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訪問看護師のMさんとは週に一回二人だけで過ごす時間がある。ついにMさんも私との筆談に挑戦してくれる気持になった。やった!顔コミュニケーションでもかなり通じるようになったけどやっぱり細かいところやもっと色々話したくなってきた。お互いに。新人ガイドさんと筆談するマニュアルを作ることにした。まずは知っている言葉の入った二文字の言葉だ。しりとりが一番だ。始めの文字はお互いが知っているのでわかりやすい。文字の大きさや字のスピードをチェックしてもらう。次の文字はゆっくり大きめに書く。当たりの時には笑ってイエスだ。こんな感じで何回かやるうち私の筋肉の緊張のくせや体調のレベルをあらかじめ知ってもらうことができる。ポイントは根気なんだよね。3ヶ月くらいは挑戦してほしい。6ヶ月経てばかなり通じるはずだ。私はいつでも誰とでもやる気があるから待っているんだよ。みんな始める前は難しそう?・・・と引くけどそんなに難しくないよ。筆談プロジェクトにチャレンジしませんか?みんなとたくさん話したい!
2006.03.31
小学校でお世話になった先生に会った。新しい学校に異動する。卒業してからもう5年もたってお互いに少しトシをとった。恩師というのは懐かしいものだ。父が中学校の同窓会にはりきって出かける気持が少しわかった。いくら歳をとっても先生は先生だ。でも、生徒の時とは違って人生の先輩っていう先生だ。先生は私にとっては学校のお母さんだった。私もうまく気持を伝えられなし先生もうまく受け取れなくてお互いに苦労したもんだ。でも、「情熱お母さん」とは心で通じるものがあったよね。学校のお母さんは本当の母と似ていて何とか私の言いたいことをわかろうとしてくれたから。だから私も必死に伝えようとよくがんばったな~~~。悔しかったことや、いらいらしたことや怒ったことや、落ち込んだことは時間とともに過去のできごとになるものだ。トシをとって思い出話をしながら許しあえばいいんだ。これからはわくわく隊の大切な一人ですよ。成人したらお酒が好きな先生と乾杯しよう。これからはバリバリ本音トークしようね。新しい学校でも熱血お母さんでいてね!
2006.03.30
昨日はお騒がせしました。その後お互いに歩み寄り、看護師さんといっしょに長さを変えないで少しダンをつけました。確かに軽くなったし、からまなくなった。ついでに荒川静香さんに似ていると一日に三人に言われたよ。子どもの頃って自分の好きな髪形もしにくいものだ。マーガレットさんもそうだったの。よく、髪を染めるとか染めないとかいうけれど校則で決まっていたりすると問題になるね。私は5歳のときリハビリのために入所していたことがある。そのときは女も男もみんなショーカットだった。今思えばお世話の手が不足しているのだから仕方がないのがわかるけれど、やっぱりスカートをはいてかわいい髪にしたかった。けっこうネに持っているんだ。介護を受ける者は介護者の介護力の影響を受けるね。お互いにがまんするのだろうけれど受けるものががまんすることが絶対多いよ思う。自分の意見を言えない人ほどその分量は多いよ。ひとつひとつがそのときの状況で話し合われるなら少しは納得できる。でも、力関係を感じたとき、やっぱり本音を言えなくなるよ。昨日は思いっきり書き込んだら妙にすっきりしちゃった。みんなの意見も聞けたし。マーガレットさんに早く頼めばよかった!今度は絶対お願いするね。
2006.03.29
今母と喧嘩中だ。原因は私の髪の毛を切るかどうかだ。肩より長い私の髪はポニーテールにしてゆっているがこのところの緊張で首が後ろに行ってしまう回数が増えてすぐにほどけてからまってしまうんだ。おまけに吐いてしまうと髪が中まで汚れて介護が大変になる。髪まで気を配るのは母くらいだからこの頃切れ切れと言われる。昨日はとうとう大からまりでもう髪のケアはしない!と,母の方が切れてしまった。私の髪はずっと親の趣味と都合で短くされてきたのだからやっと自分の好きな長い髪にできているんだ。髪型は重要だ。女子高生がいろんな髪型にするのは当たり前じゃないか!なんで介護の人の都合で切らなければならないんだ!すごくむかつく!!!喧嘩中も介護を受けなければならない。これもむかつく!喧嘩中もガイドしてもらわないと更新もできない。これもむかつく!自分の好きにできないことがむかつく!髪については話し合いで歩み寄るしかないのか。長さを変えないでダンをつければからまりにくくはなる。それでも、自分勝手のジコチューと言われて超むかつく!介護人の苦労もわかるけどやなものは嫌なの!みんなはどう思う?
2006.03.28
毎年春はなんとなく落ち込む季節だった。世間が明るくスタートするのに私は相変わらずじっとしているばかりだった。なかなか前に進めなくてまわりのスピードばかりが流れていった。私が落ち込むと、介護人にも伝染していく。家の中でも外に出て行く父親や弟の世界ばかりが動いているように感じたものだ。でも、この春は何かが違う。自分が節目を前にしているだけではなくていろいろな人や出来事や将来に少し希望と期待を感じるんだ。修了式の後で一年の思い出をクラスで発表した。私は6年ぶりにプールに入ったことを言った。たぶんもうこれで最後だろうと思いながら水の感じを楽しんだ。悩殺水着も着たし、なんか思い残すことはないという気持だ。以前の私ならもうできなくなることに未練たらたらで悔しがったと思う。プールの後に体調を大きく崩してしまったこともあるけど自分の体力を思い知ったというか、今できることをひとつひとつやりたくなったできごとであった。スキーもソリもプールも大冒険だった。できなくなるのは少し悲しいけど、一度でもできた思い出は自信になるものだね。というわけで、すごいことをしなくても淡々と毎日普通のことができるのが喜びだ。だから来年は、できるところを一生懸命にやります。なんか、いい春になりそうだ。
2006.03.26
今年の通信票をじっくり読んだ。今年は自分なりに勉強したいことに目標をたてて計画的に進めることができた。訪問授業は週に3回、1回はたった二時間だから一週間に6時間しかない。高等部の行事もいろいろあるので自分のできることで参加するのには知恵を絞った。一番やりがいがあったのは、後期の「ローリエのハイクオリティーライフ」と題して退院後の体調管理を勉強したことだ。排泄と食事と免疫強化のために何をどのようにしたらいいかといろいろ考えた。栄養士の先生に食品のことを取材したりインターネットで免疫について調べてもらったりつぼや、笑い、色などためになるし楽しい勉強だった。私たちは自分の身体を管理したくてもいまくいかない。それは変化が微妙なことと、急変することと、伝えられないことなどが大きな原因だ。自分でも変化に気がつかないくらい小さなことが体調にとっては大きなことなんだ。それでも自分のことは自分で決めたい。自分で予防できるならなんでもやりたい。食事なんかはくたびれたときはさぼりたいときもある。自分の弱い心と闘うこともあるけどたまには休みを許したいときもある。ハイクオリティーライフの勉強は自分の身体をよく考えるきっかけになった。機械じゃない生き物の体の声をよく聞こうと思った。介護される人は介護する人の影響を多く受けるけれど自分の身体は自分のものだ。自己管理って自分自身との対峙だな。というわけですごく充実した一年であった。担任のぽっぽさん、ありがとうございました。
2006.03.25
感動した。修了式で高等部2年の代表で校長先生から終了証書を頂きました。校長先生は向きを変えて渡してくれました。校長先生がこの学校に来たとき、私はまだ入院していて、病室で始業式をした。退院して家にやっと帰ってきたとき居間で終業式ををしてもらった。やっと登校できたとき、校長室に挨拶に行きましたね。長ソファーに横にならせてもらいながら話をした。高等部に行って勉強したい、と確か言ったっけ。校長室で横になった人は初めて、と伝説を作ってしまいました。たくさんきれいな写真をもらいました。一番気に入っているのは、コスモスが風にゆれる一枚です。コスモスは繊細な花。それを写真に撮る校長先生がカメラからじっと見るやさしいカンジがすごくよく伝わる写真なんだ。私にも同じ目でいつも話をしてくれます。すごくうれしかった。登校するときは校長先生に会うのがねらいだったんだ。何しろ元気が出るんです。もしかしたら校長先生は春から新しい学校にかわるかもしれません。だから今日の修了式にはなんとしてもいかなくちゃ、と思って気合いを入れて体調を整えた。担任のぽっぽさんとの打ち合わせどおり、ちゃんと手を伸ばして証書を受け取ることができた。なんか、感動して泣きそうになってしまった。来年度、私は最後の学年になる。今日の校長先生のお話のように「下級生のお手本になれるように学校を引っ張っていけるように自覚をもってしっかり」がんばります。今日の修了式のことは絶対忘れません。
2006.03.24
とうとう最終授業になっちゃった。今年は二回も入院してそれぞれシビアで色々考えちゃったよ。だから最後の授業を家でちゃんと受けることができるのはしみじみとうれしいことだ。当たり前のことのようでホントそうでもないことは多い。まずは終了式に登校する目標を達成して締めくくりたい。最後の授業はゲストでごんたさんがやってきた。家に来るのは初めてだね。学校で会う人が家にいるのは実に新鮮だ。3年生を卒業させたばかりなので何だか寂しそうでもある。3年生の修学旅行の写真をいっぱい見た。いろんなエピソードがあるんだけど来年自分の番だと思って見ると本当に私にもいけるのかな~~~~という視点で見てしまった。まだまだ自分の中では半々なんだ。大丈夫のように思っていても実は免疫不足というのが不安だ。次々食べるみんなの映像は食べられない私にはどんどん高いハードルになった。天気がよくてきれいな青空はぎらぎらの太陽の暑さへの不安になった。・・・とまあ、いろいろ考えるとまだ心配のほうが大きいけど具体的に対策を考えて計画をがっちり作れば大丈夫なような気もする。でもなあ。今の私は側湾が強くて寝ているのだってつらいんだ。それでストレッチャーに乗ることからして厳しいよ。車椅子に乗るのだって2時間がいいところだ。やっぱりまだまだ、気持は半々なんだ。最後の授業の収穫は、ごんたさんに筆談がちゃんと通じたこと!これで6人と通じるようになった!またまた自信がついたよ。
2006.03.23
新曲「万華鏡」ができた!というのはお世話になったみや先生がまた私の詩に曲をつけてくれたので~す!それを演奏してCDにしたのを家まで届けてくれました。すっごくいいジャケットなんだよ~~。さらに、奥さんが中学校の卒業前の最後の授業で紹介してくれたんだって。そしたら、3年3組のみんなが感想文を書いてくれた。ありがとう!じ~~~ん・・・・。「万華鏡」は前曲「ひつじ」のほのぼの感とはうって変わりハードボイルドな曲だよ。大人っぽくてかっこいいんだ。自分の詩に曲がつくと、ほんと、全然違う感じになる。成長していく子どもみたいに親の手を離れるというとおりだ。作品がひとり立ちしていくうれしさ、というか一人前になって社会に出て行く、というか親ってこんな心境を味わっているのだろうな。万華鏡の詩には、私が普段みんなに助けてもらうおかげでいろんなことができる喜びを書いた。(フリーページで読んでね)聞いてくれた中学生はこれから高校生になる。自分の夢に向かっていくね。不利なことがあっても幸せになれる、と感じてくれた人や可能性が無限大だということや人とかかわることで私たちは成りえていると書いてもらった。「ちゃんと伝わってるな~~~」とうれしかったよ。私の感じることは、健康なみんなとは同じではないだろう。あまりにも違うので、みんなは私たちを別の生き物のように感じるかもね。始めの印象や見た目でそう感じるのはまったく当たり前だ。仕方がないことだけど、それで終わらないでほしいんだ。見てもあんまりよくわからない障害の人もいるし、それを言ったら、健康な人だって心の中で色々な困難をもっているだろう。見た目の印象に惑わされないで相手を知る努力をしてほしいんだ。それには話してみないとわからないし、想像力が必要だ。少しくらい失敗してもあきらめないでほしい。私はみんなと話がしたくてずっと願っていた。そうしたら13歳のときに筆談のチャンスがいきなり来た。「今だ!」と思ったよ。チャンスが来てもつかむかどうかは本人しだいだ。自分だけの仕事が一人一人に必ずあるよ!それをみつけてください。私もがんばる。ブログのみんなに新曲を聞かせられないのは超残念。私は成人コンサートを開きたいと思っているんだ。みや先生には快く出演オッケーをもらった。お楽しみに~~~。
2006.03.22
今年度最後のゲスト授業その2。音楽の先生がやってきた。クラリネットの名手、クララさんだ。ばっちり時間中コンサートをしてくれました。プログラムは、アメイジング グレイス旅立ちの日に上を向いて歩こうビリーブ などなど。クラリネットを目の前で見たのはもちのろん初めて。いろんな穴が開いていた。珍しいのはリードをかんでふるわせて音を出すこと。なかなか難しそうだね。縦長の居間をステージにして、すごくよく響いた。クラリネットの音は素朴・田舎・夕暮れ・もや・夏のおわりのカンジ。独奏の音はなんとなく泣いているようなカンジもした。いろんなクラリネットでアンサンブルもできるとか。モーツァルトのクラリネットは聴いたことがあるけどクラリネットだけ、っていうのも魅力だ。ついわたしは音楽に感動して緊張してしまう。静かにきいているのが難しい。だから一曲終わると、ゼーゼーハーハーで汗びっしょりなんだ。アンサンブルではツリーチャイム担当で参加した。指を一本にしてやわらかくなでてみたんだ。いい感じだったよ。クララさんはずっとこれからも続けていきたいと言っていた。おばあさんになるまでがんばってほしい。
2006.03.21
このごろ体調はいいのに緊張が強い。筋肉の力が強くて、よいしょっ、と動かそうとしてもさっぱり動かせなくなってきた。悲しいよ。なぜだか寝る前と夜中の3時にひどくなる。薬を飲んで6時間のころだな。効き目が切れるころではある。でも24時間を三回に分けるんだからなかなかいいタイミングでいかない。その間に食事もしなくちゃならないし。緊張が強くてうまく食べられないのがくやしい。せっかくおいしくなって来たのに。(特に鶏肉!)13個も薬をブレンドしているわけだから全体の調整って難しい。入院して整える人もいる。今日は午後から検診だ。先生とじっくり話してみよう。
2006.03.20
阪神の震災のとき、障害のある人が避難所ぐらしができなくて倒れそうな自宅に冷や冷やしながら住んだという話を聞いた。はっきりいってショックだったよ。どこにも行くところがなくて、何だか社会からも取り残された感じがした。でも、よく考えてみると、健康な人でも避難所ぐらしは大変なのに私たちは考えれば考えるほど、不利だし無理が多いよ。だいたい避難所まで行けないとか、行っても寝られないとか。自分のこともだけど、声を出してしまうとか、動いてしまうとか。周りに迷惑と思われることが多すぎ。普段だって、人が集まる場所では吸引の音ひとつ気にしているんだからみんなだって、いらだっているときにやさしくする余裕をもつのは大変だろう。私だって存在自体が遠慮のかたまりになりそうだ。だったら、危ない家の方がまだマシだろう。そんなこともあって現実的に病院に歩いていける場所に引っ越した。病院に行けたとしても、スタッフたちだって病院までたどりつけないかも、と言っていた。そりゃそうだ。それでも病院には自家発電があるし、酸素だってわけてもらえるんじゃないかな?手動吸引機ももちろん買ったよ。自費で。考え出すと怖いけど、なんとかなるさ。できれば生き延びよう!
2006.03.19
もうすぐ宮城県沖地震がくるらしい。それにそなえていろいろしなくてはならない。というか、しておかないとすごく心配だ。とりあえず避難のリュックをつくった。でも私の必要物品が多くて、こんなに担いで逃げられるの?というカンジだ。酸素ボンベとか吸引機とか、普段の外出だって大変なのに。まあ、いざとなったらバクバク(アンビュー)をよろしく。だけど、車椅子を押しながらバクバクできるのか?病院までたどりつけるのか?心配はつきない。そこで町内会だ。うちの町では災害弱者世帯を近所の家で支援する体制を作っている。これは他ではなかなかやっていならしい。自慢できるしくみだね。お年寄りだけではなくて、障害者や子どもが小さい家とか不安のある人は申し込める。さっそくうちでも頼んだよ。町内会の役員の人が家に来てくれた。話では助け合いは自助・共助・公助の順番になっているそうだ。町内の医療関係の人もネットワークにしたいんだって。なるほど、それはすごくいい考えだ。それにしても、私は地域に住んでいるけれどすごく近所付き合いができるわけではない。ちょっと知ってるくらいだ。誰でも障害者に積極的にかかわるわけではない。ここには引っ越してきたばかりだし、入院してばっかりだから、近所の散歩のヒマもない。なんか、そういう意味では近所ってたまたまそこに住んでいるけれどそれぞれ生活もあるし、すごく仲良くなるにはきっかけが必要なんだなあ、と思った。学校とか子ども会とかはいいきっかけだ。でも、学校時代でも障害者がいる家庭にはみんななんとなくあんまり聞いてはいけないかな?とか遠慮も感じるし、こっちからいろいろ説明するのも疲れるときもある。お互いの「違い」が微妙な壁になっていた。それでも大地震のときくらいはみんなで助け合えるといいよね。私は助けるほうはできないけど、安心できる。地域ってけっこう難しいもんだ。
2006.03.18
この一ヶ月母が重い病気かもしれないと色々な検査をしていた。病名が出るたび大事件に発展するのでベッドで聞くだけしかできない私は焦りまくった。昨日最後の検査で異常ないことがわかった。本当によかった。マジでよかった。次々に検査がバージョンアップするとやっぱり悪いことの方を考える。入院の間私はショートステイにいこうと思った。それを阻止するのはなんと父親だった。仕事もあるし、母も心配だし、そして子供たちも二人とも障害があるし、で、とほほだったのだと思う。せめて私の世話はしてくれようと思ったのかな。それでも案外本人がさっさといろんな人と色んな場合を想定して手配するものだから、父はついていくのが大変だったかもしれない。こんなとき、看護師さんやケアマネさんが家に出入りしているのは役立つものだし心強いね。私のおかげっていわれた。まあね。感謝するように。私のショート利用ひとつとっても病状とか、手続きとか、ホント大変なんだ。体調のいいときに準備したいと思ってもタイミングがあわなくて難しい。春になったらチャンスを見つけて今度こそ実行したい。それから、本人が一番心配だろうからまわりの家族はあんまりわいわい言わないほうがいいと思った。特によく、まだ、わからないときにはそっと寄り添う人が一番信用できる。病気の人を支えるって本当は難しいことなんだなあ。支えられるばかりだった私でも何かできるといいなあ、と思ったよ。ちょっと静がだった母が、また憎まれ口モードになった。あ~~、よかったよかった!
2006.03.17
昨日はなんと、何にも何にも予定のない日だった。オフっていう言葉がぴったり。訪問看護も授業もなくて、お客さんも、電話もなし。おかげでみんなが出かけた後、12時まで爆睡した。ねた~~~~~実に久しぶりの熟睡満足感であった。午後も寝た。たくさん出したし、たくさん注入したし。口から食べるのは休んだ。(これも結構疲れる仕事なんだ)夕方の電話では起こされちゃったけどねというわけで、あと一週間の高校2年もばっちりいけると思う。ところで、もうすぐブログに訪問してくれた人が2万人になる。ひえ~~っ!とうれしい。めでたく2万人の人にはおめでとう+ありがとうを言いたい。誰になるんでしょう!!??楽しみだ~
2006.03.16
今日は高等部の卒業式です。天気もよくてすがすがしい朝だね。卒業生のみなさん、ほんとうにおめでとう!追伸・担任のぽっぽさんは写真担当なんだって。 失敗は許されないよ。 緊張してステージの上でコケないように祈っています。
2006.03.15
いつも学校にいて普段会えない先生の訪問出張授業バージョン。その第一弾は理科のよし先生の登場である。よし先生とは、昨年自然の訪問授業でオーストラリアのでっかいマツボックリを見せてもらってもらってからの仲だ。進路のことで相談することが多いので理科の先生とはそれまで知らなかったよ~~。養護学校の先生は何の先生だかわからず謎だ。聞いてびっくり!ってことが多いんだ。ちなみに担任のぽっぽさんは体育だよ。妙に納得だね。今回の授業は「空気」について学んだ。わたしにとって空気=酸素で一番大切なものだ。それをマッチの火と水を使って目で見て確かめる実験をした。卵のカラの中で火を燃やすんだよ。何度も失敗してうけてしまった!ついでに化学式の話も聞いた。何が何だか???だったけど詳しく知りたい気持がむくむくわいてきた。(積乱雲状態ともいう)私は一日13個も薬を飲む。それが体の中で酸素を使いながら燃えて色んな化学変化を起こしているというわけだ。13個もブレンドしちゃってだいじょうぶなのかと思う。そこは千代子先生に任せているから安心だけどね。で、酸素がないとどれだけ苦しいかを身をもって体験しているので食べなくても出せなくてもとにかく酸素が何より大事だよ。ところで酸素ってなんで酸素っていうのだ?なんで別のものとくっついて別のものになるんだ?なんで化学変化がおきるんだ?勝手にあちこちで起こって大丈夫なのか?・・・といろいろ気になって眠れくなってしまった。で、眠るために昨日は少し強めの薬で化学反応を起こしたよ。よし先生、また色々教えてくださいね。
2006.03.14
高校の卒業式のニュースが流れる。制服がない学校では、思い思いの服装で出席するようだ。はかまや振袖は当然のこと、ぬいぐるみの被り物やウエディングドレスまでいるらしい。さて、私の高校は制服があるので、もちろん制服で出席するよ。なにしろ訪問学級の私は一年に数えるくらいしか制服を着られない。布がきついので少し着にくいけれど、私は制服をきるのがすごくうれしい。毎日制服を着ている人にとっては高校生活の思い出がたくさんつまっていることだろう。いい思い出もそうでない思い出も、卒業と同時に卒業だ。学校時代を卒業する意味では、親にとっても高等部の卒業式は感動だろう。障害のある私たちの多くは社会人になるからね。それにしてもウエディングドレスはやめたほうがいい。本当に結婚するときにとっておけばいいのに、と私は思う。私たちみたいに障害が重い子どもの晴れ姿にウエディングドレスを着せることがある。長く生きられないかも、とか、結婚できないだろう、とかなのかな?親が「着せたくて着せる」のかな?一生に一度娘にウエディングドレスを着せたい、と親なら思うのかな?服装には意味がある。TPOもある。親の思いもある。そして一番大切なのは本人の思いだ。そこのところをできるだけ確認してあげてください。私は着せ替え人形は絶対に嫌です。
2006.03.13
要は足つぼマッサージのこと。昨日は家族みんなでつぼマッサージをした。私はどこを押しても痛くて飛び上がりそうだった!歩かない足はつるつるできれいだ~!とほめられたって痛いものは痛い。特に響いたのは親指の付け根。指が緊張で固まってしまっているのですじにあたって痛いのなんのって!飛び上がった!マッサージオイルはグレープフルーツ入りですごくいい香りだ。つられて弟もチャレンジした。おかげでなんかぐっすり眠れた感があるよ。みんなもお奨め。ぽかぽかしていい気持ですよ。
2006.03.12
高等部の三年生が社会人になる前にファッションショーをしたんだって。みんな背広やスーツ姿でかっこよく写っていたね。もう別人!特に男子はなんていうか大人っぽくみえてなかなかよかった。男子もばんばんおしゃれしたらいいと思う。女子はいろんなスタイルがあってこれまたよかった。私にしてみたら、麻痺で腕があげにくいので伸縮性のない生地は苦手だ。当然スーツはちょっとなあ・・・・となる。でもニットスーツとかワンピースとかならいいかな~。最近のはやりの洋服は細身なので苦労する。ユニクロばっかりだとシャツっぽいし。ひとひねり必要だ。障害に応じたかわいい服も売り出したらいいのにねえ。新社会人の先輩たち応援しています!
2006.03.11
もう卒業式シーズンです。友達や先輩も卒業して新しい世界へ出発します。おめでとう!私は在校生で卒業式に出席したのは小学校5年の時だけだ。中学時代は自分の卒業式にやっとのことで出席した。なかなか送る立場で参加できないけどいつも部屋でお祝いの気持を送っています。来年の今頃わたしも笑っていられるといいなあと思います。
2006.03.10
進路先を決めるにあたって私にちょうどよい場所がないことを前に書きました。そのときにハードルになったのは障害の種類だったり程度だったり要するに障害の分類がどこにはいるの?ということだ。私のように重複している上にどれも程度が重いと一つ一つが限りなくくっついているのでひとつずつには分けられない。ところが社会はいろいろな法律や役割で分類されているよね。それは分担ってことではすごくいいと思うけれどどれにもかかわっているもんで手に負えないっていうのが今の私なのかもしれない。昔は障害が重い人は学校にも行けなくて家にいた。今はそういう人でも通所できる施設が増えた。でも、行ける人はいいんだ。私は行きたくてもいけないからたとえどこかに入れてもらってもたまに行くだけでは絶対お客さんになっちゃうだろうね。施設もお金がなくて苦労していると聞くし学校時代は人もお金もあっていいよとも聞く。生活するだけで精一杯のカンジの私がその上何かができるようになりたいなんて贅沢なのかもしれない。せっかく話せる人になってやっとこれからいろんなことがとりもどせるかもっていうときに学校を卒業しなければならないのって、ちょっと残念だ。今までやってきたように親もろとも必要なことを育てる気持はもちろんあるんだけど自分の時間がそれに間に合うのかな、って実はちょっと気になっている今日このごろなんだ。それに親はもう引退でいいです。できることからでいいから私は自分なりに自立したい。マジだよ。
2006.03.09
はっきり言って、私は以前からイナバウアーは得意です。特に側湾がすすんでからというもの後ろに反るのは毎日練習している。ただし、寝ている技なので「横イナバウアー」だよ。昨日はリハビリの時間にプッチーニのトゥーランドットを聞きながら動いた。オペラもなかなかいいもんだ。続いてカルメンの闘牛士の歌がかかって、つい牛になってしまった。(緊張強まり音楽中止!)私たちは自分からうまく動けないのでよく「つもり」になって動かされることがある。たとえば学芸会とか運動会とか。小学生のとき、オリンピックの演目で新体操だった。・・・のつもりになって動く、というのは私は大嫌いだった。当時はなぜいやなのか理由はよくわからなかったんだけど今考えてみると、自分からやったことではなくてやらされたことだったからだと分析しているんだ。動かされて「やったつもり」になるのが超嫌だった。だったら一ミリだって自分で動いた方がマシだ。一体何のための、誰のための芸かと思ったもんだ。それを見て「よかったよかった」と喜ぶ親も嫌だった。「よくがんばったね」とほめられたって全然うれしくなかった。だって、全然自分でがんばっていなかったもんね。人形みたいにくるくる動かされてくたびれただけだった。動けない人に何をさせるかという問題は学校では大問題だと思う。あらゆる活動についてまわることだ。雰囲気を楽しむってよくいうけど、楽しむだけでいいのか?って思う。少しでもいいから何かできるようになりたいと私は思う。そこでイナバウアーだ。私がイナバウアーを披露することはけっしてほめられたことではない。それでも、自分で動いているんだという充実感はある。ほとんどジョーダンでみんなは笑っているけれど自分の行動で周囲を沸かせるという行為は能動的だ。荒川静香選手が優勝とかメダルとかのプレッシャーを考えず純粋にスケートを楽しもうと考え方を変えたとインタビューで答えた。たぶん、プレッシャーを考えるうちは人のためで受動的になり自分のために能動的になれたときに楽しめるのかもしれないね。私たちの動きは微細だ。小さなことが本人にとっては大きなことだ。健康なみんなのサイズに合わせて大きな動きをするのは大変だ。でも舞台では見せなければならない。そんなとき先生たちはプロ集団の知恵と工夫で色々なことを考えだすわけだ。くるくる人形だけはもうやめてくださいね。わたしからのお願い。イナバウアーでよければ出演しますよ。
2006.03.08
春は微妙だ。三寒四温で着るものを選ぶのに苦労するね。昨日はぽかぽかで、今日はまた寒い。一日居間にいるわたしでも朝晩の気温には布団の選択に悩むよ。昨日の授業では先生も黄色のかわいい服が似合っていた。ぽっぽ先生はかわいいんだからもっとおしゃれしてもいいと思うよ。絶対きれいな色が似合うって。わたしも若草色のカットソーにオレンジと緑の小花のキャミソールにしてみた。ついでにタオルは黄色の花模様だったおかげでベッド周りはすっかり春だったね。すごく気分が違うもんだ。やっぱり病人にはきれいな服の色がおすすめ。ついでに介護の人もきれいな服がいいよ。訪問看護の制服がピンクで超明るい感じになる。看護師さんは爪のおしゃれはできないけど、かわいくしてると絶対いいと思います。さらに毎日一緒の親については、言いたいことがある。疲れ具合とおしゃれ具合は比例している。このところ地味目で化粧もしない母はどうもどんよりで家の中が暗めだったよ。ぼやきも増えるし、こっちも気を使う。やっと復活してきて、洋服も明るめになってきた。それはいいんだけど、わたしのお気に入りを「貸して!」とかって言うのがちょっとやだ。いくらサイズが兼用できるからって、かわいいのは若作りだって!何度言ってもこりないんだから。「けち!」といわれる。一応必ずことわること、それから、大切なお気に入りはやだ、借りたものは大切に扱うこと。これを守れば貸すから、けちじゃない。母のも貸すって言うけど、借りたいのはほとんどない。そんなおばさんの服は着ません。みんなも親に服を貸すのかなあ???
2006.03.07
わたしは生きていくひとつひとつのことを小さいときからものすごくたくさん練習してやっと少しだけできるようになった。食べること。出すこと。寝ること。動くこと。そして一番大変だったのは気持を伝えることだ。気持を伝えることの練習は今ようやく進もうとしているけれどそれ以外のことは以前より何段階もできなくなった。体が成長していることがそのままつらいことを進めていく。みんなにとって成長するのはいいことにちがいない。17歳のわたしにはもうしんどいことだ。つらいよ。人の何倍も早く老化してしまう難病の少女が力強く生きている。進行が早い病気の子どももたくさん今日を生きている。わたしの進行は少しずつだけど、健康な人の何倍も早い。時間は一人一人のものだ。けれど、すごく不公平だ。たくさん時間をかけて手に入れたものもあっというまに失う。不毛な努力に感じるときもそれでも今より良くなりたいとあきらめきれない気持がとりあえず勝つ。ほんの少しでもできるようになると他人の時間の速さはあんまり感じなくなる。なくしたものは今の自分に必要ないものなのかもしれない。全部手に入れるのは無理だし、手に入れようとするのは傲慢だ。なくしていくかもしれないものでも、今は持っている。今あるものに感謝できるように強くなりたい。
2006.03.06
弟が風邪をひいた。熱が38度以上。速攻で薬を飲み、アイスノンで冷やして寝る。一晩経ってもう平熱だ。う~~~ん。弟熱→私に風邪がうつる→入院→母付き添い・・・というわけでうちでは弟の熱は全ての根源になる。私の周り5メートル進入禁止。居間の扉通行止め。マスク着用。いかに瀬戸際で防ぐかが決め手だ。狂牛病とか鳥インフルエンザの脅威に近い。一晩で平熱になる弟は丈夫だ。よく食べるしよく眠れる。いいなあ・・・。ほんとにいいなああ・・・・・。わたしだったら二時間でぜいぜい+入院だ。ほんとうにうらやましい。だんだんねたましくなる。まあ、弟だからそんなに憎たらしくないけれどね。丈夫になりたい。丈夫だったら疲れない。色んなところに出かけられる。色んなことに挑戦できる。今でもできることには挑戦しているけれどこんなとき、自分の体力のなさをみせつけられてしまうんだ。楽しいことを予定しても疲れて吐いたりすれば直前にキャンセルだ。そんなことばっかりで、結局ローリエさんは無理でしょ、ってことになりがち。たくさん人を手配しても、お願いしておいてキャンセルするのはみんなの気持もなんか台無しにしてしまうような気がする。それでもいいよと、いってくれている人でもしょっちゅうだとだんだん疎遠になるしね。まあ、それでもつきあってくれる人がホンモノってことでもあるけれど。みんなが当たり前にできることができないのはホント悲しいよ。毎日蟻の一歩で努力しているけれど猛烈に悲しみに襲われるときがあります。
2006.03.05
今日はひな祭りだ。うちのお雛様は弟が飾り弟がかたつける。どうして3日のうちにかたつけないと嫁に行き遅れるというのだろう?親は娘にかたついてもらいたいものなのか?そもそも、「かたつく」という言い方はちょっとやだ。早く結婚するのもなかなか結婚しないのも親は心配するらしい。ちょうどよく、って難しい・・・というかけっこう贅沢かもしれないね。結婚したらしたで嫁と姑の悩みもあるだろうし家族同士の価値観の違いもあるだろう。孫のわたしにしてみたらどっちもおじいちゃんおばあちゃんだから両方にあわせるけれど好みはある。おひなさまの時代は嫌いな人とも結婚しなくてはならなかったりして苦労は百倍だったに違いない。そのとき、障害のある人はどうしていたのかなあ・・・。
2006.03.03
今日は初めてあすかっこさんと練習しました。念じるスイッチの3回目だよ。今日のチェック1スイッチのバンダナの場所を見つけること。2オンのときの言葉を見つけること。 バンダナの場所はおでこの上のほうに決めた。私はおでこが出っ張っているので、バンダナを作りました。脳みそが詰まっているからね。てへへ。他の人はおしりの穴に力を入れるとか、話してみるとかあったけど、わたしはおなかに「ん!」と力を入れてみた。というか、「ん!」と力を入れることを考えてみた。この間は123と数えたら、それが反応してしまったので、今日はなるべくぼーっとしてみたんだ。結果、2回に1回は「ん!」 → 「ぴ!」で大成功だったんだ。この調子で何だかできそうな気がしてきた。目指すは50音表だ。何の言葉で練習するかは秘密。今日はあすかっこさんの代筆です。これまた超早い。すごすぎ。
2006.03.02
うちの親も毎日大変だ、大変だとぼやいている。私のおかげで大変だとも言う。でも、そのことを周りのみんなにも言ってどんどん助けてもらっている。始めはヘルパーさん、次はボランティアさん、最近は看護士さんとか保育士さんとか学校の先生とかもう色々だ。いろんな人のお世話になってみると、さすがプロだとか、親って雑とかリハビリ下手とか、いろんなことがわかってきたよ。でも、やっぱり親にしかできないことがあってすごく安心したり、家族だなぁと実感することもある。私はいろんな人と関わったおかげで在宅だけれど色んな楽しいことがある。つながっているという実感がある。運んできてくれるのは外の人だし、家族だし、こうしてブログだったりする。私は自分から外にいけないから、みんなに来て欲しい。だから、どんどんSOSを出すし、頼っちゃうよ。手伝いを求めることは迷惑をかけることとは違うと思っています。今日もただママ代筆でした。さすがパソコンのプロだから超早い。
2006.03.01
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