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これ、どうなんだろう。あれはどうしたらいいんだろうどうしたら変われるんだろう、と焦って次々聞きたいときには、これはもう、本当にだんだんと潜在意識ちゃんたちと話して長年かけてわかってきたんだけれど、本当はまだ、変わりたくないときなんです。複雑な心理ですよね、表面では、変わろうとしているから必死に聞いている、と思う。でも本当はー。まだ、こだわっていたいんです。この恋愛がダメでも、どうしたらいいの、と聞いて回るときには幸せになりたい、というよりも、嫌だ、絶対に嫌だというのが大きすぎて、幸せになるよりも「いやだ」に関わろうとしている時期なのです。これはどうしたらいいですか?この方法でいけますか?というときも。目指す成功よりも、今はまだ抜け切れていない、嫌だ、こんなの嫌だ、という何かが陰に動いているか、不安が動きすぎています。もし、幸せや成功を表面の意識ではなくて潜在意識から決断をした、としたら方法がわかります。すべきこと、改善すべきことも自分の中から。本当にもし、心が、幸せになる決意をしたとしたら、すぐに物事は変わります。とても近い一歩なのにそれに心が許可をしてくれるまで時間はかかります。が徐々に豊かな、自分が目指す未来に向き合っていってください。http://www.acoreading.com
2012.05.29
本質と後天的な性質については、それは双方があります。たとえばあまりしゃべらない人々は、その人はもともと、おしゃべりではないという性質は確かにあります。あるいは、よくしゃべるのに、何らかの部分で遠慮をしてしまう場合はその人を思いやりたいという気持ちが、変な形で出ていることがあります。遠慮をしている部分は、気を使いたい、という性質だったり人と温かい関係を作りたいという本質が望んでいる部分の現れであったりもします。でもそれは、「今の問題を生む形」とは違います。つまり、こういうことです。もともと、人には、ある資質や本質があるのだけれど、問題を乗り越えるときに、家族を見て、その個性とあいまってそのスタイルを身に着けたりあるいは、自分のやり方を身に着けます。これが後天的です。でもその方法が偏っているため、のちに問題として必ず現れてきて本来の形に戻す必要があります。たとえば、ですね、3人の兄弟がいるとしましょう。一人は、あまり話したがらない人、高倉ちゃん、一人さんま子ちゃんです。双方は、親が良くしかる人だったのですが健ちゃんは、しゃべらないと、親はぶつぶつ言いながらもしょうがなく思っていました。だから脳が、なんでも問題があるときにしゃべらない、という無意識の対策ができます。あ、なーんだしゃべらないほうが、うまくいくんだな、と脳がおぼえこんで強化をされてしまうのです。この人の本質は、無意味なものをしゃべらずに何かに集中をしていたりあまり他のことを気にせずにいたり、心の中で何かを深めて物事を創造する、という何らかの才能があるとしましょう。その形は、セッションをしてみないとわからないけれどその人の本当の形があります。それは一つとも限らないし、人それぞれ同じしゃべらない中に隠れている才能は違います、違いますが、問題は、高倉ちゃんはしゃべれなければ問題が解消をすると勘違いをした脳なので、すべての事柄にこれをしてしまう、ということなんです。結婚をして奥さんが、いくら話をしてよ、と説得をしても説得をされればされるほど、そうしたらうまくいかないだろう、とやる気はでないしね。そうすると才能の方にその力を生かすのではなくて自分を守るためにかたくなになる方にその人はエネルギーを使います。さんま子ちゃんは怒られた後で、しゃべって笑わせると親が笑ってくれるので怒られたら、おどける、という癖を身に着けた、としましょう。でも、この子であれば、人それぞれ違いますが、たとえば、リーダーシップをとったり、説明がじょうずだったり人の気持ちを上手く引き出せたり、何らかの使命だったり魂がやりたいことや、学びたいことや、を見出したり助けるためにその力があるわけですが、この人のエネルギーが全部、何だか嫌なことがあったらごまかしたおす、みたいなことに使われます、すると、相手は自分で問題をそっとしておけば解消をできるのに変に入って笑わせようとしたりというように、何らかの癖に使われます。でもご注目くださいね、この二人とも、同じ家族で育ってきた、ということは、高倉君はしゃべったら余計怒られて怖いことになる、という誤解も嘘だし、さんまちゃんの、しゃべってとにかく笑わせないと、あるいは機嫌を取らないと、家にいられない、追い出されるという恐怖心も双方嘘なわけです。まあ、さっき言ったように、通常はこんな単純な話ではなくて、たとえばあることについてはしゃべるけれど、このことはダメ、とか、そういう場合なら、何らかの優しさや愛情の示し方が歪んでいるということも、あり得ます。のびのびとその人のスタイルになれないとかですね。でも、先の続きに戻れば、しゃべる気がしない、という脳の選択も、しゃべっていないと何だか不安定、という恐怖心も双方が嘘だ、というのは、違う対策でも生きていけるわけですから。違う対策をとりなさい、問題があるとき、人はそのように告げられています。子供の時に、一つの方法で生きると、これで生き残ろう、という生き残りの政策として、一つの方法が身に付きます。これが通常、その人の性格として現れます。、ACRではどう扱うか、というと、上記のように、つまり、欠点て、もう、才能なのよ。才能が裏返っているの。そのまま、尊重をしてあげればひょこっとちゃんと才能として現れる。一つの方法への依存、その方法をしていないといられないという強い反応、そちらに引っ張られてある特定の行動をしていないと落ち着かない、これが、そういう人と同じことを繰り返すという強い力を持っているのでそこが解消をされたら、つまり、高倉ちゃんであればときには、意見も怒られても言うし、奥さんがワーワー言っていてもふと違う気持ちが沸いてこうしたらいい、と違うこともわかるし、もうこの力を変に使う必要もないので物事を創造するために心に深く入ったり、無口は無口でも色々違うところが動き出す。あるいは、言わない時には言わずに楽でいられたりとその力を使えますし、さんま子ちゃんならば、怒られたときにきちんと意見をもっと聞いて、もっとリーダーシップが使えたりするだろうね、ということなんです。なお、ここでは高倉健さんがそうだ、さんまちゃんがそうだ、と言っているのではないからね。お二人は、全然違う人々です。でもわかりやすく例を挙げただけです。もしも、そういう違うタイプの兄弟がいて同じ環境なのに、何らかの思い込みが出来たらどうなるかわかりやすく書いただけです。だから、双方なんです。自分のもともとの資質とそして環境と、さらに資質と環境が相まって自分で作り上げた、この3つが性格になり、性格は、正確には、本人が思うほど、性格ではなく、(お、この言い回し、気に入ったなあ)つまり性質でもなく、でも、全然性格ではないのか、というとそうでもなく、その人の何らかの 現れ ではあります。才能ですね。http://www.acoreading.com
2012.05.28
こんにちは。今回の日記の>自分が全部、気候のことから、挨拶から今日はこんな気分から、全部に返さないといられない、としたら、やや、人に依存をし過ぎている、と思ってください。とありますが、自分が他人と話す時、何をしているか観察してみたら、相手の顔色を伺い、相手が笑えば笑い返し、相手の言ったことをオウム返しで言い、そのパターン化されたコミュニケーションで、どうにかコミュニケーションしたことにしている自分がいることに気付きました。これも依存しているのでしょうか。依存している感覚がないのですが、ある日、会って間もない人に「他人が言っていること、繰り返しているだけやん」と言われて、非常に傷つきました。まさにそうなんですが。あーつまんないなと、このパターン化された会話中に、最近思います。なのにやめられないのです…。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー依存というよりも、自分が自分を出して傷つくのを恐れているために、自分を生かさないようになられたんです。そうすると誰にも嫌われないかわりに特徴も意見もないわけだから、その人がオンリーワンとして扱われにくくはなります。友人でもそういう面が出てきます。だから、自分がどれだけ恐れてきたかをしっかり知ることです。私は自分の意見を持たない、あるいは言わない最高じゃない?誰ともぶつからないよ、が脳の戦略だ、信じ込みだ、ということですがもちろん、自然な意見は自然に表明をできるのがコミュニケーションでもあるので、そちらは学ぶ必要があるでしょう。脳の誤解、絶対にそれをやめられない止めようとすると怖くて仕方がないでしょう?うまくいっていないという感覚にとらわれて前に戻っていないと、すごく居心地が悪い、これが錯覚です。取り除きたい部分です。潜在意識の働きでもあります。その人の反応パターンでもあります。ーーーーーーーーーーーーーーーそういったパターンにとらわれないで自然な自分に戻します。http://acoreading.com
2012.05.23
相手から返事がない、自分が嫌いなんだ、失敗した、、とは思わないようにね。まず、普通の関係性から、その訓練をしましょう。返事がないのは、自分を嫌い、という意味ではない。自分も、相手が会話をする全部に返事を出さなくてよい。たとえば、A、B,C,Dの話をメールでして全部返す必要も、返される必要も、ありません。気候の話から、相手が何かをして成功をした、相手はこう思った、こういう出来事があった、ということを、全部答えないとならない気がする、としたら、そういう人って楽に誘いにくかったりします。誘われ上手ではなかったりします。男性女性、かかわらず。すべてのことを、意味深にとらえ過ぎている、ということですから。男性との付き合いもしんどいかもしれません。これは聞けてない、どうなの、どう思っているの?と心配をし過ぎちう意味でもあろうしね。で、自分の返事と、相手の返事を見比べて相手が自分が話したことすべてに返事を返していないのに自分が全部、気候のことから、挨拶から今日はこんな気分から、全部に返さないといられない、としたら、やや、人に依存をし過ぎている、と思ってください。まあ、そういう同士でとても、楽しくってという友人ならばそれもありですが。そういう人とは思いっきりやってよいのです。ただ、重たい関係になるかもしれませんね。そこでちゃんと調整をしてください。会話の全部に返事がくる、ということはなくてよいのですし、そこを愛情のポイントにするとすれ違います。さらに言うならば、会話って流れが切れたらいったん終了をするもの。いつまでも同じ話題を広げていなくてよいのです。また新しい流れがくるまで、待つこと。静けさを怖がらない。で、友人でもなんでも、面白いことに、返事がなくてもほっておいてそれは全然忘れていると、あっちから色々また話したがって来たり、他のお誘いをしてきたりしますから。何か月も前のことが、あとからあとから実を結んで流れ込む、見たいなこともあるわけだから。これは面白いよ!何かをする、それに対して評価をしない、そしてまた他のことをする、というのが、人生は良い流れなのであろうね。なぜか、日本人のフィードバックは、自分に厳しくこれもあれもできていない、と不安になる方向でしてしまうのですがあれって、自分が動機づけになるためにするという目標もあるのだから。3つ自分をほめて、1つ直して、直したら忘れておく、そして新たにする、ということができていたとしたら、人生の進みはかなり、違ってくるのでしょう。あ、話がそれたけれど、メールの返事でくよくよしないほうが良いと思うよ?たとえば、誰かに良い話をしたから帰ってくるかなーとか、期待をし過ぎない、期待をして良い流れを起こすためにしてみたことについては、それでいったん、よしとする、そして他の人にまた話したり、他のことをまた話したりして忘れておく、するとなぜか勝手に実を結ぶ、ということだね。
2012.05.21
ご希望がありましたので、レベル1を開催したく思います。6月16,17日ですが、かなり今までのものと、内容が変わっていきます。キネシオロジーの基礎知識、緊張と自分の思い込みの関連、幼少期の固着と、潜在意識に組み込まれる内容、潜在意識の書き換えの方法、などを学びます。現在、レベルを受講中の皆様につきましてはもれなく、変わっていく内容をフォローし付け足していきます。前回レベル3まで受けた方々で、新しいものを知りたい方々についてはテキスト代金で、受講できるようにします。再受講の方々は半額になります。ただし、人数が4人に満たない場合、延期をすることがありますので、ご了承ください。http://www.acoreading.com のお問合せフォームからか、innerplanning(a)yahoo.co.jpにお問い合わせください。
2012.05.17
イハレアカラ・ヒューレン博士伝承の、オポノポノは、「ありがとう、ごめんなさい、許してください、愛してます」を言うことで、変化を起こすのは、他の誰かに言う言葉では、ないのです。他の誰かに許してください、とか、愛してます、とか、ごめんなさい、とかではなくて。彼によれば、自分の記憶を、消去するためのものです。自分の中にいろんな記憶があって、それに対して言う言葉です。先の日記、またそれ以前から、伝えているように、記憶が再現をされます。さらに言うならば、ACRで言うならば、感情の記憶が再現をされます。わたしには、それ、つまり、オポノポノのその説明は、とても理にかなっているように思えます。先の日記に伝えたように、記憶がいろいろな現象を生みます。
2012.05.16
Question私の場合の執着はどこにあるのでしょうか?私は長い婚活を経て、ようやく理想的な条件、職業のアメリカ人と出会いました。ひとつだけ耐えがたいくらい嫌なのは、彼が自分の娘をいかに天才で優れているか自慢することです。しかし客観的には平凡な娘で、はっきり言って私の経歴のほうがずっと優れています。娘の自慢は彼女の母親である元妻と話せば良いと思います。どうやって今後、全く私に関係のない彼の娘の自慢話を聞き流せば良いでしょうか?水商売のホステスさんたちは、どうやって思ってもいないことでお客を褒めたり、持ち上げたりしているのでしょうか?私の執着はこの場合、どこにあるのでしょうか?私が親にもっと褒めてもらえば良いですか?今更~!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー今、親に褒めてもらうのは、解決ではないです。皆さんは、親が原因と考えますが、そうではないんです。皆さんの「脳の中にある」親の像は、「あなた自身の中の記憶」であり、もう親との問題ではありません。親と自分との関係から、人間関係はこうだ、という決めている部分(それをもとに対人関係や社会性も身に着けているから悪ではないんです。ただ余計な部分があるだけ)こう対応をしようと決めているのは、「記憶と推測」からきます。だからあなたの場合は、「自分はちゃんとやっているのに認めてもらえなくて他のことばかりあいつは褒める」という記憶なり、すごく嫌だという感情が再現をされます。セションでこういった感情がスキット取れることがあり、でもそれは、また再現をし始めます。でもすきっとした感覚を持てれば、あれ、人から何かをしてもらうのではなくても変わるんだという信頼は自分に築けます。繰り返しそういったことを行うことで、安定をしていきます。ですが、取り急ぎ大事なのは、あなたご自身が、「自分の中で、他の人が褒められて自分は(もっと立派でも)絶対に褒めてもらえていない」とこだわりつつ怒っている部分があって、そこが相手に張り付いているんだな、というのはまず自覚をしておいてください。その気持ちはあってよいけれど、自分では今整理ができないかもしれないけれど「ある」と認めてあげることは、癒しの第一歩です。否定をした気持ちは、「相手が悪いんだ」というように相手にますます張り付かせます。でも「自分の中にこういったものがある」と向き合えた時、自分の中で変化をしていこうとする可能性が同時に生まれます。時間はかかってもいいんじゃないでしょうか。実は感情は物事を曲げて見せます。でも事実は、彼はあなたを選んでいて自分自身と同じ娘を(娘を自慢する、ということは自分を自慢している、ということです。肉親ですから)凄いでしょう、と褒めているという事実にすぎず別にあなたのほうが立派ではないことを、認めていない心理ではないのです。凄いすごい?こんなの凄い?鼻の穴ふくらまして、かわいいじゃないの。自分自身を認めてほしい、という気持ちです。でもそれが、脳の中の画像によって、記憶によって、「自分がすごいことをしても認められない何をしても、自分は褒めてはもらえないんだそういうことなんだ」という解釈が入るのです。どうしてもね。脳の誤解は、相手が自分をほめることは、自分をほめたいからしていることだけれど、だから自分とは、何ら、関係がないんだけれど、相手が自分をほめる=自分は認められていない、というそれを、記憶しているのです。周りの人、家族、そういったものから。だから、自分がこれは自分って素敵、というのも自分に許しにくいかもしれない、心の底からです。他の人に威張るとか、そういうことではなくて。、自分でいていくて安定という気持ちです。それも課題でしょうし。そりゃ、あなたの課題なんだから、焦らなくていいです。パートナーに出会って幸せであることに、注意を向けておいてください。なお、注意を向けると言ったから、といって皆さんは一つの言葉を聞くと一つしか回答がなくなるんだけれど、パートナーに出会って幸せであることを味わうのは、この人と永遠にやっていく、やっていかないといけない、いろいろ自分が抑えて、我慢しないとという意味ではありません。当然、やっていかない、いけない、という意味でもありません。どちらも、意味しません。どちらにしろ、自分が自分らしくいたら正しい回答がわかっていく楽しい道筋を、豊かにスムースに歩んでいく、そのドアが開かれるにすぎません。http://www.acoreading.com
2012.05.16
日記のぶら下がりコメントへのコメント話す自分は理想的、話せない自分は?だって誤解があるんだもん。社交的で話すことは、すごく良いこと。そうできない自分は、悪い自分って。これは、実は感情であり、事実ではないです。自分が話していなくて、寂しかったりそういうのが(これは適当、だから本当は原因は違いますが、ブログだけではわからないので、すみません。あるいは話したく全然ないけれど、自分はダメだという焦燥感も混じっているかもしれないし。そんなたくさんの他の事情が混じっているし、人それぞれ違います。)自分が受け入れられなかったり話せなかったりショックだったりそういうさまざまな気持ちと相まって価値観となります。恐怖心やそういうのが、価値観を生み出します。この例でいえば、話したい、楽しくしたい、という気持ちは、いつの間にか他の感情と混じってその人にとって絶対の事実と信じられます。そうではないとダメなんだ、という誤った気持ちで感じ取るようになります。が、それらに隠れているものは、人それぞれ100人いたら、100人とも違いますが。だからそのこだわりから動くと、ねえ。むなしくなるでしょう?本物ではないから。じゃあ、話下手なノーベル賞物理学者とか、全員、ダメな人のわけで。少しやめてみたら、色々わかってくるかもしれませんね。本質を認めて、確かに声です。いったん止めてそしてニュートラルにもどり、そこから、また双方を取り入れてみてください。――――――――――――――――――――キャシーさん、お答えいただいてありがとうございました。確かに「本質」か「理想」から選ぶこと、にこだわっていますね。本質でも後天的に身に付けたものでも、時と場合で使っていけばいいってことでしょうか。ただ、「理想」の時の自分が虚しくなる時があって。本質を認めて、という自分のメッセージなのかな、と解釈したんですが、そんな虚しい時は、それを今はやめてもいいじゃない、ってできたらよいのでしょうただ、「理想」の時の自分が虚しくなる時があって。本質を認めて、という自分のメッセージなのかな、と解釈したんですが、そんな虚しい時は、それを今はやめてもいいじゃない、ってできたらよいのでしょうね
2012.05.16
>私もこの相談者の方と同じく、元彼に執着していました。どうして上手く行かなかったの?私の何がダメだった?っと自分を責め続けていました。でも、私は彼の気持ちに応えるため、私と彼の個性が合わない事やお互いに求めているものが違う事、そして自分が彼の個性と合わない事を絶対に認めたくなかったんです。だって、そんな自分がとてもひどい人だと思えてならなかったんです。>そして、自分の気持ちを無視して関係を続けるんだけど、心が限界で、相手の気に入らない所を批判する。だって、自分も無理して相手に合わせているんだから、相手も私に合わせて当然だと。はぁ・・・。文章にしたら何てひどいんでしょう。本当に心の声を聞くって大切ですね。自分の幸せのためにも、お互いのためにも・・・---------------------まず最初に、心の誤解の一つに、お互いに求めていることが違うこと = ひどいこと、という書き込みがあり、潜在意識にですが、ま、おおざっぱに言うよ、細かく書き換えたい部分は若干違うだろうし。これが実現をする、と思って下さい、これは、先祖代々の問題ですから、まず、人と自分が違う、違ってお互いに思いやれる関係性が認められなくて、違うはひどいことなんだ、と無理をするから、ひどいことになります。信じていることが実現をすることを、お忘れなく。それで、この文章のどこもひどくないのです。おそらく、読んでいる誰もがひどい人とは思わないでしょう。あなたの思い込みの中に、何か誤った誤解がありそうです。たとえば、「ねえ、これって赤じゃない?」「うん、青だと思うけど、どっちでも、よくね?」「うん、いいねえ」と言えるような親子関係になくて、「赤じゃない?」「いいえ、青のはず、でもこんなことを思っている私はひどい人だこんな風に違うあなたもひどい(というメッセージが無意識にお互いにあり)こんな風に合わせられないなんて、そうよ、だから赤って言うわよでも次は青って言ってくれることを、期待をするししてくれるはずよ」というように。この、赤や、青にいろんな言葉入れてみてください。そしたら、わかります。合わせないことがひどい、合わない意見を言う私はひどい、合わないで喧嘩をする私も、合わせられない私はひどい、そして相手も(これは無意識に、ですが)って本当のことかどうか見直していってください。深いところで真実だとあなたが信じ込んでいることがあります。深いところで真実だと思い込んでいるから、簡単に伝えられないことがあります。でも実現をしているのは?合わせられない私はひどい、という誤りです。それは、とても深いところで、執着の一つの原因にもなっています。自分はひどい人だから、覚えていないと、みたいな、罪悪感がー本当はいろんな問題は、それほど重大ではないことがしばしば。そしてエネルギーを、だから良いものを生み出したい、という方に振り分けられたら、奇跡は起こせるものです。潜在意識の書き換えにhttp://www.acoreading.com
2012.05.15
私の好きな人には同棲している彼女がいます。でも、私は彼と体の関係にあります。友達に彼のどこが好きか聞かれても実際答えられません。嫌なとこならバンバン出てくるのに。好きなとこが言えないのに、なぜか私は彼がいい、彼の彼女になりたいとずっと思っているのです。好きなのかわからないのに彼にこだわるのはなぜなのでしょうか。ちなみに、正しく生きようと思い彼に『彼女の代わりはもういやだ。この関係は終わりにしたい』とメールしました。一週間経ちましたが彼からは何もなく私からも連絡は一切していません。ーーーーーーーーーーーーーーー彼女になりたい、というのがこだわりになっていませんか?どうして私ではないの、とか、もう少しなのにとか、関係を持ってもらって好きでいてくれるはずなのにとか、そういう悲しみや悔しさって、愛情と間違えやすいです。ある人の中で、引き金を引いたらおさめにくい感情の癖ってありますよね?負けたと思ったら意地になる人、とか、その人がいなくなると思ったとたんに悲しくなるとか。これは普段からあるのだけれど、意地になる人であれば、恋愛で、ライバルがいれば、好きと勘違いをします、意地になります。その人がいなくなると思ったとたんに寂しくなって執着をするのであればいなくなりそうな人と付き合おうとするでしょう。寂しさがとても深い愛着に感じられてしまうからです。愛情がないとはいいませんが、いろんなものに引っ張られ過ぎます。その普段整理を出来ていない隠れている事柄が恋愛では出やすいので、その整理をすると相手への気持ちが変化をします。関心がなくなることもあり得ます。恋愛はほとんどが、自分の整理のためにしています。それはそれで全然かまわなくて、その中で相手とかかわりながらいっしょにいられることもあり、成長をしていくのだってこれだって立派な運命の出会い、正しい相手でもあります。でも一緒にいられない相手だとしたら、自分の中の整理が必要な時期でもあるでしょう。セッションなりメールカウンセリングをしていると面白いことに気が付きます。その人の中で、ここはこう超えたい、という意思があります。その人本人が気が付いていなくても。というか、絶対意思とは違う動きなんだけれどね。もう少しこだわりたい、こう傷つく、そしてこれを乗り越えてこういう人生に行きたい、こういう人になりたいこういう関係性を持ちたい、というような、とても崇高な意思です。あなた方がどんなに早く進みたくてもここはこういう経験をしたい、という意思があります。でもなるべく、変な引っ掛かりをせずに順当に行けるように考える、ということも大切でしょう。辛いからこそ、この関係を整理しようと思ったただしく生きようと思ったのかもしれません。辛さを含めて気持ちは、正しい道に行こうといろいろな気持ちで教えてくれます。ただ、頭が逆らうから、どうしていいのかにっちもさっちも、となって。とてもつらいんだけれど。色々な方向に行きながら、あなたは今、自分を確かめているのです。よい道が見つかりますように。
2012.05.08
依存と頼るべきところって区別がつかなくなりやすいのでしょうけれど、人に頼ってはいけないと思う人々は、頼るところで頼っていなさすぎです。自分はこんなに悲しいので助けてほしい、と犠牲者になっていたら自分が出来ることを、拒絶しているために、頼りすぎかもしれません。基本、相手がしたほうが効率がよいこと、頼んでそれほど相手に苦ではないことは、あるいはある知識を得る必要があるとかであれば、頼ってみてください。その際に、自分が頼ってはならないという罪悪感から大げさに考えすぎないようにしましょう。逆に、「その人」がいてくれないと助けられない、と思い過ぎていたらその人に寄りかかるとあまりうまくいかないかもしれません。もう少し公的な機関に頼ったり、その「人」、つまり恋愛みたいなものですね、あるいは自分より力があるからという理由で自分を放棄していたりおんぶをされたいのかもしれません。そのものに頼りたいというときには他の問題が現れているのかもしれません。その人、ではなくてその知識を知っていたり、工夫をちゃんとできる人に頼る必要があるかもしれません。
2012.05.08
感情の癖は自分がその癖に気が付くことで自然と消えていくものでしょうか?私は職場の人が私の前で機嫌が悪いのを見ると「自分が何かしたかな」と考えてしまう癖があります。そうでない場合もあれば、自分の行動が何か問題があるときもある。そんな場合、その人が何か言ってくるまで待つとか、自分が何かの問題に気づけば誤ればいいし、その時の自然な流れの対応をしていけばということになりますか?それともそこまで考えずに「あの人は今日は機嫌が悪いみたいだな」でストップして自分の仕事を続けるでいいのか、でもそれでは職場の雰囲気が悪いですよね。ということは、その人の不機嫌はどうしてあげたらいいですか?ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー相手の人は、機嫌が悪くても、雰囲気がそれほど悪くなると思わないからイライラを表しているわけです。つまり、雰囲気が悪いとびくびくおびえているのは「あなた」です。これが感情の癖です。あなたは、自分が機嫌を悪くすることもしないでしょう?怖いから。でも相手は、そう思っていない、ということは、あなたとは違う世界に生きています。つまり、機嫌が悪い人がいるのは、しょうがない、という認識ですね。あなたは、機嫌が悪い人がいると、自分が雰囲気が悪いとおびえ怖がり何とかしないとならないと、何かを始める、というのが、感情の癖です。でもこれは癖であり止められない部分でありますが、事実ではありません。それほど、大きなことではないんです。誰かが機嫌が悪いのは。そして、通常、自分が明らかに誤っていたら謝ればいいし、相手を気遣うという意味では、何か大変そうだね、と声を掛けたりすることはあります。でも、親を投影して、機嫌が悪い、すごいことが起こっている怖い、と思い過ぎてそれを直そう直そうとしているのは、誰ですか?ということですね、まあ、声が大きいとかであれば確かに迫力はありますけれど。機嫌取りに生きていない人々から観察をすることです。その人がたとえ、自分のしたことでイライラしていても自分が通常のことをした範囲であればいちいちおびえていないで、穏やかに仕事をして、そして収まり、という場合だってあるのではないでしょうか?さらに悪いことに、あなたがこれを続けている限り、あなたは生涯、そういう人々のお守り役になります。というのは、相手の責任を自分が被るからです。機嫌がなんでも悪いのは自分のせいなんでしょう?朝ご飯がおいしくなくて、今日はあなたの挨拶が悪ければそれもあなたのせいなんですよね?でも本当は、自分が機嫌が悪いところにきて書類の出し方が悪かっただけで、それはその人の問題です。書類ごとき、自分で直しゃ、いいものだし、その時に気が付けば次回から気を付けたらいいだけだし。その人だって、それくらい、わかっています。わかっているけれどイライラが止まらない。のは、その人の問題。また、怖がらせたら言うことを聞く人がいたら、その人と変な関係ができます。さらにさらに、あなたがこれをしていると、あなたは普段、機嫌を取っているわけです。で、異性での関係性で、相手にそれを求めるようになります。なぜ私の機嫌を直させる行動をしてくれないのか?私だったらこうもしてああもするのに、してくれないのは、自分の価値がないからだ。でも相手の男性は、もちろん、機嫌取りの生き方をしていないので、相手の機嫌を取りながら生きているわけではないのですれ違いがおきます。お互いの自己責任がわからないで、愛情を奪い取ろうとすることも出てきたり、機嫌取りをしている分、相手につらく当たったりも夫婦になるとでてきます。さらに、相手を弱くしてしまう、だって怒れば問題が解消をするわけだから、育てることもできない、ということが親子の関係でも起きてくることもあります。肩もこる人が怖い、人によっては、人の責任を自分が受け過ぎて鬱っぽいなども起きえるし、おこりっぱい人を引き寄せては面倒を見るとか楽しい関係よりも、機嫌が悪い人が気になって(気になるということはその人との関係を築きたいラブコールですから)余計集中をし関わっていくのですし。実は、自分が悪いからというのは、親を投影しているのですがそれは相手にも気の毒なことなんです、それほど怖い人じゃないんだから。ばけもんか、怒ったら、ということですね。機嫌が悪かったら、いけませんか?だって私、不機嫌なの趣味なんですが、という人もいるわけです。そんな人であれば、朝から機嫌が悪くて、何このホッチキスの止め方、って本当はホッチキスが悪いのではないから、ほっておいて自分で回復できる問題です。でも脳の中での誤解であなたは、ご両親の機嫌さえ、自分が直してきた、と思っているわけですから止められないんです。やめたら怖くて死にそうになります。でもそうしたら機嫌取りをしていないといられない怖さにとらわれ、機嫌取りで生涯が終わるのでどうしますか、という話です。怒りんぼうだって、そんな怖くはない、実際には。その人だって仲間でいたいのですから。相手の機嫌を直したい、というのは、相手への本当の気遣いではありえないし、相手の問題をそっとしておいてあげられない、ということでもあります。クラスで私が言ったことで何か不機嫌になった人に、私はどう対応をするでしょうか?明らかに私が悪いと思えば、謝ります。あれ、今の言葉、気になったかなと思えばそれを伝えるけれど、でもそうかあ、そんなふうにこれが気になるかな、と思うけれど、相手が自分で乗り越えられるだろうと思うのであれば、その人が回復するのをそっと待つこともあることです。どんぞどんぞ、私のせいで不機嫌で結構です。だって、そういうことはあるからね。不機嫌にならないように、というのは、相手への愛情ではありません。愛情ではないものは怖れから来ていて、本物ではありません。本物ではない以上、いろんなところで、別の問題を生んでいます。先に伝えた、ほかの異性との関係性、自分がみじめに下に下ってしまうという関係性をしやすくなるし、他の人々との関係性、常に焦点が良い関係ではなくて機嫌を取ることに行きやすい感情。そのため、機嫌が悪い人がいてもたくさんの人と話して良い関係を築くということができなくて機嫌が悪い人にずっと気持ちが張り付いて、つまりその人と生きているということでもあります。答えを言えば、雰囲気が悪いとも思わないし、気遣いでは大丈夫?と手を差し伸べることはあっても、その人が自然に戻るまで自然でいることもありえるし、なぜあなたが機嫌を直さないとならないんですか?という関係性を結んでいきます。誰かの機嫌取りで一生を終わりたくはないでしょう?鬱になるのは、多くの場合、自分のせいに何かをし過ぎていることが多いし、人の機嫌を直さないとならないと思っていると、重たくて人にあうのしんどくなります。疲れるし肩こるし。その人の思い込みは、どうしてもその人にとって真実なんです。そしてどうしてもそうとしか見えない部分です。そして感情が動いてしまい、どうしてもそちらにしか行けないことを、セッションで扱っているのです。まあ、今は自覚で十分。そして周りを観察することです。自分のせいと思って皆、必死になっているかどうか。そういう人もいるでもほとんどの場合、違います。というか、皆若干は機嫌を直そうとは思っても、あなたの場合はレベルが高いです。怖がり方の。尚言っておきますが、私も、若い時には、極端に、機嫌が悪い人々をおびえていました。仲が悪い状態を悪いと思い、双方に行って機嫌をとったり・それが自分の優しさだと思っていました。でも怖さを取り除けば他の方法で人々に奉仕をするものです。しかも、本当に良い具合になります。[その人の機嫌はどうしてあげたらいいのですか?]というのは、とても偏った質問だ、ということに気がつかれますように。自分が怖がっている自分が怖いから環境を変えるために、「自分のために」何かをする、というのであれば、いいでしょうけれど、全員がそれを悪い雰囲気と思い、あなたと同じようにおびえ何かをしなければいられない、というのではないことは知っておいてください。そんなに雰囲気が悪くていたたまれないとその人が思えばその人が機嫌を直すでしょうし。そんなことはそれほど怖いことではなくてその人にとっては、イライラしている方が、楽なんだよね。それと、強い脳の誤解により、自分が謝っていたり自分が悪いと思ったために相手が許してくれた、と思っているんだけれどそうじゃなくて、びくびくと、優しくしてくれたり関わろうとしてくれたことで相手は癒されています。だから自分が悪いというのではなくて、今機嫌が悪いようなんだけれど、大丈夫、というように相手の問題を自分のせいとするのではなくて助けたほうが、ずっと効果があるし、相手も癒されるし機嫌も直してもくれます。でもそこまでしなくてよいのは先に伝えた通り。自分を解放します。http://www.acoreading.com
2012.05.08
二つ質問を頂きましたから、二つは答えられないので一個、ざくっと答えます。彼との関係で自分との約束を忘れた。悲しいと伝えたところそんなに感情的になられても、と言われた。自分が謝りその場をおさめたが、納得がいかない。(ごめんなさい、これって、自分の言い方の程度もあるだろうし、相手の怒り方の程度もあるでしょう。双方があまりに感情的であればそれは問題があるけれど、通常の会話をした、として整理をします)さて、これについては、感じ取り方の癖、皆さんは、特に女性に起こりがちなのですがというのは女性は文化的背景もあって、そうなりやすいのですが、つまり、どういう意味かというと男性にはあまりないことなのですが、女性の皆さんは、「自分が関係をコントロールしている」という誤った感じ取り方をすることがあります。つまり、女性なら誰しも「自分が相手の気分を変えられる鍵なんだ」というか、これが罪悪感の正体ですね。つまり、親が怒りっぽくて怒っているのに、脳は誤解をして、自分が○○になって、親をおさめている、という誤解をします。すると女性は、ずっとその行動をし続けます。ポイントは、その行動をしているのは、あくまで「私」だということです。相手が○○になったときに、相手をおさめるのは相手が頼んだことではなくて「自分が怖いからしている」ということなんです。そうすると、どうなるか。相手に常に謝っていないとなんない。謝ってもいいんだけれど、本当はそれは問題の解決になっていない。相手が癖でしていることもある、ただの癖だからほっておいたら機嫌が直ることも癖だから変えられないこともあるのに、謝ることでコントロールしている。なぜならこの問題を自分がおさめないとならないと信じているから。結果、自分だけが損をしている気がして、いずれ切れる。夫婦で20年も自分が謝り続けていると、やがて自分が分かってもらえていない気がしてもう愛情も感じなくなる、というのが熟年離婚の正体です。もう本当に何も感じなくなる。お父さん全然わかってくれない本当にあの人ダメだ、というようにしか、感じ取れなくなります。ただしい関係性に欠かせないのは、問題があっても、大丈夫、何も起きていないからというただしいあり方です。自分がコントロールしていないとダメな関係って、本当ですか?あなたは神様なのでしょうか。その誤解を取り除けば、自分は嫌だよと思い、そんなこと、感情的に言われても、と切れる相手がいて、それはそれで、オーケーで怖いことではなくて、あ、そう感じたの?で、ほっておけて、お互いにリラックスをしていたら謝った時間と同じ程度で自然と関係は修復をします。これが本来の意味の相手の信頼です。相手がそのままでいたらいけないというメッセージを与えることもありません。相手が良い人であるのがよいことで、そうではないのは、私の責任と思っている人々は、相手にも「自分じゃダメなんだよね」というメッセージを与え続けるからです。無意識に。だって、ダメなんでしょう?そのままの相手じゃ。切れたら。問題起こしたら全部だめなことで、自分のせいで、ということは相手を変えたい、ということです。だから相手が、余計ごねたりする。だから、罪悪感がひどい人と一緒にいると男性はよく、「自分ばかり責めて」というようなことを言い始めます。自分が悪いのよ、自分が悪くてこうなるの、という人々は無意識に、相手がそのままなのはいけない、と伝えているわけだからね。しかも、自然体で受け入れられた分、相手も心を開きやすくなります。というよりも、そうなんだ、と自分がリラックスをして自分は自分で良いと自分に許可を出来ている分、自分はここに居場所があるんだ、と自分が感じられてその人を嫌いにならずにすみます。ということがあります。この誤解が強いと、どうしても真っ暗闇に見えているから、相手が何かを言うたびにもう真っ暗闇に見えているから、この画像を変えることが、潜在意識を変えるということなんだなー。この画像があまり怖くないのであれば、相手も変わります。ま、謝ってもいいんだけれどね。画像が暗くて、自分がそうしないとならない、という怖さや誤解があると物事はこう着をします。
2012.05.07
読んでいて疑問がわいたのですが、私は無意識に自分本位に発言する人に対してイライラしてくる時があります。ここで言う本物の純真さ、もう信じて疑わないというか、自然な行動をできたときには人は助けてくれます。というのは、ずうずうしくて人をイラつかせるわがままさ加減とはどう違うのでしょうか??人は面白いのですが、本当に信じていることしか、しません。つまり、皆さんは、これを信じている、というけれど行動のほうが、今起きている現実のほうが、信じている事柄なのです。さて、この相談者さんのことで言えば、ご自身がずうずうしい、人をイラつかせるなあ、と思う事柄を信じておられるので、ここの解消は必要でしょう。いったいどういうときに、ずうずうしい、人をイラつかせる、とお考えになるのでしょうか?どういう行動はいけないと感じてしまっておられますか?ここは、親御さんが信じてきたことも入っているかと思います。自分らしく意見を言うことがダメなのであれば、それは自分で禁じているので禁じている分、自分が意見を言うときには、ずうずうしくなります。人をイラつかせます、ということを、無意識にします。そうしていないつもりであればあるほど、気を使い過ぎて、説得帳になったり他の人には我慢するのに、肉親には厳しかったり、そうすると相手は押し付けられると感じることがあります。だから、まず、自分がずうずうしい、そういうのはダメなのよというイライラから離れる必要はあるでしょう。親の価値観ではなくてそれと同様に、自分の感情、つまり、こんなこと、あっていいはずがない、という過去に教えられた感情からではなくて、本当にその人がしたいことはすばらしいところはないのか、見届ける勇気も必要かもしれません。さて、本物の純真さ、ですが、本当の純真さは人の助けをもはや、必要ともはやしません。だから、誰かに何かを押し付けるとか、そういうことなく、たんたんと、自分がいろいろしていることでしょう。淡々としているんだけれど自然と必要なことは言っていて、そして助けられている状態です。たとえば、服を作りたいとします。こういう色柄で、形で、フランチャイズにしようと思います。そしたら作品を作っていくでしょう。同時に売れる場所を探すかもしれません。こういう会社と仕事をしたいな、と思います。そして、あたっていきます、探します。一社でダメであれば、何社も純粋にこういう内容なんですよ、と話すでしょうし、あるいは知り合いにも、こんなのしたいなあ、と話しているかもしれません。ある一人が助けてくれそうになっても、,他にも自分の動きは止めませんから、たくさんの協力者が現れます。そのうち、ほう、それはすてきな内容ですねみたいな、本当に共感をする協力者現れるでしょう。でも、図々しいと信じていたら、それを自分はしないようにしようとします。そしてある一社や、一人でも可能性がある人とかかわったとしたら、その人に認めてもらおうとするかもしれませんね。そして、図々しくないようにお願いをしないとと考えれば考えるほど、その人と何とかしたいと無意識に頑張るかもしれません。何か失敗をすると図々しかったのかな、図々しくないのに、とか、問題がぶれて頼み方を変えたりとにかくそこでど止まります。無意識の不思議さなのですが、図々しさを失おうとすれば、図々しくない方法ででも頑張ろうとするかもしれません。つまり図々しいのなんてダメ、と思っているときには、力も失います。ダメもよいも判断がないと、正常な動きをします。そこが潜在意識の不思議です。だから、あなたは見直す必要があります。嫌いでいいんですが、どうして図々しいというのが嫌なのかそしてそう思い過ぎて、ずうずうしくはないことなのにただ、これは伝えてよいことでさえ、言わないで回りくどいことをしていないかどうか。純真にしたいことがあるときには、人はするべきことに熱中をします。輝く目を持ち、純真にしたいと伝えていることでしょう。でもそれは、相手に依存をしませんし、相手に押し付けもしません。ただすることを、協力者を求めます。聖書だか、何だかに、賢さとそして純真さを同時に持ちなさいという言葉があったように思うのですが、それは重要なことかもしれませんね。自分の価値観、脳の中に潜んだ嘘が、人生を阻みます。そういったことの見直しをします。http://www.acoreading.com
2012.05.07
人間の頭にある嘘、それは、答えが一つだ、ということです。ちゃんと流れに乗れば、毎日答えがあります。そしてそれは、時として、矛盾をしているに方向にだって行きえます。今は、そうだったんだ、こんなにも、色々表現をしてみたい、表現を抑えていたんだ、とさわやかに気づいたとたんに運が変わることもあるしそして、ああ、表現が間違っていた、これじゃない、そうかあ無理しすぎている、とふと気が付いて静かにいれば、運が開ける時期もあるでしょう。先のぶら下がりコメントに関連して、ですが、答えは一つではありません。どうして、一つに決めてしまうのでしょうか?それともこれとこれ、こうしてみた、そうしたらああ、次にこれが必要だとわかるとしてみたほうが早いのに、人間が考え込むのは失敗が怖いからです、あたかも一つの答えしかないと錯覚をするからです。これは人類が抱え込んでしまった頭脳の肥大に伴う悲劇です。直観、素晴らしい導きと一致をできなくなったともいえます。でも考え込んでも、答えが出ないとしたら、どうでしょうか?今これをしたい、してみた、わかったこれが、そうかあ、次はこれかあという流れを妨げるものに、恐怖心があります。答えは一つだから、やってみて失敗なのは嫌だからそのたびに沈み込む自分の感情の癖があってそのたびに止まる感情の癖があってそして考え込んでやりにくいという感情の癖があり。その陰にあるのは、本当の問題は、恐怖心です。自分がやってみて、失敗だと落ち込む癖、そしてそれに続いてまたやる気がなくなる感情の癖。ただしいリスクマネジメント、というのは、実際に行動をするためにあるものであり、あるいはより良い結果を得るためにあるものであり危険を避けて、より良い人生を進むためのものであり、成長を止めるためのものではないことを、お伝えしておきましょう。人生を妨げるものはたくさんあるでしょう。流れに乗るのは、陰と陽、人生に二つある事柄を受け入れているからこそなのです。人生の妨げとなる感情の癖に気が付き自分自身を高めていきます。http://www.acoreading.com
2012.05.07
よく、自分の中の戦いが終われば、人との葛藤も終わる戦争もなくなる、ということが言われますが、それってどういうことなのか、少し例を挙げて説明をしましょう。ひとりさん>いつも日記拝見しております。>今、引き寄せを実践しているんですが、>もちろん、不思議なのです。>夜は、ああOOになったらいいなあ・・・と思える>のですが、朝って、いらないわ。>と思ってしまうんです。>だから、引き寄せることができないのか、一年間>ずっとそのまま。です。>あの人と、仲良くなれたらいいな。>と夜は思えるのですが、明後日違うんです。いらない。>>こんなことってあるんでしょうか?>これが二重のメッセージになるのでしょうか?>朝、いらないと思うということは本当にいらないものなのかもしれないし。うーん。悩みます。>朝と夜、イメージングするにはどっちが脳の働きにはいい>のでしょうか?少し、回答とは違う方向から行きますね。イメージングは寝る前が良いと言われますが、それとはまた違う視点から書きます。通常、皆さんがイメージングをするときには、「片方を抑え込み」「片側だけを実現しよう」とします。でもこれが、無理があるのです。たとえば、会社で、あの人の言うことを聞かないと怒られる言うことを聞けば、楽しくない、自分らしくないという葛藤があるとしましょう。人には、このように、二つに分かれた部分があり、それが葛藤を起こします。そして、心理学、あるいはスピリチャルな世界で言われてきているのが感情には二つがあり、一つは過去の終わった事柄をずっと感じている感情、そして、もう一つは、今感じている感情です。そして、過去の終わった事柄を感じている感情は嘘をつく、現実をゆがめる、という考え方です。さて、ACRでは、そこに重きを置いています。というのは、皆さんが感じる感情のほとんどが、過去の再現だからです。つまりパターンで感じる感情です。上の会社のことで言えば、例えば、幼少期に言うことを聞きなさいよ、と言われて嫌だけれど従ったという戦いがあれば、それが残っています。そしてそういう出来事があるたびに、鬱々と言うことを聞くか、逆らうか、という二つに一つが再現をされます。その人のあり方によって、それは片側だけがしやすい、というさらなる癖もあって、ややこしいことになります。もし人が、過去の感情が癒されていた、としたらここがACRのセッションの役割でもありますが、幼少期に例えば、言うことを聞きなさいよ、ではなくて話し合って決めて、ああ、なんだ、こうすれば楽なんだ楽しいんだ、そうか親もそうできるんだという感情を見て感じて知って学んでいた、としたら、今、どちらかに一つ、という感じ取り方はしません。その、感情の残っている嫌さが大きければ大きいほどその人は問題ばかりを引き寄せます。たとえば言うことを聞いていないと怖いと思い過ぎていればいやいや言うことを聞いて疲れて鬱になるなど、あるいは、言うことを聞かされるのが嫌だ、という強い感情があれば、何とかわかってもらおうとして、視点が、どんなに私はわかってもらえないかをわかってもらおうとして、そんな話をしているのではなくて、会社でこういう方針で行きたいというような単純な話を相手はしているので相手もイライラして、ますます、逆らっている本人はなぜわかってもらえないんだと躍起になって相手がますますイライラする、というような葛藤になったりします。感情は嘘をつきますから、わかってもらえていないのは自分を否定されている、というような、幼少期の強い感情を引き起こしますが、そんな誤解がなければ、感情がつまり湧かなければ、つまり過去の出来事の再現がなければ、えーっと、ここはこう、なるほど、こうなんですねああそう、それでこうしようかな、というあちらも受け入れながらこちらも入れるということが自然にできて、なおかつそれがここはこうなのにわかっていない、という誤った反感から物事を伝えようとしたり言うことを聞かないと怖いという感情なしに行くのですらすらと意見が通ったりする。人もいるでしょう?さて、話がそれましたね、人は、二つの感じ取り方を持ちそれらが上手く調和をした時にいろんなことが起きます。でも人の脳の嘘は、片側だけを生きないとならない、という嘘をつきます。これは、頭が支配をしている状態です。つまり、自分の言うことを聞いて欲しい、と相手の言うことを聞かないとならない、と矛盾をするようですがそれは脳の誤解で思い込みがなければ、自由に行き来をして得たいものを得られる、ということです。これについては長くなるので、分けて書きたいと思います。でもそれら二つとも、本当の感じ取り方なのです。真実の声です。その片方をつぶそうとすればするほど、疲れていくでしょう。疲弊します。二つの声が教えてくれるもの、それはより良いものを、求める必要があるのでしょう。片側だけを生きようとしたときに、人は、無理がかかります。その双方が自分にとって大切だとしたら、本当はその双方を楽に行き来して、得たいものを得ていくのは大事なことになります。パートナーが嫌なのではないかもしれませんし自由ではなくなるとか、何らかの理由があるのかもしれません。あるいは、得たいパートナーに嘘があってある部分が嫌だと言っているのかもしれません。あるいは、本当はパートナーなしでなんでもできてそれを実現をしたいのかもしれません。それらの心の中の無意識の事柄がわかれば、双方を取り入れた夢が出来上がります。自由な関係、とても信頼をできて、というふうになるのか、なんでも自分でしながら、支え合う関係になるかもしれませんし。でもその声は一人一人とても違います、とても意外な自分が思ってもいないことだったりが現れます。そして美しいです。でもそれが分からなくなり、二つに一つになるのは頭で考えるからです。静かな二つの流れにきちんと身を任せられる人々は何が自分に起きているのかをしっかりわかり、本当に二つが調和をした本当の望みを知ることでしょう。二つの流れに行き来を出来る人々は、今までの思い込みから自由になっている人々でもあります。自分はこちらに行かないとならないこうではないと、というマインド、自我、つまりエゴの引っ張りが比較的なくなっている状態でもあります。この、二つの考え方に頭が行ってしまって本来何を望んでいるのか分からない、という現状に入り込まないために、色々な方法があるのです。そうです、確かに、自分の中の戦争が終われば、それは人間に託された夢ですが、周りの状況も変わるものです。自分の望みにつながれば、それらが得られていきます。そういった二つの統合をセッションで行います。http://acoreading.com
2012.05.06
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