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社会人になって一度はやってみたいこと。髪をきれいな色にしてみたい。なんちゃって、実は高校生のときこっそりやったんですよ。ばれてたか?パーマは寝癖ってことで校則違反もクリアしたようです。一応、反省したフリをして告白します。晴れて、どんな色にでもできるぞー、と思うと、いろいろ悩むところである。トッシーのお友達がカナリアのしっぽみたいにきれいな色をいっぱい染めたというではないか。母大喜び。それがいい!と盛り上がっている。言っとくけど、私は一言も言ってないのだ。今のところきれいな明るい茶色をメッシュにしたいなあ、と考えている。立てロールがふわっと見えるといいなあ、と思ってるんだけど。どうかなあ。でも、実は、カナリアもちょっとは気になっている。トッシーか師匠か、母に、ためしてもらってナイスだったらやってもいいな。ちょっとホンモノを見てみたい。カリスマ美容師のマーガレットさん、写真持ってないかな?
2007.06.29
ついにやったよ。パソコンのマクトスで「うみ」の入力大成功でっす!やったよ。超うれしい(号泣)それというのも新兵器のおかげである。今まではおでこにセンサーを固定するのが難しくて、いつもおさえてもらっていたのです。どうも気になって集中できませんでした。めでたくシールタイプのセンサーを買ったので、段違いに快適になった。おでこにピッタンコと貼り付けるので動いても平気。おさえもない。というわけで、脳波もバシバシうまくでるし、ついついにやけてしまいました。ひっひっひ。「うみ」の入力への挑戦は3回目。1回目は「う」だけ成功。2回目は全滅。そして3回目だ。トッシーも母も、つい興奮して、そこっ!とか次々!とか、うるさいって。でもまあ、ギャラリーの応援でヤルキも出るね。ゴルフのはにかみ王子の気持が少しわかる。できれば「お静かに」カードを出したかった。次は「ゆき」なんだよー。意外と「ゆ」が難しい。でも待つタイミングもだいぶわかってきた。今度は絶対やってやる。トッシーは楽しく練習できるのをどんどん考えだすのが超得意だ。新たにスーパートッシーと名づけることにします。楽しいアイディアを次々出してくれる救世主だ。改めてじーんとしちゃった。ほんと、うれしいよ。さっそく師匠ととってきた写真をわたしの曲「空」のスライドショーに入力してみました。なかなかよい。自分たちでとってきた写真だから作る喜びっていうのがある!ちなみに別の曲に写真をつけてみたら、どうもイメージが違った。なので、曲にあわせて写真を選ぶのが肝心だ。たぶん映画なんかを作る人たちはこんな風にイメージ通りの写真や映像を求めてこだわるだろう。こだわっただけ、イメージどおりだとうれしいに違いない。
2007.06.28
わたしは朝一番でブログを書きます。毎日ここでしか書かないので、長い一日、けっこう明日は何にしようかな~って、考えてんの。寝起きの母は昨日みたいな話題だと重すぎるとか危ないとかいろいろぼやいて筆記ガイドをしています。一応わたしだってヘンなことは書かないようにしているつもりなんだから、モンク言うな!という感じだよ。ところで、価値観みたいなビミョーな話になると、ひとつの話を聞いても感じる方もいろいろで、あんまり歓迎されない場合もあるんでしょうね。コメントを書くのもけっこう勇気がいることみたいですし、いつかみたいに議論の方向が別の方に進んでいくこともあるしね。自分と違うものを受け入れようとするとき、大抵はわからないことが多くあります。自分と共通点があったりするとなんか、嬉しくなるし、知っているところからもっと仲良くなったりします。そのやり取りの中で、相手がどんな人なのかな?と知っていくのはなかなか面白い。自分の興味と相手の興味がピッタリすれば気があうけど、だんだん細かいところで違いがわかってきたり、考え方のタイプがわかったりするとその人との距離がきまってくる。いつも自分を基準に距離を測る人も、相手に合わせていく人もいますね。空気を読んで距離感をつかむのはすごく難しくて抽象的な作業だ。たとえばお年寄りに席をゆずって大抵は喜ばれるんだろうけど、たまに、年寄り扱いしたと怒られるときもあれば、なんで譲らないんだと怒る人もいる。世間の価値観ではお年寄りには席を譲る、という常識があっても、一人一人の感じ方によっては当てはまらないこともある。障害がある人には常識的にはやさしくしましょうとか守りましょうとかいう価値観がある。けど、それはそのまま障害がある人が何にもできないから守る対象のまとまりというわけでもない。わたしは何か手伝うことは?と聞かれることは黙っていられるよりうれしいし、確かに不便なところは手伝ってもらいたいからそう伝えたいかな。何で聞いてくれないんだ、とか、障害者に譲らないなんてと怒り出す人は障害に甘えて自己中になっている人だと思う。そういう人の行動が逆に障害がある多くの人のイメージまでかえたりする。やだな。自分はそうだけど、よく聞いてみると、人によっては、障害のことを聞かれたくないという人もいた。だったら、みんなは外から見てよくわかんないからとりあえず気を使って聞かないことになるんだろうか。なんだかなー。聞かなきゃわかんないのに。でも、根掘り葉掘りっていうのもいやだな。ちょうどいいのがビミョーだ。聞かれないのにせっせと自己紹介するのもすごくへんだし、そんなこんなで、いつまでたってもフツーの人になりにくいのである。とりあえず、わたしは、何を聞かれてもいいし、おじさんでもおばさんでも、子どもでもだれでも好きなのであんまり相手の見た目とかは気にしない方です。ただ、相手の作り上げたイメージで決められてしまうのだけがいやです。・・・と、このくらいいっておけばいいかな?あとは目の前にいるその人とちょうどよい距離が生まれていくことでしょう。けっこう執着しないし、さっぱりしている方だと思っているんです。性格かな。性格と価値観も関係しているね。たぶん。
2007.06.27
22日に子どもは親の価値観にすごく影響をうける話を書きました。親がどのような気持で子どもを育てるかはまったく親しだいです。その時点で子どもの意見を聞いてもらうチャンスはあんまりないでしょ。さらに、生まれる前から病気の子はいらないという人もいるわけで、健康な子ならほしいけど病気の子はいらない、という悩みに本人は参加できない。じゃあ、どこから参加できるんでしょう。本人の意思はいつから尊重されるのでしょうね。病気の子は生まれても、病気で苦労するからかわいそう、というのが理由のひとつによく聞くことです。病気や障害がある子どもがかわいそうかどうかは本人がきめればいいんじゃないの?と思う。まあ、苦労は多いけど、けっこう楽しいこともあるし、ある意味障害に慣れると、そのことで得したりすることもあるし。そんなにみんなと違わないと思っている私は、みんなと同じようにかわいそうなときもあるしそうでないときもある。ただし、そこに行き着くまではやっぱり親や周りの人の価値観の影響を受ける。親を自分で選べない、子どもの時期は何かと大変かもしれません。親の価値観を近くで見ていても、同じように思う場合もあれば、反発して全然違うことを信じる場合もある。どっちにしても親の考えを基準にしなくてはならないのはしょうがない。もちろん親がいるおかげで生まれてきて生きているわけだ。そこは感謝している。でも場合によってはとんでもない価値観の親の元に生まれることだってあるし、子どもだとそこから逃げられないから苦しむだろう。自分の苦労を思うとき、なんで生んだんだ、と親を責める気持になることもあるだろうね。でも、どんな親でも自分とは別の人間だ。自分の価値は自分で決められる。決めていいのだと思う。そういう時は、必ず別の道があるんだからきっと大丈夫だ。病気や障害がある本人たちが、やっぱり自分たちは不幸で生まれない方がよかった、といえば、生んだ人も自分が悪かったと思うだろうし、周りでよく知らない人はもっとそうだと思うだろう。本人たちが、堂々と楽しく自信を持って生きれば、みんなも、あら、そうだったの、と思うのでは?実際そうなんだから、そうなんだけどね。ただし、苦労を乗り越えて明るく生きるのは偉くて、美しい、感動がある。といういう方向へ行きやすいのがちょっと微妙だ。その次に、私たちにはとってもまねできない、という気持があるときは。結局、やっぱり、私たちとは違う人たち、となってしまう。感動して、やっぱりわたしと同じだね、と思ってくれるとうれしいんだけどな。みんなと同じように怒ったり、悩んだり、笑ったり、ねたんだり、むかついたり、悲しんだりしている普通の人間だということを伝えたい。でもその思いの前に、時代の価値観や偏見が、見えないようでいて、やっぱり立ちふさがっていることがあります。私はわたし、というのは超普通のことだと思うのに、見た目や障害にくっついてくるものがお荷物な時がある。難しい悩みです。
2007.06.26
だんだん暑くなってきまして、ベッドの上は超暑いです。背中が暑くて暑くて、ムシ焼肉の肉の気分だ。といっても、裏返しにしてもらえないので、常に片方だけ焼く厚切りの肉だ!暑さ対策、なんとかしてほしい。ところで。そろそろ日差しが勢いを増してきた。夏の強さになってきた。カーテンのすきまの明るさは矢のようだ。ぐさっとくる。目にささる。窓からみえる緑の影もややくっきりしてきて、その分光の明るさが目立ちます。師匠なしの福祉センターで例のことをする前からすでにテーマは決まっていたんだけど、それを内緒にしながら決行するのはけっこう大変でした。例のこと、というのは、和紙を折って色を染める「折染め」である。私はこれが大好き。でもまあ、準備もけっこうたいへんだったりするので、あんまりしょっちゅうはできない。なぜ、テーマを内緒にするかというと、それを前もって知らせてしまうと、活動を一緒にする人のイメージが影響してしまうんだ。たとえば「新緑の風」などと伝えると、その人のイメージと色が選択肢に知らず知らずのうちに増えてしまう。知ってた?そこで、今回は緑のイメージと言っておいて、実は緑のすきまからさす夏の光だったんです。当然黄色がメインになった。色をサンプルに出してもらって、番号をつける。それに舌でサインをを出して選択するわけ。折った紙は三角だったり四角だったりするので、手伝ってくれる人のセンスによる。角に色を決めるのは私なのでせっせと黄色を選んだ。師匠のピンチヒッターのフラワーさんは、私が黄色をいっぱい選んでいるのをちゃんとわかってくれましたねうれしかったよ~舌を何度も出すからけっこう疲れるんだけど、ぱたぱた折りたたんだ紙を開くときがわくわくで最高。きれいなんだ。どれも。みんなでたくさん染め出した。全部違う。そこがいいんだよね。センターの一人ひとりのイメージで模様を選んでメッセージをプレゼントしました。師匠は一番はではでの赤に「わっはっは」です。ほんとおもしろかった!今日の写真はベストワンです。光の黄色と葉っぱの緑の境界が混じっているところは、緑と光の勢いが一緒になって方向性をもっているイメージどおり。形のある緑と形のない光だけど、どっちも夏にむかう生命力のパワーをためている。だから「わきあがる」なのです。
2007.06.25
松江というところから手紙がきた。しかも~市~区だけで届いた!スゴイ。郵便局の人が調べてくれたんですね。ありがとう。松江の山陰中央新報を読んでくれた人がなんとお便りをくれたのだった。ひえ~!スゴイなあ。何しろ、松江ってどこ?から我が家は始まる。あっちの方、というのは知っていても、くわしいことは?なのだ。当然私も全然知らない。ってことで、地図を出して勉強しました。島根県の島根半島の出雲平野のところだ。島根県は宮城県からはすごく遠い。しかも日本海の近くだ。どんなところかなあ、とまたまた想像しました。お便りをくれた人はなんと60代のおじさんである。父より年上のおじさんからお便りをもらってなんか照れるし、どんな人かなとか、いろいろ考えると面白い。あっちの方だった島根県が具体的になってくる。新聞はすごいし、新聞の先には必ず人がいるんだなあ、と思った。記者さんがいい文章を書いてくれたから、読んでくれた人の心にとどくわけだ。それぞれは全然知らない人どうしなのに、ことばが人と人をつなげるわけ。やっぱりことばを大切にしていこう、と思った出来事です。
2007.06.24
今日は朝からめちゃめちゃいい天気です。どうやら30度になるらしい。ひえー。っちょっとつらいな。でも今日の福祉センターには行くよ。なんと言っても例の事を計画しているのだ。師匠がお休みなのは残念だけど、師匠なしで通う日もあるだろう。こういうときはセンターの職員の人とナカヨクなるチャンスである。で、行ってきまーす。今日の服はローラアシュレイのTシャツです。るりりんさんとメールでローラの話をしたから今日はローラの日。
2007.06.23
あっというまに77777は過ぎてしまったみたいですねえ~。残念。何でラッキーセブンって言うんでしょうね。なんでもそろうとうれしいんでしょうかねえ。それはさておき。母の友人がやってきた。おばさん二人はしゃべるしゃべるしゃべる。次から次へとよくまあ小さいときも幼稚園の先生としゃべりだすとなかなか終わらなくてあ~あ、と思っていましたが。あ~あ、面白かった。同じあ~あ、でもだいだいぶ意味が変わった。障害がある子どものお母さんどうしだと、子どもの話で実に盛り上がる。障害は違うけど子どもの障害を受け入れてその気持を乗り越えるまでには人それぞれにいろいろな思いがあるものだ。昨日のお母さんは悩みをお父さんととことん話して、すっと立ち直ったという。1年くらいだったという。1年が早いのか遅いのかわからない。障害の種類や重さによっても違うだろうし、どんな風に生活しているかによっても異なるでしょう。母の場合は私の姉が死産だったから、超小さかった未熟児のわたしの脳の写真を見て、これならなんかあっても不思議はない、なんてことを言っていた。まったく。人の脳なのに。生きているだけ、まし、だったってことか。生まれる前から障害がある場合や、お産が障害の原因になる場合や、あとから障害がわかってくる場合や、元気だったけど事故で障害がのこる場合や、もう数えたら原因はものすごくたくさんある。でも、どの原因にしても、子どもの人格を尊重できるかどうかはあんまり病気には関係ないことなのではないだろうか。すると、原因なんてあんまり関係ないってことにもなるんですけど。健康な子なら好きになって、障害がある子は好きになれない、というのはその子どもをとりまく人たちの価値観にすでに左右される。とりまく人たちがどのように考えて、育ってきたかによって180度違うことになるだろう。すると、そのとりまく人たちを育てた親がどんな価値観で生きているかがこれまた影響しますね。その価値観の中に、障害者はきらい、という個別のものがあるかどうかよりも前に、人間の人格をどのように認めるかという、大きな価値があるわけで、そこが愛情や自信に満ちていれば、別に病気や障害なんて小さいことになるのではないかと想像するわけ。もうとっくに死んでしまった親の親の親の親なんて、どういう歴史だったかわからないし、その時代のこともわからないけれど、時代の常識とかみんなの普通の考え方はどうでも、目の前の子どもの人格を認めるかどうかは親になる人の責任なんじゃないの?と思う。二人の親はかなり価値が似ていて盛り上がっていたけど、障害も病気も程度も生活も違う。でも、なんかみている方向が似ているような感想をもちながら聞いていた。おなじ病気の家族でもまったく違う価値観の人たちも知っている。私自身、ゆるりと、障害別に家族のまとまりや価値観ができていくことを思っていた。同じ障害だと共感する部分は多くてもそれだけでもない。だから肢体不自由と知的障害は違う、なんて簡単にいってはいけないなあ、と反省したよ。それって、みんなが理解してくれないと悩んだふりして、偏見をもっているのは自分ってことになりますよねえ・・・。
2007.06.22
おおーっ!もうすぐ77777番目の訪問者がやってきますね。いったい誰なんでしょう。たぶん今日だよ!めでたく自分だった人はぜひメールを出すっていうところに知らせてください。なんかラッキープレゼントをあげたくなっちゃった
2007.06.21
はりきる弟が何でもできる気持も拡大してどんどん自分で行動するようになった。それはそれでいいことだけど、自己判断が危険も呼ぶ。アルミ缶のお茶にふたをしてレンジでチンしていたのだ。ヘルパーさんも母も私の入浴介助中のことである。危機一髪で気がついた母はトリハダ。私とヘルパーさんも、寒くなった。缶はものすごく熱くなっていた!爆発するかもという危険は弟にはわからないよね。そしたら昨日、渋谷の爆発事故が起きた。映像で見るニュースに弟はけっこうビビッテいた。規模は違うが、危ないことにかわりない。実にタイムリーであった。母はその事故でかえって爆発への心配を思い出して、恐怖が増幅しまったようである。神経がぴりぴりしている。ため息多いし、足音大きい。(は~)←ほらね。家でアルミ缶のふたつきを買いおきしたのはもしかしたら初めてのこと。弟はふたつきチンの恐怖はまだ知らない。そこで父と母では対応が分かれた。父→アルミ缶はもう買わない。母→レンジの使い方を教えよう。危険をのぞくのも安全な対応を学ぶのもどっちも必要だ。こんなときに二人の性格の方向性が出る。やっぱり二人いてちょうどいいみたいだ。爆発事故はアムウェイ社の近くみたいだ。いつもなら遠くの事件が身近である。亡くなった人は本当にかわいそうなことだった。二つびっくりして、疲れました。
2007.06.20
コンサートにきていただいたお客さんから大切なメッセージをいただいた。表現者になるからには覚悟が必要だよ、ということです。作品が作品として私から離れたときに、産みの親は私だけれど、作品は一人で歩き出す。それが世間の目にさらされることによってうれしいこともそうでないこともあるだろう。そのときどうする?なのだ。私という人が創ったものでありながら、受け手によってはいろいろな感じ方をされることだろうし、共感ばかりではない、批判をうけることもあるだろう。それを丸ごと受ける覚悟がありますか?ということなのだと思った。いまのところは一緒にかかわって、一緒に喜んでくれた人たちが、好意的に受け止めてくれている。私という人を少しは知ってくれている人が、それをベースにして作品をみてくれるのだから、多くを説明しなくても理解してもらえているのだと思う。それが、まったく知らない人が、作品だけを通じて私を知るときは、いろいろなことが起こるだろう。誤解もあるかもしれないし、作品やわたしについてどう思われているかの全てを知ることはできない。この話はいつか、島作家のまっちさんとしたことがあった。メッセージを発信することで危険な目にあう人もいるわけで、見えない相手の中にはいろいろな人が潜んでもいる。共感してくれる人とだけ仲良くしていればいいのか。まだ会ったことのない人の中にいる誰かともっと仲良くなりたいのか。危険も承知で飛び出すのか。生み出した作品がうまく育っていくのはたぶんうれしい。でも違う方向に行ったらイヤだろうな。それを、ストップしたり、待ってもらったり、説明したり、取り消したり、そんな色々さえ通用しないこともあるだろう。表現することにはいいこともあれば、厳しいこともある。言いたいことを何でも言えばいいものでもない。そこら辺が新たに生まれている悩みのひとつだ。表現することの怖さを考えだすと、身がすくんでしまう。でも表現しなければ誰かとも出会うことはない。そこら辺を、今までは親が守ってくれていたことを、これからは自分でしなければならないのだと思う。そのことを覚悟しなさい、というメッセージだったのだ。報道の人、記者、編集者の人、広報の人、カメラマン、色々な表現者の先輩が回りにいる。みんなと覚悟について話をしてみたいと思うようになった。
2007.06.19
そろそろ日常のレポート復活しますよー。福祉センターにパソコンボランティアのトッシーと相談員さんが大集合してマクトス練習をした。相談員さんは実は機能訓練士でもありゴールデンハンドを持つ別名カリスマPTともよんでいる。車椅子でパソコンを操作する時の姿勢をみてもらいました。私の究極の目標は一人で通所してパソコンでコミュニケーションすることである。そしたら今のように通訳の母つきだったり、制限の多い顔コミュニケーションの世界から飛躍的に自由になれるでしょ。かなりハードル高いけど、まあ、少しずつ挑戦しているわけ。で、ここまでくるのが大変だったんだけど、通所の福祉センターにみんなが集まってとにかく始まった。副主任の師匠もカリスマ看護師のミラクルさんも、コーディネーターのひーさんも来てくれた。ついでに、父と弟もで、たぶん父はマクトスを見るのは初めてかも。コンサートの興奮ってわけじゃないけど、脳波がバシバシ出る日だった。とっしー教授によってマクトスの解説も進みながら、みんな興味津々である。注目されて平常心になりにくい感じだった。でも、文字をすすっと入力できたのでひとまず役を果たした感じね。試しに、師匠とひーさんの体験コーナーとなった。師匠は念ずるのが得意そうだ。むむっと集中して脳派のベーター波に挑戦している。いくつか入力できたので、難しいね~といいながら、けっこうただものではないのであった。やっぱり師匠というだけのことはあった。ひーさんはこれまた、初めてなのにちゃんと入力して、すごすぎ。私なんて、スイッチオンだけですごく時間がかかったし、疲れて吐いたりしていたんだよ。二人とも大人だからすごいのか、脳波が特別なのか!たいしたもんである。私のCD選曲した音楽スライドバージョンや、緊急コールバージョンをひととおりご披露して、これを本当に通所のときに利用できるようになりたいと思う。今はまだまだ、顔サインの方が多いけど、それでも、両方使いながら便利にやりたいと思う。師匠がヤルキになってくれたなら、とてもうれしいです。面白いと思ってもらえると盛り上がる。練習で競争したり、一緒に作品を作ったりできたらなかなか楽しい時間になると思う。私は目がよく見えない分、見てみたい気持もとてもある。写真をとったり、イメージを膨らませたりして映像の作品をまとめるのも面白そうだ。考え出すとどんどん面白そうなことが浮かんでくる。ただ受身で見ているだけとか、聞いているだけより、自分も参加して創っていくのがぜったいおもしろい。映画でも歌でも文章でも、「創り出す人」はそういう喜びに支えられているにちがいない。というわけで、みんなが大集合したのは感動的である。いろんな専門家の集合体はなんか知恵と勇気でパワー倍増っていう感じだ。チームローリエである。感動!師匠、がんばりましょうね。よろしくお願いします。
2007.06.18
コンサートで受付をした弟がものすんごく自信をつけた。はりきっているし、なかなかよい。いっつも私ばっかりつい注目されていたから、弟にも出番を作ってあげられてよかった。家族の一人としてすごく協力してくれたし、コンサートの看板は弟の書だ。郵便をたくさん投函してくれたのも弟だし、荷物運びや力仕事もたくさん頼んだ。放送や新聞に自分も登場してうれしかったみたい。自信をつけて成長の階段を一歩上った感じだ。・・・・やりすぎ注意!これだけが心配だけどね。頼りになってきた弟である。
2007.06.17
コンサートというとステージの本番を見せるものでそこが一番目立つ。それまでにいろんな仕事があってできていくことがよくわかった。もちろん、なんでもそうだと思うけど、準備にかかった人たちが実は大変で、しかも、やりがいもあるのだろうと考えた。私はただ、いるだけで、直接仕事をできないのがすごく申し訳なく思っていた。ありがとうの気持も、たくさんになると→悪いなー→私にもなんかできることないかな→ないなー→せめて体調をよくしておこう・・・・となった。招待状やプログラムの原稿を考えるのだけはやった。印刷やちらしつくりや住所をリストにしたり、封筒につめたり、看板をつくったり、などなどの仕事を、実行委員のみんなが家に集まってやってくれた。私は監督でいいよ、と言ってもらって、進行状況を見守る目で参加した。監督というのは修学旅行のまくらなげ以来である。指令をだすのは責任を伴うのでけっこう重役だね。少しずつ準備がすすむというのは大変だが楽しかった。学校時代は先生がほとんど準備してくれて、生徒は本番がメインになることが多かった。今回計画するところから人を集めて仕事を分担して、手配して、当日をむかえた。今は記録とお礼のご挨拶の最後の仕事をしている。ここまでやって本当におしましだ。もちろんこの仕事はボランティアの人に支えられて、もうけは考えない仕事だが、ひとつのことをやりとげるということはボランティアもプロとかわりないと思った。記者さんたちにもかかわることができて、ホントの本とのプロの仕事ぶりについて考えることにもなった。仕事の責任や賃金とか、もうけとか、そんなことを卒業前は頭の中でいろいろ悩んでいたものだが、けっきょくは仕事は人はやるものでその中に心があればちゃんと相手に通じるものだと少しわかった。もうけだけの仕事は本当のやりがいにはならないし、仕事の喜びはないだろう。記者さんたちが仕事を通じてであった人ではあるけれど、個人的にもコンサートを楽しんでくれたという感想が、めちゃうれしかったです。コンサートをひっぱってくれたユミママが、仕事は人を幸せにすること、と教えてくれたとおりにみんな仕事に参加することがあるから人を幸せにできるわけだ。すると自分も幸せになる。みんな、みんな自分の仕事に誇りをもって堂々と働いてほしい。もちろん私もそんな仕事をみつけたい。ユミママは司会もプロだった。なんであんなになんでもできるんだろう。スーパーママっているんだなあ、です。コンサートの表に出ない裏方の仕事はどれも大変だけど、私はその人たちのことがよく見えていました。マイクをせっせと調整するどどさんやひろさんとかゆみちゃんとか。うけつけでがんばるミッチーとかたけさんとか、みんなみんなありがとうね。カリスマ美容師のマーガレットさんは今は別の仕事をしているけど、美容の仕事について考えたといってくれた。ブライダルをやっていた人である。成人式には絶対お願いします。速攻予約。さらに、看護師のみっちゃんのおかげで、私は今回初めて親からほとんど離れてスタッフとだけすごした。通訳のぶちこさんと医療のみっちゃんがいたおかげなのだ。だからマーガレットさんも安心して仕事ができたでしょう。医療が必要な私は、いっつもいっつも親といっしょに外出する。だからこの2時間にはものすごく大きな意味があったよ。客席で隣にいた父が、汗をかいた私の顔を、タオルでごしごしふいてしまった。私はもちろん暴れて抗議した!せっかくメイクしたのに~。もちろんマーガレットさんとみっちゃんは気がついて苦笑したんだって。母がいないとこのようなことが起こる。父には、今後はおさえるように拭くように厳重注意した。
2007.06.16
会場のあちこちで聞こえた音。それは、ずずーっ・・・。涙が流れたという人が多くいました。初めから胸キュンとか、じーん、とかうるうるとか、いろんな表現をいただきました。でも、それらの音は私には聞こえない。私は耳で会場の様子を知りました。なのでずずーっ、です。悲しくないのに、なんで涙?という人がいました。歯科衛生士のゆっきーです。たぶん場を共有した人たちの気持がひとつに集まったから、と言ってくれました。そうそう、そういう感じで涙がこぼれることはあるよね。トリハダがたったりすることもあるし。7年以上前いっしょに病院でがんばった友達のお母さんたちが来てくれた。流れ星のお母さんだ。たぶん、会場には空からやってきたお客さんもいっぱいいたと思います。いっしょに聞いてくれたでしょう。もちろん私の姉さんもです。ヘルパーさんの飼っていたワンちゃんとか、ボランティアさんのだんなさんとか、お父さんとか。そういういのちを思いだしながら聞いてくれたというのには、かなり感動した。 1ステージは「真珠の歌」から始まった。ぶちこさんが「おしとやか」なので、えっ?と思った。私もつられておしとやかにした。オーボエとギターが一緒の音を初めて聞いて、海の夕方の光を思い出した~。 2ステージは先生たちの話が面白くて、うけまくり。スライドをもっとよく見たいとついのけぞった。担任をしてくれたマラカス二人の存在はずっと語り続けられることでしょう。「万華鏡」を聴くたび目の前にきらきらが見えて、修学旅行の感激がむくむくとよみがえる。ほんとに学校は楽しかった! 3ステージの水色姫による朗読は、あちこちでずずずーーーっ、が最高潮。よかった~。姫には言葉の新しい世界へ案内してもらったので、すごくうれしかったです。これからもまた読んでもらいたいです。特に歌にしにくい詩は出番をまっていると思うんだ。なんか、その詩たちにも活躍させてやりたい感じ。親心?「自由な私」をきいて、苦しみと喜びをまた体験した。苦しかったなあ・・・。でも、手術してホントよかったよ! 4ステージは東松島市で聞いたときから、さらにバージョンアップしていた!ハラハラシンガース、テレビコンサートみたいでした。うまいですね~。「スロープ」もすごく気に入りました。スロープを工事してくれた建設会社の人は同級生のお父さん。うーんと喜んでくれたそうです。 5ステージで母がやっているカンタビーレを初めて聞いて、ほほ~と思いました。家の鼻歌練習とはだいぶ違いました。「春雪」がきれいで、聞き耳をたてました。雪の粉が見えた。それから「蔵王」の冷たい空気の感じがひやっとしてよみがえりました。次は冬の蔵王を作らなくっちゃ~。 「流れ星」は白石のホールより近くで聞くことができたので迫力満点でしたね。みんなで歌う音の束がボーンと進んで身体を突き抜けました。楽譜も出版されることになったときいた。やったー!たくさんのひとに歌ってもらいたい。家中で家族が演奏会の何かの歌を歌いながらベッドの脇を通っていくようになった。みんないい歌だったんだね~。
2007.06.15
昨日の夕方東日本放送でコンサートのことを放送してもらいました。そして、今朝は河北新報に記事をのせてもらいました。どちらもわたしの「じーん」とした気持が伝わるうれしい報道でした。記事や放送をみてくれた一度も会ったことがない人に私のことを知ってもらうというのはうれしいと同時に、けっこう勇気もいる。まずは姿を見せることになるし、自分の考えがみんなに受け入れられるか心配なこともある。小さいときはみんながじろじろ見る視線がすごくつらくて傷ついていたりしたけれど、私はわたしなんだからしょうがない、というか、初めて会う人といろんな面白いことがあることがわかるとそっちの方がよっぽど楽しくなりました。見た目にこだわるわけではないけれど、(いや~こだわってるか!?)、おしゃれもしなくちゃと思うし、そのことでカリスマ美容師のマーガレットさんに出会うことができた。そのまた知っている人の書家の先生にも会えた。取材してくれた記者さんの知っている人にまたまた会えたりする。友達の友達という連鎖はたぶん同じ方向を向いていることが多くて、世界が広がる素晴らしさを等身大で実感する。そして、たくさんの人の目にとまる報道では、まったくつながりがなかった人とも出会うことができる。それに、こんな人がいるんだなあ、と自分もがんばってみたという人の話を聞くこともできる。そのときは、かなりうれしい。すごく自分が人のために役立っているような気持になるからだ。私は自分がいいと思ったことを選んで行動している。かきたいことを詩に書いている。それに共鳴してくれる人と出会うきっかけが波紋のように広がっていく。不思議な気持だ。コンサートプログラムをデザインしてくれたぶんぶんさんは、水面に言の葉の波紋が静かに広がる様子を表現してくれた。しかも私が大好きなラベンダー色で、である!ひとつひとつの出来事や仕事の中にいのちが吹き込まれて、種に水と栄養がいきわたってじっくり育っていく。その種まきはたんぽぽの種が風にのって知らない土地に着地するように、報道という風にはこばれて私の知らない土地でも芽を出してほしい。種があっても水と栄養をあげる人がいないと芽は出ない。きっとその場所、その人のまわりに育てる人がいるはずだ。そうしていつか私がいなくなっても私の思いは「形になって残る」わけ。そんなふうになったらいいな。おまけ・・・取材で出会う記者さんはいろんな人がいておもしろい。その人が大切にしているものが伝わって、同じ話をしていもそれぞれの記事になる。報道もひとつの表現手段だし、人間の仕事だなあといつも思います。今回は、どちらもわたしの姿を「おてんばでなく」表現してくれてたので、超ほっとしました。まあ、かなりの人にもうばれているんですけど、初めて見る人には第一印象が大切ですからね。うひひ。それにしても、やっぱり報道の人たちの仕事はプロだと思いました。文章もうまいし、ビデオや読み方もさすがです。当たり前だけど、プロとはそれを仕事にするという厳しさと自信に支えられているのだなあ、と感心しました。
2007.06.14
余韻にひったっていたところが、今頃どどっと疲れが出てきました。すぐ疲れが出る人は若い、遅い人はおばさん、と聞いていたもんで、えっ?社会人になったとたんにおばさんか?と自分でも複雑である。気持は実に落ち着いている。身体と心はつながっているけど、身体と心は別々でもある。直後の眠りをさそう疲れとは違う身体の疲れなんでしょう。多少吐き気があるものの、その吐き気の嵐に巻き込まれないでいられることがうれしいね。父がコンサートの最後に挨拶をした。わたしの言葉は「命綱」だと言った。う~ん、なかなかやるね。だから「いのちのことば」なんだって。うまい!言葉は気持を表現する方法のひとつだ。大抵の人は言葉を使って精神活動をする。言葉で表現しなくても、頭の中では言葉で考えていることが多いだろう。まずは頭の中で気持が生まれる。私は通じる人になる前から、頭の中には言葉があって、それなりにそのときの気持を考えていた。うれしいとか、悲しいとか、つまんないとか、怒っている、とかそのくらいは顔で通じたから、心の中でいろいろ思ってもまあ、そんなもん、と思っていた。自分の中の世界でまあまあ楽しくやっていたのだ。でも、社会に出てみると、というのは幼稚園や学校だけど、色々な人がいて、自分の心がうまく伝わらないことがつらいことになった。うれしいことはまあまあ共有できる。でも、苦しいことは伝えられないと防ぐことができない。ので、侵略される。そのときいくら心の中に言葉があっても、自分で自分を守ることができなくなった。言葉でどんなに自分に言い聞かせても、精神的な世界が少しずつ減っていくのだ。で、止めて、といえないから吐く。心と身体はつながっていると思うときと、別々と思うときには違いがある。心が環境に支配されているときには心の言葉は無力だ。言葉が命綱になれるのは心と環境が共感しているときだ。なので、環境を作る人の精神世界と同じものを見ていないと命綱にはなれない。同じ言葉を使っていても、まったく別の方向をみることがある。言葉と言葉の間にある見えない空間の何に共鳴するかが問題なのだ。そこにある見えない空間に漂うものは感情だったり、感動のツボだったり、人々が一人一人持っている楽器の響き方に左右される。黙っていても弦が鳴り出したり和音になって空気を満たしたりするのはツボにぴったりはまったからだ。その世界には言葉はもういらなくて、とぎすまされた感覚だけがある。障害や病気のある人が言葉にしばられないですごい絵を描いたり、いろいろな表現活動ができるのはそんな世界にダイレクトに住んでいるからだと思う。言葉の仲立ちを通らないと知ることができない内面のようだけど、そんなことはない。もっとその空間に素直に浸ってみればいいのだと思う。自分が生きている世界で利用している言葉や感覚という道具は実はすごく制限された一部分で、一部分の人たちばかりで交流しているのならもったいないことだ。みんなのそれぞれの世界と感覚をお互いに交信しようと、ちょっとでも今の世界から自由になってみたらいいと思う。コンサートではそんな感覚の共有があったみたいで、そのことがめちゃうれしい。ただなつかしい、とか、元気だった?だけではなくて、それまでのみんなが確かに過ごした時間の中から、共鳴する感覚を一瞬でも、となりの知らない誰かと感じることができたら。それがほんとの「命綱」なんじゃないかな。その命綱の存在に案外自分でも気がついていないこともある。ことばでないことも多い。自分にとって何がそれなのか。それは一人一人の心の中にあるのだ。
2007.06.13
感動しました、という感想やメッセージをたくさんいただいた。それで一度はまとまりかけた気持がまたまた感動していたもんですから、再びまいもどってまとめるのに時間がかかりまして、お待たせしました。矢本や白石で自分のうたを聞いたときはもちろん感動したんだけど、そっちはふわふわ感でいっぱいでした。今回はドッカーンと一度噴火しておいて、煙が上空に舞い上がり、横に広がりながらゆっくり霧のように細かい色になっていった。そんな感動です。一口に感動といってもいろいろあるもんだな。自分で歌うのとはたぶんちがって、人を通じてもう一度自分にかえってくる、というところが私らしいのだと思う。言葉も喜びも思っているだけの感情だったものを、一度外に出して形にしてもらうのだ。コンサートは音や時間の共有という目に見える形になって確認できる感動のひとつで、いっしょにもう一度形になってそれぞれの人の耳を遠して、わたしの気持がそこにいる人の心にふりそそぐ。思っているときは私ひとりのものだった気持が、人に伝えたいと思った瞬間に手段を探す。そこから人と人の間をリレーしてふくらみひろがり伝わり、また戻る。一度目に見える形になるけれど、最後に心に残るものは目には見えない。でも、確実にそこに「いる」。いのちの歌詞に「みえなくても いつもいる いのちのひかり そこにある」と書いた。そこに「いる」というのはそういう感じ。もう確かにひとつの芯をもって力強くわたしのそばに静かに「いる」いのちなんだ。それはみんなの心の海を旅してきた強さがあるからゆるぎないのであって、そのおかげでときどき自信を失うなさけない私のときも、じっと支えてくれるのだ。だからいのちは、「いる」のだ。「ある」のとは全然ちがう。意志をもって、私のいのちが私を支える。初めて詩「いのち」を作ったときの漠然とした意味が、それから今までの時間の中で本当の意味を形にして現してくれたようなコンサートでした。自分がなんで生きているのかとか、なんのために生きるのか、とかそういうことを知りたくてもがいているときにできた詩でも、ちゃんと答えがあった。会場にきてくれた人も、こられなかった人も、自分のそばにちゃんといのちの自分がいることに気がついてくれたらいいなあ、と思った。だから妙に気持の深いところでは落ち着いていられた、静かな感動を体験できました。目に見える体は疲れたけど、気持のよい余韻~余韻~余韻~は、まだまだ家中に満ちている。
2007.06.12
夜なのにおはようございます。アー、よく寝ました。はー、余韻~、余韻~、余韻~です。もう夜なのでまた寝ます。みんなからまだですか~とメールがきてます。明日の朝までに頭の中をまとめながら寝るからね!
2007.06.11
色々な気持と疲れの渦の中です。今日はまずは休むことにします。たくさんアクセスしてくださったようです。みなさんちょっとお待ちください。でも、吐いてないよ。これは自分でもうれしいことだ。では花に囲まれてお姫様状態でおやすみなさい。朝ですけど。
2007.06.11
感動した!
2007.06.10
んで、いってきまーっす!
2007.06.10
人生には何回か大切な日があると思うけど、たぶん明日は私にとってその日のひとつになるでしょう。結婚式とか、就職の日とか、がみんなにとってはそういう日なのだろうか。大切な日の前は緊張するものなのかもしれないが、私はその数日前の方が緊張する。その緊張感は手術とすごくよく似ている。案外前日は静まってくるものだ。で、当日はじゃあね、っていう感じで手術室に入る。当日まではやるだけのことをやろうと思う。完璧はないけど、そのときまで一生懸命やったことのひとつひとつに、今の実力ならこれでよし、と許可を与える感じだ。失敗できないと思うと失敗する。というわけで、手術の大失敗で死んでしまうことを思ったら、大抵のことはオッケーだ。案外手術で助からなくてもしょうがないかな、とも思っていたりする自分もいる。コンサートと手術は大分違うようで、やっぱり同じだ。今日までがんばって生きてきたのは同じだ。大切な日には、「それまで」と「それから」がどっちもある。それからのことは明日考えることにして、今日はそれまでの時間をしみじみと振り返る日にしようと思う。
2007.06.09
私にとってビッグイベントのコンサートが日曜に迫っている。私の詩でみんなが作曲してくれた歌でコンサートをするのが夢だった。卒業感謝コンサートですよ。本当にもうすぐになってきた。は~ドキドキしてきた。ほんとのほんとになってきた。1年ちかく準備をしてきて、そこに協力してくれた人々の数は、もう数えられないくらいたくさんだ。演奏会に直接力をかしてくれる人はもちろんだし、みんなが自分が得意なところで、ちょこっとでも力をわけてくれて実現する。それがすごくうれしい。時間の長さや、知り合い度や、仲良し度、では量れない。たった一度あった人でもぐぐっと共感して心の距離が近づく経験をたくさんした。いつも感じるボランティアの心の価値と意味だ。みんな一人ひとりの思い入れには、一人ひとりの心がくっついていて、一瞬でも同じ方向を向いて力をあわせることができる、というのがうれしい。人間は色々な時間や行動や感情や価値の総体だけど、おおむね同じ方向をめざす人とは出会うようになっていると思う。その宇宙の力というか見えないものに応援されている感じにすごく支えられている。(宗教みたいに具体的なものではないんですけど)で、その人たちを招待して音楽を聞いてもらえるわけでしょ。みんなそれぞれ持っている大切な時間をわざわざ足を運んで共有するんだから、とても貴重な90分になると思う。ラベンダーの季節の初夏。車椅子ラベンダー号に乗って行きますよ。自分で何一つできなかった私が、自分の言葉の歌を、自分で決めた色の車椅子で、自分で選んだワンピースで出かけることができるようになったのだ。そして親友ボラさん(男性!)が作ってくれたら薄紫色ビーズのネックレスと、修学旅行のお土産ブレスレットをしていくつもりだ。そして、会場でマーガレットさんにヘアメイクを仕上げてもらいます。感動のあまりあんまり笑えないかも知れないし、緊張して歯ぎしりするかもしれないし、泣いて吐くかもしれない。でも、それは全部喜びと感動の結果ですから。今のうちに言っておこう。 おまけ・・・さっそく吐いてしまった。
2007.06.08
とっしーとマクトスの練習。毎週がんばっている。トッシーはちゃちゃっと注文を聞いて改良してくれるので、進化している。・・・・っていうか、あとはやっぱり私のスイッチオンのタイミングが問題なんだよお~。脳波を読み取るスイッチを使うマクトスは、その日の体調や感度のよさ、疲れ方とかがビミョーに影響する。前回は私の体調があまりよくないときで、一生懸命念じてもなかなかスイッチがはいらなくてー。機械のレベルをどんどん下げて、やっとスイッチオン!である。そうかといって、超調子がいい日は、ばしばし反応してしまうもんだから、今度は平常心になるのが苦労だ。力でポンと押す物理スイッチのようにはいかない。さらに、練習を始めて始めの5分くらいは脳波も乱れるのか、調子をつかまえるのに少し準備がいる。かといって、長時間になる疲れて感度が悪くなるし、で、マクトスと私のその日の感度レベルを見つけるまでが大変なのだとわかってきたよ。とっしーの作ってくれた練習ソフトで「うみ」を入力しようとしている。カーソルのタイミングは最高5個待つのだが、つい2個目や3個目に入ってしまう。それを利用してあ・い・うの「う」と、ま・みの「み」である。3と2だ。やるね。前回「う」だけ成功して「み」がどうしてもダメだった。悔しがっているうちにどんどん疲れて次回へ持ち越した。で、今日こそ「み」なんだけど、結果、どちらも失敗。もーーー悔しすぎる。まあ、2や3かや4や5番目まで少し入力できたから、「待つ」練習にはなった。あーーー、思い出すだけでくやしい。絶対やってやる!脳波がでるタイミングはいつなんだろう?。脳を使うと赤くなる、というから、血流なのか?働いている脳が電気を出すわけか?うんと集中するとよくスイッチも入る。でも、考えないようにしながらカーソルを待って、ちょうどよく集中するのが難しい。だいたい待っている間も「今はまっている」ということを考えてしまうからね。ぼーっとしていると、聞き逃したり飛ばしたりするし。「聞く」こと自体「考えて」しまうよ。無心の心の修行をしている人はうまくできるのかなあ。お坊さんとか。無心の時の脳波はどうなっているんだろう???もう少し脳波のわけがわかったらうまくコントロールできるような気もするんだけどね。来週福祉センターにマクトスをもっていって師匠ともやってみようと思う。「私」と「誰か」との脳波コミュニケーションの第一歩である。
2007.06.07
脳性まひの緊張は手ごわい。最近いいかなあ、と思っていると、ぎゅぎゅぎゅっ、とやってくる。これがぎりぎり、とかみしみし、とかうぎぎぎぎ、となってくると、かなり苦しい。身体が縛り付けられて骨ごとばりばりっと壊れそうだ。もちろん筋肉痛になるし、通り越すと全部痛い。こんなときは大抵眠れなくなって、寝ているけど起きている。自分で治せないからなお寝られない。というのがこの頃ずっと続いていて、側湾はもう90度に近くなっている。上半身と下半身をどっちか優先させてまっすぐ寝ないとベッド柵にぶつかる。緊張が突然くるので激突する。なので私のベッドさくにはぷちぷちのビニールが思いっきり巻いてある。それもあっというまにつぶれてしまうんだけど。ひざならいいけど、上半身が柵にぶつかると、ちょうど右目があたる。避けようとするとますます曲がって、自分で押し付けてしまうわけ。なので、しょっちゅう私の右目はまかっかである。ほんと、宙に浮いて寝られたら楽だろうなあ、と思う。重力との戦いである。そういえばこのごろ体重が増えて、よけいに動きにくくなった。基礎体力はついてきたので、風邪をひきにくいのはうれしいが、母は文句が多くなった。重いーーー!!と一日何度言うことか!デブーとかもいうんだ!超ムカつく検診のときに先生に相談して眠剤を増やすことにした。ためしに昨夜は倍にした。これがなかなかいかもなんだ。眠いのに眠れなくてばたばたするのはあいかわらずでも、少し筋肉の緊張がゆるくなったような気がする。洗顔中もあっちむいて、こっちむいて、にすばやく反応できたし。日常生活のいつものちょっとした行動がすんなりできると、すごくうれしい。ひとつ苦労が減った感じ。着替えの腕がすっと伸びると、介助の人も引っ張らなくていいから喜んでいる。一日に何度もだから、小さなこともたまると大きいのだ。一瞬もう一段強い眠剤を使われそうになった。だけど、そっちは一日中どろどろが残ってしまうのだ。見た目にはゆるっと見えるだろうけど、使用感はイマイチ。そこんところをうまく伝えることができるおかげで、ビミョーな世界を探していくことができる。やっぱり言葉には感謝だな。
2007.06.06
運動会の代休の一日。朝から弟がなにやら青くなっている。学校からかりてきたものが見当たらないのだ。当然よく探しなさいとか、片付けないから、とかしかられている。・・・・と、普段はそのうちひょこっと見つかって終わるのだが、昨日はどこを探してもない!あ~あ。せっかくの休みが・・・・・。すると弟はなんと、「誰かが捨てた」と言った!人のせいにしたのである。初めての抵抗か!→母噴火!迫力満点でしかられた。そりゃー、しょうがいないか。弟はなるほど、成長したなあ、と感心したけど、やっぱり人にせいはよくない。自分が悪いとことから逃げてはいけない。ちゃんと自分でゴメンナサイがいえないとね。自分がしたことには自分で落とし前をつけなさい、というわけである。自分の行動に責任を持たせようと母はがんばっているけど、責任とは?というのがなかなか難しいテーマである。それで、落とし前だって!自分で決着をつけなさい、という意味だろうけど、なんか恐ろしげだ。ひゃー。自分で先生に言うのがイヤで泣き出した弟は、お母さんが代わりにあやまってあげるのはチビッコだけだ、と聞いてちょっと解ったかも。そして、二度目はない、とも言われていた。人に迷惑をかけるという実感は相手の気持がわからないと理解できないだろう。みんなの大切なものを見失って具体的に焦ったわけだ。自分のものをなくするのとはわけが違う。何とか明日学校でちゃんと言える、と励まされて、一件落着。・・・・かのように見えたら、なんと、父が黙って違うところにしまっていたのだ!今日のエネルギーはいったいなんだったのだ~、と母。でも、まあ、弟はものすんごくほっとして喜んだし、人のせいにしない決着という大切なことを学んだし、よかったんじゃないの、と私は思う。だけどさ、「誰かが捨てた」っていうの、けっこう本当だったわけだ。誤解とは恐ろしいものである。
2007.06.05
直前まで体調不良でもうほとんど中止と迷うところで、やっぱりどうしても「緑の風」が聞きたくて根性を出した。学校のステージも残念だけどあきらめて一曲を聞きにでかけました。緑の風にあわせて緑の洋服にした。それでラベンダー号に乗る。髪をそよ風ふうにアイロンしてやや気分が明るくなる。天気はまずまず。暑くもなく私にはちょうどよい曇り空だ。風が気持ちいい。「緑の風」を聞いた。very well さんに初めて会って、どんな曲かわくどき(わくわくどきどき)である。どうやらロックバンドのようだ。ぎゅいーん、とギターの音+ドラムの音に包まれた。黒い洋服の作曲者がと会ったお客さんのタバコのにおい。大人な感じである。歌ってくれたのは女性で、これまた新しい世界だ。音全体の中に力強さやエネルギーを感じた。さわやかにそよそよをイメージした風が、ロックの音では背中を押して元気づける風になった。バンドも音楽会も作曲サポートも初めてなんだって。デビューのステージの第1曲めにありがとうございました自分の詩が色々な作風になって出来上がるのは面白い。音楽にはいろんなジャンルがあって、それぞれの空気や雰囲気がある。もちろんそれに合った服装とか音色が生まれる。その世界は普段の自分と同じだったり、違ったりする。ジャズやハワイアンやフォルクローレの音を聞きながら一番町どおりを歩いた。なんと一番町は10年ぶりくらいだ。映画をみてくれた人が久しぶりに私の姿を見て、それで町で出会って声をかけてくれた。いろんな人と会った。たった2時間のあいだに町全体が同窓会会場みたいでしたね。一年ぶりにフェザーさん(手の作曲者)に会えたのがもっともうれしかったことです。音楽会をもっと楽しむために、もっと体力をつけたいなあ、と思ったよ。
2007.06.04
何かと緊張することが多くて体調を崩してしまいました。明日は緑の風の発表だというのに。時間は11:50~12:30に very well さんのステージで演奏されます。場所は勾当台公園の季の杜に像前ですよ。私がいけるかどうかはビミョーになってきた。とにかく、今日は休んで治す!
2007.06.02
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