全31件 (31件中 1-31件目)
1
斜めからインドネシアを眺める 864 なぜかは明日書くが、大変疲れた。 太田化工へ行って、仕事の様子を聞いてきた。鹿島のコンビナートが操業できなくなっていて化学製品、石油製品の生産が出来なくなっている。どの程度かは確認できないが、プラスチックPP,PE原料の入手が難しくなっているらしい。多分、日本の生産量の数%~15%位の減産になっているのではないか、輸入品で賄わなければならなくなるらしい。 太田化工の受注量は落ちていないが原料の入手が難しくなることを心配していた。 かつて、保証人になっていたインドネシアのユニーさんと数年ぶりに会った。お姉さんが二本松に住んでいて、ご主人はソニーの郡山工場に勤務している。余震は頻繁にあるが、被害は無いらしい。物資も順調に入っていると言っていた。国外脱出は全く考えていない。 二才の女の子アイちゃんが一緒だった。ドイツからの孫とインドネシア人との混血が、一緒に遊んでいる姿はほほえましい。ユニーさんは、私の娘のようなものなので、会えて一時を過ごすことが出来たのは良かったと思う。孫たちにとっても、楽しかったと思う。 残り少ない孫たちと娘との生活、婿の性格で一旦ドイツへ行けば、再び日本へ来ることは許さないでしょう。今の日本は人間してはならない状態になっていると思い、迎えにすら来ないのですから、今後、日本へ行って良い条件が彼の頭の中に整うことは無いでしょう。永久に彼は日本へ来ないし、孫たちも、日本へは行かせないでしょう。だから、おそらく、離婚しない限り、永久に会うことは無くなる可能性が高い。そんな、父親と認めない男がいるドイツへ私が行くことは無い、顔も見たくない。彼女達と最期の日々をできるだけ、印象深く、彼女達の記憶に残るような生活をしてやりたいと思う。支えよう、どうぞ、いらっしゃいという自治体や人々が多くいることは確かで、それが、当り前で、普通なことだが、その反面、ひどい話があるもので、福島の原発の20km圏内から避難勧告によって、避難してきた人を、その人たちが放射能に汚染されているから、受け入れを拒否するという自治体や住民がいるという話。過剰反応もここまでくれば、無知 エゴ、ヒステリーと呆れるばかりである。ドイツの婿と同じです。世間はこういうものです。こういう人たちに、何を云っても無駄なのです。一貫している気持ちは、無知はだめ、パニックはだめ、それを他人に助長するのはだめ、冷静な行動はOK、自分の為でなく困っている人たちのためはOK,それを他人に勧めるのはOKということです。危険を強調するより、安全を強調する勇気を持ってほしい。他人の責任にしようとする人が、一番、自分の責任について分かっていない。自分の知識が無いことを責任にはしない。
2011.03.31
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 863 プルトニュームが検出されたが人体に影響は無い、リスクは無いと説明されているのに、ニュース司会者は、リスクがあるプルトニュームがどこから発生したのか?と、解説者に質問している。その後も、危険なプルトニュームが検出されたことで、人体にどんな影響があるのでしょうか?どんな対策が必要でしょうか?と、聞いている。これは、明らかに、現在の数値が非常に危険だと言っているように聞こえる。解説者も、どういう対策を取らなければならないかを説明した。10キロ20キロ離れた所でも計測して、危険がないなら危険がないと言ってほしいと言っている。その間、平常値でリスクはないと一度も、云っていない。最後の最後で、一言、一般的にある濃度と同じなので危険は無いと二三秒間で云っただけでした。 このやり取りを聞いているかぎりでは、プルトニュームは大変危険な物質で、人体に与える危険濃度を遥かに超えて発生し、10キロ20キロ離れた場所でも危険がるかもしれないと、云っている。これがNHKです。これを聞けば、不安を通り越して、逃げなければならないと思う人は多いはずでしょう。パニックの状態を作り出す役割をしていることに気が付いていない。 行政がニュース内容に口出しをしてはならない、報道の自由を侵してはならないということは知っているが、こんなときには、どんどん、批判しなければならないと思う。 就任して3カ月の大船渡の市長さん。当選して万歳万歳をして喜んだのが三か月前、落選した人はラッキーだった。こんなことになってしまって、色々な人種から責められっぱなし、気の毒でしょうがない。何もできるわけがないのに、なにもかもあなたの責任だ、と、声もあらわに、怒鳴られている。それを取材中の記者が、市長として、今、やりたいことを一つ上げてくださいと言われ、市民の皆さんの安否と所在を早く、はっきりさせたい。と答えた。記者は何故そう思うのですか?と聞いた。市長は切れた。そんなことを質問するなよ、やりたいこと山ほどあるが、出来ないことばかり、だから、聞かれたからそう答えただけなのに、何故かなどと聞くなよ。 パニック障害の薬を処方してもらうために県立病院へ行ってきた。袴田医師と世間話をしてきた。昨年末に買った薬がまだ、二か月分残っているが、今年末まで、病院へ行かないだろうから、三か月分の薬を買ってきた。総合診療科と言って分けの分からない病気に掛った人の相談役の科です。命の恩人みたいな科です。 インドネシア人のユニーさん(お腹に入っている子は9月出産予定、)と二歳の娘さん、日本人とのハーフと孫の優季子。
2011.03.30
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 862 死者行方不明者28000人、家族全員や町の人全滅なら行方不明者の届け出が出来ない。そういう人が相当数いると推測する。可能性として3万人以上の死者行方不明者になるのではないか。 何日か前に書いたが、水については毎日、定時に検査して発表しているにもかかわらず、野菜や乳製品の放射能数値の毎日の発表がないし、野地のものとビニールハウスの物との区別も無い。水は翌日には普通の水に戻って、幼児でも飲んでもいいと言っている。しかし、野菜、乳製品は出荷禁止や摂取禁止しただけで、その後の数値発表がない。そして、それを指摘する行政もいないし、マスコミも禁止だ、禁止だと言っているだけ、その後のチェックの結果を求めない。こういうことを、「風評を流布している」と、一般的に言うのです。風評を打ち消す義務があるマスコミが先頭に立って風評を拡大させているのです。解説者もキャスターも偉そうに行政のやり方を批判していて、分かりやすい説明足りないと言っているが、どういう説明をすれば、何10パーセントの人を納得させられるのか、手本を示して方法を提案する義務があるのに、しない。要するに責任が生じるかもしれないことは、口に出さないし、提案もしないのです。キャスター自身には自分の感情で物を言っているだけで、それらの事に関する能力や知識は無い。ただ、批判をするだけで、肝心なところは批判も出来ないし、提案も出来ないのです。あるキャスターは民衆の味方のような口ぶりだが、やはり、パニックを沈めるどころかひどくなる様な批判ばかりしている。結局、無知なのです。 当然だが野菜は洗えば問題ないのだし、ビニールハウスでの栽培なら全く問題ない。そして、一週間過ぎれば半分以下になっているのだし、当然、その前に、人体に影響ないという数値になっているはずである。それらの自治体のトップは当然、大不満である。禁止を解く条件が決まっていないなら、首相の一存で、数値が下回った時点で、自動的に解除すればいいのに、その気配も無い。水は自治体のトップがそういう手段を取っているが、野菜は自治体のトップがOKを出すことはできないことになっているのでしょうか、誰がOKをだす権利があるのでしょうか、禁止した人でしょう。 マスコミは禁止になったということをその時点から毎日、何度も報道している。いつ解除になるかは全く触れていない。水に関しては乳幼児は禁止なった、ということを解除になってからも、流していて、そのニュースの最期のほんのちょっと、付けたすように、今は禁止解除になっていると言うだけ。マスコミは、水は安全です、と、最初に大きく云うのがパニックを消す方向なのに、危険を強調していて、安全の方は聞かない視聴者が多いことを知らない。専門家の集団としては、全く、お粗末というしかない。
2011.03.29
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 861 インドネシアからの日本時間での投稿は、二時間時差があるので、夜の10時過ぎれば翌日投稿になる。投稿してから直ぐ寝るので睡眠が十分取れるが、日本からなら、予約投稿が全部できるわけではないので、時間通り12時過ぎまで起きていなければならない。睡眠不足になりやすい。 日本へ戻って一週間になる。大変申し訳ないが、静岡の状況は全く普通です。多分、普通でない人がいるとすれば、その人は大震災の被災者、被災地域に関係があるか、関係を持とうとしているのでしょう。何かしなければならないと思っている人です。自分の為でなく他の人、他の地域のために何かしたいという人です。 孫たちが動物園へ連れて行って、と言うので、昼過ぎから行ってみた。近づくと渋滞、駐車場は300台以上止められるが、満車で、駐車場に入れない車の列が続く。列にしたがっては、30分以上かかりそうだったので、私設の臨時駐車場へ入った。動物園の駐車場なら、400円だが、1000円払った。動物園は大人気、新設の猛獣館は迫力が有って、これなら人気が出るだろうと思わされた。ガラス越しに面と向かって見ることが出来る。目の前にライオンや白クマ、豹などが来るのだから、子供達は大喜び。静岡は普通の生活です。動物園の混雑ぶりは、津波も地震も放射能も関係なし、自動販売機のボトルの水も売り切れということは無い。売り切れと言えば、池の鯉の餌の自動販売機が4台あるが、全部売り切れでした。 何がない、これがない、危ない、危険だ、説明が足りない、これ等が、個人のパニックの原因です。個人が他人に不満を漏らすことです。 その個人の自分の知識、情報収集力、行動力は自分自身の責任ですが、それが足りない人はパニックになる。多くの人や外国人はパニックになりやすい。 ドイツへ来なければ、ドイツの法に訴える。そして、娘を誘拐犯の容疑で逮捕させる。と、脅かしてきた。法律知識も貧困だ。脅かしただけで、お前の負けだ。四年前の脅かしという前科もある。多分、前妻との間でも脅かしが有っただろうから、裁判所で調べれば分かる。ドイツ領事館は馬鹿ではない。事情を聞かないで、ドイツへ送る権利はない事くらい知っている。そして、これまでのメールのやり取りの内容から、父親の権利を放棄したと判断をする。もし、裁判になれば、このメールも証拠になる。また、日本の警察や弁護士や司法が黙っていない。それらの事を全く知らないで、脅かしているのだから、逆効果だよ。日本へ迎えに来なさい。無知で臆病なドイツ人へ。 あなたの無知とヒステリーとパニックを怖がって暮さなければならない娘や孫が不憫だ。結婚をしてしまったことを残念に思う。彼女達がドイツへ戻れば、日本へ再び来ることを許さないでしょう。私もドイツへ行くことは無い。当分、孫や娘と会うことは無いでしょう。場合によっては、もう、会えないでしょう。 今回の原発事故はドイツの婿の本性を明らかにした。だから、静岡は平穏だが、私の気持ちや娘の気持ちは平穏では無い。戦いが始まる。
2011.03.28
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 860 爺さんに徹しているが、孫の保育園の卒業式に顔を出してみた。実に笑ってしまいます。子供の卒業式と言うより親のための卒業式と言った方が良い。とにかく両親が出るのですから、子供の倍の人数、20人の子供に40人の親、保育士や理事、来賓、写真屋など見えるのは殆ど大人。式も一人一人呼び出して証書を与え、親に渡す。 孫はほんの三カ月弱だけなのに、他の子は最長が6年、平均でも3年以上か。それでも、爺バカではなく、私の孫の態度は一番落ち着いていたし、歩き方、賞状の受け取り方、受け取ってターンの仕方、すべてが一番てきぱきしていた。そして、大人に見えた。 小学校の入学予定は婿の我儘で、キャンセルせざるを得なくなったのが残念、経験をさせたかったのに。 普通の生活が出来ない原因は日本の事情ではなく、婿のパニックとヒステリーである。私たちの家の災難は地震や津波でや放射能では無く、婿の横暴である。娘や孫たちが可哀そう。三人とも、ドイツへは帰りたくないと言っている。 その婿殿、最後通牒だ、という題で、送ってきたメールが、私について、原発や化学について全く知識がないのに何故安全だと言えるのか、という内容だった。そして、NHKのニュースを見ているのか、NHKで水が飲めなくなっているし、野菜も食べられ楽なっていることを言っているぞ、知っているのか?というようなバカバカしい事を、いかにも俺は知っているぞ、という感じで書いてきた。全く、無知も、ここまで来ると、あきれるばかり、自分は、知識人だと思っている外国人がこうなのだから、かなりの外国人がパニックになっていることが分かる。 その、どうしようもない婿にメールを返した。外国人の中には、ボランティアで被災地の復旧のために働いている人もいるのに、あなたは、ただ、怖がって、遠くから早く帰って来いとヒステリックに云っているだけで、悲しい人だ。そんなに子供のことが心配の父親なら、迎えに来るでしょう。あなたは、何故それが出来ないのか。これでは、単なる臆病ものと言われても仕方がないぞ。 そして、ドイツ人が原発に対して、一番、ヒステリックになっている。福島の事故が良い例だと言って、廃止のデモをしていることも知っている。しかし、迎えにこないことや、早く帰らなければ、法的手段に訴える、などという脅かしをしてくることとは話が違う。親として、夫として失格と判断するしかない。 メールで決裂する可能性が高い、そうなれば、私はドイツへ行くことは無くなるし、資金援助もしないこととするか。もし、援助するなら、彼女達が日本へ来た時だけになる。この大震災が、婿の気が小さくて、横暴な性格を明らかにしたことは、このことに限って良かったかもしれない。 下の子の水泳教室、夜は娘と孫が保育園の卒業仲間の食事会、私が全部送り迎えをしている。上の子は水泳教室に通っている。ドイツへ帰れば、すべてが出来なくなる。
2011.03.27
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 859 パラマウントベッドのコマーシャルを始めて見た。19日にインドネシアでパラマウントベッドのインドネシア工場の設計担当の若い社員とゴルフをやった。その時、震災後、直ぐに、日本からインドネシア工場の在庫数の問い合わせがあった。と、話していた。彼らたちはバンダアチェの大津波の時やニアス島の津波の時は、いち早く、ベッドを無償で送った。今回は、当然、それらの時より大量にベッドを送る考えでしょう。そういうたぐいの会社は沢山あると思う。この祭、利益など度外視し、緊急の援助を惜しまないでほしいと思う。それに引き換え、セリーグ経営陣の空気を読めない人種には落胆する。 落胆と言えば、ドイツの婿ヒステリーとドイツの報道。迎えに来てください、と、メールを送っていることにたいし、返事が全く来ない。それどころか、娘に早く帰らなければ、法的手段に出るとまで書いてきた。法的手段とは、誘拐罪の事らしい。娘や孫に本当に帰ってきてほしいなら、迎えに来ればいいし、そうすれば、日本の現状も分かるはずである。そういうことを書いても、音沙汰なし。 娘は、日本の現状に対する心配より婿殿との関係の方が心配だし、恐怖になっている。こういう方に訴えるぞとの脅かし台詞は今回が初めてではない。下の子が生まれる三カ月前にも、ドイツへ戻って産めという希望が有って、それを娘が日本で産むといってドイツへ戻らなかった。その時も、誘拐罪で訴えると脅かしてきた。気の毒で、可哀そう。逃げられるという恐怖が彼に付きまとっているのです。再婚の彼は前妻に子供と共に逃げられ、訴えられたのか彼の方で、未だに養育費を払っている。その金額を娘は知らない。それは、彼の性格では、これの責任だと、判断されても仕方がない。それを、彼は承知しているから、恐がっているのです。結婚してから知った話だそうです。 娘は予定を早めに切り上げて4月4日にドイツへ行くことに決めた。孫の入学式のチャンスを潰したのです。娘と孫が気の毒だ、という意識が私には高まってきている。
2011.03.26
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 858 選手たちの気持ちを組んで、パリーグと同じ開催日にした?全く、分かっていない連中である。スタート日はおかみが決めることではない?当り前だよ。全く、分かっていない連中である。 被災者のことや節電のことを含めて、全国民に対してセリーグとしてどうしたららいいか、考えて、開幕日を自分たちで決めることです。こんなことは普通の大人なら常識です。中学生や高校生だって常識です。それを、自分たちの利益をできるだけ損なわないようにという思いを最優先にした姑息な考えから期日や場所や時間を決めるのでは、お上も、選手も、一般市民も、被災者も、全員が、賛同しない、なるほど、よく考えてくれたとは思わない。考え違いもいいところだ。選手会が12日から、パリーグが12日から、と言うなら、セリーグは15日からとか19日からとかというくらいの決め方をすれば、大多数の人はよくそうしてくれたと思うでしょう。人気も上昇するでしょう。そのくらいのことが、分からないでは、経営者、運営者とはいえない。 買いだめは今に始まったことではない。不安が買走りをさせるのです。トイレットペーパーの買いだめをしないのでしょうか。水の話は面白い。昨日も書いたが、予想通り、東京の浄水場に放射能量は基準値以下になった。さあどうします。埼玉は昨日の数字では超えていて、乳幼児には不適と発表した矢先、午後には今日の数値が出て、基準を下まわっている。さあどうする?それでも、買走りに必死のお母さんたちやじいさんばあさんが後を絶たない。売り切れ続発、増産増産、一週間もすれば、水は店頭に溢れ、売れなくなる。そして、増産していた工場も、生産中止に近くまで、注文が減ってしまう。政府、行政も、何しているんだと責められる。本当は、何も慌てふためくことはないのに、多くの人を巻き込んで、パニックになってしまう。結局、その後の混乱や乱れを、自分たちの責任ではないとすまし顔、一日、二日や一週間はじっとしていられないの?その点、静岡のここら辺りの人は、白い目で眺めているだけである。きょうも、水道の水でお茶を何倍も飲んだ。静岡の地下水、水道水は知る人ぞ知る超軟水なのでお茶が大変おいしい。 各地の野菜類の放射能数値発表がないが、下がっているの?上がっているの?一体どうなっているのでしょうね。廃棄している生産者は毎日知りたいはずです。水の話が出てから、野菜のことで質問する人はいなくなったし、答える人も出てこなくなった。面白いですね。本当は野菜も数値が基準値以下になっているのではないでしょうか。出荷禁止を解除したらどうでしょうか。 45年以上ぶりでしょうか、静岡の駿河町?高校時代に親に内緒で、ここら辺りで映画を見たりアイススケートをしたりしていた。今の雰囲気は、サビレテルーです。昭和時代の名残。孫と一緒にプリキュアの映画。映画館の名前はミラノ座。それにしても、映画一時間ちょっとで千円は高い。駐車料金一時間ちょっとで600円は高い。
2011.03.25
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 857 捜索の手伝いに来ていた各国の救助隊は全て帰国したそうです。韓国からが最後でした。もはや、生存の可能性がないと判断したからでしょう。そうですよね。仕方がないですよね、彼らの任務は終わったのです。感謝しつつお帰り願った方がベターでしょう。 捜索ではなく、援助の任務を買って出てくれている米軍にはまだまだお手伝いをお願いしなければならない。ありがたいことです。太平洋戦争終結後の進駐軍のような印象を持つ人もいるかもしれないが、全く、気持ち的に違うと思う。心から感謝だけで、わだかまりは何もない。頼れるだけ頼ったらいいと思う。真の友人として。 セリーグのコミッショナーとジャイアンツのオーナー?アホじゃないの?全く、場違いな人達だと思う。日本の空気が読めない人達、ジャイアンツの人気はドンドン落ち込むことは自然の流れのような気がする。パリーグは常識的、それに同調しない理由が分からない。一般の人は、観客動員数を気にしている、イコール、利益についてサラリーマン的根性、と、思うでしょう。選手会の方がよくわかっている。 ナイトゲームなどやるなよ。東京ドームでやるなよ。そのくらいの発想が何故出来ないのでしょうか。 どこかの浄水場の水の放射能?また、馬鹿な数字が発表された。爆発の翌日12日かその次の日13日にチェックして、発表しておけよ。今頃、発表してどうなるの、それとも、毎日チェックしていて、雨が降った昨日、初めて乳幼児の基準値を超えたので発表したの? ホーレン草以外の野菜類についても茨城、福島産について何種類かが出荷指し止め、摂取控えの命令が出された。これらも、何故、今日なのでしょうか、何故、一週間前ほどでは無かったのでしょうか。昨日も書いたが、影響ないなら、やはり、千倍にすることを提案する。実際には無理だが、私が福島の原発20Km以内に住んでいれば、脱出はしない。そのまま留まる。そして、地元産の野菜や肉を食べ、乳製品も食べる。全く大丈夫だということを実証するでしょう。 増えていなければ減っているわけで、昨日の数値では基準値を超えていて出荷停止でも、今日のデータでは、出荷していい数値になっている場合の方が多いはずです。水道水も野菜も毎日数値を発表して貰わないと、出荷禁止になったものはいつまで出荷禁止にするのか、どういう数値になったら出荷OKになるのか、どういう数値になったら、飲んでいいのか、はっきり政府は言ってほしい。報道番組でも解説者も、そのことについて誰も聞いていないし、話もしていない。どうして、その点を変だと思わないのでしょうか。 通行止めになった道が、どういう状態になったら、通行止めが解除されるのか、多くの人は知っているでしょう。それと同じように、私は、禁止になったものが、どんな状態になったら、 通交止めになった道が、どういう状態になったら、通行止めが解除されるのか、多くの人は知っているでしょう。それと同じように、私は、禁止になったものが、どんな状態になったら、近視ではなくなるのか、知りたい。禁止ではなくなるのか、知りたい。 家の情景、94才と4才の握手、母と孫です。庭の隅の花と金柑。
2011.03.24
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 856放射能の安全基準を直ぐに見直し、千倍にしても大丈夫です。ドイツという国が世界で一番、パニック状態になっていて、放射能防護服が品切れになるほど売れているそうで、ドイツの婿殿も、相当神経質になっているようだ。大丈夫だから、予定通り31日に日本へ来るようにメールを送った。どういう反応が有るでしょうか。図体はでかいが、肝っ玉は小さそうだ。今日から暫くは爺さんに徹する。彼女達の保育園の送り迎え車でした。今日も、しとしと雨が降っているが、静岡はセシウムもヨウ素も平常値です。きのう夕方、彼女達に飛び付かれて、抱き上げた時、腰にギクっと来た。またです。もう十回以上になる。癖になっていることは分かっているが、ついつい、忘れてしまって、繰り返す。近所の整形外科へ駈け込んで、注射を打ってもらう。X線チェックでは、変形はほんの少しで、長期治療は必要無いことは分かっている。直ぐに治ってしまう。注射で治る人と治らない人がいるらしくて、私は直ぐに治ってしまうので、我慢するのは損、腰が痛くなったら、直ぐに病医へ行って注射をしてもらう。インドネシアでも同じである。その時、必ず、どこの医者も、貼り薬出す。わたしにはまったく効果を感じることは無いので、いらないというのに、出す。効いたという実感は全くこれまでない、というより、注射で一時間後には、痛みが無くなってしまうので、効果を確認することが出来ないと言った方が良い。三日分の錠剤もよこす。しかし、これも、飲み切ることは無い。既に、治ってしまっている。風評被害、放射能が野菜類、特にホーレンソウ、また、牛乳から基準値を上回ることが発表されると、人体に直ちに影響がないと説明しても、完全に敬遠されてしまう。気の毒な話である。海水からも基準を超えた放射能が検出され、近海の海産物が敬遠されることを心配する。一年食べ続けても人体に影響ない、CTスキャンやX線チェックなど一回分の被爆よりも少ない数字だというのに、農家や酪農家は廃棄処分にしなければならない、なんと、無駄で、無意味な発表だと思う。分かっていない人が、分かっていない人からの発表をかからないまま、販売停止にしたり、買うことを止めたりする。なんと、意味不明なことでしょうか。この、食料不足の時になおそう感じる。私なら、その野菜をどんどん食べる。暫定基準値はいつどこで決めたのか知らないが、全く意味をなさない、罪深い基準値だと断言する。暫定基準値を今の千倍にするべきである。心配性の人は、それぞれが基準値を設ければいい。それに、何故暫定ないのでしょうか、暫定では無い基準値はどこ?ちゃんとした基準値はいつ作るのでしょうか。 広島長崎原発の一万分の一、十万分の一も無い、福島原発の放射能、アメリカやソ連、中国、フランス、イギリスの核実験、水素爆弾や中性子爆弾の何百万分の一、それらの実験は何百回何千回と繰り返された。世界中に放射能をまき散らした。その何千万分の一にもならない原子力発電所の事故で、香港や韓国で日本からの輸入食品にヒステリックになったり、ヨーロッパで放射能が降り注ぐとパニックになったり、中国でも意志では無かったかも知れないが、ネットに流し、結局、放射能被害の風評になってしまったり、どうなっているの?変じゃないの?例の以前書いたSAKAZAKI菌が心配で日本から輸入の粉ミルクかしか使わない人々が、日本からの輸出が出来なくなると思い、買占めに走っている。全てが、過度な不安が原因である。 たく!!!もう!!!日本政府に責任がある。断固と安全だ、余計な評判は流すなと全世界に宣言することぐらいしたらいいのに、日本国内でも云えないのだから、どうしようもない。歯がゆい。日本の春は近、小雨の中の初桜。
2011.03.23
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 855 正月以来の日本での休息に入った。 ボーディングパスカウンターでフィスカル(出国税)フリーのロケットが見えないがどこへいっちゃったの?と聞いたら、廃止になったと言っていた。今月からだろうか。知らなかった。直接、イミグレへ行ってくださいと言われた。色々、変わるインドネシアである。スカルノハッタ空港の搭乗ロビーでのアナウンスで、日本へ到着までがANAの責任で、その後のことは責任を持てない、ということを繰り返していた。インドネシア人の客がいない。昨夜のANAの日本便はガラガラ、バリからの乗り継ぎ客を含めて多く見ても百人以下だったと思う。あまりにもガラガラなので、機体のバランスについて気にしていようで、客の座る位置を変えていた。アナウンスで、坐る位置を変えないようにもし変えたいなら、客室乗務員に許可を取るようにと言っていた。私はそれを予想して、後ろから二番目の列の57Dを頼んだ、真ん中なので肘掛を上げてゆっくり眠ることが出来た。到着一時間前の機内が明るくなって目が覚めた。日が差し始めていた。いつもの日本の空である。地上の非常事態は全く予想が付かない。 成田第一へ到着、雨だった。まだ、日本時間06:00人影が殆ど無い、こんなにがらんとした成田空港は初めてである。時間の所為かも知れないが、とにかく、利用客より職員の方が多い感じ。荷物検査は、バゲジを開けられている人はなく、スイスイ通過していた。通関のあとまた、迎えの人は一人もいなかった。成田エクスプレスのカウンターへ向かったが、一人の職員がいただけで、客は一人もいない。私が行ったら、成田エクスプレスは終日運休、次の快速は07:59だという。一時間以上待たなければならない。バスはどうか、京成はどうか、出勤してきたばかりのインフォメーションに尋ねたら、彼女達にも情報が入っていないので、はっきりしない。結局、じたばたせずに、いつもの通り成田エクスプレスを使い、東京駅着、09:30。ひかり10:03発静岡着11:00で静岡へ戻った。 成田空港も暖房をしていなかったように思う。快速列車の暖房はOFF、寒い。わたしが乗った快速の次は08:50だという、かなりの間引き運転である。東電の計画停電、節電でかなりの間引き運転をしているようでした。東京駅のコンコースは混雑していた。エレベーターは稼働していたが、下りのエスカレーターは止まっていた。登りのほとんどは止まっていた。大きなバッグを持っている人はリフトか車いす用のスロープを使っていた。わたしもそれらを探した。 静岡や家は何事も無かったよう。婿殿も、迎えに来ればいいと思った。玄関に近づくと、家の中から、じいちゃんだ、という声が聞こえてきて、玄関の扉が空いて、二人が飛び出して突進してきた。 それからが、大変、知らなかったが、今日は、春分の日で保育園が休み。邪魔しまくられた。坐っていても、抱きついたり、肩に乗っかってきたり、けっ飛ばしたり、抓ったり、止めてくれと言っても聞かない。腰を痛めてしまった。 それでも、孫たちがどうしてもというので、連れて、auショップへ行って、USBモデムを購入し、auNETのWiMAXの契約をしてきた。二年契約がMinで使いたい放題というやつ。三カ月後からは日本で仕事をすることを考えれば、いいかなと思う。半年ぶりに会った彼女達、大きくなった。めちゃくちゃ力が強くなった。
2011.03.22
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 854 USTREAMでNHKニュースをライブで見ている。時々、休んでしまうのが残念。今、スカルノハッタ空港に来ている。ANA21:10離陸予定です。明日、午前中には静岡へ着く予定だが、日本国内の列車の運行状態が時刻表通りでないことが予想されるので、どうなるか。これも、体験でしょう。 今朝も、06:30TEEOFFでゴルフ、なんとなく、日本人の姿が少ないような気がする。自粛をしているのでしょうか。13:00前にゴルフ場を出て、ショッピング、日本への土産物の物色をする。今回は、安い、果物を主にもって行くことにした。 原発のその後は小康状態なので、情報公開が少ないとか、本当のところは隠しているのではないかという書き込みは少なくなってきている。要するに、そういうことを言う人は、危険な状態だから、早く逃げろと言ってほしいのです。多くの人は素人だし、もっている知識も真実かどうかわからない、そういう人が、とにかく、不安になるのです。そして、安全だとか、心配ないというと、真実を隠していると思うのです。そういう人の中に、デマや風評を流す人がいるのです。そして、不安をばら撒くのです。大丈夫という人は、嘘つきにされてしまうのです。 現在の原発は安全だということで、稼働しているのだが、ほら、安全では無かったじゃないかと言いたいのです。自分の不安を他人に増長させるようなことはせずに、多くの人々に安心と希望を与え、勇気を与えるような書き込みをしてほしいものです。この危機に立ち向かっている人たちが多くいるのです。その人たちを激励してほしいものです。 日本到着30分前の東の空、家について菜の花に会う。
2011.03.21
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 853 ドイツから婿殿は4月中旬に日本へ来て、下旬に家族一緒にドイツへ帰ることになっていて、チケットも手配してある。予定通り迎え方々、西日本の旅行をすればいいのです。ところが、多分、もう、そのチケットはキャンセルしていると推測する。そんなに、脱出させたいのなら、予定を早めて、日本へ来て連れて帰るくらいのことをしたらいいと思う。 迎えに行こうなどという度胸は無いのでしょう。私は度胸などいらないと思うが。普通に帰国し、普通のスケジュールを消化し、普通にインドネシアへ戻ることになるでしょう。 福島原発の事故、その後の経過を見ていると、なんとなく、落ち着いてきているような印象がある。放水部隊、通電回復部隊の方々の命がけに活動が実を結ぶことを祈っています。世界中が固唾をのんで注目している。神風が吹いて原発の上空で豪雨が降ってくれるといいですね。てな、気持ちにさせられます。放水の効果が出ているという印象がある。まだ、予断は許さないでしょうから、なお一層の処置が必要でしょうが、少しは、安心要素が増えたような気がする。良い傾向に向かう予感場する。がんばれニッポン!!! 今の日本は戦後最大の危機に直面したと思う。戦後の焼け野原から10年足らずで、焼け野原の面影がほぼ無くなり、17、8年後には新幹線を開業させ、オリンピックを招致した日本です。不謹慎だと思うが、当時は、朝鮮戦争による特需で日本の経済は急上昇した。それを今回は期待してはならないが、無きにしも有らず、でしょう。其の当時のことを考えれば、神戸のその後と同じように、その半分の期間で震災前の状態に回復し、より、地震津波対策が進んだ状態になっているでしょう。原発も今回の経験を生かして、もし作るなら、M10の地震、と50mくらいの津波でもびくともしない構造に変わるでしょう。そして、私は、日本の高度成長時代を再び迎えるのではないかと予測します。戦後の時代からの繰り返しを予想します。そういう、明るい回復予測をして、希望を持ったらいいと思う。 今のインドネシアの最大の話題はBOM BUKUといって、厚い本をくり抜いて爆弾を仕掛けて、ジャカルタ市内をあちこちにばら撒いている。それを、処理する部隊が振り回わされいる。置かれている場所に一貫性がない。威力も至近距離でも殆ど怪我をしないくらいで、処理班は、町の道端で爆発処理をしている、見物人は20mくらいしか離れていない。インドネシアのTVONEというニュース専門番組の画面です。
2011.03.20
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 852ドイツの婿殿から娘や孫にドイツへ早く戻るように催促が有ったのは、原発事故が有った二日後だったそうだ。毎日、催促の電話が入っていたが、大丈夫だからと娘は拒否している。私にそのことで相談の電話が娘から入っているが、その都度、チェルノブイリのような事故になったとしても、静岡は安全だから、パニックになる必要はない。いと言ってある。ところが、ここ二三日婿殿から催促に電話が入らなくなったらしい。云っても効かないと思ったのでしょう。そこで、昨日、彼から私に娘たちの帰国の催促と妻も一緒にドイツへ来るようにと、説得してくれとメールが入った。 私自身は、全く賛成しないので、メールを無視している。21日には日本で彼女達に会えるのに、どうして、その前に脱出させなければならないのか。脱出させるなら、私が帰国してから、様子をもっと詳しく確認して、もし、させるなら、私が、彼女達の脱出の段取りをする。そんな事態にならないことを私は信じる。 書いたが、どうみても、ドイツが世界で一番、日本の原発に対する対応に疑いを持っている。批判的である。これがドイツ人の一般的な考え方になってしまっているので、婿殿は、そのドイツ一般的な批判よりもっと痛烈に批判したがっているし、疑いを持っている。そもそも、彼は日本人を見下しているところがある。私から見れば、ドイツ人のモラルは日本人より低いし、工夫も足りないと感じるのに、なぜ、彼は見下した態度を取るのでしょうか。ドイツ人と言うより彼の性格だと思う。理屈はこんこんと言うが、的が外れているし、強圧的でもある。ドイツが原発事故に対応する専門チームや放射能防護服を送るという話は無い。フランスやアメリカからは既に付いているか、明日には到着する。 また、彼や家族が日本へ行けるのも私からの全面的資金援助があるからで、ドイツやスイスへの家族旅行も、全額、私から出ている。それを当然と思っているふしがある。他の日本人と結婚した人も日本の親が資金を援助していると事もなげに言っている。 この祭、書いておくが、孫たちは100%日本で暮らしたいと言いだすでしょう。どう見ても、父親として、小さい子供に理屈が多すぎるし、煙たい存在になることは間違いない。その上に、住環境です。ドイツの今の家は家自体が狭くて住みにくいし、フランクフルトの田舎という環境が、厳しい。回りに何もない。一年の大半が寒くて暗い。 静岡のマリコ(丸子)とは住環境を比較しようもないほどなにもかも雲泥の差である。気候が全然違う。回りに色々あるので子供だけでかなり自由に行動できるし、中学、高校になればもっと、日本、静岡に住みたくなるだろうし、日本で勉強もしたくなるでしょう。そういうことを、分かっているのかどうか、分かっているから、それを恐れているのかもしれない。 こんなかわいい孫が、じいちゃん!と言って飛びついてくるのです。帰してたまるかという気持ちである。
2011.03.19
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 851 外国のメディアは色々なことをいう、良くも悪くも、全く、気にする必要はない。ドイツが一番厳しい見方をしている。フランスもそれに近い。原発事故に対する状況の分析や対処の仕方にも、さまざまに云いたいことを云っている。海外からの取材陣の行動についても、日本に留まる国もあればいち早く逃げ出した国もある。レスキューが逃げたという話は無いが、遠くに移動する話はある。引き揚げ命令が出る国もあるかもしれない。それぞれの思いだろうが、日本国民としては、勿論、疎開する人はいるでしょうが、日本から逃げ出すという人はいないと確信する。外国に住む日本人は、帰国どころか、日本から家族を呼び寄せているという話もある。色々です。原発についても、日本の総力を挙げて放射能漏れを最小限に抑えようとしているのだから、信頼して、ごちゃごちゃ云わずに任せるしかない。こればかりは、海外からの助けを待つわけにいかないのだから、もし助けが有っても、頼むシロモノでは無い。自分たちで何とかするしかない。それにしても、放水を5回で今日は止めてしまったのは何故でしょうか、ヘリからの投下も二機で二回ずつで止めてしまったのは何故でしょうか、人が変わるなりヘリを変えるなりして、次々と繰り返したらいいのに何故やらないのでしょうか。効果の分析?アレッポッチを撒いて分析などお笑いである。これでもか、と、上空から、地上から、最低24時間くらい繰り返してから効果を確認してほしいものです。何か、できない不都合があるのでしょうか。全国民の命がかかっているかもしれないのです。まったく、歯がゆくて仕方がない。犠牲的精神?命令を出す人、自ら、先頭に立って、突撃してほしい。それが、自衛隊でしょう。きついことを書きましたが、それにしても、歯がゆい、外国が日本を不審に思うのは当り前です。多すぎて放射能が増えることは無いでしょう。マイナスがなければ、プラスがどれほどかを確認するために、止めてしまうのはどうしても納得できない。放水しながら分析はできるはず、できるから、また、放水車やヘリも活動できるのでしょ。夜で証明がなく目標が見えないなら、照明弾を使えば良い。自衛隊なら当り前のことでしょう。今まで経験がないとは言わせない。経験がないなら良い経験になる。どうみても、決死的という感じは全然しない。一週間前9日に、もういくつ寝ると、などと、呑気なことを書いてしまった直後に日本はとんでもないことになってしまった。計画停電で成田へ着いても、時間通りに静岡までかえることが出来るかどうかわからない状態でしょう。それでも、21日朝には成田へ着く予定は変更しない。ドイツからの孫、娘が逃げずに待っていてくれるのだから。場合によっては、彼女達のドイツ行きの手伝いをするかもしれない。インドネシアへ戻る予定を延ばして、日本に留まるかもしれない。 世界中の株価が下がるのは分かるが、円が高くなるのは何故なのでしょうか。日本経済は大きな打撃を受けたのだから、円が安くなると予想していた。ところが史上最高値を更新してしまった。 日本復興のために円を大量に必要とする観測からでしょう。株を売ってその資金を円買いに廻しているのでしょうか。日本全体が、手持ちの外貨を売って円を調達するだろうという観測です。高い円を売って儲けようという魂胆でしょうか。こんなときでも、人々は一獲千金を目論んでいるのだから、彼らの期待通りにならないように、外貨を担保にして、日銀は円をドンドン印刷してばら撒いたらいいと思う。政府はドンドン円を売りまくったらいいと思う。外国政府はこういう介入は容認するはずである。
2011.03.18
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 850仕事の話を少し。障害物が多すぎて、思うように進まない状況になっていて非常に歯がゆい。邪魔がなければ半分の期間、時間で済むし、いちいち、申請や催促をする必要がない、それも、手間を増やしている。その障害物は、障害になっていると思っていないからどうしようもない。それが在ることで、何かの助けになっているならいいが、それどころか、邪魔になっていて、無い方が助けになるというのに、である。ということで、私の想定の倍くらいの時間がかかってしまったし、私からの資金提供も20万円くらいになってしまった。そして、今日、試作品が出来上がった。形も色もOKのはずである。一か月半かかってしまった。もう一点あるが、これは、私はいなくなるが、金型はOKになっているので、プレス機の納入が来週中にあることを期待する。今月末にはサンプル提出予定はスケジュール通りになる。いずれの、製品も、日本の事業所では出来ないので、会社の新製品としてネットに乗せることが出来る。その他にも今、生産している製品も、開発省略でネットに新製品として載せることが出来る。 燃料や食料品や水の蓄えが無くなってきている状況が伝わってくる。ガソリンは危険物輸送ということでかなり厳しい規制がるが、この祭、緊急特例として、自衛隊が備蓄しているはずの物資を自衛隊の大型輸送ヘリでドラム缶に車の燃料や灯油や水を積んで、送ったらいいと思う。食料などは、大型輸送機で空からパラシュートで落としたらいい。そのくらいの方法は誰もが分かっていることだと思う。耐えて待っている人たちの身になって、許可を出せる立場の人は、迅速に決断して物資を送ってほしいと思う。こういうことは、水が引いたと同時にやるべきことだと思うから、水が引く前にも準備をしていなければならないはずである。 節電の様子を見ていると、インドネシアのある街を見ているようです。信号はもともとないので交通警察官が手まねきで誘導しているし、店の中は暗いし、それでも、予告なしの停電は頻繁にあるし、断水も同じ様に予告なしである。朝の水を多く使う時間は断水では無くてもチョロチョロとしかでない。しかも、こちらの水道からの水には砂が目に見えて混じっているし、見えない何が混じっているか分からないので、絶対に飲めない。ということを考えると、日本は恵まれている。不謹慎かもしれないが、何もない時に、こういう生活を訓練として体験することも大切かなと思う。 ジャカルタで厚い本の中に仕込まれた爆発物をどうしようとしたのか、一般の警察官と市民が本を開き始めた。至近距離から様子を撮影している。中味が見え始めて、すぐに爆発してしまった。その後の映像は病院のベッドの上である。なぜ、開けようとしたのか、よくわからない。明らかに爆発物と疑われる状態なのに、本人たちも周りの人たちも何の心配もしていないので、素手である。考えられない!!そんなに大きな威力は無かったので、片手が粉砕されただけで済んだようだ。
2011.03.17
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 849 インドネシアに長く住んでいる一人の日本人の考えです。福島原発の事故によって、日本中が放射能に侵されると深刻に心配してくれる人がいる。私は、よく分からないが、そこまで、深刻にはなれない。「日本へ帰るのか?危ないんじゃないの」という人がいる。とんでもない話で、こんなときだから帰国の中止をしたらみっともないと思う。デマは、こんな時禁物です。確実な情報を遅れることなく全世界に発信してほしいと思う。インドネシアのニュース解説では、スリーマイル島やチェルノブイリの例を出している。そんな事態にならないように祈るのみです。 海外から救援部隊が続々と到着している。彼らに本国から帰国命令が出るようなことは無いと思うが、ドイツから来ている娘と孫には婿殿から、直ぐ、戻るように毎日電話が掛ってきてくるので対応に困っていると娘から電話が入っている。本人は25日に日本へ来る予定になっている。どうするつもりなのでしょうか。迎えに来るのでしょうか。何もなければ4月15日まで日本にいることになっている。 もし、人体に深刻なダメージを与える可能性がある高濃度の放射能が発生する状態になったとしても、東京や静岡、名古屋など福島より西にある場所に、それが振りかぶさってくるのは地球を一周して戻ってきた時で、相当、濃度は低くなっている時です。アメリカやヨーロッパの方が濃度は高いはず。中国の大気汚染が日本に被害を与えたり、黄砂が降りそそいだりするのと同じ理由です。ですから、申し訳ないが、静岡や東京は福島原発に万が一、炉心融解のような事態になっても、すぐに人体に影響があることにはならない。戦争末期の時のように、東の人たちは、西に疎開することになるでしょう。そんなことにならないよう、関係者を信頼し、信じるしかない。批判をしても意味がない。 静岡東部に地震があった。富士宮で震度6とか、大きな被害は今のところないようだ、このくらいの地震は二三年置きにあるが、大きな被害は出ていない。東海地震や東北地震に関係ないと云われているが、私は、東海地震がなかなか来ないのは、こういった、少し、強めの地震が起きることによって、ストレスが緩和されているからだと思う。地震学者はそう考えないのでしょうか。どうでしょうか。 この歳になれば、どこで、何が有ろうと怖くない。それに、この世の中、どこで何が起きるか分からない。何も予測出来ることはできない。生きているうちに、やりたいことは躊躇せずなんでもやっておいた方がいいと思う。もっとも、私の場合は、やりたいことをどんどんやるのは、とっくの昔からなので、同じ調子でやるしかない。 今はこの景色を見ることはできない、2006年パンガンダランに津波が襲う前の風景です。今は、この東海岸が無くなっている。西海岸は以前も今も同じ賑わいです。
2011.03.16
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 848私は、インドネシア人がインドネシアの報道専門番組のテレビを見て得る情報と同じ情報から物を云っている。NHKは見ていないからです。インドネシア人の学者が地震について津波について、原子力発電所について、解説をしている。本当に基礎的なことだけの話に留まっている。これを機会にインドネシア人の知識も少しは増えたと思う。ただし、どの解説者も、日本人の知識や技術は世界一流なので、私が言っていること以上の対策をしているし、いち早く危機を乗り越えるでしょうと言っている。また、その工程や行動を私たちインドネシア人は参考に、勉強をもっとすべきだと言っている。日本人は私たちによい手本を示してくれるだろうと言っている。 流石、インドネシアではトップクラスの学者たちだと感心する。神戸の時もそうだったが、日本人の忍耐強さというか、冷静さには誇りを持てる。日本人はどんな時でも救援物資は行き渡ると確信している。行列の最後でも必ず品物は残っていて、自分も受け取れると思っている。そして、もし、途中で無くなってしまっても、またすぐ届くと思っている。自分がじたばたしても、迷惑を掛けるだけで、なんの得もないことを知っている。また、何事も弱者優先という考えも染み込んでいる。自分は残りでいいと思っている人も多い。 多分、私も真っただ中にいれば、行列を整理して分配する人になっているでしょう。自分に関しては、ある程度の食料と水は持ち込んで、それで十分でしょう。一週間や十日は、問題ないと思っているでしょう。 行列に慣れている日本人に、スーパーでもコンビニでも略奪は考えられない。救援物資の無秩序な奪い合いも絶対ない。こういう状態は、世界中の関心を買っているし、賞賛と尊敬の眼差しでみている政治家や知識人は多い。今回は地震もすごかったが津波はもっとすごかった。流石、津波は世界語になるはずだと、見本を見せたようなものだ。 気分を変えてジャカルタの北にあるトラディッショナルな港、木造船だけが停泊して材木ら穀物の積み出しをしている。大変雰囲気の良い港です。
2011.03.15
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 847こちらの能天気な暮しは変わりない。一週間後には日本へ一時帰国するが、その時までには、被害の全貌がほぼ明らかになっているでしょう。聞く処によると、何万人単位で行方不明者があるという情報を得ている。アチェの津波の時には沿岸諸国を含めて16万人の死亡、行方不明者だったという。それを考えると今回の行方不明、死亡者が数万人とみてもおかしくない状況だと思う。跡かたもなく消えてしまった町がいくつかあるというのだから、幾ら人口密度が低くても悲惨な状態には変わりない。今も、TVONEというニュース専門番組を見ている。どこの町か分からないが、容赦なく押し寄せる高波に次々と全てがのみ込まれてゆく状態が写しだされている。車や船や家が転がるように流されているのが見えるだけで、人は一人も見えない。写している人は、高いビルに上って避難しながら写しているのでしょうが、非常に貴重な映像だと思う。CG映像ではないのかと疑いたくなる。それにしても、こんなことってあるのだろうか、見ているここばかりでなく、こういう場所が何箇所もあると思うと、見ていて涙が出てきてしまう、悲しい。原発の爆発事故もどうなっているのか素人の私には分からないが大変なことだと思う。冷静に、冷静に対応してほしいと願うばかりです。原発が大量の冷却水を必要とすると聞いている、だから、海の近いところに作ると聞いている。どうしようもなくなり、本来真水でなければならないところを海水を冷却用の使っていると聞いている、最期の切り札を使ってしまっている。想定以上の地震という説明をするでしょうが、今後作る原発に限っては、程度を想定してはいけないと思う。想定するなら、全く考えられない、M10の直下型、津波の高さは50Mを想定すべきだと思う。また、下からのダメージばかりではなく、横から上からのダメージにも備えなければならないと思う。空から原爆が投下されて地上100mくらいで炸裂した状態にも耐えられるようにしなければならないと思う。地上50m以上にあるが、地下200mより下の核シェルターにある状態にしなければならないと思う。それくらいの対策を取ってほしい。 勿論、原発でなくて、他のクリーンエネルギーを効率的に作り出す技術の開発は急がれる、作って行けば、進歩をする。 今日出会った花。 泣ける 沈没 悲惨
2011.03.14
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 846 GUMPA DAN TSUNAMI DI JEPANG神戸の大地震の時は妙高でスキーをしていた。こんな非常時にゴルフなんてやってんじゃねーよ!と、言われそうですが、どうしようもないから仕方がない。リスク回避のために大企業の多くは国内に工場を分散している。流通状況が必ずしもいいとは言えない東北地方にも工場を持っている理由の一つのはずです。だから、東北で操業が出来なくなれば、九州や中国地方などで有る程度バックアップはできることになっているはずです。しかし、それにしても、対策は大変でしょう。日本の産業は大打撃を受けたことは間違いない。これほど広範囲の被災は私の記憶にない、日本国民の総力を結集して、いち早く、すべてが立ち直ってほしい。そして、被災前の状態以上に活気ある日本になる機会にしてほしい。 インドネシアのテレビの報道では東北地方の住むインドネシア人のこちらの家族の家から連絡状況をやっていた。娘と孫が福岡に住んでいるが海岸から一キロくらいのところなので、心配と泣きながら話している。進行者も場所について全くわかっていない。どうなってんの? ニュースでは東京特派員にインタビューを盛んにしている。こちらの進行者は日本中がパニック状態になっていることを、どうしても、引き出したのでしょうか。東京は何も機能していない状態になってしまっていることを引きだしたいのでしょか、盛んに、東京に関して、交通はどうなっているのか、食料品は届いているのか、空港は使えるのか、などとしつこく聞いているが、特派員は冷静そのもの、何でもない、殆どの日本人は冷静だということを強調している。ノルマル、ランチャール(順調)という返事を繰り返す。進行役は不満の様子。 特派員に福岡はどうかと聞いた時、1000km以上離れているし、太平洋側と日本海側なので本州が邪魔して津波は届かない、と、説明した時の落胆振りは気の毒だった。その説明の前に繰り返し登場していたおばあちゃんは登場しなくなってしまった。惨憺たる映像は流れているが、既に過去のことである。これだけひどければ、パニックになるより、笑ってごまかすしかない日本人の性格を知らない。そして、直ぐ、いつもより冷静になって、回復の方向に手を打つ、既に、強力に日本中が動き出しているはずです。 第二工場(キタガワ跡)に入った射出成型機 東芝上海
2011.03.13
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 845Breaking news でインドネシア中に速報、Tsunami Hits Japan。インドネシアのテレビしか見ていないので、インドネシア人が受けているだろう印象を共有している。それでも、すごい、津波防護壁は役に立ったのでしょうか、映像を見ている限りでは壁がない場所なので、三陸海岸より南の状況なのでしょうか。とにかく、車がころころ転がりながら流れてしまっているし、広大な田園地帯に、何の障害も無く、浸水してゆく姿は、不気味だ。日本沈没の映画を見ているようでした。 かなりの死者や行方不明者を出しそうですが、被害が最小に収まるよう祈っている。 静岡の私の家へ電話したら、ドイツからの孫たちは保育園にいて、迎えに行った時、防災頭巾をかぶっていたという。始めての体験で、地震にびっくりしたようですが、良い経験になったと思う。 妻は京都へ行っていて帰りの新幹線の中で地震に遭遇し、上りはストップ、岐阜羽島駅で社内泊をすることになりそうと言っていたが結局5時間後の運転再開、先ほど家に着いたとか。東海道新幹線は上下とも運転再開しているが、東海道本線はまだ、点検中で運転再開していないようです。日本時間23:00の情報。 それにしても、30年以上前から、いつ来てもおかしくないと云われてきた、東海地震はどうなっているのでしょうか。当時の記憶では1000年くらい前からの記録で150年くらいの周期で大地震が発生している、既に、側近の地震から150年過ぎているから、いつ来てもおかしくないという理由だったように思う。2000年、3000年やもっと前の記録勿論ないわけで、もし、あれば、300年も500年も地震がなかったかもしれない、この最近、1000年が異常だったかもしれない。別に大地震が来てほしいとは思わないが、地震学者は無力を認めたらいいと思う。予測などできないのです。日本にいる限り、いつどこで地震や津波に見舞われる可能性は大きいのです。 今日は生放送のオペラ バン ジャワというコミック即興劇の冒頭で、日本の津波についてお見舞いを云って、被害が最小であるようにと祈っていた。スポンサーはヤマハバイクやニッポンペイント、シャープなどのインドネシアではかなり人気がある番組です。 バンダアチェへ先日いってきたことは書いたが、あの場所で10万人以上の犠牲者を出したとは信じられない平穏さだった。日本の手伝いも土地の人は印象深く感謝している。そのことも含めて、インドネシア人の多くは被害が少ないことを祈っているし、日本は手伝いがなくても自分たちで直ぐ立ち直ると思っている。 今 気仙沼上空からの様子を見ている。絨毯爆撃に遭ったような火災状況で、奥尻の地震と津波を思い出す。 友人から、私の日本の家や家族の状況を聞くSMSが殺到した。
2011.03.12
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 844もう一つの鉄板コーティングのクロスヘッドダイを受け取って、現場技術者に渡してきた。来週から試作をしてもらう。私が日本へ行っている間に製品は完成しているはずである。この製品もインドネシアでは初めてのものです。日本の技術者と言われている人が、素直に受け入れるかどうか懸念されるが、日本の会社でもできないでしょうから、技術を教えたいと思っている。私の取ってはそれほど難しくない。昨日からの最終試作は原料の問題だけが残った。これから、成形に適した原料を探さなければならない。これも、失敗の一つだった。やはり、私が最初からタッチすればよかった。この原料専門で製造をしていた人と聞いていなので、これもダメかと、期待はずれでした。スマトラ島へ向かうトラックの渋滞が一週間以上続いている。悪天候でフェリーが結構続きなのです。生鮮食料品は腐ってしまっている。二三日待つのが当たり前になっているので、周辺の家から炊き出しを受けたりトイレを使わせてもらって利している。日本で大雪でトラックが動けなくなった時と似ている。日本ならとっくに、橋がかかっているは、海底トンネルが敷かれている距離である。原油相場高騰により、政府は耐えきれなくなった。ガソルン(プレミューム)と軽油(ソーラル)の価格が4500Rpから5000Rpに上げる。ただし、公共の車には適応されない。黄色ナンバープレート車は今まで通りです。赤ナンバーはどうするのでしょか、公用車です。ハイオク(プレマックス)は相場に依るので変動する。現在8000Rp以上だと思う。このことで、インドネシア各地で駆け込給油のためガソリンスタンドに長蛇の列ができている。原油産出が比較的追いカリマンタンのポンティアナックからのニュースではガソリンスタンドのタンクがカラッポになっているのに列は消えないどころか長くなる一方。いつ来るかわからない油を待っているのです。この界隈ではそういうことは無い。全国どこでも禁止されていないのか、禁止、ポリタンクでガソリンを購入し、予備としていて、小遣稼ぎをするのは普通です。プルタミニ(ガソリンの道端販売店)も全国至る所にある。ガソリンスタンドの直ぐそばで、二三割高く売っている店もある。今回も、安い値段の時に大量に買い込んで、人も受けしている一般人が多くいるはずである。利用したことは無いが、列車の運賃やいつもよく使う国内便航空運賃も5~10%値上げされたとか。チャンディ プランバナンの石像 インドネシアにもエト(十二支)がしっかりあります。今年はウサギですね、こちらもそうです。中華系に人々には日本より認識深い。イスラムの人もそのことは知っていて、私は何年生まれだと知っています。その像がヒンドゥーのプランバナン寺院にも有るということは面白い。
2011.03.11
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 843もういくつ寝るとお正月、もういくつ寝ると日本?10日である。今回ほど、日本への帰国を楽しみにしたことは無い。まず、何と言ってもドイツから来ている孫や娘に会えることです。彼女達は一か月前ほどから日本に来ていて、幼稚園に通っている。他の子供たちにも刺激になるとして短期の入園を許可されているのです。また、4月10日ほどまでしか、日本にいないのですが、小学校の入学式と新学期の雰囲気を体験できることの許可もされた。ランドセルもおばあちゃんが張りきって買ったとか。おばあちゃんにしてみると、できるだけ孫たちにサービスをして、おいしいものを食べさせて、すもう少し大きくいなったら、日本で勉強をしたいと言い出すことを期待しているのが、見え見えです。婿殿は3月25日に来て、家族一緒に4月11日にはニュールンベルグにかえってしまうことになっている。もう一つはこの間に日本へ戻って日本ベースで仕事をする道筋をつける。仕事をする場所、ポジション、一緒に仕事をする人の能力、仕事の内容これ等のことを決める。少なくとも二年はその場所にいて、相当な刺激を与えなければならないと思っている。押出関係の日本の技術は相対的に低下しているので、そのことを認識させなければならにし、ついて来られない人は放り出さなければならないと思っている。意欲のある人には手を差し伸べる。そのために日本で仕事をするのだから、その条件を整える期間にする。遅れても、6月末までに日本の私の席に座るつもりだ。どうなるでしょうか。金型を受け取ってきてトライを始めさせた。今日、修正をしたようで、明日の午前中には、形状しては完璧なものなるとみている。それで完成かと言うとそうではない。色合わせがある。それでも、来週にはアンプルを提出する見通しが付いた。当初の計画通りになるが、本当は10日ほど早くでせた。私の意識の中では10日遅れている。後ほど書くが、実を言うと、この製品は経験45年の中でも始めてのもので、できるいかどうか、10%位は心配だった。今回作った金型の一部、値段は合計1万6千円です。どうですか、安いでしょ。加工費より材料費の方が大きい、ワイヤーカット品が多いがその複雑さより材料が大きい方が高い。 元いた会社で、今は第二工場になっている処へ行ってきた。追い出された場所に今はまた、自由に出入りしている。1996年にインドネシアで始めて押出機ラインを二台設置した場所です。今は、排水溝を埋められて平らになっている。ここに射出成型機200トン中心で20台ほど間もなく設置される。写したカメラの後ろ側に東芝上海からの300トンが三台既に設置されている。もと、原料、資材置き場だった墓所です。周辺機器も続々と最新機種が到着し出した。金がかかっているなという印象はあるが、装置に投資を惜しまないのはこの会社のやり方か、それならそれで、押出も考えようがある、という具合になりそうだ。
2011.03.10
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 842http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/Web site(Home page)へのアクセスが60000回を超えた。2007年5月開始なので、4年弱、1400日くらいか。平均一日50アクセス。表紙だけの数字なので直接中味にアクセスを考慮すれば、倍以上になるのではないでしょうか。爆破的ではないが、まったく見向きもされないという状況でもない。こんなものでしょう。色々書いてありますが、やはり、私の一押しは、タイトルのように、エンジニアリング プラスチック エクストゥリュージョン(エンプラ押出成形)の技術です。かなり、狭い範囲の奥深い技術が特徴です。なぜか、この技術の日本の夜明けごろから、親しむことになってしまって、場所を移動しながら、この道一筋に追求してきた。断ることなく、何でも挑戦しようとする技術と意欲を持っている人は日本にいる日本人でも非常に少ないと思う。云わんや、インドネシアではおや、です。ですから、責任上、係わっているインドネシアから完全に撤退してしまうことはできない。間もなく、居場所は変わりますが、仕事でもプライベートでもこちらへ来る機会は多いでしょう。 ウェブサイトは何か新しいことが有ったときに追加するだけなので、基礎が出来上がっていれば追加、拡大してゆくだけで、難しさは全くない。 というより、何もなければ、そのまま何もしなくていい。しかし、追加できるようにネタを作るということはいつも意識している。旅や仕事、孫などのことは、毎日書き込んでいるブログのネタになりそうなことにいつもアンテナを常に張っているし、インドネシア人と多くを話したいと思っている。コンビニでもガソリンスタンドでも、旅先にあちこちでも、そこら辺りにいる、現地人に何かと問い掛けてみる。ウェブサイトの開設は簡単でした。それ用のソフトを買ってきて、インストールにて、後は画面の指示に従っただけでした。64歳の時から始めたのですが、グロウにも早々と毎日得こうするようになって、今まで、休んだことは有りません、毎日投稿です。ネタに困ることは有りません。それほど、じっとしていない人種ですから。 約束通り金型を受け取りに行ってきた。100%ローカルの金型加工屋である。価格は驚くほど安い。今まで頼んでいた処から次第に切りかえるしかないと思っている。 今回の金型は若干難しい、というのは、樹脂自体私にとって未経験だからです。同じ形状でPPやHIPSでやっとことはあるが、この原料は始めて、引き落とし率を従来の経験から決めたのが失敗だった。これで、10日遅れである。しかし、客先に出している予定よりは、まだ、一週間早い。インドネシア人スタッフに私なら成形可能な金型を整えて渡した。今週中に彼らはサンプルをつくるから、太田さんはノータッチに、と言われた。私もそうつもりでいた。彼らなら、最期まで任せていいと思っている。 サンプル納期の近くになって、出来なかったら、私に相談するようにいってある。日本の技術者では、私ならできるという金型を渡しても、できないと思うし、その前に、何とかやってやるという挑戦的な取り組み方は彼らの手法に無い。 こういう仕事を躊躇なくこなしてやろうという精神はインドネシア人を見習った方がいいんじゃないの、と、言いたい。 今回の試作品は本社の受付ロビーの製品展示場に並べてもらおうと思う。日本の押出成形製造技術者と言われている人に刺激を与えることが出来ると思う。どこへ行っても可憐な花に出会うとうれしくなる。一押し 仕方なし 試作
2011.03.09
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 841シンガポールでビザを受け取って、お決まりのコース、カラワンのイミグレーションへ行ってサインと写真撮りと指紋取りをしてきた。もう、数回になるのでイムグレの人は私を知っていて、今度はどこの何というPTかと聞いてくる。今日は、指紋の話から、指の名前を教えてきた。意味もついでに教えてきた。余計なことだが、日本の親指、小指は、インドネシアでは男指女指という。だから、親指と小指を繋げることは、なにを表す。ご注意。結局、高速で東へ向かったのは2日以来では今日が初めてでした。結局、ポンドックグデティムールからチカランウタマに移動されただけで、それ以東は料金もシステムも変わっていない。ジャカルタ環状をとチカランバラット間がどこから入っても出ても3500Rp均一になったということだけです。大幅値上げになった人、大幅値下げになった人、それぞれ、いるでしょうが、高速会社としては+-ゼロの近いのではないでしょうか。便乗値上げでは無いようです。インドネシアにしては珍しい話である。運転手を使っている殆ど100%はこういうクレームは知らない、もし、こういうことがあれば運転手が悪いことになるでしょう。使う前の点検は作業標準で決められている。それを怠れば、怒鳴りつける御主人さまは多いはずである。私のように感じる日本人は他にいないと思う。車の調子が良くないというか、日本でこんな車を売っていたら、会社は直ぐ潰れるよ。某D社のXです。メーカーが悪いのか、レンタル会社が悪いのか、大きな問題が二つ、一つは、運転席側の窓が完全には閉まらない。ボタンを上げれば、普通、当り前に、途中で止めない限りは完全にガラスが上がって隙間が無くなる。処が、借りて直ぐ、窓が途中で止まってしまうことが分かった。ボタンを上げると少しずつ上がっていって一見完全に閉じたように見えるが前の方に5mmほどの隙間が出来る。走っていると、風の音がビュービュー煩い。一回、レンタル業者にクレームを付けて車をとり変えてもらうはずだったが、車を直すと言って、滑り剤スプレーを買ってきて、治るまで大量に吹き込んでいた。結局、その時は治ってしまって、交換はしなかった。それから三日後には、直す前と同じ状態になってしまった。もう一つは、当り前にできるはずのドアーロックがリモコンで出来ない。借りた当初は、それを知らなくて、ロックしたつもりで車を離れた時が何度も有ったはず、若干遠くから、オープンボタンを押すので、それで、ロックが解除されていたと思い込んでいた。有る店から出てきた時、荷物が有ったので、そこのセキュリチィーがドアを開けようとしてくれた。まだ、解除していないからちょっと待っていと行った時、取っ手に手を掛けて、ロックしてないよ、と言われた。私は、歳のせいかな、と、自分を疑った。朝、出る時も、車がロックしてない、昨日ロックしたはずなのに、お化けがいるのかな?と思ったりした。結局、車の故障でした。有る時は閉めたはずの窓が半開きになっているし、ロックしたはずのドア全部がロックされていない状態で、車を離れていたのです。ハンドブレーキの根本に中途半端な隙間が有って、そこへ、色々な薄いものが入り込んでしまう。指が入らないので、それを取るのに、ボックスの全部を外さなければならない。住宅地へ入る時セキュリティからカードを貰う。出るときに返さなければならない。無いことに気が付かずに出ようつぃた時、無いことが分かる。昨日、受け取ったのは間違いない。しかし、車のなかに無い。家に戻って探しても無い。分けが分からない状態でセキュリティに謝って、通過させてもらった。有る時、出口に近付いたのでカードを手にしようとしたら、無い。たまたま助手席に人がのっていて、措置から見た人が、そこに落ちているよと、教えてくれた。出そうとしたが指が入らない。結局、ここも、有ることはあるが、出せないと言って、通してもらった。何枚か落ち込んでいると思う。今はそこに入らないようにテープで隙間を閉じてある。ラジオも壊れている。音が出ない。あ、もう一つ、スピードメーターが実際と違うと思う。どれほど違うのか断言できない。マチック(インドネシアではオートマ車とは言わない)車を運転していた私にとっては、スピード感覚が変になったかと思わされる。今のマニュアル車のギヤートップに入れて、4000回転以上にしても100Km/H以下しか示さない。だから、110Km/Hを示させること出来ない。多分、5000回転以上にしなければそうならないと思う。処で、感覚として、メーターが80Km/Hで100Km/H、100Km/Hで、既に120Km/H以上は出ている。全てが私の感覚が狂ってきていることを最初は疑わせられる。どうなっているの?今まで乗っていたキジャンとは半値くらいだが、品質は半分以下である。私が、運が悪いだけなのでしょうか。生産量を増やすと聞いているが大丈夫でしょうか。ディラーやレンタル会社の人は、この車はこういう故障が当り前だよ、と、こともなげに言ってのける。インドネシア~~インドネシア、だと、思う。昨日までの旅関連のウェブサイトです。http://nanbuindonesia.web.fc2.com/newpage104.htmlhttp://nanbuindonesia.web.fc2.com/newpage106.htmlSoloのメイン通りにあるソログランアンモールというショッピンモールのセール風景。日本でこの種の物の国産品を探すのは難しいし、有っても高価。インドネシアは国産品ばかり、そして安い。しかし、日本へ輸出規格である。車は日本規格ではないようだ。欠陥 いい加減 クレーム
2011.03.08
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 840今はまたチカランに戻っている。行きはガルーダ、帰りはライオンエアー、行きも帰りも満席だった。往復をどちらか一方にすることが出来なかった。車は出発の時のターミナル2に泊めたので、ターミナル1から移動しなければならなかった。始めてのことだったが、シャトルバスを使って移動した。1のABCと2DEFの各一か所に昇降場所があって、停車する。空港がブルバード社に委託して、何台かを無料で廻している。以外の使う人が多いことを知った。私が乗ったミニバスは常に満席に近かった。殆ど私は使うことは無いが国内便で来て国際便に乗り換える人も、その逆も相当いるはず、使う人は多いでしょう。空港からの帰りの料金はジャカルタ環状を含めて11500Rpこれは今までと変わらない。そこから、チカランで出るときに3500Rp支払うだけ、行くときと、当り前だが、まったく同じということを確認した。均一料金になって安くなったのです。ソロからの出発時間が17:15でしたが30分くらい遅れた。それはそれとして、今日は午前中ホテルで休養、午後は、今まではいれ入れなかったクラトンの中へ入って見た。ジョクジャカルタのスルタン王宮を半分ぐらいにしたようだ。様式が仏教とヒンドゥーが入り混じり、それにヨーロッパの様式をも取り入れている。流石にイスラムは入っていないが、この中にいる人の大部分はイスラムだから面白い。王宮へ入るのに、サンダルはだめ、短パンはだめ、そういう状態で来ている人は、サンダルの人は裸足になる。インドネシア人観光客は殆ど、全部が裸足だった。短パンやミニスカートの人はズボンを借りる。バリのヒンドゥー寺院へ入る時に腰巻やたすきを借りて巻かなければならないことと似ている。私は短パンだったので、だぼだぼのズボンを履かされた。返す時に当然、幾らかを渡すのだが、ここの係員の収入になるのでしょう。だいたい、この王宮の入口が紛らわしい。正面のガイドブックに載っているような建物に向かって左隅に机だ置いてあって、その脇の小さない出入り口が半開きになっている。当然、そこで入場券を買ってそこから入るのかと思って聞いたら、そうではない。そこには制服がない守衛がいてテレビを見ているだけ。そこから、むかってもっと左30mくらいのところに入場券のロケットと書いてる土産物屋がある。そこで入場券を買う。買ったあと、どこから入るのか分からない。その店の奥に入って裏に出るのかと思って、店の中へ入っていったら、ここは入口じゃあない。その店を背にして右側に広場を通り抜けて王宮前から出てゆく門がある。そっ手へ行けというわけだ。その門を通って、左の回ると、博物館という看板がる建物の前に出る。ここから入るのかと聞いたらそうだという。博物館へ入って直ぐ、右に曲がると、例の草履脱ぎ場兼、ズボンをはく場所がある。そこを通り過ぎると、先程の正面の大げさな門の裏側に勧める。やっと、到着できた、という感じである。ここの印象は、豪華絢爛の面影は無く、ちょっと豪華なものは外国からの貢物だけである。細工の技術も金銀の細工がジョクジャカルタ、ソロ辺りでは売り物だが、日本やヨーロッパから見れば、そんなにすごいという感じは無い。だから、私の目から見ると質素な暮らしに見得る。これでも、この土地では権力を誇示するため、精いっぱい豪華に贅を尽くしたのだろうと思う。贅沢の程度が低いと感じる。できないから仕方がない。イビスホテルから出てガジャマダ通りを右に100M行くと中央を貫いているスラメット通りに出る、50mほど行って道を横断すれば、スリウェダリ公園に入る。そこの写真と王宮の供え物の仏像。
2011.03.07
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 839ソロの町からプランバナン寺院。ネットのダウンロードが速いのは本当にうれしい。遅いとイライラ、ストレスがたまる。このイビスはケーブルランが有って、早い、ところが隣のノボテルのワイアレスランはそれ以上に強烈、ユーザーネームもパスワードもいらない。 今回はブンガワンソロなどの作曲者グサンさんの記念公園へは行っていない。町のあちこちにグサンさんの顔がある。独特のメロディ、クロンチョン アスリの本場です。彼本人が歌っている数々の歌のCDとDVDを手に入れた。 朝から、ベチャをチャーターして、昨日の夜、回ったコースをそのままなぞるように回った。当然、それぞれの個所に長くいたので、ホテルへもどったのは4時間後の12:00頃でした。その間にクラトンへ行ったり、パサール グデ(食料品)へ行ったり、骨董品店が沢山入っている建物へ行ったりした。オランマルにこだわるようですが、ここにも正面にオランマルが置いてあった。サイズはバリと同じだった。ここの人にこれは何という名前か、聞いたら、即座にオランマルと言っていた。いつごろからかと聞いたら、ずっと前で、いつごろからかは知らなかった。多分、バリから仕入れてきたソロの人が、感じてそう言ったのでしょう。私と同じ印象だったのでしょう。 ソロは平坦な町なので、ベチャがすたれないのでしょう。スマトラ北部のようなバイクベチャ(ベモ、ベチャモートル)は全く見当たらなかった。ベチャの数はすごい。どこへ行っても、ベチャが客待ちをしている。私も今日昨日だけで6時間以上使った。値段がお手頃、一時間、観光ガイドも兼ねて600円位でした。町中が、いかにも古都、古い家並みが多く、高い白い壁の塀で囲われ、昔は、塀に囲まれた町だったのでしょう。西洋の城町のようです。町中のあちこちに道の門がある。門の向こうにまた門が見えるというように、である。ジョクジャカルタの王宮や水の宮殿付近の白い壁の道に似ている。というより、ソロの方が、エリアが数倍広いし、ソロの方が古いと思う。この町作りはソロの方がずっと先のように思う。 KOTA SOLOというより古都 SOLOと言った感じで、おそらく、インドネシアでの王さまが支配して一種の城下町としては一番早くできた街ではないかと思う。 今回、ソロへ降り立ってソロを主体に見て回ったことは良かったと思う。狭い街なので、ざっと見るだけなら、一日あれば十分だが、伝統的な催しが沢山あって、それを見たり体験したりするには夜の催しが多いので、何日も夜、町のあちこちへ行く必要がある。最低一週間はかかりそうだ。 ジョクジャルタの先輩街なので、ジョクジャに今ある伝統工芸品は全てこちらが先という感じで揃っている。そのよい例がバティックです。パサールへ行けば、土産物という店ではなく、これでもかというくらいの小さな店が沢山あって、一般市民がバティックを普段の服として愛用していることが分かる。 午後からはタクシーでCandi Prambananへ行ってきた。ヒンドゥー正月のヌピなので、何か催しものがあるかと思ったからでした。処が、何もない。場内の案内で、今晩7時から野外劇場でラマヤナの劇あると案内していたが、そこまで、付き合えない16:00過ぎにはソロへ向かった。 その前に、いつものチャンディ プランバナンだけでは意味がないので、奥の三つの遺跡、一番の奥がセウ寺院で三つの仏教の寺院へ行ってみた。歩いて行ったら後ろから汽車のような感じの乗り物が勢いよく迫ってきてあっという間に抜き去られた。私がセウへ着いた時、それに乗ってきていた人たちが降りて写真を撮っていたりした。運転手にここから乗ってもいいかと聞いたら、どうぞ、だった。いつ出発するか聞いたら、5分後だという。あわてて、写真を撮っていたら、運転手が笛を吹いて乗客を戻していた。私も乗るために、運転手にいくらかと聞いたらグラティス(無料)だと、笑いながら言っていた。乗って、出口まであっという間のことだった。知っていれば最初から使っていた。しかし、この奥の方へはこの乗り物がなければ行く人は全然ないと思う。 ところで、仏教の遺跡の三つだが、純然たる仏教遺跡とは思えない、ヒンドゥーとかなり混じっている、そういう時代だったのでしょう。 そういえば、ソロの王様の屋敷はイスラム様式とヒンドゥー様式が混ざっていた。そういう時代に王は生まれたのでしょう。 プランバナンを離れたころ、嵐のような滝のような雨に見舞われた。昨日といい、今日といい、見たいところを見ているときは晴天で、そこを離れた直後は大雨になっていた。ラッキー(Nasib baik)だと思う。Puro Mangkunegaran現在も住んでいる王様の屋敷で見つけた“花嫁の涙”という花とホテルから出たところにあった蘭、薄紫色が美しかった。ソロだけでなく、プランバナンも混じった写真ページです。http://nanbuindonesia.web.fc2.com/newpage104.html
2011.03.06
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 838金型は作りなおし、来週の火曜日に出来上がる予定で、それまで、何もできない。何故作り直しかと言うと、図面に承認サインをした人が私では無かったからです。私の失敗でした。大ベテランでも疑って、私が目を通さなければいけなかった。反省。約、10日のロスになってしまった。ということで何もすることが無くなってしまったので、また、旅に出た。車は疲れるし、ヒンドゥーのヌピなので、ゆかりの地という意味で、ジョクジャ辺りにしたが、ジョクジャへは何度も来ているがソロはブンガワンソロを見ただけで、町は通過していた。始めて、今回、直接ソロ空港を選んだ、そして、コタソロを見て回ることにした。そして、今、どこにいるかと言うと、Kota Soloの中心に近い、Novotelが満杯で、となりのIbis(トゥウィンベッドで4000円くらい)にいる。午前中はCandi Cetoへ行ってきた。先日、車でこの近くまで来て、Candi Sukuhへ寄って、紹介済みです。今回は先日あきらめた、山の上でもっと奥のヒンドゥー寺院を訪ねてみた。Solo空港からタクシーで往復50万Rp片道一時間半、強烈な急坂、急カーブで道も凸凹、前回私の運転の時にここまで来なくてよかったと思うくらい、険しい山道、これでは観光客が来るわけがない。他に誰もいない。独占観光である。バリ島では、空港も港も閉鎖するくらいのそこまでもやらなくてもいいんじゃないのというくらいの行事があるが、この山の中の寺院は、信徒が何かする風もないし、観光客はいないし、寂しい限りだった。もっとも、私にとってはこういうのが良い。その寺院の裏側の寺院跡にも登ってみた。環境抜群、景色抜群、見渡す限りの茶畑、プンチャックやスバンの茶畑は山にあるが、丘という感じ、こちらは本当に山の上まで、一面、茶畑、Dienのジャガイモ畑のように、見渡す限りの茶畑である。こういうところへ住んでみたいなと思う。こんな山の中にいつ作ったのでしょうか、ヒンドゥーの昔の信者もすごいパワーを持っていたと思う。約5000円使って行った甲斐があったと思う。今日、午前中は天候に恵まれた。しかし、ホテルへ入った午後には大雨で外出できず、夕方、18:00頃からBecaで外へ出て見た。Jl.selamet RiyadiからPasar TriwinduとPuro Mangkunegaranへいってみた。雨がきつくなってきたし、暗くなってしまって、何も見えない。それでも、中に入ることはできて、明日の予定を聞くことが出来た。それだけでは、帰る気がしなかったので、ホテルを通り過ぎて、Taman Sriwedariへ行ってもらった。20:00からWayan orangが有ると聞いていたからだ。直ぐに出てくるつもりが、入っていきなり、終わるまで帰ってはならないという張り紙が有って、本当かと聞いたら、入口の扉を閉めてしまって、緊急の時、以外は、終わるまで開けないと言われた。仕方がないから22:30の終焉まで半分寝ながら耐えた。30円弱で二時間半は安いと思うが、飽きたら出てもいいということにしてほしい。この劇場は日本の援助で作られ、何度も改造されているそうで、私を見るなり、そこの人が、親しげに、日本人か、ここは云々という話をしてきた。Tokang Becaに最期まで付き合ってもらった。18:00~22:40までで600円くらいだった。イスラムのお祈りがスピーカーから聞こえてこない場所がうれしいのは私だけでは無いと思う。聞こえてくると、うるさいと思う。聞こえてこないこところでは何とも思わない。シンガポールの町中にムスジッドが点在している。しかし、スピーカーからの祈りの声は無い。日本でも同じでしょう。それが、宗教以前の人間としてもモラルというものです。単に、それだけのことと思うのですが、宗教というものは面倒なもので、スピーカーから大声で祈りの声を流したい。それが、認められない場所は気に入らない人もいる。なんとか、勢力を広げて、認められようとする人たちがでてきて、周囲と争いが起きる。争いの原因は、宗教があるからです。宗教がこの世に無い時代は、宗教に関する争うは無いのだし、宗教戦争などというものは無い。単に人間の欲望での争いだけだったはず。宗教の争いは一番始末が悪い。洗脳されている集団同士の争いなので、収束場所がない。とことん、争う。ということで、スカルノハッタ空港まで向かったので、ジャカルタ方面の高速道路料金の事が分かった。ポンドックグデティムールはゲートではなくなった。通過するだけである。だから、チカラン辺りから支払ってジャカルタまでの料金は大幅値下げになっていたのでした。各インターから入る時に支払い途中で出ても、ジャカルタへ入るまでは均一料金です。ジャカルタ高速道路へ入るときには従来通りに6500Rp払います。Solo到着する直前にDienの北側上空を通過、スンビン、スンドロ山。また、ムラピ山もかすめ通った。
2011.03.05
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 837MM2100からチカンペック方面へはゲートを素通りで入る。チカランででる場合は3500Rpを払って出る。昨日の記述は間違いでした。チカラン以遠の場合は、チカランウタマという新しい大がかりなゲートの自動発券機でチケットを受け取るのでしょうか、多分そうだと思う。まだ、昨日の今日なので通過していない。ポンドックグデティムールまで行っていないので、どう変わったか、まだ知らない。 ところで、運営会社にクレームがあったのでしょう。ゲートを通過する処で、説明のビラを配っていた。もっと前に配ればいいのに、インドネシアらしいですね。スプルティ インドネシア。シンガポール、チャンギ空港の散髪屋さん、10シンドルでカットのみ、その他のサービスは一切なし、水を使ってはいけないそうです。排水パイプが来ていないそうです。洗い物は全くできないそうです。それと、年中無休の24時間オープン、この二つが、この空港の規則だそうです。閉まっている店や施設は全くないことが、この空港の売りだそうです。本当でしょうか。日本人が経営していて、私がたまたま行った時はその日本人一人だったので、その人が私の頭をカットした。当り前だが、手際が良い。あっという間に出来上がり、掃除機の先っぽが、戸棚から出てきて、頭髪を全部吸い取った。衣服も掃除機で掃除をした。最期に鏡で後ろの状態を確認してこれでいいかという。勿論、OKです。流石、日本人、インドネシアの散髪とは別物である。場所はターミナル2の広い出発フロアーの左端の奥に方、流石、日本人がもう一つ、空港第二ターミナルの三階のバーガーキングで食べていた時のこと、日本人の若者、別々のグループ男女が、数組ばらばらに坐って食べていた。体形はいろいろ、髪の色も色々、おとなしいのもあれば賑やかなのもある。彼らが席を立った時、全組が、トレイの上の食べた後の包みや飲み物のカップなど所定の位置に投げ込んで、トレイを綺麗に重ねてその大の上に置いていった。中には、ジャンケンでその役を決めて組みもあった。「日本にいる時と同じだね」と言った人がいた。日本は行儀がいい。どこの国へ行っても、日本人観光客の躾は極上だと思う。他の国の人はまちまちで、どちらかと言うとそのままにして席を立ってしまう方が多い。信号を守るのも日本人である。これも、教育で洗脳されていると言った方がいいくらい、日本人は信号を守る。雑多な人種のシンガポール、車が来ないと思えば赤信号でも、渡ってしまう人が多い。しかし、日本人はそれに追随しない。間もなく二三秒後には、信号が青に変わると分かっている場合で、車がなければ、渡りだす人が大多数になる。しかし、赤に変わるまで待つのは日本人だけでしょう。融通が効かないというか、規則は守らなければならない、特に外国ではなおのことでしょうか。守っていれば間違いない、問題は起きないという意識が強いのでしょう。ある現地の金属加工の会社で金型を作ってもらった。インドネシアでもこういう金型を使う押出製品を作るのです。どんな製品を作るのか分かる人は押出成形を知っているわずかな人です。インドネシアには知っている日本人はいません。インドネシア人に対する技術指導対象です。金型屋さん、安いが技術的にはまだまだで、毎日のように様子を見に行って指導をしていた。
2011.03.04
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 836 今朝、チカランから高速へ入ってMM2100に向かおうとした時、ゲートの大分手前から大渋滞、二車線から一旦、四車線位に道幅が広がる。そして三車線になってゲートに入る。この渋滞から、いつものように本線で事故が起きて渋滞と思っていた。競り合って、やっと入り口ゲートに着いた。いつものようにカードを受け取るために手を出したら、「ごめんなさい、3500Rpです」と言われてしまった。え、バヤールスカラン?マーフパでした。お金を探して払った。その後は渋滞なし、事故などなし、カルナ、マテェッカ、納得した。だから渋滞になっていたんだと納得した。MM2100へ入る時は勿論、今朝から払わないで通過するだけだった。なんだかんだと、広い大がかりなゲートを作っていて、運用方法が今一分からなくて、インドネシア人に聞いても、いつからどうなるのか、知っている人はいなかった。それが、なぜか、3月2日の今日から運用が始まったのでした。ゲートが西へ向かう方ジャカルタ方面、東へ向かう方チカンペック方面と分けられていて、支払い金額が違っている。そのゼートの表示は一か月前くらいから始まっていた。単に、ゲートを過ぎてから車が右に左の交錯しないように分けて入れさせる、いい考えだと思っていた。そうではなくて、料金を受け取りやすいように行き先の区別をしたかったのでした。MM2100へ入るゲートも東から来た車は西から来た車とコースがゲートまで、仕切られていて、そのまま、通過できるように準備していたのでした。それが、三月一日からでなくて、三月二日からというのが、なぜか、インドネシアらしい。この情報は、多分、新聞で知らされていたと思うが、私は新聞を読まないので知らなかった。テレビで情報を流していたとは思えない。普通、垂れ幕や横断幕を、高速道路の横断している陸橋などにかかげて予告すると思うがそれはまったくなかった。大多数の人は知らないので、入口で、突然、金を出せと言われて戸惑っている姿が見える。私も、びっくりした。それで、大渋滞になっていたのです。終日続き、19:00ころジャバベカへ行く用事があって、チカランのゲート付近を通ったが、その時間でも、一般道の方までゲートへ入る車で渋滞していた。イジップ方面からもジャバベカ方面からも渋滞の尻尾が高速に入るのに一時間以上掛ったのではないかと思うくらいだ。慣れて、渋滞が無くなるようになるのでしょうか、疑問です。チカランから3500Rp払ってジャカルタ方面へ向かうのだが、MM2100(チビトゥン)までが1000Rpだったから、強力な値上げになってしまっている。逆方向の場合は、MM2100で3500Rpを払って、チカランをでるときには通過です。どこまで3500Rpなのか、次に払ったり、カードを受け取ったりするのはどこかまだ私には分かっていない。多分、均一料金になったために近距離は値上げ、長距離は若干値下げになったのではないかと思う。まだ、確認していない。運用され始めたシカランウタマゲートとMM2100の中のフードコートでのある店のメニューです。安いでしょ。
2011.03.03
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 835やっぱり、日系企業の色々な手続きを手伝っている、いわゆるエージェントの会社C社のサービスは不足が多い。今回、私は会社にお任せで、会社が使っているC社を使った。私の指定ではない、会社が使っているので任せただけです。私は、個人的には、いつも、ローカルの親しくしているエージェントに頼む、お金のことは全て前もって支払い、ビザを受け取る時には払わない。シンガポールでの待ち合わせ場所は分かりやすいし、お互いのHP番号も教えあっておく。航空券の予約も、朝の待ち合わせに調度いい時間になっているし、帰りの便も、パスポートを受け取って直ぐ空港へ行けば、それほど待たずに、乗れるように19;00過ぎの便が予約されている。ところが、C社の場合、待ち合わせの場所の書き方が良くない。あるホテルの建物の中と書いてあるだけ、そこのどこか分からない。会う人のHP番号は知らされない。また、ビザの受け取り費用として250US$用意しなければならない。空港からタクシーで駆けつけたのが、09:30でした。ところが、担当者がいない、10:20ころやっとどこから戻ってきて、必要書類を渡した。訪問する時間も、C社は示してくれていなかった。そんなに急ぐことは無かった。会う人の名前はMr.Woonになっと書かれていた。日本人なら、ヲーンさんだろうと思う。しかし、その人の名前はウーンさんだった。近所の店で聞いた時、ウーンさんだねと言われた。 何時にパスポートが渡されるか、聞いたら16:15~30の間だという。その通り、今回は16:34に入手したが、帰りの便の予約が21:00過ぎになっている。ビザを受け取るのはどんなに遅くても17:00です。早ければ、16:00には受け取ることが出来る。受け取ってから、空港までは30分です。21:00まで、どうして過ごせばいいというのでしょうか。18時頃から間に三便ジャカルタ行きがあったにもかかわらず何故、21:50発にしたのでしょうか。満杯ということはあり得ない。22:30ころジャカルタへ戻って、それぞれが住処につくころは24:00を回ってしまう。そういうことを考えていないのでしょうか。待ち時間にお金を使ってくつろげというのでしょうか。もう一つ付け加えれば、SQのジャカルタ便でも、ターミナルは1も2も3もある。タクシーに乗った時、ターミナルいくつか聞かれても分からない。行き当たりばったり、2と言ってみた。外れなら、移動すればいい。しかし、本当はターミナル幾つか示されていなければ、親切を欠いている。色々な申請でC社に頼む会社は多いと思う。ローカルの会社を使えば安く確実に何もかも行くことを知っている日系企業の担当者は少ないので、どうしても、日系のエージャントを頼る。不満はあるが、そうするしかないのです。ですから、もっと、気の利いた仕事をしてほしいと思う。申請書は各企業から出されたものに目を通さず、そのまま、役所に提出して、突き返されて振り出しに戻されてしまう事例を何回か聞いている。エージャントの日本人が知っていないことも多いようだ、チェックして、不足や間違いを指摘し、訂正して出しても、返されることもある。もっと、新しい情報を、頻繁に入手し、日系企業を裏切らないように気の効いた仕事をしてほしいと思う。こういうときに、そこの日本人は、役所によって言うことが違うからと、必ず、言いわけをする。そんなことわかっているよ。それだから、あなたのところにお願いしているでしょ。ある程度インドネシアに慣れた日本人からの評判は悪いですよ。お寺参りの賑わいとガマの油売り
2011.03.02
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 834いよいよ途切れたか、何か事件があったのか。今、シンガポールから戻ってきた。日本のこんな実態の中で、もうしばらくしたら、仕事をすることを予定している。程度が低い集団の中で、仕事をする辛さは、インドネシアの某社で経験している。低い程度で、皆さん、意見が一致している。仕事のやり方を指導しても、そのようにはできない、それが、揃って、出来ないのですから、自分がやって見せなければならない。しかし、見ないどころか、私がやろうとすることすら邪魔をする、やらせない。集団で、地位的に自分たちに任せられているのだから、余計なことはするなと、いう、気持ち、態度で一致してしまう。その壁を破るのは非常に困難です。また、イジメを食らう可能性もある。ということだが、日本ベースで仕事をするが、インドネシアの工場へいつでも来て指導や相談に乗れるように席をインドネシアにも置いておくことにした。そのことについてはこちらの責任者が賛同してくれているが、余計なものがいる場合は私の方からキャンセルすることになる。そのことは、先日、出張できた日本の責任者に言っておいた。そこでまた、シンガポールへ行ってきた。仕事ビザの書き換えである。肩書きがダイレクターからアドバイザーになった。03:00に家を出て、戻ったのが24:00を回っていた。会社は変わらないが、ポジションが変わるからです。肩書きが変わる場合は、インドネシア国内で更新することはできず、一旦、ビザを消滅させて、国外にでて新たにビザを収得しなければならないのです。給料は税抜きで5ジュタ、その他の補助は一切なしです。非常勤です。他に会社も、報酬はボランティア程度で二社ほど手伝うので、自由が必要だからです。しかし、この状態をいつまでもということではなくて、6月頃には日本ベースとするつもりでいる。インドネシアの押出については、その後も、何年でも、必要に応じてテコ入れに来るし、客先から要望があれば来ることになるでしょう。死ぬまで、インドネシアと押出のことは、係わりを持つことになります。インドネシア人の教え子たちとインドネシアの客先に責任があるからです。シンガポールは約一年ぶりでした。なにも変わっていない。今回はたまたま、春節月の末日だったので、ビザを待つ間に、中国人街へ行ってみた。その一角のいくつかのお寺で、日本で言う初詣のような状態になっていた。すごい人出で、押すな押すなの大賑わい。皆さん、長い太い線香に火をつけて、頭の上にかざしながら、お寺参りの梯子をしている。お寺では、入場制限をしていて、既に入ってお参りをしている人、右入口の右側と左側で待っている人、一方通行になっているようで、お参りが終わった人々は裏へぬけて、殆どいなくなると右か左に待っていた人がどっと入って行く。その周りの店も大賑わいだ、露店の店も大賑わい。本当に日本の初詣と同じようで、ガマの油売りまでいる。懐かしい気がした。こういう風景はこの時だけなのでしょうか。日本のような広い境内があるわけではないので、その混雑は異常に近い。宗教の凄さを見た感じである。これまでしなくてもと思う。カンボディアの赤に近いピンク。思いがけなくオーチャドストリートの骨董土産物屋の店頭で出会った、大きい、ヨギ(オランマル)。どういう、曰くがあるのでしょうか。バリ独特の木彫り像と思っていたが、間違いかもしれない。シンガポールのど真ん中に鎮座している、バリで買った物の10倍ほどの大きさだと思う。
2011.03.01
コメント(0)
全31件 (31件中 1-31件目)
1


