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【村上龍/限りなく透明に近いブルー】◆70年代の若者の、無謀で刺激的な風俗描写この作品は著者本人の半自伝的小説になっている。だから読めば読むほど村上龍という人物に対し、懐疑的になるし、敬遠したくもなる。だが読者にそう思わせたら著者の思うつぼだ。それだけどっぷり作品にのめり込ませるのに成功したからだ。読者の中には、こういう作風を気に入っておられる方もたくさんいるに違いない。無謀で刺激的な風俗描写は、官能的でもあるので。私はこの作品を青春小説の一つとして、他者と比較する上では大きな意味があると思っている。だが、好きかそうでないかは自分でもよく分からない。単に好きな小説なら同著者の『インザ・ミソスープ』の方がよっぽど好きだし。それでもあえておすすめしたいのは、昭和を舞台にした様々な青春小説がある中で、これほど渇いた若者文化の描写があっただろうか、と思ったからだ。ありがちなのは、学生同士の論争だったり、不特定多数との性交渉、望まない妊娠、身近な人物の自殺、と言ったところだ。さらに、そういう感傷的なところから生じる苦悩など、青春小説ではそれがある種の若者文化の象徴的なものとして扱われている。ところが『限りなく』はどうだ。そういう類とは全く異なるのだ。酒とくすりとセイ行為にまみれ、そこに理屈は存在しない。例えばこんな文章、あなたはどう思うか?『ボブの巨大な●●●(楽天のケンエツに通りません・汗)をケイは喉の奥までくわえ込んだ。誰のが一番でかいか比べるわ。犬のように絨毯を這い転がって一人一人くわえて回る』他にはこんな文章も。『注射器の中に●●●●(楽天のケンエツに通りません・汗)を吸い込むたびに思うよ、俺はもうだめさ。からだが腐ってるからなぁ。見ろよ、頭の肉がこんなにブヨブヨになって、もうすぐきっと死ぬよ。いつ死んでも平気さ、どうってことないよ、何も後悔なんか何もしてないしな』こういう渇いた記述が淡々と続いていくのだから、読んでいるうちにどうにかなってしまいそうだ。登場人物たちが、酒とドラッグで頭が半分イカレてしまっているのは分かる。無軌道で猥雑で投げやりな一連の行為に、一体どんな意味があるのか?だが私は大切なことを見落としていた。文学に意味を求めて何になろうか? ただあるがままを、作家の凄まじい観察能力で文章に綴った風俗史として楽しむのがベストであろう。村上龍の渇いた描写は、ノンフィクションにも似たリアリズムに溢れ、余りな乱交ぶりに嘔吐さえ催す。これは、怖いもの見たさに興味を持った方と、もともと村上龍の作風が好きな方のみに限定されるかもしれない。汚物とセイエキと汗の描写にうんざりするのを覚悟での一読をおすすめしたい。『限りなく透明に近いブルー』村上龍・著☆次回(読書案内No.63)は山田太一の『異人たちとの夏』を予定しています。コチラ
2013.04.24
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【山本文緒/ブルーもしくはブルー】◆リアリズムと表裏一体、正真正銘のファンタジー小説直木賞作家の書く作品は、どうしてこんなにおもしろいのだろうか? 宮部みゆきも、角田光代も、浅田次郎も、渡辺淳一も、みんな直木賞作家だ。『ブルーもしくはブルー』の作者である山本文緒も、やっぱり直木賞作家だが、本当に読み応えがあって、ページをめくる手が止まらない。それほど優れた筆致なのだ。逆を言えば、それだけに魅力ある作品を生み出すセンスのある作家だからこそ、直木賞を受賞できたに違いない。山本文緒はもともと少女小説家(ジュブナイルとかジュニア小説というカテゴリ)としてデビューしているため、非日常にあこがれを抱く女子たちの心情を、見事に表現していて、その先に何があるのかをシニカルに描いている。恋愛をキレイゴトとして終わらせず、向こう側の幻滅もちゃんとしっかり見据えている点に着目したい。この作品は、いわゆるファンタジー小説の部類に入るのだろうが、巷にあふれる地に足の着かないフワフワした小説とは一線を画し、正真正銘のファンタジー小説、つまり正統派である。リアリズムと表裏一体となって存在する摩訶不思議な現象をスリリングに描写。ここでは、ドッペルゲンガーを扱っている。自分の分身が影みたいに、どこか別の場所で、別の人生を送っているというものだ。(だがそれは科学的には立証されておらず、実際には精神を病んだ者が見る幻覚に過ぎないとされている。しかも、そのことを記述している文献は少ない)話はこうだ。佐々木蒼子(A)は、エリートサラリーマンと結婚し、東京で暮らしている。だが結婚して一年も経つと、夫が自分に対し、まるで無関心であることに気がついた。女がいるのだ。夫の愛がとっくに冷めていることは分かっているが、離婚には踏み切れない。何不自由なく暮らせるこの生活を捨て、一人で生きていく勇気などないのだから。一方、河見蒼子(B)は、博多で板前をしている河見俊一と結婚し、近所の縫製工場でパートをしながらどうにか家計をやりくりしていた。夫は酒癖が悪く、うっかりしたことを言うと暴力をふるった。だが酔いが醒めると、いつもの優しい夫に戻り、平謝りに反省するのだった。蒼子を愛する余り、やきもち焼きで、独占欲が強く、いくら拒んでも蒼子の身体を求めて来る。そんな蒼子(B)は、先の見える人生をあきらめるしかなかった。ある時、街でばったり出会ってしまった蒼子(A)と蒼子(B)は、お互いがそっくりな容姿の持ち主であることを利用し、一ヶ月間入れ替わることを計画した。私は個人的に、サスペンスたっぷりの展開にドキドキした。それがある種の恐怖感だとしたら、殺人鬼やモンスターなど一切登場することのない、ほとんど心理面のみの恐怖だ。普通の恋愛小説に飽きたとかではなく、恋愛の向こう側の事情をしっかり書き留めた小説が好きなので、こういうラストは大好きだ。「隣の芝生は青く見える」の教訓を壮大なドラマに仕立てたら、この小説になった・・・と言ったところかも。とにかく女子のみなさん、必読の書ですよ!『ブルーもしくはブルー』山本文緒・著☆次回(読書案内No.62)は村上龍の『限りなく透明に近いブルー』を予定しています。コチラ
2013.04.20
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【柴田翔/されどわれらが日々-】◆時代性を感じるも、青春文学の金字塔60年代を知らない者にとっては、この作品はかなり手ごわい。芥川賞受賞作だと思って真剣に読んでみたところ、私など自分の解釈にいまだ自信が持てないでいる。村上春樹の『ノルウェイの森』と同時代を扱ったものでありながら、こちらの『されど』の方は時代性を感じるし、半ば古典的なムードが漂う。反戦とか全共闘運動が全国的に吹き荒れた60年代、若者たち(学生たち)は激動の学生生活を送った。何かをせずにはいられない闘志のようなものが漲る中、一方で先の見えない漠然とした不安や、どうしようもない孤独を抱え苦悩する若い男女で、巷は溢れていたのだ。そういう混沌とした世相を念頭に置いてから読まないと、作中で自殺者が2人も登場することに驚かなくてはならない。そしてその自殺の意味をあれこれ推測していくだけで、疲労困憊してしまうのだ。話の概略を案内しよう。主人公の大橋文夫は東大の英文学専攻の大学院生である。いつも立ち寄る古書店でH全集を見つけ、購入を決意するものの、一ヶ月のバイト代では足りないため、分割して買うことにした。文夫には節子という婚約者がいて、毎週土曜日になると、文夫のアパートを訪れた。節子は東京女子大学の英文科で、当時、最左翼として知られていた歴研に出席していた。 ある日、いつものように節子が文夫のアパートを訪れた際、本棚に並べてあるH全集に目を留めた。節子はH全集の一冊を手に取ると、蔵書印を見て何やら思案したあげく、貸して欲しいと言う。どうやら節子は、その本の元の持ち主について知っているようだった。文夫は、駒場と本郷で平凡な学生時代を送っている間、節子以外の女にも恋をしていた。様々な女と情事に耽り、やがて女たちは文夫から離れて行った。性の解放を主張した世代でもあるため、それは特別なことではなかった。中に、優子という女がいて、激しい感情のやりとりがあったが、文夫にはそれが恋愛と呼べるものかどうかは分からない。優子とも当然のごとく肉体的結びつきがあったものの、避妊していなかったことで、優子が妊娠してしまうのだった。だが文夫がその事実を知ったのは、優子が文夫に対して絶望し、自殺してしまった後のことだった。文夫は自己嫌悪に陥るのだった。このように、つらつらと話を掻い摘んで整理してみると、青春小説に付き物ではあるが、かなり陰惨な影を落とすものだ。優れた小説にはありがちだが、著者の自己完結とも言えるどうしようもないあきらめムードが全体を覆っている。婚約者である節子とも、どこか白けた関係で、ある種の投げやりな感じなのだ。節子も本当は文夫のことなど愛してはおらず、ムリして愛そうとしているような節さえ見受けられる。あるいは、もともと節子は文夫のことを愛しているのだが、文夫は節子が文夫を想うほどには節子を愛してはくれなかったため、愕然とし、悲哀に暮れているようにも思える。世の中が混沌とし、学生の間では主義主張の風が吹き荒れる中、性の解放という言葉だけが虚しく宙に浮いている。途中、細かい点で気になる箇所はあったが、概ね青春の苦悩を語る小説であることが分かる。青春文学の金字塔とはいえ、時代背景も現在とはずいぶん異なる上に難解なので、精神史、風俗史として読むと、いく分気が楽になるかもしれない。『されどわれらが日々-』柴田翔・著☆次回(読書案内No.61)は山本文緒の『ブルーもしくはブルー』を予定しています。コチラ
2013.04.17
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【吉村昭/冷い夏、熱い夏】◆末期癌の弟の闘病記、作家としての冷酷なまでの対象観察私はこれまで数々の闘病記を目にして来た。私自身、両親を次々と亡くしていることもあり、人がどのようにして病気と向き合うのか、とても興味のあることだったからだ。特に知りたかったのは、病気と闘う患者を見守り、支える側の家族の状況だった。何かにつけメソメソして弱音を吐いてしまった私自身が、一つだけ頑なに守り抜いたのは、病名を本人に告知しなかったことだ。果たしてそれが良かったのかどうか、いまだに分からない。父が亡くなって17年、母が亡くなって14年が経とうとしているのに、私はずっと自分の判断に自信を持てないでいる。そんな中、吉村昭の『冷い夏、熱い夏』を読んで、これまでにない共鳴を覚えた。それはとても冷静で、漠然となど全くしていない明らかな姿勢なのだ。この作品は、吉村昭の弟が肺癌になり、亡くなるまでの壮絶な記録である。現代では、癌と言えども欧米のそれに見習い、日本でも告知は当たり前のこととなりつつある。それはおそらく、医者と患者との信頼関係により治療が施されるものであるから、たとえ末期癌であっても、事実は事実として本人に告げるのは当然のことであるという合理的な思考によるものだ。だが吉村昭は真っ向から反対する。「日本人と欧米人とは基本的に死と生に対する観念が異なっている」と。余命幾ばくもないという事実を隠し通して死を迎えさせる方が、好ましいのではないか、と述べている。極東の島国に住む私たちに、唯一絶対的な神が存在していないことが理由なのか、亡くなった者の遺骨は、大切な崇拝の対象でもあり得る。だが欧米人にとっては、遺骨なんて単なる物質に過ぎず、むしろ死者が身につけていたペンダントに思い出を多く感じたりするようだ。そんなところからも、患者の激しいショックを少しでも回避させてやりたいという日本人の思いやりも、欧米人からすれば、そんなものは情緒的なものに過ぎないと、一笑に付されてしまうのだ。吉村昭も、その点は徹底して弟には嘘をついた。少しでも生きる希望を持たせてやりたい、という優しさからだ。こんなに知名度が高く、数々の文学賞を受賞して来た作家でも、こういう問題においては昔ながらのやり方でとことん嘘をつき通し、告知はしなかったという事実。私は胸が熱くなるぐらい励まされた。私が両親に言えないでいた病名のことを、日本人にとっては当然の措置で、「日本人の身にしみついたものである」と肯定しているからだ。私は少なからず、救われる思いがした。今日では医療も発達し、死病と見なされて来た癌も、克服できるようになった。そういうこともあって、患者にはきちんと説明し、本人も含めて皆が一丸となって治療に努めるという考え方に落ち着いている。概ね、特定の宗教を持たない日本人は、自分なりの死生観を持って、少しでも前向きに終末を迎えなければならない。またそれが求められているのが現状だ。『冷い夏、熱い夏』は、あまりにも克明に綴られた闘病過程なので、思わず目を背けたくなってしまうようなシーンも多々ある。それはもう壮絶としか言いようがない。そこには、作家としての視線による冷酷なまでの対象観察が行われている。揺るぎない視線で凝視された弟の死は、鎮魂という言葉ではとうてい代えられない人の歴史さえ感じた。ふだんあまり死について考えたことのない方々、そこからあえて目を背けている方々、この世に生まれ出たその日から、死に向かって時を刻んでいることを、おぼろげにも考えてみるのは必要なのではなかろうか。この作品は、死生観について改めて考えさせられる内容となっている。必読の書である。 『冷い夏、熱い夏』吉村昭・著☆次回(読書案内No.60)は柴田翔の『されどわれらが日々』を予定しています。コチラ
2013.04.13
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【赤川次郎/ヴァージン・ロード】◆アラサーの読む少女小説私がミステリー好きになったのは、何を隠そう赤川次郎作品にハマってからだ、と言っても過言ではない。もちろん、もともと『刑事コロンボ』シリーズとかヒッチコックの作品は大好きだったが、小説というカテゴリでは、断然、赤川次郎の書くミステリーにどっぷりと浸かっていた。それはもう『死者の学園祭』とか『赤いこうもり傘』を夢中になって読んだものだ。女子中学生が初めて出合う少女小説への扉を開くように、私にとっては、ミステリアスな世界を覗き見るような感覚だった。それだけ世の少年少女たちを魅了した赤川作品だが、実はこの作家、ミステリー小説だけを専売しているわけではない。海外作品で例えるなら、『赤毛のアン』に代わるような少女小説も見事に完成させている。それが『ヴァージン・ロード』である。この作品は、赤川作品にしては珍しくミステリーを扱っておらず、完全なる少女小説である。『赤毛のアン』においては、孤児のアンが、親切なマシューとマリラの二人に引き取られてすくすくと成長し、やがて優秀な成績でカレッジを卒業し、教師となるまでの過程を鮮やかに描くものだ。ラストは、ずっと首席を争っていたギルバートとのイイ感じの和解で結んでいるが、シリーズを読み進めていくと、アンはこのギルバートと結婚する。『ヴァージン・ロード』についても、ちょっと似たような形式になっていて、30歳を目前にした叶典子が、友人の披露宴に出席したり、自分がお見合いしたり、弟の結婚についての相談にのったりと、やはり一人の女性の結婚までを追う物語となっている。平成とは少し違う、昭和のあたたかな時間がのんびりと流れているのだ。物語はこうだ。29歳の叶典子は、英文タイピストとして働くOLだ。ある時、アパートの隣人がお見合いの話を持って来た。相手の男性はバツイチ子持ち。あまり気の進む話ではなかったが、即座に断って角が立つのもいけないからと、渋々お見合いすることを了承した。典子の田舎は九州だが、両親も、なかなか結婚の兆しのない典子を心配している。一方、典子の弟にはすでに彼女がいて、結婚は秒読みだった。そんな中、典子宛に差出人不明の手紙が届く。そこには、「絶えず貴女の姿を身近に見て参りました」と書かれていた。典子は東京で一人暮らしをするOLだが、結婚までのあれやこれやがまるで違和感なく綴られている。普通、これだけ単調な小説だと、ムリにでも山場を作ってドラマチックに演出したりして、反って鼻白むことが多いのに、この作品にはそういうミスがない。話にリアリティを感じ、登場人物には好感すら持てる。そこには等身大のキャラクターが、真面目に日々を生活している姿が描かれているからだ。平成を生きる我々の結婚観は、昭和のそれとだいぶ隔たりがあるとは思う。だが、それだからこそ人生の節目でもある結婚までのプロセスを語り尽くした小説を手に取るのは大切だと思うのだ。結婚について、真摯に向き合う者は幸いだ。結婚に至るプロセスは、人生に何度もあることではないラブ・ストーリーだからだ。『ヴァージン・ロード』は、少女小説の好きな方にぜひともお勧めしたい。懐かしい、昭和の香りが甘美に漂う作品だ。『ヴァージン・ロード』上・下巻 赤川次郎・著☆次回(読書案内No.59)は吉村昭の『冷い夏、熱い夏』を予定しています。コチラ
2013.04.10
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【東野圭吾/秘密】◆我が子の肉体で人生を二度謳歌する女この本を貸してくれた友人は大絶賛だった。涙なしには読めなかったとも。それは大げさでも何でもなく、事実そうだったに違いない。友人は言った。「豊かな感情を持たない人には、分からないと思うよ」と。私が一読してまず感じたのは、ああファンタジー小説だな、というものだ。あまりにざっくり言い過ぎてしまい恐縮だが、肉体と精神が完全に別人格であるという設定は、ヒューマンドラマとしてはちょっと読みづらい。ならばラブ・ストーリーとして捉えれば良いではないかと読み直してみれば、親子愛にしてはあまりに淡白過ぎるし、夫婦愛ではラストのオチで失敗している。だがファンタジー小説としてなら、どこをどう突いたところで申し分なく、まるでドラマのように美しく流れていく。鮮やかな映像を、見て来たように思い描くことが出きるのも、東野圭吾の一流作家としての手腕だとさえ思う。ここからこの小説のあらましをご紹介してしまうので、この先は『秘密』を読もうとしている方々はご遠慮下さい。文字通り、秘密が秘密ではなくなってしまうので・・・。40歳を目前にした平介は、妻・直子と11歳の娘・藻奈美の3人家族。小学校の春休みを利用して、直子と藻奈美は長野のスキー場に出かけた。ところが志賀高原を目指していたスキーバスが、長野市内の国道で転落事故を起こしてしまうのだった。テレビの報道で事故を知った平介は、急遽、長野の病院まで車を飛ばす。主治医の所見によれば、直子の方は外傷が酷く、ガラスの破片が心臓にまで達していると。また、藻奈美の方は植物人間のような状態であると言う。結局、直子の方は助からなかった。娘を助けようと、覆いかぶさるようにして藻奈美を守り抜いた、命の代償であった。ところがどうしたことか、息を引き取った直子の隣で、植物人間と化していた藻奈美の意識が戻ったのである。しかも、あろうことか、藻奈美のものであるはずの人格が、完全に直子に取って代わっているではないか。肉体は間違いなく11歳の藻奈美のものであるのに。驚きを隠せない平介は、すぐには現実を受け入れられないでいた。物語は、妻・直子の人格(精神)に取って代わった藻奈美の行方を追う。直子は単なる主婦でしかなかった自分を省みて、娘の肉体を我が物にした今、猛勉強を始める。(いつ本来の藻奈美の意識が回復しても良いように、という前提のもとにだが)そして体力作りのためにテニス部にも所属し、淡い恋も経験する。嫉妬に狂った平介の、ストーカー的行為にうんざりしながらも、人生をやり直すことに意義を見出す直子。人は皆、少なからず過去に後悔を抱きながら生きている。その時、その行為を、ゲームのようにリセットできないことが分かっているから、未練に駆られ、後悔に苦しむのだ。『秘密』において、それは見事に覆され、人生のリセットが為されている。直子というキャラクターが、小説の中とはいえ、多くの女性の願望を叶えてくれるのだ。こうしたら良かった、ああしたら良かったと反省し、悩み抜いて来たことを一つ一つ成就する。努力の末、医大に合格し、その後、相性の良いパートナーを見つける。ラストは、完全に平介を孤独のどん底に突き落とすものだ。藻奈美が直子の人格そのままであることが分かっても、どうすることも出来ない。直子はすでに新しい人生をスタートさせようとしているからだ。肉体が藻奈美のものである限り、一生、藻奈美として生きていかねばならない。だが直子にとってそれは苦痛ではない。若くエネルギッシュな実の娘の肉体を譲り受けた今、人生を二度謳歌するというものなのだ。一方、平介は、藻奈美の真実を墓場まで持って行くしかない。直子との関係はすでに破綻しており、その肉体のない直子の死という事実は、もはや亡霊でしかない。こうして作者は、平介に最大の苦悩を宣告したわけだ。この結末は、おそらく賛否両論あるに違いない。そうは言っても、何やら目覚めた女性たちのシュプレヒコールがこだまするようだ。「直子に同感! 自立できる女になりたい! 気持ちだけでなく、経済的にも。一流の女になりたい!」そんなわけで、私個人的には、世の女性に向けたファンタジー小説として捉えたら、最高にして最良の名著と成り得る小説だと思うのだ。さて、あなたはこの作品をどう捉えるだろうか?『秘密』東野圭吾・著☆次回(読書案内No.58)は赤川次郎の『ヴァージン・ロード』を予定しています。コチラ
2013.04.06
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【芦原すなお/青春デンデケデケデケ】◆ロックバンドに青春を懸けた、抱腹絶倒の青春小説これまで青春小説というカテゴリに括られるものの中で、これほどまでに楽しく、愉快な作品があっただろうか?正に、抱腹絶倒というのはこの小説の感想に相応しいセリフだ。私がこの本に出合ったのは、かれこれ20年ぐらい前になる。当時、何かの雑誌の書評欄に紹介されていて、それがもう本当に興味を引くものだった。もともと私は青春小説というものにシビアな目を向けていて、やたら爽やかな高校生の、度を越した友情物語にはやや懐疑的だった。あまりにキレイ過ぎる青春は、反って胡散臭く、最後まで読む気にもなれないからだ。しかしだからと言って、女子高生の援交や、望まない妊娠を扱ったものは、あまりに生々し過ぎて読後の後味が悪い。そんなふうに一々考えていたら、結局自分は基本的に青春小説が苦手なのではなかろうかと、いつの間にか食指が動かなくなっていった。そんな時、『青春デンデケデケデケ』と出合ってしまったのだから、思いっきりハマってしまったのもムリはない。青春とは、(当事者こそ気づいていないが)とにかく滑稽なものだ。これは断言できる。つまらないことを打算抜きで大真面目に取り組んだりするし、いっちょまえに苦悩したりする。本当に厄介で、愚かしいものかもしれない。だがそれでこそ青春とも言える。青春とはそういうものなのだ。話はこうだ。舞台は香川県観音寺町。観音寺第一高校1年の藤原竹良は、洋楽ロックにハマっていた。バンドを組んで、デンデケデケデケとギターをかき鳴らしたくてうずうずしていた。さっそくメンバー集めに取り掛かった。まずは魚屋の跡取りである白井清一、それに浄泉寺というお寺の息子の合田富士男、練り物製造業の息子である岡下巧と、言い出しっぺの藤原竹良の計4名だ。こうして4人は、ロッキング・ホースメンというバンド名をつけ、始動する。まずは高価な楽器を購入するところからだが、金がない。竹良と白井は、富士男の斡旋でアルバイトを始めることにした。その後、メンバーが2年に進級すると、谷口静夫という風変わりな仲間が加わる。と言ってもメンバーではなく、バンドのマネージャー的存在として活躍するのだった。この物語の何とも言えない味わいは、やはりセリフが全て讃岐弁で交わされているところにあるかもしれない。生き生きとした鮮やかな生命力を感じるのだ。そして、平凡な男子高生のはずなのに、それぞれ持ち味があって輝いている。お腹を抱えてゲラゲラ笑ってしまう場面がある。それは、イケメンの白井に引地めぐみという女子が、半ばストーカーのように追い回す、というか恋焦がれてじっと白井の店の前に佇むというくだりだ。めぐみは寺の跡取り息子の富士男に相談しているので、バンドのメンバー皆に筒抜け。困り果てている白井を見るに見かねて竹良が富士男と話し合うのだ。「とにかく、なんとかならんのかい? あのままじゃ白井はとり殺されてしまうが」「わかった。わしから引地に言うてかす」「言うてかしようがあるんか? あのタイプの女が思いつめたら結局はやりたいようにやるんじゃろ?」「わしぐらい徳の高い坊さんが言うてかしたら聞こでは。そんでもあかなんだら、白井を裸にして水で般若心経を書いてやる」「まるで耳無し芳一じゃの」「耳でなしにあそこだけ書き落としたりして」「ちぎられてしまうが」「チン無し清一じゃの、うわっはっは」と、こんな具合に愉快な会話があちこちに散らばっている。ちょっと小説から離れている方にも、この作品ならすぐに読書のカンを取り戻せるし、何よりおもしろい!60年代の、四国の田舎町でくり広げられる男子高生たちの青春が、鮮やかによみがえる。お腹がよじれるほどのおもしろさだ。おすすめの一冊。『青春デンデケデケデケ』芦原すなお・著☆次回(読書案内No.57)は東野圭吾の『秘密』を予定しています。コチラ
2013.04.03
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【伊藤比呂美/とげ抜き新巣鴨地蔵縁起】◆両親の介護と娘の拒食症と我が身の不甲斐なさ世の中には私小説というものを認めたがらない人がいる。だがそれは好みの問題にもなるので、仕方がない。不思議なことに、私小説は認めなくてもエッセイなら好きだと言う人がいる。同じように自分のことを語るにしても、エッセイの方が軽いからだろうか?ちなみに私は私小説が好きだ。実体験から生じる苦悩とか、あけすけな本音など、ぜひとも垣間見たい分野でもあるし、半分は興味本位もある。伊藤比呂美の肩書きはあくまでも詩人だが、エッセイや小説も書いている。『とげ抜き』はエッセイとも受取れるが、私小説としても充分読み応えがある。いずれにしても、著者の赤裸々な生き様に圧倒される。文章にリズムを感じる小説というのは少ない。漢詩のような男性的で力強い文体にはリズムがあるけれど、伊藤比呂美の文章には、詩人の発するリズミカルな旋律が聴こえて来るような錯覚すらある。『とげ抜き』で大きな主題となっているのは、一人娘である著者が、カリフォルニアの自宅と実家のある熊本を年間に何度となく往復し、精も根も尽き果てながら両親の介護に向き合う点だ。というのも、母親が脳梗塞やら機能障害で入院し、父親も以前胃ガンを除去してから足腰がめっきり弱くなり、耳も遠く、とうてい母の面倒を押し付けることができない状態となっていたのだ。もともと熊本は伊藤比呂美の前夫の赴任地であり、その縁に引かれて著者の両親は引っ越して来たのであり、身寄りはいなかった。その後、著者は当時の夫と離婚し、今はイギリス人と再婚し、アメリカに渡っているため、両親は熊本で老いてゆくほかない。頼れる家族は一人娘である著者だけなのに、熊本にはいない状況なのだった。1~2ヶ月にいっぺん熊本に帰って来る娘を待ち焦がれる父親は、電話口で「つらい。さびしい。くるしい。くらい」を繰り返す。そして入院中の母親は、手足が動かず、寝返りもうてず、排泄もできず、食事も摂れず、家には帰れず、もうどうしようもない状況である。だがそうは言っても著者にも家族があり、生活がある。さらに追い討ちをかけるのが、著者の前夫との間にできた娘が、アメリカの大学に通っているのだが、深刻な拒食症に陥ってしまうのだ。「冷蔵庫から出したてのゴボウの束のようなものでありました。ものを食べず、しゃべるときも口をひらかず、終始うつむいてにこりともしませんでした」著者は意を決して娘をつれて帰ろうとする、だが当の娘は「おかーさんのところには帰りたい、でも帰れない」と言う。それもそのはず、母親には再婚相手のイギリス人亭主と、その二人から生まれた可愛いハーフの娘がいる。部外者の自分が入る余地などないのだと思っているのだ。ああ、せつない。読んでいる側としては、胸がズキズキと痛くなるような場面だ。著者は次から次へと噴出する艱難辛苦を、ジタバタとムダにもがきながら受け入れていく。解決策などとうの昔に放棄しているようだ。なるようになるさと、あきらめの境地さえ窺える。そして、ところどころで自分の若かりし頃を振り返り、その業の深さを真っ向から受けとめている。「自立とは、若者が親から離れてセックスをするためのただの方便だったのではあるまいか。そのとーり、親離れして、わたしはさんざんセックスいたしました。子も産みました、そして今、いつのまにかわたしは自立し、家事をし、育児し、金も稼ぎ、父が為しえなかった縦の物を横にすることもちゃんとしてます」言葉に虚飾はなく、むしろ生々しい。これ以上の真実はないのではと思うほど核心を突いている。そして、そんな波乱の中に生きる著者がたどり着いたのが、信じることの宗教心(?)だ。とげ抜き地蔵の「みがわり」を信じて、認識するのだ。「自分は、この巨大な存在とひとつになり、ちらばった、みぢんの存在である」苦悩を抱えて日々を生きる女性の方々、どうか手に取ってこの本を読んでいただきたい。自己の解放感に浸れるかもしれない。『とげ抜き新巣鴨地蔵縁起』伊藤比呂美・著 〔紫式部文学賞、萩原朔太郎賞ダブル受賞作〕☆次回(読書案内No.56)は芦原すなおの『青春デンデケデケデケ』を予定しています。コチラ
2013.03.30
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【三上延/『ビブリア古書堂の事件手帖』~栞子さんと奇妙な客人たち~】◆古書の知識は超人的、ビブリアの美人店主元図書館司書という職場の同僚が、50歳の自分が読んでも充分に面白いと絶賛していたのが、『ビブリア古書堂の事件手帖』だ。記念すべき第一巻は、~栞子さんと奇妙な客人たち~という副題が付いている。ジャンルとしては、ライトノベルとかジュブナイルと呼ばれる系統だと思うが、これは充分に角川文庫や集英社文庫に入っても見劣りしない代物だ。(いやべつにメディアワークス文庫というのが二流だというわけではないが・・・)もちろん、職場の同僚が絶賛していたことで多少はその先入観もあって、自分も何となく気に入ってしまったということも考えられる。だとしても、つい二巻まで手が伸びて読んでしまうというのは、やっぱりそれだけ面白いという証拠なのだ。一体、何がそんなに良いのだろうか? あれこれ考えてみた。一つに、舞台設定が鎌倉であるという点があるかも。これがもし埼玉とか静岡とかだったら、またちょっと雰囲気が変わって来ると思うのだ。(両県の皆様、気分を害してしまわぬよう、なにとぞご容赦を)二つめに、主人公の五浦大輔(23歳)は、大学卒業後も定職はなく、就職浪人の立場であるということ。出身大学もどうやらうだつのあがらない三流大学(?)のようで、必死の就活も虚しく、いまだ企業から採用通知が届かない、という世間ではありがちな等身大のキャラクター。三つ目に、ビブリア古書堂の店主がとびっきりの美人で、しかもインテリジェンスに溢れている。なのに普段は人見知りで大人しい。むさ苦しいオヤジが、店内を塵払いでパタパタやっているような光景はどこにもない。話は一話ごとにまとめられているが、主な登場人物は満遍なくどこの章にも登場するから、一話に出たきりであとは登場しない、ということはない。美人店主の栞子が、本に関する様々な謎を解き明かしていくというごく単純なお話のような気もするが、そこで取り上げられているテキストがどれも素晴らしい!第一話 夏目漱石 『漱石全集・新書版』第二話 小山清 『落穂拾い・聖アンデルセン』第三話 ヴィノグラードフ クジミン 『論理学入門』第四話 太宰治 『晩年』この目次を見ただけでもスゴイと思うが、これらを題材にストーリーを展開するという三上延という著者にも、優れた才能を感じる。例えば、太宰治『晩年』(砂子屋書房)の希少価値の高いアンカット本についての記述がある。この本の見返しに太宰自筆で「自信モテ 生キヨ 生キトシ生クルモノ スベテ コレ 罪ノ子ナレバ」とあるのに対し、「きっと知り合いを励ますつもりで、一文を書き添えて本を贈ったのでしょう。同じ文章の書かれた署名本は、他にも見つかっています・・・『罪の子』という言い回しに、思い入れがあったのかもしれませんね。この本には収録されていませんが、『?』という短編にも出てきます」というセリフ。これにはシビレた。読書人の知識とか教養をくすぐるではないか。思うに、やっぱり小説はおもしろくなくちゃ! 読者に存分の娯楽を供給してくれるものこそ、真のエンターテインメント小説なのだから。『ビブリア古書堂の事件手帖』~栞子さんと奇妙な客人たち~ 三上延・著☆次回(読書案内No.55)は伊藤比呂美の『とげ抜き新巣鴨地蔵縁起』を予定しています。コチラ
2013.03.27
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思わず手にした植草甚一!恥ずかしながらすでに忘却の彼方にあった「植草甚一」の名前を毎日新聞のコラム「余録」で目にしました。いや~懐かしい(^^)まずはご一読ください。懐かしくて思わず手にした人も多かろう。映画・ジャズの評論や欧米文学の紹介で知られる植草甚一(じんいち)さんのコラム集「ぼくは散歩と雑学がすき」が初めて文庫(筑摩書房)になった。行きつけの東京・神田神保町(じんぼうちょう)の書店では文庫部門で先週売り上げ1位だった。単行本が出たのは1970年。後に「サブカルチャーの元祖」と呼ばれることになる植草さんは既に還暦を過ぎていたが、「ぼくは目をまるくしてしまったんだ」といった軽妙な文体は今読み返しても新鮮だ。紹介しているのはスタンリー・クブリック監督(植草さんはこう表記した)の映画「2001年宇宙の旅」やフィリップ・ロスの新作小説など。「(最近は)金には不自由しないニューヨークのインテリ・クラスが、マリファナ・パーティーをやるようになった」等々の情報も満載だ。世界を結ぶネット社会が来るとは想像もできなかった時代。この明治生まれの不思議なおじさんを通じて若者たちはまだ遠かったアメリカを知った。「政治の季節」が終わり始めるころの空気を今の若者が知るのにも格好の本だろう。同書出版から9年後、植草さんは亡くなった。財はなさなかったが、集めた4000枚ものレコードをタモリさんが買い取ったという「ちょっといい話」も残る。終戦直後、東京・渋谷に「恋文(こいぶみ)横丁」という一角があり、植草さんは洋書を求めて横丁の書店によく通ったそうだ。渋谷はその後「サブカル」の拠点となり、今また再開発が進む。今日は日曜。渋谷の街を久々に散歩してみようか。「最近の若造は」とか説教はたれず、植草さんのように新しい何かを探しに。そういうことで早速、本屋で文庫を手にしました♪正確に言うと「邂逅」ではないでの『思わず手にした』のではありません(汗)それでも、何か突き上げるような衝動で、知ってはいても思わず手にしてしまいましたからぁ(笑)そしてページをめくるうちに、お世話になった恩師にふたたび薫陶をいただいているような気分になり、満たされた気持ちで胸がいっぱいになりました。それにつけても、こういうコラムを書かせたら毎日新聞はピカイチですねぇ~往時を思わせるところは、やっぱり毎日のDNAが受け継がれているのでしょうか(^^)おおいに心意気を感じさせるコラムなのでありました。そしてまた筑摩書房も出版社の気概を感じますよねぇ~売れる売れないは別にして、残さなくてはいけないものをちゃんと心得ていらっしゃいますね!本当に立派だと思います。両社の、高い志に謹んで敬意を表します。出版不況や新聞不読を言われますが、こういう志をもったところがあるかぎり、心配御無用でしょう(^^)一冊の文庫を手にして思いました。J・J氏(植草甚一)のような発信できる人がいて、それを形にするところ(出版社)があり、そしてまたそれを巷に伝えるところ(新聞社)があり、そうやって文化は出来上がってゆくのでしょうね。J・J氏と毎日新聞と筑摩書房に感謝(^人^)
2013.03.26
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【尾崎翠/無風帯から】◆奇異で幻想的で、独特な世界観の広がる少女小説少女小説と言えば、明るくポップで読後は爽やかな気分をもたらすものだと思っていた。 私が中学生のころは、主に、氷室冴子、新井素子、久美沙織あたりが女子たちに愛読されていたような記憶がある。海外小説にどっぷり浸かっていたような私でも、『赤毛のアン』とか『若草物語』に胸を躍らせていたものだ。年を経て、大正とか昭和初期の少女小説に興味を抱き、手に取ったのが尾崎翠だった。これが少女小説なのかと思って読むと、痛い目を見る。何なんだろう、この渇いた感触は。兄と妹と兄の友人が主な登場人物だが、その関係性に極めて淡白な感情しか見受けられない。テンションがずっと同じで、盛り上がりがない代わりに盛り下がりもなく、始終淡々と話が進んでいく。尾崎翠の他の作品もあれこれ読んでみた。と言っても、生涯に残した作品が少ないので、数は知れているが。どことなく感じられるのは、ドイツ文学の影響だ。さしあたりホフマンなど愛読したのではなかろうか?(幻想作家として名高いホフマンの小説は、岩波文庫から出ている。池内紀・訳)さらに興味ついでに尾崎翠の健康状態も調べてみた。年譜によると、若いころから頭痛持ちで、鎮静剤の飲みすぎで体調を壊している。幻覚症状も現れたりして、ちょっと精神に異常も来していたようだ。そんな尾崎翠ではあるが、『こおろぎ嬢』という摩訶不思議な作品に太宰治が激賞している。幻覚症状に苛まれながらの執筆だったと思われるが、読む人が読めば、その鬼才ぶりに圧巻なのだろう。『無風帯から』の話はこうだ。光子の兄が友人Mにつらつらと書いた手紙形式になっている。光子とは兄妹の関係でありながら、なんと異母妹であることに少なからずショックを受ける。光子は、兄が高熱と右肩関節の激痛で身体が思うようにならない時も、甲斐甲斐しく介護してくれる優しい妹である。そんな中、見舞いに来てくれた兄の友人Mに対して、光子はどうやら好意を持っているようだ。兄として、不憫な光子には幸せになってもらいたいから、Mの光子に対する気持ちもあるかとは思うが、受け入れてやって欲しい、という内容になっている。こんなふうに端折ってあらすじを書くと、何やら兄妹の固い絆を見せつけられるような想像を巡らせてしまうかもしれない。だが全然違う。もっと夢想的で、非現実的だ。そして分からないなりに文学として惹きつけられるのだ。この『無風帯から』は、当時「新潮」に掲載されたのだが、そのことにより在学していた日本女子大学から問題視され、結果、退学となってしまう。尾崎翠の作品の多くに共通するのは病気の影だが、そのわりに暗いばかりにはなっていない。幻想的で、現実と非現実をゆるやかに交錯した独特の世界観が広がる。晩年は尾崎翠ブームで、にわかに脚光を浴びるのだが、決して表舞台に立つことはなく、再びペンを執ることもなかった。『無風帯から』尾崎翠・著☆次回(読書案内No.54)は三上延の『ビブリア古書堂の事件手帖』を予定しています。コチラ
2013.03.23
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【遠藤周作/深い河】◆神は存在というより働き、愛の働く塊なのだこの小説は平成5年に出版されたものであるが、70代に突入した作家の作風とは思えないほどの瑞々しさ、ごく自然なドラマ性を感じさせる。小説の構成は、様々な苦悩を背負った人々が、たまたま同じツアー旅行に参加することとなり、その各人ごとに物語が展開していくものだ。その旅行先というのも、インド仏跡巡りというのだから、作者の何らかの意図を感じないではいられない。要となるのは、大津という人物。美津子が学生時代に誘惑したカトリック信者である。 話はこうだ。ミッション系の大学へ通っていた美津子は、周囲からけしかけられて、真面目なカトリック信者でもある男子学生の大津を誘惑する。大津は不器用ながら純粋な愛を傾けるが、美津子にしてみれば、ウブな大津を弄んでみたくなっただけのことで、じきに飽きた。その後、美津子は見合いで裕福な青年実業家と結婚するが、その生活に何一つ満たされることはなかった。一方、大津は美津子からボロ雑巾のように捨てられた後、救いを求めてフランスのリヨンに渡った。そこにある古い修道院で、数年の間、神学の勉強をしていたのだ。ところがその後、美津子が同窓会で大津の噂を偶然耳にすると、大津はインドで修行しているとのこと。そんなこともあって、美津子はインドツアー旅行に参加するのだった。『深い河』の作中に登場する美津子と大津の会話は興味深い。何とかして神への信仰を中断させようとする側と、必死で神への迷いを断ち切り、救いを求める側。これは、あるいは遠藤周作自身の自問自答だったかもしれない。高校で多少の世界史をかじった方なら誰でも知っていることだが、キリスト教が布教の名を借りて多くの土地を奪い、それこそたくさんの人命を奪ったという事実。だがどうしてキリスト教がなくならないのか。神の存在を否定しないのか。そう、信仰とは理屈なんかではない。ただひたすらに信じることなのだから。著者は、大津の言葉を借りて次のように言う。「日本人の心にあう基督教を考えたいんです」ヨーロッパでは、唯一絶対と考えられている神の存在だが、東洋人にはその宗教観を受け入れるのが難しい。大津の考えとして、「神は色々な顔を持っておられる。ヨーロッパの教会やチャペルだけでなく、ユダヤ教徒にも仏教の信徒のなかにもヒンズー教の信者にも神はいる」と。これは正に、遠藤周作が人生を懸けて問い続けて来た宗教観であろう。神は存在というより、働きなのだと。時に、情報の氾濫した世知辛い世の中で、私は秘かに神を信じてみたくなる。なぜなら、何を信じたら良いのか分からず、途方に暮れてしまう日々だからだ。『深い河』は、迷い続ける人に優しく働きかける霊的な小説と成り得るかもしれない。 『深い河』遠藤周作・著☆次回(読書案内No.53)は尾崎翠の『無風帯から』を予定しています。コチラ
2013.03.20
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【城山三郎/男子の本懐】◆軍縮と金解禁に命を賭す男たちのドラマ一般的に政治や経済を扱った小説というのは、堅苦しくて読みづらいものだ。松本清張の描く政治家の派閥抗争の確執とか、永田町の保守政界のからくりだとか、代議士の陰に暗躍する不気味な存在など、それはそれで興味深いものだが、読了するのにかなりの労力を強いられる。その点、城山三郎の小説というのは、社会派と謳われた松本清張とは異なり、政治家の汚職や不正を糾弾する目的はなく、むしろ人物伝に近く、明快だ。『男子の本懐』は、第一次世界大戦後の非常事態下で、慢性的な通貨不安に陥っていた状況を克服するため、金解禁を遂行した浜口雄幸と井上準之助の政策について書かれている。この二人のゴールデン・コンビネーションが命を懸けて実現した金本位制復帰までのプロセスを、緊迫感のうちに伝えている。いやそれがもう潔くてカッコイイ。簡単なあらすじを言ってしまうと、こうだ。保守派の政友会内閣が総辞職し、野党第一党の民政党総裁である浜口が総理となり、その内閣が発足。浜口内閣の最大の課題は金解禁と、そして軍縮にあった。組閣の焦点は蔵相の人選にあるのだが、浜口にはすでに意中の人がいた。とにかく日本銀行出身の井上でなければこの政策を成し遂げることなど出来ない。井上の他にはいない、という不動の信念に基づき、三顧の礼を尽くす。やがて井上は、浜口と運命を共にすることを決意するのだ。井上は金解禁の実現に向け、徹底的に軍事費の削減に取り組む。この緊張財政は、軍部から激しく抵抗を受けることになるのだが、怯まない。なぜなら浜口の全面的な信頼を持って、共に果敢に立ち向かうからだ。私はもともと、ロンドン仕込みのスタイリッシュでクールな井上準之助が大好きだった。 仕事に対する美学とでも言うのか、着るものは常に清潔を心がけ、髪には絶えず櫛を入れるという気の使い方に惚れ惚れしてしまうのだ。西欧的合理主義の実践も徹底したもので、当時、仕事さえちゃんとこなせば三時に帰って良いと言って憚らなかった。いやむしろ早く帰るのを勧めたぐらいだ。井上の前任というのが、朝は重役出勤、夕方は八時過ぎまで居残るという典型的な日本のサラリーマンだった。これに対し井上は、早朝出勤し、テキパキと仕事をこなすと三時過ぎまでだらだら職場に居残ることはなかった。部下たちには早く帰って「大いに勉強せよ」という立場を貫いたわけだ。そんな井上の天才的手腕を誰よりも買っていた浜口というのも凄い。最近の私は、無口でほとんど交友関係がなく、おもしろみに欠ける浜口の方が好きになりつつある。浜口は近代化が進む中、ずいぶんと遅くまで人力車を利用していた。愛用の稲毛屋の人力車に乗ってどこにでも出かけたのだ。この稲毛屋は十年もの長い間、大柄な浜口を乗せ続けた。そして浜口がいよいよ公人となり、公用車の使用が義務付けられた時、あらためて稲毛屋をねぎらい、別れを惜しんだ。この稲毛屋は、もはや浜口以外の客に仕える気持ちを失くし、そのわずか一年後には乾物商に転じている。浜口雄幸という人物は、一見、とっつきにくい寡黙な政治家には違いないが、人情に篤く義理堅い性質だ。混迷する現代日本において、浜口のような私利私欲のない潔癖な政治を推進する政治家が、果たして一人でもいるのだろうか?願わくば、政治家という肩書きを持つ諸先生方には、ぜひともこの『男子の本懐』をお読みいただきたい。浜口と、その盟友井上が凶弾に撃たれたことで、それまでの軍縮政策が翻り、軍部の台頭、抜き差しならない圧力によって暗黒時代が始まる。そして第二次世界大戦へ突入したことを考えれば、いかに右傾化が危険なものであるか、自ずと分かるからだ。軍縮と金解禁にその身を捧げた浜口と井上の、壮絶な政治姿勢を参考にしていただき、今後の日本経済の立て直しにご尽力願うものだ。『男子の本懐』城山三郎・著☆次回(読書案内No.52)は遠藤周作の『深い河』を予定しています。コチラ
2013.03.16
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【藤沢周平/蝉しぐれ】◆若き藩士の成長過程を鮮やかに描く亡くなった母が時代劇の好きな人で、それはもう毎週欠かさず見ていた番組がある。それは、NHKで放送されていたのだが、『三屋清左衛門残日録』という時代劇だ。とある武家のご隠居さんのつれづれを物語にした番組で、主演を仲代達矢が好演。脇を固める役者さんも錚々たる顔ぶれだったような気がする。母といっしょになって見ていた私も、時代劇でありながらその枠に囚われず、舅と嫁のささいな気の使い合いやら竹馬の友とのざっくばらんなお喋り、老いたりといえども胸をときめかすご婦人との出会いなど、充分に楽しめる内容だった。そんな『三屋清左衛門残日録』の原作は、他でもない藤沢周平であり、『蝉しぐれ』の著者でもある。『蝉しぐれ』は映画化もされているが、個人的には小説の中の世界観の方が、圧倒的に好きだ。『蝉しぐれ』の何がそんなに魅力的なのか考えてみたところ、時代劇なのに青春小説でもあるところかもしれない。殺伐とした緊迫感というより、爽やかな友情、淡い恋、若き藩士の成長過程を、それは見事な筆致で鮮やかに描写しているのだ。物語はこうだ。海坂藩普請組の城下組屋敷は、三十石以下の軽輩が固まっている。その一角に住む牧文四郎は15歳。隣家の娘・ふくは、まだ12歳。最近、どうもふくがよそよそしいので気になって仕方がない。親友の小和田逸平に話したところ、「娘が色気づいたのよ」と断定する。もう一人の親友、島崎与之助はまだ色気づくという言葉の意味が分からないので、文四郎と逸平が大汗をかきながら説明してやる。仲良し3人組は、昼前は居駒塾で経書を学び、昼過ぎからは石栗道場で剣術の稽古に励む。3人組の一人、島崎与之助は剣術はからっきしダメだったが、学問に秀で、後に江戸遊学に旅立つ。また、文四郎が秘かに気にかけていたふくは、後に、江戸屋敷に奉公に上がり、殿様のお手つきとなったのだ。山場となるのは二箇所ある。一つは、文四郎の父がやむをえない事情で切腹となるシーン。文四郎はその亡骸を荷車に乗せ、炎天下の中したたる汗をものともせず、唇をかみしめて車を曳くのだが、私はもう涙なしには読めなかった。そしてもう一つの山場が、“ふく”が“お福”となり、藩主の子を授かったことで派閥抗争に巻き込まれるくだりだ。お福とその赤子の命が狙われるのだが、文四郎が身を挺して二人を守り抜くのだ。私は、この小説のラストに深い感動を覚えた。皆が皆、己の道を歩み、精一杯生きている。それは、精進というに相応しい生き様だ。 15歳の若き藩士が父の死を乗り越え、様々な試練と忍耐とつかの間の喜びをかみしめて、やがて大人へと成長する。その過程は、名状しがたい味わいで読者を感動の渦に巻き込むのだ。『蝉しぐれ』藤沢周平・著※DVD映画鑑賞『蝉しぐれ』の記事はコチラまで♪ ☆次回(読書案内No.51)は城山三郎の『男子の本懐』を予定しています。コチラ
2013.03.13
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【天童荒太/永遠の仔】◆虐待から逃れるためには、親を殺すか己が死ぬか最近は目が疲れやすくなって小さい字を追うのが面倒になりつつある。だからよっぽど惹きつけられる小説でなければ、長編を読了するのは本当にしんどい。高村薫の『レディ・ジョーカー』は、上下巻2冊の長編だったが、一気呵成に読了した。それだけ著者の技巧が優れているということだろう。読者を飽きさせない見事な筆致。今回は『永遠の仔』、天童荒太の書き下ろしだ。天童荒太の代表作といえば『家族狩り』で、山本周五郎賞を受賞している。読後は何とも言えない重苦しさに喘いだような記憶がある。それがどうだ、『永遠の仔』の方がさらに輪をかけた如く息苦しさに見舞われた。なんなんだ、この閉塞感は?!限りなく結末の見えないラストに苛立つし、絶望的なまでの孤独感に襲われる。あらゆる意味でドラマチックで、読後は放心状態になってしまう。いや本当に。まず念頭に置きたいのが、幼い子どもらに向けられる虐待がいかなるものか、その辺をきちんと整理しながら読み進めないと、単なる小説の中の絵空事で終わってしまう。現実に性的虐待などで心身ともに病んでしまった子どもたちを収容する施設と、養護学校が存在することを踏まえた上で、主人公ら3人の壮絶な成長を追っていくのが望ましい。話はこうだ。舞台は愛媛県のとある田舎町。双海小児総合病院は、様々な理由で精神状態の落ち着かない子どもたちを受け入れていた。優希もその一人で、ある事情から外界を遮断するスイッチを持つようになった。そんな新入りの優希に興味を持ったのは、ジラフ(キリンの意)とモウル(モグラの意)と呼ばれる二人の少年たちだった。ジラフは母親からタバコを体じゅうに押し付けられたせいで、丸い火傷の痕がキリンの模様のように付いていた。それは大切な性器や尻に至るまで、まるで悪ふざけのように火傷痕が残っていた。モウルは、母親が知らない男を連れて帰る度に暗い押入れの中に閉じ込められ、男が帰るまでトイレにも行けず、自分の性器をちぎれるほど握りしめて堪えなくてはならない状況下にあった。そのせいで、灯りのない場所に極度の恐怖と不安を覚えるようになり、おまけに男性としての機能が全く働かない身体となってしまったのだ。そして優希は、なんと、実の父親から性的虐待を受けていたのだった。物語は、17年後の現在、優希が看護士、ジラフが刑事、モウルが弁護士となった今と、17年前の小児精神科の治療を受けていたころと、交互に進んでいく。3人の辛く哀しい過去が現在まで尾を引き、様々な形で事件につながっていく。どうしようもない過去から目を背けて生きて来たところ、3人が再会することで、否が応でも打ち消すことの出来ない記憶を辿らなくてはならない。背負うものが余りにも重過ぎて、苦しさから逃れられない。このどうしようもない絶望的な嘆きの前に、神も仏もなく、ただ傷口を舐め合う仔犬のようにうずくまるのだ。ラストは、読者各々が感覚として捉えた輪郭をなぞるものだと思う。それは形がなく、曖昧で、無性に孤独を促す結末かもしれないが、寝る間も惜しむほどに引き摺りこまれる作品だった。『永遠の仔』天童荒太・著☆次回(読書案内No.50)は藤沢周平の『蝉しぐれ』を予定しています。コチラ
2013.03.09
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【深沢七郎/東北の神武たち】◆東北の貧しい農村地帯での因習を赤裸々に描写バブル期以降、お洒落な小説というのが一定の人気を誇っている。例えば主人公の男がBMWに乗っていたり、デートにジャズの聴けるバーでサラダとワインを口にするシーンがあったり、個性的な脇役たちのユニークな(?)行為に、主人公が「やれやれ」と言ったりなど、それはもう日本であって日本ではないお洒落なムードに包まれている。それに対し、深沢七郎の作品は正に対極に位置する内容だ。近代日本に存在したであろう事実を赤裸々に描き、そこには容赦のない客観的な視線が冷酷なまでに注がれている。代表作に『楢山節考』などがあり、深沢作品は当時の文壇に大きな衝撃を与えた。文庫本の解説によると、深沢七郎は今川焼屋をやったり流しのギター弾きなどをやっていた経歴があるそうだ。そういう背景のある作家だからこそ、作品には微塵の虚飾も感じられず、胸にズンズンと響いて来るような重みがある。『東北の神武たち』は、そんな深沢七郎が書いたに相応しい作品だ。ストーリーは暗く、因果な風習に驚きを隠せない。昔、東北の貧しい農村地帯では長男だけが嫁を貰うことが許され、次男三男は明神様の怒りを買ってしまうから嫁は貰えないという習わしがあった。そんな次男三男は、皆から“ヤッコ”と呼ばれた。ある時、村で久吉が亡くなった。久吉は今わの際で嫁に言い残した。それは昔、ヤッコが毎晩久吉の飼い犬(メス)を慰みにしていたので、その犬を殺してしまったこと。さらには久吉の父がまだ生きている時、娘(久吉の妹)を孕ませにヤッコが毎晩忍び込んで来るので、怒った父がヤッコを撲殺してしまったことだった。久吉は、自分の病がそんなヤッコ達の怨霊による祟りだと言うのだ。だからその怨霊を鎮めるために、久吉が亡き後、嫁が毎晩順番に村のヤッコたちを回って慰みものになるようにという遺言だった。嫁は、「心配するごたねぇ。きっと、罪亡ぼしをするから」と言ってそれを聞き入れるのだ。いや驚いた。なんという退廃的な因習があることか。これと言った娯楽のない貧しい農村地帯では、男女の交わりこそが究極の快楽だったのか。作中、自分の順番が回って来るのを今日か明日かと待ちわびるヤッコの姿が描かれているのだが、ちょっとおぞましい。お洒落な小説には付き物の愛とか恋とか、そんな抽象的な感情は存在しない。あるのは女と交わることへの興味と欲望のみだ。さらに、隣人が不必要な“水っ子”を田んぼに捨てて、「あんなとこへ捨てて、困るじゃねぇか」と怒る田んぼの持ち主。どちらも“水っ子”の人権など考えやしない、良くて田んぼの肥やし、悪くて腐ったゴミ扱いだ。昔は避妊という観念がなく、生まれてからの処分だったようだが、この“間引き”は余りにも陰惨で絶望的な感情を伴う。現代を生きる我々にとっては、とうてい考えられない行為だが、もう言葉としての感情は出ない。とはいえ、深沢七郎の小説にはとやかく言うほど悲壮感はない。男女の交わりも何てことはなく通り過ぎていくし、間引きも当然のように描かれている。我々人間は、ヒトである前に動物だったことを思い出させる衝撃の逸作としか言いようがない。『深沢七郎コレクション』より「東北の神武たち」深沢七郎・著☆次回(読書案内No.49)は天童荒太の『永遠の仔』を予定しています。コチラ
2013.03.06
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【群ようこ/三人暮らし】◆独身女性3人がシェアして暮らす生活群ようこのエッセイは本当におもしろい。どれを取ってもハズレのないエッセイを書き続けるエッセイストは珍しい。初期のころのものだが、『鞄に本だけつめこんで』などブックガイドになっていて、とても参考になった。私はこの群ようこのエッセイを読んで、川端の『山の音』を読んだり、谷崎の『瘋癲老人日記』を読むきっかけを与えられたのだから、それはもう感謝の一冊となっている。他にも、『無印良女』や『財布のつぶやき』などどれも最高にして傑作のエッセイばかりだ。そんな群ようこは小説も書いているのだが、エッセイストとしての看板を背負った彼女が好きなので、どうも小説の方は敬遠していた。それでもと思って読んでみたのが『三人暮らし』だ。うん、なかなかいい。様々な人生を背負った独身女性が3人集まって、シェアして暮らすという物語だ。女性のパターンはいろいろで、例えば78歳同い年の3人の老女だったり、母とリストラされた娘2人だったり、職場の同期入社のOL3人だったりする。そういういろんなパターンの女性3人の物語が短編で、10篇収められているのだ。現代社会では、共白髪になるまで夫婦睦まじく老後を過ごすという考えが揺らぎ始めている。一生シングルを貫き通す人もいれば、夫のリタイアと同時に熟年離婚という例もあり、老後のライフスタイルは多様化している。そんな中、どんな生活形態がベストなのか、まだまだ未知数だし、結果として本人が満足ならばそれで構わないという状況である。『三人暮らし』の中に「三人で一人分」という作品がある。78歳の女性ら3人がマンションを購入して一緒に暮らすというお話だが、ものすごく前向きで愉快だ。もともと3人は戦後タイピストとして働いて来た職業婦人だ。いわば女性たちの憧れの的で、一線で活躍して来たものの、寄る年波には勝てず、今は体力やトイレを気にして旅行にも出かけられないし、美容院も節約と称して行かなくなってしまった。だがこのままではいけない、まだ足腰の立つうちにと、旅行の計画を立て始めるのだった。私が好感を持ったのは、いくつになっても女性は女性で、美容院で髪をセットしてもらい、お化粧を施してもらうと、パッと華やぐシーンだ。奮発してデパートで洋服や靴を購入するところなども、読んでいて自分のことみたいに気持ちが明るくなってしまう。さて旅行に出かける日の朝、「尿漏れバッド、持ちましたね」と確認し合う3人の女性の会話が可愛い。こういうほのぼのとした物語は、下手な恋愛小説よりよっぽど魅力的だ。さすがは群ようこだ。エッセイの中に感じていた格調高く優雅なムードは、小説の中にも爽やかに感じられる。厭味がなく優しいお話がたっぷり詰まった小説だ。『三人暮らし』群ようこ・著☆次回(読書案内No.48)は深沢七郎の『東北の神武たち』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る■No.31東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説■No.32辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説■No.33田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説■No.34沢木耕太郎/無名 最愛の父を看取るまでを淡々と語る■No.35浅田次郎/月のしずく エンターテインメント性バツグン! ドラマチックなラブ・ストーリー■No.36有吉佐和子/香華 花柳界に生きた母娘の愛憎劇■No.37田山花袋/蒲団 男の嫉妬、男の哀しさを赤裸々に描く■No.38連城三紀彦/恋文 嘆きとせつなさは、恋愛小説の醍醐味■No.39重松清/エイジ もしもクラスメイトが通り魔だったら・・・?■No.40大崎善生/パイロットフィッシュ おしゃれで、どこか老成した主人公「僕」の語り口調■No.41小川糸/食堂かたつむり 癒しを求めて何となく手に取る小説■No.42中島敦/山月記 声に出して読みたい小説■No.43瀬戸内晴美(寂聴)/美は乱調にあり まともな死に方しないと言い放つ女■No.44渡辺淳一/君も雛罌粟われも雛罌粟 夫に恋い焦がれてパリまで向かう■No.45有川浩/阪急電車 列車内でくり広げられる一期一会■No.46綿矢りさ/蹴りたい背中 自意識過剰な女子高生を冷静に見つめる
2013.03.02
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【綿矢りさ/蹴りたい背中】◆自意識過剰な女子高生を冷静に見つめる今期、史上最高齢75歳での芥川賞受賞者が出たが、この『蹴りたい背中』は史上最年少19歳での受賞作だ。ついこないだのことのように記憶しているが、すでに10年も経とうとしている。将来、作家を志望している若い方々、ぜひとも一読をおすすめしたい。この小説を十代で書き上げたこと自体が奇跡にも思えるし、ありがちな女子高生モノとは一線を画す。当時、書評などを読むと概ね好意的だが、大絶賛というわけでもなかった。それもそのはず。内容に華やかさというか派手さがないから、一見すると単調に感じてしまうのだ。一般的に早熟な女性作家がペンを執ると、たいてい乱れた性関係とか望まない妊娠などの暗い影がつきまとう。ところが綿矢りさはやってくれました。パンツを脱ぐことのない正統派の純文学を確立してしまったのだ。しかも19歳という若さで。これだけ平凡な高校生を鮮やかに浮かび上がらせるテクニックは、もはや天才と言っても過言ではない。主人公はどこにでもいそうな女子高生で、相手の男子も今どきのオタクだ。ものすごくフツーな高校生なのに、キャラクターがはっきりと見えて来るのだ。そう、それはまるでその場に自分(読者)がいて目撃しているような錯覚を起こさせるから不思議だ。ストーリーは、なんてことない。高校生という枠組みに何となく馴染めないハツは、同じくクラスに馴染んでいない“にな川”に興味を持つ。そのにな川は、雑誌のファッションモデルをやっている“オリチャン”に夢中。いわゆるオタクで、オリチャンに関するものなど全てネットオークションで集めたり、雑誌のバックナンバーも揃えていた。ある時、にな川はオリチャンのライブチケットを4枚も買ってしまったので、一緒に行かないかとハツを誘う。だがそれでも2枚余ってしまう。結局、チケットを余らせるのがもったいないので、にな川、ハツ、絹代の3人で出かけるのだった。(それでも1枚は余るが)ハツは、何となく自分の気持ちに気づき始めていた。それは、オリチャン命であるにな川に対する淡い恋心。一方通行な気持ちになかなか折り合いをつけることができず、にな川に対して乱暴になってしまう自分を持て余してしまうのだった。いわゆる青春小説というカテゴリに入れても間違いではない。だが、文学性という意味で抜きん出ているため、“青春”という若者向きの枠組みに一括りしてしまうのは、あまりにもったいない気がするのだ。書くことが好きで、様々な文学賞に投稿していこうと考える未来の文士たちよ。まずはこの小説を読み、自分を見つめ直していただきたい。自意識過剰なまでの高校時代を思い出す時、果たして自分は綿矢りさほどの客観性と繊細さを持って、これだけの世界観を作り出すことが出来るだろうか?たぶん難しい。とても。正直、この小説を読了後は、自分の才能に限界を感じ、あきらめてしまう人がほとんどだろう。だがそれでいい。綿矢りさを認めることで、もっと自分自身を解放すると良いかもしれない。繰り返して言う。将来、作家を志望している30歳ぐらいまでの若い方々、ぜひとも一読をおすすめしたい。『蹴りたい背中』綿矢りさ・著☆次回(読書案内No.47)は群ようこの『三人暮らし』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る■No.31東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説■No.32辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説■No.33田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説■No.34沢木耕太郎/無名 最愛の父を看取るまでを淡々と語る■No.35浅田次郎/月のしずく エンターテインメント性バツグン! ドラマチックなラブ・ストーリー■No.36有吉佐和子/香華 花柳界に生きた母娘の愛憎劇■No.37田山花袋/蒲団 男の嫉妬、男の哀しさを赤裸々に描く■No.38連城三紀彦/恋文 嘆きとせつなさは、恋愛小説の醍醐味■No.39重松清/エイジ もしもクラスメイトが通り魔だったら・・・?■No.40大崎善生/パイロットフィッシュ おしゃれで、どこか老成した主人公「僕」の語り口調■No.41小川糸/食堂かたつむり 癒しを求めて何となく手に取る小説■No.42中島敦/山月記 声に出して読みたい小説■No.43瀬戸内晴美(寂聴)/美は乱調にあり まともな死に方しないと言い放つ女■No.44渡辺淳一/君も雛罌粟われも雛罌粟 夫に恋い焦がれてパリまで向かう■No.45有川浩/阪急電車 列車内でくり広げられる一期一会
2013.02.27
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【有川浩/阪急電車】◆列車内でくり広げられる一期一会タイトルからして何かその道のマニアが好みそうな内容なのかと思いきや、実はこれ正統派の青春恋愛小説だ。しかも発想がユニークで明るい!じめじめとしたしみったれた色恋も時には良いが、平時に読むならこのぐらい爽やかでハートフルな内容の方がありがたい。私は残念ながら阪急電車の今津線は利用したことがないが、この小説を読むと、何やら出会いを求めて乗車してみたくなるから不思議だ。著者は有川浩(意外にも女性)で、代表作に『図書館戦争』シリーズや『フリーター、家を買う』などがあり、今や押しも押されぬ売れっ子作家である。『阪急電車』の目次はこうだ。宝塚駅、宝塚南口駅、逆瀬川駅、小林駅、仁川駅、甲東園駅、門戸厄神駅、西宮北口駅、そして折り返し・・・という具合だ。これだけ見ると「なんじゃこりゃ」となる。だが、このわずか8つの駅にまつわる短編がリレー形式でつながっており、様々な人間模様が彩り鮮やかに描き出されている。それはまるで、車窓の景色が移り変わるように、自然な速度で見る者を和ませるのだ。印象に残るのは宝塚南口駅の章だ。純白のドレスを着てカツカツとヒールの音を鳴らして乗車したのは翔子。同期の友だちの結婚式に出席して来た帰りだ。新郎は翔子の元カレ。つまり友だちに寝取られてしまったわけだ。せめてもの復讐だと、新婦以外のゲストは白のドレスは着てはいけないところを、翔子は純白のドレスで出席してやった。いろんな恨み言が翔子の胸中を過ぎる中、列車は走り続ける。そこへ、おばあさんに手を引かれた女の子が来て翔子の方を見ると、「お嫁さん」と嬉しそうに声をあげるのだった。こういう鮮やかなシーンを書き上げる技巧はお見事。恋人を奪われ、しかもその友だちの結婚式に出席し、絶望的な表情をしていたであろう翔子に、無垢な少女がうっとりするというくだりは救われる。翔子が単なる負け犬ではない、翔子の持ち味である華やかさ、明るさが、その純白のドレスを通して滲み出ているからだ。また、その次の逆瀬川駅の章では、少女を連れたおばあさん(この人物もまた毅然としたご婦人だ)が、翔子にさり気ないアドバイスをする。この各駅停車の列車内でくり広げられる、一期一会がたまらなく愛おしく感じる。「人数分の物語を乗せて、電車はどこまでもは続かない線路を走っていく」そのとおり。電車はどこまでもは続かない。人生も同じ。必ず終点がある。だとしたら私たちは、その都度出会った大切な人たちの言葉を胸に、大切に人生を生きてゆくのが賢明ではないか。この小説は阪急電車の今津線を通して、様々な人生模様を抽出してくれる、香り高く豊かな風味を持った物語だ。『阪急電車』有川浩・著☆次回(読書案内No.46)は綿矢りさの『蹴りたい背中』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る■No.31東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説■No.32辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説■No.33田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説■No.34沢木耕太郎/無名 最愛の父を看取るまでを淡々と語る■No.35浅田次郎/月のしずく エンターテインメント性バツグン! ドラマチックなラブ・ストーリー■No.36有吉佐和子/香華 花柳界に生きた母娘の愛憎劇■No.37田山花袋/蒲団 男の嫉妬、男の哀しさを赤裸々に描く■No.38連城三紀彦/恋文 嘆きとせつなさは、恋愛小説の醍醐味■No.39重松清/エイジ もしもクラスメイトが通り魔だったら・・・?■No.40大崎善生/パイロットフィッシュ おしゃれで、どこか老成した主人公「僕」の語り口調■No.41小川糸/食堂かたつむり 癒しを求めて何となく手に取る小説■No.42中島敦/山月記 声に出して読みたい小説■No.43瀬戸内晴美(寂聴)/美は乱調にあり まともな死に方しないと言い放つ女■No.44渡辺淳一/君も雛罌粟われも雛罌粟 夫に恋い焦がれてパリまで向かう
2013.02.23
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【渡辺淳一/君も雛罌粟われも雛罌粟】◆夫に恋い焦がれてパリまで向かう本物の作家ともなれば、一個人のこだわりを押し通して純文学小説ばかりを書き連ねる、なんてことはしないのだ。大衆の求めるものを逸早く察知し、迎合する。それこそが本物の作家なのだから。むしろそういう時代の流れとか一般読者の傾向を計り知ることが出来なければ、売れっ子にはなれない。その点、渡辺淳一は本物の作家だ。この人は大衆を知り尽くしている天才と言っても過言ではない。渡辺淳一は医師免許を持っていることもあり、医学的なものをテーマにした小説や、『君も雛罌粟われも雛罌粟』のような評伝もあり、さらには代表作である『失楽園』のような不倫小説なども手掛けるエンターティナーである。最近では『鈍感力』などのエッセイでも人気を博し、浮き沈みの激しい業界においては、珍しく盤石なスタンスを誇る作家なのだ。さて、『君も雛罌粟われも雛罌粟』について。これは表題作の通り、与謝野鉄幹と晶子の生涯を綴った評伝である。鳳晶子(のちの与謝野晶子)は、歌誌「明星」に投稿した歌が鉄幹の目に留まり、さらには「明星」に掲載され、歌会などに出席するようになる。同じく才能のある山川登美子も同席し、晶子ともども切磋琢磨する。晶子も登美子も、ただただ鉄幹に褒められたいと、歌の道に精進するのだが、二人ともいつしか鉄幹への激しい恋心となって衝突していく。だが「明星」に掲載される激しい恋の歌を詠んで、尋常ではいられないのが鉄幹の妻・滝野である。「明星」を発刊することが出来るのも、全て滝野の実家からの援助あってのこと。妻同然に暮らしていても、入籍をしない鉄幹に業を煮やし、いよいよ滝野は自分が都合の良いように利用されているに過ぎないことを悟る。結果、鉄幹と滝野は別れ、したがって後ろ盾のなくなった鉄幹は一文無しとなり、頼るのは晶子と登美子のみ。だがその登美子も、親の決めた縁談が着々と進んでおり、結婚を余儀なくされたのだ。 こうして鉄幹は、なるべくして晶子のものとなった。これは私なりの解釈だが、鉄幹はあくまでプロデューサーとしての域を出なかったということだ。晶子という天才歌人を見出した点は優れているし、歌という芸術に晶子の天賦の才を引き出した演出は、素晴らしいと思う。だが晩年は晶子なしではろくに生活も出来ないほどの落ちぶれようだった。仕事もなく、だらだらと終日家で過ごす鉄幹を横目に、晶子は11人もの子どもらの面倒をみながら、生活のために歌を詠み続けた。古典、小説、評論、そして童話など、膨大な仕事量で与謝野家を支えたのだ。この一連の夫妻の半生を振り返る時、もちろんキレイゴトでは済まされないドロドロとした愛憎劇さえまつわりつく。鉄幹の癖としか言いようのない女性問題は絶え間なく、どん底の生活苦も味わった。そんな中でさえ泥に咲く花を見たような気がするから不思議だ。明治の天才歌人としての与謝野晶子の「みだれ髪」をひもとく時、まずはこの『君も雛罌粟われも雛罌粟』の評伝を読むことで、エネルギッシュで前向きな女性のあり方を捉えておくべきだろう。 ああ皐月仏蘭西の野は火の色す君も雛罌粟われも雛罌粟 ※雛罌粟(ひなげし)は、フランス語で「コクリコ」という。『君も雛罌粟われも雛罌粟』渡辺淳一・著☆次回(読書案内No.45)は有川浩の『阪急電車』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る■No.31東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説■No.32辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説■No.33田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説■No.34沢木耕太郎/無名 最愛の父を看取るまでを淡々と語る■No.35浅田次郎/月のしずく エンターテインメント性バツグン! ドラマチックなラブ・ストーリー■No.36有吉佐和子/香華 花柳界に生きた母娘の愛憎劇■No.37田山花袋/蒲団 男の嫉妬、男の哀しさを赤裸々に描く■No.38連城三紀彦/恋文 嘆きとせつなさは、恋愛小説の醍醐味■No.39重松清/エイジ もしもクラスメイトが通り魔だったら・・・?■No.40大崎善生/パイロットフィッシュ おしゃれで、どこか老成した主人公「僕」の語り口調■No.41小川糸/食堂かたつむり 癒しを求めて何となく手に取る小説■No.42中島敦/山月記 声に出して読みたい小説■No.43瀬戸内晴美(寂聴)/美は乱調にあり まともな死に方しないと言い放つ女
2013.02.20
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【瀬戸内晴美(寂聴)/美は乱調にあり】◆「どうせあたしは畳の上でまともな死に方なんてしやしない」と言い放つ女物書きにとって説得力ほどその作品を左右するものはないだろう。どれだけ美辞麗句を連ねたところで、説得力がなければそれは単なる絵空事になってしまう。その点、瀬戸内寂聴は凄い。周囲を圧巻させるほどの説得力と行動力で書き上げる作家だからだ。ご本人がそうであったように、リベラルな女性たちを、生き生きと瑞々しく描く天賦の才と言ったら、右に出る者などいやしない。瀬戸内晴美時代の作品、特に伝記的小説には、思わず引き込まれずにはいられないほどの魔力を感じてしまった。『美は乱調にあり』は、1923年9月、甘粕憲兵大尉らによって虐殺された、大杉栄の妻・伊藤野枝の半生を綴ったものである。伊藤野枝というのはあまり聞き慣れない名前だが、平塚らいてうなら一度は耳にしたことがあるだろう。そう、女性運動の旗揚げとなった“青鞜”の代表である。その平塚らいてうから代表の座を譲られ、廃刊になるまで携わったのが伊藤野枝である。この伊藤野枝というのがまた筋金入りで、主義主張に生きることを決意してから、「どうせあたしは畳の上でまともな死に方なんてしやしない」と、こう然と言い放ったというではないか!この徹底的な激しい生き方の前に、後世の女性は皆、衝撃を受けるのだ。お上を敵に回し、屈辱的な迫害を受けて来たリベラルな女性たちの、並々ならぬ闘争意識には目を見張るものがある。話はこうだ。九州生まれの九州育ちの伊藤野枝は、とにかく上昇志向が強いので、親に頼んで無理に上野の女学校に行かせてもらうようにした。そこで知り合ったのが、若きインテリ教師・辻潤である。英語を教える辻から、様々な海外文学や思想的なものを吸収し、野枝は瞬く間に辻に傾いてゆく。野枝は田舎者なので、決して垢抜けてはいないが、野生的で率直な感性の持ち味が、いつしか辻を虜にしてゆく。こうして野枝はずるずると辻の家に居座るようになり、二人の間に子どもも二人授かる。ところがその後、アナキストの大杉栄と恋仲になってしまい、野枝の心は辻から大杉に移ってしまう。野枝をここまでに仕立てた辻の知識と教養は、吸い取られるだけ吸い取られてお役ご免となった。だが大杉には本妻の堀保子がおり、他にも津田塾出身の才女・神近市子という存在がいた。野枝の行く手は前途多難であったのだ。物語は終始、野枝のありあまるバイタリティに驚かされる。それは、田舎娘の底知れぬしたたかさ、野生味だ。葉山の日蔭茶屋のくだりは、完全に神近市子の惨敗となったことを物語る。育ちが良く大らかで、金銭的な援助をし続けて来た良家の子女が、野枝の貪欲なほどの大杉への情愛の前に負けたのだ。と同時に、大杉の持論である自由恋愛主義なる思想が、音を立てて崩れたことも意味した。こうして野枝は、大杉の愛を独占することにはなったが、その反面、かなりの同志を敵に回すことにもなった。伊藤野枝は28歳という若さで凄惨な死を迎えるまで、7人もの子どもを産んでいる。太く短い生涯には違いないが、彼女のDNAは確実に後世に引き継がれているのだ。余談だが、無政府主義社会主義運動の先導者であった大杉栄との間に生まれた子どもらは、決して平穏な人生を送ったわけではない。エマと名付けられ、生後すぐに養女に出され、幸子と改名した子がいる。彼女は中国天津へ渡った後、帰国し、静岡英和女学院へ入学した。アナキスト大杉の子というだけで、受け入れ先のなかった中、キリスト教系の女学校であった静岡英和女学院だけは、幸子の入学を許可したのだ。罪なき遺児に、救いの手を差しのべた英和女学院に、敬意を表したい。『美は乱調にあり』は、伊藤野枝を崇めるものでも貶めるものでもない。リベラルに生きた女性の、壮絶な半生を振り返るものだ。現代を生きる女性には、必読の書と成り得るものかもしれない。『美は乱調にあり』瀬戸内晴美(寂聴)・著☆次回(読書案内No.44)は渡辺淳一の『君もコクリコわれもコクリコ』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る■No.31東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説■No.32辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説■No.33田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説■No.34沢木耕太郎/無名 最愛の父を看取るまでを淡々と語る■No.35浅田次郎/月のしずく エンターテインメント性バツグン! ドラマチックなラブ・ストーリー■No.36有吉佐和子/香華 花柳界に生きた母娘の愛憎劇■No.37田山花袋/蒲団 男の嫉妬、男の哀しさを赤裸々に描く■No.38連城三紀彦/恋文 嘆きとせつなさは、恋愛小説の醍醐味■No.39重松清/エイジ もしもクラスメイトが通り魔だったら・・・?■No.40大崎善生/パイロットフィッシュ おしゃれで、どこか老成した主人公「僕」の語り口調■No.41小川糸/食堂かたつむり 癒しを求めて何となく手に取る小説■No.42中島敦/山月記 声に出して読みたい小説
2013.02.16
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【中島敦/山月記】◆声に出して読みたい小説声に出して読みたい小説を一冊あげろと言われたら、迷わず『山月記』をあげるだろう。 この作品は文体が漢語調で、男性的な気高さに溢れている。朗々として読み進めたら、あまりの格調高さに自ら酔い痴れること間違いなしだ。著者の中島敦は早逝だったこともあり、作品数も少なく、ほとんどが短編小説ばかりだ。だが、中国の古典をモデルにした作品が多く、その芸術性の高さから言っても、もしも長命でもっともっと優れた作品を残していたら、あるいは芥川と互角の天才作家として君臨していたかもしれない。中島敦の作品に『弟子』という短編がある。これは孔子と、その弟子である子路を扱った史実だ。硬い小説だが、これがまた泣ける。もともと乱暴者で手のつけられないヤンキー少年が、夜回り先生の博愛に触れて、その門下に下るような感じ(?)だ。この師弟関係はとてもスペシャルなもので、それはもう尊い結び付きを垣間見ることができるのだ。さて『山月記』。これは私が高校時代の現代文の教科書に掲載されていたと記憶している。当時、先生はこの作品をよっぽど気に入っていたと見えて、目をつむって朗読した時にはあまりの陶酔ぶりに驚いてしまった。だがその気持ちも今なら分かる。それほどまでに格調高く、一定のリズムに乗せて読みあげるには、比類なきテキストだったのだ。内容はこうだ。昔、リチョウという優秀な男がいたが、プライドがやたら高く、田舎役人なんかやっていられないと公務員の仕事を辞めてしまった。その後は、人との交友を絶って、得意とする執筆業に耽ったのだが、その努力も虚しく誰にも認められることがない。そのうち焦燥感やら孤独感に苛まれ、貧乏のどん底を味わうこととなり、気違いになって蒸発してしまった。一方、リチョウと唯一仲良くしていたエンサンという役人が、出張で山一つ越えることになったのだが、その山に人喰い虎が出没するという噂があった。だがエンサンは仕事でもあり、また連れも大勢なので強行することにしたのだが、やはり噂は本当で、あわや人喰い虎と遭遇するはめになった。しかし虎はエンサンを一目見るやいなやすぐに草むらに隠れてしまう。よくよくエンサンが話しかけてみると、その人喰い虎こそ旧友のリチョウだったのだ。 この『山月記』も切ない話だ。自分の才能を信じ、役人の仕事を辞め、妻子を捨てて努力したにもかかわらず、それが報われない。どうしようもない我が身を嘆いた話である。これは、作家・中島敦自身を投影させた作品であり、究極の不安と無念を表現したものだ。自我の滅び行く瞬間と同時に、ただ単に息をするだけの動物(獣)に成り下がることへの絶望。この悲哀に、胸が押し潰されそうになる。現代文学の名作中の名作である。声に出して読む朗読をおすすめしたい。『山月記』中島敦・著☆次回(読書案内No.43)は瀬戸内晴美(寂聴)の『美は乱調にあり』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る■No.31東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説■No.32辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説■No.33田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説■No.34沢木耕太郎/無名 最愛の父を看取るまでを淡々と語る■No.35浅田次郎/月のしずく エンターテインメント性バツグン! ドラマチックなラブ・ストーリー■No.36有吉佐和子/香華 花柳界に生きた母娘の愛憎劇■No.37田山花袋/蒲団 男の嫉妬、男の哀しさを赤裸々に描く■No.38連城三紀彦/恋文 嘆きとせつなさは、恋愛小説の醍醐味■No.39重松清/エイジ もしもクラスメイトが通り魔だったら・・・?■No.40大崎善生/パイロットフィッシュ おしゃれで、どこか老成した主人公「僕」の語り口調■No.41小川糸/食堂かたつむり 癒しを求めて何となく手に取る小説◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。◆番外篇.4菜の花忌に司馬遼太郎を偲ぶ 日本史は世界でも第一級の歴史。
2013.02.13
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【小川糸/食堂かたつむり】◆癒しを求めて何となく手に取る小説現代人は皆疲れていると、つくづく感じる。それは肉体的にも精神的にもだ。たとえばロフトに出向けば、ツボ押し・マッサージ器具が目白押しだし、アロマコーナーには所狭しと女子たちがウロウロしている。波の音や、鳥のさえずりなどのCDまで置いてある。アルファー波が出て安らぐそうな。人よりちょっとだけ本を読むのが好きだという方なら、同じ癒しグッズを選ぶにしても、癒されそうな一冊を手に取るに違いない。そう、それが『食堂かたつむり』だ。カテゴリとしては、青春小説とも恋愛小説とも異なり、ファンタジー系だろう。なのに妖精やお化けの類は登場しないので、断定は出来ない。新たに平成癒し小説というジャンルを設けたらどうか?きっと書評家の記事には、「透明感に溢れた繊細な文体」とか紹介されそうだ。『食堂かたつむり』の物語はこうだ。主人公・倫子は、トルコ料理店でアルバイトをしている。恋人はインド人だが、ある日アパートに帰ってみると、部屋は家財道具からタンス貯金までもぬけの殻。全て身包み剥がされてしまったのだ。あまりのショックから倫子は失語症になってしまう。仕方がないので所持金をはたいて深夜バスで故郷に帰ることにした。故郷では母親がアムールというスナックを経営していたので、その傍らにある物置小屋を借りて、食堂を開くことにした。母親とは折り合いが悪く、ただで借金などさせてくれる間柄ではなかったため、母親の飼い豚・エルメスの世話係を引き受けることで、どうにか開店資金を貸し付けてもらうことに成功したのだ。こうして倫子は、トルコ料理店で培った調理の腕前を発揮し、一日一組限定のお客様をお迎えするという「食堂かたつむり」を開店するのだった。この小説は、母と娘の物語だ。同性ゆえになかなか素直になれなかったり、相手に自分と同じDNAを見て幻滅したり、微妙な距離間を感じさせる。だが最後の最後のところで、切っても切れない母娘の絆を見せつけてくれるのだ。さらに、私が感じ入ったのは、ペットとして飼っていた豚を、最終的に解体し、調理し、口にするくだりだ。目玉と蹄を残し、あとは全て調理してしまう。苦痛に泣き叫ぶ豚の頚動脈を、主人公の倫子がナイフで突き刺す。血しぶきが飛び、血がバケツ一杯に貯まって来る。血抜きをした後、頭と胴とに切り分け、腹を割いて中の内臓を傷つけないように取り出していく。途中のプロセスは、小説を読み進めてあれこれ思索していただきたい。きっと、こうすることが道理なのだと納得がいく。本当の料理人なら、生きものを手にかけるところから体験しなければ、本物の美食など生まれないのかもしれない。我々はこうして殺生を繰り返し、その肉を食んでいる。それが紛れもない事実なのだ。 この作品は読む人によって、注目する場面が様々だと思われる。だがそれでいい。癒しを求めて、人は必死で得体の知れない何かにすがりつくのだから。『食堂かたつむり』小川糸・著☆次回(読書案内No.42)は中島敦の『山月記』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る■No.31東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説■No.32辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説■No.33田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説■No.34沢木耕太郎/無名 最愛の父を看取るまでを淡々と語る■No.35浅田次郎/月のしずく エンターテインメント性バツグン! ドラマチックなラブ・ストーリー■No.36有吉佐和子/香華 花柳界に生きた母娘の愛憎劇■No.37田山花袋/蒲団 男の嫉妬、男の哀しさを赤裸々に描く■No.38連城三紀彦/恋文 嘆きとせつなさは、恋愛小説の醍醐味■No.39重松清/エイジ もしもクラスメイトが通り魔だったら・・・?■No.40大崎善生/パイロットフィッシュ おしゃれで、どこか老成した主人公「僕」の語り口調◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。
2013.02.09
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【大崎善生/パイロットフィッシュ】◆おしゃれで、どこか老成した主人公「僕」の語り口調物書きとしてのプロは、皆同じ心構えだとは思うが、この作者みたいに大衆を意識した作家というのは、ある意味スゴイと思う。作家が本当に書きたいドラマがこういうストーリーなのかというより、大衆が喜ぶのはこういう展開だろうと踏んでいるのが、そこかしこから窺えるからだ。この小説が上梓されたのは、すでに10年以上も前だが、特徴としてはとにかくおしゃれな雰囲気なのだ。バブル世代は特に、このなんとなくおしゃれに恋愛する小説が好きな人が多いのでは?そこに目をつけたライターが、次々とおしゃれな恋愛小説を発表していったのは言うまでもない。だが大衆も実は本物嗜好だから、ぽっと出のえせライターによるにわか恋愛小説では納得しない。その点、大崎善生はもともとノンフィクション作品でデビューを飾っている。筆致技巧には定評もある。世間が放っておくはずがない。『パイロットフィッシュ』の主人公・山崎は、現在41歳だが、茫洋とした大学時代を回想するシーンがある。いつも疎外感を感じていて、仲間とは上手く馴染めなかったというキャラクターだ。ふむ。そんな山崎と、しっかり者の彼女・由希子との組み合わせ。話はこうだ。山崎は、19~22歳までの3年間、由希子と交際していたが、なりゆきで由希子の友人と関係ができてしまい、別れ、その後19年ぶりに再会する。しかしその時はすでに由希子は結婚して子どももいて、山崎も19歳年下の七海という彼女がいた。決して失われた19年間を取り戻すことはできないし、お互い、全てを捨ててやり直すこともできない。でもだからこそ、その思いが尊いものとなり、人と人との出会いがかけがえのないものとなる。物語は、おしゃれな言葉に彩られ、ドラマチックな光景を生み出し、切なさとともに人生の一歩を踏み出していく。アダルト雑誌の編集部に勤める主人公に、世話好きのバーのマスター、人生にたった一冊『人間失格』しか読んだことのない編集部の同僚など、個性豊かなキャラクター設定も見事なものだ。会話も、それはもうエロティシズムに溢れ、男女の微妙な肉の悦びを表現し得ている。何もかもが読者のツボを押さえた構成となっていて、読みづらさなど微塵も感じられない。だがなぜだろう。読後は不思議なデ・ジャ・ヴに襲われる。「あれ? この雰囲気、どこかで感じたことがあるなぁ」おしゃれな会話、おしゃれな食事、おしゃれな音楽。そしてどこか老成した主人公「僕」の語り口調。そう、あの作家(ノーベル文学賞候補と騒がれた人物)のかもし出す雰囲気に似ている、ような気がする。しかし安心していただきたいのは、大崎善生の小説はあくまで読者視点に立っているので、分かりやすく楽しませてくれる作品に仕上げられている。恋愛をドラマチックに堪能したい人々におすすめだ。『パイロットフィッシュ』大崎善生・著☆次回(読書案内No.41)は小川糸の『食堂かたつむり』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る■No.31東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説■No.32辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説■No.33田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説■No.34沢木耕太郎/無名 最愛の父を看取るまでを淡々と語る■No.35浅田次郎/月のしずく エンターテインメント性バツグン! ドラマチックなラブ・ストーリー■No.36有吉佐和子/香華 花柳界に生きた母娘の愛憎劇■No.37田山花袋/蒲団 男の嫉妬、男の哀しさを赤裸々に描く■No.38連城三紀彦/恋文 嘆きとせつなさは、恋愛小説の醍醐味■No.39重松清/エイジ もしもクラスメイトが通り魔だったら・・・?◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。
2013.02.06
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【重松清/エイジ】◆もしもクラスメイトが通り魔だったら・・・?中学生の子を持つ親なら誰もが通る道。それは思春期の子とどう向き合うかという問題だろう。無論、自分だってその道を通って今に至るはずで、その頃の自分を思い出しながら子どもと付き合っていけば良いではないか、と部外者からは思われる。だがそうは上手く物事は運ばない。たとえ親子といえども違う人格を持つ相手に、自分の思うようには当てはめることが出来ないからだ。これまで重松清の作品は、様々なところで目にして来た。新聞のコラム欄や雑誌のエッセイ、さらには教科書から学習教材までと、それはもう誰もが何かしら目にしているのではなかろうか。そのせいもあって、あえて重松清の小説を買って読むこともなかった。ところが最近、職場の同僚から強く勧められて『エイジ』を一読する機会を得た。同僚が言うには、今どきの中学生を知るにはこの小説が一番手っ取り早いとのこと。もうじき50歳に手が届こうとする同僚の息子さんは3月で大学を卒業予定だが、中学校時代には様々な出来事があったらしい。人並みに息子の反抗期と向き合ったたくましさは、職場でも健在で、今となっては良い思いでになっているようだ。『エイジ』のストーリーはこうだ。主人公のエイジは中学2年生。バスケ部のレギュラーとして頑張っていたのだが、膝を悪くして休部状態。張り合いを失くして帰宅部生活を送る中、エイジの学区である桜ヶ丘ニュータウン近辺で通り魔事件が起きる。それは一度や二度では済まずに度重なって、ニュースや新聞などでも報道されるようになった。その後、捕まった犯人は、なんとエイジと同じクラスの生徒だったのだ。一方、バスケ部ではエイジの親友である岡野がキャプテンとなり、チームを引っ張っていたのだが、どうやら部員たち皆からシカトされているようだった。そこには深い意味もなく、単なる「ノリ」で一人の生徒を集団で「消して」いくイジメが存在したのだ。個人的な感想としては、確かに今どきの中学生を上手に描いていると思う。校門の傍で待ち伏せしている報道陣から声をかけられる(インタビューを受ける)のを喜ぶ生徒がいたり、通り魔の被害に遭った人たちのことを他人事として、特に気にも留めない現状も、なんとなく想像がつく。ただもっと掘り下げて欲しかったのは、イジメにあう生徒の心の痛み、嘆きだ。逆に、イジメをする側の「ノリ」とか面白半分な態度は、まるで見て来たように描かれている。一方、後半にいくにつれて、エイジが少しずつ心の変化を遂げ、休部していたバスケ部に戻ろうと決意する。また、通り魔事件を起こした生徒が、謹慎処分後に登校するくだりも含めて、ちょっとしたピークとなっている。このような盛り上がりが作品に色を与え、鮮やかな輪郭を伴い、青春小説として成功したのであろう。この小説は、山本周五郎賞を受賞している。万人向けを意識したのか、明るくライトで、青春につきまとう暗い影のようなものは感じられない。現代を代表する青春小説だ。『エイジ』重松清・著☆次回(読書案内No.40)は大崎善生の『パイロットフィッシュ』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る■No.31東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説■No.32辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説■No.33田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説■No.34沢木耕太郎/無名 最愛の父を看取るまでを淡々と語る■No.35浅田次郎/月のしずく エンターテインメント性バツグン! ドラマチックなラブ・ストーリー■No.36有吉佐和子/香華 花柳界に生きた母娘の愛憎劇■No.37田山花袋/蒲団 男の嫉妬、男の哀しさを赤裸々に描く■No.38連城三紀彦/恋文 嘆きとせつなさは、恋愛小説の醍醐味◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。
2013.02.02
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【連城三紀彦/恋文】◆嘆きとせつなさは、恋愛小説の醍醐味この小説を初めて読んだのは、すでに20年以上も前なので、今はどういう形で売られているのだろうか?ちなみに私が持っているのは、表題作を含めた短編が5編収められているものだ。そしてこの短編集で直木賞を受賞している。著者である連城三紀彦は、世間がバブルで沸いている時、その余りな華やかさ賑やかさとは対極のところで静かな恋愛小説を書いていたのだ。現代の若者にも通じる草食系男子の滲むような優しさ、顔は笑っていても心で泣く強がりな女子。その組み合わせは今の世の中にも充分受け入れられるドラマだと思う。いつのころからだろうか。頼りないぐらいの男子の方が、意外に女子の母性を刺激するのだという迷信が現実のものとなったのは?連城三紀彦は、すでにこの男女の構図を20年以上も前に表現し得ていたのだ。こうして完成したのが『恋文』である。『恋文』は、どこまでも人の良い夫を、しっかり者の妻がどこまでも支えていく人情話(?)だ。20歳になるかならないかぐらいの時に読んだ私は、正直言って、無責任な優しさを振りかざす将一(主人公の夫)に、たまらなく違和感を覚えた。だが40歳を過ぎた今読み直してみると、こういう男もいなければ、世の中おもしろくないだろうという不思議な気持ちに変化した。ストーリーはこうだ。出版社に勤めている郷子の夫は、学校の先生をしている。結婚して10年が経ち、二人には小学生の息子もいるが、急に夫の方から別れて欲しいと言われる。よくよく理由を聞いてみると、将一が郷子と結婚する前に一年ほど交際していた女と、よりが戻ってしまったようだ。ところがその女・江津子は白血病で、余命幾ばくもなく、将一だけを頼りにしているような、身寄りのない女だったのだ。じっとしていられなくなった郷子は、ウソか本当かを突き止めるためにも、入院中の病院まで押しかけて行く。その際、夫から「僕の従姉ということにしてくれないか」と頼まれ、人の良い郷子は妻ということを伏せ、面会するのだった。内容はとてもドラマチックでありながら、華美でなく、むしろ淡々としている。それはもうしっとりと、滲むような優しさに包まれている。もちろんそこにはせつなさも伴う。誰もが願うようなハッピー・エンドばかりなら、恋愛小説は単なる三文小説の域を出ないものになってしまう。本当の恋には、「嘆き」とか「せつなさ」が必要なのではなかろうか?優しさを貫いて誰かを傷つけてしまう男がいて、人知れず涙を流す女がいる。こういう人情話は連城三紀彦の十八番ではなかろうか?この著者の作品は、どれも男女の心のヒダを描くのが上手い。その繊細さに、胸がいっぱいになるのだ。『恋文』連城三紀彦・著☆次回(読書案内No.39)は重松清の『エイジ』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る■No.31東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説■No.32辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説■No.33田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説■No.34沢木耕太郎/無名 最愛の父を看取るまでを淡々と語る■No.35浅田次郎/月のしずく エンターテインメント性バツグン! ドラマチックなラブ・ストーリー■No.36有吉佐和子/香華 花柳界に生きた母娘の愛憎劇■No.37田山花袋/蒲団 男の嫉妬、男の哀しさを赤裸々に描く◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。
2013.01.30
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【田山花袋/蒲団】◆男の嫉妬、男の哀しさを赤裸々に描く忘れもしない、私が高校2年のころ。現代文を教えてくれた先生が大絶賛したのが、この『蒲団』だった。先生が言うには、「男というものはプライドで生きてるようなものなので、自分の恥になるようなことは決して口外しないし、無論、悟られまいと躍起になるのが普通だ。だが田山花袋はどうだ。小説という形を借りて、自らをさらけ出してしまったんだ。これは文学を語る上で、画期的なことなのだよ。『蒲団』は自然主義文学の代表格だ」と。もう20年以上も前のことなので、おおよその記憶でしかないけれど、とにかく田山花袋のことを褒めちぎっていたような気がする。私もその後、『蒲団』を読んでみたが、なんだか主人公・時雄の女々しさが際立っていて、それほど感銘を受けるものではなかった。だがいつの頃だろう。たぶん最近のことだが、たくさんの読書を積み重ねていくうちに、リアリティというものがいかに重要性を帯びるものかが分かった時、「そうか、これのことか!」と、目からウロコが落ちたのだ。『蒲団』はあまりにも赤裸々で、こちらがうろたえてしまうほどに核心をついていると言えよう。つまり、現実的で文学的繊細さに溢れているのだ。『蒲団』の内容はこうだ。竹中時雄という中年の作家がいて、その男には妻と3人の子どももいる。夫婦生活はマンネリ化していて、毎日がちっとも面白くない。そんな時、神戸女学院に通う女学生・芳子から時雄宛にファンレターが届く。芳子は、時雄の美文に惹かれて門下に入りたいとのこと。考えた末に、時雄は芳子を上京させ、自宅に下宿させることにする。ところが時雄の細君が面白くない。仕方がないので細君の姉(未亡人)のところで芳子を下宿させるようにする。するとまもなく、芳子に恋人ができる。その男は、同志社の学生で秀才。時雄は、明るく美しい芳子に秘かに想いを寄せていたから、尋常ではいられなかった。 一言で言ってしまうと、男の身勝手さが前面に押し出されている。だがそれだけに人間臭さとか、意気地のない人の弱さとか、未練がましさが圧倒的なリアリティで読者を魅了する。下手な恋愛小説につきものなのは、不確かな人格の神聖化と、言葉の美化、ありそうもないキャラクター設定だ。SFやファンタジーというカテゴリに支えられている物語ならともかく、かりそめにも文学という看板を背負った小説に求められるのは、やはり最終的にはリアリティであろう。田山花袋の表現する男の哀しさを描いた世界観は、プライドを超越した、作家の魂の叫びを聞かされたような気がしてならない。『蒲団』田山花袋・著☆次回(読書案内No.38)は連城三紀彦の『恋文』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る■No.31東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説■No.32辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説■No.33田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説■No.34沢木耕太郎/無名 最愛の父を看取るまでを淡々と語る■No.35浅田次郎/月のしずく エンターテインメント性バツグン! ドラマチックなラブ・ストーリー■No.36有吉佐和子/香華 花柳界に生きた母娘の愛憎劇◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。
2013.01.26
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【有吉佐和子/香華】◆花柳界に生きた母娘の愛憎劇子を持つたいていの母親は、母性によって子を慈しむ。腹を痛めて産んだ我が子は、しょせん他人である夫とは違い、ほとんど分身に近い存在だからだ。だがたまにその母性が欠如している母親がいる。それは母というより女だ。子育てを放棄し、我が身を着飾ることにどこまでも執着する。傍で我が子が泣いて乳を求めようとも、女は鏡に向かって化粧を施し、口紅を注す。ひとたび外に出れば、子持ちとは思えない美貌に世の男たちの目がくらむのだ。こういう女は、子に手をあげるわけでもないし、何か身体に危害を加えるわけでもない。面倒くさいのか愛情が足りないのか、とにかく育児を放棄してしまうのだ。だから昨今騒がれている幼児虐待というものとは、若干異なる。『香華』では、明治末の和歌山の旧家における“つな”“郁代”そして“朋子”の、母娘三代に渡る愛憎劇がくり広げられる。ストーリーはこうだ。主人公・朋子は、恋に奔放な母・郁代からは全く相手にされず、ほとんど祖母・つなと共に幼少期を過ごす。郁代は夫(朋子の父)と死に別れた後、すぐに大地主の息子から言い寄られ、朋子を実家に置いたまま再婚してしまう。郁代は、他を寄せ付けないほどの美貌に恵まれ、淫らなほどの色気を振り撒いていた。 そのせいで、郁代に思いを寄せる男は数知れず。郁代の母・つなは、郁代がわがままな娘なので、すぐに嫁ぎ先から逃げ帰って来るに違いないと高をくくっていたが、そこでもすぐに身ごもってしまい、朋子の異父妹が誕生することになる。つなは、娘・郁代のあまりに自分勝手な素行を嘆き、憎しみ、ついには発狂してしまう。 一方、郁代の方は、夫を連れて東京へと家出同然に嫁ぎ先を出てしまうのだった。この作品からは、親孝行とか親不孝という言葉が虚しく頭上を飛び交っているような錯覚に陥る。これほど親子の絆を呪わしく思わせるものはない。たとえ親子といえども、全くの別人格であることを主張し、読者を翻弄させる。時折、「昔は良かった」などと呟くお年寄りがいるが、その実、時代は変わろうとも人間のやることなどそう大して変わるものではない。子育てを放棄し、幾ばくかの金銭の代償として娘を娼妓にする親はいたし、自由を求めて子を捨てる女もいた。駆け落ちもあった。それは明治にも大正にもあったのだ。有吉佐和子の伝統主義に触れた時、我々は改めて女の生き様を顧みることになるだろう。 こういう骨のある作品は、本当に少なくなってしまった。ふわふわしたコイバナも結構だが、本格的な色恋をテーマにした有吉佐和子を超える女流作家なんて、果たして平成にいるのだろうか?戦前の家制度を知りたい人は、これを読めば何となく掴められるはず。『香華』有吉佐和子・著☆次回(読書案内No.37)は田山花袋の『蒲団』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る■No.31東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説■No.32辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説■No.33田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説■No.34沢木耕太郎/無名 最愛の父を看取るまでを淡々と語る■No.35浅田次郎/月のしずく エンターテインメント性バツグン! ドラマチックなラブ・ストーリー◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。
2013.01.23
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【浅田次郎/月のしずく】◆エンターテインメント性バツグン! ドラマチックなラブ・ストーリー浅田次郎の作品はどれもしっとりしていて、大地が潤うように瑞々しい。エンターテインメント性に優れ、読者の期待を裏切るような浅はかな結末にしないのも非常に嬉しい。おそらく、終始一貫、計算し尽されており、大衆に受け入れられるテクニックを持っているに違いない。『月のしずく』は、表題作の他に6編の短編小説が収められていて、どれもドラマチックで読み易い。それは言い換えるなら、非現実的で巧みな作り話の世界でもある。正に、小説が小説としての役割を全うした、プロの仕事だ。表題作『月のしずく』のストーリーはこうだ。43歳の佐藤辰夫は、中学を出てからずっとコンビナートの荷役として働いている。稼ぎはだいたい酒代に消える。妻子はいないから自由気ままな一人暮らしだ。とはいえ、寂しさから独り言が増え、想いはいつも「かみさんが欲しい」。辰夫はいつも純愛を信じている。だから、突然現れた美女が、辰夫と一つ屋根の下に寝泊りしようとも、淫らなことはせず、秘かに恋心を寄せるのみ。だが女は身ごもっていて、堕ろしたいがために辰夫を体良く利用しようとする。そんな女の目ろみを知ってか知らずか、辰夫は子どもを産んでくれと言う。辰夫は、その女とささやかな家庭を築きたかったのだ。女性は本能的に、男というものがいかに容姿やスタイルを気にする動物であるかを知っているがゆえに、着飾ったり化粧したり、少しでも見栄えを良くする。でもそういう行為は、なかなかどうして、女性にとっては手間なのだ。(無論、外見にこだわることを生きがいにしている方もいるが)だから、この小説に登場する辰夫のような人物は、女性にしてみれば、正に理想だ。「ブスでもデブでも何でもいいよ。やらしてくんなくたっていいさ。どんなのだって、かみさんになってくれりゃ、大事にするんだがなぁ」という一言を待っている女性は、多いはず。現代は女性も殺伐としたビジネス社会に進出する時代だ。そんな中、男性には純粋な愛情を注いで欲しいと願う女性が圧倒的なのでは? 誰もが安らぎを欲して止まないこのご時世、浅田次郎の作り上げたキャラクターは、王子様というよりキリストだ。わがままで自分勝手な女をも愛し、またその女の腹に宿る子(たとえそれがよその男の種で)さえ慈しむ。なんという慈悲深さ。この小説は、年齢性別問わず、癒しを求める全ての方々におすすめしたい。ひと時の平安が与えられること間違いなしだ。余談だが、作家には“次郎”と名のつく売れっ子が多いのでは? 赤川次郎、大仏次郎、新田次郎・・・浅田次郎。みんな凄い。そうそう、浅田次郎の画像を見ても思ったのだが、こういう人相の方、知り合いにいそうなタイプでは? 私は少なくとも3人は知っている。皆、親切で優しい方々ばかりだ。こういうタイプに悪い人はいない(笑)『月のしずく』浅田次郎・著浅田次郎原作の映画、『鉄道員(ぽっぽや)』はコチラ『壬生義士伝』はコチラまで♪☆次回(読書案内No.36)は有吉佐和子の『香華』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る■No.31東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説■No.32辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説■No.33田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説■No.34沢木耕太郎/無名 最愛の父を看取るまでを淡々と語る◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。
2013.01.19
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【沢木耕太郎/無名】◆最愛の父を看取るまでを淡々と語る自分も含めてのことだが、人というのは身近なところで大切な人を亡くしたりすると、その人との思い出とか記憶をたどってみたくなるものらしい。その証拠に、様々な無名の方々が更新するブログには、亡き母、亡き父、亡き祖母、亡き祖父との思い出などが切々と綴られていたりする。他人からしてみれば、誰かも知らない人の親族との思い出日記を読まされたところで、「ふーん」という感想ぐらいがせいぜいで、一般的には好まれない部類かもしれない。中には似たような境遇の持ち主の方がいて、同情を寄せてくれたりするかもしれないが、それもごく一部だろう。また、文章力があっておもしろいエピソードなんかが添えられていたりすると、意外に支持されるかもしれないが、それでも素人エッセイの域を出ない。ところが書き手が著名人で、しかもその親を看取ったうんぬんの体験談ともなれば、がぜん興味が湧く。『無名』は、ノンフィクション作家として定評のある沢木耕太郎が、自身の父親を看取るまでの体験談となっている。そして、最後の四分の一ぐらいはさり気なく俳句のすばらしさを語っている。一般大衆の心理としては、立派な父親の武勇伝などを聞きたがるのは皆無に等しく、ほとんどが無頼で放蕩の限りを尽くした、出来損ないの父親(母親)の最後であり、いわゆる苦労話とかゴシップを知りたがる傾向にある。だが沢木の父はそんな部類には入らず至って真面目で、「背筋を伸ばし、机に向かって正座をして本を読んでいる」というイメージそのものなのだ。とにかく何でも知っていて、それはつまり単なる物知りとは異なり、純粋に知的なことに限り、子ども時代の沢木が聞いて答えられないことはないほどの知識人だったらしい。もうこの辺りからして、やっぱり作家を生み出す親は違うものだと感心してしまうわけだ。とはいえ、沢木の父親というのは長きに渡り妻(沢木の母親)の頑張りによって、どうにか生活の糧を得ていたようだ。やっとありついた溶接の仕事では、さほどの儲けはなく、「父は生涯自分の家を持ったことがなかった」というのもムリはない。沢木の二人の姉は頭脳明晰にもかかわらず、家計を考えた末に進学はあきらめ、末っ子で長男の耕太郎のみが横浜国大への進学が許されたようだ。つまり、沢木の父親は「本を読み、音楽を聴き、散歩をする」インテリではあるが、馬車馬のように働く人ではなかったのだ。とにかくそんな父親のありのままの姿を、淡々と、克明に書き記すところなど、さすがはノンフィクション作家だと認めないわけにはいかない。『無名』の最後、四分の一は、その父親が五十八歳の時から始めたという俳句についての記述だが、沢木の並々ならぬ熱意は凄い。なんとしてでも父の残した俳句を整理し、句集を作り上げるのだという意気込みたるや、もう父子という関係を超越しているのでは?とさえ感じられる。この辺りになると、完全に沢木自身の日記に近付いた内容になってしまい、読み応えは感じられない。私個人としては、沢木の、父親に少なからず感じていた親子の確執(あるいは距離間)みたいなものを、もっと掘り下げて欲しかったような気がする。亡くなった人を美化するのは簡単だが、そこから生じる様々な人間ドラマを欲している読者の気持ちも、もう少し汲み取ってもらいたかった。沢木耕太郎の著書は初めての方なら、『テロルの決算』から読むと良い。処女小説に『血の味』があるが、それよりは『無名』を読んで沢木父子の不思議な親子関係(当たり前のようでいて、微妙な距離間のある関係)を覗くのもおもしろいだろう。『無名』沢木耕太郎・著☆次回(読書案内No.35)は浅田次郎の『月のしずく』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る■No.31東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説■No.32辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説■No.33田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。
2013.01.16
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【田口ランディ/コンセント】◆引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説私にはものすごい蔵書家の友人が二人ほどいて、ありがたいことに、おもしろそうな本を見繕ってせっせと貸してくれる。一人は小説に限らず、流行の最先端をいくマンガはもとより、テレビ東京で深夜に放送した『ウルトラQ』の録画ビデオまで、私の変わった嗜好を存分に満たしてくれる良質なものばかりをだ。もう一人もスゴイ。貸してくれる本という本の最終ページに蔵書印がちゃっかり押印されていて、一体どちらの資産家のお方だったかとびっくりしてしまう。しかも、ほとんどの本がハードカバーで、帯まで付いて、染み一つなく、まるで昨日買って来たばかりのような状態ではないか。まかり間違って私がお煎餅を持った指でページをめくろうものなら、おそらく訴訟問題になりかねないような按配だ。(←これはいくらか大げさかも)さて『コンセント』。この小説は、後者の方からお借りした。作品が発表された2000年には、各新聞、雑誌の書評欄などでずいぶん取り上げられていた。田口ランディという名前はそれまで訊いたことがなかったが、イヤでも気になる存在となった。もともと田口ランディという人物は、ネット上で自身のコラムをメルマガとして幾多の人々に配信して来た、新しいタイプのライターである。その彼女が、引きこもりの兄をモデルにして書いたらしいのだ。(実際の兄も、すでに亡くなっている)話はこうだ。主人公ユキの、十歳年上の兄が亡くなった。引きこもりで一人暮らしをしていた兄が、アパートの自室で死んでいるのが発見されたのだ。それはもう腐敗が酷く、「おびただしい量のどす黒い血液が、台所のPタイルの上にゼリーのように凝結していた。その、血のゼリーの中を蛆がぴたぴたと這っていた」という状態だった。そのころから、ユキの精神の均衡が崩れてゆく。ユキは、大学時代の心理学研究室の恩師であり、元恋人でもあった国貞にカウンセリングの依頼をする。そんなユキは、激しい性交の中に自分の存在価値を見い出し、さして好きでもないカメラマンの木村と、貪るような性交を繰り返し、一方で無意識のうちに、通りすがりの男と公園の公衆トイレで事に及ぶ。あるいは大学時代の同じ研究室にいた山岸ともラブホに行く。さらには国貞とも再びスイッチが入ったかのように、官能の渦に巻かれていく。正に、ユキの女性器はコンセントだった。とまぁ性を中心とした精神世界のお話のようだが、主人公の兄の幽霊などが出て来るあたりは、やはりオカルトかもしれない。死体清掃会社の社員とか、沖縄のユタを研究している友人とか、脇を固めるキャラクターもなかなかおもしろい。こういう作品は、どうも少女小説とかファンタジー小説の延長に思えるのだが、どうだろう?私の頭の中に、さる漫画家の描く映像が浮かぶのだが、アニメ化しても良いほどの鮮やかな心象描写が印象に残る。『月刊コミック電撃大王』などが連載したらどうだろうか? きっと支持されると思うのだが。『コンセント』田口ランディ・著☆次回(読書案内No.34)は沢木耕太郎の『無名』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る■No.31東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説■No.32辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。
2013.01.12
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【辻仁成/ピアニシモ】◆25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説ロック・ミュージシャンの辻仁成が、すばる文学賞を受賞したと知ったのは学生時代のこと。最初はほんの興味本位で読み始めた。半分は冷やかしだ。こういうものは片手間に出来ることじゃないのだと、批判めいた気持ちも持っていたかもしれない。ミュージシャンと作家を両立してやっていくつもりなのかと動向を見守っていたのだが、最近の辻仁成を見ると、どうやら作家一本に的を絞ったようだ。『ピアニシモ』は、2013年の現在再読してみると、1990年に初めて読んだ時とは全く違う感想を持つ、私にとっては珍しい作品だ。当時はまだケータイもパソコンも今ほど普及していないから、秘密の交信の場として花形だったのは、伝言ダイヤルというシステムだ。これはもうほとんどが売春などに関するメッセージばかりで、小さな社会問題となっていた。『ピアニシモ』では、十代の主人公トオルが、伝言ダイヤルで知り合ったサキとの電話のやりとりにすっかりハマってしまうというものだ。匿名性の強い分、単なる電話だけのやりとりだと割り切ってしまえば、あるいはゲーム感覚でそのバーチャルな世界を堪能することが出来たであろう。だが主人公のトオルは、そうではなかった。裕福な家庭に生まれ育ち、小遣いには事欠かないが、氷のように冷え切った親子関係に心の休まることはなく、学校でも凍るような視線を向けられ、友だちが誰一人としていない教室に針のむしろ状態だった。そんな中、トオルの孤独を癒すのはヒカルだけ。だがヒカルという存在は、トオルが自分の中で作り上げた、いわば幻でしかなく、実在しないものなのだ。以前読んだ時は、なんという孤独な小説なのだろう、行き場のない若者をさらに荒廃の闇へと追い討ちをかけるものなのだろうかと、ずいぶん暗い気持ちになった。青春とは、決してバラ色でないことぐらい知っていたはずだが、それでもこれほどまで狂信的な孤独を強要させる小説というものは、耐え難かった。ところがどういうことか、今読むと、全く違う感想だ。これはあくまで少年期における、度の過ぎた反抗期を描いたものなのでは?と思うわけだ。皆少なからず若い時には苛められたり、親子喧嘩したり、友人に騙されたり、それこそありとあらゆる苦い体験をするのだ。そういうものを文学という名を借りた青春小説にまとめると、このような作品に生まれ変わるのだろう。少年から大人に成長する時、誰もが自己否定と自己消失と自己憐憫に戸惑う。どんな形であっても、人は大人になってゆく。気づかなかったことも、気づき始め、やがては孤独にも慣れてゆく。人は一人で生まれ、一人で去ってゆくのだから。『ピアニシモ』は、大人になってから読んでも、さして衝撃は受けない。できれば25歳ぐらいまでのうちに読んでおく方が、“青春とは何ぞや”をリアルに実感できる作品と成り得るものだ。『ピアニシモ』辻仁成・著☆次回(読書案内No.33)は田口ランディの『コンセント』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る■No.31東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。
2013.01.09
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【東川篤哉/謎解きはディナーのあとで】◆エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説最近までこの本は書店の店頭に山積みされていた。それだけに私は気になって仕方のない小説だった。幸いなことに、学生時代の友人が貸してくれたので、年末を利用して読了した。まずはこの場をお借りして友人にお礼を申し上げたい。ありがとう。『謎解きはディナーのあとで』は、全国の書店から支持され、栄えある本屋大賞第1位を受賞している。テレビでもドラマ化され、ユーモア・ミステリーとして人気を博した。一体この小説の何が受けたのだろう?答えは意外に簡単かもしれない。とにかく読み易いのだ。徹頭徹尾マンガチックにまとめられていて、エンターテインメント性を重視している。だから、真面目に推理小説として向かうと肩透かしを食らう。だがこの世知辛い世の中、どれだけシリアス系の社会派サスペンスが受け入れられるだろうか? 若い人たちの本離れを阻止するためにも、このぐらいユーモア色に包まれていないと、ミステリー小説が生き残るには厳しいのだ。作品は六話から成る、一話ごとの完結型形式を取っていて、正にテレビ放映に持って来いのタイプだ。見出しもお洒落で、“殺人現場では靴をお脱ぎください”とか“殺しのワインはいかがでしょう”とか“綺麗な薔薇には殺意がございます”だの、なかなか練られた文言だと思った。たいていの推理小説というのは、怪しげな登場人物が何人か出て来て殺人事件が起こり、主人公であるベテラン刑事があれやこれやと捜査し、アリバイを崩して最終的に犯人を捕まえるというパターンだ。そしてそれは長編で、なかなか結末が見えない。(途中で犯人が誰なのか分かってしまうものもあるけれど)一方、『謎解きはディナーのあとで』は、殺人事件そのものにはあまりスポットを当てず、主人公であるお嬢様刑事・麗子(警察に勤務しているものの、実は大富豪の令嬢である)とその執事である影山が、ユニークな会話の後、事件の真相に迫っていくそのプロセスに重点を置いているのだ。とてもテレビ的で、汚らしさの欠片もなく、もちろん殺人に付きまとう暗く言いようのない不気味なものは、微塵も感じられない。正直な話、この作品においてリアリティは追求できそうもない。真面目な方なら「ありえない!」と言って、途中で読むのを辞めてしまうかもしれない。だが冷静に考えてみよう。これだけありとあらゆる手法で小説が大量生産される中、常に新しいものを求める現代人には、このぐらい型破りな推理小説の方が受けるに違いない。明るくポップな刑事と、ライトな事件は食い合わせが良く、消化不良に陥ることもない。後味スッキリ、のど越しの良い風味だ。蛇足ながら、社会派ミステリー等本格的な推理小説の好きな方は控えた方が無難。この軽さは読者を選ぶかもしれない。『謎解きはディナーのあとで』東川篤哉・著☆次回(読書案内No.32)は辻仁成の『ピアニシモ』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰■No.30南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。
2013.01.05
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【南木佳士/阿弥陀堂だより】◆信州の自然美に触れて生き返る学生時代の友人から、落ち込んでいる時の自分の励まし方を教わったことがある。これは、カラオケなどでうたうことが好きな人に限ることなのだろうが、とにかく暗い気持ちの時は、暗い歌をうたうのだとか。間違っても明るい歌を選んではいけない。気分が滅入っている時に“赤いスイートピー”(松田聖子)などうたってしまったら、よけいに落ち込む。そういう時は、“難破船”(中森明菜)を選曲するといい、と。なるほど、暗い歌をうたってどっぷり悲劇に浸ることで憂さ晴らしするのか。この手法は、読書にも対応できるような気がする。働く日々の中で、心が折れそうな時がある。擦り切れた神経が癒しを求める時がある。そんな時は、下手に自己啓発に関する本や精神世界を説く本など読まない方がいい。むしろ、神経を病んでいる作家の著書を楽しむ(?)方がいいだろう。その点、南木佳士はおすすめだ。この作家の本業は医師なのだが、生真面目すぎる性格が災いしてなのか、神経症を患っている。作品はどれも地味で素朴で、常に死が纏わりついている。代表作に『ダイヤモンドダスト』『阿弥陀堂だより』などがあり、『ダイヤモンドダスト』において芥川賞を受賞している。正に、現代における正統派の純文学作家なのだ。さて、『阿弥陀堂だより』について。舞台は信州の谷中村。風光明媚の山里は、短い夏と長い冬の厳しくも豊かな自然に恵まれている。そこへ、作家の上田孝夫は妻を伴い、帰って来た。妻は内科医で、村の診療所に勤めることになっていた。妻は医師でありながら神経症を患っていて、都会の大学病院での勤務には限界を感じたからだ。一方、村には古びた阿弥陀堂があり、そこに住むおうめ婆さんが上田夫妻を快く出迎えた。九十度に腰の曲がったおうめ婆さんは、96歳。わずかに番茶の味がするぬるま湯を夫妻にもてなし、自身はそれをビールを飲むように美味そうに飲む。これほどまずい茶を、これほど美味そうに飲むおうめ婆さんを、夫妻は半ば感動して眺めるのだった。作品は終始一貫、淡々とすすめられていく。静かで、のんびりとした時間の流れが、誰の心にも優しく語りかける。生き急ぐことはない、誠実に歩み続けることで必ずや救われるのだと。この小説を読了して感じたのは、白隠禅師の教えに通じているなと。「衆生本来仏なり 水と氷のごとくにて水をはなれて氷なく 衆生の外に仏なし衆生近きを知らずして 遠く求むるはかなさよたとえば水の中に居て 渇を叫ぶが如くなり」(訳:すべての衆生は生まれながらにして仏性をそなえている。氷のように固まったこだわりを溶かしてしまえば無我となり、その水のような融通無碍の自己の姿がそのまま仏なのだ。また、無我の境地は遠くにあるのではなく、自分自身のうちにあるのだから、探しに行くことはない。ほかを探すことは、水の中で喉が渇いたと叫ぶようなものだ。)つまり、白隠は自分を内観せよと言っているのだ。南木佳士も、外界に張り巡らしたアンテナを少し減らすことで、自分の内面を素直に受け入れることが出来たのかもしれない。疲労を蓄積し過ぎてしまった方、心の闇をこじらせない前に、『阿弥陀堂だより』の一読をおすすめしたい。『阿弥陀堂だより』南木佳士・著☆次回(読書案内No.31)は東川篤哉の『謎解きはディナーのあとで』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ■No.29樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。
2013.01.03
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【樋口一葉/にごりえ】◆明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰読書家を気取る方々の中にも、さすがに旧仮名遣いは苦手とされる方もおられることだろう。特に樋口一葉なんて、文章に丸がついていないし改行もない。何やら伝聞口調でつらつらと書かれているので、本音を言ってしまえば読みづらい。ありがたいことに最近では、読書離れを回避するためとか、少しでも古典に触れる機会を増やすためとかで判りやすい現代語訳が出ているので、樋口一葉の作品は本当に身近な存在となった。平成を生きていると、昭和という時代はなんだかものすごく遠い昔のような気さえして来る。だが『にごりえ』が舞台となっているのは明治なのだ。昔どころじゃない、大昔のコイバナだ。はっきり言って人情沙汰の話だから、現代なら『金曜日の妻たちへ』と『火曜サスペンス』を足して2で割ったようなドラマ、と言ってしまったら失礼になるだろうか?それはともかく、遊郭で働く娼妓、しかも看板娘のお話だ。樋口一葉は24歳で亡くなっているが、このような花柳界を舞台にした小説を書くところを見ると、知り合いか誰か、この世界の水に浸かっていた人物がいたのであろうか?明治のお話だなどと侮ってはいけない。風俗嬢に入れあげる殿方は現代にもいるはず。お店の女の子に好かれたいがため、借金までして貢ぐ方もおられるだろう。また、度重なるお店通いにシビレを切らした細君が、離婚話を持ちかける騒動だってあるに違いない。そんな俗っぽい世界観を、樋口一葉は明治女のセンスで書き綴った。それを優れた文学だと言ってしまうと、何やら昔の人が書いた小説はどれもすばらしいものになってしまうので、あまり大げさには言いたくはない。逆に、最近のケータイ小説に始まるライトノベルなど、平成生まれの女子が創作した作品だって、この先もしかしたら樋口一葉みたいな存在になるかもしれないのだから、十把一からげには評価できないのだ。ただ、『にごりえ』を読んでつくづく思うのは、作家というものは独自のリズムを持つものなのだということ。この言語にこだわったリズムを持ち合わせなければ、単なる誰かの“体験談”とか“手記”みたいなもので終わってしまう。樋口一葉の凄いところは、知ってか知らずか、このリズムを自然と生み出した点にあるかもしれない。24歳という若さで亡くなっているのが、実に惜しい才能ではある。『にごりえ』樋口一葉・著☆次回(読書案内No.30)は南木佳士の『阿弥陀堂だより』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし■No.28向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。
2012.12.29
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【向田邦子/阿修羅のごとく】◆いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ向田作品の特徴は、なんと言っても“ザ・オンナ”という点にあるだろう。女性の性質なんて、古今東西それほど大きく変化はない。向田の描く女性が昭和のオンナだからと言って、平成を生きる女性に当てはまらないわけがないのだから。『阿修羅のごとく』は、そのタイトルどおり、女性には阿修羅像のようにいくつもの側面を持ち合わせていることを、軽快なタッチで表現している。作中では、四人の姉妹が登場するのだが、たとえ姉妹でもそれぞれに性格が異なり、くっついたり離れたりしながら上手くバランスを取っている。おもしろいのは皆が皆、異性のことで悩み苦しみ抜いていることだ。誰一人として世相を嘆いたり、物価上昇に物申したり、あるいは人生の意味や意義を問うたりしていない。長女は不倫、次女は夫の浮気に悩み、三女は好きな男の前では素直になれず、四女はボクサーと結婚するものの夫が失明の危機にさらされる、という人間模様だ。さらにこの四姉妹の父親にも、年の離れた愛人がいる。母親は知ってか知らずか、黙って耐えている。この愛憎劇は、複雑なようで実は世間にはありがちな題材を物語にしていると言える。その分、作品が平坦にならないのは、それぞれが抱えている悩みを我が事として、あるいは女の業として全てを受け入れている点にスポットが当てられているからではなかろうか。無論、積もる愚痴や厭味を見っともなく言い争うシーンは、あちこちに出て来る。血を分けた姉妹と言えども、一たび衝突すれば、小憎たらしい存在ともなりうるわけだ。『阿修羅のごとく』で意外な展開だと思ったのは、四姉妹の母親が脳卒中であっけなく急逝してしまうところだ。さらに残された父親は、晴れて愛人と障りなく交際することになるかに思えたのだが、若い愛人は別の男との結婚に踏み切ってしまう。父親は、妻を亡くした後、娘たちのことで気を揉み、さらには自分のことでも張り合いを失くし、どこか虚ろな結末となっているのだ。私が向田作品をこよなく愛する所以は、そこらへんにある。つまり、全ては“因果応報”なのだと。誰かを傷つければ、必ず自分も傷つけられる。巡り巡って必ず自分のところにかえって来るというわけだ。また、人生とは儚い。そう易々とは、順風満帆にはいかない。楽あれば苦あり、苦あれば楽あり。それが人生、これが人生。この小説には、正統派のホームドラマが描かれている。ここに登場する男女の絶妙な機微に触れて、グッと来るのは、やっぱり三十代後半以上の女性限定になるかもしれない。(本当は若い人にもおすすめしたいのだが・・・)『阿修羅のごとく』向田邦子・著☆次回(読書案内No.29)は樋口一葉の『にごりえ』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3菊池寛、選挙に出る! 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。
2012.12.26
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【読書案内/番外篇.3】この頃ボクは文ちやんがお菓子なら頭から食べてしまひたい位可愛いい気がします。さてもこのスットンキョウなる一文や如何に?これが人生の最後には、「唯ぼんやりとした不安」に変わるのです。「ボク」とは芥川龍之介「文ちゃん」は塚本文(後の芥川夫人)、つまり掲文は文豪 芥川龍之介のラブレターなのです♪ボクは(笑)、上毛新聞のコラム 三山春秋で知りました。ちなみに、三山春秋は芥川の恋文から衆議院選挙結果に導いており、筆致もさることながらその発想力に感服しました!詩歌や古哲の言葉などを導線にして本題を展開する手法は、新聞各社の常套手段なのですが、それでも大芥川の恋文から先の選挙結果を論じるのには驚きました(汗)それにしても芥川のメロメロぶりが如実に表れており、後世の我々はこうやって微笑みながら話の種に出来るのですが、同じ笑いでも当の芥川は彼岸で苦虫をつぶしたような苦笑でしょうね。「いやはや面目ない・・」左手を軽くあごにつけ、恐縮しきる芥川を容易に想像できるのです。誠に難儀なことではありますが、それにしても、やがては「唯ぼんやりとした不安」そう書き残して自ら最期を迎える芥川を想うと、人というのはわからないものですねぇ。まさに物書きをして、事実は小説より奇なり、それを身をもって教えてくれたようなものです。ときに志ん生師の落語に『そんなこといったってハナ(最初)はこちらなんですから』というくだりがあるのですが、ぼんやりとした不安もハナは頭から食べてしまいたいからはじまるわけで、とどのつまりは恋文も遺書も出所は一緒、志ん生師又曰く『まぁ、そういうことですな』さて、転じて我が菊池寛先生(笑)先生はというと、それより先に病の床で芥川宛に遺書(のような走り書き!)をしたためました。殊勝なことよと思いますが、実際のところは病から復活(汗)し、ナント芥川の弔辞を読む顛末となりました(汗)菊池寛が「芥川龍之介君よ」と読み上げたまま、慟哭激しく二の句継ぐことしばしかなわず、は有名な話です。菊池寛の弔辞が、文章とともにそれほど劇的であったというわけですね。とはいえ文芸秘話には、弔辞の文章が短すぎて間が持てそうもなかったので演出した、とありました(笑)恋人は捨てきれるが、恋文はちよつと捨てきれぬものだ 高田保~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ
2012.12.24
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【宮尾登美子/櫂】◆妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべしこの小説は、言うまでもなく著者・宮尾登美子の自伝小説である。土佐で生まれ育った宮尾が、一見華やかな花柳界の裏側や、生き地獄のような貧民窟の様子を、ありのままに描いている。それはもう想像を絶する世界で、こういう特殊な環境にいた人でなければここまで詳細を語るのは難しいだろう。時代は大正から昭和戦前までのことだが、ここに登場する貧民窟は、何も高知のこの場所に限定してあったわけじゃないだろう。おそらく貧しい日本の各地に存在したに違いない。長い棟割長屋に住む子どもたちは皆、覇気がなく、虱だらけの頭でボサボサにし、猿股も腰巻も着けていないのに何の恥じらいもない。老婆は出入口の傍にある便壺に、他人の目も気にせず小水の音を立てる。よそ者が一歩間違えてその地域に迷い込んでしまったら、一面に漂う悪臭に一分と我慢できないところなのだ。一方、華やかな花柳界を牛耳る元締めは、抱えの娼妓が妊娠しても臨月まで客を取らせ、流産しても商売を休ませないという血も涙もない労働体系を取っている。それはもう生き地獄のような世界なのだ。人は皆、多かれ少なかれ苦悩を抱えて生きている。だが、現代を生きる我々は、憲法によって基本的人権の尊重が保障されている。なんとありがたいことか! 同じ人間、同じ日本人でありながら、わずかに生きる時代が違うことで、極貧に喘ぎ、人としての存在価値すら危ぶまれる境遇に身を落とさねばならなかったかもしれないのだ。今は本当に女性の立場が強くなった。以前は考えられなかった男性の領域にもどんどん進出し、女性には対等な職種も与えられるようになった。女性はその性差によって、生まれながらにして男性の下に置かれ、嫁いでは夫に仕え、老いては子(長男)に仕えた。三度の食事も温かいご飯にはありつけず、夫と夫の親、そして子どもらが済ませてから漸く冷や飯をかきこむのが日常だった。そんな性差を小説の内側から垣間見てしまうと、なんともやりきれない気持ちでいっぱいになる。『櫂』は、決してジェンダー論を問う小説ではない。ただ事実を淡々と、そしてドラマチックに追うものだ。そこに鮮やかに浮かび上がる高知の下町の光景や風物が、現代を生きる我々の胸に揺さぶりをかける。必死に生き抜く女たちの哀切極まりない嘆きが聞こえてくる。読後は、口先と暴力に頼む男たちの虚しい性に、改めて人の業を見たような気になる。大正~昭和戦前期を知る作品だ。『櫂』宮尾登美子・著☆次回(読書案内No.28)は向田邦子の『阿修羅のごとく』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ
2012.12.22
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【柳美里/水辺のゆりかご】◆包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?現代の作家で、しかも女性のそれでは、どれだけ我が身について赤裸々に語れるだろうか? 激動の昭和を生きた宮尾登美子や、萩原朔太郎の娘・葉子などの著した自叙伝は、言うまでもなく過酷で壮絶な自分史を披露した作品である。だが最近の作家は、おそらくそうした激しい生き様を披露するのは難しいのではなかろうか? 食べる物にも困って我が身を売り、わずかな賃金を得るとか、暴力亭主に全身を殴られ蹴られても、我慢して我が子を育て抜くとか、ばく大な借金を残して亡くなった親族の連帯保証人になっていたとか。なかなかそういう経験をする機会にも恵まれず、また、恵まれて(?)も当事者は文才がなかったりする。だからちまたで流行るのは、趣向を凝らした恋愛小説だったり、手の込んだトリックを披露する推理サスペンス小説だったりする。さて、『水辺のゆりかご』だが、これは著者の環境からして日本人にガツンと一撃を食らわすほどのインパクトがある。まず、柳美里は言わずと知れた在日韓国人であるということ。複雑な家庭環境にあり、学校でもいじめにあう。身の置き所のない、折れそうな心を引き摺りながら、四六時中、苦悩と葛藤に苛まれているのだ。自暴自棄になった女子高生の柳美里は、見ず知らずの男と車に乗り、事に及び、男から二千円をもらう。わずか二千円を、だ。柳美里の芥川賞受賞作でもある『家族シネマ』を読んでも分かることだが、物書きとして凄いと思うのは、何と言っても事実に基づいたリアリティを追求しているところだろう。これが単なる作り話だったら、読者には人生の絶望を訴えているとしか思えない狂信的な暗さだ。ところがそんな過酷で壮絶な幼年期~青年期を送っていた韓国人女性も、今や現代日本を代表する作家の一人として挙げられるのだから、才能というものはどこでどう開花するものなのか、全くの未知だ。ただ、これは私個人としての考えだが、やはり柳美里は容姿に恵まれたのが幸いしたと思う。どことなく影のある美しさ、目元の涼しさ、細身で頼りなげな肩は、男性の視線を釘付けにしないわけがない。無論、彼女の豊富な経験知と、刃物のような鋭さを持った媚びない思考は、女性にも支持される所以だ。結果、『水辺のゆりかご』は、自身の暴露本でありながら自伝小説として大変完成度の高い作品に仕上げられている。現代の女性作家に求められるのは、柳美里のような大胆かつ不敵な潔さを持った作風かもしれない。『水辺のゆりかご』柳美里・著☆次回(読書案内No.27)は宮尾登美子の『櫂』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ
2012.12.19
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【岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ】◆女郎が寝物語に話す、身の上話この作品はいわゆる怪談で、角川ホラー文庫に収められている。表題作である『ぼっけぇ、きょうてぇ』の他に、『密告箱』『あまぞわい』『依って件の如し』などの短編が全部で4作収録されている。著者の岩井志麻子本人が岡山県の出身のせいか、全編セリフは岡山弁で語られているのだが、ローカル色が濃く、よりいっそうおどろおどろしい。松本清張の書いた『闇に駆ける猟銃』にもあるように、地域差はあるが、昔の岡山県には陰惨な習俗や貧困による退廃的な環境を余儀なくされていた状況があった。そんな中、民話とも怪談ともつかぬ伝説が、人々の口から口へと伝わっていったのかもしれない。あるいは著者が、過去に起きた摩訶不思議な事件をもとに、このような背筋の凍りつく怪談を創作したのかもしれない。いずれにしても、フィクションとノンフィクションの狭間を漂う絶妙な筆力に、読者は思わず引き摺り込まれてしまうのだから怖い。さて、表題作の『ぼっけぇ、きょうてぇ』だが、この作品は女郎宿の女が、客と事に及んだ後、寝物語として自分の身の上話を訊かせるという語り手の手法を取っている。岡山県は津山の出身だという女郎は、貧乏人の子として生まれ、幼いころは飢えとの闘いだったと話す。母親は産婆を営んでいたが、それも間引き専業で、飢饉の年に孕んでしまった妊婦の腹から引きずり出す役目を生業としていたと。赤子を引きずり出す前に、まず妊婦には糞を出させる。その糞をひったタライの中に、引きずり出した子も投げ入れる。この女郎は幼いころ、そんな産婆である母の手伝いとして、妊婦が暴れないよう手足を押さえつける役目を果たしていたのだと話す。これほど残酷な行為に及ぶ前に、まず子を作らないように努めるべきだと現代人なら考えるだろう。だが、飢えて痩せこけた体でも、人は男女の情交を止められないのだ。これが人の業というものなのだ。当時、岡山県の北部は生産的にも不毛に近い山岳地帯で、その土地柄ゆえ非常に貧しかったようだ。そういう背景も踏まえて、この怪談を読むと、よりいっそう恐怖が増す。この作品のテーマは、ズバリ、人の業であろう。怪奇現象とか幽霊とか、あるいは悪魔などそれはもちろん怖いだろう。だが何よりも怖いのは、人間なのだと訴える。それこそが真理だからだ。『ぼっけぇ、きょうてぇ』は、日本ホラー小説大賞を受賞した正真正銘のホラー小説だが、その一方で、山本周五郎賞も受賞している。怪談とはいえ、現代の怪奇文学にまで到達した優れものなのだ。※「ぼっけぇ、きょうてぇ」とは、岡山地方の方言で、「とても、怖い」の意。【本作の断り書きによる】『ぼっけぇ、きょうてぇ』岩井志麻子・著☆次回(読書案内No.26)は柳美里の『水辺のゆりかご』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ
2012.12.15
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【宮本輝/流転の海 第一部】◆戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!井上靖の『しろばんば』が、作者本人の幼年期~少年期までを描いた自叙伝だとすると、こちらの『流転の海』は、宮本輝の父親を主人公にした物語だ。だから、ご本人はやっとハイハイが出来るようになったぐらいの赤子としての登場だ。肉親を描く時の作家の心情とはいかなるものなのか、ちょっと興味をそそられる。なにしろ一番身近な存在ほど主観的になりがちで、下手をしたら家族愛の小説(自慢話の寄せ集め)に成り下がってしまうからだ。だがそんな心配は不要だ。さすがは芥川賞作家の宮本だけあって、息子の立場から描き出している箇所はどこにも見受けられない。驚くほど客観性に富んだ作品なのだ。主人公の松坂熊吾という商人が、大阪を舞台に、敗戦の痛手からたくましく立ち直っていくプロセスを克明に描いているのだが、それがまた物凄い強烈な個性の持ち主であり、底知れぬパワーを感じさせるものだ。この熊吾は好色で、ずいぶん遊んでいるようなのだが、どうにも子宝に恵まれない。ところが4人目の妻・房江との間にやっと念願の子に恵まれる。その子が何を隠そう、宮本輝というわけだ。(作中では伸仁という名前)この時、熊吾は44歳、房江が30歳だった。愛媛県出身の熊吾が大阪に出て、それこそ血眼になって働く姿に、日本人のルーツを感じる。我武者羅に働く男の勇姿は、それこそを日本男子の美徳とする大和魂を覚えるからだ。戦前は自動車部品を中国に輸出する事業を手掛けていたこともあり、中国人とも格別の付き合いがあった。だが戦争によってその交際も絶たれ、会社のビルも空襲で焼け野原になってしまった。そんな逆境の中で、熊吾は酷く日本人を嫌う。「熊吾は日本人でありながら、日本人が嫌いだった。不思議な民族のような気がするのであった。姑息で貧弱で残虐だ。そして思想というものを持っていない。武士道だとか軍国主義などは思想ではない。哲学でもない」これはおそらく、宮本輝自身の呟きでもあるはずだ。父・熊吾の声を借りて、平然と「わしは、日本人が嫌いじゃ」と言い放つセリフに嘘は感じられない。だが作者が言いたいのは単なる自己否定などではなく、戦争体験者の生の声を正確に記録しておくべく、いかに戦争というものが残虐非道であるか、日本を占領したアメリカがどれほどの悪行をはたらいたかを、物語のあらゆる場面に散りばめているわけなのだ。そんな仕事人間の熊吾が、後半に差し掛かってくると、にわかに、一人息子を溺愛する父親として描かれている。病弱な息子がなんとか丈夫な体になって欲しいと、切に願い、思い切って会社のある大阪の一等地を売り払い、空気の良い愛媛の田舎に引き上げる決心をするくだりは、ホロリとする。父とはおそらく、こういうものなのだ。『流転の海』は、作家・宮本輝をこの世に生み出した両親について、しっかりとした輪郭と表情を持った人物像として鮮やかに浮かび上がらせている。単なる自叙伝ではない壮大なドラマに、夜の更けるのも忘れてページをめくってしまう。これほど深みのあるストーリーテラーは、宮本輝以外に存在しない。万人におすすめだ。『流転の海 第一部』宮本輝・著☆次回(読書案内No.25)は岩井志麻子の『ぼっけぇ、きょうてい』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ
2012.12.12
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【丸谷才一/鈍感な青年】』(文庫・樹影譚に収録)◆男女の営みは滑稽なもの丸谷才一の小説というのは、一貫して旧仮名遣いなので、慣れない者にとってはちょっと読みづらい。そのうち不思議と慣れて来るので、さほどの心配はいらないけれど。例えばこんな具合だ。「うん、ぢやあかういふのはどうだらう? 危険なことはないとぼくが約束する。それを君は信用する・・・」「さういふ約束つて、ぜんぜん信用できないんですつて」「それはまあ、さうだな」東大文学部卒の丸谷才一のことなので、作家としての信念なのか、あるいは何か理由があったに違いない。さて、『鈍感な青年』について。この作品は文春文庫から出ている『樹影譚』という文庫に収められている短編小説だ。表題作ではないが、3篇収められている短編の中で、とりわけ惹かれた一作である。何がそれほど興味をそそられたのかと言えば、やっぱり二十歳の生娘と二十四歳の童貞青年とのごくごく平凡な恋模様をつづっていることだろう。図書館で出会った若い二人が、自然ななりゆきでデートを楽しみ、やがて女が男のアパートについて行き、事に及ぶ。だがこの辺りがじれったい。なかなか上手くいかないのだ、アレが。女はもちろん、男だって初めての経験で、焦る焦る。女にとっても異物を体内に内包するのは勇気がいるし、男にとっても興味本位と欲望だけでは快楽にまでは及ばない。いろいろと段取り(?)が必要なのだから。その辺の経緯が、それは見事に(?)描写されている。ちまたに溢れる恋愛小説には書かれていない、本物の恋愛がこの作品には感じられる。男女の営みなんて、それほどオシャレなものではないし、むしろ滑稽であることの方が多いとさえ思う。そういうリアリティに富んだ恋模様を、丸谷才一は見事に確立している。『鈍感な青年』の作中には、主人公の男が、亡くなった親友のことを偲ぶシーンが出て来る。それは、亡き親友につれて来てもらった場所に、交際中の女性を伴って来たことに対する、ある種の感慨のようなものかもしれない。その辺りは読んでいると、しみじみとした気持ちにさせられる。様々な男女が織り成す人間模様なら、もっとドラマチックでしかも長編小説であった方がいいかもしれない。だが、平凡な一組の男女における、日常的にありがちな恋の側面を語るのだとしたら、この『鈍感な青年』は秀逸だ。また、わずかな時間で読み切れるのも有り難い。著者である丸谷才一氏は、誠に残念ながら、本年十月に鬼籍に入られた。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。『鈍感な青年』(樹影譚に収録)丸谷才一・著☆次回(読書案内No.24)は宮本輝の『流転の海(第一部)』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ
2012.12.08
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【川上弘美/神様】◆現代における女性版カフカ?!中公文庫から出ているこの作品は、表題作である『神様』を筆頭に、全部で9つの短編小説が収められている。著者・川上弘美の初期の作品だ。『神様』を読んだ時、私は恐れをなした。いよいよ女性版カフカが現れたかと。「ある朝、グレーゴル・ザムザが不安な夢から目を覚ましたところ、ベッドのなかで、自分が途方もない虫に変わっているのに気がついた」(池内紀・訳より)この有名な冒頭から始まるのは、言わずと知れたカフカの『変身』である。「くまにさそわれて散歩に出る。川原に行くのである。歩いて20分ほどのところにある川原である。春先に鴫を見るために、行ったことはあったが、暑い季節にこうして弁当まで持っていくのは初めてである」これが川上弘美の『神様』の冒頭だ。お茶の水女子大卒の才媛は、こんなシュールレアリズムの世界を書くのかと恐れ入った。日本はやっぱり女流作家が文学を支えているのだと、つくづく思った。平安朝に花開いた源氏物語だって、紫式部という宮中の才媛が完成させた、日本最古にして最高の文学なのだし。なにしろ“くま”と弁当を持ってハイキングに出かけるというのは、もはや児童文学だけの世界ではないのだ。それは正に、ある朝起きたら虫に変わっていたというSFみたいな世界観を、文学にまで高めるのに成功したカフカと同種族のものではなかろうか?内容は至って簡単。主人公の女性(たぶん)と同じアパートに、くまが引っ越して来た。律儀なくまで、あいさつ回りにも来た。そのくまと、近くの川原までハイキングに出かけた。くまは、川にざぶざぶと入って魚を捕り、用意して来たまな板とナイフで器用に干物を作る。帰ると、くまから「抱擁を交わして欲しい」と頼まれ、くまと抱擁する。このような短いストーリーから何が浮かび上がるだろう? くまというのは擬人化されたものであって、実際は人間なのか? いや、違う。くまはくまだ。くまのニオイをかぎながら、主人公は抱擁されるのだから。奇妙なことに、主人公がくまと普通にデートすることをこれっぽっちも不思議に思っていないし、恐れも抱いていない。著者は淡々と、くまと主人公のピュアなデートを語り、主人公が寝る前に日記など書くところまで描いている。作風はとても風変わりだけど、どういうわけかノスタルジーな雰囲気に包まれている。作品の捉え方は十人十色。それぞれが思うことを胸に刻めば良いだろう。なにはともあれ、文学入門として最適だ。『神様』川上弘美・著☆次回(読書案内No.23)は丸谷才一の『樹影譚』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ
2012.12.05
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『文芸家にも議席を与えよ読書階級の人は菊池寛氏を選べ』いよいよ本日、衆議院選の公示をむかえました!何かと騒々しい巷ですが、選挙戦も加わり師走も一層の活況を呈することでしょう。とはいえ、私はさほどに政治的な人間ではありませんから、選挙に熱を帯びることはありません(笑)かつてそういう層を称して「ノンポリ」と言ったのですが、それもすでに死語となりました(汗)ただ人を眺めて観察する事は大好きです♪だから選挙は少し離れたポジションから人を眺め、独り悦に入るのです(^^)あれやこれや論評を加え、そして人物評をメモしたり(笑)(これが結構楽しいのでだ・笑)さて、上記のアジテーション(これも死語か・汗)は、1928年の第1回普通選挙で菊池寛が社会民衆党から立候補した時の選挙ポスターに書かれた文言だそうです。先の毎日新聞の余禄で知りました。(こういうところは、毎日新聞の往時を感じます。)ナントも刺激的で扇情的ではありませんか!前半の文語と後半の命令調から格調と威厳を感じます。そして「読書階級」と訴求層を決めウチするあたりは、誠に合理的であり理にかなっていると思います。いわゆる、マスでないパーソナルな提案は、昨今にも通じる手法です(^o^)何より、どう見ても実質的な害がなさそうで、そこが実にいい(笑)はっきり申し上げまして・・・昨今の有象無象の政党に、菊池寛氏の爪の垢でも煎じて飲ませてあげたいですねぇ。このへんをして、芥川賞と直木賞が現代まで続く文壇の大登竜門となったわけなのでしょう。菊池寛、大知恵者なり!(かな?・笑)とはいえ、ご本人は選挙に出たといっても別段「憂国の徒」でも「革命の士」でもあるわけがなく、腹に俗一物があっての立候補であったようで(笑)、そこがナントも菊池寛センセイらしくてよろしい。とどのつまり菊池寛という御仁は、もちろん直接知りうるわけはありませんが、画像左の相がすべてを物語るようなお人であった、そういうことでしょうか。いわゆる「人のいいおじさん」なのかと(笑)ちなみに、選挙結果はと申しますと・・・善戦むなしくセンセイは落選されました、とさ。それにしても、応援弁士に名だたる文豪を引き連れての演説(かな?)は、さぞや魅力的であったことでしょう。菊池寛がほえると横光利一を筆頭に川端康成と小林秀雄が「そうだそうだ」を連呼する情景は、是非見てみたいものです(^o^)余談ですが、演説終了後に聴衆から虚を付く質問を突きつけられた大センセイ。別段慌てることなく、かく申したそうな。『われ、口きかん(クチキカン)!』アッパレ菊池寛(キクチカン)、なんてね♪~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
2012.12.04
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1000回達成!なんと本日、こちらのブログを更新した回数が1000回となりました!つまり、1000件目の記事というわけです。毎回コツコツと続けて来た甲斐がありました。“継続は力なり”と申しますが、どこでどのような力となっているものか、実感もなく、ただその数字に感慨のようなものを覚えるのみです。『ただ過ぎに過ぐるもの 帆かけたる舟 人の齢 春 夏 秋 冬』友人の亡くなられたお母上が、40年もの長い間、毎日欠くことなく日記を書き綴っていたという話を聞いた時、思わず感嘆の声を漏らしてしまいました。しかし、続けるという行為は、なかなかどうして難しいことだと思うのです。私自身、たかだかノート1ページの記事を書くことが面倒くさくて仕方がない時もありました。べつに忙しいわけでもなく、他にやりたいことがあるわけでもないのですが、「私は更新するために記事を書いているわけじゃない」という自分に対する言い訳に負けてしまうわけです。ですが、こうして1000回という更新回数を目にした時、やっとここまで来たかという妙な達成感とともに、続けていくことの意義とか意味を理解したような気になりました。これもひとえに、こちらのブログをご覧いただいている方々、そして楽天ブログという力強いサイトをお貸しいただいているおかげです。心より御礼申し上げます。今後とも吟遊映人のブログを、よろしくお願い申し上げます。 ※吟遊映人はココからはじまりました(^^)
2012.12.03
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【松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ】◆平成に新しい文学が登場この小説を友人から勧められた時、確かに私は「何か新しい小説を読んでみたいんだけど」と言ったはず。だがその要望を無視したように、内容的には昭和っぽい気がした。村上龍の『トパーズ』かなんかを模倣したのかしらとさえ思ったほど。・・・と、あれこれイチャモンをつけてしまった私は、何も知らないおバカさんだったことが、今ならばよく分かる。著者の松尾スズキという筆名はインパクトがあって良い。名字が二つ連なっているような、珍しい名前だ。もともとこの人物は劇団を立ち上げ、役者、兼脚本家、兼演出家として活躍していた。そんな松尾スズキのマルチな才能をろくに知りもしない私は、この作品も大して期待もせずに読んだのだ。短編でもない代わりに長編でもないことも幸いして、私は2度ほど読んだ。なるほど、新しいとはこういうことかと、やっと気が付いた。それはつまり、小説らしからぬ不思議な感覚の、語りの構造を持ち合わせているということだ。ストーリーそのものは、精神病院の閉鎖病棟が舞台になっていて、主人公はデパスか何かを過剰摂取したせいで薬物中毒になってしまうという設定だ。きっかけは恋人との酷い喧嘩なのだが、昭和の文学なら絶望と孤独に打ちひしがれた、哀切極まりない展開になるだろう。だが時代は変わった。平成の文学は、もっとドライでリズミカルでそして柔軟性に富むものだ。主人公・明日香は、同棲している男と大ゲンカをしたことが原因で、家に置いてあった薬を過剰に飲んでしまった。その薬というのも、明日香が元亭主との離婚にまつわる軽いうつ症状に悩まされている時、心療内科で処方された精神安定剤やら抗うつ剤などだった。その現場を発見した同棲相手は、急いで救急車を呼んだ。運ばれた先は本格的な精神病院で、危険度レベル3の、病室にはマイクが設置され、ナースセンターに全て状況が把握されるという徹底した施設だった。そこには様々なタイプの患者が入院していて、正常と異常との境界がつきにくい環境なのだった。この作品を読了してつくづく思ったのは、この先、純文学はますますその立場が微妙になって行くだろうということだ。正統派の純文学路線を突き進むことは、昭和の文学を模倣するか、あるいは素朴で単調化してしまう危険性を孕んでいるからだ。逆に斬新さを追求しすぎると、万人に受け入れられにくくなる恐れがある。他者との差別化を図った作品は独特だけれど、必ずしも皆が読みたくなるものかどうかは分からない。『クワイエットルームにようこそ』は正に平成の純文学で、しかも新しい。しいて言えば、変わった読書傾向のある人向きかもしれない。『クワイエットルームにようこそ』松尾スズキ・著☆次回(読書案内No.21)は川上弘美の『神様』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ
2012.12.01
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【車谷長吉(ちょうきつ)/赤目四十八瀧心中未遂】◆生への執着は、性への執着でもあるのかこの小説を読んだきっかけは、10年ぐらい前に友人が勧めてくれたことによる。当時、私もまだ若かったから、この狂信的な暗さに閉口してしまったが、今改めて読み直してみると、とてつもないリアリティに驚きを隠せず、つくづくその完成度の高さに舌を巻いてしまうのだ。無論、この作品で直木賞を受賞している。車谷長吉は私小説を書く作家として、内容的にも話題を呼んだが、最近は私小説家としての看板をすっかり下ろしてしまったようだ。残念。(ウィキペディア参照)車谷の作品を読むことでいつも感じるのは、生きるという行為は決して生半可なことではないということだ。慶応大卒の肩書きがありながらも、サラリーマン生活を辞めたあたりから徐々に傾き始めていく。自分自身に対する信頼を失いつつあった車谷は、半分ヤケっぱちになっていたのか、底辺へ底辺へと没入していく。浮浪者一歩手前のところでどうにか食いつないでいく状況は、ほとんど惰性で、自己実現からはほど遠い。せめて親元に身を寄せているならば食うことには困らないし、社会との接点を持たず、引きこもっていられるではないか。では一体何をどうしたいのか。サラリーマンを辞め、友人たちとの付き合いを断ち、親とも連絡を取らず、たった一人孤独の闇をさまよい、たどりついたのが尼崎だったのだ。主人公の生島は、汚い老朽木造アパートの一室で、焼き鳥用の臓物を切り刻み、串刺しにする仕事にありついた。世話をしてくれた女主人は、堅気の生島が一体どうしてこんな場末の吹き溜まりのようなところへ流れて来たのか不思議に思っている。その一方で、気安さから、自分が進駐軍相手の売春婦だったことを打ち明ける。生島は、この女主人のところへよく来る“アヤちゃん”と呼ばれる在日の女のことが気になって仕方がない。それはもう見ずにはいられない美貌の持ち主で、体じゅうから色気が漂っているのだった。内容は、主人公・生島が尼崎にたどりつき、“アヤちゃん”と出会い、この“アヤちゃん”という女がどういう女なのかもよく知らないうちに、その妖艶な美しさの虜となり、貪るように交わるまでを陰湿なまでに生々しく綴っている。将来に対してろくに夢や希望もない男が、死ぬことさえ叶わず、とりあえず生きているだけのその日暮らしの中に見出した一筋の光。それは、神や仏などではなく、惚れた女の肉体を得る悦びだった。この刹那的な交合に、どうしようもない孤独と絶望を感じてしまうのは、私だけであろうか?作中、著者が己の気持ちを赤裸々に語る。「私が私であることが不快であった。私を私たらしめているものへの憎悪、これはまるで他人との確執に似ていた」「私は私が私であることに堪えがたいものを感じた」とにかく自分自身がキライなのだろう、この著者は。10年前の私は、この小説に嫌悪さえ抱いていたが、今は全く平気だ。私は今の自分が好きだから、この主人公に対して半分同情さえ寄せられるほどの余裕もある。年月というものは、人を大人にしてくれるのだ(笑)上っ面な恋愛小説に拒絶反応を起こす、本格的な読書家の方におすすめしたい作品だ。 『赤目四十八瀧心中未遂』車谷長吉・著☆次回(読書案内No.21)は松尾スズキの『クワイエットルームにようこそ』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
2012.11.28
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【谷崎潤一郎/痴人の愛】◆この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士、大谷崎。友人がおもしろいことを言った。「谷崎の作品を好むのは、ある種の宗教だ」と。なるほど、さしあたり私などは谷崎教の信者だろう。谷崎潤一郎の小説は何冊か読んで、その中でも群を抜いているのが『細雪』だ。毎日出版賞も受賞している。長編であるにもかかわらず、何度も読み返してしまうほど、私にとってのお気に入りだ。だが谷崎の作品に限って言えば、『卍』『鍵』『瘋癲老人日記』のような、妖艶にして異常な性を描く世界観さえじっくり堪能することに、いささかの迷いもない。推理作家・江戸川乱歩も私と同様、谷崎教の信者(?)で、谷崎作品を愛読して止まなかったそうだ。売れっ子となった乱歩は、どうにかして谷崎との対談を実現させたいと骨を折り、やっとアポを取り付けたのであろう。そのへんの経緯が谷崎の書簡に残っているようだ。ところがこの対談は中止となる。お互いの健康上の都合によるものだが、乱歩が亡くなってまもなく谷崎も逝去している。今となっては残念で仕方がない。当時の売れっ子作家同士の顔合わせが叶わなかったのだから。さて、『痴人の愛』について。この小説に登場する毒婦・ナオミこそ、谷崎夫人の実妹・せい子をモデルにしたものだ。このせい子は、数え年15歳で谷崎と同衾している。西洋人とのハーフのような容姿に恵まれ、手足が白くてほっそりとし、大谷崎を魅了した。その代わり料理なんか作らないし、洗濯なんかもってのほか。家事一切は女中のする仕事として、ナオミ自身は谷崎に足を舐めさせたり、風呂場で自分の身体を隅々まで洗わせている。まるで谷崎を下僕のように扱っているからスゴイ女だ。終いにはナオミの鼻水まで谷崎が拭いてやっているし。ナオミが「あれが欲しい、これが欲しい」と言うに任せて、三越や白木屋(今の東急百貨店)などに連れて行き、買い物を存分にさせている。一体こんな女のどこがいいんだ?!と呆れ果てて、本を放り投げてしまう者もいるかもしれない。だがそんなことをしたら読者の負けである。逆に読んでいるうちに益々谷崎の異常なフェチに共鳴できたら勝ちというわけだ。一方この時期、谷崎夫人・千代は貞淑な妻でありながら、その生真面目さを夫から煙たがられ、邪険にされていた。酷い時は、谷崎がステッキで千代を殴りつけるなどして暴力に及んでいる。思い余った千代は、谷崎の親友・佐藤春夫に相談するのだ。こうして谷崎の身辺では、後世に残るドラマが生まれるのだ。谷崎潤一郎の小説は、どれもブルジョワ的でしみったれたところがない。倫理を重んじていないし、道徳的なことなどこれっぽっちも書かれていない。だから戦前、戦中は軍部の弾圧で、幾度となく苦汁をなめたに違いない。(新聞の連載小説の中断も、そこらへんの事情が大きい)あるいは一部の主義・主張にこだわるプロレタリア派から非難も受けた。だが大谷崎はそんなことをものともせず、我が道をゆく精神を貫いた。そんな谷崎潤一郎こそ、日本の誇る最高の文士であり、この人物の右に出る者は、今後現れることはないだろう。『痴人の愛』谷崎潤一郎・著☆次回(読書案内No.20)は車谷長吉の『赤目四十八瀧心中未遂』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
2012.11.24
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【織田作之助/夫婦善哉】◆大阪を舞台にした男と女の人情話この作品の著者である織田作之助のスゴイところは、作風が戦後の混沌とした世の中を生きる力強い庶民の姿を描いているように錯覚してしまうのだが、実は戦前に執筆したものだということだ。つまり、戦前の小説にありがちな主義・主張に囚われた、プロレタリア的なニオイが微塵も感じられず、至って健全な純文学なのだ。この理由は、文庫本の巻末の解説によって納得できる。「敗戦による、それまでの“聖戦”が“侵略戦争”と塗り替えられる時代の到来によって、戸惑わねばならない知識人が多かったなかで、作之助は、自分を変える必要が、いささかもなかったのだ」大阪人特有の商売気質と、底知れぬ生活力を表現するというのは、当時の文壇にあって、どんなスタンスだったのか? 革命とか変革を口にするインテリからは、黙殺されていたのではなかろうか?そんな中、作之助の『夫婦善哉』には、やたら金額の記述が目につく。“弁当自弁の月給二十五円”“朋輩へ二円、三円と小銭を貸す”“月謝五円で弟子入り”・・・一体ここまで明記するのはなぜか? それは、「あいまいな思想や信ずるに足りない体系に代るものとして、これだけは信ずるに足る具体性」とのこと。さすがである。一銭の天ぷらを揚げて商売している種吉夫婦はずいぶんと貧乏だったので、娘の蝶子を女中奉公に出すが、その後、本人の意思で芸者にさせる。その蝶子に入れあげたのは、すでに妻子持ちの化粧品問屋の息子・柳吉。この蝶子と柳吉のドタバタ転職生活を綴っている。短編小説なので、何度となく読み返してみたが、なんでこんなボンクラ亭主がいいんだろうか?と、つくづく首を傾げてしまう。だが、世の中こういうカップルは多い。美女と野獣、インテリと無知、そんな凸凹コンピがわりと上手くいったりする例はよく聞く。惚れたはれたの世界は、それほど簡単に割り切れるものではなく、最後のところは情によるものだろう。その男と女の互いに対する情を表現した作品、それが『夫婦善哉』ともいえる。正義だけを前面に押し出した文学に、鼻白む思いをするのはよくあることだが、幸い、織田作品にそれは見受けられない。『夫婦善哉』は、大阪をこよなく愛する大阪人による、伝統的な人情小説といって差し支えないだろう。『夫婦善哉』織田作之助・著◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆《追記》 2012/11/29時節柄でもあり、作者の豊かな情感から出る繊細な一面が表れていると思い、以下に書き加える。「秋という字の下に心をつけて、愁と読ませるのは、誰がそうしたのか、いみじくも考えたと思う」 「秋の暈」から◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆☆次回(読書案内No.19)は谷崎潤一郎の『痴人の愛』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
2012.11.21
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【室生犀星/杏っ子】◆愛娘に対する限りない情愛室生犀星という人は、主に詩人として活躍した人物だと記憶していた。だが意外にも『杏っ子』は、犀星の作品中、最も長い小説であることを知り、どれ、ひとつ読んでみようかと、わりと最近になって読了したものだ。この小説はいわゆる自伝小説で、ちゃんと実名で登場したりするのでわくわくしてしまった。犀星の生い立ちなどを読んでみると、本当にお気の毒としか言い様がない。それはもう辛酸と苦杯を舐めた幼少期で、よくぞ文士としてこれだけの地位を築くことが出来たと、賞賛したくなってしまうほどだ。私生児として育てられたせいなのか、あたたかな家庭への憧憬が強く、実に家族思いで、文章にも自然と健全な精神がたゆたゆと流れている。長女・杏子に対しては特に甘く、中古とはいえドイツ製のピアノを買い与えるくだりは、なんとなく微笑ましい気さえする。作中、何度となく読み返してしまったのは、関東大震災でそこらじゅうの商店が品不足の時、親友の芥川龍之介が出し抜けに「君、汁粉を食おう」と言い出すシーンだ。犀星は「汁粉なんてあるのかね」と、首を傾げながらも一緒に汁粉屋に行く。案の定、汁粉なんてあれだけの混乱の最中にあるわけがないのだが、なんとなく笑える。そうか、芥川は甘い物が好きなのかと、ここで初めて私は知った。他にも私のツボにはまった箇所がある。それは、犀星が震災後、しばらく故郷の金沢に引き上げようとし、それまでの住まいを菊池寛に貸そうかという段取りを芥川と話すシーンだ。「それから菊池が明日にも君の所に行く筈だが、家を見せてもらってから気に入ったら借りるそうだ」「狭すぎないか」「そういう点は無頓着な男だよ」なんだか錚々たる文士たちの付き合いが目に浮かぶようで、私にしてみたら感動モノなのだ。そうそう、他にも気に入ったところがあるから紹介しておく。それは、愛娘の杏子が自転車に轢かれて、瞼の上を二針縫い、翌々日、幼稚園を休む際のシーンだ。芥川の次男坊を連れた芥川夫人が登園の誘いに来て、犀星夫人と会話する。「おあとがのこらないでしょうか」「二針縫ったんですが・・・」大人たちの会話の傍らで、幼稚園同士の杏子と芥川の次男坊が何やら他愛もないおしゃべりをしている。この場面が、それはもうグッと来る。なんとも言えない柔和な雰囲気が、犀星の自然体の文章からふわふわと湧き上がるかのようだ。小説というものは、必ずしも作家の頭の中でちょこちょこっとこしらえたものの方が良いとは限らない。それが事実に基づくものであっても、そこに限りない真実と苦悩を見出した時、読者は思いがけず、新鮮さと高揚感を覚えることだろう。文学とは他者との共鳴により、意義とか意味が生まれるものだと思うからだ。『杏っ子』は自伝小説だが、きっと長く愛され続けていく作品だと思う。親子という目に見えない血の絆が、実は何よりも尊い情愛であることを物語っている。溢れんばかりの優しさと切なさに富んだ作品だ。『杏っ子』室生犀星・著☆次回(読書案内No.18)は織田作之助の『夫婦善哉』を予定しています。~読書案内~ その他■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
2012.11.17
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