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国際政治学者の藤原帰一氏は、現代の民主主義が抱える問題点について、15日の朝日新聞夕刊に次のように書いている; デモクラシーには、いま、どんな意味があるのだろうか。 いまから100年前の世界において、議会制民主主義はごくわずかの国にしか存在しない制度だった。欧米世界に限ってみてもドイツ帝国やロシア帝国のような専制統治は珍しくなく、選挙が行われている場合でも選挙権には制約が加えられていた。欧米世界の外では植民地支配が広がっていた。デモクラシーが希望を込めて語られる裏には、デモクラシーとはほど遠い政治の現実があった。 それから1世紀を経た現代において、議会制民主主義はごく当たり前のように世界に見られる制度となった。もちろん、中国、ベトナム、そして北朝鮮のような共産党独裁も、またサウジアラビアのような伝統的専制支配もいまなお残っている。制度としての議会制民主主義が現実に国民の意思を反映していないのではないかと疑う声もあるだろう。それでも、複数の政党が争う普通選挙によって政治指導者を選び出す政治の仕組みが、欧米諸国はもちろんラテンアメリカ、南アジア、さらに東南アジアを含む東アジアへと広がったことは疑う余地がない。民主主義は見果てぬ夢から散文的な現実に変容した。 * 民主的に選ばれた指導者が、民主政治を擁護するとは限らない。ロシアでは、プーチン大統領の下で、政府を批判する政治家やマスメディアに対する厳しい圧迫が続けられた。トルコでは、2003年に首相に就任してから長期政権を続けるエルドアン氏のもとで、反政府勢力やメディアに圧力が加えられ、ことに16年のクーデター未遂事件以後は大量の検挙が繰り返されている。日本と並んでアジアでは民主政治の長い伝統を誇るインドでもモディ首相のもとでNGOに対する弾圧が続き、フィリピンのドゥテルテ政権のもとでは麻薬犯罪者への射殺ばかりでなく、ジャーナリストへの迫害、時には暗殺さえ伝えられている。 選挙によって権力を手にしたヒトラーが独裁政権を生み出したように、民主政治が独裁に転換する危険は、これまでにも指摘されてきた。しかしいま私たちが目撃しているのは、国会が放火され民主政治が独裁政権に変わる危険ではない。ここに挙げたプーチン、エルドアン、モディ、ドゥテルテ、これらのどの指導者をとっても、選挙によって指導者に選ばれたばかりでなく、少なくとも過半数、多い場合は80%を超える国民の支持を集めている。特に民主政治を排除しなくても、国民の支持のもとで政治的競合が排除され、政治権力が集中する可能性が生まれている。 なぜ国民が権力の集中を受け入れるのだろうか。その鍵は、社会を敵と味方に峻別(しゅんべつ)する政治のあり方にある。国家の安全を脅かす敵国、あるいは国内に潜んで国民の安全を脅かす反政府勢力など、国家の内外から国民の安全を脅かす勢力に国民の目を向けさせ、そのような外敵と内敵との闘争によって政治権力を正当化する。恐怖によって国民の支持が動員されるのである。 * このような構図は、これまでに述べたロシア、トルコ、インドやフィリピンに限ったものではない。そこまで顕著な形でないとはいえ、アメリカのトランプ政権でも、また日本の安倍政権でも、民主政治のもとで、国民の支持を集めつつ行政権力に大幅な権限が委譲され、政治的競合が後退する過程を認めることができる。 この構図は、かつてナチスドイツの台頭を前にした知識人の議論に似たところがある。カール・シュミットの「政治的なものの概念」、あるいはエーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」など、立場もアプローチも異なるとはいえ、友敵関係と恐怖の支配する政治のあり方に注目する点では共通する著作だった。 だが、大きな違いもある。大衆社会論は民主主義ではなく、全体主義の社会的起源を解明することが目的であった。いま私たちが直面するのは、全体主義に向かうことなく、制度としての議会制民主主義の枠を保ちながら、政治的競合や少数意見が排除される可能性である。 民主政治は国民の意思を政治に反映する政治の仕組みであり、国民の意思を政治に反映する第一の手段が選挙である。だが選挙によって権力を手にした政治指導者に過大な権力を委ねるなら、政治の多元性は失われ、権力に対する制限が弱まってしまう。民主政治のもとで自由が失われるパラドックスがここにある。 多数者の意思が、多数の横暴であってはならない。デモクラシーが当たり前の制度となったからこそ、デモクラシーのもとで自由な社会をどのように支えるのかが問われている。(国際政治学者)2017年2月15日 朝日新聞夕刊 3版 3ページ「(時事小言)内側から失われる自由」から引用 この記事は様々な論点を含んでいると思います。特に、民主的に選ばれた指導者であっても、民主政治を擁護するとは限らないという指摘が重要と思います。安倍首相も、一応民主的な手続きで選ばれた指導者ですが、選ぶ前に、彼が歴代内閣の憲法解釈をねじ曲げたり、憲法学者から違憲であると指摘されても強行採決で憲法違反の法律を通してしまうことなど、誰が予測したでしょうか。しかも、そのような暴走をしても支持率は維持する。そのタネ明かしは、アベノミクスへの漠然とした期待、すなわち将来への経済的不安の裏返しであり、演出された中国や朝鮮に対する軍事的不安感などの「恐怖」によって国民の支持が動員されている。こうして私たちの社会は、少数意見を排除する方向へ進んで行きかねない状態にあります。このような状況下で、どのように「自由な社会」を支えていくか、これが私たちの課題であるというわけです。
2017年02月28日
川崎市では自民党から共産党まであらゆる政党が一堂に会してしてヘイトスピーチ対策条例の制定を求める集会が開かれたと、タウンニュースが報道している; 在日コリアンをはじめとした外国人差別にNOの意思を示す「『ヘイトスピーチを許さない』かわさき市民ネットワーク」(関田寛雄代表)の結成1周年の記念集会が2月4日、川崎市労連会館(川崎区)で開かれた。集まりには約270人が参加。元参議院議員の斎藤文夫さんのほか、現職の国会、県会、市会議員が党派を超え、川崎市から人種差別撤廃条例の制定に向けたアピールを行い、一致団結した。 ◇ ◇ ◇ 集会は、川崎市に全国に先駆けたヘイトスピーチ条例を制定してもらおうと、同ネットが主催した。 関田代表は冒頭あいさつで「少数者(マイノリティー)は権利の(ために)立ち上がり人間らしくふるまうと、多数者(マジョリティー)はそれを生意気だという。少数者をちょっと下に見る。そこにヘイトスピーチの根源がある」と指摘。多文化共生社会の推進のためには、市民、議会、行政の力の結集が必要だと訴えた。 続いて、元職、現職の議員がマイクを握った。元参議院議員で神奈川県日韓親善協会連合会会長の斎藤文夫さんは「不当なヘイトスピーチは多民族を理解できない、島国根性による日本の恥だ」と述べた。その上で、川崎市でヘイトスピーチが二度と行われないようにするためにも「条例が必要」とし、昨年12月に市長への答申された内容が進められれば「全国最初のヘイト根絶条例になるだろう」と期待を込めた。 田中和徳衆議院議員(自民)は「(ヘイト解消法で)いけないことは明確になった。地方は条例制定などで問題解決することが使命」と、市には正面から取り組むよう促した。畑野君枝衆議院議員(共産)は「川崎から人権を尊重する社会をつくろう」と訴え、市川佳子県会議員(民進)は「分断の世の中に団結。差別には寛容の心で対抗しよう」とアピールした。 川崎市と車の両輪関係にある市議会からも意見が相次いだ。織田勝久氏(民進)は「人権・平和施策は川崎の基本的な理念だ」と指摘。飯塚正良氏(民進)は「市長がガイドラインを作ってもそれを支える法的根拠となる条例が必要」と強調した。その上で沼沢和明氏(公明)、佐野仁昭氏(共産)、片柳進氏(共産)は「オール川崎で条例づくり」のために尽力することを誓った。 議員のアピールを受け、崔江以子(チェカンイヂャ)さんは「1年前と見える景色が違う。来年は行政も壇上に上がり話を行ってもらいたい。(そんな光景も)すぐ目の前にあると思う」と期待を込めた。2017年2月17日 「タウンニュース」 4ページ「ヘイト対策 条例制定求めアピール」から引用 与党野党の別なく、ヘイトスピーチは許さないという点で一致したことは心強いと思います。しっかりしたヘイトスピーチ対策条例をつくり、多文化共生の理想が実現する町になるように希望します。
2017年02月27日
日本とアメリカの政治風土の違いについて、法政大学教授の山口二郎氏は、5日の東京新聞コラムに次のように書いている; トランプ大統領が排外主義、差別主義の政策を次々と打ち出すのを見ると、暗たんたる気分になる。しかし、司法長官代理から一般市民に至るまで、さまざまな人々が大統領の暴挙に対して異を唱えていることに、希望を感じる。 アメリカという国では、マッカーシズムによる赤狩りや9・11直後の愛国主義の高まりなど、画一主義が猛威を振るうことがあった。そうした時代には、アメリカ的でないものを排斥する声が高まった。 真にアメリカ的なるものとは、何か。愛国主義に名を借りて自由や多様性を抑圧することではない。最高権力者に対しても、憲法や独立宣言に照らして非があるなら、臆せず批判し、それを行動に表すことこそアメリカ的なのだと市民の動きは教えている。 翻って日本ではどうだろうか。 現政権は日本的なるものがことのほか好きなようであり、教育や文化の世界でもこれを称揚しようとしている。権力者の非違を批判すれば、反日というレッテルを張りたがる連中もいる。その種の人々がありがたがる伝統なるものは、たかだか明治維新の後に政府が国民を統合するためにこしらえた「伝統」にすぎない。 日本的という名のもとに世の中をますます息苦しいものにしようとする動きと戦う時である。(法政大教授)2017年2月5日 東京新聞朝刊 11版 25ページ「本音のコラム-アメリカ的、日本的」から引用 「最高権力者に対しても、憲法や独立宣言に照らして非があるなら、臆せず批判し、それを行動に表すことこそアメリカ的なのだ」いう指摘は示唆に富んでいると思います。ひるがえって日本では、江戸時代から明治維新を経て十五年戦争の敗北に至るまで、人々は「お上批判は、まかりならん」という時代が長く続いたなごりで、当ブログのように政権批判をすると、何かと「反日」のレッテルを貼りたがる輩が出没するのは、民主主義の積み重ねが70年程度ではまだまだ不十分であるということを示していると思います。私たちは、アメリカ市民にならって、例え総理大臣であっても、憲法に照らして非があるなら、臆せず批判し、それを行動に表して、戦後に始まった民主主義を更に発展させて、揺るぎない国家の柱にしていきたいものです。
2017年02月26日
選挙中にトランプ氏が、メキシコとの国境に壁を建設すると発言して人気を博したことを気にしたジャーナリストの木村太郎氏は、昨年秋にアメリカとメキシコの国境を実際に視察したとのことで、その時の様子を5日の東京新聞コラムに次のように書いている; その町は、米国アリゾナ州の第二の都市トゥーソンの南西約100キロのところにある。 ササピという町だが、サボテンが群生する砂漠地帯に19世帯55人の住居が点在している西部劇の駅馬車の宿場のような所だ。 ■いちばんよい場所 このササピを訪れたのは昨年10月未だった。トランプ候補(当時)の主張する壁の建設の是非について考えるにはいちばんよい場所だと米国の友人に教えられたからだ。 町外れにあるメキシコとの国境には、高さ約3メートル、鉄柱の間隔約20センチほどの柵が近寄るものを威圧するように続いていたが、案内をしてもらった国境監視団体の役員ティム・フォーレイさんはこう言った。 「これは写真撮影用で、1マイル(約1・6キロ)先でなくなっているよ」 なんでも、オバマ政権が国境警備には力を入れていることを有力者やマスコミに示すために、ある種の見せ物として建設したものなのだとか。 「それに、こんな柵は誰でも越えられるよ」 そう言うと、中年のフォーレイさんはアッという間に柵を登ってしまった。事実鉄柱にはそうして登った足跡が無数に残っていた。 ■周辺にはマフィア その時だった。柵のメキシコ側で「ダン、ダン、ダン」と銃声が響いた。 「カルテルの連中だよ。撃っているのは動物かな人間かな」 フォーレイさんによれば、このあたりはメキシコのマフィア「カルテル」の縄張りで、麻薬類の密輸や密入国を一手に取り仕切っているのだとか。その後フォーレイさんは、事務所で自動カメラが捉えた密入国者の映像を見せてくれた。 ■白昼堂々と密入国 それには兵士のような迷彩服姿の屈強な男性の集団約20人が、砂漠の中を大きな荷物を背負って黙々と歩く姿が写っていた。 「1人約20キロの大麻とか覚せい剤を背負っている。荷物を背負っていないのは金を払って密入国させてもらっている連中だ」 彼らは、柵がなくなっている先から白昼堂々と入り、指定の場所に麻薬や密入国者を届けると、米国の国境警備隊に自首してバスでメキシコ側へ送り返してもらうのだとか。 「これを5~6回やるとメキシコに御殿のような家が建てられるらしいよ」 またフォーレイさんは、密入国者が持っていた地図を見せてくれた。それには砂漠地帯にいくつもの印が書き込まれていた。 「米国の人権団体が、密入国者のために砂漠に水や食料を用意している場所なんだけれど、背後でカルテルが金を出して場所も指定しているんだよ」 つまり、メキシコからの不法移民は「自由を求めて逃れてくる不幸な人たち」ばかりとは限らないわけで、その意味ではトランプ大統領の壁の建設は理解できないこともないと思った。(木村太郎、ジャーナリスト)2017年2月5日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ「太郎の国際通信-理解できる? 壁の建設」から引用 この記事では、メキシコからの不法移民は「自由を求める不幸な人たち」ばかりではないから、トランプ氏が壁を建設するのもやむを得ないと言いたげな論調ですが、そもそもメキシコの農家が大麻や違法な麻薬の原料になるケシの栽培に手を染めることになった原因は、アメリカとの二国間協定で廉価なアメリカの農産物が大量にメキシコに輸入された結果、メキシコの農業が破壊されたという経緯がある、という所まで問題の根を掘り下げる必要があるのだと思います。トランプ氏の主張と上の木村氏の記事だけでは、まるで諸悪の根源はメキシコであるかのような錯覚を感じますが、「諸悪の根源」としては、やはりメキシコよりはアメリカのほうが罪が深いのではないかと思います。
2017年02月25日
昨日の欄に引用した宮崎県の航空自衛隊基地騒音対策の記事の続きは、他の都県の基地周辺住民がどのように事態を見ているかについて、次のように書いている; 昨年11月に新田原基地の騒音区域縮小が伝えられた後、周辺の新富、高鍋、木城町と西都、宮崎市の2市3町の首長は、抗議の意思を込めて12月4日の航空祭を欠席した。 1979年に設定された第一種区域は、その後徐々に拡大されてきている。2市3町は日米共同訓練による飛行回数の増加も踏まえ、さらなる拡大を求めていた。それだけに、対象外だった建物への補助など前進もあったものの、「よもや騒音区域が縮小されるとは思っていなかった」(西都市の担当者)という。 2市3町は「我慢に我慢を重ねてきた住民の苦しみを全く無視している」とする要望書を九州防衛局に提出し、「見直しに断固反対し、拡大を強く求める」と決議。首長、議長らが防衛省で抗議し、防衛省は当初1月としていた見直しの告示を3月に延期した。 防衛省報道室は2003年の前回見直しから長期間経過していることに加え「部隊の改編等により騒音状況に変化が予想された」ため騒音度調査を行ったとしている。確かに16年は、F4戦闘機の飛行隊が百里基地(茨城県)へ転出し、百里のF15戦闘機の飛行隊が新田原に移動。新田原の飛行教導群(敵役を務める訓練部隊)が小松基地(石川県)へ移っている。 ただ、見直しの根拠とされたのは01年度の前回調査と、14~15年度の今回調査。F4、F15、T4練習機の合計機数はいずれも約70機で、大きな差はない。新富町防災基地対策課の太田功課長は、「町民の実感では騒書は減っていない」と話すが、町の飛行回数測定は11年からで、01年度の防衛省のデータは検証できないという。 区域見直しの動き自体は十数年前から始まっている。全国の基地騒音訴訟で賠償を認める判決が相次いだため、騒音区域に関する有識者懇談会が開かれた。02年に「真に騒普などの影響を受けている住民に対して限られた財源を効果的に支出する」ことを提言。横田基地(東京都)など7基地のうち、米空母艦載機が配備されている厚木基地(神奈川県)以外の6基地で区域が縮小された。横田基地では騒音訴訟の原告が激減した。 防衛省報道室は、米軍再編で戦闘機の飛行訓練が移転された千歳、三沢、百里、小松、築城の五基地について、時期は未定としながらも「今後、区域見直しを行う考えです」と認める。 築城基地(福岡県)の騒音区域は92年から変わっておらず、地元・築上町の担当者は「町民は『対岸の火事ではない』と心配している」と話す。小松基地がある小松市の担当者は、戦闘機が配備されていない横田基地などと同列には論じられないとしつつ「新田原基地がどう決着するか」を注視する。百里基地がある小美玉市も、市の面積の三割を占める騒音区域を「見直す話も出てくる」と受け止めている。 こうした中、米軍の訓練移転先6基地の周辺21自治体の協議会は14日、衆院第一議員会館で開く臨時総会で新田原基地の騒音区域問題を採り上げる。新富町と西都市が状況を説明し、今後の対応について意見交換する予定だ。 区域見直しを進める国の方針について、小松基地爆音訴訟連絡会の長田孝志代表は「基地訴訟は全国に原告がおり、国は騒音区域を少しでも減らそうと考えているのだろう。小松は飛行教導群が来て騒音が増えているが、区域が削られないか心配だ」と話し、こう注文する。 「有識者会議は行政の盾にすぎず、願書区域を見直すのなら、住民が立ち会う形で騒音を調査しなくてはならない。本当の生データを市民に公開し、日常生括と比べて納得できる部分を出してから、合意を求めるべきだ」<デスクメモ> 新田原から訓練部隊が移転した小松基地では2日にF15戦闘機が部品を落とした。被害の報告はないが、周辺住民はヒヤリとしただろう。基地のリスクは騒音だけではない。安保法制下で基地の街の負担も増える一方。米国には気前がいい政府なのに、なぜ国民の負担は軽んじるのか。(洋)2017年2月5日 東京新聞朝刊 11版 25ページ「『住民の苦しみ無視』に抗議」から引用 この記事は難解である。私のような素人が考えるところでは、国が基地の騒音訴訟を減らそうと思うなら、騒音指定地域を広く設定し迷惑を被っている住民に手厚い補償を行えばいいはず、と思うのであるが、政府の考えはそうではないらしい。政府は騒音指定地区を狭めれば、住民は訴訟を起こす根拠を失うので、訴訟は減るし、騒音対策費も減額できて、一石二鳥となる。これを裏返すと、住民側は騒音は無くならないのに補償は受けられなくなるという「踏んだり蹴ったり」という事態になるわけで、住民がそんな目に遭わされるのだから、航空祭などに出席はできないと首長が考えるのは当然だ。
2017年02月24日

政府が航空自衛隊基地の騒音対策・対象地区を縮小する方針であることについて、5日の東京新聞は、次のように報道している; 航空自衛隊新田原(にゅうたばる)基地(宮崎県)の騒音に対する住宅防音工事の対象区域を半減する案を国が示し、周辺自治体や住民が反発している。「一方的な調査に基づくもの」という批判に加え、「轟(ごう)音に耐えながら国防に協力してきた地元への裏切り」との声もある。防衛省は今後、他の戦闘機部隊の基地の区域も見直す考えで、各地に波紋が広がっている。(橋本誠) 「ここは離着陸する飛行機が旋回し、低空で真上を通っていく。一方的な区域縮小は納得できない」 新田原基地がある宮崎県新富町の畜産業河野信義さん(65)が憤る。 見直し案では、防音工事を補助する第一種区域約1万2千ヘクタールを約6千ヘクタールに縮小。基地北側の河野さんの自宅も外れる可能性がある。一定期間は希望すれば工事が行われるが、その後は対象外となる。「補助を受けて取り付けた防音サッシやエアコンが、更新できなくなるのでは」 区域縮小の根拠とされているのは、防衛省が独自に集計した「標準飛行回数」だ。輸送機などより騒音が激しいジェット戦闘機でみると、2001年度は1日に約280回だったが、14~15年度は約160回に減ったとしている。 しかし、河野さんは、騒音が減ったとは思えないという。「ゴーッというと、近くで立ち話をしていても全く聞こえなくなる。スクランブル(緊急発進)で目が覚めることもある」 1957年の基地開設以来、海上などへの墜落事故も相次いできた。86年には西都市の民家にT2練習機が墜落し、乗員1人が死亡、住民2人が負傷した。「それ以来、怖さが心の中にある。夢に見たこともあり、精神的に圧迫されている」と河野さん。 先祖代々の土地で暮らしてきた。「自分たちはここから逃げれんわけですよ。防衛のために基地は必要というのは理解できるけれども、住民にはそれなりの対策をしてほしい」 同町に住む「さいと・こゆ平和委員会」の岩元勝也会長(73)も「見直しは論外」と憤る。新田原の空襲で防空壕(ごう)に閉じ込められた恐怖から「昔みたいになってはならない」と騒菖訴訟の準備をしてきた。「静かな故郷にしてほしい」 町内62地区の代表者でつくる区長会は今年1月、縮小反対を決議。河野国夫会長(68)は「押しつけは許されない。白紙撤回を」と求める。「基地があるために人口は減り、商店街が疲弊する。なかったら宮崎市のベッドタウンとしてもっと栄えていたかもしれないのに」 大木賢一副会長(66)も「新富町をつぶす気か。区域はむしろ拡大すべきだ」と訴える。「(着陸してすぐ離陸する)タッチアンドゴーが一番うるさい。夜やられると、テレビの音なんか聞こえない」 80年に初の日米共同訓練を受け入れた際には反発の声が高まり、門にトラクターが突っ込んだり、町長のリコール運動が起きたりしたという。「その後は他の基地のような訴訟もなく、友好関係を築いてきた。裏切られた思いだ」と河野会長は話す。 現在、基地の隊員は町人口の1割以上の約1800人を占める。騒音の激甚地区に住む東誠一郎さん(54)は「防衛省は、基地の人たちをはぐくんできた住民を全くリスペクトしていない。あまりいいかげんな対応をすると、オセロのように白から黒へ豹変(ひょうへん)する可能性がある」と警告する。2017年2月5日 東京新聞朝刊 11版 24ページ「騒音対策縮小 地元怒る」から引用 政府は防音対策の対象地区縮小の理由に戦闘機の発着回数の減少を挙げているのに、住民側がそれに納得していない、ということのようですから、これは政府と住民がとことん話し合って納得のいく結論を出すべきで、政府が一方的に縮小案を住民に押しつけるべきではないと思います。果たして政府は、住民側と話し合いを持つ気があるのか、それとも沖縄でやっているように住民の声を無視して無理矢理押しつけるのか、見ものです。
2017年02月23日
アメリカのトランプ政権発足直後の大混乱について、上智大学教授の三浦まり氏は5日の東京新聞コラムに、次のように書いている; トランプ大統領就任からまだ二週間ほどだが、次々と発せられる大統領令によって米国と世界は混乱に陥っている。アメリカは自由と民主主義を擁護する国ではもはやないと宣言したに等しい。これは本当に困つたことである。 そこにはいくばくかの欺瞞(ぎまん)が含まれていたとしても、少なくとも私たちは自由と民主主義を普遍的価値として受け入れ、アメリカが主導する国際秩序の下で生きてきた。そのアメリカが普遍的価値を掲げることを止めてしまったなら、むき出しの暴力と劣情が支配する世界に投げ込まれることになる。 それにもかかわらず、安倍政権はトランプ政権に追従する方針のようだ。しかしながら、日米関係にはいや応が無しに新たな思考が求められていくだろう。 1月22日の「こちら特報部」は、ワシントンの「知日派」が沖縄の海兵隊駐留を支持してきた背景に日本政府の資金提供などがあったことを指摘する。ところが、トランプ政権ではこの「知日派」パイプが使えなくなっているという。そのツケとして、「駐留経費を全額払わなければ、撤退する」という公約に日本政府は振り回されることになる。 経済面でもアメリカから厳しい要求が突きつけられるだろう。日本の経済界は「知日派」とされるマイク・ペンス副大統領を一筋の光明と受け止めているという(1月22日)。しかし、ペンス副大統領はキリスト教原理主義者として知られ、女性の性的自己決定権や進化論を攻撃してきた。日本企業さえよければ人権は二の次という姿勢で、果たしてアメリカの変化を見逃さないでいられるだろうか。 政権の行方は予断を許さないが、アメリカ国内外ではあらゆる形の抵抗運動が沸き起こっている。就任式直後には全世界で女性の大行進が企画され、480万人が参加した(1月23日)。自由と民主主義を求めるグローバルな市民社会の連帯が生まれつつある。日本国内でもそうした動きに触発された新しい取り組みが生まれるに違いない。 日米関係の新思考は、普遍的価値の立場に立つ両国の市民によって編み出していくしかない。アメリカの市民社会の底力に期待するとともに、日本の市民社会に巣くう憎悪や人権侵害と闘うしかない。 日本政府は日本で生まれ育ったタイ人の高校生ウォン・ウティナン君を強制退去させようとしている(16年12月7日)。沖縄で米軍基地建設に反対していた山城博治さんの勾留は100日を超え、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは即時釈放を呼びかけている(1月31日)。共謀罪の行方も気にかかる。自由をどこまで守ることができるだろうか。(上智大学法学部教授)2017年2月5日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ「新聞を読んで-日米関係、新たな思考で」から引用 ドナルド・トランプ氏は選挙戦で「日本は安保にただ乗りしているから、自分が大統領になったら駐留経費は全額負担させる。応じないときは米軍を撤退させる」と発言して、世間を驚かせました。この記事にもその「驚き」の痕跡があり、三浦氏は「トランプ政権ではこの知日派パイプが使えなくなっているという」などと書いていますが、その後の経緯を見ると、どうやらトランプ氏の発言は政治家としての政策を述べたものではなく、単に彼が政治の素人だったために、ものを知らずに、間違った認識に基づいて「放言」をしただったことは明らかです。共和党の有力者は、こういう人物の下でうっかり閣僚などを引き受けて自分の将来が台無しになることを避けようとして、重要ポストが空席になっているようですから、この先どうなることやら予断を許しません。
2017年02月22日
横浜市の小学校の原発事故避難者の生徒が「いじめ」を回避するために150万円もの大金を「おごらされた」事件について、関西学院大学准教授の貴戸理恵氏は、5日の東京新聞に次のように書いている; 福島原発事故で避難している子どもたちが、避難先の学校で「いじめ」に遭っていると報道された。「放射能がうつる」「賠償金があるだろう」などといった言動を浴びせられる点に特徴がある。横浜では、福島から自主避難してきた小学生が数人の児童から約150万円を「おごり」という名目で奪われた。にもかかわらず、教育委員会が「いじめ認定は困難」としたことに抗議が集まっている。被害者や家族の苦しみは決して過小評価されるべきものではなく、抗議はもっともだ。だが、この間題を把握するには「いじめ」という枠組みでは不十分に見える。 いじめとば、文部科学省の定義によれば「子どもが一定の人間関係のある者から、心理的、物理的攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」。ジャイアンがのび太を圧するような「ガキ大将」的なものとは違い、現代のいじめは、被害者と加害者に特徴がなく、両者が入れ替わることがあり、見えにくいものが多い。そうした曖昧な輪郭を捉えようとするいじめの概念は、以下のようなポイントを持つ。第一に、学級などの固定化された人間関係を背景に起こる継続性。第二に、いじめる側の「痛めつけてやる」という嗜虐(しぎゃく)性。そして第三に、被害者が苦しんでいるという被害意識だ。 この場合、目指すゴールは「いじめがなくなり、被害者が安心して登校できること」になる。避難先の学校で被害に遭うケースにも、こうした側面は確かにあるだろう。だが、「いじめ」という言葉で表すと、抜け落ちてしまう視点がある。 まず、いじめ被害者は東日本大震災の被災者でもあり、加害者との関係は「入れ替わり可能」ではない。そして「放射能がうつる」「賠償金があるだろう」といった誹誘中傷(ひぼうちゅうしょう)は、学校のクラスにとどまらず、より広い社会の差別に根を持っている。だから、学級からいじめが消えても根本的な解決策にはならない。 歴史を振り返れば、既視感がある。広島・長崎の被爆者たちは、「ケロイドが感染する」という偏見にさらされたり「肢体不自由児が生まれる」と障がい者差別とあいまった差別から結婚できなかったりした。熊本の水俣病患者たちも「奇病」「うつる病気」と誤解のもとに迫害され、結婚・就職で差別を受けたほか、水俣の経済を担うチッソの影響の強い地域社会で遠ざけられた。そして「原爆手帳を持っているおまえは医療費がタダだろう」「補償金で建った家だ」などと責められた。 今回のケースは、これらと同型性がある。「差別」の問題と理解した方がよい。ゴールは「いじめをなくすこと」はもちろんだが、そこにとどまるべきではない。 子どもたちが震災と原発事故についてより深い知識を身に付け、被害に遭った人たちへの想像力を持てること。さらには「自分には何ができるだろう」と問題を引き受けられるようになること。本当のゴールはそこではないか。まずはそこに導くことができるだけの知識と度量を大人たちが体得しなくてはなるまい。 「差別」の周辺にはしばしば、分かりやすい正しい言葉のみでは理解できない複雑な文脈がある。その複雑さも含めて、被災者・被害者の語りに耳を傾け続け、学び続ける必要がある。(関西学院大学准教授)2017年2月5日 東京新聞朝刊 12版 4ページ「時代を読む-原発いじめ『差別』の視点を」から引用 横浜市に原発事故避難で転校してきた小学生が、数年間に渡って150万円も「おごらされた」事件については、当初、横浜市の教育長が「150万円の件は、本人がおごると言い、周りはおごってもらっただけ」なのだから、イジメと認定することはできないなどと軽率なことを言って、後から市長が陳謝する事態になったのでしたが、この事例は単なる「いじめ」ではなく、我々の社会にかつてあった事例と共通する「差別」の問題なのだ、という指摘は中々鋭いと思います。
2017年02月21日
「アベノミクス」なるものを生み出した経済学上の経緯について、浜矩子氏は昨日引用した記事の続きで、次のように述べています;(昨日の続き)◆人間を語らなくなった――アダム・スミスやケインズは、文学的な表現で人間の営みである経済を論じたのに、そういう流れから近代経済学が遠ざかっていってしまったと浜さんは警告しています。なぜ人間の営みから経済学が遠ざかっていってしまったのでしょうか。 ふたつの流れがある。ひとつの出発点になっているのは1929年の金融恐慌とそれに続く世界不況です。これを経済学が予見することができなかったことを当時の経済学者たちは大いに、まじめに反省しました。巨大なる過ちを犯してしまったのはなぜか。同じ過ちを繰り返さぬよう、経済学はきちんと数字で現状を把挺しなければならない、その努力が足りなかったと、そういう反省をしたのです。あのあたりから「国民経済」という概念が生まれた。 計量経済学会ができたのも、あの頃の反省を踏まえてのことです。経済活動をきちんと計量できるようにしようとなった。こうした展開は、実にまっとうなものでした。誠意ある反省に根ざした経緯でした。 それが時とともに経済学の自然科学コンプレックスというものに転化していく。経済学は実験もできないし再現性もない。そんなものは科学じゃない。そのような言われ方に対して、本来は「いや、経済学や社会科学はそういう発想から考えるものではないのだ」と堂々と反論すべきなのに、それができず、自然科学もどきを経済学に導入していく。そしてどんどん数学の世界に入っていった。 実験室で実験をすることはできないが、方程式を解くような科学性を持たせようとする動きです。 そこにもうひとつの流れが加わります。1960年代末頃から加速度的に普及するコンピュータ化です。それにともない、コンピュータに計算させることができないものは科学じゃない、という面が出てきてしまった。コンピュータサイエンスの流れに乗っていけないようでは、時代に取り残されていく。そんな危機感が経済学を翻弄(ほんろう)した面があると思います。数学もコンピュータも、上手く道具として使う分にはとても心強い味方です。ですが、それらが自己目的化したのでは、本末転倒です。 最近、目の前に患者がいるのにパソコン画面を見つめている医者が増えていますね。呆(あき)れますが、経済学の世界は医療に先んじてそうなってしまった。経済学が人間の営みとしての経済活動を見つめることを忘れてしまった。 経済学は人間の営みを謎解きする学問です。なのに人間の営みを見ず、人間の営みを言葉をもって語ることができなくなった。その行き着く先に出てきたのがアホノミクスです。――日本銀行の黒田東彦(はるひこ)総裁は一般の人にはわからない専門用語をやたらと多用します。「フォワード・ルッキングな予想形成」「イールドカーブ・コントロール」「オーバーシュート型コミットメント」……黒田さんは刷り込まれて覚えた言葉を一生懸命使っているだけではないでしょうか。記者会見で記者の方々が「国民にわかりやすい言葉を使ってください」と言わないのも問題ですが、それはそれとして、黒田さんには中央銀行家としての感性がまったくない。――安倍首相の執務室には株価ボードが設置され、株の値動きを常に見ているそうです。 さもありなんですね。株が上がれば、それが経済活動にとって常に最良のことだ、だから株さえ上がればいいのだと思い込んでいるのだとすれば、それこそ、正真正銘のアホさ加減だと言わざるをえない。 ある時、口の悪いイギリス人たちがつくったテレビ番組に「アホなら善人でなきゃ。悪人なら賢くなきゃ。賢い善人がベストだけど」という言い方が出てきたことを思い出します。アホな善人につける薬はないということでしょうか・・・ 安倍さんはアホノミクスによって「日本を取り戻す」と言っていますが、そのおっしゃり方を借用すれば、われわれはいつわりの経済政策の世界から「人間」を取り戻さないといけない。われわれのアホノミクスとの闘いは、人間奪還の闘争だと言ってもいい。◆やさしさと怒り――佐高信さんの批判精神のベースには魯迅(ろじん)があるのに対し、浜さんのべ-スにはキリスト教があるそうですね。イエス・キリストが戦闘的な人だったというのには驚きました。 イエスは「自分が平和をもたらすために来たと思うな。自分は剣をもたらすために来たのだ」と言っている。 辻棲のあわないことや人のために泣ける心を持っていない人に対しては強い怒りを炸裂させていた。限りなくやさしく、限りなく人を許す。だからこそ許せないものに対する怒りも大きい。極限的なやさしさにもとづく怒りです。――理不尽な現実を前にしては、中立ではいられないということでしょうか。 中立というのは言い換えれば無関心です。イエスは無関心、無感動に激しく怒る人だった。人の痛みを見て見ぬふりをするのはもっともよくない。人のための怒りは、つまり、大人の怒りとも言える。――聖書には「蛇の賢さ」という文言があるそうですね。 蛇って気持ちが悪いし目つきもするどいし、急に出てきたり、いなくなつたりする。そういう、得体の知れない怖さを持て。邪悪なるものとの闘いの中では、そのような怖さも巧みに使うべし……そんな感じでしょうか。悪なるものと喧嘩する時には、ある程度の小ずるさ、こまわりを利かせる器用さ、はったりなども必要だということです。 今の民進党には「蛇の賢さ」が決定的に欠けている。良心的だけれど、目をつぶって落とし穴に向かって直進してしまっている人が残念ながら多いように思います。”蛇の賢さ研修”が必要そう。<1月12日、東京都内にて。>聞き手・写真/野中大樹 (編集部)<はま のりこ・エコノミスト 1952年、東京都生まれ。三菱総合研究所初代英国駐在員事務所所長などを経て同志社大学大学院ビジネス研究科教授。『どアホノミクスへ 最後の通告』(毎日新聞出版)、『アホノミクス完全崩壊に備えよ』(角川新書)など著書多数。>2017年1月20日 「週刊金曜日」 1120号 21ページ「アホノミクスとの闘いは人間奪還の闘争だ」から一部を引用 浜先生の民進党批判は正鵠を射ていると思います。巨大な与党を倒すためには、真面目で正直なだけでは「敵」が仕掛けた落とし穴に落ちるだけですから、相手の弱点を探し出すためには、ある程度の小ずるさ、こまわりを利かせる器用さ、はったりなども総動員するような、頼もしい野党になってほしいと思います。
2017年02月20日
経済学者で同志社大学教授の浜矩子氏は、昨今の安倍政治について「週刊金曜日」のインタビューに応えて、次のように述べている;「アベノミクス」について当初から「アホノミクス」とこきおろしていた浜矩子さんと、本誌編集委員の佐高信さんの対談共著『どアホノミクスの正体』が勢いよく売れているという。なぜか。本人に思うところを聞いてみた。――『大メディアの報道では絶対にわからない どアホノミクスの正体』(講談社+α新書)の売れゆきがいいと聞いています。「アホノミクス」という言葉は浜さんが生みの親ですが、今、この本が売れている理由は何でしょう。 なぜ売れているか、そこがポイントです。つまり、多くの人が「何か変だな」と気づきはじめている。世の中の空気が変わってきていることのあらわれだと思う。 安倍政権が発足した当初の空気はだいぶ違いました。メディアの取材を受ける際、「あれはアホノミクスです」と言うと記者の方は面白がりはするものの「ただ、文字にはできませんね」で終わっていたんです。当時はチームアホノミクスに敵なしという雰囲気で、メディアもその空気に正面きって抗(あらが)うことができなかった。「アホノミクス」はそういう状態から出発したのです。 ――本書はメディアも批判の対象にあげ、知性や知的体力の衰えについても指弾しています。「アベノミクス」という言葉に市民権を与えてしまったのは他でもないメディアです。 メディアは第2次安倍政権が発足した時期から失策しています。「アベノミクスというものがはじまります」「3本の矢を放ちます」「1本目は……で2本日は……で」と、まるで政府の広報機関のように「アベノミクス」を解説してあげていました。 実はその傾向は政権が発足する前、2012年の総選挙前からはじまっていた。チームアホノミクスの策略にのっかって知識人であるべき記者たちが嬉々として「アベノミクス特集」とかを組みはじめた。あそこまでメディアがやっていなければ、もしかしたら総選挙の結果も同じことにはならなかったかもしれない。 あの時の構図は今のトランプ現象にも通ずるものがある。あのおっさんがツイッターでつぶやくたびにそれをメディアが大きく報じる。メディアが大きく報じれば報じるほどおっさんは図に乗って次のつぶやきをする。 メディアの責任は重大です。◆政策にあらず――『どアホノミクスの正体』が面白いのは、経済学者である浜さんと経済評論家である佐高信さんが「アベノミクス」を批評するうえで「政策論」ではなく、人間の心理、男と女の違い、人のために泣けるか……といった人間論の話をしていることです。 たしかにそういう話がメインですね。なぜそうなったかを考えてみると、それはアホノミクスが政策ではないからです。議論するに値するシロモノではない。 アホノミクスは経済政策のような形で出てきてはいますが、そのすべての背後に下心がある。つまり大日本帝国に立ち返り、大日本帝国憲法の世界に戻ろうとする下心です。「目指せGDP600兆円」なる目標設定も、決して人々を喜ばせるための甘い言葉などではありません。何しろ、GDPを増やせば国防費も増やせると安倍首相ご本人がおっしゃっているのです。要は、強い国=戦争国家の土台となる「強くて大きな経済」づくりのために国民を総動員しようとしている。 一億総活躍にしても働き方改革にしても女性活躍にしても、すべては大日本帝国に戻るための国民総動員大作戦です。それらをまともな「政策」だとまじめに受け止めて議論の対象としてはいけない。目先の議論に乗っかってはチームアホノミクスの術中にはまるだけです。だから全否定でいく。――民進党の蓮肪代表よろしく、まじめな人ほど「批判ではなく対案を」と言います。安倍首相も「責任ある野党なら対案を出せ」というようなことをよく言います。 敵の土俵に自分たちから乗っかってどうするのですか。民進党はそこを完全に読み誤って、「対案を出せる野党」というイメージ追求に走っている。愚かです。 そもそも野党の仕事は対案を出すことではない。「対案を出せ」は議会制民主主義上のルール違反です。与党と野党が同値の対案合戦をするのが議会ではないのです。提案をするのはあくまでも与党であり、野党は批判的審査員でなければならない。――イギリスなどではそれが当たり前のようですね。 イギリスから発祥した「シャドー・キャビネット(影の内閣)」の役割は、政府が出す政策を吟味して、徹底的に批判することです。時に揚げ足をとり、悪口を言ったりもする。 不気味で、怖いイメージすら持つシャドー・キャビネットに比べ、日本の民進党が使っている「ネクスト・キャビネット(次の内閣)」はあまりにも軽薄。次に政権を取りたいとひたすら必死になっていることを自ら認めてしまっている。だから安倍さんが「対案を出せ」と言ったら素直に懸命に対案を出そうとしてしまう。 対案を出せと言われたら「野党は反対するために存在している」と言い返せばいい。見識をもってそう言えるのが真の意味での「責任野党」です。(後半省略)2017年1月20日 「週刊金曜日」 1120号 21ページ「アホノミクスとの闘いは人間奪還の闘争だ」から一部を引用 いつ頃誰が言い出したのか、「責任野党」などというもっともらしい言葉が言われて久しい気がします。しかし、浜先生が指摘するように、国民も野党も、うっかりこの言葉に騙されてはなりません。敢えて「責任野党」というならば、それは与党を支援する「責任」ではなく、国民のために与党と闘う「責任」を担う、という意味の「責任野党」であるべきです。したがって、「対案を出せ」などという言葉にうっかり対応して、真剣に対案を考えるなどという愚かなことは、真の「責任野党」はするべきではありません。もともと、政府の官僚は与党をうまく使って仕事をやりやすくするわけで、行政のデーターはそのために与党には十分に提供し、野党はつんぼ桟敷ですから、野党はロクな対案など出せるわけがありません。野党はそんなことに無駄な時間を使うのではなく、政府と与党が作った「案」が、本当に国民のためになるのか、もっとよい「案」にできる余地はないのか、そういうことに「責任」をもって取り組んでこそ、真の「責任野党」というものです。党内に「対案を出そう」などと言う議員がいるようでは、民進党が自民党を倒すのは、まだ先ということかも知れません。
2017年02月19日
何とかして憲法改正を実現した首相として歴史に名を残したい安倍首相は、今度は教育費を無償化するために改憲が必要などと言い出したと、法政大学教授の山口二郎氏が、1月29日の東京新聞コラムに書いている; 安倍首相は、代表質問への答弁で、憲法改正によって高等教育を含む教育の無償化を明記することへの関心を示した。これも、以前本欄で書いた教育にかこつけた改憲論である。 教育費の負担を減らし、教育を充実させるためには憲法改正は不要であり、さっさと予算を増やせばよいだけである。突然教育無償化を言い出した政治家が、今の学校が置かれた過酷な状況に無関心であることには、教師のはしくれとして腹が立つ。 この10年ほど、文科省は大学教育の質を高めろと、大学にうるさく注文を付けてきた。もちろん、教師は自らの学問を若者に伝えるために努力している。しかし、実際には今の大学生の多くは経済的に余裕がなく、小遣いではなく、生活費のためのアルバイトに追われている。また、3年生の後半になると就職活動の前段階としてのインターンシップ(就業体験)などが始まり、一層多忙となる。これでどうやって勉強時間を確保できるというのだろう。加えて、国立大学では、運営費交付金の削減のため、教員ポストを減らす動きが始まっている。 教育無償化のためだと憲法論議にうつつを抜かす暇があったら、若者が勉学に専念できるような経済的環境をつくってほしい。改憲手続きの国民投票に要する経費を奨学金に回す方がよほど合理的である。(法政大教授)2017年1月29日 東京新聞朝刊 11版 27ページ「本音のコラム-大学教育と憲法」から引用 普段から教育行政に熱心な政治家が言い出すならまだしも、安倍晋三という政治家は教育とは縁もゆかりも無いどころか、民主党政権が始めた「高校教育無償化」という優れた政策を潰した張本人である。それが今さら、「憲法改正して無償化を」などと言っても、そんなことが本心でないことは国民の目に明らかで、しかも無償化は憲法など改正しなくても実現できるのは、山口教授も指摘するとおりである。安倍氏は恥を知るべきだ。
2017年02月18日
2015年暮れの慰安婦問題に関する日韓合意を、韓国の知識人はどう考えているのか。1月29日の東京新聞に、ソウル大学教授の朴吉吉熙氏は、次のように書いている; 2015年12月に結ばれた慰安婦問題に関する日韓合意は、両国間の葛藤を乗り越え、協力の機会を提供する契機となった。慰安婦問題という長年にわたる懸案の解決への貢献を忘れてはいけない。合意の中で日本政府は責任を痛感すると認め、安倍普三首相は内閣総理大臣として謝罪と反省の意をあらためて表明した。また被害者への支援金として日本政府の予算から10億円を拠出した。誰もが支持できる合意内容ではなかったにせよ、日韓関係の展望に一定の安定感を与えたのは間違いない。何よりも、合意を契機として北朝鮮の核・ミサイル挑発に対する協調が緊密になり、経済協力の可能性も開かれた。日韓間で軍事情報包括保護協定(GSOMIA)も締結した。 しかし最近になって、慰安婦合意に閲し両国間にずれが見えてきた。合意の核心的部分ではなく履行条項に閲し異存が出てきたのである。韓国国内では最初から「不可逆的解決」という文言は国民のプライドを傷つけるという不満があった。韓国が約束を守らないという印象を与えたからだ。 国際社会での相互批判を控えることについて国民の理解は高かった一方、日本大使館前の「少女像の移転に努力する」とのくだりには反対意見がより多かった。少女像は元々民間団体によって作られたため、政府の意向で移動させることは容易ではないにもかかわらず合意に至ったからだ。今回ある民間団体が釜山の日本総領事館前に少女像を設置して大騒ぎになった。当初は地方自治体が撤去したにもかかわらず、その後世論の批判をかわし切れず再設置に至ったことは遺憾である。 日本の反応も状況を悪化させた。「10億円を出したのだから韓国は誠意を見せるべきだ」という主張は「お金を出したのだから少女像は撤去すべきだ」との要求に受け止められた。10億円という支援金が被害者の心の傷の治癒目的ではなく、少女像移転の見返り金と解釈されたのである。安倍首相の国会における「慰安婦被害者に手紙を書くつもりは全くない」などの発言は、謝罪姿勢に対する疑念を再燃させた。日本側が少女像だけにこだわれば10億円を返しても構わないという声さえ出始めた。 日本政府は以前「歴史問題と他の協力案件を結びつけるな」と韓国を批判した経緯がある。しかし今回歴史問題処理に対する不満の表明として通貨交換協定交渉の中止、ハイレベル経済協議の延期措置を取った。まさに日本自らが歴史問題と経済問題を連携させたのである。 韓国側の甘えにも無理がある。釜山の少女像設置に対し中央政府が強力な措置を取らなかったのは非常に残念であった。慰安婦合意の履行に徹底した姿勢で臨まなかったと言われても仕方がない。後に政府の立場表明をしたが、焼け石に水であった。 日韓合意そのものに問題があったとは思わない。内容に不満を持つ勢力がいてもいい。しかし「日韓関係をどうするか」という大局的視座が必要である。北朝鮮の脅威、中国の攻勢、トランプ政権の同盟国圧迫など、立ちふさがる共通課題を前に日韓の協力は不可欠である。重荷な民族主義勢力とそれに乗ずる一部の政治家は懸念材料だが、日韓は合意の精神を十分に生かし、協力の道を探るべきだ。(ソウル大学国際大学院教授)2017年1月29日 東京新聞朝刊 12版 4ページ「時代を読む-慰安婦合意を見る日韓のずれ」から引用 2015年暮れの日韓合意の際は、安倍首相は日本の首相として慰安婦問題に関する責任を認め、改めて謝罪するとのメッセージを発表した(実際は、岸田外相が代読した)のですから、今となっては「当時は公娼制度があった」とか「女性を騙したのは業者だから、軍や政府に責任はない」「強制連行を示す公文書は発見されていない」などという言い訳は、一切無用になったということです。韓国の国内や国外に設置される「少女像」が気に入らないと言うのであれば、2015年暮れに岸田外相が代読した安倍首相のメッセージを、石にでも彫って記念碑として「少女像」の隣に設置させてもらえば、「日本はこのように反省してます」という意図が国際社会にも伝わって、少しは印象が良くなるのではないかと思います。
2017年02月17日
昨年暮れの安倍首相の真珠湾訪問について、青山学院大学客員教授の岩渕潤子氏は1月29日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 第45代米大統領にトランプ氏が就任し、就任式翌日の「ワシントン大行進」に呼応し、日本を含む世界各地で計約480万人がデモに参加した(23日朝刊1面)。近年類のない規模の抗議行動だ。日米関係はこれからどう変化していくのか、ますます予断を許さない。 私は昨年12月26~28日、ホノルルにいた。日米首脳の真珠湾訪問のニュースが、現地では思いのほか目立たなかった。一方、帰国後に読んだ日本の新聞などによる報道の扱いは大きく、両国での注目ポイントやトーンの違いに違和感を覚えた。 原爆投下を決断したとされるトルーマン元大統領の孫、クリプトン・トルーマン・ダニエル氏への取材(12月25日朝刊1、2面「戦争悔い 心寄せ合って」)は東京新聞以外もしていた。日本人として心情は理解できるにせよ、彼が「トルーマンの孫」であることに、ことさらに意味を見いだそうとする必要はあったのだろうか。 映画監督オリバー・ストーン氏や日米などの研究者ら50人以上が、安倍晋三首相あてに歴史認識をただす公開質問状を公表した(同部・27日朝刊)。その中に「中国や朝鮮半島、他のアジア太平洋諸国、他の連合国における数千万にも上る戦争被害者の『慰霊』にも行く予定があるか」という問いがあった。 ダニエル氏は毎日新聞の取材に、安倍首相の真珠湾訪問は、首相による中国などアジア諸国の慰問に「扉を開けた」と語っていた。質問の仕方によっては、彼が日本の被爆者だけでなく、世界の戦争被害者に心を寄せていることを伝え、また日本の首相が歴史認識を明確にすることを世界は待っている、というメッセージを引き出すことができたのではないか。そこまで踏み込めなかったのは残念だ。 その後も連日、真珠湾慰霊訪問に関する記事が大きく掲載された。だが、むしろ印象的だったのは、安倍首相が真珠湾を訪問する前の朝刊3面に掲載された「鳩山・岸氏も真珠湾訪問」という記事だった。「ハワイ報知」紙が報道した訪問時の詳細な記録にもかかわらず、外務省は「現時点では把握していない」としていた。 政府は1951年に当時の吉田茂首相がサンフランシスコ講和条約締結の際、真珠湾を訪れていたと認め、安倍首相の真珠湾訪問が現職初でないことを明らかにしたが、日本にとって真珠湾は、今回の訪問に至るまで曖昧にしておきたい記憶だったのだろう。 「これで和解成立でない」(同28日夕刊)の見出しが雄弁に物語る。日本の歴史観は問われ続ける。米大統領が「予測不能」(1月22日朝刊1面)でも、日本のメディアにはそれを追う責務がある。(青山学院大客員教授)2017年1月29日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ「新聞を読んで-問われる日本の歴史観」から引用 安倍首相が真珠湾を訪問してからまだ2か月も経っていないのに、様々な出来事やその波紋にかき消されて、「真珠湾」のほうはすっかり色あせてしまったような状況になってます。しかし、この記事が指摘するように、これからも日本の歴史観は問われ続けます。将来の歴史家が判断するなどと他人事のようなことを言ってないで、安倍首相自身はどう思っているのか、細川護熙氏のように史実に則って正直なところを国民の前に明らかにするべきと思います。
2017年02月16日
生活保護を担当する市職員が不適切な文言をプリントしたジャンパーを着用していた問題で記者会見を行った小田原市では、その後、実はジャンパーだけではなく夏用のポロシャツも作っていたことが判明したと、4日の神奈川新聞が報道している; 生活保護業務を担当する小田原市生活支援課の職員が不適切な表現をプリントしたジャンパーを作成、着用していた問題で、同課が袖に「SHAT」(生活・保護・悪を撲滅する・チーム)などと刺しゅうした夏用のポロシャツも作成、勤務中に着用していたことが3日、分かった。今後着用を禁止するとしている。 ポロシャツの左袖には、「生活保護係」を示すとみられる「Team Hogo」の文字も刺しゅうされている。ジャンパーの左胸にあったローマ字で「保護なめんな」などと善かれたエンムプレムや、背面の「不正受給はカス」といった内容の英文はなく、その理由は不明としている。 同課によると、ポロシャツはジャンパーを作成した翌年の2008年度に作成。ジャンパーと同様、受給世帯の訪問時など勤務中に着用していた。これまでに、ケースワーカーや非常勤職員を含む計67人が自費で購入したという。 市はジャンパーの問題発覚後、17日に開いた会見で、ポロシャツの存在には触れなかった。同課は「ジャンパーと比べて、不適切な内容とは思わず、ポロシャツは頭に浮かばなかった」と釈明している。(田口 要)2017年2月4日 神奈川新聞朝刊 25ページ「『生保 悪撲滅』夏用も」から引用 せっかく開いた記者会見では何故ポロシャツには触れなかったのかと問われて「頭に浮かばなかった」と釈明するのでは、やはり小田原市は組織ぐるみで問題に対する自覚が不足しているのではないかと、不審の念が募ります。この新聞報道の翌日には「保護なめんな」とプリントしたマグカップも制作して、休憩時間にはそのマグカップでコーヒーを飲んでいたというのですから、問題の根の深さは留まるところを知らないといった状況のようで、月末には出すと約束した公開質問状への回答では、徹底的な反省と根本的な改善策を期待したいと思います。
2017年02月15日
生活保護担当職員が傍目にも担当業務が分かるような服装で10年間も業務を行っていた小田原市の問題について、作家の雨宮処凛氏は、3日の「週刊金曜日」に次のように書いている;「経緯等々、報道されている通りですが、職員の思いはなんであれ、経緯はどうあれ決してやってはいけないことであったことは十分痛感しています。もう本当に、反省の極みでございます」 神奈川県小田原市の福祉健康部長・日比谷正人氏は開口一番そう言った。 小田原市の生活保護担当職員が「保護なめんな」ジャンパーを着ていた問題が発覚してから1週間後の1月24日午前10時半。この日、弁護士や支援者からなる「生活保護問題対策全国会議」は原因究明、検証委員会の設置などを要望する公開質問状を持参、面談した。 全国会議からは立教大学特任准教授の稲葉剛(いなばつよし)氏やNPO法人「POSSE」、そして私など7人、市側からは6人が参加した。 10年前、小田原で生活保護を停止された男性が職員を切りつけるという事件がきっかけで、「連帯感を高めるため」に作られたジャンパー。「不正受給はクズ」「保護なめんな」などと書かれたジャンパーは10年間にわたって着用され、これまで64人が購入したという。 全国会議のメンバーからは、小田原の生活保護行政、または人権意識についてさまざまな指摘がなされた。件数で2%、額にして0・5%の不正受給を市がクローズアップして生活保護利用者を敵視、威嚇するようなジャンパーの問題点。それを着て保護世帯を訪問することが、どれほど受給者を傷つけ、「秘密保持」に反することか。 また、市のホームページに記載された「生活保護制度について」の記述が、「オンライン上の水際作戦」を思わせるものだったこと。一方、匿名で取材に答えている職員の発言などを見ると、生活保護の基本がわかっていないのでは、と思わざるを得ないこと。そもそも、このような事態が起きる背景には、生活保護利用者を「下に見る」ような差別意識があったのでは、ということなども指摘された。 市側は一貫して「差別意識はなかった」と繰り返した。が、「問題の本質が伝わっているのか」と疑問に思う場面もあった。全国会議のメンバーが、「生活保護利用者を職員間で呼び捨てにしていないか」という質問をした時のこと。「あまりそんな大きな声でやりとりするってことはないので、他の人には聞こえない」 真顔で答えたのだが、問題は「他の人に聞こえるかどうか」ではなく、利用者を職員間で呼び捨てにしていないかどうかである。 面談では、当時の保護係長が音頭をとってジャンパーが作られたことも明らかになった。みんなで意見を出し合ってデザインし、市内の洋品店に発注されたという。また、この日参加した管理職の面々は、そのジャンパーを当然、見ていた。が、「デザインとしてしか認識していなかった」という。◆全国どこでも起き得る このような残念な事件の背景には、職員のオーバーワークもあるだろう。実際、小田原市でも4人の職員が欠員、人手不足の状態だったそうだ。また、組織的な問題も垣間見えた。激務ゆえ「不人気」な現場に新人が回され、「生活保護とは」「福祉とは」という徹底した研修などないまま実務につき、先輩から仕事を学ぶ。が、このようなやり方では「悪い慣習」が受け継がれてしまうこともある。 全国で起きている水際作戦の背景には、生活保護法や厚生労働省の通知などより、「慣習」が優先されてしまっている実態があるのだ。「今回のことを受けて、各地の自治体職員から『うちの現場で起きてもおかしくない』『自分が小田原の職員だったらジャンパーを拒否できただろうか』という率直な意見も届いています。小田原だけの話ではない。全国どこで起きてもおかしくないことです」 面談に参加した全国会議のメンバーで、生活保護を担当する都内自治体の職員は言った。 この日、小田原市からは検証委員会の設置と研修制度の見直しなどについて前向きな発言があった。2月末には公開質問状への返事も届く。ジャンパー問題をきっかけに、小田原の生活保護行政が改善されることを祈っている。<雨宮処凛・作家>2017年2月3日 「週刊金曜日」 1122号 4ページ「金曜アンテナ-『保護なめんな』の行政問う」から引用 「生活保護問題対策全国会議」との面談に応じた小田原市の職員は、「生活保護利用者を職員間で呼び捨てにしていないか」との質問に、イエス・ノーでは答えず、「大きな声でやりとりすることはない」から問題ないという回答だったそうで、こういう回答では、やはり「この人たちは問題の本質を理解しているのか?」と疑問を感じるのは無理もありません。小田原市は、今月中に公開質問状に回答すると約束したとのことですので、生活保護行政の改善に期待したいと思います。
2017年02月14日
東京MXテレビで沖縄の基地反対闘争に日当を払って活動家を派遣しているなどと、ありもしないデマで誹謗された辛淑玉氏宛に、評論家の佐高信氏は、10日の「週刊金曜日」で次のように書いている; 拝啓 辛淑玉(シンスゴ)様 新年早々、『東京新聞』論説副主幹とかいう長谷川幸洋(はせがわゆきひろ)らとの闘い、お疲れさまです。長谷川ら中傷主義者を見ると、私はいつもコウモリを連想します。「昼は暗所に潜み、日暮に活動する」(『広辞苑』)というコウモリは「獣なのに鳥のように飛ぶところから、情勢の変化を見て優勢な側に味方する者をののしっていう」時にも、その代名詞として使われます。 私は公明党をコウモリ党と呼んでいますが、彼の党にもピッタリですね。”鳥なき里のコウモリ”という言葉がありますが、少しはマシな新聞の『東京』の長谷川や元『朝日』の永栄潔(ながえきよし)らを指すのでしょう。『産経』や『読売』にいれば、数の中の1人にすぎない彼らも、”鳥なき里”では目立つということです。しかし、愚かなる彼らはそれを自覚していません。 敵対する『朝日』の禄を食(は)んだことのある花田紀凱(はなだかずよし)もコウモリ族に入るでしょう。どこか卑しい感じがするのはそのためです。 旧制一高の校長をやった安倍能成(あべよししげ)さんは「教養とは何か」と問われて、「教養とは相手の立場を理解しようと努力することに始まる。教養のない者とは自己主張するだけの者だ。どんなに知識があっても、教養があるかないかは相手の立場を理解する態度を示すかどうかによって決まるのだ」と答えています。 安倍さんは「心」グループに属した保守派の人ですが、その通りですよね。この定義に従えば、長谷川らは無教養極まりない人間だということになるでしょう。◆痛みがわからない『東京新聞』長谷川ら 私はいつも、極限まで「相手の立場を理解しょうと努力する」辛さんに敬意を払っていますが、上野千鶴子著『ニッポンが変わる、女が変える』(中公文庫)の辛さんの発言に打たれました。 辛さんは東日本大震災の後、早くに被災地に入り、在日だけではなく、外国籍住民の救援活動に取り組んできましたが、上野さんが、「『子どもに障がいがあって、奇声を上げたり、周りに迷惑をかけたりするから避難所にはとてもいられない』と、傾いた家に戻った人もいたそうです。認知症の高齢者を抱えた家族も、避難者のコミュニティに入ることを自主規制してしまったり」 と言うと、辛さんはこう答えています。「人からケアしてもらう必要がある人は、避難所にはいられません。それは、外国籍住民も同じようなものです。『従軍慰安婦』として名乗りをあげて、国と裁判を起こした宋神道(ソンシント)さんも、避難所でやっと見つけた時には、日本名で入っていました。胸が痛かった」 私も胸が痛みますが、前記の長谷川らにはまったく理解できないでしょうね。痛む胸がないからです。「国と闘った人でも、非常時の日本では外国名でいることが恐怖だったのでしょう。つらい話です」 と続ける上野さんに、辛さんは、「避難コミュニティに入らない在日の家族にも会いました。半壊した家で、家族を支えて疲弊しきっている女性がいた。彼女に、『手続きをとって義援金をもらいましょう』と提案したとたん、『絶対嫌だ!』と。『そんなことで今までの差別をなかったことにされたくない』といいました」 と述懐しています。「復興の過程で『がんばろう日本』とか、ニッポン・コールが起きました。朝日新聞が作った復興を考える委員会の名前が『ニッポン前へ』。本当にキモチ悪い」 と語る上野さんに辛さんは「その言葉がどれだけ怖かったか」 と答えていますね。2017年2月10日 「週刊金曜日」 1123号 27ページ「佐高信の新・政経外科-辛淑玉さん、闘いは続きますね」から引用 「鳥なき里のコウモリ」とは、昔の人はなかなか気の利いたことを言ったものだと感心します。戦争が終わって間もない頃は、日本中のあちこちに米軍基地があって、市民団体や労働組合が協力して基地反対運動を展開した結果、多くの基地は撤去されました。基地はいらないという論理は、本土も沖縄も同じですから、本土の私たちは、自分たちの周りから無くなれば、あとは知らないという態度ではなく、我々国民の基地反対運動が、沖縄ではまだ終わっていないという認識で、沖縄の闘争を支援するべきだと思います。
2017年02月13日
東京MXテレビが白昼堂々とデマを放送した件について、法政大学教授の山口二郎氏は、1月22日の東京新聞コラムで、同番組の司会が東京新聞論説副主幹であることを指摘し、厳しく糾弾している; オバマ前大統領は最後の記者会見で、「私たちの民主主義にはあなた方メディアが必要だ」と訴えた。事実を顧みないという意味の「ポスト真実」という言葉が世界を覆い、権力の虚偽を批判することの重要性がかつてなく高まっている時、正鵠(せいこく)を射た退任会見だと感心した。 日本でもポスト真実を開き直って実践する動きが広がっている。特に、東京MXテレビの「ニュース女子」という番組で、沖縄における基地建設反対運動に関するデマをまき散らしたことは、メディアの劣化が瀬戸際まで来ていることを意味する。ネット上でデマが蔓延(まんえん)するのはむしろ常識に属するが、地上波のテレビで嘘(うそ)八百を並べることはないと視聴者は当然視してきたはずである。20日の特報面でこの間題を詳しく検証したことには拍手を送りたい。 しかし、一つ気になることがある。あの番組では、本紙の論説副主幹なる人物が司会を務め、デマや中傷を止めようとはしなかった。翌週の同じ番組では、抗議があったことを紹介したが、報道に間違いがあったとは認めなかった。ゆえに、司会者はこの種のデマに賛意を示しているとみなすしかない。ジャーナリストの職業倫理にもとるのではないか。 さらに、本紙論説副主幹という肩書で社外で活動するというのは、いかがなものかと思う。(法政大教授)2017年1月22日 東京新聞朝刊 11版 27ページ「本音のコラム-ポスト真実」から引用 番組出演者が本番中にウソやデマを発言したときは、司会者はその発言の根拠を問いただし、いい加減な発言には注意する必要がありました。少なくとも、その次回の番組で誤りを認め、迷惑をかけた関係者にお詫びする必要があったはずですが、司会者自身は、上の記事によれば、何もしていない。これでは職業倫理が問われるのも無理ありません。その後、東京新聞は「お詫び」の記事を出したようですが、これは副主幹本人にも、出勤停止1か月とか、厳しい処分が必要なのではないかと思います。
2017年02月12日

愛知県では大府飛行場の拡張工事で亡くなった中国人犠牲者に対する謝罪と賠償を求める取り組みが行われていると、1月22日の「しんぶん赤旗」が書いています; 愛知県では加害企業に謝罪と補償を求めるとりくみとともに、「慰霊碑」の建立をめざしています。 同県東海市と大府市の境にあった大府(おおぶ)飛行場。1944年11月末からの拡張工事で中国人480人を動員し、5人が死亡しました。工事は地崎組(現=岩田地崎建設)が請け負いました。 「愛知・大府飛行場中国人強制連行被害者を支援する会」は同社札幌本社を訪ね、戦時中の不法行為に対し誠意ある回答を求め続けています。街頭宣伝などを行い、解決への世論づくりにも力を入れています。 これは、各地でたたかわれた裁判の終結後も、国と企業に謝罪と賠償を求める弁護団や支援者、中国の被害者・遺族の運動に連動するものです。玄猷寺で毎年開かれている追悼式=愛知県東海市(「愛知・大府飛行場中国人強制連行被害者を支援する会」提供) 2010年には中国で被害者5人の体験を聴き取り、奴隷労働の実態や戦後の苦しみを報告書にまとめました。石川勇吉代表委員(68)は「あの戦争を反省せずにきたことが安倍政権をつくった。日本人として真剣に向き合わないといけない」と語ります。 追悼式は09年9月から毎年、5人の遺骨を一時安置していた玄猷(げんにゅう)寺で行われています。伊藤充久代表委員(73)は「生存者や遺族が碑の前に集い、亡くなった人を慰霊できるようにしたい」と話します。2017年1月22日 「しんぶん赤旗」日曜版 18ページ「不戦刻む追悼の碑-市民の力で全国に38基」から一部を引用 愛知県の「強制連行被害者を支援する会」の代表者は戦後生まれの方で、戦争を知らない世代が戦時中の不幸な出来事に対する「被害者支援」に取り組みというのは立派な心がけと思います。是非、立派な追悼碑を建立し末永く「日中不再戦」の決意を継承していってほしいと思います。
2017年02月11日

群馬県には日中友好協会群馬県連合会という立派な組織があり、敗戦の8年後の1953年から毎年、強制労働の犠牲者の慰霊祭を行ってきていると、1月22日の「しんぶん赤旗」が報告しています; 群馬県では1953年9月に「慰霊祭」が開かれて以来、60年以上続いています。きっかけは同年7月の遺骨調査でした。 「日中友好協会群馬県連合会」の松永守男会長(74)は「慰霊行事は先達が切り開いてきた道。次世代に引き継いでいきたい」と話します。現在は群馬県連の主催で4月に太田市、10月にみなかみ町で開いています。◆太田市 太田市では45年4月、長野県の発電所建設現場から280人が中島飛行機地下工場の築造現場(旧薮塚本町)に移されました。その際、長野で亡くなった35人の遺留を携えてきました。その後も、山腹のトンネル掘りを強いられ、栄養失調などで50人が死亡しました。 生存者は45年12月の帰国を前に、近くの長岡(ちょうこう)寺に合計85人の遺骨を埋葬。苦役を強いた鹿島組(現=鹿島建設)が慰霊碑を建立しました。しかしその慰霊碑は長年の雨風で摩耗してしまいました。 群馬県連は77年10月、太田市の協力を得て「日中不再戦 中国人烈士慰霊之碑」を新たに建てました。◆みなかみ町 みなかみ町(旧月夜野町)では44年4月以降、606人が間(はざま)組(現=安藤・間)の下で岩本発電所の導水路掘りと、中島飛行機地下工場のトンネル掘りをさせられました。 当時13歳だった「月夜野町戦跡文化財を守る会」の小林一義会長(84)は「中国人に衣服の支給はなく、代わりにセメント袋をかぶっていた」と語ります。全員が慢性の飢餓状態で「幽霊のようにふらふらしていた」という証言もあります。 現場に近い如意(にょい)寺の坂西道仙住職(故人)は当時、強制労働で死亡した59人の遺骨を本堂須弥壇(しゅみだん)の真下に保管していました。住職は、中国人の供養を聞きつけた特別高等警察を玄関先で追い返した、といいます。 境内には70年9月、町民や間組、東京電力などの寄付で「中国人殉難者慰霊之碑」が建てられました。 群馬県連は慰霊祭に地元の参加者を増やそうと、7年前から近隣600戸にチラシを配布しています。羽鳥知容事務局長は「行政に、地下工場跡を永久保存するよう働きかけたい」と語ります。2017年1月22日 「しんぶん赤旗」日曜版 18ページ「不戦刻む追悼の碑-市民の力で全国に38基」から一部を引用 日中友好協会群馬県連の活動は立派です。このような活動が、日本人の良心の証になっていると思います。それにひき換え、同じ強制労働の犠牲になった朝鮮人労働者の慰霊碑について、県立公園からの撤去を決議した群馬県議会は、恥を知るべきではないかと思います。
2017年02月10日

新潟県十日町市の長徳寺に、昨年11月、戦時中の強制労働で命を失った中国人労働者の追悼碑が建立されたことについて、1月22日の「しんぶん赤旗」は次のように書いています; 首都・東京を走る山手線。その動力は新潟県十日町市の信濃川発電所(水力)から送電されています。 同発電所の導水路や調整池の堤防は1944年6月から、西松組(現=西松建設)が中国人183人を使役して造ったものです。45年1月には彼らを長野県の現場に移すため、豪雪の峠を越えさせたとき、3人が死亡。計12人の命を奪いました。 当時、犠牲者の葬儀が営まれたのが十日町市にある長徳寺でした。境内に昨年11月、「平和友好の碑」が建立され、除幕式が行われました。中国の遺族ら24人を含む約90人が犠牲者を追悼しました。 日本政府は72年の日中共同声明を根拠に、中国との戦後賠償問題は「解決済み」との立場を崩していません。他方、信濃川発電所の元中国人労働者らは、西松建設に謝罪と補償を求めて提訴しましたが、2007年に最高裁で敗訴が確定しました。 その後、責任を認めた西松建設と和解(10年)。それに基づき、記念碑が建てられました。当地での悲惨な歴史を2年ほど前に知った長徳寺の奥山寛千住職(67)は「記念碑という形にして歴史を伝えるのは大切なこと。多くの方の協力を得て建てられ、とてもうれしい」と語ります。◆子々孫々まで 碑文は日本語と中国語で刻まれ、次の言葉で結ばれています。 「歴史の事実を心に刻み、日中両国民の子々孫々までの友好を願い、どのようなことがあっても再び戦争を行わないことを決意し、この碑を建立する」 叔父を同地で亡くした林万発さん(66)は訴えます。 「西松建設という一企業の誠意が示された。碑ができたのは喜ばしいが、昔のことに思いを致すと悲しみを抑えられない。日本政府や西松以外の企業も歴史を直視し、犠牲者の人権と正義を回復するため、一日も早くすべての事件を解決してほしい」 「中国人強制連行事件の解決をめざす全国連絡会」の池谷廣和事務局代表(80)は語ります。 「全面解決のため、裁判終結後も奮闘する弁護団がいたからこそ記念碑ができた。碑は全面解決のたたかいの一環。不安定な日中関係の中、碑を建てた意味は大きい。解決への支持を広げていきたい」 除幕式には、強制労働させられた北海道の炭鉱から脱出し、戦後約13年間、北海道の山中で生き抜いた劉連仁さんの長男・劉煥新さん(72)も参加しました。住民が連仁さんを保護した当別町には「劉連仁生還記念碑」(02年建立)があります。煥新さんはいいます。 「碑は戦争に反対し、平和を維持することがいかに大事かを考える一つの象徴。多くの人に来てはしい」 現在確認できる碑は各地に38基あります。2017年1月22日 「しんぶん赤旗」日曜版 18ページ「不戦刻む追悼の碑-市民の力で全国に38基」から一部を引用 中国人強制労働の裁判で原告団と西松建設が和解したことは、当ブログにも取り上げた記憶がありますが、和解の証である追悼碑は何時どこに作るのかという情報はありませんでした。上の記事によって、ようやく昨年11月に新潟県のお寺に建てられたことが分かって、良かったと思います。日本人の良心の表現として、また、二度と戦争をしないという意思表示として、追悼碑を大事に守っていってほしいと思います。
2017年02月09日

戦時中の日本は、不足する労働力を補うため朝鮮半島や中国大陸から労働者を強制連行して働かせました。中国大陸からは約4万人を連行して働かせ、厳しい労働条件に耐えきれず6千人以上の人々が犠牲になりました。このような不幸な歴史を二度と繰り返さないために、日本の各地に市民の手で追悼碑が設置されていると、1月22日の「しんぶん赤旗」が報道しています; アジア・太平洋戦争中、日本政府は労働力不足を補うために中国人を強制的に連れてきて、日本企業の炭鉱などで過酷な労働を強いました。その数、約4万人。過酷な労働などで亡くなった中国人を追悼する「慰霊碑」が市民の手によりつくられています。侵略戦争や植民地支配への深い反省や謝罪もない安倍晋三首相。他方、不幸な歴史を後世に伝え、二度と繰り返さないという草の根のとりくみが全国で続いています。<本吉真布記者>※いまも日本に残る骨つぼ 中国に送還するまで納骨していた骨つぼや白木の箱。如意寺の本堂須弥壇の真下にいまも保管されている=群馬県みなかみ町◆4万人を連行、劣悪な環境で6834人が犠牲に 日本政府は太平洋戦争開始後の1942年、不足した労働力の補充を求める産業界の要請に応え、「華人労務者内地移入に関する件」を閣議決定しました。中国から捕虜や農民らを連行し、3万8935人(46年、日本外務省「華人労務者就労事情調査報告書」)を炭鉱や港湾など35企業が経営する135事業場で使役しました。劣悪な環境で休日もなく、6834人(59年、厚生省)が亡くなりました。朝鮮人は39年から約70万人(日本政府調べ)が連行されました。2017年1月22日 「しんぶん赤旗」日曜版 18ページ「不戦刻む追悼の碑-市民の力で全国に38基」から一部を引用 中学や高校の最近の教科書はどうなっているか分かりませんが、私の中学、高校の歴史では、中国や朝鮮から労働者を強制連行したというような記述はなかったように思います。1970年ころ、羽仁五郎先生が講演で朴慶植著「朝鮮人強制連行の記録」に触れ、日本人はこの本を読むべきだと先生が言うのを聞いて、そういう問題があったのかと思った記憶があります。このような不幸な歴史については、二度と繰り返さないために、私たちはよく学習する必要があると思います。
2017年02月08日

旧日本軍の特攻作戦を告発する作家の林えいだい氏の活動を記録したドキュメンタリー映画について、1月22日の「しんぶん赤旗」は、次のような紹介記事を掲載している; 朝鮮人強制連行や炭鉱問題、公害問題など、現代史の闇に光を当ててきた記録作家、林えいだいさん(83)=福岡県田川市在住=。旧日本軍の特攻作戦を告発する姿をとらえたドキュメンタリー映画「抗い 記録作家 林えいだい」(西嶋真司監督)が公開されます。 映画の中で、2015年8月9日、福岡市油山の雑木林を訪れる林さん。終戦の年の同じ日、そこで一人の特攻隊員が銃殺されました。朝鮮半島出身の山本辰雄(日本名、本名は判明せず)伍長です。陸軍が命運をかけた重爆特攻機「さくら弾機」に放火したという罪で、軍法会議で有罪となったのです。 「さくら弾機」は、ドイツのヒトラー総統から贈られた設計図で造られた3トンの特殊爆弾を搭載した特攻機。体当たりすれば炎は3キロ前方に及ぶとされていました。憲兵隊は激しい拷問で山本伍長に”自白”(後の軍法会議では否認)させていました。◆関係者を訪ね 「私は、この青年が朝鮮人であるが故に無実の罪を着せられたのではないかと疑念を抱き、真相に迫ろうと放火事件の目撃者を訪ね歩きました。すると、特攻隊の同僚、特攻を指揮していた元陸軍参謀が次々と口を開いてくれました」(林さん) -(前日夜は宴会で)朝まで一緒に飲んでいた私は、彼にこの犯行が無理であることをきちんと説明できる(松島清元伍長)。 -憲兵隊が山本伍長を無理やり犯人に仕立て上げたのだと思う(花道柳太郎元伍長)。 元陸軍参謀の倉澤清忠氏も、「山本伍長のひどい傷を見て以来、激しい拷問によって無理に自白させたのではないか、これは冤罪(えんざい)なのではないかという疑念を払えずにいた」と証言しました。 倉澤氏は、特攻隊員に出撃命令を出し、生還した特攻兵を収容する施設の管理者でもあった重要人物です。 「倉澤氏は、私の取材を初めは拒否していましたが、西東京市の自宅を訪ねると、話し始めました」(林さん) 倉澤氏は、インタビューの最後に「俺は80歳になるまでピストルに実弾を込め持ち歩いて、家には軍刀を置いていた。いつか元特攻隊員やその遺族が復讐(ふくしゅう)にくるのではないかと思っていたからだ。これでホッとした。ありがとう」と話し、1週間前後で亡くなったといいます。 さくら弾機放火事件の処刑現場では、その直後、米軍のB29搭乗員の捕虜8人が日本刀で斬首されました。「油山事件」です。 「憲兵隊は、特攻機の炎上という不祥事から陸軍のメンツを守るため、朝鮮半島出身の山本伍長を拷問して、犯人にでっち上げた疑いが濃厚です。名前まで日本名に強制的に変えさせられ、それでも特攻隊に志願したのに、放火犯として処刑された山本伍長の無念。事実を少しでも明らかにすることがそれを晴らすことになるのではないか」 映画では、60年代に水没事故で廃坑となった豊州炭鉱跡地(福岡県川崎町)に立つ林さんの姿も。同県添田町の日向墓地では、死んだ朝鮮人炭鉱夫らの名前さえ刻まれていないボタ石の「墓石」が並びます。◆書きつづける 国家権力の犯罪を告発し続けてきた林さん。これまで50冊超のルポルタージュを発表してきましたが、4年前からがんとたたかっています。抗がん剤の副作用で指に力が入らなくなった時には、万年筆ごと右手をセロテープでくくり、原稿を書き続けてきました。 「先の戦争への反省もまともにせず、いままた戦争に突き進む人たちは許せません。取材を終え、まだ本にできていないものが10冊分ぐらいあります。自分が生きている間にあと何冊書けるか。死ぬに死ねない。書き続けることが、私の生きている証しです」はやし・えいだい=1933年福岡県生まれ。地方自治体職員を経て、記録作家。ありらん文庫主宰。『清算されない昭和 朝鮮人強制連行の記録』『陸軍特攻・振武寮 生還者の収容施設』『実録証言 大刀洗さくら弾機事件 朝鮮人特攻隊員処刑の闇』など著書多数○映画「抗い 記録作家 林えいだい」2月11日から渋谷【シアター】イメージフォーラムで公開。順次全国で。100分<田中倫夫記者>2017年1月22日 「しんぶん赤旗」日曜版 29ページ「朝鮮人の特攻兵は なぜ処刑されたのか」から引用 戦争が終わって何十年もたって、それでも特攻隊員の遺族の復讐に脅えて銃刀を隠し持っていた元軍人がいたとは驚きです。林えいだい氏の執筆活動については、当ブログでは以前にも取り上げたことがありました。加齢と闘病のために、万年筆をテープで手に括り付けるというのは、大変な困難ですが、そこまでしなくても人を頼んで聞き書きしてもらうとか、ご本人の音声を録音してパソコンでテキストファイルにするとか、いろいろ手段はありそうですが、戦前生まれの方はそれなりに「流儀」もあるかも知れず、なかなか素人の思いつきではうまく行かないのかもしれません。しかし、できるだけ手を尽くして、一冊でも多く、我々やその先の世代のために書き残してほしいと思います。
2017年02月07日
今年の元日の新聞各紙の論調について、ジャーナリストの阿部裕氏は、1月15日の「しんぶん赤旗」コラムに次のように書いています; 今年は憲法施行70年、日中戦争開始80年、ロシア革命100年・・・。さまざまな視点から歴史の検証を試みるべき年です。 昨年、英国のEU離脱や米大統領選トランプ・ショックで日本の立ち位置、安保・外交政策の問題点が浮き彫りになりました。歴史の岐路、転換点をどう受け止め、対応するのか、メディアの役割も厳しく問われています。 その中で、今の貧困と格差、差別と分断、抑圧と閉塞(へいそく)・・・。これらをどう克服し新たな展望を見いだすのか-について、元日付の新聞各紙を見てみました。 「試される民主主義」(「朝日」)、「多文化主義の危機」(「毎日」)、「断絶を超えて」(「日経」)、「包容社会-分断を超えて」(「東京」)。それぞれ大型企画で真正面から核心に迫ろうとしています。「読売」ですら、元日付社説で「排外主義を煽(あお)るポピュリズムの拡大」に警鐘を鳴らしています。 しかし、大手紙では、事態打開の方向は明確ではありません。この点で、地域で暮らしと労働を読者と同じ目線で考える地方紙の役割はますます重要です。 北海道新聞社説「あすへの指針-分断を修復する努力こそ」(元日付)は鋭い内容です。 「グローバル化で生まれた格差・分断をローカル的な包摂で是正する」「顔の見える地域社会は『競争』よりも『共生』を優先する。身近で雇用環境を整え、福祉の拡充も目指したい・・・地方に力がつけば新たな試みが出てこよう」と。 「先人に学び局面打開を」というのは沖縄タイムス社説(元日付)です。米軍基地問題をめぐるきびしい現実も踏まえ、「分断と対立」「憎悪と不寛容」克服へ、「愚直で、寛容性に富み、ユーモアを好みつつ、抵抗の精神を失わなかった多くの名もない先人たち」から学ぼうと呼びかけています。「『危機』を『機会』に転換させる知恵と行動力」が必要だと。地方紙社説が示す方向に希望を感じます。(あべ・ひろし=新聞ジャーナリスト)2017年1月15日 「しんぶん赤旗」日曜版 35ページ「メディアをよむ-分断克服へ 地方紙に希望」から引用 大都会から遠く離れた地方に一定レベルの雇用環境が整えられれば、貧困と格差に疲れた人々が安息の地を求めて移り住むようになり、過疎化の問題を解消することにもつながります。政府も、地方再生は重要課題としており、是非積極的に取り組んでほしいと思います。
2017年02月06日

神奈川新聞の連載記事を本にした「ヘイトデモをとめた街-川崎・桜本の人びと」について、1月15日の「しんぶん赤旗」は次のような書評を掲載している; 「ぶち殺せ」「ゴキブリ」。口汚く差別を扇動するヘイトスピーチに抗議し、たたかった川崎市川崎区桜本の住民たちの記録です。神奈川新聞の連載を加筆・再構成しました。 桜本は在日コリアンが多く住む地域。2015年9月に住民たちが安保法制反対のデモを行った直後から、同地域にヘイトデモが襲いかかるように。これに対し住民は「共に生きよう」と声をあげ、国会や自治体を動かし、ヘイトデモを中止に追い込みました。差別を許さぬ輪の広がりが感動的です。神奈川新聞「時代の正体」取材班編「ヘイトデモをとめた街」(現代思潮新社 1600円)2017年1月15日 「しんぶん赤旗」日曜版 29ページ「本立て-ヘイトデモをとめた街」から引用 在特会が川崎市の桜本を標的にするようになったのは、桜本の人々が安保法制反対のデモを行った直後だったという記述には、在特会が何を考えているのかが分かるような気がして興味を惹かれます。不当な攻撃に対し、住民が声を上げて国会や自治体を動かし、遂にデモを中止に追い込んだのは、輝かしい民主主義の勝利だったと思います。私たちは、さらにヘイト撲滅の輪を広げるために、声を拡散していきたいものです。
2017年02月05日
世の中がトランプ大統領のめちゃくちゃな大統領令で大混乱になっているのに、オバマ前大統領のときの記事を引用するのは気が引けるのですが、安倍首相の真珠湾訪問について、恵泉女学園大学名誉教授の内海愛子氏は、1月15日の「しんぶん赤旗」に次のように書いています; 安倍首相が「和解と寛容」というきれいな言葉で包んでいるのは中国、アジアヘの加害の歴史と、沖縄でいまも続く米軍基地負担という現実です。 「和解と寛容」で思い出すのが、吉田茂元首相がサンフランシスコ講和条約受諾演説(1951年)でのべた「この条約は和解と信頼の条約だ」という言葉です。 サ条約は中国、韓国、北朝鮮が招待されない講和会議で結ばれました。アメリカをはじめ旧連合国とは和解できたかもしれませんが、日本が侵略し植民地支配をしたアジアを排除した「和解」でした。 吉田元首相は日米安保条約にも署名しています。「和解」は「安保」と一体でした。 稲田防衛相の靖国神社参拝と首相の対応に、この内閣の戦争観が表れています。 安倍首相はよく「戦後レジームからの脱却」といいますが、アジアを視野の外に置いた「和解」という自民党政治の古いレジームは踏襲したままです。 安倍首相は真珠湾で、「日本と米国の同盟は希望の同盟」だといいました。いま沖縄県民は島ぐるみで辺野古への米軍基地建設に反対し、米軍オスプレイの配備撤回を求めて不屈にたたかっています。 アメリカに行って大統領に会ったというのに、沖縄の米軍墓地についてなんの働きかけもせず逆に県民の意思に背いて墓地を押し付けている。誰のための「希望の同盟」なのでしょうか。<うつみ・あいこ 恵泉女学園大学名誉教授(アジア・日本関係論)> 安倍晋三という政治家は、後先を考えずにうわべだけの綺麗な言葉を並べて自己満足に浸ると取り巻きがそれを褒めそやすので、当人はますます調子に乗るという性癖があります。だから、上の記事のように、そもそもの経緯から論理立てて検証されると、たちまち化けの皮がはがれることになるわけです。真珠湾のスピーチで「和解と寛容」と言ってみても、慰安婦問題も南京事件問題も「和解と寛容」とはほど遠い状態です。最近はあまり聞かなくなった「戦後レジームからの脱却」も、憲法を変えれば脱却できるわけではなく、アジアとの和解が必要という指摘は、大変重要と思います。
2017年02月04日
アメリカの大統領が交代した直後の1月22日の東京新聞コラムに、ジャーナリストの木村太郎氏は、次のように書いている; ドナルド・トランプ第45代アメリカ合衆国大統領が誕生した。 「米国を再び偉大にする」と公約して当選した同大統領は、就任初日の20日(現地時間)からその公約を実現する施策を次々と打ち出した。 ■TPPからの離脱 まずは環太平洋連携協定(TPP)からの離脱と北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉だ。就任直後にホワイトハウスのホームページ(HP)で公表した基本政策に明記した。 「メキシコ国境の壁建設」にもすぐに手をつける。これもHPの基本政策に入れられた。議会にそのための予算計上を求める一方で、不法移民の犯罪者約200万人の国外退去を始める。 このほか「国境税」構想も最近浮上してきた。海外へ工場を移設した米企業の製品に高額の税金を課するものかと思っていたが、ドイツ紙とのインタビューでメキシコ製のドイツ車にも同税を課すと言いだしたので、トヨタも標的になるかもしれない。 テロ対策として、テロとの関連が疑われる国からの移民の禁止がある。 ■減税で年4%成長 景気対策では、子ども二人の平均的家庭の所得税を35%引き下げ、法人税は35%から15%に減額して消費を刺激し、年率4%の成長を実現する。 シェールオイルや天然ガス、石炭の開発規制を解除し、50兆ドル(約5750兆円)の産業の雇用を復活させる。 軍備増強にもすぐ着手し、特に海軍の艦艇は276隻から350隻へと大幅に増やす。 ■「米国第一」を考え こうした政策は米国に「偉大」さを取り戻すために効果的なのだろうが、その根底には「アメリカ・ファースト(米国第一)」という考えがある。 TPPなどの否定は「グローバリズム」に代わって「米国の利益第一」の表れだし、エネルギー資源開発の規制解除には「地球環境保護」よりも「米国の雇用優先」の考えが色濃く出ている。 軍備増強の費用は「同盟国も応分に負担すべきだ」となりそうなことは、大統領のこれまでの言動から覚悟しておかなければならないだろう。 減税と超大型公共投資は双子の赤字やインフレを心配させるが、同様に大盤振る舞いをしたレーガン政権は「プラザ合意」(1985年)で赤字のツケを日本などに回して解決した。その前例を踏襲するのか心配だ。 「米国を偉大にする」に異存はないのだが、裏返すとそれは「米国以外の国は偉大ではなくなる」ことにもなりかねない。 トランプ大統領の華やかな就任式典を目のあたりにしても、いまひとつ気が晴れない思いだ。(木村太郎、ジャーナリスト)2017年1月22日 東京新聞朝刊 12版 5ページ「太郎の国際通信-動きだすトランプ政権」から引用 この記事から読み取れるトランプ大統領の考え方というのは、今までのアメリカは諸外国に配慮をし過ぎて、自国の利益を犠牲にしてきたから落ちぶれてしまった。自分はそれを「アメリカ第一」の政策に切り替えて「偉大なアメリカ」を再現するのだ、ということのようです。このトランプ大統領の認識と発想は、基本的に間違っていると思います。TPPを推進してきたこれまでのアメリカは、他の国々の利益のためにTPPを推進してきたのではなく、アメリカに本社を置く巨大企業の業務が、さらに効率よく実行できる環境を整えるための政策だったのであって、他国に利益や便宜を供与するためのものではありません。今は、トランプ氏が「関税」で恫喝して大企業の工場がアメリカからメキシコに移転することを防いだとは言え、そんなものは一時的な現象に過ぎず、企業側は必要な時間をおいた後で、トランプ対策を打ち出してくるであろうと私は思います。「資本」は、マルクスが資本論を書いた時代に比べて、はるかに巨大化してきており、もはや「国境」の内側に留まっているわけにはいかず、国境を超えてグローバルな活動をせざるをえなくなってきた、これは歴史の必然なのですから、そんなことに智恵が廻らないトランプ氏が一時的な「関税」政策を持ち出したところで、そんなものはやがて「歴史の流れ」の中に飲み込まれてしまうと思います。したがって、トランプ氏が構想するような「アメリカ第一」政策は、多分失敗すると思います。木村氏が「いまひとつ気が晴れない」と落ち込んでしまうのも致し方のないところです。
2017年02月03日
東京工業大学教授の弓山達也氏は、私たちの社会の最底辺で暮らす人々について、1月22日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 公園から、いわゆるベンチが消え、座りづらい円柱状の「腰掛け」になったり、あったとしても一人用の仕切りが付けられたりするようになったのは、いつの頃からだろうか。べンチに横になることを防ぐ「野宿者対策」であることは容易に想像できる。 12月15日朝刊の「排除アート 芸術の陰に隠れた暴力」の写真には驚かされた。、野宿者が寝起きしていた高架下や歩道橋下に歩行するにも困難な石のオブジェが数多く置かれているようになったのだという。ツイッターでもこの写真は出回り、賽(さい)の河原のような光景に「どんな地獄ですか」との文字が添えられていた。おぞましいの一言である。 野宿者は、低賃金で都合良く使われ、景気が悪くなると切り捨てられ、社会のひずみに置かれた存在だ。かつては「ドヤ」と呼ばれた安い宿に住むことができたが、今は路上が生活の場となっている。日雇いやアルミ缶集めの仕事がなくなる年末年始には各地で炊き出しの支援が行われる。しかし、これすらも公園の施錠等によって締め出されている。「野宿者炊き出し 今年も排除」(12月28日朝刊)は、渋谷区の宮下公園をめぐって、こうした行政側の措置に抗議する人々をおっている。 31日朝刊には、29日から始まった山谷(さんや)越年越冬闘争の一環で開かれた「はじめての山谷講座」が取り上げられている。筆者もその場にいたが、中学生の襲撃にいつさらされるか分からない恐怖、その中での助け合いや「共同炊事」と呼ばれる炊き出しの意味が報じられている。共同炊事とは「施す/施される」という関係を超えて、山谷で暮らす人々とそこに心寄せる人々とが共に食事を作り、共に食べ、共にお茶を飲むという関係性の回復でもあるのだ。 記事は講座の紹介で終わっているが、この後に行われた共同炊事そのものの紹介もしてほしかった。そこでは互いを「仲間」と呼び、成田空港の爆音にさらされている三里塚から野菜が届けられ、いくつかの果物は先の宮下公園に運ばれるという人々のつながりの再確認や強化を見ることができたであろう。 今は高齢化が進んだ山谷が最も活気づいていたのは東京オリンピックの頃だという。2度目のオリンピックを前にあちらこちらで再開発が進み、日雇い労働者や野宿者にはより過酷な暮らしが待っている。しかし「山谷の男たちを撮影 本を出版」(22日)や「ホームレス自立支援雑誌がカレンダー」(24日)で報じられているように、彼ら一人ひとりに人生があり、生活があるのだ。私たちと違う「どこかの誰か」ではなく、私たちと同じ生活者が苦難にあえいでいるものとして向き合っていきたい。(東工大教授)2017年1月22日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ「新聞を読んで-野宿者も同じ生活者」から引用 年末年始の間は野宿者向けの炊き出しが行われるというニュースを聞くたびに、何故年末年始だけなのか、通常の日は何故必要ないのか、少し疑問に思っておりましたが、要は年末年始はどこも休みで仕事がない、従って日銭が入らない。特に、集めた空き缶を買い取ってくれる業者が休業しているという事情があるとは、知りませんでした。ここまで底辺になってしまうと警察の手も届かず、いつ不良中学生の襲撃に遭うかも分からない恐怖があるというのは悲惨です。行政は、ただ公園から閉め出すだけではなくて、有効な救済策を考えるべきだと思います。
2017年02月02日
法政大学教授の山口二郎氏は、安倍政権の政治の手法について、1月15日の東京新聞コラムで、次のように批判している; 南スーダンに派遣された自衛隊の新任務について、これは海外での自衛隊の武力行使を可能にするための、積極的平和主義に名を借りた駆けつけならぬ「かこつけ警護」だと思った。そしていまや、この「かこつけ」は安倍政治の本質を表す言葉となった。 成長戦略にかこつけて年金基金を株式市場に投入して損を出し、さらに地域活性化にかこつけてカジノ、とばくを合法化した。働き方改革にかこつけて、残業代を払わないことを正当化する労働基準法改悪(ホワイトカラーエグゼンプション)を実現しようとする。 極め付きは共謀罪(組織犯罪処罰法改正案)である。政府は、この通常国会に共謀を犯罪とする法案を提出する構えである。何と首相は、東京オリンピックのために共謀罪の新設は必要だと言い出した。オリンピックにかこつけて、人権を脅かす悪法を押し付けようとするとは牽強付会(けんきょうふかい)にも程がある。 菅官房長官は、共謀罪は一般市民には適用されないと言って、国民を安心させようとした。これこそ詐欺師の口車。誰が一般市民なのかを誰が決めるのか。 さしずめ東京新聞、特に「本音のコラム」を読んで意気投合している読者などは、真っ先に一般ではない人に認定されるかもしれないのだ。まずは共謀罪を止めるためにみんなで共謀しよう。(法政大教授)2017年1月15日 東京新聞朝刊 11版 29ページ「本音のコラム-かこつけ総理」から引用 菅官房長官が「共謀罪は一般市民には適用されない」と説明したそうであるが、この説明はウソである。過去に何回か提案された共謀罪法案に、そのような条文が書き込まれたことは一度もなかったし、今度出てくる法案にも書いてあるはずがないからで、これは山口氏が指摘するように典型的な詐欺師の口車である。そう言えば、国旗国歌法案を強行採決するときも、当時の文部大臣は「日の丸君が代を国民に強制する法律ではない」と何度も説明していたのであったが、実際には学校の現場で「強制」は起きているし、それで処分された教員もいるのであるから、あの時の文部大臣発言も典型的な詐欺師の口上であったわけである。私たちは、歴史を参考に、権力者の発言に注意を払う必要がある。ヒットラーが共産主義者の弾圧を始めたとき、ドイツ国民は「共産主義者だから、仕方ないだろ」と思った。次にヒトラーが労働組合を弾圧したときも、一般国民は「自分は労働組合員じゃないから、まあ、ああいう組合は仕方ないだろう」と思った。そして、ヒトラーが一般国民の言論の自由を弾圧したときは、もはや一緒に抵抗してくれる労働組合も共産党も活動できなくされていて、一般国民は民主主義を守る闘いに立ち上がることもできなくなっていたのであった。このような教訓に接するにつけても、私たちが民主主義を守るために共産党を中心にした野党共闘を進めることは、大変有意義なことだと思います。
2017年02月01日
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