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夢を追う過程には山あり谷ありだけど、どれくらい努力したら結果が出るかが問題だ。大抵は結果なんて気がついたらあった、ということも多い。結果の前に手ごたえとか、予感とかがあればなお頑張れる。でもそれがなかなか見えないときは、本当にこの努力でいいのか悩む。無駄な努力のように見えると意欲も激減。そんなときは励まされるほど頭にくるもんだ。だけど、結果や成果とかが形になると、今度はそっちが一人歩きする。結果がすごいほど感動話になる。天才とか普通とは違う人になっていく。本当はものすごい努力をしているのはあんまり見えなくなる。そして「もっと」「もっと」とさらにすごいことを期待されるのだ。いつの間にか自分の人生が離れていきそうになる。イチローなんかそんな人だね。あとは精神力の世界だ。精神力の世界に本当にすごい人が住んでいるのだろう。結果が出せれば一番いいいけど、平凡な人の平凡な努力の日常にもすごく意味があると私は思う。平凡でいられることだってすごいことだ。だから、感動話のすごさを自分とは別の人の話と聞くか、自分も頑張ってみようと聞くかでかなり道は違ってくるだろう。自分の人生は自分だけのもので自分で立ち向かうものだということを「実存的孤独」というらしい。努力の意味は、本当に努力している人にしかわからない。
2006.09.30
みんな高校三年生はどんなふうに進路を決めるのだろう。すでにやりたいことや好きなことが決まっている人は迷わず進んでいけるのだろうか。夢に進めるだけの力が自分自身にあるか、ないか。それを見極めるのも自分だ。夢がデッカスギて周囲があきれることもあるだろう。でも、本当は周りは関係ない。自分が一番よくわかっているはずだ。適性を知ることは夢を少しずつ削って捨てることでもある。できれば夢を追いかけるスタンスでいたいとは思う。 夢を捨てなくても、夢の近くに進路を決めることはできる。プロ野球の選手になれなくても、野球の近くで仕事をすることはできる。だけど、すっきり自分の夢と折り合っていないと、近くにいるのはかえって苦しいかも、だ。障害があってもなくても選択肢がなければ、夢だ目標だという前に自分にできることをみつけなければならない。単純に生きて存在するだけで精一杯の私たちが、さらに何かをするとか、存在の意味を全てうけいれるというのは本当はすごく観念的で難しいことだ。それでも学校を卒業するときはくる。障害が重いほど存在しているだけでいいといわれがちだ。私もよく生きているだけでみんなを勇気づけると言われる。まわりの人にとってはそれでいいのかもしれない。でも、本人はそれだけで本当にいいと思っているのだろうか。進路がないのならば進路を自分で作っていくのも面白いかもしれない。助けてくれる人とならできるような気もする。でも、実はめちゃめちゃ不安でもある。気持はいったり来たりだ。何度もあきらめそうになる。そんなときはやっぱりまだ、吐きそうになってしまう。今日はそんな感じ。
2006.09.29
今日で前期は修了する。あ~、残念だ。絶対修了式に登校したかった。なにしろ、修学旅行のまとめでみんなの発表も見る予定だったのだ。あ~、残念だ。私のまとめは100首作った短歌からよりすぐりを選んでダイジェスト版にした。ほんと、楽しかったなあ。みんなに会えないのがこんなに残念なのは初めてだよ。学生もあと半年と思うと、一日でも登校日をむだにしたくないと思う。これから寒くなるからチャンスはのがしてはならないのである。しかし、今日は通信票をたのしみにしながら待つとしよう。前期は全部がんばった。自己評価は満点に近い。よくやった。ぽっぽさんもがんばった。よくやった。なので超すんばらしい通信票となっているはずであ~る。(自信あり)
2006.09.28
センプローニョさん作曲の合唱曲「流れ星」をいただいた。作者じきじきの楽譜だ。めちゃめちゃすごい曲だ。パソコンの音を聞いて、ものすごく感動した!なんというか、ただ歌うのではなくて、何度も言葉がくりかえされたり、あわさったり、リズムがかわったりして、川の流れのようだ。楽譜はなんと12ページ、145小節もある。短い歌詞なのに私の気持がいっぱい表現されていたんだ。こんな感じなのだ!もう、びっくりして、イナバウアーになった。11月の定期演奏会に初演されるそうだ。プログラムにプロフィールをのせたいと頼まれた。うわあ!なんだか緊張してきた。プロフィールだよ!何をかけばいいんだろう!担任のぽっぽさんはかわりに「おてんば」と書いてあげると申し出てくれたよ。ありのままに書けばいいってことね。作詞と作曲の作者が話す会話は、なんだか大人の内容ですごくうれしかった。著作権をとって著作権協会?に登録するそうだ。そしたら二人で荒稼ぎしようぜ!という野望がうまれた。うっひっひ!だれか、演奏してくれないかなあ。って、初演もまだなのに、取らぬ狸の皮算用である。昨日から合唱団で練習がはじまるという。たくさんの人が関わるようになってきたな。責任も感じてきた。いい演奏になるにちがいない。早く音を聞いてみたい。おまけの反省文・・・・喜びすぎて、ほんとにほんとに反り返ってしまった。たぶん、そのときチューブがひっかかって、胃ろうごとひっこぬいた。腸ろうまで全部だ。痛いはずなのに、まったく自分でも気がつかなかった。夜間に発見。超おこられた。急きょ救急外来受診となってしまった。しかも、一度帰ったばかりの先生を呼び出してしまった。ほんとーにごめんなさい。すごく反省しています。めでたくチューブは入りました。だけど、バチがあたったのか、風邪をひいてしまいました。教訓「人生ラクありゃ苦もあるさ」 (水戸黄門のメロディーで)
2006.09.27
先週末にとっておきの音楽祭がひらかれた。今度は東松島市だ。なんと、またもや私の詩に曲がついて演奏された。「おいも」は初演だ。どどさんがバリトンで歌ってくれたはずである。うれしいなあ~。ガイドのぶちこさんが私を紹介してくれたそうである。うれしいなあ~。照れるなあ~。お客さんはどんな気持で聞いてくれたかな?東松島は矢本といって海の近くらしい。小さいときに松島水族館に遠足にいった。それよりもっと石巻に近いところだ。ちゃんといったことはないんだ。私も音楽祭に行きたかったけれど、今度のお楽しみにしようと思う。どどさんの合唱団も聞いてみたい。合唱で自分の歌がどんな音になるんだろう?感動まちがいない。今度お願いしてみようかな~。私の曲がだんだん増えてきた。それだけで感動する。うれしいよ~。ホント涙が出るよ。東松島市のみなさん、ありがとう。来年は私も参加できないかなあ、と考えはじめた。一度東松島をたずねて、その詩を作ってみようかなあ。
2006.09.26
くじびきでもらった知恵の輪をめぐって両親が闘った。先に解いた方が一日の休暇である。本当は弟にもらってきたのに、大人が真剣にとりくんでもなかなかできない。母はすっかりあきらめて、父チャレンジである。できっこない、とほぼバカにしている母である。30分くらいマジで格闘していた父が偶然ほどいた!母まけた。悔しがる。しかし、母はもとに戻した。こっちも偶然。お互い引き分けである。今朝になって再び分析にかかる二人である。解くのは父、戻すのは母が強い。お互いにできるほうで自慢して勝とうとする。朝の忙しいときに!あほな両親だ。しかし、ほぼ解明された。勝負はやっぱり先に解いた父にしてやろう。凝り性の父は別のを買ってきそうだ。人間いくつになっても自信は必要だ。そして、母は朝食のなべを焦がした!ドジすぎる・・・・。
2006.09.25
留守番の疲れが出てきているのか弟が荒れている。お父さんの代わりに家を守って、と頼りにされてすごくがんばっていたという。だけど、ほめられすぎて自信もつのはいいけど、今度は自己中でしかられている。今朝は久しぶりにライオンくんになって闘った。弱い心に侵入されて本当は強い自分でいたいのにそうできない。泣きわめいてもがき苦しんだ。スパイダーマンのおみやげを喜んでいたので、今日はスパイダーマン作戦である。自分の中の強い心、スパイダーマンに気づかせるのだ。自分の弱さとの戦いは残念ながらだれも助けてあげられない。自分で闘うしかないのだ。自分の強さを信じられなければどんどん侵略される。DVDでスパイダーマンをみた弟は、本当の強さにちょっとは気がついただろうか。スパイダーマンといえなくて、すっぱいマン・だーになっていたが、映画をみたあとはちゃんと言えるようになっていた。お気に入りの大きなタオルをしっかり持ってじっと見ていた。なーんでそんなことで大暴れするのか理解に苦しむ。見ているほうもいらいらする。だけど、一度見逃したらずっと見逃すことになる。正面から闘う親もどっと疲れていたけれど、自分の時を思い出しても、闘えるということは幸せでもあると後でわかるだろう。弟にはスパイダーマンの素質がある。応援している。マジで。
2006.09.24
大阪旅行の前の晩に、修理したはずの吸引器が壊れた!これは飛行機にのせられない種類だったから、病院からレンタルしておいた吸引器で出かけた。だけど~、前の晩というのが気になる。行きの飛行機の中で、10時10分に父の時計が止まった。なんと、担任のぽっぽさんの時計も同じ時刻に止まった。新しいのに。他の人のは大丈夫だった。さらに、ホテルの部屋のテレビが始めはいいのにビビッと写らなくなった。とうとう交換になった。いろんなものが壊れてしまった。マクトスの練習のし過ぎで、ヘンな脳波を出したでしょ!と疑われた。ふふっ。じつは・・・・なーんてことがあるわけないじゃん!で、吸引器だ。とうとう新しく買い換えることになった。だったら、JALにもANAにもばっちりのせられる器種にしようじゃないの。持ち込めなくて吸引器なしてがんばった人の話を聞いて焦ったよ。さっそくANAに聞いてJALと付き合わせた。同じ飛行機なのになんで違うんだろう??これはたぶん、私にどんどん飛行機旅行をしなさい、という誰かのメッセージに違いない。第一、ちょうど10月の自立支援法のおかげで自己負担も一割になるのだ。安く買える。まるで、わたしのためにタイミングを合わせたって感じしない?うっひっひ!
2006.09.23
秋の新作が完成した。色んな色が微妙に変化していく毛糸で編んだケープだ。大阪のホテルはすぐ海の近くだった。潮の香りがして、船が見えた。一足はやく部屋に帰って休んでいるとき、一番星が見えた。変化する色のの糸で波の模様の中に、ひとつだけ白く光るボタンをつけてもらって「港の一番星」と命名した。旅の途中、同室の先生と「ローラの会」を結成した。二人ともローラアシュレイの花模様とか雰囲気の大ファンだったのだ。今年のローラアシュレイのすごくきれいな紺色カットソーにケープはピッタシである。だいぶ朝晩寒くなってきた。旅の仕上げに早く着てみたい~。
2006.09.22
もうすぐ自立支援法も始まる、ってことで施設や作業所もいろいろなことが変化しそうだ。もちろん利用するわたしたち障害者本人は一番気になっている。何しろ、わたしはちょうど卒業して進路を決めるところなのだから、何も様子がわからん!というのは難しいし不安だ。よくわからないというのは実に不安をあおるよ。修学旅行はわたしにとってけっこう大きな分かれ目だった。成功したら前へ進めるし、失敗したらやっぱりペースを大幅にダウンしなくてはならなかっただろう。超落ち込んだに違いない。やっぱりだめなんだ、とね。しかし、まあ、願うだけではなくて、慎重に準備すれば、けっこういろいろなことができたりする。ひとつひとつは進み方が前後したりするけど、旅行が成功したということは今の自分に実行力がついているという証拠でもある。まぐれあたりではない、自信も出てきた。病気と障害が重くてなかなか自分に合う進路先がない。在宅で行くところがない、というのは移動の負担そのものだ。そもそもどこにも「行けない」問題からなかなか進めなかった。自分がどこで何をしたいのか、ということは胸の中にあっても言えなかったし、言っても夢物語だった。おまけにわたしにはオプションで医療行為がある。これが大問題だ。修学旅行はひとつの経験だが、医療行為も移動も人手も活動内容も吟味されて保障されていた。おかげで時間の質という点ではこれ以上ないくらい最高になった。だけど、これは特別バージョンだ。日常的に用意しているわけではない。これを365日整えたらどんなにステキ!!と思うけど、そりゃ、今のところ無理だもんね。法律の変化だけではなくても、今の現状で進路を考えると隙間に落ちるわたしである。それをどうせ無理、と思わないで、できることをやっちゃう方向で考える元気が出てきたよ。やってみたいことは山ほどあるんだ。人の助けをもらえば実現できそうな気がする。急がなくても夢に向かって進んでいきたいと思うよ。マジで。修学旅行効果ってすごいもんだと思う今日このごろである。
2006.09.21
とっておきの音楽祭のときにフェザーさんが私の詩「手」を演奏してくれた。ライブもよかったけど、スタジオでちゃんと録音したCDがフェザーさんから届いた!おおっ!改めていい曲だよ。ギターの音は大好き。まりさんの声は深みがあってやさしい。心にしみる。ハモッてるところもすごくいい。・・・っていうか、当日は私もステージに行って、緊張していたし人もいっぱいいたしで、なんかあっというまに終わってしまったのだよ。いい曲なのはもちろんだけど、いい録音でじっくり聞くとじつに美しい。弟まで、もう一回!と何度もリクエストした。いいものはわかるのである。音楽はいいなあ、としみじみする。もしかして、私が死んでしまったあとでも音楽は残る。みんなに思い出して歌ってもらいたい。お葬式にも聞いてもらいたい。(まだまだ先ですよ。ご安心ください。)思い出が形になるというのはすごくうれしいことだ。その日、そのとき、一生懸命生きて過ごしたことの証拠だからね。ラベンダーの花束と一緒に贈られてきたCDだ。香りといっしょに音楽を聞いて、また感動を思い出して、来年もいい詩を書きたいと思った。
2006.09.20
旅の途中にうれしいニュースが飛び込んだ。わたしの詩の合唱曲ができたというのだ!カルテットのセンプローニョさんが作曲してくれた。秋にセンプローニョさん指揮の合唱団で初演らしい。うれしいなあ。驚いたなあ。どんな曲になるのかなあ。わくわくだよ~。合唱曲というのは学校で卒業式のときなんかに聞いた。私の卒業式は病室でやってもらって、みんなが廊下で合唱してくれたっけ。声があわさった響きはすごくきれいだった。心にしみ入る。今度は大人の合唱曲だから、バッハみたいな響きだろうか。それともモーツァルト風か?(プレッシャー!!!?)作曲はどんなふうにするんだろう?声は4つだし、伴奏もあるし。作曲家はすごい才能だ。センプローニョさんは歌もうまいし、頭の中が♪でできているかもしれん!知らせの後に西日本一のコスモタワーにのぼった。すごい眺めの空間に音楽が響き渡るような気がしたよ。もちろん初演は「ええで!」とメールした。 おまけ・ぐっすり寝たら嘔吐も軽い。我ながら回復力がついたと思う。
2006.09.19
う~~~ん。やっぱりである。とうとうきた。嘔吐である。台風とともにやってきたね。旅行中に台風にあわなかったのも、嘔吐にあわなかったのも、運がよかった。だけど、まだ大阪に入院している友達が安全に帰ってくるまで、みんなの旅はまだ終わりではない。完結するころに嘔吐も終わることを祈る。大切な思い出を吐き出さないように気をつけて、別ルートで吐くことにしよう。
2006.09.18
だんだん疲れが出てきた。体の感覚が戻ってきた。ちょっと吐いたりしているが、まあ、それも私らしいってことでほっとする。あんまり調子よすぎ、というのもおそろしかったりするんだよね。大阪から送った荷物が届いた。またまた思い出がやってきた。(ほとんど洗濯物だけど。)宮城の空気はぐっと秋で冷たい。一瞬だけど大阪の密度のある空気が流れた。少し雨がふったけど、必要なところは必要な分だけ晴れて、わたしにとっては一番の心配事がうまくいった。適温が私の元気をもたせてくれたからね。天気の神様には超感謝である。「大阪百歌」を作っている。短歌にしながらそのときの瞬間を思い返す作業はものすごくおもしろい。どんどんできちゃう。みんなの表情や、かわした言葉がよみがえるね。時間を切り取る感じは写真と似ている。でも、あの日あの時はもう二度となくて、環境をかえて日常に帰ってきたからこそ旅の意味もある。旅の間、ケータイとパソコンで旅の報告ができた。そんなことも離れた場所で可能になるのが不思議だ。通信や交通の発達で物理的な距離はどんどん近くなる。でも、やっぱりそこの、そこだけにしかないよさは、その場所に行かなくてはわからない。手間も時間もお金もリスクもかかる。しかし、実際体験した者にか手に入れることができない宝があるんだ。それは、空気とか温度とか臭いとか、とっても具体的で自分の身体で感じるものだ。体験することの少ない私にはどの体験もすごく意味があった。何でも自由に体験できる人たちもそのひとつひとつを大切にしてほしいと思う。自由に体験できることに慣れてしまわないでほしいよ。忘れ物をみつけて、ぽっぽさんに連絡をとった。もう宴会をしていた。元気な担任である。
2006.09.17
ふ~。まだ飛んでる~。身体は家についたけれど、気持と感動がまだフワフワしている朝である。疲れはあるけれど、嘔吐していない。気持のよい疲れだ。同じ疲れでも、こんな疲れなら大歓迎だ。身体の中に、そこらを浮遊している気持が納まったら本当に旅から帰ってきたということかな。体の中に「旅用」の引き出しは用意していなかったから、少し大きめを新調しなくっちゃ。空港の解散式で、私は感想発表をした。たぶん感動で泣く!ととっくに予想したから、あらかじめ朝に原稿を書いた。担任のぽっぽさんに読んでもらうことにした。そしたらぽっぽさんが読もうとして泣き出したではないか。こらこら!それは予定外じゃん!私はとっくに泣いていたから予定通り。ぽっぽさんが泣き出したら、みんなじ~んとしてしまった。母は鼻水である。感動場面になってしまった。みんなといっしょに帰ってこられたのだから、当然といえば当然なのであるがね。内容は以下のとおり。私は高校に入学したときから、修学旅行が目標でした。1年で「行けるといいね」が、2年では「行けるかもしれないね」になり、3年では「行こうね」に変わっていきました。車椅子に30分座るところから練習して、みんなと一緒に4日間も過ごしました。みんなといっしょは本当に楽しかった。一生忘れません。お世話になった全部の人たち、ありがとうございました。あ~、まだ飛行中。頭がまとまってないのだ。
2006.09.16
思い出イッパイで飛行機が落ちそうになってかえってきた。応援してくれたみんな、みんな、おおきにな。
2006.09.15
大阪最終日の朝です。やること全部やった。一生忘れないと思う。帰りの飛行機で日本を見るぞ!報告と考察は後日だよ~ん!あ~、おもしろかった!!!
2006.09.15
朝起きたら、ちょっと怪しいゼエゼエだった。あ~、ここまでか・・・。これは分かれ目なのだ。ここの見極めが修行を要する局面である。でも、ま、いっか。悩んでいてもしょうがないじゃん!行っちゃえ、行っちゃえ!!・・・てなわけで、やってきたのはUSJの救護室。すごい!豪華!ベッドが12もあって完璧だ。ベッドで身体を伸ばしてトイレを済ませたら、気分はリセットだ。制服の看護師さんを見たら、ほっと安心。エネルギー挽回。ばりばり復活してしまった!救護室は私にとって、一番のアトラクションなんだね、やっぱり。
2006.09.14
今夜は、女の子限定で秘密の集まりをやるねん!今日のメンバーは4人。お風呂でツルツルになった後に変身する予定やねん。中身は秘密やけどな。何しろ修学旅行やから、これ以上公表できないねん!参加資格は、30代女性まで。限定だよ!やから、40台の母はご遠慮願います。
2006.09.13
1階ロビーにパソコン発見!こりゃ使わない手はないよね。たった今、みんなを京都に見送ったところです。私はこの一仕事の後、まったりと出かけるよ。大阪は結構涼しい天気が続いて、私は体調もばっちりである。食べ過ぎて具合悪くした友達に介護タクシーを使ってもらうことにしました。早くよくなるといいなあ。・・というわけで、報告待っててな~。
2006.09.13
ほなな、いってくるで!
2006.09.12
修学旅行は学習だ。勉強だ。にもかかわらず、お餞別をいっぱいもらってしまった。ありがたい。旅立ち、別れの人を励ますのがはなむけ、というわけらしい。準備完了して、なんだかもう終わったような気分にもなる。というか、ここまで準備してきた長い時間とステップを思い返すと感無量だ。しかし、しみじみしている場合ではない。お餞別を計算したら、お小遣い予算より大幅にオーバーしていた。うひひ。やっぱり先立つものはお金だもんねえ。旅の買い物はかなり楽しみなのであーる。わくわく。
2006.09.11
山のような荷物ができた。引越しとまではいかないが、長期入院から退院するときに近い。私の移動はミニ夜逃げだ。一日の生活に必要なものがこんなにあるのねえ、と改めて思う。医療にともなう物品が多い。人が移動するということは、これが一緒に移動するということだ。ダンボール大二つに押し込んだ。旅行中は先生と寝る。やった!誰かと寝るのは大好き。誰かと布団を並べてごろごろするのは実に楽しい。介護ベットになってからはなかなかそれができないので余計楽しみだ。ところで、夜に気管カニューレを引っこ抜いたり、痰で息が詰まりそうなることがある。親が付き添いなら、息の音だけで起きてなおしてもらえるけれど、先生たちはそこが一番心配だろうね。死んでると困るもんね。なので、酸素モニターを持参することにした。ところが、ウチのモニターは大きいし重くて、荷物重量オーバーになってしまった。ここでマッシー登場である。酸素やさんのマッシーに電話して相談したら、速攻で小型モニターを届けてくれた!休日なのに!である。感動した。ホントは大型だってそれでいいのに、予備機械のない2日間のために持ってきてくれたのだ。やさしい~。うれしい~。おかげで荷物はオッケー。父と初めて会うこともできた。休日のピンクのポロシャツがよく似合うマッシーにも会えた。なんかさ~、出かけるまでにもうすっかり感動してしまった私だよ。こんなにたくさんの人が支えて応援してくれているわけだ。元気に行ってくるのが私の仕事だ!
2006.09.10
東京都関西はおしゃれの傾向が違うというね。どんな風にか今ひとつハテナ?なんだけど、東北はやっぱり東京モードなんだろうか。東日本だし。神戸からとどく通信販売の本はお嬢様っぽいのが多い。色も派手目でくるくるカールだ。フリルやリボンも大きくてめだつ。私としては関西モードはきらいではないが、そんなにきらきらしてなくていいのが好みである。なので、大阪の服装文化がけっこう気になる。イマドキの人は流通も発達しているだけに、日本全国田舎も都会もそんなに違いはないのかもしれない。けれど、服装というのは自己表現の大きな要素で、しかも、所属している地域や考えに割りと影響も受けるものだ。一人でヘンなかっこしてると目立つし、その人の考えや精神的なよりどころを問われるもんね。制服とか、年齢とか、TPOとかの常識が地域で違うというのはその土地の人たちの価値観に左右されるから生まれるだろう。仕事とか、気候とか。気候に合わせて素材が発達するなんていうのはわかりやすい。大阪は商人の街というから、モノを売るのにいい感覚が発達していることだろう。気持ちよく売る、買う感覚ってどんなん?言葉のやり取りのテンポとか、取引のホンネとタテマエとかあるだろうね。見た目も大事だ。ぼろぼろの見た目より、パリッとかっこいい方が買いやすい。儲かってそうだ。で、女優になってでかけようと思ったんだけど、大阪風っていうのがどんなんか?ようわからん。とりあえず、マーガレットさんに髪を切ってもらって「らしく」したのだ。何事もまずは形から入るのがわかりやすい。どこが大阪風かっていうと、長年のばした前髪を切った。短いとくるんと丸まって、たこ焼き風!!あとは現地レポートを期待しててな~。
2006.09.09
みんなに心配かけましたね。速攻で診断書を書いてもらって、ダッシュで取にいって、ひとまずクリアできました。も~、心配だった!おかげさまで、グレなくてよくなった。何重にもチェックするから、誰にでもわかるようにするのが肝心だということらしい。う~ん。でも、まだ、なんか起きそうな気もする。だから、今日の授業で、修学旅行の目標は、一言「大阪上陸」にしたよ。それから念のために、土壇場で何か思わぬことが起きた時のためにセリフも考えた。「青春を返せ!」です。まあ、これは使わないですむことを祈る!もちろん、うまくいったら、「青春をありがとう!」にするつもりなんだけどね。
2006.09.08
飛行機の審査が東京から帰ってきた。なんと問題ありである。このままだと乗れない。焦る。やっぱり問題は酸素だ。嘔吐発作のある私は、月に一度くらい連続的に嘔吐がおきる。とたんに気管内の分泌物が増えて、呼吸が苦しくなるわけだ。酸素飽和度も下がるので疲労する。もちろん発作中は酸素吸入する。それがいつ、どのように起きるかが自分でもわからないから困るのだ。まあ、発作ってそんなもんだ。近頃では気持の不安で嘔吐が起きることは減った。それでもたまに風邪のひき始めとか、強い緊張でゼイゼイすることはある。言ってみれば、酸素のお守りのおかげで在宅生活を軌道のせて、ここまで安定して暮らせるようになったというわけだね。しかし、飛行機にしてみたら、呼吸器使用の人のように常時酸素を必要としない私が何でボンベを持ち込むの?ということになるらしい。病状を伝えてあるのに、やっぱりうまく伝わらなかった。やっぱり、というのは、普段もたくさんの人が関わっているウチでは、伝言・伝言・伝言で、大切なことがうまく通じなかったりすることがよくあるからだ。1週間前に診断書を検討するなんて、遅すぎないのか?と思う。普段の様子でそんなに変化がないし、本当に具合が悪かったら旅行なんてしないのに。それに、今から書き直し、といったって、週末の病院はやってないのに。状態として重症の人でも安定している人と、たまに重症になるけれど安定しているときに旅行する人では、どちらが飛行機はうれしいのだろう?どっちにしたって急変の可能性はある。その可能性はお医者さんがいいといえばいいじゃないか?ギリギリセーフになればいいけど、診断書を先生に頼んだよ。出発ゲートでダメといわれる可能性もあるのかなあ。そうしたら、泣いてやる。吐いてやる。ぐれてやる!3年も準備したんだから、それくらいいいのだ!
2006.09.08
皇室の男の子誕生ニュース一色である。こどもが元気でうまれたことはおめでたい。ところで、昨日うまれたばっかりだって言うのに、もう将来のことや教育のことや、わいわい言われて大変だなあ~~と思う。ま、これは人事だから勝手なことをいえるわけで、当事者は後から聞いてぎょっとするのではないだろうか。これって、生まれる子供に障害や病気がある場合も紙一重でよく似ていると思う。子供に障害があるかもしれないとお腹にいるうちからわかってしまう時代である。病気のこどもは生まれる前からかわいそうがられる。生まれてみてけっこう楽しいことやいいことも山ほどあるかもしれないのに、勝手にかわいそうでいいことはありっこない存在にされてしまう。だから、今では生まないことにしてしまうこともある。運良く生まれた私としては、障害は重いけどけっこう楽しく生きているし、まあ、怒ったり悔しかったりすることもあるけど、健康なひとと同じくらいだと思うよ。だから生きていてかなり幸せである。幸せも不幸も、いいこともそうでないこともどんな人にも普通におきる。どっちかに決め付けることもないし、自分で決めればいい。本人が幸せならいいと思うよ。お子様は性別のことをすごく言われていたけど、男だって女だってそのこが元気で幸せならいいじゃない。障害のことも知らなくていい、というコメントまであったけど、それをひとくくりにするのはちょっと違う意見が私にはあるんだけど、胎児診断についてはまた今度にしておこう。要するに、まわりの人は普通に見守ってあげるのがいいと私は思う。いい意味で騒いでいても、ふっとしたバランスで、悪い意味で騒ぐことにならないといいなあ、と思う。すくすく育つといいと思っている。普通でない人が普通でいるのは大変である。
2006.09.07
毎月18種類の薬を必要とする私は検診たびに薬問屋のようにたくさん担いでかえる。それでも、点滴をしていたときはダンボール7つが今は少し少なくなって小さいダンボール7つになった。私の受診を前もって教えてあげないと、薬局の倉庫がカラになる。そんなこんなでいろんな薬のお世話になっているわたしである。で、コカコーラだ。普段胃ろうに注入して薬を飲む私だが、ひとつだけ粒が大きくて、口から飲まなければならない薬がある。それがなんとコカコーラと飲みなさい、というのだ。もちろん口からコカコーラなんて絶対飲めない。刺激強すぎ!だから、口から飲んだ薬が胃で出会う頃にコカコーラは注入する。便利だー!ところで、なんでコカコーラでペプシはだめか?気になる。ずっと気になっていたのが、解明した。薬局で何で?と聞いたら、薬剤師さんが真剣に調べてくれたのだ。どうやら、胃酸の分泌の少ない人は酸性の飲み物で補うといいという。で、ペプシもレモンジュースもいいのだけど、コカコーラがピカ一という。炭酸がいいのかなあ?とか、味の成分かなあ?と考えていたけどおおはずれだ。わかれば納得。なんか、よく効くような気がしてきた。疑いながら飲むより、信じて飲んだ方が絶対効くと思う。私の処方は院内と院外とどちらもあって、院外は手間だなあ、なんてぼやいていた親だけど、すごく親切にしてもらって感激している。旅行中の大量の薬をどうするか?とか、チューブの感染をとる方法とか、すぐに調べて教えてくれる。たくさん買うからお得意様ってことか?でも「勉強になります」といってくれるのだから、こういうのが本当のプロではないかと感心するのである。コカコーラは大阪のでも効き目は同じだろうね。親はペプシの方が安いとすぐ経済を優先させようとするのがセコイとあきれる。高いコカコーラで飲んでやる!
2006.09.06
いよいよ来週に迫る大阪に向けて、最後の検診に行ってきた。先生のオッケーももらって、飛行機の診断書も酸素も緊急入院も準備オッケーである。(入院なんてしないけどね!)私の席は6人分の椅子を倒して窓沿いにストレッチャーを固定するらしい。6人分のスペースで2人分の料金だからお得だ。雲を見なくちゃ。積乱雲だといいなあ。弱視の強い右が窓なのがやや残念だけど一生懸命首を曲げて見る所存である。旅行中は私服なのだ。宮城では涼しい袖なしも残暑の大阪ではまだ着られるというわけだ。前もって大量の荷物をおくるのでこの1週間はおしゃれはがまんである。めでたく50歳の誕生日が来た父も、旅行に同行するための50歳休暇がもらえる。これもオッケー。あとは私の体調だけ。平常心が肝心である。
2006.09.05
光君が強い薬を使ってやっと少し寝たという。少しだけでも眠れたのはよかった。私が眠れないとき、どんどん薬が増えた。強い薬のはずなんだけど、すっきり効き目がなくて、一時眠れても強制的に意識をなくされている感じで、起きたときのどよどよ感や気持悪さが、もうなんともいえないくらいイヤだった。だから、薬で眠るというのは、どこか、一線を越えると病気の治療というより、その人の存在を否定するものに近くなるような気がするんだ。手術や怪我の時のように、治療目的や痛みをとりたいと理由がはっきりしているのと違って、眠れないでいる本人の深いところにあるつらさを、引きだしてなくするのでななく、押し込んで押さえ込む感じなんだ。なので、かなり強い薬ももらっているけれど、いまのところ断固拒否している。納得したら飲むかもしれないけど、今はいやだ。自分をなくするようでいやなんだ。世の中にはいろんな病気があって365日寝ない障害もあるそうだ。それはそれで、多くのひとはへ~っ、と驚くだろう。でも、本人と家族にしたらどんなにつらいことだろうと思う。そんなに起きていて死んでしまわないのだろうか。社会生活はいいも悪いも大体のところのバランスで成り立つから、条件にあわなければ別のことを考える必要がある。それが愛情だけでは支えきれないときもある。光くんが大晦日のビデオを出したのは絶対理由をわかっている。それをキャッチしたお母さんはさすがだ。カウントダウンをヘッドホンで聞いて、うるさくしてもいい部屋を作って、防音設備もよくして・・・・どんなに条件を整えても、きっと光君はお母さんが大好きでいっぱい遊びたいんだ。夜でも。お母さんが大好き!っていうところは譲れないんだと思う。
2006.09.04
困った人にいろいろ薦めてくるというのは私もあった。手をかざすと歩けるようになる、とか、勉強するとカモシカのように走り回る来世がくる、とか、病気がなおる石とかね。ウチの車には車椅子マークが貼ってあるもんだから、それだけでいろんな人が来るよ。それはさておき、睡眠障害というのはなぜおきるかというのが知りたいけど、とにかく、眠れないという事実が大変だよ。光君は全然寝ないのだろうか。一日のどこかで短く深く寝ているのだろうか。そのようなつらい状況の人をやっぱり薬で静かにしてもらうしかないのだろうか。私の吐き気のように気持の何かのスイッチで状況が変わるのだろうか。お母さんはお母さん愛情がその生活を支えているに違いない。お母さんだからそこまでできると感動する。だけどやっぱりお母さんも自分の身体を大切にしてほしいと思う。
2006.09.03
光君が眠れない、眠らない、お母さんも眠れない。眠れないのは本当につらい。私も眠れない時代が長く続いて本当にマイッタ。母も眠れなくてマイッタ。しまいに怒り出した。怒られても眠れないものは眠れないのにだ。眠りたいのに眠れない。疲れているのに眠れないから休めない。頭がへんになっていったよ。今でも私の眠剤は4種類のブレンドだ。その日の疲れ具合で選ぶ。選ぶのは私である。選べるのはうれしい。自分の薬は自分で決めたい。勝手にどんどん注入されていたときは、本当に嫌だったな。今のブレンドはなかなかよい。いろいろ試して先生と決められた。自分で感想を言えたし、先生もよく聞いてくれたからだ。が、光くんはうまく伝えることができない、そのことを行動で話しているのだ。なぜ眠れないのかをみつけてあげたいと本当にみんな思っていると思う。昼は働いて、夜は寝ないで介護するお母さんはスーパーマンではないよ。眠れない私の母はじんましんが出たり、めまいがしてふらついたりしてあちこちドシン!どぶつかったり、何もないのにつまづいたりしていた。以前の私は眠剤を使うこと自体ものすごく嫌だった。しかし、薬もうまく付き合うとなかなかいいヤツだ。ちょっと手伝ってもらう、というのもひとつの方法である。光君はお薬は合わないのだろうか。なにかいい方法がないか、ホントに心配になってきた。眠りのいい話、誰か知っていたら教えてほしいです。
2006.09.02
ぐっと涼しくなってきた。案の定母が毛糸を触りだした。手始めは薄ピンクのコサージュである。ぽこぽこして、超かわいい。私の毛糸もほぼ決定した。今年は渋めに挑戦してみる。はやくとりかっかってほしいよ~。昼間の日差しでムシ干しをした。また着たい毛糸の服が次々出てきた。今年らしくちょっとアレンジして着るつもり。それを考えるのがまた楽しい。話ができるようになって初めてリクエストしたピンクの編みこみカーディガンが出てきた。「大切にするからお願いします」と書いて頼んで、私の誕生日までに急いで編んでもらった。イタリアの高級糸だ。(糸の安売りを検討するヒマがなくて高級品になってしまったのだ)。これがふわっふわで、ホント高級で品がある手触りなんだよ。おまけにあったかい。あったかすぎて汗もかく。編んだ人の怨念を感じたりする!白いモヘアのボレロも現れた。ボレロを反対側に着ると、車椅子の私たちはとても暖かそうに見えるのだ。これは通院の時にすぐ温度調節ができるので助かる。病院の中はとっても暑いからだ。さっそく欲しい毛糸を買おうとしたら、10月からしか売らないというではないか!安い毛糸でガマンするか、在庫の高級輸入毛糸で奮発するか。それともこだわって待つか。う~~ん。悩む。
2006.09.01
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