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あっという間に時が流れ・・1月最終。日本からメキシコに戻った日が水曜日でした。水曜日は個人的に特別な一日で、我が地区サントドミンゴの最寄りで「Tiangui ティアンギ」という道端市場が開催される日。特に必ず「水曜日」というわけではなく、むしろ毎日どこかの道端で開催されているのですが、たまたま我が家の最寄りでは水曜日と木曜日に大きなティアンギが開催されています。道が塞がれてしまうので車にとっては迷惑な話ですが、毎週おなじ場所で開催されるので暗黙の了解。帰国してから早いもので4度のティアンギを超えたことになります。ティアンギが訪れる度に時の流れの速さを噛みしめる日々。ここで一気に食料を買い占めるので、その減り具合でも一週間のサイクル目安となります。野菜、果物を中心に雑貨、古着、なべ・・など本当に多くの店がひしめきあっているのですが、店を出す方は同じ顔ぶれなので、お得意様的な対応で、気が合い、品物に納得すれば同じ人から買うようになります。声掛けも熱心で「よっべっぴんさん、買っていってよー」という、人間味溢れる道端市場Tianguiが日に日に好きになっていく今日この頃。 時をさかのぼれば、このTianguiはアステカ時代の物々交換を行っていた市場の名残とのことで、新鮮な取れたての野菜、果物が並び続け、しかも驚きの値段で叩き売る・・考えてみると最寄りのスーパーには余程の大型店に行かない限り、野菜、果物は置いておらず、鶏肉や魚も同じく、こういった暗黙の了解的な商売が守られている、メキシコの素朴な佇まいに惹かれています。すっかり更新率が低くなってしまいましたが・・ いろいろなことが次から次へと重なっていく事、そして何よりコチラに自然に綴ることができないことの数多くは「ヒミツ」というよりも仕事上「無」になる時間を持つようになっただけのこと。アイデンティティーを無くしてこそ、喜んで頂ける仕事に繋がる..このティアンギを歩く度に我に返り楽しめます。生き生きとした自然な交流の中でゲットする新鮮な野菜や果物に、エネルギーをもらって、次のTianguiまで一体どれだけの事を煮詰めることができるか.. それら全てがシッカリと料理されていくように日々、全力投球あるのみ。佐野まり http://www.facebook.com/danzacharango
2018.01.31
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丁度1年前の出来事「鹿とハチドリ」の映像編集を重ねています。 1カ月後にお届けしたい、2か月後にはキット・・と目標を定めつつ、様々なことに追われスッカリ時が流れてしまいまい、ここ数日「今度こそ」と1年後のケジメ。一気に編集を終えました。メキシコに戻ってくる日に頂いた「願い星」パワー全開。浦島年賀状に続くライブ映像https://youtu.be/3KnV2pM0UTs(訪れて下さる方に特別限定公開)海外で活躍とか、日本人のチャランゴとか、そういったことではなく・・ とにかく幼い頃の約束、幼い頃の多くの衝撃が「起点」となり、ただただ祈るように創って、願って・・公演となる。至ってシンプルな流れです。そんなことがキット、わかって頂けるのではないかという当日ドキュメント。未だオープン共有に至りませんのは、きっと直すべき個所を大学施設から指定されると思うので、日本の皆様のみの公開となっています。この舞台完成で最終回のつもりでしたが・・ 引き続き制作の場所が現れれば、祈って、願って、創っていくことになるかもしれません。 つい先日、ふいに今年の制作の場所が決まり、調整を重ねていますが、終わった後に再度あの舞台裏の大変な状況(まさに戦場)に戻るのは正直、かなり勇気がいります。 編集の終わったスムーズな映像を見て、舞台裏のドキュメンタリーの方がズット面白いものかもしれない、、と思ったりもしました。 ちなみに次の現場は大学構内の庭。 舞台というよりもインスタレーション・・翼の宇宙が広がるような・・ものを模索しています。 メキシコは数日、冷え込んでいて風邪をひいている人が沢山います。 日本の大雪の景色を見ていて、雪だるまを創ったり、トテモ楽しそうですが、滑って転んだ母の話を聞いて我に返りました。雪中お見舞い申し上げます。佐野まり http://www.facebook.com/danzacharango
2018.01.25
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日本滞在1カ月を何時になく穏やかにモクモクと過ごし、気が付くとメキシコで再び途切れることない日々を過ごしていました。スタジアムと大学での事に右往左往・・リズム復帰のため黙々と目の前の事に集中・・ 目の前に流れる景色と人の流れに身を任せ、御守りにある「創意工夫」を唱える日々。今年はコレにつきます。同じことを繰り返したくない..「こういうものだから仕方がない」とは思うことができないし、チャレンジすることで楽しくなるし、新しい発見にも繋がります。とはいえ、それは場所によっては余計なことなのかもしれません。そんなことをスタジアムで模索している時に再びブエノスアイレスから突然、親しい関係者がメキシコにやってきました。昨年の1月25日に行われた公演に駆けつけて下さったブエノスアイレス大学の文化施設スタッフの方。彼是15年近くの交流がある彼女とメキシコシティのお薦めの場所をまわり、久しぶりに訪れる御馴染みの場所が彼女の感動で輝いて見えます。バスコンセーロ図書館、ホセマルティ文化センター、ソカロ広場周辺、国立大学文化施設、、30年近く文化事業に従事する彼女の貴重な意見や感動に、当たり前になっている多くの事が実はスゴク恵まれた流れだったことにアラタメテ感謝。 エネルギー充電な一時になりました。ブエノスアイレスから訪れる皆さんは、常にソンナ波動を運んでくれます。秘めた底力を何処でも爆発させる「旅力」を持った人達。彼等ならではのストレートで表裏のない言葉の数々。 彼女と話しながらフト身分証明書を確認すると、実に今年で40年となる初めての入国、1978年1月17日の書類提出から3月23日の入国に至る記述が身分証明書に記載されていました。 彼女のようにメキシコでの事、これまでの制作過程も全てわかってくださっている方と過ごす一日は非常に心強いものがあります。別世界は刺激的ですが、全てが無かったことになってしまう場所よりも、これまでの物語が本当に必要とされる場所に向かうこと。大事なことを気が付かせてくれました。反省はちどりの巻。佐野まり http://www.facebook.com/danzacharango
2018.01.22
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2000年に「行ってきます」と出発して17年が経過。実に時は夢のように流れていきます。その間、全く帰国しなかったわけではなく、5年後の2005年に愛知万博取材のための緊急帰国がありました。 個人的なチャランゴ物語を通じて「はちどりプロジェクト」が始まり、アルゼンチンで多くの公演実施後、フェスティバルで音楽賞を頂いて一区切り・・帰国の際には先ず約束を果たしての御挨拶へ。最後に取材して下さった読売新聞の記者・河村正さんに御報告に伺うも間に合わず..(少し前に他界されていました) 再びアルゼンチンに戻った後は、地球博の余韻でベネズエラに渡航したことから南米各国へ伺うことになり、コロンビアとエクアドル等で舞台制作・海外遠征を重ね、アルゼンチンでは様々な音楽家の方にお誘いを頂いてアルバムや公演への参加が相次ぎ、ブエノスアイレスで個性的で素晴らしいアーティストの皆様と共に制作した新しいアルバム「Amistad Musical音楽の和」が完成、ガルデル音楽賞にアルバム提出。そんな反響から日本からテレビ局が取材に訪れて下さり、ラジオ局の電話出演などを通じて御挨拶させて頂く機会など、離れていても繋がっていく日々・・そうこうしているうちに地球博の余韻 To be continued、ベネズエラ館の映像担当Julio Martinez監督によるドキュメンタリー映画「Visiones de Hiroshima 広島のビジョン」が完成。音楽と上映プロデュースを担当、ブエノスアイレス全ての主要文化施設で同時上映という奇跡的な紹介に至りました。 再び5年後、2010年の暮れに年越しを兼ねての御挨拶帰国。 同窓会に参加したり多くの友人と新鮮な再会の機会を重ね、このときから母による折り鶴コラボ制作が始まりました。(今となっては4万羽に至っているそうです)現地に戻ってからは、映画と共に各国へ渡航、同時に映画製作も始まりました。ドキュメンタリー「Zamba del Loro Mario ほほえみの歌」(アルゼンチン)と短編「はちどり」(コロンビア Marcela Lizcano 監督)を加え、舞台「踊るチャランゴ」と共にコロンビア、エクアドル、コスタリカ、スペイン、キューバの国際教育会議に至るまで・・ その間に御挨拶帰国は「段審査帰国」となり(2013年)、5年ごとの帰国が3年ごとになるかと思いきや・・母曰く「今年は贅沢ね」 昨年2017年は2度に渡る帰国となりました。それもこれも「浦島年賀状」のため。御挨拶帰国の「集大成」(総集編)17年前は今ほどインターネットが普及されておらず、御連絡は全て直筆の手紙、もしくはFAXでの通信でした。お世話になった方、出会った親しい人々の連絡先は住所のみ。 海外からの手紙は日本で送るよりも当然ながら高くなり、日本に比べ収入が激減しているため余裕はなく、、それだけでなくアルゼンチンの場合、郵便局が非常に込んでいて常に長打の列(メキシコも同じく)手紙を発送手続きだけで1時間以上かかってしまいます。時間、費用、双方の不足。そして手紙をせっかく頂いても届かないこともあり、出しても同じく・・とはいえ今回、実家で今までに頂いた全ての手紙が入った箱を発見。直筆の手紙の素晴らしさに触れることができ感動しました。もしかしたらインターネットの普及した現在、直筆の手紙を持てるということは非常に幸運なのかもしれません・・ 全てが一区切りついた今、不義理をお詫び、そして御挨拶と皆様の近況を伺うべく「浦島年賀状」に至りました。 結果、当然ながら17年も経てば住所も変わり、名前も変わり、発送した500通近くの浦島年賀状は70通以上.. 戻ってきております。それでもメールを頂いたり、御返事を新しい名前で頂いたり、素敵な再会通信に繋がりました。引き続き浦島通信 To be continued.. どうぞよろしくおねがいいたします。御挨拶ビデオはコチラに・・https://youtu.be/jIfQ5McsOV0佐野まり http://www.facebook.com/danzacharango
2018.01.01
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