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訪問授業は調理実習。メニューはスイートポテトである。結論。かなり高いレベルで完成した。味はもちろんふかふかの食感が上品である。(これはモニター母の感想)まったくアイディア抜群である。何しろビニール袋にサツマイモなど材料を入れてたたきつぶすのだ。しかも全身が武器である。私はもちろんオテンバを生かして足・顔・頭その他使えるものは全部つかった。闘ったのである。芋がなかなかマッシュにならない。狙いを定めてつぶすのは難しい。顔はパックみたいでけっこういい気持だった。芋パックは売れるかもしれない。さらに、ビニールに穴をあけて、しぼりだす。これがまたおもしろい感じでたのしい作業である。お菓子つくりはなかなか夢がある。美的センスとか構成力とかなにより想像力が必要だ。お菓子は食べる人を楽しくさせるものだから、実に創造的な仕事だと思う。盛り付けにすごく凝ってみた。秋のイメージである。オーブンに入れて焼きあがりを待つ間は香りとともに、コンサートだ。先生が二人でリコーダーとオカリナ演奏を聞かせてくれた。エプロン姿というのがなかなかよい。芋と闘ってくたびれたところに響き渡る気持よい音だったよ。満足じゃ。ちょうど学校から帰ってきた弟に喜ばれ、お世話になっている人におすそ分けして喜ばれ、喜ばれた私も喜んだ。今回は疲労のため自分は食べられなかったが、作って提供するお菓子職人の仕事に対する喜びを感じ取ることができた。お菓子つくりは疲れる。けど、やりがいのある仕事である。
2006.10.31
高校生活も終わりに近づいてきた。3年間あっという間だっだ。・・・・とよくいうけど、私はそうではない。けっこう長かった。いろんなことに挑戦できた。その結果を形に残すこともできた。・・・って、おいおい!まだ終わってないって。たったひとつやり残しがある。ずっと課題にしてきたコミュニケーション手段の確立だ。3年間の間に先生とホントにうまく話せるようになった。先生には特技認定証をあげたい。他の先生たちも少しずつ私の会話手段を理解してくれた。中学1年で「かつら」と書いてから6年もかかった。始めのうちは驚かれることばかりが多くて、くさったこともあったよ。信じてくれないのなら、わかってくれる人とだけ話していればいいや、といじけてみたりした。だけど、だんだんたくさんの人と話がしたくなった。そのためには筆談だけでは限界があることも知った。他の手段も探し始めたのは高校生になってからだ。少し自分を客観視した。でも、どのハードルも高すぎて永遠に越えられないような気がした。先日、あおプーと文字を書いてみた。初めてのあおプーにもわかるように大きい字で書いてみた。通じたような気がしたけど、あおプー自身がどのように感じたかは私には評価できない。ガイドの手が添えられている限り、二つの手にどのように力がかかっているかを外から証明することはできないのだ。その大きな前提から逃げることはできない。そこから、パソコンやわかりやすい表情の研究もすすめてはいるのだけれど。しかし!やっぱり、言葉ほど便利なものはない。なんとか一人で書きたい。ためしにホントニ一人で書いてみた。相変わらずミミズの字だ。腕のコントロールが難しい。だけど、ひとつふたつ読み取れる字があったのだ。身震いした!初めて先生と文字を書いたときと同じだ。もしかしたら本当にできるかもしれない。但し、これからまた長い練習が待っている。でも、一人で書けたらどんなに自由か。紙とペンさえあれば、誰とも話せるのだ。ガイドの必要もない。親もいなくていい。看護師さんにも通じる。好きな洋服も選べる。とにかくものすごく自由になれる。卒業して社会に出たら自分の力と責任を問われる。自分の言葉で自分の力で社会に出て行きたい。卒業までの半年でどれくらいうまくなれるかわからないけれど、改めて文字に取り組んでみたいと思う(決意声明)。
2006.10.30
あおプーがやってきた。あおプーは社会人1年生である。ディレクターをしている。九州から仙台に初めて来た。もうすぐやってくる東北の冬におびえている。去年まで学生だ。社会人になって何が一番かわったかすぐ聞いてみた。「責任がちがう!」というではないか。やっぱりだ。しかも、自分で仕事を見つけて自分で学ぶ、だれも教えてくれない、という言葉がうんと印象的であった。3年はペーペーなんだそうだ。就職を決めた話とか会社の面接のこととかを聞いたら、やっぱりどこでも「ここで君は何をやりたいの?」と質問されるらしい。もちろん私もそれで悩んでいるのだ。会社だって福祉施設だって同じだ。そこでなにをやるかだ。あおプーは何を見つけるんだろう。そのための「方法探し」も修行中のようだ。学生の最後にヒッチハイクでチベットに行ったという。チベットの場所さえよくわからないわたしだけど、世界で一番高いところにある国で言葉も違って、それでも見てみたくて実行するところがいい。仏教の五体投地という拝み方や真っ青な空の話を聞いた。世界は広い。パソコンでチベットの空を見た。青がうんと濃かった。それもこの窓から見える空につながっているわけだ。ちょっと鼻の頭にチベットの空気の冷たさを感じた。 人に興味があるというあおプーが人のどんなところに注目して仕事をしていくのかすごく応援したいと思った。チベットはチベットでも私のは地面にくっついたベッドの「地ベット」だ。でも、あおプーのなんか精神的な自由さに共感したよ。身体的には不規則で大変そうだったけど「自分らしい自分の分の仕事」を頑張ってほしい。わたしも頑張ってみようとおもう。またおもろい話を聞かせてほしい。
2006.10.29
高校3年生が単位のことで悩んでいる。あっちこっちで校長先生があやまっている。あやまり方も人それぞれで、一生懸命話そうとしている校長先生は好感がもてる。ちゃんと生徒の前で色んな質問に答えようとしている学校では、これから半年の対応もうまくいくんだろう。私には受験はないが、進路を決める実習ではそれなりに緊張する。相手に採用してもらえるかどうかが決まる大切な機会だと思うと、平常心の掛け声をしてもなかなかうまくいかない。だから進学したい人が受験にエネルギーを注ぐのはわかる。インタビューの3年生が、補習はいやです。でも卒業はしたい。と言っていたのを聞いたら、なんか「えっ?」と思った。勉強したくないのに卒業したいなんて、すごくヘンだ。じゃあ、なんで高校に行くんだろう。大変だろうけどちゃんと補習をして単位をとって卒業するのはあたりまえだ。それで今年の受験を失敗しても、来年また頑張ってほしい。たまたま今年こういうことがバレタせいで、損した、と思う人もいるのかも。でも、ズルして得したってそんなにいいことはないのではないだろうか。って、そんなことをいえるのは私がその立場でなくて傍観者だからかなあ、とも思う。けど、勉強してソンするなんてことはないだろう。だからみんな頑張ってほしい。勉強できるってことは幸せなことだよ。
2006.10.28
看護師さんと入浴した。ヘルパーさんがお休みだった分、久しぶりに母と二人だ。いつもはこの時間が外出のチャンスなもんで、母は大抵買い物とか銀行とかに出かける。なので、看護師さんとゆっくり会うのはけっこう久しぶりだ。新しい看護師さんはなんとハンドベルのグループをやっている音楽大好きの人なんだって。そうとなったらつい私の曲を聞かせて宣伝してしまうよ。CDになっている数曲をご披露!ついでにとっておきの音楽祭で私もハンドベルを演奏したことを教えた。ハンドベルの先生がいて、音があれば楽譜にしてくれるというではないの。「手」を演奏したいなあと言ってくれて、これまた感激だ。ひょっとして、いつかわくわくバンドとコラボレーションってなことになるかも!?わくわく隊ハンドベル部だったら弟も参加可能だ。(学習発表会にむけて特訓中だし)せっかくお風呂でまったりしたのに、コーフンしてきてまた緊張してしまった~。あー、音楽って面白い。こっちの話で盛り上がってしまった。
2006.10.27
まったりの午後、わくわく隊の友達が来てリフレクソロジーをやってくれた。このごろ寒くなってきたので、手足がすぐ冷たくなる。靴下はいたりふとんかけたりすると、今度は背中が暑くてぜいぜいしてくる。動かないから冷たくなるんだからしょうがない。そこで足浴+足ツボマッサージは効果テキメンだ。まずは足浴。オレンジのオイルをたらしてリフレッシュしたあと、グレープフルーツの入ったマッサージオイルである。足裏のぷちぷちはクリスタルといって老廃物なんだってよ。体調の悪い場所にできるらしい。足裏の真ん中に両足ともあった。ここは、身体でいうとどこなんだ?イタいけど気持いいし、ほかほかしてくる。音楽はチェロである。センプローニョさんのオススメラフマニノフである。はー。かなりいい組み合わせだよこれは。地をはうような低い音が背中からじわじわ来て、血流をイメージできるわけ。ヴァイオリンでは高すぎてちょっと落ち着かない。夕方思いのほかガスがいっぱい出た(失礼!)。やっぱり胃腸のクリスタルだったのかも。さらに今朝たっぷりお通じ(これまた失礼!)。身体を動かせない人に足ツボマッサージ、絶対いいと思いますよ。で、すっきりしたところで「なき王女のためのバヴァーヌ」のホルンを聞きましょう。澄み渡った音が身体をぬけていくよ。ププッ。
2006.10.26
訪問生の私にはビッグなお楽しみがある。ゲストの先生が訪問していろんな授業をしてくれるのだ。これが実にタイムリーでどれもすんごく面白い!聞きたいときに教えてもらえるというのはホント楽しい!就業体験週間の今、やってきたのは社会のY先生だ。先生は坊主頭である。お坊さんだからである。修学旅行のときから約束して、超超超楽しみにしていたんだ~。テーマは「社会人の権利と義務」である。全部面白かった。責任ということについてよく考えた。担任のぽっぽさんに通訳ガイドを頼んで質問もできた。次から次に聞きたいことが浮かんで困ったよ。とにかく超面白かった。今回母は用事があって外出していたので、ガイドが頼めない。これまでのゲスト訪問では同時通訳を頼んでいたので、今回は質問は限定版だな、と考えていた(ちょっと残念)。しかし、ぽっぽさんはすごくガイドが上手になっていて、私の聞きたいことがほとんど正確に早く通じた。親がいなくてもちゃんと授業を受けられたのがホントうれしい。3年間の修行の賜物である。改めてぽっぽ先生に感謝した。私の興味をちゃんと聞いてくれて、必要なことをすすっと用意してくれるのだ。先生というのは指導だから引っ張ってこっちこっちといってくれることが多いのだろう。しかし、振り返ってみると、ぽっぽさんはそっと控えていて、自信のないときのわたしでも背中をちょっと押してくれるというカンジなのだ。実は超スゴイ先生なのだ。大したモンなのである。(まとめモードになるともうお終いの時が迫ってきて泣きたくたるからちょっと今日はこれでやめとく)閑話休題。お坊先生の話はうまい。さすがいつも説法をしている人だ。そのタグイの話は私は大好きなんだ。「理屈っぽい~」と母は逃げようとするけど、とことん話したいことが山ほどあるんだからしかたない。絶対第二段をやってほしい。たとえば、先生の家はお寺だから自分もお坊さんになることをどのように決めたんだろう。家の仕事を継がなくてはならないことに悩む人もいる。好きな仕事につける人の方が少ない、仕事を好きになることが大事、と聞いた。なりたい自分をどのように探すのだろう。などなどキリがない。学校のみんなはこんな風にいつも先生の近くにいて、話したいときに話すことができる。いいなあー。学校に行けるってなんと幸せなことだろう。・・・と終わり間近にマジで思う。実に楽しい授業は延長しても短かった。先生たち本当にありがとう!
2006.10.25
雨の日は空が暗い。秋の雨はよけいにそうで、朝なのに夕方のようだ。部屋に暖房が入るようになって外から来る人が寒い寒いと言うようになった。ベッドにいるといつも暖かいけど、入浴でお風呂に行くまで廊下のひんやり度で季節をはかるのである。岩手でもう霜がおりたという。ウチのスロープも冬は凍る。また冬だなあ。寒いときはチェロの音が似合う。のだめ効果かな?ウチに流れる音楽がクラシック化している。久しぶりにバッハのチェロを聞いた。あったまる音だった。
2006.10.24
学校のみんなも高校3年の実習をがんばっている。私も次は11月1日にもうひとつ出かける予定だ。家に帰るのが7時になる人もいるそうだ。仕事して通勤して7時にはすっかり暗くなっているだろうね。ウチの学校では実習の打ち上げは焼肉だ。みんなそれだけを楽しみに厳しい実習をがんばっている。寒くなってきた。風邪引かないでがんばれ、みんな。ところで、今日はそっちの話題ではないよ。訪問看護の実習に介護福祉科の高校3年生が一緒に実習にやってきた。オンナジ3年だ。看護師さんといっしょに清拭とリハビリをしてもらった。超緊張しているらしかったけど、平気平気、私は友達が来たみたいですごくうれしかった。おかげで久しぶりのイナバウアーでこっちも緊張ぎみになってしまたよ。部活のことや、学校のこと、遠くから通学していてがんばっていることとか、進路の話とかができて楽しかった~。もうはっきり自分のなりたいものを持っていて、それに向かって進学するそうだ。すごいなああ。進学先の現場実習でまたきてくれるといいねえ。ところで同じ学年の実習生に身体ふきをしてもらうというのは、貴重な体験だった。実習生というと大抵大人で私より年上だったわけで、それだけで「仕事モード」でお願いしても平気である。でも同じ年というとなんか友達モードで、介護もビミョーだ。でも恥ずかしいかというとそうでもなくて、ボラさんとわいわい温泉に入るのと大してかわらない。むしろ、実習生の方が同じ年の私に対してどんな風に思ったのかなあ、なんて考えた。社会人として出会うと別にトシは関係なくなるような気がする。誰の介護でもいい。学校だと先輩後輩、同級生、と年齢を気にするのかもしれないね。何しろ年齢の集団で勉強するから。それでも、昔小学校で友達がヨダレをさりげなく拭いてくれるのはうれしい半分ちょっとはずかしい半分だった。介護を受けるときあんまり負い目のようなものを感じなくなってきた。自分に必要なことは助けてもらうしかない。仕事の人とそうでない人のかかわりを区別するわけではないんだけど、やっぱり仕事で関わる人には私も仕事モードで介護を受けているのかもしれないねえ。仕事は責任がしっかりあるし、安心できる。もちろん友達のかかわりにもよさがある。どっちもいいのだから、どっちにもお世話を頼みたい。昔なじみの友達が介護のプロになったらお願いするか、どうか?やっぱ、お願いするだろう。たぶん。仕事と友達のよさをどっちも持っているはずだ。
2006.10.23
私の介護には二人必要になってきた。まず入浴だ。もうずいぶん前から母とヘルパーさんで入れてもらっていた。医療が必要になってからは看護師さんと母だったが、春から看護師さんとヘルパーさんになった。力仕事に父がまざれなくなったので大変になった。訪問入浴の男の人は全然見ないで仕事をてきぱきできる、というけど、やっぱり男の人はやだよ。手術は別だけど。入浴デイではない平日は清拭だ。これはヘルパーさんと母でしてもらう。このごろ、弟がいろんなことに参加してくれるのでヘルパーさんのヘルパーさんだ。仕事を頼まれるとはりきる弟なんだけど、身体拭きはちょっと・・・。いつも立ち入り禁止令が出てちょっと寂しそうだったからね。このごろはお湯を運んでくるのとか、足浴に参加してもらうようになってはりきる。この前はオイルマッサージも頼んでみたら、こちょこちょしてまあもう一歩なんだけど気持よかった。一人前になるまでにはまだまだだけど、ヘルパーさんっていうのも弟にむいているかもしれない。首まで布団をかけてくれて暑かった~。せっかくかけてくれたから、ガマンした。
2006.10.22
実習に行って感じたこと。それは、表現する人にはかかわりがあるということだ。表現の方法にはいろいろある。障害のある人たちは言葉以外の方法をものすごく利用する。動きや表情や声やなんかだ。さらに私のようにとても重い人たちは体温とか、緊張とか、嘔吐とか、発作とかで表現している。このツールを表現と解釈してくれる人に関わってもらえるとわたしたちにも表現することが可能になる。観察力とか見るポイントとか、ツボにはまると大成功だ。ただぼんやり見てもらっても心は見えない。このツボにはまる人がビビッと来る人なんだろう。施設といえども集団生活だ。動きが大きい人や、声が大きい人は目立つ。その分たくさん関わってもらえる。静かにしている人は関わる人が気にしてくれないとその機会は少なくなる。私は小さいときとりあえず「笑顔」でにっこりするとみんなに声をかけられるのを学習した。うれしいときも苦しいときも嫌なときも「にっこり」することで気持を伝えたかった。嫌なことも「にっこり」してしまった。それしかできなかったからだ。これは苦しかった。みんなにわかりやすい表現方法を練習したいとは思う。でも、そう思ってすぐできるわけがない。身体は勝手に動くしコントロール可能な部分が少ないからだ。それでも、言葉で表現できるようになったことは幸せだ。特定な人とだけでもものすごく世界が変化した。自分をわかってもらう場所と人がいるのはとても安心だ。それがまだ限定されているが、社会の海にでていくなら広げないと。たとえ、こうしてみんなに通じる言葉というツールを使っても、受け取るひとはこれまた様々だ。福祉や障害に興味のある人や理解のある人たちの中でもいろいろな考え方がある。一般の人たちなら、もっとだ。私は今まで命を預けてお世話と介護を受けている以上、相手に100パーセント合わせなければいけないと思ってきた。もちろん無理もした。ガマンもした。ノーは言えなかった。言ってはいけないと思った。しかし、それで自分が自分でなくなりそうな経験をしてみると、そんなの生きていることにはならないと思った。ノーを言っていいことがやっとわかったんだ。ただし、ノーを言える人はまだ限定されている。自由に表現することが私は私でよい、ということなら、表現することで社会参加したいと思う。それが仕事になるか、お金につながるかわからないが、社会の一部にちゃんと障害がある人も生きていることを伝えたいと思う。まだ差別や忘れられそうになることもあるし、競争の世の中で生きのびるのはしんどいけど、自分のできる分はやりたいと思う。ただ、そこにいるだけでいい、と言われる。ただそこにいるのはモノではなくて人なんだということを伝えたい。
2006.10.21
施設実習、無事帰宅。ものすんごく緊張した。朝9時に出発、4時帰宅。7時間。記録だ。超疲れた。帰ってベッドにもどって脱力。もちろん吐いた。さて、この実習はいろんな意味で具体的な考察のきっかけになった。施設までの距離、移動の疲労度、移動中の医療行為、施設での日中活動、休息の取り方、コミュニケーションの方法、週単位の活動計画、体力回復の自己管理、生活と活動の組み立てかた、等々。重い障害がある人の自立ってなんだろうと改めて考えた。学校生活の中で課題をみつけて学習することは先生という手助けがあって成り立った。社会人になって課題を持ちながら生活していくには、自分のやりたいことを主張する以上責任も大きくなる。人を巻き込んで人の時間と熱意を分けてもらいながら生きていくことに当事者の責任がある。自動的に集まってくれる支援ではないのだ。しっかりやらなきゃそういう人たちに失礼だと思う。基本的に生きていくことを助けてもらうのは欠かせないとはいえ、遠慮したくないし当然とも思いたくない。健康な人がいろんな人と関わりながらお互い様で生きていくのと同じくらい感謝して同じくらい堂々としたい。私がやりたいことが少しは見えてきた。施設の人々は自分にあった過ごし方をしていた。施設長に、週に一日通うのも精一杯でもいいのか質問したら、いいです!と答えてもらった。すごく安心した。施設の医療行為にも話し合いで決まっていくので制限はないと知ってこれも安心した。元気な人の中にはいっていく時に、どうしても「あわせなきゃ」という気持を消せない自分がいるんだ。調子が悪いと焦りとか負い目とかになる。調子がよいときは「みんなのなかでもこれくらいできた」と肯定的に思えるのに。体調の波が大きいのが自分でもくやしい。それも長い目でみればずいぶん落ちついたんだけど。障害の重い人の中でも体力のない自分に、ホントがっかりするんだ。とはいえ、一番不安だった初対面の指導員さんとのコミュニケーションは予想を上回ってうまくいった。これは超うれしいことだった!おまけに筆談もチャレンジしてくれて少し通じた。書いていることをわかってもらったことがマジうれしい。ビビッ!とアンテナの合うお兄さんだった。言葉のない人たちともうまくコミュニケーションとっているのがサスガだった。プロだ。なんでもいいから表現すればかかわりのきっかけになる。私もどうせ通じないとあきらめないで「あなたと話したいオーラ」をバンバン出せるように修行しなくちゃ、と思ったよ。ガイドと離れて自力で活動に参加するのは始めてのことでホンット緊張した。ガイドなしで一人で出て行くのは海に放り出されるような気分だ。それでも救命ボートを見つけたら必死につかまなければ死んでしまう。ハードル高いけど私が生きていくには必要な課題だんだなあ。その課題が身にしみた貴重な体験でした。おまけ・お迎えのお母さんたちが年をとっていた。成人の施設なんだから当たり前なんだけど、マジで生活の自立について考えちゃった。
2006.10.20
2年と3年の実習とはこんなに違うものかと改めて考える。去年はやっと2時間見学するだけだって精一杯だったわけで、半分以上人事というか、まだまだ先とつい気やすい気分でした。評価されると思うわけではないのだが、緊張感がとっても違う。人に対してというより自分が何をどれくらいできるかあんまり自信がないんだ。100パーセント完成なんてないといいながら、不安と緊張でまだ吐いているのが今の実力である。ま、いっか、と思ったり、情けないと思ったり、複雑・・・。何しろ朝から夕方まで活動してそれを毎日こなす人の中に行くのだ。たった一日でも夕方までもつかどうか超不安。とりあえず、行ってくるよ。
2006.10.19
ひさしぶりの訪問授業、就業体験の目標を考えた。成人通所施設で私が何をできるか、また悩みのドツボにはまりつつある。どんな施設で何をしているかも肝心だが、なによりも私はどんな人と関われるかによってその時間はよくも悪くもなる。初めての人とどのように関わるかはいつもかならず通る関門だ。なにしろ見た目「障害が重い人」の壁を透明壁にして内面を見てもらえるようになるまですごく時間がかかるからだ。予備知識をお互いに持って、なるべくいい時間をすごせるように計画しても、結局対峙した瞬間にその人と私の相性みたいなものがビビッと生まれる。そこに通訳の親や先生がいると橋渡しもうまくいく。頼るつもりはないが、自分で細かいことを伝えられないのだからお願いするしかない。通訳ガイドのいない私はイエスとノーを舌で答えることでしか自分を表現できない。しかも、設定された質問のみ!あ~不自由。やっぱり支援の人しだいだ。明日の実習でどんな指導員さんに会うのだろう。楽しみ半分、不安半分。そんなこと言ったら、指導員さんだってまだよく知らない人を担当するんだから緊張することだろう。お互いにウマがあいそうな「ビビッ!」が発するといいなあ。支援のない私は「騒がしい置物」みたいなもんだ。自信が微妙になるとそんなふうにヒガンデしまう。昨日がんばりすぎたかな。朝から吐きそうだ。今日は休養日。
2006.10.18
昨日はこの話題でいっぱいでしたねえ。やっぱりyoshiさんも見ていましたね!両親はワッハッハとうけながら見ているのでした。いいねえ~。そういう私はまずは音で聞くことにした。音楽がたくさん出てきて、知ってる曲だとうれしいもんだ。しかし、9時から音を1時間も聞くのはちょっと私には厳しい。後半は疲れて嘔吐してしまった。こんなときホント情けないよなあ。録画してもらってDVDで元気な時間に見ることにしよう。ドラマの雰囲気は上々だ。
2006.10.17
なんにもない休日。朝からまったり寝た。昼もぐっすり寝た。夕方はのんびり寝た。体中の細胞が休んだ。疲れの粒が煙になってどんどん出たね。休暇の母がなかなか帰ってこない。朝一番で弟と出かけた。どこに行ったんだか、本人もよくわかっていなかった。連絡もない。・・・ま、いっか。すでに暗くなってきた。父が自ら夕食を作り出した。初めてのことだ。何か異変か!やけに元気な声で二人が帰ってきた。米沢の秘湯「姥湯」に行ってきたんだって。何もかもすんごいところらしい。山奥の露天風呂につかって、イオウの臭いをプンプンさせてきた。おみやげは真っ赤で鮮やかな紅葉と河原のきれいなピンクの石。そして究極のプレゼントは温泉のお湯!である。私のためにみんなで一生懸命ペットボトルを飲み干して、一番きれいなところのお湯をもってきてくれた。それで超高級足浴だ。丁寧に暖め直して臭いを確かめて、おそれおおく足を入れた。山奥の崖の中の温泉。そこに私はとうてい行けないだろう。だけど、そこにいながら私を思い出してくれて、景色やお湯の感激をわけてくれたのがものすごくうれしい。まさか!と、気持が飛び跳ねたよ。お湯の中の足はいつもと同じくらいあたたまったけど、なにしろみんなの気持のこもったお湯が実にしみいった。おかげで、一日中寝たのにまたよく寝た。あったまりすぎて明け方少し起きてしまったほどだ。今朝の足はまだ温泉くさい。母も元気復活。お肌つるつると喜ぶ。みんなが元気になって父喜ぶ。ちょっと元気になりすぎて母うるさい。私が日記にぼやいたおかげで母を温泉に誘ってくれる人がいて、その人たちも私を応援してくれて、またみんなで楽しいことをやりたくなる。みんなってなんてやさしいんだろう。そういう気持は循環していて、少しずつ分担して、分けたり、キャッチボールしたり、もどってきたり、大きくなったり飛んだりはねたりして増えていく。誰かが誰かを助けて励ましたり元気にしたりする。なぜかそういう人にたくさん会える。ほんと、幸せをかみしめる一日だった。そういえば、車が故障する事件で大変なこともあったらしい。だけど、みんなと力をあわせて乗り越えて、それは次の教訓になるであろう。人生いろいろあるさ。いやなことや失敗もあるから味があるんだ。ただし、いのちは大切に。
2006.10.16
放電していた母が充電してきた。かなり満タンである。よしよし。いいことだ。詳しいレポートは明日をお楽しみに~!ヒントは秘境だよ。
2006.10.15
訪問学級の行事でまたまたいもにをした。週に二回もいもになんて初めてだ。今度は宮城風。みそのトン汁である。さすがにパワーもそろそろ残り少ないわたしでも、秋の澄み渡った青い空に誘われて出かけてしまったよ。学校近くの運動公園でゆったりメニューの散策が中心だ。広い芝生にテントをはって、ごろごろした。周辺の公園では少し紅葉が始まっていて、マツボックリやススキをとった。秋だねえ。夏の日差しより柔らかい秋の太陽は気持がよい。遠足の幼稚園生ものびのび運動していた。秋の味覚を袋に詰めて重さを当てるゲームをした。かき、りんご、なし、くり、おかし、かぼちゃを2キロにする。プラスマイナス500グラムでもらえる。ぴったり賞は巨峰だ。はずれたら全部ボツだ。これは気合が入った。慎重に選んだつもりが、奥ゆかしい性格の私は少なめに1700グラムだった。手に持って重さを比べるかわりにお腹にのせて計った。呼吸の苦しさかげんがポイントである。喘息のぜいぜいのときに肺をおしてもらう。その重さを思い出したわけ。けっこう役立った。2500グラムでもよかったわけで、それって、私が未熟児室を退院した重さだ。そっちにすればよかった。でも、自分の体重は自分ではわからん!生まれた体重ときたらリンゴ2個分だし!軽っ!学校以外の行事に初めて母と二人で出かけたかも。進化だ。出かける準備に1時間半もかかった。ひとりで全部やるのは大変だ。改めて私が出かけるって大変なんだなあ、と思ってしまった。秋後半は就業体験にはいる。自然パワーでやる気チャージしたおかげで乗り切れそうだ。
2006.10.14
昨日の芋煮会の続編だよ。帰り道に近所の農業高校におじゃました。一日に二箇所ハシゴするなんて。この進化は大阪効果ともいえる。農業高校はものすごく広くて、いろんな作物を育てていた。何しろ「高等学校」という場所に行くのは生まれて初めてなもんで、あたりまえだけど高校生がたくさんいることを想像しただけでうれしくなった。もちろん養護学校の高等部にも高校生がいるんだけど、数が違う。イマドキの女子高校生とか男子高校生の姿は集まるとどんなカンジなんだろうそんなことを考えつつ車は進む。あちこちに作業中のみんながいろいろ仕事をしている。牛もいるらしい。そうか。牛乳とかも農産物だよね。急に農業が身近になる。私は果物のエリアに行った。リンゴとなしの木がたくさん!昔さくらんぼ狩りをやったことがある。さくらんぼはず~っと高いところにあって、私には見えなかった。リンゴは枝に赤い色をどっさりつけて、重たそうに下がっていた。車椅子の目の前にたわわん!である。いいにおいだ。もちろんもいだ。なめてみた。すっぱいー。だけど、高校生が育てたリンゴだ。そう思うとすごいなーと尊敬だ。すっぱさも味わえたよ。作業中の女子高校生と話をした。みんな同じ3年生だ。つい進路のことを聞いちゃった。みんなも自分の未来について努力中だ。私と道は違うけれど、いっしょにがんばろうね、と言った。男子生徒はもくもくと作業をしていた。みんなにカレシのことを聞いてみた。うん、まあ、こういう話は内緒の分野だろうね。やっぱし、にこにこっとかわされた。へへっ。制服のスカートはうーんと短くするって聞いた。だけど、作業着のみんなも十分かわいかったよん。みんなもわたしもいっしょうけんめい高校生活を送ってきた。残り少ないのも同じだ。卒業式までがんばろう!と別れた。なんだかすごーくパワーアップした。
2006.10.13
ジャジャーン!行ってきました、ものすんごく楽しい芋煮会。秋の一日。特別レポートだよ。何からいこうか迷うくらい楽しくて、面白くて、感動した日だったのさ~。毎年養護学校と交流している成人の施設との交流会。海に近いすごく静かできれいなところだ。最後の年に初めて来ることができた。卒業生が何人もいて、それぞれ活躍している。山形と宮城味のチームに分かれて作業が始まるところに到着した。私は山形班である。材料をちぎるのは得意分野である。しょっぱなから豆腐をにぎりつぶし、えのきだけをほぐし、白菜をちぎった。かなり真剣に取り組んだ。後半は申し訳ないけど、和室で横になって休憩させてもらう。あとは完成を待つのみ。ちょっとみんなには悪いけど、休憩室からゆれるコスモスを鑑賞しつつ、まったりした。途中頭痛で休憩に来た利用者さん、私のことが気になってやってくる人、そのおかあさんとか、指導員さんとか。指導員さんはトランシーバーで連絡を取りながら活動していた。空港の職員の人たちを思い出した。神経を使う仕事だ。車椅子の人ももちろんいっしょだ。大人の中途障害のおじさんとならんで白菜ちぎりをした。いろんなひとがいろいろいるのがいい感じだった。広くていろんな部屋があってゆったりしていた。物理的に広いと気持もゆったりするものだね。野外にシートを置いて、私はごろんと横になった。大の字だ。イナバウアーも自由自在でのびのびした。勢い良く燃える大なべの炎にもあたった。炭の香りが広がる。友達といっしょにうちわで扇いだ。思い切って山形芋煮のスープを飲んだ。だしがきいてうまい!お腹からあたたまってじんわりだ。おかわりまでした。150CC×2である。記録だ。肉のたんぱく質で免疫アップである。力がわいてきた。ドリンクを飲んでやっと出かけた母も私の分も食べた上におかわりまでした。もちろん元気復活である。やっぱり秋は芋煮なのだ。収穫を喜び、自然に感謝し、いのちを食べ物でいただき、冬に備える。みんなといっしょの注入はやけにおいしくて、嘔吐のおの字も起きなかった。そのこともうれしくて、また免疫力アップである。
2006.10.12
さわやかな秋。宮城では芋煮会というのをやる。トン汁を外で作って食べるんだよ。今日は3年生の交流会なんだ。天気もいいし。いっちょ、いくで~。私にしては遠出の登校だけど、大阪にいけちゃったわけだし、なんたってみんなと会えるとなったら行くしかないでしょう。付き添いの母はちょっとバテ気味だけど、トン汁を食べられるんだから頑張ってつれてってくれ~。んじゃ、レポートお楽しみに!
2006.10.11
東松島市とっておきの音楽祭のCD録音を聞いた。私の作品が3曲も演奏されて、「コーナー」になっていた。さらに「詩人」と紹介されているではないかい。照れる~。パンフレットに自分の詩と名前が印刷されているのを見るのはなんだか背中がシャンとする感じだ。側湾がなおるかもしれない。今回の3曲を作ってくれた人と演奏してくれた人は東松島の人だ。作曲のAさんは私に会ったことがないけれど、イメージして作ってくれたという。だからとっても美しい曲になった。ふふふ。近いうちにお世話になったみなさんに会いたいと思っている。是非録音でない音を聞けたらうれしい。さて、私に会って曲のイメージどおりか、イメージこわれるか・・・評価される?ちょっとドキドキである。私の曲を数えたら23曲にもなっていた。ポップスあり、歌曲あり、弾き語りあり、合唱あり、多彩だ。なんか、本当にコンサートの夢に近づいてきた。うれぴ~。わくわく音楽隊でとっておきの音楽祭に出るっていうのもいいよねえ。わくわく隊のゆみちゃんが楽器を始めるらしい。わくわくバンドもはじまるかもお~。わくわく隊の部活はまったり部活だからね。明日できることを今日やるな、である。楽しんで自分を豊かにする部活なんだ。面白くなってきた。
2006.10.09
おばあちゃんの誕生日パーティーをした。ものすごく久しぶりだ。なんか、いっつも元気なような気がしていたけど、考えてみたら毎年ひとつずつとしをとるわけで、おばあちゃんもおじいちゃんもますますおばあちゃんとおじいちゃんになる。おばあちゃんは68歳になった。まだ元気だし若々しいけれど、永遠にではない。長生きしてください、と私が乾杯の挨拶をした。で、なんだかんだとお墓の話題で盛り上がる宴会になった。父のおじいちゃんのお墓は遠くにあって、今うちのお墓に引っ越す手続きをしている。来週納骨なのでそれまでうちにやってきた。会ったことはないけれどわたしのひいおじいちゃんだ。仏壇がない我が家だけれど、来週までゆっくりしてほしい。久しぶりに孫(お父さん)にあって喜んでいるかもね。弟も毎朝挨拶をしている。お墓を守るのは大変な仕事だと思う。私にも弟にも難しい。お参りくらいはできるけれど、ずっとずっとお墓を守るのは大仕事だ。お墓はひとつの形で、今はいろんなお葬式の方法もある。お墓に入らない人もいるんだって。好きな場所に骨をまく人もいる。骨は物質だが、人が存在したという精神性はなくならない。それを忘れないようにするためにお墓を建て先祖をたいせつにしてうやまうのが供養だ。私にとっては双子の姉さんもお墓にいる。私はお墓に行くかまだ決めていないけど、自分で決めたい。ひいおじいちゃんはみんなにおまいりしてもらえる近くに引っ越すのはよかったね。今までは生まれ故郷にいたし、どちらもよいことのように感じる。これからは私もおまいりしてあげられるしね。お参りのときに思い出してもらえるのはすごくうれしいことだよ。
2006.10.08
世間は連休である。我が家もようやく一段落の連休である。天気も悪い。こんなときはまったり休むに限るね。わくわく隊の人たちがいろんなお誘いをくれた。私にではなく、母や弟にである。みんなやさしい~と感激する母だ。電池切れのことを書いてあげた私のおかげだ。数年ぶりにたった一人で映画をみて号泣してすっきりして帰ってきた母はちょっと充電した足音になった。やっぱり人間は弱音を吐いたほうがいい。私は日記でかなり発散している。弱音を吐けない人はかっこつけしーのところがある。いいときもそうでないときもあってよい。なので、そのときは宣言してまったり休もう。
2006.10.07
平常心が功を奏して元気になってきたぞ。しめしめ。だいぶ早い。寝るに限る。昨日はちょっと頑張って入浴した。髪をバッサバッサ洗って、湯船にまったりつかった。おかげでグッスリ眠った。電池切れで文句が多い母のぼやきは平常心でムシした。ムシするとだんだん個人攻撃してくる。これもムシ。言いたい人には言わせておく。秋は短いけどたくさん行動できる貴重な季節だ。ほどよく涼しくあまり寒くないからおしゃれもできる。大阪港で見た一番星のケープが完成している。モヘアのぺプラムをつけた紫のカットソーも完璧である。袖口の上品さがミソだ。今年の色はムラサキというではないか。タイムリー!コレを着るのは秋の郊外学習である。訪問学級のみんなと山のロッジに出かける。川沿いでは芋煮会の季節だ。9年ぶりだ。川のせせらぎ、炭の臭い、ちょっと冷たいさわやかな風、あったかい芋煮、もしかして紅葉。想像しただけでうれしくなる。うひひ。さらにおしゃれは自分で決めた服である。そんなふうに当たり前に行動できる自由がすんごくうれしい。病院にいるTくんにも落ち葉を届けようと思う。
2006.10.06
やっぱり吐いた。疲労の嘔吐だ。なかなか体力がついてこない。精神的にはけっこう回復を感じるのに、身体がまだまだである。くやしい、なさけない、がっかり、へこむ・・・・と、いろいろあるが、今回は「心は平常心」だ。修学旅行の成果である。身体の回復を待つ間というのはけっこう焦るものだ。今までは、焦りに不安がかぶさって、一気に落ち込んだ。するとなかなか嘔吐も止まらない。眠れない。ますます疲れるというわけだ。平常心で吐く、というものは最近の心境である。吐いても必ず止まるときが来る。早く止めるには悪循環に陥らないように気持をコントロールすることだ。あと半日くらい、あと一眠り、と目標をもちつつ吐くのだ。その間だけはちょっと根性がいる。平常心を保てる自分を信じるのみだ。このところ父の仕事が忙しくて帰宅が深夜になっている。夜の介護も母になって、ぶっとおし看護が続いている。それで私が吐いちゃったから仕事が増えた。とうとう母が電池切れで吐きそうになった。私の平常心が家族に与える影響は大きい。平常心は心の強さに通じる。身体の強さはいまひとつだけど、せめて心は強くなりたい。
2006.10.05
高校生活最後の後期が始まった。この日は絶対登校すると決めていた。めでたく始業式に出席した。修学旅行ぶりに会う友達だ。おんなじ友達なのに、会えたらものすごくうれしかった!3年生のクラス全部に訪問して一緒に授業を受けた。ホームルームは3組。授業は2組。給食は1組だ。今までの登校ではちらっとおじゃまするだけだっから、ひとつの時間をみんなと終わりまですごせて、超楽しかった。何しろ、一人一人のことが旅行のおかげでよくわかっているからなおさらだ。授業の掛け合いも、おしゃべりも、給食の用意や雑談も全部楽しかった。そこにいること全部が楽しかった!あ~あ、もっと早く登校できるように丈夫になっていたかったものだ。最後の学期で、しかもこれから冬なんて!しかし、ちょっと待った。欲深くなっている私に気がつく。今日の時間をよしとしないとね。102、というのは残りの登校日である。みんなと一緒に計算した。みんなはたった102と言っていたけど、私は目標を10日にした。できるかな。卒業の後社会人になる。目標をひとりひとり発表した。みんな自分の進路をはっきり希望していた。私はまだ何も描けないけれど「働いていたい」と発表した。夢を実現させるために半年がんばれと先生が話した。すばらしい人生がその先にある。学校中を歩きまわって色んな先生や生徒にたくさん会った。小学校には昔懐かしい教室があった。小さい車椅子の一年生が昔の自分に見えた。中学校では弟のことを同級生や先生にお願いしてきた。だんだん、おしまいモードになってきた。学生12年のまとめをしっかりやろうと思う。
2006.10.04
月に一度の通院日は社交場である。特に調子がよいときは、検診にきているのか、先生と世間話をしにきているのかわからないくらいだ。弟もいっしょにいくから、さっさと終わったらレストランでおやつだとか、そっちも落ち着かないで楽しみにしている。昨日はもちのろん、大阪報告会である。話をしながらまたまた楽しかったことを思い出した。ロビーで待つ間も、いろんな人に久しぶりで会って、近況報告で忙しい。入院していたときのスタッフだったりすると、元気そうだね、と言われたりしてうれしい。数年ぶりに懐かしい人に会った。マレーシアに海外青年協力隊ででかけていたYさんだ。帰国後ちょっと病気で入院しているんだって。おまけに奥さんになっていて、だんなさんと並んで笑っているではないか!マレーシアで障害のある子供のお世話をして、私のことをたくさん話してきたといってくれた。遠い国でも私の話を聞いてくれた人がいるんだ。私の話で支えられたといってくれた。な~んか、感動。べトさんとドクさんの元気な弟の人が結婚したというニュースを聞いた。お兄さんは重い知的障害が残っているので入院中だという。外国の話、発展途上の国の話、と聞いていたけど、マレーシアからメールをもらったことを思い出しただけで、どんな国の障害がある人もよい状態に近づいてほしいと思った。病院はウチから3分の場所にあるのに、世界につながる社交場でもある。
2006.10.03
臓器売買の話を聞いて超ビックリした!なんか、すごく気持悪くなってしまった。自分の体の中に他人の臓器があるというのはどんな感じか。やってみたことがないからもちろんわからないけど。体の一部がよく働かなくて手術や機械に助けてもらうというのはよくわかる。でも、どうしてもだめで厳しい病状の人ももちろんいる。何とかして助かりたいし、助けたいと思うだろう。亡くなった人の善意で臓器をいただくのがよい、とコメントしている人がいた。生きている人からの移植は家族とかに限られているそうだ。助かる道があるならなんとか助かりたいと思うだろう、私も。私の身体は作業には向かないがとりあえず生きている。かなり頑張っている。事故で腕をなくした人がロボットの腕で生活している話を聞いたとき、おおーっ!便利!と思った。なくした身体を機械で助けことはできる。でも今ある体はとりかえられない。それができたら、きっと健康な体がほしくなってしまうかもしれない。でも、それを誰かの体ととりかえて、といわれるのなら、やっぱりかなり悩む。手足ならいいけど、心臓や脳や他の大切な部分だったらということでもない。どこも同じ身体だもんなあ。病気がなおって元気に生きていきたいというのはどんな人でも願うだろう。だけどなんでもありにはできない。たぶん、そうなったらいいな、と夢で言っているときはよかったのかもしれない。人間はどこまでも欲深い生き物だ。きりがなり。いい意味でも悪い意味でも。とりあえず、今のわたしは今の身体が好きだからつきあっていこうと思っている。でも、それって、生きているという前提があるから言えるのかもしれないなあ。
2006.10.02
私はつきに一度訪問リハビリを受けている。なんと小さいときの通園施設で先生だった訓練士さんなんだ。毎月楽しみにしている。秋はよく作業療法の実習生も一緒にきてくれるからなかなかおもしろい。先日も女学生のAさんとやってきた。なんとシッシー(前回の実習生)と友達というではないか。シッシーが今、北海道実習でちゃんと生きていると聞いて安心したよ。そこへ、母の友人が訪問してくれた。なんと通園施設の同窓生である。なので、先生とお客さんと母とで突然懐かしい同総会が始まってしまった。(リハビリそっちのけではないので念のため)しゃべるしゃべるしゃべる!!!!おばさんって集まるとこんなにしゃべるの!?すごすぎ。リハビリしながらしゃべる先生もすごい。もう12年も前のことをわいわいしゃべる。今だから言えることも、そのときは気がつかなかったことも、トシとって振り返ることも。耳ダンボで聞いているうちに私もいろんなことを思い出してコーフンしてきた。あのときガマンしたこと。うれしかったこと。伝えたかったこと。リハビリしながら緊張した。やっぱ、リハビリはリラックスした雰囲気でないとだめですね~。実習生のAさんは目を丸くして聞いていたと思う。だけど、支援で関わる人は、その人の後ろにある生活や思っていることをカンジながら仕事をしてほしいと思うんだ。だから、めったに聞けないいい研修になったと思う。おばさんたちは話足りなかったようで、どうやら、まだ続きの会をやるようである。おはさん恐るべし!
2006.10.01
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