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斜めからインドネシアを見る 928もうずいぶん長い間日本にいるような気がする。金曜日に、病院へよったので、家へ着くのがいつもより二時間ほど遅かった。パンダと熊の大きな縫いぐるみが入っている大きいトランクを抱え込んだのをいち早く、小一になった孫が、見つけて、飛びかかってきた。直ぐに、娘と妻はそれぞれ、自分たちは行く処があるからと云って、帰ったばかりの私を放っておいて、というより、孫二人を私に押しつけて、出ていってしまった。足や喉が痛いのに、下の子を保育園まで迎えに行って、その後、上の子の自転車の補助輪を買いにちょっと離れた自転車店へ行った。結局それがなくて、注文をしてきた。 06:00には起きて、上の子とを連れて、06:30のラジオ体操にやはり、ちょっと離れた公園まで出駆けて行った。これがまた、何十年ぶりかの夏休みのラジオ体操へ参加したことになった。60年近く前と同じようにスタンプ帳にスタンプをしてもらう。それが肝心なのは変わらないから面白い。ラジオ体操第一は、先月から会社でやっていたので問題なかったが、第二は忘れてしまっていて、ぎこちなかった。孫はもっとぎこちなくて見ていて可哀そうだった。ぜんぜん、知らないことを、いきなり本番になったようなもので、大変だろ言うなと感じたが、本人は、同じようにできないことを、あまり苦にしていないようで、安心した。自転車についても、同じで、日本の小学一年生のほとんどが、もう、自転車に乗れる。しかし、彼女は乗れない。そこで、私が自転車を買って特訓しようとたくらんでいるのです。鉄棒の逆上がりができないことも解消してやりたいと思っている。 10:00から、12:00公民館で理科の実験教室があるので申し込んである。お父さん、上の子を連れて行って、手伝ってほしいと、娘から頼まれた。カイワレの成長実験や葉の変色実験、それらに加えて、長い紐と短い紐の揺れからの違いの観察など、盛り沢山。小学生の子供たちだけでは難しさも長時間もたせられない、内容だと思う、それも、いかにも、抜けたような、男の子と同じ仲間になってしまって、そのじっとしていない悪ガキの沈め役と孫の手伝いと、余計なことで、指導者の不備な点を補完する役割も自然にしてしまうし、全く、二時間も、余計なことをしたと思うが、貴重な経験を孫と一緒にしたと思う。パンガンダランのジャングルを歩きまわっている自分と別人だと思う。タイムスリップと云うか、他の宇宙へワープしたというか、面白い。 雷混じりの雨と風、当然中止かと思われた、安倍川の花火大会が、強行され、それの会場まで送って行く役目を19:00前に、言い渡された。終ってからの迎えも、である。 ほっと出来たのは、22:00である。びっしり、一日中埋め尽くされた行動は、もうずっと前から、この家にいるという錯覚をするには十分であった。
2011.07.31
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斜めからインドネシアを見る 927静岡駅へ着いた時の高校野球の静岡県大会決勝戦が始まった。タクシー運転手にどことどこかと聞いたら、静岡と磐田だった。その後忘れていたが、夕方になって、母校が甲子園出場を決めた事を知った。おめでとう。一回戦くらいは勝ち抜いてほしいと思う。ガルーダ機内はガラガラ、今回の運賃は10万円弱でした。燃料サーチャージがかなり上がっているにしては安いと思った。それでも、今は往来が少ないのでしょうか。聞く処によるとレバラン前何日かは今の二倍以上だとか。会社の大部分の日本人もこの時期の帰国を考えている。会社が負担すると思うが、人数が多いだけに、負担は大きい。気の毒である。今回は旅行会社に席を予約しないように云ってあったが、予約をしてしまってあった。だから、予約がどの席だったかなどチェックしていなかった。カウンターで席を注文したら、もう注文してあって、エコノミーの一番前だと言われ変更できないと言われた。一番後ろを注文するのが普通だったが、事もあろうか、一番前とは。ショック。機内へ入って直ぐに、客室乗務員の人に、ドアがしまったら、すぐ、四つ開いている真ん中のシートがあったら、知らせてほしいと頼んだ。その、客室乗務員は日本人で美しい人でした。ドアが閉まったとほとんど同時に「沢山ありますからどこでもどうぞ」と云いに来てくれた。私の列は10でしたが、何と11の列が空っぽだった。目が覚めた時に、朝食を配り始めていたくらい、ぐっすりと、眠らせてもらった。 この日は成田でオマケを付けた。四日ほど前から右足親指の付け根に切り傷を受けたような痛みがしだし、その部分は切り傷が見えないで、ただ、黒い5mm×3mmくらいの楕円が見えるだけである。歩きにくく、足の甲まで晴れてきてしまっていた。と、同時に喉が痛み出した。あの寒さを感じた時からである。知恵熱などでは当り前ですが、ちょっとだけ深刻に考えて、成田空港第二の日本医科大学成田診療所へ依ってみた。あの、パニック障害(その時には知らなかった)で、死ぬかと思って飛び込んだ時とずいぶん気分は違っていた。 足の血を抜いて消毒してお終い。喉は治療なし。痛み止めと可能止めと副作用防止の胃薬を処方された。3割負担の1200円を払った。この時にまた、おまけ、1月に海外傷害保険に加入してくれて、保険証を携帯していた。この診療所はこの保険が適応される。そこで、控えを出して、ふと見たら、3月末で期限が切れていた。三カ月間しか入っていなかったのでした。一年加入だと思い込んでいたので、今年末まで有効だと思っていた。そこで、国の健康保険証を使った。只か、1200円かの違いなので、ま、いいか。 早速、月曜日に確認してみようと思う。今は孫たちとくつろいでいる。インドネシアからの土産のパンダのぬいぐるみ、2000円。成田第二の成田エクスプレスのフォーム。
2011.07.30
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斜めからインドネシアを見る 926二回連続の大失敗でした。もう、嫌になってしまう。前回は空孔へ到着する直前にコンピューターを持ってこなかったことに気が付いて、やむなく、フライトを次の日に変更した。今日は、23;15のフライトだったが、早めに18:30に家を出て会社からドライバーを使って19:00に出発すると云う、余裕があるスケジュールにした。ところが、会社へ着いてから、一番大きなバゲジを車に積んでなかったことに気が付いた。ドライバーに家まで云ってもらったが、一時間かかってしまい、結局、家を出たのが20:00調度でした。空港には順調に21:30頃着いたが、空港で時間が無く、ブログの送信をしている暇がなくなってしまった。ボーディングパスを受け取るのに20分、イミグレを通過するのに20分、まったく、時間がかかってイライラする。これも、私がトランクを持って出なかったからです。こんなことは全くの始めて、やはり、注意力散漫と云うか、思い込みが激しいというか、いずれにしても、年齢の仕業と思うしかない。 結局、グログはアップできずに機内へ入るしかなかった。パンガンダランのラフレシアとその他の写真を追加しました。http://nanbuindonesia.web.fc2.com/page238.htmlhttp://nanbuindonesia.web.fc2.com/newpage123.htmlヤント君が中国から、インドネシアへ戻ってきていて、久しぶりに、会社へ招待をした。押出のスタッフのほとんどは彼と一緒に仕事をしていたことがあるので、懐かしそうだった。中国で中国語を一年勉強して、また、日本の静岡県立大学大学院へ復学し、卒業は2013年4月予定だ。私が、保証人をした中での最優秀人間である。ただし、もう、結婚を考えないと、遅すぎることになってしまうのを心配する。会いごとにいつ結婚式をするのかと、私が尋ねるので、またですか。といわれるが、父親きどりの私としては、気になるところです。 一緒に昼食をとったが、やはり、何年、日本にいても、インドネシアにいる時ぐらいはインドネシア料理を食べたいようだ。会社の近くのワルンでテンペイ、タフゴレン、アヤムゴレン、それにナシ、スプーンやフォークを使わないで手で食べていた。やはり、それが、インドネシア人の平均的な好みがと思う。今度は、日本のどこかで会うことになると思う。 日本にいるインドネシア人に土産物を用意した。サリワンギ(紅茶パック)やブブールインスタンやその他のブンブ(インドネシア料理には欠かせない、出汁のようなもの、味付けの基本になる)も買った。
2011.07.29
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斜めからインドネシアを見る 925久しぶりに脳みそを使って疲れた。昨晩急に寒気を感じて、このインドネシアで、冷房は切って、毛布を二枚掛けて丸まって寝た。風邪かもしれない。22:00に寝て、起き上ったのは09:00でした。大分良くなった。脳を使いすぎて知恵熱か?31日からプアサに入るが、インドネシアに始めて来た時は2月だったと思う。一年に10日ずつ前になる。それだけ長くインドネシアと係わってきたということです。プアサの時期の従業員の様子は大分変ってきた。昔は、もともと、地方から出てきた若者が多く、普段の食生活が不十分で体力が無い上に、昼間、食事をしないのですから、動きが非常に悪くなったし、重いものを持とうとしなかった。仕事の量が明らかに減って見えた。今は、普段十分すぎるくらいの食事をしているので、断食はあまり、動きに影響しない。その上、昔に比べると、毎日のプアサ開けの食事が豪華になっている。また、食事会の回数も増えているようです。会社の上司が持ち回りで部下を家に招待して食事をすることも多くなっている。とにかく、ラマダンは難行苦行を共に経験し、同胞感を深める、という趣旨らしかったが、今は、難行苦行ではなく、レバランを含めて一か月がイスラムのお祭りの様に見える。プアサ開けには、相当、ダイエットになっている人が多いと思いきや、太ってしまっている人の方が遥かに多い。普段の生活で太って、プアサで太って、15年前に比べると、明らかにメタボ人間が増えている。また、プアサをしない人も増えている。会社としては、この期間イスラムの人には昼食は準備しない。その代わり、お金を渡す。だから、会社の中では昼食を取れません。しかし、外に出て食事をする人は明らかに増えているし、会社の塀の外に来ているカキリマで食事をする人も増えている。妊婦や生理中の人、病気の人はもともと断食をする必要はないということになっているが、自分は病気だと言って食べている人が多い。病人には見えない人達です。会社は二回目のプアサを迎えますが、勤務時間を変更するのでしょうか。道端の果物直売店四種類旬の果物が置いてありました。果物の名前、分かりますか。カプック、何の木か知っていますか、綿の木です。ジャカルタにこの名前の町がありますね。
2011.07.28
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斜めからインドネシアを見る 924 昨日のことは本当の話。インドネシアらしいでしょ。この話の裏付けになるかどうか知りませんが、その担当者は、お客様セービス関連の小柄で可愛いい女性でした。隣に、同僚がいて、その女性も相槌を打っていたから、口から出まかせで云っているのではないと納得してしまった。当分の間、支払いもしなくて済むし、電話を切られることも無いと。 今日、明日はどこへも出かけずに、在宅勤務とした。やることは、機械や装置、金型の購入依頼の手続きの資料作りなので、集めた資料を分類したり集約したりした後、全体の構想でいくらかかるかを出す。それぞれの金型、装置、機械の必要理由と、状来、これ等で作ったものが、会社にどういう貢献をする可能性があるのか。最期に、入手までもと試作終了までのタイムスケジュールを作ることになる。 アドバイザー(顧問)と云えども、私がアドバイスしても、これ等の書類をすべと整えることができる人はいないので、これは自分でやるしかない。そもそも、私がこの会社に与えようとしている装置と技術はこの会社に全く無いもので、本来なら、技術提携という形で、相当な金額が支払われて、ぜひ、それらを作っていただいて指導していただきたいので、予算はこれくらいでよろしいでしょうか。と、お願いされても、この会社にとっては、かなりのメリットが生ずるシロモノだと思う。 だが、私の方から、こういうことをやらせていただきたいので、ぜひ作らせてくださいとお願いしなければならない。どう考えても変な話だと思う。こんなに細かく、図面と共に金額を出して、見積もりもインドネシアから出してもらい、日本で同じもの作るのに掛る金額の三分の一で済む、輸送費も込みで、です。何人かのお伺いを立てる人たちに事前にこういう準備をしています。いつごろ、購入申請に必要書類を渡しますから、迅速にその後の手続きをお願いしますと、根回しもしておかなければならないので、それもしてある。 その技術がどれほどの利益をもたらすのか、私の申請書を眺める人達に分かるはずがない。場合によっては、こんな申請書の書き方では、上に回せないと、その人に理解できないのだから、云われる可能性もある。云われないにしても、そんなうまい話があるの?と疑われることは必定でしょう。それでも、今回、まとめを二日間でした。8月早々提出をする。 なんで、私が、こんなことをしなければならないのと思う。サソリの赤ちゃん 一人前の毒を持っているそうです。チャガールアラムの東側におおくいて、そこら中に二三センチの穴があいている。細いヒゴで吊りあげることができるが、禁止になっている。昼間地上を徘徊することは無い。今回のサソリは大きな石ころをどけたら、そこにいた。
2011.07.27
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斜めからインドネシアを見る 923私のインドネシアのHPがクローズされてしまった。23日の夕方でした。原因は料金の不払いと思い込んだ。と、思うには理由があった。4月頃から、テルコムセルのコンピューターが私に非常に不利になる故障をし始めた。請求金額が異常に多くなった。理由は、パケットでネットの契約をしているのだが、パケットでなく一分間ずつ使う、一番高い料金の二倍の請求が来てしまっていた。例えば、40時間に二千円の契約をしてそれの時間を消化してゆく、一回ずつの接続が終わる度に、SMSで、「あなたは何分使いました。残りは、何時間何分です。契約は何月何日までです。」とはいる。それが、変になったとは、同じSMSが二回入るようになった時からでした。それは、今も続いている。ということで、接続していれば、パケットの残り時間は着実に少なくなる。それはいいのだが、請求書によると、パケットを5分使うと一分間3.5円を5回使ったことになっている上に、SMSが二回はいいている分それを二回、使ったことになり、5×2×3.5=35円の請求になってくる。四十時間使ったとすると、契約の二千円だけ払えば良いはずが、40×60×2×3.5=16800円になる。6月(5月使用分)は、40時間(二千円)と24時間(千円)のパケットを使ったので64×60×2×3.5=26880に3000円を足し、いたん通話と基本料気を合計で、三万二千円ほどの請求が来て、切られては困るので一応支払った。その後、すぐに、テルコムセルにクレームを付けた。間違いは5月(4月使用分)に支払った分からなので、過払いは四万円くらいになっていた。クレームを付けた後の7月請求も異常に高いままだったので、先方に連絡して、自分が使った分だけ計算して、今まで余計に払った分が消えまで、払わないと宣言し、担当者の了解を得た。担当者も、人間の能力ではそんなに激しく長時間に渡ってネットに繋げ一分で切り、また何秒を掛らない後にまた接続するそれを何十時間も続けるなどはできない事を承知している。だから、7月(6月使用分)は払っていない。そして、HPがノーネットワークの表示になってしまったので、やられた、切られてしまった、と思ったのです。テルコムセルに今朝電話した。HPを切らないと、約束した担当者と話した。実は約束通り、切られていなかった。チップが壊れてしまったのでしょう、新しいものと交換するしかないと言われた。さあどうする。急いで新しいチップを手に入れなければならない。私に連絡したい人に迷惑を掛けてしまう。ジャカルタの本店なら、番号を変えないでチップを作って渡せる、しかし、届ける人がいないので明日か明後日になってしまう。それも何時と指定はできないという。待っていられない。受け取りに行くしかない。10:00に会社から出て13:00にテルコムセルについてチップを受け取り、14:00にアクティブになった。電話番号も替えなくて済んだ。やれやれである。自分で車を運転しているから出来る技でした。その後、どうしちゃったのと、何人からも云われてしまった。それでも、不通になったのが土日だったのでちょっと助かった。とても、二日間など待てるわけがない。こういう状態になったのは私だけでしょうか。そうだとしたら宝くじに当たるより稀な事態なのでしょうか。行動力を試されたような事態でした。それにしても、私担当のコンピューターの故障いつ正常にもどるのでしょうか。請求書通りに支払わなくても切りませんというのも、その担当者、どんな権限があるのでしょうか。不思議な融通の効かせようですね。レバラン前の帰省(ムディック)時期の数少ない列車の乗車券は既に完売である。道路の修理も急ピッチで行われている。特にスマトラ南部の国道の状態が悪いようで、その、修理は間に合わないことは確実だと、ニュースで流されている。
2011.07.26
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斜めからインドネシアを見る 922日本は今日、震災三県を除いて、アナログ放送を終了しましたね。テレビを見ることができなくなった人が何人かいるはずですね。100%は難しいということです。何年も前から、今日の事を伝えてきた。それでも、デジタル放送対応に交換しないかできない人がいる。老人、一人暮らしの家でも交換していない人が多いでしょうね。古いテレビ受像機を使っている日本人が、NHK国際放送が入らなくなることを心配している。今まで入っているのだから、それは当然デジタルで、日本の場合と違うよ、と言ってやっても、心配のようだった。結局、今まで通りだと言っていた。面白いですね。一か月と四日ぶりのゴルフでした。結果はどうであれ、南国の太陽のもとでのびのびと楽しむのは捨てがたい楽しみである。ジャングルの中を上り下りで息を切らせながら歩くのは息が上がって、途中で何度も休みたいと思うが、若者が、休みますかと聞くまでは、私の方から休もうとは言わない。それと似たようなものでゴルフはカートを使うが、カート道からフェアウエーの中央より向こうへボールがある場合は打った後カートに戻らないで歩くことにしている。 インドネシアの交通取り締まりは、一般道ではバイクの免許証チェック、高速道路は路肩走行、トラックの荷物の積み方、それと低速車、そのくらいのものです。バイクの数が半端じゃないと事は、書いたが、まだまだ、ここ数年は増え続けるでしょう。小学生の通学にも何人乗りかで使っている始末。喫煙やバイク通学とゴミのポイ捨ては、学校も推奨しているのでしょうか。道端で、警官がバイクを止めて免許証の提示を求めている情景は頻繁に見られれる。免許証を持っていない場合は、バイクを没収される。免許証を持っていてもヘルメットを被っていなければ、罰金、それをその場で払えなければバイクは没収される。いずれも、後日罰金を払えば返してもらえる。一説によると、バイクの数が10に対し、免許証を持っている人の数が6だという。車の運転免許証でバイクは運転できない。日本の様に何種類かの免許が一枚の免許証に書かれているのではないから、それぞれ別の免許証を持っていなければならない。だから、明らかに、無免許運転が、40%以上ということになる。このラマダン時期には、警察は小遣稼ぎで交通の取り締まりを厳しくする。車の免許証所持のチェックの為の取り締まりは無い。また、速度制限オーバーの取り締まりもない。だから、警官が其処らへんに大勢いても、込められることは全くない。ぜんぜん心配をしない。 今回のラマダンが始まる日は今月の31日説が有力です。例によって直前にならないと正式発表されない。
2011.07.25
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斜めからインドネシアを見る 921なぜかは知らないが子供の日(Hari anak)です。学校は学年変わりの休みだと思うが、今日は何か催しがあるのでしょう。道沿いの学校の付近は賑やかで渋滞の原因になっていた。テレビも子供の日特別番組をやっていた。09:30西海岸のウミさんのワルン(ここはテント張りのミニレストランです)から出発、16:00頃チカランの家に戻った。この四日間で6時間以上の運転を4回した。昔と比べれば、ずいぶん楽になった。片道平均13時間掛っていた頃には、三連休で一日めて三日目は終日運転、二日目だけが現地で活動できた。例えば、午前中、朝早くヌサカンバンガンへ行って、昼ごろ東海岸へ戻って、そのまま、ジャングルの中へ入って18:00頃西海岸へ出てきた。そういうスケジュールだった。これはこれで、きつい行程だったが結構楽しんだ。往復の道は今と比べ物にならない。急上昇、急降下、急カーブ、上った先がどうなっているか最初は分からなくてかなり緊張した。慣れてくると、その先は真っ直ぐか、右か左のカーブしているか分かるようになりかなり余裕ができた。やっとのろのろ上っているトラックやバスを次々と追い越さなければ、後ろの車からクラクションで追い越せと催促されるので、前が見えないカーブでも一か八か、エイ、とばかり追い越したことは数え切れない。対向車が急に目の前に現れたことも数え切れない。しかし、同情者はどう思ったか知らないが、私としては、割合、余裕だった。数回、往復した後は、追い越しを掛けた車は、私の車の直前に対向車が来た時は殆ど止まって私の車が左へ入れるようにしてくれるし、対向車はブレーキを掛けて私が追い越すタイミングにスピードを落としてくれる。そういう、事が分かってからは、全く、安心して追い越しを掛ける。現在は、そのころに比べれば時間は半分以下、道は広くなっているし、曲がりくねりも少なくなっている。だから、緊張は全くしない。半分眠っている状態でも、どんどん追い越しをする。現在は、バンドゥンからタシクマラヤ県に入って暫く行ったところのウビ売りの店が道の両側に二三百メートル並んでいるその先から急下降になる。ちょっと平らになってまた、急下降する場所が一番の難所、帰りはそこが二段に急上昇になる。そこを過ぎると、タシクの町へ入る手前で、もう一度急下降急上昇がある。その他は全く、意識をしていない。回りの景色を見ながら、自然に走っている。棚田などの風景が魅力的に感じた時には車を道脇に止めて写真を撮る。先ほど追い越した車が取り過ぎて行く。その車たちを、その後、また追い越す。昔、チカンペックからパジャジャランまで、最低四時間かかった。渋滞にはまったときには6時間以上掛った、そても、先ほどのタシク付近の山道より遥かにきつい道の連続だった。チカンペックからバンドゥンを通り過ぎるまで高速で繋がって、チカランからタシクマラヤのSELAMAT DATANGと書かれたゲートまで二時間掛らないくらいだ。今朝出発する前に現地の若者たちがワルンに集まっていた。その時、たまたま、太田さん、何回、来ている?という話になって、1997年から通い始め、40回目くらいまでは数えた記憶があるが、その後は数えていない。おそらく、60回以上は来ているよ。ということにした。皆さん、納得でした。彼らの中の何人かは小学生の頃、恐がって、頭が痛いから、お腹が痛いから行かないと言っていたのを、ヌサカンバンガンへ無理やり連れて行った事がある、と話をする。ジャングルの中へも連れて行ったことがある、始めてラフレシアを見た、と、話をしてくれる。米の収穫、タフスメダン
2011.07.24
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斜めからインドネシアを見る 920こうして毎日何かを書いているが、“浜の真砂は尽きるとも、世に書く種は尽きまじ”とまあ、本当に尽きないものだと感心する。しかし、書けないことも沢山あるので、そういうものも書けば、今の倍の量は書ける。しかし、書けないことは書けない。 今朝、また、チャガールアラムへ入ってラフレシアを探した。今日は、探した。一昨日は探す必要が無かったが、今日はそういうわけにはいかなかった。一昨日見た花の内、咲きかけていた一つだけが咲いていた。それだけである。他は全部、黒くなっていた。臭い臭いがする。探しまくった。そして見つけたのが二つ。これらは、一昨日、見つけることができなかったが、実はその場所は臭っていた。ちょっと探してあきらめた所でした。教のように探していれば一昨日にもっと咲いたばかりのラフレシアに会えたのでした。今日会った時には腐る寸前までいってしまっていた。やはり、臭う場所は徹底的に探すべきだと反省した。 一昨日、蕾だった花で二日後には開くだろうと予想した花はことごとく予想が外れてまだ蕾のままだった。がっかりである。もう、五日ほど掛りそうなのが五つあった。とにかく、それらの開花をぜひ見たいものだと思う。http://nanbuindonesia.web.fc2.com/page238.html きのこの一種。珍しい出方をしていたので写真を撮った。専門家はこういう茸に興味を持つのではないでしょうか。こんなに綺麗にくっついているものは珍しいが、形や色がユニークな茸は一杯葉えている。苔も色々ある。暑い南国でもジャングルは、湿気があって日光が届かず、涼しい場所も一杯ある。苔が生える条件は満たしている。多分、苔の種類も、日本とは違うと思う。その道の専門家の方は興味深いに違いないと思う。ラフレシアも茸の一種?でしょうか。 動物はそう沢山の種類がいるとは思えないが、植物の種類は豊富だと思う。ラフレシアだけでなく、その他の植物でユニークなものが数多くあるに違いない。研究者の方々は、一度、訪れて見たらいいと思う。素人の私でも、興味をそそられるものが多いのですから。
2011.07.23
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斜めからインドネシアを見る 919今はマタ、パンガンダランにいる。先ほど、24:00に着いた。明日は08:00出発で、ジャングルへ入る。仕事は月曜日から、また、ちょっと忙しくなる。日本にいるときには自分の身の置き所が無いというか、じっとその場所にいなければならないような気がして、大変窮屈。自分の存在がどこかも分かるようにして置かなければならない。縛りを感じる。会社にいる時間の大部分は椅子に座ってコンピューターに向かっているしかない。どこへ行くと言ったって、行く当てが無い。どこかへ行くなら、乗り物を使う。自腹なら問題ないが、会社から費用を出してもらうには、事前の届け出とそれに対する承認が必要になる。面倒くさいから、出かけたくなくなる。来てもらってもいいが、それも、悪いような気がして、結局、日本の国内での行き来はできるだけ、避けたいという、意識が働く。それにくらべて、インドネシアでは、回りの目を気にする必要はない。自由に外出し、出勤し、家にいてもよいし、現場にいてもいい、第二工場へ行ってもいい。行動は自由である。誰かに迷惑さえ掛けなければ、動きはいちいち、誰かが把握している必要もない。だから、今どこにいて、これからどうするかなどの行動予定は知らせる必要が無い。私にとっての仕事関係では、はっきりって、インドネシアの方が、成果を早く出せる。ただし、いつも、感じることだが、そのインドネシアでも、ボトルネックはある。その部署は、購買である。ここの、ブレーキが無ければ、文句を云うところは何もない。日本でも、インドネシアでも、実際には何も手を出さないで、手をお出しているふりをしていても、文句をいわれることは無い立場だ。しかし、回りが気になってしょうがないし、自分もじっとしていられる人ではないので、問題が起きるのです。それは、分かっているのです。しかし、疲れた。チトマンの清流、インドネシアではこんなに透明な水は本当に珍しい、イカンバカールやアヤムゴレン、チャーカンクンなどを、床に座って、右手で食べるのが、インドネシアスタイルです、
2011.07.22
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斜めからインドネシアを見る 918どこにいるかというと、チカランの家に戻っている。追加の部品があって、それの見積もり依頼をするのだが、説明をしないと、見積もりをする方も出来ないと思うので、直接会いに行くつもり。朝からパンガンダランのチャガールアラムへ入ってラフレシアを探した。一か月前に来た時に、一ヶ月後に開くだろうと言った蕾が調度今、開き始めているようだった。予測がぴったりと当たった。今までは、そういう予想をしても、その予想した時に来ることができなかった。しかし、今回は、仕事のちょっとした合間を利用して来てみた。探すというより、以前蕾があった場所を見て回るだけだった。あったあった、こんなに一遍に多くの開花したラフレシアを見ることが無かった。直ぐそばに並んで咲いているのもあったし、咲きだして全開でないものもあったし、二三日後には真っ黒になってしまうだろうと思われる色変わりをしたものまであった。蕾も、二三日で開き始めるだろうと思うもの多かったので、ここしばらくは、ラフレシアに遭う確率が高くなるでしょう。パンガンダランの北方に山の中にあるCitumang(チトゥマン)という滝というか、沢のようなところへも行ってみた。食事をするついでに寄ってみた。10年以上前に行ったことがあって、その時はあまり印象深くなかったが、今回行ってみて、水の透明度にはびっくりさせられた。インドネシアでは例外的に綺麗に澄んだ水が流れていた。つい最近体と思うが、その、滝つぼの部分で泳ぐ事を進めているようで、ライフジャケットのレンタルもしていた。チンベダックですが、まさに今が時期です。私が知る限りでは、インドネシアの西部、中部ジャワにしかないようです。 この土地の雨期が終わり、乾季に入って間もなくが時期です。この土地では、ドリアンも今が旬です。しかし、ここのドリアンは実は小さいが種は大きい、食べる果肉が少ない上にあまりおいしくない。ですから、私は今チンベダックを食べています。ドリアンを食べたい時はタイからの輸入品を食べます。 チンベダックはスーパーで売られていることは稀ですから、インドネシア人でも知らない人が多いし、知っていても、食べた事が無い人が多いです。 産地の山の道端で吊るされて売っています。今、私はパンガンダランにいましたが、途中の道端あちこちで売っていました。帰り道で買ってきました。 ナンカという果物を知っていますか、ナンカは全然臭わないが、チンベダックは見かけナンカにそっくり、しかし、ナンカの五分の一位の大きさです。臭いはドリアンにそっくりの臭さです。味はドリアンとは別物で独特です。
2011.07.21
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斜めからインドネシアを見る 917昨日は日本からインドネシアへ輸入したい機械と装置について、ネゴや打合せをしたが、今日は、逆にインドネシアから日本へ輸入したい装置や金型などについて打合せをさせてもらった。狙いは中古の安い装置を日本から手にいれ、新しく作る装置や金型でインドネシアでもできるものを安価で手に入れることです。どちらも、それぞれの国の中で手に入れるなら、最低でも三倍の費用がかかるでしょう。 こういうことをするのに、一番厄介なことは、それらを使う人が使いこなせるかどうかです。頭から、どこの何者かもわからないものを使えるか、と、敬遠されてしまうことです。本当は、そういう人たちが今まで使っていた装置や機械より優れ物で、使いこなす音が出来れば、従来より、品質が向上するだろうし、生産速度も上がるだろうし、収率も上がるはずのものを手配するのです。今までより、使い難いものを押し付けるはずがないのだが、それを他人が扱うのだから、本人は、使い慣れていないので、今までより扱いが難しい。しかし、それを乗り越えてもらわないことには、その場に進歩は無い。 という、困難さは以前にも書いているが、自分がやってしまわない限りは永遠の問題である。もう一度書くが、教える私より、私から技術を受ける側の人の方が重要である。不器用な人間に教えても仕方がない。積極的に立ち向かわない人に教えても仕方がない。 それにしても、組織というものは面倒なものである。どちらも、ボランティア的、赤字アドバイザーなので、組織のトップから途中の人物、最後には、使う担当者にまで根回しをしなければならない。そしてその根回しが、効果を発揮するかどうかも分からない。私がぜひやりたい、ぜひやってほしいということを説得するのだが、何故、私がこうい事をするのか疑問を感じる時がある。自分が買って自分が使って、自分が物を作って、自分が売るなら、根回しも、説得も、気を使うことは無い、余分な神経を使うことは無い。それも、自分でやろうと思えばできるのに、何故だと思う。 図面や見積書を受け取る期限が月曜日だし、その他の仕事は、会社にいなくても出来る、いわゆる在宅勤務でもできるので、18:00過ぎに出発して、先ほど、パンガンダランに着いた。6時間でした。ガソリン給油で一回車から降りただけだったので、疲れた。半分寝ながら、この文章を書いている。約一か月前に来た時に蕾が非常に多かった、予測では、一ヶ月後に次々と開花することになっているので、明日が楽しみである。また、ジャングル探検である。
2011.07.20
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斜めからインドネシアを見る 916早速、PT.NANBUへ出社、一か月足らずのご無沙汰なので、あまり、違和感がないし、自然でした。こちらが知らない事務所の従業員が何人かいて、この人、変になれなれしいが、どこの誰だ、という顔をしていた。面白い。なんとか、装置の増強をしてやりたいと思っているので、その根回しをしようとしている。女性用のトイレは覗いたことが無いからしらないが、男用のトイレを借りた時に、何?これと思ったら、CCTV(監視カメラ)がセットしてあった。200人くらいのインドネシア人を使っている会社ですが、工場内のアチコチにセットされていて、ざっと数えただけで30以上、工場の外側に10台以上、事務所内に3台、ミーティングルームにも最低1台ずつ、自分がいる部屋には個室になっていて、そこにはない。その代わり監視カメラのモニターが三台並んでいて、昼間三人の女性がそのモニターと睨めっこで早回しを、全部のカメラの24時間分をチェックしている。ちょっとでも、気になったことは、時間とカメラ番をメモしている。それを毎日家に持って行ってみる。そういう会社が現実にある。その会社の経営者は、話し方は、超丁寧、腰が低い。本社の上司と話をするときには、従業員、部下を、褒めまくる、こんなによくやってくれていると。ことろが、彼の運転手は3カ月と続かない。彼が首にしてしまうか、運転所の方から逃げてしまうかの両方です。三年で、15人だそうです。ある日、朝、工場の前を、窓を開けて通っていた時、通路を隔てた工場の中から大声で怒鳴っている声が聞こえてきた。何かの置き方が悪いと怒鳴っていた。完全にプッツンしている怒鳴り方。そういう人だったのかと知った。相手によって、態度が全くの逆。従業員は全員が恐れおののいているが、いられない人は辞めるしかない。昔、組合が出来て、色々要求をしたが、認められず、上部団体へ加入し、応援を求めたが、その経営者、その上部団体に資金を渡し、逆に、誰が応援を求めたか聞きだし、彼らを日本の本社へ研修名目で送りだしてしまった。送りだされた従業員は、逆に大喜びで日本へ行ったという。二年後帰ってきて一週間もしない内に会社を辞めてしまったとか。ある程度の金が溜まって、満足、こんな会社にいても仕方がないというわけだった。インドネシア人公務員も顔負けなやり方で不満分子を追い払った。いま、また、不満分子が台頭してきていて、上部団体も彼らの応援にきているらしい。親会社は今は無いと同然な状態になっているので、研修生受け入れる状態ではない。さて、どうするのでしょうか。その人、いろいろあって、前妻に子供二人と共に逃げ出され、その上、生活費と養育費を請求され、現妻と二重結婚で訴えられた。5年くらい前の事らしい。今、決着がついているのでしょうか。そこまでは知らない。裁判中、かなりの金額を裁判員に支払ったと本人が他の人に漏らしていたと、私に伝わってきている。そんなに払うなら、訴えられる前に、前妻側に払った方が良かったと思うのに。その金の効果があったのかどうかも知らない。監視カメラも、彼が従業員を信じていない表れだが、彼の態度に対して、従業員の反応を心配しているのです。だから、本人が一番、自分がヒドイことを云っているし、威圧的な態度をしているということを承知しているのです。臆病者でパニックになるのです。これに似たような人は、知っている経営者や夫の中に何人かいます。エゴイストで臆病者です。しかし、外部にはなかなか知られない。ドメスティックバイオレンスの会社内版と家庭内版です。会社内版の人は家庭内版も併発している。他人に恐怖を与えている、こういう人は全く、それを意識していないから始末が悪い。逆に、外面への異常なくらいの気使いのことしか思っていないので自分は優しい人間だと思い込んでいる。他人に恐怖を与えなければ生きていけない人間を一番軽蔑する。こういう性格が歪んでいる人に同情の余地は無い。日本とインドネシアの道路事情の違い。DV 臆病 エゴイスト
2011.07.19
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斜めからインドネシアを見る 915スカルノハッタのイムグレは大混雑だった。一人一人の対応に時間がかかり過ぎる。私は、30分並んでいた。まど口が10個所あるが、そのうちの二か所は閉じていた。どんなに大勢の人が並んでいても、そこに担当者が来なかった。ただし、仕切る人はいた。開けば、そちらへ行くようにと指図をしている。それなら、その人が、人がいない窓口に入れば良いのにと思う。何がそんなに時間がかかるのか、暇だから見ていると、お金をその場で払っている人もいる。たかられているな、と、思う。ANAの乗客だった人の内、短期ビザの窓口へ寄る必要が無いので、並んだのは、私が一番だった。その前にアラブ系の人達が50人以上並んでいた。私の10人くらい前に、例の目だけしか見えない黒装束の女性が6人、そのうち、あかんぼうを抱いているのが二人、それを、引率?している男が一人の集団がいた。その人たちの順番が回ってきた時、その全員が一遍に窓口へ向かった。いきなり、何かの不備があったのでしょう。イミグレの担当者が、面倒臭そうに男に何か訪ねている。どうも、らちが明かないらしい、例の仕切り人が呼ばれて、一緒になって聞いている。その窓口はそのままの状態で、他の窓口にそれ以降の人は向かい、私の番が来た。30分並んで観察していた中で、私はスタンプを貰う時間が一番短かかった。一分もかからなかった。リッポチカランヤ、サウダラ サヤ ジュガ ティンガル ディ サナ 私は ブギトゥとぶつぶつ言いながら、スタンプ、それで終わり。私のようにインドネシアの長期ビザ持っていて、税金を払っている外国人は、インドネシア人の窓口で入国できるようにすればいいと思うのだが、そういうわけにいかない理由があるのでしょうね、きっと。コタ トモホン 北スラウェジの山が噴火した。2003年以来の噴煙だそうです。昨日噴火したばかりなので、これから、どのくらいの範囲の人が避難しなければならない状態になるかはまだわからない。マナドに近いGunung Lokonです。パンガンダランで凧揚げ大会が模様された。私は一度も見たことが無いが、テレビニュースで伝えられるほど有名な催しで、ユニークな形をした大型の風船たこが多数、空を泳いでいる。一年に一度で、何年インターナショナルになっているが、日本は参加をしていない。やったね、なでしこジャパン
2011.07.18
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斜めからインドネシアを見る 914昨日の冷房の温度について理解できないというのは、嘘で、気持ちは分かるのです。彼らは、他人のお金を使う時しか贅沢気分になれないのです。自分の家や普通の友人の家では、エアコンを使うにも、ないから使えない。扇風機も無い方使えない、電気も暗いものしか着いていないから、薄暗い所で生活するしかない。だから、潜在的に、明るいところ、涼しいところ、冷たい食べ物に対する欲求が大きいのです。だから、その欲求を満足できる場所に入ると、寒すぎるくらい冷やすし、人がいなくても、冷したままにしておきたいのです。電気も全部付けて明るくしたいのです。人がいない時にも、入って来る時くらいと恐いからと言って点けっぱなしにして、明るくしておきたいのです。寝るときにも、電気はけしたくなく、明るいまま寝たいのです。節約をするという精神はもともとないのです。日常生活では、節約という気持ちが無く、精いっぱい使っているのです。だから、どんな場所にいても一杯一杯使うのです。ということで、また、インドネシアにいる。00:50に静岡駅前を出発し、成田へ、開門の06:00調度に着いた。時間調整のため、途中のサービスエリア四か所に合計一時間以上止まっていた。真夜中だから、休憩ないしで走り続ければ4時間で着いてしまうのでしょう。早く着きすぎてカウンターが開いたのが07:00イミグレが開いたのが07:30でした。結構、余裕があって、あわてることは何もないが、とにかく、眠い、ずっと眠かったが、眠れなかった。飛行機は満席、横になるなどということは、全くできなかった。ANAはもう使わない。安かったのが高くなってしまったし、日本からの出発時間が私には合わない。次はまた、ガルーダに戻す。お酒を、ジンロなど1.5Lを四本バゲジに入れて持ち込んだ、ペットボトルと紙パック其々二本ずつでした。まったく、何の問題もなし、そのうちの三本は既に、いつもお世話になっている人に渡した。多分、驚くとともに、大喜びしてもらえたと思う。よく、没収されたり、金を払わされたりした話は聞く。しかし、私はどういうわけか、何度繰り返しても、引っ掛かったことが無い。どうしてか自分でもわからないが、多分、怪しまれるようなそぶりが微塵も感じられないような動きというか、動かないというか、緊張していない。そういうことだと、納得している。これからも、バゲジを開けられることは全く、心配しないで行動するでしょう。成田へ向かう途中のサンライズ。飛行機へ乗ってからのサンライズ、一遍に二個、思わず合掌。
2011.07.17
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斜めからインドネシアを見る 913節電冷房で28℃の設定はうれしい。29,30℃にしてもらえればもっと嬉しい。会社のあちこちに28℃と貼ってある。それが私には調度いい。25℃の設定では寒い。インドネシア人は、特権だと思っているのでしょうか、事務所に入ることができる人達は入れない人達との差別化をしたいのでしょうか、エアコンの設定温度を18℃以下にしたがる。節電のセの字も無い。私は、寒すぎて、事務所にいたくない。私一人事務所にいるときには28℃に上げてしまうが、私が出て行けば必ず15℃にされる。お前たち、寒くないのか、と聞くが、調度いいという。彼らの家にはエアコンは無い。だから、熱いのが当り前で暑いとは感じないと思うのだが、不思議である。それに、男も女も昼間、外でカンカン照りの時もそうでない時も長袖、それも、厚手のセーターやジャンパーを着ている。見るだけで暑苦しそう。それが、ちょうどいいのです。ジャンパーを脱げば寒く感じるのです。そういう人種が、なぜ、会社の事務所のエアコンの温度設定を15℃にするのでしょうか。変です。私はいくら暑さに慣れたからといっても、冷房を効かせているところ以外では長袖を着ることはありません。ただ、ホテルやカラオケ、日本食レストランへ行くとき、飛行機に乗る時は必ず長袖を着ます。忘れてしまって、半袖で過ごした場合は、風を引く確率が高い。明日から、インドネシアへ戻ります。予定では7月28日までいます。目的は、南部化成のテクノセンターで教えようとする技術を披露するための装置の手配が一つ。もう一つは、勿論、PT.NANBUで滞っている仕事の後押しです。日本から離れるのはちょっと心配なことがあるが、仕事をする場の準備も急ぐので、強行することにした。費用は十何万円自己負担です。全くのボランティアですが、このことは、身の回りの誰も、知らない。節約しなければならない。この前は前日の夕方、出発し、成田に一泊したので、2万円近くの出費でした。今回は、夜中に静岡駅前から出るバスを見つけたので、それで行くことにした。6千円で行く。06:00に成田第一へ到着するという。 二週間はまたインドネシア人になり済ます。しばらく通らない朝の通勤路 焼津から御前崎方面行きの150号線です。
2011.07.16
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斜めからインドネシアを見る 912光拡散の方法としてガラス繊維を少し混ぜて成型するなどは面白いと思う。1~3%です。分からないことがいくつかあって、航空チケットのe-ticketのプリントアウトの方法が分からなかったのを含めて、ネットからバスや列車や飛行機のチケットを予約する方法が分からない。というより、自分で、今までやったことがない。インドネシアにいるときには全部、エージェントに頼んでしまっていた。入力するチケット番号や予約番号、何とか番号というのが分からない。これだろうと入れて、間違っている、何ケタだという赤い文字が出てくる。終いには、あきらめてしまって、また時間が空いたらやって見ようということになる。次の機会に、ウェブサイトを開けてみると、先ほどとは違う画面になってでてくる。どういう違いが有って、画面が違うのか分からない。その画面から、予約番号、自分の名前、便名を入力すると、ちゃんとe-ticketの画面が出てきた。プリントアウトが出来た。自分で初めて出来て、ささやかな感激がある。今度は、静岡から成田空港までの直行バスのチケットを、ネットを通して買った。これも、ウェブサイトにアクセスして、強制的に会員とかにさせられ、クレジットカードで払い、プリントアウトするのです。これは、迷うことなく簡単にできた。いまは、ほとんどの支払いがこういう方法で出来るというより、やらされるのですね。物をネット販売、通信販売で買ったことはないが、これからも無いでしょう。あまりにも、簡単に手にはるということは、なにか、ごまかしがあるのではないかと、勘繰る。拒否反応です。別に、通信で必要もないと思っている。 近所のスーパーへ買い物寄った。広い大きな全国チェーン店でした。二週間ばかりインドネシアに滞在するので、インスタントラーメンなど嵩張るが軽いものが主でした。レジで支払いの時、買い物籠や袋を皆さん持っている。私が持っていないということは誰がみても分かる。レジ袋は一枚10円ですと言われた。5枚買った。その後は、常に、車にレジ袋を三枚は入れておくことにした。 インドネシアでは全くそういうことは無い。ふんだんにレジ袋を使う。まだ、余裕がかなりあるのに、次の袋を出して入れ始める。日本のように透明ではなく、白い。この袋はゴミを捨てるときに使う。一昔の日本のスタイルです。物価は安いし、袋代も取られない。その袋は再利用する。インドネシアの方が、気が疲れなくていい。
2011.07.15
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斜めからインドネシアを見る 911今回の大震災と津波、福島原発の事故を受けて、節電、節約モードに日本中が入り込んでしまった。そして、そこでの主役はLED電灯だと思う。既に10年以上前から商品化されて売られているようですが、加速度的に、製造販売会社も、種類も増え、今や、ホームセンターで広い面積を占めるようになっていた。テレビでもその交換ぶりを特集していた。タイプも色々で、あらゆる場所で使えるようにデザインされている。電気代は画期的に安いらしい。光の分散や光度の選定を間違えないようにうまくこなすことが肝心らしい。それにしても、車のランプへの普及が進んでいないのは何か、理由があるのでしょう。10年以上前からたまに見ていたが、今でも、たまにしか見ない。大手の電機会社は当然ながら、あまり知られていない会社からも売られているし、中国、韓国、台湾の会社も日本への売り込みをしていて、ほどほど、売れているらしい。売れるとなると、後発がどんどん出てくる。売れ始め、ブームのようになった時にそれに乗ろうとするというのは、バブルがはじけ始めたころ株に手を出すのと同じことだと思う。車が、電気自動車に変わるとか、燃料電池自動車に変わるとかで、それに対応する製品を今から開発しようというのも、ジャンケンの後だしのようなもので、世間から受け入れられないでしょう。既に遅い。浦島太郎が住んでいて今も時々住もうと思っている竜宮城もバブルの商品がある。必ず5年後くらいに、はじけるのに、今、増産ならまだいいが、新規に進出したり、大増築をしたりしている会社がある。そういう会社は気の毒だと思う。柔軟な考えが必要な時に、秀吉の末期に近いような状態になってしまって、ブレーキを掛けられないし、周囲の声に耳を貸すことができなくなってしまう危険なリーダーがいる。そろそろ、なにもかも放り投げて気楽になって一緒に遊ぼうよと言ってやりたいが、半年後くらいにしよう。浦島太郎は回りの空気を読めないので、何を考えても仕方がない。なるようにしかならない。電話が近い場所にあって、私以外の回りの人は、なにやかやと、席を立ってどこかへ行ってしまっていることがおおいので、電話を私が取らなければならない時が割合ある。自分に掛ってくる電話は全くないので、必ず、誰かを探さなければならない。いない場合が多い。それなりの応対をしなければならない。相手の名前も、聞き直しにくいので、相手の会社名と本人の名前はメモするくらいのこともしなければならない。電話を回す時が一番困る。だいたい、方法を教えてもらっていないし、こちらから聞いてもいない。受話器を置く前に、離れた場所の人に掛っていることを云って、何番かを押して、受話器を置きながら、何番に掛っていますと、また、言わなければならないということを知ったのが昨日の事でした。浦島太郎というより、電話番をしている新入社員と言った感じ。気楽に行こうじゃないかと思うしかない。そんなに長いわけではないのだし。
2011.07.14
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斜めからインドネシアを見る 910 浦島太郎になってしまっていることが、いくつかある。先ず、会社へ行く道だが、高速道路を使って行くなら、以前と変わっていないので、問題ないが、一般道を使って行く道は、決まった道しか通れない。もっと近道が出来ているような気がするし、実際、それらしき道が何本もあって、そちらの方へ曲がって行く車も多い。私も付いて行って確認したいが、もし、違う方向へ行ってしまったら、会社への到着時間が遅くなってしまう。それが、帰りにそれらの道をたどって見るということも出来ない。カーナビを使えば良いじゃないのという声が聞こえてきそうですが、新米のタクシードライバーならいざ知らず、ただ、通勤路の近道を確認するために、取り付けようとは、全く思わない。インドネシアにカーナビは無い。地図もいい加減なものばかり、それでもジャワ島の主要道路、主要都市、主要観光地の全てを制覇したと思っている私です。日本国内を車で制覇したいとは思わないが、思っても、カーナビなど使いたくない。分からない時、迷った時に、聞きながら行くのが楽しいのですから。地図を買ったらいい、グーグルサテライトマップでちぇっくしたらいいという声も聞こえてきそうですが、その気になれば、いつでもできることで、まだ、その気にもなっていない状態だ。 セルフのガソリンスタンドの方が多くなってしまっていた。値段はそう変わらないという印象です。150円が147~8円になる程度、たまに145円というところがある。プイペードカードでも現金でもいいらしいが、まだ、利用したことが無いので、一度は試さなければならないとおもっているが、今のところ、そう値段が変わらないので、セルフではない昔からなじみのガソリンスタンドで入れている。 チデジという言い方も変だと思うが、アナロブ放送が今月24日正午で終了すると聞いた。内はというと三台ある内の一台は、チデジ対応を考えて買ったわけではないが、3年前に買い換えたものが、チデジ対応だったということだけで、他の二台は対応していない。 アナログの受像機は一体どこへ行ってしまったのでしょうか、何百万台何千万台でしょう。この数年間で擦れられたでしょ。そしてまだ、捨てていないアナログテレビは同じ数くらいあるのではないでしょうか。外国でこういう過程を通った国はあるのでしょうか。インドネシアでは、アナログとかデジタルとか、特に大騒ぎした気配はありません。どうなっているのでしょうか、多分、とっくにデジタルに変わっていて、とっくにデジタル用のテレビしか売っていなかったのではなかと思う。ホームテレホンが普及しないうちにHPに変わってしまったように、です。日本は何故面倒なことが多いのでしょうか。一つ一つ変化してゆくことに同調しなくてもよい社会の方が楽なのに。書きたいことが山ほどあるのに、当たり障りのないことだけを見つくろって書くしかない辛さ。やはり、自由になりたい。ウツボとマユミ トド
2011.07.13
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斜めからインドネシアを見る 969 原子力発電所の再稼働の前提として、ストレスチェックをクリアー後、という条件が付けられた。面白いですね。ストレが掛った時、設備が持ちこたえられるかどうかをテストするというのでしょう。ストレスとは何でしょうか。原爆が真上に投下された時、世界貿易センタービルに旅客機が何機も突っ込んだような時、地震M10以上の規模で、その後50m高さの津波が襲って来た時、どのくらいの規模か知らないが強烈な竜巻が襲った時、など、程度があるでしょうが、どの程度までの負荷を想定するのでしょうか、個人的には原爆や隕石直撃までは想定しなくてもいいかもしれないが、世界貿易センタービルに旅客機が何機も突っ込んだ、位の事ではびくともしない、という保証が得られれば良いと思う。 今の原子力発電所はどうでしょうか、持つでしょうか。持たないでしょう。 何のチェックをどういう方法、どういう条件で、何を使ってするのか知りませんが、チェックだけで半年以上かかる、という話を耳にしますが、これも、?マークが付きます。前提や条件が何も決まっていないのに半年はかかると、言う根拠が分からないし、逆に半年以上掛けなければ出来ないテストとはどんなものを想定して、言っているのでしょうか、それも、不思議です。コンピューターでシュミレーションをすると、ちらっと、聞いているが、どんな、条件を与えるかで結果は変わってくる。そんなことは百も承知、と言われるかもしれないが、どんな想定をさせるのか大変重要なことだと思う。 残留放射線の安全基準が国によって違うように、かの、ストレステストの負荷度も各機によって違います。日本はその厳しさもどの程度にするかまだ決まっていない。 放射線量の食品の暫定基準値が、外国比べると、日本は厳しい。先進何カ国かの基準と比較すると二分の一か三分の一になっている。輸入国の基準はクリアーするが、日本の基準値をオーバーしている、という、理由で、輸入禁止になったり、其の他の輸入品に検査記録の添付を義務付けられたりする。その後は輸出規制や自粛になって、引いては、廃棄処分にする。保証をどうするのでしょうか。大変な話である。ぜんぶ、、税金がそちらにいくわけで、国民の内、税金を払っている人が尻拭いをするのですね。 とにかく、分からないことが多い、どんな基準で放射線量の限度を決めるのでしょうか、どんな人が決めるのでしょうか、どんな基準で、農畜産業や移転費用を算出して支給するのでしょうか。 原子力発電所反対の人は、どんなことをクリアーしたら賛成してくれるのでしょうか。そして反対の人の反対基準は何でしょうか。不安だ、不安だ、安全が確保されていない、という人は、どうしてあげたら、不安がなくなると思っているのでしょうか、どうしてあげたら、安全だと思ってくれるのでしょうか。それを云ってくれる反対者はいない。 面白いですね、人間は、同じことを聞いても、受け取りからが違うから、その後の行動も違う。違うから、考え方ももっと、遠くなってしまう。それを、歩み寄らせるなどということは萬の神でも出来ない相談でしょう。難しいですね、人間という生き物は。 残念、やっぱり来た。私が掲載する写真は、他人に選らんでもらえ!!?写真はセンスが重要で、私よりセンスが良い人はそういないと思うのだが。
2011.07.12
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斜めからインドネシアを見る 968 明日から、孫たちは下の子は保育園へ上の子は小学校へ通う。どちらも、家から300m~500mくらいで近い、近所に同じ学校や保育園へ通っている子もいるし、条件は良いと思う。同じ年ごろの子供達は、日本の方がいろいろできるので、その差がちょっと気になる。早く、馴染んでくれればいいと思う。孫たちに、本を買ってあげようと本屋へ、本当に、久しぶりにいってみた。地球の歩き方が目にはいった。パンガンダランについて、何が書いてあるか、中部ジャワ辺りのページをめくった。私が以前持っていた本、多分15年以上前に買った本に比べると、文字的には10倍以上になっていた。ざっと読んでみて、ちょっと気になった箇所があった。半島(自然保護地区)に関しての説明文です。ラフレシアの写真が無いのはどうしてでしょうか。一番の売りです。そして、咲く時期については間違っています。その他の説明も間違いが多い。そんなに長文ではないので、書いてあることは限られていますが、その大部分は間違いか、説明不足でした。 8月10日過ぎに日本の会社は夏休みですし、8月20日過ぎはインドネシアのレバランで長期休みですから、この時期、また、インドネシアの会社のアドバイザーの仕事で行きますが、パンガンダランにも一週間ほど滞在するつもりです。http://nanbuindonesia.web.fc2.com/yanto.htmlhttp://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage006.html孫がいなければ出駆けるはずがない三津(沼津市ミト)のシーパラダイスへイルカのショーを見に行ってきた。妻と娘は個人的な付き合いが有って、これには参加せず、孫二人と私で行ってきた。この水族館は大変思い出深い場所で、小学校4年の時に家族旅行で行っている。当時は、三津(ミト)水族館と言っていた。沼津まで東海道線で来て、バスで、沼津港へ、沼津港から、竜宮丸という遊覧船で駿河湾をちょっと横断して海から膵臓館へ行った。今、その船はなさそうだ。二回目は、高校時代、できるだけお金を使わない旅が謳い文句で、伊豆半島を一周した。その時にテントをかついで回ったが、一泊目がミト付近の海岸でした。その時、水族館にも寄った。三回目は、娘が小学校の時の夏休みにいった。今回が四回目である。40年前の最初と、敷地のレイアウトは全く変わっていない。一地方の歴史ある水族館でフアンも何代に渡る。寝強い人気がある。バンドウイルカやオットセイの色々な技はいつの時代の子供達にも絶大な支持をされているようです。連れて行った孫も思わず立ち上がって拍手をして喜んでいた。イルカに直接、餌をやることが、出来るのが子供たちにとっても、デートの人達にとっても、一番思い出に残るイベントではないかと思う。申し込み競争率が高い。インドネシアで一番有名な水族館、アンチョールのシーワールドの来場者の数は半端じゃないが、見るべき海の生物においても、それらの動物のアトラクションにおいても、程度が低い。インドネシア人はそれを最高と思って、満足しているのですから、そうではないと、もっと、あれがあった方が良い、これがあった方が良い、こうした方が良い、ああした方が良い。あれが足りない、これが足りないと話をしても、逆に嫌がられるだけである。場合によっては、それが、疎外される原因になってしまうことがある。日本人の人間関係でも、それと同じようなことは沢山ある。私自身が、多く敬意けんしている。とにかく、今日は、窓たちへのサービスデーでしたが、私も、しがらみを忘れて、楽しんだ。
2011.07.11
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斜めからインドネシアを見る 967 何十年も前から、PVCとその他の樹脂の成型方法は違うと言ってきたし、他の樹脂は、ほとんど瞬時に形が決まるから、冷却金型を長くしても意味が無いと言っているにもかかわらず、それを読んでいないのか、私が接する人にはそういっているのに、理解ができないのか、プライドが許さないのか、その他の樹脂でも、高価な、ゴッツい、長い、重たい、そして、バキューム、水、それも、冷水器や温水器と繋げて、一見、至れり尽くせりの金型を懲りずに作って製品を作り、どうだ、と言っている。 私が設置したい押出成形装置の見積もりの依頼をしたことは書いた、ノウハウは知られるうえに、価格が三倍以上は確実ですから、日本の金属加工屋や装置屋に見積もり依頼をしていない。しても、リスクばかりでメリットが無いからです。 一部交換部品があるが、万能装置ですから、何でもできる。何でもです。これがあれば、テクノセンター(多分、製品開発部署)内で、何でもサンプルを作ることができるし、その会社の実力を示すことができる。 ただし、が付きます。それは、私がその装置を使えばの話です。他の人ではその装置を使いこなすことはできません。他の人には、その装置を使って何でもできるということが、インプットされていないからです。ちょこっと触って、出来なければ、この装置では出来ないときめこんでしまうからです。それと重要なことは、その人の思い込みとプライドです。その装置を使おう、使いこなそうとしない、大きな理由です。今まで、自分が考え、そこから発展させた成形装置、成形方法を先ず否定してもらわなければいけないのですが、それは、その人にとって、全くできない相談です。だから、結論として、押出成形経験者に私の装置を使わせることは意味が無い。まったく、知らない人、経験が無い人に、私の装置とノウハウを教えていかなければ、伝達できない。このことを理解できる人はこの会社にもいない。だから、既に、この会社へ来る前から、このことについてはトップに言っているが、その、気配が全く感じられなかったことも、この会社に席を置くことを敬遠し続けた理由の一つです。 私の希望や要望を受け入れないで、会社に入ってほしい、というのは、何を期待しているのか全く理解できない。何か、一つ新しいものを残してくれよ、言われたって、この装置を作ることが、この会社にとっては新しいものだと思っているのだが、駄目でしょう。 その装置は安いし、万能です。だから、作りたい。そして、製造許可は下りるでしょう。しかし、私の仕事を伝える人がセットで許可されなければ、装置の注文もしない。宝の持ち腐れになってしまっては、後に批判されるだけです。こんなものは使えないのに、何のために、ここにあるんだと。製造方法を伝えるには、私より、受ける人の方が重要です。こういうことを、口を酸っぱくしてまで主張する気は無い。 技術ではなく、売れる商品を何か一つ開発してくれよ。ということであっても、この会社が持っていない装置と技術を使わなければ、私が思う売れそうな製品はできない。だから、やはり、装置を先ず作らなければならない。話はドオドオ巡りになってしまう。どちらにしても、私が伝える人がいなければ、私がこの会社にいる意味が無いと思っている。最初の今週一週間の感触では、どうも、私の存在は無意味になりそうだ。 昨日行った会社の製品です。二色成形+ブラシのインサート(同時挟みこみ)品です。この技術は、作った人の腕を讃えます。たいしたものだと思う。下の子が行く予定の保育園の祭り。
2011.07.10
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斜めからインドネシアを見る 966 御殿場のグループ会社、エクセル東海という会社へ行ってきた。御殿場も久しぶり20年ぶりくらいでしょうか。私が独立したばかりには、私が独立すればいつでも注文を出すよという会社が御殿場にあって、約束通り、私の会社の第一号の客先になっていただいた会社が御殿場でした。一日置きに納品に通ったものです。当時ではまだそんなに使われていなかったスパイラルチューブ(LDPE)でした。なつかしい、37年前から35年前の話です。原料価格が100円弱でチューブを螺旋状に着るだけで、製品にすると500円くらいになった。古き良き時代でした。 で、目的は、南部グループの押出成形に関して持っている技術を確認するためです。前に書いたが、グループが既に持っている技術を私が披露しても仕方がない。私が持っていて、南部グループが持っていない技術を確認することです。南部グループが持っていて、私が持っていない技術がもし有ったとしても、私はそれを真似しようとは思わないし、参考にしようとも思わない。プライドが許さない。しかし、そういう技術は、今まで見た中では無かったように、この場所にもそれは無かった。 しかし、私の評価は技術的に大井川工場やテクノセンターよりこの会社の方が上である。結局、この会社の方がたたき上げの職人が多い、だから、大型のABSの発泡などの仕事から時代に則して、それ以外の樹脂の成形やライン上でプレスやインサートの成形ができるように金型や装置が変遷をしている。結構、歴史のある会社で、その履歴が溶融金型、冷却金型、製品で残されている。それを、見ると、変化は画期的ではないが、それなりに、適した方法に変わって来ている。私は、評価をする。高学歴者、博士より、金型を修正できる人、溶融樹脂を火傷をしてでも、掴んで、引取機に通すことが苦にならない人の方が、この仕事に向いている。そういう人の割合がこの会社の方が確実に多い、というより、本社にはそういう人がほとんどいない。 この会社の工場を一回りして感じたことは、この工場の方、私がやりたいことを素直に受け入れてくれると思った。テクノセンターにいるより、エクセル東海の方をお手伝いしたいと思った。会社の体質が私の体質に近い。 一応、グループの総合力を見たので、私がやることは決まった。しかし、条件によっては、それを引っ込めて、時間が流れるのを待つだけになるかおもしれない。これは、私がいる会社の上層部の考え方とそれに伴う環境や雰囲気による。 エクセル東海の宣伝。プロファイルの成形技術は金型の設計、製作ともレベルが高いと評価する。プロモーションが上手ければ、大井川工場より利益を伸ばせるのではないか。 グループ全体の技術の評価としては、やはり、硬質塩ビ、それに近い成形特性を持った樹脂、例えばABCなどを扱ってきたので、成形特性が違う、あるいは遠い樹脂についての成形方法が間違っている。はっきり、間違っている。それでも、エクセル東海の方が、違い気が付いていて、なんとか違いを克服しようと模索していることが伺えるが、大井川やテクノはその度合いが小さい。
2011.07.09
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斜めからインドネシアを見る 965 通勤が面倒。高速道路を使えば、30分くらいで会社に着くが、月曜日一般道を使うと一時間15分掛ってしまう。その内30分が渋滞原因のロスタイムです。初めて知ったが、大井川にかかる富士見橋の付近で渋滞になる。その手前、500m付近に達すると動かなくなってしまう。原因は橋までの間に信号が3か所ある。その両側から、車が入ってきて、直進の車が進めないようになってしまう。信号のタイミングが非常に良くない。両脇から入る方が早いと気がついた。 火曜日は、手前600m位から脇道に入って、できるだけ、橋の近くから本戦へ入るように行ってみた。その脇道からも渋滞しているが、本線でじっと待っているよりは若干速かった。そして、水曜日は6:30分に家を出た。早い、渋滞は殆ど無い、橋の手前で若干速度は落ちた程度でした。45分で会社へ着いた。到着が早すぎた。要するに、15分遅く出れば一時間15分掛るが、15分早く出れば、30分短縮できるのです。今日は6:30前に出て見た。07:15に到着した。昨日と同じでした。ラジオ体操にも十分、まになう。ラジオ体操をするのは多分サラリーマン時代が最期だから、40年ぶりくらいでしょうか、忘れないものですね。それに、体も良く動いた。 早く会社に着きすぎてしまっても意味がないが、暫くは、これで行こうと思う。 帰りがまた渋滞する。退勤時間遅らせるわけにはいかないので、これは、仕方がない。帰りは一時間くらいかかってしまう。労災に入っていれば、あさ、06:00から家に着く18:00過ぎまで、約12時間が労災適応時間になる。これを考えるだけでも、インドネシアで仕事をしている方が楽である。 三日間の通勤だけで200km以上走った。 会社の人から聞いた話だが、高速代1区間で450円は高すぎると話したところ、朝晩のラッシュ時間は半額になるよ、ただし、ETCを使っていなければならない、と、言われた。どこで、手に入れたらいいかわからない。何時から何時まで有効なのか、会社からの通勤費補助はどうなるのか、これは別にして、ネットでチェックしてみた。とにかく、通勤の往復時間が始業前、終業後の無駄な時間が長すぎる。これで、会社にいる時間中に、意味がある仕事が出来ていない時間を含めれば、在宅勤務を考えた方が良いかもしれない。様子を見て、提案したいと思う。往復時間に色々考えることが多い。技術のこと、家庭のこと、インドネシアのことなどなど、運転に集中しているとは思えない。曲がるところを曲がらなかったことは、この三日間でも3回ある。その時間ロスもある。考えていることが、余計なことなので、なお、無駄だと思う。今日も会社の製品宣伝。紙や木の屑をプラスチックに混ぜて作った、床材?。硬質塩ビのサッシの中にアルミの補強材が入っている。どちらも、売れるか売れないかは、プロモーション勝負だと思う。いくらいいものを作っても、皆さんに知ってもらわなければ、買ってもらえない。その点、K社は巧みだと思う。単に会社のウェブサイトで紹介するだけでは、今どき、どこでもやっていること。デモンストレーション重視が良いと思うのだが。
2011.07.08
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斜めからインドネシアを見る 964 バイクの宣伝、コマーシャルは日本にはない。車の宣伝はある。実際、巷で走っているバイクは殆ど無いと言っていい。そして、あったとしても、小型で、ただ、自転車より楽に走ればいいというだけのもので、40年前のカブモデルと殆ど変らなくてもいいと言っているようです。もっと、たまに、バイパスや高速道路を走るバイクがある。これらは、その人の趣味が反映されておいるのでしょう、特徴があるものです。その程度でしょう。バイク屋さんも殆ど見ない。自転車の方が多い。 インドネシアの事情と全く違う。テレビコマーシャルは各社競って、GPの有名ライダーや有名タレントを使って、ゴールデンタイムに争って流している。それに、スポーツの主催や後援を盛んにしていて、色々なスポーツ選手のユニフォームに会社の名前が入っている。インドネシア人が好きな旗や幟も至る所に掲げられている。 間もなく、プアサの時期です。終れば、ムディック(帰省)です。バイクを使う人が多い。8月中旬以降、各社は道端の要所々々にサービスエリアを開設する。自社製のバイクの点検修理を無料で行う準備です。それだけ、バイクの利用者が多いのです。この、ムディックの時には一般国道の下り線はバイクで埋め尽くされます。高速道路にバイクは入れません。ガソリンスタンドの敷地もバイクで埋め尽くされます。通常バイクはガソリンスタンのバイク専用ポンプから給油しますが、この時ばかりは車用の方にも長蛇の列になります。 バイクは、インドネシアはモーターで走る自転車、スペダ(自転車)モートルといいます。しかし、そういう人はいません。モートルだけです。モートルと言えばバイクのことです。 ムディックに一年に一回にだけですが、通勤は毎日です。この状態もすごい。一般道路は勿論、抜け道のような細い道もバイクで一杯になります。そして、彼らの運転はかなり乱暴です。接触も普通にあります。しかし、彼らはお互いに気にしない。気にしなければならない事故も当然多い。会社の従業員の100人に数人は事故の怪我で、会社をちょっと長期で休んでいる。 次々とニュウモデルが売り出される。各社きそって、価格を調製している。平均、12万円くらい、オジェック(バイクタクシ)で通勤するよりバイクのローンを払う方が得だという考えが一般的だから、売れるのです。もう、道に隙間が無い程のバイクの数になっているので、後は、地方の田舎に売り先を求めているのと、女性に売り込みを掛けていて、10万円程度のオートマが人気を呼んでいる。日本製が圧倒的です。他の国製はあるがほとんど見ない。価格は日本企業製の方が20%以上高いが、故障することが無いことと、町のあちこちにサービスステーションがあって、保証で、料で治す。日本のバイクのカッコよさも人気、日本製以外のモデルは日本製のコピーです。 コマーシャルは日本なら批判されそうな誇大広告に匹敵する。それでも、許されるほど、人気が高い。 会社の宣伝、窓枠サッシとLEDランプ
2011.07.07
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斜めからインドネシアを見る 963 インドネシアの家の窓枠や扉枠事情書いておく。おそらく、東南アジアの国々の多くに共通していることだと思う。窓枠や扉は基本的に田舎の家にはつかわれていない。 インドネシアの家の窓枠や扉枠事情書いておく。おそらく、東南アジアの国々の多くに共通していることだと思う。窓枠や扉は基本的に田舎の家にはつかわれていない。そもそも、ガラス窓が無い家が殆どです。 都会に、町に近くなるにつれて、煉瓦を積み上げた家が多くなり、ガラス窓も多くなってくる。大都会へ入れば、完全にガラス窓になる。しかし、日本は特殊で横にスライドする窓と出入り口がほとんどだが、インドネシアもその他の国々も、開き窓だし、開き扉です。それが、左右の端が蝶番になっている場合と、上に蝶番があって、下を押して開き引っ張って閉じる場合がある。扉は完全にいわゆるドアです。引き戸があるとすれば、それは日本食レストランなど本当に特殊な建物だけです。 そこで、窓枠は木製、鉄製、アルミ製、プラスチック製があるとすれば、都会のアパートやオフィスビル以外は、木製、鉄製で、木製が殆どです。 もう一つ、日本と全く違う点は、二重になっていて、内側は、鉄製の格子付きの網窓だいし、網扉です。それは、年中、どこにでも出没する、蚊と泥棒除けと風通しです。泥棒には網だけでは効果がりません。ですから、鉄の棒で単なる格子ではなく、かなり、芸術的に曲げて色々な模様になっている。職人の腕の見せ処にもなっている。そして、鉄格子網戸は固定です。扉に様に開けることはありません。ですから、その一部に腕が入るくらいの小さな、扉があって、そこから手を出してガラス窓を開け閉めできるようになっている。鉄格子網扉は、勿論、開けしまします。そして、鍵はどちらにも付いています。 ですから、プラスチックの二重窓サッシは全く使えません。アルミも使っていません。それに、断熱や遮音目的に二重ガラス窓にするというのも、全く、意味がありません。基本は、人が中にいる時には開けておくのです。開けておいた時のリスクを解消目的で、開けない網戸を付けてあるのです。 PT.Y社がインドネシアにあります。サッシを作っています。しかし、一般家庭住宅ようはほとんどなく、アパートやオフィスビル用です。それよりも、トラックのボックスボディの生産量の方が多いはずです。 プラスチックのサッシは全くと言っていいほど採用されていないようです。作っている押出成形屋はありません。もし、需要があるなら、とっくに作っているでしょう。普通の窓枠でプラスチックが無いのですから、二重窓の内窓枠などということはもっと無い話です。日本と東南アジアでは、窓や扉の存在目的が大きく違います。日本で売れそうなものは逆に東南アジアでは見向きもされないということでしょうか。 南部化成の宣伝、浄化槽の中に入れてバクテリア(微生物)の繁殖を盛んにする為のパイプ、チューブです。表面積の大きさが重要です。これを私は作ることができるが、私がつくったものではなく、亡くなった田中さんが作ったものはこれだけではありませんが、代表的な作品の一つでした。 私はこれ等よりもっと表面積が広いチューブを半年以内に作る予定でいます。
2011.07.06
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斜めからインドネシアを見る 962 会社の押出成形部門を見学させてもらった。何十年も前にこの工場には来ている。そして、最低、50回以上は訪問している。しかし、一度も工場全体を見させてもらったことは無いどころか、一度か二度、工場の入口から中をちらっと見ただけだった。それも、見たくて見たのではない、たまたま、通りかかったときに入口が開いていただけで、見えてしまっただけでした。一度も、工場の中の様子を見せてほしいと思ったことは無かったし、頼んだことも無い。それは、この会社に限ったことではなく、私の会社を下請けとして注文を出してくれた押出成形の会社全部に言えることです。要するに、私のプライドでした。技術書を参考にしたことはなかったし、他の押出成形工場の装置や金型やシステム、QCなどを参考にしようとしなかった。だから、私の技術は、大学を出て就職した会社、東洋プラスチック精工が持っていた成形装置だけでした。当り前のことですが、その技術がスタートでした、その技術の不都合な点の改良にかかった。二年くらい使った後は、全てを否定して、独自の装置を作った。バキュームボックスのスタイルはその時から、4年後だった。27才の時でした。 そんなことで、この会社の押出工場へヘルメットをかぶって、つぶさに見て回った。思っていた通り、技術的には取りたてて何も言うことは無かった。それでやっているなら、それでいいのではないか、今さら、余計な手を加えても仕方がない、という程度でした。 只一つ、嬉しかったことがあった。テクノセンターのセンター長をしていた田中さんが取り組んで、量産の手法を開拓した製品に出会った。半年以上に渡って、私のところへ来てその製品の製造方法について語り合った。完成したと聞かされた時、二人で喜び合った。しかし、私はその装置の構想図は見ているが、実際の生産ラインは見ていたことが無かった。見たいとも思っていなかったが、今回見て感激した。私と話しをした、構想が見事に反映されていた。嬉しかったが、今は亡き田中さんを思い出して、悲しくなってしまった。生きていれば、同じ職場で一緒に開発の仕事が出来たのに残念、それは、かなわぬこと。 この後、私がいた会社へ行って、私が導入を想定している装置についての見積もりを頼んできた。まだ、私の気持ちとして決定したわけではないが、決定した時に速やかに実行できるように、さまざまな、手を打っておく事の一つでした。
2011.07.05
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斜めからインドネシアを見る 961 私も正月以来だが、私の母親が住んでいる家に行ってきた。私の妹と暮している。96才だと思うが、頭脳は完璧、私の状態についていつも心配している。私の脳は大丈夫かと、聞かれる。母親が亡くなることを全く想定していない。私がインドネシアに居る時も、母親が病院に運び込まれたとか、亡くなったという報が入ることは無いと思っていて、そのために帰国しなければならなくなるということを思っていなかったし、実際、そういうことは十何年、全く無かった。だから、今後も無いとしか思えない。 曾孫と曾祖母との何回目かの対面、今後はいつでもお互いに会うことが出来るようになるでしょう。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/ 大震災からの復興案やスケジュールをどこの誰が担当するのかはっきりしない。今、担当者がいるとしても、それは、半年以内に変わってしまうでしょうし、腰を据えて取り組むここはない。菅首相がだれに変われば50%以上の日本人が満足する様な政治が出来るのでしょうか。だれに変わっても、必ず、一年以内に、止めろコールの方が大きくなるに決まっている。日本の政治の無能というか、政治家の資質が貧弱というか、協力して難局に対処するという考えは浮かばないで、自分ならこうする、という事を云わないで、逆に、駄目だ、駄目だ、替われ替われと言っているだけ。これじゃ政治家がいないと言われても仕方がない。誰もが、国のことより自分のことしか考えていない。 何故、二三年だけでも、休戦協定を結んで、挙国一致で難局から抜けだせるようにという考えが生まれないのでしょうか。多くの政治家は、それをすると菅さんの手柄になってしまうと思って、それだけはさせないと思っているのでしょう。全く、ケツノ穴が小さい連中ばかりである。この際、菅さんに協力してはどうでしょうか。二三年だけでいいと思うのです。この非常時に半年や一年で国のリーダーがコロコロ変わるようでは、回復するにしても、想定の倍以上は掛ってしまうのではないでしょうか。菅さんが身動きできないように仕向けている本人たちが、菅さんのすることは理解できないと言っている。自分の思うようにしなさい、と言っている連中が言っている内容が違うので、それぞれ言っている事の一つを採用すれば、やはり、多くの人から反対される。どうしようもない状態なのに、菅さんは頑張っている。いつ、辞職するかは明言しない。当り前である。このまま、辞職したら、それこそ、無責任になってしまうと本人は思っているからでしょう。総理大臣に任せたらいいのです。一度任せたのですから、民主党内の批判派は、一番無責任だ。自分たちが変わっても、何もできないのに、只、菅が気に入らないと言って、自分たちが決めた総理大臣の足を引っ張っている。みっともない人種だと思う。ラフレシアを再び
2011.07.04
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斜めからインドネシアを見る 960 当り前ですが、いきなり休日です。ところが、体は休日モードになることを許してもらえなかった。孫たちの時差ぼけ起床が10:00過ぎ、そこから自転車の練習、上の子が、補助輪なしで運転できるようになりたいと言うので、自転車の後ろを捕まえて自転車の速度に負けないように走らなければならないばかりか、左右に倒れないように支えなければならない。初めての経験である。姿勢が前かがみ、辛いが、弱音は吐けない。もう止めるというもで、一時間を二回付きあったが、へとへとと、汗だくと、腰がなんとなく痛み出したこと、明日が恐怖である。早く、後ろで支えてくれなくていいと言うほど上手くなてほしいと思うが、一か月くらいは掛りそう。 面倒な話だが、他の工場に様子を見て、改めて、この会社がどこまでの仕事が出来るのか確認する必要がある。開発部門は見たので、グループ工場と御殿場の方の工場を確認することにする。しかし、私の感覚では、どこの工場も私がやりたいことが出来る装置はどこにもないと思うし、その装置を設置する環境も整っていないと思う。 だから、平行して、環境の整備と装置一ラインの見積もりを取り始めようと思う。その後、どこの誰が稟議書を書いて、どこの誰が予算の承認をして、どこの誰が注文を出して、どこの誰が、それをOKかどうか確認するのか知らないが、それに向けて来週頭からスタート使用と思う。それをどこの工場に置くかも決めてもらわなければならない。これも、同じ、工程を通らなければ何も進まないと思う。これらを、考えると、バカバカしくなるし、どのくらいに期間がかかるのか全く想像が出来ない。私が任せられれば全部のことを一か月以内にやってしまうが、インドネシアの例から行くとこんなことだけで、半年掛ってしまう。また、今、開発が発表していることでも、全てが半年以上なんだかんだやっていて、彼らのスケジュールールの発表を見ると、来年の三月待つが目標になっている。皆さん、実に落ち着いているなと感心する。私にはとても、そんなのんびりしたスケジュールは作れない。努力するのは嫌いだが、努力してみようと思う。 てなことで、私は8月前半中に準備が終わらなければ、何をしても意味が無いと思うので、ターゲットは8月15日にする。それが、かなえられない時には、何もしないで、聞かれたことだけ返事をする完全相談役に徹することにする。 家のジャングルの入口とその足元にあるスイスから種を買ってきた花。
2011.07.03
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斜めからインドネシアを見る 959 バスの運転で気づいたことは、信号が赤になったばかりの時にはエンジンをストップしていた。アイドリングストップという奴でしょう。徹底しているな、エネルギー節約。帰りのタクシーの運転手も冷房の設定を高めにしているとか。細かいことだが、庶民は考えているな。時差ぼけなのでしょう。昨日は12時過ぎでも皆、眠れなかったようで、今朝は、07:00の食事時間には起きてこなかった。初出勤だったが、高速道路を使わないで何分かかるかテストをした。倹約の為です。通勤時間だったことを意識しないで、高速を使えば、30分で行くので、45分と読んで家をでた。実際は、ところどころで、小さな渋滞があり、予想以上に時間がかかってしまって、60分でした。15分の遅刻でした。 どうも、職場の雰囲気が硬い。何故でしょうか、机に向かって考えているのでしょうか。これから、この雰囲気になれなければならないと思うと、かなり、抵抗がある。 家の雰囲気はガラッと変わった。親子孫合計5人、妻が一人きりだったのが、一挙に、賑やかになった。この賑やかさが続くことを願う。 半月の間、南部化成テクノに勤め、半分はそれ以外の場所で仕事をすることにした。提案をしようと思うが、いつになったら始められるでしょうか。とにかく、硬い。私のような自由人にはかなりの抵抗がある。押出の製品開発、何か一つくらいは残したいが。 昨日の一日も長かったが、今日の一日の方が遥かに長かった。どこで、何をしていいやら、何も分からず、こんな、新入社員のような雰囲気を味わった記憶はない。 開発会議のようなものに出席させてもらったが、殆ど、何のことを云っているのか、さっぱりわからない。物を作ったらいいと思うのだが、それだけでは、無いらしい。物作りより、理屈が優先という感じがする。世界観が違う処へ来てしまったと感じる。大改革が必要だと提案してほしいと、雰囲気は言っている。
2011.07.02
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斜めからインドネシアを見る 958 昨日の夜から朝まで殆ど眠れなかった。殆ど一時間おきにメールをチェックした。メールが送られてこないことを祈った。そして、メールは、入らなかった。09:00前に家を出た。迎えに羽田へ向かったが分からないことばかり、品川まで新幹線で行くことは知っていたが、次は浜松町からモノレールで行くしかないと思っていた。静岡駅で聞いたら、京急線が品川から出ているという。それじゃ、それも、一緒に、と言ったら、私鉄だから、品川で買ってくださいと言われた。品川へ着いて京王急行線までが遠かった。券売機までに二回聞いてしまった。券売機の前に立って、さて、羽田までいくらか分からない、上に大きな地図があって、料金が書いてあったが、面倒だった。そこにいた女性の係り員に聞いて,400円のボタンを押してもらって千円を入れてもらって買ってもらった。 ホームへ入るのに、自動改札、乗車券が昔の国鉄のように小さい、しかし、見ると、言えれる口が大きい、これは、ここではないと思って、また、先ほどの係り員に聞いてしまった。そこで良かったのでした。今度は、成田と羽田を間違えて成田方面のホームへ行ってしまって、気がついた、入ってきた、列車の向きが違うと思った。違うと、気がついて、向こうのホームへ移動した。そこへ、丁度、列車が入ってきた。乗り込もうとしたら、場内アナウスで羽田行きは次の列車です、の、声が聞こえてきた。その列車は、方向が違うらしい、多分、よく間違えるので、アナウスがあったのだと思う。助かった。 羽田の国際線は初めてだが、羽田自体が20年以上前に行っただけなので、まったく、知らない場所、電車を降りて、到着ロビーまで、看板を目当てにたどり着いたのが、出迎え時間の一時間前、待ち時間を利用して、四階のエドなんとかとか、五階の土産物屋見て回ったり、デッキへでて空港全体を眺めて見たりした。 一見、成田より使い勝手が良いような気がする。肝心な出迎えは北京発チャイナエアーで時間通りの到着、ドイツから、娘と孫二人が元気な様子で出てきた。出迎えで、こんなに出てくるかどうか心配したことはない。途中で何か問題が起きて、足止めされるのではないか、ドイツへ戻されてしまっているのではないか、余計なことを考えて、もし出てこなかったらどうしようと、ハラハラしていた。 出てきた!!彼女達も直ぐ私と目があって、走って飛びかかってきた。元気々々、旅の疲れなど微塵もない。私としては、会えてよかった。 今ままで、家は賑やかだった。彼女達は既に眠っている。私は、明日、初出勤日、どうなることやら、二日続けての緊張である。2011年後半は波乱万丈になりそう。ボケてはいられないし、のんびりも出来ない。戦いが始まる。
2011.07.01
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