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吉本隆明 「17歳」 「吉本隆明 代表詩選」(思潮社) 十七歳 吉本隆明 きょう 言葉がとめどなく溢れた そんなはずはない この生涯にわが歩行は吃りつづけ 思いはとどこおって溜まりはじめ とうとう胸のあたりまで水位があがってしまった きょう 言葉がとめどなく溢れた 十七歳のぼくが ぼくに会いにやってきて 矢のように胸の堰を壊しはじめた 六十歳を越えた一人の男のもとに、十七歳だった時のその男が会いにやってくる。夢の中のことか、現実か。少年の姿を前にして、溢れてくる言葉。六十数年の生涯、上手に言葉にすることは出来なかった、しかし、ずっと言いたい本当のことがあったのだ。男の口を閉ざさせていたものは、仕事か、生活か、常識か。ともあれ、大人になるということが口を閉ざすことであるような、自らの中の少年を押し殺すことであるような倫理観は誰にも共通することだろう。 「堰を切る」という言葉がある。十七歳の少年だった自分が六十数歳の男の、溜まりに溜まった思いの堰を切ったのだ。よみがえった少年の日のまっすぐなまなざしに揺さぶられる、黙り続けてきた人生の意味。 およそ五十年にわたる社会生活から引退を余儀なくされ、老人と呼ばれるようになる。いつの時代であれ、誰もが通りかかるに違いない人の一生の曲がり角で、ふと、どこかへ帰っていこうとする「こころ」の行方を見据えた作品。まず、そんなふうにこの詩を読むことは可能だろう。 ここで、作者吉本隆明をめぐる年表に目を通してみよう。 詩人は1924年生まれ。十七歳は1941年。昭和十六年、12月に「この国」がアメリカに対する帝国海軍の奇襲(?)で始めた太平洋戦争勃発の年。彼は東京府立化学工業学校応用化学科五年生。現在でいえば工業高校の三年生だった。 この詩が書かれたのは1990年。平成二年。詩人は六十六歳。前年の1989年、太平洋戦争を統帥した天皇ヒロヒトが寿命を終え、昭和天皇と諡号で呼ばれるようになり、翌年の1991年、自衛隊というこの国の軍隊が、1941年の、あの日から五十年の歳月を経て、アメリカが始めた戦争に参戦するために海外派兵を始めることになる。 こう見てみると、「十七歳のぼく」が「ぼくに会いにやってきた」のにはそれなりの理由があったのではないかと感じないだろうか。そこから、もっと積極的なこの詩の読み方ができないか。 作家の高橋源一郎は「吉本隆明代表詩選」(思潮社)の編者あとがきにこう書いている。 ずっと以前からそう思っていたが、いまもそう思う。きっと、これからもずっとそう思うことになるだろう。つまり、吉本隆明の詩を読まなければ、ぼくは小説家にはならなかっただろう、ということだ。 吉本隆明の詩を読まなくても、詩や小説や批評に興味を持ったかもしれない。それから、書いてみようとさえ思い、書きはじめたかもしれない。だが、仮に、書きはじめたにせよ、ぼくはもうそれをやめているか、暇な時の楽しみにしているか、そのいずれかだったに違いない。つまり、詩や小説や批評は、たいへん好ましく、面白く、刺激的ではあっても、さらに、自分が書いていたとしても、それにもかかわらず「他人事」にすぎなかったにちがいない。しかし、ぼくは、結局、吉本隆明の詩を読んでしまったのだ。 吉本隆明の詩をひとことでいうなら「倫理的」であるということだ。しかし、それは、誰の(あるいは何の)、何に(あるいは誰に)たいする倫理なのか。 その詩は、言葉に関して「倫理的」であるようにも、言葉以外の一切に関して「倫理的」であるようにも、また、詩的表現に関して「倫理的」であるようにも、詩的表現が成立する根拠に対して「倫理的」であるようにも見える。つまり、全世界に対して「倫理的」であるように見える。だが、不思議なのは、その詩が「倫理的」であるが故に「美的」であることだ。古来、「倫理的」であることと「美的」であることは深く対立するものではなかったか。その謎を解くことは、いまもぼくにはできないのである。 この詩を支えている「倫理」にたどり着ければ、詩が直接的に表している「老い」の叙情に、もっと深く広がりのある風貌を与えることができるのではないだろうか。 戦後最大の思想家と呼ばれながら、どこかに切ない「倫理」を感じさせる「抒情」を詩として書き残した詩人であった吉本隆明も、2012年に去った。 ちなみに「共同幻想論」とか「言語にとって美とは何か」(角川文庫)とか、1970年代の大学生には、読み超えるべき壁のような書物であったが、今の学生さんたちには見向きもされないだろうし、たとえ手にとっても歯が立つまい。ははは。 しかし、「詩」から読み始めることは可能かもしれない。そう思う。(S)初出2006・09・27 改稿2019・06・30にほんブログ村にほんブログ村【中古】 共同幻想論 角川ソフィア文庫/吉本隆明(著者) 【中古】afbこれですね。悪人正機 (新潮文庫) [ 吉本隆明 ]読みやすい。
2019.06.30
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ホン・サンス洪常秀 「夜の浜辺でひとり」 ホン・サンス監督の「夜の浜辺でひとり」(2017)をシネ・リーブルで見ました。 先週の「それから」に引き続き、2本目。シネ・リーブルがホン・サンスのシリーズ企画をやっていて、あと二つ、秋までに見ることが出来ます。先週よりも劇場は混んでいました。今日は、一人できましたが、周り中人が座っていて、落ち着きませんでした。(なにゆうとんねん!映画館の敵か!?) フィルムが始まって、ヨーロッパの町と公園のシーンで、なんと寝てしまいました。目覚めると、韓国の喫茶店のシーンに変わっていました。テーブル、食事、会話。今回はやたらとたばこを吸うシーンが初めから印象に残りました。 浜辺で向こう向きの女が寝ています。誰かが来て、彼女を起こします。でも見ているぼくには、波が打ち寄せてきて、女の背中がある。逆か?女の背中があって、波が打ち寄せてくる。それが、この映画のトーンでした。ただ、ただユルイ睡魔が繰り返し襲い掛かってくるのです。 あのまま、ぐっすり寝てたらよかったんじゃないか。映画を観て寝てしまったのは、40数年前の「愛のコリーダ」以来ですが、このまま寝てもよかったんじゃないかと思うのは初めてです。 だって、主役の映画女優さん、劇中でも、ずっと寝てたんじゃないでしょうか。もちろん、起きて、しゃべったりしてはいましたが。 キム・ミニという女優さんのための映画のようにも思えましたが、実に今風な印象を受けました。まあ、今風というのは要するについていけないことの言い訳かもしれませんが。「うーん、なんか、この今風イメージを説明するのがめんどくさい。でもね、この人の映像の印象は悪くないんだよな。海のシーンも、公園のシーンも。」 困った映画なんですが、このシリーズは最後まで見るでしょう。「韓国」の「今」、これは「日本」の「今」ではない。そういう今風がこの映画の肝のような気がしています。監督ホン・サンス脚本ホン・サンス撮影キム・ヒョング パク・ホンニョル 編集 ハム・ソンウォンキャストキム・ミニ(ヨンヒ)ソ・ヨンファ(ジヨン)クォン・ヘヒョ(チョンウ)チョン・ジェヨンミ(ョンス)ソン・ソンミ(ジュニ )原題「On the Beach at Night Alone」2017年 韓国 101分 2018・08・14・シネリーブルno17追記2020・05・27「韓国」の「今」の感覚に興味を感じて、韓国の映画を時々見ます。その中ではこの監督は独特です。うまくいえませんが「映像のたち」、「たちが悪い」とかの「たち」ですが、「質」と書くと違うような、それが違っていると感じます。 コロナ騒動のあと、映画が変わるのかどうか、そういう興味も湧いています。そろそろ映画館に戻って行こうかなという今日この頃です。ボタン押してネ!にほんブログ村
2019.06.29
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《余は如何にして屠殺人になりしか》佐川光晴「牛を屠る」(双葉文庫) 北大法学部を出て、出版社に勤め、上司とやりあってやめてしまった男が、どうして屠殺場に来たのか。「この学歴であれば、営業でも総務でもいいので、事務所の方で働いてもらえませんか。」 そういわれた面接の帰り道、同僚となるに違いない大男に、一喝された。「ここは、おめえみたいなヤツの来るところじゃねえ」 凄みのある大声が響きわたり、私は震えあがった。 その日から佐川光晴の「屠殺人」修業が始まった。 ところで、ドキュメンタリー作家内澤旬子を御存知だろうか。彼女に「世界屠畜紀行」(解放出版社・角川文庫)という著書がある。 「屠殺」という言葉の、差別的響きにこだわってのことか、内澤は、冷たくなった雉やカモの解体の体験からこう書いている。 殺すのはほんの一瞬だ。しかし殺した死体と一対一で向き合って、食える肉にするまでの時間は、はるかに長くて、しんどいものだったのだ。やはり屠殺じゃなく屠畜という言葉がぴったりくる。「世界屠畜紀行」 佐川光晴は、修行の体験を記す中で、内澤の「世界屠畜紀行」を引用し「屠殺は屠殺である。」と喝破し、生きた牛や豚を叩き、血を抜き、皮を剥ぎ、内臓を出し、食用の肉にするという「屠殺」の現場の誇りをかけてこう記している。 屠殺されてゆく牛と豚は、生きているときの温かさとは桁違いの熱さを放出する。 喉を裂いたときに流れ出る血液は火傷をするのではないかと思わせるほど熱い。真冬でも、十頭も牛を吊るせば、放出される熱で作業場も暖まってくる。 切り取られ、床放り投げられたオッパイからは、いつまでたっても温かい乳がにじみ出る。冷たい死体を解体するのが屠畜なら、われわれがしていたのは屠畜ではない。 たしかに「屠」の一字があれば、簡潔に用は足りている。しかし、今にして思うのは、われわれには「屠」だけでは足りなかったのだ。差別偏見を助長しかねない「殺」の字を重ねなければ、われわれは自らが触れている「熱さ」に拮抗できないと考えていたのではないだろうか。 「世界屠畜紀行」は、この「案内」で紹介するつもりだった本だ。世界の屠畜の現場を歩いて回ったリアリティと妹尾河童風イラストをセットにした、類著がないということもあるが、好著だと思う。 しかし、ホルスタインの大きな乳房を切り落とし、全身の皮を剥ぎ、食肉に仕分ける。文字通り血まみれ、汗まみれの現場で修業を重ねた佐川光晴の描写を読んだ今では、残念ながら、内澤のルポは傍観者の意識と目でしかないことが一目瞭然なのだ。 実際、佐川の修業は同僚の目の厳しさに耐えながらの、肉体の酷使と使ったこともない「ナイフ」との格闘だった。目の前には、いつも、あの日、佐川を罵倒した新井さんが立っている。「佐川、指を動かしてみろ。」と新井さんに言われた。黙って頷いてから指が曲がるまでのあいだは恐ろしかった。「よし、腱は切れてないな。今縛ってやるから医者に行って来い。こんだけのケガだと一人じゃきついから、総務に車をださせっからよ。急かして悪かったな。」 新井さんが新入りの佐川光晴を仲間として認めた瞬間だった。いたわりの言葉が、読み手の心をつかむ。ちぎれて落ちそうな指と滴り落ちる血の現場に、仲間を本気でを気遣う言葉がある。そして、佐川光晴は、とうとう、極意をつかむ。 ところがそのときはよほど急いでいたのか、私は刃先にはまったくあそびをつくらず、いきなりナイフに力を込めた。その途端、ナイフが腕ごと前に伸びた。足元に向かって下りるはずのナイフは、私の意思を置き去りにして、これまでにない大きさで前方の空間を切り開いた。 まさかこんなことが起きるとは思わず、私は呆気に取られていた。朧げに感じていたのは、これは道具がした動きなのだということだった。青龍刀のように反身になった皮剥き用の変形ナイフは、今私がした動きをするように形づくられているのだ。その形は幾百幾千もの職人たちの仕事の積み重ねによって生み出されたものであり、誰もが同じ軌跡を描くために努力を重ねてきたのだ。 つかんだ極意は、牛の皮を剥ぐ、このナイフこそが屠殺という仕事の歴史そのもであることを知ることだった。 ナイフのままにナイフを使う境地とでもいうのだろうか。中島敦の「名人伝」にでも出てきそうなシーンだった。「屠殺人」と恥じることも、衒うこともなく、自ら名乗ることが出来る場所にたどり着いた。 《斯くして彼は屠殺人となりき!》 佐川光晴が屠殺の職人になった瞬間だった。 (写真は屠殺の行程を描いたイラストです。)追記2022・05・02 最近、郡司芽久という人の「キリン解剖記」(ナツメ社)という本を読みました。研究者によってキリンが解体、解剖される現場が描かれている面白い本でしたが、読みながら佐川光晴のこの本を思い出しました。 目的は全く違いますが解体する生き物に向かう雰囲気が似てると思いました。で、その共通したところに、両方の本を読み応えのあるものにしている所以が隠されていると思いました。お暇でしたらお試しください(笑)追記2023・03・15オタール・イオセリアーニという監督の「トスカーナの小さな修道院」というドキュメンタリー(?)を観ていて、佐川光春のこの本を思い出しました。映画には豚の屠殺解体が、かなり丁寧に映されていて、なぜだかわからないのですが、胸を打ちました。生き物を家畜と呼んで育て、殺して食べる事というのは、やはりすごいことですね。ボタン押してネ!にほんブログ村にほんブログ村あたらしい家族 (集英社文庫) [ 佐川光晴 ]牛を屠る (双葉文庫) [ 佐川光晴 ]身体のいいなり (朝日文庫) [ 内澤旬子 ]
2019.06.29
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長田弘 「奇跡-ミラクル」(みすず書房) ぼくは長田弘の良い読者ではありませんでした。詩も読もうとはしませんでした。最近読み終えた、ある小説に引用されていた詩が気になって、詩集「奇跡 ― ミラクル」(みすず書房)を手にとりました。天使がリュートをひいている絵が、白い表紙を飾っている美しい本でした。 巻頭に「幼い子は微笑む」という詩があります。つまらない講釈をする前に、読んでいただくのがよいだろうと思いました。 幼い子は微笑む 声を上げて、泣くことを覚えた。 泣き続けて、黙ることを覚えた。 両の掌をしっかりと握りしめ、 まぶたを静かに閉じることを覚えた。 穏やかに眠ることを覚えた。 ふっと目を開けて、人の顔を じーっと見つめることを覚えた。 そして、幼い子は微笑んだ。 この世で人が最初に覚える ことばではないことばが、微笑だ。 人を人たらしめる、古い古い原初のことば。 人がほんとうに幸福でいられるのは、おそらくは、 何かを覚えることがただ微笑だけをもたらす、 幼いときの、何一つ覚えてもいない、 ほんのわずかなあいだだけなのだと思う。 立つこと。歩くこと。立ちどまること。 ここからそこへ、一人でゆくこと。 できなかったことが、できるようになること。 何かを覚えることは、何かを得るということだろうか。 違う。覚えることは、覚えて得るものよりも、 もっとずっと、多くのものを失うことだ。 人は、ことばを覚えて、幸福を失う。 そして、覚えたことばと おなじだけの悲しみを知る者になる。 まだことばを知らないので、幼い子は微笑む。 微笑むことしか知らないので、幼い子は微笑む。 もう微笑むことをしない人たちを見て、 幼い子は微笑む。なぜ、長じて、人は、 質さなくなるのか。たとえ幸福を失っても、 人生はなお微笑するに足るだろうかと。 詩集を読み終わって、長田弘が2015年に亡くなったことを知り、詩人自身の死の二年前、東北震災の二年後に出版されたこの詩集の巻頭に、なぜ、この詩が置かれ、「奇跡」という詩が最後に置かれているのかわかるような気がしました。 詩集の二つ目の詩は「ベルリンはささやいた ― ベルリン詩篇」という詩のですが、その最後の数行をお読みください。 ベルリンのユダヤ人を運んだ アウシュヴィッツ行きの ドイツ帝国鉄道の始発ホーム。 出て行った列車の数とおなじ数の 鉄板を敷き詰めた、 それは、いまは、どこへも行かない 人影のないホームだった。 一九四四年十二月七日、 アウシュヴィッツへ三十人輸送。 ただそうとだけ刻まれた 雨にぬれた鉄板の一枚の上に 置かれていた、三本の紅いガーベラ。 死よ、死よ、おまえはどこなの ― ベルリンはささやいた。おまえの足の下だよ ― この詩集には、このように、読み手に死を強く喚起させるベルリンを舞台にした詩が、いくつか載っています。 「幼い子は微笑む」にしても、最後の二行は死の側からつぶやかれた箴言めいたところがないわけではありません。しかし、最後に置かれた「奇跡」まで読み終えると、「死」をじっと見つめている詩人が、もう一度「生」へと、生きることを肯定する方向へと、視線を戻しながら、呼びかけていることに気付くのではないでしょうか。 奇跡 ―ミラクル 庭の小さな白梅のつぼみが ゆっくりと静かにふくらむと、 日の光が春の影をやどしはじめる。 冬のあいだじゅうずっと、 緑濃い葉のあいだに鮮やかに ぼつぼつと咲きついできたのは 真っ白なカンツバキだったが、 不意に、終日、春一番が カンツバキの花弁をぜんぶ、 きれいに吹き散らしていった。 翌朝には、こんどは、 ボケの赤い花々が点々と 細い枝々の先まで 撒いたようにひろがっていた。 朝起きて、空を見上げて、 空が天の湖水に思えるような 薄青く晴れた朝がきていたら、 もうすぐ春彼岸だ。 心に親しい死者たちが 足音も立てずに帰ってくる。 ハクモクレンの大きな花びらが、 頭上の、途方もない青空に向かって、 握り拳をパッとほどいたように いっせいに咲いている。 ただここにあるだけで、 じぶんのすべてを、 損なうことなく、 誇ることなく、みずから みごとに生きられるということの、 なんという、 花の木たちの奇跡。 きみはまず風景を慈しめよ。 すべては、それからだ。 アウシュヴィッツに送られた人の数を記した黒い鉄の銘板の上の紅いガーベラの花。 死者たちが帰ってくる彼岸の美しい朝、握り拳をパッと開いたように、青空に映える白モクレンの花弁。 それぞれ、生きているものの仕業であり、生きているもののあかしであることを、まず慈しめと。まず生きることだと詩人は言い残して逝ったようです。静かに生を肯定し続けてきた詩人の絶唱とも言うべき詩集でした。 この詩を知ったのは、以前、案内した「空にみずうみ」でした。佐伯一麦は作品の題名をこの詩の詩句から引用しているのですが、やはり、生の肯定と死者たちへの鎮魂が作家のこころを支えていたに違いないと思うのです。感想は題名をクリックしてみてください。詩集に連分けはありません。読みやすいように少し分けて記載しました。(S)ボタン押してネ!にほんブログ村【中古】 空にみずうみ /佐伯一麦(著者) 【中古】afbいい小説ですよ。深呼吸の必要 (ハルキ文庫) [ 長田弘 ]
2019.06.28
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ホン・サンス洪常秀 「それから」 シネ・リーブル神戸 生まれて初めて、韓国の映画を観ました。ホン・サンスという監督の「それから」という作品でした。 当たり前のことですが、セリフが朝鮮語で、そのリズムというか、テンポが、スクリーンの映像と重なって、「自然なこと」が新鮮でした。まあ、初めての体験だからでしょうか。 ストーリーは、なんというか、始まってそうそうというか、一目見ただけでというか「この男は殴れるものなら殴ってしまうか、誰かに殴られるかしにたほうがいいな。」と直感で思った登場人物がいたのですが、最後まで見終えても、ボク的には、やっぱりどうしようもないやつで、あれこれ、あるけれども、「ああ、そうなの。」という結論で終った印象でした。「あのね、ほら、漫才のブラックマヨの、アバタの方を、ちょっと、ようしたみたいな。けど、あれって何なん?何なん、あのオトコ?ちょっと、ホン・サンスって、こういう映画なん?」「いやー、ぼくにいわれてもなあ。エエらしいから行こういうたんあんたやねんけど。ぼく、そこそこ面白かったで?」 間「女が二人、言い合ってた時に、あいつ泣きだすやん。アレなんで泣くの?」「おカーちゃん!って、そんな感じとちゃうの。」「アホちゃう!」「わー、最悪やん。ぼくは、韓国では、こういう時に男が泣くんかって、まあ、冗談やけど。」「韓国でもどこでも、ああいうとこで泣く男はサイテーやん。なんか、あの女の子以外、みんな、どうしようもない。見てて疲れへんかった?」 実は同居人のチッチキ夫人と同伴鑑賞でした。隣同士で座ってみたのですが、見終えての二人の会話は、いまいち、もりあがりません。主人公らしき男性に関しての評価は、どうやらボクよりひどいらしく、俳優の地顔にまで文句言っています。 やれやれ‥‥ とはいうものの、ボク自身はそこそこ面白かったのかもしれません。 まず、モノクロのシーンがいいと思いました。現実と記憶を重ねた展開なのですが、カラーだったら、きっと疲れてしまったと思うのです。まず、男の記憶に出てきて、やがて登場する女と、目の前でしゃべっている女が、同じ人かと思わせるのも、おそらく、かなり意図的な演出だと思います。観ている側に、時間と意識について、微妙な混乱を引き起こすことを狙っているのでしょうが、問題は、この混乱を描くのか?ということですね。そのあたりが腑に落ちないところにイライラが生まれる原因があるらしいのです。 会話のシーンの設定が、そっくりなのも面白いですよね。向き合っているシーンがありますが、これもわざなのでしょうね?そこに現れる二人の表情は、相互理解の不可能性を映像としてくっきり表しているように感じるシーンというか、表情になっていて、観ているこっちは、どっちを見ても落ち着かないのです。女に寄り添う男のシーンがありますが、そこでも、握り合っている手とは裏腹に何も共有していない印象ばかりが伝わってきます。 ドラマは内向きの、世俗的でうんざりする世界なのだけれど、一人だけ、そこにいない女が、紛れ込んできて、やがて出ていくのですが、女は、ここで何をしているのか? 「なぜ、男はあそこで泣くのか。」「なぜ、タクシードライバーは女を覚えていたのか。」「なぜ、女は、もう一度男を訪ね、男はなぜ、「それから」を渡すのか。」 とりとめもない疑問が、次々とわいてきますね。「うん、しかし、このわけのワカラナイ感じは、そう悪い映画じゃないな。」という気もしてくるんですよね(笑)。「女は「代助」なのか「三千代」か。」 ふとそんな気もして、去っていった後ろ姿が浮かんだ。でも、まあ、どっちとも違うような気もするし。「いや、そもそも、「それから」ってなんなん?やっぱ、ようわからんね。」 2018・08・02・シネリーブル神戸 (no16)追記 2019・06・27 尾を引いて、しばらく、同じ監督を続けてみました。しかし、まあ、ようわからんことは解決しなかったですね。そのうち、新しい映画を作ったら、また観てみるか?そんな感じは残りました。 一年たって、やっぱり、話は思い出せない。そういう映画やったんかな? ホン・サンス洪常秀「正しい日 間違えた日」・「夜の浜辺でひとり」・「クレアのカメラ」の感想は表題をクリックしてくださいね。にほんブログ村
2019.06.27
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竹内敏晴 「ことばが劈かれるとき」「ちくま文庫」 今でもあるのかどうか知りません。昔、使っていた筑摩書房の教科書では、高校一年生の最初の教材に演出家?竹内敏晴のエッセイ「出会うという奇跡」というエッセイが載っていました。 いかにも新入生向けの題がついていて、さて、新入生の何人がこういう題の文章に心を躍らせるのだろうと、今でも考え込んでしまうのですが、しかし、竹内敏晴はちょっと、いいんです。 この人の本と最初に出会ったのは、何時のことだったのだのでしょうね。その当時「思想の科学社」から出ていた「ことばが劈かれるとき」(現在は「ちくま文庫」版)という単行本によってでした。 今、手元に見当たらないので、うろ覚えで書きます。その本は一緒に暮らし始めたチッチキ夫人の棚にありました。薄暗い装丁の陰気な雰囲気の本でした。何気なく手にとり、読み始めて唖然としました。 そこには著者の自伝的な回想と実践が記されてあったのですが、まず、悪性の中耳炎のためにほとんど耳が聞こえなくなった話で始まります。次に、聞こえない耳を持った少年が何も喋れなくなる話へと続いてゆきます。そして、いったんことばを失った少年がことばを回復するプロセスの話が書かれていました。 そこから「ことばを劈く」という、この本の題名になっている「言い方」が生まれるプロセスが記されていたのです。 「劈」という文字は漢和辞典を引くと「劈開(ヘキカイ)」という「切り開く」という意味の熟語とともに、「引き裂く」という意味だと出ています。 どうしても「音」となって出てこないことばを、口であるか喉であるかにナイフを差し込み、そこを切り裂くように放つという経験をこの人はしています。その経験を、まず、伝えようとしてこの文章を書いています。もう、その経験だけで読む価値があるとぼくは思います。 しかし、この本の啞然とした! 眼目はことばを取り戻した彼がことばを喪った人たちを相手に実践する体験の報告にありました。 例えばこんな話があります。彼が主宰する演劇研究所のワークショップの中で役者を志望する人たちが芝居の相手に科白を届ける練習なのですが、数人の相手に背を向けて座ってもらう。その中の一人を科白を投げかける相手と決めて、その人に向かってせりふを言いいます。自分に「ことば」が届いたと感じた人に手を上げてもらいます。そういう実践の話です。 果たして「ことば」は届くのでしょうか。気持ちを込め、はっきりと発声して何とか相手にことばを届けようと繰り返すのですが、見当違いの人が手を上げることはあっても、思う相手にはなかなか届きません。 毎日この練習を繰り返しながら竹内敏晴が演者たちに指示することは「大きな声を出すこと」や「気持ちを込めること」ではなくて「体をほぐすこと」なのです。 これは誰にでも分ることだと思いますが、気持ちを込めようとすればするほど、こわばってしまう身体があります。竹内は演者自身の体をほぐせるだけほぐすのです。そして静かに発声することを指示します。その結果、何と、ことばは届くのです。 相手と決めた人が向こうを向いたまま、すっと手を上げた瞬間の喜びの中には、ほんとうの出会いの感動があると思いませんか。他者と出会うために、大事なことは、自分の体をほぐすことだったのです。 意識や心がことばとともにあることが主張される風潮の現代社会の中で忘れられているのはことばを体の「生の器官」が作り出し発声しているという事なのだということなのでしょう。生の体をのびのびさせる所からことばを考える。ことばを失い、苦しみぬいた彼が到達した地点がそこにあります。 ぼくたちは自分以外の外界に対して多かれ少なかれ身構え、緊張して暮らしています。身体はこわばり、こり固まってしまっているのです。この身体は時代と社会の中で、生活を支えてけなげに立っているといって良いかもしれません。いつの間にか、リラックスして、素直にことばを発する力を失っているのかもしれません。 ところが自分ではその事に気付くことが難しいのです。「私」から「あなた」へ呼びかけたことばが届かない日常も、また当たり前のこととして「世界」を諦めてしまっていないでしょうか。 この本の中で竹内敏晴はそんなふうに問いかけていて、これは信用できるなというのがぼくの評価でした。 あの当時、そんな竹内が「出会い」を奇跡だと書いているのだから、高校生活を始める人たちにとっても、ゆっくり考えてみる価値があると信じて、その日も教室には出かけて行ったはずだったのですが・・・・。 今では懐かしい思い出なのです。それにしても、「寝た子」たちに「言葉」を届けるというのは難しいものですね。(S)初稿2006・04・15改稿2020・6・4追記2019・06・27 教室で声の小さい生徒は必ずいる。ぼく自身は、やたら声が大きくて、周りの人が顔をしかめるタイプなので、「イラッ」とすることがよくあった。バカみたいなことを言って申し訳ないが、この本を読んでから、すこし、腹が立たなくなった。 生徒たちの「声」とか、「ことば」とか、「表情」とか、「しぐさ」とか、そういうことが、教壇に立っている時に気にかかり始めた。そうすると、少し落ち着いてしゃべることができるようになったと、あの当時感じたことを、最近、映画の画面を見ながら思い出すことがある。 お芝居をしている舞台の上の役者の声とか、映像の中の表情とことばとか。会話になっているのかどうか、若い俳優さんが出てくるエンターテインメントなんかで、会話をみていて「えっ?」と思う。そんなシーンが時々ある。追記2020・06・04 「うたのはじまり」というドキュメンタリー映画に、耳の聞こえない父親がお風呂の中で赤ん坊を抱きながら、赤ん坊の言葉に呼応して歌い始めるシーンがありました。「ダイジョーブー♪、ダイジョーブー♪」と歌うそのシーンが「お風呂」のシーンだったことに、なんだかとても納得しました。 裸で湯につかって、抱き合っている親子が、体全体で伝えているものが、やはりあるのでしょうね。追記2022・06・23 老人が二人で暮らす、広くもないアパートでお互いの言葉がよく聞き取れないことが、最近、増えました。そっぽを向いたまま話しかけたり、何か尋ねたりしても、たいてい聞こえないようなので、もう一度向き直って「おい!」と声をかけなおすということになりますが、向こうからも、まあ、同じようなことであるようです。 老化という言葉を思い出しながらも、これといって「~ねばならない」ことが、もう、さほどあるわけでもない暮らしなのに、「こわばった体とこころで暮らしているのかなあ・・・」 と思うことがあります。耳が遠くなる理由は、耳の老化のせいだけじゃあないだろう、そんな気もして、なんとなく柔軟体操のまねごとを始めましたが、「固いのなんのって!」という状態です。いつまで続くかわかりませんが、せめて、立ったままで手が床につくくらいまでは頑張ろうかなと思っています(笑)。ボタン押してネ!にほんブログ村教師のためのからだとことば考 (ちくま学芸文庫) [ 竹内敏晴 ]「からだ」と「ことば」のレッスン (講談社現代新書) [ 竹内敏晴 ]
2019.06.27
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中島京子「長いお別れ」(文藝春秋) 映画館で、映画「長いお別れ」を見ました。気になったところが何か所かあって、中島京子の原作の小説「長いお別れ」(文藝春秋)を読みました。 原作は「全地球測位システム」から「QOL」まで、八篇の短編を時間の流れに沿って並べた短編集の体裁で作られていました。読めばわかることですが、映画との一番大きな違いは、家族として登場する人物の数でした。映画では娘は二人でした。小説では三人で、上二人か既婚者。主人公の昇平と曜子という老夫婦の孫の数も違います。例えば、アメリカにいる姉娘の子供で、映画でも「長いお別れ」を経験する役どころである少年崇くんは一人っ子ではなく、兄がいて次男であるというふうに。 小説全般について解説し始めると話が長くなりそうなので、ここでは映画を見ていて気にかかったことについてだけ、触れてみます。 映画は山崎努と松原智恵子の老夫婦の快演で、納得したのですが、見終わって、最初に気にかかったのは、遊園地にやってくる、主人公、元中学校長東昇平さんは、何本傘を持っていたのかということでした。 雨模様を気にした彼が、子どもたちと、一緒に出掛けた妻曜子を迎えに行くという記憶に促されて、傘をもった徘徊老人として遊園地にやってくる。ポスターでも山崎さんは傘を持って立っています。 その傘が何本だったのか、まあ、どうでもいいようなものだけれど、妻のぶん、あるいは、自分のぶんは持っていたのだろうか、大人用の傘がどうして一本なのだろうというところが見ながらひっかかったのです。 ところが小説には、遊園地で見知らぬ姉妹に頼まれてメリーゴーランドに乗る話はあるのですが、映画の中にあった「家族のお迎え」という記憶のシンボルである傘の話は出てこない。このエピソードは小説にはありませんでした。あらら。 映画を作った人は、このエピソードで、認知症の老人と、その介護家族の間にある心のありさまの、お互い様というか、相互性ということを描くことで、「家族の愛」の物語を作り出そうという工夫をしたようですね。 それでは、小説はと考えると、次に気にかかった、次女の蒼井優と山崎努の縁側での会話のシーンにヒントがありました。「お父さん、私、またダメになった」 「そう、くりまるなよ」 「でも、くりまるよ!」 「そうかあ?」 「くりまっちゃうよ。震災のあとで、みんな、家族のきずなが大事とか、つながりたいとか、そういうふうになってるんだもん。」 この会話は映画の中で、見ている人みんなの記憶に残るシーンだと思うのですが、小説ではこうなっています。電話機を取るなり、昇平はやや興奮気味に話す。 「おほらのゆうこうが、そっちであれして、こう、うわーっと、二階にさ、こっとるというか、なんよというか、その、そもろるようなことが、あるだろう?」 芙美はあまりのわけのわからなさに、どうしていいかわからなかった。しかし、論理的に対応する必要も感じなかったし、そもそも気力がなかったので、しばらく絶句したのちに、 「あるね」 と答えた。 ふーん、と、どこか満足げな鼻息が聞こえてきた。 「すふぁっと、すふぁっと、といったかなあ、あれはゆみかいのときだね、うーっとあびてらのかんじが、そういう、あれだ、いくまっと。いくまっとじゃない、なんだっけ、なんと言った、あれは?」(「つながらないものたち」) きりがないからやめるが、電話の向こうの認知症の父と、何度目かの失恋で心が折れている娘の、上記のような、なんというか、壮絶な会話があって、映画のシーンの「くりまる」が出てきます。 そして、そのあとこうなります。「来ないよ。連絡なんて」 「ああ?」 「来るわけない。だって、向こうはもともと」 「そりゃなあ、ゆーっとするんだな」 つながらないはずの「ことば」が父と娘をつないでゆくのです。ただ、大事なことは、ここにあるのは世界と「つながれない」父と娘の「孤独」を「ユーモア」というべき言葉のやり取りで重ね合わせた、実に小説的な表現だということです。「家族の愛」というステロタイプには回収しきれない「ことば」の作り出す「世界」を描こうとする作家の意志のようなものを感じさせる描写で、この小説の白眉というべき部分だとボクは思いました。 映画が「くりまる」と「ゆーっとする」という印象的な二つの言葉を、遠くを見ながら口にする昇平と、それを「ことば」として受け取る娘を映し出すことで、解釈を観客にゆだねているのは、映画という方法にとして俊逸な演出だったのではないでしょうか。 さて、もうひとつ気にかかっていた「このごろね、いろんなことが遠いんだよ」という言葉についてはどうだったでしょう。 小説から引用してみます。映画ではどうだったかよくわからないのですが、小説では小学校三年生だった孫の崇が、久しぶりに帰国して祖父と会うシーンで出てくるセリフです。崇は反芻するように続けた。 「言ってることが、言いたいことと違っちゃってるけど、考えてることはあるんだよね。ねえ、おじいちゃん・考えてることはあるんだよね?」 「うん?」 昇平は体育座りする小三をちらりと見ると、また、庭に目を戻して言った。 「このごろね、いろんなことが遠いんだよ」 「遠いって?」 「いろんなことがね。あんたたちやなんかもさ」(「おうちへ帰ろう」) この会話は、それから7年後、アメリカで中学3年生になった崇が、所謂、不登校の生徒として校長室で校長先生と面談しているシーンへとつながって、こう書き継がれていきます。 祖父の死を知った直後の出来事なのですが、この場面は映画のラストシーンでもあります。「祖父が死にました」 男の子は突然そう言った。グラント校長は話すのをやめて、静かにタカシを見つめた。 「いつ」「おとといの朝でした」「そうか。おいくつだったね」 「八十とか、そのくらい」 「そうか。ぼくの父といくらも違わない。どうか、心からのお悔やみを受け入れてほしい。ご病気だったの?苦しんだんだろうか」 「ずっと病気でした。ええと、いろんなことを忘れる病気で」 「認知症か」 「なに?」 「認知症っていうんだ。ぼくの祖母もそうだった。」 「十年前に、友達の集まりに行こうとして場所がわからなくなったのが最初だって、おばあちゃんはよく言ってます」 「十年か。長いね。長いお別れだね」 「何?」 「長いお別れって呼ぶんだよ。その病気をね。少しずつ記憶をなくして、ゆっくりゆっくり遠ざかっていくから」(「QOL」) 七年前に、自分がどこにいるのかわからなくなった、「元中学校長」の祖父が、幼い孫に対して「いろんなことが遠い」と語ったセリフは、「校長先生」によって、「いろんなことが遠く」、人生の行方を見失いそうになっている「中学生」に語り掛けられる「ことば」として、いわば、謎解きされます。 作家はここでも、このセリフの「ことば」を、それぞれの登場人物に重ね合わせて使っているように見えます。その上で、作品を「長いお別れ」と題したことも、説明されるわけです。そして小説はここで終わりを迎えます。 映画は、このラストシーンで、少年の未来にかすかではあるけれど、光を与えようとした作家の意図をうまく表していたとは思えませんでした。 監督が描いたのは、葬儀を終えて居間でくつろぐ妻と娘たちの姿だったのですが、小説はこのシーンを描いていません。 作家と監督との間で描きたいことが、微妙にすれ違っていたんだと小説を読み終えて感じました。どちらが、どうということではありません。「いろんなことが遠い」ということは認知症の老人にだけやってくるわけではありません。ただ、ぼくとしては映画の終わらせ方に少々疑問を感じたということでした。 映画「長いお別れ」の感想は、この題名をクリックしてみてください。にほんブログ村にほんブログ村小さいおうち (文春文庫) [ 中島 京子 ]これで評判になったんですよね。のろのろ歩け (文春文庫) [ 中島 京子 ]読んだことありません。失礼!
2019.06.26
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マシュー・ハイネマン「ラッカは静かに虐殺されている」元町映画館 no1 「元町映画館」に初めて行ったのが、2018年、昨年の7月のはじめでした。元町商店街の3丁目だとばかり思いこんでいて、その上、山側だと思いこんでいて、探しあぐねましたが、「お茶」屋のおニーサンが、親切に教えてくれました。 観たのは、マシュー・ハイネマンという人の、この映画でした。 「ラッカは静かに虐殺されている」 平和とか自由とか、人々は、たぶん、そういうことを大事だと思っているのに、世界が静かに崩壊していく印象を受けました。残酷だとか、非人間的だとか、そういう言葉が通じない世界が、すぐそこに、何のためらいもなくあるという実感が迫ってきました。 本当は、異様なはずの映像が、淡々と流れるように見えてしまいます。「ぼくは少しおかしいんじゃないか?」「ヤバイよこれは!」「ここは、息をのむところだろう?!」 焦りのような、不安のような、言葉にならない何かが、自分の中に音にならない音を響かせながらひろがっていくのを感じました。そして、ぼくは、じっと、文字通り、かたずをのんですわっていました。 邪魔者はどんどん殺していく、そんな考えを子どもたちに煽るという事実が、今、この世界のどこかにあるということが、うまく咀嚼できません。そんな苛立ちのようなものがジーッと頭の中にのこりました。 生きのびて、憔悴しながら、伝えることに全てをかけている人々の顔がありました。普通の暮らしをとり戻そうとする命がけの表情と姿に胸を衝かれたように感じました。そしてぼくは、やはり、すわっていました。自分の中に、いたたまれない感じが拡がるのがよくわかりました。 映画館を出ると、外は、夏本番の日差しがあふれていました。誰も歩いていない裏通りを選んで歩きました。 それが元町映画館の初体験でした。これから、きっと世話になるに違いないと思いました。 2018/07/09追記あれから、一年が経とうとしています。世の中の、いたたまれなさが、急速に広がっています。いちばん最近、元町映画館でみたのは「主戦場」です。いろいろ、見せてくれる映画館ですね。追記2020・05・31 臨時閉館していた元町映画館が、昨日(5月30日)から再開したようです。60席あまりしかない映画館に、きっと大勢のファンが駆けつけているに違いありません。 さて、再開第一発は何にしましょう。やはり「ニューシネマパラダイス」かな。追記2023・05・31 ブログのカテゴリーを改修しようとして、古い記事を触っています。この数年間お世話になっている元町映画館の初体験が2018年の7月9日で、観たのがこのドキュメンタリーだったことを、なんとなくですが、覚えていました。元町映画館では、あれから200本ほどの映画を見てきましたが、まあ、これからもお世話になることでしょう(笑)ボタン押してネ!
2019.06.25
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黒川創「鶴見俊輔伝」(新潮社) 今回の案内は黒川創による「鶴見俊輔伝」(新潮社)という伝記です。この本は五百ページを超える分厚い本なのですが、三百ページを超えたあたりにこんな文章が引用されています。 今でも昨日のことのように思い出しますが、真っ白に雪の降り積もった二月の朝、陣地の後ろの雑木林に四十人の捕虜が長く一列に並ばされました。その前に三メートルほどの距離をおいて私達初年兵が四十名、剣付き銃を身構えて小隊長の『突け』の号令が下るのを待っていたのです。 昨晩私は寝床の中で一晩考えました。どう考えても殺人はかないません。小隊長の命令でもこれだけはできないと思いました。しかし命令に従わなかったらどんなひどい目に会うかは誰でも知っています。自分ばかりでなく同じ班の連中までひどい目にあわすことが日本軍隊の制裁法です。け病を使って殺人の現場にでないことを考えてみました。気の弱い兵隊がちょいちょいやる逃亡という言葉も頭をかすめました。しかし最後に私の達した結論は「殺人現場に出る、しかし殺さない」ということでした。『突け』の号令がとうとう下された。しかし流石に飛び出していく兵隊はありません。小隊長が顔を真っ赤にしてもう一度『突け』と怒鳴りました。五、六人が飛び出してゆきました。捕虜の悲鳴と絶叫と鮮血が一瞬のうちに雪の野原をせいさんな修羅場に変えました。 尻込みしていた連中も血に狂った猛牛のように獲物に向かって突進してゆきました。 私はじっと立っていました。小隊長近づいてきました。「続木!!行かんか」と雪をけちらして怒鳴りました。私はそれでもじっと立っていました。小隊長は真っ赤な顔を一層赤くして「いくじなし」というが早いか私の腰を力任せに蹴り上げました。そして私の手から銃剣をもぎ取ると、銃床で私を突き飛ばしました。 小隊長の号令に従わなかった男は私以外にもう一人だけいました。丹波の篠山から来た大雲義幸という禅坊主の兵隊で、二人はその晩軍靴を口にくわえ、くんくん鼻をならしながらよつばいになって、雪の中を這いまわることを命ぜられました。これは「お前たちは犬にも劣る」ということだそうです。 しかし大雲も私も「犬にも劣るのはお前たちのほうだ」と心の中で思っていましたから、予想外に軽い処罰を喜んだくらいでした。これを機会に二匹の犬は無二の親友になりました。 個人の戦争体験の記録として、今読んでも、実に印象的なこの文章は、京都の駸々堂というパン屋の社内報に、経営者の一族で専務であった続木満那(まな)という男性が「私の二等兵物語」という物語として連載していたらしいのですが、その1961年新年号の記事です。 本書はここまで、鶴見俊輔の出生からの家族関係、少年時代のアメリカ体験、軍属としての従軍、戦後の「思想の科学」という雑誌の発行、1960年の安保闘争との関わり、というふうに、時間を追って丁寧に記述されています。 特に、晩年の鶴見俊輔が、繰り返し語った、少年時代の母との関係や、アメリカ暮らしにおける「一番病」 といった、人格形成におけるトラウマのような部分について、実に客観的で公平な視点で書き進めている点で、ぼくのような鶴見フリークの偏った理解をただしていく、冷静な好著として読み進めてきました。 ただ、著者が「何故この伝記を書こうとしたのか」という、執筆のモチベーションに対して、かすかながら疑問は感じていました。ひょっとして、よくいえば冷静だが、悪くすると平板なまま終わるのではないか。そういう感じです。 そこに、この引用でした。この伝記を通読すれば理解していただけると思いますが、この文章が、この伝記のちょうど峠を越したあたりで引用されているのには、結果的に二つの大きな意味があると、ぼくには思えました。 一つは鶴見自身を苦しめてきたアイデンティティ ― 自分とは何者か ― の問題を解くカギになる、生い立ちとは別のポイントを著者黒川創は示しそうとしているのではないかということです。 鶴見俊輔には戦地で体験した「人が人を殺すことを強いる国家」に対して、もしも、あの時、命令が自分に下っていれば、自分は引用文の続木二等兵のような抵抗の勇気を持つことができなかったのではないかという形で現れる自己否定的な疑いが終生あったと思います。 この疑いが、日米安保条約という軍事同盟・再軍備に抵抗する中で「死んでもいい!」 と考えるような極端な思い込み。例の樺美智子の死に対して、国立大学教員を辞職して抗議するという果敢な行動。少年時代の自己や家族に対してくりかえされる自嘲的発言。ひいては、再三苦しんできたうつ病の引き金を引いてきたという、鶴見俊輔の自意識の実像 を、黒川創が、ここで再確認しようとしているという印象を強く持つ引用なのです。 若き日の鶴見が学んだ論理実証主義の哲学によれば、「もしも」の仮想に捉われて悩むのは妄想というべきことにすぎません。しかし、この「どうしようもない」妄想の中にこそ人間の真実が潜んでいると考える中から、「もう一度生き直す」 という積極的な契機をつかむことを見出していく哲学者のターニングポイントとしてこの挿話があるというのが、本書に対するぼくなりの実感です。 続木二等兵の回想は、妄想に苦しんでいる哲学者にとって「救いの光」 だったのではないでしょうか。その光は、マッカシーの赤狩りに抵抗した、リリアン・ヘルマンについて鶴見俊輔自身が、別の著書の中で、こんなふうに語っています。 リリアン・ヘルマンは、マッカーシー上院議員の攻撃にさらされた結果、米国知識人であると否とを問わず、何人もの人たちと彼女が分かちもっている彼女自身のまともさの感覚に寄りかかるようになりました。彼女は、いま私がここで述べたと同じような直観を持っていたのかもしれません。 生き方のスタイルを通してお互いに伝えられるまともさの感覚は、知識人によって使いこなされるイデオロギーの道具よりも大切な精神上の意味を持っています。 (「ふりかえって」1979年12月6日の講義) 「まともさの感覚(the sense of denncecy)」という、70年代に学生生活を送ったぼくにとって、吉本隆明の「大衆の原像」とともに心に刻み込んだ鶴見俊輔のキーワード! が、この時点で実体を獲得し、「ベ平連」以後の彼の行動を支えていくという、この伝記の展開には、瞠目というような似合わない言葉を、思わず使いたくなるものがあります。 ここから、いわば、「後期鶴見俊輔」の始まりが予告されているのではないでしょうか。 さて、この引用の二つ目の重要なポイントは、この挿話の載っている冊子を鶴見俊輔の許にもたらした北沢恒彦という人物の登場です。 北沢恒彦は大学を出て駸々堂に勤めはじめたばかりで結婚し、1961年6月15日、樺美智子の一周忌の当日に、長男、北沢恒が生まれます。 その後、同志社大学で教え始めた鶴見俊輔とともに京都で活動し、やがて「思想の科学」に寄稿する評論活動へ進み、鶴見の晩年の著作を出版することになる「編集グループSURE」を始めた人らしいのですが、1999年に亡くなっています。「なぜ、この人物についてだけこんなに詳しく書くのだろう?」と不思議に思って読み進めていると、なぞは解けます。 実は、61年に生まれた北沢恒こそが、のちに「鶴見俊輔伝」の著者となる黒川創、その人なのです。伝記にはここから、著者である黒川創自身と鶴見俊輔とのかかわりという、ここまでとは、すこし色合いの違う一本の横糸が張られます。 ここから、読者であるぼくは、この評伝の最後も読みどころとして、この少年が老哲学者の伝記を書くに至る動機に目を凝らすことになるのです。 やがて、最終章、残すは十数ページという所まで読み進んだところに、こんなエピソードが記されています。 心臓などに持病のある横山貞子は、自身も加齢する中、鶴見俊輔への介護を続けながらの暮らしに、体力の限界、そして不安を感じるようになっていた。そこで、夫婦揃って老人施設に入所しないかと鶴見に提案し、彼も同意する。だが、翌日、鶴見は同意を撤回、やはり自宅で暮らしたいと話した。「私はどうなってもいいの?」と、横山は夫に尋ねた。「すまないが」と、鶴見は答えたという。 これを書き付けた黒川創の真意を知ることは、もちろん、できません。しかし、ここに、筆者のモチーフが凝縮して表れているのではないかというのが、ここまで読み進めてきた、ぼくの感じたことでした。 このシーンは、生涯で初めて、老鶴見俊輔が他者に心をひらき、「もうろく」に身を任せ、甘えを口にしたシーンだったのではなかったでしょうか。 「まともである」ことに緊張し続けてきた自意識から解放され、意識的に自分を律しつづけることから、初めて自らを許した瞬間だということもできるかもしれません。 ぼく自身は、このシーンを読みなおしながら涙が止まらなくなりました。鶴見俊輔の書物はぼくにとっては「青春の書」であり、その生き方は指標でした。その人物の「老い」を目の当たりにしたような感動でした。こういう読書体験はそうあることではありません。 おそらく、書き手黒川創は、書き手自身が備えている「まともな」目によって、「すまないが」という言葉の、鶴見俊輔にとっての重さを正確にとらえていて、この場面を書き残すことこそが、ここまで書き継いできた鶴見俊輔の生涯に、一人の「ただの人間」としての眸(ひとみ)を書き加えることだと考えたのではないでしょうか。 少年時代から見上げ続けてきた哲学者を「ただの人間」として描くことによって、90年間にわたる「一番病」の苦しみから彼を救うことができるのではないか。この「救い」こそが、書くべきこととしてある。黒川はそう考えたに違いないというのが、ぼくに浮かんだ思いでした。 黒川創が、鶴見俊輔という哲学者の苦闘の人生を冷静に描くことを目指しながら、「ただの人間として生きたかった男」を見事に描いた傑作評伝でした。(S)追記2020・02・09 「まともさ」などかけらもない人間が、大手を振って歩きまわる社会が始まっています。吉本隆明や鶴見俊輔を読み直す、あるいは、若い人が読み始めればいいればいいのになあとつくづく思います。名著だと思ます。 時々集まる、本を読む会の、次回の課題になってうれしいのですが、でも、鶴見俊輔の「ことば」に出会うのがつらくて読みなおし始めることができていません。まあ、ぼくは、そういうやつだということですね。追記2024・01・07 鶴見俊輔を読み直そうかと。まず、手始めは「身ぶりとしての抵抗」(河出文庫)です。追記2025・03・19 「若い人たち」と、繰り返し口にすることが多くなりましたが、こうして読書案内を続けながら、その「若い人たち」がどんどん遠ざかっていく寂しさをかみしめる日々です。今頃になって、鶴見俊輔なんて、いったい、どんな若い人が読むのだろう。 そういえば、愉快な仲間のチビラくんたちの先頭バッターのこゆき姫が、春から高校生だそうです。たとえば、彼女が、偶然、このブログを見て、「ジージがこんな事を云ってる!」 というキッカケで、手に取って、あの頃のボクのように・・・だってあるかもしれないじゃないですか(笑)。 読み直して「案内」するのは、どうしても思い出語りになってしまうのですが、誰かのきっかけになれば、という期待は失いたくないですね。にほんブログ村にほんブログ村考える人・鶴見俊輔 (FUKUOKA Uブックレット) [ 黒川創 ]すぐ読めます。【新品】【本】日米交換船 鶴見俊輔/著 加藤典洋/著 黒川創/著図書館でどうぞ。
2019.06.25
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もう、十数年昔のことです。三年生の教室で出会って、浪人していた人がいました。小論文の入試があって対策に付き合ってほしいという電話が自宅にかかってききました。義理というか、人情というか、まぁ、ぼくにでもできることならお手伝いさせていただきましょうということで、申し出のあった二人の浪人生の相手をしました。二人とも優秀な人でしたから、結果的には志望校に合格しました。しかし、小論文については二人とも劣等生でした。 二人のうちの一人は医学部を、もう一人は教育学部を志望していましたが、受験大学の過去の問題には「遺伝子操作によって治癒する可能性が高い遺伝的疾患が胎児に発見された場合、医師であるあなたはどのような治療をするべきか述べよ。」とか、「あなたのクラスでいじめが始まったときに教員であるあなたはどうしますか。」といったものがありました。 受験勉強の常道で過去に出題された試験問題の練習を始めてみると、全くお話にならない状態でした。この時点で彼等が何に苦しみ驚いたかといえば、「生命倫理」「遺伝子治療」「人工授精」「イジメ」「人権」「こころの教育」といったことばの意味どころか、ことば自体を知らないという自分自身のアホさにだったのです。公立としては県内有数(?)の受験校でトップクラスの成績をおさめながら自分が進もうと考える学問分野の最新の課題を何も知らない。受験には現代社会の現場でなにが起こっているのかなんて関係ないと思っていたそうです。 社会的関心を失って模試の結果だけに一喜一憂し、やれ、どこの大学がむずかしいとか、どこかの高校は何とか大学にたくさん入ってえらいとかいうことが如何に馬鹿馬鹿しいことか、考えてみればすぐにわかることなのですが、それを考えるという「発想」そのものを受験生は奪われているかもしれません。たとえば、大学見学会なんていう催しが、「オープンキャンパス」と称して昨今はやりですが、建物やクラブ活動の派手さだけを話題にする見学に何の意味があるのでしょうか。つまらんことに感心してないで、在籍する教授の研究業績に興味を持てよといいたくなります。「じゃあ、受験指導とやらをしている、あなたは、何を知っているのか。」 彼等が、そのように問い詰めたわけではありません。しかし、お付き合いをしながら、教員である僕自身も自分の関心の狭さを思い知らされたことは事実なのです。とりあえず「イジメ」や「人権」は、一応、仕事関連事項ですからいいとして、実際に遺伝子に起因するどんな病気があるのかとか、遺伝子治療とはそもそもどんな治療であるのかとか、人工授精や遺伝子治療のなにが倫理的に問題なのかなんてことは、正直にいえば「考えたことがない」としかいいようがなかったのです。やれやれ・・・ 無知な浪人生と、無知な高校教員というセットでは受験には勝てません。こういう場合、無知に目覚めた高校教員はどう対処するかというと、手当たり次第、関係のありそうな題の本をひたすら読む。ただそれだけです。言い訳したって始まりませんからね。知識獲得方法に年齢は関係ありません。 今日紹介するのは、そういうわけで、当時、ジタバタ手に取って読んだ本の一冊。 林純一「ミトコンドリア・ミステリー」(講談社・ブルーバックス)「国語」の教員たるもの、そんなきっかけでもなければ、こんな題名の本を読んだりしません。ところが、読んでみると実に良く書けているのです。ちょっと偉そうな言い草ですが、理系の本にありがちな、金釘流というか、ぶっきらぼうで事実が伝わればいいんでしょうというパターンと一味ちがいました。 著者の林純一が中学校の先生になるつもりで東京学芸大学に進学しながら、ミトコンドリア遺伝子研究の最先端の学者になった経緯から書き始められているところがかなり異色です。この本を書いた当時、筑波大学の教授さんであったらしいのですが、本一冊が、いわば波乱の研究史になっていて実に読みごたえがありました。 ミトコンドリアとは何かという素人の疑問に簡潔に答えたあと、ミトコンドリアの遺伝子と細胞核の遺伝子の違い、ミトコンドリア遺伝子の遺伝病とのかかわりの謎を世界の研究者との熾烈な競争や、研究現場での失敗や偶然のアイデアのおもしろいエピソードを交えた語り口は、理系の堅物の著書とはおもえませんでした。現場の様子を伝えた理系の本というだけではなく、まず読み物として二重マル。素人の知的な新発見の面白さという面でも高水準だとおもいます。 同じようなおもしろさに充ちた本といえばリチャード・ファインマンを思い出しましますね。MIT(マサチューセッツ工科大学)で数学を、プリンストンの大学院で物理学を専攻し、アメリカの原爆研究計画で有名な『マンハッタン計画』に二十代で召集され、後にノーベル物理学賞を受賞した素粒子物理学の天才が、研究イタズラ歴をすべてしゃべった「ご冗談でしょファインマンさん(上・下)」(岩波現代文庫)。 ファインマンさんの回顧録はシリーズで出て評判になった本です。今では岩波現代文庫に全巻復刊されています。当時、話題の脳学者で、『クオリア』の提唱者である茂木健一郎も、どこかの本で激賞していました。ついでですが、ファインマンがカリフォルニア工科大学で教えていた講義が『ファインマン物理学』(岩波書店)という大学生用の教科書になっていて、評価が高いそうです。大学生協の書店でアルバイトをしていたときに売ったことはありますが、読んだことなどもちろんありません。自信のある方は市立図書館で探してみたらいかがですか?ファインマンは最近話題になっている量子コンピューターを提唱したことでも有名な人です。ともあれ努力家林純一にしろ、あっけらかんの天才リチャードファインマンにしろ、研究が楽しくて仕方がない感じがとてもいい。 なついて(?)来てくれる受験生諸君によく言ったことです。「受験のために読めといっているのではありませんよ。いろいろな世界を知らないまま、やれ進路の、やれ大学のと騒いでいてもしようがないでしょう。手にとった本の向こうに知らない未来があるかもしれない。若さが可能性の塊だということに早く気づいていただきたい。わかる?」 どうも、偉そうなお説教になってしまいました。お説教をする相手がいなくなるというのは寂しいことですね。(S)にほんブログ村にほんブログ村ご冗談でしょう、ファインマンさん(上) (岩波現代文庫) [ リチャード・フィリップス・ファインマン ]ご冗談でしょう、ファインマンさん(下) (岩波現代文庫) [ リチャード・フィリップス・ファインマン ]ファインマンさんは超天才 (岩波現代文庫) [ クリストファー・サイクス ]聞かせてよ、ファインマンさん (岩波現代文庫) [ リチャード・フィリップス・ファインマン ]
2019.06.24
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黒沢清 「旅のおわり世界のはじまり」シネ・リーブル神戸 映画館に足を踏み入れることのなかった30年余りの間に、世界で評価される監督として有名になった人で、全く見たことがなかった人というのは、当然たくさんいるし、見たことがない映画もたくさんある。 そんな監督や作品のなかで、黒沢清という監督は、何故だか著書は読んだ記憶があるが、ぼくの中では「観てみたい」人の筆頭だった。 シネ・リーブルの500人の大ホール。ネットの予約画面がゼロだったので、思い切って正面6列目の真ん中の席を取った。 座ってみると、封切られた直後だったが、会場に客はほとんどいなかった。上着を脱いで、汗をぬぐっていると暗くなった。 ドアのガラスの向こうに何か映っている。人影なのか。そこから、カメラは方向をかえて、ゆっくり部屋のなかを映しはじめる。向こう向きの女性の後ろ姿が見える。女性が窓を開けて、風が吹き込んでくる。 映画が始まった。そして映画はあっけなく終わった。これが黒沢清か??? シネ・リーブルを出て元町映画館へ向かって歩きながら、何も思い浮かばなかった。 このあと元町映画館では、話題の「主戦場」が待っているわけで、大丸の前を通りながら、クヨクヨと考え込んで独り言してしまった。「今日は忙しいからね、クヨクヨしても仕方がないよ。」 「うん、ぼく、なんか見落としてるのかな?山羊の話なんて、わざとらしすぎてポカンとしちゃったし。」 「さあ、よくわかんないね。観光映画かなあ?」 元町映画館の前はなんだかすごい人盛りだった。受付で顔見知りの受付嬢が笑顔で手を振って迎えてくれた。 「やっぱり、すごい人やね。」 「はい『主戦場』(ここをクリック)満席ですよ。うちは66席ですから。でも、シマクマ先生、入場、一番でしたよね。もうしばらくお持ちください。」「ハイハイ。うん、朝一番に来たのは正解やったね。」「黒沢清どうでしたか?」「あの女の子、ぼく、あんまり好みやないね。」 「ああ、前田敦子でしょ。あの監督、あの子でずっと撮ってるんですよ。」 「ふーん。好きなんや。ようわかりまへんでしたけどね。」 監督 黒沢清 脚本 黒沢清 製作 坂本敏明 水野詠子 太田和宏 キャスト 前田敦子(葉子) 染谷将太(吉岡) 柄本時生(佐々木) アディズ・ラジャボフテムル 加瀬亮(岩尾) 2019年 日本・ウズベキスタン・カタール合作 120分 2019・06・21・no15ボタン押してネ!にほんブログ村【中古】 世界最恐の映画監督 黒沢清の全貌 /文學界編集部(編者) 【中古】afbこれ読んだ気がする恐怖の対談 映画のもっとこわい話 [ 黒沢清 ]なんか評価高かった。
2019.06.23
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井垣康弘 「少年裁判官ノオト」(日本評論社) ♪♪盗んだバイクで走り出す 行き先もわからぬまま 暗い夜の帳の中へ 誰にも縛られたくないと 逃げ込んだ この夜に 自由になれた気がした15の夜♪♪ かつて、尾崎豊という青年が唄った「15の夜」という歌があります。1992年、26歳だったかの若さで謎の死を遂げてしまった、伝説の歌手のデビュー曲です。今でも知っている高校生がいるかもしれません。ナイーブで暴力的なまでに激しい少年の感覚を歌った切ない名曲がたくさんあります。まあ、好き嫌いはあると思いますが。 ところで、「15の夜」バイクを盗んだ少年がたどり着く場所の一つに家庭裁判所少年部というところがあります。今日紹介する本は少年係判事として裁判官生活の最後の八年間を送り、退職して弁護士をしている井垣康弘という元裁判官の手記「少年裁判官ノオト」(日本評論社)という本です。値段が1600円しますから、この案内で紹介する本としては少々高めでしょうか。 それでも、この本は読む価値があると思います。まず、裁判官などという仕事をしている人は一般の人向けの本を書くことをおそらくめったにしないのでしょう。判例集のような専門書ならともかく、一般読者向けなど、ぼくは見たことがありません。 もしあったとしても裁判官の書く文章を想像すると、ちょっと読む気がしなくなりそうじゃありませんか。ところが、この本の場合はそのまま全部仕事の記録なのですが、コレが裁判官なのかと思わせるような洒落っ気に充ちた文体で書かれています。いい加減という意味ではありません。司法の世界を情報開示、医学でいうインフォームド・コンセント、することで変えていきたいという意志に貫かれているようすで、文章作法にも工夫があるのです。 次に、少年の犯罪についてコレだけ世間が騒いでいるというのに、例えば誰が鑑別所と少年院の違いについて知っているだろうという疑問に答えています。 少年達の反社会的行動について、警察や裁判所がどのように対処しているのか知っている人はいるのでしょうか。 この本は現場で少年審判を行ってきた裁判官の報告であり、審判のプロセスについて素人が気付かない問題点やルールについても丁寧に解説しています。良心的なプロの解説なのですから法律の運用が実によくわかるわけです。 さて、何よりもこの本の眼目は、著者井垣康弘さんが「酒鬼薔薇聖斗」と自称する15歳の少年が犯した連続殺人事件の審判を下した裁判官であるという点だと思います。 事件は1997年、神戸市須磨区で起こりました。大人の理解を絶した異常な「少年A」の犯罪としてスキャンダラスに報道されました。 以来、出版メディアにおいても評論家やルポライターによる関連著作、関係者の証言や手記の類を数え上げれば膨大な数になるとおもいます。「少年法改正」をはじめ、てんやわんやとも言える大騒ぎが続く中、誰もが知らなかった審判の真相。それを担当した裁判官その人が書いた注目の書というわけです。 本書の三分の一は「少年A事件」審判の記録であり、残りは著者が担当した他の少年事件の記録です。 通りがかりの少女をハンマーで殴り殺したり、殺した年下の少年の首を鞄に入れて自宅に持ち帰り、通学する中学校の校門に晒した15歳の少年。自分を救ってくれない社会や家族への絶望と憎悪。「どこか静かな所で一人で死にたい」とつぶやく少年の審判はどのように行われたのでしょうか。 精神鑑定が中井久夫氏ともう一人の精神科医によって行われ、結果が保護者と本人に説明されます。その鑑定書の骨子も本書で読むことが出来ます。 最後に母親が鑑定人に質問した。「この子は立ち直れるのでしょうか?」「わずかなパーセントかもしれないが、その可能性はあります。」 裁判長は、このわずかな可能性にかけて審判決定書にこう記したそうです。「当分の間、落ち着いた、静かな、一人になれる環境におき、一対一の人間関係の中で、愛情をふんだんに与える必要がある。」 少年Aを救うために何が必要なのか。彼は決定書を書いただけではありませんでした。 審判の後、少年院には年に一度のペースで動向視察に行った。調査官も連れて行くが、審判にかかわった調査官は、年々、転勤でいなくなった。 少年院に入ると、若い法務官から猛烈な抗議を浴びせられた。「マスコミが少年Aのことを報道すると、その夜必ず酔っ払いから『まだ生かしているのか。早く殺せ』との意味の電話がかかってくる。裁判官!そういうことを知ってテレビを連れてきたのですか!」というのである。私は、「担当裁判官が少年院を訪ね、少年にも面会もして成績を見ていることを広く世間に知ってもらうことは、将来、少年Aの社会復帰を世間に受け入れていただくためにも、必要かつ有益な情報提供である」旨力説したが、すんなりわかってくださったのは、院長を含む医師たちだけだったようである。 裁判官も行動するのですね。ぼくが本書を読んで一番驚いたのは、実はこのことでした。 やがて、死を望んでいた少年Aがこんなふうに語り始めます。 社会のあれほどの悪意を背にしながら、― 警察官、検察官、裁判官、調査官、弁護人、鑑定人、鑑別所の先生方、少年院の先生方 ― 皆で『生きろ』と言い続けくれたことについて、心から感謝したい。 この本の中には、15歳にしてこの社会から零れ落ちるように人を殺し、一人ぼっちで絶望している少年を、何とか社会の中で生きさせようとする大人たちがいます。人間が共同で生きることを肯定する為に法律があることをプラグマチックに実践する裁判官がいます。ぼくはこの本を高校生に読んで欲しいと思います。そして、仕事の内容は「職種」によって決まるのか、「人」によって決まるのか考えてみて欲しいと思うのです。(S)2006・06・26追記 2019/06/22 2006年ですから、もう10年以上前に、高校生に向けた「読書案内」で書いた内容です。わら半紙に印刷して、授業の教室で配布していました。 「少年A事件」と呼ばれるようになった出来事から10年ほど経った頃でした。事件の現場が、すぐ近所の出来事だったし、読んでくれる高校生のなかには少年を見知っている人が、まだいる頃でした。こうして、話題にすることに、ぼくなりの勇気がいったことを覚えています。 その後、著者の井垣康弘は、その手記による情報の公開をめぐって批判され、ネット上などでもかなりなバッシングを受けたようですが、詳しい経緯は知りません。「少年A」に関しても、この間、ことあるごとに話題にされながら、あっという間に消えてゆくメディアの喧騒は、落ち着いて考える態度を壊すものであるという印象を残しただけでした。 最近、当時「タンク山」と呼ばれた、事件の現場近くを通行することが多いこともあって、「阪神大震災」、「オーム真理教」事件、「少年A」事件と立て続けに起こったあの数年間を境に「何かが変わったなあ」という気分が、ふと湧いてきます。神戸にすんでいる人間だからかもしれませんが、「東北の震災や、原発事故の前にすでに何かが変わっていた?」と感じていたことを確かめたいというのが今の気持ちです。追記2022・09・06 今年の夏、医師の中井久夫さんがなくなりました。阪神大震災直後の「少年A事件」で少年の精神鑑定をなさった神戸大学のお医者さんです。亡くなって、思い出したことの一つが、その事件についてでした。 ぼく自身の今日までの生活の中で阪神大震災の経験は、やはり、忘れることのできない経験なのですが、人間というものはそういう経験をどうしながら生き続けているのか、他人事だと思っていたコロナに、思いがけなく感染してみて、つくづくと振り返るのですが、よく分かりません。出来れば井垣康弘さんのこの本も読み継がれることを祈るばかりです。ボタン押してネ!にほんブログ村裁判所の窓から [ 井垣康弘 ]「少年A」14歳の肖像【電子書籍】[ 高山文彦 ]
2019.06.23
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徳永進「自動詞と他動詞」(「図書」2014年6月号)岩波書店 徳永進という名前のお医者さんをご存知でしょうか。「ホスピス・ケア」とか、「ターミナル・ケア」という言葉があります。「終末期医療」ともいわれています。徳永さんは鳥取県で「野の花診療所」という病院を開いて緩和ケアの仕事をしているお医者さんです。下に引用したのは、岩波書店の「図書」という冊子に、ずっと昔に書いていらっしゃった文章の一部です。 「自動詞と他動詞」 動詞は動きを示す言葉だろう。動きは宇宙に、自然に、社会に、家の中に、自分の体の中、心の中に無数にある。言葉があるというより、生命現象の場には、無数の動きがあり、それを動詞が追っかけているのだろう。 自動詞は他にかかわらず、他に影響を与えない動詞。自らのうちに生じる現象を追う言葉。 足なら、立つ、歩く、走る、ころぶ。手なら触る、ちぢかむ、のびる、拍手する。手足なら、這う。会う、笑う、泣く、寝る、起きる、苛立つ、怒る、つのる、いたむ。 でもどちらかといえば、手、足、目、耳、舌、歯、心、などが持つ動詞は、他動詞であることが多いと思う。握る、蹴る、見る、聞く、味わう、噛む、憎む、愛する。自動詞、他動詞の両方によって身体の運動、心の動きは捉えられている。随意筋と不随意筋によって筋運動が支えられているように。「伝える」と「伝わる」を臨床で教えられ、自動詞って深い、と知ったが、自動詞がより深い言葉で、他動詞がそうではない言葉、などとは言い切れないことも教えられる。抱く、さする、慰める、励ます、支える、癒す、助ける、救う、いずれも大切な他動詞たちだ。 生死につての動詞についても考えてみた。「生む」は他動詞、「生まれる」は自動詞。「生まれる」は英語では受動態だが、日本語では受動態とは言えず、自動態というべきだろうか。「殺す」は他動詞で能動態。「殺される」は受動態。「死ぬ」は自動詞、であるのに、「死なれる」という言い方があり、深い言い方だと知った。 小児科医たちが集まる医局で、「夕方、アキラ君に死なれちゃった」と目頭を赤くして小児科医が言う場合だ。自動詞の受動態。「別れ話をしていたら、彼女に泣かれて」も、泣くという自動詞の受動態。自動詞の受動態には、奥行きがある。 臨床で大切な「共感」「受容」「傾聴」の名詞は、それぞれ「する」をつけると自動詞になる。自動詞ならどれでも深いとは一律にはいえず、表面的に形式的にその動作をしているなら、それらは浅い。自動詞の「傾聴する」とは「聴く」ことである。聴くは他動詞だ。自動詞の世界で別の言葉を見つけ直すなら何だろう。「聞こえる」か。 患者さん、家族さんの気持ちを傾聴することはとても大切なことだが、さらに、その向こうで発されているかもしれない聞こえない声を聞こうとする、ない声が聞こえる。このことの方がより大切なことのように思える。自動詞は偉い。だが、詩人の谷川俊太郎さんは「みみをすます」という言葉を使って、聞こえない過去、現在、未来の言葉に触れようとしたことを思い出した。「すます」は他動詞。他動詞の深さも教えられる。自動詞だって他動詞だって、考えてみれば当然、深くもなれば浅くもなる。お互いさまか。 飽きることなく考え続けた。「見る」は他動詞、「視る」も「看る」も。臨床では大切な動詞だが、「聞こえる」から連想していくと、「見える」という自動詞も大切だと思う、目の前に見える世界だけでなく、患者さんの生活を想像したり、心の中を想像したり、過去やこの先のことを想像して見える世界。「聞こえる」も「見える」も、幻聴や幻視に通じて大切な自動詞の世界なのかもしれない。 たどり着いたのは、自動詞、他動詞、それぞれの深み、それぞれの味。反省をふまえ、臨床で大切だと思った言葉をそれぞれから一つずつ。「湧く」、「祈る」。 いろいろ考えながら、最後に「湧く」「祈る」にたどりつく。「祈る」はそうなんだなとすぐに納得がいきますね。その前の「湧く」。ぼくにおもい浮かぶ言葉は「哀しみ」。しかし、ほのかな「歓び」かもしれません。 大江健三郎という作家が「リジョイス」という言葉をキーにして小説を書いていたことを思い出しました。もちろん学習塾やパチンコ屋さんの話ではありません。もう少し宗教的というか、生きていることの本質にかかわる言葉ですね。 リジョイス。そっと呟いてみませんか。名詞なのか動詞なのか、究極の自動詞かもしれません。(S)2014/10/01追記2023・02・17「死なれる」という言葉の深さについて考え込む機会がありました。要するに「死なれちゃった」経験をしたわけです。偶然ですが、徳永進の別の本を読んでいての経験でした。マア、まだ、うまく言葉にできませんが、この投稿を思い出して修繕しました。別の本の案内も、そのうち出来たらと思っています。今日のところは、ここ迄です(笑)。にほんブログ村にほんブログ村死の文化を豊かに【電子書籍】[ 徳永進 ]読みやすくて、深い。詩と死をむすぶもの 詩人と医師の往復書簡 (朝日文庫) [ 谷川俊太郎、徳永進 ]わたしだって看取れる [ 徳永進 ]
2019.06.22
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女の園の帰り道 徘徊日記 2018年6月21日(木) 松風村雨堂 在原行平歌碑 「松風村雨堂」の門柱のような石塔が横から見れば歌碑でした。立ちわかれ いなばの山の 峯におふる まつとし聞かば 今かへりこむ ぼくでも知っている在原行平の有名な歌ですね。 もっとも、ぼくは「松風」・「村雨」が女性の名であることすら知らなかった、通りすがりのボケ老人です。 庭に入ってみると「衣掛けの松」、行平の旅立ちの時の松の木の、結構大きな切り株がありました。 三代目と書いてあるのがうれしくて写真を撮ってしまいました。三代目って、実際、どういうことなのでしょうね。 離宮道をもう少し、南に徘徊すると「菅公手植えの松」という、通りがかりをもじれば、徘徊しがかりに見るには、これも一見!の松の切り株があります。 「わざわざ、でかけてきた。」という場合は「お腹立ち」の可能性を考慮に入れておかれた方がよいと思います。こっちは、もう、「切り株というも愚かなり。」といった風情で、超絶です。 今度また、写真を撮ってこようとは思いますが・・・・。ぼくは、一人で笑ってしまいました。2018/06/22ボタン押してネ!にほんブログ村
2019.06.21
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伊予の国、松山徘徊(俳諧ではありません)徘徊日記 2018年6月3日(日) 森盲天外 句碑 伊予とまうす 国 あたたかに いでゆわく 盲目の俳人。道後の村長さんだった人らしいですよ。子規から「天外」という号をもらったらしいのですが、自らは「盲天外」と号したらしいですよ。依怙地なわりに、素直な俳句ですよね。 子規の句碑の隣に、へたりこむようにして座っている、自然石。わざとらしくなくて、素人ぽくて気に入りました。2018/06/03子規の句碑はこちらをクリックにほんブログ村
2019.06.21
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「正岡子規 句碑 道後温泉」徘徊日記 2018年6月3日(日) 道後温泉のからくり時計の隣に正岡子規の句碑があります。 銅像もあります。 まり投げて みたき広場や 春の草 野球少年正岡ノボル君の碑です。伊予の松山を徘徊してきました。大変よい天気で、気持ちのいい朝でしたが、道後温泉の本館は、外から見ただけでした。 その代わり近所の「湯神神社」と「伊佐爾波神社」には、お賽銭をあげてきました。 お土産は「いもけんぴ」。ほんとは高知のお店なんでしょうが、道後の商店街にありました。揚げたてがうまいと、お孫さんのチビラたちが喜んで、歩き食いしていました。こういう子どもの姿が僕は好きです。写真を取ればよかった。 ※ほぼ一年前の徘徊です。ヤサイクン一家とサカナクンのところへ行きました。 写真は「伊佐爾波神社」の境内。2018/06/03にほんブログ村にほんブログ村
2019.06.20
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福岡伸一「生物と無生物のあいだ」(講談社現代新書) ぼくの枕もと、つまり、寝転がったままで手の届く範囲には手に入れたけれど読まないままの本が、ちょっと口に出して数をいうのがはばかられるほど、もう、積み上げることが出来ないから箱に入れて何とか背表紙だけはこっちを向けて並べてある。 あまりのことに同居人に叱られて、アレコレいいわけしながら並べ替えたり、いろいろ、まあ、動かして、さてと寝転んで、で、下から見える背表紙が妙に目新しいのがうれしい。 まぁ、簡単にいうと「アホか!?」状態。「ああ、こんなのあったっけ?」そう思って手にとった一冊にはまってしまった。 この本に関するこの出来事は、もう、かなり昔のことだ。本も、話題になって10年以上たつが、その頃の話。著者も今や有名人。 著者福岡伸一は分子生物学の学者。手にとって、パラパラやりながら最初の感想はこれ。 「うーん、ブサイクな人やなあ!」 著者の紹介が講談社新書の場合は表紙カバーの裏にある。写真もついている。1959年東京生まれ。 「フムフム、五才年下か」 京都大学医学部卒業、ハーバード大学研究員、京都大学助教授、現在、青山学院大学教授。 「なかなかエライ!」 さて、顔写真をしげしげと見る。「うーん、ブサイク!」と、よろこんだぼく ― 何がうれしいねン? ― は横に寝転んでいる同居人に話しかける。「なあ、一寸この人見てみ、なかなかブサイクやとおもわへんか?」「ンッ?フツーちゃう?でも、なんの関係があるん?」「イヤ、まあ、賢い人がオトコマエやとくやしいやんか。」「アホか!」 まぁ、なんの意味もない会話なんだけど、そういうことがあって、読み始めてみるとこのブ男の文章が実にシャープ。実際、まったく、人間、顔じゃない! この本のテーマは《生命とは何か》。読みはじめると、著者が最初に研究生活を始めたニューヨークにあるロックフェラー大学が紹介される。 千円札の顔、「野口英世」という人がかつて所属した研究所だそうだ。本書はその野口英世の成功ではなく、失敗から語り始められる。 野口は二十世紀の初頭、黄熱病や、梅毒、狂犬病の研究成果で日本人としては最初に、それも数回にわたってノーベル医学賞の候補に上がった科学者で、ぼくたちの世代の科学好きは必ず少年向け伝記を読んでいたような人だ。お札のデザインになった理由はその辺にあるのだろう。 にもかかわらず、現代の高校生や大学生は誰も知らない。世界の科学界でも非常に評価が低く、無視されているのが現状だそうだ。 その原因は何か? 答えは「ウイルス」なのだ。 野口は、当時の光学顕微鏡では見ることのできなかった「ウイルス」の代わりに、目の前に見える細菌を追いかけている犯人だと信じた。そして、新病原菌の発見者の名誉を手に入れた。 しかし電子顕微鏡の登場と共に虫メガネの迷探偵は舞台を追われた。犯人は別にいたのだ。では真犯人のウイルスとは何者なのか。ウイルスは、単細胞生物よりもずっと小さい。大腸菌をラグビーボールとすればウイルスはピンポン玉かパチンコ玉程度のサイズとなる。 栄養を摂取することがない。呼吸もしない。もちろん二酸化炭素を出すことも老廃物を排泄することもない。つまり一切の代謝を行っていない。ウイルスを、混じり物がない純粋な状態にまで精製し,特殊な条件で濃縮すると,「結晶化」することが出来る。これはウエットで不定形な細胞ではまったく考えられないことである。結晶は同じ構造を持つ単位が規則正しく充填されて初めて生成する。つまり、この点でもウイルスは鉱物に似た紛れもない物質なのである。 しかし、ウイルスをして単なる物質から一線を画している唯一の、そして最大の特性がある。それはウイルスが自ら増やせるということだ。ウイルスは自己複製能力を持つ。ウイルスのこの能力は、タンパク質の甲殻の内部に鎮座する単一の分子に担保されている。核酸=DNAもしくはRNAである。 さて、野口英世の名声を奈落の底に突き落としたウイルスとは、果たして生き物といえるのだろうか。それが著者の本書でのメインテーマ。 そこで、ウイルスが増殖することに目をつけた著者は「生命とは自己複製するシステムである」という一見当たり前の定義を疑うという離れ業に挑むことになる。キイワードは「動的平衡」と「時間」。 これだけでは意味不明だろう。結果を知りたい人はどうぞご一読を。 ワトソン、クリックといったDNA二重らせん構造の発見した有名人のスキャンダルから、量子力学の天才シュレーディンガーまで登場するが、登場のさせ方が実にうまい。ぼくは一晩寝られなかった。特に「生命と時間」、この一見、哲学的な結びつきを科学的に解説する筆致はすごい。 この本は、爆発的に読まれた理系の本。人気者になった福岡さんはいろいろ書いていらっしゃるが、これがベスト。間違いありません。 インフルエンザに毎年のように苦しむあなた、まあ、本を読めば風邪をひかないわけではないのですが、一度手に取ってみてください。(S)追記2020・05・19 そういえば「新コロちゃん」騒動で、この人の名前を耳にしない。専門の領域だと思うのだが、お元気なのだろうか。ボタン押してネ!にほんブログ村生命とは何か 物理的にみた生細胞 (岩波文庫) [ エルヴィン・シュレーディンガー ]ちいさな本です。すぐ読めます。よくわかりません。( ̄∇ ̄;)ハッハッハ死なないやつら 極限から考える「生命とは何か」【電子書籍】[ 長沼毅 ]深い海の底の話。二重らせん (ブルーバックス) [ ジェームス.D・ワトソン ]やっぱり、ある意味名著だと思います。
2019.06.19
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北原白秋「五十音」・西條八十「金糸雀」 北原白秋の童謡が気にかかって調べていて、こんなのを見つけました。ご存知でしたか。 「五十音」 北原白秋 水馬赤いな。ア、イ、ウ、エ、オ。 浮藻に小蝦もおよいでる。 柿の木、栗の木。カ、キ、ク、ケ、コ。 啄木鳥、こつこつ、枯れけやき。 大角豆に酢をかけ、サ、シ、ス、セ、ソ。 その魚浅瀬で刺しました。 立ちましょ喇叭で、タ、チ、ツ、テ、ト。 トテトテタッタと飛び立った。 蛞蝓のろのろナニヌネノ。 納戸にぬめってなにねばる。 鳩ぽっぽ、ほろほろハ、ヒ、フ、ヘ、ホ。 日向のお部屋にゃ笛を吹く。 蝸牛、螺旋巻、マ、ミ、ム、メ、モ。 梅の実落ちても見もしまい。 焼栗、ゆで栗ヤ、イ、ユ、エ、ヨ。 山田に灯のつく宵の家。 雷鳥は寒かろ、ラ、リ、ル、レ、ロ。 蓮花が咲いたら、瑠璃の鳥。 わい、わい、わっしょい。ワヰウヱヲ。 植木屋、井戸換へ、お祭だ。 漢字表記が読めない人も多いでしょうね。クイズにしたいようなものですが答えを書きます。 水馬(あめんぼ)・ 浮藻(うきも)・小蝦(こえび)・啄木鳥(きつつき)・大角豆(ささげ)・喇叭(らっぱ)・蛞蝓(なめくじ)・納戸(なんど)・日向(ひなた)・蝸牛(まいまい)・螺旋巻(ねじまき)・灯(ひ)・蓮花(れんげ)・瑠璃(るり)・井戸換へ(ゐどがへ) 全部かな書きにしてみると下のようになります。皆さん声に出して読んでみてください。今でも小学校では読まれているのでしょうか。 あめんぼあかいな。ア、イ、ウ、エ、オ。 うきもにこえびもおよいでる。 かきのき、くりのき。カ、キ、ク、ケ、コ。 きつつき、こつこつ、かれけやき。 ささげにすをかけ、サ、シ、ス、セ、ソ。 そのうお、あさせでさしました。 たちましょらっぱで、タ、チ、ツ、テ、ト。 トテトテタッタととびたった。 なめくじのろのろ、ナニヌネノ。 なんどにぬめってなにねばる。 はとぽっぽ、ほろほろ、ハ、ヒ、フ、ヘ、ホ。 ひなたのおへやにゃ、ふえをふく。 まいまい、ねじまき、マ、ミ、ム、メ、モ。 うめのみおちても、みもしまい。 やきぐり、ゆでぐり、 ヤ、イ、ユ、エ、ヨ。 やまだにひのつく、よいのいえ。 らいちゃうはさむかろ、ラ、リ、ル、レ、ロ。 れんげがさいたら、るりのとり。 わい、わい、わっしょい。ワヰウヱヲ。 うゑきや、ゐどがへ、おまつりだ。 なんか、いいでしょ。ぼくが思い出によっかかる年齢だからじゃなくて、音の響きが、まずいい。こういうのを見るとまたすぐ「美しい日本」とか言い出す人がいるのでかないませんが、ここで使われている言葉、語彙も素晴らしいですよね。 話は変わりますが、前回の案内で触れた「金魚」ですが、発表当時、子どもにはどうかと批判したのが西條八十。戦後は歌謡曲の作詞家として有名ですが、「青い山脈」とか「王将」ね、戦前は北原白秋・三木露風とともに、「赤い鳥」の詩人。「カナリア」は「赤い鳥」の詩の中で、童謡として曲がつけら、歌われた最初の詩だそうです。童謡は、ここから始まったというわけです。 「カナリア〈金糸雀〉」 西條八十 唄を忘れたカナリヤは 後ろの山に捨てましょか いえいえ それはなりませぬ 唄を忘れたカナリヤは 背戸の小藪に埋けましょか いえいえ それはなりませぬ 唄を忘れたカナリヤは 柳の鞭でぶちましょか いえいえ それはかわいそう 唄を忘れたカナリヤは 象牙の船に銀の櫂 月夜の海に浮べれば 忘れた唄をおもいだす どうですか、「金魚」の残虐性はオブラートにくるまれてはいますが、ないわけではありませんね。イノセントな人間の中にある「残虐」なものが、ちゃんと表現されています。 トンボや蝶の羽をちぎったり、カエルを解剖と称して切り裂くような経験は、ある世代までの子供には、特に田舎で少年時代を過ごしたぼくくらいの年代の人にとっては、不思議でもなんでもない記憶です。 それが、どこかで、禁止され、「残虐」だと否定され始めたのは、つい最近のことかもしれませんね。子どもたちのありさまとして、大人から恐ろしがられる行為に変わったことの経緯と、その後の子供たちの抑圧については、もう少しキチンと考えるべきことではないでしょうかね(笑)。にほんブログ村にほんブログ村北原白秋詩集改版 (新潮文庫) [ 北原白秋 ]北原白秋 (新潮日本文学アルバム)白孔雀 訳詩集 (岩波文庫) [ 西条八十 ]
2019.06.18
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森岡正博・山折哲雄「救いとは何か」(筑摩選書) 哲学者(?)森岡正博と宗教学者(?)山折哲雄の対談「救いとは何か」(筑摩選書)を読みました。とうとう、「救い」を求め始めたわけではありません。図書館の棚を見ていて、以前、読んことのある森岡正博の名前を見つけて、どうしているのかと興味を持ったにすぎません。 「なぜ人を殺してはいけないのか」で対談が始まります。そこで、対談全体の問題が提示される、いわば、前振り的会話なのですが、そこで山折哲雄が引用している、北原白秋の「金魚」という詩にギョッとしました。 「金魚」 北原白秋 母さん、母さん、どこへ行た。 紅い金魚と遊びませう。 母さん、歸らぬ、さびしいな。 金魚を一匹突き殺す。 まだまだ、歸らぬ、くやしいな。 金魚をニ匹締め殺す。 なぜなぜ、歸らぬ、ひもじいな。 金魚を三匹捻ぢ殺す。 涙がこぼれる、日は暮れる。 紅い金魚も死ぬ死ぬ。 母さん怖いよ、眼が光る。 ピカピカ、金魚の眼が光る。 この詩を引用した山折哲雄は「なぜ」と問う少年との対面を想定してこう発言しています。 子供は神でもなければ仏でもない、大人と同じ、普通の人間だという認識ですね。だから僕には、そう言い切ることのできた白秋という人間が忘れられない。(中略)親鸞は「殺すまいと思っても、一人でも千人でも殺してしまうことがあるのだ」と言っている。人間はそういう、論理的に説明することのできない「業」を抱えている。 ぼくがもし少年と対面したなら、「君もそいう業から逃れ得ているとはとても思えない。・・・」そういう話からまず始めると思う。 まずは、妥当という感じはしますが、さて、この言葉が「現代」の少年に届くのでしょうか。 この件についての北原白秋の発言が「北原白秋朗読」というブログに載っていました。孫引きさせていただきます。 私は児童の残虐性そのものを肯定するものではない。然し児童の残虐性そのものはあり得る事である。私の『金魚』に於ても、児童が金魚を殺したのは母に対する愛情の具現であった。この衝動は悪でも醜でもない。「白秋詩歌一家言・童謡私観」 北原白秋のこの言葉の「凄み」は、この詩が言葉にして言うのがはばかられるような「美しさ」を湛えているところにあると思います。 山折哲雄は話の展開上なのでしょう。そこには触れないで、「業(ごう)」について語っているのですが、この本の食い足りなさはそこにあるではないでしょうか。 この対談は、この後、社会事象としては「秋葉原通り魔事件」、「オームのサリン事件」、「東日本大震災」、を話題として取り上げ、「ゴジラ」、「ひまわり」、「禁じられた遊び」、「西部戦線異状なし」、などの懐かしい映画について語り合い、漱石の「門」、「明暗」、宮沢賢治「銀河鉄道の夜」、「ヤマナシ」、「なめとこ山の熊」、といった文学作品の解釈も披露してくれます。最後は、原爆投下や原発事故をめぐって、昨今話題になったサンデル教授の「ハーバード白熱授業」の論法が批判され、宮沢賢治の「デクノボー」の思想にたどり着きます。 カギになる考え方は「誕生肯定」、生まれてきてこの世に存在することの肯定ですね。もう一つが「消滅肯定」。死ぬことの受け入れ。存在の不条理を「自然性」の上に置いて考える可能性を、宗教と哲学の両面から試行錯誤する試みでした。 事件や映画、文学作品に対する発言は、解説的でわかりやすく、ディベートによる論理展開が批判されるのも、ホッとします。 しかし、最終的に、白秋の「金魚」の恐ろしさは、どうも避けられた節があります。そこが残念でしたが、北原白秋について新たに思い出させてくれたことで納得というわけです。追記2020・05・25 北原白秋と西條八十の詩について感想を書きました。「北原白秋・五十音」をクリックしてみてください。 最近、イギリスで「保育士」をしているブレイディみかこという人の本にハマっているからでしょうか、お二人の会話がお話しの上手な住職と教養にあふれた檀家の坊ちゃんのやり取りだったように感じられます。 今や、「なぜ人を殺してはいけないか」 という問いさへ宙に浮き始めているかに見える「現代」の子供たち、いやもう、大人たちに対してどう迫っていくのか。「デクノボー」の思想の深さはどうすれば伝えられるのか。そんなことを考え始めています。にほんブログ村にほんブログ村『教行信証』を読む 親鸞の世界へ (岩波新書) [ 山折哲雄 ]こういう方です。仏教とは何か ブッダ誕生から現代宗教まで (中公新書) [ 山折哲雄 ]激しく考え、やさしく語る 私の履歴書 (日経プレミアシリーズ) [ 山折 哲雄 ]写真はこの方。まんが 哲学入門 生きるって何だろう?【電子書籍】[ 森岡正博 ]こういう方です。草食系男子の恋愛学【電子書籍】[ 森岡 正博 ]ちょっと流行ってました。【送料無料・営業日15時までのご注文で当日出荷】(新品DVD)禁じられた遊び 名作洋画 主演:ブリジット・フォッセー ジョルジュ・プージュリー 監督:ルネ・クレマン FRT-098懐かしいですね。西部戦線異状なし【Blu-ray】 [ リュー・エアーズ ]名画です。【中古】 ゴジラ(昭和29年度作品) /宝田明,河内桃子,本多猪四郎(監督、脚本),香山滋(原作),円谷英二(特技監督) 【中古】afb最古のゴジラ。
2019.06.18
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サミュエル・マオズ 「運命は踊る」(FOXTROT)シネ・リーブル神戸 シネ・リーブルの大劇場ホールで初めて映画を見ました。500席を超えるホールなので、どの席を予約していいのか困りました。行ってみると、えらい端っこというわけでした。 監督も、俳優も、だれ一人知っている名前はありません。だいたいイスラエル映画なんて初めてです。「しまった、チラシ読んでもた。これ読んだらアカンやつや。事情がわかっちゃうやん。まあ、しかたがない、読んじゃったんやし。」 暗くなって映画が始まりました。 砂漠の中の、石ころだらけの一本道を車が走っています。カメラは前方に向けて固定されています。道は向こう向きに延々と続いています。「前の方の、あの丘、あれ越えたら、何か見えてくるんかなあ。砂と石か。荒涼としとんなあ。」 ボンヤリと映像に引き付けられていきました。同じシーンが続いています。ふっと、息をつくと、いきなりシーンが変わりました。 ドアが開いて、壁にかかった不思議な四辺形の図形が繰り返されるアブストラクト画がアップで映し出されます。突如、ドアが開き、ドアの前で女が倒れました。 シーンが変わっれ、青年が砂漠の真ん中、まさに、荒野としかいいようのない検問所の路上で、踊っています。前へ、前へ、、右へ、ストップ。後、後、左へ、ストップ。 身体がしなやかに動きます。地面を滑るように踏まれるステップ。「捧げつつ」のまま固定した自動小銃を軸にして、体が前後左右に滑っていくのです。「すごいなあ、このシーンだけで、この映画は見る価値があるな。続けて、もっと続けて。」「これか、フォックストロットって。夢の中みたいなダンスや。砂漠の真ん中やで。」 ラクダが通りかかります。ほかには何もやって来ません。兵士たちは退屈しています。4人の若い兵士が、毎日、少しづつ傾き続けているコンテナの中で暮らしています。国境でしょうか、検問所の休憩所です。一人の青年が、退屈しのぎにコミック画を書いています。 太った中年の女性と、スーツを着た男性が、どしょぶりの雨の中、自動車の横に立たされています。手渡した身分証明書はなかなか返されません。雨は降り続いています。雨に濡れて立っている男とと女は何にかにおびえているようです。「ここに漂う気配はなんだろう?」 兵士たちは、やはり、退屈していて、不機嫌です。「何に苛立っているのだろう?」 酔っているのだろうか、車の中で騒いでいる4人連れの若者が通りかかります。ドアが開いて、何かが転がり落ちました。車の中の誰かが叫びます。いきなり重機関銃が連射され、車は蜂の巣のようになりました。 惨劇のあとには缶コーヒーの空き缶が落ちていました。 シーンが変わって、男が部屋で何か探している。女はケーキを作っている。スポンジにチョコレートを塗り付けている手が痛々しい。壁にかかっていたアブストラクトは、ソファーに置かれている。時がたったのか? ドアに貼られた一枚のコミック画をめぐって男と女が語り合っています。若い女性が部屋の前を通りかかり、女が作ったケーキを一口だけ食べて、ふたりに向かって言葉をかけ、部屋を出てゆきました。 二人になった男と女。男が女にフォックス・トロットのスッテプを教えています。二人は踊りはじめます。前へ、前へ、、右へ、ストップ。後、後、左へ、ストップ。 もう一度シーンが変わりました。最初のシーンの繰り返しのようです。砂漠の中の、石ころだらけの一本道を車が走っています。やがて、砂漠の丘の向こうが映し出されます。 映し出されると、ほぼ、同時に、エンドロールへと画面は暗転し、ぼくは涙を流していました。砂漠で踊る青年のステップ姿が思い浮かび、漸く、映画の題名「FOXTROT」の本当の意味に気づいた気がしました。 受付で、パンフレットを買ってしまいました。 劇場から出ると、台風の去った空は青空で、ぼくは、繰り返し「前へ、前へ、、右へ、ストップ。後、後、左へ、ストップ。」 と、独り言を言いながら、神戸駅まで歩いきました。誰かが、そばで見ていたら、確実に危ない徘徊老人だったでしょう。でも、無性にうれしかったのです。 もう、日が暮れていましたが、垂水から自宅まで歩きました。「また、メモなしやん。どこいってたん?」「でも、垂水から歩いてんで。」「はいはい、映画行ってたん?パルシネマ?」「いや、シネ・リーブル。今日のは最高やで。観にいきや。話はな、あっ、いうたらあかんな。結構、オーソドックスな、映画!っていう感じやねんけど。うん最後まで謎があって。でも、アメリカの映画の感じとは違うな。」「怖いん?辛いん?哀しいん?どれ?」「うん、まあ、哀しいかな?泣いたな。でも、最近、すぐ泣くからな。途中、大丈夫、これは泣かんなやつやと思ってたら、泣かされた。アンナ、このチラシのこの子が踊るねん、砂漠の真ん中で、めちゃめちゃかっこええねん。ムーンウオークみたいなん。」「ダンスなん?そういうの好きやわ。行こうかな。」「うん、いきいき。アッ、でもチラシも読んだらあかんで。」「エッ、読んでもた。」「しゃーないな。」 スジ無しで、感想をいうのは、なかなかムズカシイ。 ヤレヤレ・・・・監督 サミュエル・マオスSamuelMaoz 製作 ミヒャエル・ベバー ビオラ・フーゲン エイタン・マンスーリ チェドミール・コラール脚本 サミュエル・マオス撮影 ジオラ・ビヤック美術 アラド・サワット衣装 ヒラ・バルギエル編集 アリック・レイボビッチ ガイ・ネメシュ音楽 オフィル・レイボビッチ アミト・ポツナンスキーキャスト リオル・アシュケナージ(ミハエル) サラ・アドラー(ダフナ) ヨナタン・シライ(ヨナタン) ゲフェン・バルカイ(軍の司令官) デケル・アディン(缶を転がす兵士) 原題「Foxtrot」 2017年 イスラエル・ドイツ・フランス・スイス合作 113分2018・10・01・シネリーブル no14ボタン押してネ!にほんブログ村運命は踊る [ リオール・アシュケナージー ]
2019.06.17
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福岡伸一「プリオン説はほんとうか」(講談社ブルーバックス) もう、十年も昔のことになってしまうが、このブログのもとになる「読書案内」を高校の生徒さんたちに配っていたことがあった。最近、原稿を保存していたファイルが壊れつつあることに気づいて「さて、どうしたものか?」と思案したが、ここに転載することにした。 当時は相手が高校生だったので、そういう書き方をしている。少し直したけれど、さほど変わったとも思えない。新たにお読みいたければうれしい。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 福岡伸一の「生物と無生物のあいだ」(講談社現代新書)を紹介したら、思わぬ反響があった。読んでいる人、読もうとする人がたくさんいて嬉しかった。やっぱり本屋さんに山盛りしてある流行の本を紹介した方がいいのかな、そんなふうに思った。 とはいうものの、興味に引きずられて、同じ福岡さんの「プリオン説はほんとうか」(講談社ブルーバックス)を続けて読んだ。むずかしかった。 めげずに「もう牛を食べても安心か」(文春新書)も読んだ。こっちは、口当たりがよくて、おもしろかった。 両方とも「狂牛病」がテーマの本。しかし、本のオモムキというか、想定されている読者がかなりちがうようだ。「プリオン説はほんとうか」は理科系の高校生か教養課程の大学生、一般の高校生ならかなり出来のいい人が対象らしい。グラフの比較や実験の方法が詳しく説明される。これが、ぼくのような文系素人にはだんだん苦痛になってくる。 一方で「もう牛を食べても安心か」は一般社会人向け。「狂牛病」の社会的大騒ぎに答える形で書かれている。 狂牛病という病気がイギリスの牛で流行して、牛丼の吉野家が豚ドンの吉野家になってしまったあの事件、憶えている人もいると思う。 この事件が僕たちの不安を掻きたてたポイントは、まず脳がスポンジ状になるということ。続いて、かかったら治らないらしい動物の病気が人間に感染するということ。感染する病原体の正体が僕たちが耳にしたコトのあるウイルスとか、細菌といった「生き物」ではなくプリオンと呼ばれるタンパク質の一種であって、煮ても焼いても毒素は消えないらしいということ。 その上に、イギリスで流行っていた病気がなぜ、はるばる地球の反対側の日本にまでやってくるのかという、ちょっと種類の違う不安も付け加えなければいけないかもしれない。 両著とも、なぜイギリスで、まず流行し、その後、なぜ日本にまでやってきたのかという疑問からきちんと答えている。 もっとも、一番知りたい、答えてほしい事実、つまり「病気の正体」というのが、実は、ハッキリしていないということもきちんと答えているわけで、この本を読んだからといって、我々素人の不安が解消するかどうか保証の限りではない。 どっちかというと政府や社会一般の対応のずさんさに気付いてしまって、かえってヤバイ気分になる可能性もある。 つまり、再開した吉野家は大丈夫かという不安が再燃する可能性は大いにあるということだ。 発病の原因である病原体について、研究の歴史を踏まえながら、科学的、実証的に論証して見せるのが「プリオン説はほんとうか」の方の狙いらしい。 著者は研究者としてプリオン説に、はっきり疑いをいだいている。その疑いが、著者自身の研究と直結しているところが、スリリングで、最初の読みどころ。研究者を夢見ている高校生や、プリオンというたんぱく質病原体説に興味をお持ちの方には、特にお薦めの内容だと思う。 一方、病気の流行に対する、政治的、社会的責任について、厳しく現状批判しているのが「もう牛を食べても大丈夫か」のほうで、「食べる」という生き物の行為の意味と実際について政治家や商売人たちは如何に無知で、無責任であるかということが批判の根底にある。 「食べる」ことの分子生物学的解説が始まる第二章「私たちはなぜ食べ続けるのか」あたりから、実に面白い。「生物と無生物のあいだ」をお読みになった方は覚えがあるかもしれないけれど、シェーンハイマーというノーベル賞級の業績をあげながら、若くして自殺したユダヤ人学者の唱えた、《身体の「動的平衡」》という概念、いや、概念ではなくて、これこそが生命の姿だというの生命観の解説が最重要なポイントだと思った。 要するに「新陳代謝」のことなのだが、なぜ人間は脂肪や炭水化物だけでなく、タンパク質を摂取しなければならないか、摂取したタンパク質は体内でどんな役割を担うのかという、わかった気になっていた食物の消化と吸収の本質を、遺伝子組み換え食物や臓器移植の危険性に言及しながら、今までの新陳代謝概念を完全に動的平衡概念に新陳代謝してくれる。 たとえば、ぼくのような門外漢は、「脳」だけは新陳代謝しないと考えてしまっていたが ― だって、新陳代謝してしまったら記憶はどうなるの? ― 脳も例外ではないらしい。 記憶の構造は記憶細胞が溜まっていくというようなことではなく、シナプスのネットワークを駆け巡る電気信号の「流路パターン」の保持だというのだ。 こんなふうにいくら書き綴っても、この案内の読者にはピンとこないに違いない。まあ読んでもらえばわかるので、是非お読み頂きたい。きっと驚くと思う。 ところで、この本のいいところは新知識の獲得という点だけにあるのではない。 一つ目が、科学者がわかるというためにどこまでも検証しなければならないという科学に対する真摯な態度、誠実さ。 二つ目は、わかっていることを政治や金のために捻じ曲げたり、売名したりすることに対して徹底的に批判するモラル。 この二つが執筆の姿勢として貫かれていることこそ、難しくても読ませる理由だとぼくは感じた。(S)追記2019・06・16 福岡伸一さんは、このころから、出版業界ですっかり売れっ子になってしまった。要するに、次々と素人の読者層をターゲットにした、お手軽出版物の著者になってしまったといってもいい。「動的平行」の入門書も複数出たし、ついには美術評論家のような趣味の本も出た。 ぼくは気に入った人は追いかけるタイプの読者なので、かなりなところまでついていったと思うが、手に取って二時間ほどで読み終えることができる内容になったころにオッカケをやめた。 内容が進化していないことが一番の理由だ。この人を読むなら、結局「生物と無生物のあいだ」(現代新書)で十分だ。ボタン押してネ!にほんブログ村【中古】 生物と無生物のあいだ 講談社現代新書/福岡伸一【著】 【中古】afbこれです。これ!新版 動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか (小学館新書) [ 福岡 伸一 ]帯が大げさすぎます。
2019.06.16
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パブロ・ソラルス 「家へ帰ろう El ultimo traje」 シネリーブル神戸 映画com(映画情報はここをクリック) 映画が始まった。 画面いっぱいに目ばかりぎょろぎょろしていて、とても街の仕立て屋には見えないこの男の顔がある。 男は不機嫌だ。手触りがごつごつしていて、見かけもよくない。その上、嵩も高いし、重くて邪魔になる。どこかで静かに転がっていてほしい、そんな岩のような老人がいる。 娘たちに疎んじられたリヤ王の顰に倣うかのように老人はさまよいでるのだ。行き先は、小さなメモ用紙に書かれてはいるが、決して声に出して読み上げようとしない。 書いてある国の名は「ポーランド」。アルゼンチンからポーランドは遠い。頑固にこだわり続けながら、一方で、ころがる大岩のように無計画な旅。 70年ぶりの帰国なのに、理由も目的地も説明しないうえに、賄賂をちらつかせる老人を、今時、おいそれと入国させる管理官はいないし、安ホテルの置き引きは何の容赦もなく全財産持って行ってしまう。だいたい、陸路でドイツを通らずポーランドには行けない。 疲れ果てて居眠りする老人の夢が、彼を頑固な岩にしたいきさつを語る。岩で全身を鎧い、思い込んだ執念だけの男の「心の友」は、あの時以来、70年間、痛み続けた右足だけだ。 アコーディオンをひいて殺された父親。 10歳になれなかった美しい妹。 番号を入れ墨されながらも逃げ延びた青年。 夢は過酷な過去をなぞりながら、その過去の現場に戻る事を恐れる老人の「生」そのものを映し出してゆく。 でもね、助けてくれるおばさんや、若い人もいるんだ。 右足を切断しないと判断してくれた医者とそれを伝え、車で送ってくれる看護師。 何だか凄みのあるホテルの女主人。 ベンチで隣に座った青年。 とてもコーデリアとは言えないが、父親と同じ刺青をしている末娘。 困った老人を放っておけない旅する文化人類学者や旅人たち。 ひっそりと、街の仕立て屋暮らしを70年続けて、今でもミシンの前に座り続けて老人を待っていた男。 枯れ木のような老人が岩のような老人を抱きかかえる。 エンドロールが流れ始める。岩のような老人の後ろ姿を見つめながら、涙が止まらない。こうして、一人の男が生きてきたことが、旅の途中、出会った人たちに伝わっていたことがうれしかった。同じようにじっと黙って暮らしながら、待っていた男がいたことがうれしかった。 一着の青いスーツを運ぶ旅。大文字で語られる歴史ではない。人間と人間が生きて出会う姿を描いた監督に拍手。 監督 パブロ・ソラルス キャスト ミゲル・アンヘル・ソラ(ブルスティン・アブラハム) アンヘラ・モリーナ(マリア) オルガ・ボラズ(ゴーシャ) ユリア・ベアホルト(イングリッド ) マルティン・ピロヤンスキー(レオナルド 隣席の男) 原題 El ultimo traje 2017年 スペイン・アルゼンチン合作 93分 2019・01・22・シネ・リーブル神戸(no13)追記2019・06・16「ドイツという国には、決して足を踏み入れたくない。」虚仮の一念のように、生涯、ドイツを憎み続ける主人公の老人がいる。その思い込みは、時に滑稽でおろかに見えるかもしれない。しかし、同じように日本のことを感じている人が、アジアにも大勢いることを笑ってごまかすことはできないと思う。 生きている人間・生きていた人間を、あたかも消しゴムで消すような真似はしてはいけない。 否応なく、その時代と社会を生きてきた老人の「右足」がすべてお見通しなのだから。 そう感じた映画でもあった。追記2020・04・03 徐京植「プリーモ・レーヴィへの旅」(晃洋書房)という本を読み終えて、この映画を思い出した。 歴史を、今を生きている人間の都合で偽ってはいけない。個人のであろうが、国家のであろうが、「ことば」にして言う必要が必ずしもあるわけではない。思い出したくないことも、言いたくないことも、あるいは、言ってはならないと感じることさえあるだろう。もちろん、言っても誰にも通じないこともある。 しかし、あったことを、なかったことにして吹聴するようなことはしてはならない。 「プリーモ・レーヴィへの旅」の感想は題名をクリックしてみてください。にほんブログ村家へ帰ろう [ ミゲル・アンヘル・ソラ ]
2019.06.16
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マット・シュレイダー 「すばらしき映画音楽たち」 パルシネマしんこうえん パルシネマの二本立てです。席について、ポットのコーヒーを飲んでいると、後方の席から女性の声が聞こえてきました。 「あのね、私なんか、『ウエストサイドストーリー』を初めて見たときはね、踊りながら映画館を出たものなのよ。『風と共に去りぬ』もよかったわ。あなたも見たことあるでしょ。」「・・・・・・・」 ご一緒らしい男性は返事をなさいません(笑)。まあ、声が低くて聞こえないのかもしれません。女性は、もちろん、『ウエストサイドストーリー』(1961年公開)を封切館で見たことがある人のようです。「いくつやねん?」 どちらにしろ、先ほど見終わった、一回目の「すばらしき映画音楽たち」についてのおしゃべりらしいですね。 「そうか、古い映画音楽が流れるんや。『風と共に去りぬ』か、まあ、それも悪ないな。懐かしの名場面か。今日は古い映画特集か。」 ぼくのほうは一本目が「リミュエール!」でした。見終わって、いつもなら休憩に出るのだけれど、そのまま座り続けて、二本目に向けて、一休みっです。 最近では映画館徘徊のためのポットのコーヒーとか、自家製ソーセージパンとか、準備してくるようになったのが、我ながら楽しいのです。 さあ、思い出にひたるぞ! 「すばらしき映画音楽たち」が始まりました。 全く、というわけではないが、そこはかとない期待と予想は大外れだった。『ウエストサイドストーリー』の名シーンなんて瞬間でしかないし、『風と共に去りぬ』に至っては、全く出てこない(あったかもしれないが、全く気付かなかった)。でも、映画は悪くないんですよね。 「ジョーズ」があって「インディ・ジョーンズ」、「未知との遭遇」、そして「ET」がある。若き日のスピルバーグがジョン・ウイリアムズと話しています。この人の名前だけは知っていたが、その彼の指一本のピアノ演奏にうなずいて「ET」の自転車のシーンがかぶさって、映像のほうの「指一本」が映し出されて、そこにBGMが流れる。思わず涙がこぼれてきます。 なんと、まあ、我ながら情けないような、思い出にひたれたんやからしようがないような。負け惜しみでいうわけではありませんが、ぼくと同じくらいの年齢の人の映画体験は「風と共に去りぬ」じゃなくて「ジョーズ」で登場した、まあホントは「激突」かもしれませんが、スピルバーグなんですよね。 て、ことは、気付いていなかったのですがジョン・ウィリアムズの音楽なんですよ、揺さぶってくるのは、て、ことですよね。そう思いませんか? 「パイレーツ・オブ・カリビアン」のハンス・ジマー、「結婚しない女」や、なんといっても「ロッキー」のビル・コンティ。「マッド・マックス」のブライアン・メイ。エトセトラ、エトセトラ。名前なんか関心もなかったし、知らんかった人ばっかり。 「ああ、あの音楽が、この人か。それにしても、いろんなこと工夫するんや。今度から、誰が音楽担当してんのか、ちゃんとみよ。」 「ええ!?、ブライアン・メイって、今流行りのボヘミアン・ラプソディちゃうんか。クイーンやろ。映画音楽も作っとんねや。」 有名な音楽を並べて、どうです、満足できましたかというスタイルの映画を予想していましたが、はずれました。映画は丁寧に作曲家や演奏者と出会い、録音現場を映し出します。その、現場の映像は中々感動的だし、監督の音楽に対する態度や、好みというか感じ方も、ちゃんとつたえてくれています。映画にとっての音楽の力について、実に、マジメにドキュメントしていて感心しました。結果的にというか、大いに納得した上に、シッカリはまってしまいました。こういう音楽がいっぱいというのは、ほんと、楽しいですね。 新開地から暗い夜道を今日は神戸駅へ。「じゃじゃじゃんじゃん、じゃじゃじゃんじゃん♪♪(「パイレーツ・オブ・カリビアン」のテーマのつもり)」 ハナ歌が止まりません。まあ、おんなじテーマの繰り返しですが。寒さもなんのそのの夕暮れでした(笑)。監督:マット・シュレイダー 出演 ハンス・ジマー/ダニー・エルフマン/ジョン・ウィリアムズ/ジェームズ・キャメロン/ランディ・ニューマン2016年 アメリカ 原題「Score: A Film Music Documentary」 2018・12・13・パルシネマno10追記2020・02・25同じ日に見た「リミュエール!」の感想はここをクリックしてみてください。ボタン押してネ!すばらしき映画音楽たち【Blu-ray】 [ ハンス・ジマー ]
2019.06.15
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ジョン・キャロル・リンチJohn Carroll Lynch「ラッキー 」パルシネマパルシネマで予告編を見ていて、気になった男がハリー・ディーン・スタントンHarry Dean Stantonでした。「どこかで見たことがあるぞ。こんなジジイじゃなかったけど。でも、そんなにいい役だったかな?」 ヴィム・ヴェンダース「パリ、テキサス」で、主役だったあの男です。覚えてないなあ。見た記憶がウッスラある。ほかでも見たことがあるような気がする。 ポスターのまんま。青空の、本当に、雲一つない青空の下に男が立っています。カメラが引いて行って、男が向うの方へ歩いて行って、でも、まだ、スクリーンのどこかで何かが動いています。ジーと探していると、シーンの下の方にカメが歩いているのです。西部劇でおなじみのサボテンの下です。石ころだらけの地面の上をノッタラ、ノッタラ歩くカメです。「なんじゃ、これは。こんなところにカメとかいるのか?まあ、ガラガラヘビとかじゃなくて、よかったけど。」 そんな具合に映画は始まりました。 ポスターのイメージより、ずっと老人です。 部屋で起き出して、煙草をくわえる。体を拭く。髭を剃る。歯を磨く。不思議な体操のようなことをして、冷蔵庫の牛乳飲む。シャツを着て、ズボンをはく。カウボーイハットのような麦わら帽子ををかぶって部屋を出る。喫茶店にやってきてコヒーを頼みながら、店の人たちに憎まれ口をたたく。店のテーブルに座り込んで、クロスワードパズルを始める。リアリズムという言葉が、お気に入りのようです。 最初の店を出て、街を歩く。立ち止まって、アーチがかかっているほうを向いて、憎まれ口をたたいている。カメラはそっちを映さない。だから、なんで不機嫌なのかわかりません。で、また歩き始めます。 何でも売っていそうな小さなマーケットに立ち寄ります。牛乳パックとたばこを買います。お店の女性が声をかけています。みんなから「ラッキー」と呼ばれているようです。小さな町なんです。 夜になって、みんなが集まるバーにやってきます。飲むのはお決まりのブラッディー・マリー。 部屋に帰ってラジオを、いや、テレビか?をつけます。クイズ番組が日課なんです。 映画を観ているぼくも眠くなりはじめます。うとうとしはじめると、次の朝が来ました。 ある朝、理由もなく倒れました。病気じゃないと医者はいいます。でも、かすかな、ひびのようなものがラッキーのこころと生活に影を落とし始めているようなのです。で、ここからの映画の運びがなかなかいいのです(笑)。 カメをペットにしている友人とのやり取りがあります。相手の、やっぱり、一人暮らしで、いかにも人のいい友人ハワードが「エレファントマン」の監督、まあ、この映画でも監督ですが、デヴィッド・リンチだそうです。そのカメをめぐっての保険屋とのけんかして仲直りします。 心配して、突然、家を訪ねてくれた、朝のコヒー屋のメイドさんに対するラッキーの驚きと、告白と、抱擁があります。あっちの映画は、こういうシーンが、ホント、素晴らしいんだよなあ。 子どもなのか?孫なのか?の10歳の少年の誕生パーティーにラッキーを招待するマーケットの女主人。キューバ人の家族たちの明るくて和やかな家族パーティーの席で呆然と立ち尽くしてるラッキーの姿が映し出されます。ああ、観ていて、ハラハラするなあ。 ところが、この不愛想な偏屈老人ラッキーが何故、町の人たちから愛されているのか、このパーティーの結末が教えてくれます。 90歳を越えようかという老人の一人ぼっちの生活。小さな町の気遣いといたわりの人々。お互いの存在そのものを、尊重し合い、その証を確かめ合うかのような、堂々たる態度の付き合い方。 いつものコヒー屋で、元海兵隊の老人と会う。海軍で暮らしたラッキーは「ラッキー」という呼び名の由来や、髪一重で撃墜された特攻機の恐怖を語ります。沖縄戦に従軍した元海兵隊の老人は戦場でのつらい思い出を語ります。 60年前の戦争を、ずっと心の中に持ち続けてきた二人の老人の現在。こういう人の前で、ラッキーの好きな「リアリズム」を、今の人間の都合で言い換えたりすることは不可能ですね(笑)。 誰もいない部屋、誰も歩いていない町。ラッキーがサボテンの林の中を歩いて、向こうに行ってしまう。しばらく行方不明だったカメが、ノッタラ、ノッタラ、スクリーンの下を歩いてゆきます。 「よかった!カメのラッキーはまだ死んでへん。ん?これは始めのシーンか?いや、死んでへん。死んでへん。」 ホッとするとエンドロールが回り始めました。 映画館を出ると、もう暗くなっていて、雨がしょぼしょぼしていた。同居人のチッチキチ夫人のパート先はすぐそこです。ひょっとしたら、そう思って神戸駅にむかって歩き始めました。 歩きながら石垣リンの「崖」という詩が浮かんできました。戦争の終り、サイパン島の崖の上から次々に身を投げた女たち。 ちょうど、駅に入っていくチッチキチ夫人の後ろ姿までは見つけました。でも、そこから、見失ってしまいました。結局一人で電車に乗って帰宅しました。東山市場で買った、お土産のたい焼きを差し出すと、パクパク食べながら、いつもと違って機嫌よくシマクマ君のおしゃべりを聞いてくれました。「えっ、二つとも食べてしもたん?」「だって、ご機嫌に、話してたやん。」「ええー!?」監督:ジョン・キャロル・リンチ 脚本:ローガン・スパークス 出演:ハリー・ディーン・スタントン:「ラッキー」 デヴィッド・リンチ:「ハワード」 ロン・リヴィングストン:「ボビー・ローレンス」 上映時間:88分 2018/10/23パルシネマno5追記2023・09・26引用した詩はこんな詩です。 「崖」 石垣 りん戦争の終り、サイパン島の崖の上から次々に身を投げた女たち。美徳やら義理やら体裁やら何やら。火だの男だのに追いつめられて。とばなければならないからとびこんだ。ゆき場のないゆき場所。(崖はいつも女をまっさかさまにする)それがねえまだ一人も海にとどかないのだ。十五年もたつというのにどうしたんだろう。あの、女。 ボタン押してネ!
2019.06.15
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鯖田豊之「肉食の思想」(中公文庫) もう、10年も昔、世界史を教えているの同僚に紹介してもらって読んだ本がこの本です。 コレが実に面白かった。後半に少々だるい所があるにはあるのですが、勢いがついて5時間ほどで読み終えました。一応断っておくと、著者すでに亡くなっていますが、れっきとした西洋中世史の学者で、原著は中公新書で1966年に出ています。一般向けですが西洋思想についてきちんと書かれている内容ですね。 ところで、この本に先立って、1962年、当時京都大学の西洋史の先生だった会田雄次が書いた本で、ビルマでの捕虜体験からイギリス文化をこきおろした「アーロン収容所」(中公新書・中公文庫)という快著にして怪著があります。 ご存じでしょうが、中公新書という新書のシリーズがあります。その創刊ラインアップ(1962年)の一冊として発刊された本ですが、超ロングセラーで、今でも本屋の新刊の棚で手にはいる本です。 この会田雄次の本は、第2次世界大戦後の敗戦国意識のとても強かった60年代に評判になったのですが、もしも、今、読むのならば「その時代だったからこそ」という点を見落としてはならないでしょう。 というのは、勝った欧米が日本より優れているというヨーロッパ文化礼賛の風潮に対して、自らの捕虜体験から比較文化論を展開し、日本人の見方は浅いと批判した点で、胸のすく快著として読まれたようだからです。 たとえばイギリスの女性将校が日本人の洗濯係りの男性捕虜にその場で脱いだ下着の洗濯を命じたことが、イギリス人が恥知らずで、日本人を馬鹿にした行為であるかのようにエピソード化されているあたりは、単なる文化ギャップの指摘ではなく、「イギリス人を全部この地上から消してしまったら、世界中がどんなにすっきりするだろう。」という著者の怨念が炸裂している書きっぷりで、まあ、怪著とでもいうしかない一面をもった本だからです。 最近でもこの本をイギリス文化批判の書として喜ぶ人はいるようですが、僕には、その感性に同感する感受性はありません。事実の面白さは評価しますが、主張の論点の、ウエートのかかり方が少々いただけないという感じです。 ただ、だからといって読む価値がないとは思いません。書物とはそういうものだということですね。イギリス文化の階級性を活写している所や、アジアやアフリカにおいて、ヨーロッパ諸国が、どんな感覚で植民地経営をしていたのか、実によくわかるという意味で、十分読むに値すると思います。 話が横に行ってしまっていますが、今日話題にしたいのは「肉食の思想」のほうですね。同時代、同じ中公新書の一冊として出版された本なのですが、会田雄次のファナティックともいえる興奮はまったくありません。 鯖田豊之はヨーロッパの人たちが肉を食うのは何故なのかという問いから始めて、地理的、第一次産業的必然性の観点からヨーロッパ文化の特質を論じています。丹念に「何故」に答える穏やかな論理展開が冷静で著者の学問の流儀を感じさせる本です。 鯖田の「なぜ」の答えが、会田の怒りの謎解きになっている所が面白いわけです。「ヨーロッパ女性が東洋人男性の前で、裸になるのが平気なのは何故か。」 鯖田の論旨は、それを冷静に考えています。結論的に言えば、キリスト教信仰による選民思想が徹底してるということになるようなのですが、その信仰を肉食文化、牧畜農業文化の発達に結び付けて論じて行く手管が鮮やかなのです。 一つ、 例を挙げろと、第1次大戦のパリ攻防戦の兵糧について、当時パリに滞在していた島崎藤村の「市街の夜の灯火が悉く消され、ブウロオニユの森には牛、豚、羊の群が籠城の用意に集められた」という文章を引いてきて、こんなふうに問います。《日本で籠城といえば、昔から、まず用意されるのは米、塩、水である。いくら肉食好きにしても、パリではなぜ、危急存亡のときまで小麦や小麦粉を貯えるだけですませないのだろうか。》 そこから、読者としては、いささか消極的だと感じる仮説的結論に、まず、たどり着きます。《パンが主食とはいえない》 ところが、ここから著者の本領が発揮されていて、これが、すこぶる面白いわけです。 ヨーロッパの牧畜の歴史、キリスト教に基づく人間と動物の関係、動物と未開人を見る見方の共通性へと展開してゆき、読み終えると、土地とそこで行われる農業の形態が信仰や思想と結びついていることが示されていきます。 イルカや鯨を殺すことを非難する背後にはキリスト教の文化があるし、未開人である東洋人の前で裸になって平気な態度の底にも、同じ宗教感覚から生まれた差別感が横たわっていることなのかもしれない。会田雄次のように腹など立てていても仕方がないのですね。冷静に歴史と文化の基盤を見ることこそ、大切で、面白いのだと納得させてくれます。 ここのところ、「歴史修正主義」と言うべきデタラメが、学問の顔をし始めている風潮があります。「歴史」と「デタラメ」の分水嶺の在処を二人の歴史家が指し示しているように思います。会田の主張が、すでに分水嶺を越えているとは言いいません。しかし、彼のルサンチマンを肯定し、肥大化させてゆけばどうなるか。そこには「歴史」ではない、ある種の夜郎自大が待っていることにならないでしょうか。 中公新書が2018年「アーロン収容所」を改版して再刊したようです。まあ、読み比べてみてください。 (S)(初出2009/11/05)追記2022・11・23 10年以上も前に高校生に向かって書いていた「読書案内」の一つです。ブログに載せてからも、もう、3年たちました。本も古いし、論旨も時代遅れと思いきや、歴史修正主義はとどまることを知らないどころか、常識化している様相です。「そもそも日本人は~」とかいういい方で論じるパターンが流行りのようですが、たいてい「デタラメ」の側に分水嶺を越えていると思うのですがいかがでしょうか。 ボタン押してネ!にほんブログ村アーロン収容所 (中公文庫) [ 会田雄次 ]文庫でもあります。【中古】 世界の歴史(12) ルネサンス 河出文庫/会田雄次,中村賢二郎【著】 【中古】afb会田さん、こっちが、専門。世界の歴史〈9〉ヨーロッパ中世【電子書籍】[ 鯖田豊之 ]これが専門。肉食の思想 ヨーロッパ精神の再発見 (中公新書) [ 鯖田豊之 ]新書はこれ。【中古】 火葬の文化 / 鯖田 豊之 / 新潮社 [ハードカバー]【ネコポス発送】なんか、面白そう。
2019.06.14
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ジャンニ・アメリオ「ナポリの隣人 La tenerezza」シネ・リーブル神戸 映画が始まって、タイトルが出ます。アルレタという人らしいです。歌が歌われて、字幕に「今は沈黙があるだけ」と出ました。感じのいい歌ですが、何語なのかぼくにはわかりません。こういうところが、教養のなさとが哀しいです。 見舞いに来た女性があきらめたように病室を出てゆく。壁を向いて寝ていた老人が起き上がり、体につけられたチューブやコードを勝手にとって、立ち上がります。 「なんや、案外、元気やないか。」 アパートに帰ってきた老人ロレンツォ(レナート・カルペンティエリ)を待っていたのは階段に座りこんでいる新しい隣人ミケーラ(ミカエラ・ラマゾッティ)でした。 「コケティッシュという言葉があったな。」 老人のどこかに、彼女が潜り込む隙間でもあるかのように、すいすい近づいてくるのです。 「イヤ、ちがうな。偏屈な老人をふと心配にさせる『空気』が彼女を包んでいるんだ。」 造船所で働く夫ファビオ(エリオ・ジェルマーノ)と、二人の子供がいる隣の家族の暮らしが映ります。若い母親はミケーラです。これが実の家族たちと折れ合いない老人の新しい「家族」です。 「ちょっと、横にいてやらなきゃあ。きっとそう思っている、この爺さんは。」 破局は隣りの家族にやってきます。銃を手にして死んでいるファビオ。倒れている子供たち。病院に搬送されるミケーラ。家族だと偽って、病室に入り込み、生死の境をさまようミケーラに付き添うロレンツォ。 警察は悪名高い弁護士だった老人の、今ここで行っている「行為」と、その法律的な「嘘」とを追及してきます。 取り調べに立ち会った娘エレナ(ジョバンナ・メッツォジョルノ)が証言します。ロレンツィオが入院していた病院から出て行った女性です。 「父は心を許した、身寄りのない隣人に手を差し伸べただけです」 ロレンツォが叫びます。「お前は黙れ。俺をボケ老人だと思ってかばうな」 やはり、ここでも拒絶されたエレナは、静かにその場を立ち去っていきます。 入室を禁じられ、待合室で眠り込んでしまう老人の夢に現れて笑いかけるミケーラ。「きっと会いに来てね。」 彼女の死とともにさ迷い歩くのは老人です。やつれはてた老人が、娘の前に姿を現します。ベンチに座り込んだ老人は、差し出された手を遠慮がちに握り、それを強く握り返す娘がいます。 母を裏切り、死に追いやった「父」を許せない娘と、老いた父との和解の物語。言ってしまえばそういうことになるのでしょうね。しかし、映画はもう少し深いんじゃないでしょうか。 娘、息子、かつての愛人、隣の家族、子どもたち。様々な視線の先に、一人のわがままで偏屈な老人がいる。彼は、たぶん、本当に自分を受け入れてくれる「やさしさ」を求めていたのかもしれませんね。 「誰でもはじめはそうだから・・・」 引っ越しを繰り返し、新しく住む街や、その街の人間に受け入れられないと苦しむファビオに掛けた言葉が、ロレンツィオ自身を語っていたに違いないと、ボクは思うのです。会いに行かなければ「やさしさ」には出会うことはできない。 拒絶し続ける老人の姿を演じたレナート・カルペンティエリという役者と、彼を取り巻く女性陣の雰囲気がとてもいい映画だった。 「さあ、家に帰ろう。」 監督 ジャンニ・アメリオ Gianni Amelio 原作 ロレンツォ・マローネ 原案 ジャンニ・アメリオ アルベルト・タラッリョ キアラ・バレリオ 脚本 ジャンニ・アメリオ アルベルト・タラッリョ 撮影 ルカ・ビガッツィ 音楽 フランコ・ピエルサンティ 主題歌 アレルタ キャスト レナート・カルペンティエリ(ロレンツォ) ジョバンナ・メッツォジョルノ(娘・アラビア語の法廷通訳エレナ) ミカエラ・ラマゾッティ(隣人夫婦の妻ミケーラ ) エリオ・ジェルマーノ(隣人夫婦の夫ファビオ) グレタ・スカッキ(ファビオの母アウロラ) アルトゥーロ・ムセッリ(息子サヴェリオ) ジュゼッペ・ジーノ(ジュリオ ) マリア・ナツィオナーレ(元愛人ロッサーナ) レナート・カルペンティエーリ・Jr.(フランチェスコ) ビアンカ・パニッチ(ビアンカ) ジョバンニ・エスポジート(ダヴィデ) 原題「La tenerezza(やさしさ)」 製作年 2017年 イタリア 上映時間 108分 2019・05・15・シネリーブル神戸(no12)ボタン押してネ!にほんブログ村イタリア映画史入門 1905-2003 [ ジャン・ピエロ・ブルネッタ ]こういうので、お勉強はいかが?
2019.06.13
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宮下規久朗「ウォーホルの芸術 20世紀を映した鏡」(光文社新書)大学で芸術学の先生をしている学生時代からの友人が、神戸大学に面白い美術史の先生がいるといって教えてくれた。その名が宮下規久朗です。早速、その先生の本を読みました。それがこの本です。「ウォーホルの芸術 20世紀を映した鏡」(光文社新書)アンディ・ウォーホルという画家をご存知でしょうか。19世紀以前の美術の常識を壊し、20世紀の美術の新たな常識を作ったアメリカの画家ですね。アーティストといったほうがピッタリかもしれません。 彼を世に送り出した、所謂、出世作は上に並んでいる「キャンベル・スープ缶」です。見たとおりです。「いったいどこが芸術やねん?ただのイラストやないか!」そう叫ぶ人がいても、何の不思議もない作品群です。 さて、二つの「キャンベル・スープ缶」を載せましたが、実は32種類あるらしいのです。よく見ればわかるのですが、上がベジタブルスープで下がオニオンスープなのです。違いに気づきましたか(笑)。 宮下喜久朗先生によれば1962年の個展で、主催者はこういったのだそうです。 画廊の壁に棚を作り、その上に一列に展示した。これはスーパーマーケットの棚に商品が整然と並んでいる様を模したものだった。近くあったライバル画廊ではこれを皮肉るため、実際にスーパーマーケットで本物のキャンベル・スープ缶を買ってきてショーウィンドウの中にピラミッド状に積み上げ、「だまされないで本物を買おう。当店は格安、2個で33セント」という札をつけた。 要するに、近所の画廊の親父も、缶詰のデザインの連作を見て、何でそんなもんが芸術やねん!? と腹を立てたかもしれないということっです。近代美術で有名なモネやセザンヌだって連作は描きました。しかし、同じ缶詰の、内容表示だけが違う連作を描いて、堂々と個展を開くというのは、それらと何かが、根本的に、違っていますよね。 ウォーホルの連作は同じ商品のすべての種類を描いただけであり、反復する動機は画家の側にはなく、主題、つまり商品の側にあったのである。商品が32種類あるから32点の作品を描くという、一見合理的だが、作者の制作意図や創意というものがうかがわれない連作である。しかも、その筆触は平坦で線もきっちりとしており、作者の息づかいや個性のようなものはほとんど感じられない。しかし、それこそがウォーホルの狙いであったのである。自分の内在的な欲求や、造形的な探究心を見せないようにして、あるいはそれを無化して、外在的な根拠や動機に身をゆだねるというのが以後ウォーホルの基本姿勢となり、彼の芸術に共通する最大の特徴となる。 これが宮下先生の解説です。芸術の歴史をちょっと振り返れば、ウォーホルのこの基本姿勢は、かなり衝撃的な態度変更だということはすぐわかるでしょう。 やがて、ウォーホルはシルクスクリーンという、写真をキャンバスに転写する技法よって、有名人の肖像を作品化し、ぼくでも知っている世界的な人気アーティストになります。そのあたりについて宮下先生はこうおっしゃっています。 マリリンにしてもエルヴィスにしても的確な写真を選び、それをそのまま用いた。美しいものはそのままで美しく、余計な操作を加えなくてもアートとして成立するのだということを示した。と、このように指摘し、加えて、ウォーホルのもっとも見事な独創性についてはこうです。 情報化社会で消費される商品や有名人だけでなく無名の市民の事故や犯罪に関する写真をも取り上げたことにある。それらは、現代人が見ないようにしている死の現実や権力の恐怖をつきつけ、ショッキングであるだけでなく、拡大や繰り返しといった独自の様式化によって質の高い宗教画のような厳粛な印象を与える。 最大級の賛辞ですね。同一商品の大量生産に拠り所を得ている現代社会において、個性を殺すことで、かえって宗教的な象徴性を獲得する表現になったというのが宮下喜久朗の主張ですね。是非はともかく、まあ、ボクは大いに納得したのですが、ちょっと現代美術の始まりと変遷について興味をお持ちの方にとって、本書はウォーホルの全作品解説のおもむきがあって、なかなかいけてるとぼくは思いました。(S)にほんブログ村にほんブログ村モチーフで読む美術史 (ちくま文庫) [ 宮下規久朗 ]初級その1モチーフで読む美術史(2) (ちくま文庫) [ 宮下規久朗 ]初級その2欲望の美術史 オールカラー版/宮下規久朗中級その1
2019.06.13
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「芥川龍之介の死」をめぐって ー 大村彦次郎「文士の生きかた」(ちくま新書) 春から夏にかけての季節が巡ってくると、何だか疲れた気分がやってきます。今年は、長い連休が明けて、忙しく活動する若い人たちが疲れるのはわかるのですがどうして何もしない老人がこんなに疲れなければならないのかというほど草臥れています。もう年でしょうか? 時々でかけている女子大では、国語の授業の練習で高校一年生の定番教材「羅生門」を読んでいます。二十歳になるかならないかの女子学生さんが「下人の行方は?」なんて言葉を口にするのを耳にして、40年前の高校生もこの作品を教室で読んだことを思い出しました。 同級生の一人が放課後の教室で「ある阿呆の一生」と「侏儒の言葉」という作品について、なんというか、文庫本を振り回しながら言っていたことばを覚えています。侏儒というのは小人のことだ。君は知っているか。芥川は自分を小人のようにつまらないヤツだと考えていたんだ。 ぼくは、みんなより一歩前にいるような話し方をするこの男がなんとなく嫌いだったのでしょうね。癪に障ったに違いありません。芥川なんていう作家には興味はない。 とか何とか、そんなふうに、いい捨てて教室を出て行った記憶があります。 その出来事がきっかけだったに違いありません。その後、図書館で借り出した全集版で話題にされた作品だけでなく、芥川の作品のほとんど全部を読んだ記憶があります。 理由はともあれ、立て続けに読み継ぐことが出来たのだから面白かったに違いありません。 その結果なのでしょうか。「将来に対するただぼんやりとした不安」 この「ことば」が高校生だったぼくの頭のなかを占領してしまったのかもしれません。この言葉を残して睡眠薬で自殺した作家というイメージが、その後もずっと心に残りました。 いったい、何故、こころを奪われたのか定かではないのですが、自分の事を侏儒だと意識した作家が自殺することで人生を終えたことに、少年だったぼくは、かなり強い「納得」を感じたのかもしれません。そういうふうにするものなのだとか何とか、年齢相応の納得だったような気がします。 あれから、何年たったのでしょう。最近、大村彦次郎という講談社で文芸雑誌の編集者をしていた人の「文士の生きかた」(ちくま新書)という本を読んでいると、芥川の自殺は、実は、青酸カリによる服毒自殺であって、原因も女性問題と書かれていて驚きました。 芥川は年下の友人である画家の小穴隆一に自殺の決意を一年以上前に告げていた。その頃には神経衰弱が極度に昂進し、いつ死んでもおかしくない状態で、自殺の方法や場所についていろいろ模索していた。 芥川を自殺に追いやった理由については、創作上のゆき詰まりや健康上の問題の他に、さまざまな世俗の事情があげられる。 たとえば、小穴に残された遺書から、秀しげ子という人妻との姦通が死の一因ではないかといった説があり、当の小穴自身もそう信じていた。友人の作家江口渙も同じくその説だった。 -略- まだ姦通罪があった時代で、北原白秋はその罪で刑に服し、有島武郎はそれを怖れて波多野秋子と心中した。」 これを読んで感じた感想を一言でいえば「なんだそうだったのか」ということになります。芥川は「侏儒の言葉」という箴言集の中にあまりにも有名な、こんなことばを残しています。 人生はマッチに似てゐる。重大に扱ふには莫迦々々しい。重大に扱はなければ危険である。 異性関係という人生のマッチ棒の小さな炎をどのように扱った結果なのでしょう、どのように翻弄されたのでしょうね。このページにのせたスケッチは、引用に出てきた小穴隆一という画家による芥川のデスマスクだそうです。 死顔というものは苦しみからの解放というふうにみられる場合が多いように思いますが、この絵は「マッチ一本」の危険に疲れ果てた顔というべきではないでしょうか。ぼくにはそう見えるのですがいかがでしょう。 こんなことを考えながら、ちくま文庫版「芥川龍之介全集」(全6巻)を、パラパラしていていると、巻末にある、作家中村真一郎の解説でこんな文章に出会いました。 彼の全作品を、或いは彼の自選の一冊の小説集を続けて読む時、僕らの眼下に展開するのは、正しく西洋の二十世紀の作家たちの照明してくれた複雑な内面世界に近いものである。 読者は彼の作品を読み進めながら、十九世紀の長編小説を読むときのように、世は様々、という感想を持つ代わりに、世を眺める人の目は様々だ、世の姿を受け入れる人間の心には様々な状態があるものだ、という感想を抱く。 これが芥川の作品の現代の読者を誘惑する、最も深い魅力の秘密であるに相違ない。」 後世の読者達の一人であるぼくもまた、彼の死の理由までもを、あたかも発表された一つの作品であるかのように「様々な理由があるものだ」と受け取ってきました。 中村真一郎の論は十九世紀小説と二十世紀小説の構造的変化に目を据えた、まっとうな芥川評価です。ぼくの感想は単なる覗き趣味にすぎないでしょう。相手が有名人であったとしても、他人の死を覗き見して笑う権利は誰にも無いことを危うく忘れるところでした。水洟(みづぱな)や 鼻の先だけ 暮れ残る 芥川は最後に、こんな句を残して自ら命を絶ったそうです。三十五年の短い生涯でした。命の最後の灯りを、それでも、諧謔を忘れることができない眼で見つめている、三十五歳の青年のことを「しみじみ」と受け取る年齢にぼくはなってしまったようですね。(S)追記2022・07・12 今年も「羅生門」を読みました。偶然かもしれませんが、今年の学生さんは下人の悪について、あまり関心がなかったようで、あっけにとられました。 芥川の作品の多くが、人間の心理や倫理観の微妙なゆらぎの見事な描写を特徴にしていると思うのですが、若い人たちの心やモラルを見る目というのはどうなっているのでしょうね。 彼女たちの、あたかも、スタンプでも押すように「悪」とか「善」とか分類していく、それでもやはりたどたどしい手つきというか、文章理解のストレートさというかを目の当たりにしながら、どう講評していいのか途方に暮れる思いでした。 考えてみれば、こころの揺らぎや関係の齟齬に立ち止まる子供たちに「~障害」とスタンプを押して分類することが、教員世界でハヤリ始めて、もう20年たつのですね。新しい教科書からは芥川も漱石も消えるということだそうですが、どうなるのでしょうね。殺伐としてわかりやすい世界が始まるのでしょうか?追記2024・05・22 今年も「羅生門」を、20歳の女子大生の皆さんと読む季節がやって来ました。将来、高校とかの教員を目指している彼女たちが、かつて、高校1年生の国語の授業の定番であった「羅生門」という文学作品をどう読むのか、まあ、そういう興味もあって教員の授業の方法を学ぶ時間の教材として取り上げて7年ほどたちました。いってみれば、定点観測 ですね。 今年20歳になるくらいの年齢の人たちは、だいたい中学生の頃にコロナ騒動と遭遇した人たちで、それを機に一気に導入された遠隔授業方式によろ教育システムのIT化のトップランナーたちといっていいと思います。 四月に始まった、ばかリですが、感想は一言ですね。 「ついていけません!」 イヤハヤ、どうしたらいいのでしょうね(笑)。そのうち、具体的なことを書くかもしれませんが、今日はここまでですね。 ボタン押してネ!にほんブログ村【中古】文士の生きかた /筑摩書房/大村彦次郎 (新書)これですが、中古なんですねもう。時代小説盛衰史【電子書籍】[ 大村彦次郎 ]暇つぶしには、良さそう。文壇さきがけ物語 ある文藝編集者の一生 (ちくま文庫) [ 大村彦次郎 ]結構たくさん書いていらっしゃいます。
2019.06.12
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アルフォンソ・キュアロン 「ローマRoma」 イオンシネマ加古川 今日はJRに乗って西向き。東加古川駅で降りて、南に出る。「さて、イオンモールはどこかいな?きっと、あっちやな。」 知人が住んでるはずの街で、昔、一度来たことがあるが、JRの駅を降りるのは初めて。ウロウロ南東に向かって2号線までやってくると、かなり西のかなたにイオンシネマの看板発見。「えーっ、けっこう遠いやん。」たどり着いた映画館は加古川イオンの南の端、何だか人が少ない。席に着くと、画面も客席も広い。大きなホール。500人は入れそう。予告が始まりかけていて、誰も来ない。「エーっ、ここに、一人かあ。」 10列目くらいのほぼ中央。「フフフ、こうなったら社長気分やな。」 暗くなる直前に二人。学生風の女性と、30代の男性。徘徊映画鑑賞歴最少の3人鑑賞会。 灰色の画面には石タイルの床が映っていて、水を撒く音がしている。やがて水が流れてきて、タイルの表面に泡が立っている。床の水面に光っている空が映っていて、水面の空を泡が落下傘のように降りてくる。水はだんだん増えていって、上方から打ち寄せる波のように流れてくる。そして、また、上方に向かって退いてゆく。誰かが水を撒いている。 水面に映った空に、白い飛行機が飛んでいる。 少女(クレオ)ともう一人アデラ、クレオが家政婦か女中として働いているようだ。白人の家族(医者の夫アントニオ、妻ソフィア、男の子が三人ペペ、トリオ、パコ、女の子が一人ソフィ、子供たちの祖母テレサ)とは言葉(字幕で分かる)と肌の色が違う。 子供たちは、明るく騒がしい。夫婦は何だか怪しい。クレオにはフェルミンという恋人がいるが、素っ裸で棒を振り回している、ちょっとぶっ飛んだバカ。 ヤレヤレ・・・ 物語が動き始めたと気づくのはクレオが身ごもるところからだ。メキシコらしい街の様子が騒然とし始めて、世の中のせいばかりではないが、劇中の人の関係が次第に壊れていくシーンと重ねられているように見える。それぞれのシーンを、ほとんどカットなしで、辛抱強く撮り続けるので、見ていて緊張する。 「コーパスクリスティの虐殺」の最中に、虐殺者としてフェルミンが登場し、暴力が振るわれる現場に偶然出くわたクレオ。その場で流産してしまうクレオ。そこから赤ん坊の遺体を抱く彼女の姿まで、映画の最初のクライマックス。カメラは切れ目なくそれぞれの人を映し続ける。何だか疲れ果てた気分でシーンに見入りながら思う。 「さあ、ここからどうなるんだ?」 夫が去っていく場面に立ち会うことを嫌がって、海岸への家族旅行を思い立ったソフィアは、病院から帰ってはきたものの、ボンヤリしているクレオに、子供たちと一緒に行くことを促す。 波が次第に激しくなる海岸で、ぺぺとソフィが流される。寄せては返す波をカメラは執拗に撮り続ける。二人の子供が、波のどこにいるのか、いつまでもわからない。助けようと、我を忘れているクレオも波をかぶって危ない。 観ているぼくもドキドキする。「ああ、ここで、破局か!?」 しかし、クライマックスは、ぼくの予想とは違ったシーンで用意されていた。やっとのことで二人を助けたクレオに、ソフィアと子供たちが重なり合うように抱きついていく。(チラシのシーン) その時、彼女はが口走るのだ。「欲しくなかったの。生まれてほしくなかったの。」 命を投げ出すようにして、子供たちを救くおうとしたクレオの心にやってきたものを何と呼べばいいのだろう。 あの時、心臓を止めたまま生まれた赤ん坊と生き返らせようとする医者をじっと見ていたクレオの心にあったもの。それを見つめ返すなにかがここで、クレオのこころに生まれている。 それを何と呼ぶべきなのか、うまくいえそうもない。「回心」とか「愛」とかいうことかもしれないが、少し違う。人が生きていくためにあったほうがいい、何か小さなことだ。「私たちクレオが大好きよ。」 その場でソフィアはクレオを抱きしめてそういった。人の外側から言うなら、そんなふうにいうしか、しようがない。しようがないことをいうソフィアもまた痛むこころに苦しんでいる。人のこころが人のこころを包む瞬間が映し出されている。 ぼくはぼくで、流れ始めた涙がとまらない。 海から帰ってみると、父親が去って空っぽになっていた家で、子供たちは取り合えず泣きだす。泣きながら、やはり、騒がしい。黒い犬は相変わらず、やたらと糞をしている。犬の糞の掃除のために水をまいていたのが始まりのシーンだったのだ。 用事のあるクレオが階段を上がっていって屋上に消える。その上に空が広がっている。そこから始まったクレジットの後ろに、白い飛行機の機影が動いているのが見える。「ここから、また、彼女や、子供たちの生活が始まる。クレオは洗濯を始めたのだろうか。」 外に出るともう暗くなっていて、中空に半月が輝いていた。2号線沿いに歩きながら、振り返って写真を撮った。 お土産にはイオンのパン屋で「台湾ドーナツ」と「メロンパン」を買った。今日も、なかなか、いい一日だった。 夜になった東加古川駅があった。 監督 アルフォンソ・キュアロン Alfonso Cuaron 製作 ガブリエラ・ロドリゲス アルフォンソ・キュアロン ニコラス・セリス 脚本 アルフォンソ・キュアロン 撮影 アルフォンソ・キュアロン 美術 エウヘニオ・カバレロ 衣装 アンナ・テラサス キャスト ヤリッツァ・アパリシオ(クレオ) マリーナ・デ・タビラ(ソフィア) マルコ・グラフ ダニエラ・デメサ カルロス・ペラルタ ナンシー・ガルシア ディエゴ・コルティナ・アウトレイ 原題「Roma」 2018年 メキシコ・アメリカ合作 135分 2019/03/14 追記 最後まで分からなかった「ローマ」という題は、メキシコの地名らしい。それから、この映画の監督をぼくは女性だと思い込んでいた。なぜそう思ったかのか、何となく自分ではわかる気がするが、男性だった。だから、どうだっていうのだということはここでは、もう書かないが、いろいろ考えてしまうことになりそうだ。ボタン押してネ!にほんブログ村
2019.06.12
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橋本光二郎 「小さな恋のうた」ハーバーランド・OS・シネマ 我が家に「マンガ」を届けてくれるヤサイクンはモンゴル800というバンドの大ファンです。ヤサイクンの乗っている自家用車に乗車すると、動き出して目的地に到着して下車するまで彼らの曲を聴き続けることになります。長い旅程の場合は、甲本ヒロトと忌野清志郎が追加されます。 ヤサイクン家のチビラたちは、モンパチとかヒロトの曲で、シマクマ君が知っている程度の曲はすべて素で歌えるようです。チビラたちが機嫌がいいときは、だから、車中が合唱隊状態になって、なかなか痛快です(笑)。 そのヤサイクンからフェイスブックでメッセージが届きました。 《「小さな恋のうた」上映中です。》「はあー?これ、どういうこと?」「行きなさいということちやう?」 ハイハイ、もちろん出かけましたよ。ハーバーランド・OS・シネマです。 それでどうだったかって? 「キングダム」を見た時も思いましたが、「ことば」ですね。引っかかってしまうのは。少年たちがしゃべる言葉が気に掛かるのです。現代の若者言葉でしゃべりますが、モチロン、映画が映画ですから沖縄方言、いや琉球語といいたいですが、それではありません。おそらく若い人気の俳優たちが起用されているのでしょうが、そこでしゃべるの言葉が響いてこないのです。日本語を母語としているぼくにとって、これが決定的でした。 まあ、年齢的ギャップもあるんでしょうね。でも、少年たちのやり取りだけではありません、出てくるセンコーや大人たちの、本質的にカスなセリフもことばのやり取りとしてリアリティーがありません。いわゆる学芸会状態ですね(笑)。ちょっと、がっかりでした(笑)。 沖縄を撮っているという監督の気負いも、空回りでしたね。どうして、方言をしゃべらせなかったんでしょう。「ことば」について軽視した芝居の演出が、映画の印象を決めてしまったと思います。 それでも最後まで見続けられたのは、モンパチの歌の力です。少年・少女たちのへたくそさカバーして余りあるモンパチでした。 エンドロールで、ようやくモンパチの地声が聞こえてきて、ホッとしました。若い人たちの熱演の空回りが、ちょっとかわいそうな映画でしたね。 帰宅して、夜の十時を回ったころ、ヤサイクンから電話がありました。「観に行ったらしいな。どうやった?」「あんたのとこのアーチャンママは何て言うてた?見たんやろ。」「キヨサクが太ってるって。」 「エーそこかいな。まあ、漁師のせがれで出てたけど。」 「おもろかったんか?」 「なんやねん、ファンやったら見に行けよ。最後の、モンパチが歌う恋のうたで、ホッとするから。声だけやけど。」 「あー、やっぱ、1800円やからな。」 「1800円かあ、ちょっと高いなあ。」「あっ、やっぱ、大阪で今度やるらしいドキュメンタリーにするわ。」「な、なんやねん!」 監督 橋本光二郎 脚本 平田研也 製作 村松秀信 間宮登良松 町田修一 キャスト 佐野勇斗 (真栄城亮多) 森永悠希 (池原航太郎) 山田杏奈 (譜久村舞) 眞栄田郷敦 (譜久村慎司 ) 鈴木仁 (新里大輝) 2019年 日本 123分 2019・06・10・OSシネマno4追記2020・02・23「大阪で今度やるらしい」のは山城竹識「MONGOL800 -message-」でした。感想はクリックしてみてください。ボタン押してネ!MONGOL800 / 800BEST -simple is the BEST!!-(通常盤/結成15周年記念) [CD]
2019.06.11
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大江健三郎「河馬に噛まれる」(講談社文庫) 大江健三郎なんて、若い人はお読みになるのでしょうか。まあ、年取った人もお読になるのか、ともいえるわけだですけれど、入試で使われるわけじゃないし、読んで、ああ、おもしろいとなるわけじゃないし、やたら誰も読まない西洋の古典や哲学を持ち出して、読んでいながら「さあ、もう、投げ出しなさい、投げ出しなさい。」と声をかけられているとでもいう展開だし、作品の中でのことではあるのですが、小説家(書き手)の周辺と思しき登場人物の、妙に道徳的な振る舞いが鼻につくし。 作家が映っている写真を見ると、大体、昭和の大家然とした丸メガネが胡散臭いし、本来、素朴なはずの、そのデザインが逆にわざとらしくてうっとうしい。 そんな大江健三郎の「河馬に噛まれる」(講談社文庫)を、小林敏明という人の「柄谷行人論」(筑摩選書)の中の引用だか、注釈だかに促されて久しぶりに読みました。 初めて出版されたころのことを何となく覚えています。1985年に文藝春秋社から出版された単行本の文庫版ですから、30年以上前の作品です。「ヘルメス」という岩波文化人雑誌に掲載された章もあったとボンヤリ記憶しています。 ぼくは当時、「連合赤軍事件」を思想的に総括したと評判をとり、川端康成賞を受賞したはずの、この小説を、読み始めはしたものの、結局、途中で投げ出したのでした。ところが今回、予想もしなかった場所に連れて行かれた、そんな感じを持ちました。「面白かった」というのとは、微妙ですが、少し違う場所でした。 アフリカの自然公園で飼育係をしている青年が河馬に噛まれた。そんな素っ頓狂なエピソードから小説は始まります。 革命党派の生き残りの「河馬に噛まれた青年」はいくつかのエピソードを経て「大江ワールド」の住人になっていきます。 青年をめぐる出来事と、作家である語り手の個人的な記憶や事件が、語り手の日常生活に複層的に重ねられて語り続けられていきます。どこに終着点があるのか、どこまで行っても読者であるぼくにはわからないムードが漂っていて、またもや投げ出しそうだったのですが、何とかたどり着いた最終章「生の連鎖に働く河馬」の末尾でこんなフレーズが用意されていました。 河の中に緑の植生のかたまりができると、河は氾濫する。水中で盛んに活動する河馬は、植生のかたまりに通路を開き、水の流れを恢復させる働きをする。 河馬にはまたラベオという魚がまつわりついており、河馬が陸上からおとしこむ植物や、河馬自体の糞を食べる。そのようにして河馬は、アフリカの自然の生物の食物連鎖に機能をはたしている。 小原氏の記述に僕は誘われる。 ラベオと呼ぶ魚の群れをまつわりつかせつつ、水流を閉ざす緑の植生のかたまりに通路を開けるべく、猛然と泳ぐ河馬のありようが、有用なものとして排泄されるそいつの糞便ともども、人を励ます眺めではないか? おそらくは気の荒い牡の若い河馬に噛みつかれるほどまぢかから、活動を見守っていたものにとって、河馬の働きはいかにも勇ましく奮い立たしめる体のものではなかっただろうか? 文庫に収められた六篇の、それぞれ独立しているともいえる連作の中に、このフレーズは二度出てきます。 もちろん、環境保護団体のアピールではありません。れっきとした小説のことばです。この作品全体を、あるいは、作家の「書く」というモチベーションの正体を照らし出す光源のありかを、かなり遠回しではあるもののも、たしかに暗示しているとぼくは読みました。 真っ暗な何もない舞台には、あたかも、人が生きる日常の光が満ちているように設定された照明が、作家によって備え付けられていることに、読者のぼくは「あっ、そうか」と得心しました。で、「得心」と一緒に、ここまで読んできた小説の世界が上から降りかかってくるような異様な感動がやってきたのです。 二度目に、そして、作品群の最後に出てきた、このフレーズを読みながら、連赤の生き残りの青年を小説の世界に召喚する作家の手つき、手管のようなものに強い違和感を感じた初読の、あの当時に引き戻されながらも、一方で、小説の中の大江のことばを借りて言うなら、「この項つづく」と言いきかせながら暮らしてきたぼく自身の日々と、その結果たどり着いた、ぼく自身の現在という場所を照らし出す灯のような力が、この、いかにも大江的で大仰なフレーズにはあると感じました。 60歳を越えたぼくが、一体、なぜ、「この項つづく」と自分自身が固執してきたと感じたのか、一体、何を「この項つづく」と感じてきたのか、実は両方とも、うまく言葉にすることはできません。 しかし、この年齢の、この場所に来て、大江のいうように「上向きの勢いを込めて」かは、心もとないにしても、やはり、もう一度「この項つづく」とつぶやいてみようか、そんな気持ちになって本を閉じたことが不思議でした。(S)追記2020・03・22 大江健三郎と柄谷行人の対談集「全対話」(講談社)の第一章は詩人で作家であった中野重治について語り合ったものです。大江がこの小説で使った「この項つづく」は、中野重治の著書の中の「この項つづく」の引用なのだということが語られているのですが、興味のある方は対談をご覧ください。 ちなみに、ぼく自身の感想は《大江健三郎・柄谷行人「全対話」》に書いています。ここからどうぞ。追記2022・11・26 大江健三郎のこの作品を、最初に手に取ったと記憶している1985年、ぼくは31歳でした。そもそも、大江の作品群に夢中になりはじめたのは1975年あたりです。で、今、現在が、2022年で、68歳です。 最近、「大江健三郎自選短編」(岩波文庫)という、かなり膨大な文庫本を手に取る機会があって、ポツポツ読み始めています。キーワードは「この項つづく」です。とりあえず、大江健三郎という作家の「この項」とは何だったのかという関心なのですが、「奇妙な仕事」、「死者の奢り」、「飼育」と読み継ぎながら、20代の自分が、いったい何を「この項」として読んでいたのか、さっぱりわからないというのが、今のところの感想で、かなりうろたえています。 要するに、あの頃の自分が何をそんなに面白いと思っていたのかが、今読み返してよく分からないのですね。 マア、そういうこともあって、オタついていますが、もう少し読んでみようという、意欲は残っているようなので、そのうち感想を載せたいと思っています。追記2023・03・15 60歳を過ぎて、大江健三郎の作品と再会したのはこの作品でした。つい先日この作家の訃報を見たり聞いたりしながら、ぼく自身の10代からの50年、半世紀にわたって、ぼく自身もなんとか、かんとか、生きてきた「同時代」について、作品によってに限らず、参加(?)することを臆することなく続けてきた作家は、結局、彼一人だったなあ、という、まあ、感慨に浸りました。 そういえば、サルトルのアンガージュマン(engagement)という言葉も、この作家の何かの文章で覚えたのではなかったか、そんな記憶のようなものも、一緒に湧いてきましたが、「この項つづく」と横に置いたまま、忘れていく自分をどうしていいかわからない現実社会の混沌は、いつまで経っても混沌のままなのだということを知るばかりで、アンガージュマンのすべはわからないままです。 老いた作家の肖像写真を見ながら、せめて、この作家がたどり着いたところがどこなのか、やはり作品に帰ってみようと思いました。ボタン押してネ!にほんブログ村柄谷行人論 〈他者〉のゆくえ (筑摩選書) [ 小林敏明 ]柄谷論はこの人のこれ。おすすめです。夏目漱石と西田幾多郎 共鳴する明治の精神 (岩波新書) [ 小林敏明 ]これもいいですよ。万延元年のフットボール (講談社文芸文庫) [ 大江健三郎 ]大江はここからが、ゃはりオモシロイ。
2019.06.11
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池内了 「娘と話す 原発」 (現代企画室) 今日は科学の案内です。池内了(さとる)という天文学者をご存知でしょうか?「銀河の構造」であるとか、「泡宇宙論」であるとか、その手の話が好きな人にはもってこいの科学者です。彼の宇宙論の本はたくさんあります。専門家としてはもちろん超一流の学者なのでしょうが、初級の科学おたくとか、理系に進みたい高校生や中学生にピッタシの入門書を書く学者としては当代有数の「書き手」といえると思います。 専門から少し外れた「疑似科学入門」(岩波新書)とか「物理学と神」(集英社新書)といった、文系の素人が手に取ってみたくなるタイプの新書もたくさん書いている人です。 そんな池内了が書く本の題名が最近では「科学の限界」(ちくま新書)、「科学と人間の不協和音」(角川oneテーマ21新書)というふうに変化してきました。 現代を生きている人間にとって、あるいは現代社会にとって科学とは何かという方向に、純粋科学の紹介から文明論的一般論に著者の関心が変化するのは年老いた科学者のパターンの一つです。 たとえば、日本人初のノーベル賞の物理学者湯川秀樹の自伝風回想記「旅人」(角川ソフィア文庫)や、世界の数学者からその才能を注目された天才数学者岡潔の名随筆集「春宵十話」(光文社文庫)などがその例で、読めば面白いですが専門の理論物理学や数学の話というより、人生論や文明論というべき著作です。 少しづつつまみ食いのように池内了の著書に接してきたぼくは著者の関心が変わってきたのだろうか、という興味もあって「娘と話す原発って何?」(現代企画室)という本を手にしました。 どうもちがうようですね。池内さんは年を取ってのんびりと世界を傍観しながら、毒にも薬にもならないような戯言を弄するようなスタイルの科学者ではないことが、例えばこの一冊をお読みになればでわかると思います。 お断りしておきますが、もちろん、湯川秀樹や岡潔の著作もそんな本ではありません。 さて、この本の後書きにはこんなふうに記されています。 阪神大震災が起こって以来、これから50年先の世の中はどうなるだろうと考えるようになった。地下資源に依存した近代の科学・技術文明の脆弱さと負の遺産を未来世代に押し付ける無責任さを痛感するようになったからだ。 無論50年先に私という人間は存在しない。しかし今なにがしかのことを言い残しておかなければならないと追い立てられるような気持ちとなった。 50年先には、資源枯渇が露わになり、資源確保のための世界戦争が起こるかもしれない。悪化した環境からの復讐で、飢餓・疫病・気候変動などによる人類の大量死を迎える可能性もある。 それらの事態を想像すれば、現在から手を打っておかねばならない。「わが亡き後に洪水よ来れ」ではあんまり無責任すぎるではないか。少なくとも、浪費に明け暮れ、負の遺産だけを残している世代においても、未来を想像して警告を発する人間がいた、それがせめてもの償いになるのではないか、と大げさに考えたのだ。 これは、ときどき見かけますが、死んだあとのことなど知らないとふんぞり返った傍観者の老人の態度ではありませんね。 本書では現代社会における原子力発電の基本原理に始まり、原発の仕組み、放射能・放射線などの原子力に関する基礎的事項の解説、原発の抱えている問題点と現代文明とのかかわりにわたって、ことばどおり懇切丁寧でわかりやすく解説がなされています。 若く無知で善良な人々に対して科学的事実を伝えなければならないという誠実な態度で一貫しています。決して反対のための言いがかり的な批判ではありません。 東北大震災と原発事故に対して科学者の感じたショックが、未来を人間のためにより良く変えようとする科学本来の真摯な思想を突き動かして本書を書かせたことがよくわかります。 そのうえ、その丁寧さの中には原子力発電の安全神話を振りまいてきた人たちや制度のエゴイズム、事故に対する政府や東電の無責任さにたいする憤りがにじんでいます。 彼が何故、憤っているのか、考えることこそ大切なことのようにぼくには思えました。彼のこれからの発言や行動はまだまだ注目に値すると思います。(S)追記 池内さんは姫路の出身の方。ドイツ文学の池内紀はお兄さん。何の関係もありませんが、兵庫県の住人としては、何となくうれしい。お兄さんの方は、神戸大学のドイツ語の先生だったこともあるようですし。追記2020・05・10 池内紀さんが昨年亡くなってしまいました。残念です。弟の池内了さんの仕事はアカデミズムの軍事研究批判に焦点が絞られているようです。『科学者と戦争』(岩波新書 2016年)に続いて、『科学者と軍事研究』(岩波新書 2017年)も出ています。いずれ案内するつもりですが・・・。ボタン押してネ!にほんブログ村?もう一つの文明?を構想する人々と語る日本の未来 自然と共に生きる豊かな社会 [ 池内了 けいはんなグリーンイノベーションフォーラム ]今の彼ですねきっと。宇宙論と神 (集英社新書) [ 池内了 ]こういうのから、好きになりました。科学の限界 (ちくま新書) [ 池内了 ]読みやすい。科学者と軍事研究 (岩波新書) [ 池内了 ]これは、今とても大事なテーマ。
2019.06.10
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高木仁三郎・片山健「ぼくからみると」(のら書房)高木仁三郎さんが「ぶん」を書き、彼のアイデアを片山健さんが「絵」にした絵本があります。「ぼくからみると」(のら書房)ですね。「かがくのとも」という福音館の子供向け科学雑誌の80年代の一冊がリニューアルされて、一冊の絵本になったのが、今から5年ほど前だそうです。夏休みのある昼下がり。ひょうたん池で釣りをしているよしくん。向うから、自転車に乗ってやってくるしゃうちゃん。池の向こうを泳いでいるカイツブリの家族。池の中の鯉。竿の先にとまったトンボ。空から舞い降りてくるのはトンビ。日陰を作ってくれている立木の枝にとまっているのはモズ?こっそりバケツの獲物をうかがうノラ猫。アザミの花に群がる蜜蜂。花から花へ飛び交うのはアオスジアゲハ。池之端に座り込むアマガエル。しょうちゃんが隣にすわって、青空を見上げている。夏の午後だ。「入道雲が出てきた。あれは何になるところなんだろう。」 絵本をみている「ぼくからみると」そんな感じ。 池の周りの、いろんな生き物が、一匹、一匹「ぼくからみている」。 それが世界だなのですね。 一ページ、一ページが、見開きで一つの世界です。 池の鯉の視点、トンビやモズの目、みんな素晴らしい。なかなか豪華な絵本です。 高木仁三郎さんが2000年に亡くなって、20年近くの年月が経とうとしています。彼が反対し続けた原子力発電所は、大きな地震があって、彼の予言通りの事故を起こしました。彼が主張したのは、それぞれの立場の人間が、ともに生きる人間に対する責任を自覚した、科学的な客観主義、相対主義だったと思います。 様々な視点を子供たちにも呼びかけた彼が生きていたら、責任も、客観的正当性もないでたらめな社会が、実際に出現したのをを見てなんといったのでしょう。新しい時代を生きる子供たちに読んでほしい一冊です。追記2021・08・07 人間をはじめとした生き物の「いのち」をないがしろにすることが平気な時代が始まっているような気がする今日この頃です。 「空」から見おろしたり、「草むら」から覗いたり、「池の中」から見上げたり、いろんなところから世界を見る面白さと大切さを大事にしたいと思います。 子供たちは夏休みですね。いろんなところに行って、いろんな風景と出会ってほしいですね。追記2022・05・18 ベランダに蝶がやってきて卵をおいていくようになりました。トンボが飛び始めるのももうすぐです。トンボから見たり、葉っぱの上をはっている青虫から見たりする世界を思い浮かべるのは楽しいですね。 おっと、ヒヨドリがベランダの手すりにとまりました。アブナイ、アブナイ。ボタン押してネ!にほんブログ村【中古】 市民科学者として生きる 岩波新書/高木仁三郎(著者) 【中古】afb名著!原発事故ー日本では? (岩波ブックレット) [ 高木仁三郎 ]完全に予言していた彼は偉い。宮澤賢治をめぐる冒険新装版 水や光や風のエコロジー [ 高木仁三郎 ]宮沢賢治が好きだったんですよ。高木さんは。市民の科学 (講談社学術文庫) [ 高木 仁三郎 ]科学者であろうが、法律家であろうが、ただの市民。忘れてはいけない原則。
2019.06.09
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「女の園の帰り道」 徘徊2019年6月6日(木) 多井畑の厄神さんあたり 「なんやしらん、もう夏やんなあ」 春から夏へと季節が廻り始めた実感がし始めました。バスとトボトボ歩きに物足りない今日この頃です。こうなると愛車スーパーカブ号の出番です。週に二度ほど出かける高倉台にピュー!とスーパーカブなら一息です。 「あのね、何にもない坂道でころんで入院したことを忘れないでね。」「あー、わかってる、わかってる。」「ころんでも、誰も助けてくれないからね。」「ハイハイ、安全運転します!」 高倉台からの帰り道には「多井畑の厄神さん」があります。 今日はちょっとお参りして帰ろうと思います。「な、なんやこの階段。これ全部上るんか・・・・」「この石段、下から見上げたら『海街ダイアリー』やん。あれは、鎌倉の八幡さんやったか。ここも、八幡さんか?」「ひーふー、ひーふー。ああ、百段超えるやん。まあ、でもう、なかなか立派な社やな。エーっと、トイレはどこや?」 「これが、お百度石か。階段全部降りんでもええいうことか。全部降りて百往復やったら、なんか聞いてもらえそうや。少なくともダイエットには効くな。イヤ、足腰たたんようになるか?」「おっ、こんなとこに、猫くんおるやん。あんたあ、なんか狙ってるやろ。」「なんか向こう、新しい家いっぱいで、こっちは田舎やなあ。」「阪神高速のむこうのビルは青山台か。そのむこうが海で、あっちのかすんだ山は淡路島やなあ。ニャンコ、お前、毎日この景色みてんねやんなあ。」「そこの鳥居の前が須磨からのバスの終点やニャー。ここが、塩屋の谷の一番奥で、しずかなもんやったでニャー。にぎやかなんは年に一度、厄神さんの時だけやニャー。」「ほな、またネ。」追記2023・05・22 今年も高倉台詣が始まりましたが、そろそろ、スーパーカブの季節です。ただ今、スーパーカブ号はメンテナンス中ですが、近々、ちょっと、寄ってみようと思います。ボタン押してネにほんブログ村
2019.06.09
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ギョーム・セネズ「パパは奮闘中!」シネ・リーブル神戸 シネ・リーブルでもらったチラシに「クレイマー・クレイマーの感動から今・・・」って書いてあるのを読んで出かけた。 「あの映画でメリル・ストリープが嫌いになってんなあ。」 「そうや、40年も前から、おまえはフェミニズムが嫌いやってん。」 「いや、いや、・・・」 「人前ではごまかしてても、性根は変わらへんのやろ。」 わけのわからん独り言をブツブツ言うてるうちに始まった。 おかーさんのローラさんと二人のおチビさんの毎日。おにーちゃんのエリオットはけがの薬を胸に塗ってもらってる。小学校三年生くらいか。妹のローズ(弟だと思っていた)は、まだ、ぐずぐずする年頃。絵本読んでもらうのがうれしい。幼稚園ぐらいかな。おかーさんは洋服屋さんで働いてる。 おとーさんのオリヴィエが働いているのは大きな集荷場のようなところ。なんか、「希望の灯り」のマーケットの倉庫とちょっと似ている。ベルトコンベアーに箱が並んでやってくる。次々に商品を入れて蓋をする。朝早くから、遅くまで、そんな仕事。 仲間思いのマジメな奴らしい。組合の活動家かな?退職を勧告された高齢の同僚が自殺して死んじゃったり、妊娠がばれて首になりそうな女性の苦情を聞いたり、ちょっと、何なんだよここっていう感じの職場。なんか、家にいる時間なんて、寝てるだけ。 ああ、あ。ローラさん消えちゃった。出て行っちゃたんだ。おとーさんボー然としてないで、なんとかしなきゃあ。彼女は本気だよ。ああ、着替えもわからないし、食事作るなんてことは無理そうだね。どうするの? まあ、まず母親に頼るわけだ。ああ、ああ、なんですかオリヴィエさん、そのいい方は。相手のいうこと聞きなさいよ。お母さん心配して、手伝ってくれてるのに。子供も気つこてるやん。一人で意見まくしたてんのやめなよ。 妹が手伝いにきてくれたんや。おチビちゃんたちもおばちゃん大好きや。いい家族やねえ。 おいおい、ローラの故郷まで探しに行くのはいいけど、見つからないからって、ほかの女の人のとこ行っちゃうって、どうなんよ。 ほら、少しはわかってきたの、自分のこと。妹にも見破られてるでしょ。でも、やっぱり子供のことわかってないでしょ?ローズちゃん、しゃべらなくなっちゃったじゃないか。 ほらほら、カウンセリングにでかけるのはいいけど、実家に帰ってるとか、相変わらずだねえ。見栄はってる場合じゃないでしょ。自分は悪くないと思ってるでしょ。 いろいろ、一人で考えてるけど、おチビちゃんが二人でいなくなっちゃったじゃないの。朝、学校まで送ったのにねえ。やるね、おチビちゃんたちも。で、どうするの? まあ、あなたなりに、なんとかしなきゃあって、まじめに考えているのはわかるよ、でも、帰ってきたら叱るんでしょ、また。 子供たちが母親探しの冒険から無事帰ってくる。ここからダメオヤジと本当に「奮闘」していた子供たちに「コミュニケーション」が生まれはじめる。 家族にダイアローグが生まれる楽しさを映画は映し始める。ここまで、子どもたちも、おとーさんも、そしておかーさんも、モノローグの世界にいたことがよくわかる。 エリオットがいう。「パパが探しに行かないから。」 「いや、パパは一人で、行ったんだよ。」 「どうして、ぼくたちと一緒に行かなかったの?」 「いや、それは・・・」 黙っていたローズが一言。彼女に言葉が戻った。「おにーちゃんも、本当は嫌だったカバンのこと黙ってたよね。」 「えっ、あの新しい鞄イヤだったのか?」 そうそう、それが会話ってもんでしょ。イヤだったり、話したかったりすること、あなたは聞く耳持ってた?あなた、この家族で何様だったの? ローラの言葉に、本気で耳を傾けたことあったの?ローズが拒否ってたことが何だったのか分かった? 大人の都合で子供を見て心理学とかで解決できるとか、仕事優先で妻と話して、シンドイのはお前だけじゃないとか、自己弁護してなかった?気持ちはわかるけど、やっぱり、それはダメだったんじゃない? チビのローズが紙に、お絵かきみたいにして、慣れない字を書きながら、あどけなく言う。このチビちゃんの可愛さはちょっと説明できない。ヨタヨタしゃべるのが、またいい。「これって、デモク、デモク・・・?」 「そうだよ。デモクラシイ。これからどうするか、三人で投票するんだ。この家を出て、新しい職場に移るか、ここでママを待つか。」 こんどは投票で負けたエリオットの負け惜しみ。 「デモクラシイなんて嫌だよ。」「いや、これは、結果をいやだと思う人が少ない選択なんだ。」 堅物で、まじめなパパが、一緒にやっていくために、民主主義というルールで暮らすことを提案したらしい。 こう書くと、何だか教条的、民主主義映画のように受け取る人もいるかもしれない。 しかし、話し合うことからたどり着いた民主主義は、子どもを大人が認める場を作ることであり、それは、とりもなおさず、人間として生きる場を失った「おかーさん」が帰ってこれる場を作る方法なのだと納得させる展開は、決して教条的ではない。 崩壊寸前の「家族」を描きながら、デモクラシーという方法の原点を浮かび上がらせたところに、作り手の現代社会に対する視点の確かさがあったし、ラストシーンもなかなか爽快だった。 壁いっぱいに描かれた落書き。それは、不在のローラに対するダイアローグの呼びかけだったからです。 帰り着いて、自宅の食卓に座り込んで尋ねた。 「ねえ、クレイマー・クレイマーって、どっちが勝ったんだっけ?」 「メリル・ストリープが裁判で勝って、息子が泣くのに負けるのよ。」 「愛は勝つか?」 「どやったの、今日は?」 「ええ、思うで。」 「見行こうかな。」 「うん、そうし、そうし。でも、帰ってきて。あれ、誰かと同じやいうのはなしな。あ、原題〈ぼくらの闘い〉やし。」 「えっ?」 「いや、そんだけ。」 監督 ギョーム・セネズ 製作 イザベル・トゥルク ダビド・ティオン フィリップ・マルタン 脚本 ギョーム・セネズ キャスト ロマン・デュリス(夫オリヴィエ ) ロール・カラミー(同僚クレール) レティシア・ドッシュ(妹ベティ ) ルーシー・ドゥベイ(妻ローラ) バジル・グランバーガー (息子エリオット) レナ・ジラード・ヴォス(娘ローズ) 原題「Nos Batailles」 2018年 ベルギー・フランス合作 99分 2019・05・29・シネリーブル神戸(no11)ボタン押してネ!にほんブログ村クレイマー、クレイマー コレクターズ・エディション [ ダスティン・ホフマン ]懐かしいですね。タイピスト! [ ロマン・デュリス ]主役のお父さん。この映画が有名らしい
2019.06.08
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アリーチェ・ロルバケル「幸福なラザロ」シネ・リーブル神戸 朝から雨が降っている金曜日。 「出かけるの?」 「うん、雨が降ってるから。家にいると、ホントに何もしないから。」 「どこに行くの?」 「三宮。お昼に着くように高速バスに乗る。」 「何観るの?」 「ピーチ姫がいうてたやつ。幸福のなんとか。」 昼前のバスはすいていたのに、なぜか、隣に妙に派手なおばさんが座って、熱心にスマホをいじっていると思っていると寝てしまった。 三宮に着くと、さきほどの女性が階段をよろけながら、駆け降りるようにして、市民トイレに直行している後姿を見ていると、意味もなくため息が出た。 映画館は500人のホールで客は7人。振り向いて数えた。席について、またしても近所に知らない人がやってくるのではないかと心配していたが、今日は大丈夫。ホッとして、朝昼兼用のサンドイッチをかじっていると始まった。 暗い画面には建物があって、声がしている。 「ラザロー、ラザロ―」 村の風景、貧しい村人の生活、農作業、子どもたち、電球を取り合う夜、月が出ている。繰り返し「ラザロ」という呼び声が聞こえてくる。名前を呼ばれたらしい朴訥な青年が、頼まれたことを次々とこなしている。 イタリアなのだろうか、山岳地帯で、畑では煙草の葉の収穫をしているようだ。この感じをぼくは知っている。50年前の話だが、伯父がたばこ農家だった。 「あの、大きな葉を一枚づつ干すんや。」 そんなことを考えながら画面を見ていた。煙草畑の中でも、繰り返し「ラザロー、ラザロー、」と聞こえてくる。繰り返し聞こえてくる名前を聞きながら、思い浮かんできた。「ひょっとして、あの、ラザロか?」 画面に、貴族の息子である青年タンクレディが登場し携帯電話をいじり始める。「これは1980年代かな。」 暗い夜、村人がオオカミを見張り、裸電球を奪い合うように暮らしている山あいのこの村から遠くに電波塔の蜃気楼が見える。「あっちには文明があるいうことか。」 母親に反抗する貴族の青年タンクレディと、あらゆる依頼を断らない朴訥な青年ラザロは狼の遠吠えを真似合うことで「兄弟」であることを確かめ合っているようだ。二人の遠吠えの声を村の人々は彼方に聞いている。 しかし、「あの、ラザロ」であるならと考えていると、案の定というか、やっぱりそう来るんですねとばかりに雨に打たれ、高熱を発したラザロが、翌日「兄弟」を探して山中をさまよい崖の上から、あっけなく落下する。とても生きていられそうにはない。「やっぱり!それでどうなるんや。」 一頭の狼が、倒れているラザロのそばにやってくる。人間の遠吠えに答えた、あの狼たちの一頭であるに間違いないようだ。やがて、ラザロが目覚める。 目覚めたラザロは村に帰ってくる。村には誰もいない。街まで歩き続けたラザロは、盗みと詐欺でホームレス暮らしをしている女、少女だったはずのアントニアや、少年だった男たち、彼らが養っている村の老人、財産を失った「兄弟」タンクレディと再会する。いつの間にか30年の年月が流れている。 落ちぶれた「兄弟」を救おうと、いかにも現代的な、銀行の窓口にラザロはやってくる。「兄弟」が失ったものをすべて返してほしいと穏やかに訴えるラザロは、その場にいた群衆に踏みつぶされるようにして殺される。 一頭の狼が、自動車が行き交う道路を山に向かって走っていく。映画は狼の後ろ姿を追いながら、突如終わる。 映画を見ながら思い当たったのは、「新約聖書」の中にある、イエス以外で復活したラザロという名だったのだが、キリスト教圏の人たちならチラシを見ただけで思い浮かぶエピソードに違いない。 しかし、この映画は「ラザロの復活」という宗教的、神話的エピソードを描いたわけではなかった。ぼくの中に残ったのは、30年なのか、2000年なのか「元に戻してくれませんか」と問いかける勇気のようなものだった。 多分、ぼくが今考えていることにつながっている。もちろん時間を戻すことはできない。「が、しかし・・・」という感じを残した映画だった。 延々と連なるイタリアの山岳風景。その向うに見えてくる現代都市。「ラザロ」という呼び声や狼の遠吠えの声の重なりと響き。教会を追い出された貧しい村人に恩寵として聞こえてくる音楽。そして、「愚か者」と呼ぶしかないラザロ。こういう愚直で、まっすぐな映画を作った監督が、アリーチェ・ロルバケルという女性であったことも、ちょっと嬉しかった。 劇場を出ると雨は上がっていた。歩くと汗ばむ季節になってしまった。 「さあ、神戸駅まで歩こう」 監督 アリーチェ・ロルバケル Alice Rohrwacher 製作 カルロ・クレスト=ディナ ティツィアーナ・ソウダーニ アレクサンドラ・エノクシベール グレゴリー・ガヨス キャスト アドリアーノ・タルディオーロ(ラザロ) アニェーゼ・グラツィアーニ(アントニア) アルバ・ロルバケル(成長したアントニア) ルカ・チコバーニ(タンクレディ) トンマーゾ・ラーニョ(成長したタンクレディ ) 原題 「Lazzaro felice」 2018年 イタリア 127分 2019・06・07・シネリーブル神戸(no10)ボタン押してネ!にほんブログ村シューベルト:ラザロ(復活の祭典)~独唱、合唱とオーケストラのための (Schubert, Franz: Lazarus)【中古】◆◆映画芸術 / 2019年5月号
2019.06.07
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樺山紘一「歴史のなかのからだ」(岩波現代文庫) 科学、哲学、歴史、芸術、スポーツ。人間が作り上げてきた文化の諸相を大きく区分けすればこの五つぐらいのジャンルになりそうな気がする。学生諸君が学校でお勉強する科目も、おおむね、この五つということになる。 例えば文学は芸術かな。この中で、最近、人気がないのが歴史。もっとも、哲学などという、昔から人気があったためしがないジャンルもあるから、それよりはましかもしれない。 あらゆる学問にとって、哲学的な理想と内省を失うことは致命的だと思う。そういう意味で、哲学が面倒くさがられている現在というのは、まあ、人類というのは大げさだろうが、この国の人間たちが致命的失敗をやらかす時代が目の前にあるのかもしれない。 そのあたりの学問がお金になりにくいというのが、現状の直接的な理由かもしれない。「文系」と呼んで、学問の土台になる領域を否定する政治と哲学の関係を思いうかべてみても、アブナイ時代だと思うが、誰もが具体的なマニュアルをほしがる社会だから、原理を説く人は煙たがられる。というわけで、やっぱり哲学は流行らない。 じゃあ歴史はどういう意味を持つのですかと尋ねる人がいるかもしれない。あらゆる学問と呼ばれるものは、結局、その学問の歴史を学んでいるのだと答えるのは乱暴だろうか。 たとえば高校までに勉強する数学はインドでのゼロの発見から、十八世紀、ニュートンの微積分までの西洋の数学の歴史をたどっているようなものだろう。 そういえば、吉田洋一という数学者の「零の発見」(岩波新書)という、数学の出発を描いた名著がある。数学が好きな人はぜひ、とは思うが、今でも手に入るかどうか、それが問題かもしれない。 そう考えれば、歴史は哲学と共に学問のもう一つの基礎だということになるのだが、その歴史という学問が、最近、すこぶる人気がない。理由は分からないが、穴埋めの知識ばっかりで勉強してきた頭には、事件がなぜ起こるかという筋道を追うことは苦痛でしかないからかもしれない。その上、今の、自分の都合に合わせて歴史を作り直すことが流行になりつつある社会では、あったことを記録するという原則すら忘れ辣つあるから、歴史なんて言葉自体がなくなるかもしれない。。いけしゃあしゃあと、でたらめな本がベストセラーになる国で、生きている若い人はホントに大変だ。 とか、何とかいいながら、要するに歴史という学問の、とりあえずでもいいから、面白いところに興味をもってほしいということがいいたいだけなのだから、もう少し読んでほしい。 というわけで、今回、案内するのは樺山紘一「歴史のなかのからだ」(岩波現代文庫)です。 何年に何がどうした、という歴史ではなくて、搦め手からの歴史です。人間のからだというものが、歴史上どう考えられてきたのかという観点から、古今東西の事例をネタにルネッサンス史の碩学がユーモアたっぷりに解説しているいわば、歴史エッセイ。暇つぶしには最適だと思うのですが。 たとえば第一章は「心臓と血液」と題して、浮気をした妻に浮気相手を殺してその心臓を食べさせる城主というとんでもない話からはじまります。心霊論というそうですが、心臓と生命の関係なんてまだ解明されていない時代、心臓に霊力が宿ると考えていた頃の話です。というわけで、当時、もっと神聖だったのが血液だったそうです。キリスト教の聖体は、イエスの血を象徴するぶどう酒ということは知っている人もいるでしょうね。この宗教的にも保証されていた血の優位性が17世紀に逆転するのだそうです。トランプカードを知らない人はいないと思います。スペード、ダイア、クラブ、ハートの、あのカードです。 著者の樺山紘一はこんなふうに問いかけています。 現在も使われているトランプカードには、ハート印がある。あきらかに心臓のかたちをしている。なぜ、心臓なのか、理解に苦しむところがある。というのも、のこりの三種類については、れっきとした根拠があるからだ。スペードは剣のこと。クラブは、棍棒のこと。そしてダイアは、菱形のダイアモンド。剣は戦闘者に帰属する。棍棒は、もともと耕し、種をまくための器具として農民に帰属する。ダイアモンドは、その流通力によって、商人のものである。戦う人、耕す人、商う人の揃いぶみ。それでは、心臓はだれに。むろん医者ではあるまい。 で、正解は聖職者、僧侶だそうです。ハートは元々カップをあらわしていたそうで、つまり、聖体であるところの血=ぶどう酒を注ぐ聖杯ですね。実際に、古いカードは脚の長いグラスを描いているそうです。この形が心臓=ハート型に変化するのが、17世紀だそうで、人間機械論という考え方が生まれてきたことと関係があるらしいくて、流れている血液より、動かすポンプが重要だと、人体を分解して考えるようになった科学的思想の登場があって、その結果、トランプの模様が替わったということだそうです。 第四章では、その心臓から脳へと、人体の部品の優位性を、人間たちが変えていくプロセスが語られています。とにかく、ネタの幅が広いのが面白いのです。まあ、なんといっても、学識は超一流なんだからね。マジメに研究している学者さんの学識を、役に立たないとか言って、バカにする人が多いですが、なめてはいけないのであります。本屋さんで探してみてください。(S)図説本の歴史 (ふくろうの本) [ 樺山紘一 ]こういうの好きです、ぼく。世界の歴史(16) ルネサンスと地中海 (中公文庫) [ 樺山紘一 ]一般書としては定番。零の発見 数学の生い立ち【電子書籍】[ 吉田洋一 ]数学好きな人、どうぞ。古典ですね。ボタン押してネ!にほんブログ村
2019.06.06
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イザベル・コイシェ 「マイ・ブックショップ」元町映画館 今日はゴジラ老人シマクマ君の誕生日です。であるからして、誕生日にふさわしい「映画」を、という気分で出かけたのが元町映画館ですね。 これが今週の元町映画館ね。 えっ?なにが相応しいの、ですって? シマクマ君の同居人、チッチキ夫人はもう10年以上「ブック・ショップ」の店員さんなんです。出版社から流通、学生の本離れ、売れない本に対する愛、とにかく、本には少しうるさいわけです。 というわけで、今後の平和な同居生活を願えば、この映画を見ないわけにはいかないではありませんか。ね、「本屋さんの映画」、ふさわしいでしょ。 「行ってきまーす。ああ。あっ、今日、マイ・ブックショップ観てくるね。」 「ええっ、ズルー。」 「どうせ、また行くんやろ、混んでるかどうか、先乗り調査や。」 「ハイハイ、じゃあね。」 観た甲斐がありましたね。シマクマ君の誕生日の映画としてピッタリでした。というのはこの映画には「本」が登場するからです。今日は映画に出てきた「本」についてしゃべります。 一冊目は、レイ・ブラッドベリ「華氏451度」。新刊本の発売されたのは1950年代の終わりですね。シマクマ君世代のSFファンなら、ヘンテコな題名の意味が「紙」が燃えはじめる温度ということくらいまで常識ですね。「本」が禁じられた世界で、ファイアー・マンだったかが「焚書」したり、「本」を隠し持っている人を処罰したりするんです。 だからね、この映画の副主人公、偏屈老人ブランディッシュが、この本を気に入るのは、映画の話法としてトーゼンなんです。 二冊目はウラジーミル・ナボコフ「ロリータ」。今では新潮文庫で読めますが、1955年にフランスで出版されたのですね。が、当初はポルノ小説なんですね。 「ロリータ・コンプレックス」なんて言葉はもう誰も知らないのかもしれませんが、いい年をしたおじさんの少女偏愛ですね。その言葉を生みだした小説です。 小説は、少女ロリータを追い求めた末に殺人を犯した主人公が獄中で綴る手記ですが、彼の中に刻印されたように存在する理想の少女の名は「アナベル・リィ」なんです。 この名を聞いて思い出すのがノーベル賞をもらったあと、大江健三郎が書いた「朧たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ」(新潮文庫)ですね。何を書いていたのか、詳しい筋は忘れましたが、たしか、主人公が観た映画の登場人物アナベル・リィをめぐって、あれこれ大江ワールドの展開があるのです。大江が大好きなナボコフに捧げるオマージュみたいな気分で描いた、かもしれない作品ですね。もちろんただの推測ですよ。 話を戻しますが、そんなポルノまがいで、実際に騒ぎになった小説を、一人で読むならともかく、1960年代初頭のイギリスの田舎の港町で売ろうと考えるフローレンスは少し変だと思いましたね。まあ、ブランディッシュの評価は、その後の「ロリータ」評価の変遷を考えると正しいのですが、監督はその辺を考えたのかなと思って最後まで観て、「ああ、そうか。」と思わず膝をうちました。この映画では「少女」が主役だったのです。 そういえば、映画のあの少女、不思議の国のアリスみたいでした。もちろんアリスも「ロリータ・コンプレックス」の歴史では有名人なんですよね、知ってましたか。 三冊目が、もう一冊レイ・ブラッドベリ「たんぽぽのお酒」でした。 この本がブランディッシュの手元に届かなかったのが、この映画の哀しさのクライマックスなのですが、これもまた映画の話法においては、彼の手元に届くはずはない本だったようです。 だって、小説の内容が12歳の少年のひと夏の物語の回想記なのですから。ネタバレになっちゃいますが、映画は少女のひと夏の思い出でしたね。重なっているのですが、考えてみれば大違いなんです。 最後に見損ねたのですが、フローレンスを見送るときに、少女クリスティーンが胸に抱えていたあの本は何だったのか、気になるところでした。 三冊とも、日本では70年代に紹介された本です。当時20代だったシマクマ君は「ロリータ」の初版のデザインに胸がたかなり、「タンポポのお酒」の真新しい表紙が映し出されたシーンで、思わず涙がこぼれました(ウソですが)。 あれから40年以上の年月が流れたんですね。元町商店街から神戸駅にかけて、妙に気が沈んで困りました。 我が家にたどり着いてみると、玄関に「EIGHT DAYS A WEEK」というビートルズの1960年代のDVDが届いていました。ヤサイクンからの誕生日プレゼントのようなのですが、何だか話が合いすぎてるのに驚いて座り込んでしまいました。 いや、それにしてもありがたいことです。 監督 イザベル・コイシェ Isabel Coixet 製作 ジャウマ・バナコローチャ ジョアン・バス アドルフォ・ブランコ クリス・カーリング キャスト エミリー・モーティマー(フローレンス・グリーン ) オナー・ニーフシー(少女クリスティーン) ビル・ナイ(エドモンド・ブランディッシュ) パトリシア・クラークソン(ガマート夫人) 原題「La libreria」 2017年 スペイン 112分 2019・06・05・元町映画館no9追記2019・10・31 秋も終わりになってパルシネマで、もう一回やっています。ああ、もう半年前かと、時のたつのに詠嘆してしまいますが、パルシネマのおにーさんがこの映画を気に入ったんだと思うと嬉しいですね。どうでもいいかもしれないのですが、謎解きしたくなる映画でした。まあ、半分は外れているのでしょがね追記2019・11・04パルシネマの上映にピーチ姫とチッチキ夫人が出かけたようです。「やっぱりよかったわね。」「二度目とちゃうの?戦う女のシリーズ二本立てやんな。」「一本で帰ってきちゃった。」「ああ、あ。弓を射るヘラクレスみたいな方は見んかったの?あれも結構オモロイのに。」「本屋さんのが見たかったからええねん。イギリスの海岸地方ってええ感じやんな。」「今日な、一緒に見てきてんけどね。気づいてへんと思うけど。ロケはみんなスペインやって知ってた?」「ええっ、イギリスちゃうの?スペインって海あるの?」「あるやろ、大西洋も地中海も。」というようなわけで、ダブルツッコミでチッチキ夫人タジタジ。追記220・05・11 7days7Coversというフェイスブックで流行っているチャレンジで「華氏451度」を紹介したのですが、ここでこんなことを書いていたのは忘れていました。ヤッパリ、以前にこの人は読んでいるようですね。最近読み返しておもしろかったんですが、最初から面白かったようです。ロリータ (新潮文庫) [ ウラジーミル・ナボコフ これです。ロリコンの元祖。カメラ・オブスクーラ (光文社古典新訳文庫) [ ウラジーミル・ナボコフ ]最近の訳。【新品】【本】華氏451度 レイ・ブラッドベリ/著 伊藤典夫/訳ブラッドベリSFの出発点ボタン押してね!にほんブログ村
2019.06.05
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ピーター・ヘッジズ Peter Hedges 「ベン・イズ・バック」三宮国際松竹 我が家の同居人チッチキ夫人はジュリア・ロバーツという女優さんが大好きだ。シマクマ君も嫌いではないが、どっちかというと好きな方くらいの感じだ。国際松竹の今週のライン・アップには彼女が主演の「ベン・イズ・バック」が並んでいる。 「ジュリア・ロバーツ、土曜日やけど、行く?」 「土曜日やったら行く。」 先週に引き続き、またしても、二人徘徊「ジュリア・ロバーツの巻」である。 二人で隣り合って座る。映画館がすいていることを確認して、あいだにを空席にして、荷物を置く。早速、おにぎりなんぞをかじりながら、お茶を飲んで、姿勢を崩していると映画が始まった。 教会でクリスマスの出し物を練習している子供たちがぐずっている。ホリー(ジュリア・ロバーツ)が慰める。母親にしては、子どもがチビだと思っていると、歌声が聞こえてくる。長女のアイヴィー (キャスリン・ニュートン)が聖歌を歌っている。二人のチビは、再婚した夫の子供だった。 まあ、アメリカとか、養子の場合もあるから、母親の年恰好から家族を予想するのはむずかしい。しかし、子どもたち三人とホリーは家族というわけだ。 その教会からの帰り道、何処からか現れた青年(ルーカス・ヘッジズ)と出くわし、不安そうに母を見る娘のアイヴィー。突然、全く好対照なホリーの笑顔が画面いっぱいに広がる。車を降りて青年を抱きしめるホリー。クリスマスイブの朝、薬物依存症の治療施設から息子ベンが帰ってきたのだ。不安な表情を隠せない妹、アイヴィー。 母が再婚した義父ニール(コートニー・B・バンス)。その無邪気な二人の妹と弟。実妹アイヴィ、母ホリー。平和な家族のクリスマスに、帰ってきた薬物依存症の青年ベン。「ベン・イズ・バック」というわけだ。 治療施設を抜け出してきた依存症の青年のありさまを、冷静に危惧する義父ニールに対して、「監視」することを主張し、息子を「我が家」にとどめる母ホリー。 ここから、イブの夜明けまでの一昼夜、映画はホリーの、いや、ジュリア。ロバーツの独り舞台のように展開する。 監視の目を抜け出したベンを追うホリー。ふたたび「「ベン・イズ・バック」を実現しようと、一人であがく母。彼女が知るのは息子が生きているの世界の遠さと失ったときの覚悟だった。 映画は母のそばで目覚めるベンと疲れ果てて眠り続けるホリーの姿で終る。多くの人がホッとするシーンかもしれない。母はよく頑張ったのだ。 映画館を出てチッチキ夫人がポツリ。「あの子、どうするんやろ。」「うん。そうやんな。帰るとこないなあ。」「ジュリア・ロバーツ、最初に笑うやんか。あそこが一番よかってん。ずっと監視するって、どういうことなん。なんか引っかかってん。」「医療ミスしたお医者さん。認知症でわからんようになってるじいさんな。あの人に向かって、すごい剣幕で、なんかボロクソ言うやろ。あん時、なんかちがうやろって。ぼくは。」「なにがちがうの。」「おこる相手。ホントは自分に罪があるって気付いてて、それ隠してるかんじ。」「そうなんかな?」「なんか、空振りやったな。なんか食べる?丸玉食堂行こか?「うん、そうしょう。わたし、ローメンにしょう。」 監督 ピーター・ヘッジズ Peter Hedges 製作 ニーナ・ジェイコブソン ブラッド・シンプソン テディ・シュワルツマン ピーター・ヘッジズ 撮影 スチュアート・ドライバーグ 美術 フォード・ホイーラー 衣装 メリッサ・トス 編集 イアン・ブルーム 音楽 ディコン・ハインクリフェ 音楽監修 スーザン・ジェイコブス キャスト ジュリア・ロバーツ(母ホリー) ルーカス・ヘッジズ(ベン) キャスリン・ニュートン(妹アイヴィー) コートニー・B・バンス(義父ニール ) 原題「Ben Is Back」 2018年 アメリカ 103分 2019・05・25・国際松竹no3【直筆サイン入り写真】 ある少年の告白 ルーカス・ヘッジズ /映画 ブロマイド オートグラフ /フレーム別こんなんあんねんな!すごい値段やで!ボタン押してネ!にほんブログ村
2019.06.05
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カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」(早川文庫) 「カズオイシグロ」、この名前をご存知だろうか。イギリス人作家になった元日本人。1989年、「日の名残り」(中公文庫)という作品でブッカー賞という、イギリス文学界最高の文学賞をとり、二年に一作のペースで作品を発表し続け、そのすべてが英語圏ベストセラーという、現代イギリスを代表する作家。 彼は長崎生まれの日本人だったが、五歳の時に海洋学者の父の渡英に家族で同行、以来イギリスの教育を受け、現在に至っているそうだ。現在の彼は日本語が上手く書けないし、しゃべれないらしい。 年齢は僕と同じ1954年生まれ。国籍はイギリス。2017年、それまで候補として評判だったハルキ・ムラカミを差し置いてノーベル文学賞を受賞して大騒ぎになった。 この不思議な経歴の持ち主であるイシグロの評判の作品「わたしを離さないで」(早川文庫)を読んだ。 読み終えて実は困ってしまった。何とか紹介したいのだが、これから読む人にどうしても教えてはいけないことがある小説なのだ。 原題は「Never Let Me Go」。翻訳は土屋政雄。イギリスで映画化され、日本公開に先立って、作家自身が来日したあたりから、メディアが騒ぎ始めた。NHKでは「動的平衡論」の紹介で評判になった、あの福岡伸一がインタビュアーを勤める特集番組を作って放送した。生物学者を作家カズオ・イシグロのインタビューに起用した所に、この作品が評判になっている理由の一端が垣間見えるわけなのだが、僕としては、それ以上語るわけには行かない。この小説を読み終えて困った理由もそこにある。 もっとも、今(2019年)となっては綾瀬はるか主演のテレビドラマまで作られたわけだから、そんなに気にする意必要はないかもしれない。 ミステリー小説や、映画の紹介をするときのタブーに、プロットを語ってはいけないということがある。推理小説を批評するのに謎解きをばらしてしまってはいけないということだ。「それならば、この小説はミステリー小説なのか」と問われれば、「そうではない」と、僕は答える。しかし、小説がミステリアスであることは間違いない。 この小説について、翻訳家柴田元幸はこう解説している。《この小説は、ごく控え目に言ってもものすごく変わった小説であり、作品世界を成り立たせている要素一つ一つを、読者が自分で発見すべき》で、《予備知識が少なければ少ないほど良い作品なのである。》 実にそのとおりだと思う。何も言わず、まあ読んでみたまえというのが、この小説の案内としては最も正しい。 ただ、この小説はミステリアスだといったけれど、実は最後まで、心に最初に浮かんだ謎は解けなかった。そこの所だけ少し説明してみたいと思う。 たとえば、この小説の表紙にはカセットテープのイラストが書かれている。本文を読めばこのテープが、主人公の宝物であったテープであることは、やがてわかる。しかし、何故そのテープが、それほど大事で、その中の一曲の題名が小説の題名として使われることになるのか、それは今もわからない。 いや、その言い方は少し間違っている。「私を離さないで」という1950年代のイギリスの通俗なラブソングが、幼い主人公によって、意味を取り違えられた結果、主人公が生きるための祈りとでもいうべき象徴性をおびて、小説の中に据えられていることは読めばわかる。しかし、主人公は何に対して祈るのかという疑問に突き当たってしまうと、最後までわからないのだ。それは僕の中で、思考実験のためのひとつの問いのように残ってしまう。 もうひとつ謎をあげてみると、この小説がこう閉じられていることにある。「空想はそれ以上進みませんでした。わたしが進むことを禁じました。顔には涙が流れていましたが、わたしは自制し、泣きじゃくりはしませんでした。しばらく待って車に戻り、エンジンをかけて、行くべきところへ向かって出発しました。」 すべてが、あらかじめ奪われていたことを知った彼女は、死んだ友人との思い出の場所にやってきているのだが、そこで湧き上がってくる空想を自らに禁じて、何処かへ出発しようとして小説は終わる。 しかし、彼女は、いったい、どこへ行くのだろう。それが、ずっと謎を追うように読み進めてきた僕に示された最後の謎だ。答えはまだわからない。 僕はこの小説を案内するために、語ってはならないことを語ってしまったかもしれない。いずれにせよ、読めば考え込まなければならないことに出会うことは間違いないだろう。乞うご一読。(初出2011/05/11)(S)浮世の画家〔新版〕 (ハヤカワepi文庫) [ カズオ・イシグロ ]始めの頃の作品。忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫) [ カズオ・イシグロ ]いちばん最近《?》の作品にほんブログ村にほんブログ村
2019.06.04
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徘徊日記 2019年 明石「魚の棚」・「ゑのきや」 ― 地面の蓋が面白い3 今日は愛車ホンダ・スーパーカブで明石にやってきました。市民図書館が目的なんだけれど、駐輪場が「魚の棚」を東に出たところなので「魚の棚」のアーケードを歩いて、「克丸」さんのかどで、北向きの路地に入ります。 市場の入口の地面の蓋はやっぱり「蛸」「蓋になっても陽気でんな。まあ、明石いうたらこれ!でっしゃろ。生でも、煮ても、干しても。明石焼で焼いたら、なおウマイ!」「鰆」「播州の魚ですね。御造りでいただいても、塩焼でも。昔はこのあたりの海で、たくさんとれたんでしょうか。味噌漬けが、またおいしいですね。」「鱚」「今からやね。うん、今から夏にかけて大きいなって、やっぱり天ぷらがええんちゃう!?キスは。そうやな、トラハゼもてんぷらがええで。」「虎鯊」「ハゼって漢字で書くとむずいですね。書ける人おるんかな?」「真鯛」「まあ、明石いうたら鯛いうこっちゃね。天然でこの値で出してるのも評価してほしいね。海で生きてる生きのよさ。なんちゅうても造りで食べてもろて、アラはあら炊きやね。最近干物にする贅沢もあるから。」「さあ、図書館で本も返したし、愛車に戻ろ。」「そや、昼めし食って帰ろ。散髪屋のヒグチ君がいうとった蕎麦屋は桜町か。」「おっ、ここやここや、」「ゑのきやさん」「カレー蕎麦、おいしくいただきました。」「隣に止まってるスーパーカブ、雄姿でっしゃろ!」追記2019・12・06徘徊 明石「魚の棚」 ― 地面の蓋が面白い4はこちらをクリックしてくださいね。ボタン押してネ!にほんブログ村
2019.06.03
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中野量太「 長いお別れ」シネ・リーブル神戸 作品情報は映画comへどうぞ 映画館に「お昼寝徘徊」を始めて一年が経ちました。昨年の6月、最初に見た映画が「モリのいる場所」。山崎努と樹木希林の老夫婦が素晴らしい映画だったのですが、一か所だけ悪口を言わずにいられないところがあったので、この日記には書きませんでした。 しかし、九十歳を越える老画家、熊谷守一を演じた山崎努の姿には、思わず唸らされるものがありました。樹木希林のらしさには、時にめんどくさいものを感じることがあるのですが、山崎の演技は少し違います。特徴的な体つきや顔立ちがそのまま物語の登場人物になる。そんな感じですね。 彼が出ている新作「長いお別れ」がシネ・リーブルにかかりました。一周年にピッタリ! 始まりました。遊園地で小さな子供がふたりメリーゴーランドに乗れなくて困っています。向うから傘を、なぜか、三本持った老人が歩いてきます。山崎努です。いや、元中学校の校長だった東昇平ですね。 70代で認知症を発症した男(山崎努)が10年ほどの曲折を経てこの世を去るのですが、その男をめぐる家族の物語。妻(松原智恵子)がいて、娘が二人いる家族です。姉(竹内結子)には、男にとっては孫にあたる息子が一人いますが、住んでいるのは、夫(北村有起哉)が働いているアメリカ。妹(蒼井優)は独身で、調理師としてお店を持ちたいと奮闘しています。 あれこれありますが、とどのつまり、介護家族が最後に経験する延命処置をめぐる家族の意思の確認のシーンがこの映画の良さを印象付けました。 眠っている老人のベッドのそばで、娘たちが「おとーさんは…だと思っていると思う。」と母に意見を伝えた瞬間、松原智恵子さんがキッパリ! 「どうして、あなたたちに、今のお父さんの気持ちがわかるの?」 ここで、ここまで天然「カーさん」を演じ続けてきた松原智恵子さんの目の覚めるような「キッパリ!」に◎! 家族が困惑して見つめているベッドで、口を半開きにして眠りこけている怪演技の山崎努さんに三重〇! 心に残る意味不明の迷セリフは他にもある。山崎努の姿は、亡くなって十年近くになる、ぼく自身の義父の後ろ姿を彷彿とさせる「鬼気迫る」ものだったし、生来の天然女優松原智恵子の老妻姿にも胸打たれた。「エー、こっちもアブナイんじゃないの?」 老いたとはいえ、名優二人の怪(?)演に支えられた作品だった。 ただ、好みの問題だとは思うが、「話を作るための筋運び」という作意を感じさせる演出はいかがなものだろう。監督は違う人だが、昨年の「モリのいる場所」と同型の「わざとらしさ」をぼくは感じた。おそらく、原作の構成とかかわることなのだろうとは思うけれど、それぞれの登場人物の生活上の葛藤が薄っぺらい作り物に見えてしまうのは何故だろう。 徘徊一周年記念映画鑑賞。シッカリ泣けました。そこそこ満足して帰宅。夕食をとりながら、映画館で思い出した、今はない義父の歩き方や、ベッドでの顔のまねをして喜んでいると、チッチキ夫人、怒り出すかと思いきや。「私も、観に行ってくるわ。いつまでしてんの、それ?」 「いや、だって、今日、封切りやから。でも、思い出して泣いても知らんで。」 「ふふふ。」 監督 中野量太 原作 中島京子 脚本 中野量太 大野敏哉 キャスト 山崎努(父 東昇平 ) 松原智恵子(母 東曜子) 竹内結子(長女 今村麻里) 北村有起哉(長女の夫 今村新) 蒼井優(次女 芙美) 2019年 日本 127分 2019・05・31・シネリーブル神戸(no9)追記2019・11・12この映画の原作「長いお別れ」(文芸春秋社)を読みました。感想は表題をクリックしてください。長いお別れ (文春文庫) [ 中島 京子 ]価格:712円(税込、送料無料) (2019/6/2時点)これ原作。今から読みます。小さいおうち [ 中島 京子 ]価格:1707円(税込、送料無料) (2019/6/2時点)直木賞受賞作。昔読みました。俳優のノート (文春文庫) [ 山崎 努 ]価格:788円(税込、送料無料) (2019/6/2時点)いわば、狂気に近い演技論。柔らかな犀の角【電子書籍】[ 山崎 努 ]山崎さんがどんな本を読んでいるのか?にほんブログ村ボタン押してネ!
2019.06.02
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トーマス・ステューバー「希望の灯り」シネ・リーブル神戸 JR神戸駅で下車して元町商店街の二本南の道を東に向かって歩きます。中央郵便局の前を通って、しばらくすると、ずっと東に朝日会館ビルが見えてきます。アーケードのある商店街からは見えませんが、こちらを歩くと、すぐそこに見える感じがぼくは好きです。 南に下る道と交差するところでは、いくら歩いても、通路の向こうにポートタワーが見えます。不思議ですね。だからというわけではありませんが、最近、この、ビルの谷間っぽい道を歩くのが気に入っています。 大丸の南の交差点を渡って、左右に並ぶ高級ブランド街を抜けて、通り一本、北に歩くと朝日会館です。でも、今でも「朝日会館」っていうのですかね。 席についてお茶を飲んでカレーパンを齧っていると、スクリーンが暗くなって映画が始まりました。 「希望の灯り」です。いきなりヨハン・シュトラウスが流れてきます。大きな倉庫のような棚が見えて、フォーク・リフトが動いていています。その動きと音楽の組み合わせに見入っていると独特な感じが湧きあがってきます。「これは、なんだろう?」 スーパー・マーケットのバックヤードに、見栄えのしない青年がやってきて、制服を与えられ、手首から見えている刺青、タトゥーというべきでしょうか、を注意されています。青年は棚が縦横に並んでいる体育館のような谷間に連れてこられて先輩に紹介されます。青年の名はクリスティアン 、先輩はブルーノ。30歳以上は年上に見えるオヤジで、明らかに偏屈者のようです。 ブルーノが小言めいた一言の後、ポーンとクリティアンの肩だったか胸だったかを叩きます。「おっ、これはいいぞ。」 見ているぼく自身の中に「ホッ」とした気分がやって来ました。職場の同僚たちも、ぶっきら棒ですが暖かい空気が流れています。仕事の段取りを覚えていく「新入り」をその空気が包んでいきます。 出勤すると更衣室で袖口の入れ墨を隠すシーンが繰り返されます。日々の仕事が始まる儀式のようです。 何でもないような、それでいて気にかかる小さなエピソードが見ているぼくをひき込んでいくのです。 膨大な商品が入荷し、フォーク・リフトが滑るように動いています。完全に分類され、整頓され、賞味期限が確かめられ、廃棄されるスムーズな流れがシュトラウスの音楽のようです。 酒瓶が高い棚の上まで積み上げられ、素人には見分けのつかない、あらゆるパスタが並べられ、水槽では大きな魚たちが殺されるのを待っています。冷凍庫に閉じ込められればひたすら走るほかに、働いている人間に生き延びる方法はないことが防寒服を着た時の笑話しになります。 何列も並んでいる棚の谷間で人間が働いています。自動販売機のコーヒーを飲み、トイレで隠れてタバコを喫い、こっそりチェス盤を囲み、クリスマスを廃棄商品で祝う。その一つ一つが「人間的」で「暖かく」て、しかし、哀しい。聞こえてくるシュトラウスの音楽も、こんな演奏者によって奏でられているのでしょうか。 この場所が、かつて社会主義の国、東ドイツの町であり、長距離トラックの基地であったことがブルーノの口から語られます。金網越しにアウトバーンを走る自動車が見えています。 恋に落ちた「新入り」は賞味期限が切れた廃棄物の小さなチョコレートケーキに一本だけローソクを立ててマリオンに差し出し、二人は灯りを見つめ合います。 作業用のカッターナイフで切り分けられるチョコレートケーキを見ていると、何かが迫ってくる感じがします。でも、うまくいく予感はしません。 案の定、破綻した恋に苦しむ「新入り」を自宅に招き、刺青の過去を見破りながら、それでも、「お前が待っていてやれ。」 と、穏やかに諭すブルーノの眼差しが心に残ります。 ブルーノの家からの帰り道、高速道路のライトにボンヤリと照らし出されながら、シルエットだけが、トボトボと歩いていくように見える「新入り」に、楽しい思い出はあるのでしょうか。 梱包用のプラスチックテープをキチンとたたんで再利用を教えながらポケットにしまう、そんな仕事ぶりだったブルーノの突然の自殺が知らされます。 あの晩「妻が奥で、もう寝ている。」 と言い、二人は薄暗い台所で酒を飲んだはずです。クリスティアンは、その住まいを、もう一度確かめずにはいられません。空っぽの寝室がブルーノの空虚を静かに寂しく物語っています。 暖かい空気の底に流れている「本当のこと」を知った哀しみが、「新入り」クリスティアンを職場の「仲間」達の一人にしていくようです。職場に帰ってきたたマリオンが笑顔で飛び乗ってきたフォーク・リフトはシュトラウスの音楽のように滑るように動いています。リフトを軽快に操作し、傷ついている「仲間」を笑顔で運ぶ「仲間」になったクリスティアンの姿があります。 彼はシルエットではなく、自分の足で歩き始めたのです。 映画の終わり近くの、ブルーノの死とマリオンの復帰という二つのエピソード、そして、この巨大なマーケットの正面が最後まで映し出されなかったという事実が「問い」なのか、「答え」なのか、くっきりと心に残りました。 アウトバーンからマーケットの倉庫まで、巨大な流通と消費のシステムが作り出す「通路」。そこで、日々働き続ける人間が、その資本主義のシステムに何を奪われ、何に耐え、何を守ろうとしているのか。現代社会を生きる人間にとって、おそらく、最も普遍的な問いを静かに描いた傑作だったと思います。 帰り道は元町商店街を歩いて、元町映画館で一服させていただいて。知り合いのカウンター嬢とおしゃべりでした。「今日は、どちらへ?」「うちは、これやってるんですが。」「いや、今週はシネ・リーブルやな。今日のもよかった。『希望の灯り』な。観に行き。」 「はいはい、そのつもりです。」 「映画館のカウンター嬢に、よその映画館すすめてどないすんねんな。なあ。」「ほな、帰るわね。」 「はい、またよろしく。」 監督 トーマス・ステューバー 製作 ヨヘン・ラウベ ファビアン・マウバッフ 原作 クレメンス・マイヤー 脚本 クレメンス・マイヤー キャスト フランツ・ロゴフスキ(クリスティアン ) サンドラ・フラー(マリオン) ペーター・クルト(ブルーノ〉 アンドレアス・レオポルト(ルディ) ミヒャエル・シュペヒト(クラウス) 原題「In den Gangen通路で」 2018年 ドイツ 125分 2019・05・27・シネリーブル神戸(no8) 追記2020・06・30 この映画の原作はクレメンス・マイヤーという作家の「夜と灯り」(新潮クレスト・ブック)という作品集に収められている「通路にて」という短い小説です。 「負け組」という、いやな言葉があります。映画の登場人物に限らず、ほかの作品に登場する人達も「過去」や「素性」に暗いものをを抱えています。 映画では主人公が「刺青」を隠すために服のボタンを気にかけたり、彼が恋心を抱くマリオンがDVの被害者だったりしますが、それが、すでに過去の制度に過ぎないはずの「東ドイツ」を象徴するように見えるところに、この作家の特徴があると思います。 作品集の作品はどれも暗くて印象がうすいのですが、この映画で「ケーキ」の上で点された蝋燭の灯りは記憶に残りました。この灯りの輝きが暗示している「希望」は本当にあるのでしょうか。 国家や資本主義経済のシステムに抑圧され追い詰められている人間の「哀しい姿」を美しく描き出した映画は素晴らしいのですが、原作では「夜」のイメージが、もっと強い印象で終ります。 ただ、このように世界を見て、書いている作家がいることに「希望」はあるのかもしれませんね。にほんブログ村キネマ旬報 2019年4月15日号【雑誌】価格:918円(税込、送料別) (2019/6/2時点)昔、毎月買ってました。懐かしい。
2019.06.02
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マイケル・チミノ Michael Cimino「ディア・ハンター」シネ・リーブル神戸 名画の誉たかい「ディア・ハンター」が4Kデジタル修復版再公開とかで、映画館にやってきた。夜の19:30から3時間という、いまのぼくには、ちょっと腰が引けるプログラムだった。 しかし、徘徊老人シマクマ君は意を決してシネリーブルの前から5列目に座ったのだった。 友人の勧めもあったが、見ていないと思い込んでいて、やっぱり映画館で見なきゃねと、重い腰を上げたのだが、結婚式のシーンを見ながら、「必ずここに連れて帰ってくれ。」と頼むニックの葬儀のシーンで映画が終わることが浮かんできた。「あっ、この映画知ってる。」 1979年というのは、ぼく自身がまだ映画を見ることに夢中だった最後の頃で、ロバート・デ・ニーロ演じるマイケルはもちろんのこと、気の弱い友達スタンリーを演じるジョン・カザールの顔を見て、いろんなことが思い浮かんできた。 フランシス・フォード・コッポラの名作「ゴッドファーザー」のシリーズでアルパチーノの困った兄貴。おなじくコッポラの「カンバセーション…盗聴」では盗聴のプロ、ジーン・ハックマンの助手。シドニー・ルメットの、というよりアルパチーノの「狼たちの午後」では相棒。あの頃の映画ファンなら、「ああ、あいつや。」という印象的な脇役で、突如死んでしまったジョン・カザール。 この映画は、彼の遺作なのだ。ついでにいうと、確か、リンダを演じているメリル・ストリープは彼の婚約者だったはずだ。 もっとも、そういう豆知識は記憶していて、次々浮かんでくるのに、映画のストーリーは浮かんでこない。あの頃、たぶん、ぼくはこの映画に対して、今回感じた良さがわからなかったのだと思う。 映画の宣伝のなかでも、ロシアン・ルーレットのシーンが繰り返し取り上げられるが、ぼくはこういうスリルを見せられるのが、大体において好きではない。疲れて仕様がないからだが、サイコもホラーもスリルも嫌いな奴が映画館に何しに行ってんねんという感じだが、まあ、苦手は苦手ということで仕方がないが、それでも好きなんだから‥‥。 当時のぼくは、その恐怖というか、スリルの緊張に引っ張られた印象で映画を見終わっていたにちがいない。 今回は少し違っていた。映画を見ている間ずっと「ディア・ハンター」という題が何故つけられているのかが気にかかり続けていた。確かに主人公たちは出征の前と後に二度、鹿狩りに出かける。 二度目の鹿狩りの時にマイケルは、かつて「一発で仕留めるべき獲物だった鹿」が、今、「撃てない何か」に代わっていたことに気づく。そこから、彼は一緒に出征したスティーヴンとニックを本気で探し始める。 鹿には森の精霊というイメージがあることは東西を問わないらしいが、それに重ねて「幸運」「探すべき謎・宝・神」というシンボルとして考えて間違いなさそうだ。 彼は「ディア・ハンター」になったわけだ。 そう考えると、出征前にディアー・ハンティングをめぐって交わされた、ニックとマイケルの会話が、最後の哀切なシーンの伏線になってることも、納得のいく展開だった。 スティーヴンの結婚のシーンから始まり、ニックの葬儀で終わる映画は、まさに、1970年代、戦争をするアメリカという国が犠牲にしてきた移民二世たちの悲惨な青春を活写して印象深いし、彼らが帰ることを願った、溶鉱炉の真っ赤に溶けた鉄と熱い炎、立ち込める黒い煙の街こそが、強いアメリカと貧しい労働者を象徴しているようにぼくには見えた。 PTSDが「流行り言葉」になっていなかった当時、マイケルの中にある戦場トラウマを、戦友の苦難に立ち向かうことで回復するを描いていることにも揺さぶられた。 明らかに、戦争をする国家に対する非難を込めた映画でありながら、「ゴッド・ブレス・アメリカ」が回復を目指す象徴として歌われていることに、一抹の違和感を感じずにはおられなかったことも忘れてならないことだと思う。 映画館を出ると、夜の11時を過ぎた三宮で、中空に、ほぼ満月。 オールナイトで映画を見ることが平気だった頃があったことを思い出した。 「さあ、垂水から、どうしようかな?」 監督 マイケル・チミノ 脚本 デリック・ウォッシュバーン 撮影 ビルモス・ジグモンド 音楽 スタンリー・マイヤーズ キャスト ロバート・デ・ニーロ(マイケル) ジョン・カザール(スタンリー) ジョン・サベージ(スティーヴン) メリル・ストリープ(リンダ ) クリストファー・ウォーケン(ニック) 原題「The Deer Hunter」 1978年 アメリカ 184分 2019・02・19・シネリーブル神戸(no7)限定68★輸入ブルーレイ★日本語字幕★ロバートデニーロ★ディアハンター★新品★1606価格:734円(税込、送料別) (2019/6/1時点)こういうのもあるんだね。にほんブログ村
2019.06.01
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サマド・ベへランギー(さく)・ファルシード・メスガーリ(え)「ちいさな黒いさかな」(ほるぷ出版) 「お前、気でもちがったのかい?世界!・・・・・世界って何なの?世界は私たちがいる、ここのことだし、人生っていうのも、私たちが生きている、これのことなんだよ。」 サマド・ベヘランギーという人の「おはなし」に、ファルシード・メスガーリというイランの絵描きさんが「絵」を描いた童話「ちいさな黒いさかな」。今から50年前に「アンデルセン童話賞」をもらった作品です。「みんな、また会おうね。ぼくのことわすれないでくれ。」「さっきから聞いてりゃ、子どもたちに、うそっぱちばかり教えて、わたしゃ、だてに長生きしてるんじゃないんだから、世界がこの池のことだっていうことぐらい知ってるんだ。うちの子どもたちによけいなことしないで、さっさと行っちまいな。」「わっはっはっはっ、こりゃっちぽけなさかなよ、おまえたちをのみこんでも腹のたしにはならんな・・・」 ちいさなさかなは、あおさぎの長いくちばしの間でもがきましたが、にげることはできませんでした。「おちびさん!しっかりして、助かる方法を考えるんだ。お母さんをよんだって、どうなるっていうんだい?」 谷間の小川を出発した「ちいさな黒いさかな」クンの運命やいかに? 最近、絵本にはまっているゴジラ老人ですが、結末は図書館にでも行かないと読めないかもしれませんね。頑張ってください。追記2022・05・25 案内したい絵本はたくさんあります。絵本は世界が広くて深くて美しいことを小さな子供たちに教えてくれますが、わかりやすいわけでも、役に立つわけでもありません。 子供たちも、大人がわかりやすいと思ったり美しいと思う世界に惹かれるわけではなくて、「どうしてそんなに気に入ったの?」と思うような楽しみ方をしてくれます。まあ、そこのところが好きなのです。腰を据えて1冊づつ案内できればいいなと思っています。ボタン押してネ!にほんブログ村かいじゅうたちのいるところ [ モーリス・センダック ]価格:1512円(税込、送料無料) (2019/6/1時点)アンデルセン童話賞。ロージーちゃんのひみつ改訂版 [ モーリス・センダック ]価格:1512円(税込、送料無料) (2019/6/1時点)アンデルセン童話賞。わいわいきのこのおいわいかい きのこ解説つき ロシアのお話 [ タチヤーナ・マーヴリナ ]価格:1620円(税込、送料無料) (2019/6/1時点)アンデルセン童話賞。【中古】 かえるの王女 ロシアのむかしばなし /タチアナ・A.マーヴリナ(著者),松谷さやか(著者) 【中古】afb価格:348円(税込、送料別) (2019/6/1時点)アンデルセン童話賞。
2019.06.01
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ヴィスワヴァ・シンボルスカ「終わりと始まり」(未知谷) 「眺めとの別れ」 またやって来たからといって 春を恨んだりはしない 例年のように自分の義務を 果たしているからといって 春をせめたりはしない わかっている わたしがいくら悲しくても そのせいで緑の萌えるのが止まったりしないと 草の茎が揺れるとしても それは風に吹かれてのこと 水辺のハンノキの木立に ざわめくものが戻ってきたからといって わたしは痛みを覚えたりはしない とある湖の岸辺が 以前と変わらず―あなたがまだ 生きているかのように―美しいと わたしは気づく 目が眩むほどに太陽に照らされた 入り江の見える眺めに 腹を立てたりはしない いまこの瞬間にも わたしたちでない二人が 倒れた白樺の株にすわっているのを 想像することさえできる その二人がささやき、笑い 幸せそうに黙っている権利を わたしは尊重する その二人は愛に結ばれていて 彼が生きている腕で 彼女を抱きしめると 思い描くことさえできる 葦の茂みのなかで何か新しいもの 何か鳥のようなものがさらさらいう 二人がその音を聞くことを わたしは心から願う 森のほとりの あるときはエメラルド色の あるときはサファイア色の またあるときは黒い 深い淵に何も要求しない ただ一つどうしても同意できないのは 自分があそこに帰ること 存在することの特権 ― それをわたしは放棄する わたしはあなたよりも充分長生きした こうして遠くから考えるために ちょうど十分なだけ 1996年にノーベル文学賞を受けたヴィスワヴァ・シンボルスカというポーランドの詩人の「終わりと始まり」(未知谷)という詩集の中の詩です。訳者は沼野充義。 2011年の春の、いつ頃だったか、東北で地震があった後、作家の池澤夏樹が、新聞紙上で、この詩の最初の二連か三連を紹介していたことがありました。 その時「わたしがいくら悲しくても」という一節が気になりました。もちろん、この詩も詩人を知っていたわけではないから、忘れていました。 最近、ふと気づくと読まずに積み上げてある本の中にこの詩集を見つけました。同居人がどこからか手に入れてきたようです。全編読み直して、今度は、「こうして遠くから考えるため」にという言葉が心に残りました。 生きていることの素晴らしさと、生きていることの哀しさの「記憶」は「わたし」をどこに連れて行くのだろう。 最近観た映画「長いお別れ」の中で、山崎努が演じた認知症の老人の「この頃いろんなことが遠いんだ。」とつぶやいたセリフが浮かんできました。 そういえば、中原中也は幼い息子を失った悲しみを「また来ん春」と歌っていましたね。 ほんにおまへもあの時は此の世の光のただ中に立つて眺めてゐたつけが…… この時中原は三十歳にもなっていない青年でした。もしも「こうして遠くから考える」ところまで中原が生きたとしたら、彼はどんなふうに歌ったのでしょう。そんな思いが浮かびました。 「未知谷」というのは詩集専門(?)の出版社の名前です(S)追記2020・06・12中野量太監督の映画とその中島京子の原作の小説「長いお別れ」の感想を書きました。題名をクリックしてみてください。追記 2025・08・18 読んでいた「続きとはじまり」(集英社)という柴崎友香という作家の作品の中で、石原優子という、作中の登場人物の一人が、シンボルスカの詩の一節を思い出すシーンが描かれていて、ハッとしました。戦争が終わるたびに誰かが後片付けをしなければならない物事がひとりでに片づいてくれるわけではないのだから 石原優子は、戦争の話をしているわけではありませんが、ドキッとしました。ボタン押してネ!にほんブログ村中原中也詩集 (NHKテキスト 100分de名著 2017年1月) [ 日本放送協会 ]価格:565円(税込、送料無料) (2019/6/1時点)なんか、懐かしいですね。長いお別れ (文春文庫) [ 中島 京子 ]価格:712円(税込、送料無料) (2019/6/1時点)映画の原作です。
2019.06.01
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