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医療関係の出版社の編集の方の目にとまり、きもちのこえの書評を紹介していただきました。編集者というと、一緒に本を作ったぱふぃんさんもそうだが、本の読み方がとても上手だ。筆者のわたしがいいたかったことをうまく拾って、また、うまい言葉で伝えてくれる。書評を読んで、わたしも、あ、この本読みたいな、と思ったよ(笑・自画自賛)看護師さんの本を沢山作っている会社でしょう。ということは、看護師さんのもとにぽっぷくんがたどりつく可能性がある。感激だ。今日も入院している、障害や病気の重いこどもたちのきもちのこえを、知りたいなあ、と思おう看護師さんがまたうまれると、とってもうれしいなああああ。ありがとうございました 株式会社メディカ出版 ナーシング・グラフィカRapport 私の本棚 http://graphicus.medica.co.jp
2008.07.31
夏休みが本格的になってきて、どたばたと、忙しい毎日である。弟が休みだと、楽しいけれど、わたしは、にぎやかで少々疲れる。そのために、たくさん弟用の行事を計画するのだけれど、それでまた、家族一同忙しくなる。夏休みは、たぶん、あっという間だね。少々お疲れの事務員が新しいマッサージオイルを買ってきてくれた。すごくいい香りのする、リラックス用オイルだ。はやく使いたいなあ~。ラベンダー・オレンジ・ネロリ・カモミール・ティートゥリーのブレンドです。ほんと、いい香なの。明日のケアのお楽しみ。ヘルパーさんも期待してほしい。
2008.07.30
関西の大雨でずい分被害が沢山でているニュースを聞いた。積乱雲の仕業というので、ほんのちょっと責任を感じている。東北は地震。関西は水害。ナンだか大変な夏休みだ。ウチは、山にあるので、水害はないだろう~、と安心していた。しかし!水害は起きた!弟がトイレであふれて止まらない水の中で立ち尽くしていた。おかあさ~~~ん、・・・・・と血の気が引いた声がした。確かにトイレは3センチの浸水であったそうである。流れないのでどんどん水を出したのだ。家の傾きのとおりに水はたまっていく。 今朝の母は落ち着いていた。わたしが介護に使っているペット用シートが活躍した。大型犬用を沢山使って、自体は収集した。弟は避難し、止まった心臓も動き出したようである。 その後、母は下痢になった。人間の身体は敏感である。ショックの弟は正しいトイレットペーパーの使い方を復習することだろう。父は、あふれるトイレにトラウマがある。住み替えのたんびにトイレがあふれる。この家でも起きてしまった。二度あることが三度目になって、収束するのだろうか。それとも、もっと恐怖が増幅するのか。こちらは静かに見守っていきたい。 わたしは、一連の事件の間、冷静に事態を聞いていることができた。たぶん、耳元で流れていたバッハの音楽のおかげだろう。トイレとバッハには意外なつながりがあった。
2008.07.29
歌うことを仕事にしている人に初めて会った。ホンモノの声楽家、テノール王子である。「森の音楽」をテノールさんのために作った。テノールさんに出会う前に、これからどんな音楽の森に入っていくのか、とってもわくわくしたのだ。わたしの全身が耳になって、どこへ進んでいくのか?森の中はまだ暗くて、よく見えない。テノールさんがわたしにベッドの横に、すっと現れた。挨拶しただけで、その声の奥に森が見えた。木の葉の間から木漏れ日が線になっている。テノールさんが話すたびに、森の中が明るくなっていく。そして、なんと、歌ってくれた。わたしの詩にすでに知っていたたくさんの曲からピッタリのメロディーをつけた小曲だ。感動して呆然とした。そのあと、少ししてから、体がモーレツに緊張した。体の細胞が喜んだのだ。初めてホールで音楽を聞いたときのふわふわをまた感じた。なんで、こんなに美しい声が出るんだろう。ものすんごく、練習したにちがいない。人間とはすごい。わたしの詩のことばがふってくるように、テノールさんの音楽はふってくるのだろうか?どこから、何にのって、どんな道のりで、何と一緒に、どんな臭いで、どんな色で??????クララさんのクラリネットの生演奏もそうだけれど、テノールさんの声の響きにも宇宙の空気のすきまから入り込んできたような、今、ここでしか聞くことのできない光を感じた。今はもう消えてしまってみえないけれど、確かにそこにあって、つかみそうだった光だ。本の行間に染み出てくる作者の精神とか、大好きな人に会ったときに呼吸がラクになることや、美しいものに接したときに首の付け根をすっと羽で触られたような。見えなくても、たしかにそこにあった光。いのちの光なのか。なんだろう?テノールさんの音楽と一緒にわたしの詩がまた、息をしそうだ。何を見て何を感じてどんな詩が生まれるか。テノールさんとどんなコラボになるのか。どんな森の景色になるのか。ただのわくわくに、皮膚感覚が加わった。わたしがコーフンして腕をのばしたときに、すっと手をとってくれた。テノールさんの手は柔らかい手だった。そっと触って握手して、その瞬間森の門が開いたような気がしました。世の中に音楽があって、ほんと、よかった。テノールショックで、ぱっちり目がさめた。こうしてはいられない。
2008.07.27
克服のタイミング 誰にでも苦手や嫌いがあるだろうできればそっとしておいて隠してなかったことにすればいい いわれなくてもわかってる隠したって無駄なこと 知らないうちに嫌は嫌でどんどん育ち勝手に大きくなっていく知らないうちに嫌は嫌のパワーを育て勝手に主人を支配する いわれなくてもわかってる隠したって無駄なこと 嫌は嫌でそのままにそっとそこにいればいい嫌を嫌でいることに変わるチャンスも潜んでいる だが今がそのときでないのならそれもそれでいいじゃない?鳥が気流にのって羽ばたくように全てのタイミングが出会う準備を進めているのだ
2008.07.25
真夜中に地震が起きて、超びっくりした。やっと寝たところで。飛び起きてしまった。父が近くにいたけれど、とっさに、なにもできないねえ、と語る。ただ横になって、頭も守れないわたしは、ほんと不安だ。幸い、家の被害はありません。避難お助けチームのご近所さまからすぐに、電話をいただきました。夜中なのに。安心しました。ほんと、ありがとうございました。ずい分たくさん怪我をしたひとがいます。弟は、一人で二階で寝ていたので、ものすごく怖がっていた。夜中なのに、逃げる用意などしていたようだ。物音がずっと聞こえた。最後は、寝なさい!としかられでいたけどね。ヘルプカード(障害がある生徒が助けてほしいときに提示する身分証明のカード)を枕元においていたそうだ。弟なりに考えた行動だ。それくらい、「怖い」と思うことは、めちゃめちゃ怖いのだ。どんどん怖さが増幅する。今日の弟は朝から、避難モードだった。落ち着かない。私は少しどきどきしながら、それでも、なんとかいつもどおりになった。寝不足と蒸し暑さと雨で夕方ころからどっと疲れてきた。みーんな、寝不足の東北地方である。
2008.07.24
きもちのこえの詩を、いのちの電話広報誌にのせていただきました。いのちの電話の人々は、電話でいろいろな相談にのっている。夜中もつながる電話だといいます。わたしも入院しているときなど、苦しくて眠れなくて、体がつかれているのに心に鉛を抱えているときは、本当につらかった。看護師さんが見回りに来てくれるだけでほっとしたものです。話をしなくても、のぞいてくれるだけで、よかった。(となりで母はぐーぐー寝ている)電話をかけて、何も話さなくても、きもちのこえが伝わるのだと思います。ことばという、形にならなくても、あなたとわたしが向き合っている(知らない人どうしでも)ところが重要です。一人ではないことを確認するからですね。広報誌80号には、ロゴセラピーの話ものっています。生きることの意味を考える手助けになりそうです。わたしは、それを読んでもらって、もっといのちを大切にしようと思いました。たぶん、助ける人も助けられる人も、お互い様。それで、生きていくことができるのだと思います。それを確認する方法のひとつが電話なのだ。わたしは電話することはできないけれど、もし、私が電話して、話ができなくても(声も出ないし)きもちがつうじるのだと思っただけで、かなり元気になれました。広報誌は仙台いのちの電話のホームページで見ることができます。http://www6.ocn.ne.jp/~sen/index.html
2008.07.23
雨にも負けず、貴重な一日、やっぱりこの目で確かめないと、というわけでローラアシュレイへドライブに出かけました。例のカニューレベルトを作るためのかわいい布探しである。yokoさんに聞いておいてよかったよかった。ちょうどセールをしていたよ。ぱりっと華やかに、かわいい気分で楽しくカニューレをモットーにいろんな生地を見ました。花柄基本なんだけど、迷う迷う。この前のミセスローズにいただいた、イギリスのバラを思い出して、ローズピンクの少しハッキリした模様に決定!広げてよし。細くしてよし。お店のスタッフさんが、以前買い物をしたときのことを覚えていてくれました。すかさず、ローラの癒し効果について解説すると、とても喜んでくれました。ローラ情報については、ひつじウイルスと同じくらい、かなり定着してきたので、私のベッド周辺にはローラがたくさんあるのだ。お店の雰囲気は行くたびに少しずつ変わっていて、そのたびに新鮮な気持でうれしくなる。私の車椅子も上から下までローラづくしなのでいうことなし。ローラの花を見ていたら、花模様のブラウスを着たくなって、別のお店でうーんとかわいいのを手に入れました。これで、絶対楽しい夏になるはずだ。ローラのオーラにまたもや癒された1日でした。感謝。
2008.07.21
センターの通所日です。まちに待った所外活動!ついに参加である。今回は市内の他区にある障害者福祉センター訪問です。私は太白しか知らないから、うーんと興味があった。一応、太白の良さをアピールしようと思って、例のどうすんのTシャツを来て出かけた。営業、営業!はじめはMセンター。喫茶店もあるきれいな建物である。利用者さんたちは、こちらも外出中というので、静かである。絵画の活動中のみなさんの様子を見学させていただいた。うーん。展示の絵を見ていたら、むくむくと何か描いてみたくなった。人がやっていることを、話に聞くのと、見るのとでは、全然違う。同じ絵でも、今までの私は線画とか色鉛筆とかを主にイメージしていた。学校時代は先生がいろいろ用意してくれたけれど、これからは、自分でなんでもできるのだ。そうだよ。だから、人の作品をもっと沢山見たい!、と思った。活動部屋を見学したら、なんと、あの!トランポリンがあったのだ。空気で吹くらます大きなプールみたいなアレである。私は、高等部の登校日で、恐怖の体験をしたときを鮮明に思い出した。あの時、二度とやらない、と心に誓った。小さいときのシーツブランコの恐怖がよみがえったからだ。しかし。同行した他の利用者さんが体験しているのを見ているうちに、なんだか、そんなに怖そうでもないかな?となぜだか思った。ちょっと、やってみようかな~。とちらっ、と思ったときに、やってみる?とタイムリーな声がけ・・。いっちょ、やるか。というわけで、できちゃったのだ。すんなりと。恐怖を感じず、ゆらゆら、ぽんぽん弾んで楽しかった。全く新しい場所で、師匠と一緒に体験したトランポリンである。自分なりに分析してみると、恐怖を感じた時代よりも、体がずい分大きくなって、弾みで吹っ飛ばされなくなった。それから、ずっと心の中に溜め込んでいた、シーツブランコの恐怖を本に書いてやった、という節目が一区切りになったのかもしれないな。あんなに怖かったトランポリンができた。越えたんだ~。自分でそのことを確認したら、とってもすがすがしい気持になって、一人でにやけてしまったよ。越えた。越えられた。その瞬間は案外、あれっ?というタイミングでやってきて、何の気なしに、通りぬけることができた。気にしていると思っていたのに、自分で気がつかないうちに、もう、実はすでに越えていたのかもしれない。すんごく、うれしい。次の訪問先、Wセンターでは、もうニヤニヤが止まらない。みんなが不思議に思ったってニヤニヤ。うっひっひ、だ。太白センターに戻ったときは、もう5時間も車椅子から一度もおりていないことに気がついたくらい、集中して楽しい外出だった。もう、担任だったぽっぽ先生にだって、胸をはって報告できる。成長しましたよ~ん
2008.07.20
森の音楽 森の入り口に大木が立つ見えない森を守る門番のように昔からじっとそこに立つ幹にねじれてからむ時間のすじがぶつかり分かれて層になる 森の入り口に耳を置くと木の葉のすきまに線が一本走り出すはじめはゆっくりしだいに速く木の葉で隠れた森の奥へ私の耳をつれていく 光の線が山の端から急いでおりて水のきらりをつかまえた川の始めを音に変えた 耳が風の息に触れた木の葉を揺らしてまたひとつ音の線が走り出す 大木の木陰に座るわたしのもとへ耳がするりと戻ってきた一本の線は五線になり幹の腕に平行に合わさった 私の鼓動が森の指揮を感じ取る幹をつたい天へひろがる音のない音楽いのちそのものいきているそのこと 森の音楽を聴きたい人は大木が目印の森の入り口へどうぞおいでください
2008.07.18
療育センターのシャンパンさんが訪問してくれました。久しぶりに会って、今年のわたしのやりたいことや、そのために必要な支援などを一緒に考えた。療育センターでは子どもから大人まで継続して支援をしてくれます。私などは、障害もいろいろと取り揃えているし、それで進路や、医療や、福祉や、地域の生活やら、と何かとこんがらがりやすいのでとっても心強い味方なのである。療育センターは市の施設である。私が今利用している市の障害者福祉センターも市の施設なので、きめ細かく相談にのってもらっているわけ。今までスーパードライさんに担当してもらっていましたが、この春に異動してしまったので、今度は誰かな~と楽しみにしてた。そしたら、おしゃれの話ももりあがる女性になったというわけ。スーパードライさんには悪いが、さっそくバーゲン情報から話が始まるところがうれしいよね。今年も含めてこれから、やりたいことを話していたら、次から次へ出てきて、どれからやるんだ!と事務員が頭を抱えた。全部やりたいことだし、面白そうなことばっかりなのだからしょうがない。全部同時進行でお願いしたい。とはいっても、長期の計画や、順番は考えることができるようになってきたので安心してほしい。体調もよいから、大丈夫だと思う。自立支援法になって、福祉現場がいろいろ変化した話を聞いた。いいことも大変なこともある。つい、大変なことばかりが聞こえるけれど、私たちには全体のことがなかなかわからない。自分の生活で、大変になったところだけが目立つけど、全体を考える人はみんなのことと一人のことを、同時に考えなくてはならない。その点、去年からウチで会議を開いていただいているうちに、福祉や医療にかかわるみんなの「顔」がわかるようになって、その人たちの大変さも感じられるようになってきた。ので、医療が必要な人たちは今もけして、大満足ではないとしても、何とかよくしようとしている人が頑張っているわけなので、諦めないでいきましょう。やっぱり、やっちゃえモードがいいと思う。で、さしあたって、たくさんある目標のうち、成人式は今年のメインである。ただ、20歳になるのではなくて、いろいろな意味をもつ節目がもうすぐだ。手続きや年金や責任については自分でできるところはもちろん参加して自分でやりたいと思う。区役所に手続きにいくのだって、まだやったことがないのだ。是非行きたいと思う。そして、1月の成人式だ。誕生日も1月なので、ほんとどんな気持になるのかを想像しただけでかなりわくわくする。冬の成人式はきっと無理だろう、と思っていたのがウソのようだ。成人式参加プロジェクトチームを作ってでも、絶対行こうと思う。で、成人のお祝いには乾杯をしなければならないでしょう!最近みんなにオススメをリサーチしているのだけれど、梅酒だったり日本酒だったりチューハイだったり・・・・。そこで、お祝いといえばシャンパン!でしょう!と新たな提案。どうやらシャンパンさんのおかげでやっと決定しそうである。あとは銘柄。記念すべき乾杯は三越あたりでソムリエさんに相談するとしよう。それを買いに、外出計画をたてなければ。さらに、もちろん着物。着物プロジェクトには、わたしのリハビリもかかっている。足をそろえないと。そのために第1段階がボトックスだ。次は車椅子座位へと進む。やっぱ、あぐらはまずいでしょう。と、話はつきないうちに夏休みにケア会議を迎えます。その前にセンターの師匠と個人面談でオススメ乾杯銘柄を相談する予定だ。(いったい、どんな会議だ!?)いやあ~。今年も面白くなってきた!
2008.07.17
放課後の音楽室さんから、超かわいい贈り物がとどきました。ぽっぷくんの風鈴です。さっそくベッドの点滴ポールにつるして、涼しい音を聞いている。窓のすぐ脇には、ラベンダーの木が大盛りになって今よく咲いている。ので、風の香りはもちのろんラベンダーです。その風で風鈴が歌うと、ひつじ君たちは、すっかり草原タイムだ。さわさわ、さわさわ、ちりん~(香りつき)。いいよねえ~。このところ、じわじわと、ひつじウイルスにかかっている人が増えています。街の中で、ひつじグッズを見つけると、吸い寄せられてしいまう人たちです。大きいものから小さいものまで、街のなかにはいろんなひつじ君が潜んでいます。そのひつじ君たちが、ポップ君の掛け声で(ちなみに、これは人間には聞こえない)、お互いに連絡をとりながら、疲れた人間に癒しをとどけている、というわけ。なので、ひつじウイルスはかなりいい種類で、とくにワクチンも必要ありません。 放課後の音楽実さんは、つい買ってしまったようですね。そんな風に、あっ!ぽっぷくん!と気づいてしまった人は、かなりひつじ度が高い人だ。自分や、誰かを、ほっとさせよう、とか、のんびりさせようとかいう、やさしい気持がある人ですね。同時に、かなり、疲れている人かもしれない。 ので、ひつじに気づいた人は、「ひつじ」の歌も歌いましょう!
2008.07.16
センターで一生懸命穴あけをした梅ジュースが、いい感じになってきました。様子をみながら、かりかり、かりかり、と台所から梅っぽい音が。事務員のつまみ食いだ!この、かりかり、がとってもおいしそうである。ジュースの方もかなり、いい感じ。そろそろ乾杯のシーズンです。暑い時には、すっぱー、と梅ジュース。センターで乾杯も近いですよ。
2008.07.14
団地の後ろの山から小熊が迷い出てきた。小熊といっても、熊は熊。なので、町内会から注意を呼びかけるお知らせが来た。熊だって、親とはぐれて、知らないところに出てしまって、焦っただろう。少し前にも、木の上に逃げて、警察のみなさんが捕まえ大作戦をしたことがある。弟はちょっと一人で行動しようとして、迷子になりそうになっただけで、超不安を感じている。親も、心配でなかなか一人でバスにのせられない。想定外の事態に落ち着いて対応できないからである。おまけに、イマドキは、わるい人もたくさんいるので、しょうがいがあることを知って、わざわざ狙われることもある。人がいい弟は、いい人と、わるい人をみわけられられないだろうなあ・・・。私も姉として心配だ。遠くに住んでいる、大おばさんから電話が来た。おばあちゃんにいくら電話しても出ないから、心配になったという。確かめると、振り込めサギかと思って、出なかったというのだ。これは笑える!それくらい、生活しながら気をつけなければならないことも多い。しょうがいがある人の施設に、年金が振り込まれるときだけ面会にくる家族もいるという。だれを信用していいのか、ほんと、考えなければならない。で、小熊ちゃんは、いきなりおまわりさんが向かってきたら、超怖いだろうけれど、山にかえしてもらってはじめて、ほっとする。怖そうに見えて、実はよい人だったというわけだ。でもお母さんは、自分で探さなければならない。街の人ごみの、複雑な「世間」の中で迷子になった弟は、どんな風に必要なことを探し出すのか。これを、幾通りも練習しなければならない。大変なことである。私は、たったひとりでほおり出されるということはない・・・だろう。・・・でも、ウチのライオン母ならやりかねない。私なりにできそうなことを考えておく必要がある。小熊ちゃんのようにたくましく生きていければいいのだが。人間は弱い生き物である。
2008.07.13
急に暑くなって、むしむしの夜は実に寝苦しい季節ですね~。ずっしり重くなった背中のおかげで、ちょっとじっとしていると、かなり熱がこもる。水枕、アイスノン、あっちこっちに詰め込んで、扇風機を上から。それでなんとか寝ていられる。泣かされるのが、蚊。今年もやっぱり好かれている。じっとしているおかげで一気に4個以上食われる。めちゃめちゃかゆい。つらい~~~。で、夕方、蚊取り線香をつけるようになった。とっても夏らしい香りだ。これが香ると夏休みが近い。我が家もそろそろ夏休みの計画をたてるころになった。(弟にはないしょで進める。早く教えすぎると集中できなくなるのです)あれでしょ、これでしょ、それから、あのことも、うーん、忙しくなりそうだ。
2008.07.12
高校生になった弟は、何かと、男同士が好きである。週末も父と母とどっちと買い物にいくか?というとき、父を選ぶ。・・・とはいっても、ほしいものによって、得意分野の方を選択するときもあるけど。それでも、母と行くときは、思い荷物を持ってあげる、とか、手助けをするという気持があって、「う~んと助かった」とほめられると、ステップを踏んでにやけている。父とは、そろそろ相棒か仲間のような、対等な気持を持っているようだ。母の身長を追い越して、父に近くなってくると、洗濯物もどっちのか名前をかかないとわからないくらいだ。弟は、おとうさんの同じくらいに成長したことを、すごおく「大人になってきた」ことだと喜んでいる。だからか、父から注意されるとうんといやがる。母の方がけっこう口うるさいけど、しぶしぶ聞いているのに、父だと怒る。 父と母の気になるツボは違って、それが弟のタイミングと合うときも合わないときもある。母はツボがずれているときは、すぐに方法を変えて修正するが、父はストレートに進んでいく。ますますけんかになる。そのストレートを母に言われると、今度は父と母の対立に拡大する。案外、弟は、すでにもうすっかり忘れて、平和である。 こんなとき、私はチーム外で、観客になれるけど、どっちかというと、女同士で母のぐちを聞いてあげる。ということは、父は一人で孤独である。父はぐちはいわないけど、私の介護で復活するときもあるから協力してあげる。 子どもの存在が家族をつなぐ、というのは、本当である。へへっ、わたしのおかげなのであ~る。
2008.07.11
ミセス・ローズから、イギリス旅行のお土産が届いた。バラのアロマキャンドルや美しいカードなど。キャンドルのフタをあけたとたんに、イギリスの香り。イギリスの空気のもとで、英語を聞きなが育ったバラで作られたキャンドル。外国のものは普段の生活でもたくさんあるが、そこに行ってきた人が届けてくれた、というだけで一気にがものにいのちが吹き込まれる。見たことはないけれど、外国の生活や温度が見えない層になっておみやげの周りを取り囲んでいるようだ。その空気にの層に、さわりたけどさわれないくらいの不確かさが想像力を刺激する。おみやげにはそんなうれしさがいつもくっついてくる。実際にそこに行って、よく知っている人なら、その空気の層はもっとはっきりして形のある懐かしさになるのだろう。それも時間や距離を越えて、そこにいた自分を作り出した一つ一つに思いをはせることができる。イギリスのバラの香りは、キャンドルに閉じ込められて、私のところにきた。その香りから私は知らない国の風のなかでゆれていた花びらを想像する。たぶんその風は、イギリスからずーっと進んできて、さっき吹いた風なのかもしれない。大切に包んで香り運びきて解き放たれしイギリスの風
2008.07.10
弟が二日間、農業高校のみんなと交流学習をした。初日は養護学校にみんなを招き、一緒に作業をした。そして、今日は弟たちが出かけていった。前の日から、うーんと楽しみにしていたことは、行動の速さから伝わった。そして今日は帰ってくるなり、バッタンキューである。アイスクリームつくり、うどんつくり、草花の鉢植えつくり、牛のおせわなどを体験してきたもよう。弟はうどんとお花である。私は高等部のとき、最後の1回だけ、参加することができた。そのときはりんご園で木の下ではじめてリンゴが木にくっついている様子をみた。同じ年の女子高校生と一緒に話をして、うーんと貴重な体験だった、と思い出す。弟は今日の交流をどんなふうに感じたことだろう。わたしは、元気なみんなが通う「高校」に、初めて行ったときに、日本中に同じ18歳の高校生がたっくさん、それぞれの高校に通っているのだなあ、と思った。学校に通えることの幸せをかみしめた。 牛や、馬や、植物や、果物など、生き物を育てる勉強をする高校で、みんなはいろいろないのちのことを考えるだろう。食物連鎖のことや天候と収穫の厳しさや、食べるために育てるいのち・・・。 みんな他のいのちをいただいて(食べて)生きている。たべられない、エネルギーもいただいて生きている。そんなことを勉強できる学校で、今勉強している高校生はなんか、うらやましい。そのみんなと交流できた弟たちも頑張ってほしい。なんだか、食べられない私も、今日は栄養ミルクをありがたくいただく気持になってきた。そう思うと、昨日までより、よく栄養になる感じがしてくるのが不思議だ~。
2008.07.09
ボトックス以降、初めての検診日で、ちよこ子先生にいろいろと報告してきた。どうすんのTシャツで出かけ、書の宣伝もしました。セレブなちよこ先生には「どうすんの」報告には、「は?」という間が・・・・。カルチャーの違いはさておき、元気に活動している様子を伝えることができた。付き添い母は、言わなくていいのに、不覚チアノーゼのことを報告してしまった。おしゃべりである。それで、これまでも、何度もモニターや固定ベルトを阻止してきたのに、さすがの先生にも「う~~~~む」とマジモードに心配かけてしまった。 わかっちゃいるけど、モニターは音もルートもうっとうしくて眠りにくし、固定ベルトも緊張で皮膚にすれる、などなど、理由をつけてお断りしてきた。しかし、まあ、ここまで事態が進むと、私もみんなに心配かけて申し訳ないし、そろそろわがままの境界に接近してきているような自覚もあり・・・。折り合いをつける潮時か、とも思った。そこで、すでに利用している病棟のきたろうくんのベルトを見せてもらいに行くことにした。久しぶりに会うきたろうくんはさらに成長して、小学生オーラに包まれていた。病棟の保育士さんにもいろいろ教えてもらい、カニューレ固定ベルトのアイディア募集中、ということに決心した。胸に回した伸縮性のあるベルトにテープを2本通してカニューレベルトを吊る、というしくみである。衣服の上から通せば皮膚もまあまあ、ってことで、ならば、やっぱりおしゃれが基本でしょうね。 ローラのゴムベルトがあればなあ・・・。と、まあこれは、開発しても売れ行きがよいとはいえないだろうから、ハンカチなどを利用するか。チロリアンテープやレース、ということもあるな。試作品を事務員に頼むことにしよう。
2008.07.08
アロマの会で、クララさんのクラリネットコンサートを聴きました。リラックスして、ゆったりできるように、と選曲してもらいました。アベ・マリア(グノー)、G線上のアリア(バッハ)、アメイジング・グレース(アメリカ民謡)、ホール・ニュー・ワールド(映画アラジンより)、というプログラムで短い時間だったけれどクラリネットの音が会場に染み渡りました。私は、常に、麻痺や緊張であんまり脱力できない。ので、いろんな力を借りてほにゃららをめざす。その時に音楽がすごく役立っていると思う。体調によって、その日にピッタリする音楽が違うし、いつもは聞けるのに、今日はそうでもない、とビミョーである。歌詞がいいときも、つらいときもあるし、音色が耳にいいときも刺さるときもある。その点、クラリネットやフルートのように、静かめで包み込むような音はとっても休まるので大好きだ。ギターやリュート、チェロもいいと思う。なので、聞くときは自然と少ない人数のこじんまりした音楽中心に選ぶことになる。音楽は聞く人の精神状態にとっても寄り添うものだと思う。入院中に別の部屋から美しいソプラノの歌が聞こえてきた。クリスマスの歌で、一気にその時期の居間の様子を想像した。気温や、風景や、生活の細かい場面が音楽と一緒に記憶の引き出しに入っているのだ。音や和音が聞こえるのは耳だけど、頭の中には広い広い世界が生まれる。それでうれしくなったりジーンとしたりしているうちに、体がほにゃららになっている。そして、それは録音もいいけど、直接聞くのが本当にうれしいことだ。でも、私たちはつい、呼吸や痰の音をたててしまうし、きちんと静かに座っていることも難しい。自分でも、聞くということだけに集中できる身体をもっていられたらどんなにいいだろうと思うよ。だから、つい、コンサートに行くことには遠慮してしまうのだ。その点、クララさんのご協力のもと、自由に聞いていいコンサートでは、私も音を楽しんだ。お客さんもそうだったことだろう。また次を企画したいと思います。音楽は本当にいいものだと思います
2008.07.07
ボトックス治療というのは、ボツリヌス菌を利用して、緊張した筋肉の組織を一部殺して力を緩める治療です。ボツリヌス菌はすんごい毒なので、薬自体の管理も厳しくて、届けを出して、認定医のみが治療できる。日本では認められている病気も少ないらしく、私は頸性斜頚というわけで受けてきました。首から肩、背中腰あたりにかけて、数箇所(今回は21)注射をします。19歳というと、まだ小児なので、1週間入して呼吸管理をする決まりです。何もなければいいのだけれど、肩や首は呼吸に関連するので、急にバランスを崩して呼吸困難になることもあるらしい。もちろん、注射のショックも考えられる。今回はいたって順調。注射は痛かったけど、あとはひま。散歩したり、入浴したり、音楽や朗読を聞いたりして、案外楽しく過ごした。映画も3本見た。その中でとてもよかったこと二つ。ひとつは、リフトバス体験である。お風呂はいつでも大好きなんだけど、最近体重が増えて、介護の人たちに苦労をかけている。家でもいろいろ工夫しているが、そろそろ次の対策などといわれて、生きる喜びの危機だ。なんと言っても、自宅のお風呂でまったりするのが最高の楽しみなんだもん。とはいっても、他の入浴方法をリサーチするのも勉強だ。リフトで上下するストレッチャーの上で洗い、移動すると、なんと!お風呂の方が上がってきて、あったまることができる。バブルも出てくる。感動した。それを3回も体験したのがうれしかった。看護師さんの話がいちいち面白いし、本当はもう少しゆっくり入りたいくらいだが、順番なので、しかたないね。もうひとつよかったことは、本を読んだこと。柳澤桂子さんの「永遠のなかに生きる」というエッセーだ。母に読んでもらった。読んでいるとすぐ、朗読者が眠くなるのが難点である。こっちはもっと聞きたいのに。筆者は生命学者で、今も闘中だそうなのだ。なんと、それが私と同じ周期性嘔吐症である。その病気の苦しい様子は、すんごーくよくわかる。それでも、こうしてとてもよい本を書いているなんて、すごいことだ。いのちについて書かれている内容は、わかりやすくて、心に染み入ることがたくさんあった。それに、桂子の桂の字も私も一緒だし。本のことは病院のちよこ先生に教えてもらった。病気のこともだけど、この本のことも報告しなくちゃ。 体のこと、生活のこと、いのちのこと、なんか、いろいろ考えることができた楽しい1週間であった。次にまたボトックスをするときはもう成人している。すると外来治療になってしまう。ちょっと、寂しい気もするねえ。首の緊張は少しづつ効果が出ていると思う。なかなかよい治療だと今回はちょっと見直した。
2008.07.06
ただいま~。ただいま、かえってきました。家はやっぱりいいですねえ~。帰りがけにきれいなタチアオイが咲いていました。さあ、夏ですよ~。まずはまったりお昼ねいたします。身体はなかなかいい感じです。
2008.07.04
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