないと、というときの根底には恐怖心、深々の術、にかかっていて。それは「しなければならない」ことではなくて「したらよいこと」でもなくて、そうしていないといられない、という心境が見せている錯覚です。落ち着いて平安になると本当にすべきことがわかってくるその間を待つことだって必要なことがあります。というのが、前回のお話です。それを邪魔をするのがどこかが悪いので私は手に入らない、という信じ込みと落着けない心境である、ということですね。そしてなぜか本当に必要な、ここだ、というポイントに近づけないのがここが悪いはずなのに、と思う根底にあるのが、「これは手に入ったはずなのに、自分が悪かったから駄目だったんだ」と、過去にいることなのです。し、「自分がこれが手に入らないのが嫌で嫌でしょうがない」という何らかの課題です。胃が直らないのが嫌で許せない、嫌でしょうがないそんなはずがない? 健康とはなんでしょうかね?健康はその人がその状態があっても、楽にいられることと同時に全体的な健康です。胃の悪さに集中をするのではなくて。全体の力にゆだねれば変わることもありえます。ーーーーーーーーーーーー自分を取り戻していきます。バランスをとるといろんな物事の見方が変わります。http://www.acoreading.com
2012.08.12
ただ、ご自身でされる方法としては、ここではいっちょう執着を離す、ということではなくて、対人関係でさびしいときにそうではなくておこる、みたいなことについて話しますが、まず離れること。自分が、何かを表現できなくていらっとした時に、その感情に操られてこれこれ、こうなんだから、と言い放って喧嘩をして得ようとしますが、得たいものがよくわかっていないのでその場はその感情に動かずに、その感情がある、強く強く動かす感情がある体の感覚にこんな風にある、とだけ気づき、気づいたまま自分の感情の、観察をします。その際に相手はこうだから、こうだし、という頭のエネルギーに意識を注がずそう思っているんだ、でも自分は何を感じているか自分はこう感じている相手はこうに違いないと思い自分の体はこう反応をしている、と自分の観察を続けます。どんな感覚があるのか。そして感覚をたどっていけばそれが消えます。できればあまりに深くある特定の人と葛藤があるのであれば離れていることも、必要かもしれませんね。そうして何度か消した後で、あなたの本当の意思が分かっていきます。あれ、あの時にこんな風に言われて、もう少しこうしたかったんだな、というように、です。その際に、もししたければ、(というのは自分の本心に気が付くと案外それほど強くこだわっていたにも関わらず、気にならなくなることもあるからですが)それを、意欲まで変えれば伝えてもよいでしょう。意欲まで、というのは、通常、人は感じることばかりでその裏にある意欲がわかりません。だから、最初感じるのか、強くこだわっている感情です。自分の今までの方法です。「相手がその時に言い放った言葉が悔しくてしょうがないなんでそんなことをいうのよ、本当に悔しい」というのは、まだ自分が分かっていない状態の、感情です。それらを観察し消え去ったあとで、「自分は、あなたがそんなのできっこないじゃん、といったけれど、そうではないなできることもある、そういう決めつけはしないでほしいんだ」というのは少し自分がしたいことにつながってきている状態です。何かしたかったことに気が付くことでしょう。これは探し出すのではなくて自然にわくのを待ってください。でもここだと、まだ本質の声ではないので相手ともめることもあるでしょう。もう少し先に感じられるようになると、「私は、そういうことってできる人もいるんだよね、楽に」ということが、自分で確かめたかったのにそれの、確信が持てずに、心が揺らいだ、不安になったんだ、などとわかることができます。これは例ですから、こんな思いがわくのではありません。その人オリジナルのものがわかっていきます。そうしたら、なんだ、自分はこういうことができる人もいるんだな、と確かめればいいんだ、というように本質につながりますしここまでつながっている人は、あまり周りの人にいやな気持がわかなくもなっています。それに実は周りに求めていたものが、自分一人でもできることに気が付きます。そんなことができれば、本当のパートナーシップに入る準備もできています。あまり葛藤がなくて楽で楽しい、愛がわかる、という関係です。ですが。別に、パートナーシップは、あってもなくてもよくて選ぶことができますし、なおかつ、通常はもめながら二人で成熟をしていくので整理をつけなくても出会えます。だからここまで来ないと出会えない、なんてあほなことは思わないこと。ここまでくれば、思ったほど相手に何かを伝える必要はないかもしれないしそれでも、「あなたと一緒に、こういうのできるって、確認をしていきたいな」という思いが魂にあれば、それを二人で作り出せます。その、魂からの本音で話すのであれば、相手は必ず協調をします。でも、通常は、こうしたいな、というのは、魂の言葉ではなくて、自分のいやさ、これがいやだから、というものから生まれているんです。これが嫌だから、こうしてくれないと困るさびしい。でも、今は、その最初の感覚が強いので、それらを観察し、巻き込まれないようにする時期でもあるでしょう。とりあえずは、今は、そういうふうに感じている自分がいてその感情がある、あってよいのだ、と認めつつそれから判断を下さない、相手は相手で自分が考えている相手とは別の相手がいる。ただ私はこう感じている、そして巻き込まれないで観察をする、というのは重要になります。上の強い感情は、本当は事実ではなくて、条件づけられて解消ができなくなっているテーマでもあります。そしてその強い気もちが、あなたの信じていることの表れでもありあなたの、今の現状をすべて生んでいるものでもあります。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーhttp://www.acoreading.com
2012.08.12
恋愛で怒りすぎて、関係が壊れた。前の恋愛が忘れられない、後悔をしている今、人間関係で同じことが起きている、人に対してさびしいとか言えないで怒りすぎるという書き込みがありました。で、これは、本当は、2つの課題があります。一つは、恋愛で怒りすぎて関係が壊れたのではないので、そこでくよくよしないこと、そうであると、いつも直そうとして直せずに焦り、みたいに、同じ問題が、繰り返されます。意外かもしれないけれど、恋愛で起きていたのは、人に対してさびしいとか言えずに怒りすぎて、関係が壊れたのではありません。それは一因ではありますが、でも、そうしても壊れない関係もあります。本当の原因は、彼との関係がよくなくなったときにそれを認めたくなくて、でも怖いので、彼の気持ちが少し離れてきているかもしれない、というのを認められないでいた時期がありました。そのために、怖いので何とかしようと、ほかのことで注文を出したこと、なんです。簡単に言えば、本当に起きていることで認めたくないことがあったこと。勇気をもって認められなかったこと、受け入れたくなかったこと。関係性は、怒りすぎていようとなんだろうと、進むときには進む、これが長年、潜在意識というものを扱ってきて感じた私の感想です。なぜならば問題を整理していくと、その問題は確かに対人関係ではおさまったりもします。でも恋愛では強くその人の感情が出るので、ほかの関係ではその癖が出たとしても、なんだか結婚をしちゃう人々が増えてきたからです。ようは、全部直さないとならないのではなくて自分に合う人を探しているんだけれど、そして確かに恋愛ではあるものを自分に見せられます。そしてそれを見てから、変えていくことは必要です。でも完全に直す必要はなくて、だから癖を全部直そうとすると問題がわからなくなる。癖さえ直せば、となって本当に合う人を探すほうに潜在意識が動かないということです。わかりにくいよね?つまり、彼が見せてくれていることは本当だけれどあなたはくせに気が付いていく必要があったけれど、それを少し気が付いていきます。でも、全部治す必要はなくて次の段階では、自分がこうできなかったからこうなったんだ絶対にこうなったはずなのに、という思いを手放す時期がやってくるということです。恋愛の途中であっても。恋愛が終わった後であっても。さて、前の恋愛で、その関係がうまくいっていない時にちゃんとうまくいっていないんだな、そうか、彼は私を今は好きではないかもしれないあんだけ、好きだったのに、気持ちがさめているかもしれないそういうことがあるのかもしれない、そのうえでどうするか、それを認められないから、非常な怖さになり、それを認めらないから非常に自分が動揺をして、葛藤が生まれるという話をしましたよね?そうして、自分が悪いからだ、自分さえなおさせば、自分さえ変わればというように、問題がないもとして人は扱い始めます。そうすると、相手はどう感じるか、というと不自由さを感じます。自分は今、あなたに対していやな気持がある。少し嫌いになっているかもしれない、好きではないかもしれない。そこを人は認めらない時に、そして、自分さえ変われば好きになってくれるだろうといわれるときに、言われなくてもそういう意図を感じるときに、自分が縛られている、と感じてしまいます。そうやって縛られていると感じる相手が、ますますなんだか離れていく気がしてますますこちらが焦る、という悪循環をします。いずれにしろ、本当の問題は、相手は自分を好きではなくなっている可能性もあるかもしんないね。だから、まあそれはそうね、悲しいけれどいいんじゃないの。ということができなくて、しがみついていることが八つ当たりとか何かを生むのです。上記の心境になれるか、というと、意外だと思うんだけれどなれます。自分の中の怖さなどを取り除いていったときに。そうしてそうなったときにどうなるか、というと、これも意外なんだけれど相手との関係が、本当に深く深くなります。それが正しい相手であれば、深く深くなることが、異性に限らずあります。異性の場合は、正しい相手であればですよ?だから、気づきが少しあれば、全部癖事自体が直らなくても、全然よき相手に出会えるんだな、というのが感想です。でもその前に絶対に私さえ直れば、という強い強迫観念がないほうがうまくいくぞ、引き寄せるにしても、今の関係を保つにしても、というのも感想です。さらに言うならば、恋愛が終わった後でも、「私さえうまく生かせればうまくいったはず」という幻想を捨てることも大事です。それはあったことを認めておらず。しがみついている状態なんです。考えてみてね。自分さえ直れば、という心境って、極端にいくとストーカーなわけだよ。そこまで極端ではなくても人と人との関係では、重苦しいという熱気になります。だから、全部直そうとすることは、実は問題は、その問題そのものではなくて相手と別れた、相手とあるいはうまくいっていない、そのことを認めていないであるいは別れてしまったのを、まだ受け入れていないからそこをどうしましょう、ということになります。別れていないのが正しいこと、別れるのは間違っていること自分さえ失敗しなければ相手は自分を好きなはず、というように相手の自由を本当には認めていない(それがあってよかったこと、というようにきちんと受け止めていない)ことが、ほかの問題を生みやすくなります。たとえば引き寄せにくい。たとえば同じような恋愛ばっかり持ってくる・たとえば、結婚をしても同じような喧嘩をしている。別れてしまったことを手放せずにいる。これは起きたはずがない起きてよかったはずがない、という気持ちがあって、絶対に起きてよかったはずがないこんな怖いこと、悲しいこと、としがみついているものがある。自分のプライドもあるでしょう。こんな人に愛されたの、こんな素敵な人に愛されたの、これが私なの、という何かに。でもそのしがみついているものをはなし、ああ、本当にあってよかったんだ悲しいけれどうまくいかなくても大丈夫なんだ、と認められる、としたら次の恋愛の芽はとても早く来ます。とても尊敬できる異性に出会うか、好きになれたり、え、私、こんなに好きになれるんだと感じたり。皮膚のぬくもり、暖かさに触れる機会だってあるでしょう。もう少し進めば両思いもありえるかもしれません。夫婦だって、うまくいくかもしれないよー。その事柄を受け止めていない場合、脳は再生をして修正をしようとすごくこだわります。つまり同じように喧嘩をして、これでいいはずだよね、これでいいはずやん、と夫婦になってまでも、そのことを、繰り返し繰り返し繰り返します。私は喧嘩っ早いけれど、受け入れてくれるの、嫌だめなんでしょうでも受け入れてくれるよね、みたいな、変な課題の恋愛をしなくていいはずだし。別のことについて、対人関係で同じ癖がでるのは、これはこれで修正をしていくとよいです。確かにその癖は、あなたが持っている癖ですから、気づき、表現を変えていくことは大事でしょう。それもお手伝いできる。でも同時にその執着も離してもいいんだよ。もう・執着というのは、簡単にいうと、自分のせいでこうならなかったという過去を受け入れていない、ということです。あなたは完全にその時に頑張ったはずです。その時の自分にできることは・それで充分なんです。そしてそこを許した時に新しい未来が拓くこともありえます。さて、こちらの方法については、私は潜在意識を扱うほうが楽です。というのは、何らかの無理をさせた場合、かなり無理がかかります。頭に重みがあるようで。でも潜在意識を変える場合にはそういう重みではなくてすっきり、表現ができたりしていきます。
2012.08.12
んーなんだかね、、、相手を楽しませようとしすぎです。好きな人だから余計にそうなんだろうけれど、技術的に、というよりかは、自分が楽しんでください、という一言に尽きます。あなたは外ばかり気にして自分の内側を失っているんです。これが恋愛下手に通じます。男性って女性が楽しんでいたら、自分はこれでよかったなあと思います。これは本当にそうだから、やってみ。その人が楽しくないのはデートしていても感受性が鈍いなあ、と思うときです。会話が上手かどうか、ではなくて、その人がちゃんと感じていることを表現しているかどうか、バーバルではなくてもいいよ、ノンバーバルでも。つまり言えなくても。なんでもいいんだよね。もうしゃべれないのであれば、これはきれいですね、あれはいいなあ、これおいしい、と自分の感受性をデートで高めてきてください。相手ではなくて自分の感受性とデートをしておいで、の一言です。これはおいしいぞ、とものをちゃんと食べていると本当においしく食べていると、男性って喜ぶしさ。言葉じゃないんだよね、相手を感じ取りすぎて緊張をしすぎるんだね、きっと。だったらほかのものに集中でもしてみる?しゃべれる人でもてる人がいます。でもしゃべらなくても、恋愛はできてますし。しゃべらないででも平安であったりすると、意外に、女性らしいね、今日は、なんて喜ばれたりして。ああ、勘違い。ものすごい勘違い。女性って、自分の内側を楽しんでいるときのぼんやりは、なぜかもてることもあります。これが天然ちゃん、おとなしめの、がもてる理由かも、ですよね。なんで上手に答えないとならないの?上手な人は、確かに会話で緊張をしていないから、そういう技術を使う人もいます。でも、会話が上手な人は、上手に答えようと思っているのではなくて、正直に答えようとしている人もいます。傷つくことをいう必要はないけれど、これはこうだなあ、とだって、自分がそう思ったんだもん、ということの、感想を言っていると、君って頭がいいんだね、面白い感じ取り方、しているね。といわれることも、あるのだしね。恋愛は、そんな相手の面白さの受け取りからも来るでしょうし。いずれにしろ、自分を取り戻しておいで。デートで。緊張をしているなあ、でも一緒にいて、楽しいな、あれ、これがあって、楽しいな、自分に軸を戻して。周りの色に空気に、意識を広げて世界の美しさを見ておいで・そういうときに、相手と調和をして相手が本当に親しくなることがあるから。最初のデートで心をつかもう、つかめないとだめだ、と思わないこと。そう思ったらまたのチャンスでも緊張をするよ?大丈夫、なんだか続くときって連絡が来るんですから。来ない人はあなたの練習なんです。恋愛の。好きになってくれる人って、そういう人に出会うのって、そんなものだし。会話が下手でも、ようは、あなたを好きなら問題ないわけだからね。---------------------------------やり方の問題ではないかもしれませんが、いつも恋愛下手を実感しています。久々の相手に、どうしていいのかわからなくて・・・。初めてデートしたのですが、相手が楽しかったかどうかの実感がありません。。緊張もするし、話の内容とかうまく受け答えられてないような気もして、そして、次具体的にどうしよう、という話もなかったので・・・、気分が沈んでいます。最初のデートで必ず相手の心をつかんでくる女性っているなあ、って思うのですが、やっぱり話がうまいというか、相手の気持ちを掴むんですよね。そういう人は万人受けするので、恋愛だけではないかもしれませんが、見習いたいです。私は、好きな相手を前にすると、緊張とか不安のほうが先に立っちゃって、おとなしくなり気味なんです。頑張って話すようにはしていますけど・・・。執着してはいけないのはわかってるんですが、初めてデートした人のことを気に入ってしまって、つきあうことができたらいいなあ、と思っています。でももう、いつものことなのですが、他のことも手につかないほど気分が沈んでいます。はっきり告白して白黒はっきりつけたいくらいです。技術に頼るのはあまりよくないとは思うのですが、自分のことを好きになる芽を持っている人に好きになってもらう(好感を持ってもらう)のって、女性の立場ではどうしたらよいでしょうか。何かヒントとかあれば教えていただきたいです。よろしくお願いします。
2012.08.12
>質問なのですが、自分で予定を入れて、忙しい忙しいって言ってる人ってどういう状況なのでしょうか?>家にいると落ち着かなくて疲れる、外に出ていた方が気が楽って…家族や同棲相手との関係なのでしょうか?質問なのですが、自分で予定を入れて、忙しい忙しいって言ってる人ってどういう状況なのでしょうか?これは誰の領域?(笑)相手の自由なので。そこで知ろうとしないでください。頭で知ろうとしたときには、相手の心境からは、離れます。だって、あなたは同じ心境ではないのを頭でわかろうとしているわけですから。相手は、ただ、感情がそうなんです。忙しくしていて外に出ている方が楽なんだから、しょうがない。カツオと白身魚の違いです。白身魚は寝ます。カツオや赤身の魚は泳いでいないと死んじゃうから、寝ていても泳ぎ続けるでしょう?白身魚に、どうして止まらないの、と言われても。ね。さて、知ろうとすると、相手の心情とは、離れる、というのは、カレーライスがおいしいね、へーおいしいんだ、と、ただ受け入れてくれる人と「自分は嫌いで絶対に分からないけれど、カレーが好きなんてどこかで、変だと思うけれどだからこそ頭で知りたい。そして、聞いたところが、味が辛くてその香りが良いんだ、ああ、わかっちゃった。」と、全然分からないんだけれど頭だけで、分かられる人と、どっちが信頼できるか、です。だから、頭でわかって「こうなんだよね」と思うと少しずれるんです。ただただ、そうしたいんです。それを受け入れられるかどうか。そうなんだ、とただ受け入れると相手が初めてわかります。なぜなら違うことを許しているから。頭で考えるのは違いを本当にはわからなくて、人は家族と楽しくいるべきだとか家にいるのが楽しいはずだ、それがよいんだ、とか、自分なりの判断と価値観が、働いています。どこかでそれは変だ、楽ではない、とか家ではのんびりしたほうがいいのに、とか、ご自身の価値観と判断が入っての、質問です。いったい自分の価値観と違うのに、どうしてそんなふうなんだろう、みたいな。分からないから頭でわかりたい、みたいな。で、わかろうとすると、その人はカレーの先の批評家、みたいになって同じ心境では寄り添えないです。ただただ、そうなの。(笑)そうしているほうが、楽なの。それを受け入れた後でならば、説明できますが。それでね、あなたがどうして相手はこういう心境なんだろうと考えるときには、「どうしてそれが気になるんだろう、私は」ということを感じていってください。よくわからないんだけれど、その人は、家族とうまくっていますか?とか同棲相手とうまくいっていないんでしょうか?とか、それだから私にもチャンスがありますか、とか、その人は、家族を大切にしない人なんでしょうか、とか、家で上手くいっているかどうか心配なのですが、とか、他の質問なのかもしれませんね。ごめん、私は、あなたの事知らないし、あてづっぽうです、いくつも書いたのはあなたが自分で考えるためであり質問の内容はわからないから、正解を書いたわけではないです。今、ここであてづっぽうにした質問が全然状況は違うのはわかるけれどそれほど深刻ではないけれど微妙に何か気持ちが動いているのかもしれませんね。でもいずれにしろ、あなたが聞いていることは、本当に聞きたいことではないから、質問を考えてみてください。というのが、言いたいことです。自分が何かを知りたいんだけれど、そうすると相手の心境は?みたいに問題がすり替わるようです。別の質問があるのに、上記の質問をしているとしたら自分にぴったりとした回答は永遠にかえらないです。なんだか答えてもらっても、ピンとこない。ああそうなんだな、と微妙には思うけれど違和感、みたいなのが収まらなかったり。なぜなら聞きたいことは、本当は違うから。ということになっちゃうのでー。
2012.08.01
ブログのぶら下がりコメント、改行が出来なくて困っています。一行あけたいのに、画面上は一行あけても、実際に書き込んでみると、改行なしで書き込まれるので、繋がってしまい。読みにくくて、ごめんね!物申す物申す!
2012.08.01
これから書くことは、信じられないだろうし受け入れにくいこともあるでしょう。それでも私は、書こうと思います。孤独で、一人ぼっちだし、恋人もいないし、家族ではあてにならないし人によっては家族と離れて暮らしていたり、ご家族がいない方もおられることでしょう。自分が寂しくて、でもその寂しさは、本当は今に始まったことではなくて人との関係の中で、どこか、全部は信じられない気がしたりして、ずっとあったものなのです。だから、状況がテーマなのではなくて自分の中の寂しさがテーマです。それが、ふと気が付けば○○歳になり、自分の未来もわからずというときに、もっともっと寂しさを感じてしまいそこから抜けられない方があるかもしれません。そうだとしたら、気が付いてほしいのです。もう一度書きます。寂しさはずっとあなたと共にあったことを。人と一緒にいても。良い時期もあったかもしれないけれど何か満たされない部分があって。寂しさとは呼ばなかったかもしれないけれど。本当は、この現状は、周りを変えて変えられるものではありません。もし仮に結婚をした、としても、相手は自分を理解できないかもしれませんし一時期の恋愛が過ぎて楽しかったときがすぎて、ただのきっちゃないおっちゃんだったりしてそうしたらまた孤独になります。でもどうぞ、今大事なことは孤独にはまり込まない訓練をしてみてください。あなたの周りには人がいて、同時に、あなたは一人でも大丈夫です。そうしてまた、ほかの人々とのかかわりを持っても大丈夫なんです。さて、とても変なイメージで申し訳ないのですが、あなたは呼吸をしてみてください。少し身体の、2、3センチ離れたところから空気を吸い吐き出します。そこで息をするときに、イメージとして、人とかかわろうくっつこうとし過ぎる人々は、息を吸い過ぎていてはくことをしていません。イメージとして、人と離れよう離れよう、とする人々は息を吸い過ぎています。でもどちらも、とても不自然なことです。これはイメージですから、実際にはそういったエネルギーみたいな質が膨らもう取り込もうとし過ぎているか、拒絶しようとし過ぎているかということでもあります。上の、人とかかわろうかかわろうとし過ぎる人々は下の、かかわらないでほっておいてほしい、という人と組み合わせになりますがそれは双方とも、片方をしすぎているからです。二人でバランスを取ります。ご自身がどちらで生きてき過ぎたのか、双方をきちんと、自分が人から離れたい時に離れ、そしてくっつきたい時に自由にくっつくことを、もう少し許してください。ひょっとしたら寂しい原因は、人と距離を置きすぎてきたのかもしれません。そのために、寂しくならないように異性や特別な関係を求めすぎて返ってそれが上手くいかないこともあるでしょう。相手に求めすぎて、完全に何か自分を受け入れてくれないことは絶対に孤独という幻想に惑わされることなく、今の現状があってよいことさみしいさみしい、という気持ちが強すぎて、自分がそれに浸り込んでいること自分はそこから本当は抜け出していてもよいこと、何かショックがあるとすべて、寂しいと感じてしまう感受性に今はなっていることさみしい気持ちに可愛い名前を付けていつくしんであげてください。これは私と共にあったけれど、と受け入れれば、それは変容をするでしょう。あなたの役に立つ形になって。もう少し人との関係で出入りを自由にする訓練をすること、息をたっぷりと吸い、たっぷりとはくこと、お腹のおへその方で、呼吸をしながら、そこを広げてみること自分の2、3センチ外側の層で、そこが膨らみ閉じてというイメージをしてみること、などをしてみてください。ちょっと奇妙に感じるかもしれません。でも、ご自身が寂しい寂しいというのにはまり込み過ぎてしまっていてそれを助けてほしいとなれば、ほかの人もあなたと適切に距離を取ることが難しくもなります。あなたは本当は、とても豊かに愛される存在ではあります。それが今は感じられないでしょうし、それは当然のことでもあります。いい関係が今後、できていくとよいですね。自分自身とも。そして人とも。----------------------------------あなたの整体のエネルギーをバランスを取ります。http://www.acoreading.com
2012.08.01
正義を訴えることと、感情的にならないことこれは、関連があることです。あらゆる事柄で、感情的になっているときには自分の問題が浮上して乗っかっています。嫌だ、怖い、こんな人、という感情があってもよくて、よいけれど、自分のいろんなタイムライン、つまり経験から、という意味ですが、怖さや嫌さが何乗にもなって負荷がかかりすぎています。つまり事実を見れない心境にもなっています。正義を伝えることは大事です。でも感情的になると、ほかの整理できていない問題が乗っかっていて、好き嫌いも入るし、そのために、相手を悪く見過ぎたり、という他の問題が乗ります。すると、相手も力で押してくるから、力づくで双方が戦わないとならない、ということになります。環境の問題にしても、過激な動物保護もあるでしょうし、適切な動物保護もあるでしょう。過激になればなるほど、何か見落としていることがあることを、皆さんも周りを見ていて、気が付くこともあるかもしれません。相手も自分勝手になっていることもありえるでしょう。でも、その気づきは自分にも当てはめてみることも、必要です。それは、私達,サイドにも、起きえることです。正義を守るときに、感情的になって、自分たちが何をしても正しいと思うときには、それはもう、ほかの新たな問題を生み出します。いろんな正義が貫かれなくなった今、つまり、環境が色々なことに巻き込まれているのですが、その時こそ、自分の中でバランスを取って正義を伝えてみてください、感情的になっているのであればいろんな戦争の状態や悪い人々怖い状態、映画で見たもの、いろんな事柄、というイメージがあまりに乗りすぎていることもありえます。自分の怖いという感情と、嫌だという感情と、それらを整理しつつ正義を守りたい気持ちを守っていってください。バランスが取れれば、いろんなドアが開くこともあるでしょう。
2012.08.01
KENさん>相手の気持ちを行動から決めつけたり、自分が間違った行動を取らなければ、相手との恋愛はうまくいくはずなんだと思ったりするところがあります。>>相手は相手である、ということをうまく認めれられていないのでしょうか?>>そこから抜け出すには、相手とちゃんとコミュニケーションをとることが大切なのでしょうか?相手の気持ちを行動から決めつけることがなければ、コミュニケーションは上手くいきます。逆のようなんだけれど、そちらが順番です。皆さんのコミュニケーションのほとんどが、自分はこう感じてしまっていてそれはあなたの行動のせいで、だから、どうしてくれる、変えてほしいなという事がコミュニケーションなんです。だから相手も上手く話してくれないかもしれません。でもそれ、つまり判断をして決めつけてという会話ではないのであれば、ほとんどのしがみつくような会話はないですし会話の内容は関係性を深める方に行きます。ですがそれは、深めよう深めようというものではなくて自然に深みを増すようなことになります。でもそれは恋愛とは限りません。恋愛もうまくいきますが、その人との特定の関係で起きるとも限りません。ほとんどの深くかかわりあった中で、これ、つまり自分の感じ取り方から、かかわりたいと深まりすぎて葛藤が起きること、が起きていきます。決めつけることがなければ、その人との関係は上手くいきますがそれは恋愛になるかどうかは別問題です。恋愛であるとうまくいきます。という事にとどめます。その二人が、自分たちがこの人とやっていきたいとその時に思い、決めていたら、相手の気持ちを決めつけることがなければ上手くいきます。但しそれは、とても難しいことなんです。皆さんの相談は、自分の中にある、映し出してしまう物事と感情のことだからです。それと、間違った行動をしなければうまくいく、というのは、幻想です。それは、相手と自分の領域が上手くいっていない感じ取り方なんです。相手のことを自分の事として感じ取りすぎていて、相手を信頼していない状態でもあり、相手のいろんな個性を認めておらず、相手が良い部分だけを受け入れているということでもあります。また、介入をし過ぎてしまっているんです、心理的に。二人の独立した人が、色々面白いことができて、つまり感じ取り方や考え方がすごく違っていて、この人好きだというチャンスができなくなります。恋愛のドラマで、こんな彼女が好き彼が好き、と深まるのは技術的なことではなくて、心理的にああ思われているはずこう思われているはず、というのではなくて、介入をせずに自分は自分でいた時に、面白いことが起きるそのことをなんとなく人は知っていて、それを描いているように思います。それに、自分の行動が間違わなければ、というのは、ちょっとわがままで、自分が何とかできるコントロールできるという考え方を手放したくない幻想なんです。恋愛はお互いに同時に起きていきます。それを許せていないということでもあり。また、親子の関係から嫌だと思ったことをある特定の人との間で、自分が変えようとしている状態でもあります。それがあると、一時上手くいったとしても、やはり面倒にはなります。葛藤が生まれるし、愛情ではない相手がこうしてくれないから絶対にこうしてもらわないと、という強いいら立ちを愛情だと勘違いをして相手とかかわるようにもなります。自分が自分をゆるし被害者にならずなおかつ相手の問題を背負わずにいるときにその人はかなりのパワーを持っていて、相手も変わることもあります。また下手な相手にかかわらないことで、つまり愛ではないのに関わることがなくなることで、自分の課題(ずっとその人がある嫌なタイプにずっとかかわっていくこと)を終わらせることもできます。もしも、なんですが、自分の心の中で、あなたの場合だと逃げている、向き合ってくれない、そして、見下しているという判断がないと、全く違う本来のあなたである主導者が必要な行動をとっている、ということでもあります。でもその前段階として、自分はこう感じている、感じている自分がいるといったん問題を自分に戻してみてください。ああ、自分がこう感じていてそうして自分が悔しくてこうはしないと感じていて、というようにです。自分の問題を相手の問題にしたときに、相手を見誤るのと自分がわからなくなります。双方でいろいろ変な事が起きます。そういった、判断をせずに人を見られるということは、人と人として良いことではありますが、またちゃんと自分を感じ取れることも、非常にパワフルです。でも、そのうえで、彼女と恋愛になるかどうかは、彼女の意思もあります。でもそれ、つまり、判断をせずにいるということと、相手の判断ではなくてここはこう感じとる自分がいるから、こういう理由でちゃんと断れる、という、力を持つことは自分のためにとても必要なことです。というのがお伝えした内容です。自分がきちんと自分とかかわれるようになれば、逆説的ですが人とのかかわりをとても深められるようになります。人との問題をすべて、自分がこう感じているというのが分からずに主体がなくなり、相手がこうしていて、というように感じ取ると話し合いでも上手くいかないことが増えていきます。その人が持ちやすい感情があり、それに巻き込まれるとその整理に必死になってしまうので、ほかの直感がつかえなくなります。男性のことを言えば、女性を好きにさせるのは案外簡単だったりします。もちろん、その人を好きにさせる、ということではありません。貴方を好きになる芽を持った人々を、ということです。ちゃんと判断を入れずに、そのままの相手の話を聞いてあげてしかも不必要に介入をせず、必要なときには直感がありこれこうしたら?と必要な助けもできるし、そして自分がしっかりしている、自分の判断がある人であれば、いろんな人がその男性を好きになります。だからその「ふり」をしている人と、そぅである人はモテています。聞いてあげるふり、しかもそれは自分の判断をさしはさまずにでも自分のことは自分の意思でしっかり決めている人。のふり。それと男性の場合は、関心があるふり。関心があるのに自分は自分として離れることもできるふり。関心があるけれどちゃんと距離があって、丁寧で思いやりがあるふり、危険ではないふり。あまり技術で私は色々やるのが好きではないのでおそらく私は、男女問わず、技術で好きにさせることはよく知っています。でもそれよりもご自身のバランスを取っていくほうがずっとずっと長持ちする関係性を築ける力を持てるのですから。上記の事柄は、それらのバランスを取っていく方法です。ふりをするほうが、効果があるかもしんないし、とても売れる商材ですが(笑)バランスを取るのはわかりにくいし、伝わりにくいかもしれないし、でも、長きにわたってその人を潤すものですから、私はそちらを教える方が好きです。-------------------------------------------本来の自分を取り戻していきますhttp://www.acoreading.com
2012.08.01
上手くいかない方法は、さっさか、変えることです。それはあなたには合っていない方法です。でも、この方法を始めたから、これが出来ない私が悪いんだから、と思って続けているとしたら、それは自分いじめ、なんです。社会的な常識から?人々の考え方から?親が常々これはいけない、こういうもんだ、と教えた事柄から?これが良い方法であると信じている自分がいて、自分にとって良い方法が認められない、という自分いじめ。上手くいかなければ、いろんな点を変える工夫をしてください。その方法ではないと上手くいかない「はず」だ、これが一般常識だから、こういうものだから、ということで、見落としがないかどうか、感じてみてください。諦めるのではありません。ただ、方法がもう少し柔軟なはずです。但し、ずっと方法を変え続け、品を変え続けていて、失敗ばかりしているのであればそれはもう別の問題です。その人は成功をしたいのではなくて、これじゃないし、嫌だなこれ、違うとすぐに感じてしまい、こんなはずじゃない、というような、何かに動かされ過ぎています。そういう気持ちがすぐに湧いて、ピッときちゃっておしりあたりがむずむずして、ほかのものが良く見えるんでしょう?他に動きたくなっちゃって。それは別の問題です。そんな気持ちがあると、すぐに変えたくなっちゃわないかどうか、要チェックです。ーーーーーーーーーーーーーー無意識に続けている自分にとって本質と合わない方法を自分に合った方法に改善をしていきます。http://www.acoreading.com
2012.08.01
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