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プラトンの主張するポイントは、 1. 人間は生まれたとき以来、洞窟の中に閉じこめられた囚人のように理屈がわかっていない。(生れて以来、無明である。) 2. 人間の眼に映ずるものは真実ではなく、影ばかりなのだ。 3. しかも、それに気づいていない。 4. たまたま洞窟の外に連れ出された囚人だけが、真実を直接に眺めることができる。つまり、彼自身がそれまで洞窟の中に閉じ込められていたことも、初めて理解することができる。 5. だから、(この箇所には触れられていないが)努力して、瞑想して、真実在に到達した哲人だけが(理屈がわかっているのだから)、その真・善・美の究極の概念をもって政治にあたることができる。それが理想なのだ。 ……ということになる。「プラトンの哲学」 藤沢令夫 岩波新書
2014年05月30日
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まず最初に、模倣の儀礼と祭式があります。 これらは周期的に行われますが、まれに毎日の場合もあります。 これまでもいつもそのように行われてきたので、そうしているわけです。 つまり、頭で考えずにやっていることです。 たとえば、新年を祝うという儀礼があります。 一年がめぐって暦のうえで日付が新年になるだけなのにです。 現在われわれのほとんどがグレゴリオ暦を使っていますが、どんな文化もかっては太陰暦または太陽暦を使っていた時期があり、暦はある種の儀礼で表現され、一年の始まりもそうでした。 いまだにその暦の独特のやり方で新年を祝う文化があり、往々にしてむかしの創造的行為の繰り返しが行われているのです。 かってはわれわれの生活における地元の神様を祀る方法を行為に表したものでした。 しかも、どんな儀式であれ、その民族の起源に関する神話に基づいた祝詞がともないます。 これが第一のもの、「模倣の儀礼」です。 第二のカテゴリーは、「移行の儀礼」です。 通過儀礼と呼ばれることもあります。 この儀礼で行われることは、ひとつの状態または界から、ほかの状態または界へ移ることです。 われわれの生活の重大局面を表す場合が多く、誕生とか洗礼とか、成人、結婚、出産、そしてやがては死といった人生の節目節目を表します。 このような儀礼はすべて、古い状況や生活方法に別れを告げて、新しい状況や生活方法の始まりを記念して作られています。 なかにはイニシエーション儀式が含まれるものもあり、一般にこれは再び生まれること、一種の象徴的な再生と呼ばれています。 第一は模倣の儀礼、第二が移行の儀礼、そして三番目の儀礼をここで考えていただきたいのですが、それは「神への捧げものの儀礼」です。 これは貴重なものを壊す、または忌避するという形の儀礼です。 つまり、何かをあきらめて捨てることなのです。 捧げものは、植物でも生きた動物であることもありますが、よく見かけるのが牛乳とかパンとかコメ、または身につけるものなどの簡素なもので、それらを土に埋めたり、焼いたり食べさせたり、大地に注いだりして喜捨してしまう。 われわれの手の届かないところへ捧げてしまうわけです。「儀礼があるから日本が生きる!」 ライアル・ワトソン たちばな出版
2014年05月29日
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『サンフランシスコ・クロニクル』等の記者は、中国には軍需工場はないと書いている。 ところが、五年前の一九三三年版『チャイナ・イヤーブック』は五四四~五四六頁まで二頁も費やして軍需工場の、発表を掲載しているのである。 一九○九年の「大英百科事典」には、大砲を製造できる大工場が六つ紹介されている。 隠蔽することなく真実を伝えようと願う記者、解説者なら、権威のある資料から、似たような情報を得ることができるのである。 一九三一年、日本が奉天を占領する前は、中国の軍需工場は世界最大級で、外国人の技術者を含め、従業員二万人と言われたものである。 これは、極東問題の研究者の誰もが認める事実である。 ところが、新聞はこうした事実を避けて報じない。 「棒切れや太古の剣のようなもので戦う中国人」と報じるのが流行である。 現在の日中の争いが始まる直前、米中双方の極左系の情報紙は「圧倒的優位な中国軍」と触れ回っていた。 「抗日戦の準備万端整い、勝利間違いなし。すぐにでも始めたい」と。 ところが、始まつた途端、「中国はきわめて平和を愛する国で、丸腰のまま、何の警告もなく圧倒的優位な敵に襲われた」と宣伝したのである。 明白な証拠に照らしてみると、一九二七年から三七年まで、中国は日本よりはるかに多くの軍事費を使つていたのは明らかである。 日本よりはるかに多い軍事費を使わなければ、中国全土に展開する二百万の兵士に武器弾薬を供給することは不可能だったはずである。 日本の常備軍は中国の九分の一でしかなかつたのである。「アメリカはアジアに介入するな!」 ラルフ・タウンゼント 芙蓉書房出版
2014年05月28日
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ロシア人と中国人には共通したものがある。 中国人もロシア人も、自分たちのアイデンティティがはっきりしていない。 こういう人たちは、長いあいだ被支配階級であったせいで、責任観念や自発性に欠ける点がある。 現に中国人もロシア人も、強権をもって抑圧されないと、すぐ無秩序に走る。 ロシア人も中国人も、アナーキック(無政府的)な性格という点で、非常に共通している。 ロシアでは共産党の統治がなくなって、社会主義が消え去った。 中国では、共産党は残っているが、社会主義はとうに放棄している。 この場合、資本主義でロシア人や中国人が成功できるだろうか。 経済成長して世界の他の国々に追いつけるだろうか。 まずこれはありえない。 今の中国が経済発展しているのも、見せかけである。 なぜなら第一に、資本主義に必要な自発性とか個人の責任観念、信用の観念というものが、中国人やロシア人には欠けているからである。 これがなくて資本主義経済が成功するはずがない。 第二に、彼らは秩序を重んじない。 だから民主主義には向いていない。 第三に、どちらもあまりにも人口が多すぎて、みながカラーテレビを持ち、自動車を乗り回したら、世界中の資源がどれだけあつても足りない。 環境汚染も、人類の生存を不可能にするだろう。 とてもありうることではない。 エネルギーも資源も足りない、汚染の問題もあるとなれば、ロシアも中国も、資本主義で成功する見込みはない。 見通しはまったく暗い。「岡田英弘著作集 歴史とは何か1」 岡田英弘 藤原書店
2014年05月27日
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まず初めに、型づけをする傾向の強い人の第一番目の努力は普通、いかなる種類の問題でも避けたり見逃したりすることであろう。 最も極端な形の例は、予期しない何かに出会うのを恐れて、生活のすべてを統制し秩序だてている強迫現象を示す患者に見られる。 このような人は既製の解答以上のものを要求する、すなわち自信や勇気や安全を要求するいかなる問題に出会っても非常に脅かされてしまうのである。 もし問題が知覚されねばならないとしたら、最初になされるべき努力はその問題を認めて、なじみのカテゴリーを代表するものとして見ることである(なじみのあるものは不安を引き起こさないから)。 「かつて体験した問題のどの部類にこの間題を入れることができようか」とか「問題のどのカテゴリーにこれは当てはまるであろうか、またはねじ込むことができるであろうか」を見つけ出そうとするのである。「人間性の心理学」 A・H・マズロー 産業能率大学出版部
2014年05月26日
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第一回の元寇は一二七四年(文永十一年)、来襲した兵数はモンゴル人・女真(じょしん)人・漢人合わせて二万、高麗人六千の計二万六千であり、対馬.壱岐・博多湾西部が戦場となつた。 日本軍は押され気味であったが、台風いわゆる「神風」に助けられた。 フビライはその二年後の一二七六年に南宋を滅ぼした。 そして再び国使(杜世忠)をよこした。 時宗は彼を切った。 これで再度の来寇は必至となった。 一二八一年(弘安四年)フビライは十四万の兵数、四千四百般の軍船をもって日本を攻撃させた。 その結末を『元史』はこう語る。 「八月一日、暴風雨のために船が破損した。五日、文虎等の諸将は、破損をまぬかれた船をえらんで逃げ帰り、兵隊十余万を山下に捨てた。帰るべき船もない兵隊は指導者をえらび、その命令に従うことにし、木を伐って船を作り、帰国しようとしたところ、七日に日本人が来襲し、大半が戦死した。二、三万の兵が捕虜になった。捕虜は博多に連行され、日本人は蒙古・高麗・漢人を殺したが、江南人は殺さずに、奴隷とした。その結果『十万の衆、還るを得た者三人のみ』という惨憺たる失敗に終わった」 日本人が助けた江南人とは、その数年前にモンゴルに滅ぼされた南宋の人たちである。 彼らは日本人ともなじみが深く、海上貿易の達人であった。 その彼らを捕虜とした帰結は何か。 船の遣り方、海の道、各地の物産の情報、さまざまな海外情報の取得である。 その結果、日本人は海外へ躍進した。 それは大陸からは倭寇と呼ばれて恐れられることになった。 元寇が倭寇を生んだのである。「地球日本史」 西尾幹二 産経新聞
2014年05月23日
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日本の知識の問題については、佐和隆光氏のすぐれた論考で解き明かされているように、フローとしての知識とストックとしての知識との相剋を、いまの日本はもて余しはじめている(佐和隆光『文化としての技術-ソフト化社会の政治経済学』岩波書店 一九八七年一三六ページ以下参照)。 現代の日本においては、佐和氏がいうように、「ストックとしての知識にかわって有効性をいや増すのが、ほかでもないフローの知識である。ビジネスマンは他人に先んじてフローとしての知識を獲得することにやっきとなる半面、ストックとしての知識にたいしては、さしたる敬意を払わなくなるであろう」。 このような知識社会学的状況は、世界との対話を困難なものにしているのである。 なぜなら、異質な社会同士は、「ストック」としての普遍的な知識の在庫を確認しあう共通の作業を介して相互の対話を重ねるほかはないからである。「フローの文明・ストックの文明」 矢野暢 PHP
2014年05月22日
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「ドイツ国家といふものはないのである。これに反して日本は一つの国家を形成してゐる。日本国家といふものがある。これは両者の重要な差異といはなくてはならぬ。かくて、日本は主権国、独立国ではないけれども、なほ国家であることは疑ひをいれない。国際法上では、半主権国または非主権国とか、不独立とかいふ言葉が用ひられるが、現在の日本はそれに該当するものといへよう」(『日本管理法令研究:巻一号、二五頁) この言葉は、吉田茂の対米姿勢に影響を及ぼし、東京裁判の清瀬弁論にひとつの論拠を与えたかもしれない。 横田のこの論文「日本の法的地位」はさまざまな波紋を投げた。 主権の不在とはなにか。 横田は外国の主権が法理を超える力をもっている状況だと現状を認識していた。 歴史の力の下に法が置かれていると認識していた。 横田の役割は歴史の法への優越を、それが日本の民主化という好ましい代償を払つてくれると期待しつつ見まもることだったのである。 同じ状況にたいするパルの認識は違っていた。 歴史に脅かされない正義のために法は存在する。 パルはこう批判している。「進歩の思想・成熟の思想」 加藤尚武 PHP
2014年05月21日
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わきめもふらず、、一心に勉強するから、どうかこの一年で集中して教えてほしいと。 すると師匠は考え直して、「ひとつ条件がある。それを受け入れるなら弟子にしてもいい」と言つてくれました。 京都北部にある古い城で、日本の伝統芸を学ぶ学校を立ち上げたので、そこに来れば半年は茶道を教えてやるから、半年は武道を学んでもらいたいと言うのです。 私は武道なんかやりたくない、茶道を学びにやってきたのだと言いました。 心の底から茶道をやりたかったのです。 一年間、日本にいられるのなら、一年まるまる茶道を勉強したかったんです。 師匠は、「いや、それではだめだ。ぜひとも武道も学んでほしい。好きな武道を選んでいいから」と言うのです。 「わかりました、それが条件だと言うならそうしましょう」と、ついに私は折れ、すべての武道を見学したうえで、ようやく剣道にしようと決めました。 剣道がいちばん好戦的でないと思えたのです。 剣道はほかとくらべて体育的要素があり、見ているだけで動作が美しく、これならいいだろうと思ったわけです。 黒装束で屋根のうえを走りまわる、忍者みたいなものにはなりたくなかったんです。 とてもすばらしい剣道の師匠を得まして、不思議なことを発見しました。 剣道を学べば学ぶほど、すなわち自分のエネルギーをコントロールし、エネルギーを一点に集中することが身についてくればくるほど、茶道のほうでもいい効果が出てくるのです。 しかも茶道を学べば学ぶほど自分に忍耐力がつき、じつと正座していられるようになればなるほど、剣道のほうも上達するのです。 茶道と剣道が補完しあって相乗効果となつていたわけです。「儀礼があるから日本が生きる!」 ライアル・ワトソン たちばな出版
2014年05月20日
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歴史のある文明では、どんなできごとも、過去数千年の事実の積み重ねでそうなってきているのだ、という確信があるので、シナリオが書きやすい。 それは全部間違ったシナリオかもしれないが、それでも何かが起きるということを予期し、ずっと前から準備することはできる。 その点では、歴史のある文明のほうが有利である。 ただし、そこでどうなるかというと、シナリオを書けることが歴史のある文明の強みであるのに対し、歴史のない文明は、それに対抗するために軍事力を極端にまで増強しなければならない。 つまり、トラブルが起こったときに、軍事力で圧倒するというやり方なのである。「岡田英弘著作集 歴史とは何か1」 岡田英弘 藤原書店
2014年05月19日
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この分野では、型づけは次の三点から成り立っている。(1)しゃくし定規的なやり方で、月並みな問題だけを取り上げるか、新しい問題を知覚しないでおくか、または作り直してしまうので、問題は目新しいものとしてではなく、なじみのものとして分類されてしまう。(2)これらの問題を解決するために、月並みで機械的な習慣と技法だけを用いる。(3)生涯にぶつかる問題すべてに対し前もって、既製の型にはまった解決や解答を何組か用意している。 これら三つの傾向は、創造性や発明力をほとんど完全にだめにする。「人間性の心理学」 A・H・マズロー 産業能率大学出版部
2014年05月16日
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ランケの代表作に『世界史概観』(岩波文庫)という本がある。 それは一八五四年、還暦を前にしたランケが長年の蘊蓄(うんちく)を傾けてバヴァリア国王マクシミリアン二世のために行った歴史講義である。 ランケはその第一講義を「歴史における『進歩』の概念をいかに解すべきか」と題して、アジアについてこう言及した。 「アジアに眼を向けてみよう。われわれはそこに文化が発生していたこと、またこの大陸がいくつかの文化段階をもっていたということを知っている。しかし、そこでは、歴史の動きは、全体とし退行的であった。アジア文化においては、最古の時期がかえつて全盛期であって、(中略)蛮族-蒙古族-の侵入とともに、アジアにおける文化はまったく終末を告げた」 また第十四講では、「当時の東洋に瀰漫(びまん)していた野蛮は、現今においてもなお支配し続けている。われわれは人類の一般的進歩なるものが考えられないものであることの、明白な実例をここにみることができる。」 この記述に見られるように、ランケには抜きがたいアジア蔑視、特に蒙古(モンゴル、元)に対する敵意のようなものさえあった。 一方、ヨーロッパ・キリスト教世界については「私が到達した根本思想の一つとして、絶対に正しいと確信していることは、ヨーロッパ・キリスト教諸民族の複合体は、渾然(こんぜん)たる一体として、あたかも単一国家のごとく考えられるべきもの」であり、それを「西欧のかの偉大なる民族共同体」と称賛し、文化的統一体としてのヨーロッパのキリスト教世界に強い自信を表明している。「地球日本史」 西尾幹二 産経新聞社
2014年05月15日
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現代は、ことごとく≪エフエメラ(短命)≫の色をまとう時代である。 ≪エフエメラ≫であるからこそ、人びとは陶酔し、生の実感を味わうのである。 現代の都市は、≪エフエメラ≫の価値の結晶体である。 日本は、そのての価値のうえに気楽に居直りながら、(フローの文明)の形成に成功してみせたのである。 ただ、ここしばらく、日本人が官民あげて「ストック」願望をもちつづけようとする公算は高い。 それというのも、まだごく基礎的な社会資本ストッタの充実が欠けているからである。 住宅問題の解決、下水道の整備などを欧米水準に近づけようという声は多い。 なにはともあれ、日本人の「ストック」願望の行く末はまだ読めない。 それはここ当分は創造的効果をもつだろうけれども、長期的にみたとき、日本の国土がいま以上に美しくなっているという保証はないのである。「フローの文明・ストックの文明」 矢野暢
2014年05月14日
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十五世紀に根を発する力の時代は、蒸気と電気の出現で太い幹となった。 幹から伸びた枝には、自然と人間を征服し、便利さと快適さと破壊をもたらす何千もの機械装置が花開いた。 そして、ついに闇の中で結ばれたまがまがしい果実が、広島と長崎の上空に恐怖を爆発させる。 力の時代と、それがもたらす矛盾と緊張は徐々に広がり、国家主義的ヒステリー状況を作り出していった。 ヒステリーにかかる速さと症状の重さは、国によって違いがあるが、二十世紀の世界全体がこの病気に冒された。「アメリカの鏡・日本」 ヘレン・ミアーズ メディアファクトリー
2014年05月13日
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ソ連は昔から中国支配を企んでおり、中国内の共産勢力を後援し続けている。 日本は中国が共産化するのには反対している。 したがって日本はソ連の敵となつているのである。 日本と対抗するソ連はアメリカの援助が欲しい。 これも「極左」が日中の抗争を期待した理由の一つである。 日中戦争となれば、アメリカとモスクワは同盟することになるだろう。 という証拠は、ポルシェヴィキ指導者の記録を見れば分かるが、膨大となるのでここでは紹介できない。 蒋介石を監禁し、抗日戦を迫ったのは中国人の共産勢力であつたことをお忘れなく。 モスクワの良いように、アメリカを日本と戦わせるのが「ポルシェヴィキ作戦」である。 次の「共産化作戦」を御覧になるとよく分かるはずである。 「帝国主義勢力同士(この場合、日米を指す)に戦争させないと、我々は救われない。我々に向かって刃を研ぐこの資本主義の盗賊に対処するには、盗賊同士戦わせることが早急の務めである」(『レーニン全集』第十五巻。一九二〇年十一月二十六日、ロシアにおけるモスクワ共産党指導者組織へのレーニンの演説から) 中国のようにモスクワと同盟を組む国が「侵略の被害国」と大々的に宣伝されるが、それはなぜなのかは、次の共産主義論文に説明されている。 「ソビエト同盟が行う戦争は、誰が始めようと、それは正当な防衛戦争である」 (ソビエト作家、L・S・デティヤレフの『赤軍の政治的務め』一九三〇年一五頁より)「アメリカはアジアに介入するな!」 ラルフ・タウンゼント 芙蓉書房出版
2014年05月12日
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何の立場で世界史を書くか。 国家の立場というのは成り立たない。 といって国際連合の立場というのはありえない。 結局、普遍的な個人の立場から書かざるをえない、ということになる。 個人ぐらい一人ひとり性格の違いのあるものはないので、普遍的な個人というのは曖昧な表現だが、しかし、それでも普遍的な個人の立場から世界史を記述する。 つまり、きちんとした人が、ここにもあそこにもいて、物事を公平に記述したらこういうふうになるだろう、という書き方しかありえないと思うのである。 歴史という営み自体を否定してしまったら別だが、しかし、世界にストーリーを与えるという歴史の機能がいつまでもなくなることはないとすれば、そういう書き方しかありえない。「岡田英弘著作集 歴史とは何か1」 岡田英弘 藤原書店
2014年05月09日
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習慣は必要なものであると同時に危険なものであり、有用なものであると同時に有害なものである。 習慣は疑いなく時間や労苦、思考を節約してくれるが、そのことに対する代償は大きい。 習慣は適応のための最上の武器であるが、逆に適応を妨げるものにもなる。 課題解決の方法でありながら、それでまた長く働かせておくと新しくて型づけされたりしていない思考、すなわち新しい問題に対する解決の反意語ともなっている。 この世界に順応する際に役立つけれども、しばしば発明力や創造力の妨げにもなり、いうなればこの世界を調整して我々に合わせるのを妨げる憤向があるとも言える。 結局、習慣は真実で生きいきとした注意や知覚、学習、思考などを怠惰な方法に置き換える傾向があるのである。「人間性の心理学」 A・H・マズロー 産業能率大学出版部
2014年05月08日
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学術的発見を平易な日常言語で発表する手際は今西が意識的に指導したものであろうが、戦後京都学派のよくするところであり、ひらがなを多用し、誰にでもわかる文章を半世紀にわたって書きつづけてきた梅棹の文章スタイルはそのよき典型である。 近代の知の体系は欧米起源であり、学術論文の多くは翻訳臭がつきまとい、難解であった。 学術用語と日常言語との壁を取り払った功績はいくら強調しても足りない。 一方、梅棹あるいは川喜田によって知は技術にされた。 「知的生産の技術」や「KJ法」は知の普及に一役かったであろう。 知識を獲得するノウハウをもって膨大な知識が集積され、それらは見事に整理されて、その一部は博物館に陳列されて大衆を迎えいれた。 国立民族学博物館には世界の諸文明なり諸文化が優劣なく横ならびに展示されている。 「ならべる」という思想を具体化したものであろう。 民族の大小にかかわりなく、地上のすべての文化が同列にならべられているのである。 今西が意図したゲオコスモス的広がりを眼前に見せることに成功しており、文化や文明の一元史観(「つらぬく」思想)にたいする強烈なアンチ・テーゼになっている。「文明の海洋史観」 川勝平太 中公叢書
2014年05月07日
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一九三一年にアサリカのザ・トラベラーズ・インシュアランス・カンパニーの技師だったH・W・ハインリヒが『産業災害防止論 ― 科学的研究』を出した。 彼は災害統計を調べ、死亡.重傷と軽傷と無傷の比が一対二九対三〇〇になることを見出した。 つまり事故があったとき、死傷者と無傷者の比が一対一〇になるという関係である。 彼はこれを「災害強度比率」と呼んだが、世間では「ハインリヒの法則」とか「一対二九対三〇〇の法則」とか呼んでいる。 もちろんこれは統計数字から引き出した現象論的な法則でしかないが、大部分無傷ですむ事故でも十一回目には死傷者を出す可能性があり、三三〇回に一回は死者ないし重傷者をも出す可能性があると解釈することができる。 しかしたった三三〇分の一だといってすますわけにはいかない。 人命は一人でも重いのであって、事故の原因になるものは、たとえ軽傷ないし無傷ですむことが多くても取り除くか、防護措置をしておかなければ、大事故につながるものであることを示す教訓としてとらえることができる。ハインリッヒの法則 「先端技術のゆくえ」 坂本賢三 岩波新書
2014年05月02日
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知識は無から――白紙の状態から――出発するものでもなければ、観察から出発するのでもない。 知識の進歩というものは、主として、それ以前の知識の修正によって成り立つ。 時には、例えば考古学においては、偶然の観察によって知識が進展する事があるけれども、その発見の意義は、通常、それによって、それ以前の理論を修正できるかどうかによって決まるのである。「推論と反駁」 K・R・ポパー 法政大学出版局
2014年05月01日
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