全21件 (21件中 1-21件目)
1

日華事変から太平洋戦争へ ――そして敗戦への運命の八年間 「大日本帝國崩壊史」上に 最も大きな役割を演じたものは、 公爵近衛文麿を中心とした所謂 進歩的革新陣営と、 陸軍大將東條英機を主役に押し立てた 軍閥政治軍人であつた。 だが、その近衛は、 日華事変に対し「不擴大、局地解決」を考へ、 江兆銘新政府を育成して東亜の全面和平回復を考へ、 日米衝突回避の平和交渉に全力を尽したと言ひ、 東條は、世紀の英雄を以て自ら任じ、その幕僚と共に 太平洋戦争の勝利を確信して全国民に号令し、 その威勢まさに當るべからざるものがあつた。 しかも、この二者は、 いづれもその志と異つた結論を出してしまつたのだ。 なぜこんなことになつたのだらうか。 アジア革命への謀略面から言へば、 近衛は革新陣営のホープとしての存在が 見逃すことの出来ない利用価値であつたし、 東條は性格的に、権力と、名誉と、野心のかたまりで、 かつ軍閥政治軍人のホープであつたところに 最も御し易い条件を備へてゐたのである。「戦争と共産主義」 三田村 武夫 民主制度普及會
2016年11月30日
コメント(0)

ひとことで言えば、自他ともに幸せになり、 その社会を人間の望みうる理想のものとするには、 日本を見ならうべきだということなのである。 ……もし自然が生活に必要なもの、 すべてを与えたとしたら、そして、 もしその国が国民の勤勉により、 世界に例を見ないまでに発展しているとしたら、 その国は外国に頼ることなしに存在できるのである。 これは大きな利点である。 これによって他国より来る 邪悪、放蕩、軽薄、戦争、変節などに乱されることなく、 国内に大きな問題も起こらず、危急の場合、 外国の攻撃から身を守ることができるのである。 これこそ日本が他国よりすぐれている点である。(ケンペル著『日本誌』の一節から)「奇跡の日本史」 増田悦佐 PHP研究所
2016年11月29日
コメント(0)

尾寵な話になって申し訳ないけれど、 オランダでは熱を計るのは肛門で計る。 そしていつも肛門の方が 口中や腋の下より〇.五、六度は高いのだ。 だから口中で六度五分でも 肛門では七度以上あることになる。 そうすると私と医師の押し問答で ちっとも意見の一致しないまま 互いに憎しみをこめて睨み合ったあの熱問答は、 彼も正しいと言うことになるではないか! 私は口中で計った体温を基に 七度五分も熱がある病気だと訴える。 これは当然だ。 しかし医師の方は当然肛門で計っている と思っているから平熱だと言い張る。「楡の木の下で」 吉屋 敬 未来社
2016年11月28日
コメント(0)

米国はメルヴィルの時代から好きに鯨を獲りまくつた。 彼の『自鯨』にあるように 皮下脂肪から取れる鯨油が目的で 「オレンジのように鯨を剥き」あとは海に捨てていた。 戦後も 鯨油は車や飛行機の最高の潤滑油として珍重されたが、 対日赤字が問題になってきたころ、 鯨油に代わる合成油が誕生した。 米国の捕鯨は終った。 英仏も状況は同じだが、日本だけは違った。 鯨は日本人の文化であり資源だった。 八〇年代はじめ、国際捕鯨委に出た日本は吃驚する。 加盟十五か国の会議に、 新たに二十四か国もが入ってきた。 いずれも鯨とは無縁のケニアやセネガルなど 英仏の元植民地と米国の裏庭に住む ドミニカ、そしてゲスラー・スイスもいた。 おまけにそれらの国の代表には、 シドニー・ホルトなど英米の知られた 自然保護運動家が座っていた。 かくて日本苛めの捕鯨禁止が大勢を占め、 会議場では日本代表に 英仏の運動家がインクをかけたり、 唾を吐きかけたり。 場外からはポール・マッカートニーが 「人間の友、鯨を食う日本人は人肉食い野郎だ」 と発言したのもこのころだ。 日本人が標的だったのは、 同じ捕鯨国のノルウェーやイヌイットは この非難から除外されたことでわかる。 焼け跡時代も通して日本人のエネルギー源だった 鯨のベーコンもサラシ鯨も尾の身も、 食卓から奪い取られた。 すべては感情的な苛めからだった。「サダム・フセインは偉かった」 高山 正之 新潮社
2016年11月25日
コメント(0)

将来の日本が生きて行くに大切なことは、 全部なら一番いいのだが、なるべく多くの人が、 日本の国の行き方ということを、 国際的に非常に鋭敏になって考えて行くことだ。 今度は、自己中心の考え方をしたら 一ペんに潰(つぶ)されてしまう。 北欧の国々は、小さを国であっても、 文化的にも非常に高いものを出して、 大体において平和的に暮してるが、 ああいうことの原因の一つは、国民の多くの人が、 非常に国際的に考えているためだ。 これは歴史的にいっても、地理的にいっても、 昔からそういう事情があった。 ところが日本は島国だし、それがなかった。 ところでこの国際感覚という問題だが、 日本は北欧の人みたいに、 地理的の条件に恵まれてないから、 これを養成するにはやはり 勉強するよりほかにしょうがない。 意識的に、 日本というものは、世界の国の一国である ということを考えるように教育することだ。 昔の教育勅語のように それをしっこく頭に入れることだ。 そういう方法で、或る程度出来る。「プリンシプルのない日本」 白洲次郎 メディア総合研究所
2016年11月24日
コメント(0)

若いからこそ、未熟であればあるほど、 今、自分のやっていることの目的や、意義を、 その目的を実現する手段を知りたいのです。 それが実現できるかどうかに関心を持つのです。 だから、教えてほしいと痛切に思うものなのです。 知りたいとか、そうしたい(欲望=want)というのは、 知らない、欠けている(want)ということなのです。 設定された目的やプロセスの中で、 自分がどうなるのか、どんな役割を演じるのか を知りたく思うものなのです。 若い子はまだなにものでもないのです。 なにものかになろうとする途上にあるのです。 今、自分が行おうとしていることが、 命令であろうと、自由意思であろうと、 そのことで、少しでも自分の役割や地位 ――なにものであるかという「証拠」―― を見出すことに関心を抱くのです。 どんな命令でも、 そこに積極的な自分の役割や地位を 見出す事ができるならば、 全力をあげることだっていとわないのです。 大いに情熱を傾けるのです。「若者論」 鷲田小彌太 学研
2016年11月22日
コメント(0)

白人だけでなく、有色人種も優秀であり、 白人に何ら劣るところがないという「事実」は、 日露戦争以外の分野でも発揮されていきます。 白人が自分たちしかできないと思っていた 自然科学の学術分野で、彼らを上回る研究が 有色人種である日本人によってなされている という事実は、専門分野の世界だけに 社会に広く認識されたわけではありませんが、 史実としては知っておきたいことです。 日本はこの後、第一次大戦でも勝利を得ます。 この大戦が連合軍側の勝利に終わった翌年、 国際連盟の結成が決まり、 当然日本も戦勝国として参加します。 この時、日本は 国際連盟の規約に「連盟に参加している国家は、 人間の皮膚の色によって差別を行わない」という 人種差別撤廃の内容を組み込むよう、 画期的な提案を牧野伸顕全権代表が行います。 これは、人種差別は廃止すべきだという、 時代を何十年も先取りした優れた提案だったのです。 しかし当時は、 人種差別によって経済が成り立っている先進国が多く、 残念ながら日本の主張は採択されませんでした。 しかし、この人種差別の提案は皮肉なことに、 第二次大戦で日本が負けてから 着実に実を結ぶようになります。 インドなど各地の植民地が 独立していったこともそうですが、 さらにその動きを加速させた理由は、 何といっても日本が戦争中に、 アジアの植民地を独立させたり、 独立への道を開いておいたからです。 さらに敗戦後も、 日本は小国で天然資源にも恵まれていないのに 奇跡の復興を遂げることで、 白人社会に再び 人種差別の愚かさを知らしめたからです。 そういった日本の動きに触発されたように、 世界では植民地化が薄れ、 人種差別が不当かつ不正極まりない ということが常識となり、 ついにはあの偏狭なまでにこだわっていた 南アフリカのアパルトヘイトも、 一九九一年、この世から消えることになったのです。 白人優位という全世界的に間違った概念を、 有史以来の勤勉さや優秀さで立証することで 打ち破った国、それがまさしく日本であり、 その契機が、実は日露戦争だったと言えるのです。「私の人生観、歴史観」 渡部昇一 PHP
2016年11月21日
コメント(0)

大人になろうとしている少年が、 自分の性格をつくりあげたいという 積極的な抱負をもって、 独特な書体や文体を自分のものにするために 系統的に練習をやったり、 また自分と同年輩の仲間から遠ざかって、 孤独のなかに引きこもり、 そこで自分の心の鏡にうつして自己を眺め、 自己内部の生活の魅惑的な研究に没頭したりしても、 かならずしも彼が強い個性をつくりあげることに 成功するとはかぎらない。 むしろ、自己自身の主観的分析に かかわりあうことをやめて、 自分の仲間の人たちに加わり、 日常世界のさし迫った仕事をしとげるために 彼らを援助する青年の方が、 『ヴィルヘルム・マイスター』のなかで ゲーテが明らかにしているように、 強い積極的な個性をつくりあげる 人間になる可能性が多いのである。 疎外から自己を解放したいと思う人も これと類似の事情にあるわけである。 彼が自己自身に立ちもどることに成功するのは、 内観と内向との高みに到達しようと 努める場合ではなくて、 現実的に--単に思想の上だけでなく、 実践的行動を通じて--他の人間たちの 苦しい状況に関与する場合なのである。「近代人の疎外」 F・パッペンハイム 岩波新書
2016年11月18日
コメント(0)

ダンスとアルコールと人いきれに疲れた私達が クラブを出たのは明方の四時近かった。 真冬の空は星屑一つない漆黒の闇で、 身を切るような冷気が ほてった私達の身体を急激にさました。 ハンスは車を北海の浜辺に向けた。 私達は車を下りて、 まだ夜明けには程遠い闇の中に 不気味に息づいている凍るような北海の浜に立った。 ハンスの腕が私の肩を 大事な物を庇うように抱いていたが、 その腕がかすかに震えているのが感じられた。 これからハンスが 私にプロポーズしようとしていることが 私には既に直感的にわかっていた。 この海の向こうには英国がある。 その向こうにはアメリカ大陸が そしてさらにその向こうには――沢山の未知の国々。 私の知っている国の何と少ないことだろうか、 と私は考えていた。 日本を後にしたのはこの未知を知りたいからだった。 そしてそれは自分の中の未知と遭遇することでもあった。 まるで追いかけられるように 若い私は何かを求めてあせっていた。 私はハンスの温い大きな腕の中に すっぽりと包まれながら、 これから私のとるべき態度について 重い思案を巡らせて北海の寒風に堪えていた。「楡の木の下で」 吉屋 敬 未来社
2016年11月17日
コメント(0)

コミンテルンは新しい戦略戦術を 具体的に決定しなければならない。 従来の如きプロレタリア革命一本調子の 非合法戦術では具合が悪い。 もつと幅の広い、 思想謀略、政治謀略の面を含めた 戦略戦術を採用する必要にせまられてきた。 そこで、一九三五年の第七回大会で、 思ひ切つた戦略戦術の大転換を決定した。 即ち人民戦線戦術だ。 この人民戦線戦術は、 ファシズム反對、帝國主義戦争反對を 表面のスローガンとしたものだが、 共産主義運動の戦術的意義から見れば、 革命闘争の幅と内容をうんと廣めたことだ。 即ちこれまで一般のいはゆる社会民主主義団体は 共産主義の敵として排撃し闘争して釆たが、 これからはこれらの諸勢力も 出来るだけ利用して行くこと、 従来の劃一的、公式的國際主義を改めて、 各國各々その國情に適した 戦略戦術を採用すること、また、 いままで共産主義者の堕落として 極端に排撃して来た合法場面の活用を 巧妙に考へることなどである。 天皇制廃止をやめて、 天皇制と社会主義は両立するといふ理論で行こう。 天皇と国民との間に介在する ブルジョア支配階級、搾取階級を取り除いて、 天皇を戴いた強力な社会主義国家を建設するのだ といふ理論で行こう。 戦争反對など言はずに、 戦争ずきの軍部をおだてゝ全面戦争に追ひ込み、 この貧弱な国力を徹底的に消耗させ、 敗戦-自滅の方向に誘導することが最も賢明だ。 次に来るべきものは われわれの注文通りの敗戦革命ではないか。「戦争と共産主義」 三田村 武夫 民主制度普及會
2016年11月16日
コメント(0)

さきの戦争では、日本は 米国のほか、欧州のほとんどの国と 戦ったことになっている。 その証拠に戦後、 日本から賠償金を取り立てる行列には 英、仏、蘭、ソ連のほか 枢軸国仲間のイタリアも 永世中立国のスイスも並んでいた。 スイスは一般には ウイリアム・テルの国みたいに言われる。 しかし実際には ナチの犠牲になったユダヤ人の財産を横領したり、 敗戦日本にたかったり、 どちらかと言えば 悪代官ゲスラーに近い素顔を持っている。 戦争もしないで儲けたスイスはともかく、 日本と戦った英仏蘭は「ひどい目にあった」と 国際経済学者のジャン・ピエール・レーマンが 正直に語っている。 例えば戦前の英国はインドやビルマを、 フランスは仏印を植民地にし、 阿片を売り、子供にまで税を課して、 その上がりで豊かに暮らしてきた。 ところがあの戦争で日本にあっさり負け、 気がついたら彼らは貧しい欧州の小国に戻っていた。「日本は負けたが、 それは米国が勝っただけで、 これらの国々は負けて植民地を失い、 兵士は捕虜にされた。 その屈辱は晴らせなかった。 それが戦後の対日観の根底にある」と。 だから日本人が 焼け跡で立ち尽くしている間はまだよかったが、 いつの間にか新幹線を走らせ、 ニコンやソニーが売れ始めると、 もう腹立たしくなる。「サダム・フセインは偉かった」 高山 正之 新潮社
2016年11月15日
コメント(0)

日本の技術外交の直面する第六の困難は、 第三世界の位置づけがますますむずかしくなる ということである。 経済外交の枠組みにおいては、 経済協力や技術協力の対象として、 第三世界はみごとに位置づけられることができた。 しかし、技術外交となると、 第三世界を的確に位置づける 世界的対応の枠組みを組み立てることが ますますむずかしくなる。 高度の技術水準をもつ先進国と そうではない発展途上国との格差から、 外交的対応における位相のちがいは ますます歴然としてきて、 外交的困難は増すことになろう。 第三世界に向けての技術外交とは いったいなにか、 それが在来の経済外交とどうちがうのか、 というふうな問題も生ずる。「フローの文明・ストックの文明」 矢野暢 PHP
2016年11月14日
コメント(0)

いわゆるimpossibleということは 字引にないということも確かに言える。 「至誠にして動かざるものは未だこれあらざるなり」 という、吉田松陰先生の言葉も真実である。 精神一到何事か成らざらんということも確かに言い得る。 それを大衆的に、 他人事(ひとごと)に、 あるいは目先のこととして持ち出したら、 それは無理な話だということになる。 その辺のところをよくわきまえなければならん。 極端な面白い例を言うと、 どんなに環境が悪くても 施すべき策がないほど行き詰まっておっても、 これを自分の問題として、 あるいは独自の問題、 エリートの問題として考えれば、 いくらでもその道が開ける。 たとえその人自身がエリートでなくても……だ。「活眼・活学」 安岡正篤 PHP
2016年11月11日
コメント(0)

私はオランダ人もオランダもとても好きだけれど 腹の立つことは多々ある。 特にオランダ人が決して「ゴメン」と謝らないのは 好感が持てない。 オランダ人にすれば言い分は十分あって、 「ゴメン」と一言言ったが最後、 つまりそれは自分の過ちを認めてしまう訳だから 即それは補償問題に繋がることで、 おいそれとは謝るな、と 契約社会の通念が教えている訳だ。 私達日本人のように 一言「ゴメン」とか「スミマセン」と言えば すべてがスムーズに行くような ナアナア社会に慣れた人間にとっては、 この「決して謝らない」国民性は時にコチンと来る。 そう言う社会に適応して行くには こちらも大見栄切らないといけないことがままあって 大きにくたびれる。「楡の木の下で」 吉屋 敬 未来社
2016年11月10日
コメント(0)

愛国心は ナショナリズム、インターナショナリズムと 関係ないんです。 次元が違う。 愛国心は郷土愛、種族愛という狭いものから、 だんだん発展して国土愛になっていったものです。 ですから愛国者は国のために、 あるときはナショナリズムを採用するし、 あるときはインターナショナリズムを採用する。 尊皇攘夷の志士たちが、文明開化になったのは 愛国心を捨てたのではなく、 愛国者として、日本を生き長らえさせるためには、 攘夷ばかりでは今後の世界に生きていけない ということに気がついたときに、 文明開化というインターナショナリズムを みずから選択した訳です。 鹿鳴館時代のように文明開化が行きすぎると、 杉浦重剛、三宅雪嶺などの外国の教養を受けた 愛国者が出てくる。 だからわたしは新しい右側の流れを ナショナリズムと言うのは誤りで、 愛国主義と言うべきだと思うんです。 愛国者は国のために、必要となれば 喜んでインターナショナリズムを受入れる。 だからわたしは、 尊皇攘夷だけで明治百年を見ることに 賛成しないんです。「日本への警告」 林房雄 日本教文社
2016年11月09日
コメント(0)

この勝利の最も重要な意味は、 有色人種の国家が最強の白人国家を倒した という歴然とした事実です。 それまで、有色人種が白人に勝つ など絶対にあり得ないことでした。 白人にすれば人種的に、 つまり人種的にということは生物学的に、 有色人種は自分たちよりも劣っているもので、 それは学術的にも文化的にも立証される事実だ として見下していたのです。 その見下していた人種に 同胞の白人が負けたのですから、 ただごとではありません。 一方、有色人種にしてみれば、 白人神話は必ずしも真実ではない、 民族としての取り組み方によっては 嘘であることを日本が立証して見せてくれた ということになります。「私の人生観、歴史観」 渡部昇一 PHP
2016年11月08日
コメント(0)

「天声人語」が 今度は『戦艦大和ノ最期』を取り上げていた。 大和沈没後、駆逐艦「初霜」が 漂う兵士の救助に当たるくだりが引用され、 救助艇に群がる漂流者を指揮官らが日本刀で ひしめく腕を手首をばっさばっさと切捨て、 または足蹴にかけて突き落としたと。 ゲイリー・クーパーの映画「海の魂」を思い出させるが、 要するにまた日本人誹謗だ。 自分さえ助かればいい、 エゴ剥き出しの残虐な日本人像を描き出している。 これに産経新聞が疑問を投げかけた。 筆者の吉田満は大和の生存者の一人。 昭和二十一年に脱稿したとき「GHQが発禁処分にし、 同二十七年に改稿して出版」されたものだが、 「手首斬り」は改稿のさい 「あえて挿入された」と指摘する。 つまりその筋から出版許可を得るために入れた ご都合ものだと。 存命する関係者も「手首斬り」を全面否定し、 状況もまったく違うと憤る。 どうやら「天声人語」はまた嘘を書いたようだ。 コラム担当者が日本人嫌いなのは構わない。 しかし 前の「缶詰に石」や珊瑚落書きの嘘がばれている以上、 日本人をくさす際には もっと緻密な取材をすべきだったろう。 せめて産経新聞がやったように、 優秀な助手を使って関係者に当たらせていれば 問題の多い記述と分かったはずだ。 またそうすることが信頼を生むものだ。「スーチー女史は善人か」 高山 正之 新潮社
2016年11月07日
コメント(0)

新しさを理解するのは、仲々困難な事である。 考へ様次第によつては、 僕等の精神の健康の為には、 非常に危険な、又非常に有害な、 さういふ新しさがあると思ひます。 僕等は、さういふ事件の新しさに対して どうしても平静な心でゐられない。 めいめいが不安を感じてゐる次第だが、 それもたゞ不安を感じてゐるだけではない、 不安でゐるのは堪らぬから、 どうかして早く不安から逃れようとする。新しい事件を古く解繹して安心しようとする。 これは僕等がみんな 知らず知らずのうちにやつてゐる處でありらます。 事件の驚くべき新しさといふものゝ 正體に眼を据ゑるのが恐いのである。 それを見詰めるのが不安で堪らぬのであります。 それであるから、出來る事なら、 古い知識なり経験なりで、 新しい事件を解釋して安心したい。 言ひ代へれば、恰も古い事件に對する様に、 この新しい事件に安心して對したい。 僕等は、知らず知らずの間に、さういふ事をやる。 かういふ心理傾向からは、なかなか逃れ難くい、 餘程、厳しく自分の心を見張つてゐないと、 逃れる事が難かしいと思はれます。 僕等の嘗つての経驗なり知識なり方法なりが、 却つて新しい事件に関する僕等の判断を誤らせる といふ事になるのであります。「歴史と文學」 小林秀雄 白水社
2016年11月04日
コメント(0)

歴史を前もって定めようという試みのなされたのは、 本書がはじめてである。 それはこの地球の上に今日完成されようとしている 一つの、いやただ一つの文化、 すなわち西ヨーロッパ.アメリカ文化の運命を、 今後踏んで行くべき道程のなかに 追求しようとするのである。 西洋の没落はまず第一に、 これに相応しているギリシャ・ローマの没落と同様に、 空間的にも時間的にも範囲の限られた現象であるが、 同時に一つの哲学的主題でもある。 この主題は、 すべてにわたってその重要さを理解する時、 現存在のあらゆる大問題を そのうちに保有している主題である。 死んだ形態を認識する方法は数学的法則である。 生きた形態を理解する方法は類推である。 この方法によって世界の両極性と周期性とが区別される。 「西欧の没落」第一巻 O・シュペングラー 五月書房
2016年11月03日
コメント(0)

日本民族はトインビー氏の誤解と錯覚によって、 一匹の実験動物にされてしまった。 この言い方が乱暴なら 「日本民族は歴史の未来という未知の深淵の崖の上に、 ″平和憲法″によって目かくしされたまま立たされている」 と言いなおしてもいい。 そして、さらに、私は言いたい。 もしトインビーさんがこの危険な実験を行いたいのなら、 日本人の代りにイギリス人を使っていただきたい。 イギリス人に 米国製またはソ連製の〝平和憲法″を押しつけて、 イギリスの国民感情が承知するかどうか。 かりに、トインビーさんの説得が成功して、 イギリスが一切の軍備と戦争を放棄したと仮定しても、 その時から世界平和の道が開けるかどうか。 くりかえすが、 この実験はまずイギリスで行ってもらいたいものだ。 もし成功したら、 明治維新以来忠実にイギリスを学んできた日本人は 喜んでイギリスの先例に従うであろう。「日本への警告」 林房雄 日本教文社
2016年11月02日
コメント(0)

孔子もアリストテレスも、ルッテルもカントも、 先生にとっては 「昔々あるときに」生きていたえらい人というよりは、 偉人は偉人でも隣に住んでいて、 垣根の向こうから声をかけてくれる 日常生活のつき合い相手なのです。 南原先生の政治学史の講義は、 こういう向こう三軒両隣の偉人達と先生とが交わす 会話から成り立っていました。 ですからオーヴァーな言い方をすれば、 プラトンとアリストテレスとが、 あるいはロックとベンサムとが かりに歴史的順序を逆にしてあらわれてきても、 先生にとっては、会話の順番がちがってくるだけで、 それぞれの政治哲学と先生の政治哲学との 直接の対話という、 先生の学問の本質的な特徴は変わらないわけです。 私のように青年時代から いわば「歴史主義的」思考の毒に 骨の髄まで冒された者にとっては、 こういう先生の態度にはどうしても なじめないものがありました。 けれども、政治思想史の方法論としては、 そこにどんなに批判の余地があろうとも、 これこそまさに古典を読み、古典から学ぶ上での もっとも基本的な態度であり、 しかも現代日本ではますます希少価値になってゆく 心構えだと思います。『「文明論之概略」を読む』上 丸山真男 岩波新書
2016年11月01日
コメント(0)
全21件 (21件中 1-21件目)
1
![]()
![]()
![]()