全217件 (217件中 201-217件目)
【角田光代/幸福な遊戯】◆男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く早大文学部卒の角田光代は、もともとジュニア小説を手掛けていて、異なる筆名でコバルト新人賞の受賞歴もある。さすがだと思うのは、直木賞作家となった今も、ティーンを対象にした当時の、新鮮で瑞々しい感性が失われていないということだ。デビュー作である『幸福な遊戯』は、既成の男女のあり方に囚われない、不思議な関係を綴った短編小説である。男二人と女一人の奇妙な同居生活から生じる、友情や恋愛とも異質の感情に翻弄される人間模様。思うに、主人公・サトコのあまり恵まれなかった家庭環境に原因があるようだ。人は結局のところ、親から無償の愛を与えられて初めて自分も同じように誰かを愛することが出来る生きものなのだ。とすると、ろくに親の愛情を知らないで育った者は、人の愛し方も知らない、ということになってしまう。全てが全て、それにはあてはまらないだろうけど、少なくてもこの作品の主人公は、そういうタイプみたいだ。親から与えられることのなかった家族愛みたいなものと、好きな男の子に対する恋心と、平和的な友情を全部ごちゃまぜにして、同居人のハルオや立人にそういう感情を押し付け、あるいは求めてしまったのだ。印象的なのは、サトコにとって唯一信頼のできる家族である姉(すでに他家へ嫁いでいる)のセリフだ。「人が持って生まれた運命の糸って、生まれた時からぐちゃぐちゃによじれているんだと思うの。だけどそれは、成長していくうちに、自分の手で真直ぐにできるもんなのよ。ほら、毛糸が絡まった時と同じ、焦らずいらつかず、丁寧にだまをほぐして、自分の糸を真直ぐ伸ばしていくの」余談だが私自身、過去には様々な苦しいこと辛いことがあった。それはもう、他人様には易々とは言えないほどのことだ。でも不思議にも、目には見えないいろんな力によって助けられ、一つ一つクリアして来た。そのことで、明日を生きる自分に自信を持つことができ、今の自分を好きになることができた。「成長していくうちに、自分の手で真直ぐにできる」ということは、実は、こういうことなのでは?と思うのだ。20年前に『幸福な遊戯』を読んだ時、なんの感想も持たなかった私が、今はこうしてしみじみと再読できる余裕を持ち合わせている。人が唯一神から平等に与えられたものは、この時間という優しい経過なのだと思った。『幸福な遊戯』角田光代・著~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの 細君譲渡事件の真相が語られる◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
2012.11.14
コメント(0)
【佐藤春夫/この三つのもの】◆細君譲渡事件の真相が語られるさんま、さんま、さんま苦いか塩つぱいか、そが上に熱き涙をしたたらせてさんまを食ふはいづこの里のならひぞや。あはれげにそは問はまほしくをかし。(「秋刀魚の歌」より抜粋)いつ頃このさんまのフレーズを覚えたのか、なぜか耳に残っている。この詩を作ったのが佐藤春夫だということも、恥ずかしながら最近知ったようなありさまで、よもや内容が佐藤本人と谷崎潤一郎と、その妻・千代との三角関係を憂えたものだなんて、知る由もない。私が読んだ小田原事件の顛末によると、まずは谷崎潤一郎の女性に対するおかしな嗜好から始まっているように思えて仕方がない。というのも、その作風からも分かるように(例えば『瘋癲老人日記』『鍵』『痴人の愛』など)、女性は型破りで、妙に気が強く、手足がほっそりとして美しくなければ存在する意味がないとでも思っている節が見受けられるのだ。だから谷崎の最初の妻・千代が、いくら家庭的で嫁としても申し分のない妻であろうとも、容姿があまりよろしくなく、ずんぐりした体型であっては、谷崎にとって幻滅だった。逆に、千代の妹・せい子なんかは女として妖艶で、谷崎を翻弄した。二人が深い関係になるまで、それほど長い時間はかからなかったに違いない。一方、佐藤も妻・香代子には泣かされた。谷崎とは逆で、香代子が佐藤の実弟・秋雄と深い関係になってしまったのだ。それだけに香代子は、まじめだけがとりえのような佐藤春夫に、男としての魅力を感じなかったのかもしれない。後に、佐藤はこの仕打ちに疲れ果て、香代子とは離別するが、谷崎の方の千代は女の身で簡単に離婚など出来るはずがない。そこには経済的な事情も絡むし、何より世間体というものがある。また谷崎も、せい子との再婚が叶いそうもないとなると、にわかに千代の存在を邪険に出来なくなる。どうやら千代と佐藤の間に、淡い恋心が芽生えているのを知ると、男としておもしろくない。(自分の不貞はさておき)結果、谷崎は佐藤と絶交。これがいわゆる小田原事件のあらましだ。この佐藤春夫という作家の、文士としてのプライドをかなぐり捨てた恋模様は、私小説というには余りにもドラマチック過ぎて、読む者を熱くさせる。どこまでも愛を貫く一途な男の姿は、偏屈な谷崎さえ折れずにはいられない。最終的に和解の方向へと傾いてゆくのだ。谷崎は佐藤の作家としての資質を高く評価し、また佐藤も谷崎に対する恩を忘れてはいなかった。不遇の身の佐藤を救ったのは、谷崎その人だったからだ。二人は長い年月をかけ、お互いを認め、理解し、漸く谷崎の離婚、そして佐藤と千代の結婚を果たす。(細君譲渡事件)佐藤が千代を恋する余り、谷崎との交友を絶ったのが29歳の時。やっと佐藤の誠実さが通じ、千代との結婚に踏み切ることが出来たのが38歳。実に、9年もの月日をかけた結果だ。この闘いは、佐藤のひたすらに恋焦がれるまじめさに、谷崎が負けたような形になるが、未完に終わる『この三つのもの』を手掛けた佐藤が、いかに谷崎を慕っていたかがよく分かる。愛情の苦悩と友情に生きる文士が書けなかった結末は、どちらが勝った負けたなんてどうでもいい。ただ、今ある我々が存在することの意義、意味こそが大切なのだと絶唱しているように思えてならない。重厚にしてリアリティに溢れたこの作品は、余りにも優れた純文学で、読了するのに切なさやら寂しさを伴う。未完で終わるのも、「まことの恋と友情と智恵の石と、この三つのもの」を限りなく尊んだ結果によるものだろう。『この三つのもの』佐藤春夫・著~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
2012.11.10
コメント(0)
【山の音/川端康成】◆戦後日本の中流家庭を描く川端康成という作家は稀にみるナショナリストで、こよなく日本を愛する文豪だ。ノーベル文学賞受賞作である『雪国』も、東北のひなびた温泉宿における芸者との淡い恋心を描いたものだし、『伊豆の踊子』も伊豆で出会った旅芸人の踊子に、苦悩を抱える旧制高校の男子が癒されていく話だ。この『山の音』でさえ、日本の「家」を舞台にした二世帯同居家族と、出戻りの娘に翻弄させられる父の姿があったりする。戦後、お茶の間を賑わせたホームドラマとは全く趣が違い、主人公の息子の嫁に対するほのかな恋心や、息子が浮気をしていることへの怒りなどを盛り込みながらも、老いへの恐れ、若さへの憧憬、生きることへの疲労感など、実に文学性の高い作品に仕上げられている。「家」という日本独特の家族のあり方から生じる苦悩は、おそらく西欧社会にはなかなか受け入れられにくいデリケートな問題なのではなかろうか?そんな中、川端康成は果敢に「日本」を描いていこうとする姿勢が窺える。それは孤高でさえあり、他の作家を寄せ付けない品格に溢れている。さて『山の音』だが、この小説はあまりにも有名で、様々な文芸評論家から高い評価を得ている。私自身、川端作品の中でこの小説が一番好きかもしれない。とりわけグッと来るのは、主人公が、息子の浮気に耐え忍ぶ健気な嫁に声をかけるところだ。「菊子は修一に別れたら、お茶の師匠にでもなろうかなんて、今日、友だちに会って考えたんだろう?」慈童の菊子はうなずいた。「別れても、お父さまのところにいて、お茶でもしてゆきたいと思いますわ」長年連れ添った古女房なんかより、長男の嫁の方が若いし綺麗だし、何より意地らしい。息子の浮気が原因で離婚してしまったら、そんな恋しい嫁とも別れて暮らすことになってしまうのかと思うと、内心、平常ではいられない。このあたりの心理描写は、さすが川端だ。嫁との関係はあくまでも潔癖なものだが、ほのかに漂う恋の調べが、耳もとで聴こえて来そうな気配なのだ。また、主人公の夢の中で、顔のない女を犯しかけるくだりは、一気に読ませる。本当なら嫁の菊子を愛したいのに、夢でさえ良心の呵責をごまかすため、顔のない女の乳房を触るのだから。『山の音』に関しては、皆が口を揃えて傑作と評価している。もちろん私も異論はない。 平成の世となった昨今、これほどの最高峰を登り詰める作家がどうも見当たらない。ぜひとも、何とかして、ポスト川端康成が登場してはくれまいか? 平成の川端を待ち望んでやまない、今日このごろなのだ。『山の音』川端康成・著~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
2012.11.07
コメント(0)
【レディ・ジョーカー/高村薫】◆この社会に、本当の平等は存在するのか?長編にもかかわらず、一気呵成に読了した。この圧倒的な描写力はお見事!著者の高村薫を、ポスト山崎豊子とでも言ってしまって良いだろうか?(いや、まずいだろうな)複雑に絡み合う人物の背景を、最終的には「ああ、なるほど」と万人を納得させてしまうテクニックには脱帽だ。登場する個々のキャラクターそれぞれが、どうしようもない孤独の闇を抱え、持て余しながらも、その上さらに社会という荒波に揉まれていくのだ。この作品は、30年ぐらい前に日本社会を騒然とさせたグリコ・森永事件をモチーフとして描いている。ここでは製菓会社の代わりにビール会社がターゲットとなっているのだが、この企業テロをめぐる裏取引やら警察、公安、ジャーナリズムの世界が、おもしろいように現実味を帯びていて息を呑む。女流の社会派作家と言えば、やはり山崎豊子が白眉だと思う。だがミステリー作家と違うので、エンターテインメント性にはやや欠ける。比較の対象としては、むしろ宮部みゆきあたりになるのだろうが、こちらはどちらかと言えばのど越しスッキリ、ライトな感覚の作風で、高村の人間存在の意義や意味を問うた作風の前には撃沈かもしれない。事件の発端となったのは、岡村清二という東北大学理学部出身の、日之出ビール社員が解雇されたことに始まる。岡村清二が労組運動に関わったとするのが原因だった。晩年は痴呆を患い、郊外の老人ホームでひっそりと亡くなるという設定なのだが、この人物一人を取っても、人生って一体何なのか? という命題を突きつけられるストーリー展開となっている。被差別部落問題も扱っているので、いいかげんな気持ちで字面だけを追うなんてことは、一切できない。さて、ここまで書いてみると、『レディ・ジョーカー』がいかに優れた長編小説であるか、お分かりになっていただけたのではと思う。だからこそあえて釘を刺しておきたい点が一つだけある。それは、登場人物に同性愛的傾向のある男性二人が出て来るということだ。しかも主要人物。男でありながら女の心を持っているとか、女装趣味があるとか、そういうのとはワケが違う。しっかりとした男であり、男として男を愛しているようだ。(たぶん)性的マイノリティーについては、非常にデリケートな部分なので、多くは語れないが、この小説ではそこらへんが何かしら異質な雰囲気を漂わせている。平等主義・思想にこだわる著者の意図的な工作だったとしても、若干のムリを感じさせるものがあった。私は1997年に単行本化されたものを読んだのだが、その後、文庫化されるにあたり、かなり改稿されたようだ。このあたりの描写が一体どんなふうに変更されたのか、興味津々ではあるけれど、硬派なはずの社会派サスペンスが最後に来て「あれれ?」という感触は否めない。もちろん、こういう世界観もひっくるめて人間存在の深淵を追求するのだという意見もあるだろう。だがしかし・・・。高村作品に女性読者の多い理由が分かるような気がする。いずれにしても、圧倒的なリアリティで完成度の高い社会派長編小説だ。『レディ・ジョーカー』高村薫・著※今週は読書週間とのこと。日ごろ、その気はあってもなかなか本を手に取ることが出来ないあなたも、ぜひ最初の一ページだけでも。その最初の一ページが、読書の始まりなのです。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
2012.11.03
コメント(0)
【お目出たき人/武者小路実篤】◆片思いが片思いでない人若かりしころの恋とは、一途で、盲目で、とにかく後先のことは考えていなかったような気がする。しかも片思いが相場と決まっていて、相思相愛などあり得なかった。いつのころからか、そういう腫れ物に触るような恋とは異質の、もっと打算的であっさりとした友愛的な感情に変わっていった。それは年を重ねるごとハッキリして、シングルであることが寂しくない程度の、刺身のつまみたいな感覚に変化してしまった。だがそれはよくよく考えてみると、恋という摩訶不思議な感情に溺れ、自分を見失い、傷つくことを恐れる余りの、自己防衛本能であるとも受取れる。『お目出たき人』に登場する主人公は、恋に恋する青年の失恋するまでのプロセスを描いている。片思いに苦悩するというのと少し違って、これを恋と名付けて良いものかどうかと迷ってしまうところだが、あえて恋と呼ぼう。話したこともなく、ただ主人公宅の近所に住んでいたという偶然の成り行きで、その女子が恋のターゲットとなったわけだ。始終、女に飢えていると自覚する主人公は、手を代え品を代え、恋する女と結婚の約束を取り付けようとする。もちろん、間に人を介するのだが。主人公は、この恋という尋常ではない感情に身を任せ、詩人となり、夢追い人となり、お目出たき人となるのだ。まっとうな成人男性なら、なかなかここまで恋する男に身を投ずることは出来まい。正に、タイトルどおりだと感心してしまったのは、恋する女が女学校を4番という優秀な成績で卒業したのを知る場面だ。主人公は我が事のように喜び、鼻が高い気持ちになる。(しかし、この時点で女とは何の進展もなく、ただ一方的な片思いの状況だ)そして主人公はふと思い出すのだ。そう言えば、自分が学習院を卒業する時、ビリから4番目だったな、と。意味は違うがお互い4番目同士だと嬉しく思うのだ。このくだりを読むと、私としてはとにかくツボにはまってしまい、それはもう愉快な気持ちになってしまう。恋って、人をお目出たくしてしまう甘美な毒なのだろうか?物語のラストは、当然の結果とも言える終い方なのだが、それがまた驚くほど楽観的で前向きだ。誰も傷ついていないし、むしろロマンチックに幕を閉じている。これはひとえに、著者の博愛精神によるものなのか、純粋さによるものなのか、いずれにしても、失恋が失恋の意味を持たない青春の明るさを感じさせてくれる作品となっている。読後は、自分がいかに俗っぽいか思い知らされる。(信じて疑わない強さが、私には足りないなぁ・・・笑)『お目出たき人』武者小路実篤・著~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
2012.10.31
コメント(0)
【東京奇譚集/村上春樹】◆どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず私が個人的に好きな小説家をあげたとして、やはりこの人、村上春樹ははずせない。絶対に。多感な高校時代、世間はバブルに沸いていた。時を同じくして、村上春樹の『ノルウェイの森』が同級生たちの間で話題となり、自分たちより2~3歳年上の大学生が主人公となっていることに、度肝を抜いたのだ。そこには、主人公の親しくしている彼女に精神の異常が感じられたり、自殺があったり、恋愛とは無縁のセイ行為があったりする。なんというドラマチックな世界観なのだろうと、ショックを受けたものだ。だから、成人してからも村上春樹に対する熱は冷めず、その小説にある、東京の夜景が見渡せるようなお洒落なカフェ・バーで「サラダを食べ、ペリエを一本飲む」生活にあこがれ続けた。だがバブルは崩壊し、私自身、恋愛がそれほどお洒落なものではないことを知ってしまった。そのあたりぐらいだろうか、村上春樹作品への執着は薄らいでいったような気がする。 村上春樹作品と出合って20年以上が過ぎた今、あのころとは違う思いでページをめくっている自分がいる。最近の私はリアリズム文学に傾倒する嫌いがあって、村上春樹の作品でいうなら『東京奇譚集』が秀逸だと思っている。これは、村上春樹自身の身に起こった(あるいは身近な人からの伝聞的なものも含む)「不思議な出来事」で、ほぼノンフィクションの形態を取っているという演出(?)だ。5つの短編だが、どれも良かった。私はこの世の中の偶然は、偶然でありながらも実は必然的なものなのではという考えを持っているので、『東京奇譚集』は、私の思考に滲むように浸透していった。とりわけ好きなのは「偶然の旅人」という作品だ。ピアノの調律を仕事にしているゲイの男が、偶然出会った女性とのやりとりで、疎遠になっている姉のことを急に思い出すまでのプロセスを描いたものだ。性的マイノリティーのことや、乳癌というかなり深刻なキーワードが出て来るにもかかわらず、作品に荒んだものは微塵も感じられないし、むしろシンプルで前向きだ。村上春樹が日本の作家でありながら、どうにも日本的なものを感じさせないのにはいくつか理由がある。本人の著書に具体的な記述を見つけたのでここに紹介しておこう。「意識的に日本の文学を自分から遠ざけておくことによって、自分の文章スタイル(そしてその先にある小説のスタイル)を徹底してオリジナルなものにしてみるのも面白いんじゃないか(中略)今ここにある自分の偏った読書傾向、教養体験をそのままのかたちで保持し、より深く追求していくことによって、その結果小説家としての自分がいったいどのような地点に行き着くのか、それが知りたかった」村上春樹という人は、とても正直な人だと思う。日本の文学は、あまり好きではないとハッキリ言うし、日本では集中して創作活動が出来ないからと、海外へと移住している。これは人間の防衛本能として当然のことで、こんな小さな島国で、彼ほどの売れっ子作家になってしまったら、誰が放っておいてくれるだろうか? きっと日本では、彼にとって貴重な余暇、それも静かでゆったりとした時間を提供してくれることは、ほとんどゼロに近いかもしれない。村上春樹のオリジナリティーを損なわないためにも、やはり彼の中で帰結した独自の方式で、これからも多くの作品を発表してもらえたらと思う。『東京奇譚集』は、作者自身が冷静なまでに、自他と過去の記憶と偶然とを見つめ直した結果、生まれた必然的小説だと思う。そこからは、私たちはぼんやりと、普通に生きているだけで、実はとても意義のあることなのだと気づかされる。世界平和を声高に叫ぶことだけが文学ではないはずだ。日本という枠組みに囚われず、自由な表現舞台で活躍する村上春樹を、これからもずっと応援していきたい。そして、愛読していきたい。『東京奇譚集』村上春樹・著~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
2012.10.27
コメント(0)
【或る女/有島武郎】◆国木田独歩の最初の妻がモデル中にはこの著書の隠微なタイトルに惹かれ、思わず買い求めてしまったという方もいるに違いない。だがこの小説は至ってまともなモデル小説であり、優れた日本文学の一作なのだ。解説をくまなく読んで分かったのは、モデルとなったのが国木田独歩の最初の妻、佐々城信子であるということ。正直なことを言えば、その佐々城信子についてはまるで知らなかったのだが、読みすすめていくうちに、その破天荒な生き様に興味が湧いてくる。主人公は葉子というのだが、自由恋愛の名のもとに結婚したところ、わずか2ヶ月で離婚。その後、別の男から熱烈なアプローチを受け、周囲の勧めるがまま婚約。だがビジネスの都合上、婚約者は一足先に渡米。葉子も遅れてアメリカへ渡るのだが、その船中で知り合った船乗りの情熱的な求愛の虜となる・・・というストーリー展開だ。いつの世にも、このような自由奔放に生きる女性がいて、この小説の主人公だけが特別というわけでもないのだが、それでも時代という大きな波のうねりを考えれば珍しいタイプの女性である。葉子の母はクリスチャンで、キリスト教の信者なのだが、その娘である葉子は神に対して冷淡である。むしろ信じていないような素振りさえ見せる。その証拠に、世間に背き、子を捨て、婚約者をないがしろにして、妻子ある男を身も心も焦がすほどに愛してしまう。自分を軽蔑する親戚とは、歩み寄るどころか昂然と戦いののろしを上げる。女性間にありがちな嫉妬や噂話なども撥ね退け、神経をすり減らし、孤独の闇をさまよいながら悲劇に近付いていくのだ。この無謀な生き様を、100%認めてしまうのは非常に難しい。世間の常識を踏まえながら読んでいれば、「これはちょっと酷すぎる」とか「人の道を外れ過ぎてる」と思える箇所が、いくつも出て来るからだ。だが著者は、そんな主人公の末路を冷静に、しかも容赦なく書き留めている。太く短く恋に生きる女の破滅的な生涯を、正統な文体で綴ることにより、限りなくリアリズムに近づけたのかもしれない。『或る女』は長編小説なので、片手間に読める作品ではないけれど、男女問わずぜひ一読をおすすめしたい。読後は、壮絶な人生を駆け巡った主人公・早月葉子と同化してしまったような、不思議な連帯感を覚える。自分とは対極にある存在であればあるほど、主人公に共鳴と慈しみの情が溢れて止まないのだ。『或る女』有島武郎・著~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
2012.10.24
コメント(0)
【女生徒/太宰治】◆新感覚でヴィヴィッドな小説太宰治の著書は片っ端から読んで、何やら青春の虚無感とか孤独感にどっぷりと浸かっていたような記憶がある。『人間失格』は青春のバイブルにもなっていたし、持っているだけでカッコイイ気がした。そういう意味で、坂口安吾も似たような感覚のニヒリズムとデカダンスを備えていた。私の知人などは、内容もろくに知らず、読みもしないのに坂口安吾の『堕落論』を、コートのポケットやバッグに忍ばせていたとか。もうこうなると、文庫本一冊といえども、ファッションの一部なのだ。それを持っているだけで、クールに生まれ変わった錯覚を抱いてしまうのかもしれない。太宰治の小説は、戦前→戦中→戦後と、その時代によってかなり作風が変化している。 とりわけ評論家から賛辞を受けたのは、戦時下での小説で、『新釈諸国噺』と『お伽草子』だ。それらは、“珠玉の短編”と評価されている。さて『女生徒』。この小説は女性一人称スタイルを取っていて、語り手が女学生である。新感覚でヴィヴィッドな言い回しの中に、核心をついているのだが、例えばこんな具合だ。「朝は灰色。いつもいつも同じ。一ばん虚無だ。朝の寝床の中で、私はいつも厭世的だ。いやになる。いろいろ醜い後悔ばっかり、いちどに、どっとかたまって胸を塞ぎ、身悶えしちゃう。朝は、意地悪」どうだ、この感性! この小説が出版されたのは、太宰30歳の時。現代の30歳の男性が、多感な女子高生の心理状態を、これほどまでにリアルに想像できるだろうか?! 他にもこんなところがある。「私がもらった。綺麗な女らしい風呂敷。綺麗だから、結ぶのが惜しい。こうして坐って、膝の上にのせて、何度もそっと見てみる。撫でる。電車の中の皆の人にも見てもらいたいけれど、誰も見ない。この可愛い風呂敷を、ただ、ちょっと見つめてさえ下さったら・・・」可愛らしいもの、素敵なものを、誰かに自慢したい気持ち、少しだけ認められたい気持ち。このウブな女子の感性を、当時30歳の太宰治が見事に表現していて、それがまた驚くほどの完成度の高さなのだ。『女生徒』は、物質的には不自由を強いられようとも、つましい生活の中にささやかな幸福を感じたり、あるいは嫌悪を抱いたり、女子のデリケートな心理を鮮やかに表現した小説である。もしも私が、何か一冊バッグに携帯するとしたら、この『女生徒』にするかもしれない。ファッション・アイテムとしての『堕落論』より、数倍は私をクールにさせてくれる作品だからだ。『女生徒』太宰治・著~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
2012.10.20
コメント(0)
【ミステリーの系譜/松本清張】◆人は気付かぬうちに誰かを傷つけているちまたの推理小説家の中でも、群を抜いて優れているのが松本清張である。松本清張の緻密な資料集めと分析能力、それに現場百ぺんの徹底したリアリズムは、たいていのミステリー好きな読者の度肝を抜く。頭の中でちょこちょこっとこしらえた非現実的なドラマとは、まるで違うものだ。だから事件を大げさに煽る修飾的な言葉もなければ、余計な主観を読者に植え付ける描写もない。とにかく淡々と冷静に、時系列に沿った文体なのだ。犯罪は犯罪であり、同情をかってはならず、それ以上でもそれ以下でもいけないということなのだろう。『ミステリーの系譜』は、「闇に駆ける猟銃」「肉鍋を食う女」「二人の真犯人」の3篇が収められているが、3つとも大正、昭和史に残る犯罪実話である。「闇に駆ける猟銃」は、映画『八つ墓村』のもとになったもので、無論、ノンフィクションだ。昭和13年の岡山県津山で起きた、いわゆる“津山事件”で、当時21歳の犯人が、その日のうちに村人の28人を死に至らしめ、他に重傷死2人、重軽傷2人という大量殺人行為をはたらいたものだ。犯人は健康上の悩みを抱えていたようだが、どうやら本人の被害妄想、自意識過剰から来るもののようで、医学的にはさほどのことはなかったようだ。性格はいわゆるネクラタイプで、対人関係が苦手だった。とはいえ、農村にはこの手の晩生な青年は珍しくもなく、これといった異常性を見出すことはできない。学業は優秀で、容姿も悪くなく、むしろ色白の美青年だったようだ。松本清張の着眼点がスゴイと思うのは、このようにどこにでもいそうな、平凡でありふれた青年が短時間でこれほどの大惨事を引き起こす可能性があるのだという事実に注目したことだ。犯人に前科があるわけでもなく、田舎の農村を舞台に、ある日突然、降ってわくのだ。 この日常生活に潜む、どうしようもない不気味な現実は、過去のことではなく、現在を生きる我々にも同様の危険が孕んでいることをうかがわせる。「人はだれでも他人からの日常的な被害感を持っている。悪口、軽蔑、中傷、妨害・・・それは“加害者”が気づかぬくらいに作為のない、些細なことであっても、受けた側の精神的な傷は、存外に深いものである」私たちは知らない間に誰かを傷つけ、苦しませているのかもしれない。だとしたら自分の言葉に責任を持つことで、無用な噂話や無駄口は慎むべきだろう。誰かの耳に入った時、あるいは復讐に燃え滾るその人物から、腹部と乳房に貫通銃創を受けるかもしれないので・・・。『ミステリーの系譜』松本清張・著~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
2012.10.16
コメント(2)
【白河夜船/吉本ばなな】◆孤独な闇が人々を癒す80年代に『キッチン』でデビューした吉本ばななだが、この作家はその筆名でいくらか損しているように思える。“ばなな”という名前は可愛い響きのある反面、軽薄さを隠せないし、何となく若い子向きな作品を匂わせてしまうからだ。デビューした当時は20代の若さと新鮮さに溢れた吉本ばななも、今や50歳に手が届こうとしている。月日の流れは誰も止められるものではない。吉本ばななの世界観をざっくりとでも知りたい、今さらだけど読んでみたいという方には、迷わず『キッチン』をおすすめするところだが、もう一歩踏み込んだところで、この秋の夜長を楽しみたいという方に『白河夜船』を推薦したい。初期の頃の作品で、しかも短編と来ている。夜という孤独な闇を、人間にとってかけがえのない空間であるかのように、無限の魂に響き渡らせる文章で綴っている。主人公の寺子は、ものすごく疲れている。精神的に。いくら寝ても寝足りないぐらいだ。 付き合っている彼氏は妻帯者で、寺子はいわば日陰者。でも彼の奥さんは病院で寝たきり状態。彼も寺子も、半ば、奥さんが死んでくれるのを待っているような状況に近い。一方、寺子の親友・しおりは風俗嬢で、何らかの理由で自殺してしまい、寺子はずっと喪失感を抱えて生活している・・・というストーリーだ。この作品を読んでいると、そこかしこからバブル期の淡い記憶がよみがえって来る。『私には大した額ではないが貯金があったし(中略)彼が毎月、びっくりするほどの額を振り込んでくれるので、生活は楽だった』物質的には満たされているけれど、いつも心のどこかに隙間風が吹いているような感覚。現在の、リアルな生活苦から来るイラつきとは違った不安感は、反って懐かしい。漠然とした不安や、底なしの孤独感、絶え間ない倦怠感、こういう辛さは物質的なものに恵まれれば恵まれるほど浮き出て来る闇の部分かもしれない。吉本ばななの描くヒロインは、いつだって疲れている。無理矢理の笑顔も、健気に生きる姿も、全て孤独の裏返しなのだ。頑張る姿勢を否定しないためにも、世の中に溢れる心の疲労を少しでも緩和したい時に読みたい小説だ。『白河夜船』吉本ばなな・著~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
2012.10.10
コメント(0)
【しろばんば/井上靖】◆一途な愛情が文豪を育てるかつて読んだ本の中で、これほどまで郷愁を誘われた作品があっただろうか? 著者の井上靖は、5歳の時から小学校までの間、伊豆湯ヶ島の天城山麓の山村に暮らしていた。『しろばんば』は、その自伝的小説である。私は生まれも育ちも伊豆の片田舎で過ごし、『しろばんば』に頻繁に出て来る地名は、私にとって庭みたいなものだ(笑) だから主人公・洪作が駆け回る田んぼのあぜ道も、難関と言われた沼津の女学校も、三島のお祭りも、それはそれは鮮やかによみがえるのだ。この作品が優れているのは、なにも友情とか青春を謳歌するなど、そういう甘い感傷に囚われていないところだ。また、主人公・洪作を溺愛して止まない“おぬい婆さん”の存在も大きい。この人物を描きたいがため、井上靖はペンを執ったのではなかろうかとさえ思われるからだ。洪作が友だちと大ゲンカして、相手にケガをさせてしまった時、祖父が洪作を怒鳴りつけようものなら、おぬい婆さんは凄まじい。「洪ちゃ、土蔵へはいっておいで。洪ちゃに手など上げてみい。ばかもんめ!」明らかに洪作に分の悪い場合でも、おぬい婆さんは体当たりで洪作を守る、守る、守る。世界を丸ごと敵に回そうとも、おぬい婆さんは洪作の味方なのだ。これほどまでに一途な愛情を注がれ、甘やかされ、さぞかし洪作はぼんくらな大人になってしまったのではと、その後の展開にヒヤヒヤさせられるところなのだが、洪作は優秀で、おぬい婆さん死後、伊豆から浜松へ引っ越すことになる。そして、浜松の名門中学校を受験するのだ。井上靖の作家としての資質を育てたのは、あるいはこの盲目の愛情を注いだおぬい婆さんかもしれない。このおぬい婆さんなくして『しろばんば』は成立しない。いろんな作家の成功物語がある中で、『しろばんば』ほど素朴で、だが幼少期に一番必要なものは何なのかを、克明に描いた作品は少ない。読後は、何かホッとするような不思議な安堵感に包まれる。『しろばんば』井上靖・著~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
2012.10.08
コメント(0)
【青春の蹉跌/石川達三】◆他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだまずは読後の感想を先に言ってしまおう。とにかく後味が悪い。どいつもこいつも打算的で利己主義で思いやりとか優しさの欠片すら感じられない。「あーやだやだ」と、さっさと本を閉じて本棚に突っ込んでしまいたくなるような気持ちでいっぱいになる。じゃあなぜ、あえてこの小説を選んだのか?それは、経済至上主義の現代に生きる我々に与えられた踏み絵となるのではと思ったからだ。主人公は司法試験に挑む苦学生でありながら、家庭教師として派遣されていた家の娘とデキてしまう。無論、主人公に恋愛感情はなく、一時の慰み相手に過ぎない。だが娘の方はまんざらでもない。その一方で、主人公には後ろ盾のきちんとした家柄のお嬢様と縁談が持ち上がる。こちらの令嬢に対してだって恋愛感情はなく、目がくらむのは、そのバックにある経済的なものだ。さてこうなると、慰み者にしていた娘が邪魔な存在となってくる。この作品が胸焼けのするような後味の悪さをかもし出すのには、ワケがある。どのキャラクターも人間の業を赤裸々に表現しているところだ。普通ならやんわりとオブラートで包み込むような感情表現を、ネチネチとえぐるように掘り下げているのが、反ってスゴイと思う。また、小説の内容にもよるが、どんな作品でも愛すべきキャラクターみたいなものが一人はいる。ところが『青春の蹉跌』においては、残念ながら一人もそういうキャラが出て来ない。よくよくその理由を自分なりに探ってみると、どの人物の欠点もまるで我が事のように心当たりがあって、吐き気をもよおすからだ。この作品を否定することは、絶対にできやしない!自己の保身、地位と名声、そして余りある富。そういったものを、自分には必要のないものだと、全て拒絶できるだろうか? 愛情さえあれば、極貧にも耐えられ、世間体など何一つ気にせず生きていくことが可能だろうか?草食系男子の諸君にはウザイ小説かもしれないが、格差社会と呼ばれる昨今、“生きることは闘争だ”と叫ぶ主人公の生き様に、あるいは共鳴できるかもしれない。『青春の蹉跌』石川達三・著 (新潮文庫)~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
2012.10.03
コメント(0)
【完璧な病室/小川洋子】◆本物の孤独は精神世界へ到達する何らかの対象を好評する時、よく使われるのが“透明感のある歌声”とか“透明感のある演技”だったりする。小川洋子の作品も、たぶん透明感のある小説と評価して間違いないだろう。つまり、とてもデリケートな表現力を持っている作家だ。大切な人を不治の病で亡くすというストーリー展開そのものは、正直、ありきたりだが、違うのは主人公の悲哀がどれほどのものかをかなり特殊な形で表現していることだ。(間違っても、天を仰いで号泣したりしない)『完璧な病室』では、たった二人きりの姉弟のうち、弟の方が不治の病に侵されてしまい、それを知った姉が押し潰されそうな悲哀の重さに耐え切れず、誰もいない空き病室で担当医師に裸で抱きしめてもらう、というものだ。一般常識では考えられないが、小川ワールドにはあながちありえなくもない。世間でいう異常は、場合によっては芸術にまで高められるのだから不思議だ。その医師というのがまた白衣の上からでもわかるほどの「水泳選手を連想させるような、すばらしくバランスのいいからだつき」なのだ。だがその一方で、医師は軽い吃音があり、孤児院の出身という過去を持っている。この辺りの、医師の腕に包まれすっぽりと抱きしめられるエロティシズムは、さながら女谷崎とでも賛辞したくなるほどの表現力だ。行間を漂う孤独感は本物で、尋常じゃない精神状態は、主人公が気持ちのよりどころを夫に向けないところからも容易に察することが出来る。本当の哀しみを描く時、これほどの官能的な空間を伴うと、反って精神世界へ到達してしまうのかもしれない。生きていることと死んでしまったことの境目が分からなくなるような、深すぎる哀しみを表現した小説だ。《余談》中公文庫の『完璧な病室』には、他に短編が3作入っている。『揚羽蝶が壊れる時』という作品も、主人公の複雑な心理状態が絶望的なまでに描かれている。『完璧な病室』小川洋子・著 (中公文庫)~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
2012.09.26
コメント(0)
【新潮日本文学アルバム/太宰 治】◆パンドラの匣を開け走れメロスを見る!突然ですが、まずもって上毛新聞のコラム『三山春秋』をご一読くだされ♪●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●熱海で遊び、金を使い果たした太宰治は友人の檀一雄を「人質」に残し東京へ金策に行く。だが待てど暮らせど戻らない。数日が過ぎ、しびれを切らした檀は太宰をさがしに東京へ。太宰は井伏鱒二と将棋を指していた。〈何だ、君。あんまりじゃないか〉激怒した檀に太宰は反撃の響きを込めて言う。〈待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね〉檀が『小説 太宰治』に書いている話だ。どちらが辛いだろうか。昔から「待たるるとも待つ身になるな」といい、他方で「待つうちが花」の言葉もあるように、人それぞれ意見が分かれるに違いない。もっとも、日常的に待つ、待たせる立場は容易に入れ替わる。例えば、電話した相手が不在で、かけ直してくるのを待つこともあれば、外出中に電話があり、申し訳ない気分になることも。政治の場合は「辛い」感覚はなさそうだ。解散を待たせる身の野田佳彦首相には何とか政権浮揚を―の思惑があろう。一方、待つ側は着々と臨戦態勢を整え、総裁選真っ最中の自民党には高揚感も充満しているという。太宰の『走れメロス』を読んだ檀は、熱海の一件が〈その重要な心情の発端になっていはしないか〉と考えた。「ものすごい大戦」(橋下徹大阪市長)と表現された次期衆院選。どんな政権が生みだされるのか。「名作」であることを切に願いたい。上毛新聞 (2012年9月18日)●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●政治のお話しは別にして、コラムを読み「太宰治」と「檀一雄」にひっかかりました(汗)この組み合わせはどこかで見たぞ!?そしてアレコレ手持ちをあたり、新潮の「日本文学アルバム」に行き着き、そこで発見(^^)v上記は昭和十年秋の写真で撮影地は湯河原、近しと雖も熱海にあらず、残念!面々はというと、左から檀一雄、太宰治、山岸外史、小館善四郎の各氏、檀も太宰も昭和十年ごろは、いまだ活き活きしていたわけです。太宰が薬に溺れるのはこの後で、コラムの武勇伝はこの後十年といったところでしょうか・・・いずれにしても、さすがは太宰と感服しました。「待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね」なかなか出てくるものではありません!!私、吟遊映人は太宰を非難をするわけでも揶揄するわけでも、もちろん理想とするわけでもありません(汗)が、そも、あのような生き方ができる御仁というのは「少なからず何か超越している!」つくづくそう思いました(^^)とはいえ、パンドラの匣(新潮日本文学アルバム)の面白くも貴重なる写真にはまり、コラムにある『走れメロス』はいまだ読み返してはおりません(笑)それこそ「激怒した」とならぬよう、週末はメロスをチビチビ読み返してみたいと思います。パンドラの匣を開けついでにコレもご紹介♪文豪然として著名人然とした太宰ではありませんか!三鷹(最晩年ですね)を散歩し、同町書店で本を眺める太宰なのでありました。それはそうと湯河原の写真ですが、真ん中の女性はいったい??1.女将2.芸妓3.遣り手ばばあ一人だから、よもや女郎というわけではありますまいが(汗)!それにしても、諸氏の若々しさに対して年増の様相ですなぁ(笑)デカダンというか、何とも昭和十年を象徴する風情なのでありました(^^)~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず
2012.09.21
コメント(0)
【雁の寺/水上勉】◆犯人の出自が殺人の動機?!2時間ドラマでおなじみの山村美沙サスペンスと同列に考えてはいけないが、この『雁の寺』も京都を舞台にしたサスペンス・ドラマだ。イメージとしての京都は、どこか閉鎖的で排他的。奥まったところにある寺では、何かが起きそうな予感さえする。(あくまで私のイメージだが)戦前の昭和初期のころが舞台。寺には独身の中年住職と13歳の小僧がいて、そこに女が加わる。修行僧の時からずっと独身を通して来た住職には、長い間の禁欲生活から解放された激しさがあり、朝も昼も女を求める。だが、そんな房事を秘かに覗く者が・・・とまぁこんな展開だ。この小説は冒頭のところからしてサスペンスらしいストーリーを展開してくれる。日を置いて続きを読むような悠長な読書はしていられず、わき目も振らずページをめくりたくなる隠微な世界が広がる。作中、問題を解決しようとする刑事もいなければ、探偵なども出て来ない。事件は起きたまんまになってしまい、真相は藪の中だ。そのせいかどうか、この小説の背景は暗く、狂信的な孤独さえ感じられる。犯人がすぐに誰なのか分かってしまうだけに、意外性のようなものは感じられないが、じゃあ一体なぜ犯行に及んだのかという理由は謎だ。おそらく時代性とか、登場人物(この場合、犯人)の出自が大きく影響しているに違いない。『雁の寺』という小説には、底知れぬ鬱積した怨念を感じ取らなければいけないのかもしれないが、今を生きる私たちは“サスペンス・ドラマ”として読むのが一番適しているような気がする。著者である水上勉も、平成を生きる若い世代に、過去の喪失を汲み取って欲しいなどとは望んでいないに違いない。既成のミステリー小説に少々飽きて来た方、この作品では本物のミステリーを味わうことができる、かも。【余談】新潮文庫の『雁の寺』は、『越前竹人形』と2本立てになっている。こちらもかなりイタイ小説。『雁の寺・越前竹人形』水上勉・著 (新潮文庫)~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
2012.09.19
コメント(0)
【複雑な彼/三島由紀夫】◆正統派、青春恋愛小説!時折、私のような本好きが錯覚するのは、美容室や歯医者の待合室に置かれている大衆向けの週刊誌を低俗と見なしてしまうクセである。もちろん、芸能人のつまらないゴシップには辟易するし、美容整形の宣伝やダイエット特集にはいいかげんうんざりしているのも確かだ。しかし、そんな大衆誌にも侮れないページがあることを忘れてはならない。例えば、『複雑な彼』という小説は、かの三島由紀夫が女性セブンという週刊誌に連載した小説である。三島由紀夫と言えば代表作に、『金閣寺』や『潮騒』などがあり、『複雑な彼』というのはどちらかと言えばあまり耳慣れない作品だ。ところがこの小説がおもしろいのなんのって!!これはいわゆるモデル小説と呼ばれるジャンルに入り、三島の十八番でもある。モデルとなったのはなんと、作家の安部譲二で、本名は直也と言うらしいが、この三島の書いた小説の主人公・譲二にあやかってペンネームを安部譲二としたらしい。こんな逸話があるだけでも愉快ではないか。残念ながら私の知っている安部譲二は、中年以降の“オジさん”風体に変わってしまってからのその人しか知らない。が、小説によれば「日本の男であんなに優雅で巨大で、しかも精悍な背中を持った人は珍しい」と描写されるほどのスタイリッシュなイケメンだ。しかも若き日の職業はキャビンアテンダントで、英国風の英語を流暢に話すと来ている。いや~カッコイイ。そんな安部譲二のキャビンアテンダント時代のモテ期から、ヤクザ時代にかけての20代後半までを、クールでたけどちょっぴり粗暴な男として描いているのだ。ちまたに五万と溢れる恋愛小説がある中で、あえてこの作品を選んで読んでもらえまいか?素直になれない若き男女の恋愛模様を、三島の流麗な文体に酔いしれながら読むことが出来る。大衆小説、通俗小説と評価されて結構!これこそ正に、青春恋愛小説なのだから!!【余談】売れっ子作家ほど、日々連載に追われて締め切りギリギリに入稿するのが普通らしいが、三島という人は、連載前にすでに原稿を終いまで揃え、出版者に入稿していたとか。(※安部譲二の解説参照)その辺からして、三島由紀夫の人となりが分かる。『複雑な彼』三島由紀夫・著(角川文庫)~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
2012.09.12
コメント(0)
【取り替え子/大江健三郎】◆伊丹十三の自死の真相を突き止めよこの小説を、私生活を暴露したタレント本などと同列に考える人は、おそらくいないだろう。だが、著者である大江健三郎とその義兄・伊丹十三をモデルにした小説ということもあり、あまりにリアルだ。役者であり映画監督でもあった伊丹十三は、ある時、突然自殺してしまった。その理由については今だ公表されず、大衆が想像する域を出ない。だがそれは伊丹家の身内においても同じで、“一体何があったのか?”という永遠のテーマを胸にペンを取ったであろうことがうかがえる。無論、真相は藪の中で、著者があらん限りの想像を巡らし、小説の力を借りて、伊丹十三という一人の男の実人生を追いかけてゆくのだ。大江健三郎と言えばノーベル文学賞受賞者ということもさることながら、その難解な内容・文章でも知られている。ある程度の読書量と見識に自信のある人でも、そのインテリジェンスな発想に二の足を踏んでしまうに違いない。そんな中、この『取り替え子』はテキストとして実に読み易い。だがあえてお断りしておこう。この小説は文学であり、ゴシップを扱ったスキャンダラスな暴露本とはまるで違う。大江健三郎が伊丹の死を哀しみ、絶望し、魂を必死に慰めようとするセラピー的な要素さえ感じる。取り替え子=チェンジリングとは、センダックの絵本のタイトルにもあるように、妖精が秘かに取り替えてしまった醜い子どものことだ。これが何を意味するものなのかは、読者の考え方しだいだと思う。伊丹十三の受けたヤクザの襲撃や女性問題、さらには若かりしころ青春を謳歌した愛媛県松山市郊外での記憶の数々。親友であり義弟でもある大江健三郎しか感じ得なかった世界観が広がる。モデル小説であっても私小説ではない。しかも、格調高く優れた文学であるこの小説を、一人でも多くの方々におすすめしたい。 わき目もふらず読み進めた私は、読後、喪失感というよりは一条の光を見たような気がした。『取り替え子』講談社文庫あり。~読書案内~ その他■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
2012.09.07
コメント(0)
全217件 (217件中 201-217件目)