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母が階段から落っこちた。ドシン!の後の静けさが、超不気味。すぐ見にいけないとよけい不安。弟と向き合ううちに落っこちたのだ。オシリとひじが打ちみである。弟の肩を借りて、よたよた復活してきた。弟は、少しだけ、自分の責任を感じたようで「おっこちて、ごめんね」と言っているのが聞こえた。おおーっ。成長だ。それでも私を入浴させてくれたし、弟のフォローもうまくいったし、年末の最後に今年のよくないことがこれで全部終わりならいいと思う。世の中にはワーキングプアで年を越すのも大変な人がたくさんいるのだそうだ。と、いいながら、いててて、という。自分にふりかかる苦しいことをどのように受け止めるか。自分しだいだ。いろんな想像力が必要だ。今年もあと3日。大変な人たちも、ちょっとでもいいことがあるお正月になりますように。
2007.12.28
弟がまだまだ自分と闘っている。休みになると、何かとお楽しみばっかりだし、楽しい気分に覆われていると、そっちに自分を奪われるのだ。その気持はわからないではないけれど、やっぱり、自分の行動を自分で命令できるようになってもらいたいと本当に願う。今朝の説教は、本当におせっきょうであった。説教に近づくおせっきょうであったと思う。母は本当にあきらめない人である。聞いている私も、じーんとしてきた。弟は複雑で抽象的な話はなかなか難しくて苦労している。わかりやすく話をするのも知恵がいる。今朝は、自分の中にいる二人の自分がテーマだ。強い自分と弱い自分が気持の中で闘う。どんな人でも二人とも存在しているから、行動をコントロールするいつもの自分は、できれば強い自分でいたい。強い方は決まりや常識や良心に忠実だ。弱い方は、怠けたり、逃げたり、うそをついたり、ごまかしたりする。弟は短い時間でも二人が行ったりきたりして、泣いたり、復活したり、葛藤している。誰も助けない。冷たいようだけど、しかたがない。強い自分が本当の自分だと励まされて、弟は自分を信じようとしている。ものすごく苦しそうだ。行ったりきたりでもう2時間たった。が、もう、本当にあと少しだ。見守る方も本当につらい。がんばれともいわない。ただ、見守るのみである。でも、最後まで見守っていることを伝えてある。弟は今も、泣きながら闘っている。
2007.12.27
思いがけないサンタが何人もやってきました。みんなあとりえとつながりのできた人々でした。なんか、おじさんがやけに多いのだ。なんで?おじさんに縁があるローリエであった。そしてサンタつながりが、また、次なるつながりに広がりそうな、しみじみクリスマスを過ごしました。サンタの贈り物は、目に見えるものだったり、見えないものだったりする。私もサンタになって贈り物をできることをうれしく思う。今年も積乱雲があとりえの日課となって、ずいぶんたくさんの人に読んでいただけるようになった。毎日日課にしてくれている人もいるという。そんなことを聞くと、ものすごくうれしい。サンタはクリスマスにまとめて働くようでいて、そうでもない。1年中サンタはみんなの心の中にいるのだと思う。もちろん私にもいる。贈り物はとなりのだれかに何かを分けてあげること。分けたい人がいるということが、まずうれしいし、喜ばれることもうれしい。別にモノをやりしなくても、その誰かのことを考えるだけでけっこううれしい。あとりえを始めて、あとりえつながりで考える人が多くなったのは、また、うれしいことです。
2007.12.26
みんなに幸せがくるようにやさしいきもちになっているわたし今日はバッハを聞いて静かに過ごしますみんなもよい一日を!メリークリスマス
2007.12.25
では腹踊りでした~
2007.12.24
今年最後のセンターの日。ケーキを作ってそれを食べながら忘年会だ。曜日によって利用者がそれぞれなので、センターでは3回も忘年会をするらしい。スタッフは役得だね。私の通所日は残念なのことにイベントの人の都合が悪くなってしまったときいた。えーっ。超残念!だったらいっちょ、やったろう。うひひ。高校の芸ですけど、新入りの登竜門だ。師匠と打ち合わせをして、控え室で着替え。一瞬、ちょっと不安に襲われてしまった。ドンビキの時は、フォローがない。しかし、師匠が予想以上に芸人であった。二人なら乗り越えられるであろう。ファイトだ。音楽はセンターのドリフターズを借りた。ミラクルさんと選曲もばっちりスタンバイである。登場の瞬間はものすごく緊張するものだ。その日のお客さんがどんな空気をもっているか。・・・てな、心配はいりませんでした。 バカウケ!あーよかった。私はつかみだけで、あとは師匠にお任せした。部屋中大笑いで、利用者のみんなも楽しんでくれたようである。あとは、笑いの渦の中で、私は、どんどん、じーんとした気持でいっぱいになっていった。みんなの大笑い。車椅子から地響きするようなうねりだ。うーんと楽しい今年のセンターのまとめは、うーんとしあわせな気持ちで終了。センターの一員になれたなあ、と思った。来年も出し物を頼まれるように芸をみがきまっせ。どんな芸だったかみんな知りたいかな?写真見たい?
2007.12.23
台湾から日本にきている留学生リンリンさんから思いがけない贈り物が届いた。なんと、台湾のスケジュール帳だ。台湾語で書かれている。台湾は中国語か?りんりんさんは台湾に福祉の制度を作ろうと夢をもってがんばっているのだそうだ。私はまだ会ったことがないのだけれど、うんと、応援している。スケジュール帳にはいろいろ祝日がついている。もちろん日本とは違う。元旦はいっしょだ。そのほかはいろいろと変わっていて珍しい。母の日はあるようだ。というのは、ことばがわからないから、予想するから。で、なぜか父の日はないみたいだ。おとうさんちょっとかわいそうだね。りんりんさんにいつか聞いてみたい。世界中の人が元旦を祝うだろう。2008年はもうすぐ。私は来年、このスケジュール帳を作品帳にしようと思う。
2007.12.21
初めて礼拝の「説教」というお話を聞いた。その記録を読んでもらったのだ。私の詩を紹介していただいたのがきっかけ。説教というのは、いままで何度も聞いたのがある。親の「おせっきょう」である。今度のは礼拝で聞く説教である。礼拝だから、神様がたくさん出てくるのだが、ずっと聞くうち、その神様というのは心のありよう、というか、よりどころ、というか、すごく実体のないものだとだんだん思った。実体のない感情とか、気持、とかいうと、これまで私は、すごい恐怖とか怒りとか、感情的なものを思いつく。それらがなんか方向性を持ってそれでいて実体のないのが神様ということなのかな?よく神様のお導き、といいます。その「こっち、こっち」と、言ってくれる人は(人でなくてもいいのだ)最初は親とか、先生とかだったけれども、だんだん自分の価値感や信じるものになっていく。で、正解とか、ゴールはないから、迷ったり苦しんだりするに違いない毎日を応援してくれる最後の人が神様なのか。誰でも「信じるもの」という部分を自分の中に持ちたいと思うのだろうか。みんな、それをもとに行動しているのだから、神様みたいに、わかりやすい信じるものを持つ人は幸せなのだろうか。世の中にはいろんな神様があちこちにいて、神様どうしがすごく合わない場合もある。大切にしているものが違うと、なかなか歩み寄れないだろう。それで今でも闘っている人たちがいる。私にまだ神様はいない。そのうち出会うのかもわかりません。それでも、初めて「説教」というお話を聞いてみると、そこからどんどん考えることがたくさんでてくるのだ、ということがわかった。そういうお話があるとわかった、のが今日わかったこと。
2007.12.20
世の中には山ほど危険が潜んでいるが、ある程度は予想して、身を守ることができる。ところがいきなり、銃を持った人に撃たれて死んでしまう怖い事件が起きるようになった。しかも、好きな人が自分の思うようにならないと、いきなり殺すのだ。自分の中に自分の世界しかない人の起こす行動。突然起こるのは怖い。何でも突然というのは怖い。防ぎようがない。予想もつかない。あっ!と思ったときはもう遅いのだ。弟もそんな感じ。いつもにっこりしている人が、急に襲ってくるかもしれない。そう思ったら、誰も信じられなくなる。私は全ての介護を他人の良心にゆだねて生きているから、とてもよくわかる。信頼関係を作ったとか、できた、と思っても、次の日にそうでなかったら、小さなことでも大きな傷になるのだ。相手の虫の居所が今日は悪かったのかもしれないが、受身の私は、自分が嫌われてそうされているのだと落ち込む。事件の人は、好かれていたのに殺されたらしい。思いが通じない苦しみが怒りになる、そして悲しみになって犯人は自殺してしまった。私なんて自分ひとりでは自殺もできない(しないけど)。感情を殺して貝になるのがせいぜいだ。人を信じるのも勇気がいることである。自分から飛び込まないと信じる強さもうまれないだろう。人を疑って身を守るより、人を信じて身を守る方が難しいし強さが必要だと思う。やっぱり、やさしさは強さと似ている。
2007.12.19
あちこちで「今年も最後の・・・」と聞くようになって、しみじみ1年を振り返っていたのに、そう、いいことばっかりではない。弟が久しぶりのパニックをおこした。楽しいことが続いたり、ひとつのがんばりが終わって一段落すると、たぶん、ほっとするのだ。ほっとして、しみじみすればいいのに、緊張し続けてがんばった脳が暴走するらしい。それは、わたしも、なんとなくわかる。いろいろなことを集中してがんばると、疲れているけど眠れない。薬で眠りについても、脳が抵抗しているような感じがする。神経がやすまらないと、寝ているのにリラックスできなくて、体の緊張状態が解けない。(それで、私は先生と相談して新しい眠剤をためしてみることにしている。)弟は一気に暴走スイッチが入ると、洪水。堤防決壊。一気に大量のエネルギーが流れ出す。弟の水はことばと行動だ。意味不明のことばをしゃべりまくる。人を捕まえて顔の前でしゃべりまくるのだから、聞く人はたまらん。昨日はとうとう3時間。最後に泣きだした。泣いている時は話ができないルールの我が家では、気持が落ち着くまで別の部屋で自分と向き合うのだが、久しぶりに大きな爆発だった弟はなかなかそうできない。久しぶりの体当たり戦で母はあっちこっち痛くなった。あばれて自分を表現するしかない弟が、ものすごくかわいそうだ。私も泣いた。たくさんの人に大切にされている感謝を理解できたら自分の行動がどのように周囲に迷惑をかけているか気がつくはずだ。自分の行動がみんなのルールにマッチしていないおかしさや、恥ずかしさや、苦しさを、もう弟は感じているはずだ。いいときはとっくに知っていることを、自分でもどうしようもできないところがものすごく苦しくて悲しいことに違いない。でも、社会は待ってくれないし、それほどやさしくもない。母は久しぶりにホンキを出した。今年最後のホンキはちょっとちがう。家族の中で弟がどんなに大切にされているか、心情に訴える説得である。聞いているうちに私もまた泣いてしまったよ。弟のことが心配なんだ。心配して泣いている私を見て、弟はあやまった。みんなホンキで生きているのだ。そこが少しわかるようになっただろうか。びっくりしてたからね。今年最後の戦いは、父も参加して長い1日が終わった。ほんと、これで最後にしてもらいたい。今朝弟は、ホンキの顔で学校にいった。
2007.12.18
夏に出あったボランティアさんたちとクリスマス会で久しぶりに会った。みんな元気ですごくうれしくなった。私も冬に元気にみんなに会えたのは、ほんとーによかった。企画は弟が、もう1ヶ月も前から色々準備して楽しみにしていた。ここ数日は頭の中は全部クリスマス会で、中身がはみ出していたくらいである。みんなで料理と準備をして、私ももちろん味見をした。リンゴのサイダーとケーキのクリームはおかわりできた。これだけで、雰囲気はすっかりクリスマスだ。行事に定番の料理というのはおもしろいものだ。習慣が毎年やってくると、なんか安心する。今年もまた1年過ごせた、としみじみする。年中定番料理の行事があると、年中しみじみできる、というわけだ。もうすぐお正月だし、ひな祭りだし、どんどんしみじみのチャンスがある。みんなで会って、わいわいやるのは、それがもちろん楽しいが、みんな帰った後に、私はとってもしみじみするのだ。会えたこともだし、家にいることもだし、味わえたこともだし、私のことを思ってもらったプレゼントにこめられた気持とかをうれしく思う。クリスマスのその日に入院した年のあったし、病院のクリスマスも、かなり常連さんである。たぶん、どこの場所にいても、気持のつながりはかわらないのだけれど、家族や大切な友達が一度に集まってそこにいる、ということがとても幸せなことなのだと、しみじみする。しみじみしすぎて、昨日はまた眠れなかった。眠れないのは理由に関わらず緊張になる。苦しそうに見えるらしい。なので、眠れない喜びしみじみバージョンの緊張パターンを研究するとしよう。みんな、次に会うときまで、元気でね。
2007.12.17
医療的ケアのケア会議をした。居間が会議室になるのにも、だいぶ慣れてきた。ただ、弟が突如乱入すると、居間に逆戻りですけど。弟には空気を読むのは難しい。さて、医療的ケアの方向は少しずつ見えてきて、やみくも、の時より安心してきた。主には吸引だが、いつ吸引してほしいかとか、どれくらいの深さとか音とか、がもうミラクルナースさんにはかなり伝わる。ここら辺は一人一人違うだろうから、慣れるしかない。緊急のときの方法は、まだなったことがないから、想像の話だけど、一応、順番があると安心する。特に、私は土曜日のセンター利用だから、病院は休みの日なんだ。救急車、っていうわけにもいかない。さらに、病状や病気の変化がいろいろあるから、それを誰がいつどのように判断するかが難しいと思う。本人も親も医師も職員も役所もそれぞれ基準があるだろう。統一するのは難しいだろうけど、そういうことがあるかも、と思っているのは大切だ。その上で何をしたら楽しいか!を考えるのだ。ハードル高いけど、みんなで考えればできそうな気がする。とはいうものの、眠れないくらい疲れてしまった。私にしてはがんばった1週間である。眠るのも、疲れすぎると、神経が休まっていないことを自覚して、ますます緊張。ちょっと悪循環だ。精神的に充実しようとすると、体力が追いつかなくて、ほんとムカつく。弟は、いつもと違う会議にコーフンして行動が変わる。心と体のバランスをうまく調節するのは、実に難しい。今週は入浴で一度ベッドを離れたきりである。疲れているけど、この場所を離れたい。だからセンターには行くのだ。みんなの顔をみたら元気になれると思う。
2007.12.15
もうすぐ本ができます。ちょうど去年のクリスマスに本の仕事のぱふぃんさんに会いました。それから1年。たのしく仕事をしてきたよね。そして、昨日。本を作る仕事の中でも、装丁家をしているデザイナーのくまのぞうさんとお会いしました。本の表紙や、中身や、紙や、いろんなことをデザインする仕事の人なのだ。絵をかいたり、デザインする仕事は、生み出す仕事だ。どんな風に考えたり、取り組んだりするんだろう。ものすんごく興味があって、いろいろインタビューしちゃった。ぞうさんは、イメージとかなにものかが生まれて浮かんでくるまで、何度も何度も原稿を読むそうです。新幹線の中で私の書いたことばを、読んできてくれました。編集のぱふぃんさんによると「辛口」だというぞうさんが、「みんな同じだね」と一言。ことばがにがてだからこの仕事をしている、というんだけど、おおーっ!という感じ。きっといい本になるだろう。いろんな話をしているうちに、頭の中で、表紙のいろいろがふわーんと浮かんでくるらしい。縦とか横とか、色とか。本の脳になってくるのだろう。今おきていることを見てみたい~。けど、お楽しみ、だ。ひとつひとつの仕事が、今の自分なのだ。次々と本を作って、また次の本を作る。向き合う相手は自分なのだ。仕事の究極はそこにありそう。だから、次の仕事で現れる自分と会うのに、自分が一番わくわくするのだろうね。すんごく楽しそうに仕事をしているぱふぃんさんとぞうさんである。ぞう好きさんに縁起のいいくまさんをいただいた。なので、今朝からくまのぞうさんが首をふってくれる。ふん、ふん、ふん、と今日も縁起がよさそうだ。
2007.12.14
社会人1年生は、どんなときにそれを実感するのだろう。やっぱり、入社とか入所のときにスーツで決めて、会社の名札とかをもらうときなんだろうか。私からみると、子どもがやらなくて、大人がやることが、名刺交換だった。こういうものです、といってやりとりしながらお辞儀をする。私も、卒業したとき、父が名刺を作ってプレゼントしてくれた。そのとき社会人の気分を味わった。こういうものです、の「こういうもの」というのが文字になると、実態が出た。名刺は小さな紙だけど、そこに、私がいるようだった。私はわたしなんだけど、なんか、不思議な感じです。名刺の中の自分は仕事をする公の自分なのだ。この前の講演会でお金をいただいた。仕事に対する報酬の重みを感じた。社会人を実感した。まだ一部かもしれないけど。今までお年玉や誕生日のお祝いをお金でいただいたりしたことはある。みんな自分のお金、という感じだ。もらったもの。何かに対する報酬ではない。まあ、もらいっぱなし。で、だいたい貯金していた。センター利用が決まったときに、本人とセンターの契約というのをした。そのとき、契約書にサインして、ハンコを押した。私は作品用の篆刻印をどしんと押した。契約というのにはハンコがつきものだと知る。私が仕事をするとき、ガイドや事務手続きを他人に頼む。いまのところ母である。母がいないと、何もできない。で、いつもタダ働きとぼやいている。大切な仕事をしてるのに、無償でいいのか!?という主張である。報酬というものをいただいてみると、なるほどと思う。もし、自営業でも、社長から社員は給料をもらう。そこで契約という話が再び登場。報酬の何割かを事務員母に払うという提案だ。言いだしっぺは父。契約書も作ってくれるらしい。何割にするかは、これから交渉だ。まずは、認印をプレゼントされた。ちゃんと苗字と名前入りだ。私の責任で押すハンコである。かわいいピンクのケースに入っている。いつも仕事で団体交渉というのをやっている父である。私と母は個人交渉だが、家族は私情がからんでもめないんでしょうか。調整してくれるんでしょうか。ボーナス100円くらいは、と思っていたけど、こりゃそうもいかないことになってきた。でも、契約書にハンコを押すのは、うーんと楽しみ。
2007.12.13
古武術というのを利用した介護の技をテレビでみた。自分の体重の二倍の人まで動かせるというのだ。こりゃーいいわ、と母が試した。モデルは弟。ひとつめがささっと成功して感激している。ふたつめは、座りこんだ人を持ち上げる技。見事に失敗、しりもち、ドスンだ。被害者弟はいてててててーだ。超かわいそう。だめじゃん。観察して笑っていたら、今度は私が実験台になってしまった。みごとにびくともしない。だって、腰が側湾してるんだから、できるわけないじゃん。見事に失敗。だめじゃん。あきらめの悪い母は、今度は父を実験台にした。失敗。やっぱ、だめじゃん。そんなこんなで、ひじを痛くして、シップしている。とほほだ。いつも来てくれる酸素やさんも背中を痛くして、今日は休暇だ。20キロのボンベを2階に持ち上げるそうだから、身体をこわすよね。心配。今度は、力持ちの人が新しく社員になった。私もどんどん重たくなってきた。酸素ボンベは使えば中身が減って、回収の時は軽くなる。でも、私の中身はそのままだ。代わりの新入社員母はいない。ちょっとだけ、ボトックス治療をしてもいいかなあ、と思った。緊張が減るだけでも介護はラクになる。・・・・のは、知っているけど、まだ、決心がつかない。古武術式介護、重度側湾バージョンも開発してもらいたい。って、無理ですかね~。
2007.12.12
よく障害のある人の自立について考える。この前の午後の部は自立がテーマだったのだ。あーあ、私も聞きたかったよ。一人暮らしをして仕事をして、生活もできる自立は元気な健康な人の自立の姿で、それに近づけそうな距離にいる人は、どんどん挑戦してもらいたい。電動車椅子で一人で生活している先輩がたくさんいる。自分で動けなくても、自分の願いを伝えることができると、かなり生活できるのではないかと思う。その次が、仕事なのかな。仕事ができる体力と、技術と、伝える方法が三拍子そろうと、次を考えられる。私のように「体力=いのち」の部分でうろうろしていると、なかなか次を考えられない。考えるということも、余裕があってできることだ。生きるか死ぬかだと、他のことは、ぶっ飛んでどっかに行ってしまう。病気と向き合うのには気持を奮い立たせなくてはならない。そのために、好きなこととか、勉強とか、人と会うとか、精神的な栄養が必要だった。でも、なんか、病気がすごく重いと、病気とまっすぐ向き合っているのがよいことのような気がした。別のことは押しやられた。向き合わないと、なんか、逃げているような気もした。私は自分のことは自分で決めたい。みんなに世話になって生きることと、そのことは別だ。同時に、物理的にほとんど自由がないのだから、一口に自立といっても、気持の自立と体の自立が離れている。そのギャップを埋めようと組み立てるときに、ものすごく制約があるのだ。障害が重い人の精神的自立をみんな応援してくれている。前よりは、周りの都合や親の意見だけに振り回されなくなっていると思う。本人の好きなことを、探ろうとしてもらえる。(いい人に出会えば、ですけど)こんどは、物理的にもっと見える形で、自立をめざしていけばいいのかなあ、と考えている。まずは生活、そして、仕事、かもしれない。でも、100円だって自分のしたことが認められるのはありがたいし嬉しいことだ。仕事がある、ということの意味を生活と同時進行で考えたい。報酬のない仕事もたくさんある。在宅介護なんてその一番のものだ。なくてはならない大切な仕事だ。だけど、家族はタダだ。元気な人でも、生活のために、仕事を選べない人もいるだろう。仕事をしたくても仕事がない人も。自立には最低のお金がいる。私は親に守られて、福祉制度で助けられて、かなり、幸せに生きている。それで、もっと、そんないろいろ、言っていられんのか、とも考える・・・。うーん。ちょっとこんがらがってきたので、今日はここまでね。みんなの思うこと、聞かせてください。
2007.12.11
障害が重い人の仕事について考える公開講座に行った。なんと、講演の仕事だ。もちろん初めて講師をした。知らない人達の前で自分の意見を話すのは初めてのことだ。しかも、仕事だ。どっひゃー!と緊張した。いつものおしゃべりでものを言うのとはわけが違った。もちろん、私の筆談が受け入れられるかということや、ちゃんと話せるかそうか、とか、お客さんの前で緊張がどれくらい出るかもわからない。勝手に緊張する体だから、本番になってみないとわからない。コンサートや音楽は私の作品ではあるけれど、ワンクッションおいてある。ことばをそのまま、そこにいるお客さんに伝える。初体験だ。私のように障害が重い人の仕事については、いろいろ考えていることがある。それをそのまま言っていいよ、というので、気軽に考えていた。インタビューなら答えやすいし。初めて私の話を聞いた(見た)人はどう思ったかな。びっくりしたかな。疑ったかな。でも、わたしは、一生懸命話したつもりだ。ガイドはぽっぽさんと、母だ。ぽっぽさんがものすごく真剣に読み取ってくれたので、勇気が出た。自分の意見を、人の前で話すのは勇気がいる。身内でぼやくのとは全然違う。理解者と知って本音を話すのとも違った。ブログで言うのとも違った。相手がそこにいて、とっさに、反応や、あいづちや、意見を聞くことができる。それは喜びでもあり、怖さでもある。かたずをのんで、見守られて、筆談した。超を通り越して、神経を使った。ギャグのつもりが、しーん、として受けなかったり、いつもは普通の意見だと思っていることに、うーんとみんながざわめいたりした。面白いけど、怖かった。司会の「苦情処理係りさん」とのやり取りを上手に料理するのは「タッキー教授」だ。ビシバシ、ホンネトークになっていった。げげっ?と思うときは、きたきた!って感じだ。こういうポイントから話は盛り上がる。いよいよ面白くなってきたところで、時間切れ、体力限界だ。超消化不良。煮込んだおでんを作るだけ作って食べないで帰る気分。疲れと緊張を恨むよ。くやしい。でもさ、と帰りの車の中で気を取り直した。朝から今まで7時間活動したのだ。身体も脳みそも神経もハードに使った。それでも吐きそうになっただけである。初仕事はこれで十分だ。一人の講師として扱っていただき、控え室もいただき、演題も出してもらって、謝金もいただいた。みんなの助けをいろいろもらったが、一人前に見てもらえた。これがじんと心にしみました。昨日は疲れすぎてよく眠れませんでした。で、今から、もう一回寝ることにします。社会人のみんなが働いてるのに、すいませんね。また明日。お世話になった人達も、お客さんも、みんなありがとうございました。
2007.12.10
天気予報に雪マークが現れる季節になった。おしゃれも冬バージョンができますねえ。いつもベッドにいる私は、背中が暑くて、なかなかあったかい服が着られません。ふわふわのセーターとか、ニットの首があったり、長袖で細い腕なんかは、眺めて楽しむ。家で挑戦したけど、暑くって暑くってギブアップなんだ。なので、もこもこの洋服は寒い日の外出がねらい目です。去年、完成したふわふわのワンピースがある。超かわいいのだ。今年もいよいよ着られる季節がやってきた。ふひひ。今年はクリスマスのブローチをつけてコーディネートする予定。うっひっひ。絶対いいと思う。クリスマス用におしゃれするのは、もしかして初めてかも。あら。おしゃれすれば、寒くたってへっちゃらさ。爪の仕上げは何にしようかなー
2007.12.07
自尊感情の問題と取り組んでいる大学の先生にお会いしました。自分を大切に思う心か。私は、この気持を持てるようになっているか。なってる、なってる。もちろん努力もしたけど、認めてくれるみんなのおかげである。先生と初めて会ったのに、私の内面にはちゃんとことばの世界があることを認めてくれました。見た目はどうでもいい感じで。見た目?そんなの関係ねー、って感じです。うれしくて、ビックリして、耳がダンボで、ついついベッド柵に擦り寄ってしまった!うーんと嬉しかった。世の中には、私のことを、始めからわかってくれる人がいるんだ!大人も、子どもも、赤ちゃんも、どんな人もみんな、自分を認めてあげたいと一番思っているのは自分なのだ。自分でそれができないくらい、周りと自分の隔たりを深く感じたとき、ほんとに消えてしまいたいくらい苦しむ。先生は姿に迷わず、すぐ私の心を見てくれた。こういう人に出会えるのは病気のおかげだ、と本当に思う。奥さんにはきれいな花をいただいた。花もだし、心が通じたそのことがうれしすぎ。うれしくって、うれしくって、ずっと寝るまでにやにやしちゃった。うれしくてなかなか寝られなかったよ。今日も苦しい人は、たくさんいるだろうね。でも、絶対通じる人と出会うから、信じて待ってほしい。まだ出あってないだけ。世の中にはたっくさん人がいるからね。出会える人の方がほんの一握りなのだ。ついでに、待っているだけじゃなくて、探してみると、もっと早く会えるのかもしれない。やっぱり、出会いは、出会うようになっているのだ!また、必然の偶然。先生とはメル友になりたい。いろんなことを話したいな。
2007.12.06
訪問看護師さんに手を見てもらった。ステーションを出る前にいつも電話をくれる。そのときに、説明しておいたおかげで、みんなでいろんなことを考えてきてくれた。久しぶりの入浴ですからねえ。絶対入りたい。ヘルパーさんもいっしょに、いろいろ知恵を出し合った。タオルをビニールで包んで、お風呂のナイロンタオルでふわっと縛った。これで、ぬれても平気。当たっても痛くない。この前、胃ろうを抜いたのは、指がチューブにひっかかったので、今度はばっちりお腹に固定した。それから、お湯の量も少なくして(多いと泳いでひっかかる)、入浴剤も透明にした(よく見える)。新製品のゆず。ひとつひとつ、心配事が少なくなって、手も大丈夫みたいだから、私は、とってもほっとして、ゆっくりお湯に入ったよ。気持よかった。やっぱ、お風呂が一番だ。ローラのパジャマになって、仕上げは手の保護だ。皮膚を保護するテープを厚めにはって、フリースの手袋をすることにした。危ない中指を残して、通気もよく、カットする。遠慮なくジョキジョキだ。薬指と小指はない。ので、爪のシールもちゃんと見える。指を開きにくいわたしは、いつも手袋はミトンだった。指がある手袋も気持いいもんだな。しかも、ローラにぴったしのピンクだし。包帯ぐるぐるの時は、大怪我って感じだったけど、おしゃれでかわいい手になった。気分かわって、手もちょっとだけふんわりできるようになった。ぐるぐる巻きのストレスったらないのだ。点滴を思い出しちゃって。看護師さんたちはさすが、看護のプロだ。楽しく気分よくなおせる方法を考えてくれたし、手袋新品ジョキジョキの勇気もある。傷もうんとよくなったようだ。ストレスがないと、病気はぜったい早くよくなる。包帯まきまきどらえもんの手だと、服がぬげないんだ。そのたびにまきまき。もうめんどくさいったらありゃしない!
2007.12.05
左手の爪が伸びてきてカットバンだけになってきた。と喜んでいたら、今度は右手がじょくそうになった。ずっと爪をカバーしてタオルを握っていたら、握りすぎた!親指の内側の皮膚がはがれちゃった。痛いよ、いこれは。シートをはって、さて、次が問題。皮膚がないから、何でも当たると超痛い。手なんて、初めてなった。包帯を巻いても、その包帯が痛い。タオルをビーズにしても、痛い。空中に指をふわっとしていられないのだ。どうしよう。じょくそうって、小さくても超痛い。おじいちゃんのじょくそうはもっと痛いだろうなあ。うーーーー。今朝は、親指と手のひらをくっつけて外側から固定してもらった。母が寝ながら考えたという新作だ。ハンカチで外側から巻くことにした。マッツー王子にもらったローラのハンカチで。ローラのオーラで治りもいいはず!
2007.12.04
包帯の研究というのをしてもらって、指の位置がラクになった。ぺたんとくっつく包帯でずれないし、やわらかい。おかげさまで、ぐっすりよく寝た、よく寝た、でかなり元気回復です。まだ検査していないからはっきりしないけど、胃液の逆流かーとか、最悪手術でも2週間くらいか、とか、何かが少しわかると妙に安心する。手術はあんまりうれしくないけど、2週間でラクになるなら、そっちの方がいいと思う。座薬も使ってみれば、まあまあ早くラクになったし。いやだ、と思い込んでいたものでも、そのときの記憶や体調が今とは違うから、今の自分なら効き目もまた違ったのかもしれない。という時間や体調の変化を、前と比較できるようになったかも。これを大人になったというのか、丈夫になったというのか。たぶんどっちもなんだろう。包帯の量がだんだん減ってきて、指が少し自由になった。もう少しでカットバンだけになりそうだ。そしたら、アロマオイルでハンドマッサージしてもらおーっと
2007.12.03
このところ、とっても気持が悪くて、はきそうである。緊張が妙に強くて、どうしようもない。とうとう握り締めた力が強くて、爪がはがれてしまった!痛いよー。えーん。先週胃ろうを新しくした。そのせいかなあ。あんまり思いあたることがないので、ますます不安になってきたよ。昨日は久しぶりにセンターに行って、いっている間は苦しさを忘れた。でも嫌な緊張が残る。とうとう昨日は大嫌いな座薬をされてしまった。強制的に緊張は落ちたけど、なんか原因があるにちがいないと親はいろいろ議論した。なんでもないのにむかむかするのは、昔、胃酸が逆流してきたころに似てるかも。逆流防止の手術でよくなった。でも、そういえば、この手術も10年くらいしたらやり直しだよ、と先生にいわれたことがひらめいた。数えたらなんとちょうど10年目だ。げげっ!それだったら、いくらボトックスをしたところで意味なしだ。検査するかー。また手術かー。うううー。やだなー。爪がはがれただけでなく、両手とも爪が食い込んで血だらけである。どんどん同じところに入っていくから超痛い。マジで、これは痛いのだ。おかげで今は包帯ぐるぐるまきである。美しいネイルの爪が台無しだ。このごろ胃液に血が混じる。やっぱり手術かなあ。あー、やだなー
2007.12.02
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