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1049 路肩の新しいアスファルト舗装にタイヤがめり込んで動けないでいる。舗装した路肩の地面が固められていなかったのです。笑ってしまう。ジャッキで上げようとした努力は認めるが、ジャッキもめり込んでいた。 土地と建物合わせて五百万円弱です。どうですか、インドネシアで外国人が買うことはできませんが、契約書を交わしてインドネシア人名義なら勿論買って、住むこととが出来ます。定年退職者、年金生活の方にはお勧めです。28日にインドネシアへ戻るから会社に私の車をスタンバイさせて置くようにインドネア人スタッフに頼んであった。その頼んであった総務の人にKITASを失くしたから、インドネシアへ着いたら直ぐに受け取りに行けるように申請をしておいてくださいと云うことも一週間前に頼んであった。 そのスタッフさん、かなり、私のことを心配したらしい。日本人の社長や何人かにそのことを話し、空港でトラブルになって入国できないかもしれないと話したらしい。 私が今朝ひょっこり事務所へ入っていて、KITASはいつもらえるのと聞いたら、それどころではない、皆で心配したと云う事を話された。そんなこととは全く知らずに、本人はちょっと心配したが、入国出来ないなどとは全く思っていなかった。事実、全てが、いつもの通りだった。御免なさいと謝っておいた。 結局、インドネシア人スタッフの結論は、太田さんだから、なにごとも要求しないし、イムグレの人とも適当に話が出来るし、問題は無かったでしょう。他の日本人では問題が起きたら困るから、総務のスタッフが迎えに来てくれとか、申請中という証拠の書類を送ってよこせとか、いろいろ要求されるでしょう。早くそれをしなければ、遅い、何をしてるんだ、と云われるでしょう。と、云っていた。そうでしょうね、きっと。ところで、日系のD社に私のキタスの再発行の申請をしたらしいが、一週間過ぎても、いつイミグレに行けるか音沙汰無しだそうだ。流石D社、D社にだけは頼まないで、と云っておいたのに。ローカルエージェントに私自身で頼むべきだったと反省している。といことで、今週中に手に入るかどうかはっきりしない。 インドネシアらしい事件が起きた。かなりインドネシアでは有名な吊り橋が二か所で崩れ落ちた。一つは東カリマンタンのマハカム川、もう一いつは東ジャワである。いずれも多水ではなかった。いわば、自然崩落のようなもの。車ごと落ちて死者、行方不明者7~80人とか。大規模な捜索活動が続けられている。http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage00073.htmlhttp://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage022.html川の深さは深いところで50mあるらしい。石炭や木材を積んだ大型貨物船が橋の下を行き来する。パレンバンのムシ川も似ているし、橋は、スラバヤとマドゥラ島の橋(スラマドゥ)とも良く似ている。それらのつり橋は大丈夫でしょうか。 ずっと前に書いたが、今回も、ボルトが大量に盗まれていたという情報もあり、真相究明はこれからでしょうが、いかにもインドネシアらしい。 大橋 崩落 ボルト
2011.11.30
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1048 また、また、また、インドネシアのチカランにいる。今朝06:30に家から出てチカランの家に着いたのがこちら時間で20:50(日本時間22:50)でした。日本も機内も寒かった。こちらの気温27℃、快適である。 今回失敗したのは座席を指定するのを忘れてしまった。いつも聞かれるのに、今日に限って聞かれなかったことと、KITASをいつどこでか分からないが、ジャカルタから出発間際に無いことに気がついた。カウンターでも指定されるかもしれないと気にしていたので座席をしてするのを忘れていたのでした。機内へ入る前に見たら、10Gになっていた。エコノミーの一番前である。カーテンの向こうはビジネスのところ、案の定、10Dに他人が座っていた。一番後ろを眺めたら、ほとんど空席,機体が安定してから、後ろを見たら、既に、そのあたりの座席には移動して行ったひとで占められてしまっていた。残念、眠る事がほとんど出来なかった。睡眠不足で疲れている。 KITASを無くしたこと、機内で入国手続きをする若者に指摘されるだろう、されたら何と言おうか迷っていて、決めていなかった。口から出まかせを云うつもりになっていたが、その若者、指摘するどころか、私が住んでいる場所の近くに姉さんが住んでいる、などと、世間話をしながら、入国スタンプを押していた。分ったことは、KITASを持っていなくても問題無いという事でした。 大分以前に出国の時にイミゲレでKITASを出しているのにブクビルも見せてくださいと云われたことがあった。今回は問題なかったが、やはり、全部のカードを持っているに越したことは無い。 日本から電話して、インドネシアへ戻ったら直ぐにカラワンのイミグレへ受け取りに行けるよう申請をしてもしいと云ってある。 持ち込んだ剪定鋏10丁と自動カッターナイフ10枚と磁石のフェライトはどうだったでしょうか。全く問題なし、バゲジにチョークのチェックは無かった。ところで、通くらいのバゲジに真新しいチョークのチェックが数か所されていたものがあった。私はこんなに何箇所もつけられたことは無い。よっぽど怪しいものが入っていると見られたのでしょう。どんな人が取るだろうと思って見ていたが、私のバゲジが出てくるまで何周も回っていたので目立っていた。 タクシーLaks、イノファでMM2100までトールフィー込みで33万Rp(3000円弱)でした。MM2100からブルーバードのメーターで行くときいは28万Rp+トールフィー15500Rpです。空港からブルバードのカウンターで頼みと45万Rp以上になる。 暫く、ド寒い中05:30起き06:30前に出発し、一時間20分以上かけて会社へ行く必要が無くなった。また、小さいが手加減を知らない二人の暴力から逃げることができた。 その家の玄関方面を私の部屋の縁側から見て、一句 “秋深し、芋蒸かして、屁を吹かす”どうでしょうか。小学校が左後ろに見る、後ろには体育館。家から小学校までの距離は500m以下である。 ID KITAS KIMS
2011.11.29
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1047 なんだかんだと、今年も残すところ一か月になってしまった。しかし、この二三カ月は大変長く感じる。来年の三月末までには、もっと長く感じることでしょう。月曜日からのインドネシア行きは、新規お客さんの開拓が主目的になるが、どんな仕事があるかを知ることが主で、実際にその仕事を引き受かるかどうかは私が判断することではない。 ただし、私自身の近未来になにかそれらのことが影響するかもしれない。 もう一つの目的は装置の増強についてです。 昨日の地震の予知に話の続き。刺激されるという考えはあるのでしょうが、ガス抜きという考えは無いのでしょうか。東海地震がいつ来てもおかしくないと云われ出して30年以上、また、それを強調した本人の言動は今全く消えてしまっている。今どうしているのでしょうか。一番の根拠は過去千年ほどの周期です。本当におおざっぱにいって150年間隔で来ていたと云うだけであった。近くの動きは何億年から見れば千年なの一瞬に等しい。その一瞬を摘みとって、予測、予知するなどという子供騙しはやってはいけないことでと思う。事が一つ。そして、この50年に限っては、予知しなかった他の地域でM7以上の地震が起きていて、そのたびに東海地方は揺れを経験している。そのたびに、歪が抜けている。また、刺激された稼働はM6~7,で、震度5強は10回近く起こっている。被害は皆無と言っていい。そのたびに、これは東海地震とは異質で以前として東海地震の懸念は残っていると云われた。私は、そうではないと思う。遠くの地震の大きな横揺れ、地元震源の縦揺れ、何十回も経験するたびに、岩盤の潜り込みに依る歪は緩和されていて、今日大地震が起きる可能性の将来に伸ばしているのではないかと推測する。だから、日本の特に太平洋側である程度大きな地震がある度に東海地震の発生は向こうへ逃げていっていると思う。太平洋側の他の地域で地震が起きなくなって50年以上経過するようだったら、東海地震の心配が現実味を帯びてくるのではないでしょうか。だから、私は生きているうちには東海大震災は起きないと確信している。 妻が回転すしを食べたいと云うので孫二人と付き合った。何を隠そう、実は回転すしを食べたのは初めてでした。味は、普通の寿司の味で特にどうということは無かった。四人で4800円と高いと思う。私が払ったわけではないが、孫たちが食べたいと云っていたマックの方が遥かに安くて満腹になる。もったいないと思う。そう思うと、寿司を食べるなら、夕方7時過ぎにスーパーで何割引きと書いてあるパックを買った方が手ごろな値段だし、味も良いと思う。 回転すし 予知 無謀
2011.11.28
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1046 孫の学校開放日、昔の授業参観日を父兄参観日ではなく、家族参観日にしたようなものに、初めて参加した。娘の参観日には私も妻も一度も出席したことは無かった。唯一、私が娘のために出席したのは小学校の卒業式だけだった。妻はそれも無かった。しかし、今日は妻と一緒に孫の学校へ行った。妻はこの学校で何年間か勤めたことがあるし、退職してからも、何とか教室ということでボランティアで、学校へ行っている。私は全くの初めてで、妻について云ったようなものでした。 算数の計算授業に私も参加して足し算の問題を一緒に解いてやって、計算の方法を教えてやった。始めてあったばかりの小学一年生と計算問題で話が弾んだ、と、思っている。 地震予知は出来ない、当てたためしがない。地震が起きると、必ず、私は予知していたと云う人がいる。後だしジャンケンもそこまで行くか、と思うくらいだ。昨日、また奇妙な予知?予報?が出された。懲りていないなと思う。地震学者たちは東北大震災の後、自分たちの無力さを痛いほど感じただろうし、予告や予報に意味が無いことを知ったはずですが、また、変な警報を出した。もっと、ずっと前に、私は、その無力さ、云っている事のむなしさを感じていた。怒られるかもしれないが、だから、私は地震のことで訓練に参加しようとは思わないし、訓練をしている人達の心理状態を理解できない。三陸沖北部から房総沖の海溝寄りで起きる可能性があるマグニチュード(M)8以上の巨大地震について、今後30年以内の発生確率を大震災前の20%から30%に引き上げるなどした。東海地震の30年以内に起きる確率が68%だった(いつから30年以内だったの?)を見直すそうです。北海道や北陸、中国、四国、北九州、南九州地方、近畿地方の予知はどうなっていたのか、また、見直して何年以内に何%の確率でM7~8は起きるのでしょうか。以前にも書いた30年前に東海地震がいつ起きてもおかしくないと云ったのは、その時の30年以内に起きる確率は何%だったのでしょうか。未だに起きていない。その間にどれ一つとして予知しなかった奥尻、北九州、長野、新潟など北陸方面、北海道、神戸淡路、そして今回の3.11地震津波など大震災と言っていい地震が起きている。今回、予知を見なおした研究者は、それをどう思っているのでしょうか。30年以内に30%というのなら60年以内に何%、何年以内にほとんど100%という予知をしていただきたいと思う。また、何年か後に予知を見直すと云っている。何年後に何%の確率で見直す必要ができるのか予知してほしい。見直す時期が数年後だったら、今の予知もその数年後以内に何%の確率で起きるか予測してほしい。そしてまた、だから何をしろというのでしょうか、何をしますと云うのでしょうか、、何も云わなければ、単に、人心を惑わせているだけでしょう。結局、予知、予測は無意味なのです。止めてほしい。日本に住んでいる限り、一瞬後にM7~8が来てもおかしくないと思うことです。地震学者もそういえば良いのです。『「何よりも、大切なことは、自分の身、そして、守りたいものは自分で守りましょう、」という、決まり文句を南無阿弥陀仏のように唱えることです。』と言えば良いのです。地震学者は自然の不規則性に勝つことは100年後になっても出来ない。無意味 無駄 無視
2011.11.27
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1045 試作の後始末と私がいない間に他の装置を使う人のために私の装置をかたづけた。また、金型の大幅な改造をお願いした。結果はどうあれ、色々な意味でやれやれである。 家の土の庭に霜が降りていた。霜柱までにはまだ間がありそうだ。今冬一番の冷え込みだそうだ。ただ、天気が良いので昼間は、かなり、気温が上がっているに違いない。 ちょっと、思い付きの話 日本に公衆トイレ、特に、公共のトイレに未だに昔ながらの日本式トイレがある。小学校や中学校などはどうなっているのでしょうか。孫を連れて公園などに行った時、和式にトイレに当たると、私もびっくりするが孫はもっとびっくりして戸惑う。最近は洋式が無ければ仕方が無いと、使うが、以前は、出来ないと云って、拒否をされ困ったことが度々だった。 しかし、和式の良いところもあると思う。構造が単純なので、掃除がしやすい。水を流すハンドルが目の前にあるので、自分の便を見なくて坐ったまま、後ろから勢いのある水を流してしまえる。立ちあがったときには目の前に何もない状態になっている。また、股を大きく開いているので、お尻の穴の奥まで便をふき取りやすい。 で、洋式の良いところは、長い間坐っていても痺れを切らさないし、用が無くなっても坐ったまま、本を読んだり考え事をしたりできる椅子と同じ。日本が世界的にも誇れる洋式便器に付いている色々な機能は本当に便利である。私の家では30年以上前から洋式を使っていた。そして、10年に一度は新しい機能が追加されたものに取り換えていた。 温水で洗って吹く、拭くという機能は痔を減らす効果があると思う。 ただし、どうでしょうか、立ってからでないと、タンクの水を大量に流せない、というのは。ボタンを押すか、ハンドルを回すか、ハンドルを下に押すかの方法だと思うが、いずれも、後ろにあるので、坐ったまま、後ろに手を廻してそれらの操作をする人はほとんどいないと思う。やりにくい。だから、全ての行動を終えた後、立って、便器の中を見ながら、水を流すことになる。私はこの瞬間が気に入らない。自分の排泄物の状態を確認したいと云う人には良いかもしれないが、私は出来れば見たくない。 こんなに便利な沢山の機能を持っているトイレの水を流すボタンが左右どちらかに無いのが不思議なくらいで、便器メーカーはそういうトイレを売り出しているのでしょうか。ピンポイントでシュッと吹き出す装置が何十年も前からあるのに、ザーと流すボタンが脇に無いのを不便だと感じる人は少ないのでしょうか。あれば売れると思うのですが。 飛行機のトイレは後ろや横のボタンを押せば真空装置でしょうか、ブアーと吸いこんでしまう。その先はどうなっているか知らないが、ボタンが横にある時は便利だと思う。 バリ島で一番有名な海岸クタ 今日のネタとは関係なし。 便器 排水 不快
2011.11.26
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1044 実質、今回日本での仕事は終わった。満足とは程遠い結果だった。約半月何をしたのでしょうか、意味のないこと、時間の無駄使い、欲求不満、糞づまり、そんな表現になってしまう二週間でした。金型修正の依頼はしたが、その修正が正しいかどうかは自信が無い。そして、その、トライをするのは、来月の20日過ぎになる。皆さんが黙って待っていてくれるとは思わない。この状態のまま、インドネシアへ逃げる形になるが、インドネシアはインドネシアでやらなければならないことがあるし、私自身がやりたいこともある。どちらも中途半端になってしまいそうなので、この生活は契約一杯までで延長しないことも決めている。帰りに太田化工へ寄ってインドネシアへ持って行くナイフを受け取った。このナイフは、インドネシアでは手に入らない。消耗品で、どうしても使わなければならないもので、インドネシアでは手に入らないものは、15年前から、日本で買ってインドネシアへもて行く、ナイフは鉄の材質の問題で、手に入らない。剪定鋏もやはり材質の問題だ。剪定ばさみを10丁買った。 その折、焼津から大崩海岸を通った。先々週、富士山に降った9合目以上の雪は寝雪になると確信していたが、ほとんど消えかかっていた。昨日かなりの雪が積もり、薄らではあるが、5合目まで降りてきていた。その富士山です。大井川の橋の上からと、静岡石部からです。富士山、駿河湾用宗付近、静岡市街、日本平や久能山、その後ろに愛鷹山(アシタカヤマ)が見える。“優しさを形にしました”PARAMOUNT BEDのコマーシャルの最終のセリフです。私はその手伝いをインドネシアで14年前からしています。病院のベッド、介護用ベッド、私自身は使いたくないが、パニック障害(その時は分からなかった)の時、入院したインドネシアの病院の全てのビップルームでパラマウントベッドのベッドに寝た。そしてそのベッドには私が作った部品が使われていた。でも、これからも、世話になりたくない。不服 半端 未完
2011.11.25
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1043 日本で仕事ができる日は出勤してやらなければならない。今日も出勤でした。勤労感謝の日 祝日法では、“勤労をたっとび、生産を祝い、国民互いに感謝しあう”ということになっている。1948年に制定、戦前は“新嘗祭”といわれ、農作物の恵みに感謝する日だったらしい。日本の祝日は戦前の“何とか祭“”何とか節“と同じ日にしているのが多い。 ということで、私にとって別にこの日にどうのこうのということは無いが、勤労できる自分に感謝している。仕事ができなくなってしまわないように願うだけです。仕事が趣味であり特技の一つですから、これができなくなったら、生きている意味の大きな一つが無くなってしまい、落胆も大きいでしょう。仕事をしていることが、生きている証のようなものですから。 お金は足りているのだから、お金を稼ぐために仕事をしなければならないと云うわけではない。勿論、沢山稼げれば、その分、多くの人に分けてあげることは出来るから、その方が良いには違いない。金銭で手伝うか、仕事(技術)で手伝うか、いずれにしても、手伝いは出来る状態が続くように出来たらいいと思う。 “情けは人の為ならず“他人のために何かすることはその人のためではなく、結局、自分のためになる、と、云う意味ですが、他人に情けを掛けることはその人が、頼るようになって、自立を阻害するからその人のためにならない、と、言う意味だと思っている人が案外多いのではないでしょうか。それもそうだと思う。国の税金から、何億円、何百億円、何兆円を注ぎ込んでも自立できない集団が既得権を主張する。小学校の学級委員会のような何とか仕分けなどと言って、これも、無駄な時間を使って結局、強制力はない。こんなバカなことをしていないで、結果を出せない、そういう集団に情けを掛けることは止めると、勤労感謝の日に宣言する総理大臣がいても良いと思う。 曾祖母と曾孫 私の母親と孫 奉仕 無駄 勤労
2011.11.24
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1042 先日は11並びでちょっと話題になったが、今日は22日でいい夫婦という日らしい。日本だけだね、これは。いやいや夫婦、いけいけ夫婦、いらいら夫婦、今年はそれに、11,11,22だから、特別にいらいらいやいや夫婦、と解釈する人もいるでしょう。内はどうか、いないいない夫婦でしょうか。 一般の人にはほとんど馴染みが無いウルトラエンプラを使ってのトライをした。これは、わたしが普通にやることで、樹脂が手に入りさえすれば、淡々と、勧めることができる。何社から無償でサンプルを頂いた。快く、出していただいて、感謝です。インドネシアにいたら、こういうわけにはいかない。私にとっての試作は一般汎用樹脂ではやることは無いので、あまり、他人が扱わない特殊樹脂を手配することになる。こういう仕事は面白い。ということで、一通りの製品サンプルは出来た。インドネシアへ持って行くことになる。その前に、原料を提供してくれたメーカーに結果の報告をする。まだまだ、他にやってみたい原料がある。それらは、来年になってしまう。日本でも営業の参考になるかもしれないが、こういう樹脂の製品の売り込みは難しいので、どうでしょうか。知識で武装しないと誰にも勧めることは出来ないが多分知識が無いでしょう。 私の車が走り出す前に、彼女は走り出す。近道を通って一号線まで出て私が着くのを待っている。そこで、行ってらっしゃいと握手をしながら云う。06:30過ぎです。05:30に起きて06:00朝食、時々抜き、インドネシアなら土日のゴルフへ行く時間、日本では毎日島田ゴルフへ行くようなものである。土日だけゆっくりできる。07:30に家を出ればいいインドネシアと全く逆の出発時間である。 試作 結果 エンプラ
2011.11.23
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1041 チューブ金型のトライ、PCパイプを作ってみた。ノズル、マンドレルの径と比率が不適当の状態で外径14Φを作った。PCの原料は今までと同じものなので、押出成形向きではないが、パイプだから、何とかサンプルを作ることが出来た。 比較の話です。交通事故の頻度は、おそらく、インドネシアと日本では10分の1くらいだと感じる。それほどインドネシアでの交通事故は多いし、故障者の邪魔も多い。一区間で事故を目撃しない日の方が少ない。だから、写真を撮る機会も多い。今朝、通勤途中、いつ渋滞していない場所で渋滞していた。何事かと思っていたら、対向車線で交通事故だった。信号手前で止まった車にほとんどノーブレーキで追突していた。対向車線は塞がれたままなので、片側交互通行になっていての渋滞でした。インドネシアなら、この状態にしておくことは全く無い。直ぐに通りかかった車から人が降りてきて、路肩へ移動させてしまう。だから、両方向とも通行は出来るように直ぐなる。ただし、見物、徐行渋滞になる。 ちょうど出勤車で混む時間、延々と渋滞が続いていた。日本の運転手はおとなしいものである。インドネシアなら、こちら側車線にもドンドン車が入ってきて、三列になってしまう。 若者にチューブ金型のセッティングの方法を教え、PCパイプの引っ張り方を体験してもらった。250℃以上の熱い樹脂だが火傷を恐れず果敢に繋げるように指導した。この仕事は火傷をしないと覚えない。私事だが、自分で繋げる仕事をすれば必ず火傷をする。今回も指先や甲に数か所火傷をしている。アチッと感じた時にはもう遅い、確実に火傷をしている。何も手当はしない。一週間もすれば、跡が分からなくなってしまう。回復力は衰えていない。火傷は勲章である。 交通事故 法規遵守 火傷
2011.11.22
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1040 日本は残り一週間になった。"明日もね、晴れるかな"でいいのかな?の通り、昨日の嵐のような天気とうって変って快晴、洗濯ものが良く乾いた。 オリンパスといい大王製紙といい、この日本の戦後最大の危機というのに、一体、何をしているのでしょうか。全く、海外からの信用を失う行為だという事を、感じないのでしょうか、私利私欲、護身に走り、それが、永久に、誰にもばれずに隠し通し、元の正常な姿に戻ると思っているのでしょうか。あまりにも、バカバカしくて、不気味なくらいである。政治家の不在と経営者の体たらくと救いようが無い。 何百億円がどこかへ行ってしまっていることを、一人だけが分かっていて他の誰もが知らないと云うことは有り得ない。多くの人が、知っていて、目をつぶるか、一緒になって、隠すことに協力していたかのどちらかである。そして、協力者も何らかの分け前を受け取っていたに違いない。正義の味方として、指摘をしたり、疑ったりする人は遠ざけられたのでしょう。組織ぐるみの犯罪です。似たような会社は沢山あるのではないかと思うのは普通である。氷山の一角に違いない。株主にとってはたまったものではない。特に外国人、外国企業株主にとっては、日本企業全部を疑うことになる。奴らの顔を見ると虫唾が走る。恥知らず!!!と叫びたい。盗っ人猛々しいとはこういう人達の事をいう。 信頼されている人が裏切りで犯罪をしているのですから、云いすぎかもしれないが、おれおれ詐欺やATM荒らしや自動販売機荒らしなど可愛いものである。 会計事務所や会計監査は二年くらいの短期間に交替させることを商法に盛り込んだ方が良い。 インド洋の高い波。海水浴をする人は全く居ない。遊泳OKというのは波打ち際で波と戯れるのがOKということで、遊泳禁止というのは波打ち際で波と戯れることもサーフィンも禁止、ということです。遊泳禁止の時には一人もいなくなります。 サーフィンをする連中だけが多少沖へ出る。 小舟を出す海岸は遊泳場と同じですが、必ず、笛を鳴らしながら出入りをします。 詐欺 裏切り 人でなし
2011.11.21
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1039 多分、真夜中からでしょう、雨が降り出した。一日中うすら寒かった。仕事をした。どうしても、今使っている樹脂は溶けて出てくる状態が押出成形向きではない。なぜ、こんな原料を手配したのか、私には分からないが、とにかく、この樹脂しか、私に与えられていなので、何とか、しようとして、今日も条件いじりからテストを始めた。 通常のこの樹脂の成型温度より20~30℃も下げてみた。それでも粘度は満足いくものではなかったし、表面もざらついて艶が無い。白濁して透明も足りない。押出機とこの樹脂に相性が悪いのか、もともとこういう樹脂なのか、結論を出すことは出来なかった。取りあえず、満足ではないが、サンプルを作った。しかし、それは外観的にNGである。 ひとまず、この製品については、試作終了である。 安全靴とヘルメット、この職場では、頭と足の事故が最近あったらしい。そこで、現場は帽子だったのを、ヘルメットをかぶることが義務になった。どんな時でも、事務所から出る時にはヘルメットを着用しなければならない。これが、重くて、邪魔、あせを掻きやすいので大嫌いである。それに、ヘルメットをかぶっていないときにはぶつからないものにブッツかる。頭の上が見えないし、ヘルメット部分、背が高くなっているからである。 安全靴は私にとってドタ靴である。これも重い、歩くのに抵抗がある。運動靴に比べると重いので、足が上がっていない。普通なら躓かないちょっとした出っ張りにもひっかかる。い私が45年以上仕事をしてきた現場で、ヘルメット、安全靴は初めてである。ヘルメットを被らないで、頭に怪我をしたことは無い。また、足先に何かを落として、怪我をしたことも無い。しかし、ここでは義務づけられている。他の事業所へ行くときも、持って行くことを忘れてはならない。私としては必要が無いもの、邪魔な物、習慣になっていない物の事を常に念頭にしてあらゆることをしなければならない。忘れたことに気が付くと、取りに戻らなければならない。また、メーティングの時に名指しではない注意をされる。仕事に集中できるはずがない。 場合の依っては、トップに近い人間がその下やまたその下に、そのことで切れて大声を出している時もある。 建設現場で仕事をしているわけでは無いに、一度も使ったことが無いのに、頭の上と足の感覚は違和感ばかり気になって仕事をしにくい。とにかく、仕事をしている最中、安全靴とヘルメットのことを考えなければならない、こんなバカバカしいことは無い。安全靴 ヘルメット わずらわしい
2011.11.20
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1037 プレッシャーがきつい。どうしても、ものにしなければ恰好が付かないと思っているが、うまくいかない。何年ぶりかに壁に付き当たった感じ、回りの目を感じる。きつい。 22日のインドネシアへの戻りは28日に変更した。試作が目白押しになってしまった。自分でそうしてしまったのですが、来週は目いっぱい、勤労感謝の日の勤労に感謝しながら、仕事をしなければならないでしょう。孫たちの相手は出来そうにない。 その孫たち、私が日本の家にいる時には毎週土日にはどこかへ連れてってとねだる。自分たちで水族館とか、動物園とか、海浜公園とか、決めるために、ジャンケンをしている。こちらが、どこでも連れて行ってやるとは一言も云っていないのに。私が家にいてどこへも連れていかないとなると、彼女達はしつこく、お願い、お願いを繰り返す。そのうち、おじいちゃんはケチなどと言い出す。蹴ったり,叩いたり、立っていれば、抱きついて、私によじ登ろうとする、坐っていれば、肩から頭の上の登ろうとする。あっちへ行っていろ、おじいちゃんに近寄るなと叫んでも、全然効き目が無い。そのうち、どこかをぶっつけたり、落ちたり、挟んだり、姉妹で何かの争いになったりして、泣きだす。いい加減にしろと叫びたい。 先ほども、二人に寝る前の本読みをせがまれ、二冊の本を30分近く読んで、やっと眠らせた。眠っても暫くその場にいないと、立ち去るのに気が付いて起きてしまうと、また、10分以上付き合わなければならなくなる危険がある。こちらもかなりのプレッシャーを感じる。 アセアンサミットがバリで開催されている。日本の首相、誰だっけ、彼も行っているようです。インドネシアでは、セキュリティの関係で、ジャカルタより開催しやすいのだと思う。それに、ちょうど、以前書いたシーゲームを開催しているので、そちらの方で色々な人間が入ってきている。なお、ジャカルタ付近は不安があるのだと思う。ユドヨノ大統領の晴れ舞台である。仕事 孫 バリ
2011.11.19
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1036 金型が不ぞろいで、また、修正、今週中にはできないことが分かってしまった。というのも、一つの金型屋のおやじさん、一昨日、親戚の葬式に出て、その時の食事で当たってしまって、昨日今日と寝込んでしまった。情けない声で、そんな報告をしてきた。20人近く、集団で中毒らしい。ニュースになると思うのだが、私はそのニュースは見ていない。 原料調達を正式ルートで頼むといつになるやら分からないので、自分で手配している。難しい、特殊な原料なので、職場内の担当の方に頼んでも、知識が無いので、原料メーカーから、何か尋ねられた時にいちいち私に聞かなければ返事ができない、遠回りになってしまうし、正確に伝わらない。その上、商社を通して頼むのでは、なお、分けの分からないことになって、黙っていれば、その話は消えてしまう運命が待っている。 直接、メーターの営業担当者に頼めば、どういう場所に使うから、それに合うというか、耐えられると云うか、そういうグレードがありますか、ぴったりの物がなければ、近いもの、どれは満足するがこれにはちょっと足りないとか、色々話が出来て、その場で、どれを試してみたいので、それを、ください。いつまでに受け取ることができる、まで、一回の電話で決めてしまうことができる。組織を通していたら、そうはいかない。 私も同感だし、他の人には私の早さを見せて、こんな具合にやれるようになってほしいと常にいっている。現職場でも上の人は、早く早く、何でも早い方が良い、と云っているが、早さの足を引っ張る組織を必ず通せともいう矛盾。 既成概念を捨てよ。と、スローガンのようなことを云っていた。坐っての仕事を立ってやってもらうことにした。今どき、立って、走り回ってやらなければ価格競争や値下げ強要について行けない。などという製造業はいちはやく止めた方がいい。そんな仕事は海外でやってもらえば良い。日本の会社は、坐って、頭を使って、たまに立って、歩きまわって考える。そういうことにしていかないと、生き残れないようになっている。既成概念を捨てるなら、会社を分解するとか、大きな変化をさせなければならない。私がいつもいうのですが、1%2%の利益改善は難しいが、20%30%の利益改善の方が簡単だと。こじんまり、トイレットペーパーに使用料を減らせとか、コーピー用紙は裏も使えとか、ボールペンはインクを交換して使えとか、爪の先に火をともすような、気使いは、既成概念の中です。 バリの穴場、かな? このまま ちがう なに
2011.11.18
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1035 試作三日目まだ、満足できるものは出来ていない。根本的に製造方法を変えないと出来ないと判断し、大幅な改造をすることにした。直ぐには出来ないので一日待つことにする。その間は、チューブ、パイプの金型のセッティングを指導する。 また、今日も、面倒なことがあった。全く、分からない状況の中で、双方から私にある仕事の依頼があって、それを、なんとなく、勧めていたら、双方から、クレームがついた。私としては、何かと複雑らしい、手続きについて無知な私が、依頼を受けるべきではなかったと、直接やっていただかないと、反省している。 この話についても、もう、どちらかが云う事を相手に持って行けば、それは違うはずだと云う。そんなことを云われたって返事をしようがない。直接話をしてください、お願いしますと、頼みこむ以外に方法は無い。今後、頼まれても、決して引き受けないようにしたいと思う。入社して間もない上に、来年の春にはいなくなるつもりでいるので、しがらみは作ってはいけないと思っている。今の環境は厳しすぎる。何かをしようとすると、私にとっては思いがけない障害が現れる。最終的には金額的に自腹を切ってまで、早く、しがらみを切らなければならなくなるかもしれない。そこまで、腹をくくっている。個人的に頼まれているが、今の職場では出来ない仕事です。出来ないと云うより、予想ができない、わずらわしい障害を克服することが主な仕事になってしまうので、駄目だ。そのための準備を12月から始める。この職場では、仕事を教えながら、新しい事には手を出さず、別の場所での次の仕事の準備のための原料手配を始めた。自分のために、来週中に色々な、サンプルを作る。そして、来月初めには、サンプルを持って行って提案をする。それは、頼まれている事の一つです。 今日のことで、脱出を決定した。本当に疲れる。この歳になって、私の技術以外のことで、もめ事に巻き込まれたくない。大井川の朝、夕方の買い物複雑 決心 決断
2011.11.17
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1035 今日もトライ、金型修正と原料の乾燥は十分だったが、出てきた原料はぶつぶつだらけ、その上、溶融粘度が低い。押出用の原料ではないようだ。とろとろ、ぺたぺた の原料ではどうにもならない。形状が出来ても外観でNGである。そして形状は出来た。原料が押出機と相性が悪いのではないかと思う。自分が指定した原料ではないので、どうにもならない。私が使うなら、もっと溶融粘度が高い物を使うし、溶融金型葉小さいものを使う。ここではそれができない。 自分が準備したものは装置だが樹脂は選べない押出機も選べない。ないない、の中で結果を出すのだから大変である。しかし、出す。もう一日で結果は完全にでる。何が良くて何が悪いのか、悪い部分を変えれば、完成品が出来上がると。 太田君、どこにうろうろしているか分からないから、今の内に云っておくよ。12月30日はどこどこで、何時から、1月の3日はどこどこで、何時から、恒例の年末年始のゴルフのことです。そりゃそうでしょう。今から云っといてもらわないと、今年はどこへ行ってしまうか、自分でも分からない。それを知って、一か月半前にわざわざ、言いに来たのです。その時に、太田君、来年は利益に貢献してくれよ、と、つぶやいた。私が思っていることを全く無視してと云うより、何を思っていようと、俺が云うことに従うと思い込んでいるかのようにです。これは、"もしドラ"を読んだ人とは思えない。 ドラさんと私とでは、話の基本が違う。組織に入らなければ社会に貢献できないのでしょうか。いや、組織に参加しなくても社会にあるいは個人に貢献は出来ます。個人で税金を払うことも貢献だし、足長おじさんのように貢献も出来ます。だから、組織のマネジメントなど出来なくても、あるいはしなくても、社会貢献は出来るのです。 それに、もう一つ、組織の中にあってもマネジメントが必ず必要とは言えない。ということは、ドラッカーを勉強しなくてもいいし、もしドラを参考にしなくても、社会貢献は出来るから、組織の中で、必ず読めと云う人は間違っている。読まない人の評価を下げる人も間違っている。感想文を書けと云うのも間違っている。 感想 感想 完走
2011.11.16
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1034 この職場で初めてのトライ、10:00頃スタートしたが、いきなり、出てきた樹脂が泡だらけ、こんなの見たことが無い、明らかに乾燥不足、原料に水分がたっぷり含まれたままである。乾燥機、なんだかよくわからない。中古で買ったらしいが、構造が複雑で装置のどこが何の役割をしているのか分からない。只、云われたままに、ここへこのように原料を入れてオンにすればいいと云われただけで乾燥を一般常識の温度で5時間した。見事に、取りだした原料が熱くない、手で触れる。せいぜい、80℃くらいしかない。設定温度なら、軍手を二重にはめても熱くてずっと触ってはいられない。温度が設定どおりには上がっていないのでした。 その乾燥機を止めにして、一般的な定置式皿の乾燥機で乾燥することにした。一晩中乾燥し、明日、再トライということにした。 押出機も使い勝手が良くない。戸惑いが多い。 という分けで、今日のトライはトライまで至らなかった。今まで、そんな問題が無かったのでしょうか、不思議である。インドネシアで作った金型にも問題が見つかり、その修正を依頼したが、そのことは、乾燥が不十分で試作を継続できなかったので、影に隠れた形になった。 もう一つの金型は今晩のフライトで日本へ送られる段取りになったと云う知らせ。問題が無いことを願うが、問題はあると考えて受け取った方が次の手を打ちやすいでしょう。 インドネシアの工場の様子も刻一刻と伝わってくるが、興味深い点が多々ある。このまま、いつまでこの状態が続くのでしょうか。早い決断が必要だと思う。 清水三保ノ松原、羽衣ノ松伝説の地です。孫と戯れる。 改良 何故 迅速
2011.11.15
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1033 “もしドラ“?モシ、ドラエモンだったら?もし、ドラクエだったら?何も知らなかった。会社で、このことについて感想文を出せと云うような通達があった。何のことかと、社員に聞いたら、高校野球の弱小チームのマネジャーになった女の子がピーター・ファーディナンド・ドラッカー(Peter Ferdinand Drucker)のマネジメントに関する著書を読んで、それを参考にして、チームを甲子園に導く話だと云う。それを読んで読書感想文を書けと云う事らしい。 この物語とアニメからドラッカーを初めて知った人は多いだろう。世の経営者の中にもアニメや物語から知った人もいる。これを機会に社員教育に使おうと考えた経営書も少なくないと思う。 マネジメントとは何か、会社という組織は社会貢献をする義務を担っている、それには、その組織は社会に何らかの形で必要とされるようにならなければならない。一定の利益を確保しなければならない。その社員は組織に利益をもたらすとともにその対価として十分な報酬を受ける。その流れを巧みに操るのがマネジメント、マネジャーに求められる。トップだけではない。 ドラッカーはそのマネジメントに必要なことを色々な角度から、提案しているのだと思う。ニーズとは、マーケティングとは、イノベーションとは、マネジメントの重要性を感じ、マネジメントについて学ぼうと思い、読んだ人は多いし、組織のため、本人のために勉強し自分の存在感を高めようとした人はいるだろうし、トップは部下の全てがドラッカー的のマネジメントを実行してほしいと思うでしょう。 それはそれでいいのではないでしょうか。それぞれの能力や環境や人間性とそれらの絡みをどう解釈するのかが最重要で、もともと優秀な人材を集め、その人材育成や適材適所に配置、こんな難しいことは無い。世の多くの人が上手くいっているといっている組織は、何でもかんでもがんじがらめにしようとしたトップが率いていたと思う。その組織のみならず、その組織に従順な組織を率いたと思う。自由放任主義はトップとして失格だと云っている。 要するに、うるさく、やかましく、個人の考えを否定し、自分の考えに従うように仕向ける人がトップから順に下まで配置されていることが必須条件です。怒鳴る人が多いほど、その組織はニーズに答えているのです。 二代目が組織を傾かせる傾向にあると云うのは、創始者は強烈な個性で組織を引っ張って来たのに二代目は優しいからです。組織の引き締めが緩くなるからです。 ドラッカーの名言集はふっ飛ばさなければ、組織は継続しない。 富士山二枚どこからでしょうか、分かる方は静岡に詳しい。 もしドラ 富士山 マネジメント
2011.11.14
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1032 日本へ戻って最初の休日、妻の生け花教室があって、生徒や友達が大勢集まるので、例によって、9時頃には家から出ていかなければならなかった。上の子は小学校の行事で母親と出かけてしまったので、下の子の面倒も見なければならなくなり、二人で、車で出かけた。特に行く処も無いので富士山が綺麗だったので、富士川まで行ってみた。生まれ故郷の川原へ孫と行ってみたことになった。4才までこの近くにいて小学校の時には毎年、おじさんの家に一週間ほど泊って、従兄弟たちと遊んだ。川原の様子で一番変わっていたことは、サッカーグラウンドがかなり広い範囲に何面も作られていて、それらの全部で若者から年寄りまでプレーしている事でした。私が昔ここにいたのは戦後10年以内ですから、当時は、川原に畑が作られていて今で云う、家庭菜園でした。それが勿論今でもあるが、当時の風景とは全く違う。私の記憶はこの川原で沢山残っている。今の新幹線、東名、バイパス、水道の橋は無く、一号線と東海道本線の橋しかなかった。その二つの橋の間に多くの畑が作られていて、リヤカーと背負いかごと鍬が道具だった。リヤカーに乗って後ろ向きに足を垂らして坐って、行き帰りをした姿が残っている。薩摩芋やニンジン、トウモロコシ、エンドウ豆など、喜んで収穫や種まきもした。ひもじいとか寂しいとか、つまらないなどという記憶は全くなし、近所のおじいさんやおばあさん、おじさん、おばさんにも可愛がられた記憶ばかりで、畑へ連れて行ってもらったり、米屋でお米、ピーナッツや冷凍イカや炭などの配給がある時には、少し、余分に貰ったりしていた。本当に恵まれた環境で育ったし、何が足りないなどと思ったことはまっくなし、この富士川付近での幼少時代は静岡に移ってからの生活と重なる部分はあるが、どちらも、恵まれ過ぎるくらい恵まれた環境で育ったと思う。8月お盆の祭りで、川の真ん中の川原に竹竿の上に籠が着けられ、その籠の中に火が付いた松明を投げ入れるという祭りがあった。其の辺りの青年が大挙して参加し、大騒ぎの雰囲気の中で子供ながら強烈な記憶が残っている。子供は全く近づくことも出来ない。今はその祭りがあるかどうかは知らない。 この付近の思い出は富士川だけではない。山のミカン狩りや昆虫採集や左目横の大怪我や右足脹脛の大やけどや二歳下の妹の出産の時の様子、石材加工、其の上、お墓や焼き場の様子もはっきり覚えている。安倍川の富士、富士川の富士、昨日の平地の雨は富士山の頂きにほんのり冠雪した。もう、来年の春まで消えないでしょう。どちらの富士も私の生活の中に日常的にあった。富士山 記憶 恵み
2011.11.13
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1031 2011年11月11日。土曜や日曜ではないが、金曜日だし、今日結婚する人は多いのではないか。イスラムはお祈りの日だし、結婚する人は多いと思う。 試作の準備は出来た。月曜日、うまくできることを祈るのみです。三日間で装置の準備をし、一つの試作の準備が終った。いろいろ足りないもの、合わない物が有ってそれらの手配に手間取った。いろいろなサイズが、この会社の従来品と違うので、最初から合わせておけばいいのにと言われてしまった。私としては、何十年もそのサイズでやっていて問題になることは無かったので、この工場の道具のサイズなど全く無視していた。私からすれば、こんなサイズを使っている方が変だろうと思うのだが、言えるはずがない。月曜日の午前中にトライをするのは、PCのプロファイルです。上手くいくはずですが、何が起きるか分からないので、心配は有る。その心配は先ほど、夕方、不具合が見つかって、金型屋さんへ修正に出した。月曜日の早朝には持ってきてくれるそうで、一安心である。とにかく、三日間の勤務だが、疲れる。土日二日休みなので今はほっとしている。あっという間だと思うが、孫の相手が主な仕事になる。 装置が全く無い中、何箇所からか見積もりを取り稟議書を書き認められたのが、9月中旬、10月20日装置がインドネシアから到着した。普通3カ月掛る。そして、試作依頼を受けたのが10月15日である。17日にインドネシアへ行って9日に金型を持って帰ってきた。これも普通なら、二か月掛る。これだけ短縮しても、評価はされない。そして、依頼された試作品は私が望むものではない。やってみたいものではない。この私の気持ちは今後の設備強化について意見を聞かれても返事をしようがない。何をやりたいかに依って設備の種類は違う。私が欲しい設備は入れてもらえるはずがない。インドネシアの設備の提案も辞退をした。有効ではないと判断したからだ。他の場所の方が有効だからです。仕事を断ってしまうのだから、装置は無駄である。 一つの救いは若者が私から学ぼうとする姿勢である。今日、一緒に長い期間いるわけではないことを話した。出来るだけ、自分でやって、体で覚えるように云っておいた。仕事に向いているといいと思う。 向き 不向き がっかり
2011.11.12
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1030 私の考えは問題が多いようで、一つ一つ指摘される。安全とか5S絡みで御指導を受ける。40年以上、何気なくやってきて全く問題が無かったことも、それは、まずい、と言われる。それも技術を伝えること以前の置き場所がよくないとか、ヒーターの線がむき出しになる可能性があるからよくないとか指摘される。私にしてみれば、どうでもいいことだが、それに従うしかない。毎日のように何かを指摘されそうなので、やることが臆病になってしまう。今まで経験したことが無い、本当の面倒臭さである。やはり、頑として拒否すればよかったと思う。あの人がアドバイスしてくれた事をちゃんと聞いておけばよかったと思う。技術を提供しようと云うのに。私が利益になることは全く無いのに。輸入品の支払いについても思うように行かないし、もうどうでもいいという気になってくる。指導は押出機の構造、ホッパードライヤーから普通のホッパーへの交換、溶融金型のセット、ヒーターの取りつけ、配線までやった。定置式の乾燥器を使いたいが開いているのでしょうか。それも、相談しなければならない。うすら寒い日々が続いている。私の気持ちと同じである。日本がどうのこうのということではなく、環境が合わない。下の子の幼稚園の帰りが夕方の6時ごろになるので、昨日は私が迎えに行った。まだ、何人かの子供が迎えを待っている状態で、真っ暗の中、教室だけがこうこうと明るい。小学校の低学年の子供も学校が終わってから預かっているようで混じっていた。良く、こんなに遅くまで預かってくれているなと感心する。仕事の帰りが遅い両親にとっては大変助かるシステムだと思う。昔、娘が保育園へ行っていた時のことを思い出す。妻は小学校の先生をしていたので、夕方というより、もう、夜になって7時ごろ迎えに交替で行くことになっていたが、私の時にうっかり忘れていて7時半過ぎて迎えに行った時、保母さんと娘と二人で玄関の階段にポツンと座って待っていたのを思い出す。遅れたのはそれ一回だけだったが、待たせて悪かったと云う気持ちが一杯だった。当時は夫婦共稼ぎといって、まだ、そんなになかった時代でした。保育園には、審査も何も無く、優先的に入園は認められたが、園費は上限だったことを覚えている。 私がオーディトールになれば、5Sにしても安全衛生に関しても指摘することは山ほどあるが、会社にいる間には気の毒で言えない。 熱意 きつい 決意
2011.11.11
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1029 06:30家から出る。片道一時間以上、往復、勿論、二時間以上の通勤が始まった。今日は朝の運転は居眠りをしていた。危ない危ない。インドネシアなら、一区間で高速道路を走るだけ、料金は往復で60円、タダみたいなもの、しかし、日本では、高速を使えば30分往復1時間短縮できるが、やはり、一区間だけなのに800円、とても使えない。また、日本の堅苦しい仕事が始まった。到着済みの装置を点検したが足りないものが一部あり、それを、日本の業者に製作依頼をした。今週中に全部準備し、来週月曜日には試作をしたいと考えている。上手く行くことを祈るのみである。安全靴にヘルメット、こんなスタイルで仕事をしたことは、40年以上この仕事をしていて、無い。ごわごわの作業服と重い靴、頭に錘と首に輪、自発的には絶対しないスタイルである。全部に抵抗感がある。早速、若者に指導開始。これから二週間、みっちり集中指導する。早くやって、早く済ませたい。もう、とにかく・・・。不足品の調達でホームセンターへ寄って見た。シャコマンやエルボー、ボルトなどを購入した。こういうちょっとした工具や部品の値段は高い。高いが品質は抜群に良いことは確かです。インドネシア製やその他の国々の物より品質は良い。剪定ばさみや強力磁石、回転刃などは本当に日本の製品は品質が良い。持ちが全然違うし、修理をしてもまた元の切れ味に戻る。基本的な材質から違うのでしょう。日本から輸出をされているでしょうが、現地では見つけることは出来ない。だから、日本から買って持って行くことになる。15年前から状態は同じだ。肝心なものはやはり日本からでないと使い物にならない。ただし、日本人以外の人では、いい加減で良い、と思う人は多いし、安ければ何でもいいと思う人も多い。難しいところだが、日本品質は保っていってほしいと思う。インドネシア製のヒーター印象として持ちは半分、値段は三分の一というところでしょうか。日本製 品質 指導
2011.11.10
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1028 孫たちと再会、娘、妻も元気だ。何よりである。孫たちは、三週間会わないだけで、なんとなく、成長しているのが分かって面白い。おじいちゃんとお風呂に入りたいとせがんでくる。それぞれが顔を水につけて我慢を何回数えるまでできるか、何度も試みていた。上の子は一分以上顔を上げずに居ることができて、初めてだと大喜びしていた。付き合うのが大変である。 私が昨日金型をハンドキャリーしたことは、他の人はやってはいけません。最初、X線チェックで引っ掛かった時、没収と言われた。運送会社を使えと云われた。金額は30万円(4万US$)くらいでした。そんなこと云わないで、今からではどうしようもないから、幾らは払うから、無かったことにしてくれと頼んだ、いくらだと聞いたら、ここじゃ不味いだろ、と言われ、向こうの部屋で来いと云う。先に黄色いPPテープで縛ってもらってからその部屋へ行って、30万Rp払った。満足そうだった、その部屋はカスタムの職員の休憩室というか控室のようでした。其の中に、女性職員も含めて7人いた。財布の中を見せて、空っぽになったよと、と言ったら皆が笑っていた。テレマカシーと言われたのでサマサマと返した。 荷物は大きさの割に比重が大きすぎる。誰もが持った時に重さでびっくりした。計量で30kgあったと云うことは、実際は35kgあると云う事でした。支払いは、空港でのテクニックの一つで、正式に払えば1万円近く払わなければならないが、ガルーダのキャッシャーで10万Rp払って、また、別室のガルーダ職員の事務所に行くと、そこのトップらしい人がいて、だまって30万Rpを出すとカウンターでもらった請求書に領収のサインをしてくれる。それを先ほどのカウンターへ持って返ると、初めてボーディングパスを渡してもらえる。 こんなことが、当り前のようにできる人でなければ、もしかしたらとんでもないことになるかもしれません。 日本の入管ではその重たいバゲジをすました顔で軽々と引っ張っていると云う風に演技した高架かどうか知らないが、パスポートを一二秒見ただけで通過した。申告カードは20万円以上の商品やサンプル(個人使用の物に限る)は申告と書いてあったが、個人使用ではないので申告しなかった。それが正しいのかどうか知らないが、もし、開けられればどういうことになったのか私には分からない。 もう一度、ハンドキャリーを勧めません。家の秋。 別人 孫 禁止
2011.11.09
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1027 間もなく、ジャカルタから日本へ出発する。今回、インドネシア滞在は日本で使う金型を準備し、作って日本へハンドキャリすることと、日本からの中古設備をインドネシアの会社で使ってもらおうと再提案し、推進する事でした。とにかく三週間で二種類の金型のデザインをし、図面を書き、金型を作ると云う神業的迅速さでこなさなければならなかった。もし、日本で作れば図面の費用も発生し、金型費用を含めれば、三倍以上の価格がするでしょう。また、納期も、どんなに急がせても、二カ月以上かかるでしょう。 そして、日本へ金型を持ち込んだら、装置は入荷しているが細かな準備が出来ていないので三日ほど準備を完了し、その後一週間で二つの製品を作るつもりだ。どんなに遅くても、製作依頼を受けて40日以内には二つのサンプルを作り上げる。私が試される。 Idul Aduha この行事は大嫌いです。人間を生贄にしていたのを動物に変えたのですが、子供も見ている前で、残酷なやり方だと思う。流石に、テレビではその部分はボカシになるが、どうなっているか、想像はできる。止めてしまおうと云う人はいないのでしょうか。 折しも、ハジのシーズンです。メッカ巡礼の季節なのです。待遇のひどさがいつも話題になるし、バゲジが無くなってしまったと云う話も繰り返される。それでも、続く。 一昨日の前夜祭から昨日の本番、イドゥル アドゥハ(犠牲祭)この行事はイスラムにとってレバランラマダンに次ぐ重要な行事です。多くの牛、ヤギ、ヒツジの民衆の前で首を切って殺し、さばいて、細切れにし、参加者に分け与えるのです。資産家が多くの動物を寄付して貧乏人がよってたかって奪い合うと云う風習はずっと以前から変わっていない。ラバラン、レバランの時のスンバコの配布と同じようなものです。いろいろな会場へ行って、できるだけたくさんの分け前を貰おうと、皆さん必死です。パニック、ヒステリーはいつものこと。何回も受け取りに来ます。肉屋さんが代理人が代理人を差し向けることもあります。 獲得した肉やスンバコをどうするかというと、お金に変えるのです。売るのです。当り前のことですが、大多数の人は、肉や洗剤や砂糖より現金を欲しいのです。イスラムの振る舞うと云う習慣も金持ちの罪滅ぼしというか、自己満足を満たすにはいい機会かもしれないが、一般庶民の本心は、現金を配ってもらいたいのです。モハメッドさんもその庶民感覚を分かっていなかったようです。 其の会場を出た処の道端で、路上販売が行われている。ぎりぎりの夕方5時過ぎに金型とインボイスを受け取った。空港に入る時のX線チェックでやっぱりバゲジを開けられ、持ち出しは認めないと云われた。しょうがないから30万Rp別室で払った。今度はカウンターで5kgオーバー、別のキャッシャーで40万Rp払った。仕方がない。支払い 袖の下 重量オーバー
2011.11.08
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1026 Musim hujan雨季です。ジャカルタ、ジャボタベックは完全に雨季に入ったようです。また、各地から洪水や崖崩れのニュースが入ってきている。順調なら来年3月まで続くでしょう。 心配はパレンバンの洪水です。シーゲームを何故、雨季にしたのでしょうか、また、雨季になれば簡単に広範囲に洪水を起こす、パレンバンを主会場にしたのでしょうか。ムシ川は堤防(土手)が無く、水かさが増せば、自然に氾濫して流域が広がり、川幅が広がるようになっている。市内中が50cm位に冠水する年は珍しくない。どの家も、50cm以上高床になっている。パレンバンは大丈夫でしょうか。 タイの洪水については、最近、あまりニュースでやらなくなった、ということは、水が引いて来たということでしょう。ただし、その影響は当分続くでしょう。その点、インドネシアの工業団地のどこでも、洪水に依って装置や機械が水浸しになって使い物にならなくなると云うような場所は無い。ジャカルタ北部の工業団地は今でも心配は有るが、主力工場は、今、ジャカルタ北部には無くなっている。唯一、気になる工業団地はスマランの港、埋め立て地にある工業団地だけでしょう。ということで、これから本格的なMusim Banjirになるが、タイのようなことになる心配は無いでしょう。 ただし、一部の従業員が出勤ができなくなったり、遅刻したり、納品が遅れたりすることは避けられない、それらは、予想しておかなけばならない。従業員が住んでいる場所に何らかの被害があった場合は見舞金を出す会社もある。ブカシ県では国道より北側の一帯は毎年、何回かの洪水に見舞われる。 ジャカルタについては、道路の低い箇所、水が溜まって、車が通れなくなることは当り前に、あちこちにある。年中行事のようなもの、水が溜まる場所は決まっている。既に、このことは起きている。先日は、雨によってではなく、地下をくぐる幹線道路カサブランカの両脇から、どういうわけか、水が吹く出して冠水し、その水漏れを止めるのに半日かかったという事態もあった。渋滞の頻度は増す。空港への道路、冠水対策として、両側に一段と高い位置に道路を作った。それで、大丈夫のようになったと安心できない。空港へ向かう高い位置の道路はタンゲランへ向かう大型のトラックで大渋滞、料金所から直ぐに渋滞にはまってしまう。ジャカルタのグロゴール方面へは大型トラックが進入禁止になったのが原因です。やはり、空港へは十分の余裕をもって出かける必要があります。 ゴルフは午後からのプレーの場合、昼過ぎから雨が吹く可能性が高いので、中止になってしまう場合がある。 ラフレシアとラフレシアを若干離れた場所から見た場合、普通は草むらで見えにくいし、枯葉の中で保護色になっているので大変見つけにくい。臭いを頼りにする。 大雨 洪水 渋滞
2011.11.07
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1025 “AYO! INDONASIA BISA“シーゲームという東南アジアスポーツ大会がインドネシアのパレンバンをメイン会場に26日から開催される。その、スローガンです。どういうわけかボロブドゥールの前で太陽光から取った火を聖火として。現代西へ向かってリレー中です。ジャカルタは今日辺り通り過ぎたと思う。ジャカルタでも各種の競技をする。カラワンではエイトやカヤックなどのボートレース会場を建設中です。毎年、持ち回りで行われる。十何カ国が参加している。アジア大会なら、中国、韓国、日本とで90%以上の金メダルを取ってしまうので、その三国や中東の国を除外して内々で、金メダルを争いましょう、という大会です。だから、レベルは低い。スピード感がないし、躍動感も無い。プロモーションに出てくるインドネシアでは一流の選手たちの映像が盛んに流され、彼らが、成功させようなどと言っている。しかし、その一流選手の動きが今一躍動感に欠ける。インドネシア人はそれで、頑張ろうと思うのでしょうね。 施設の建設状況についても報道がある。感覚として、平均70%完成と言っているようです。工事中の作業者へのインタビューでは、資材の入荷か遅れていて、それも、いつ入るのかしらされていないから、完成が間に合うかどうかは答えられない、と答えている。残り日数が20日しかない。20日残して70%完成、残り30%をやってしまうのでしょうから、同じ速度でやっているとしたら、工事を始めたのは、75日前という計算になる。そんな馬鹿な。 選手の強化もどこでどうしているのか外国人の私には見えてこない。フェンシング、体操、新体操、セパタクロー、選手が居るのでしょうか、練習する施設があるのでしょうか。そんなコーチが指導しているのでしょうか。地元有利のはずの会場での練習も会場が完成していなければ、できない。カラワンのボート会場も工事中でボートの選手はここで練習していない。 外国からの選手の宿泊施設、パレンバンはムシ川に豪華客船を碇泊させて選手村のように使うらしいが、地上の選手村は無いようです。現有のホテルを使うらしい。 とにかく、日本ならあり得ない、のんびりさで、いい加減さである。結局、完成しないまま、開催されるのだと思う。とてもじゃないがアジア大会への立候補は無理だし、オリンピックなどと言ったらとんでもない話になる。 例の国外逃亡までして捕まった、スオーツ省のナザルディン被告の裁判が続けられている。今日、インタビューに答えていて、予算の内の18M(日本円で約17億円)をどことどこの三か所に渡した、と言っていた。その一つに現大統領SBYの民主党に1M渡したと云っていた。学生の反SBY運動に拍車がかかるでしょう。シーゲーム開催中に大規模な妨害デモや爆弾事件が起きる可能性もある。問題だらけのシーゲームだが、時間が経過すれば、開催され、終了するのでしょう。 インドネシアの棚田は至る所にある。見渡す限りの平野に水平線まで田圃という場所もあるが、多くの田圃は、ほとんど山の中に在り、全てが棚田です。日本の棚田など100分の1の規模も無い。それが、観光の対象や保存の対象になっているのだから面白い。 私が一番規模が大きいと思うインドネシアの棚田は、意外にジャカルタから近い場所で、ガルットとタシクマラヤを結ぶ道路の両脇、特に北側、カンプンナガ(伝統的家屋の集落、今も電気やLPGを使わない)がこの辺りにある。道路はVの字の谷に沿って南側を通る、Vの字の深さは200m以上あると思う、インドネシアには珍しく清流が流れている、その両脇から天に向かって棚田がある、5km以上は続くと思う。バリの棚田なども外国に紹介されていて名所になっているところもあるが、規模的にそれらの10倍以上の幅と高さがと思う。 シーゲーム 呑気 汚職
2011.11.06
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1024 イジップへ行く用事は、今は無いので、ほとんど行くことは無い。夕方、イジップの会社を訪問してきた。そこの社長さんとは時々ゴルフを一緒させていただいて、社内で押出成形を始めたが、NGが消えないから、いつかきて見てほしいと云われていたが、機会が無く今までの延び延びになっていて、月曜日にまた日本へ出発してしまうので、今日しかないと思って訪問した。 綺麗な環境でやっていたのが羨ましかった、また、装置が全部最新で真新しい。私としては、使ったばかりに新品を使ったことが無い。良いものだなと思う。私が、中古機械医がメインで、金型関係をインドネシアで作れば同じ製品を作るのに300万円あればできる。ところが、その真新しい装置2000万円だそうです。其の上、作っている製品と装置がアンバランスで、製品の艶が原料の艶と違っている。原料を見ると、もっと艶が良い製品ができるはずである。 診断は、もったいないの一言、贅沢に作ってあるが、壺を掴んでいない。もっと、簡素化した方が良い製品ができるでした。大は小を兼ねない。 新しいテーマを頂いたので、来年、考えようと思う。 ところで、其処の会社の近くの刃物屋さんの前で、いまだに、お金ちょうだいをやっている。事情を知っているわけではないが、既に2年くらいになるのでしょう。会社自体は操業していて、その邪魔をするわけではないが、毎日毎日、辛抱良く、正門の前の道路の中央で、何かを云いつづけている。私が通る時には必ず数人がいる。会社のセキュリティも見張っている。暴走は無いようです。しかし、いつまでつづけるつもりなのでしょうか。何かを争った裁判の結果は会社側が勝ったと云う、今、ストライキをしている人達は負けているのですが、それが納得できないらしい。 社の前で、騒がれたら、迷惑だが、もう、二年近くになれば、普通の風景になっていて、会社もなにも感じないし、ストライキの効果も無いと思うし、通る人もなんとも思わなくなっている。 左の窓から撮った写真。半開きの窓から棚田。高速道路の大渋滞のど真ん中でエンストをし、様子を見ている。渋滞の原因はこの車ではなく、そこから一キロ以上前方で、トラックが路肩に寝ころんでいた。交通の妨げになっていなかった。見物渋滞だった。このくいる間の方が障害である。 障害 過剰 ストライキ
2011.11.05
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1023 HP,モニターが表示せず、どうしようもないからノキアを買ったが、電話番号を入れるのに直ぐには出来そうもない。掛ってきたりSMSが送られてきた人は直ちに保存できるが、それだけではいつになるか分からない。それに、誰から掛って来たか画面を見れば分かったが、それがわからないから、相手に失礼になってしまう。名刺から拾い出して一人一人保存しなければならない。これが、膨大な仕事。 前のHPをちょこっと叩いてみた。同じ状態だ、30cmくらいの高さから落としてみた、やはりどうにもならない。今度は1mくらいの高さからタイルの床に落としてみた。蓋がはずれ、バッテリーが飛び出した。今回はわざとだが、今まで、わざとではなく、胸ポケットなどから落として10回以上このようなショックは与えている。組み立てて見た。オンにしたら、見事にモニターが回復していた。 これで、そのまま使えて安心、これからは、ボタンが付いたポケットに仕舞っておくことにする。世界中どこでも使えるHPは継続する。 どうせダメなら早く結論を出して欲しい。ずるずる、ああでもない、こうでもない、何が足りない、何が余分、色々いわれてももう対応しない。私は個人的に持ち込むと云うことも除外した。望まれない物を無理やり押し付けるようで、後で、どんなことが起きるか分からないので、係わるのは止めにした。部分ではだめ、全部まとめて必要で、それらの全てが220Vから400Vに変換するためのトラフォが必要だし、水槽や金型の費用も発生するので、それがわかって判断する気が効いた状態で判断するようすが無いので、後で、余計な金が必要になってしまったと云われかねない。だから、判断の前にこれ等のことを伝えて置いて、暗に断るように仕向けた方が無難だと思う。 来年の三月末で見切りをつけることを役員の一人にほのめかした。理由は考え方が違う。彼も、それを理解したし、彼が期待したほのめかしでもあった。日本の方も、完全に中途半端というより、機械を入れただけになるが、やむ負えないと思う。どうしても来いと云われ断り続けたが、ことわりきれずに入ってしまったが、様子は予想通りで、やはり、招かれざる存在だった。教える若者が居るので、こちらも3月末まではいることにする。宣言 見切り 予想通り
2011.11.04
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1022 私も、早いもので、今日、68歳になった。人におめでとうと言われても全然うれしくないが、“我思う故に我あり”で、思うようになったことを感謝する日だと思うが、この歳になると、そう長くない間に、思わなくなるのだから、我なしになる日もそう遠くないと思う。 年のことを考えたらどうですか、と、若い人たちに云われるが、年を考えて行動したことは無い。ただし、年を感じることは年々増えているし、色々な部分で感じる。 今後の予定としては二年間、70歳までは、我慢をする。自分からの行動は慎む、できれば、精神的な休養をしたい、特に仕事に関しては、余計なことはしない。頼まれたことだけを余裕を持ってやる。出来そうもないことをできると云わないようにする。 ということを考えているが、どうでしょうか、できるでしょうか。 ほとんどニュースになっていない、ジャカルタ新聞でも扱われていない。テレビでも、一日の午前中に様子を報道していたが、その後の報道は全くない。昨日真夜中に出発して、パンガンダランへ行ってきた。往復、運転、15時間、というのは、帰り道、いつもと違う南回り(ガルット)経由ヲをしたので、余計な時間がかかってしまった。 地元の人に聞いたら、あの船だと云う。小さい、70人も乗っていたとは思えない。転覆したのは東海岸ではなく、ヌサカンバンガンとチラチャップ側との間だそうです。真夜中に船が航行する場所ではなく、たまたま、地元の小舟が通って発見したそうです。 パンガンダランの西海岸に引っ張って来られていた。不思議な話である。ヌサトゥンガラ、アンボンからこの船で来たと云う。どこを経由したのでしょうか、全く、難民船の雰囲気である。行方不明者の捜索をまだしているようです。 ということで、妙な誕生日にしてしまった。家へ戻ったのが22:00過ぎ、その後、爆睡、よく眠った。ソニーエリクソン3GHPのモニターが壊れてしまった。二千円でノキアのHPを買った。カメラなし、ネット機能なし、できるのは電話とラジオを聞くことくらい。困ったのは、今まで溜めこんだ電話番号が全部、消えてしまったことです。 それと、今度のHPはインドネシアやシンガポールなど電波が届く処でしか使えない。日本では日本のHPを使うしかない。疲れ 壊れ 無茶
2011.11.03
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1021 下の方の孫が、早いもので、もう、5才になった。この子、一か月前に自転車に乗れるようになった。今、日本にいるが、ドイツにいたら、上の子が、三カ月ほど前に乗れるようになったように、6歳になっても自転車には乗れなかったでしょう。良いのか悪いのか判断をしかねるが、子供が色々できるようになるのは日本の方が二年くらい早いように思う。親が早いうちにいろいろやらせるからでしょう。学校教育も5カ月早く始まるので、上の子が日本の小学校へ入った9月は同級生からずっと遅れていたし、幼稚園や保育園でも若干教育をするので、なお、差が大きいように思う。最初、一か月ほどは宿題をほとんど自分で出来なかった。保護者が入れ替わり立ち替わり、家庭教師になって教えたのが効いて、10月末には追い付くようになったと思う。ゆとり教育の見直しをされたらしいが、ドイツは日本のゆとり教育だったころよりゆとりがあるような教育をしているように思う。アジアの国々の若者が数学オリンピックやロボコンや技能オリンピックでいい成績を上げている、日本はアジアの他の国に既にその成績は追い越されているような印象がある。しかし、欧米の若者は参加しているのでしょうか、あまり、上位に入ったと云う話は聞かない。それでも、歴史的な強みと基礎教育の違いでしょうか、大人になってから貰う、何とか賞は遥かに欧米が主力です。数学や経済学などは欧米えこひいきと思えるくらいに欧米人の受賞が多い。最近、やっと日本人が貰うようになってきたが、他のアジア諸国では、平和賞くらいのものである。これは、貧困や紛争があるから貰える賞で、西欧諸国の人では、自分の国の中では平和賞に当たる仕事はできない。佐藤元首相のように貧困国への援助でしか、チャンスは無いから、中進国の人ではまったくチャンスは無い。ということで、賞を取れるから良いと云うことまないし、どんな教育が優れていると云うことも無いし、教育が洗脳のようなことになってもまずいし、永遠の問題だと思うが、そこまで、行かない国の子供の人口が多いことも確かである。パンガンダランの東海岸でイランから来た観光船が午前3時ごろ、強風と豪雨の中、座礁、浸水、沈没して70人のうち生存者50人が収容され、8人が死亡、12人が行方不明だそうです。場所は想像するにパンガンダランの半島の先の東側だと思う。岩礁が波で見え隠れしている場所が多い。似たような事故を何回か聞いているが全部欧米人です。小舟で転覆の事故も欧米人がほとんどです。それだけ、欧米からの訪問者が多いのでしょう。ジャングル(チャガールアラム)の中で行方不明になって、後に死体で発見されたのも欧米人や中東人でした。ヌサカンバンガン付近は潮流の関係でうねりがいつも大きく5mくらいの高さになる場合がある。インド洋の寄せる波はジャワ島の北側の東シナ海と違ってかなり高い。写真は穏やかな方です。日本人の泳ぎに自信がある人でも救命胴衣は着けた方が良い。 もうできる まだできない 教育
2011.11.02
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1020 来週の月曜日の真夜中にインドネシアを発つ。今週はそのための最期に詰めですが、これが、なかなか一筋縄でいかない。ぎりぎりになりそうだ、綱渡りです。伸ばすつもりはない。何とか、関係者の尻を叩いて漕ぎつけようと思う。 他に、金型や押出ラインや装置について、インドネシアの企業を育てる必要があると考え、その方向でも動き出しているので、ちょっと余計な仕事が増えてしまっている。今まで、一社だけに数年間、指導してきて、そこからだけ購入していたが、それでは、競争原理が働きにくいので、もう、二社増やそうと思った次第。ナイフカッターや丸鋸カッター、手押しカッター、スパイラルカッターに関しては、半年後くらいにはメイドインインドネシアを三社ができるようになるでしょう。日本なら、H社やA社のようにです。 押出製品を作ってほしいと云って私を呼んでくれたバンドンの会社を訪問した。パジャジャランを過ぎて次のインターでてたところにある日系の家具屋さんです。木目模様のPPの異形品の依頼でした。その会社は全て木で作っていた。私はインドネシアの木は段々、伐採禁止の範囲や木の種類が増えていて、今迄、使っていや木が使えなくなってきている。もう10数年前からの話です。在庫も無くなって、プラスチックに変えたいと云う事でした。日本では既に、技術が円熟していて、今や、木目調のプラスチックは、安くなりすぎてやり手がいなくなってきている。そんな中、少しの量の原料を日本から輸入してやるには、あまりにも高くついてしまう。やってあげたいが、価格的に木の数倍もすることを説明した。暗にやっても無駄ですよとほのめかした。それに、私がやればできるが他の誰がやっても私は分かっているで、あきらめた方が良いですよと、ほのめかした。もし、どうしてもやってみたいと云う事なら、日本人を紹介しますと云ったが。お話は砂に注いだ水のように消えて無くなってしまうとは云わなかった。 ところでCiperalan(チカンペック、プロワカルタ パジャジャラン)の高速道路の工事中箇所の多いこと、上りが登坂車線を入れて三車線あるところの上りつめて下りになるところで二車線のはずが一車線工事中で下りに入っていきなり一車線になってしまう。そういう場所が三か所あった。これから、雨季に入って危険がなお増すでしょう。 アヒルの落ち穂拾いと害虫駆除の風景。インドマレットとアルファーマートが筋向いにある風景、珍しくない。 できない 高くつく 自然保護
2011.11.01
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