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毎年おなじ事を云っているのに 諸君は気づいていないか。 一年は早い、と何度も繰り返して飽きない。 年ごとに時は早く過ぎていく、 と溜息をつきつつ嘆く。 しかし考えてもみたまえ。 六才の一年は人生の七分の一だが 三十七歳の一年は人生の三十八分の一だ。 四十才なら四十一分の一、 六十才なら六十一分の一、 年ごとに相対的に加速するのは道理で、 もはやあらがいがたい。「水のように笑う」 関川夏生 双葉社
2016年12月28日
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この新憲法の草案を書いた 当時の米国人の意図を考えてみれば、 現在の日本の環境とこの新憲法との間に 甚しい矛盾の存在するのは当然のことだ。 この憲法を平和憲法だなんていって ありがたがっている御連中は、 おそらくこの憲法の出生由来を 知らないのではないだろうか。 占領中こういう政治問題を取り扱う GHQのある部局の幹部の一人は、 この憲法草案が如何にして出来たか ということを自慢たっぷりに話す程 不謹慎であった。 又その部局のオエラ方の夫人は、 当時休暇で日本にいた大学在学中の 惣領息子が草案の一章か一項を書いたんだと 親馬鹿流に広言していたということを GHQの高官の一人が、なげかわしげに 私に話したのをおぼえている。「プリンシプルのない日本」 白洲次郎 メディア総合研究所
2016年12月27日
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資本主義の存続する限り戦争は避けがたい。 だから戦争を無くするためには 資本主義そのものを無くしなければならないが、 資本主義の打倒はレーニンの実証した如く 革命によらなければ不可能である。 したがつて世界革命闘争を任務とする プロレタリアートは総べての戦争に、 無差別に反対すべきではない。 帝国主義国家相互間の戦争に際しては、 その国のプロレタリアートは 各々自国政府の失敗と、 この戦争を反ブルジョア的内乱戦たらしめること を活動の主要目的としなければならない。 帝国主義戦争が勃発した場合に於ける 共産主義者の政治綱領は、 (1) 自国政府の敗北を助成すること。 (2) 帝国主義戦争を自己崩壊の 内乱戦たらしめること。 (3) 民主的な方法による正義の平和は 到底不可能なるが故に、 戦争を通じてプロレタリア革命 を遂行すること。 である。「戦争と共産主義」 三田村 武夫 民主制度普及會
2016年12月26日
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人々は、米国が 苛政を敷いている独裁国家を支援し、 「弾圧国家を下支えする」政策により、 独自の発展や政治的デモクラシーを妨げるため、 米国政府が設けている障壁に 不快な驚きと怒りを表明した。 しかし、彼らの主たる懸念は別なところにあった。 イラク、イスラエル両国がやった軍事的占領に対する 米国政府の政策の違いである。 イスラエルは支援を受け、イラクは叩きのめされた。 苦しんでいる貧しい大衆の間では、 同様の感情はさらに痛切である。 人々は、 地域の富が西側と、西側志向の少数エリートたち、 及び西側の力に支持される 腐敗した残酷な支配者に行くのを 面白くなく思っている。 従って、はっきりと、権威と権力の問題がある。 テロ直後に発表された米国の反応は、 問題を更に激化させることによって、 問題に対処するものであった。 もちろん、不可避などではない。 多くが考慮次第でどうにでもなることなのだ。「9・11」 ノーム・チョムスキー 文藝春秋
2016年12月23日
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その第一が、 「日本人が森に対して神聖なイメージを持っている」 ことです。 世界史を眺めてみると、 一つの文明が栄えたり人口が増えていった時、 その国土からは森林が消え、木材が伐採され ただけのハゲ山が増えていくのが通例です。 例えば現在シナに行くと分かりますが、 森林をどんどん伐採するばかりで植林をしませんから、 いたるところハゲ山化していっています。 近世におけるイギリスもそうでしたし、 中近東でもそうでした。 しかし、なぜか日本だけはハゲ山を作らなかったのです。 それは多分、日本人が持っている自然観、 あるいは自然との共存の知恵によるのでしょうが、 それを「刷り込み」的に原因を考えてみると、 どうやら鎮守の森の存在にいきつくのです。 日本では、最も崇めるべき神様のいるところ、 つまり神社のあるところは、必ず鎮守の森があるのです。 というより、山があり、森があるようなところには、 必ずと言っていいほど神社があるのです。 この状態が二千年の長きにわたって続いた結果、 森を見ればそこに神聖さを感じ、 それを大切にしていこうという 無意識の感性が働くのでしょう。 一方、近代文明の中心勢力であった ゲルマン民族はどうかといいますと、 古くは、日本人と同じ自然崇拝の考えを持ち、 森の中の大きな木を神木として崇めていましたが、 キリスト教に改宗してからは自然崇拝の発想から 自然支配の発想へと変わっていきました。 ですから、聖なる場所・森は、 開発すべき場所となっていくのです。 そのため、ヨーロッパではほとんどの場合、 森の中の教会という概念は存在しなくなります。 つまり彼らの中には、 「森と共存していく」という文明のイメージは 基本的にはないのです。 しかし言うまでもなく、 これからの地球的規模の環境保全の時代には、 日本人の森林に対する自然崇拝的な「刷り込み」は、 きわめて大切になっていく特性と言えるでしょう。「私の人生観、歴史観」 渡部昇一 PHP
2016年12月22日
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日本の科学技術は、 アメリカにおけるあり方より はるかに進歩しているといえる面がある。 現在の日米関係は、 ひところの米英関係に似ているところもある。 つまり、基礎的なノウハウをもちながら、 それをさまざまな理由から 実用化できないまま、 けっきょくほかの国に追い越されていく という悲劇は、かつて 英国とアメリカのあいだで発生しているのである。 いい例がレーダーであって、 レーダー原理を発見したイギリスは、 その開発と実用化をアメリカに委ねざるをえず、 結果として、アメリカがレーダー技術の 最先進国になったという経緯がある。 科学先進国のイギリスが二十世紀の前半で アメリカに追い越されていった過程は、 多くの示唆と教訓に富んでいる (コレルリ・バーネット 『誇りと衰亡――大国としての英国の夢と幻想』 一九八六年、参照)。「フローの文明・ストックの文明」 矢野暢 PHP
2016年12月21日
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華岡青洲が六十歳の女性患者に麻酔をかけ 乳癌の切除をしていたのだ。 このとき使われた麻酔剤は 朝鮮朝顔から抽出したスコポラミン。 『ゴルゴ13』では自白剤として登場している。 青洲は患者の苦痛をいかに除去するかを模索し続けた。 今で言うペインクリニックだが、 妻加恵は人体実験を買って出て、 ついには失明している。 この夫妻の思いはその後の日本の医学界に しっかり引き継がれて行く。 開腹しなくとも胃腸の状況を確認できる胃カメラは 東大の宇治達郎博士とオリンパス光学の杉浦睦夫民らが 共同開発したものだ。 同じく超音波を使ったエコー診断は 順天堂大の和賀井敏夫教授の発明だ。 冠動脈の詰まりは激痛を呼ぶが、 それを切らずに治すバルーンも日本人の開発したものだ。 患者の苦痛除去という意味では 前田昭二・前田病院総院長の 「痔のクローバーカット」が挙げられる。 国民病と言われるいぼ痔は 肛門の「菊の花」部分にできる静脈瘤を言うが、 かつてはその菊の花をすべて切除する ホワイトヘッド方式が主流だった。 この部分は粘膜と表皮を結ぶ「移行上皮」と呼ばれる。 唇と同じ構造だと思えば分かり易い。 その唇の一部に静脈瘤ができたからといって 唇すべてを切り取るのはいかにも乱暴だし、 移行上皮を取り去れば表 皮と粘膜をじかに縫合することになる。 その無理ゆえにホワイトヘッド方式では術後に 内側の粘膜が肛門から垂れ下がり、 ついには歩行不能にもなる。 それで手術が嫌われてきた。 これに対してクローバーカットは 静脈の通る病変部だけを切除するため、 術後も菊の花は残る。 治癒も早く、痛みも少ない。 今の日本の主流となっている。 東京医科歯科大の故.松山孝雄教授の虫歯治療法は 米学会から表彰された。 米国での虫歯治療は歯の神経を殺して 内側をすべて抉り出し、充填剤を入れる。 歯のホワイトヘッド方式といってもいい。 松山方式は患部の神経だけを殺し、 残りは生かすから、歯は長生きする。 人に優しい医療技術は実は日本発が多い。 それは国民性の表れとも言える。「サダム・フセインは偉かった」 高山 正之 新潮社
2016年12月20日
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カントの重大な誤謬のなかで 今日でもまだ打破されていないことの一つは、 初めに外的な人間と内的な人間とを、 空間と時間という意味の多い、しかも とくに変えることのできないものでない概念に、 まったく図式的に結びつけ、それから 完全に誤ったやり方で 幾何学と算術とをこれに結合させたことである。 この幾何学と算術とのかわりに、 数学的な数と年代的な数という 非常に深い対立を挙げなけれはならない。 算術と幾何学とは両方ともに空間計算であって、 その高い領域にあっては、 もはや区別することができないのである。 時間計算の概念については、 単純な人間が感じとして、 完全にはっきりと知っているものである。 これは「何時」という問いに答えるもので 「何」とか「いくつ」とかいう 問いに答えるものではない。「西欧の没落」第一巻 O・シュペングラー 五月書房
2016年12月19日
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欧州は、殺人的な破壊を蒙ってきたが、 これは内戦による破壊だった。 一方で、欧州列強は世界の大半を 極度の野蛮さで征服した。 ごく稀な例外はあるけれども、 被害を与えた外国に攻撃されたことはない。 英国がインドに攻撃されたことはないし、 ベルギーがコンゴに攻められたこともなく、 エチオピアがイタリアに攻め込んだ話も、 アルジェリアがフランス(フランスは アルジェリアを「植民地」と見なしていないが) を攻めた話も聞かない。 だから、九月一一日のテロに 欧州が、すっかりショックを受けたことは、 驚くに当たらない。 ただし、再度言うが、残念ながら、 テロの大きさに衝撃を受けたのではない。 これから一体何が起きるのか、誰にも見当がつかない。 しかし、これが目覚しく新しい事件であることだけは、 一目瞭然である。「9・11」 ノーム・チョムスキー 文藝春秋
2016年12月16日
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組織は、製品、サービス、工程、人間関係、社会関係、 技能さらには組織そのものについてさえも 確立されたもの、習慣化したもの、 馴染みのもの、満足すべきものを 体系的に放棄していくように組織される。 実に知識の特質は、それが急速に変化し、 今日の当然が明日の不条理となることにある。 これに対し、 技能は緩慢に変化し、しかも稀にしか変化しない。 石工の技能をもつあのソクラテスが、 石切り場で働いたとしても、違いは、 ギリシャの神ヘルメスの柱石の代わりに、 十字架をもつ墓石を刻まなければならないこと ぐらいである。 道具も電動になっているだけで基本的には同じである。 たとえばグーテンベルクによる活字の発明以降、 印刷機への蒸気機関の利用にいたる四○○年間、 印刷技術には実質上大きな変化はなかった。 あらゆる職人が一七、八歳までの五、六年間の 徒弟時代に学んだ技能によって、 一生職人としてやっていくことができた。 しかし、ポスト資本主義社会においては、 いかなる分野においても、知識を有する者は、 四、五年おきに 新しい知識を仕入れなければならなくなる。 さもなくば時代遅れとなる。「ポスト資本主義社会」 P・F・ドラッカー ダイアモンド社
2016年12月15日
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日本にきたマッカーサーには狙いがあった。 第三世界を目覚めさせ、白人の脅威となった 日本を完全に消滅させることだ。 そのために自衛も認めない憲法を押しつけ、 日本人は生きていてはいけない「邪悪」な民族 という刷り込みプログラムもやった。 彼らは日本の文化も潰しにかかった。 忠臣蔵や荒木又右衛門など敵討ちものは 舞台からも映画からも追放された。 彼らは将棋にも嘴(くちばし)を入れた。 世界に星の数ほどゲームはあるが、 将棋だけが相手の駒を取って、 それを自軍の手駒として使える。 その特異性をウイロビーは 「捕虜虐待の思想」として将棋の廃止を言い出した。 将棋連盟から升田幸三がGHQに召喚された。 升田は「チェスは相手駒を殺していく。 しかし将棋では殺さずに 能力に相応(ふさわ)しい働き場で再活用する」と 日本文化の奥行きと日本人の心を教え、諭した。 さらに 「チェスでは王が逃げるためには王妃でも楯にする」。 項羽が虞美人(グビジン)を殺して逃げたのと同じ。 お前らの考え方こそ人の道に反すると指摘した。 かくて日本の心を象徴する将棋は生き残った。「サダム・フセインは偉かった」 高山 正之 新潮社
2016年12月14日
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どの共同体も、 財が物理的に供給されなければ 維持・存続されえないし、 それを保証するための制度がいくつも存在する。 しかし、その制度は、 その「経済」的な機能を目的として 存在をはじめたのではない。 そこには、 いわば深層の無意識的原因が存在する。 しかし、 そうした制度が目的的にではなく結果として、 共同体を物理的に維持することは 一見不可思議だろう。 けれども、いわば生物の社会の仕組みは、 どこでもそうなのであり、 人間の社会だけが 特別だと考える根拠は薄弱なものだ。「経済人類学」 栗本慎一郎 東洋経済新報社
2016年12月13日
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アメリカの狙いは、 有色人種である日本はやはり犯罪国家であった と世界的に認知させること、 よってそのような国だったから 原爆を落としたのも仕方がなかったこと、 そしてそのような国であったことを 日本国民にも知らしめ、日本を抜本的に変えて アメリカの思い通りの国にしようとすることだった と言っても過言ではないのです。 ですから、A級戦犯などの処刑の他に、 「日本は侵略戦争」をし 「捕虜虐待」や「南京大虐殺」もした “極悪非道の国”に仕立て上げ、 日本人の自信を徹底的になくさせようとしたのです。 ですから、戦前の日本の国際的行為を すべて悪行のように決めつけ、 戦争中の出来事も不当なほどに歪曲したり 嘘でこじつけしたりもしたのです。 それも敗戦国なら仕方がない仕打ちだ と考える方もいらっしゃるでしょう。 しかし何よりも重大な問題は、 日本の中に このアメリカの見方におもねった学者や言論人がいて、 日本人としての正論や由緒正しき伝統を投げ捨てて、 東京裁判だけを是とする史観を 恥も外聞もなく広めていったことにあるのです。 そして彼らの意見だけが 占領下の日本で喧伝されたのです。 その結果、東京裁判が終結し、戦犯の処刑が行われた 昭和二十三年の暮れまでに、いわゆる東京裁判史観が、 戦後の日本の思想と教育の大筋になってしまったのです。 しかも、東京裁判史観は、 日本の言論界やマスコミなどにおける 一種のエスタブリッシュメント(思想的権威)となり、 これを否定することはタブーとなっていくのです。 特に東京裁判史観は、 左翼政党が熱狂的に支持するところでありましたから、 その影響下にある教員組合を通じて、 日本の児童や生徒の頭の中に、 「戦前の日本は悪悪かった」「戦争中も非道だった」 という間違った史観や日本人観が 注ぎ込まれていくのです。「私の人生観、歴史観」 渡部昇一 PHP
2016年12月12日
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九月一一日に起きた恐るべき残虐テロは、 世界の出来事において極めて新しいものである。 規模とか性質の話ではない。 標的が違うのだ。 米国は、一八一二年の英米戦争以来、 本土を攻撃されたり、脅威にさらされたことはなかった。 それが、初めてさらされたのである。 多くのコメンテイターが、 真珠湾と対比したが、これは誤解を招く。 一九四一年一二月七日に攻撃されたのは、 二つの米国植民地にある軍の基地だった。 米国はハワイを「領土」呼ばわりするのを好んだが、 実際は、領土ではなく植民地だった。 過去数百年の間に米国は 土着民(何百万もの人々)を絶滅に追い込み、 メキシコの半分を征服し (事実、土着諸族の領土であるが、 そのことは今日の話題とは別問題である)、 周辺地域に暴力をもって介入し、 ハワイと (数十万人のフィリピン人を殺害し) フィリピンを征服した。 以来、特にこの半世紀間に、 世界の大部分に武力による政策を押し広げてきた。 その犠牲者は膨大な数に上る。 そのアメリカ本土に初めて、銃口が向けられたのだ。 これこそ、劇的な変化である。「9・11」 ノーム・チョムスキー 文藝春秋
2016年12月09日
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マルクス・レーニン主義とコミンテルンの 究極目的は公知の通り 全世界の共産主義革命である。 即ち全世界の資本主義國家を顚覆崩壊せしめ、 共産党独裁政権を樹立して 資本主義制度をねこそぎ無くすることである。 レーニンは、この目的達成のためには 手段方法を選ぶなと言つてゐる。 しかして、このマルクス・レーニン主義に従へば、 資本主義國家の権力的支柱をなすものは その國の武力即ち軍隊である。 したがつて、この資本主義國家の武力――軍隊を 如何にして崩壊せしめるかが、 共産主義革命の戦略的、戦術的第一目標とされる。 そしてこの目標の前に二つの方法がある とレーニンは言ふ。 その一つは、ブルジョア國家の軍隊を プロレタリアの同盟軍として味方に引入れ 革命の前衛軍たらしめること、 第二は軍隊そのものの組織、機構を 内部崩壊せしめることである。 つまりブルジョア國家の軍隊を 自滅せしめる方向に導くことである。 また、レーニンの戦略論から、 戦争そのものについて言へば、 共産主義者が戦争に反對する場合は 帝國主義国家(資本主義國家)が、 世界革命の支柱たるソ連邦を攻撃する場合と、 資本主義國家が植民地民族の独立戦争を 武力で弾圧する場合の二つだけで、 帝国主義国家と帝国主義国家が 相互に噛み合ひの戦争をする場合は 反対すべきではない。 いな、この戦争をして 資本主義国家とその軍隊の自己崩壊に導け と教へてゐる。「戦争と共産主義」 三田村 武夫 民主制度普及會
2016年12月08日
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如何に暗示すべきかを知ることが 教育の最も勝れた技巧である。 之を得る為には、 感興を起こすものが何であるかを 推察することが出来ねばならぬ。 我々は一曲の音楽を学ぶ様にして、 児童の魂を読むことを学ばねばならぬ。 そうすれば基音を変えるだけで、 能く興味を続けてゆき、 その歌に変化を与えることができる。(1864.11.16)「アミエルの日記」 アミエル 創藝社
2016年12月07日
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最後に、いまの点とも関係するが、 第七の問題点として、アジアにおける日本の立場 ということをあげておこう。 もし世界が技術外交の時代に向うとしたばあい、 国際関係において東アジアの〈極〉的性格は かなり目立っていくことになる。 日本だけでなく、韓国、台湾、シンガポールなどまでが、 それぞれある種の技術外交を展開することになろうし、 それが日本の動きと連動して、 世界的には秩序攪乱的効果を生まないともかぎらない。 その際、世界の非難や指弾は、東アジア地域で 健全な(ゲームの規則)を確立することのできない 日本に向けられることになろう。 他方、日本は、ほかの東アジア諸国との関係で、 対米摩擦とはちがった摩擦関係に 立たされることになるかもしれない。 そのばあい、日本が アメリカなどの先進国に向けて展開する 技術外交の論理が逆用されて、 周辺のNIES諸国から 日本が苦しめられるということもありうる。 その点、日本が、すべての国ぐにを納得させ、 そして日本に適用されても日本が傷つかない 技術外交の理論なり理屈なりを 組み立てることができるかどうかは、 まだ未知の事柄なのである。「フローの文明・ストックの文明」 矢野暢 PHP
2016年12月06日
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セオドア-ルーズベルトを 多くの日本人は親日家だと信じている。 ホワイトハウスに畳を入れて柔道をやったとか、 日露戦争では継戦能力のない日本のために 講和の労を取ってくれたとか。 しかし彼の本音はまったく違い、 日本を叩き潰すことにあった。 そのきっかけは一八九三年、 米国のハワイ王朝乗っ取りだった。 米戦艦ボストンが リリオカラニ女王の宮殿に砲口を向け、 彼女を退位させた直後、 日本の巡洋艦「浪速」と「金剛」が ホノルルに入り、 米戦艦をはさむように錨を下ろした。 米国の横暴を牽制したもので、 米国はハワイの併合を断念、 ハワイ共和国という体裁を取った。 巡洋艦の艦長は東郷平八郎といい、 彼は翌年もホノルルにやってきたが、 同共和国の建国一周年を祝う礼砲要請を 「その要を認めず」と断った。 「錨泊中の他国の艦船も彼に倣い ホノルル港はあたかもハワイ王朝の 喪に服したようだった」と地元紙が報じている。 共和国は報復に日系移民の帰化を拒否した。 東郷の行動を見た米海軍省次官ルーズベルトは 九七年三月、友人に 「できることなら今すぐにハワイを併合し、 ニカラグア運河を完成させ、 日本を凌ぐ軍艦を建造したい。 私は日本の脅威をひしひしと感じている」 と書き送っている。 そのために彼は新聞王のハーストと組み、 世論を焚きつけて翌九八年に米西戦争を起こし、 グアムとフィリピンを手に入れた。 大統領に就任するとすぐパナマを独立させ、 運河建設に取りかかった。 脅威の日本人を米国から追い出す作業も始めた。 その一つが、米国に併合を済ませたハワイの 日系人の本土移住の禁止措置だ。 ハーストの新聞も一役買って 反日キャンペーンを展開する。 「日本人は怠け者で売春や賭博にふける」とか 「白人の知恵を盗む」とか 「貯蓄して米社会に還元しない」とか 思いつく悪口をすべて並べ立てた。 結果、日系人の子弟は学校から締め出され、 土地所有を禁じられ、市民権の取得も拒否された。「サダム・フセインは偉かった」 高山 正之 新潮社
2016年12月05日
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歴史像の選択を決定するものが 根本的には気分であって、 理念でもなければ、必然性の感情でもない ということはすぐわかる。 われわれは比較のどんな技術からも遠く離れている。 比較は今日ではますます群をなして現われているが、 しかも計画もなければ、関連もない。 そうしてそれが後でわかるような、 深い意味で正しいという場合があれば、 それは僥倖のおかげであり、 たまには本能のおかげであるが、 原理のおかげではまったくない。 そのうえこの領域において 方法を定めるということは、 いままで誰も考えたこともなかった。 この点で、歴史的考察について 理論的に明らかにされた技術が まだ全然存在していないということは明白である。「西欧の没落」第一巻 O・シュペングラー 五月書房
2016年12月02日
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日本の道を間違えさせた一大要因は、 軍部による統帥権干犯という無茶な憲法解釈と、 そういったことを許した 明治憲法の不備にあったと言えるでしょう。 そして、それさえなければ、日本は 明治の元勲たちが営々と築いてきた 立派な国家としての体を さらに持ち続けられたのではないかと思うのです。 歴史に「たら・れば」の濫用は許されませんが、 考察し直さなければならない材料としては、 十分な価値があると言えるでしょう。 そしてさらに言うならば、 当時の明治憲法が不磨の大典と呼ばれ、 修正することが許されなかったことにも 一因があるようにも思えます。 その視点は現代の日本国憲法に関しても 重要になってきます。 現在の憲法は、 フィリピン用に用意されていた法律を土台に、 マッカーサーが司令部の若い法務担当者に 一週間ほどで作らせたものなのです。 それを日本の自発性によって作ったという 形式を取らせて、 発令させたのが真相なのです。 ですから、アメリカが作ったものを 日本が勝手に改正できないようにか、 憲法改正条文は、 「各議院の総議員の三分の二以上の賛成」と、 「国民投票の過半数の賛成」という 非常識きわまる条文となっているとも言えるのです。 しかし、時代が生き物のように動いていく中で、 変わらないと言うか変えられない 憲法を与えられたのが日本であるという現実だけは、 知っておきたいものです。 そしてそれとともに、冷静に考えてみれば、 日本が二十一世紀の国際社会で 主軸になっていこうという時に 変えられない憲法を持つ国でいいのかという懐疑と、 有事になってからでは遅いのだという思いが 必要になってくると思うのですが、 いかがでしょうか。「私の人生観、歴史観」 渡部昇一 PHP
2016年12月01日
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