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創業したのはいいのですが、採用するのは、社員にしてもパートタイマーの女性にしても、会社までの通勤時間が、1時間位の近所の人です。やっぱり、通勤時間が1時間以上かかると長続きしません。 私たちは、集団の中にいると、その集団の能力を客観的に、把握するのは難しいものです。社会心理学の分野には、「自分自身への評価」に関する研究が多くあります。例えば、自分の属する集団が成功したときには、その原因を集団自身の能力や、頑張りなど、内容的要素にあると考えます。自分たちの能力の高さだと思うのです。失敗したときには、原因をそのときの状況など外的な要素に求める、というこの二つを、認知バイアスと呼び、良く知られています。これは、自分の属するチームがプロジェクトを成功させたときには、「誰々さんのおかげだ」「頑張りが実った」などと考えるに対して・・・失敗に終わったときには、「状況が悪かった」「予算が少なかった」などと、外的要因に考えることを意味します。ほかのチームのことについては逆に、成功の原因を「運が味方したから」など外的な要素にあると考え、失敗の原因が集団に備わる性格にあるとします。自分や所属するチームの貢献度合いについて、主観的評価と客観的評価は異なるのが通常です。自分や所属する部署が、社内でどのような貢献をしているか、具体的に思い起こしていきたいものです。合掌
2026/05/14
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私は小さな子供頃から、明るく明朗な子を心がけてきました。周囲の人に対して、明るく明朗に振る舞うのです。次第に周囲の親や、友達も私を見習い、明るく明朗になります。4月に新入社員として入社した人は、まだ分からないことが多い中で、仕事に邁進しているのではないでしょうか。それとも明るく周囲を巻き込み、絶えず、人の先頭に立っているかもしれません。分からないことや疑問があれば、なかなかできないことですが、すぐに先輩に聞いたり、資料を確認することが大切です。それをすることにより、先輩や上司は、素直に教えてくれます。その際に、内容や仕組みを理解して、着手できればよいのですが、すぐには難しいこともあります。そのようなときには、まず上司や先輩から言われた通りにやってみるのがよいでしょう。実際にやってみることで、後から理解できることも多いからです。まずは言われたことに、素直に取り組み、何事にも「ハイ」という返事をして、指示を受け止めることが大切です。すぐに、明るく、大きな声での返事を心がけることによって、仕事に対して、前向きな姿勢が培われます。仕事を依頼されたら、「ハイ」と明るい返事をしてみましょう。そのように様々な仕事を、積極的に行う中で、仕事を理解していきましょう。合掌
2026/05/13
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丁度1週間前が5月5日の「こどもの日」ですが、まだ、今月は、あちこちで大小様々な鯉のぼりを見ることができます。5月は、鯉のぼりの季節といえるのかもしれません。その鯉は、清流はもちろん、池や沼でも生息することができる生命力の強い魚です。鯉のぼりは、鯉が急流をさかのぼるように、子供がどんな環境にも耐え、立派な人になるようにとの、立身出世を願う、端午の節句の飾りです。四季折々の節句に限らず、行事は家族のつながりを再確認し、より強くする意義もあるのではないでしょうか。3人の息子の健やかな成長を願い、我が家の庭に、鯉のぼりを立てると、同居している両親が、福知山時代の昔の鯉のぼりを凌ぎ、私の小さい頃の思い出を語ってくれました。運動も勉強もできた兄に対し、私は勉強はできたようですが、運動能力はなく、病弱だったようです。そのため、牛を飼って牛乳を売っている農家と契約し、牛とヤギで一年を通し、生のミルクが飲めたようです。御蔭様で、84歳の今も元気で過ごしております。右足の膝の軟骨が擦り減り、手術をしましたが、元気に退院できております。両親、特に母親には感謝しかありません。私の戸籍喪失は、自分の責任と必死になってくれたお陰で、昭和25年の最後の妹の跡ですが、「裁判により復籍」し、高校へも行けました。五月晴の空にはためく鯉のぼりを仰ぐと共に、未来の日本を背負う地域の子供たちの幸せを、祈りたいものです。合掌
2026/05/12
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会社を経営していて、一番大切だと思うことは、お客様からのクレームです。お客様も、できることなら言いたくないのに、敢えてクレームをつけるのは、顧客として我慢ならぬからです。自信を持って世に送り出した商品、技術、サービスが、顧客に満足されれば、かけがえのない喜びが得られるものです。しかし、逆に苦情を訴えられた時には、落ち込んでしまうこともあるでしょう。その時に必要なのは、1.クレームの内容を正しく聞き取る。2.連絡をしてくださった労に感謝の意を表わす。3.こちら側のミスであれば、お詫びをする。4.今後の対策を迅速に検討する。といったことが挙げます。その商品の問題を指摘してくれたことに感謝し、「クレームは貴重な情報である」と、肯定的に受け止めたいものです。その声を活かし、商品やサービスについて、社員同士で、改善へ向けた意見交換をする、さらにクレームの原因を突き止め、再発防止に努めるなど、できる限りの改善策を講じましょう。お客様からのクレームは、本当にありがたいものです。自分の会社が、他人に与える真実を知ることになります。それを詳しく聞き取り、自社の悪いところを治すことが大切です。クレームに対して真摯に対応すれば、商品を品質や性能はより向上し、磨かれるだけでなく、自社のファンが一人増えることでしょう。合掌
2026/05/11
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五月は、一年で最も祝日の多い月です。私は、北半球の国々は、写真用品を売るために、ほゞ全域を回りましたが、日本が世界でも、休日の多い国だとは知りませんでした。しかし、北半球の国々を廻り、休日は日本より少ないかしれませんが、ほとんどの国が、日本人より働かないのは事実だと思いました。食事の時間が長く、休憩している時間がとても長いのです。日本は、憲法記念日、みどりの日、こどもの日と、五月の初旬に祝日が連続し、大型連休となっていますが、祝日の始まりは、1948年に「国民の祝日に関する法律」が制定されたことです。憲法記念日は、「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する」ため、みどりの日は「自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ」ため、・・・・・ こどもの日は「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」ための日とされています。日本は国全体の祝日のみですが、海外に目を向けてみると、アメリカには国全体の祝日に加えて、各州で独自に定められているものもあるようです。また、イギリスには「バンク・ホリデー」という、かつて多忙で休みが取れなかった銀行員の休暇のために、設けられた祝日もあります。日本は、世界の中でも、祝日が多い国として知られています。その祝日の由来を調べてみるのもよいかもしれません。日本人は、働き過ぎかもしれませんので、ゆっくり休むことにしましょう。合掌
2026/05/10
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何かをしようとした時に、タイミング悪く声を掛けられて、調子がくるってしまうといった経験は、多くの人が、職場の中で経験していることでしょう。例えば、書類を確認し始めた直後に、電話が鳴ったり、出かけようとした矢先に、呼び止められたりした時が、それにあたります。おまけに、年をとった84歳の今は、他人から声を掛けられると、自分が何をしようと思っていたのか、声を掛けられた瞬間、自分のしようとしていたことを、忘れてしまいます。 年は取りたくないものです。それにしても、電話を掛けてきた人や、呼びかけた相手の要件によっては、自分のことは脇においてでも、立場上、相手の都合を、優先して対応せざるを得ないでしょう。その際、たとえ我慢していたとしても、その思いを引きずっていると、それが表情や声色に表れてしまい、相手との関係も、こじれてしまいかねません。どうしても、相手に合わせなければならない時に、事をスムーズに進めるためには、直ちに<自分の都合を優先したい>という気持ちを、手放しましょう。素早く心を切り換えた分だけ、相手の依頼に対して、行うべき自身の行動が見えてくるはずです。その時その場の状況に合わせた、応対を目指したいものです。人生100歳時代になりました。弊社は、退職年齢の人も、たくさんの人が、5年、10年働いています。多少、給料が下がっても、長く働いた方が、幸せかもしれません。合掌
2026/05/09
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5月のゴールデンウイークも一段落し、仕事に打ち込もうと、一生懸命に頑張っている人や、ゴールデンウイークで少し疲れ気味の人が入り乱れ、様々な人たちが混乱している最中だと思います。今年の五月の大型連休は、雨の日も多かったですが、地球温暖化の影響か、暖かくなってきたということもあり、屋外に出て、心身ともにリフレッシュする人も多いでしょう。一方、4月に入社した新入社員や異動などにより環境が変化した人は、緊張からくる疲労のせいか、この時期に体調を崩したり、気分が落ち込んでしまったりすることがあるようです。心と体は密接に繋がっており、体調は心の状態が、表面化していることが多くあります。生活の変化に、心が追い付かず、不安や心配事が大きくなってくると、体の調子まで崩れてしまいかねません。そうした時は、心を明朗に保つよう工夫することが、大切になります。例えば、自分から明るく挨拶してみる、人にしてもらった親切を数えるなど、様々な手段があるでしょう。自分が明るく振舞えば、必ず、周囲も明るくなります。人を幸せにする大切な手段です。是非、多くの人に実践して欲しいものです。常に心を前向きに、そして他人には、明るく振舞うよう気をつけたいものです。初夏を朗らかに迎えるためにも、心の調子を整え、心身共に健やかに過ごしていきましょう。合掌
2026/05/08
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社史は、創業から今日に至るまでの、‟仕事の取り組み“の歴史と言えるでしょう。弊社も1972年に創業し、4年前に50周年になりましたので、これから弊社に、入社する人のために社史を編纂しました。その際に作成された資料は、歴史が長いほど、膨大な量になりますが、それらをきちんと整理して、保管する方法を、工夫して資産化することも大事です。これまで行ってきた仕事の文書や記録、また画像や映像などのデータを、安全かつ的確に管理・保存する方法を考えることで、会社の歴史を正しく認識できると同時に、新たな仕事の創造にも役立ちます。会社の周年行事や企業PRなどで、自社の沿革や経過報告を行う際に、過去の文書や画像などが、日頃から整理されていると、効率よく有効に活用できます。また、過去にその仕事を支えてくれた、諸先輩の思いや行動記録を知ることにより、現在行っている仕事の目的や、その仕組みに対する理解が進み、今後も踏襲していく点と改善すべき点が、より一層ハッキリしてくるかもしれません。自社の得意分野を、世の中にどう役立て行くのか、一人ひとりが考えて貢献できるよう、過去の足跡を正しく学び、未来を想像する糧にしたいものです。しかし、本当に社史を読んでから、入社する人はいないでしょう。その時々に、募集している会社を見て、ここなら自分で仕事ができそうだと思う会社に、応募するのだと思います。私は、4大証券会社の1社を辞め、将来独立しようと思い写真業界を選びました。入社のいきさつは、当時、一眼レフ5社が世界一であり、カメラ・感材・用品の3業界に分かれ、写真用品業界にしたのです。ものづくりの会社とは考えていましたが、まさかそれが、半世紀以上も持つとは考えていませんでした。このまま長く続くことを願っています。合掌
2026/05/08
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私は、歴史が好きで、小学校高学年から中学にかけては、日本史・世界史の本を片っ端から読みあさりました。今日は、アフリカ大陸の北に位置するチュニジア共和国について語ります。このあたりに、紀元前八百年頃に、カルタゴという国家が築かれました。カルタゴは、地中海西部を掌握し、莫大な富を得て、経済発展を遂げていったのです。ところが紀元前三百年頃より、地中海の覇権をめぐって、ローマと争うようになりました。この戦いをポエニ戦争と呼び第一次、第二次ポエニ戦争ともローマが勝利し、カルタゴは巨額の賠償金を支払うことになります。しかし、経済力のあるカルタゴは短期間で返済、ローマは、カルタゴの国力を恐れ、第三次ポエニ戦争で完膚なきまでに壊滅させました。十九世紀になるまで、どこにカルタゴが、存在したのかわからないほど、破壊したのです。私たちの日本も、1945年(昭和20年)8月25日、第二次世界戦争で、国をこっぱ微塵にされ、敗戦しました。当時は、食べ物もなく、すべて配給制で、家族が朝早くから並んだものです。おまけに私は戸籍まで無くなり、義務教育が終わる中学二年生まで、復籍できませんでした。話は戻りますが、その後の研究で、カルタゴが滅びた理由として、国家や国民の目標が、経済発展のみで、国としての大義、ビジョンが明確でなかったことが、挙げられています。改めて社会において、我が企業が果たすべき目的、従業員として何をすべきかを明確にして、今日一日の業務に邁進したいものです。弊社は、それを1冊にまとめ、その年の会社の基本方針としております。新年に全社員・パートタイマーに配布し、「会社の基本方針」を徹底しております。合掌
2026/05/06
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戦前は母親の実家が、大阪・心斎橋・商店街の大きな呉服屋で、その両隣が、下駄屋と人形店でした。その三軒は戦後も、京都・福知山と大阪でしたが、互いに仲良く行き来しました。それはいいのですが、その第二次世界大戦の時に、心斎橋は大空襲に遭い、福知山に疎開している内に、その後の心斎橋は、母親の呉服店だけでなく、全てのお店の土地や家屋跡が、乗っ取られてしまいました。それだけでなく、母親は、第2子の息子の私を、母親の実家が「士族」の名称がついておりましたので、廃家にするのがもったいないと、私を母親の実家に養子に出し、自分は芦田家に籍を入れました。ここが、私たちの土地・家だと、証明できる状態だったのですが、負けると判った相手から「これ以上裁判を続けると、お前達の命がない。」と脅かされ、全ての店が、そこで裁判を中止しました。家、土地がなくなったのは、仕方ないとして、私の戸籍です。私が復籍したのは、高校へ行けるギリギリの中学2年でした。それはそうと、今日5月5日は、五節句のうちの一つである“端午の節句”です。日本では、江戸時代に武家で飾られていた幟旗(のぼりばた)を、町民が真似するようになり、鯉のぼりを飾る風習となりました。当時の鯉のぼりは、紙で作られていました。この時期に歌われる童謡「こいぼり」を聞くたびに、思い出すことがあります。子供頃、家の前の畑に大きな鯉のぼりが上がり、私は母親に、「まごいってなぁに? ひごいってなぁに?」と聞きました。教えられたかもしれませんが、当時はよく分からず、まごいは「真鯉」と書き、黒の大きな鯉で父親を表わし、ひごいは「緋鯉」と書き、小さな赤い鯉で、子供を表わしていると知りました。今では、これ以外に緑や紫などの色も増え、緋鯉は母親を表わすようになり、そのほかの色は、子供たちを表わし。家族みんなで泳いでいる様子となりました。私は、息子3人に恵まれ、天満の商店街で、親から鯉のぼりを買ってもらったのを覚えております。懐かしい思い出です。合掌
2026/05/05
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弊社は全社員・パートタイマーに、その年の「会社の基本方針」を渡します。その基本方針には、会社の基本方針から全従業員へのするべき内容が明記してあります。もちろん、人間として・人としてのフィロソフィから、会社のあるべき姿まで、明記されております。そして、毎朝の朝礼では、そのフィロソフィを輪読し各自が所感を述べます。要するに、名文として空洞化しないで、そのフィロソフィを実践し、その所感を述べております。一番参考になるのは、障がい者5人が述べるフィロソフィとその所感です。彼らは、ありのまま感じた本当のことを言います。さて本題に戻りますが、アフリカ大陸の北に位置する所に、チュニジア共和国があります。 このあたりは紀元前八百年頃に、カルタゴという国家が築かれました。カルタゴは、地中海西部を掌握し、莫大な富を得て、経済発展を遂げていったのです。ところが紀元前三百年頃より、地中海の覇権をめぐって、ローマと争うようになりました。この戦いをポエニ戦争と呼び、第一次、第二次ポエニ戦争ともローマが勝利し、カルタゴは巨額の賠償金を、支払うことになります。しかし、経済力のあるカルタゴは、短期間で返済、ローマは国力を恐れ、第三次ポエニ戦争で、完膚なきまでに壊滅させました。十九世紀になるまで、どこにカルタゴが存在したのか分からない程、破壊したのです。その後の研究で、カルタゴが滅びた理由として、国家国民の目標が、経済発展のみで、国としての大義、ビジョンが明確でなかったことが挙げられます。改めて、社会において、我が企業が果たすべき目的、従業員として何をすべきかを明確にして、今日一日の業務に邁進したいものです。合掌
2026/05/04
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門真で創業し、第一工場、第二工場、第三工場と、事業が拡大し、それを一つの工場にまとめるため、三方を道路に囲まれた現在の工場に移転しました。それも、土地・家屋も全て自社のものです。新工場になってからは、全工程を社内で仕上げると共に、100余名が一度に食事ができる食堂も作りました。外注に依頼すると、1台だけなど小ロットは、対応してくれないのです。昼食の話に戻りますが、現在は弁当屋を利用していますが、移転当初は、毎晩残業もしましたので、調理人も採用しました。それはそうと、平成17年に、食育基本法が制定されてから、農林水産省によって食育推進基本計画が進められています。「朝ごはんを食べよう」 「バランスよく食べよう」 などの目標が掲げられており、その中の一つに 「みんなで楽しく食べよう」 という共食のすすめがあります。共食とは、家族や友人などと、一緒に食事をすることで、農林水産省の研究によると、共食の機会が多い人は、機会が少ない人に比べて、日頃感じているストレスが少ないといいます。職場においても、休憩時間に食事を取る人がほとんどでしょう。その時、職場の仲間と一緒に食事を楽しめば、情報交換やコミュニケーションが取れるだけでなく、心のリフレッシュにもなるのではないでしょうか。新しい間柄を「同じ釜の飯を食う」と表現するように、仲間との食事は、自ずとお互いの距離を縮める効果があるものです。家庭においては家族と、職場においては仕事仲間と、共食の機会を増やしながら、絆を深めたいものです。合掌
2026/05/03
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本日は、唱歌「茶摘み」で馴染み深い「八十八夜」です。八十八夜は、立春(2026年2月4日)を一日目として、八十八日目にあたる日で、「新茶」が出回る季節です。初物(はつもの)のお茶を飲むと、その年を、無病息災で過ごせるといわれています。お茶所・宇治は、私が住んでいる枚方から30分で、一面、茶畑の宇治茶の本場に行けます。その茶畑は、何とも言えない圧巻の景色です。若い頃は、ホームコースが滋賀県の信楽ですから、土・日になると、一面の宇治の茶畑を軽快に走って、ゴルフ場まで行きました。新茶は夏前に収穫するので、紫外線の影響が少なく、旨み成分のテアニンを多く含み、甘く爽やかな味わいが特徴的です。さらには新茶ならではのフレッシュな香りに、癒しの効果も期待できます。これ以降は「二番茶」「三番茶」となり、味は渋みが強くなります。俳人の小林一茶は「新茶の香 真昼の眠気 転じたり」と詠んでいます。昼下がりの、気だるい気分を、新茶の香りが、覚ましてくれたのでしょう。また歌人の窪田空穂(くぼたうつぼ)の歌に、「茶にまさる 物なしというは 我ならず 声そろえ言う わが舌わが喉」があります。自分が言っているのではなく、舌や喉がいっていると詠んでいるところに、面白みがあります。 四季折々の情緒を感じたいものです。合掌
2026/05/02
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私たち人間には、何も忘れて夢中になれる遊びも大切です。現代の娯楽といえば、映画鑑賞やゲーム、ショッピング、旅行などが挙げられるでしょう。娯楽の歴史を辿ってみると、身分制度の確立や、年中行事の一環として、貴族や一部の富裕層の間で、娯楽が楽しまれるものとなりました。平安時代では、TVや雑誌でよく見るように、鹿のなめし皮で作った鞠(まり)を蹴り上げ、落とさないように続ける「蹴鞠(けまり)」や、現代の囲碁にあたる「碁」などが、貴族の娯楽の一つでした。また、貴族の間で行われていた現代のポロやホッケーにあたる「打毬(だきゅう)」が、庶民にも波及し、長い柄のついた木製の槌で球を打つ「毬杖(ぎっちょう)」が、正月の楽しみとして広く普及していきました。江戸時代になると、労働者が江戸に集まり、寿司や天ぷらを、屋台で食べる外食が流行し、歌舞伎や落語、相撲なども、今と変わらず、人々を魅了していたのです。84歳の今の私は、ゴルフオンリーですが、若いうちは、囲碁、将棋、麻雀をはじめ、花札、競輪、競馬の博打に専念し、28歳で家を買ってからは、全ての博打をピタリと止めました。証券会社に勤めていた頃は、才能を磨くために、博打なら何でも挑戦しましたが、皆さんは、博打は、やめた方が賢いと思います。なぜなら、博打会社はつぶれた話を聞いたことがありません。言うことは、博打(ばくち)会社は負けないということです。私たちの生活をより充実させ、豊かにしてくれる娯楽の歴史に、今一度、関心を寄せたいものです。合掌
2026/05/01
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