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プロ野球・大阪近鉄バファローズの最後のオーナーである、田代和(たしろ・わ)氏が24日、死去していたことが分かった。86歳。田代氏は近鉄本社社長、会長を歴任後、金森前オーナーに代わり、02年から4代目の近鉄オーナーに就任。球団を解散する04年まで3年間、トップの座にあった。オリックスとの合併騒動の際は、近鉄本社の山口昌紀社長が前面に立ち、田代氏が表に出たり、合併に関して発言したりすることはなかったと記憶している。バファローズについてどう思っていたのか。一度は発言してほしかったと思います。ご冥福をお祈りします。
2013年11月29日
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(C)2013 フジテレビ 東宝映画「清須会議」この作品情報を楽天エンタメナビで見る歴史が好きなので期待していたが、史実をアレンジしてコメディーにするには限界がある。どっちつかずになってしまったのはちょっと残念。それでも各役者の演技は素晴らしかった。大泉洋の秀吉はまさにはまり役だった。武骨な前田利家、板挟みになる池田恒興、迷う丹羽長秀。ただ、織田信雄のうつけぶりや、ねねのはじけっぷりはやりすぎ。滝川一益が家来も連れず馬にも乗らずに帰ってくることなどあり得ない。もっと違うところで笑わせてほしかった。豪華キャストであるがゆえに、それぞれ見せ場をつくらねばならず、長くなってしまった。テンポのいいコメディーが見たかった。劇中三法師の母が松姫(武田信玄の娘)になっており、史実と違うと思ったら、そういう異説もあるそうだ。勉強になった。☆☆☆☆
2013年11月28日
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草軽電気鉄道の廃線は、旧三笠ホテル付近から、旧軽井沢銀座を経て、軽井沢駅まで続いています。旧軽井沢のロータリーの前には、「駅舎旧軽井沢」があります。建物の形は駅舎風ですが、北軽井沢とは違い本物の駅舎ではなく、土産物店・売店です。旧軽井沢駅は、戦前に移転していますが、駅舎売店は初代の駅跡に建てられています。駅名標もあって、駅っぽくはなっています。 ホームがあったのは、ロータリーがあったあたりだそうです。軽井沢駅前にあるデキ12形電気機関車。北軽井沢にあった模型の実物。今回撮ったのではなく、以前に撮影したものです。
2013年11月26日
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沿道に21万4000人も来たそうです。仙台にいたら、行きたかった!今季1軍で活躍した選手だけでなく、2軍選手や育成選手まで、コーチ、スタッフを含め、すでに帰国した外国人を除く全員がバスに乗ったのが良かった。後半出番がなかった鉄平や、2勝止まりの永井、1軍登板がなかった塩見、ルーキーの森、故障で育成にいる井坂らもバスに乗った。うれしい半面、悔しい思いもあるだろう。このパレードを刺激に、来季につなげてほしい。ただ、すでに戦力外で球団を去った人がそこにいないのが残念。かつてのドラ1の藤原や名前で注目された河田寿司、PL学園で活躍し期待された勧野、マー君と同期の山本、そして創設からの功労者である高須らも、乗せてあげたかった。高須はチームに残ることを打診されたが断って、現役にこだわって球団を去った。トライアウト後、他チームから声が勝ったと聞かないが、どういう形にせよ、納得のいく形で野球を続けてほしい。
2013年11月25日
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熊ノ平駅跡から2kmほど旧道のカーブを下ると、見えてきました。眼鏡橋こと「碓氷第三橋梁」の4連アーチレンガ橋が。さすがに大迫力。全長91m、川底からの高さ31m、使用されたレンガ200万個、現存するレンガ橋では最大規模のもので、93年には重要文化財に指定されました。1963年のアプト廃止まで使われていた旧線上にありました。 駐車場から、ちょっと遠かったのが難点。今回は上に登りませんでしたが、いずれは1日がかりでピクニックに来たいものです。
2013年11月24日
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軽井沢から、碓氷峠を旧道(国道18号)で下ってみることにしました。カーブは多いけれど、対向車も少なく、それほど負担のある道ではなかったです。紅葉には時季が遅かったのが、残念。信越本線横川-軽井沢は、長野新幹線開通に伴い、97年10月に廃止されました。熊ノ平は、横軽の中間にあった駅。歯車式のアプト式鉄道のころに活躍、アプト式廃止(1963年)後の66年に、信号場に降格されましたが、廃線まで残っていました。旧道の駐車場に止め、新設の階段を上ります。廃止から15年たっても、架線や線路が残っています。ホーム跡も変電所もあります。開通の記念碑、アプト開通の石碑などもあります。写真は熊ノ平駅跡から見た横川方面。トロッコ列車などを走らせる構想はありますが、果たして実現するかどうか。 こちらは軽井沢方面。レンガ造りの古いトンネルも見えます。沿線は廃トンネルの宝庫です。ここから「アプトの道」として、眼鏡橋(碓氷第三橋梁)まで遊歩道が整備されましたが、今回は車で下ります。
2013年11月23日
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軽井沢おもちゃ王国を後に、向かったのは白糸の滝。富士宮や日光など、同じ名前の滝は日本中にあります。白糸ハイランドウェイを軽井沢方面へ。 駐車場から150m。見えた。落差は3mしかないが、横に広がる白糸の滝。幅は70mもあります。この時季は水が少ないのか、迫力はいまひとつ。帰りに、イワナの塩焼き、鹿肉まん、五平餅を買って食べました。
2013年11月22日
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翌朝は、朝食バイキング、石庭露天風呂、プリンスホテルのこまくさの湯と入ってから、「軽井沢おもちゃ王国」に行きました。鬼押し出しの南にある遊園地です。ここには、ダイヤブロック、プラレール、リカちゃん人形、シルバニアファミリー、ままごと道具に木のおもちゃ、オセロや黒ひげなど室内ゲームなどで遊べます。園内には、ダイヤブロックで作った怪獣や飛行機、キャラクターなどがあちこちに。しかし、うちの息子は、外遊びのほうが好き。遊具に乗せないと納得しないので、まずは大観覧車に親子3人で乗りました。 高さ65mもあり、浅間山をはじめ、雄大な山々が四方に見えます。次に、「レッツゴートーマス・レッツゴーパーシー」。息子はパーシーのほうに1人で乗りました。乗り物はそれぐらいにして、森の中のアスレチック「わくわく大冒険の森」へ。30分500円と有料ですが、体を動かすのが大好きな子供に、これはうってつけの遊び場でした。 ヘルメットとひざあて、ひじあてを着けます。アルプスの少女ハイジのように、木からぶら下がるブランコに乗ったり、丸太やネットを慎重に渡ったり、 ロッククライミングのように、壁を足場やロープやネットでよじ登り、他にもターザンのようなロープ遊び、屋根裏部屋、らせん階段で登る塔と30分はあっという間でした。アスレチックの後は、ミニ動物園でポニーやミニブタ、ウサギを見たり、ハンモックに乗って遊んだりしました。 2時間たっぷり遊びました。
2013年11月21日
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万座ハイウエーは、除雪されていましたが、山肌には雪が積もり、路面が凍結している箇所もありました。スタッドレスタイヤに替えてきてよかった。今回宿泊するのは、「万座高原ホテル」。すぐ上にある「万座プリンスホテル」とは、同じ系列で、片方に泊まるとどちらの温泉にも入れます。歩いても行けますが、坂がきついので、シャトルバスが1時間に1本出ています。まずは、プリンスのほうに入ってみます。こまくさの湯は標高1800m。山や谷を見られる景色のいい露天風呂です。あいにく日没後だったので、明日の朝にもう一度入ってみようと思います。お風呂は混浴で、女性は1000円の湯浴み着を買うか、100円のレンタルタオルを巻いて入ります。男性は部屋にあるタオルを腰に巻けばOKだそうです。高原ホテルに戻って、夕飯後、石庭露天風呂へ。庭に8つの浴槽が点在。女性専用の1つ、調整中の1つを除き、この日は6つに入れました。中央に水晶の湯、手前から早蕨の湯、琥珀の湯、龍泉の湯、紅の湯、白滝の湯。それぞれ色も違い、温度も違っていました。子供もいろいろ入れて大はしゃぎ。こちらも混浴。さらにそのあと、一杯やってから、内湯の百泉の湯へ。ここにも露天風呂がついていました。翌朝は、朝食バイキングに行く前に、石庭の湯へ。日が出ていると、お湯の色の違いがよく分かります。白滝や水晶は黄色、龍泉や早蕨は薄緑色でした。さらにチェックアウトして、もう一度プリンスホテルへ。こまくさの湯からの眺めはやはり良かった。計4回混浴露天風呂に入って、腰に巻いた白いタオルが真っ黄色に。さすがに硫黄の含有量日本一の温泉です。
2013年11月20日
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気温10度を切るあまりの寒さに、鬼押し出しの散策はやめて、向かったのは、群馬県長野原町北軽井沢地区の中心部。ここには、昭和35年4月に廃止になった、「草軽電気鉄道」の「旧北軽井沢駅舎」が残っています。北軽井沢駅は、大正7年6月、地蔵川駅として開業。昭和3年に地蔵川に別荘地・法政大学村ができ、同大学村が駅舎を新築して寄付。駅名も北軽井沢になりました。草軽沿線で一番乗客の多い駅だったそうです。地蔵川は今も温泉や川の名として残ります。草軽電気鉄道はその名の通り、草津温泉と軽井沢を結ぶ鉄道。急勾配をトンネルも掘らず、スイッチバックとカーブで乗り切り、55.5kmを3時間もかかって走る高原列車でした。線路幅762mmの軽便鉄道は輸送力も弱く、山道でたびたび脱線し、バスに押されて赤字でした。直接の廃止の原因になったのは、上州三原駅手前の吾妻川橋梁が昭和34年8月14日、台風で流失して路線が分断されたため。 新軽井沢-上州三原は昭和35年4月25日、残る上州三原-草津温泉も昭和37年1月31日限りで廃止になりました。50年以上も前に廃止された鉄道の駅舎が残っているのは奇跡的。廃止後、02年ごろまで喫茶店として営業していたためで、07年には国登録有形文化財の指定を受け、保存されることになりました。塗装も新しくなり、駅名標も復元されました。駅舎の上に「H」の文字が見えるのは法大の略称です。ホームに止まっているのは、デキ12形電気機関車の実物大木造模型です。 デキの本物は、JR軽井沢駅前で保存されています。車体に比べてパンタグラフが長く、愛称は「カブトムシ」です。駅舎の中には、北軽井沢を中心とした沿線案内図や、運賃表もあります。安い。 木下恵介監督、高峰秀子主演の日本初のオールカラー映画「カルメン故郷に帰る」(昭和26年)は、ここ北軽井沢が舞台です。DVDを借りて見ましたが、なぜか貨車に乗っている高峰秀子が見られたりします。北軽井沢を後に、廃線沿いの道を通って、嬬恋村へ。JR吾妻線万座・鹿沢口駅からすぐ、吾妻川の対岸に残っているのが、草軽電気鉄道の「吾妻川橋梁」のコンクリート橋台の残骸。この鉄橋がたびたび流されたために、草軽が廃止になったのかと思うと、感慨深いものがあります。上州三原駅跡は橋台のすぐ先の駐車場になっていました。
2013年11月19日
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18、19日と連休だったので、群馬県は、万座温泉に行きました。日曜の朝10時半に家を出て、途中3回トイレ、食事休憩しながら、軽井沢に着いたのは午後2時。道がすいていて、思いのほか早く来られました。長野県から群馬県に入る道(日本ロマンチック街道)は、浅間山がきれいに見えました。有料道路の鬼押しハイウエーの中間、鬼押し出し園で休憩。雪をかぶった浅間山が、実に雄大にきれいに見えます。 しかし、寒い。鬼押し出し園の溶岩を見ながら1周散策するつもりが、あまりの寒さに断念。すぐに車に戻りました。 浅間山の噴火でできた鬼押し出しには、17年前に1度来ています。今回は、割愛しました。
2013年11月18日
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神代植物園を1周散策した後、「深大寺温泉ゆかり」に立ち寄りました。ここに来るのは3回目。約9年ぶりです。お湯は黒褐色。源泉名は城山の湯。ナトリウム塩化物炭酸水素泉。風水温泉と銘打ち、岩風呂の各方角に青龍、朱雀、白虎、玄武と刻まれています。洞窟風呂、香り風呂などがあります。1100円と高めがネックですが、歩いて汗をかいた後に、いい風呂でした。
2013年11月15日
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布多天神から歩いて、深大寺へ。お寺にお参りし、門前のそば屋や団子屋をのぞきながら、神代植物園に行きました。分園の水生植物園を1周して本園へ。この時期咲いている花は少ないけれど、サザンカや寒椿などもありました。結構きれいに咲いていました。正門付近では、菊花展が。菊の種類も花の形がいろいろあって面白い。花火のような形、オレンジの菊、見たこともないものがありました。 ダリアと言えば、夏の花だけど、まだ咲いていました。しかも、ピンクや白だけでなく、オレンジ、黄色、レモンイエロー、色とりどりでした。熱帯植物園にバラ園、噴水を見ます。パンパスグラスというススキのような穂がついた、南米の植物もありました。
2013年11月14日
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先日、調布まで出かけてきました。2010年のNHK朝ドラ「ゲゲゲの女房」の舞台でもあります。「ゲゲゲの鬼太郎」の作者の水木しげるさんがこのあたりに住んでいるので、それにちなんだモニュメントがあります。京王線調布駅から北に進むと、布多天神の御社に続く商店街。入り口の看板の上にも下にも鬼太郎がいて、出迎えてくれました。写真左下は地上にある「鬼太郎と目玉親父」。 しばらく行くと、「ねずみ男」がベンチに寝そべっていました=写真右上。その先には、「一反木綿に乗った猫娘」がいました=写真左下。 さらには「ぬりかべ」も=写真右上。この日は、七五三の子供を何組か見かけました。天神様にお参りしてから先に行きます。p.s.調布駅が地下になっていたのにびっくり。
2013年11月13日
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4つの資料館を巡っている途中、基坂下から港のほうにちょっと歩いてみます。海沿いにある石碑は、「新島襄海外渡航の地碑」。 現在、NHK大河ドラマ「八重の桜」でヒロイン八重の2番目の夫である新島襄は、1864年、ここから米国に渡航しました。もちろん密航です。そこからほどなく歩いたところには、「北海道第一歩の地碑」があり、いかりのモニュメントがありました。きょうの散策を始めた赤レンガ倉庫付近には、新島襄のブロンズ像があるそうですが、こちらには行きそびれました。
2013年11月11日
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北嶋三郎記念館の後は、特に考えていなかったけれど、坂の下から函館山を望む景色が素敵だったので、ぶらぶら登ってみることにしました。この坂は基(もとい)坂。坂の多い函館でも、名の通り基本となる坂です。坂の上にある、旧函館区公会堂のしゃれた建物が目立ちます。元町公園を横切り、公会堂へ。料金は300円ですが、末広町周辺の資料館・博物館とのセット券があります。2館セット、3館セット、4館セットとありますが、現在午後3時、帰りの飛行機は7時すぎでまだ時間があるので、4館共通券(840円)でひと通り回ってみることにしました。まずは、「旧函館区公会堂」へ。ここは以前に来たことがあります。明治43年建築の洋風建築。青地に黄色い縁取りが生えます。左右対称の作りが特徴です。 貴賓室や、130坪の大広間。そして、2階のベランダからは、港が見下ろせます。雄大で目を見張る景色です。鹿鳴館のころのように、ハイカラな衣装に着替えて写真を撮れるコーナーもあります。公会堂の後は、坂を中腹まで下り、「函館市旧イギリス領事館」へ。まずは、庭に回ってみます。洋風庭園は、ブロンズ製の噴水に、ガゼボ。ちょうどバラの季節で多数咲いていました。 太平洋戦争が始まる直前の1941年まで英国領事館として使われていただけに、歴史があります。開港ミュージアムとなった資料館を回ります。ペリーが函館も開港していたなんて、すっかり忘れていました。2階から下りてくると大きな世界地図が。当時の箱館(函館)を中心に、床一面に世界が描かれています。3館目は、「函館市文学館」へ。函館市出身・ゆかりの文学者の資料館。久生十蘭や今東光・日出海兄弟、最近の作家では辻仁成も函館の出身とのこと。2階の1フロアを使って、石川啄木の直筆の書などを集めています。啄木は恨みがましくてあまり好きじゃないけど、根強い人気があるのでしょう。4館目、最後に訪れたのが「北方民族資料館」。実は、4つの中で一番訪れたかったのがここです。北方民族とは、アイヌだけでなく、サハリンやシベリアの原住民の資料を集めた資料館です。祭祀の道具や、舟、楽器、首飾りなどの服飾品、毛皮で作った洋服=写真などが見られました。
2013年11月10日
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五稜郭の後、向かったのは末広町。電停のすぐ近くの、ホテルの中にあるのが「北島三郎記念館」。当地出身の大物歌手・北島三郎を堪能できる資料館です。サブちゃんの大ファンというわけではないが、興味があって寄ってみました。1500円が市電割引で1400円になりました。入り口の題字は、北島の恩師、作曲家・船村徹氏の手によるもの。中は、職員の方の案内で進みます。この日は他に客がおらずマンツーマンでした。所々にサブちゃん本人による音声案内があります。北島三郎=本名・大野穣は、青函トンネルの出口に近い知内町の生まれ。家は漁師で、生まれたころはニシン漁で栄えたが、やがてニシンの不漁とともに貧乏に。子供のころのサブちゃんの写真を見ましたが、すぐに分かった。鼻の穴の大きさで。海で人命救助をして、新聞に載ったこともあったそうです。中学を出たら働くつもりだった大野少年は成績優秀だったため、函館西高に進学。早朝5時半の汽車で毎朝、1時間半かけて通っていました。当時の「渡島知内駅」が復元されています。この駅は88年に廃止された松前線の駅です。 鉄道マニアとしては見過ごせません。その横には汽車の中の模様が。ストーブの前の大野少年(の人形)が食べている弁当に黒いものがかかってる。あさりの佃煮かと思ったら、なんと黒砂糖。サブちゃんは甘党で酒は飲めないそうです。僕も座席に座ると、車窓が変わり、だんだん明るくなってきました。やがて函館山、函館の街が見えてきます。この後は、青函連絡船で上京した時のセットや、新宿・西大久保に住んで、7年間渋谷の酒場で流しをしていたころのセットが続きます。流し7年は凄い。船村徹に目を掛けられてデビュー。レコードジャケットがずらり。僕が指さしている位置が、ちょうど大ヒット曲「函館の女」。「兄弟仁義」も見えます。 北島三郎ヒストリーを堪能した後は、3階に上がって、代表曲「まつり」のステージを見ます。曲が流れ、スモークが出て、左右のスクリーンに映像が。宝船のセットも光ったり動いたり。ピンボケになっちゃったけど、凄いセットだ!セットの一番上では、サブちゃんそっくりに作られた人形が人間のような動きを見せます。 なお、写真はOKですが、動画撮影は禁止です。6分間のまつりライブステージを堪能して、最後に、等身大のサブちゃんのブロンズ像とがっちり握手。手形はサブちゃん本人からとられているので、本人と握手してる感じでした。40分、じっくり回り、堪能しました。
2013年11月09日
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青函連絡船・摩周丸を見学した後は、市電に乗って五稜郭へ。83年8月以来、実に30年ぶりの再訪です。あまり大きい城ではなく、30分~1時間ほど散策するのにちょうどいいくらいの大きさ。お城の中央に、「箱館奉行所」の大きな建物がありますが、以前はなかったもの。2010年に復元されたばかりだとか。中には入らなかったけれど、一度は見学してみたいものです。 星形のお城なので、予想もしないところに堀や石垣があります。石垣の上に登ったり、降りたりして1周します。五稜郭タワーが見えます。今回は昇りませんでしたが、以前昇ったことはあります。 堀の周りをジョギングする人が目立ちました。五稜郭見学後、五稜郭タワーの2階のカレー店「五島軒」で昼食。あいがけカレーは、左が明治のカレー(ポーク)、右が欧風カレー(ビーフ)。おいしかった。900円が市電割引で5%引きになり、855円でした。
2013年11月08日
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十字街電停から市電に乗って、まずは函館駅前へ。駅前のデパート和光の6階に、鉄道博物館があるというので行ってみると、なんと閉館。10月いっぱいでビルを閉めて、高層ビルを建て直すためで、1階しか開いていなかった。気を取り直して港へ。「青函連絡船記念館摩周丸」へ。市電一日券で500円が450円に割引になりました。摩周丸が停泊している位置は、かつて青函連絡船の桟橋のあったところ。今は、函館駅とつながっていないけれど、当時は長い距離を歩いて船に向かっていたのです。僕は、青函連絡船には計7度乗船、この摩周丸にも乗ったことがあります。おぼろげな記憶を思い出しながら、中に入ってみました。 初めて青函連絡船に乗ったのは83年8月。以後、88年3月の青函トンネル開通まで4回北海道に渡り、4回目は開通したばかりの青函トンネルを、急行はまなすの1番列車で帰ってきたのでした。摩周丸のほか、羊蹄丸、八甲田丸などに乗ったと思います。4時間の船旅は、北海道に渡る待ち遠しさで長く感じられたものです。函館湾がきれいで、航海に出たくなります。運航中は当然入れなかった運転室などに入ってみます。ロープ結びのコーナーもあり、やってみました。ボーイスカウトのころ、どうしてもできなかったもやい結びは、やはりできませんでした。忘れてはならないのが、1954年9月の洞爺丸事故のこと。洞爺丸以外にも5隻が沈没し、1500人以上の犠牲が出た海難事故史上空前の大惨事。事故を分析しているコーナーは必見でしょう。あれから60年。2年後には北海道新幹線が開通するわけで、時代が変わったことを認識させられます。
2013年11月07日
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ラビスタ函館ベイを9時すぎにチェックアウトした後、昨夜、イルミネーションを見た「金森赤レンガ倉庫」を散策します。函館湾を1周するクルーズもあります。乗らなかったけど、気持ちいいだろうな。倉庫の中は平成になってから改装されてショッピングモールになっていますが、20年ほど前に1回来たこともあるし、買い物にあまり興味がないので素通り。ラビスタで、函館市電の一日乗車券(600円)を買ったので、きょうは路面電車を使って観光に行くつもりです。その前に立ち寄ったのが、十字街電停近くの「箱館高田屋嘉兵衛資料館」。 淡路島出身の高田屋嘉兵衛は、江戸時代後期に、函館を拠点に北洋漁業、北方開発を行い函館の発展に寄与した豪商。立派な蔵が2つ並んでますが、嘉兵衛の時代のものではなく、明治時代の建造とのこと。蔵の中には、日本初のストーブ(復元)や、嘉兵衛が乗った辰悦丸の模型をはじめ、高田屋ののぼり旗、漁具などの展示がありました。
2013年11月06日
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夕飯、晩酌、散歩の後は宿に戻ります。宿泊したのは、「ラビスタ函館ベイ」。08年にオープンしたばかりで、きれい、設備も行き届いている。朝食のおいしいホテルランキングで全国1位に選ばれた人気ホテルです。最上階13階の大浴場は温泉です。 12階の部屋に入り、館内着に着替え、湯籠を持って温泉へ。温泉や食堂に行くとき用の黒い館内着と、寝るとき用の白い館内着と2種類あるのがうれしい。温泉「海峡の湯」は強食塩泉。源泉かけ流しの浴槽とそうでないものがあります。源泉に入るとびりびり来ます。肌がつるつる(というかぬるぬる)になりそう。露天風呂からは港の夜景がきれい。先ほど散策した赤レンガ倉庫、反対側の函館駅方面を見ると青函連絡船摩周丸の明かりが見えます。壺風呂、ヒノキ風呂、サウナ、岩盤浴などひと通り浸かり、涼み処ではサービスのアイスを食べて休憩。翌朝は、部屋にあるコーヒーミルで、自分でコーヒー豆をひいて飲み、7時半に2階の食堂へ。自分でよそって作れる海鮮丼で、たっぷりイクラを掛けました。たらこ、サーモン、イカ、甘エビも載せました。デザートもヨーグルト、ブルーベリー、ケーキ、白玉アズキなど各種食べます。食材は地元のものにこだわっているようです。海鮮丼は1杯でおなかいっぱいになってしまいました。僕が行ったときはそれほど並ばなかったけど、食事を終えて出てきたら、エレベーターまで人が並んでいました。早めに行くのが正解。冷蔵庫に備え付けのミネラルウオーターをもらって、9時すぎにチェックアウトしました。実は、忘れ物(旅のノート)をしたのだけれど、着払いでいいから送ってほしいと頼んだら、レタックスで送ってくれました。本当にありがとうございました。さすがに人気ナンバー1のホテルなのもわかります。また泊まってみたいと思わせるものがありました。
2013年11月05日
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江差線に乗った後、特急スーパー白鳥で18時56分、函館に戻りました。函館の港湾沿いの宿にチェックインした後、夕飯を食べに出ました。函館ベイ美食倶楽部の中の店を物色し、回転寿司の「まるかつ水産」=写真左=に入りました。地魚の皿中心に食べました。ネタが大きい。イクラ、イカポン酢、生ニシン、カニバラ身(味噌付き)、アブラコ(アイナメ)、ホッキ貝、黒ソイ、赤カレイ、サンマなど10皿も食べるとおなかいっぱいになりました。 寿司を食べた後は、1杯やりに地ビールを作っている「はこだてビール」=写真右=へ。フルーティーなヴァイツェンの「五稜の星」に、苦い味のケルシュ「北の夜景」の2杯を飲みました。酔い覚ましに、周辺を歩いていると、海沿いがきれいに輝いている。赤レンガ倉庫がライトアップされていました。
2013年11月04日
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楽天イーグルスが、日本シリーズで巨人を4勝3敗で下して日本一。30連勝のマー君に土をつけられたときは、さすがにもうダメかと思った。89年の日本シリーズの、近鉄の逆転負けが頭をよぎった。しかし、美馬が2試合連続の好投。巨人打線の不調。うれしい誤算があった。田中と則本には、かなり無理させて心配。壊れなきゃいいけど。160球完投の次の日、連投なんて人間業じゃない。リリーフ陣は不安とはいえ、他に投手がいないわけじゃない。3点差なら、出してもよかったんじゃないか。ともあれ、僕にとっては、応援しているチームが初の日本一。じっくり味わう時間はなかったが、これから徐々に実感になるだろう。
2013年11月03日
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車掌車を改造した待合所がある桂岡。続いて中須田。貨車改造の駅舎があります。 左手の丘に、風力発電のでっかい風車の羽根が見えてきました。高さ20mの丘の上に、58mもある塔。年平均6.4mの風速がある地で、来年3月までに12基を設置して稼働する計画です。北海道で風力発電は5カ所目とか。目立つなあ。上ノ国町の中心駅・上ノ国。天ノ川駅に風力発電。面白い町だと思います。 さあ、あとは終点の江差だけです。左手に日本海が見えてきて、終着駅のムードが高まってきました。江差には、15時51分に到着しました。 江差駅は、江差追分で知られる江差の町中から南に1kmほど離れています。そんなこともあって利用客が伸びなかったのかなあ。今は、函館への直通バスもあり、客を取られました。16時16分の列車で折り返しました。もし乗りに来なかったら、こんな山岳路線で面白い路線と気づかないままだったかもしれない。ありがとう、江差線。
2013年11月01日
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