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2003年02月01日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 弁天町市民セミナー二回目。部屋があまり広くなく定員の五十名がやっと入れるくらいなので一体感がある。しかも連続講座なので二度目の今日は初回よりも安心して話すことができた。今日は対人関係がよいといえるための要件について話してみた。既に前回話したことが内容的に重なるので講義を短めに終え、質疑応答に前回より時間を割くことができた。

 高橋源一郎の『一億三千万人のための小説教室』(岩波新書)に村上のこの『羊をめぐる冒険』がレイモンド・チャンドラーの『長い別れ』に似ていることが指摘されている。 高橋は小説を書く時の鍵の十六番目に、
16 小説を、あかんぼうがははおやのしゃべることばをまねる
というのをあげていて、その説明のために上記の二つの小説をあげているのである。これは村上がチャンドラーに感謝の気持ちを捧げるためにわざわざこんなふうに書いたのだ、という。村上は16番目の鍵を使ったわけある。
 しかしあかんぼうはやがて大きくなり、母親だけではなく他の人の言葉もまねるようになる。まねをしながら少しずつ「自分のことばみたいなもの」も混ぜて使うようになる。しかし自分の言葉を使うようになっても、母親、あるいは父親からきたものとしかいえない言葉使いをする人がいる。昨日書いたように本人だけは似ていることに気づいていないということもあるかもしれない。
 村上はやがて自分の言葉を使うようにいなったが、「似ているのは、まず、声の質(文の感じ、調子、といったもの」である。それよりも似ていて二人が共に持っているのは「人は他人を理解できないのだ、という感覚」「しかしそれにもかかわらず、時にその距離を一気に縮め近づきたいという感情」である、と高橋は指摘する。
「外の世界に対する、そのような感覚の多くを、子どもは、ははおやから、受け継ぎます。それはははおやのことばをまねすること、によって身についたのです。いや、」もしかしたら、それはもともと子どもの中にあって、ははおやのことばを聞きながら、それを増幅し、はっきりとした形にしたものなのかもしれません」
 高橋の説明によって小説創作の秘密を知ると共に、子どもが親に似るという時、ただ話し方とか外見のようなものに限らず、高橋がいう「外の世界に対する感覚」(アドラー心理学では世界像といっていいだろう)が似るということがあることがわかる。アドラー心理学ではただし親は影響を与えるだけであり親に似た感覚を持とうと決心するのは本人である。似ないぞ、と決心し、親が反面教師になることはある。

「人はひとりではいられず、そのため、人は他のだれかを好きにならずにはいられない。そして、だれかを好きになる時、生きものは、そのものと同じものになろうとし、そのために、おこないをまね、ことばをまねようとするからです」
 僕にはよくわかる。





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最終更新日  2003年02月01日 22時22分54秒
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