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2004年10月02日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 長岡京市の公民館で講演。これは三回連続のものであり、参加者には事前にアンケートを取るなど、事前に問題意識をはっきりとさせてもらったこともあって、初回の概論的講義の後の質疑応答は活発で、数人が同時に手を挙げて譲り合うという場面が見られ、講演者としてはうれしく思った。次回以降は講義はそれほど時間を取らずとも、質疑応答だけに終始できるのではないか、と思う。

 週末、翻訳の原稿と試験の答案が届く。5問から選択してもらう形式にし、そのうち第5問は、問題を自分で作ってもいいということにしたところ、何人かの学生がこれを選んでいた。楽しみである。目下、多忙なので(というよりあいかわらずあまり無理がきかない)一月くらい採点のための時間がほしいところだが、そんなことは許されない。来週からはまた新しいクラス(今度は2クラス)で講義を始めることになっている。

 講演をする機会が多く、その都度、担当者と事前の打ち合わせをする。大抵は担当者の尽力によって成功裏に終わるのだが、稀にトラブルがないわけではない。僕は講演をしに行くわけだから、ただそのことだけを考え、体調、気持ちともども準備万端にして講演にのぞめばいいわけだが、どうしても気にかかることがあって、口出ししてしまうことがある。結果として失敗を攻め立てるようなことになって申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。でもいわなければたちまち僕が困ってしまい、担当者もただ気づいていないというだけのことだから、そんなふうに思う必要はないのだろうが。気づいていない人にどうして傷つけることなく伝えるかが僕の課題になっている。

 そういうやり取りが心労になることがあって、講演そのものではそんなに疲れないのだが(それでも講演後、体重が減るのである。ただ話していると思われるかもしれないが)、担当者とのやりとりで疲れ果ててしまったことがかつてあった。

 本の執筆や雑誌記事の執筆依頼でも同じことが起こる。僕など本当は依頼を断わるなどとんでもないのだが、やむをえず断わったこともある。また新たな執筆依頼があると安堵するが、そのまま何もいってこられなくなると気になってしかたがない。時間もエネルギーも無限にあるわけではないのだから、とそんなふうに思わないでおこうとは考え直すのだが。

 森有正が死んでしまえば、その後には、何もない、と信じていたとは思えない。僕はこの点に関しては微妙な立場である。しかし、哲学的には無に帰するが、道徳的には、何もないという立場を否定するというわけにはいかないように思う。前著では、死んだ後どうなるにせよ、今ここにおいて幸福に生きるためにどう考えればいいか論じてみたのだが、もっとこの問題に踏み込めればと考えている。目下、複数の仕事を同時進行で進めているので少しパニックになりそうである。翌日仕事があるのがわかっているのに、頭だけが冴え冴えとして遅くまで原稿を書く日が続いたので少し疲れてしまった。





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最終更新日  2004年10月02日 21時44分54秒
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Re:気づいていない人にどう伝えるか(10/02)  
keiko さん
森有正氏とほぼ同じくらいの祖母(95歳)が昨日亡くなり葬儀に行っていました。年齢的に森氏がまだ生存されていたらこんな感じかなといつも祖母を見て思っていました。今までに見たことのないようなとても安らかな顔をしていたというのは変ですが、真さに死んで楽しいことでもしているのではと思うくらいきれいな顔をしていました。身近に死に接し寂しさはありますが年齢的には長い余生を十分に生きたと思います。唯、これが森氏のようにまだ若かったならば、死に対する思いも随分違ってくると思いました。 (2004年10月02日 22時28分48秒)

Re[1]:気づいていない人にどう伝えるか(10/02)  
Ichiro_Kishimi  さん
keikoさん
 いくつの方であれ亡くなられたという話を聞くと胸が痛みます。森有正は僕が二十歳の時に亡くなりました。もうそれから長い歳月が経ちましたが、残された著作によって今も魂に触れられるというのは不思議な気がします。
 母も亡くなって久しいです。安らかな顔をしていましたが、若かったので辛さだけが残りました。もっと若く亡くなられる方もあるわけですから、母でも十分生きたといえるわけですが。 (2004年10月02日 22時45分24秒)

Re:気づいていない人にどう伝えるか(10/02)  
shoko さん
本づくり(編集)でも似たような気遣いが必要な場合がありますね。執筆者の思いをくむのが編集者の最初の仕事と先輩に厳しく教えられました。最近は自分中心の仕事をしているせいか、人の思いをくむのが下手になったような気がします。思いを正直に素直に伝えることの難しさを感じている今日このごろです(苦笑)。
金木犀のいい香りがする涼しい季節になりました。どうぞあまり無理をせずご自愛ください。 (2004年10月03日 16時52分20秒)

Re[1]:気づいていない人にどう伝えるか(10/02)(10/02)  
Ichiro_Kishimi  さん
shokoさん
 思いをくむことと、それを伝えることはまったく違う次元のことかもしれません。僕が書いたことは、思いという言葉で意図されていることとは違うように思います。
 気づいていない人に伝えるということは、実のところそれほど大きな問題ではなくて、僕が常々怖いと思っているのは、自分が気づいていないことがあって、そのことを指摘してもらえてないことがあるのではないか(きっとあるでしょう)ということです。
(2004年10月03日 18時17分07秒)

Re[2]:気づいていない人にどう伝えるか(10/02)(10/02)  
shoko さん
Ichiro_Kishimiさん
> 僕が常々怖いと思っているのは、自分が気づいていないことがあって、そのことを指摘してもらえてないことがあるのではないか(きっとあるでしょう)ということです。
-----
うまく言えないのですが、先生は先生だから先生なのであって、きっと大切なことは伝えられているのだと思うのです。先生が言葉を大切にしていることをよく理解している方々が先生の周囲には多いように思えるので、きっと大丈夫です。あまり説得力ないお返事ですね。すみません。
(2004年10月03日 19時33分22秒)

Re:気づいていない人にどう伝えるか(10/02)  
かすみ草 さん
講演の担当者(お世話をするほうとしては)講師に失礼のないようにと心がけると思うので、それでも気付かない点もあるでしょうから、講師が黙っているけれど、本当は、お困りになっていては、担当者は心苦しいですよ。言えば傷つけるし、言わないと自分が困るしという間で悩まれる先生の優しい気持ちが伝わってきます。
 講演の後で花束が渡されますが、遠方から来られた講師は困っていました。会場の聴講者にあげました。主催者は花束代が5000円だったので講演料を5000円プラスして食事代として包めばよかったなんて話していましたよ。花束があるかどうかも分からない時に花束はいりませんなんて言えませんね。すみません、たとえが軽すぎますね。 (2004年10月03日 20時52分06秒)

Re[1]:気づいていない人にどう伝えるか(10/02)  
Ichiro_Kishimi  さん
かすみ草さん
 いえ、ただ自分の思い通りにならないことのいらだちでしかないのです。優しいというようなことではなくて。いえばいいだけのことですし、傷つけるとかそんなことは関係なく、これは仕事のレベルの話ですから。
 花に関しては思い当たることがあります。そういう方法があるのですね。ありがたくいただきますし、部屋に飾れるのはうれしいことですが、講演がその日の予定のすべてではなく、同じ日に次の仕事(とりわけ講演)があると、好意で用意してくださっているのに泣きたい気持ちになってしまったことがありました。 (2004年10月03日 21時07分18秒)

Re[3]:気づいていない人にどう伝えるか(10/02)(10/02)  
Ichiro_Kishimi  さん
shokoさん
 言葉を大切にしているということと(そのことを理解している人がたくさんいるわけではありませんが)、現に僕の意図が正確に伝わっているかは別問題なので、自分には厳しくありたいと思います。伝わらなくて落ち込むことはありますが。 (2004年10月03日 21時45分33秒)

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