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先日・28日~29日は、裏日本といわれる山陰へ行ってきましたが、大阪とは全く違う底冷えがし、帰りはチラチラと雪が降る中、宮津市の元伊勢・籠神社(このじんじゃ)へお参りしてきました籠神社の本殿には、五色の座玉(ごしきのすえたま)という、大変珍しい社殿装飾があります。 これは、伊勢神宮と籠神社のみにみられるもので、元伊勢としての伝統をあらわすともいわれます。 五色の座玉とは、本殿の高欄に青・黄・赤・白・黒の5色で飾られた宝珠のような装飾のことです。しかし、こんな田舎の籠神社(このじんじゃ)も、次から次へと、観光バスで訪れる中国人家族で一杯でした。今は二十四節気の大寒(2月2日迄)ですが、底冷えのする寒い一日で、さすが裏日本と感じました。しかし、裏日本といっても気温が低かったり、大雪に見舞われたりと色々です。それよりも、日常会話の中で、この時期によく使われるのが、「寒いですね!」という言葉ではないでしょうか。「寒いですね!」という言葉は、相手に同意を求めるニュアンスを含みますが、相手も自分と同じように<寒い>と感じているかどうかはわかりません。あくまでも主観であって、人によって感じ方が違うからです。しかし、「私は寒くないです」と否定するとしたならば、会話が続かなくなるかもしれません。もし、自分が寒く感じていないとしても、「まだ寒い季節ですね」など、相手の気持ちに配慮することも大事です。寒さ以外にも食べ物の好みや天気など、人によって感じ方や受け止め方が異なる話題では、できるだけ肯定語を使って話すのがよいでしょう。合掌
2025/01/31
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私は、山陰の京都府福知山市で育ち、この時期は、山陰の海で獲れた蟹を食べずにはおれません。28日・29日はお休みをいただき、京都府の久美浜でタグ付き蟹を食べてきました。しかし、こんな山陰の田舎にも、中国人や欧米の外国人が一杯で、街を観光したり、食事をするためお店に入ると、そこには日本人は見当たらず、外国人ばかりでした。話は、変わりますが、早くも1月は後一日となり、 「一月往ぬる、二月逃げる、三月去る」 を、実感として感じます。これは、 「一月は行く、二月は逃げる、三月は去る」 ともいわれます。正月から三月までは行事が多く、あっという間に過ぎてしまうことを表現しています。一月は年始の休みがあり、出勤日が少ないことから、今年も一ヵ月が瞬く間に過ぎたと感じたことでしょう。二月は、ほかの月に比べて日数が少ないのが特徴です。アクテックは、ひと月、20日稼働が基本です。二月は、9日間が休みで、19日間が仕事の28日間となっています。しかし、この一日不足した分は、すぐ三月に取り戻します。三月の予定を見てみると、10日休みの、21日が仕事になっています。その中で、個人個人は休みを取ることが要求されています。しかし、この二月は、 「一月往ぬる、二月逃げる、三月去る」 の言葉の通り、バタバタしている内に、あっと過ぎてしまうものです。しっかりつかまえて、仕事に励みたいものです。合掌
2025/01/30
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私は、再三、書きますが高校までは、福知山で過ごしましたが、その時は、大阪~福知山を結ぶ、福知山線のすぐ近くに自宅がありました。当時は、列車が通るのは、一日に数本の僅かでした。ところが、5分程の福知山駅近くに行けば、今度は、福知山駅は山陰線の鉄道管理局があり、列車の試運転や、その他で、開かずの踏切が常識でした。慣れている人は、そこを避けて通ったものです。その踏切は、朝駅近くのため、山陰線と福知山線が交錯しており、朝夕のラッシュ時には次から次へと電車が通過し、遮断機が降りた状態が長時間続く「開かずの踏切」になるため、決まって渋滞となるのです。まったく進まない状態に、従兄弟が思わず「電車の数を、今より少し減らせば、この渋滞も、解消されるのに!」と愚痴をこぼしました。しかし、私は、冷静になるように従妹をたしなめました。朝のこのラッシュ時の電車を、減らしてしまうと、通勤する人や通学する人が、大変なことになることを伝えました。従兄弟は私と一緒で、自宅が近くにあり、電車に乗らずとも通学できますが、当時は中学・高校は電車通学の人がいっぱいおられました。踏切の前では「電車を減らしてほしい」と願い、ホームに立てば「電車を増やしてほしい」と願っている自分の浅はかさに気がついたのです。立場が変われば、物事の見え方は変わります。何か思い通りにならない時こそ、自分本位の見方を控え、相手の立場にたって、物事を考えたいものです。その正反対の背景に思いを巡らせるなど、視野の広い見方をしたいものです。合掌
2025/01/29
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野球ファンの多くが知っている、ボビー・バレンタイン氏は、メジャーリーグのニューヨーク・メッツなどで、監督を務めた名将です。日本でも千葉ロッテマリーンズで指揮を執りました。バレンタイン氏は、1995年と、2004年から2009年までの2度、千葉ロッテの監督となりました。取材の記者に、にこやかな微笑み、気軽に応対する姿が、忘れることがありません。同チームで捕手として、活躍した星崎智也氏は、バレンタイン氏の魅力を、「選手の話を、しっかり聞いてくれること」 と言います。球場内の監督室のドアは、常に開かれており、バレンタイン氏は 「何でも言いに来てくれ」 と、選手に伝えていました。そうすることで、選手が監督とコミュニケーションが取りやすくする環境を作ったのです。そうした環境づくりを行ったことが、結果に結びつき、2005年にロッテを31年ぶりの日本一に導いたのでした。私は阪神ファンですが、その時の感激は忘れることがありません。職場でも、社員同士や上司と部下のコミュニケーションを、取りやすくすることは、仕事をスムーズに進め、良い成果を得られる可能性を高めてくれるはずです。毎週・月曜日の合同朝礼、毎朝の朝礼、木曜日の部門長による来週の予定のすり合わせ会議等、すべて、社内のコミュニケーションをよくするための打合せです。連携を取りやすくするためにも、風通しの良い職場を作っていきましょう。合掌
2025/01/28
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高校3年の福知山時代までは、この時期、暖房といえば 「炬燵(こたつ)」 の時代でした。その頃は、部屋を暖めるといえば、火鉢(ひばち)と、寝る時は炬燵(こたつ)でした。今は、床暖(ゆかだん)とエアコンと石油スト―ブで、随分暖かな部屋で過ごしていますが、昔も、「炬燵(こたつ)」には、様々な種類がありましたが、それが、今も引き継がれています。イスごと入れる「ハイタイプこたつ」や、一人用の「パーソナルこたつ」、デザインを重視した「円形のこたつ」など、様々です。炬燵は、一人で勉強するのにもよし、多くの人とコミュニケーションも計るも由です。その炬燵(こたつ)は、今は昔、約500年前の室町時代から存在していました。はじめは、囲炉裏(いろり)の上に、低い台を置き、着物をかぶせたものだったようです。江戸時代には、囲炉裏に櫓を組んだ「やぐら炬燵」、火鉢に櫓を組んだ移動式の「火燵(こたつ)」などがあり、明治時代には「掘り炬燵」が誕生しました。電気式は大正時代後期に生まれ、戦後にテーブル型の電気ごたつが発売されてからは、炬燵が一大ブームとなり、一般家庭の冬の定番となりました。やっぱり、今も昔も変わりません。しかし物には、時代と共に変化してきた歴史があります。その変遷を知ることで、その物を見る目が変わり、知れば知るほど、愛着が湧いてくるものです。物への愛情がさらに良い物を生み出し、物を変化・発展させてきたのかもしれません。私たちも、日頃使う物への関心と、感謝の気持ちを、深めたいものです。合掌
2025/01/27
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私は、毎月、羽田から飛行機で北海道まで飛び、北は旭川市から札幌・小樽・函館を経て、青函連絡船で青森県に渡り、青森県、秋田県、岩手県、福島県までの主なカメラ店に、写真用品を卸していました。さらに東海道線の神奈川県から静岡県の島田市まで、月の内、23日~25日間の出張でした。オーバーに言えば、日本の半分を、毎月移動したことになります。そんな時、地方・地方のカメラ店から、季節の贈り物が届き、独身の私は、会社の人に配り、皆から喜ばれました。日本の各地方には、それぞれの特産物があるのです。それと、出張が多いため、必要な情報は、No2の取締役が、私の出張予定を見て、訪問先のカメラ店や、個人的なものは旅館に連絡が届いており、本当に嬉しかったものです。それぞれの出張先で、No2の取締役の温かい心配りに、移動の疲れが和らいだことを思い出し、心を配ることの大切さを再認識したものです。当時は、出張のスケジュールが混んでおり、お客様の事情などは顧みず、自分の予定が優先する対応をしていました。そのお店の重要なお客様が、来店された時などは、配慮すべきと気がつきました。この思いやりから生まれたひと手間こそ、相手とのより良い関係性を築き、会社同士の信頼関係を、構築する要因にもなると、確信することができました。84歳の今も出勤して、皆の動きを見ておりますが、適切なアドバイスが思うようにできず、悩む日が続いています。それぞれの人の役割と責任は何か、それに対しその人の動きはどうか。毎日悩む日が続いています。合掌
2025/01/26
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今日は、大阪府高槻市の神峯山寺の両親の墓参りをし、これまでの人生を、両親に感謝すると共に、周囲の人にも感謝した時、ハッと気づき、これを書かずにおれませんでした。私は若くして独立し、本当に周囲の人の助けで、今日までこれたのです。今年で84歳になりますが、これまでの人生を振り返れば、益々その感謝の意が強くなります。感謝・感謝の毎日ですが、これもすべて周囲の人々の助けです。昔の倫理法人の「職場の教養」に下記のような文章があり、私はそれを、大切に保管しております。以下が本文です。私たちは、当たり前にある“日常のありがたさ”を忘れがちです。<誰一人、自分一人だけの力で生きている人はいません。>人間は、自然、家族や職場の人たち、社会など、あらゆるものに支えられて生きているのです。 たとえば、この世に空気がなければ人間は生きられません。水、食べ物にしても同様です。健康を害した時に、健康のありがたさを痛感するというのは誰でも経験があるでしょう。そもそも、両親がいなければ自分はこの世に存在していません。赤ちゃんの時は、誰かに世話をしてもらわなければ、生きられなかったはずです。今、仕事ができるのは、会社があり、上司や先輩に仕事を教えてもらったお陰です。このように、私たちは様々な恩恵を受けて生きています。ないものを数え、不足不満を憂えるのではなく、今あるものを見つけて感謝しましょう。感謝の心が育まれれば、自ずと幸せを感じる機会が増えます。それが豊かで潤いのある人生になっていくのです。合掌
2025/01/25
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私は、創業前から、自分の“役割と責任”というものをずっと考えながら、周囲の人に気を使ってきました。昭和16年産れですが、小学に入学すると知能テストを受け、男女の一番が級長になりました。その頃の私は、疑問に思ったことは、大きな声で何でも先生に質問しました。当然、「男子の級長の“役割と責任”は、何ですか?」と聞きました。すると、その先生は、クラスの男子で起きたことを日記に書く事と言われました。それが、私の日記の始まりで、まさか、80年近くも続くとは思いませんでした。以来、私の日記は、先生に提出し、先生は男子生徒の動きを把握して、赤ペンで、漢字の間違いや、感想を書いてくれました。それが、中学3年まで続いたのです。当初は緊張しましたが、慣れれば自分の思いを綴ることができました。「緊張」とは、 「はりつめて、ゆるみのない状態」 をいいます。仕事では緊張する場面がたくさんあります。アメリカ心理学会の会長を務めたこともあるロバート・ヤーキーズ博士らは、1908年に「緊張しないより、適度に緊張状態にあるほうが、高いパフォーマンスを発揮できる」と発表しました。そしてそれを、 「ヤーキーズ・ドットソンの法則」 と名づけました。では仕事のパフオーマンスを高める、適度な緊張感を保つには、何が必要でしょうか。方法の一つに、具体的な締め切りを、決めることがあります。「午前中にはAの仕事、午後にはBの仕事をする」など、自分なりの目標を持つことで、ダラダラと仕事をすることを防ぎ、程良い緊張感が生まれます。また 「大舞台の前に、緊張する」 など、一時的なものもあるでしょう。そうした場合は、十分に準備や、予習をすることで、過度な緊張状態を避けられます。良い緊張感を持って、仕事に向かい、緊張が、ストレスにならないよう、対処したいものです。合掌
2025/01/24
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私は、若い頃から鍋料理が好きで、普段の食事は、子供の時は母親の作ってくれたものを食べ、結婚してからは家内が調理したものを食べております。しかし、「ボー鍋」だけは自分が鍋奉行を務めます。「ボー鍋」と言っても、何のことかわからないと思いますが、鍋に一升のお酒を入れ、沸騰したら蓋を開け、マッチで火をつけたら、ボーと燃え上がります。要するにアルコールを抜くのです。そして、ハマグリと昆布でだしを取り、そこに野菜を入れます。鍋奉行の私以外は、鍋に箸を入れることは許されません。私が一人ひとりのお茶碗に、ハマグリを始め、鍋で出来たものを私が入れます。野菜や、魚、肉、それぞれの材料は、煮上がり時間が違います。それを判断するのは、鍋奉行の私です。いずれにしても、鍋料理といえば、冬の風物詩の一つでしょう。食卓を囲み、煮炊きしながら鍋をつつくのが、今日まで確立されたスタイルとなっています。鍋料理の歴史は古く、縄文時代には、食べ物を入れた土器を火にかけて煮炊きする習慣があったそうです。さらに時代が進むにつれて、「石狩鍋」「土手鍋」「水炊き」など、地域ならではの食材や、特色を持った鍋料理が作られていきました。古くは調理後に、一人ひとりに運ばれるスタイルで、鍋料理を食していましたが、明治時代頃から、一つの大きな鍋を、家族で囲む今日のスタイルになったようです。鍋料理に限らず、家族で食卓を囲むことは、互いの心と身体を思いやる大切な時間と言えます。その日の出来事を、家族で共有することで、食卓は家族のコミュニケーションが、深まる場となることでしょう。職場においても仲間と食事をすることで、その人の新たな一面を発見することができ、信頼関係を深める効果が期待できます。食事を通して、コミュニケーションを図ってみてはいかがでしょう。合掌
2025/01/23
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多くの企業には、業務それぞれのマニュアルがあり、アニュアルに乗っ取って仕事をすることで、円滑に作業を進めることができます。弊社では、今、各部門が、マニュアルの整備をしています。マニュアルの必要な理由は、誰がしても同じ仕事ができるようにするためです。しかし、時には複雑な事情が絡み合い、これまでのマニュアル通りでは、解決できない問題が起こることがあります。それを解決する方策として、東京大学教授の上田正仁氏は、著書の中で、「『考える』を鍛え、『創造する力』を、身につけることが必要」だと述べています。また、上田氏は 「『考える力』とは、単に与えられた問題を解く能力ではなく、他の人が疑問に感じないところ、常識と考えている所に問題点を見出し、問題の本質を突き止める能力」 とも述べています。自身の職場で問題が起きた場合には、それらを意識してあきらめずに、とことん考え続けることが大切です。企業やそれぞれの仕事の目的、役割を見失わず、マニュアルにとらわれない独自の考えで、問題を解決することも、時には必要でしょう。今日は、少し難しいことを書きましたが、仕事をしていて、「自ら考える力」が、「問題を解決する力」となり、最終的に「創造する力」となります。仕事をする上で、とても大切なことです。合掌
2025/01/22
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昨日は、大寒でしたが、昭和35年京都府立福知山高校を卒業した、「サンゴの会」のメンバーと、お昼ですが、尼崎のいつものホテルで、楽しい新年会を行いました。新年会といっても、いつものことですが、参加者がくじ引きで 「席決め」 をし、そのメンバーと一緒に食事をしながら、それぞれ好きな話をするだけです。昼食と言いながら、家に帰ったのは17時でした。話は変わりますが、大寒を迎え、厳しい寒さに体が縮こまる人も多いでしょう。暖かな布団から出たくないという時もあるかもしれません。しかし、その時々の季節や気候は嫌っても、変わってくれる物ではありません。むしろ「いやだ」と思えば思うほど、寒さも辛く感じてしまうものです。そうした時には、冬の冷たい気候が、我々にもたらしてくれる恵みに、意識を向けてみてはどうでしょうか。寒い季節の良いところを探してみるのです。たとえば豪雪地帯には、秋に収穫された野菜を雪中に埋め、厳しい冬を乗り越えさせる 「越冬野菜」 があります。越冬野菜は、雪に埋められることで、寒さから身を守ろうとして甘みが引き出されるのです。このように日本では、昔から冬の寒さは様々な「良いしまり」をもたらすものとして、良い部分も見てきました。体調を崩さないように、暖を取りつつ、時には冷たく清らかな空気を受け入れ、身も心も引き締めてみませんか。合掌
2025/01/21
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75歳を過ぎ、飛距離も落ち、スコアも悪く、もうゴルフは止めようと思ったのですが、銀行のコンペで一緒にラウンドした社長さんから、「止めたら一辺に年をとるよ!」と言われ週一ゴルフを続けています。そして、ゴールドから、可能な限り歩き、ラウンドしていましたが、右膝が痛くて、思うように歩けませんが、それでも、ゴルフをしなければ、テレビを観ているだけですので、迷惑を顧みず、ラウンドしています。飛ばそうと思わず、そこでいいと思って打つと、周囲から「ナイス、ショット」と声がかかり、ビックリします。要するに、「スイートスポット」に、当たると思っているより距離が伸びるのでしょうか。テニスのラケットやゴルフのクラブなどで、ボールを打つのに、最適な打球点を 「スイートスポット」 と表現します。職場においても、最高の結果を出すために、仕事の核心となる部分「スイートスポット」を見極めて、突き詰めることが重要です。プロゴルファーと雇用契約を結んで、報酬を得るプロキャディーがその例です。キャディーの仕事の核となるのは、コースを熟知し、プレイヤーのサポートをすることです。賞金を得るための重要な役割で、試合中に何を求めているかを知り、スムーズにプレーできるようにすることです。そのためには、試合前には、早めに試合会場入りし、コースや天候を丹念に調べ上げて、プレイヤーに一抹の不安も抱かせないよう努めます。ほかの業界においても、お客さにより近い環境に身を置き、お客様が何を求めているかを知ることが重要です。それが仕事においての核心となる部分を知ることに繋がるのではないでしょうか。合掌
2025/01/20
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昨日は、今年度の経営方針発表会で、後は、懇親会で一杯飲みましたが、今日は気分一新して、一日、ゴルフで遊びます。ところで、人は、どうしても、現状を維持することを好む傾向にあります。そのため、自分の置かれている環境や状況が、変化した時には、大きなストレスがかかるようです。そのような時は、逆に、環境の変化による長所を、積極的に見つけるようにする必要があります。すると、たいていの場合は、環境の変化による利点が、見つかるといいます。以前の社員で、大阪港の近くから、弊社に通勤していた人がおり、その人は、通勤のために、最寄り駅まで自転車を使っていました。その際、自転車は駅近くの駐輪場に停めていました。ところがある時、その駐輪場が使えなくなったのです。使えるのは、駅から遠く離れた駐輪場だけです。その時は、ひょっとして、退職せざるを得ないかもしれないと相談されました。結果として、通勤の際に10分ほど余分に歩くことになり、しばらくは、憂鬱な顔をしていましが、数日すると、気分が変わったことができたのか、急に明るい顔になり、溌剌と出勤してきました。聞いてみると、その人は若干肥満体でしたが、10分ほど余分に歩くことによって、<運動不足には、丁度いい機会だ>と利点を挙げて、駐輪場から駅まで歩くことが、楽しくなったそうです。思いがけない環境の変化は、誰にでも訪れます。その際、<以前の方が良かった>と悔やむよりも、前向きな姿勢で、それを受け入れていきたいものです。合掌
2025/01/19
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今日は、1月18日・土曜日ですが、今年の<経営方針発表会>が行われました。アクテックの決算は、毎年の1月1日に始まり、12月31日に終わります。行政は、4月1日に、新年度が始まり翌年の3月31日に終わりますが、これだと一年の数字と、年度の2種類の数字が必要となり、ややこしいので、元旦から大晦日迄をその年の決算期としました。以前の会社、その年の決算期は、2月1日に始まり1月31日に終わりました。それには、大きな声では言えないチョットした理由がありますが、中小企業には、この決算期の会社はたくさんあります。弊社は、前年の11月の中間会議の時に、社長から来年度の経営方針の基本方針が発表され、その基本方針に基づき、小集団部門別採算制度ですから、各部署目標が立てられます。証券会社時代に、創業するなら、日本のカメラ業界が世界有数であり、カメラ・写真業界の仕事と決めておりました。この業界は、カメラメーカー、感材メーカー、写真用品メーカーと3業界に別れておりました。カメラや感材メーカーは、私には無理で、残るは写真用品業界と決め、当初は三脚とカメラケースのOEM供給メーカーとしてスタートしました。そしてカメラメーカー5社に飛び込み営業です。三脚もストッパー部分の特許を取り、OEM供給を試みましたが、途中で断念しました。カメラ本体のケースや三脚やストラップと色々挑戦しましたが、アルミケースが、カメラメーカー5社に、OEM供給しました。現在は、アルミケースとソフトケースの受注生産が、会社の柱として頑張っております。ものづくりメーカーが、どんどん少なくなる中で、頑張りたいと思います。合掌
2025/01/18
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対人関係の基礎は信用、信頼作りからといわれ、すべての人に対して、尊敬の念を抱くことは、大事な要素の一つです。創業の際、人事募集で世話になった、広告代理店の人から、こう教わりました、たとえば、教える側は、教えられる側からも、学ぶ姿勢が必要です。指示、命令を出す側は、相手も、かけがえのない存在であるとの認識が大切です。生産現場では、特にこのことが必要です。そうした心持ちでいなければ、他者に横柄な態度で接してしまったり、自分の意のままに、従わせようとしてしまいがちになるでしょう。人は皆、それぞれの心があります。自分がどのように相手から、受け入れられ、どう扱われているかは、敏感につかみ取って、行動しているものです。チームが一丸となり、個々の能力を、最大限に、発揮させる秘訣は、そこで働く人々に対する敬意であると、いえるでしょう。敬意とは、単に敬いの心を抱くのみならず、その人の存在を、素直に、受容する心の姿勢のことでもあります。弊社は、製造工場ですが、モノづくりには、特にチームワークが必要です。経営者と社員、上司と部下が、互いに敬意を払いながら、日々の業務に、邁進していきましょう。弊社では、このことを皆に理解してもらうために、毎朝の朝礼で、「京セラフィロソフィ」と、倫理理研究所の「職場の教養」を、輪読し、所感を述べてもらっています。合掌
2025/01/17
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今、NHKの朝の連続テレビ小説でも、「おむすび」を放映していますが、実は、明日・1月17日は 「おむすびの日」 です。これは、 「ごはんを食べよう国民運動推進協議会」 が、人と人との心を結ぶ 「おむすびの日」 を、2000年に制定したのです。由来は、もう30年前になりますが、1995年1月17日の朝に、発生した阪神・淡路大震災で、ボランティアによる、おむすびの炊き出しが、人々を大いに助けたことによります。震災の記憶と、人々の善意への感謝の気持ちを、後世に伝えることを、目的としています。最近はテレビをつけると、どこかのチャンネルで、30年前の淡路・阪神大震災を報じています。「おむすび」 には、 「おにぎり」 という呼方もありますが、その違いや由来、語源については、多くの説があり、はっきりしていないようです。現在は、ほとんどの地域で 「おにぎり」 と呼ばれるのが一般的です。「おむすび」 は、心と心を結ぶ 「お結び」 と表現されることもあります。人の手によって、一粒一粒が、適度に結ばれ、おいしい 「おむすび」 になるのでしょう。苦労して育てられたお米、心を込めて結んでくれた 「おむすび」 をいただくと、不思議に笑顔になり、元気が出てくる人も多いでしょう。心と体を支えてくれる 「おむすび」 の力に、改めて感謝したいものです。合掌
2025/01/16
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日本人の平均寿命は、世界一を誇り、今後も、伸びるだろうといわれています。父親が片肺ながら85歳、母親が90歳で永眠し、我が家は、理由がよく解りませんが、大体長生きのようです。そのため私たちは、定年を迎えても退職せずに、長く働き続けることも、選択肢の一つとなりつつあるようです。弊社も定年を60歳まで延長し、希望すれば、顧問として70歳まで再雇用します。長く働き続けるためには、体調に気をつけることはもちろん、休息することも大切です。その方法として睡眠があります。 睡眠によって体の疲れは解消し、心も癒されます。良い睡眠のためには、環境づくりも重要な要素の一つです。寝室や寝床の中の温度や湿度は、体温調節の仕組みを通して、寝つきや睡眠の深さに影響します。温度や湿度は、季節に応じて、眠りを邪魔しない範囲に保つことが基本です。心地よいと感じられる程度に、調整するとよいようです。明るい光には、目を覚ます作用があるため、睡眠時間は、照明を自分が不安を感じない程度の暗さにしたり、気になる音は、できる範囲で遮断するとよいそうです。脳も心も、リラックスしている状態が、良い眠りへと導きます。良い環境で十分な睡眠を取って、心身を労わり、明日の働きにつなげましょう。84歳の私は、毎晩22時(夜10時)には寝て、ぐっすりと8時間の睡眠時間を確保し、朝6時には起きます。父親は早く夜の9時頃には寝ていたと思います。長生きするには、十分な睡眠時間を確保することが大切だと思います。合掌
2025/01/15
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私たちが使っている日本語は、ひらがな、カタカナ、漢字、それに日本語化された英語が混じり、ますます難しくなって居ます。みなさんは、 「フードドライブ」 という言葉を知っていますか。フードドライブとは、家庭で余っている未使用食品を、持ち寄り、それらをまとめてフードバンク団体や、地域の福祉団体、施設などに、寄贈する活動です。「誰かへのおすそ分け」 ともいえるこの活動は、1960年代に、アメリカで始まり、現在、日本でも多くの人々や、自治体が、取り組んでいます。ある高校では、 「食べ物に困っている人が、増えている」 と知った保健委員の生徒たちが、イベントなどの際に、食品の回収を、1週間呼びかけました。その結果、約800点の缶詰や、レトルト食品が集まり、地域団体に寄付することで、食品ロスの解消や、生活に困窮する人の支援へとつながりました。農林水産省によると、日本における食品ロスの量は、1年間に約612万トンあり、その半数近くが、家庭から発生しているといわれます。家の戸棚で眠っている缶詰一つが、誰かの命を繋ぎ、喜んでもらえるかもしません。私たちも自分にできることを探し、行動に移したいものです。こんなことを書いていると、今こそ、食べる物に溢れていますが、子供頃は、食べ物がなく、家の前の畑で、両親がせっせと作物を植え、私たちに与えてくれました。そして、珍しい季節ものは、必ず、近所の数件に配ったものです。そして、近所からも、珍しいものが入った時は、必ず配られたものです。今思うのは、当時は、我が家の台所と、ご近所様の台所が一緒であったように思います。そういえば、我が家のお風呂に、お近所様の家族が入りに来ました。今では考えられないことです。合掌
2025/01/14
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今日は 「成人の日」 です。私は、1941年の7月26日に生まれ、1948年の祝日法により、1月15日が 「成人の日」 となり、それが1999年の58歳まで続きますが、今は、1月の第2週の月曜日です。さらに、2022年(令和4年)4月1日に、青年が20歳から、18歳に引き下げられましたが、多くの自治体では、引き続き20歳を対象に、 「成人式」 を実施しています。それよりも 「成人の日」 の由来ですが、それは1946(昭和21)年に遡ります。戦後、国民は混乱と虚脱感で、希望を見いだせずに過ごしていました。その時、埼玉県北足立郡蕨町(現在の蕨市)の青年団が中心となり、次代を担う若者たちを勇気づけ、励まそうと 「青年祭」 を企画したのです。その幕開きとして開催されたのが 「成人式」 で、その後、全国に広まりました。日本政府は、1948(昭和23)年に、 「大人になったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝い励ます」 という趣旨で、国民の祝日である 「成人の日」 を制定したのです。その後、全国各地で、新成人の門出を、祝うようになったといわれています。次代を担う若者を、応援する気持ちは、今も昔も変わりません。社会人である私たちが、家庭や職場、地域社会で、希望を心に掲げ、懸命に取り組む姿勢が、若者たちを勇気づけることでしょう。成人の日を迎えた若者たちに、未来への希望というバトンを渡しましょう。合掌
2025/01/13
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今日は 「成人の日」 です。私は、1941年の7月26日に生まれ、1948年の祝日法により、1月15日が 「成人の日」 となり、それが1999年の58歳まで続きますが、今は、1月の第2週の月曜日です。さらに、2022年(令和4年)4月1日に、青年が20歳から、18歳に引き下げられましたが、多くの自治体では、引き続き20歳を対象に、 「成人式」 を実施しています。それよりも 「成人の日」 の由来ですが、それは1946(昭和21)年に遡ります。戦後、国民は混乱と虚脱感で、希望を見いだせずに過ごしていました。その時、埼玉県北足立郡蕨町(現在の蕨市)の青年団が中心となり、次代を担う若者たちを勇気づけ、励まそうと 「青年祭」 を企画したのです。その幕開きとして開催されたのが 「成人式」 で、その後、全国に広まりました。日本政府は、1948(昭和23)年に、 「大人になったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝い励ます」 という趣旨で、国民の祝日である 「成人の日」 を制定したのです。その後、全国各地で、新成人の門出を、祝うようになったといわれています。次代を担う若者を、応援する気持ちは、今も昔も変わりません。社会人である私たちが、家庭や職場、地域社会で、希望を心に掲げ、懸命に取り組む姿勢が、若者たちを勇気づけることでしょう。成人の日を迎えた若者たちに、未来への希望というバトンを渡しましょう。合掌
2025/01/13
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今、日本の一般企業では、週5日稼働となり、11日・12日・13日と、3連休になっています。休みが多くなった近年は、家族や友人とのアウトドアが、人気を集めています。アメリカで生まれ、日本では、1990年代に第1次ブームを迎えたキャンプは、国民的レジャーとして定着し、キャンプ人口は年々と増えています。冬は、キャンプのオフシーズンといわれますが、防寒対策を十分に行った上で、キャンプを楽しむ人もいるようです。社内でも、この寒い中、釣りやキャンプを楽しむ人がいます。キャンプの楽しみ方は、キャンプ場に車を乗り入れて、車の横にテントを設営するオートキャンプ、バイク仲間との旅行を兼ねたキャンプツーリング、一人で楽しむソロキャンプなど様々です。また私は、枚方市の淀川の近くに住んでいますが、桂川・宇治川・木津川の3つの川が、隣の八幡市で合流し、淀川となります。その淀川の川沿いを自転車で、多くの人がツーリングをしています。日常生活から離れ、四季折々の豊かな自然の中で、川のせせらぎや鳥のさえずりを聞いたり、食事や宿泊をしながら、ゆったりとした時間を過ごせることが、キャンプの魅力です。自然と触れ合い、心身の癒し効果が、得られるキャンプを通して、普段は感じることのできない清々しい気分を、味わってみてはいかがでしょうか。合掌
2025/01/12
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旧暦の1月11日は、地図で有名な 「伊能忠敬」 が生まれた日です。伊能忠敬は、北海道から鹿児島まで、自ら縦断しながら測量し、当時では、類まれな精度の地図を作りました。伊能忠敬が本格的に、測量の道へ進んだのは、家督を長男に譲った49歳の頃です。隠居の立場で学び始め、73歳で逝去するまでの24年間、地図の作成を続けました。私も今年のへび年であり、7廻り目・84歳になりますが、毎日・出社し、8時半~17時30分の営業時間は、会社の動き、皆の働きを、一日中、それとなく確認してから帰ります。話は戻りますが、天文学に精通していた伊能忠敬は、その測量方法に、天体観測を組み合わせ、繰り返し行うことで、精度の高い地図を、生み出したのでした。この偉業は 「年齢を問わず、新たな学びを始めるチャンスはある。知識を机上の空論で終わらせずに、行動に移すことで、さらに学びの進化につながる。・・・・・・『世のため、人のために』という願望が、確かな結果に結びつく」 などを私たちに示唆します。年齢に関わらず、興味のあることに、関心を示し、勉強することが大切だと思います。また日本には、50歳半ばで戦後、日本の再建に晩年を捧げた人や、70歳を過ぎてから、単身で海外に赴き、砂漠の緑化活動に邁進した先人もいます。伊能忠敬も、49歳で家督を相続し、その後、天文学・測量を学び、55歳から71歳まで17年間も全国4万キロを歩き、現在とほぼ同じ 「日本地図」 を作ったのです。当時の平均寿命は分かりませんが、一説によると江戸時代は45歳とされ、明治時代が43歳、大正時代が46歳、戦後22年になって初めて50歳を超えて52歳になったのです。こうした先人らの取り組みは、挑戦することの大切さを教えてくれます。何事もまずはやってみるということを、意識していきたいものです。合掌
2025/01/11
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テレビのお正月番組を見ていると、昔の有名人が、次々と登場し、時間が過ぎるのを忘れてしまいました。いずれの局も、長時間番組であったように思います。2008年の北京五輪で、日本フェンシング史上初の銀メダルを獲得した、太田雄貴氏は、後に日本フェンシング協会会長に就任し、様々な改革を行いました。2020年の日本選手権は、無観客でしたが、多様なアングルから、同時に視聴できる映像中継や、LEDを使用した剣先の軌跡の可視化など、無観客を逆手に取り、ネット配信ならではの観戦を充実させたのです。それぞれの席で観戦する人は、自分が見える角度でしか、観戦することができません。しかし、テレビでは、逆方向からのフェンシングも、無観客であったが故に、観戦することができたのです。剣術であったフェンシングは、近代に、スポーツ化されました。その伝統を継承しつつ、太田氏は新たな発想を取り入れ、マイナー競技を一新させました。私たちの日々の業務や生活の中で、思いもよらぬトラブルや困難な状況に、陥ることもあるでしょう。それを嘆いてばかりでは、状況を好転させることは難しいものです。そこから、何ができるのかを考え、努力を重ねることが大切なのです。社内においては、長年続く慣習や伝統の中に、時間経過によって、改良が求められる場合もあるでしょう。チョットした自分の改良で、周囲の様子が様変わりになることもあります。伝統を継承しつつも、改良を重ねて、時代の変化に対応していきたいものです。合掌
2025/01/10
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今の会社を創業する前の7年程は、北は北海道の旭川から、南は静岡県の島田市まで、毎月、23日間程は、日本の半分のカメラ店を周り、写真用品の販売をして周りました。今はお正月ですが、勿論、正月も各地方のカメラ店回りは続きました。私はお正月といえば、その地方、地方のお雑煮を食べるのが楽しみでした。餅の種類や食べ方は、地域により様々です。餅の形が違ったり、味付けや具材が異なるなど、本当に地域により全く変わるのです。関西では白味噌仕立てで、まろやかで少し甘みもあり、優しい味わいなのです。別の地域に行けば、すまし汁もあり、はたまた濃い目の醤油味で、岩のりを入れて食べる所もありました。あちこちを回り、同じお雑煮でありながら、地域により特色があることを満喫しました。そして、人にも個性があるように、地域にも特色があるものだと感心しました。そこで、自分が住む地域の文化や個性を大事にすると共に、異なる文化にも沢山触れたいと思った次第です。地域や家庭によって、受け継がれる味や伝統は様々です。自分が育った場所や、暮らしている地域の文化を、大切にしていきたいものです。合掌
2025/01/09
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実は昨日に書こうと思っていたのですが、稼動二日目の朝礼で、「朝礼」について思うところがあり、今日になってしまいました。昨日1月7日は、五節句の一つ 「人日(じんじつ)の節句」 で、七草粥を食べる習慣があります。※他の五節句=3/3:上巳の節句、5/5:端午の節句、7/7:七夕の節句、9/9:重陽の節句。古代中国には、新年の七日目を、<人を占う日> とした習俗があり、それが、「人日の節句」 の源流です。また、この日には、七種の菜(な)を入れた温かい汁物を食べる習慣があり、日本には、奈良時代ごろに、伝わってきたといわれます。百人一首に 「君がため 春の野に出でて 若菜摘む わが衣手に 雪は降りつつ」 という歌があるように、日本には、 「若菜摘み」 の伝統がありました。「若菜摘み」 とは、春の生命力あふれる若菜を摘み、羹(あつもの)にして、食べることで、健康を願った行事です。この風習が、現在の七草粥を食べる行事になりました。古くから 「せり なずな ごぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ これぞ七草」 と春の七草が登場する短歌もあり、現代まで歌い継がれてきました。七草粥には、お正月の豪華な食事で疲れた胃腸を休めたり、青菜の摂取が難しい冬の時期に、あえて取り入れるようにするなどの意味もあります。節目の日は、改めて日本の伝統文化を知る機会にしたいものです。とにかく、日本の伝統文化を、思いっきり味わいたいものです。合掌
2025/01/08
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朝礼を導入している企業では、一般的には、次のような効果が表れています。「会社の方針が徹底されるようになった」「元気な挨拶が交わせるようになった」など、様々な声が寄せられています。一番多いのは、「朝のスタートにケジメがついた」でしょうか。しかし、問題は、長年同じ内容で行っていると、機械的にこなすだけになりがちです。それを解決する一番の方法は、メンバーの交代・人事異動と、リーダー・責任者の変更などです。それと朝礼の意義を再確認し、内容を見直すことも必要です。弊社は、PC(プロフィットセンター)とNPC(ノンプロフィットセンター)に分けて、朝礼で話すべき内容が決まっています。しかし、その順番はリーダーに任せています。要するに部門により少しずつ違うのです。会社として、朝礼の内容が決まっておれば、後は、何より部門員同士の話し合いでしょう。例えば「我が社は、朝礼に何を求めているのか」「どういった朝礼をすれば、自分に磨きをかけられるか」「朝礼で身につけたことは、お客様に対応する際に、どのように活かされる」などです。忘れてならないのは、各自が、<自分の役割と責任>を自覚でき、その範囲で、しっかりと仕事に打ち込めることです。職場の皆で意見を出し合い、自分たちの力で、朝礼を新たな形に表現していくことで、職場に新たな活力が生み出されていきます。良い社風を作り出すのは、職場で働く私たち一人ひとりです。諸先輩たちから、受け継がれてきた我が社を、より良い企業にしていきましょう。その為には、朝礼を進化させたいものです。合掌
2025/01/07
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今日は、初出勤となり、今年の仕事・<2025年>が、始まります。昨年の暮れからは9連休が続き、それぞれが自分の思いの休日でしたが、いよいよ2025年の幕開けです。初出勤なればこそ、それぞれが、改めて新年の挨拶を交わし、今年の始まりを感じます。立場上、可能な限り全ての人と、新年の挨拶を交わし、今年の抱負を語り合いました。私は26歳の頃、先輩の引っ越しの手伝いに行き、成り行きで、土地55坪・建坪15坪の家を、買ってしまいました。しかしその家は、妻帯者に売る家で、独身である限り契約ができませんでした。慌てて、結婚相手を実家に求め、結婚したのが今の家内です。それが1970年の大阪万博の年、その2年後、大阪門真市で、今の会社を創業しました。話は、全く変わりますが、私たちにとって、馴染み深い金魚が日本に入ってきたのは、約五百年前の室町時代で、当時は、貴族や富豪の間で、飼われていました。金魚はフナの飼養変種(しようへんしゅ)で、16世紀始めに中国から輸入されたといわれています。 ※飼養変種=動物を飼い養い、その内に変種すること。日本での最初のブームは、金魚の養殖が始まった江戸時代で、江戸中期には『金魚養育玩草(きんぎょそだてぐさ)』という本が、出版されるほど庶民に広まりました。他にも、戦国の世が治まった時、金魚の輸出が始まった明治時代、戦後の暮らしが落ち着いた頃など、世の中の安定期にも、金魚の飼育が流行しました。昨今では、いわゆる「巣ごもり生活」の影響で、需要が高まり、金魚の売上が、5パーセントも増加したといいます。様々な角度から見た過去の出来事を分析することで、新たな視点が生まれ、ビジネスチャンスも生まれています。身近な物の歴史を知り、物への愛着を深めると共に、過去の出来事から学び、仕事にも生かしていきたいものです。合掌
2025/01/06
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今日は今年初のゴルフで、巳年の干支競技でした。所属ゴルフクラブの巳年12名が参加です。もう次の巳年は、ゴルフは完全にできないと思いますので、最後の干支競技です。昨年の2024年は、週一のゴルフが目標で、65回できましたので、回数は達成です。しかし、スコアを見てみると、65回で、スコアが6963で、平均すると、107点で、ダボペースです。さて、私たちが生きていく中で、毎日の睡眠と休息は欠かせないものです。忙しい時期を、健康な状態で、乗り切るためにも、睡眠時間の確保は、重要になってきます。睡眠不足になると、体は倦怠感や集中力不足などのシグナルを発します。そうしたシグナルを感じ取ったら、 「今の生活で、無理をしているところはないか」 と振り返ることが必要です。体からのシグナルの中には、時に痛みとなって発せられるものもあります。痛みはできれば避けたいものですが、そうしたシグナルがあるからこそ、自身の体のどこが悪いのかに気づいたり、治療したりするきっかけになるでしょう。体が発する様々な感覚は、時には不快に感じることもありますが、私たちを苦しめるためにあるのではなく、全ては生命活動によるものです。痛みやかゆみを感じるのも、私たちが生きている証なのです。体調の善し悪しは日々の仕事にも直結してきます。働き続ける体を労わるためにも、十分な睡眠時間を設けたいものです。合掌
2025/01/05
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冬は、星空がきれいな季節です。故郷・福知山市には夜久野町という、星空がきれいな有名なところがあります。冬に星がきれいに見える理由は、いくつか考えられます。その一つは、空気が澄んでいることです。高校生の頃、夜勉強していて、一休みする時に外へ出て、夜の星空を眺めました。日本では、冬になると空気中の水分が減り、乾燥する地域が多く見受けられます。そのため、空に霞がかかりにくく、星がはっきりと見えやすくなるのです。また、冬は大気の揺らぎが強く、大気を通る光が僅かに乱れます。すると、私たちの目には、星が微妙に揺れて、煌めいているように見えるのです。冬の空に浮かぶきれいな星を見て、宇宙の広がりを想像してみましょう。そうすることで、日常から離れて、自分を大きな視点から客観視できるでしょう。上を向いて、広いきれいな空を見るだけでも、気分が上向きになり、心が明るくなる効果が期待できます。ゆっくりする正月だからこそ、日常に少しの空白時間を持ち、ゆとりある心持ちで、新年を過ごしたいものです。空白の時間を大切にしたいものです。合掌
2025/01/04
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一年の始まりに、目標を立てる人は、少なくないでしょう。私は、小学五年生の頃からでしょうか、毎年、その年の目標を明文化し、この70年間を過ごしています。31歳で起業し、それ以後は会社経営の<経営方針>を文書化し、同じ会社の仲間や、一部の協力企業と共有しています。経営方針は、毎年、全員に配布しています。昨年の目標で、うまくできたこと、できなかったことありますか?目標を達成するために、大きくかかわってくるのが、目標達成の具体性です。弊社は、会社の経営方針に基づき、全部門が部門目標を立てます。その部門目標を基に、各自が自分の目標を立てますが、或る人ですが、私が確認すると、 「業務を頑張る」 「明るくする」 など、抽象的なものばかりでした。そのため、どの業務をどうしたらよいのかわからず、中途半端に、仕事をあちこち手をつけ、本来やるべき仕事も十分にできなかったのです。一般的に目標達成ができない人に共通しているのは、具体性がなく、実際には、どのようなことに頑張ってやるのか、何に対して明るくするのかを、具体的にしていませんでした。私は、1990年から、精神障がい者の就労支援をしています。彼等にも、その年々の目標を、設定することを求めます。すると、彼らの回答は、ビックリするほど、明確であり、具体性があります。彼らから私は、多くのことを学びました。 仕事は、一つだけではありません。緊急の仕事は第一優先で行うとして、通常の業務であれば、落ち着いて、向き合えば、仕事の優先順位が見えてきます。その上で、それぞれの業務を効率よく進める方法を見いだしましょう。一年は長いようで、瞬く間に過ぎるものです。自分の業務を再確認し、よく把握した上で、今年の目標を立てましょう。合掌
2025/01/03
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昭和20年の後半から30年頃の子供の頃は、NHKの紅白歌合戦を近所の人も加えて、家族全員で熱中し、それ以後も、全国の初詣の様子を見ながら、元旦を迎えたものです。そして、元旦の夜から、2日の朝にかけてみる夢を 「初夢」 といいます。いい 「初夢」 を見るのが、当時のはやりでした。縁起の良い初夢の内容として、広く知られている 「一富士、二鷹、三茄子」 は、江戸時代に庶民の間で広がったとされ、これらが夢に現れると、運気が上昇するといわれています。夢で、運気を占う背景には、平和で豊かに暮らしたいという、庶民の切なる願いが、込められているのでしょう。しかし、ロシア・ウクライナ間で、戦争があるように、今もって戦争はなくなりません。諸説ありますが、 「富士」 は、富士を <無事> とかけ、無事に過ごせる、 「鷹」 は、素早く獲物を捕まえる姿から、チャンスをつかめる、 「なすび」 は、財や子孫繁栄を成す野菜だからという説が有名です。「経営の神様」 といわれたパナソニックの創業者・松下幸之助は、運や運気を研究し、運気上昇の鍵は、 「素直さ」 にあると講演の中で話しています。素直な心とは、私心なくくもりのない心というか、一つのことにとらわれずに、物事をあるがままに見ようとする心です。そういう心からは、物事の実相をつかむ力も生まれてきます。運気を上昇させるには、常に朗らかで、仲良く、喜んで働くことに取り組むことが、大切でしょう。素直さを追求して、運気を上昇させ、平和で豊かな、人生をつかみましょう。合掌
2025/01/02
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今年の干支(えと)は 「乙巳(きのと・み)」 です。多くの日本人は、自身の干支を即答できるでしょう。それほど、干支は、日本人にとって、馴染み深いものといえます。私は1941年(昭和16年)巳年に生まれ、7月26日には84回目で、7廻り目の誕生日を迎えます。この歳まで、健康に来れたのも、元気な体に生んでくれた両親に感謝です。干支は中国から伝わったとされています。日本では、十二種の動物 「子(ね)・丑(うし)・寅(とら)・卯(う)・辰(たつ)・巳(み)・午(うま)・未(ひつじ)・申(さる)・酉(とり)・戌(いぬ)・亥(い)」 を、十二支と呼んでいます。干支の原型は、 「干支(かんし)」 です。十干十二支(じっかんじゅうにし)の、 「干(かん)」 と 「支(し)」 を、組み合わせたものを、 干支(えと) と、呼ぶようになったといわれています。十干(じっかん)は、 「甲(こう)・乙(おつ)・丙(へい)・丁(てい)・戊(ぼ)・己(き)・庚(こう)・辛(しん)・壬(じん)・癸(き)」 からなり、これに陰と陽を当てはめるようになりました。この干支は一年毎に順送りしていくため、「甲子(きのえ)」から始まり、「癸亥(みずのとい)」まで、60年で一巡することになります。これを還暦としています。また、干支は暦だけでなく、「正午」「子午線」「甲乙つけ難い」など、時刻や方位、物事の順序などにも用いられ、現在でも、多くの事柄に使われています。年が改まった本日、干支について調べるのも、面白いかもしれません。伝承された「日本文化」を探ってみては如何でしょう。合掌
2025/01/01
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