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2015.08.19
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米国バブルは崩壊?「ドル安円高反転論」を反証する

宿輪純一

米国バブルは崩壊?「ドル安円高反転論」を反証する
人民元の切り下げで米国株は下落、ドル安円高に

 前回(第16回)の「中国経済再生の秘策 人民元の基軸通貨化はいつか?」でも書いたように、今年10月のIMF総会では、AIIB関連で欧州勢を味方につけた中国が票を集め、人民元がIMFの通貨SDRの構成通貨として採用が承認されるはずでした。しかし、米国がその妥当性の検証にはさらに時間がかかると主張し、採決が延期されました。これは、米国サイドの時間稼ぎと考えられます。

 人民元は中国の通貨当局にコントロールされている通貨です。歴史的に見ても、景気対策に通貨政策(為替レート)を使うというより、政治的な目的のために通貨政策を使うのが中国という国です。米国は常に中国に対して人民元の切り上げを要求し、結果として、米中戦略経済対話など米中の大きな会談や会議の前には人民元高になることが過去にも多くありました。

 今回の中国政府による人民元の大幅な切り下げは、人民元の通貨SDR採用に関する採決延期に抗議するという意味でしょう。しかも、3日間にわたって切り下げることは、歴史的にもありません。9月には習近平国家主席が初の公式訪米をするということですから、人民元を基軸通貨にしたいという思いはよほど強いのでしょう。

 その人民元の切り下げ、および中国の景気減速により、金融市場のリスクが高まって不安定化し、米国の株式は下落し、短期的には低リスク通貨である日本円が買われることとなりました。


 さて、こうした動きの中で、今後、ドル安円高を予想する市場関係者の声が出始めました。そう考える要因を考えてみましょう。

(1)米国利上げの先延ばし

 米国の金利の引き上げは今年の国際金融における最大のテーマであり、影響も大きいものがあります。現在、米国は昨年11月に量的金融緩和を終了し、すでに資金量は減少し始めています。

 その金利引き上げの時期が、9月、12月、あるいは来年等さまざまな憶測が飛び交っています。これが前倒しされると、金利上昇が近づいたとしてドル高円安に動き、逆に後ろにずれすると金利上昇が遠のいたとして(金利の引き下げのように)ドル安円高に動きます。

 しかし、私の経験から言って、
● 仮に後ろにずれて“一時的に”ドル安円高になったとしても、結局は、米国は利上げを実施するので、さらにそこからドル高円安が長期化し、“さらなるドル高円安”に到達することになります。
● 一時的なドル安円高は良いドルの買い場となるのです。

(2)米国のバブル崩壊

 米国のバブル崩壊を懸念する向きもあります。確かに量的金融緩和に支えられたニューヨークの株式市場は7年間の量的金融緩和が終了し、資金量が減少を始めた今、エンジンの一つが逆回転を始めました。実際にニューヨーク株式も上値が重い展開になっています。

 フォワードガイダンス(forward guidance)
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中央銀行などが、例えば「ゼロ金利をいつまで行う」などと市場と約束することです。これは、リーマンショックなどの危機対応には役に立ちます。しかし、平時のこれは市場関係者の間にリスクに対する慢心を呼び、たとえばリスクの高い金融商品を購入するなど、取らなくてもよいリスクまで取って、市場全体のリスクが“逆に”高まるということにつながると筆者は考えます。

 確かに、住宅ローン市場はサブプライム危機によって、バブルが崩壊しましたが、最近では自動車ローン市場のリスクが高まっているとも言われています。

●  このような理由もあって、米国の中央銀行FRBは以前から「利上げする」と繰り返し予告して、株価の急落をはじめとした金融市場に与えるネガティブな影響を和らげようとしています。

要は、FRBは最大限の注意を払っているのです。もちろん、金融市場の織り込みはもう始まっているともいわれていますが、
● 利上げをしたら、新興国通貨から資金が米ドルに逆流しますので、当然ドル高になります。



以前の国際金融のセオリーは通用しない 
 筆者が大学の専門課程で国際金融論を勉強したのは1985年から87年でした。その後、銀行で働きながら経済学を勉強し、この分野で経済学博士号を拝受し、銀行では、長年、国内外の金融市場でディーリングや経済分析に従事してきました。

 その経験から言うと、昔の経済学の教科書でセオリーとされていたことが、現在の市場に合わなくなってきているようです。たとえば、為替レート(相場)の分析と予想手法を変えなければならないのです。筆者が為替相場の分析に実際に行っている方法を開示し、ケーススタディとして今後のドル円為替を予想してみたいと思います。

ドル円為替相場の今後を予測するための視点
(1)貿易と投資の比率の変化

 以前の教科書では、貿易(収支)を為替レートの変動の主因として説明していました。特にかつて主流だったのが、貿易収支によるものです。貿易黒字の国と貿易赤字の国があった場合、貿易黒字の国の通貨が買われるために、為替レートが上昇するというものです。しかし、現在はその影響は極めて小さいものになっています。世界の資金決済のうち、貿易量は約3%にまで低下しており、約97%は投資によるものです。つまり、貿易収支が為替レートに与える影響は極めて小さいということです。筆者と同様にそのようなことを覚えている方々へ心理的な影響はあります。(2)資金量(流動性)の急増

 特に2008年9月のリーマンショックをきっかけにして、米国を始めとして、英国と日本は量的金融緩和を開始しました。それまではドルの資金量は約8000億ドルでしたが、現在では4兆ドルと5倍にまで増加しました。量的金融緩和は金融商品の価格も倍増させます。

 その米国は昨年11月の量的金融緩和を終了し、利上げに向かっています。それに対し、日本はまだ量的金融緩和を継続し資金量を増加させています。つまり、市場流動性が急増し、ちょっとした理由でも大きく動く市場となったのです。

(3)リスクの要因化

 リスク、特に地政学的リスクというものを要因として、為替レートは大きく動くことになりました。リスクが高まると、新興国の金融商品よりも、先進国の金融商品が買われ、さらに無国籍である金も買われます。企業の金融商品である株式や社債は売られ、国債が買われることになります。紛争地帯に産油国がある場合には、原油価格にも影響が出ます。 

(4)遅い物価の調整

「購買力平価説(PPP: purchasing power parity)」。これは2つの国でモノの価値(物価)は一緒で、為替レートはその価値が一致するところできまるというものです。インフレ率の比較といっても構いません。

 従来は、マクドナルドのビックマックの価格を比較した「ビックマック指数(Big Mac index)、最近ではスターバックカフェのトールラテ指数(Tall Latte Index)が有名です。そのころから物価による為替レートの調整に時間がかかり、調整は中長期とはいわれていました。先ほどの貿易収支のところでも書きましたが、そもそも為替レートがモノの価格を調整する力は弱いのです。

 よく為替レートが大きく動いた時に「(経済の)ファンダメンタルズ(基礎的条件)」からみておかしい、というコメントがでます。しかし、これほど分かりにくい言葉はありません。

 ファンダメンタルズというと、一般的には、経済成長率、インフレ率、貿易収支・経常収支、失業率等をいいます。これはその国の「経済」の総合的な分析には使えるが、為替レートの分析・予想には使えません。

● 為替レートの変動はあくまでも、通貨の売買(需給)であり、その原因を考えなければなりません。
● その原因を筆者は「通貨のファンダメンタルズ」と名づけました。
● 具体的には、実需(貿易)、投資、資金量、質、環境の項目です。



●● 通貨のファンダメンタルズに基づいた米ドルと日本円の予測
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 米ドルと日本円の場合で具体的に考えてみましょう。

(1)実需

●  日米間の貿易収支・経常収支では、日本の黒字が続いており、この項目ではドル安円高となりますが、前述の通り、貿易が約3%ですから、そもそも為替レートに与える影響は大きくありません。 

(2)投資  

● これが影響を与える最大項目です。
金融市場、とくに金融商品では株式と債券とがほぼ半分です。株価は経済成長率と関係が深く、債券は金利との関係が深いのです。
● 米国の方が経済成長率も高く、利上げが予想されている以上、ドル高円安となります。

(3)量的金融緩和

●  量的金融緩和は基本的に資金量を増やす。量を増やすモノのというのは、価格を下げるものです。
● これも、ドル高円安となります。

量的金融緩和の終了と利上げの開始は株式に対してはネガティブな影響がありますが、先にも書きましたがFRBは注意しながら政策運営をするでしょうが。

 ちなみに資金量と金利との関係は、資金量はあくまでも現在の物で、金利には期間という概念があるということです。

(4)経済の質

 まず、
● 財政赤字ですが、圧倒的に日本の方が悪いのです。
政治的誘導としての通貨政策は、現在、日本がアベノミクスの一環で円安政策を取っています。
● 米国のルー財務長官は公的には「ドル高は国益」を繰り返しています。この項目も、ドル高円安となります。

(5)リスク

 地政学的リスクの面でも、中東もロシアも当面大きな紛争にはならないようであり、ギリシャリスクも収まってきました。
● リスクが高まると、円が買われたが、リスクが収まりつつあるので、ドル高円安となります。
● もちろん、中国リスクには注意が必要ですが。

 以上の各項目を総合的に判断して、

● 当面は「ドル高円安」が継続する可能性が高と考えられます。
実際に、筆者はこのようにして為替レートの予想をしています。

― ― ― ―

【著者紹介】しゅくわ・じゅんいち 博士(経済学)・エコノミスト。帝京大学経済学部経済学科教授。慶應義塾大学経済学部非常勤講師(国際金融論)も兼務。1963年、東京生まれ。麻布高校・慶應義塾大学経済学部卒業後、87年富士銀行(新橋支店)に入行。国際資金為替部、海外勤務等。98年三和銀行に移籍。企画部等勤務。2002年合併でUFJ銀行・UFJホールディングス。経営企画部、国際企画部等勤務、06年合併で三菱東京UFJ銀行。企画部経済調査室等勤務、15年3月退職。兼務で03年から東京大学大学院、早稲田大学、清華大学大学院(北京)等で教鞭。財務省・金融庁・経済産業省・外務省等の経済・金融関係委員会にも参加。06年よりボランティアによる公開講義「宿輪ゼミ」を主催し、この4月で10年目、180回開催、会員は8000人を超えた。
主な著書には、日本経済新聞社から(新刊)『通貨経済学入門(第2版)』〈15年2月刊〉、『アジア金融システムの経済学』など、東洋経済新報社から『円安vs.円高―どちらの道を選択すべきか(第2版)』(共著)、『ローマの休日とユーロの謎―シネマ経済学入門』、『決済システムのすべて(第3版)』(共著)、『証券決済システムのすべて(第2版)』(共著)など がある。





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最終更新日  2015.08.19 18:13:22
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