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『古事記』によると、高天原、 つまり天上界と黄泉(よみ)の国 (闇の世界または死の世界)との中間に、 人間の世界(中国)があって、その地は葦原といいます。 しかもその葦原は 「葦原の瑞穂の国」と表わされるように、 瑞々(みずみず)しい稲に満ちた 豊潤な土地であるというのが、 昔からの日本人の考えにあったわけです。 この「中国(なかつくに)」が 天上と地下の間におるという、 縦の宇宙観が日本人に考えてきた影響は大きく、 社会全体の意識か縦に動きやすいという 特性を生み出したと言えるでしょう。 系図とか、上下間係といったものも、 その影響だと言ってよさそうです。 余談になりますが、 日本の皇室の系図を辿っていきますと、 神武天皇の先は瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)や 天照大神といった神様になります。 この神様の系図と天皇の系図には 切れ目がないことが、 いまの西欧の人にとって きわめて異質て不思議なことのようです。 いまの西欧では、 神と人間は分断されているわけですから、 日本のようにつながつているのは 理解しにくいのです。 しかし西洋も昔はだいたいそうでした。 ギリシャのアガメムノン王の祖父の祖父は ゼウスの神です。 ただ、シャーマニズム時代の中心人物と 血のつながった子孫が、 GNPでトップクラスの近代国家の 象徴的な元首( 憲法上では国民統合の象徴)である という事例は現在の世界にも例がなく、 その意味においても不思議な存在として 目に映るのでしょう。「私の人生観、歴史観」 渡部昇一 PHP
2016年09月30日
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學者・評論家になることなどは易いことである。 奇才オルダス・ハックスリー Akdous Huxley も、 博く物を識る、 ・科學的探究・哲學・美學・批評などに捧げる生活 ・即ち知的生活の實際の魅力はその安易性である。 それは現實の複雑性に代えるに 単純な知的圖解を以てすることである。 生の混迷的な動きに代えるのに 死の静止的形態を以てすることである。 隣人について色々なことを個人的に直接的に知って、 友人や妻や子供と圓満に関係を保つことよりも、 美術史とか、形而上學とか、社会學とかについて 精しい思想を持つことの方が、 比較にならぬほどたやすいものであると述べている。「東洋的学風」 安岡正篤 島津書房
2016年09月29日
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嘗て唯物史観といふものが、 思想界を非常な勢ひで動かした事があつた。 歴史といふ言葉が、 世間で急に有難がられ出したのはその時以來の事です。 物を歴史的に見ない者は馬鹿だといふ事になつたわけで、 世人の歴史的関心が高まつた などとしきりに言はれたものですが、 歴史に對する建全な興味が、 決して人々の間に喚起されたわけではなかつた。 いや、却つて、歴史歴史といふ呼び聲の陰に、 本當の歴史は紛失して了つた、 と言つた方がよいかも知れぬ。 人々の歴史的関心が高まつたといふ 妙な言葉の實際の意味は、 人々はもう歴史といふ色眼鏡を通さなくては、 何一つ見る事が出來なくなつて了つたといふ事であつた、 さう言つた方がいゝかも知れませぬ。 かういふ逆説めいた光景は、 いつの時代にもあつた様で、 気が付く人は、ちやんと気が付いてゐた。 「其の物につきて、其の物を費し損ふもの、 数を知らずあり、 身に虱あり、家に鼠あり、國に賊あり、 小人に財あり、君子に仁義あり、僧に法あり」 さういふ言葉が徒然草にもある。「歴史と文學」 小林秀雄 白水社
2016年09月28日
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『わが国は大陸に隣り合ってはいるが、 決してその一部ではないということを、 われわれはつねに忘れてはならない』。 ボーリングブロークのこの言葉は、 イギリスの本来の位置をはっきりと言い現わしている。 カレーの浜辺に立てば、 ドーヴァーの岸の白い絶壁が見える。 これは侵略者にとっての誘惑だ。 それほどイギリスは大陸に近いのである。 それどころか、幾千年もの間、 イギリスはヨーロッパと地続きであった。「英国史」 アンドレ・モーロア 酣燈社
2016年09月27日
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心誠に民を愛すれば智及ばざる無し 赤子の生るゝや、知識有ること無し。 然るに之れが母たる者、 常に意に先だつて其の欲する所を得 (子供のかうしてもらひたいといふ欲求を ちゃんと察知する)。 其の理他なし。 誠然るのみ。 誠は愛を生じ、愛は智を生ず。 惟だ其(そ)れ誠なり、 故に愛周(あまね)かゝらぎる無し。 惟だそれ愛す、故に智及ばぎる無し。 吏の民に於ける、是れと奚ぞ異ならんや。 誠に民を子とするの心有らば 則ち其の才智の及ばぎるを患へざるなり。「為政三部書」 張 養浩 明徳出版社
2016年09月26日
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第三に、平和的な技術外交は、 それ自体、 経済摩擦を生む要因となるということがある。 商品化されていない技術や科学的知識は、 はとんど存在しえない。 それは現代の常識である。 だからこそ、技術外交の積極的展開、 まして非軍事的領域での展開は、 外国の目からすると、 日本の経済攻勢そのもの とみられて当然である。 とくに、 『ペンタゴン・キャピタリズム』を書いた セイモア・メルマンや 『軍事力拡張と経済的衰退』を書いた デ・グラッセなどがつとに実証しているように、 先進諸国において国防支出が大きければ大きいほど、 生産性を中心とする経済成長の水準は低下する という法則がある。 国家は一種の経営体なのである。 軍事面の格別な配慮は不経済そのものであって、 健全経営のためには 軍事予算の削減は不可避的なのである。 米ソの悲劇は、 その不経済の経済の法則を知りつつ、 それになかなか踏み切れないところにある。 そのような米ソが自縄自縛になっている状況で、 日本の自在な技術外交は、 即あらたな経済外交と目され、 連鎖的に経済的報復を招くことになりかねない。「フローの文明・ストックの文明」 矢野暢 PHP
2016年09月23日
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動機づけられることは 決定されることと同意ではないことが確認された。 動機以外にもいろいろな決定要因がある。 たとえば、 日焼けとか内分泌腺、リンパ腺の活動による 身体の変化、成熟による変化、状況や文化 によって決定されるもの、 さらに逆向抑制や傾向抑制または潜在学習のような 心理的変化などがある。 動機と決定要因という二つの概念を 最初に混同したのはフロイトであるが、 この誤りは多くの精神分析学者に信奉されてきたため、 今日ではたとえば湿疹が出たとか、 胃潰瘍になったとか、 書き間違いをしたとか、 物忘れをしたとかというような出来事にいたるまで、 何事によらずその動撥が問題とされる。「人間性の心理学」 A・H・マズロー 産業能率大学出版部
2016年09月22日
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独自国家としての認識を、 頑として押し通した日本の誇るべき歴史的事件が、 遠い昔、聖徳太子の時代に起こっています。 「日出(ひい)ずる処(ところ)の天子(てんし)、 書(しょ)を日没(ひぼっ)する処(ところ)の 天子(てんし)に致(いた)す。つつがなきや」の、 あの国書です。 あの国書を見て、 隋(ずい)の皇帝煬帝(ようだい)は 喜ばなかったといいます。 それも当然のことで、 当時、シナの歴代の皇帝はシナこそが中華の国で、 そこの皇帝だけが天子なのであり、 周辺の諸民族は野蛮人で、 せいぜいそこの長というのは 昔のインディアンで言う酋長みたいなもの と考えていたからです。 それは現代においても シナの民族の「内なる伝統」にあるようで、 だからこそ彼らから見れば 「属国に負けたり、その指導下にあった」 日清戦争以降の歴史がどうしても許せず、 いまになってもなお、 癪(しゃく)の種を何とか晴らそうという 言質(げんち)が起きているのだとさえ思えるのです。 それはさておき、もちろん、 聖徳太子もシナのそういった考え方を 知らないわけがありません。 しかし、あえて対等の称号を用いて国書を書いたのです。 そこには独立国家としての気概があったのです。「私の人生観、歴史観」 渡部昇一 PHP
2016年09月21日
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世間に行はれてゐるすべての歴史教科書が、 通史の粗悪なイミテーションになるのも當然な事だ。 この通史のイミテーションが、現代の學生を、事、 歴史に関して、暗記力ある獣と化してゐるのであります。 残された道は、一つだと思ひます。 それは、建武中興なら建武中興、 明治維新なら明治維新といふ様な歴史の急所に、 はつきり重點を定めて、其處を出來るだけ精しく、 日本の傳統の機微、 日本人の生活の機微に渉つて教へる、 思ひ切つてさういふ事をやるがよい。 學生の心といふものは、人生の機微に対しては、 先生方の考へてゐるより、遙かに鋭敏なものである。 人生の機敏に觸れて感勤しようと待ち構へてゐる學生の 若々しい心を出來るだけ尊重しょうと努める事だ。 さうすれば、學生の方でも、 暗記しようにも暗記が不可能になります。 限られた授業時間には、 自ら限られた教材しか這入らないといふ 迂潤千萬な考へを捨てるがよい。 考へが全く逆であります。 限られた學生の暗記力を目當にしでゐるから、 時間が限られ従つて教材が限られる といふ事になるのだ。 學生の暗記力には限りがあるたらうが、 學生の心は限りがあるといふ様なものではない筈で、 そちらを目當にしたならば、 材料にも時間にも不足はあるまい。「歴史と文學」 小林秀雄 白水社
2016年09月20日
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民職は泛(はん:みだりに)授すべからず 今、官を選ぶ者、 大率(おほむね)内(本省をいふ)を重くして 外(地方をいふ)を軽くす。 殊(はなは)だ知らず、 漢の宣帝の民を富ませし所似、 唐の太宗の家ごとに給(た)り、 人ごとに足らせし所以は、 皆牧民の長を重くせしに由るの故なるを。 鳴呼牧民の長、其の重きこと此(かく)の如し。 乃ち泛(はん)焉(いいかげん)として選び、 懵(ばう)焉(ぼんやり)として授く。 なんすれぞ是れを慮らざるや。「為政三部書」 張 養浩 明徳出版社
2016年09月16日
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日清戦争で敗れた清国に対し、 列強は次々と租借地を要求し、 これを中心として勢力圏を形成していた。 一方アメリカは、 米西戦争(1898年)によってフィリピンを獲得し、 アジアに進出することになったが、 この勢力圏獲得競争からは取り残されていた。 この勢いがなお続けば、アメリカ商品の 清国への進出が困難となるだけでなく、 清国の分割という事態に進むことさえ予測された。 それはアメリカにとって、 通商上の実益からも、 また反植民地主義という建国以来の理念からも、 無視できない事態であった。 こうした判断からヘイは、 列強がその勢力範囲の中においても、 国籍によって運賃・関税等を差別したりせず、 どの国にも均等の通商の機会を保証するように 申し入れたのである。 これによってアメリカの通商を保護し、 また勢力圏がより排他的なものとなって 清国が分割同様になることを防ごうと考えたわけである。「日米関係のリアリズム」 北岡伸一 中央公論社
2016年09月15日
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孔蔑(べつ)己れを行ふ道を問ふ。 子日く、知るのみにして為さざるは、 知るなきに如くは莫し。 親しむのみにして信ぜざるは、 親しむなきに如くはなし。 楽の方(まさ)に至るときは楽しめ、 而れども騎ること勿れ。 患の将に至らんとする時は思へ、 而れども憂ふること勿れ。 孔蔑日く、行かくのごときのみか。 子日く、その能くせざる所を攻(おさ)めて、 その備はらざる所を補へ。 その能くせざる所を以て 人を疑ふこと母(な)かれ。 その能くする所を以て人に騎ることなかれ。 終日言ひて己れの憂を遺すことなく、 終日行ひて己れの息を遺さざるは、 ただ智者のみこれあり。「東洋的学風」 安岡正篤 島津書房
2016年09月14日
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「雑学をしなくては人間は育ちませんよ」 というのが先生の口癖であった。 「今の学者はよく勉強しているが、 専門的になりすぎている。 縄文だけをとってみても、細かく細分化されており、 となりに弥生土器が出てきても、見向きもしません。 自分の専門外だからわからないのが当然、 という顔つきをしよる。 そんなのは文化でも教養でもない」 といわれる時もあった。 あらゆる学問知識が コンピューターではじきだされる時代になってみると、 ものを総合的に見ること ――先生の言葉を借りていえば、 「雑学」の必要を強く感じられたに相違ない。 その雑学の成果が『日本上代の甲冑』を生み、 『古墳の航空大観』に花開いたのであるが、 セスナ機の上から地上全体を俯瞰されたことは、 先生の思想を何よりもよく物語っている。「夕顔」 白州正子 新潮社
2016年09月13日
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第二に、いまの時代的状況の微妙さということがある。 一九八七年秋の米ソ首脳会談で INF(中距離核ミサイル)の全面撤廃が合意され、 一部では新デタントの時代などという 表現さえつかわれる状況になっている。 かりに米ソがそのような 新しい緊張綾和に向おうとしているとしたら、 まさにそうだからこそ、 米ソの相互抑止の戦略は微妙さを増し、 こと軍事技術ないし軍事技術に転用可能な 民用技術の問題にたいしては神経質になるのである。 つまり、ここでいう技術外交というものが、 これまで以上にきびしく米ソ両国によって 監視される状況が成立しようとしているといえる。 核軍縮は、論理必然的に 通常戦力のバランスの議論につながるが、 最近の通常戦力の技術水準も高度化しており、 それだけに先進技術大国とみられる日本の動きは、 世界的な関心事にもなっている。 米ソは、まさに緊張緩和に向かうからこそ、 ますます軍事技術の 〈エンクロージャー(囲い込み)〉競争を 展開する気配にあり、したがって、 日本が技術外交を展開することにともなう むずかしさも増すのである。「フローの文明・ストックの文明」 矢野暢 PHP
2016年09月12日
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夫れ物に及ぼすの心、人孰(たれ)か有せざらん。 第(た)だ材質の強劣同じからざる所有り。 苟(も)し其の短とする所に即(つ)いて 痛く自ら克治すれば、 則ち官として爲(をさ)め難き無く、 事として集(な)らざるもの無し。 弛緩は之に克つに敏を以てし、 浮薄は之に克つに荘を以てし、 率略(そつりゃく:あらっぽい)は 之れに克つに詳を以てし、 煩苛(くどくどし)は之れに克つに大體を以てす。 苟(も)し任ずる所を度(はか)らずして、 一に己の偏に循(したが)うて之れを處すれば、 敗れざるもの有ること鮮(な)し。 古人の弦(つる)を佩(お)び、韋(なめしがわ)を佩ぶ (韓非子説林に、西門豹の性急なり。 故に韋を佩びて自ら緩にす。董安于の性緩なり。 故に弦を佩びて自ら急にすとある)るも亦皆此の意なり。 今人往々にして書を讀んで益無く、 官に蒞(のぞ)んで不才なるは、 皆習に狃(な)れて而て 痛く自ら克治するを知らざに由るが故なり。「為政三部書」 張 養浩 明徳出版社
2016年09月09日
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彼の敗戦直後の心境は、 「近代文学」昭和二十一年二月号の座談会 「小林秀雄を囲んで」の中の発言にあらわれている。 「梅原龍三郎」以後、 昭和二十年一杯彼は何も書かなかったから、 これは戦後最初の発言であった。 《僕は政治的には無智な一国民として事変に処した。 黙つて処した。 それについて今は何の後悔もしてゐない。 大事変が終つた時には、 必ず若しかくかくだつたら事変は起らなかつたらう、 事変はこんな風にはならなかつたらうという議論が起る。 必然といふものに対する人間の復讐だ。 はかない復讐だ。 この大戦争は一部の人達の無智と野心とから起つたか、 それさへなければ起らなかつたか。 どうも僕にはそんなお目出度い歴史観は持てないよ。 僕は歴史の必然性といふものを もつと恐ろしいものと考へてゐる。 僕は無智だから反省なぞしない。 利巧な奴はたんと反省してみるがいいぢやないか》 この座談会が行われたのは 昭和二十一年一月十二日である。「小林秀雄」 江藤淳 講談社
2016年09月08日
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薄れていく過去をもっとよく思いおこして、 現在抱えている問題をより客観的に分析できるならば、 多分、人間の精神は向上するであろう。 人間は、 文明を非常に複雑に作り上げてしまったために、 自らの試みを論理的帰結へと押し進めようとするなら、 限られた記憶に無理を重ねて途中で 動きがとれなくなることがないように、 自分の記録を完全に機械で換えてしまう必要がある。 もし、 すぐ手にとる必要のない雑多なものを忘れてもよく、 さらに重要であるとわかった時には、 もう一度見つけ出せる保証があるという 特典が与えられるなら、 より気楽に脇道にはずれることが できるようになるであろう。「情報学基本論文集 Ⅰ」 上田修一編 勁草書房
2016年09月07日
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十七に日く、それ事はひとり断(さだ)むべからず。 かならず衆とともに論(あげつら)うべし。 少事はこれ軽(かろ)し。 かならずしも衆とすべからず。 ただ大事を論うに逮(およ)びては、 もしは失(あやまち)あらんことをな疑う。 ゆえに衆と相弁(あいわきま)うるときは、 辞(こと)絆すなわち理を得ん。 重大なことがらはひとりで決定してはならない。 かならず多くの人びととともに論議すべきである。 小さなことがらは大したことはないから かならずしも多くの人びとに相談する要はない。 ただ重大なことがらを論議するにあたっては、 あるいはもしか過失がありはしないかという疑いがある。 だから多くの人びととともに論じ 是非を弁(わきま)えてゆくならば、 そのことがらが道理にかなうようになるのである。「聖徳太子」日本の名著 第2巻 中央公論社
2016年09月06日
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西欧諸国の言語のように、文字表記が 原則的には表音的な性質を持っている場合には、 文字という視覚的情報は本質的には 重複性(redundancy)がきわめて強い ということである。 つまり文字表記は なんら新しい情報をことばという伝達行為に 付け加えないのである。 だからどのような種類の文字を使っても 言語そのものは変らない というような考えが出てくることになる。 これに対し日本語の漢字語では、 文字は音声からは別個に独立した情報源 であり得るので、 音声が等しくても、 そして意味に関連があっても、 文字さえ違えば同音衝突によるはじき出し が起らないのは当然である。 音声形式が等しいことは、 語の一部が等しいにすぎない。「閉ざされた言語・日本語の世界」 鈴木孝夫 新潮選書
2016年09月05日
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我々の資料は、 一般的に受け入れられている二つの説と 矛盾するものである。 その一つは 異なるもの同士が引きつけあうという理論で、 他の一つは 似た者同士が結婚する(同質性) というものである。 健康な人々においては、同質性の原理は 実際には 正直さ、誠実さ、親切、勇気などといった 性格特性に通用するものである。 もっと形式的で表面的な特性、たとえば 収入、地位や階級、学歴、宗教、国家的背景、外見 などにおいては、 同質性の程度は普通の人々の場合よりも ずっと意味がないように思える。 自己実現的人間は、 他人との相違点や見慣れないことにも 脅威を感じない。 事実、彼らは 他人との共通点や見慣れたことに対してより、 相違点や見慣れないものの方に 興味があるようである。 彼らは普通の人々よりもはるかに、 聞き慣れた方言や 見慣れた服装、食物、習慣、儀式などを 必要としないのである。 我々の被験者について、 異なる者同士が引きつけあう ということに関して言えは、 自分自身が持ちあわせていない 技能や才能に対して正直に感嘆する ということだけは真実である。 そのような長所があるので、 女性の場合にも男性の場合にも、 私の被験者にとっては 相手となるべき可能性のある人は 魅力が減ずるのではなく、 より魅惑的であるのである。「人間性の心理学」 A・H・マズロー 産業能率大学出版部
2016年09月02日
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行を按(しら)べること 昔端州(廣東省に在り)佳硯を出だす。 包孝肅公出でて彼(かれ:端州)に判たり(孝肅は諡。包は姓、名は拯。宋初の名臣、 剛直を以て朝臣を敬憚せしめた人である。 「出でゝ」は地方官となること。 判は州の副知事格)。 其の代るに及んでや徒手にして歸る。 李及(宋初の名臣。人物清廉行政簡巌。 人の善をいふを楽しみ、御史中丞に至る) 杭州に知(知事)たり。 絲餽(き:絲ほどの贈物) 縷(る)謁(いとすじはどの手土産もつた用談)も 門に逮(およ)ばず。 是に由つて自樂天文集を終身以て慊(うらみ)と爲す (彼は杭州時代同地方の品を一物もかはなかった。 唯だ去る時、白樂天の文集を一部買つたが、 後々生涯それを遺憾に思つたといふ)。 古人身を持するの廉此の如し。「為政三部書」 張 養浩 明徳出版社
2016年09月01日
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