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マックス・ウエーバーが、よき政治家、よき指導者の資格として、まず第一に人間に対して影響力を持っているという自覚が必要だといっています。 自分のすることなすことは、他人に対して影響力を持つという明晰な自覚が必要である。 第二に人々を支配する権力に参加しているという自覚。 第三番目に、とくに歴史的に重要な現象の神経中枢を掌中に握っているといういきいきとした感情。 この三つの自覚をかねそなえることが、指導者にとっていちばん大事な心構えであるといっております。 ウエーバーは直接には政治家、国政に関与する人間についていっているのですけれども、もう少し範囲をひろげて考えますとこれはひろく一般に指導的立場にいる人々すべてにそのまま通じる原則であります。 勝海舟のごときは日本の政治家の中でもまれにみる、この三つの要件をそなえていた人の一人のように思われます。「考えるよろこび」 江藤淳 講談社
2014年07月31日
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私はこのあいだ、戸山ヶ原に行った。 どこかそこいらに芝生があったら腰を下ろそうと思っていると、二、三間先に青々としたところがあるから、さっそくそこへ行った。 さて行ってみると、どうにも芝生が薄くて汚くて、とても座れそうもない。 そこで頭を上げて遠方を見ると、いかにも青々とよく茂っている場所があるので、そこまで歩いて行って腰を下ろそうとすると、そこも真上から見ると、前と同じように、やはり薄くて汚い。 くるりと後ろを振り向いて、そこから前にいた処を見ると、今度は前にいた処のほうが、はるかに青々と茂っていて綺麗に見えた。 人生というものも同じことで、遠くで見ていると綺麗に見えるが、自分がその中に立ってみると、まことに薄く汚いものだ。 だから、いかに薄くても汚くても、そこに満足して腰を下ろすのが人生である。「職業と人生」 田中良雄 ごま書房
2014年07月30日
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そこで一つ、お考え願いたい。「狂犬病的軍国主義」と断罪するその基準とは、一体何ですか? 百歩譲って、「日本に大義なし」としよう。 それではアメリカが日本に宣戦布告したら、アメリカに大義があるであろうか。 ない。本当は〈大〉義どころか「小」義もないのである。 「日本の戦争ならいいが、アメリカはいかん」等と言つているのではない。 誰がやろうと、戦争には反対である。 ただ、アメリカに巣食うあの戦争屋の主張が支離滅裂であり、それは外国の政策に根ざした政治的なものであるのだと、こう言っているのである。 ともあれ、日本は二百万の兵を持つ「容共中国政権」を脅威と見ている。 一朝、事が起こり、ロシアが北のウラジオストックから攻め寄せれば、二百万の中国軍が南から寄せてくる。 北から南から挟み撃ちにされては、日本が「生命線」と呼ぶ食糧供給基地が、また朝鮮、南満州の工業投資が危険に晒されると考えたのである。 だから「連ソ」の蒋介石政権を倒し、反共.親日政権の樹立を決意したのである。 蒋介石はソビエトの援助で政権を取つたのであり、今でも当てにしている。これに対し、江精衛は日本の援助で政権を窺おうとしている。「アメリカはアジアに介入するな!」 ラルフ・タウンゼント 芙蓉書房出版
2014年07月29日
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かくて出發した近代日本は、開明的絶對主義ともいうべきものによつて導かれた。 あの時期のあの條件の下にあつては、そのほかには道はなかつた。 「専制的・保護的方法は、明治の指導者にとつて日本を植民地的國家の列に堕せしめないための唯一の可能な方法であつた」(ノーマン) 植民地化しないで獨立することは、反動ではない。 現在のアジア諸國がこれをめざしていることが進歩への努力であることは、うたがえない。 開明的専制主義はそのための唯一の可能な方法だつたのだから、これを保守的反動的志向のあらわれということはできない。 これはむしろ進歩的な性格のものだつた。 いまその歴史が過ぎてしまつた後から見るとき、いかにそれがわれわれの目には舊式のものと映ろうとも。 かくてすすんだ方向は、ナショナリズムと膨脹的帝國主義だつた。 これはその常時の世界の風潮だつた。 活力のある國でこれをしないものはなかつた。 これに追いつくことは、その當時では近代化だつた。 封建日本にはナショナリズムはなく、これは外國の脅威が迫つてくるにつれて(すなわち、近代に直面するにしたがつて〕醞醸された。 そして、封建日本は鎖國をしていて、外國を侵略したことなどは一度もなかつた。(明治の膨脹思想を説明するために太閤の朝鮮征伐などをもちだすのは、おかしい)。 排外壊夷は外國人を追い拂つて消極的に自分の穀の中にとじこもろうとするのであるが、侵略は積極的にこちらから押しかけてゆくのである。 この二つはまつたく反對のものである。 もしこの両者に共通のものをさがせば、それは外國人に對する敵對感情であるが、これにのみ着目して、後者を前者と同一視するのは、やはり「部分的眞埋の一般化」であり、それによつて歴史を逆立ちさせてしまうものである。 ナショナリズムと膨脹思想は、封建性からの脱皮を示すものである。 いまその歴史が過ぎてしまつた後から見るとき、いかにそれがわれわれの目には舊式のものと映ろうとも。「昭和の精神史」 竹山道雄 新潮叢書
2014年07月27日
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地中海文明の歴史観は、ヘーロドトスの『ヒストリアイ』が開発したものだった。 ヘーロドトスの歴史の筋書きは、アジアとヨーロッパの宿命的な対立、強大なアジアに対するヨーロッパの雄々しい抵抗と最終的な勝利というものだった。 このヘーロドトスの筋書きと、サタンの軍勢と主の軍勢のあいだの最終戦争で、主の軍勢が勝利して世界が完結するという「ヨハネの黙示録」のヴィジョンとが重なり合う。 そうすると、アジアはサタンの軍勢であり、ヨーロッパは主の軍勢で、ヨーロッパがアジアを征服するのが正義の実現であり、そのときに歴史が完結するのだ、ということになる。 十一世紀に西ヨーロッパのキリスト教徒が起こした十字軍にも、こうしたヴィジョンが影響したのだ。「岡田英弘著作集 歴史とは何か1」 岡田英弘 藤原書店
2014年07月25日
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価値の観点から見れば、手段に気をとられていたために、目的に対する関心が排除されてしまったといえるかもしれない。 この哲学は、事実上すべてのアメリカ心理学(伝統的および修正された精神分析学を含めて)に内在しており、そのために何か有益なことをさせる対処的、変化的、効果的、目的的活動の研究に片寄り、活動それ自体や経験そのものが目的であるものを一様に無視する結果となっている。 ジョン・デューイの著作”Theory of Valuation”のなかにこの哲学の極限をきわめて明瞭な形で見ることができる。 そのなかでは、目的の可能性は事実上否定され、目的のように見えるものは別の手段に至る一つの手段にすぎないと記されている。「人間性の心理学」 A・H・マズロー 産業能率大学出版部
2014年07月24日
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国家は一党一派のものであってはならない。 党派の上に立って万人に心の寄りどころを与えるものでなければならないという、そういう彼の考え方。 ほんとうにわれわれが国家というものを少しでも認めるつもりになるならば、まさに国家はそういうものでなければならないでしょう。 今日、どんなに仕組みが複雑になり、人口がふえても、もし国家というものに対してわれわれが何らかの忠誠心を持ち得るとするならば、国家はある党派の国家であってはならない。 それが進歩派であろうが保守派であろうが、ある党派が私している国家であったらわれわれはその国家を信用することはできない。 そういうものをすべて超越したあるもの、もし日本人ならすべての日本人にとっての心の寄りどころになるものが国家であるという気持ちを持てなければ、われわれはとうてい国家を信じることができない。 逆にいえば、そういう国家を心に描いて、その国家の命令に従うということを身をもって示さなければ、そういう国家はまた生まれはしない。 国家というものは、すぐ一党一派の牛耳るものに堕落してしまう。 だからそこにソクラテスの精神の表現があるのです。 彼の高い精神がとらえた国家の像を身をもって実現し、ここに一つの精神があるぞということを示すために、あえて死刑になることを選ぶ。「考えるよろこび」 江藤淳 講談社
2014年07月23日
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組織の機能は、道具や工程や製品に対し、そして知識そのものに対し、知識を適用することである。 従って組織は、常に変化をもたらすように組織される。 そして革新とは、オーストリア生まれのアメリカの経済学者ヨゼフ・シュンペーター(1883~1950)が言っていたように「創造的破壊」である。 ポスト資本主義社会においては、いかなる分野においても、知識を有する者は、4,5年おきに新しい知識を仕入れなければならなくなる。さもなくば時代遅れとなる。「ポスト資本主義社会」 P・F・ドラッカー ダイアモンド社
2014年07月22日
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幕末の日本と昭和初めの日本とでは、見方によつてはまるで別の國とも思われるほどちがつていた。 人口、コミュニケーション、大都會、生活様式、對外関係、生産、何よりも人間の要求と世界把握の仕方……そのほか。 天皇機關説は憲法運營の公的見解であり、幣原外交は攘夷ではなく、普通選擧や新聞の論調は……そのほか。文明仝體は混乱と動搖をつづけ、國は變つた。 これらさまざまの大要素には目をふさいで、ただフランス革命云々の理由から、一世紀に近い波瀾をぬかして前と後とを直結してしまうのは、あまりにもはなはだしい飛躍である。 大正末昭和初めのころをぬきにして、その直後のファッショ化を論ずるのは、ちようどワイマール憲法時代をぬきにしてナチスの成立を論ずる(そのような説明もある)と同じような、あやまりだと思う。 歴史は一日の空隙もなく連續しているのであり、今年の事情が来年の様相を生む。大切な時期をとびこして、その前後を圖式でつなげることはできない。 ノーマンの論理はただ部分的眞理に着目して、それを全體として主張しているのである。「昭和の精神史」 竹山道雄 新潮叢書
2014年07月21日
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中国に阿片は千年以上前からある。 第一次大戦後、内戦に明け暮れる将軍様たちがその私兵を養うため、栽培が大々的に復活したのである。 ウソだとお思いなら、どれでもいい、適当な資料を読むとすぐ分かる。 近頃は中国に不名誉になりそうなものは全て新聞が隠しているが、それ以前の資料には阿片が如何に大問題だったか、しっかり書いてある。 ところがアメリカでは、「日本が一九三七年の日中戦争から阿片問題を中国に持ち込んだ」と叫んで反日運動に利用している。 あの国際連盟の麻薬問題報告書一九三六年度版は、「世界の阿片製造の九〇%は中国」と非難している。 ところが、二年後の一九三八年には「近年、阿片問題を中国に持ち込んだ日本」ときた。 一体どうすれば世界の阿片の九割を作つていた国が、翌年いきなり「外部より強制」となるのか、その訳を知りたいが、説明はない。 英・仏による連盟の私物化は明らかである。 アメリカは連盟に加入していないが、一枚噛んでいるのも明らかである。連盟の出す刊行物はこうした矛盾にお構いなしで、英・仏の御気に召さぬ国には、いつでも矢を放つ「ご乱心」ぶりである。 アメリカでも反日運動家たちは「一九三七年、日本が持ち込むまで、事実上、中国に阿片は存在しなかった」と言っている。「ウソだ」と私は断言できる。 なぜなら・日中戦争が始まる前、私が知っているあちこちの地区で、役人が阿片作りを強制していたからである。「アメリカはアジアに介入するな!」 ラルフ・タウンゼント 芙蓉書房出版
2014年07月18日
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岡崎 吉田松陰なんかずいぶん強い攘夷論を言っていたんですけれど、やっぱり戦争をしたら敗けるって言ってましたよね。 松本 そうなんです。江戸湾の防備も全然なってないということを、ちゃんと言っていますから。開国の話が出たので、少しご意見をうかがいたいと思います。アメリカはペリーを日本に送った当時、世界戦略はありませんでしたね。アメリカの国益だけのために、捕鯨や中国貿易の中継点にしようという意図ですね。 岡崎 そうです。ペリーの政策の背景にアメリカの世界政策はありません。アメリカは一八九〇年代に至って世界政策を打ち出してくる……。 松本 「人類共通の理想のために」という建て前で日本に「開国」を迫るが、その実は「白旗」の”砲艦外交”。「日本の近代 1」 松本健一 中央公論 付録1
2014年07月17日
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モンゴル帝国がユーラシア大陸の陸上貿易の利権を独占してしまったため、その外側に取り残された日本人と西ヨーロッパ人が、活路を求めて海上貿易に進出したので、歴史の主役がそれまでの大陸帝国から、海洋帝国へと変わっていったことである。 ふつう、大航海時代は、一四一五年、ポルトガルがジブラルタルの対岸のセウタを攻略して、アフリカ大陸の西海岸への航路を開いたときに始まったことになっている。 しかし、アジアでは、すでに一三五〇年に、倭寇が高麗王国の沿岸を襲っている。 いずれも、モンゴル帝国に組み込まれずに、その外側にとどまった人々が、新たな利権を求めて、海に乗り出したことを示す事件だ。 その流れは、現代のアメリカ合衆国、日本、ヨーロッパ連合の三極時代にまで続いているのだ。 そういうわけで、世界史という枠組みでは、十三世紀のモンゴル帝国から、世界史の古代が始まった、と考えることができる。 それでは、世界史の現代はいつ始まったか、というと、十九世紀からと考えたらいい。 その理由は、十八世紀の末に、北アメリカと西ヨーロッパで二つの革命が続いて起こり、それによって、政治のあり方に、それまでになかった根本的な変化が起こつたからだ。「岡田英弘著作集 歴史とは何か1」 岡田英弘 藤原書店
2014年07月16日
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概して、西洋文化はユダヤ教-キリスト教神学に依存している。 合衆国ではとりわけ、ピューリタンとプラグマティズムの精神に支配されているため、労働、苦闘と努力、まじめさと熱心さ、そして何よりも目的的であることが尊ばれる。 他の社会制度と同様に、科学一般、特に心理学はこれらの文化的風土や雰囲気の影響から逃れられない。 アメリカ心理学も例にもれず、あまりにもプラグマティズム的であり、ピューリタン的であり、また目的的でありすぎる。 このことは、心理学の効力や公言された目的に認められるはかりでなく、その欠陥やそれがなおざりにしているもののなかに明らかに認められる。 アメリカの心理学の教科書のなかで、楽しさや喜び、娯楽や冥想、ぶらぶらすることやだらだら仕事をすること、無益で実用も目的もない活動、美的な創造または経験、または動機づけのない活動について一章たりとも取り扱っているものはない。 すなわち、アメリカの心理学は人生の半分のみにかかりきりになった結果、より重要であるかもしれない他方の半分を無視してしまったのである!「人間性の心理学」 A・H・マズロー 産業能率大学出版部
2014年07月15日
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なぜ東南アジアが海洋アジアの中心になつたのか。 第一に、地理的条件である。東南アジアは海洋中国と海洋イスラムが出会うところであり東西諸文明の海の交差路に当たっている。 一四世紀当時、環インド洋圏にはイスラム文化が普及し、ダウ船が行き交っていた。それは「海洋イスラム」の世界である。 一方、環シナ海圏は文字通り中国の影響圏であり、ジャンクが行き交った。 それは「海洋中国」の世界である。 「海洋イスラム」と「海洋中国」は東南アジアを境界にして最終的にはすみ分けた。 だが、東南アジアにおいてはモザイク状に入り乱れて商業活動を営み、深い交流をした。 第二に、人類の死活にかかわる物産の産地であった。 東南アジアの特産物である胡椒・香辛料・香料が東西両洋から希求された。 元帝国の崩壊する前後にユーラシア大陸全域に.疫病が流行した(マクニール『疫病と世界史』)。 その疫病に効能があるとされていたのが胡椒・香辛料であり、東南アジアはその大産地であった。 こうして、一五~一七世紀の東南アジア海域世界は、アラブ・イスラム文明、ヒンズー文明、中華文明等から多数の商人がそれぞれの文明の諸物産を持って訪れ「商業の時代」を現出した。 それは近代世界経済のいわばプロトタイプ(原型)であった。 ヨーロッパと日本の商人はそこに最後に加わり、世界史の舞台に登場することになつたのである。「近代はアジアの海から」 川勝平太 NHK 人間講座
2014年07月14日
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独自の商品・サービスをつくり、新製品を次々開発する。 あるいは商品をユーザーニーズに応えて絶えず改良改善できる企業になるためには、よって立つ基盤が必要である。 そうした基盤を構築するものがコア技術であり、ここでは、技術の特性から[生産技術][開発技術]に分類する。 生産技術をコア技術として有している場合には、長年同一商品に携わってきた経験や幅広い取引先への対応から生まれたノウハウを活かすことで、競合他社に比べてコスト面、品質面や品揃えの面で優位に立ち、地味であるが安定した強みを持つ事が可能になる。 開発技術がコアの企業は、圧倒的な強みを有する場合が多く、企業事例でも高い成長性や収益性を獲得している。 当然、技術開発のポリシーが明確であり、研究開発に力を入れている。 しかし、一方で、開発技術ポテンシャルを高めるため常に先進的な技術を取り込む必要があり、エレクトロニクスや新素材など先端分野のエンジニアの確保に悩まされる。 人材確保・育成がキーポイントとなってくる。「企業の志と風土」 野村総合研究所
2014年07月11日
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われわれの祖先は、物質文化を持っていなかったにもかかわらず、大きな脳を発達させ、象徴的な生活を発展させました。 むしろ、物質文化を持っていなかったからとも言えます。 そこで、さきほど彼の頭部を見てもらいましたが、私はなんとかして、知性はあったけれどテクノロジーを持っていなかったあの祖先と、テクノロジーは持っているけれど知性のない、われわれの子孫たちとのギャップを埋める手段はないものかと模索しているのです。 そのギャップは大きく広がっています。 私は儀礼や伝統や祭式を実践することに内在する古来の価値感をたよりに、そこを埋めていきたいと思うのです。 それは、”知ることや聡明であること”と、”経済的または文化的な意味での利口さでなく、またテクノロジーに頼らずに真に賢くある”ということとをつなぐ助けになります。 「儀礼があるから日本が生きる!」 ライアル・ワトソン たちばな出版
2014年07月10日
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私見を述べよう。 アメリカが打てる「最善手」は、如何なる事態にも対処できる「適度の防衛力」は保持しつつ、如何なる国に対しても「挑発的、攻撃的姿勢」は取らないということである。 今、アジア、ヨーロッパの悲劇が起きている主な原因は、アメリカに巣食う国際主義者達が煽動する日本、ドイツにたいする不買運動、通商停止の動き、貿易制限である。 これが主たる原因で日独は、国家の生命線とも言うべき輸入を脅かすアメリカをはじめとする強国から離れ、自給自足を確立するために立ち上がったのである。「アメリカはアジアに介入するな!」 ラルフ・タウンゼント 芙蓉書房出版
2014年07月09日
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時間を一定不変の歩調で進行するものだと考えて、日・月・年に一連の番号を振って、暦をつくり、時間軸に沿って起こる事件を暦によって管理して、記録に留めるという技術は、きわめて高度に発達した技術であって、人類が自然に持っているものではない。 時間と空間の両方にまたがって、人間の世界を説明する歴史というものも、自然界に初めから存在するものではなくて、文化の領分に属するものである。 歴史は文化であり、人間の集団によって文化は違うから、集団ごとに、それぞれ「これが歴史だ」というものができ、ほかの集団が「これが歴史だ」と主張するものと違うということも起こりうる。 しかも、暦をつくつて時間を管理することと、記録をとることだけでは、歴史が成立するのに充分な条件にはならない。 歴史の成立には、もう一つ、非常に重要な条件がある。 それは、事件と事件のあいだには因果関係があるという感覚だ。 これこれこういう事件は、時間ではその前にあったこれこれこういう事件の結果として、あるいはその影響で起こった、というふうに考える。 これは、この世界で起こる事件は、それぞれ関連がある、あるいはあるはずだと考えることだ。 こういう考え方は、現代人、ことに日本人のあいだでは、ごく当たり前の考え方だけれども、じつは世界のなかでは、人類のなかでは、どうも少数派の感じ方、考え方らしい。「岡田英弘著作集 歴史とは何か1」 岡田英弘 藤原書店
2014年07月08日
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言語は元来、経験や伝達の法則に関する情報、すなわち型づけのためのすぐれた手段である。 もちろん特異な、あるいは私的なものを定義したり伝達したりもするが、結局は目標を達してはいない。 特異なものごとに対してできることといえは、名前を付けることだけであり、それも結局は説明したり伝達したりするのではなく、ただラベルをはるだけなのである。 特異なことを十分に知りうる唯一の方法は、それを十分に経験すること、しかも自分自身で体験することである。 ある教授が芸術家の妻と田舎道を歩いていた時に見い出したように、体験に何らかの名前をつけることでさえ、さらに深く知ろうとすることを妨げてしまうのかもしれない。 その教授はある美しい花を初めて見て、名前を尋ねた。 直ちに、以下のように妻から叱られた。 「名前が何か役に立ちまして? 名前をお知りになりますと、それで貴方は満足して、もう花を楽しもうとはなさらないでしょう」。「人間性の心理学」 A・H・マズロー 産業能率大学出版部
2014年07月07日
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歴史を解繹するときに、まずある大前提となる原理をたてて、そこから下へ下へと具體的現象の説明に及ぶ行き方は、あやまりである。 歴史を、ある先験的な原理の圖式的な展開として、論理の操作によつてひろげてゆくことはできない。 このような「上からの演繹」は、かならずまちがつた結論へと導く。 事賓につきあたるとそれを歪めてしまう。 事賓をこの圖式に合致したものとして理解すべく、都合のいいもののみをとりあげて都合のわるいものは棄てる。 そして、「かくあるはずである。故に、かくある。もしそうでない事賓があるなら、それは非科挙的であるから、事賓の方がまちがつている」という。 「上からの演繹」は、歴史をその根本の發生因と想定されたものにしたがつて體制化すべく、さまざまの論理を縦横に驅使する。そして、かくして成立した歴史像をその論理の権威の故に正しい、とする。しかし、そこに用いられている論理は、多くの場合にはなはだ杜撰なものである。 明治維新は「上からの革命」であつた。支配階盾とその精神は封建時代のままにもちこされ、昭和の歴史を動かしたのもこれが主體であつた - 。 これが今の定説であるが、はたしてそうなのだろうか? 幕末の日本と昭和初めの日本とは同じものだつたのだろうか? 歴史的に成立したものは當然どこの國にも存在しているが、日本にも残つているそれが現代日本の歴史形成力なのだろうか? 封建性があの近代戦をしたのだつたろうか? ノーマン氏の「日本における近代国家の成立」は、このような考え方の規準になつているもののように察せられるが、その中につぎのように書いてある。 この言葉は、戦後にさながら経典の文句のようにくりかえして唱えられた。 「維新の政治革命は、フランス革命に見るような都市過激派や土地に飢えた農民の社會的反抗が勝利を収めた結果ではなくて、武士と都市商人と結んだ大外様藩、すなわち封建支配階級の一翼によつて達成された變革であつた」。 これはたしかにそうであつたろう。 しかしだからとて、これがやがて昭和の超國家主義となつたというふうに結びつくものだろうか。 「階級支配は破られることなく封建時代から近代に持續された……名が欒つたにすぎなかつた」「日本の文武官僚機構わけてもその上層部は成立の當初から、政治思想において専制支配と植民地帝國の建設に壓倒的共感をもつ人々からなつていた」 はたして階級支配は破られることなく、封建時代から現代に持續されたのだつたろうか? 維新を遂行した武士は自己否定をした。 ノーマン氏は同じ本の中で認めている。「昭和の精神史」 竹山 道雄 新潮叢書
2014年07月04日
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森嶋鎖国論の独自性は、和辻説に共感を示しつつも、比較生産費説的な観点から鎖国を肯定的に評価している点にある。 いわば経済学者の眼でとらえた鎖国観として新鮮な問題提起になっているのである。 森嶋鎖国論は、しかし、まさに経済の実体に即してみれば基本的に誤っているといわざるをえない。 なぜなら、鎖国は「西欧の輸出攻勢から、日本の手工業を防衛し、日本が単純な農業国になるのを回避」(一五三~四頁)したとか、鎖国をしていなければ「日本の手工業が西欧の進んだ工業によって壊滅」(一五頁)したであろうとかの森嶋の想定は、近・現代の先進ヨーロッパと後進アジアとの関係をそのまま過去にも投影している発想であって、その当時の現実を反映したものではないからである。 そればかりか、森嶋の想定とはまさに逆に、手工業が危機にひんしたのはアジア諸国ではなく、東方の絹や木綿の織物がもちこまれたヨーロッパの方であった。 一七〇〇年頃からイギリスを初めヨーロッパ諸国は国内の手工業を守るため、保護関税どころか数度にわたって輸入禁止法 -その実効のほどを問わないにしても- を設けてその対策にやっきになっていたのである。「文明の海洋史観」 川勝平太 中公叢書
2014年07月03日
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明治初年の技術者たちはみな官業工場で仕事に就いていたのであるが、官業払下げとともに民間に移った。 当時技術者はほとんど官に入ることをめざしていて、民の方ではなかなか人材が得難かったのである。 一つには当時官吏の社会的地位がきわめて高く、優秀なものはこぞって官に就くことを望んだという状況があり、いま一つには、技術者の大部分が士族出身であって、営利事業に従事することをいさぎよしとしない態度があったからである。 彼らがいさぎよしとしなかったのは私利の追求であって公利の追求ではなかった。 したがって、私利の追求ではない営利事業ならば適応しうる条件があった。 その条件を提供したのが「株式会社」という形態だったのである。 それは「お国のために」富国の有効な手段であると考えられたのであった。 それが単なる個人企業であれば、これら技術者は払下げとともに民間には移らなかったに違いない。 また払下げを受けた企業の経営者もそのほとんどが士族出身であった。「先端技術のゆくえ」 坂本賢三 岩波新書
2014年07月02日
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悲劇を悲劇風に書き、喜劇を喜劇風に書かうとすることは、作家の重大な堕落であると言はなければならない。 それは既に作者が技術者となり商品製作者となり、自分の魂の上に商標を貼ることだ。 真の作家は悲劇にも喜劇にも同じ態度をもつて臨むべきであつて、その効果を予期するやうなトリックは用ゐらるべきではない。 出来上つたものを世人が悲劇と言はうと喜劇と言はうと、作家の知つたことではないのだ。「自由と倫理」 石川達三 文芸春秋
2014年07月01日
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