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ちょうど介護保険もいろいろかわって、軽い人は自立と判定されてサービスが減って困っているという番組を聞いた。自分でできる人は自分でやって、ということだろうか。一人暮らしの人はタイヘンそうだった。呼吸器をつけたおばあちゃんは家で家族と暮らしていた。でも月に11万円もかかるという。それでも近くに看護師さんもいなくて、家族の人がすごくタイヘンそうだった。軽い人も重い人も、家がいいに決まっている。家はまったりする時間も場所もあるからだ。好きな家族といつも一緒だし、自分も家族の一員だから家は一番おちつく場所だ。障害のある私は重い方だと思う。重いほど家族の介護が前提になっているとも思う。家族にやる気と力があれば在宅が実現するけど、全てがそうともいえない。その上で、生活以上に生きがいとか、仕事とか、やりたいことをひとつひとつ言うのは、家族に負担をかけるようで遠慮するときもある。そういうとき、家族に関係なく制度だけを利用して生活できたらいいのに、と思う。障害が重い人は、じっと生きているだけでも、人手とお金がかかっている。せめて生活のところだけでも安心できると、自分らしく何かを生み出すとか、何かを楽しむとかのエネルギーが生まれるようになると思う。だけど、重い人が安全に安心して生活するためには山ほど気をつけることがあって、それをみんなでレベルをそろえていくのは超タイヘンだ。世話をする人にとっては人の命だからだ。自分の命を自分で守るのは違う。でも、そこをクリアしないと重い人は自立なんてできないと思う。でもねえ、他人にいのちを頼むのは、ものすんごく怖いものなんだよ。安心していのちを頼める制度だとうれしい。
2006.07.31
自立支援法の調査があった。大人だと106項目も聞くんだって。そのこども版というわけで、弟と二人分調査した。弟の手帳は3年ごとのチェックがある。今年はその年だ。よくなるのもそうでないもの複雑である。知っている人は制度を使うために重めに話したりしていた。認定される度合いで私たちの生活はものすごく変わるからこれは深刻だよ。マジで。弟は身辺のことはだいたい自立ででてしまう。こだわりや対応でタイヘンなところはどうやって判定するんだろう。やっぱり見た目が客観的な基準になってしまうのはなんか違うと思うなあ。で、私である。私は身体障害の手帳を1級で持っている。1級があれば大抵の制度は利用できる。ってなことでズボラな母はず~~~っとそのまんまである。身体障害の1級はなおるわけではないのでチェックもない。だから手帳の写真もずっと小さいときのかわいい私のままである。ところで、しかしだ。これまでの間にけっこう病状もかわり、障害の様子も変化があったわけで、あらためてチェックが必要になった。自立支援法の問診はすごく大雑把で、ひとりひとりかなり違う障害を本当に正しく決めるのは大変そうだ。第一ものすごい仕事の量だよ。私たちのように自分で話せない人は、親がどう表現するかでけっこう変わるのではないかと心配だ。やる気のない親はいい加減に言いそうだ。介護をタイヘンと感じる度合いも個人差だ。そしたら、問診の時にすごくタイヘンそうに話すといいというらしい。逆に見得はって大丈夫なんて言おうものなら、あっ、そうですか、となりそうだ。だったら私の場合、嘔吐発作でゲロゲロしていて親もボロボロの時に見てもらえばいいってことか?なんか、納得がいかない感じだ。生活が本当によくなるように認定されてほしい。
2006.07.30
夏休みの登校日に行った。しかも土砂降り!たいこのコンサートだ。たいこの音は集まるとすっごく力がわく。車椅子にどんどん響く。大地のそこからパワーをもらう感じがするんだよね。みんな大地からエネルギーをもらって生きている。太鼓のリズムは外国のともちょっとちがう。N画はくに聞かせてもらったアフリカの太鼓とも違う。日本のリズムはどっしりしている。それになじむ私は日本人だなあ、としみじみするね。私の介護で身動きがとれない母は、今日をチャンスに弟の面談をセットした。移動と吸引に人手がいるので看護師のSさんをお願いした。そしたら夏休み中のこどものSくんもボランティアで私を助けてくれた。学校で初めて親と離れて行事に参加した。訪問学級の私は登校しても学校の看護師さんのお世話になれないから、いつも親がいる。本当は普段の登校日でも親がいないといいと思う。Sさんありがと~。弟の面談のおかげでたいこが聞けた。土砂降りの雨、コンサートだけだったらきっとキャンセルだったよ。あ~~~~もうけた!おまけ・なにしろ昨日は絶対着たい服があったのだ。レースの袖のついた白いブラウスだ。登校するのにはそぐわないという母とけんかした。TPOを考えてないという母は、おしゃれしすぎだという。それでも私は決行した。結果、みんなも私服で、私の服はほめられた。このバトル、私の勝ち!
2006.07.29
母の知っている人が手術をうけた。1年生の女の子だ。成功だったと聞いて私もうれしい!私が初めて手術をしたのは幼稚園のときだ。ものすごく怖くて、ないてばっかりいた。だから女の子もさぞかし怖いだろうなあ、と思い出した。母とパワーストーンをプレゼントした。手術室まで持っていってくれたと聞いて、よかったなあ、と思った。何回手術をしても、手術は怖い。治療はまだいいんだけど、麻酔で眠ってしまう間に死んでしまったらどうしよう、といつも考える。私は10回以上手術をしたけど、麻酔から起きるととりあえずほっとする。その後傷が痛いことに気がついて、寝てればよかったと思ったりするんだけど~。手術室では先生たちはけっこうリラックスしておしゃべりもしている。慣れているということだろう。でも、患者もけっこう聞いてるからね。あんまりドジな話はしないほうがいいと思うよ。先生たちの雰囲気がリラックスしていると私も安心したものだ。でも、そんな雰囲気に気がついたのはずっとあとだけどね。そういう意味ではあんまり手術の経験を増やすというのもどうかと思う。ほどよく緊張して、なおって、あ~よかった!というのがいいよ。なんか、親もいってらっしゃ~い、とかって妙に慣れて手術室に送り出すのもノーテンキだ。まあ、口には出さないけど心配しているのはよくわかっているけど。女の子は夏休みに手術をがんばって、今年は忘れない年になるだろう。元気になったら会いたいと思う。
2006.07.28
マクトスの練習をしながら、たけぽんに教えてもらったしゃべるパソコンについてKさまに聞いてみたよ。な~~んと、練習用のパソコンのなかに入っていたではないか!そこで、すかさず、積乱雲を見るときには?と試してみた。しゃべるしゃべるしゃべる!どんどんしゃべる!画面の字を全部呼んでくれるのだ。超おもしろい。私が書いた日記を読んでくれるのはちょっとてれくさい。てん、や、まる、までちゃんと読んでくれるから、わかりやすい。録音図書のテープの始まりに似ている感じだ。目の見えない人はすごいスピードで聞いているというから、これまたお試しでスピード9(最高!)にしてみた。早すぎた。たけぽんはこんなので聞いているのかな?私もほしくなった。しゃべるパソコンのソフトである。
2006.07.27
パロマの事件で会社の人があやまっているニュースを聞いた。夕張市が破綻した話を聞いた。そしたら父もつらい立場の仕事をして帰ってきた。社会人の仕事の中には、自分ひとりの失敗でなくてもあやまらなければならないことがある。自分ではそんなつもりがなくても、自分はがんばって仕事をしていても、それから、今の仕事のことでなくても謝る係りは今の人だ。社会的責任というのは時間を越えてもとらなければならない。失敗は失敗だ。あやまってもとりかえせないこともある。それでもあやまるのはあたりまえだ。正義とか、真実とか、誠意とか、が後押しすればあやまれるはずだ。父はごめんなさい係りをよくする。立場とはいえ、へこんで疲れてくるときもある。大変だなあ、と思うよ。でも責任者という人が逃げていたらやっぱりだめだ。みんながやりたくない仕事でもやらなければならないこともある。みんながやりたい仕事ばかりやっていたら、これは大変だ。お腹でこんちくしょう!と思っても仕事は仕事だ。だけど、働く人も自分の心は大切にしてほしい。身体と心はつながっている。責任感が強いのはいいけど、自分の心と体のバランスをとってがんばってほしいと思う。ごめんなさい係りの人も家族がいるし、自分ひとりの命ではないから。仕事の代わりはいるけれど家族の代わりはいないもんね。中には自分を大切にしすぎて責任も捨てる人がいるけれど、何事もバランスが大切だ。社会人が責任をもって仕事をするというのはそんなことも引き受ける厳しさがあるということだろうね。たぶん、多くのひとは大変なことが多くて、それでもいいことが少しはあるからがんばっているのだろう。だけど、パロマで死んでしまった息子は18歳だった。もう生き返らない。どんな仕事もいのちにつながっていることを忘れてはいけない。
2006.07.26
1年半ぶりにK先生の研究室を訪問した。中学生のときからパソコンのスイッチの相談をしているんだ。動けない私が自分で移動する方法を教えてもらった。電動車椅子を私の車椅子にくっつけて、スイッチ操作で運転するのだ!!!前回はまだまだ腕のコントロールが悪くて、なかなかスイッチを押せなかった。押すと離せない。疲れて吐く。と、なかなか難しかった。でも!自分で動く、という感じはまったく自由で、精神的に鳥の羽がついて飛んだ気分を味わって感動だよ~。というわけで、その後モーターが進化した話もきいていたものですから、絶対もう一回やりたかったのね。左手のひじにスイッチを置いて、オン!自分でもびっくりするくらい押したり離したりができるじゃない!運転してる感じ!方向は介助の人が電動車椅子のレバーを操作するけど、私が進みたいときに進み、止まりたいときに止まるのだ!サイコーじゃ!私は障害が重いので電動車椅子を車椅子として買うことはできない。でも、うちの近所は坂道が多いし、自転車みたいにちょっと電動モーターがあればいいのにねえ、と家族もはなしていたところだ。今度の車椅子につけられたらいいなあ、ともくろんでいる。ふっふっふっ。自分で散歩している感じなので「てくてくくん」と命名してみた。だけど、どんどんスピードアップして暴走族になるかもしれないよ。そうしたら「爆走乙女組」とでも名前をつけて組長になるかもしれない。女の子の車椅子限定である。
2006.07.25
私の詩についた曲をまとめてステージで演奏してもらうことになった!しはしでも今日は死ではなくて詩のほうです。母がやっている出前カルテットが病院コンサートをする。そこで「ひつじ」「積乱雲」「春雪」「いのち」の4曲を歌うことが決まった。超うれしい!作曲の八さんが歌ってくれる。春雪は初演だ。聞きたい~~~!だけど、病院で聞けるのは入院している人だけなんだって。ちょっとガックシだ。必ず録音してきてほしい。父は欲を出して、バイオリンをつけろ、とか他の楽器も入れてとか言っている。そりゃあすごい。誰かいたら手伝ってほしい。合奏になったらまたまたわくわくだ~!ちなみに、カルテットは“カンタービレ”という。メンバーの子供がちょうど病院に入院しているそうだ。お父さんの歌は一番効き目のある薬より元気が出ると思うよ!手術の前はいつだってドキドキものである。私も10回以上やったけど、いつも緊張した。確か手術室でも音楽があったと思う。カンタービレも手術用の歌を用意したらいいと思う。そっか、手術用の詩を作ればいいのか。いっちょ、やってみよう。入院中のこどもたち、応援してるよ~~ん。
2006.07.24
久しぶりに母がフォーラムに参加した。亡くなった私の双子の姉さんの話をしにいったようだ。色んな知っている人に久しぶりに会ってかなり元気になって帰ってきた。なかなかよい。ところで私は自分がいつ死んでしまうかという大問題をず~~~っと抱えている。考えれば考えるほど恐ろしくて眠れなくなるときがある。そうすると疲れてお決まりのコースで嘔吐発作が起きる。それでもそのことを誰にもいえなくてすごく悩んだときがあった。もちろん、今だって悩み中である。急に重い感染症を起こしてしまうし、去年は二回も危なかった。その度にこのまま死んでしまうのは絶対いやだ!と思う。まだやりたいことが山ほどあるからだ。私は双子だ。姉さんが死んで自分が生きていることがずっと不思議だ。姉さんの病気でお腹の中でまだ十分育っていないうちに未熟児で生まれた。小さかったので脳性まひになった。姉さんの分も生きて、とよく励まされる。これが嫌で仕方がない。人の分は生きられない。自分の分だって十分必死なのに!きとくになったときに、姉さんに会えるのはいいかな、と思った。だけど、だれも死んだことがないからそんなこと本当かわからない。それで死のことをみんなに聞きたかった。でも、入院中はみんなで私を生かそうとがんばってくれていたので話せなかった。第一、親が勝手にさようなら、なんていうのが聞こえて私はやっぱりいらない子なのか、と思った。うちの子でありがとう、ともいわれたけど、さようならはやめた方がいい。ついでにあんまり引き止めるのも本人は迷うからやめた方がいいと思う。話せるようにやっとなって死のことを母と話す。いざというときどうしたいかと聞かれる。そこまで聞くか?とも思うけど、親も親なりにどうしたらいいのか考え中なのだと思う。まだ私たちは死の問題を考え中である。フォーラムでは、遺族の話をたくさん聞いて、一つ一つは私もすごくためになった。死んでしまってもみんなの心の中では生きていけるというのはいい。でも、死んでしまう病気の本人がマンゾクしてさようならが言えるなんて、なかなかないのではないだろうか?さようならという言葉は言いたくない。私だったら何と言おう?何と言ってもらおうかな。~~~~うう~~~ん、考え中である。
2006.07.23
夏休み初日に体調を崩すのがジンクスになってしまった。今年はクリア!と思っていたのに~~~。なぜだか初日に嘔吐発作である。マジでとほほだ。我ながらへこんでしまった。どうして、毎年こうなのだろう。長い目でみれば体力がついたとはいえ、ここぞ!というときにまたもや沈没とは。自信を失うよ。前期の3ヶ月間、いろいろ活動できたことを思えば、評価できるんだけど、夏休みなのに~~~~!!!ほっとして気がぬけるのか、疲れがどっとでるのか、楽しみにしすぎてバランスを崩すのか、一日弟が家にいるからにぎやかで疲れるのか。まだまだ、環境の影響をうけてしまう自分が情けなくなってしまう。(でも、必ず復活するだろうという自信があるのが前とは違うけどねえええ・・・)自分の回復力を自分で感じるようになるだけ、コントロールできているということだろう。弟なんで夏休みがうれしすぎて宿題をめちゃくちゃやってしかられている。うれしすぎると暴走するのもよくわかる。う~~ん、考えていたらまた吐きたくなった。去年は夏休み初日に入院してひと夏病室だった。そんなことがないように今年は過ごしたいよ。今日はもう寝るとしよう。はあ~~~~~。気持悪い。
2006.07.22
今日から夏休みだ!ページも新しく積乱雲にしました。なかなかよい。休み中もよろしくお願いします。マクトスの練習が着々と進んでいるよ。はりつけスイッチがよいのだ。KさまとK美さんコンビのお手伝いで今回は50音の選択に進んだ。開始直後はどうも興奮してうまく脳波をコントロールできない。身体も元気なのでつい緊張の動きがでてしまう。少し疲れておしとやかなのがちょうどいいらしい。中盤、50音を二つのブロックにわけてもらった。5×5の選択だ。どうしても三つ目くらいでオンしてしまう。だから、あ・い・う、か・き・く、さ・し・すしか選択できないという事態だ。スキャンを待っているのはできるようになってきたと思っていたが、現実は厳しいなあ~。4秒で移動するところを3秒にしてもらうと、今度は早すぎ!で、次回は3,5秒で試すことにした。テンポに乗るのは音楽と似ている。始めが肝心だね。今回の成果。人の名前の始めの文字を選択する。成功!→50音に50個の用事を作ることにした。50個も言いつけられるのかい!と母はぼやく。すいませんねえ~~~~。
2006.07.21
日本画家のN画伯と日本画家のN夫人がやってきた。雫石で出張展覧会をして、仙台でも病院で展覧会を開く途中に寄ってくれた。入院していたときに会って以来だから3年ぶりだ。自宅で会うのは初めてだ。横浜から会いに来てくれるなんて。またあえて感動した。N画伯夫妻に、絵のいろんなことを教わった。寝ながらかくのにいい画材とか、紙とか、書の紙のこととかいろいろと。水張りといって和紙の作品をかっこよくする方法も聞いた。もちろん、私の作品も見てもらって画家の意見を聞かせてもらった。ここがポイント。私が思っていたことも画家としてはこうするといいよ、とアドバイスもらって、形にこだわってかけないなあ~と悩んでいたことも、かけばいいのだ!ときいて気持が楽になった。なんといっても色がきれい、と言ってもらったのが超うれしかったなあ。秋のバザーにむけて作品を作ろうと思う。サイズや色や、台紙や、額縁の話をいろいろきいているうち、絵も書も形を残すというよりは、そのときの気持や感じを紙の上にうつす仕事かなあ、と思った。うまくいえないけど、とても感覚的で精神的な仕事だ。美術の先生が、紙の上で格闘してみて、といったのはそういうことだろう。夏休みにやってみよう。 で、ようやくジェベバラの話である。画伯はセネガルの太鼓を演奏する。ジェベバラは調和のたいこ、という意味だそうだ。なんと携帯用で寿司おけにふたをした太鼓で聞かせてもらった。独特のリズムでけっこう乗れる。それにあわせて春雪をうたってみたけど、やっぱりそっちはNGであった。太鼓をしながら絵をかく画伯である。う~~~ん、クリエイティブだ!!!
2006.07.20
世の中にはすごい人がいるものだ。友達の友達は友達だ。会ったことがなくても共有できるものがひとつあれば心が通じ合う。また感動して泣けてしまった。ぶちこさんのお母さんはユミママで、そのまたともだちが私の詩に曲をつけてくれました。「春雪」と「いちご」だ。テープから流れるピアノは春にちらちら降る雪のイメージにぴったりだ。少しだけあたたかいけどちらっと冷たくてすぐにとける雪だ。すごくすごく美しくて、自然に涙がでてしまったよ。こんな美しい曲をつくる人は心も美しい人だ。「春雪さん」とは実はとっておきの音楽祭のときに一度だけ会った。ユミママがあわせてくれたんだ。静かなイメージの人だった。いっつも騒々しくおしゃべりする母とは正反対である。弱視ではっきりしなかったけれど、そこの雰囲気がすっと静かで、印象にのこっている。私の曲を作ってくれると約束して別れた。テープから聞こえる春雪さんの声は澄んでいて優しい声だった。「いちご」は実は初恋の詩で、これが選ばれるとはかなり照れる。でもあのときの複雑で、でもなんかうれしい気持がよみがえって感動しちゃった。障害があるから人を好きになってはいけないと思い込んでいた中学生の私が現れた。いろんなことを思い出しちゃったよ。病気も重かったから入院していて、それでも一生懸命好きな人のことを考えて。生きていたなあ!わたし!と今は思う。今ももちろん生きている。昔の気持も時間がたつとまた違って感じたり、歌になってもっとよく表現されたり、誰かが歌ってくれて味がでたり。詩を作ることができて本当によかったと感謝しちゃう。曲を作ってくれる人と出会うことができて心からうれしい。その曲を母に歌ってもらって、またうれしい。春雪さん、本当にありがとう!!!ものすごく気に入りました!
2006.07.19
友達家族と久しぶりに同総会をした。友達は6年生になっていいて、なんかとっても大きくなっていたよ。まあ、私だって高校3年だから、当たり前か。友達はバレエをやっている。すぐとなりでアラベスクのポーズを見せてもらった。やわらか~いい!背中の反り方は私のイナバウアーとそっくりじゃん!。ならば私も!というわけで、手の美しい形を習った。う~ん。ここはちょっと難しい。中指だけ伸ばすのは一人ではできないな。とりあえずガイドしてもらってふたりでバレリーナポーズで写真をとった。髪の毛はポニーテールでばっちりだね。ついでにバレリーナの歩き方を習った母と弟が先生を先頭に廊下から入場してきた。ドシドシしてこりゃあむりだ。でも受けた!夏にバレエ公演があるんだって。DVDを楽しみに待つことにしよう。
2006.07.18
「海の石」 海の底に眠る石はじっと隠れて潜んでいる海の深さに埋もれた闇にじっと隠れてそのときを待つたったひとつのその石はずっと変わらない真実でたったひとつのその石をずっと探すあなたを待つ 黒々とした海の底には水の流れも光もない時間は止まり無にも等しいしかしそれは たとえばのことそのように見たい人には無でしかない そこにある真実の石は可能性の深みに包まれていつからか光を放つ 石をつかみたい人なら勇敢にもぐるだろう心が感じる輝きは小さくても海底の闇を照らす道しるべになる
2006.07.17
なんか、障害の分類がついていると、それに惑わされるというか、思い込むっていうことがある気がしている。たとえば、タケポンや私みたいに視覚障害=見えない、というふうに。聴覚障害=聞こえにくい、身体障害=動きにくい、ってな具合がいつのまにか聞こえない、動けないになっていく。同じ障害でもすんんんごく幅があるのに、いっぱひとからげというか、そういうものと思われることも多いと感じるわけ。それのすごいのが知的障害だともいえる。知的障害=わからないって、ってことで、あんまり「わかりにくい」→「わかりやすい方法をみつけよう」になりにくい。知的障害が軽い弟なんかは、わかりやすい方法を考えやすいけど、重い人たちには何がいいのか見つけるのがホント大変だ。そもそも、重い人がわかっているかも、と疑うことからしてしないでしょ。だからその方法を見つけるのは海の中から一粒の石を拾うようなものだ。できれば効率よくさがした方がいいけど、さがし方だって難しい。先にやってみた人の経験を参考にしようとしたって、数も少ない。なにより一人一人違いすぎる。そんなこんなで、パソコンの方法が少し見つかった私は超ラッキーなのかもしれない。でも、運とかたまたま、だけではない。自分でいうのもなんだけど、やっぱりものすごく努力してきたつもりだ。だから簡単に「ローリエさんはいいよねえ」と言わないでほしいわけです。何かその人に合った方法があると思うんだ。知的障害が重い人は体中の感覚をものすごく働かせていると思うよ。案外言葉や知能を使う人より敏感で純粋に真実を見ていると思う。で、障害の名前から特徴を探ってよさそうな道を探すものよい。でも、視覚障害でも見えることがあるし、聴覚障害でも聞こえることがあるし、知的障害でも感じていることがある。それは病気の分類の感覚以外のところを使っている。それは海みたいな脳だし、まだ未知のことがいっぱいの海なのだ。だから、海が広すぎるといってあきらめないで、かならず石が拾える日を信じていきたい。
2006.07.16
私がなぜ自分でパソコンができるようになりたいかというと、それはもちろん自由に話をしたいからだ。私のことを正しく(正しくっていうのもいろいろ考えるけど)わかってほしいと思うからだ。というのも、話せない時代はすごく障害が重いこどもの分類だったから、何もわかっていないと多くの人が思い込んでいた。目の前の人が何もわかっていないと思うことは、その人がいてもいなくても同じということになる。だから実にいろんな人を見た。私をモノのように扱う人、他人の悪口をここだけの話ってぶちまける人、悩みを語る人、弱いものをいじめる人、人のものを勝手にいじる人などなどだ。その、同じ人が、私と親がいるときにはすごくいい人になっちゃったりするから、私は、どっちが本当のその人か迷った。そのうち、大抵は信用できなくなった。そして、最後は、人そのものを信じることができなくなって、そんな自分が悪いとうつになった。一番悲しかったのは、信じていた人が誰もいないときに私をつねって、親には気がつきませんでしたとうそをついた事だ。二番目は目の前でいじめられている弟を助けられなかったことだ。両方とも、私が何もわからないと思っていたか、私の存在にも気がつかなかったかだろう。どっちも、私には何もできなくて悔しくて泣いた。人が見ているから正しい行いをするのを正直とはいわない。私がいてもいなくても、正しい行いには本当は関係ないことだ。なぜだか、私がモノをわかるとわかったとたんに急にちゃんと対応してもらえることもくやしい。複雑だ。大人の世界にはホンネとタテマエが存在することがよ~くわかったけど、障害と見た目で存在を無視された悲しみはずっと胸から離れない。それに、本当に正直で心が美しい人はけっこう少ないこともわかってしまった。モノだった時代には人のホンネが見えて便利だったのかもしれない。本当に信じられる人がよくわかったからね。でも、もし、タテマエの部分だったとしても、誤解があるなら話すことでもっとよく知ってもらえるだろう。私のことは私が言わなくてはと思っているんだ。だからパソコンをがんばりたい。見た目で分類してまとめないでほしいんだ。一人一人ちがうんだ。
2006.07.15
マクトス開発の会社はテクノスジャパンというのだけれど、なんとまあ!開発のエライ人からメールをもらった。マクトスは始めのコツをつかむと飛躍的に上達するんだってよ!やる気モリモリである。さすがKさま。なにもかもKさまのおかげだ。足を向けて寝られない。一応ベッドの方向はKさまの家を避けているからね。きのうはすっかり元気になったところではりつけスイッチでふたたびマクトス練習をした。県のITサポートセンターの人もやってきておじさん三人が集まってさっぱり冷房がきかなかった!暑い!おっと、Kさまはお兄さんということにいておいてあげよう。お世話になっているもんで。今回は私のリクエストで用事の項目を2回繰り返して読み上げてもらうようにしたおかげで、かなり確実に選択できた。吸引はかなりバッチリだ。これだけでかなり安心したよ。ほっとした。私が一番やりたいのは50音で会話をすることだ。50音のあかさたなに行く前につい用事の項目で選択してしまう。今度は会話・会話・会話、と3回くらい選択のチャンスを与えてもらおうかな。ちょっと前は1・2・3とカーソルの移動を数えるだけでスイッチオンしてしまってドツボにはまった。おかげで50音の後ろの方をなかなか選べなかったわけ。なぜだか、今は待つのはうまくなったけど、項目のすぐ次のカーソルにはちょっとまにあわない。後ろの方だとつい早めにオンしてしまう。センサーの感度は変えていないというから、私の問題だなあ。小さいパソコンを頭の近くにおいてもらったので画面が見えた。字は見えないけど、カーソルの動きはわかる。でも、だいたい覚えてやるからいらないかも。なにしろ、でんのしんのとき、つい腕のよけいな動きでパソコンをぶっ飛ばして怒られたもんで・・・。反省。お~い、○子!と母を呼ぶのは2個作ってもらった。なかなかよい。そのあとに「な~~んちゃって!」があったらどうだろう!(母にはゲンコツか!?)。そのまた次に「ごめんなさい」もあればいいんじゃない?マクトスいたずらモードだ。・・・・これじゃ売れないか。使用者は喜び、介助者からクレーム殺到。でも使用者だってたまには遊びたいよねえ!
2006.07.14
発作で吐いている間にトラブルもひとつひとつ解決した。何事も谷あり山ありである。困ったときはヘルプである。助けてくれる人は現れるのだ。ストライキの吸引器はバッテリーの寿命だった。よく調べたらもう5年経っていた。かなり酷使しているからよく働いたとほめてやりたい。宅急便でさっそくバッテリーが送られて来た。業者さんが点検しながら交換してくれると思っていた母はうろたえた。器械にからっきし弱いからである。そこへタイミングよく酸素やさんのマッシー登場。酸素つながりで呼吸つながりで吸引器ってことで交換を頼んだ。当然バッチリ復活した。困ったときのマッシーだ。ほんと助かる。マッシーは酸素やさんになったばかりの青年だ。さわやか系で明るいしやさしい。バレンタインに一粒チョコをちょこっとあげただけなのに薔薇の苗をお返しにくれた。超感激だ。ベッドからすぐ見える庭に植えたら、今年はいっぱい咲いた。薄いオレンジの小さいけどかわいい薔薇だ。ちょうどスロープの脇なので、液体酸素のでかいボンベをゴロゴロしながらでも見えるわけだ。マッシーは若いけど、重たいボンベを一日に何度も運ぶから、母とは腰痛仲間だ。会社には是非リフト車を買ってあげてほしい。社長、是非お願いします。大阪のホテルに酸素を届けてもらうことにした。飛行機の中に持っていく酸素ボンベの相談も始めた。酸素を持っていると旅行は何かと手続きが必要だけど、一度成功させればへっちゃらだ。飛行機用の吸引器も病院から借りることができた。な~~~~んかラッキー続きだ!これからは酸素を持っている人もバンバン旅行した方がいいよ。福島にいけたわけだから次は大阪。そしたら沖縄。そしたら北海道。そしたらタイ。そしたらドイツ!というわけでいきたいところがいっぱいあって大変なのである。
2006.07.13
おまたせ~!バッチリ復活しましたよ~ん。今回は重かったけれど速攻でジスロマック(抗生剤)とダイアップを使ったおかげで回復もよいです。ジスロマックの1回目は見事に吐いて怒られたけどね・・・。腸ろうに注入しながら胃ろうを開放するという裏技効果で4日で復活は結構新記録だ。思い切って授業と入浴も全部キャンセルした。これはちょっと迷ったけどいい判断だったと評価している。さて、復活記念に今日は明るめの話題からいってみよう。おしゃれ話だよ。年々夏のバーゲンが早くなるけど、今年は初日から吐いていたのでどうも気分がのらなくて・・・・。でもしっかり希望どうりをゲットしてきてもらった。ぬかりなく。時間差だが、今になってうれしくなってきた。母もなかなかわたしの好みがわかってきた。よしよし。ここまで時間がかかったよ~。すでに大阪をめざしてかわいめをチェックしている。うすいグリーンのレース模様Tシャツは超気に入った。伸びるしリボンつきだし白と緑のビーズでできたブレスレットにぴったりだ。これは退院後初めて外出したとき空港の売店で買った記念品だ。空と飛行機につながる思い出がもうすぐホントになるんだから感激だよ。ほんとおしゃれはいいよねえ。いっぺんで元気になる。私のことを話したら、お店の人も一生懸命選んでくれたというから、その店にはぜひとも今度行かなくちゃ。大阪は勉強だから私服といってもどれくらいの私服がオッケーなのかちょっと気になる。せっかく行くのにダサ服じゃあ盛り上がんないよ!
2006.07.12
とほほ、風邪らしく今回は重めの嘔吐発作である。胃ろうを開放して圧を抜いている。久々に嘔吐顔面キャッチをしてしまった。悲しい。ブログはちょっと休みます。更新してもしなくても心配かけるけど、まだ入院してないから皆さん安心してね。
2006.07.10
大阪プロジェクトで修学旅行の計画が着々と進んでいる。が、こっちもトラブル発生だ。私が使っている吸引器は飛行機に乗れない。使用不可だ。訪問看護ステーションから借りているもの乗れない。吸引器を何とかしなければ私も乗れないのだ!どこかでレンタルしていないか。誰か貸してくれないか。それにしても、何が理由で、いいのとダメなのがあるんだか、そこを知りたい。だれか知らない?飛行機会社でも違うとか。なんでだ!もし、どこにもいいのがなかったら新しく買うのだろうか。飛行機のために!とっても変だ。だったら飛行機会社でレンタル用も用意しておくといいのになあ。どうしても自分のがいい人とか、自分にあったものしか使えない人とかは持ち込んだらいい。たぶん、私はなんでもいいよ。吸引ができさえすれば。飛行機はいろいろなことを準備しないと乗れないのはわかる。空の上だし、密室だし、気圧が違うし、すぐ降りられないし。安全のためには細心の注意がいる。酸素も必要だし、ボンベもいろいろあるから私のボンベでいいかどうか相談中だ。バクハツしたら大変だもんね。飛行機にのっているのはたったの1時間半だ。その間、吸引しないように、息をしないでいるっているのができればねえ!
2006.07.08
母が弟の通院で留守の間、看護師さん二人と入浴した。・・・する予定だった。そしたら吸引器が突如ストップして動かなくなってしまった!トラブル発生だ!(汗)訪問看護ステーションから遅れてきた看護師さんが速攻でステーションにもどり、レンタルの吸引器を貸してくれた。そんなときに限って母に電話してもつながらないんだ。運転中だったらしい。留守番の看護師さんはベテランで、即、対応を考えてくれた。一番早い方法で安全に対応してもらった。よかった。さすがである。シグナルは何かの形で出ているものだ。吸引器の不調だって、あれ~?、何か変だねえ、と言っていたじゃないか。対応するのが遅いんだって!予備の吸引器の置き場所もちゃんと連絡しておかないとだめだよ。まさかのことは急に起こるものだ。そのときはみんな焦る。後からほっと胸をなでおろしたが、そのときはみんな殺気立った。ちょっと怖い感じだ。それでも、落ち着いて考えて判断して行動してくれたみんなのおかげで解決した。ありがたい。私はただ焦って待っているしかないのだから。9月の大阪までに直そう、というのが早くなって良かったということにしてあげるけど危機管理は絶対必要だよ。いろいろ反省点が出てきて二度目はないようにできるだろう。予備の予備の予備まで考えるときりがないけど、ぜひともお願いします。
2006.07.07
二週間ぶりにマクトスの練習をした。おでこにはりつけるセンサーが届いたのだ。ごつごつしたヘアバンドがおでこにあると思うとついつい緊張して大あばれだったので、ぴたっとくっつく今度のセンサーは優れものだ。ずれない。とれない。痛くない。オペレートナビの中に「用事を頼む」ところがある。パソコン王子Kさまが、私にぴったりの単語をセットしてくれた。吸引して・注入・トイレ・暑い・体位交換・おい!N子!(母のこと) などだ。スイッチオンがうまくいかないときのことを考えて、吸引・吸引・注入・注入と二回ずつ読み上げてもらうようにした。いいよ~。これ!試しに吸引を呼んでみた。できたできた!めでたく吸引してもらった。吸引する?と尋ねられてハイというのと、自分から吸引してと頼むのでは全然違う。すっごく自由だ!まあ、マクトスをセットしてもらって、スタンバイしてもらわないとできないわけだが、それでも全然ちがうよ。うれぴい====!私の印象だけど、障害が重い友達の中にはもっとパソコンが利用できそうな人がいっぱいいる。でも、私もそうだけど、まず試してみようと思うまでに壁、どれにするかを見つけるまでに壁、スイッチをどれにするかに壁、練習できないのが壁、・・・・・というわけで壁だらけだ。そうそう、返事をする練習をしておかないと。これも大きな壁だ。母はせっかくマクトスが家にあるのに電源のつけかたからしてチンプンカンプンだ。KさまやボラのKちゃんがお手伝いしてくれないと「は?????」だ。練習を助ける人が絶対必要。だからIT支援なのだ。私はここまで5年もかかったけど、なんとか道が開けそうで超うれしいよ。絶対一人で会話できるようになってやる!ところでマクトスってなんでマクトスという名前なんだろう?気になる。
2006.07.06
大阪プロジェクトが進行中だ。訪問学級の私は、元気なみんなとは別コースを考えている。ちなみに、みんなは大阪から京都まで行ったり、一日にたくさん移動して見学したりと盛りだくさんだ。体力があるって、いいな~~~、という気持は置いといて、私しかできない大阪計画を充実させるよ。ものすごくあっついところらしいから、行動は夜とか、建物の中とか、温度対策は私には最重要課題だ。脱水は怖い。なので、ひょっとしたらみんなが夕食を食べるような時間にす~~~っと出かけたりするかも!修学旅行で夜遊びはまずいか?大阪は食の街だが、あんまり食べられない私は文化で勝負。ってなわけで与謝野晶子について勉強している。晶子さんはすごい作品をたくさん残している。作品は現代の今でも今の人の感じる感覚の中で生きているのがすごいことだ。音楽や文学や美術は、鑑賞する人のありかたで時代も越えるのがすごい。いいものはいいのである。晶子さんの時代からはずいぶん時間がたって、街のようすもかわったことだろう。でも、土は同じだ。ここで暮らしたんだなあ~と考えるだけでなんかロマンだ。大阪に行ったら詩も短歌も作ってみようと思う。
2006.07.05
昨日NHKのクローズアップ現代を見ましたかい?おもしろかったダスね。おっと、つい、ぬまドン語がうつってしまったダス。え=っと、ちょうど障害者の自立支援法の話題でした。障害が軽い人はジョブコーチをつけてどんどん一般就労を進めるのを助けるんだって。でも、障害が重い人にとってはけしてよくなったともいえないらしい。施設へ行くのが社会参加だったのに、利用料を払うようになって、もともと収入が少ないのに、いっぱい払うわけだから大変らしい。なるほどダス。蔵王のおとうふ作業所の人が、障害がある人の生活一つ一つのこだわりを確認してあげるかかわりでその人は落ち着いて仕事もできるといっていた。弟もそっくりだ。気になることがあると、毎日のひとつひとつがいっぺんにできなくなる。仕事につくには技術を練習するだけではなくて、そういう、関わり方のコツもある。それを一般の会社の人みんなにお願いするのは競争社会だから難しいのでは?といっていた。そうだよ。みんな理解して、みんな配慮して、みんな協力してくれたらハッピーだ。でも、そんなの理想論じゃない?結局、障害のある人の方が、一般の世界に合わせることがずっと多いだろう。番組ではなにが自立かまとめていた。生きがいを持って自由に暮らすことだそうだ。そんなのあたりまえじゃあああああああん!生きがいもみつけにくいし、自由にもなりにくい!それにお金も絡むから複雑ダス。う===ん。私にとってはタイムリーな番組ではあったけど、やっぱり、なんでも数が多い人=ってことは障害が軽い人のところから社会はかわる。障害が重い人は数も少ないし、自分でも言いにくいからついつい後からついていくことになる。ついていくというより、そもそも発想が違うこともあるんだから、私たちの自立とか仕事とかについては、やっぱり自分で言わなきゃ伝わんないのかもダスネ。(も~~~!ダス語がすっかり頭についてしまったダス~)
2006.07.04
な~~んと、私のイラストを作ってもらった!製作者はイラストレーターぬまどんである。ぬまどんにまだ会ったことはないのだけれど、ぶんぶんさんの友達なのである。だから友達の友達はもう友達だ。なので、もうわくわく隊員の資格アリだ。こんなにかわいいか~。ちょっと、かなり、すごく、照れてしまうよね。すご~くうれしいものだ。イラスト入りのTシャツも作ってもらった。まずは今日の授業で着ることにした。ちょっと自慢か?へっへっへっ!ぬまどんはパソコンでイラストを描いてしまったそうだ。やっぱりプロの仕事はすごいと思う。イラストレーターもカメラマンもものをよく見る仕事だ。だた見るだけではなくて、よくよく見て、そのものの真実を見ようとする目があるに違いない。私に会ったことはなくても、きっと私のイメージを感じて絵を描いてくれたにちがいない。だからかわいくできたんだよね!ふっふっふっ。ぬまどんとぶんぶんさんありがとう!
2006.07.03
母の腰がまたミリッとなった。ぎっくりの小さいやつだ。私の首を持ち上げたときついぐっと後ろに反ったときだ。申し訳ない。でもしょうがない。どうしたらいいだろうねえ。たなばたに若返りと書いた母は、最近の言動に若さが減った。(本人はガイドしながらかなり抵抗しているけどね)ぎっくりは年に一度はやるのでホント気をつけてほしい。男チームはかなりよく働いた。夕食は冷やし中華を二人で作った。口が達者な母はそこだけ元気だ。なかなかいいチームワークだったと思うよ。弟に絵本を読んでもらって早く寝た母が今朝は復活してきた。もうかさかさ仕事をしている。お風呂までみがいている。なにしろカビハンターの母は低い目線で見てしまったのだ!雨の日はカビ掃除にうってつけなんだって。昨日がんばった弟は、そのせいか今日はお疲れで朝からめそめそだ。家族のバランスはちょっとしたことで変化するもんだ。
2006.07.02
久しぶりにオタカさんとリハビリをした。オタカさんは地域支援療育等事業で月に一度訪問してリハビリをしてくれる。私と同じ高校生のおかあさんだからイマドキの女子高生の話がおもしろい。このところ側湾のせいで背中がとても痛む。イナバウアーも90度でずっとやってると腰にくるよ。腰が曲がると首も後ろに強くそってしまうので、肩もこる。入浴ストレッチャーに上半身を乗せると下半身がすべり落ちる。なので最近の入浴は「足押さえ係り」が必要だ。オタカさんの手はゴールデンハンドで、しゅわわーっと体の力がぬけて、まっすぐになる。まっすぐ伸びるとけっこう身長が伸びたことを実感する。足が遠いからねえ。一瞬とはいえ、体がまっすぐになるのはとっても気持ちがいいよ。久しぶりに座位をとった。起き上がるのは大好き。ただし、重力でどんどん腰が痛くなるので15分くらいが限界だ。みんなの顔がちゃんと見えるからいいカンジだ。でも、いつもより早く気持悪くなった。どうやら側湾の変形が進んでいるらしい。ちょっとショックだ。何もしなくても、何かを考えただけで身体に力が入るのが脳性まひだ。実にムカつく障害だ。勝手に動くのがほんとやだ。楽しいときも嫌なときも、自動的に緊張が走る。もうさ~。いい加減にしてほしい。そしたら母が、アルコールでふにゃっとさせるのはどうだろう?と言い出した。まだ未成年だっていうのに。みんなに聞くと、けっこう高校生で飲んでいたとか。いいのかい?アルコールは20歳からというではないか。注入すれば、という母。やっぱり味わわないと、とオタカさん。確かに宴会で大人はお酒が入るとバカに陽気になるしリラックスしてる。気分もよくなれば身体もリラックスするだろうかねえ。なんでアルコールは20歳からなんだろう。20歳には試してみたいと思うけど、それまで側湾を進まないようにする方法も考えなきゃ。それまでにアルコールの効果について研究することにしよう。誰か教えてくれない?
2006.07.01
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