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本屋の店頭で『定年後の知的生産術』という新書を、手にしたのです。クリエイティブ・シニアを応援する一冊ってか・・・ええなあ♪本は図書館で借りるものとなってしまった大使にとって、新刊本を購入するのは久しぶりのことでおます♪【定年後の知的生産術】谷岡一郎著、筑摩書房、2018年刊<「BOOK」データベース>より定年退職後こそ、クリエイティブに、好きな研究、夢や目標に向かって打ち込むチャンスである。これまでの仕事や人生で得た経験が、意外な組み合わせによる新しい発想や、本質を見抜く眼力に通じる。時間的・金銭的な余裕が比較的あることは、シニア世代の大きなアドバンテージである。本書は定年後のクリエイティブ・シニアを応援する一冊。<読む前の大使寸評>クリエイティブ・シニアを応援する一冊ってか・・・ええなあ♪本は図書館で借りるものとなってしまった大使にとって、新刊本を購入するのは久しぶりのことでおます♪rakuten定年後の知的生産術この本の冒頭部あたりを、見てみましょう。p8~11■クリエイティブ・シニア 世の中はもうとっくに、「情報はできるだけ捨てる」時代になっているのに、検索エンジンを駆使して雑多に(そして闇雲に)情報を集め、それらに溺れて身動きのとれない人々がいる。「あふれる情報のほとんどはゴミに近く、それを見極めることのできない人々は、これからの日本社会をリードすることはできないだろう」というフレーズは、筆者が前の世紀に出津の著作(谷岡、2000)で書いたことでもある。情報を捨てる時代だと、気が付かない人もまだいるものだ。 むろんであるが、検索行為そのものを否定するつもりはない。言いたいことは、「ニセの情報」、「不要な情報」、「有益な情報」、「どうでもいい情報」などを見分けられるか否か。そしてそのために「自分で考え、判断する能力を養う生活習慣」を続けているのか、ということにすぎない。 本書の結論を先に言えば、そのような生活習慣を持たない、もしくは持とうとしてもできないグループの代表は、若者もしくは中間管理職として活躍する50代までの人々(特にオッサン)である。逆に最も知的センスが期待されるグループは、60代になり定年を迎えた、もしくはこれから迎える人々である。 これら比較的高齢の人々のうち、知的生産に生きがいを感じる人々を本書は「クリエイティブ・シニア」と総称しているが、「これからの日本はクリエイティブ・シニアが先導するだろう」と信じる根拠をこれから述べる。 残念ながら、シニア・グループの全員が、クリエイティブ・シニアだと言うわけにはいかないだろう。体力に無理があったり、病気や障害に苦しむお年寄りは少なくないし、何かをやりたくとも(失礼ながら)充分な生活費を確保する時間が必要で、クリエイティブな生産ができない人々もおられよう。 それでも今の若者たち(特に男性)と比べて、より元気パワーを発揮できているのは、定年前後の人々が多いというのが筆者の印象である。 国内外を問わず、観光地において数多く見掛けるのは、海外からの観光客、若い年代から中高年に至る女性の3~5人くらいのグループ、そしてシニアの人々である。旅行以外にも「自分史」に挑戦する人々、「SNS」で交友関係を増やす人々、「俳句や囲碁・将棋」などの手習いを新たに始め、新たなエキスパート・レベルにチャレンジしてみる人々、などなど。それらの多くは、若者ではなく元気なシニアであるケースが多い。■教養とは何か「あの人は教養ある人だ」といった物言いは、日頃よく使われるが、そこにおいて教養という言葉の明確な定義を持って使っている人は多くない。何となくおぼろげに共通の理解があるためか、定義する必要を感じないのであろう。 辞書的な定義として『日本語大辞典』には、教養が次のように説明されている。(1)人間生活を豊かにするため知・情・意の修養をつむこと、(2)人間性を開発・陶冶して精神文化を理解できる能力を身につけること(以下、無関係につき略)。 ここに強調されているように、教養はその根底に「人間生活を豊かにする」、「人間性を開発・陶冶する」といったポジティブな目的が存在することが必要である。その点で単なる「知識」やそれを応用する能力とされる「知恵」よりも上位の概念と考えてよいだろう。ウーム 教養ってか・・・一朝一夕に成るもんやないでぇ♪『定年後の知的生産術』6:著作にむけたノート『定年後の知的生産術』5:ネット情報のコピペについて『定年後の知的生産術』4:情報を捨てる能力『定年後の知的生産術』3:アイデア満載のクール・ジャパン『定年後の知的生産術』2:パワフルな団塊の世代『定年後の知的生産術』1:クリア・ファイル活用術
2018.05.31
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図書館で『山本二三 風景を描く』という本を、手にしたのです。風景描写のテクニックってか・・・若きアニメーター向けのハウツー本であるが、その意に介せず借りるところが、大使のアホなところでおます。【山本二三 風景を描く】山本二三著、美術出版社、2013年刊<「BOOK」データベース>より「天空の城ラピュタ」「もののけ姫」「時をかける少女」。アニメーションの背景美術に革命を起こした画家・山本二三が、あらゆるモチーフの描き方を解説。<読む前の大使寸評>風景描写のテクニックってか・・・若きアニメーター向けのハウツー本であるが、その意に介せず借りるところが、大使のアホなところでおます。rakuten山本二三 風景を描くアニメーション美術が語られているので、見てみましょう。p108~109<物語世界を感じさせる、豊かな表現力を磨く> 「火垂るの墓」疎開先 アニメーションの美術に求められる大きな資質の一つに、“なんでも描けなければならない”幅広い表現力がある。例えば、背景と言ってもただ自然の情景や都会の街並みを描いていればよいというものではない。そこには多様な建物の外観や登場人物たちの身の回りにあふれる小物、さらにはさまざまな生活雑貨にいたるまで、それこそ物語世界を構成するあらゆる対象が含まれる。 さらに描かれる時代や空間もまた現代を超えた過去から未来、遠い宇宙の果てまで、人間の想像力が及ぶあらゆる領域にわたってくる。 また、アニメーションの背景は「画面」という一つの「絵」を構築する重要な要素であり、そのためには各画面を象徴する情感(それは時間帯や寒さ暑さといった空気感、さらには恐怖感などのような場面もあるだろう)や、ときには劇中の人物が抱く感情をも表現する力が求められるのである。 もし仮に好きな風景を描くだけでよいのなら、こうした表現の苦労は必要ないだろう。だが、見方を変えれば、思いがけないモチーフを描くことは、新たな表現と出会う飛躍のチャンスにつながるはずだ。しかも、情感をも表現する力が身につくことで、たんなる風景描写にとどまらない、豊かな表現の可能性が拓けることだろう。ウン 山本二三さんが築きあげた背景画の伝統は、新海誠に引き継がれ、今では中国人アニメーターにまで、その領域を広げているようです。もう1枚、おまけだ♪
2018.05.31
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図書館で『アメリカが今も恐れる軍事大国ニッポン』という本を手にしたのです。大使思うに「そんなに買いかぶられる覚えはないんやけど」ということで、気になるのです。【アメリカが今も恐れる軍事大国ニッポン】菅沼光弘著、成甲書房、2016年刊<「BOOK」データベース>よりアメリカにとっての最大の悪夢は、日本の海上自衛隊がさらに増強されて、太平洋で米海軍第7艦隊に対抗できる脅威になることー朝鮮戦争再開前夜、ミサイル狂騒の陰の真実!<読む前の大使寸評>大使思うに「そんなに買いかぶられる覚えはないんやけど」ということで、気になるのです。rakutenアメリカが今も恐れる軍事大国ニッポン中国の脅威あたりを、見てみましょう。p135~138<激変したアメリカの対中政策> マイケル・ピルズベリーという人が書いた『China2049 秘密裡に遂行される「世界覇権100年戦略」』(日経BP社)という本があります。この本が一つのきっかけとなって、アメリカの対中認識が変わってきたのです。原書は、2015年に出版された本ですが、2014年秋頃からアメリカの対中認識が変わってきたことが、この本を読むとよくわかります。 それまで、第1期のオバマ政権時代は、まだ中国に対して、「協調主義的関与政策」と言ってもよいですが、中国と協調することを基調とした政策でした。例えば、胡錦濤の時代、和平クッ起と言っていた時代ですが、2005年に、アメリカの当時のゼーリック国防副長官が、中国は責任あるステークホルダーになってほしいと言明しました。中国は国際的な協調路線を執ってほしいということです。中国に対するこの関与政策には、中国を協力的にしていくという一つの前提があった。 もう一つの前提は、中国は天安門事件などもありましたが、民主化の方向に進んでいる、いずれは民主主義の国になるだろうというものです。民主主義の国は、戦争を起こさない。中国は、民主主義の国を目指して進んでいると、我々は思う、という前提です。 第3の前提は、中国はさまざまな問題を抱えた、大変脆弱な国家だということです。格差の問題、戸籍の問題、その他、中国は矛盾だらけです。どうしようもない。全般的に非常に弱い国だという認識です。 4番目の前提は、中国はアメリカのような国になりたがっているということです。アメリカは巨大な国、世界の覇権国家で、同時に民主主義の国だ。行く行くは中国もそういう国になりたがっている。それから、中国の中で、人民解放軍の軍人が、アメリカに対して非常に強硬なことを言う。アメリカ帝国主義が世界を破滅させるみたいなことを言う。しかし、こういう人たちの影響力は弱いものであると考えた。 アメリカはこういうことを前提に対中関与政策を取っていったわけです。 ところが、2014年秋頃から、南シナ海に中国が進出を始め、人工島をつくり上げてきた。あるいは、そこで石油の開発をやり、ベトナムなどとトラブルが起こり始めた。こういうことが起こってから、アメリカの、あるいはオバマ政権の中国認識が変わったのです。それを象徴するのが、この本です。 マイケル・ピルズベリーは、この本を執筆したときは国防総省の顧問ですが、それまで何十年となく、アメリアの中国政策を中心になって進めてきた人物です。中国語も自在にあやつり、中国政府、人民軍に太い人脈を持つ、いわば、アメリカ隋一の中国通です。この人が書いた本がこの「百年マラソン」というもので、「中国の国家戦略の根底にある意図を見抜くことができなかった。私は間違っていた」と率直に告白した本でもあります。米国に代わり世界の超大国になる中国の秘密戦略が暴かれている。 2012年10月に中国共産党の第18回党大会が行なわれ、そのときに初めて習近平が総書記に選出されました。その党大会で習近平が「二つの百年目標」というものを発表しました。「二つの百年目標」とは、一つは、中国共産党成立百周年。これは2021年です。1921年に上海で中国共産党は産声を上げたわけです。それから勘定して百年。2021年までに、中国は2010年と比べて国民総生産を2倍にする。農村の一人当たりの収入を倍増する。そして、「小康社会」という言葉をよく使いますが、ちょっとゆとりのある社会を全国的に建設する。まず、こういう「百年目標」を出しました。 次に、中華人民共和国成立百周年、つまり1949年の共和国成立以来百年後の2049年に、かねてから習近平が言っていた、「中華民族の偉大なる復興」という「中国の夢」を実現するという「百年目標」を発表しました。要するに、2049年までに中国は世界制覇をする、と宣言したのです。ピルズベリーの本はそのことを論証したみたいな本なのです。 じつは、同じことは、外交問題評議会の上級研究員たちがまとめた論文でも指摘されています。その論文は、中国に対する大戦略の変更、すなわち、中国に対してアメリカは国家戦略を大転換しないといけないという提言をしています。 そのときの中国認識の第1点は、中国は、日米同盟を含む、アメリカとアジアのさまざまな同盟システムの活力を削ごうとしているということです。ウーム 昨今の中国は、グローバル経済にタダ乗りした勢いで、チャイナ・スタンダードを前面に掲げ、露骨な軍拡に勤しんでいるわけで・・・えらいこっちゃの感がするのです。
2018.05.31
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大使が観た『家族はつらいよ』シリーズについて集めてみました。(予告1作を含む)山田監督のシリーズ映画といえば「男はつらいよ」シリーズが圧巻であるが・・・『家族はつらいよ』シリーズの今日的テーマ、リアリズムに注目するのです。『家族はつらいよ2』では、無縁の友人の急死と火葬の立会いを描いていて、今日的な視点が冴えていたが、『家族はつらいよ3』では妻の不満、家出を扱っているとのことで、これまた今日的である。さて、どんなかな・・・しかしまあ、86歳にしてシリーズ映画に挑戦する監督の気力には脱帽するのみでおます♪山田監督はイーストウッド監督(87)と張り合っているとのことです。イヤハヤ。・家族はつらいよ3(2018年)・家族はつらいよ2(2017年)・家族はつらいよ(2016年)・東京家族(2012年)【妻よ薔薇のように 家族はつらいよ3】山田洋次監督、2018年制作<fashion-press情報>より『家族はつらいよ』は、50年以上にわたり、常にその時代に生きる“家族”を撮り続けてきた山田洋次が、国民的映画「男はつらいよ」シリーズ終了後20年ぶりに製作した喜劇映画。2017年5月に公開された『家族はつらいよ2』は、「男はつらいよ」48作、「学校」4作、「虹をつかむ男」2作につづき、山田洋次16年ぶりのシリーズ化となり話題を集めた。そんな人気を受けて、決定した続編、第3弾『妻よ薔薇のように 家族はつらいよIII』の製作。本作では、妻の反乱で、“あのドタバタ一家”に史上最大のピンチが訪れる。<観る前の大使寸評>あのドタバタ一家に史上最大のピンチが訪れるってか・・・封切館で観るか、半年後に二本立て館で観るか、迷っております。fashion-press家族はつらいよ3【家族はつらいよ2】山田洋次監督、2017年制作、H29.10.04観賞<Movie Walker作品情報>より巨匠・山田洋次監督によるホームコメディの第2弾。熟年離婚の危機を乗り越えた平田家の面々が新たな騒動に巻き込まれるさまがつづられる。一家の主である周造を橋爪功、その妻・富子を吉行和子が演じるなど、個性派キャストが再集結。一家に新たな騒動を引き起こす周造の同級生・丸田を小林稔侍が演じる。<大使寸評>このまえ「家族はつらいよ1」を見たとき、シリーズ化が予感されたのだが…やはり、その2が出たか♪「家族はつらいよ」シリーズは、同じ庶民シリーズではあるが寅さんとはテイストというか、文体が違うのである。とにかく、監督のあのお年で…新しい文体でシリーズものを創るという精神年齢の若さに驚くのです。Movie Walker家族はつらいよ2【家族はつらいよ】山田洋次監督、2016年制作、H28.8.14観賞<Movie Walker作品情報>より巨匠・山田洋次監督が『男はつらいよ』シリーズ以来ひさびさに手がけるコメディ。突然の両親の離婚問題に揺れる子供たちら8人が繰り広げる騒動を描き出す。橋爪功と吉行和子が離婚の危機を迎えた熟年夫婦を演じるほか、西村雅彦、夏川結衣といった『東京家族』で一家を演じた8人のキャストが再集結し、別の家族を演じている。<大使寸評>この映画の中に小津さんの「東京家族」が劇中劇のように出てくるわけで・・・山田さんの映画としては「東京家族」その2のような作りになっています。今回のはコメディタッチで、よく笑わせてもらったが・・・もしかして「家族はつらいよ」シリーズ化を狙っているのかも?♪Movie Walker家族はつらいよ【東京家族】山田洋次監督、2012年制作<作品情報>小津安二郎監督の不朽の名作『東京物語』をモチーフに、山田洋次監督が現代の家族像を描くヒューマン・ドラマ。子供たちに会うために東京へやってきた老夫婦の姿を通して、家族の絆を映し出す。老夫婦に橋爪功と吉行和子、長男を西村雅彦、次男を妻夫木聡が演じるなど、新旧実力派たちが多数顔をあわせた。<大使寸評>最後のクレジット画面で、監督は山田洋次となっていたが、うかつにも山田監督の作品であることを失念したままで観た映画でした。(何しろ2本立て1000円なので、飛び込みで観にいったりするもんで―笑)この作品は小津安二郎監督へのオマージュとのことであるが・・・小津監督風に現代の『東京物語』を描いて見事な結果をだしていると思ったのです。こんな自然体の演技は、実は入念に計画されて演技しているはずではないか?・・・・監督の厳しい注文があって、役者がきっちりと応えたのでしょうね。どの役者もうまかったが、大使の一押しは吉行和子かな♪Movie.Walker東京家族
2018.05.30
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<通訳、翻訳についてR6> 通訳、翻訳について集めてみます。・常盤新平『翻訳出版編集後記』・工藤幸雄『ぼくの翻訳人生』・柴田元幸『愛の見切り発車』・『小川洋子対話集』4・柴田元幸『翻訳夜話』・金原瑞人『翻訳のさじかげん』・柳瀬尚紀『日本語は天才である』・『映画字幕は翻訳ではない』・翻訳は文化である(工事中)・通訳案内士試験(工事中)・読み、書き、訳すこと・関西弁の通訳・翻訳困りっ話R6:『翻訳出版編集後記』を追記【翻訳出版編集後記】常盤新平著、幻戯書房、2016年刊<「BOOK」データベース>より早川書房における十年間の編集者生活。英米のエンターテインメント小説やノンフィクションを刊行し、出版界に新たな道を拓いた著者が、自らの体験を基に翻訳出版のあり方を問う、傑作回想記、新発掘!<読む前の大使寸評>先日、工藤幸雄著『ぼくの翻訳人生』という本を読んで以来、ちょっとした翻訳出版ミニブームとなっているのです。<図書館予約:5/21予約、5/25受取>rakuten翻訳出版編集後記『翻訳出版編集後記』1byドングリ【ぼくの翻訳人生】工藤幸雄著、中央公論新社、2004年刊<「BOOK」データベース>より翻訳を手がけて半世紀。著者はポーランド語翻訳の第一人者であり、ロシア語、英語、仏語からも名訳を世に送り出してきた。満洲での外国語との出会い、占領下の民間検閲局やA級戦犯裁判での仕事、外信部記者時代の思い出。翻訳とは、落とし穴だらけの厄介な作業だという。本書は、言葉を偏愛する翻訳者の自分史であると同時に、ひとりの日本人の外国語体験の記録でもある。トリビア横溢の「うるさすぎる言葉談義」を付した。<読む前の大使寸評>巻末の著者来歴を見ると、東大仏文科卒で、共同通信社の記者、ワルシャワ大学の日本語学科講師などを経て翻訳家になったようです。とにかく、米国留学を中退し、ポーランド文学、ロシア文学を専攻するというヘソ曲がり具合が大使のツボを打つのです。rakutenぼくの翻訳人生『ぼくの翻訳人生』6byドングリ<『愛の見切り発車』>図書館に予約していた『愛の見切り発車』という本を、待つこと5日で手にしたのです。競合者ゼロ、受取館の蔵書という好条件なので、超速ゲットになった次第でおます。【愛の見切り発車】柴田元幸著、新潮社、2000年刊<「BOOK」データベース>よりオースター、エリクソン、ダイベック、ユアグロー、ミルハウザー…。一癖も二癖もある作家の醍醐味を、翻訳者の立場から易しく紹介。作家へのインタビューも多数。【目次】愛の見切り発車/未完に終わった六つのメモ/住居が主役/たのしい時代錯誤/キャリントン復活/夢の書物をめぐる書物/史上もっとも美しい漫画/二つのクリスマス/ロックンロール・ベスト1001/世紀の終わり・世界の終わり〔ほか〕<読む前の大使寸評>図書館に予約して、待つこと5日でゲットできました♪競合者ゼロ、受取館の蔵書という好条件なので、超速ゲットになった次第でおます。<図書館予約:(11/02予約、11/07受取)>rakuten愛の見切り発車冒頭のエッセイ「愛の見切り発車」を、ちょっとだけ見てみましょう。p11~14<愛の見切り発車> 中学・高校は音楽は狭い範囲ながらずいぶん聴いたが、本はやっぱりろくに読まなかった。学校の図書館にあった推理小説をちょっと読んだ程度で、熱心に読んだのはむしろ『ミュージック・ライフ』『ティーン・ビート』『初歩のラジオ』『ラジオの製作』である。 大学に入ったあたりで、さすがに読書にめざめていいはずと思うのだが、そうした展開は特になく、といってほかに何をやったらよいかよくわからず、おおむねぼーっとしていた。やっと少しは読みはじめたかなというのは、大学院に入ってからである。 そんな具合だから、この業界にいる人間としては、読書の絶対量が圧倒的に少ない。だから、何を言うにしてもいまひとつ自信が持てない。「お前それ違うよ」と指摘されたら、街でおまわりさんに出くわしたとき反射的に隠れたくあるのと同じように、とっさにまず「すいません」と謝ってしまいたい気持ちが湧いてくる。「柴田さんとアメリカ文学の出会いは」と人に訊かれても、なんにも浮かんでこない。成り行きでなんとなくこうなった、としか言いようがない。 だいたい僕の場合、これまで万事「成り行き人生」であったわけで、結婚の挨拶状も「成り行きというのは誠に恐ろしいもので…」とはじめたいくらいである。 で、舞の海と智乃花に話を戻すと、外国文学紹介・翻訳業者における読書量というのは、相撲取りにおける体重のようなものではないか、と思うのである。 ほかの条件が同じであると仮定するならば、読書量は多い方がいいに決まっている。知識の少なさは、なんの自慢にも強みにもならない。同様に体重も、相撲のことはよくわからないないが、舞の海にしても智乃花にしても「軽量の悲哀」を感じさせる場面がたびたびあるし、ほかの条件が同じであるならやはり重い方がいいんじゃないかと思う。かくして僕は、彼ら二人の「軽量の悲哀」を、自分の読書量の絶対的乏しさのメタファーに勝手に見立てているのである。 もちろん、少し考えれば、このメタファーにはすごく無理があることは容易にわかる。まず第一に、読書量の乏しさは僕自身の怠惰が原因だが、舞の海と智乃花の軽量の原因を彼らの怠惰に帰する人はいないだろう。彼らの軽量は悲哀だが、僕の軽量はただ情けないだけである。(中略) この本に収めたのは、1988年から96年にかけて、いろいろな雑誌から依頼をいただいて、アメリカを中心とする海外文学を紹介した文章である。すでに翻訳されている作家や作品について書いたものもあるが、未訳の作家・作品を紹介したものも多い。とにかく自分の「軽量」ゆえまるっきり見当違いなことを書いてしまっているのではないかといつもビクビクしていたが、どうせ見当違いなら「ありもしない良さ」を書く方が、「ありもしない悪さ」を書くよりまだ罪が軽いと信じて、なるべく肯定的な側面について書くよう努め、たまに悪口を書くときはふだん以上に特別気をつけた。 今回収録したもののなかには入っていないが、場合によっては、悪口を書き直してるんだかさっぱりわからないこともあった。いずれにえよ、こうやって1冊の本にまとめても、ビキビクは依然として残っている。 書きためた文章をあらためて読みなおしてみると、どれも〆切ぎりぎりに書いたことが思い出される。僕は翻訳は誰にも負けないくらいに速いけれど、読むのはそんなに速いわけではない。だからいつも、紹介する本を読み終わったあと、〆切までいくらもない時間のなかで、あれも言いたいこれも言いたい、と、まとまらない頭を抱えて「ええいもう時間だ」と見切り発車で書き出すしかなかった。 時計を気にしながらやっと書き終え、はじめは自転車に乗って本局に速達を出しにいき、やがて近所の文房具屋さんのファックス・サービスに飛んでいくようになって、まもなく自宅のファックス機まで数十センチ飛んでいけばいいところまでテクノロジー面では進化したが、滑り込みぎりぎりセーフ、という本質的パターンは全然進化しなかった。 思えばここ数年は「成り行き人生」に加えて「滑り込み人生」でもあった。でもそれは、やっつけ仕事的にかたづけたということではないと思いたい。限られた知力と時間のなかで、どうすればその本の声がよりよく伝わるか、ない知恵を自分なりに絞るだけの、作品に対する敬意と愛情はいつも持っていたつもりである。「愛の見切り発車」というこの本の題はそういう意味です。(長くなるので後略、全文はここ)
2018.05.30
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図書館に予約していた『翻訳出版編集後記』という本を、待つこと4日でゲットしたのです。先日、工藤幸雄著『ぼくの翻訳人生』という本を読んで以来、ちょっとした翻訳出版ミニブームとなっているのです。【翻訳出版編集後記】常盤新平著、幻戯書房、2016年刊<「BOOK」データベース>より早川書房における十年間の編集者生活。英米のエンターテインメント小説やノンフィクションを刊行し、出版界に新たな道を拓いた著者が、自らの体験を基に翻訳出版のあり方を問う、傑作回想記、新発掘!<読む前の大使寸評>先日、工藤幸雄著『ぼくの翻訳人生』という本を読んで以来、ちょっとした翻訳出版ミニブームとなっているのです。<図書館予約:5/21予約、5/25受取>rakuten翻訳出版編集後記翻訳の同時性が語られているので、見てみましょう。p275~277■重要視される同時性 きみの翻訳は語学的に正しいかどうかわからないが、と私はある人に言われた。いちおう、拙訳をほめてくださった上で、その人はそう言ったのである。きみの翻訳は官僚的でないところがいい、いまは官僚的な翻訳がはびこっているからね、とその人は言った。 官僚的な翻訳とはどういうことか。私なりに解釈すれば、通りいっぺんの翻訳ということになるだろうか。そういう翻訳がまかり通っている。技術だけの翻訳と私がさきに申し上げたのは、そのことである。そういう翻訳はいくらでも例をあげることができる。拙訳のなかにも、そういうものがあるかもしれない。 翻訳の問題は奥が深いと思う。何がいい訳で、何が悪いかは、人によってちがう。私がいい訳と主張しても、これに反対する人もいるだろう。しかし、万人が認める名訳もあるはずだ。たとえば、アーサー・ヘイリーなら永井淳、シムノンなら矢野浩三郎、チャンドラーなら清水俊二、アイリッシュなら稲葉明雄というように。 ただ、この十年のあいだに、翻訳そのものも変わった。あるアンソロジーを編んだとき、ある若い翻訳者がGood morning をそのまま、「グッド・モーニング」と訳してきて、びっくりしたことがある。私なら、そしてほかの訳者も「お早う」と訳すところであった。 しかし、いまなら「グッド・モーニング」とやっても、そうおかしくないのではないか。そうするほうが、若い読者に自然に受け取られるかもしれない。もっとも、私はとてもそうは書けないだろう。 翻訳出版はこれからも盛んになる一方である。そう断言してもいい。十年前だったら、翻訳不可能だったものが、いまは可能だという本もあるし、アメリカ文化を吸収する日本語そのものの許容度が驚くほど大きくなってなっていると思う。 「ニューヨーク・タイムズ」紙に、私のごひいきの記者がいる。彼の書くエッセーがこんど1冊にまとまったが、これは十年前二十年前だったら、翻訳するのが無理だったはずである。まず彼の書いているニューヨーク市民の日常生活が、私たちの生活とあまりにへだたっていた。それから、日常生活に登場する「もの」や「事実」を調べるのがたいへんだった。 現在は、その「タイムズ」記者の書くエッセーのなかの日常生活は、私たちの生活に似ている。また、その日常生活にもりこまれた「もの」や「事実」はある程度調べがつくのである。 アメリカの作家やジャーナリストが日本人のために書いてくれているようなものが増えている。とくに、ユダヤ系の作家やジャーナリスト作品が私たちに訴えかけているように思う。 そして、翻訳出版では、同時性ということがいっそう重要視されるようになってきたと思う。アメリカとの同時出版、イギリスとの同時出版、そうすると、どうしても官僚的翻訳も必要になってくる。 これは決して必要悪ではない。同時性が問題になるのは、情報的な本なのだから。『翻訳出版編集後記』1
2018.05.30
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図書館に予約していた『翻訳出版編集後記』という本を、待つこと4日でゲットしたのです。先日、工藤幸雄著『ぼくの翻訳人生』という本を読んで以来、ちょっとした翻訳出版ミニブームとなっているのです。【翻訳出版編集後記】常盤新平著、幻戯書房、2016年刊<「BOOK」データベース>より早川書房における十年間の編集者生活。英米のエンターテインメント小説やノンフィクションを刊行し、出版界に新たな道を拓いた著者が、自らの体験を基に翻訳出版のあり方を問う、傑作回想記、新発掘!<読む前の大使寸評>先日、工藤幸雄著『ぼくの翻訳人生』という本を読んで以来、ちょっとした翻訳出版ミニブームとなっているのです。<図書館予約:5/21予約、5/25受取>rakuten翻訳出版編集後記翻訳ものの書評が語られているので、見てみましょう。p257~259 早川書房を辞めてから、翻訳ものの書評を書く機会にめぐまれた。書評などという難しい仕事ができるのかとはじめは心もとなかったが、幸いにも現在までつづいている。 もっとも、失敗はある。3年か4年前に出たミステリーの書評を書いて、恥をかいている。しかし、『笑う警官』も『ジャッカルの日』も第一番に書評で取り上げたのは、この私なのだという妙な自信もある。 しかし、今でも私は書評を書いているつもりはない。翻訳出版がいくら盛んになったとはいえ、翻訳ものがいぜんとして差別されているという被害者意識があるので、すぐれた翻訳ものの新刊に接したときは、その本の広告のコピーを書くような気持ちで、書評を書いてきた。私の書評で1冊でも多く売れてくれればいいいと思っている。(中略)■誤訳はすぐに見つかるが名訳はみえてこない 書評については、早川書房時代に苦い思い出がある。それはハヤカワ・ノヴェルズの第1冊となったジョン・ル・カレの『寒い国から帰ってきたスパイ』である。ハヤカワ・ノヴェルズはこのスパイ小説で最高のスタートを切ったし、『寒い国から帰ってきたスパイ』はスパイ小説の傑作であると私はいまでも信じているが、いわゆる玄人筋の評判はかならずしもよくなかったのである。 これはおそらくジョン・ル・カレが役人で新人だったからだろう。ただそれだけのことで、「玄人」たちはケチをつけた。当時はジェームズ・ボンド全盛の時代だったので、「玄人」はこのようなスパイ小説の出現が面白くなかったのだろう。それでも、大方の書評は好意的だったし、本そのものに力があったから、『寒い国から帰ってきたスパイ』は幸いにも成功した。 ところが、その「玄人」たちは『ジャッカルの日』を激賞している。矛盾しているじゃないか、節操がないじゃないかと言ってもはじまらないのであるが、私は釈然としない。 翻訳ものの書評というと、すぐ誤訳が問題になる。しかし、私は誤訳には寛大なほうである。自分がちょいちょい誤訳するからではない。誤訳は誰にでも簡単に見つかるからである。ことに最近は日本語論が盛んだから、誤訳が見つかりやすい。 翻訳ものを書評するので、私はかなりの新刊をこの7、8年読んでいるけれど、誤訳が多いので、途中で投げ出したという本は皆無だった。翻訳の質はまちがいなく向上しているのである。英語のエンターテインメントに関するかぎり、私の同業者はみな達者なものだ。 ただし、読みやすいからといって、いい訳だとはいいきれない。名訳こそ見えないのであって、たまたま原文にあたってみて、はじめて名訳であることを知る。ジョン・ル・カレといえば、映画『ナイロビの蜂』(The Constant Gardener)の原作者であるが、この映画にいたくしびれた大使は、原作を原語で読んでみようと思い立ったのです。・・・だけど、予想にたがわずあえなく途中で投げ出したのだが(汗)。【The Constant Gardener】ジョン・ル・カレ著、POCKET BOOKS、2001年刊<商品説明>よりイギリス人外交官ジャスティン・クウェイルの趣味はガーデニング。自己流のフリージア栽培に凝り、暇さえあれば、ナイロビにある自宅の庭園で過ごしている。それに、かなり年下の魅力的な妻、テッサを溺愛する夫でもある。一方、テッサはジャスティンとは正反対。社会改革を熱烈に望み、「この世で一番珍しいもの、つまり正義を信じる弁護士」として働いている。その活躍ぶりは、「アフリカ貧者のダイアナ妃」の異名をとるほどだ。しかしそのテッサが、こっそり訪れていた人里離れたケニアのトゥルカナ湖で、死体となって発見される。衣服をはぎ取られ、レイプされて。旅の同行者である、コンゴ系ベルギー人のハンサムな医師、アーノルド・ブルームの姿は消えていた。と同時に、クウェイルの、のんびりした生活も消し去られたのである。 <読む前の大使寸評>映画『ナイロビの蜂』の原作The Constant Gardenerということで、借りたが・・・読破はいつになるやら?AmazonThe Constant Gardenerナイロビの蜂(The Constant Gardener)byドングリ
2018.05.29
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<『らくだの話』3>図書館で『らくだの話』という本を、手にしたのです。砂漠やラクダには、大使のツボがうずくのであるが・・・シーナの場合はオーストラリアの砂漠でラクダ狩りを敢行しているわけで、一目置いているのです。【らくだの話】椎名誠著、本の雑誌社、2007年刊<「BOOK」データベース>より知りたいことはたくさんあるのだ!いまだ目にせぬナニカを求め、今日もシーナは旅の空。自ら編集した写真集『ONCE UPON A TIME』の秘密も記した、夢いっぱいの最新エッセイ集。<読む前の大使寸評>砂漠やラクダには、大使のツボがうずくのであるが・・・シーナの場合はオーストラリアの砂漠でラクダ狩りを敢行しているわけで、一目置いているのです。rakutenらくだの話シーナの写真集『ONCE UPON A TIME』を、見てみましょう。p174~177<写真集『ONCE UPON A TIME』は久しぶりのわが手づくり本です> 本の雑誌社からいいよ出るわが待望の静かであるが力強い写真集『ONCE UPON A TIME』が出来上がる。わあ嬉しい。この写真集は考えてみるとぼくが初めて出すホンモノの写真集である。ホンモノというとなんだかへんだが、つまり写真だけによる写真集なのだ。 もうずいぶん長いこといろんな写真を撮ってきたのでこれまで写真がらみの本は結構たくさん出してきた。特に写真雑誌では大御所の「アサヒカメラ」で16年も連載をしているので、それをベースにした単行本やよその雑誌に好んで書く写真がらみのエッセイなどがかれこれ十数冊単行本になっているが、それらをすべて写真に関連してどこかにエッセイが付け加えられている。(中略) 写真の仕事は「週刊金曜日」という大変硬派な、したがってあまり大部数ではない週刊誌の表紙をかれこれ十年ほど担当していて、これは表紙だから写真にいろんな説明はつけられないが、それでも編集部は不安に思ったのか、表紙に百字ほどのエッセイを併記させている。 まあぼくの写真をめぐる仕事はそんなふうにどこか写真と文章が補完し合っているというケースが多かったのだが、いつか写真だけ独立していわゆる本当の写真集をどんと出したかった。 けれど今の世の中、それでなくても本が売れない時代である。ましてや写真集などは美術書の付属のおまけのしっぽみたいなもので、相当の大御所や写真がらみの賞を貰った人でないとんなかなか出版などしてもらえない。でもまあいろいろ長い付き合いのある出版社が多いから、人生で一度写真集を出したいのですよ、と酒場などでちらりと言ったら、「おお、それではうちで出しましょう」と言ってくれるところが何社かあった。 ありがたいお言葉だが、でも初めて出すわが写真集にはやはりそれなりのこだわりがある。大手出版社にお願いするとあまりわがままも言えないだろう。版型や構成やレイアウトなどもたぶんお抱えのプロまかせになるだろう。よし、それならばそのむかし、目黒孝二と設立したわが本の雑誌社のホームグラウンドで出してみよう、いや、はたして出してくれるかな、という若干の不安を抱きながら、今の社長浜本に話をした。 本の雑誌社はぼくと目黒孝二が作った会社だが、今はとうに代替わりをして、実際の会社運営や編集プランに我々は殆どタッチしていない。本の雑誌社で出版している新刊も、なんと驚くべきことにぼくや目黒が知らない作家などの本が出ていたりするのだ。しかしぼくと目黒は結構わかっていて、いったん現場を退いたあとは新体制になにか口をはさむというようなことはいっさいしないできた。(中略) 夏にしては思いがけないほどすがすがしい空気の午前中、ぼくは浜本のところに行って突然この計画を話した。 「なあ、写真集だからよ。まず売れないけれどよ。でも編集はおれがやるし、その他いろんな段取りは自分でやるから、まあ目をつぶって、そういうものをこしらえる許可をちょうだい」 と頼んだ。その段階ではまだどんな内容のどんな本であるのか彼には何も提示しなかったので浜本も答えようがなく、「うーん」などと苦しい息の中でつぶやいていた。でもその「うーん」は「うーん、いいです」と言ったに違いないと拡大解釈して、ぼくは次の日から編集に入った。この記事を見て、イラチな大使はさっそくこの写真集を図書館に借出し予約したのです。5日ぐらいでゲットできるはずなので、感想などは近日中に紹介します。【ONCE UPON A TIME】椎名誠著、本の雑誌社、2006年刊<「BOOK」データベース>より本書の原型となるものは2006年9月号の『アサヒカメラ』の本書と同タイトル「ONCE UPON A TIME」の特集で構成した8ページものである。一枚づつの写真にはそれぞれの「ものがたり」があり、それらを組み合わせることでまた違った新たな「ものがたり」が生まれてくるのではないか、という意図をこめて編集した。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:5/28予約、副本1、予約0>amazonONCE UPON A TIME『らくだの話』2:シーナの映画劇場『らくだの話』1:らくだ話
2018.05.29
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図書館に借出し予約していた『ニューギニア紀行』という文庫本を、ゲットしたのです。ニューギニアに長期間滞在し、原住民の中でフィールド・ワークを敢行した学術的スピリッツがすごい♪【ニューギニア紀行】ニコライ ミクルホ・マクライ著、中央公論新社、1992年刊<「BOOK」データベース>より本書は1871年9月、ニューギニア島北東海岸に上陸して長期間滞在した若きロシア人学術探検家のフィールド日誌である。急ごしらえの小屋での不自由な生活に耐えマラリアと戦いながらも、言葉が通じず猜疑心の強い原住民の信頼を次第に得てゆく経緯を克明な筆致で記す。著者自身によるスケッチ37点。<読む前の大使寸評>ニューギニアに長期間滞在し、原住民の中でフィールド・ワークを敢行した学術的スピリッツがすごい♪<図書館予約:5/16予約、5/22受取>rakutenニューギニア紀行原住民の中に住みついたその後を、見てみましょう。p33~35<1871年9月30日> 昼間見かけた原住民は、ほんの2、3人のみ。コルヴェット艦の寄港が起こした喧噪が去り、全ては元通りになっていくように思われる。しかし、原住民への対応には十分注意を払わねばなるまいと覚悟している。 原住民を描写する中で強調される点は、彼らの狡さと裏切りである。見方がまとまるまでは、警戒するよう神経を使うのが賢明かと思われる。夜になると、私は山々に繰り広げられる光と影の美しい戯れを見て楽しむ。決して飽きることのない楽しみである。 コルヴェット艦が去った後、私は最高の静寂を満喫している。口論、叫び声は滅多に聞こえず、波と風と時折り啼く鳥の声だけがしじまを破った。この新しい環境は私にとって非常に有難かった。私は寛いでいる。穏やかな気候、豊かな緑、そして美しい景観は過去を全て忘れさせ、未来への不安をほとんど感じさせることなく、現在を無心に楽しませてくれる。私の周りについて考察し、理解するため努力することが今後の私の達成すべき目標である。 これ以上、何を望もうか。一方に珊瑚礁のある海が、他方に熱帯植物に覆われた森があり、どちらも多種多様の生命に満ち溢れている。遥か遠くには魅惑的な姿の山々があり、上層に渦巻く雲の動きも素晴らしい。このようなことを考えながら、倒木の太い幹の上に寝ころんで私は目的を達したことを、正確にはゴールに至る長い梯子の第1段目に立てたことを非常に満足に思った。 トゥイがやって来たのでパプア語を習った。私は乏しい語彙を増やすために注意深く言葉を書き取った。彼の教えふりにすっかり満足して、私はタバコの空箱を一つ、オルソンは古い帽子を彼にやった。トゥイは大喜びで急いで帰った。我々の心変わりで取り返されるかもしれないと恐れたのか、それとも一刻も早く村の連中にその贈物を見せたかったのか。 1時間ほどたって、およそ25人のパプア人が一列になって現れた。子豚を括りつけた竹竿を肩に担いだ二人の男を先頭に、皿や鉢を器用に頭に載せた男たちが続き、最後にココ椰子の実を運ぶ男が歩いてきた。おの中にトゥイや大勢の顔見知りがいた。彼らは贈物全部を私の前方の地面に置いた。そして、各人が順番に私に贈物を手渡した。 一部の人が私を取り囲む人たちから離れた。トゥイが私の持ち物の機能について知っていることを説明していたのだ。聞いている者は、一つ一つの物に素早く視線を移し、興味深げであった。皆、無言で音ひとつ立てない。誰も梯子(私の小屋の入口)に近づかない。遠慮しているのか恐れているのか、何とも言えない。皆は私の名前を知っていて、私に声をかける時は名前を呼んだ。彼らはボイの吹く小さな金属楽器、ハーモニカを聴こうとその周りに群がった。ボイはサモア島で流行しているその楽器を上手に吹いた。旋律が素晴らしい結果を生んだ・・・パプア人はボイを取り囲み、明らかに好奇心と、楽しんでいる様子を見せながらこの子供っぽい調べを聴き入った。『ニューギニア紀行』1
2018.05.29
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<NHKみんなのうた『窓』>SONGS『薬師丸ひろ子』 で、この歌を聴いたのだが・・・よかった♪・・・ということで、NHKみんなのうた・シリーズを作ってフォローしようと思ったのです。『窓』薬師丸ひろ子より世の中にある、何気ない風景やざわめき。その中に存在するたくさんの生活。それぞれの命・・・。 そんな当たり前の一こま一こまの積み重ねである「日常」こそが大切であり、愛おしく、かけがえがないということに気づくかどうかは、あなた次第。 ――― 心の「窓」を開けて、目を凝らして見てください。ありふれた、いつもの景色が、違ったものに見えてくることでしょう。あなたにとって、様々な「窓」を思い浮かべながら、お聴きください。 薬師丸ひろ子さんは、「みんなのうた」初登場です。【初回放送月】2018年04月?05月
2018.05.28
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砂漠やラクダには、大使のツボがうずくのであるが・・・シーナの場合はオーストラリアの砂漠でラクダ狩りを敢行しているわけで、一目置いているのです。・・・ということで、ラクダについて集めてみました。・『奇跡の2000マイル』ジョン・カラン監督、2013年豪制作・『らくだの話』椎名誠、2007年刊・『サハラ横断砂の巡礼』前島幹雄、1989年刊・『駱駝狩り』椎名誠、1989年刊・『熱風大陸』椎名誠、1988年刊【奇跡の2000マイル】ジョン・カラン監督、2013年豪制作、H27.9.2観賞<movie.walker解説>よりラクダ4頭と愛犬を連れ、オーストラリア西部に広がる砂漠2000マイル(約3000キロ)を横断した女性の回顧録を映画化。オーストラリア各地で大規模ロケを敢行、アリス・スプリングスからウルル(エアーズロック)を経由しインド洋へと彼女がたどった道程を再現している。監督は「ストーン」のジョン・カラン。製作には「英国王のスピーチ」のイアン・カニングとエミール・シャーマンが加わっている。冒険の旅に出た女性を「アリス・イン・ワンダーランド」のミア・ワシコウスカが、ナショナルジオグラフィックの写真家を「フランシス・ハ」のアダム・ドライバーが演じている。第70回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門出品作品。<大使寸評>ラクダ4頭と愛犬を連れ砂漠2000マイルを横断する実録の映画化なのだが、予想にたがわずかなりワイルドな砂漠、ラクダが見えて・・・ええでぇ♪驚いたのはオーストリアでは野生のラクダが闊歩していることです。世界でも野生ラクダの数はオーストラリアがいちばんとのこと。(オーストリア大陸へ家畜として人間が移入した後に野生化したようです)それから・・・向かってくる野生ラクダを撃ち殺すシーンがあるのだが、実際、野生ラクダは危険なので、砂漠横断には銃の携行はかかせないとのことです。この映画で見えるラクダは、大使がサウジで見た種類よりもやや大きくて、かなり強面の種類のようです。母の死があって以降、人間不信に陥っている主人公は、父親の跡を継ぐように砂漠横断を決意するわけで・・・ラクダを手に入れるために食堂やラクダ牧場で、アルバイトに精を出すのです。ラクダ4頭を手に入れて、砂漠横断に踏み出すと・・・過酷な砂漠や、アボリニジーとの交流がドキュメンタリー映画のように描かれていて飽きないわけでおます♪彼女の砂漠横断は、ナショナルジオグラフィックの資金援助で実現したのだが・・・この映画でも、5,6週間おきにカメラマンが撮影に訪れるのです。movie.walker奇跡の2000マイルmovie.walker公式サイト【らくだの話】椎名誠著、本の雑誌社、2007年刊<「BOOK」データベース>より知りたいことはたくさんあるのだ!いまだ目にせぬナニカを求め、今日もシーナは旅の空。自ら編集した写真集『ONCE UPON A TIME』の秘密も記した、夢いっぱいの最新エッセイ集。<読む前の大使寸評>砂漠やラクダには、大使のツボがうずくのであるが・・・シーナの場合はオーストラリアの砂漠でラクダ狩りを敢行しているわけで、一目置いているのです。rakutenらくだの話『ラクダの話』1byドングリ【サハラ横断砂の巡礼】前島幹雄著、彩流社、1989年刊<内容紹介>より古書につきデータ無し<大使寸評>砂漠とラクダは西域フェチの大使をくすぐるし、なんといっても「ラクダと歩いた四八七日」という副題に惹かれるわけです。大きな図体でねばり強いリズとの一心同体ぶりが、泣かせるでぇ♪大使のラクダについての拘りは「地図の空白地帯」でもふれています。Amazonサハラ横断砂の巡礼【駱駝狩り】椎名誠著、朝日新聞社、1989年刊<「BOOK」データベース>よりオーストラリア中央部のあつく乾したブッシュを南から北へ―。その旅の途中で出会ったラクダ狩りの男たち。50度を超える熱気の大砂漠の人と自然をペンとカメラで再現する。<読む前の大使寸評>オーストラリアのラクダといえば・・・『奇跡の2000マイル』というオーストラリア映画で彼の地のラクダを見て以来、大使のミニブームというか、気になっていたわけです。1989年刊の写真付き旅行記であるが・・・大人の絵本のようで、ええでぇ♪amazon駱駝狩り【熱風大陸】椎名誠著、講談社、1988年刊<「BOOK」データベース>より『恐るべき空白』!150年前、熱気70度のオーストラリア砂漠を旅した男たちのロマンを追いかける。<読む前の大使寸評>たまたま椎名誠著『駱駝狩り』を読んだところだが、その話がカラー写真付きで詳しく載っているのが、ええでぇ♪若い頃の椎名の砂漠旅行となると、バカげの至りで期待できそうやで。<図書館予約:(11/16予約、11/20受取)>amazon熱風大陸
2018.05.28
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久々にくだんの2本立て館に繰り出したが・・・・今回の出し物は「ゴッホ~最期の手紙~」と「君の名は」であり、館主の設けたテーマは「時空を超えて・・・」となっています。毎度のことながら、2作品を選ぶ館主のセンスには感心しているのですが、今回のテーマとしてはまあまあでんな。【ゴッホ~最期の手紙~】ドロタ・コビエラ、ヒュー・ウェルチマン監督、2017年、英、ポーランド制作、H30.5.24観賞<Movie Walker作品情報>よりアヌシー国際アニメーション映画祭観客賞を受賞したサスペンス。ゴッホの絵画をモチーフに俳優が演じた映像を油絵で描き、全編動く油絵で構成された長編アニメーション。郵便配達人ルーランの息子アルマンは、自殺したゴッホが弟テオに宛てた手紙を託される。<大使寸評>油絵で描いたアニメーションという独特な趣向であったが、大使にとって、やや冗長な感じがしたので・・・劇中ところどころで、居眠りしてました。Movie Walkerゴッホ~最期の手紙~この映画館では毎回、幕間にお昼の弁当を食べるのだが・・・・今回もダイエーで買ったサンドウィッチでした♪【君の名は】新海誠監督、2016年制作、H30.5.24観賞<Movie Walker作品情報>より精緻な風景描写と繊細な言葉遣いなど、独自の世界観で国内外で高い評価を受ける、新海誠監督によるファンタジーアニメ。田舎町で暮らす女子高生と東京で暮らす男子高生が、心と身体が入れ替わる不思議な体験を通して成長していく姿を描く。『心が叫びたがってるんだ。』の田中将賀がキャラクターデザインを務める。<大使寸評>やはり新海誠の作品は、背景のリアルさと色調が素晴らしい・・・ということで、ストーリーもさることながら、もっぱら背景を観ていました。Movie Walker君の名はパルシネマ上映スケジュール
2018.05.28
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図書館で『江戸かわいい動物』という本を、手にしたのです。おお 大使の好きなビジュアル本で・・・しかも、表紙も中の画像もカワイイので、迷わずチョイスしたのです。【江戸かわいい動物】金子信久著、講談社、2015年刊<「BOOK」データベース>より応挙の子犬、蘆雪の雀、国芳の猫、若冲の象…それは「かわいい美術」の宝庫。<読む前の大使寸評>おお 大使の好きなビジュアル本で・・・しかも、表紙も中の画像もカワイイので、迷わずチョイスしたのです。rakuten江戸かわいい動物江戸時代の犬を、見てみましょう。p22~23<いぬ> 野良犬を見かけなくなった昨今、犬を怖いと感じる人は格段に減っただろう。江戸時代には、町の至る所に犬がいた。絵に描かれるのは大半が子犬、または親子である。子犬のかわいらしさは説明不要だが、あえて記せば、成犬とは別もの。常にころころと動き回って仲間とじゃれ合う。まるで人を和ませるために存在するような生き物である。■群獣図屏風:丸山応挙 子犬は無邪気さ全開。虎の足の下をくぐる勇敢かつ無謀な一匹もいる。一番左の白い一匹は、警戒して立ち止まった瞬間のようだ。成犬はもの静かで優しげ。なんだか切ない雰囲気もある。首輪をした犬が描かれるのは珍しいが、安土桃山時代に南蛮人たちが連れてきた「洋犬」に由来する描写かもしれない。『江戸かわいい動物』1
2018.05.27
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図書館で『江戸かわいい動物』という本を、手にしたのです。おお 大使の好きなビジュアル本で・・・しかも、表紙も中の画像もカワイイので、迷わずチョイスしたのです。【江戸かわいい動物】金子信久著、講談社、2015年刊<「BOOK」データベース>より応挙の子犬、蘆雪の雀、国芳の猫、若冲の象…それは「かわいい美術」の宝庫。<読む前の大使寸評>おお 大使の好きなビジュアル本で・・・しかも、表紙も中の画像もカワイイので、迷わずチョイスしたのです。rakuten江戸かわいい動物長沢芦雪の雀を、見てみましょう。p78~79<芦雪の雀>躑躅群雀図 長沢芦雪というと、紀州串本の無量寺にある傑作、虎の襖絵があまりにも有名である。そのためか、彼が江戸時代きっての「雀の画家」として注目されないのは、実にもったいない。芦雪は本当によく雀を描いた。雀だけの作品もあるし、孔雀などが主役の作品に、ゲストとして登場していたりする。 この、小さくて地味な色のキャラクターを芦雪がどれほど愛していたか、うかがい知ることができるポイント・・・それは「視線」である。 中国や朝鮮の絵に倣って、日本でも古くから鳥の絵は描かれてきたが、そのほとんどは、鳥の体を真横や斜めから見たところである。鳥の美しい姿かたちは、そのまま美しい風景になるといった感じで、つまりは姿を愛でているのである。 ところが、芦雪の描く雀には、時折、まっすぐこちらを向くものがいる。《躑躅群雀図》は、水浴びをする雀たちの活発な様子が素晴らしい作品だが、その中に、絵を見る私たちを見つめる雀がいる。これに気づくと、心はもう釘付けだ。 ふと見たら雀がいて目が合った、あるいはそんな気がしたことが、どなたにもあるだろう。芦雪もきっと、常日頃、庭に来る雀たちを観察して対話を楽しみ、そして、そんな体験が1枚の絵によっても叶うようにと描いたのだろう。雀のしぐさについては『にっぽんスズメしぐさ』がお奨めです。もう1枚、おまけだ♪芦雪の群雀図襖(部分)
2018.05.27
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今回借りた5冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「ニッポン」でしょうか♪<市立図書館>・翻訳出版編集後記・マンガでわかる戦後ニッポン・アメリカが今も恐れる軍事大国ニッポン<大学図書館>・江戸かわいい動物・山本二三 風景を描く図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【翻訳出版編集後記】常盤新平著、幻戯書房、2016年刊<「BOOK」データベース>より早川書房における十年間の編集者生活。英米のエンターテインメント小説やノンフィクションを刊行し、出版界に新たな道を拓いた著者が、自らの体験を基に翻訳出版のあり方を問う、傑作回想記、新発掘!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:5/21予約、5/25受取>rakuten翻訳出版編集後記【マンガでわかる戦後ニッポン】ムック、双葉社、2007年刊<「BOOK」データベース>より戦後マンガが産声をあげてから今年で70年の節目を迎えます。戦後日本が復興、そして経済大国に変貌するのと歩調を合わせるように成長してきたのが日本の戦後マンガです。本書は内容を「廃墟からの復興」「高度成長の時代」「繁栄の光と影」「過去から未来へ」という四部に分け、それらを象徴する代表的な短編マンガを集めました。時代の節目を彩った名匠達の傑作選!!<読む前の大使寸評>追って記入rakutenマンガでわかる戦後ニッポン【アメリカが今も恐れる軍事大国ニッポン】菅沼光弘著、成甲書房、2016年刊<「BOOK」データベース>よりアメリカにとっての最大の悪夢は、日本の海上自衛隊がさらに増強されて、太平洋で米海軍第7艦隊に対抗できる脅威になることー朝鮮戦争再開前夜、ミサイル狂騒の陰の真実!<読む前の大使寸評>追って記入rakutenアメリカが今も恐れる軍事大国ニッポン【江戸かわいい動物】金子信久著、講談社、2015年刊<「BOOK」データベース>より応挙の子犬、蘆雪の雀、国芳の猫、若冲の象…それは「かわいい美術」の宝庫。<読む前の大使寸評>おお 大使の好きなビジュアル本で・・・しかも、表紙も中の画像もカワイイので、迷わずチョイスしたのです。rakuten江戸かわいい動物【山本二三 風景を描く】山本二三著、美術出版社、2013年刊<「BOOK」データベース>より「天空の城ラピュタ」「もののけ姫」「時をかける少女」。アニメーションの背景美術に革命を起こした画家・山本二三が、あらゆるモチーフの描き方を解説。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten山本二三 風景を描く************************************************************まあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き305
2018.05.27
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図書館で『らくだの話』という本を、手にしたのです。砂漠やラクダには、大使のツボがうずくのであるが・・・シーナの場合はオーストラリアの砂漠でラクダ狩りを敢行しているわけで、一目置いているのです。【らくだの話】椎名誠著、本の雑誌社、2007年刊<「BOOK」データベース>より知りたいことはたくさんあるのだ!いまだ目にせぬナニカを求め、今日もシーナは旅の空。自ら編集した写真集『ONCE UPON A TIME』の秘密も記した、夢いっぱいの最新エッセイ集。<読む前の大使寸評>砂漠やラクダには、大使のツボがうずくのであるが・・・シーナの場合はオーストラリアの砂漠でラクダ狩りを敢行しているわけで、一目置いているのです。rakutenらくだの話シーナの映画劇場を、見てみましょう。p186~191<天空的映画劇場> 最初のテント泊は四千二、三百メートルぐらいのもう遠くヒマラヤの山々が見えるようなところだった。夜が更けてからハツハツ(ポータブル発電機)をまわす。十メートルぐらいのリード線を引いてそこから流れてくる生きのいい電気でもってテントはたちまち個人映画館となった。いや、幸せであった。 ぼくの移動していたルートは距離にして千二百キロぐらいあったが、その高地の広大なエリアで今一人で個人的に映画を見ている人なんてのは多分ぼくぐらいのものだろうという確信があった。申し訳ない気持ちとありがたいという気持ちとどうだまいったかという気持ちがあった。かつてのシベリアのあの苦しい漂泊の日々をじわじわと思いだした。 最初に見た映画はもう忘れてしまった。あまり面白くなかった。実を言うと、寝袋の中で横たわった胸の上に置いたDVDの画面を眺め幸せな気持ちになっているうちにあえなく眠ってしまったのだ。(中略) こういう環境的には極限の場所で、しかもたった一人で映画を見ると、そういう状況にふさわしい映画とそうでない映画の二通りあることがわかってきた。ハリウッド製のお気楽な単純ストーリー、予定調和、こんなのありえねえ的映画は、ふだん都会で見ているときよりも遥かに拒絶反応が強く、半分ぐらいまで見るとその後がわかってしまってすっかりしらけてしまうことが多かった。 たとえば「サハラ 死の砂漠を脱出せよ」。2005年のアメリカ映画だからいろんな意味で最新の娯楽映画なのだが、出演者や制作者たちは作っていると相当面白いのだろうけれど見ているほうはどんどん自分がバカになっていくようで耐久力が試される。スピルバーグがからんだ「グーニーズ」などは子供だましと知っていたけれど、そうであってもこんなのを映画にする必要があるのだろうかと本当にばかばかしくなった。(中略)「飛べ! フェニックス」 もう一つ今度の旅でいちばん見たいと思っていたのは「フライト・オブ・フェニックス」だ。2004年のアメリカ映画だがこれもリメイク版で、40年前にオリジナルが作られている。「飛べ! フェニックス」というタイトルで、これはぼくが銀座のちび会社に勤めていたころ、ひょんなことで試写会の券を貰い会社をさぼって見に行った。砂漠に不時着した飛行機に乗っていた人々がさまざまな映画的な試練、葛藤を乗り越えて不時着機の一つのエンジンを切り離して新しい小型飛行機を造り、なんとか脱出するというストーリーで先の読めない展開に息を呑んだものだ。 キーマンとなるドイツ人の設計技師は前作はハーディー・クルーガーが演じていてそれが素晴らしかった。リメイクするとふつうはもっと話に起伏が出るものだが、今回の場合は前作にない女性が一人加わったり、砂漠の盗賊団が出てきたりと妙な方向に逆サービスのようなデフォルメがあって、かえって興ざめだった。でも主なストーリーを知っていながらちゃんと最後まで楽しめた。ウン 飛行機大好きな大使にとって「飛べ! フェニックス」は面白い映画だったなあ♪『らくだの話』1
2018.05.26
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図書館で『悪貨』という本を手にしたのです。おお 島田雅彦の経済小説ってか・・・なんか場違いな感じがするのだが、まず読んでから評価してみましょう♪【悪貨】島田雅彦著、講談社、2010年刊<「BOOK」データベース>より20××年、鑑定のスペシャリストすら欺くほど精巧な偽札の流通で、ハイパーインフレに陥っている日本―。偽札流通を促した疑惑のかかる、天才マネーメイカー・野々宮冬彦は、カネに支配されない世の中を築くべく、途方もない計画に着手する。カネの根本の価値を覆そうとする男の運命の向かう先とは!? <読む前の大使寸評>おお 島田雅彦の経済小説ってか・・・なんか場違いな感じがするのだが、まず読んでから評価してみましょう♪rakuten悪貨グローバル資本主義とかコミューンのお話しを、覗いてみましょう。p50~54 <10 イケさんとノノくん> 14歳というのは世界を呪うことを覚える年齢だ。 世の中の矛盾に憤り、漠然とした鬱屈を抱え込んだ中学生は昔も今も一定の割合で存在する。中学生だった頃の自分と対面するように、池尻は野々宮の心の闇を覗きたがった。いい大人になっても、14歳当時の心のわだかまりは晴れるものではない。その証拠に池尻自身が当時のままに世界を呪い続けていた。現在の野々宮より五つ上の39歳だった池尻は大学の経済学部で助教授を務めていたが、心の底ではいつもこう思っていた。国家が戦争と搾取を公然と行なうグローバル資本主義など滅びてしめ、と。 若者が政府に向かって石を投げる時代はとうに過ぎ去っていた。破壊衝動は国家や社会には向けられず、自分に向かった。巷では自殺が流行っていた。ビルから身を投げて死んだアイドルの後追い自殺やその夜に知り合った者同士の集団自殺もあった。池尻の友人も「」と簡潔な遺書を残して、中央線に飛び込んだ。 人は放っておけば死ぬ。自殺を止める権利など誰にもない。だが、何らかの抵抗運動を続けている限り、そして、未来に対して責任を負う限り、人は死なないものだ。-君はこの世界をどうしたいと思っている? 池尻が訊ねると、野々宮は澱みない口調でこういった。-カネ持ちが偉いなんて間違っている。カネがあれば、人を強制できる。自由を奪い、奴隷にできる。誰もがカネの力は万能だと信じているから、いつまで経っても、貧乏人は貧乏人のままだし、金持ちはいっそう金持ちになるんです。-そんな世界を滅ぼしたいんだろうが、その前に自分が滅びてしまう。カネが全ての世の中を変えるためにはどうすればいいと思う?-カネを持っていても意味がないような社会になればいい。 野々宮少年はただ思いつく」ままに稚拙な理屈を繰り出しているように見えながら、そこには確固たる社会変革の意思がある、と池尻は思った。(中略) 「彼岸コミューン」の始まりはさほど広くもない耕作放棄地だった。池尻の恩師は大学を定年退職した後、東京郊外八王子の自宅近くの耕作放棄地を借り受け、野菜作りを始めた。ところが、そんな悠々自適の暮らしも長くは続かず、癌との闘病生活に入ってしまった。せっかく恩師自ら鍬を入れ、苗を植え、復活させた畑だったが、管理する者がいなくなり、再び荒れ地に戻ろうとしていた。池尻には農業の経験などなかったが、恩師が農業について熱く語るのを聞いて、心動かされるものがあった。 大学院では恩師の指導で経済史の研究をしていた。カントやマルクスやプルードン、それに続くゲゼルやポランニーらの学説の問題点を同門の理論家たちと議論していたが、机上の空論にも飽きていた。池尻は恩師に倣い、畑を耕し、作物を作り、それを流通させるささやかな実践を通じて、経済を考え直してみたいと考えるようになった。池尻に同調する仲間はいなかったが、自分の若い教え子たちが興味を持ち、下草刈りなどを手伝ってくれた。実験的に農業共同体を組織した池尻の誘いに応じ、野々宮少年も夏休みには畑仕事を手伝いに来て、学生たちと交流していた。 「彼岸コミューン」は環境保護や食の安全管理の運動を行っていたグループが母体になっている。過疎村や耕作放棄地、ゴルフ場、廃園になったテーマパークなどを買い取ったり、借り受けたりして、有機農業や植林、畜産を始めると、にわかにその活動に加わる人々が増えた。お話しはこの後、野々宮とエリカを主人公として、中国製偽札という危険なモノを題材にして続くのですが・・・島田雅彦の経済活劇は大風呂敷きみで、ちょっと大使の好みからそれてしまうのです。『悪貨』1
2018.05.26
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図書館で『悪貨』という本を手にしたのです。おお 島田雅彦の経済小説ってか・・・なんか場違いな感じがするのだが、まず読んでから評価してみましょう♪【悪貨】島田雅彦著、講談社、2010年刊<「BOOK」データベース>より20××年、鑑定のスペシャリストすら欺くほど精巧な偽札の流通で、ハイパーインフレに陥っている日本―。偽札流通を促した疑惑のかかる、天才マネーメイカー・野々宮冬彦は、カネに支配されない世の中を築くべく、途方もない計画に着手する。カネの根本の価値を覆そうとする男の運命の向かう先とは!? <読む前の大使寸評>おお 島田雅彦の経済小説ってか・・・なんか場違いな感じがするのだが、まず読んでから評価してみましょう♪rakuten悪貨中国のブラックマネーあたりを、ちょっとだけ覗いてみましょう。p14~19 <3 銭洗い弁天> 近年、テロや麻薬取引の取り締まりを強化するため、マネー・ロンダリングの規制は厳しくなっていたが、いつの時代にも抜け穴はある。とりわけ、中国の金融業界は抜け穴天国で、日本にも巨大なブラックマネーが流れ込んでくる。 日本企業も中国の企業や銀行、政府系金融機関に続々、買収されている。その中には日本の生産業を代表する自動車会社や旧メディアの象徴でもある新聞社やテレビ局も含まれている。買収劇の裏でも汚れたカネが動いている。また、北朝鮮に流れたカネは軍備の増強にも用いられているようだ。 そうした情報は噂の域を出ないとか、陰謀説を唱えたがるアングラ・ジャーナリズムのデマだといって、一蹴する政府関係者もいたが、この種の情報の8割は真実だ。マスメディアは社会不安を引き起こすことになるのを恐れ、そうした情報には極力触れないようにしてきた。マスメディアの及び腰に乗じて、アングラ・ジャーナリズムが「衝撃の真実」を煽り立てるのだが、いかんせん、彼らが書きたてることにはあらかじめ「ガセネタ」のレッテルが貼られている。 日本経済の沈没を避けるためには、金融犯罪の摘発にいっそうの力を入れなければならない。去年の暮れ、警視庁捜査二課の捜査員たちに大号令がかけられた。それを受け、捜査二課では暴力団や投資家から集めたカネを洗浄する組織の監視を強化していた。その組織を率いているのは、宝石店オーナーという表向きの顔を持った張燕燕(52歳)だった。 海外の銀行や投資家、マフィア、武器商人、インドや中国、ロシアの富豪、さらにはバチカンの枢機卿やユダヤ教のラビ、イスラム教の聖職者にいたるまで、幅広いネットワークを持つ彼女は、金融の世界では「銭洗い弁天」の異名を取っていた。 祖父は有名な書家で、父親は作家協会の重鎮、そして叔父は共産党の幹部という血統の良さから、張燕燕に対する各界の信用は厚かった。金融の世界にあって、育ちの良さは必要不可欠な要素だ。世間では、育ちの良い方々は確実な儲け話にしか手を出さないと思われているし、彼らが関わっているとなれば、虚構や妄言もまことしやかな儲け話に見えるようなのだ。 瀋陽に本店を構えた遼寧飛躍銀行ノプライベート・バンキング部門の責任者と手を組んだ燕燕は、資金洗浄や節税をしたい顧客のために個人口座を作らせる。外国人向けの個人口座は事実上タックスヘイブンなので、税金逃れにはうってつけだ。 銀行はその預金を運用し、顧客に毎月50パーセントの利益を保証している。1秒間に150回もの為替取引が可能なソフトを利用することで、高い運用実績を出しているのだ。その口座に振り込まれたカネは人民元建ての預金となる。基本、人民元は中国国外では使えないことになっているが、遼寧飛躍銀行が発行したデビットカードがあれば、その都度、人民元の預金から円やユーロなど必要な外貨に両替えして、引き下ろすことができる。そのカードは、日本や欧米資本の銀行では使えないが、コンビニや空港にあるATMでは24時間、使うことができる。(中略) 脱税に関しては国税庁が目を光らしているが、警視庁捜査二課では、この銀行には汚れたカネも流れ込んでくると見ていた。暴力団が麻薬取引で稼いだカネ、盗品を売りさばいて作ったカネ、テロリストに供与される資金も、この銀行を経由することで、清められているのではないか、と。もちろん、汚れたカネに手を出すのはリスクが高いので、銀行側も慎重だ。大使館がその資金源のチェックをしているらしいが、お目こぼしもあるのではないか? 銀行はリスクを冒す分、金利を低く、手数料を高く設定する。だが、元々、汚れたカネだから、顧客は手数料が高くても、利回りが悪くても、せっせと預金に励む。銀行はそのカネをせっせと投資や融資に回す。結果的に、日本の隠し所得やアングラマネーが中国の経済成長に大いなる貢献をすることになってしまう。 あるいは、最近、報告された闇金融の手口にはこんなケースが目立つ。 ホームレスなどから戸籍を買い、その人物を社長に仕立てて会社を興し、通帳の記録や納税証明などすべてを偽造し、政府系の金融公庫からセーフティネット貸付で9千万円を借りる。そして、半年後に会社を倒産させ、その資金を海外に持ち逃げする。同じ方法で何社も会社を興しては国庫のカネを引き出し、外国の銀行で運用するのである。このようにして、中小企業の育成のために用意された政府予算の千九百億円もざるの目からこぼれおちるようにアングラマネーと化して、海外の銀行に流出してゆく。 警視庁捜査二課の精鋭捜査官たちはそうした悪質な金融犯罪を見過ごすまいと、秘密裡に証拠集めを急いでいた。(中略) 日笠警部は、エリカを呼び、こう告げた。 ー今回のミッションは「銭洗い弁天」に資金洗浄を頼んだ顧客たちと懇意になることだ。タイミングよく張燕燕の宝石店では女性店員を募集している。内情を探るには君が店員に採用されるのが一番手っ取り早い。すぐに履歴書を用意して、面接に行ってくれ。ウーム ガードが甘い政府系の金融公庫が狙い目なのか・・・しかし、悪どい稼ぎは中国人に敵うわけないで。
2018.05.26
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図書館で『海の帝国』という、新書を、手にしたのです。現在、中国の海洋進出が米中摩擦を生んでいるように・・・今日的、地政学的なこの海域をいかにマネージするかという立体的歴史観がええでぇ♪【海の帝国】白石隆著、中央公論新社、2000年刊<「BOOK」データベース>より「海のアジア」、それは外に広がる、交易ネットワークで結ばれたアジアだ。その中心は中国、英国、日本と移ったが、海で結ばれた有機的なシステムとして機能してきた。世界秩序が変貌しつつある今、日本はこのシステムとどうかかわっていくべきか。二世紀にわたる立体的歴史景観のなかにアジアを捉え、シンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピン、タイを比較史的に考察する。第一回読売・吉野作造賞受賞。<読む前の大使寸評>現在、中国の海洋進出が米中摩擦を生んでいるように・・・今日的、地政学的なこの海域をいかにマネージするかという立体的歴史観がええでぇ♪rakuten海の帝国それでは懸案の中国を、見てみましょう。p192~197<これからどこに行くのか> ではかつての1940年代の日本のようにアメリカのヘゲモニーに挑戦する国が登場すればどうなるか。あらかじめ確認しておけば、日本にはアメリカにとって代わる能力はない。またそういう試みも賢明ではない。問題は中国である。 ときに指摘されるように、21世紀のある晴れた日、中国がアメリカに代わって東アジアのヘゲモニーを掌握するといったことはあるだろうか。それを考えるには、中国が東アジアにおいてヘゲモニーを掌握するということは、中国を中心に東アジアの地域秩序が再編される、ということである。ではそれはどういうことか。まず安全保障から考えれば、それは、東アジアの地域からすべての米軍基地が撤去され、日本海から南シナ海、インド洋に至る海域に米国第7艦隊に代わって中国艦隊が遊弋するようになるということだろう。 また経済的には、中国が技術革新のリーダーとなり、中国市場が世界最大の市場となり、そして中国が東アジアにおけるエネルギー供給を支配するということである。そういうことが起こりうるか。まったくないとは言わない。しかし、これも当分は考えなくともよいだろう。 第二は、アジア地域秩序の統合能力の問題である。これについてはすでに述べた。この2年、アジア経済危機のなかで、「開発独裁」あるいは権威主義的開発体制の時代は終り、民主主義が歴史の流れとなった。これはアジア地域秩序のシステミックな危機を示すものではない。(中略) この200年、イギリスの時代にもアメリカの時代にもアジアの地域秩序の基礎には近代国家があった。しかし東南アジアと東アジアではこの近代国家の性格に大きな違いがある。日本でははじめから国民国家として上からつくられた。韓国、台湾においても国民国家の建設はこの50年間、順調に進行している。しかし、東南アジアでは事情が違う。(中略) そして最後に第三は、中国の将来である。これは中国がやがて潜在的にも超大国として登場するだろうかという問題ではない。先にも述べたように、そういう問題はまだ当分、考える必要がない。むしろ考えるべきは「大中華圏」の問題である。この200年、いろいろ紆余曲折はあったものの、福建、広東から東南アジアにかけての地域に、華僑・華人のネットワークは深く根を下ろし、ラッフルズの時代のイギリス自由貿易帝国(成功例)、今日のインンドネシア(失敗例)に見るように、華僑・華人のネットワークとの同盟は一国の経済運営に決定的重要性をもつようになった。 アジアの経済がこれからも発展していくとすれば、こうした事情にはこれからも当分、大きな変化はないだろう。問題は「海のアジア」におけるこうした華僑・華人経済の繁栄が中国の将来にどのような意味をもつだろうかということである。 中国では帝国は常に農民支配の上に築かれた。これは中華人民共和国国家についても同様である。歴代王朝においては郷紳の農民支配が帝国の基礎をなし、中華人民共和国国家においては共産党の農民支配がその基礎をなす。それは別の言い方をすれば、中国において国家が資本主義国家として編成されたことは一度もなく、商業の繁栄、市場経済の発展は常に農本主義国家の基礎を脅かしたということである。これは中国の歴史の示す通りである。 過去5、600年、日本列島、朝鮮半島からセッ江、福建、広東を経て東南アジアに至る「」の領域では商業の時代が何度かあった。中国はそのたびに不安定化した。15世紀から17世紀にかけての商業の時代には倭寇が跳梁して明が衰亡し、19世紀から20世紀の帝国主義の時代には中国は「半封建、半植民地」の有様になった。これは偶然ではない。 商業の時代には、富が権力を生む。それは土地と農民の支配にもとづく権力とは異質の権力である。商人と海賊が明の支配を脅かし、清末、南洋華僑が孫文の革命運動を支援したのはそのためである。 そしていまわれわれは20世紀末にはじまった新たな「商業の時代」にある。では中国はこの「商業の時代」にあって、市場経済に適合的な資本主義国家、つまり市場経済のダイナミズムを国力に転換できるような開かれた政治経済システムを創出できるだろうか。相当に疑問である。ウン 中国はこのような歴史を繰り返すわけで、待っていれば共産党王朝は自壊するのだが、いつまで待てばいいのか・・・それが問題やで。『海の帝国』1
2018.05.25
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図書館で『海の帝国』という、新書を、手にしたのです。現在、中国の海洋進出が米中摩擦を生んでいるように・・・今日的、地政学的なこの海域をいかにマネージするかという立体的歴史観がええでぇ♪【海の帝国】白石隆著、中央公論新社、2000年刊<「BOOK」データベース>より「海のアジア」、それは外に広がる、交易ネットワークで結ばれたアジアだ。その中心は中国、英国、日本と移ったが、海で結ばれた有機的なシステムとして機能してきた。世界秩序が変貌しつつある今、日本はこのシステムとどうかかわっていくべきか。二世紀にわたる立体的歴史景観のなかにアジアを捉え、シンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピン、タイを比較史的に考察する。第一回読売・吉野作造賞受賞。<読む前の大使寸評>現在、中国の海洋進出が米中摩擦を生んでいるように・・・今日的、地政学的なこの海域をいかにマネージするかという立体的歴史観がええでぇ♪rakuten海の帝国1940年代の米国主導の安全保障体制を、見てみましょう。p128~130<新しい地域秩序> アジアにおける新しい地域秩序の形成にもっとも重要な役割をはたしたのはアメリカだった。新しい秩序がアメリカの思い通り、粘土細工のようにつくられたというのではない。しかし、1940年代の地殻変動がようやくおさまりはじめた頃、この地域にどのような秩序を構築したものか、そういう構想の基本はワシントンで、ディーン・アチソン、ジョージ・ケナン、ジョン・フォスター・ダレスといった人々によって考えられた。そしてアメリカ政府はそうした構想を実行する力と金と意思をもっていた。 この当時、1949-50年頃、ワシントンから見れば、アジアには二つ大きな問題があった。そのひとつは国際共産主義の脅威にどう対処するか、どうやってソ連、中国を封じ込めるか、という問題だった。もうひとつは、日本を経済的に復興させ、米国の同盟国として独立させる、しかし、日本が二度と米国の脅威にならないようにする、それにはどうするか、という問題だった。 この二つの問題を解く上で日本が鍵となった。あるいは別の言い方をすれば、かつて19世紀半ば、シンガポール、香港、上海がアジアにおけるイギリス自由貿易帝国建設の戦略拠点となったように、こんどは日本がアジアにおけるアメリカの非公式帝国建設の戦略拠点となった。それはごくあたりまえのことだった。アジアにおいてアメリカの必要としたのは「アジアの工場」=「アジアの兵站基地」だった。この要件を満たすことができるのは日本だけだった。 これがアジアにおける日本の中心性を保証した。しかし、この中心性はあくまでアジア地域秩序におけるアメリカの構造的優位を脅かさないかぎりの中心性でなければならない。そういうシステムをどう構築するか、それが基本的問題だった。 米国がこの問題にどのような答えを出したか、安全保障についてはよく知られている。「二重の封じ込め」がその答えだった。日本から東南アジア、インドを経由してペルシャ湾の石油地帯まで、アチェソンの表現を借りれば「大きな三日月」によって国際共産主義の脅威を封じ込める、これがひとつの封じ込めである。そしてアジアではこのために、ちょうど自転車の車輪のように、米国を車軸、米日、米韓、米台、米比、米タイなどの二国間の安全保障条約、基地協定をスポークとする安全保障体制が構築され、これがハワイの太平洋司令部指揮下の米軍の前方展開を保証した。 もうひとつの封じ込めは日本の封じ込めである。これには少し説明がいるだろう。1940年代末、日本の政治的独立はもう時間の問題になっていた。しかし、日本が政治的に独立し、経済的に復興して、ふたたびアメリカの脅威となるのでは困る。どうするか。日本の頚動脈に軽く手を置いておいて、いったんことあるときにはこの手に力を込めると日本がたちまち失神してしまう、そういう仕掛けをつくっておけばよい、これがときの国務省政策計画局長ジョージ・ケナンの答えだった。ケナンがそこで考えたのは、日本の軍事力をアジアにおける米国主導の安全保障体制に組み込むこと、そして日本のエネルギー供給を米国がコントロールすることだった。 日本はこうしてアジアにおける米国主導の安全保障戦略の要となった。日本の軍事力が米国主導の安全保障体制に組み込まれ、日本が「半主権国家」になる、これが日米同盟の基本的前提だった。ウン 「海の帝国」というこの本のタイトルが、日本からアメリカに代わった地域秩序のキーワードになっているんでしょうね。
2018.05.25
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図書館に借出し予約していた『ニューギニア紀行』という文庫本を、ゲットしたのです。ニューギニアに長期間滞在し、原住民の中でフィールド・ワークを敢行した学術的スピリッツがすごい♪【ニューギニア紀行】ニコライ ミクルホ・マクライ著、中央公論新社、1992年刊<「BOOK」データベース>より本書は1871年9月、ニューギニア島北東海岸に上陸して長期間滞在した若きロシア人学術探検家のフィールド日誌である。急ごしらえの小屋での不自由な生活に耐えマラリアと戦いながらも、言葉が通じず猜疑心の強い原住民の信頼を次第に得てゆく経緯を克明な筆致で記す。著者自身によるスケッチ37点。<読む前の大使寸評>ニューギニアに長期間滞在し、原住民の中でフィールド・ワークを敢行した学術的スピリッツがすごい♪<図書館予約:5/16予約、5/22受取>rakutenニューギニア紀行原住民とのファースト・コンタクトあたりを、見てみましょう。p13~16<1871年9月20日> そこは海に突き出た小さな岬で、その向こうには小さな入江があると思われた。我々はそこへ向かった。ヴィーチャジ号は入江に入り、岸へ150ヤード、27尋の所で錨を下ろした。 巨大な樹木の葉が入江の岩場まで伸び海面すれすれにまで繁っていた。絡み合った無数の蔓草と何種もの寄生植物が本物のカーテンのように樹木の間に垂れ下がり、視界が開けているのは入江の北の砂浜だけである。 間もなく原住民の集団が岬に現れた。おずおずとした様子に見うけられた。長く話し合った末に一人の男が集団から離れ、椰子の実を抱えてきて水際に置いた。それを指して身ぶりをしていた。多分、ココ椰子の実を私たちに用意したと説明したかったのだろう。彼らは忽然と茂みの中に消えた。 私は指揮をしている士官にヴィーチャジ号付属のボートに四人の男を乗せてその岸につけるように頼んだ。ところが安全のために武装した男を乗せた小艇も同行するとわかり、私は武装兵の代わりに使用人のオルソンとボイに同乗させるよう頼んだ。未来の隣人を訪ねるのに、私はありったけの贈物(ガラス・ビーズ、細かく裂いた赤い布、幅の狭い帯など)を携えていった。 小さな岬を回り、我々が初めて原住民の姿を見た砂浜に向かった。約20分後、その浜辺に接近するとそこには数艘のカヌーがあった。しかし、荒波に阻まれ上陸が不可能であった。そのうち槍を持った一人の原住民が茂みから現れ、それを頭上にかざし私に立ち去れというサインのパントマイムを始めた。 そこで私がボートに立ち上がり数枚の赤い布切れを掲げると、棍棒や槍などあらゆる武器を手にした12人ほどの原住民たちが森の中から飛び出してきた。彼らはボートに敢えて近寄ろうとしないし、私もボートから飛び下りたくなかったので、私は贈物を海へ投げて、波が岸辺へ運んでくれることを念じた。これを見ていた原住民たちは私に立ち去れとばかりに気が狂ったように武器を振り回した。 私の見ている前で贈物を取りに来るのを恐れていると判断し、二人の従者にボートを漕ぎ出すよう命じた。我々が海岸から遠ざかるや否や、原住民たちは目を輝かせて我先にとばかりに海に入り、あっという間に赤い布切れを持ち去った。彼らは大変な好奇心にかられて赤い布を眺め、興奮して喋り、その布が気に入った様子だった。しかし、それでも私のボートに近づこうとする勇気のある者は一人もいなかった。 最初の出会いに失敗したと認めてヴィーチャジ号に戻った私は、他の場所にも原住民が出没したことを聞かされた。私は直ちにそこへ向かった。だが人の姿は見えず、ちょっと離れた入江には、ただ数艘の原住民のカヌーが岸に引き揚げられ、木々と灌木の茂みの間から突き出して水際ぎりぎりに止めてあるばかりであった。ようやく私は木々の間に白い砂地を見つけ、そこへ急いでボートをつけた。そこは眺めの良い、こじんまりとした隠れ場所なのであろう。私はそこから上陸し、やがて深い森に至る1本の細い道を発見した。 私はすぐにでもボートから飛び下りて、その小道に踏み込みたいという衝動を押さえきれず、近くの木にボートをつなごうとしていた二人の男に指示を与えるのを忘れてしまった。小道を約30歩ほど行くと、木々の間に数軒の屋根が見え、さらに進むと何軒もの家に取り囲まれた広場に行き着いた。屋根はほとんど地面に届きそうであった。村は小ぎれいで来訪者を温かく迎えてくれそうに見えた。 村の中央の地面はよく踏み固められ、繁茂する色とりどりの葉と高いシュロの木々がその周りを縁どり、涼しい蔭をつくっていた。年月を経て白く変色したシュロ葺きの屋根は、濃緑色の植物と美しいコントラストをなしていた。一方、パンダヌス、パンの木、ビンロウジュ、ココ椰子の繁茂する茂みを、チャイナローズの鮮やかな深紅色の花とクロトンやコレウスの黄緑色や橙色の葉が明るく彩っていた。
2018.05.25
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<『らくだの話』1>図書館で『らくだの話』という本を、手にしたのです。砂漠やラクダには、大使のツボがうずくのであるが・・・シーナの場合はオーストラリアの砂漠でラクダ狩りを敢行しているわけで、一目置いているのです。【らくだの話】椎名誠著、本の雑誌社、2007年刊<「BOOK」データベース>より知りたいことはたくさんあるのだ!いまだ目にせぬナニカを求め、今日もシーナは旅の空。自ら編集した写真集『ONCE UPON A TIME』の秘密も記した、夢いっぱいの最新エッセイ集。<読む前の大使寸評>砂漠やラクダには、大使のツボがうずくのであるが・・・シーナの場合はオーストラリアの砂漠でラクダ狩りを敢行しているわけで、一目置いているのです。rakutenらくだの話この本の目玉ともいえる「らくだ話」を、見てみましょう。p18~20<らくだ話> 近頃読む本は完全に自然科学ものが主流になってきた。このところ圧倒的に長距離の海外旅行が多いのだが、そのとき持っていく本の品揃えは、以前だと十冊のうち半分は翻訳もののミステリーやSFだった。ところが最近は半分以上が何かの自然科学ものの本で、それぞれに脈略はまったくないのだが、とにかくこのジャンルの本を読んでいるのが嬉しくて仕方がない。 そこで一つの不満があるのだが、世の中に数ある面白本ガイドブックや雑誌の特集などは、圧倒的にフィクションフィクション一辺倒でミステリーやホラーや恋愛ものでないと本でないかのような風潮がある。内外のオールジャンルを対象にした面白自然科学ものガイドマガジンなんていうものが創刊されないものだろうか。もっとも、ここ何十年もそんな雑誌は登場しなかったからきっと出しても売れないのだろうな。 数日前にシルクロードの要諦である敦煌の旅から帰ってきたのだが、留守中に小学館から「駱駝」という雑誌が創刊された。大判の重厚な気配の大人向け雑誌のようで、表紙の写真はその通りラクダが写っていた。そして改めて「駱駝」という文字を読むと実に味わい深いものがあるなあと思った。 こんな雑誌を作ったのは誰なのだろうと編集長の名を見ると岩本敏さんだった。「BE-PAL」の初代編集長であり、そのころにはぼくもよく「BE-PAL」で何事かほざいていた記憶がある。岩本さんもついにこういう大人向けの雑誌を作るようになったんだなあと感慨ひとしおだった。 それにしてもどうして「駱駝」が誌名になったのだろうか。創刊号はその通り表紙から「駱駝」の姿が出ており、駱駝ばなしが中にもたくさん出ていたが、毎号駱駝の記事が出るわけではないだろう。この雑誌の象徴としての「駱駝」なのだろうということはぼくにもわかる。しかしどうして今この時代ラクダなのだろう? 考えてみるとラクダはつくづく不思議な生き物である。世界のいろんなところを旅しているのだが、ラクダと出会える場所はそんなに多くはない。しかしほんの少し前までいた敦煌の有名な砂の砂漠、鳴沙山でラクダに乗ってきたばかりだったので、そこでやっぱりつくづくラクダというのはこんなヤツなのだなあと改めて感じつつ、しかしそのぶんやっぱり相当にヘンテコで魅力的な生き物だなあという思いを新たにしてきた。 鳴沙山に行ったのはこれで三度目だが、いちばん初めに行ったのは20年ほど前である。敦煌の町から車で15分ぐらいのところにいきなり巨大な砂山がでんとそびえていて、もうそこは完全に「月の砂漠」を連想させるいかにも日本人好みの“正しい砂漠”の風景になっている。 初めてそこに行ったとき、あまりにも近いところにそんな砂漠があるのに驚いたものだし、そこにラクダがたくさんいたのにも驚いた。ラクダはそれぞれ観光客用に調教されたレンタルラクダで、ここに来た観光客の殆どはそいつに乗って砂漠の隊商の疑似体験をするようになっている。もちろん20数年前にそれを見たぼくもすぐにそのレンタルラクダに乗ったが、ラクダ引きが鼻綱を引っ張っていくだけなので、よくある引き綱付きの馬の遊園地ひとまわりみたいなもんで次第にマヌケな気分になってくる。ただしラクダの乗りごこちというのはきわめて独特なもので、それを初めて味わえたのは嬉しかった。やや古い本であるが、シーナの『駱駝狩り』を紹介します。【駱駝狩り】椎名誠著、朝日新聞社、1989年刊<「BOOK」データベース>よりオーストラリア中央部のあつく乾したブッシュを南から北へ―。その旅の途中で出会ったラクダ狩りの男たち。50度を超える熱気の大砂漠の人と自然をペンとカメラで再現する。<読む前の大使寸評>オーストラリアのラクダといえば・・・『奇跡の2000マイル』というオーストラリア映画で彼の地のラクダを見て以来、大使のミニブームというか、気になっていたわけです。1989年刊の写真付き旅行記であるが・・・大人の絵本のようで、ええでぇ♪amazon駱駝狩り
2018.05.24
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今回借りた4冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「アジア、オセアニア」でしょうか♪<市立図書館>・ニューギニア紀行・らくだの話<大学図書館>・悪貨・海の帝国図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【ニューギニア紀行】ニコライ ミクルホ・マクライ著、中央公論新社、1992年刊<「BOOK」データベース>より本書は1871年9月、ニューギニア島北東海岸に上陸して長期間滞在した若きロシア人学術探検家のフィールド日誌である。急ごしらえの小屋での不自由な生活に耐えマラリアと戦いながらも、言葉が通じず猜疑心の強い原住民の信頼を次第に得てゆく経緯を克明な筆致で記す。著者自身によるスケッチ37点。<読む前の大使寸評>ニューギニアに長期間滞在し、原住民の中でフィールド・ワークを敢行した学術的スピリッツがすごい♪<図書館予約:5/16予約、5/22受取>rakutenニューギニア紀行【らくだの話】椎名誠著、本の雑誌社、2007年刊<「BOOK」データベース>より知りたいことはたくさんあるのだ!いまだ目にせぬナニカを求め、今日もシーナは旅の空。自ら編集した写真集『ONCE UPON A TIME』の秘密も記した、夢いっぱいの最新エッセイ集。<読む前の大使寸評>砂漠やラクダには、大使のツボがうずくのであるが・・・シーナの場合はオーストラリアの砂漠でラクダ狩りを敢行しているわけで、一目置いているのです。rakutenらくだの話【悪貨】島田雅彦著、講談社、2010年刊<「BOOK」データベース>より20××年、鑑定のスペシャリストすら欺くほど精巧な偽札の流通で、ハイパーインフレに陥っている日本―。偽札流通を促した疑惑のかかる、天才マネーメイカー・野々宮冬彦は、カネに支配されない世の中を築くべく、途方もない計画に着手する。カネの根本の価値を覆そうとする男の運命の向かう先とは!? <読む前の大使寸評>おお 島田雅彦の経済小説ってか・・・なんか場違いな感じがするのだが、まず読んでから評価してみましょう♪rakuten悪貨【海の帝国】白石隆著、中央公論新社、2000年刊<「BOOK」データベース>より「海のアジア」、それは外に広がる、交易ネットワークで結ばれたアジアだ。その中心は中国、英国、日本と移ったが、海で結ばれた有機的なシステムとして機能してきた。世界秩序が変貌しつつある今、日本はこのシステムとどうかかわっていくべきか。二世紀にわたる立体的歴史景観のなかにアジアを捉え、シンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピン、タイを比較史的に考察する。第一回読売・吉野作造賞受賞。<読む前の大使寸評>現在、中国の海洋進出が米中摩擦を生んでいるように・・・今日的、地政学的なこの海域をいかにマネージするかという立体的歴史観がええでぇ♪rakuten海の帝国************************************************************まあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き304
2018.05.24
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図書館で『シネマと書店とスタジアム』という本を、手にしたのです。沢木耕太郎の著作を借りるのは、初めてかもしれないが(たぶん)・・・読まず嫌いを正す意味では、このエッセイ集は好適ではないかと思ったのです。【シネマと書店とスタジアム】沢木耕太郎著、新潮社、2002年刊<「BOOK」データベース>より朝日新聞好評連載の映画評「銀の森へ」、2002日韓W杯観戦記など、名手・沢木耕太郎が独自の視点で紡ぎ続けた99のコラム。<読む前の大使寸評>沢木耕太郎の著作を借りるのは、初めてかもしれないが(たぶん)・・・読まず嫌いを正す意味では、このエッセイ集は好適ではないかと思ったのです。rakutenシネマと書店とスタジアム沢木さんは、朝日新聞で「銀の街から」という映画評のコラムを連載しているので、大使はスクラップとして保存したりしているのです。沢木さんと担当記者との付き合いが「あとがき」に載っているので、見てみましょう。p296~299<あとがき> 少年時代に読んだ小説の中に忘れられないタイトルの短編があった。海音寺潮五郎の時代小説で、「酒と女と槍と」というのである。酒を呑み、女をはべらせ、やがて槍と共に死んでいく。その主人公を語るのには酒と女と槍というたった三つの言葉でいいのだ。なんてカッコいいのだろう、と少年時代の私は思ったに違いない。やがて、その小説の細部は忘れてしまったが、タイトルの記憶だけはいつまでも消えずに残った。(中略) 新聞連載中にそれぞれの欄を担当してくれた記者の方は数多くいる。本来は書くことが仕事の彼らにとって、外部の筆者に原稿を扱うことは余分な仕事だったろう。だが、多くの記者が熱意を持ってこれらの欄を担当してくれた。 この本を作ってくれたのは新潮社の新井久幸氏である。私はよほど新井という姓の編集者と縁があるらしい。これまで、一緒に本を作るというほど緊密な関係を持った編集者は十人に満たないが、彼は実にその中の三人目の新井氏である。 その三人目の新井氏とは、これが初めて作る単行本だったにもかかわらず、私が三度目のアマゾン行きによって日本を離れなくてはならなかったため、しなくていいはずの苦労をたくさんさせることになってしまった。 ところで。 マナウスに向かう飛行機の中で、久しぶりに海音寺潮五郎の「酒と女と槍と」を読み返してみた。時は戦国時代、秀吉が関白の秀次を死に追いやった直後のことである。秀次の臣下の富田高定が、秀吉へのあてつけとして、公開の切腹をしようとする。だが、酒を呑みすぎ、切腹する時を失い、天下の笑い者になってしまう。彼は恥じ、付き従うひとりの女性と隠遁生活を送るが、前田利長に懇望されてついに再士官することを受け入れる。そして、その直後の関ケ原の合戦において、高定は愛用の槍を手に獅子奮迅の働きをし、自爆するように死んでいく。これもまた「士は己を知る者のために死す」というモチーフに貫かれたものだが、海音寺潮五郎はそれをカラリとした筆致で過不足なく書いている。 いいなあ、と私は思った。そして次に、羨ましいな、と思った。こういう小説が、まだ読んでいないまま、目の前に無数にあった少年時代が、羨ましくてならなかったのだ。
2018.05.24
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報道によれば、米朝双方から、会談の中止をちらつかせているとのことである。北朝鮮はこれまで世界をあざむいてきた自信から、アメリカを手玉に取れると思っているかもしれないが・・・そうはいくか!というwedgeの記事が出たので、見てみましょう。2018/5/22ペンス米副大統領、北朝鮮に警告 トランプ氏を「手玉に取る」べきでないより マイク・ペンス米副大統領は21日、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長に対し、ドナルド・トランプ米大統領を「手玉に取る」のはやめておくべきだと警告した。金委員長とトランプ大統領は来月12日にシンガポールで首脳会談を開く予定となっている。 ペンス副大統領は21日に放送された米フォックス・ニュースとのインタビューで、トランプ大統領を手玉に取るような行動は、「大きな過ち」になると語り、トランプ氏が会談の席を途中で立つ可能性は「間違いなく」あると述べた。 ジョン・ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が、北朝鮮の非核化で「リビア方式」の適用に言及したことに、北朝鮮は激しく反発していた。 2003年に当時のリビア指導者、ムアンマル・カダフィ大佐は制裁解除を条件に、核兵器計画の放棄で西側の主要国と合意した。その8年後、カダフィ大佐は西側が後押しする反政府勢力によって殺害された。 北朝鮮はさらに、米国と韓国が現在行っている合同空軍演習にも反発しており、先週16日に予定されていた韓国との閣僚級会談を中止した。 韓国の文在寅大統領は22日にワシントンで、トランプ大統領との会談に臨み、米朝首脳会談について協議する。ウン トランプ氏には「何をするか分からない」というカードがあるわけで、さすがの金正恩も脅威に感じているのではないだろうか。
2018.05.23
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本屋の店頭で『定年後の知的生産術』という新書を、手にしたのです。クリエイティブ・シニアを応援する一冊ってか・・・ええなあ♪本は図書館で借りるものとなってしまった大使にとって、新刊本を購入するのは久しぶりのことでおます♪【定年後の知的生産術】谷岡一郎著、筑摩書房、2018年刊<「BOOK」データベース>より定年退職後こそ、クリエイティブに、好きな研究、夢や目標に向かって打ち込むチャンスである。これまでの仕事や人生で得た経験が、意外な組み合わせによる新しい発想や、本質を見抜く眼力に通じる。時間的・金銭的な余裕が比較的あることは、シニア世代の大きなアドバンテージである。本書は定年後のクリエイティブ・シニアを応援する一冊。<読む前の大使寸評>クリエイティブ・シニアを応援する一冊ってか・・・ええなあ♪本は図書館で借りるものとなってしまった大使にとって、新刊本を購入するのは久しぶりのことでおます♪rakuten定年後の知的生産術著作にむけたノートを、見てみましょう。まさしく創作ハウツーと言うべきか。p153~155■著作にむけたノートの作り方 いきなり書き始めて、本が1冊書けるなどということは、あまりない。我々研究者・学者の世界でも、一定のトピックに関し、いくつかの論文が積み重なったとき、それらを整合的にまとめて(つまり何年もかけて)1冊の著書として刊行することが多い。ましてやアマチュア研究者におおいて、いきなり1冊の本というのは、不可能でないにしても、かなり困難なことだと思われる。アイデアをまとめるまでのノートの使用法をお伝えしよう。 まず大きなテーマを決定する前に、いくつかの関連するメイン・トピックや小さめのサブ・トピックにつき、まとめることから考える方が近道であろう。 もし書きたいトピックがすでに頭にあれば、そのトピックごとにノート1冊を割り当てても良い。ノートの表紙には、そのトピック名と日付をマジック・インキなどでわかりやすく書いておくとよいだろう。 表紙に書くトピック名は、最終的に論文形式やエッセーにまとめるときの題名であるとは限らない。筆者などは、題名を最後に書き直すことが頻繁にあるが、あとで決めてもよいのである。極論すれば表紙には内容を表すキーワードだけでよい、と考えてもらいたい。 ノートには何を書いてもよい。あとで見たときに何を考えていたのかがわかれば、それで事足りるのであるから、こちらも文章でなくキーワードの羅列でも充分役に立つ。適宜、参考記事や本のページのコピーなどを貼り付けてもよい。 単なる思いつきのトピックのノートを作ると、残念ながら無駄になることもある。と言うより、過半は無駄になるものと考えるべきである。「余ったページの使い道に困る」という点は認めざるを得ないが、完全に不用になったとわかるまでは、無駄に見えても置いておくほうがよい。実はそのノートがあとで役に立つことはよくある。 トピックの合併などにより、あるノートが完全に不用になったケースでは、その表紙のキーワードを消し、新たなトピックを与えてやればよい。そのときは新しいトピックをこれまでのキーワードより目立つ色や太さの油性マジックで書くことである。■ノートの冒頭数ページは 筆者が実行しているノートの使い方を説明しておこう。参考にしてもらえば充分で、必ずしもそのとおりやってもらう必要はない。 ノートの表紙を開いた1ページは、白紙のまま残しておき、のちに重要なメモや変更があるときに限って使用する。次の見開き2ページは、それこそ思いついたことを何でもメモする。いわゆる「ブレイン・ストーミング」をひとりでするページ。ただし文章ではなく、キーワードなどにする。(追って記入予定)『定年後の知的生産術』5:ネット情報のコピペについて『定年後の知的生産術』4:情報を捨てる能力『定年後の知的生産術』3:アイデア満載のクール・ジャパン『定年後の知的生産術』2:パワフルな団塊の世代『定年後の知的生産術』1:クリア・ファイル活用術
2018.05.23
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図書館で『優柔不断術』という本を、手にしたのです。価値観大逆転の傑作ってか・・・「老人力」の言い出しっぺだから、期待できそうやで♪【優柔不断術】赤瀬川原平著、毎日新聞出版、1999年刊<「BOOK」データベース>より「とりあえずビール二本ぐらい」「その件は折りを見て…」なぜ日本人は、ものごとをはっきりさせないのか。それは悪いことなのか?前衛芸術家、芥川賞作家、中古カメラコレクター、路上観察家、老人力発見者といくつもの顔をもつ赤瀬川原平がその紆余曲折の人生をふり返って「優柔不断はすばらしい」と謳いあげる。構想十年を経た価値観大逆転の傑作・書き下ろし。<読む前の大使寸評>価値観大逆転の傑作ってか・・・「老人力」の言い出しっぺだから、期待できそうやで♪rakuten優柔不断術優柔不断のはじまりを、見てみましょう。p151~154<優柔不断のはじまり> 優柔不断はそんなに恥ずかしいことなのか。そんなにいけないことなのか、それならなぜ優柔不断という言葉の頭に、「優」 という字がついているのか。 つまりそれが優柔不断への導入口となって研究がはじまるのだが、何しろみんな隠すので、自分を見るしかないのである。 優柔不断はみんなが隠し持っている。だから人のは見ることはできないが、自分の葉見ることができる。自分の優柔不断を取り出せば、それは人々の隠し持った優柔不断のルートに通底するはずだ。 このような、いやおうのない事情によって自分を素材とするほかないわけで、ぼくは優柔不断のジェンナーだ。 子供のころ、もう小学生だったが、戦争がはじまっていた。戦争というのは決断の争いである。しかし決断といっても肉体が賭けられており、そこのところで優柔不断が鍛えられる。それは戦場だけではない。そのバックグラウンドにおいても、その構図は変わらずにある。 小学校の1年か2年だったか、まだ本土への空襲はなかったときだと思う。人々はまだ楽天的だった。街灯で出征兵士に贈る「千人針」がおこなわれていたり、学校で生徒たちが戦地の兵隊さんへ送る「慰問袋」を作らされたりしていた。当時の時代の勢いとともに、教育効果もあって、兵隊さんというのは輝いていた。 教室で、みんな大きくなったら何になりたいかと先生が問う。生徒たちはみんな、「はい!」」「はい!」 と言って我先にと手を上げる。先生が一人ずつ名指ししていく。指された生徒は勢いよく立ち上がり、「兵隊さん!」 と答える。先生はにっこりし、みんな歓声を上げる。また「はい!」「はい!」と手が上がり、先生が名指しする。また生徒は立ち上がり「兵隊さん!」と答える。 それは考え抜いた答えというより、一種の決断ゲームなのだった。決断ごっこ、決断の儀式である。中にたまに、「大工さん!」 と答える子がいて、それは大工さんの家の子だったりする。その場合はごっこというより、その子なりに真面目に考えた答えなのだ。 そして「はい!」「はい!」の儀式が進み、ぼくも名指しされた。ぼくは積極的に言いたくはなかったけれど、みんな手を上げるので上げないわけにはいかない。で上げているうちに指されたわけで、消極的に立ち上がった。 「兵隊さん!」と元気よく答えればみんなに喜ばれるのはわかっている。でもそこまでぼくは大人でなかった。まだ世慣れしていんあかった。だから真面目にその問いを考えてしまって、そうすると「兵隊さん」という結論は出てこなかった。 兵隊さんになれば弾が飛んでくる。当れば死ぬ。うまくよけたとしても、出征するのは死んで当たり前といわれており、ぼくはそれが怖かった。そんなに馬鹿正直に考えなくても「兵隊さん!」と言ってとりあえずその場をやり過ごせばいいんだけど、ぼくは立って考えている間にどんどん真面目になり、「会社員・・・」 と答えてしまった。 先生に何と言われたかは覚えていないが、喜ばれなかったことだけは確かである。みんなも何かがっかりした様子で、また別の「はい!」「はい!」に進んでいったのだが、あのときの気まずさだけは覚えている。 思えばそれがぼくの優柔不断現象の最初ではないだろうか。 もちろんその前から、現象としてはさまざまにあるはずだが、覚えているのはそれである。優柔不断の精神は、世間でこのような仕打ちに合うのだということを、暗黙のうちに思い知らされた。
2018.05.23
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図書館で『〆切り本2』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、作家と編集者との駆け引きなんかが載っていて・・・作家を目指す大使としては興味深いのです(アホやで)。【〆切り本2】左右社編、左右社、2017年刊<「BOOK」データベース>より幻覚を振りはらい、地方に逃亡して、それでも筆を執る作家たち。勇気と慟哭の80編。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、作家と編集者との駆け引きなんかが載っていて・・・作家を目指す大使としては興味深いのです(アホやで)。rakuten〆切り本2川上未映子の締め切り対応を、見てみましょう。p97~99<愛の対応、余生は反省> 何十年か生きていれば恥ずかしかったことも色々と経験するだろうけれど、そんな恥ずかしさにも種類があって、たとえば転んでパンツが見えたとか能天気な勘違いとかそういうのはもうどうでもよくて、わたしたち、れっきとした社会人なのだからやはり格別の恥ずかしさというのはいわゆる「信用」に絡んでくるのじゃないかとそう思うのだ。 それで、今でもそのことを思うといきなり飛び上がってそのまま土下座したい後悔と焦りにかられる出来事&思い出というのがわたしにもある。あれは去年の秋でした。 文筆家にはみなさんご存じのとおり、だいたい締め切りというのがあって、もちろん催促なんかされなくても絶対に遅れることなく納品する、げにマーベラスな人というのもいらっしゃるけれども、まあたいていは「ああ締め切りどうしよう、ぶるぶる」的なヒヨドリのようなメンタルでなんとか今日を生きている、そんな人も多いわけで、わたしなぞは思い切り後者なわけですね。 それでそういう締め切りがいくつか重なってしまう&今から仕事でどうしても出掛けなきゃならないみたいな混乱に陥ってしまうと冷静な判断ができなくなって、しかし遅れるなら遅れるで連絡はいれなきゃいけない、連載だし、予定あるし、でもこわい、しかしなんとか「そういうことなら仕方ないですね」ぐらいの感じで「誰も傷つかない」方法で難局を乗り越えなければ・・・追い込まれたわたしがあるとき咄嗟にとった対応というのが「すみません、あの、今朝からサーバーの調子がおかしくて、メールが送れないんです!原稿は書き上がっているのに・・・。おっかしいなあ!送信できないんです。今晩には復旧すると思うので、もうちょっとだけお待ち下さい」という文面を、あろうことか、わたしは担当者に「メール」で送っていたのだった・・・。 これを嘘と言わずに方便とあえて表現するならその場合、「虚実ない交ぜ」にするというのが鉄則で、サーバーの調子が常時不安定なのは紛う方なき真実なのだけど、とにかくすぐに気がついたわたしは自らの矮小ぶり&阿呆さ加減に震えながら「はあ? おまえ何言ってんの? いまメール送れてるじゃん」とすぐさま電話がかかってくるんじゃ・・・とさらに震えていたのだけれど、そこはありとあらゆる種類のならず者を捌いてきた経験豊富な編集者、児戯にも等しいわたしのざれ言には美しいまでの大人の対応 華麗なスルーで、何事もなかったかのようにまるで触れることをせず、面目を保たせてくれたのだった。 しかしこの「ぜんぶわかってますから」的無言のやりとりと見せつけられた編集者の懐の大きさが大変に胸苦しく、この時点で人としての今生ではもう返せないほど巨大な借りができたも同然、すみませんの気持ちで余生を生きていく感じ、みなさんもくれぐれお気をつけてくださいますよう・・・ってこんなこと、普通ならみんなしないよね! でも気をつけて! というわけで、この場をお借りして当連載の担当者の鈴木さん、すみませんでした&愛ある対応をありがとう・・・っていうか鈴木さん、もしかして気づいてなかったとしたらわたし余計なこと書いたよね!ウン 大使が在職中の、間違いメールを送った直後の狼狽、恥ずかしさを思い出すのです(汗)。『〆切り本2』2:椎名誠の締め切り対応『〆切り本2』1:三浦しおんの修羅場
2018.05.22
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図書館で『〆切り本2』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、作家と編集者との駆け引きなんかが載っていて・・・作家を目指す大使としては興味深いのです(アホやで)。【〆切り本2】左右社編、左右社、2017年刊<「BOOK」データベース>より幻覚を振りはらい、地方に逃亡して、それでも筆を執る作家たち。勇気と慟哭の80編。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、作家と編集者との駆け引きなんかが載っていて・・・作家を目指す大使としては興味深いのです(アホやで)。rakuten〆切り本2椎名誠の締め切り対応を、見てみましょう。p189~192<嫌になった、そのときに> いまふたつの週刊誌に2ページの連載コラムを持っているので月に最低8本のそれぞれ完結するエッセイを書かなければならない。ほかに月刊の連載小説3本、エッセイ6本、隔月が1本あり、遊星のように突如しめきりがやってくる季刊のものや年2回刊などというイレギュラーも含めてなんだかんだで、締め切りは月に最低20本はある。 締め切りまみれの人生になっている。だからシメキリのシメと聞くとシメサバもシメナワもシメゴロシも嫌だ。フミキリだって嫌だ。 そんなシメキリだらけの中になんでイレギュラーな本誌のこういう短文の依頼を引き受けてしまった、というと、テーマに惹かれたのだった。 「嫌になった、そのときに」 なんて、なんだか演歌のタイトルみたいだ。本誌には前にも短文を書かせてもらったことがあるからきわめて真面目なその誌面と内容は知っているから、依頼している特集のテーマの真意はそんな低俗なことではないのはよくわかっている。 だから、真面目に「嫌になった、そのときに」ということを、いま改めて自分の人生をふりかえりながら書いてみる、ということに不思議な魅力を感じたのである。 さっきも書いたように、沢山のエッセイを三日おきぐらいに書いている。そのうち例えば『週刊文春』の連載など、この4月で888回になった。 自慢しているのではない。それだけ長きにわたって自由なテーマでいろいろ書いてきて、今回のようなテーマで書いたことはただの一度もないのだ。それが書き手としては魅力的だった。 だからザックバランに正直にそのことを集中して思い出しながら、書いていきたい。 中学が荒れていた。暴力教室みたいな状態になっていて、毎日誰かが殴ったり殴られたりしていた。ぼくは東京生まれなのだが、5歳のときから千葉の幕張に移住、環境激変の中で育った。昭和30年代の千葉はそうとうな田舎で、東京湾の漁師などの荒れた気風があったので、学生らにもその空気が伝播していたようだった。 ぼくはそれが嫌でたまらなかった。暴力沙汰に真正面からむかおうとしない教師。たかりにやってくるグレたチンピラ先輩たち。田舎者のがさつで粗野なたちいふるまい。 いまでいえば不登校に逃げ込みたい鬱屈した日々が続いた。 ある日曜日、今日がすぎると明日から学校でまたすさんだ日々がはじまるんだなあ、と思ったとき、逃亡したくなった。もとより無計画で発作的、幼稚な逃避願望でしかない。 中学生の段階で、希望をもってめざすようなものがまるでないのが辛かった。やすらぎがないから、学校ではできるかぎりの虚勢を張っていた。(長くなるので後略)ウン 還暦を過ぎてもシメキリ地獄のような作品数をこなすシーナの活力には、恐れいるのです♪『〆切り本2』1
2018.05.22
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図書館で『〆切り本2』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、作家と編集者との駆け引きなんかが載っていて・・・作家を目指す大使としては興味深いのです(アホやで)。【〆切り本2】左右社編、左右社、2017年刊<「BOOK」データベース>より幻覚を振りはらい、地方に逃亡して、それでも筆を執る作家たち。勇気と慟哭の80編。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、作家と編集者との駆け引きなんかが載っていて・・・作家を目指す大使としては興味深いのです(アホやで)。rakuten〆切り本2三浦しおんの締め切り時の修羅場を、見てみましょう。p252~255<骨折り損のくたびれもうけ> それは、目前に控えた締め切りに向けて、私がターボエンジン全開でキーボドを打ちまくっていた昼下がりのことであった。ドコドコドカーン! と地響きが起こり、家が揺れた。すわ、何事が出来せしや? 私は顔を上げ、あたりの状況を確認した。地震があったのでも、部屋の床が漫画の重量でついに抜けたのでもないようだ。となると、母が立てた物音に違いない。「どうしたの!?」 と、部屋のドアを開けて廊下に向かって声をかけた。すると、「ここ、ここ!」と、母の声が弟の部屋から私を呼ぶ。行ってみると、母は床の上に仰向けに寝そべっていた。すごくイヤな予感がするなあ。 母の頭の脇にしゃがみこみ、「…どうしたの?」 と、もう一度聞いてみる。母は、「あ~、あ~。お母さん、馬鹿やっちゃったよぅ」 と脂汗を流しながら言った。その口調は、「家政婦は見た!」の市原悦子にそっくりであった。母の十八番は市原悦子の物真似なのだが、脂汗から推測するに、どうやら冗談事ではなさそうだ。私は、「そうか。この人、素で市原悦子に口調がにてるんだ」と新たな発見をしながら、「どういう馬鹿やっちゃったのかな」と聞いた。「キャスターつきの椅子を踏み台にして、箪笥の上を掃除してたのよ。そうしたらガーッと動いちゃって、バランスを崩して床に落ちた。右腕が動かない。たぶん折れたわ」「折れた・・・」 と、私はしゃがんだままつぶやいた。「あ~、貧血が起きてきた。お茶持ってきて」 と、母は寝そべったまま命じた。 おお、なんてこと。さよなら締め切り! さよなら私の信用! 私はそのときすごく小用を足したかったので、ストローを差した湯飲みをとりあえず母に与えておき、トイレに行った。そうしたら母が、「しおん!」と呼ぶ。「お茶をこぼしたわ! おしっこしている場合じゃないわよ!」 パンツを引き上げつつ、再び母のもとへ戻って床を拭く。当然、母は床に寝たままだ。「お母さん。病院に行かないとね」「うん。でも起き上がれない」「折れたらしいのは右腕でしょ? 左腕を私の肩にまわしてみて。上体を引き起こせたら、立てるじゃない」 二人でうんうん試みるも、母の体は床にぴったり貼りついたままだ。「ダメダメ、無理無理!」 と母は言った。「救急車を呼んでちょうだい」 腕の骨折と貧血で救急車を呼んでもいいのかなと思うが、このまま床に転がしておくわけにもいかない。私は、前開きの服やら靴やら保険証やらの用意をしてから、119番通報した。 戸締りと火の元の確認をしながら、救急車の到来を待つ。おお、サイレンが聞こえるぞ・・・と思っていたら、音は一つ隣のブロックに入っていってしまった。救急車が迷子! 急いで迎えに行く。 3名の救急隊員を母のもとへ案内し、「この状態なんですが・・・」と判断を仰ぐ。頼もしき救急隊員は、手早く応急処置をしてくれ、さて家から担架で運び出すべ、という段になった。しかし問題があった。うちの階段はものすごく急で狭く、家の立地条件も悪いので、3人では担架を運べないと言うのだ。携帯電話で応援要請をする隊員。やがて聞こえるサイレンの音。は、は、は、はしご車が来ちゃったよ!「あのあのあの、どこから母を出すんでしょうか? まさか窓からはしご車で?」「いえ、担架ですよ。人出が足りないので、応援を頼んだだけです」 なんだ、そうなのか。怪我の程度にそぐわない一大スッペクタクルを回避できて、ちょっとホッとするような、ガッカリするような、複雑な気分である。母は担架に乗せられ、7人もの屈強なおのこたちに担がれて、階段を下りていった。その間も彼女は、「ギャー、落ちるかも~」 と言っては、「大丈夫ですから」と隊員になだめられていた。ウーム 文字どおりの「骨折り損のくたびれもうけ」だったようですね。
2018.05.22
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本屋の店頭で『定年後の知的生産術』という新書を、手にしたのです。クリエイティブ・シニアを応援する一冊ってか・・・ええなあ♪本は図書館で借りるものとなってしまった大使にとって、新刊本を購入するのは久しぶりのことでおます♪【定年後の知的生産術】谷岡一郎著、筑摩書房、2018年刊<「BOOK」データベース>より定年退職後こそ、クリエイティブに、好きな研究、夢や目標に向かって打ち込むチャンスである。これまでの仕事や人生で得た経験が、意外な組み合わせによる新しい発想や、本質を見抜く眼力に通じる。時間的・金銭的な余裕が比較的あることは、シニア世代の大きなアドバンテージである。本書は定年後のクリエイティブ・シニアを応援する一冊。<読む前の大使寸評>クリエイティブ・シニアを応援する一冊ってか・・・ええなあ♪本は図書館で借りるものとなってしまった大使にとって、新刊本を購入するのは久しぶりのことでおます♪rakuten定年後の知的生産術ネット情報のコピペについて、見てみましょう。p114~116■盗用と引用の違い 第5章の内容にも関係するが、ここで引用と盗作(=コピペ)についても見ておこう。人間が作り出した、どんな論文や作品にせよ、なったくのオリジナルと言えるものは、例外中の例外であろう。普通は過去の知見やデザインら、何らかのヒントやアイデアを得ているものであり、その点で先人たちの知見やデザインを借用する際には可能な限り参考にした原本に言及し、感謝することを忘れるべきではない。「先人の知見やデザインを借りる」行為には段階がある。引用や単なるヒントとして利用する程度から、完全な盗作に至る罪深さの段階であるが、当然ながら研究者・学者に許されるものとそうでないものがある。 その境界は明確でないケースもあるが、ここでは「インスパイア」、「オマージュ」、「パロディ」、「盗用/コピペ」の4段階で解説しておこう。むろんこの順で罪が重くなる。 「インスパイア」とは、過去の何らかに触発されて、その関連性の中で、別のオリジナルのアイデア・トピック・作品を作り出すヒントになったケースをさす。インスパイアは、元になる過去のものを紹介しなくとも批判されることはないが、スペースが許すなら言及することが礼儀でもある。 「オマージュ」とは、明白に参考にした過去の論文や作品が存在し、それを作り替えることで別の意味を付加しようとする行為をさす。たとえば西部劇の『荒野の七人』という映画は、黒澤明による『七人の侍』へのオマージュであり、監督もそれを公言うぃている。オマージュする者は、先人への敬意を持つことがほとんどと言ってよい。 「パロディ」はオマージュに類似する作り替えであるが、いわゆる悪ふざけ的なニュアンスを持つ言葉である。オマージュとは異なり、敬意が感じられないケースも多い。元ネタの作者として、「悪ふざけが過ぎる」と感じたときは、訴訟沙汰になることもあるが、通常は(学術的なものでないなら)許される範囲ぎりぎりとされる。異なる作品でもあまりに似ているケースは、パロディではなく次の盗用レベルと考えられるが、元ネタに言及しているかどうかである程度見分けられる。 「盗用」は、元ネタに言及せずに自分のオリジナルであるふりをすることがその核心である。つまりいわゆる「パクリ」であり、その行為の範疇には原典を明示せずに他人の文章を引用することも含まれる。従ってよく学生が行なう「コピペ」は立派な盗用であり、故意(悪意)を持って行なったケースは(学術的に)有罪である。ウン 日頃ブログを書く際、コピペを多用する大使にとって、この章は非常に参考になりました。大使がコピペする際は、原典とか引用元が分かるように心掛けてはおります。ハイ。『定年後の知的生産術』4:情報を捨てる能力『定年後の知的生産術』3:アイデア満載のクール・ジャパン『定年後の知的生産術』2:パワフルな団塊の世代『定年後の知的生産術』1:クリア・ファイル活用術
2018.05.21
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今回借りた4冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「エッセイ」でしょうか♪<市立図書館>・優柔不断術・シネマと書店とスタジアム<大学図書館>・〆切り本2・縄文人は飲んべえだった図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【優柔不断術】赤瀬川原平著、毎日新聞出版、1999年刊<「BOOK」データベース>より「とりあえずビール二本ぐらい」「その件は折りを見て…」なぜ日本人は、ものごとをはっきりさせないのか。それは悪いことなのか?前衛芸術家、芥川賞作家、中古カメラコレクター、路上観察家、老人力発見者といくつもの顔をもつ赤瀬川原平がその紆余曲折の人生をふり返って「優柔不断はすばらしい」と謳いあげる。構想十年を経た価値観大逆転の傑作・書き下ろし。<読む前の大使寸評>価値観大逆転の傑作ってか・・・「老人力」の言い出しっぺだから、期待できそうやで♪rakuten優柔不断術【シネマと書店とスタジアム】沢木耕太郎著、新潮社、2002年刊<「BOOK」データベース>より朝日新聞好評連載の映画評「銀の森へ」、2002日韓W杯観戦記など、名手・沢木耕太郎が独自の視点で紡ぎ続けた99のコラム。<読む前の大使寸評>沢木耕太郎の著作を借りるのは、初めてかもしれないが(たぶん)・・・読まず嫌いを正す意味では、このエッセイ集は好適ではないかと思ったのです。rakutenシネマと書店とスタジアム【〆切り本2】左右社編、左右社、2017年刊<「BOOK」データベース>より幻覚を振りはらい、地方に逃亡して、それでも筆を執る作家たち。勇気と慟哭の80編。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、作家と編集者との駆け引きなんかが載っていて・・・作家を目指す大使としては興味深いのです(アホやで)。rakuten〆切り本2【縄文人は飲んべえだった】岩田一平著、朝日新聞出版、1995年刊<「BOOK」データベース>よりバイオ、CGなど最新技術が古代史研究を塗り変えた。ユニークで斬新な「ハイテク考古学」の視点から、言語学、環境考古学の研究動向をふまえ、日本人のルーツ、縄文人の食生活、など数々の謎に迫る。話題の三内丸山遺跡についてもふれた“古代史マジカル・ミステリー・ツアー”へようこそ。<読む前の大使寸評>先日『知られざる縄文ライフ』という本を読んだが、その勢いでこの本を読んでみようと思ったのです。それにしても、「ハイテク考古学」という視点がいいではないか。rakuten縄文人は飲んべえだった************************************************************まあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き303
2018.05.21
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<通訳、翻訳についてR5> 通訳、翻訳について集めてみます。・工藤幸雄『ぼくの翻訳人生』・柴田元幸『愛の見切り発車』・『小川洋子対話集』4・柴田元幸『翻訳夜話』・金原瑞人『翻訳のさじかげん』・柳瀬尚紀『日本語は天才である』・『映画字幕は翻訳ではない』・翻訳は文化である(工事中)・通訳案内士試験(工事中)・読み、書き、訳すこと・関西弁の通訳・翻訳困りっ話R5:『ぼくの翻訳人生』を追記<『ぼくの翻訳人生』6>図書館の放出本コーナーで『ぼくの翻訳人生』という新書を、手にしたのです。巻末の著者来歴を見ると、東大仏文科卒で、共同通信社の記者、ワルシャワ大学の日本語学科講師などを経て翻訳家になったようです。とにかく、米国留学を中退し、ポーランド文学、ロシア文学を専攻するというヘソ曲がり具合が大使のツボを打つのです。【ぼくの翻訳人生】工藤幸雄著、中央公論新社、2004年刊<「BOOK」データベース>より翻訳を手がけて半世紀。著者はポーランド語翻訳の第一人者であり、ロシア語、英語、仏語からも名訳を世に送り出してきた。満洲での外国語との出会い、占領下の民間検閲局やA級戦犯裁判での仕事、外信部記者時代の思い出。翻訳とは、落とし穴だらけの厄介な作業だという。本書は、言葉を偏愛する翻訳者の自分史であると同時に、ひとりの日本人の外国語体験の記録でもある。トリビア横溢の「うるさすぎる言葉談義」を付した。<読む前の大使寸評>巻末の著者来歴を見ると、東大仏文科卒で、共同通信社の記者、ワルシャワ大学の日本語学科講師などを経て翻訳家になったようです。とにかく、米国留学を中退し、ポーランド文学、ロシア文学を専攻するというヘソ曲がり具合が大使のツボを打つのです。rakutenぼくの翻訳人生『ぼくの翻訳人生』6byドングリ<『愛の見切り発車』>図書館に予約していた『愛の見切り発車』という本を、待つこと5日で手にしたのです。競合者ゼロ、受取館の蔵書という好条件なので、超速ゲットになった次第でおます。【愛の見切り発車】柴田元幸著、新潮社、2000年刊<「BOOK」データベース>よりオースター、エリクソン、ダイベック、ユアグロー、ミルハウザー…。一癖も二癖もある作家の醍醐味を、翻訳者の立場から易しく紹介。作家へのインタビューも多数。【目次】愛の見切り発車/未完に終わった六つのメモ/住居が主役/たのしい時代錯誤/キャリントン復活/夢の書物をめぐる書物/史上もっとも美しい漫画/二つのクリスマス/ロックンロール・ベスト1001/世紀の終わり・世界の終わり〔ほか〕<読む前の大使寸評>図書館に予約して、待つこと5日でゲットできました♪競合者ゼロ、受取館の蔵書という好条件なので、超速ゲットになった次第でおます。<図書館予約:(11/02予約、11/07受取)>rakuten愛の見切り発車冒頭のエッセイ「愛の見切り発車」を、ちょっとだけ見てみましょう。p11~14<愛の見切り発車> 中学・高校は音楽は狭い範囲ながらずいぶん聴いたが、本はやっぱりろくに読まなかった。学校の図書館にあった推理小説をちょっと読んだ程度で、熱心に読んだのはむしろ『ミュージック・ライフ』『ティーン・ビート』『初歩のラジオ』『ラジオの製作』である。 大学に入ったあたりで、さすがに読書にめざめていいはずと思うのだが、そうした展開は特になく、といってほかに何をやったらよいかよくわからず、おおむねぼーっとしていた。やっと少しは読みはじめたかなというのは、大学院に入ってからである。 そんな具合だから、この業界にいる人間としては、読書の絶対量が圧倒的に少ない。だから、何を言うにしてもいまひとつ自信が持てない。「お前それ違うよ」と指摘されたら、街でおまわりさんに出くわしたとき反射的に隠れたくあるのと同じように、とっさにまず「すいません」と謝ってしまいたい気持ちが湧いてくる。「柴田さんとアメリカ文学の出会いは」と人に訊かれても、なんにも浮かんでこない。成り行きでなんとなくこうなった、としか言いようがない。 だいたい僕の場合、これまで万事「成り行き人生」であったわけで、結婚の挨拶状も「成り行きというのは誠に恐ろしいもので…」とはじめたいくらいである。 で、舞の海と智乃花に話を戻すと、外国文学紹介・翻訳業者における読書量というのは、相撲取りにおける体重のようなものではないか、と思うのである。 ほかの条件が同じであると仮定するならば、読書量は多い方がいいに決まっている。知識の少なさは、なんの自慢にも強みにもならない。同様に体重も、相撲のことはよくわからないないが、舞の海にしても智乃花にしても「軽量の悲哀」を感じさせる場面がたびたびあるし、ほかの条件が同じであるならやはり重い方がいいんじゃないかと思う。かくして僕は、彼ら二人の「軽量の悲哀」を、自分の読書量の絶対的乏しさのメタファーに勝手に見立てているのである。 もちろん、少し考えれば、このメタファーにはすごく無理があることは容易にわかる。まず第一に、読書量の乏しさは僕自身の怠惰が原因だが、舞の海と智乃花の軽量の原因を彼らの怠惰に帰する人はいないだろう。彼らの軽量は悲哀だが、僕の軽量はただ情けないだけである。(中略) この本に収めたのは、1988年から96年にかけて、いろいろな雑誌から依頼をいただいて、アメリカを中心とする海外文学を紹介した文章である。すでに翻訳されている作家や作品について書いたものもあるが、未訳の作家・作品を紹介したものも多い。とにかく自分の「軽量」ゆえまるっきり見当違いなことを書いてしまっているのではないかといつもビクビクしていたが、どうせ見当違いなら「ありもしない良さ」を書く方が、「ありもしない悪さ」を書くよりまだ罪が軽いと信じて、なるべく肯定的な側面について書くよう努め、たまに悪口を書くときはふだん以上に特別気をつけた。 今回収録したもののなかには入っていないが、場合によっては、悪口を書き直してるんだかさっぱりわからないこともあった。いずれにえよ、こうやって1冊の本にまとめても、ビキビクは依然として残っている。 書きためた文章をあらためて読みなおしてみると、どれも〆切ぎりぎりに書いたことが思い出される。僕は翻訳は誰にも負けないくらいに速いけれど、読むのはそんなに速いわけではない。だからいつも、紹介する本を読み終わったあと、〆切までいくらもない時間のなかで、あれも言いたいこれも言いたい、と、まとまらない頭を抱えて「ええいもう時間だ」と見切り発車で書き出すしかなかった。 時計を気にしながらやっと書き終え、はじめは自転車に乗って本局に速達を出しにいき、やがて近所の文房具屋さんのファックス・サービスに飛んでいくようになって、まもなく自宅のファックス機まで数十センチ飛んでいけばいいところまでテクノロジー面では進化したが、滑り込みぎりぎりセーフ、という本質的パターンは全然進化しなかった。 思えばここ数年は「成り行き人生」に加えて「滑り込み人生」でもあった。でもそれは、やっつけ仕事的にかたづけたということではないと思いたい。限られた知力と時間のなかで、どうすればその本の声がよりよく伝わるか、ない知恵を自分なりに絞るだけの、作品に対する敬意と愛情はいつも持っていたつもりである。「愛の見切り発車」というこの本の題はそういう意味です。(長くなるので後略、全文はここ)
2018.05.20
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図書館の放出本コーナーで『ぼくの翻訳人生』という新書を、手にしたのです。巻末の著者来歴を見ると、東大仏文科卒で、共同通信社の記者、ワルシャワ大学の日本語学科講師などを経て翻訳家になったようです。とにかく、米国留学を中退し、ポーランド文学、ロシア文学を専攻するというヘソ曲がり具合が大使のツボを打つのです。【ぼくの翻訳人生】工藤幸雄著、中央公論新社、2004年刊<「BOOK」データベースより>翻訳を手がけて半世紀。著者はポーランド語翻訳の第一人者であり、ロシア語、英語、仏語からも名訳を世に送り出してきた。満洲での外国語との出会い、占領下の民間検閲局やA級戦犯裁判での仕事、外信部記者時代の思い出。翻訳とは、落とし穴だらけの厄介な作業だという。本書は、言葉を偏愛する翻訳者の自分史であると同時に、ひとりの日本人の外国語体験の記録でもある。トリビア横溢の「うるさすぎる言葉談義」を付した。<読む前の大使寸評>巻末の著者来歴を見ると、東大仏文科卒で、共同通信社の記者、ワルシャワ大学の日本語学科講師などを経て翻訳家になったようです。とにかく、米国留学を中退し、ポーランド文学、ロシア文学を専攻するというヘソ曲がり具合が大使のツボを打つのです。rakutenぼくの翻訳人生「うるさすぎる言葉談義」で誤訳が語られているので、見てみましょう。p222~223■明白な誤訳…ゴーゴリの『検察官』 ここまでで、12分にお分かりのように、言葉の端々について、どうでもよさそうな細かなことに神経症的なほど拘り続ける瑣末主義trivialismばかりのお目汚しとなった。ぼくの癖なのだ。繰り返せば、翻訳の仕事とっは、もともとこの種の、いやいや、これを遥かに上回るトリビアリズムなしには済まされない。 なぜなら、翻訳の基本は、原語の読み取りにせよ、訳語の選び方にせよ、一語一語の瑣末かつ執拗な検討からなるものだからだ。 調子に乗って言い募ると、ひとたび生れた誤りは、「レモンのre」並みに、そのまま頑固に根を下ろしがちである。卑近かつ奇怪な例では、ゴーゴリの小説の題名として知られる『検察官』がある。明白な誤訳であるにも拘わらず、いまなお、大手を振ってこれが定訳として通用していたとは! 原題の〇〇(露語)とはフランス語のreviseurからきた「お目付役」の意味なのだから、「査察官」とか「監査官」あたりに改題すべきである。それをしも検察官でまかり通らせるのは、現代日本の法廷制度の常識を無視し続けるものであり、目に余る。訳語の誤りを平気で看過している以上、永年にわたり、この標題を継承した翻訳者ら全員を共同正犯として告発に値すると決めつけては言い過ぎか。少なくとも、言語の「検察官」としては、そう叫びたいのだ。 日常語にも「誤りっぱなし」は少なくない。警笛のクラクションはその代表。元はクラクソンKlaxonと呼ぶメーカーの会社名からくると辞書は説明している。クラクションの読みは変てこりんだが、辞書にも小説などにも幅を利かせ、いまさら訂正は絶望的に困難である。 奇妙な野球用語にゴロがある。 日本人の語感にはぴったりだが、出所不明(grounder説が強い)の言葉と辞書は説明する。といって、もはや直しようもあるまい。『ぼくの翻訳人生』5:日本語は論理的でない?『ぼくの翻訳人生』4:クール・ジャパンのような「日本語」『ぼくの翻訳人生』3:第二外国語の学習『ぼくの翻訳人生』2:翻訳家になる前の就職活動『ぼくの翻訳人生』1:フランス文学体験
2018.05.20
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図書館で『縄文人は飲んべえだった』という文庫本を、手にしたのです。先日『知られざる縄文ライフ』という本を読んだが、その勢いでこの本を読んでみようと思ったのです。それにしても、「ハイテク考古学」という視点がいいではないか。この本は『週刊朝日』91~92年に連載した記事をもとに加筆して文庫化しているそうだが、なかなか目を引く構成になっています。【縄文人は飲んべえだった】岩田一平著、朝日新聞出版、1995年刊<「BOOK」データベース>よりバイオ、CGなど最新技術が古代史研究を塗り変えた。ユニークで斬新な「ハイテク考古学」の視点から、言語学、環境考古学の研究動向をふまえ、日本人のルーツ、縄文人の食生活、など数々の謎に迫る。話題の三内丸山遺跡についてもふれた“古代史マジカル・ミステリー・ツアー”へようこそ。<読む前の大使寸評>先日『知られざる縄文ライフ』という本を読んだが、その勢いでこの本を読んでみようと思ったのです。それにしても、「ハイテク考古学」という視点がいいではないか。rakuten縄文人は飲んべえだったナラ林文化領域植生と縄文文化が語られているので、見てみましょう。p32~35<落葉広葉樹林が育てた縄文文化> 縄文時代は狩猟・採集生活である。縄文時代中期には、平均気温が現在より二度近く高かったといわれる。イノシシやシカ、川魚、貝類は、東西の区別なくいる。緯度の低い西日本の方が、一見、住みやすそうなのに、なぜなのか。「人口の差は、東日本と西日本の森の違いだったと考えられます」 小山さんは、こうナゾ解きする。 縄文時代の東日本はブナやナラなどの落葉広葉樹林が広がっていた。落葉広葉樹林は秋から春にかけて景色が開ける。森に深く入り込め、動物狩りやキノコ採りもできる。このような自然環境なので、東日本の縄文遺跡は台地一帯に展開することができた。これに対して西日本の縄文文化は、「川筋や海岸べりの、森が切れたあたりにようやく発達した。いわば“割れ目チャン文化”なんです」(小山さん) 西日本はシイやカシ、クスノキなど照葉樹林に覆われていた。樹林は高く生い茂り、冬も葉が落ちないため、地面はいつもじめじめして暗く、奥まで入り込めない。だから、縄文遺跡は川筋や森の海岸沿いに点在しただけ。東日本の土地利用が面だけだったのに対し、西日本は線でしか土地が利用できなかったというのである。 地質学者らの研究によると、縄文時代をさらに遡る二万五千年前から一万三千年ほど前までは、日本列島は、対馬海峡や津軽海峡が極端に狭まっていて、陸橋や「氷の橋」で大陸と結ばれ、日本海は湖のような状態だった。ところが一万三千年前ごろから、それまでの寒冷な気候が緩んだため海面が上昇して大陸から孤立していった。 だが、対馬暖流は本格的には日本海に流れ込まず、水温は低かった。やがて、八千五百年前以降、現在のように対馬暖流が流れ込むようになったという。このような日本海の変化が、じつは縄文文化を生む下地になった。 ところで、古代の日本海の状況が復元できるようになったのも、日本海底をボーリングしてサンドイッチのように堆積している地層を棒状に刳り抜いて、海底に埋もれて層を成す火山灰やプランクトン、珪藻類、原生動物の有孔虫を分析するハイテク研究が、1970年代から始まったことによる。 火山灰は、巨大噴火の年代が推定されているので、その噴火によって降った灰をたどっていけば時代を推定するモノサシになる。 有孔虫は、殻に含まれる酸素や炭素の同位体の比率が、海水の温度や塩分濃度などによって変化することがわかっている。この比率を詳しく読み取れば、当時の日本海が淡水だったか塩水だったか、暖流の流入があったかどうか、もわかるのだ。 古代の植生を研究してきた安田喜憲・国際日本文化研究センター助教授(環境考古学)は、つぎのように指摘する。「対馬暖流が日本海にそそぐようになったおかげで、日本海側は大陸性の乾燥した気候から、しだいに現代のような海洋性の温暖で降雪量の多い気候に変化した。草原が縮小して落葉広葉樹の森が広がっていった」 新しい文化は、この森の中から生れたというのである。 草原から森へ。この変化の中で日本に土器が出現する。長崎県・福井洞窟から見つかった土器はちょうど日本列島孤立化の時期(一万三千~一万二千年前)にあたる。しかも、その年代の土器は、土器としては世界最古の部類に属するのである。「土器は縄文人が必要に迫られて発明したのかもしれない」 と、先出の小山さんはいう。 日本列島が大陸から切り離されると大型獣も姿を消してしまった。狩猟するにも小動物しかいない。もちろん、そうした小物も捕らえただろうが、主食となる栄養源として森の木の実を頼るようになる。なかでも、広葉樹林帯ではドングリやトチの実がたくさん採れる。だが、ドングリやトチの実は、そのまま食べたら苦くてたまらない。水に晒すか火にかけて煮て、アク抜きしなければならない。さらに、採った実を蓄えておく容器もいる。こうした必用から土器が生れたというのである。 また、海岸沿いでは、貝を煮るために土器はなくてはならない道具だった。いわば、「必用は発明の母」である。 土くれを火にくべれば固くなるということは、経験的にすぐ気のつくような現象だ。そこから土器の発明までは、あと一歩のようにも、非常に大きな一歩のようにも思える。土器の発明とアク抜きは、縄文人の大発明だったといえるかもしれない。土器の日本自生説には反論もあって、やはり大陸の先進地帯から入ってきた文化だという説もあるが、日本自生説はそれなりに説得力がある。「縄文時代中期の日本列島には26万人の人口があったとすると、狩猟採集民の社会としては相当多い。ドングリやトチの実の豊富な森林資源の利用が、この人口を支えたんでしょう」 と、小山さんはいう。ウン 人口の差は、東日本と西日本の森の違いだったのか・・・確かに照葉樹林の中には住みにくいという気はするなあ♪この本の文体は歴史学者というよりは、どこか素人っぽい軽さが匂うのである。やはり、週刊誌に連載されていたジャーナリストの文体なんでしょうね。それにしても、その薀蓄が深くて広いのが予想以上であった。『縄文人は飲んべえだった』1:日本語の起源
2018.05.20
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図書館で『縄文人は飲んべえだった』という文庫本を、手にしたのです。先日『知られざる縄文ライフ』という本を読んだが、その勢いでこの本を読んでみようと思ったのです。それにしても、「ハイテク考古学」という視点がいいではないか。この本は『週刊朝日』91~92年に連載した記事をもとに加筆して文庫化しているそうだが、なかなか目を引く構成になっています。【縄文人は飲んべえだった】岩田一平著、朝日新聞出版、1995年刊<「BOOK」データベース>よりバイオ、CGなど最新技術が古代史研究を塗り変えた。ユニークで斬新な「ハイテク考古学」の視点から、言語学、環境考古学の研究動向をふまえ、日本人のルーツ、縄文人の食生活、など数々の謎に迫る。話題の三内丸山遺跡についてもふれた“古代史マジカル・ミステリー・ツアー”へようこそ。<読む前の大使寸評>先日『知られざる縄文ライフ』という本を読んだが、その勢いでこの本を読んでみようと思ったのです。それにしても、「ハイテク考古学」という視点がいいではないか。rakuten縄文人は飲んべえだった日本語の起源が語られているので、見てみましょう。言語学のおさらいのような内容になっていて、個人的に興味深い内容です。p47~55<意外に似ていない日本語と朝鮮語> 言語を比較するには、大きくいって文法と音韻、語彙の三要素がある。安本さんはコンピューターを使った数理統計学を駆使し、この三点について上古・現代日本語と他の言語の関係を調べた。 文法と音韻については、「主語-目的語-動詞の語順である」とか「形容詞は名詞の前にくる」「二重子音がない」「単語は原則として母音でおわる」など、12項目にわたる上古・現代日本語の特徴について他の言語と比較した。 語彙については、安本さんは、比較する言葉を数詞とか目や口、耳など生活の基礎になる二百語に限定した。(中略) はたして、コンピューターはどんな結果をはじき出したのか。「日本語と朝鮮語、アイヌ語は、音韻や文法のうえで、互いに偶然とはいえない関係があることがわかりました」(安本さん) 上古日本語にいちばん近いのが、アイヌ語で、つぎが現代朝鮮語の順だ。「この三つの言語は、六千年以上も前の縄文時代に、古極東アジア語というような何かしら一まとまりの言語群をつくっていたのではないか」 と、安本さんはいう。 ところが基礎語彙のほうは、日本語と朝鮮語で一致するものは、安本さんが予想したほど多くはなかった。 奈良時代の日本語と一致する15世紀ごろの朝鮮語は、基礎200語中39語。この一致数は台湾のアルタヤ語と同じで、インドネシア語よりもわずかながら少なかったのである。 日本語の祖先は韓国語だとか、ヤマト言葉は韓国南部の古代方言だとか、『万葉集』は古代の韓国語で読めるというような指摘が、韓国の言語学者や歴史家の間からしきりに主張されている。 だが、変化しにくいとされる基礎語彙の大多数が、8世紀の奈良時代の日本語と15世紀の朝鮮語との間ですでにくい違っている。これに対して、紀元1~2世紀ころの気候悪化期に本州と隔絶したとされる現在の沖縄・首里方言でも、上古日本語とは、約六割も一致しているという。 これらの結果からすれば、たとえ根っこは同じ言語でも、奈良時代には、日本語と朝鮮語は、すでにかなり違う発展をとげていて、通じないことばになっていたと考えたほうが、すなおな解釈ではないか。(中略)<日本語はチャンポン語> それでは、日本語は、どうやって形成されたのか。 その前置きとして、比較言語学者の間で言語混交のケースとしてよく引き合いに出される「奴隷船のことば」の逸話をしておきたい。それは、こんな話である。…かつて、新大陸に向かう奴隷船は一隻に同じ部族の黒人を乗せずに、なるべく違う部族の黒人を乗せた。言葉の通じる者同士を乗せると、反乱の謀議をされかねないからだ。黒人たちは、自分たちの意思を通じさせるために仕方なく白人たちの言葉を聞きかじって共通の言葉とした。 この「奴隷船のことば」のように、言葉の通じない者同士が聞きかじりの言葉を通して会話するために生れたチャンポン語をピジン語という。ピジンというのは、英語の「ビジネス」の中国なまりで、中国人が商売のために耳で覚えた中国なまりのチャンポン英語をピジン・イングリッシュといった。ピジン語は、そこからきた命名といわれる。「日本語もピジン語のように、古代にさまざまな言語が混合してできた言語だと考えられます」 こう語るのは、川本崇雄・創価大学教授(社会言語学)である。 1万数千年前に大陸から切り離された日本列島には、縄文時代以来、北から南から、いろんな民族が渡来して住み着いた。そこに、奴隷船に乗り合わすことになった言葉の通じない黒人たちと同じような状況が起こったと見るのだ。 近代以降、ピジン語は世界中の植民地で発生した。たとえば、谷を一つ隔てれば部族が違うといわれ、狭い地域に数百の言葉が混在しているニューギニアにもピジン語ができた。川本さんの著書『縄文のことば、弥生のことば』(岳書房)によると、事情はこうだ。 ニューギニアでは、19世紀後半にドイツ人が南太平洋のサモアでプランテーションを開拓するため、いろいろな部族の人たちがかり集められ、サモアに送り込まれた。そこで、異なる部族間で共通の言葉を話す必用が生まれ、聞きかじりの英語が使われた。このピジン語はトークピシンと呼ばれた。 やがて、ニューギニアでもドイツ人がプランテーションを開き、そこで働かせるために、サモアからトークピシンをしゃべるニューギニア人が連れもどされた。 トークピシンは、共通の言葉を持たなかったニューギニアで普及し、いまでは、教会や国会、行政、新聞、放送、初等教育でも使われる権威ある言葉にまで成長した。聞きかじり英語のト-クピシンだが、現在では話し手がニューギニアには百五十万人から二百万人いて、一つの言語になっているという。 幕末、開港した横浜の外国人居留地でも、日本語の単語を借用した「ヨコハミーズ」というピジン語が、ごく短期間だが、存在したというし、敗戦直後に売春婦が進駐軍の兵隊とコミュニケーションを持つために聞きかじりの英語をしゃべり、パングリッシュといわれたのも、一種のピジン語といえば、いえる。<北方系の文法に南方系の語彙>(中略) このトークピシンが日本語成立の一つのモデルになるという。日本語は文法的には北方系のアルタイ諸語に近いのに、語彙は南方的な言葉の影響が色濃い。この混沌を川本さんは、「トークピシンの成り立ちから考えて、もともと縄文時代の日本列島には、北方的な文法を持つ土着語があったらしい。そこに南方的な言語を持つ人々が何度も入ってきてピジン化が起きた。さらに、縄文時代の終りにも稲作技術を持った人たちが渡来し、ピジン化が進んだんでしょう」 と推理する。 小山修三・国立民俗学博物館助教授(文化人類学)は、「川本さんの『日本語はピジン語だった』という説は、文化人類学や考古学的にみても、よくうなづける説です」 と、日本語ピジン説を支持する。ウン ピジン語の説明と日本語ピジン説が、ええでぇ♪注:安本さんとは安本美典・産業能率大教授(計量言語学)先日読んだ『知られざる縄文ライフ』です。『知られざる縄文ライフ』4:縄文人と渡来人『知られざる縄文ライフ』3:縄文人はどこから来たの?『知られざる縄文ライフ』2:縄文の美の発見者『知られざる縄文ライフ』1:鬼界カルデラで大噴火があり
2018.05.19
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5月15日に高畑勲さんの「お別れ会」が三鷹の森ジブリ美術館で開かれたそうです。デジタル朝日より引用して紹介します。2018/5/17高畑勲さん「お別れ会」 宮崎駿監督は声を詰まらせながら、亡き盟友を偲んだより4月5日に肺がんで亡くなったアニメーション監督の高畑勲さんを偲ぶ「お別れの会」が、5月15日に東京・三鷹の森ジブリ美術館で開かれた。冒頭、宮崎監督が"開会の辞"として挨拶。宮崎監督は高畑さんと出会った東映動画時代を振り返りつつ、「パクさんは95歳まで生きると思い込んでいた」と、声を詰まらせながら盟友を偲んだ。1963年、パクさんが27歳、僕が22歳の時、僕らは初めて出会いました。初めて言葉を交わした日のことを今でもよく覚えています。黄昏時のバス停で、僕は練馬行きのバスを待っていた。雨上がりの水たまりの残る通りを、ひとりの青年が近づいてきた。「瀬川拓男さんのところへ行くそうですね」穏やかで賢そうな青年の顔が目の前にあった。それが高畑勲こと、パクさんに出会った瞬間だった。55年前のことなのに、なんとはっきり覚えているのだろう。あの時のパクさんの顔を今もありありと思い出す。(後略) 祭壇は、色とりどりの花々で飾られた。「高畑監督を野に咲く花たちで囲みたい。高畑監督の作品にあるどれかでもなく、「祭壇風」でもない。ただ温かみのある草花たちで包み込みたい」という宮崎監督の思いが込められたという。この日の「お別れの会」には音楽家の久石譲さんや鈴木敏夫プロデューサーをはじめ、岩井俊二監督、押井守監督、樋口真嗣監督、山田洋次監督らが出席。宮本信子さん、竹下景子さん、柳葉敏郎さんなど高畑作品の出演者らも参列した。高畑さんと宮崎さんといえば、ジブリアニメを牽引してきた二頭立てのような存在でしたが、そのうちの一人が逝ってしまい、寂しいかぎりです。ジブリアニメは世界中のファンを魅了してきたけど、このような隆盛はもう二度と生まれないのではないかと思ったりするのです。また、ハリウッドのアニメに打ちのめされている現状は、グローバリズムに適応できない日本経済の縮図を見るような気もするのです。このところ、ジブリの経営は記念公園なんかにシフトしているが・・・ジブリアニメの再興を願うばかりです。この記事も高畑勲の世界に収めておくものとします。
2018.05.19
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図書館に予約していた『キス・キス』という本を、待つこと4日でゲットしたのです。ロアルド・ダール著の短篇小説集であるが、阿刀田高さんが推薦していたので図書館に予約していたのです。巻末に阿刀田高さんの解説が載っていて、解説自体が面白い読み物になっています。【キス・キス】ロアルド・ダール著、早川書房、2005年刊<「BOOK」データベース>より予期せぬ出来事が日常の扉を開きあなたをさり気なく訪れる。<読む前の大使寸評>ロアルド・ダール著の短篇小説集であるが、阿刀田高さんが推薦していたので図書館に予約していたのです。巻末に阿刀田高さんの解説が載っていて、解説自体が面白い読み物になっています。<図書館予約:(5/08予約、5/12受取)>amazonキス・キス「女主人」の冒頭の語り口を、見てみましょう。p9~10<女主人> ビリイ・ウィヴァーは午後の鈍行列車で、はるばるロンドンからやってきた。途中、スインドンで一度乗り換え、バース駅に着いた時にはもう夜の9時、駅の出口の、向かい側に並んだ家々のかなたから、澄み切って星々の輝く夜空へと、月が上がってゆくところだった。しかし、空気はおそろしく凍てついて、風は広刃の剣のように彼の頬を切りつける。「ちょっと訊きたいんだけど」と、彼は赤帽にいった。「ここらあたりに、安いホテルはない?」「『ザ・ベル・アンド・ドラゴン』へ行ってごらんなさい」赤帽は道のほうを指で示しながら、教えてくれた。「きっと、泊めてくれますよ。この向こう側を四分の一マイルほど行った所にあります」 ビリイは礼をいうと、スーツケースを持ち上げ、『ザ・ベル・アンド・ドラゴン』まで、四分の一マイルを歩いてゆくことにした。バースに来たのは、最初のことだった。 ここの住人たちにも、誰一人知り合いはない。けれども、ロンドンの本社にいるグリーンスレイドさんは、この町は実にすばらしい所だと教えてくれた。「まず下宿する所を探すんだな」と彼はいったのだ。「それがうまくいけば、落ち着き場所を見つけしだい、支店長に報告すること」 ビリイは17歳。まあたらしい濃紺のオーヴァーを着用し、まあたらしい茶色のフェルト帽を被り、ああたらしい茶色の背広を着て、実にすばらしい気分だった。 彼はてきぱきとした足どりで町を歩いてゆく。この数日間、何事もてきぱきとやるように、彼は努めてきたのだ。てきぱきとした態度こそは、成功した実業家すべてに共通した、ひとつの性格なのだと心に決めていた。本社のおえら方達は、いつも、まったく異常なほどてきぱきした態度を崩さない。それは、あきれるくらいだった。 今、彼が歩いてゆくこの通りには、どれもこれも似たような家が、両側に並んでいるばかり、店は一軒も見当らなかった。ポーチと柱と、玄関へ上がる4,5段の階段が付いていて、昔はずいぶんと小粋な住居だったらしい気配もありありとうかがえるのだが、今は、この暗闇の中でさえ、扉や窓の羽目板のペンキははがれ、真っ白な正面の壁は手入れが行きとどかぬせいか、ひびわれ、汚れ放題なのがみてとれた。 と、6ヤードも進まぬうちに、街灯にあざやかに照らされた、ある家の階下の窓、その上段の仕切りガラスにとめてある、印刷した文字が、ビリイの眼にとまった。それには、こう書いてある。『お泊りと朝食』 その注意書きの真下には、美しく伸び伸びとした黄色い菊をいけた壷がおかれてあった。なお一言申し添えると、「女主人」はわりと怖いお話しです。『キス・キス』1:阿刀田高さんの解説
2018.05.18
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図書館の放出本コーナーで『ぼくの翻訳人生』という新書を、手にしたのです。巻末の著者来歴を見ると、東大仏文科卒で、共同通信社の記者、ワルシャワ大学の日本語学科講師などを経て翻訳家になったようです。とにかく、米国留学を中退し、ポーランド文学、ロシア文学を専攻するというヘソ曲がり具合が大使のツボを打つのです。【ぼくの翻訳人生】工藤幸雄著、中央公論新社、2004年刊<「BOOK」データベースより>翻訳を手がけて半世紀。著者はポーランド語翻訳の第一人者であり、ロシア語、英語、仏語からも名訳を世に送り出してきた。満洲での外国語との出会い、占領下の民間検閲局やA級戦犯裁判での仕事、外信部記者時代の思い出。翻訳とは、落とし穴だらけの厄介な作業だという。本書は、言葉を偏愛する翻訳者の自分史であると同時に、ひとりの日本人の外国語体験の記録でもある。トリビア横溢の「うるさすぎる言葉談義」を付した。<読む前の大使寸評>巻末の著者来歴を見ると、東大仏文科卒で、共同通信社の記者、ワルシャワ大学の日本語学科講師などを経て翻訳家になったようです。とにかく、米国留学を中退し、ポーランド文学、ロシア文学を専攻するというヘソ曲がり具合が大使のツボを打つのです。rakutenぼくの翻訳人生「うるさすぎる言葉談義」で日本語が語られているので、見てみましょう。p241~242■日本語は論理的でない? 日本語がなんと、「論理的」でないとのたまった文学者の大物がこの国に少なくともふたりいた。別々に物した『文章読本』にはっきりとそう書いた。よくもその「非論理的」な日本語で論理に混乱をきたさず、複雑な小説が書けたものである。驚きではないか。 ご両人とは谷崎潤一郎と三島由紀夫だ。 そもそも「論理的」でない言語を用いながら、立派な小説を書き上げ、世に迎えられた・・・その苦心惨憺ぶりが自慢ゆえに、ふたりは日本語の「非論理性」をあげつらったのではない。そんな哀れな日本語を用いて、いかなる文章を綴るべきか・・・その秘法を説く著書が、両大御所の『文章読本』である。 それにつけても、「非論理」呼ばわりはひどい、日本語を敵視している。まだしも「理詰めの表現には不得手なのが日本語」ぐらいの嘆きにとどめておけば、よかろうに。両先輩の勇み足をわれわれは慨嘆する。 才女の名を奉るべき斉藤美奈子さんの快著『文章読本さん江』(筑摩書房)の巻末には「引用/参考文献」として、「文章読本・文章指南書関係」と分類されるものだけで81点の著作物が名を連ね、別に「文章史・作文教育史関係」の文献は23点にのぼる。合わせて百冊を超える。昔流に表現するなら「汗牛充棟」のありさまだ。それでも足りない。 同書の「はじめに」を読むと、「文章読本と呼ばれる種類の本は、膨大な数が出版されています。一説によると、累積で、すでに四桁の大台に乗るそうです」とある。これら無数の類書を含む名著・駄本の陳列がいかにもめでたいとて、新装開店のパチンコ屋か歌舞伎座あたりに並ぶお祝いの花環あるいは花駕籠並みに、江戸趣味よろしく、斉藤さんは、『文章読本さん江』とご挨拶申し上げているのだ。 谷崎『文章読本』に展開された「日本語非論理説」は、戦前に読んだので忘れていたが、この説には「三島も支持し、清水幾太郎さえも肯定した」そうで、ぼくの揶揄はこの部分を根拠にしている。 三島本も清水本(『論文の書き方』)も読まなかった。ベストセラー嫌いのためであるが、たまたまぼくと同年生れの三島には『仮面の告白』ぐらいしか近づいていない。それも留学中、日本語が読みたくなりインディアナ大学図書館で、その当時は数少ない縦文字蔵書のなかから、まず谷崎の『』を愉しみ、次に三島を借り出して さて、邪説として軽く退けたい「日本語非論理説」である。ばかを抜かせ、論理を伴わない言語など絶対に存在しない。ウン 工藤さんは両大御所の「日本語非論理説」を咎めているだけで、別にご両人に恨みはないようですね♪『ぼくの翻訳人生』4:クール・ジャパンのような「日本語」『ぼくの翻訳人生』3:第二外国語の学習『ぼくの翻訳人生』2:翻訳家になる前の就職活動『ぼくの翻訳人生』1:フランス文学体験
2018.05.18
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<今どきの出版社、書店> このところ、本屋に行くと文芸書、新書、ビジネス書などの出版点数の多さと、店頭での入れ替わりの速さが加速したように感じられるのです。一方で、売れない本は出版社に返品され一定期間保管され・・・それでも需要がないと溶かされて紙パルプにされるそうです。要するに、今どきの出版社、書店の業界は物流業のセンスがないと、やっていけない時代になっています。アマゾンという強すぎる黒舟が登場して以来、本屋も辛いが運送屋も辛いのです。それから、われわれ消費者はどう対応すべきなのか?新書などは本屋の棚からすぐ消えるので・・・図書館も買ってくれそうもない本は見つけ次第買っておくしかないようです。例えば、先月買ったこの本はもう本屋の棚で見ることができません。【定年後の知的生産術】谷岡一郎著、筑摩書房、2018年刊<「BOOK」データベース>より定年退職後こそ、クリエイティブに、好きな研究、夢や目標に向かって打ち込むチャンスである。これまでの仕事や人生で得た経験が、意外な組み合わせによる新しい発想や、本質を見抜く眼力に通じる。時間的・金銭的な余裕が比較的あることは、シニア世代の大きなアドバンテージである。本書は定年後のクリエイティブ・シニアを応援する一冊。<読む前の大使寸評>クリエイティブ・シニアを応援する一冊ってか・・・ええなあ♪本は図書館で借りるものとなってしまった大使にとって、新刊本を購入するのは久しぶりのことでおます♪rakuten定年後の知的生産術さらに、つきつめて考えると・・・本屋で日々行なわれる返本システムは、売れない本の溶融リユース(バージンパルプの利用も含む)を加速するわけで・・・「持続可能な紙利用」というエコ理念と相反するのです。ネットでも、次のようなメッセージを見つけたのです。「持続可能な紙利用のためのコンソーシアム」発足!より参画企業(2017年5月時点、50音順) 2013年11月19日、紙の利用について先進的な取組みを行う企業とWWFジャパンは、「持続可能な紙利用のためのコンソーシアム」を立ち上げました。世界の自然林の減少と紙の原料調達には、依然として多くの問題が報告され続けています。こういった現状があるなか本コンソーシアムは、森林資源の持続的な利用のためには、紙の利用量を削減し、古紙を多く利用することに加え、より環境や社会に配慮された紙製品を「選択」することも大切と考えます。<持続可能な紙利用を社会全体で推進するために>紙は、全てのビジネス、そして人々の生活に欠かせないものです。日本では長らく、紙の節約や再生紙の利用が推進されてきました。もちろん、紙の無駄使いを減らすことや再利用は、資源の有効利用につながりますが、節約やリサイクルが可能な回数には限りがあるうえ、古紙配合率の高い紙は、質的にもバージンパルプ由来のものとは異なります。つまり、今ある紙のリサイクルだけで社会全体の紙需要を満たしてゆくことは難しく、一定量のバージンパルプの投入は欠かせません。また、バージンパルプの利用については、安易な紙の選択が世界の自然林減少の一因になってしまっているという現実がある一方で、市場には、FSC(Forest Stewardship Council)のような信頼できる森林認証制度に認められた製品も存在します。そのため、紙の利用について先進的な取組みを行う企業とWWFジャパンは、自然の森を守りつつ紙を使い続けていくためには、紙の生産や供給に関わる事業者が適切な森林管理や責任ある調達を行うことはもちろん、紙を利用する側においても十分な配慮を行うことが不可欠と考えます。「持続可能な紙利用のためのコンソーシアム」は、こうした紙利用に関する考え方に賛同し、責任ある調達方針を策定した、もしくはその予定の企業・団体をメンバーとし、2020年までに自らの事業活動において持続可能な紙利用を実践するとともに、その意義が社会全体に広まるよう、情報発信や普及啓発活動等を行います。
2018.05.18
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図書館の放出本コーナーで『河鍋暁斎の写実力(美術の窓2008年4月号)』という本を、手にしたのです。図書館の放出本にしては汚れもなく、内容も優れもので、かなりラッキーであった♪【河鍋暁斎の写実力(美術の窓2008年4月号)】雑誌、生活の友社、2008年刊<ブログ「ひえもん」>より【巻頭特集】「なんでも描けてなにが悪い!! 河鍋暁斎の写実力」 ●巻頭グラビア 「美は永遠か/徹底した観察眼/大和美人も西洋美人もおてのもの 生き物は先生/弱肉強食の微妙な関係/死出の旅路も怖くない 地獄にもある悲喜こもごも/歌舞伎役者も妖怪に」他 ●福富太郎氏vs.山下裕二氏 スペシャル対談 「暁斎から幕末明治の再評価へ」 <読む前の大使寸評>図書館の放出本にしては汚れもなく、内容も優れもので、かなりラッキーであった♪torinakukoesu河鍋暁斎の写実力(美術の窓2008年4月号)暁斎は巨大な引幕を描いているので、見てみましょう。p28~29<歌舞伎役者も妖怪に> 「新富座妖怪引幕」は縦約4メートル、幅は約17メートルにもおよぶ、暁斎作品のなかでも特筆すべき大きな作品である。戯作者として名高い仮名垣魯文が注文して、開場2周年の新富座で上演されていた河竹黙阿弥の「霜夜鐘十字辻ウラ」のために贈ったもので、引幕の右には魯文の名が記されている。 依頼を受けた暁斎は、明治13年6月30日に、京橋の写真スタジオを借り、助手一人を連れて、約4時間でこれだけの大作を一気呵成に仕上げた。 人気役者たちは、暁斎一流のユーモアセンスで妖怪一座に姿を変えられる。大迫力の画面の中央には9代目市川団十郎のろくろ首と、5代目尾上菊五郎の化け猫がにらみを利かせている。ろくろ首の首は画面から一度突き抜け、中央へと戻る。 上下に13人の名優の紋所と衣装つづらを先に染め出した布には、ところどころに足跡も見られ、縦横無尽に走りながら一挙に描きあげた暁斎の息づかいが感じられる。
2018.05.17
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本屋の店頭で『定年後の知的生産術』という新書を、手にしたのです。クリエイティブ・シニアを応援する一冊ってか・・・ええなあ♪本は図書館で借りるものとなってしまった大使にとって、新刊本を購入するのは久しぶりのことでおます♪【定年後の知的生産術】谷岡一郎著、筑摩書房、2018年刊<「BOOK」データベース>より定年退職後こそ、クリエイティブに、好きな研究、夢や目標に向かって打ち込むチャンスである。これまでの仕事や人生で得た経験が、意外な組み合わせによる新しい発想や、本質を見抜く眼力に通じる。時間的・金銭的な余裕が比較的あることは、シニア世代の大きなアドバンテージである。本書は定年後のクリエイティブ・シニアを応援する一冊。<読む前の大使寸評>クリエイティブ・シニアを応援する一冊ってか・・・ええなあ♪本は図書館で借りるものとなってしまった大使にとって、新刊本を購入するのは久しぶりのことでおます♪rakuten定年後の知的生産術著者が説く「情報を捨てる能力」が興味深いので、見てみましょう。p110~114■情報の海で溺れる人々 現代人は文字を読む頻度が減ったと言われるが、それはプリントされた紙媒体の出版物に限定しての話。スマホのニュースやライン、メールなどを含めると、いわゆる読む量自体は少なくなっていないような気がする。電車の中でも横断歩道上でも、ひたすら画面を見つめている人々が文字に触れる量は半端ではなく、「読書好きの人々にも負けないレベルである」という言い方も可能である。 問題はその「文字を読む」行為が、読書における「本を読む/文章を理解する」ほど、本人の知の形成に役に立っていないだろうという点にある。 現代は、そしてこれからの社会は、情報が溢れる時代であるからこそ、その「真偽や質を見極める能力」が必用とされるのである。でないと、人々は情報の海で流され、溺れかけ、もがき続けることになる。何も考えず、闇雲に読む文字の絶対量を増やすだけでは、効率の良くない努力に近いのである。■シンギュラリティ・ポイント コンピュータなどの情報機器の発展、特にメモリー・チップの飛躍的な処理スピードと量は、多くの人々の予想を超えている。記録され、いつでも引き出せる情報量は、この30年以上にわたり、級数的な比率で伸びてきた。 伸びるスピードは徐々に収まるものと仮定しても、2037年にはコンピュータから引き出せる情報が、歴史上存在したすべての本や著作、記録の量を超えるという。俗に「シンギュラリティ・ポイント」と呼ばれる到達点である。この用語、今ではコンピュータが自己意識(つまり「私」という概念)を持つポイントとして使われることもある。 もしマシンが「私」という意識を持つと、それは同時に「殺されたくない」という、保身の本能を生み出すのではないかと危惧する声もある。コンピュータはネットを通じて、いろいろな組織内部や情報機器にアクセス可能であるがゆえに、その影響力は予想の範囲を超え、人間が支配下に置かれることすらあるのではないかという不安である。いやそんなことは起こらないだろう(などなど)、危惧以外にもいろいろな意見が出されているが、本当のところは分からない。(中略)■情報を捨てる能力 筆者は神戸芸術工科大学で、映画に関する授業を担当している。「学生に観せた映画に関し、少人数でディスカッションするだけ」という内容である。「他人の意見を聞き、理解し、そして自分の意見を言うことができるか」というのが授業の本旨である。 ある年、各自に「今日の映画の感想を1000字以内にまとめてくること」という宿題を出したところ、多くの学生が見事なレポート(詳細な分析)を提出したが、どれも類似点があった。「ハハーン」と思って調べてみると、案の定、雑誌やネット上の論評を「コピペ」したものであった。今は教員側にも、特定の文脈を過去の文献などと比較するソフトがあるため、ごまかす側も少々難しい時代となっている。当然であるがコピペをした学生には警告を与え、2度目は単位不可である旨を伝えた。その年以降は、クラス内でのディスカッションの質と量だけで成績をつけることにしたが、何かしらでもしゃべらないと0点であることを知ると、学生は否が応でもしゃべり始める。最初はぎこちない意見発表でも、そのうち慣れて、自分から話に入るようになるものなのだ。 筆者が前の世紀に出した本の中で、「これからは情報を集める能力より、いかに捨てることができるか、という能力の方が重要になる」と述べたことがある。情報の海で溺れないようにするには、情報を捨てることも必用で、それができない人は実社会でのリーダーにはなり得ないだろう。 第一章で、いろいろなことに興味を持ち、チャレンジしよう、首をツッコもう、と述べたことと、相容れない論に思えるかもしれないが、筆者の頭の中では矛盾はない。首をツッコんだトピックの中にも、捨てるべき情報は多く、実際捨てる決心をしたトピックも少なくない。 要は「何を捨て何を残すかを見極める能力」があるか否か、という点が重要なのである。 ウン 昨今は身の回りの断捨離に勤しむ大使であるが・・・なかなか参考になるご意見でした♪『定年後の知的生産術』3:アイデア満載のクール・ジャパン『定年後の知的生産術』2:パワフルな団塊の世代『定年後の知的生産術』1:クリア・ファイル活用術
2018.05.17
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『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・村上春樹『騎士団長殺し第一部』(4/12予約済み、副本33、予約992)・村上春樹『騎士団長殺し第二部』(4/12予約済み、副本33、予約833)・頭に来てもアホとは戦うな!(12/26予約済み、副本6、予約108)現在25位・真山仁著『オペレーションZ』(1/05予約済み、副本8、予約101)現在19位・アメリカ 暴力の世紀(1/15予約済み、副本2、予約35)現在10位・萩野アンナ著『カシス川』(1/20予約済み、副本3、予約30)現在9位・菅ちゃん英語で道案内しよッ! (2/28予約、副本6、予約48)現在17位・『わたしたちが孤児だったころ』(3/25予約、副本7、予約30)現在8位・原田マハ著『スイート・ホーム』(4/16予約、副本10、予約149)現在128位・エルモア・レナード『オンブレ』(5/02予約、副本3、予約17)現在15位・変調「日本の古典」講義(5/13予約、副本2、予約4)現在5位・ニコライ ミクルホ・マクライ『ニューギニア紀行』(5/16予約、副本1、予約0)<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・8月の果て・ある日うっかりPTA(副本4、予約39)・日本その日その日<予約候補>・高橋源一郎著「読んじゃいなよ」?・半藤一利『歴史と戦争』・南伸坊『シンボーの絵と文』図書館未収蔵・サピエンス全史(上・下)図書館未購入・先進国・韓国の憂鬱・フィリップ・ボール『かたち』・カズオ・イシグロ著『癒されざる者たち』図書館未購入・『ウォルマートがアメリカをそして世界を破壊する』図書館未購入・ペンの力:図書館未購入・銃・病原菌・鉄(上)・暗い時代の人々・バーバラ・タックマン著『八月の砲声』外大の蔵書・ネルケ無方著『迷える者の禅修業』・スティーヴ・スターン『どいつもこいつも昼行灯』図書館未購入・ボリス・ヴィアン著『うたかたの日々』・『都会の鳥たち』図書館未購入・『一汁一菜でよいという提案』・中島岳志著『血盟団事件』・・・西図書館の棚で見た・新シルクロード1:楼蘭、トルファン・『排除と抵抗の郊外 フランス〈移民〉集住地域の形成と変容』・フィールドサイエンティスト 地域環境学という発想・禁じられた歌(田)・私家版鳥類図鑑(神戸市図書館では蔵書なし)<予約分受取:2/06以降> ・宮部みゆき『荒神』(2/02予約、2/06受取)・椎名誠著『ノミのジャンプと銀河系』(10/12予約、2/10受取)・堀江貴文著『多動力』(8/14予約、2/17受取)・ビッグデータの罠(2/15予約、2/20受取)・飯場へ(10/07予約、2/23受取)・ひとり出版社という働きかた(2/23予約、2/28受取)・ボブという名のストリート・キャット(2/9予約、3/10受取)・『今こそ、韓国に謝ろう』(8/29予約、3/14受取)・ロアルド・ダール『キス・キス』(5/08予約、5/12受取)・世界のミリメシを実食する(5/08予約、5/12受取)【騎士団長殺し第一部】村上春樹著、新潮社、2017年刊<「BOOK」データベース>よりその年の五月から翌年の初めにかけて、私は狭い谷間の入り口近くの、山の上に住んでいた。夏には谷の奥の方でひっきりなしに雨が降っていたが、谷の外側はだいたい晴れていた…。それは孤独で静謐な日々であるはずだった。騎士団長が顕れるまでは。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(4/12予約済み、副本33、予約992)>rakuten騎士団長殺し第一部【頭に来てもアホとは戦うな!】田村耕太郎著、朝日新聞出版、2014年刊<「BOOK」データベース>より苦手なヤツほど、徹底的に利用せよ。(1)相手の欲望を見抜き(2)腰を低くして、助けを求め(3)味方にする!目標がみるみる叶う最強の「人の動かし方」。【目次】第1章 アホと戦うのは人生の無駄/第2章 臆病者のための戦略的コミュニケーションのススメ/第3章 どんな強者でも味方にする“人たらし”の技術/第4章 権力と評価の密接な関係/第5章 他人の目を気にするな/最終章 アホとではなく自分と戦え!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/26予約済み、副本6、予約108)>heibonsha頭に来てもアホとは戦うな!【オペレーションZ】真山仁著、新潮社、2017年刊<「BOOK」データベース>より国の借金は千兆円を超え、基礎的財政収支は赤字が続く。国債が市場で吸収されなくなった時、ヘッジファンドが国債を売り浴びせた時、国家破綻は現実となる。総理は「オペレーションZ」の発動を決断し、密命を帯びたチームOZは「歳出半減」という不可能なミッションに挑む。官僚の抵抗、世論の反発、メディアの攻撃、内部の裏切り者ー。日本の未来に不可欠な大手術は成功するのか?明日にも起こる危機。未曾有の超大型エンターテインメント!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/05予約済み、副本8、予約101)>rakutenオペレーションZ【アメリカ 暴力の世紀】ジョン・W.ダワー著、岩波書店、2017年刊<「BOOK」データベース>より第二次大戦および冷戦の覇者、アメリカ。そのアメリカは、どのような経緯で現在の世界の、そして自国の混沌を生み出してしまったのか。大ベストセラー『敗北を抱きしめて』の著者があらたに取り組む、アメリカの暴力の歴史。軍事をめぐる歴史と、テロなどの不安定の連鎖拡大の現状について、簡潔に、かつ深く洞察した。特別の書下ろしとして、トランプ時代を危惧する日本語版オリジナルの序文を付す。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/15予約済み、副本2、予約35)>rakutenアメリカ 暴力の世紀【カシス川】荻野アンナ著、文藝春秋、2017年刊<出版社>より7年前に彼を癌で亡くし、父を見送った私の腸に、癌が見つかった。これで私はようやく休める、私は腹の中に「楽園」を抱え込んでいるのだ。告知を平然と受け止めた私は、ともに暮らす要介護4の母との入院を心に決めた。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/20予約済み、副本3、予約30)>rakutenカシス川【菅ちゃん英語で道案内しよッ!】菅広文著、ぴあ、2017年刊<「BOOK」データベース>より「笑顔4 ジェスチャー4 英語2」。日本に来てくれた外国人の方は思っているよりも日本に詳しいです。ある程度言えば、くみ取ってもらえます。臆せずしゃべりましょう。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(2/28予約、副本6、予約48)>rakuten菅ちゃん英語で道案内しよッ!【わたしたちが孤児だったころ】カズオ・イシグロ著、早川書房、2001年刊<「BOOK」データベース>より1900年代初めに謎の失踪を遂げた両親を探し求めて、探偵は混沌と喧騒の街、上海を再訪する。現代イギリス最高峰といわれる作家が失われた過去と記憶をスリリングに描く至高の物語。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(3/25予約、副本7、予約30)>rakutenわたしたちが孤児だったころ【スイート・ホーム】原田マハ著、ポプラ社、2018年刊<「BOOK」データベース>より幸せのレシピ。隠し味は、誰かを大切に想う気持ちー。うつくしい高台の街にある小さな洋菓子店で繰り広げられる、愛に満ちた家族の物語。さりげない日常の中に潜む幸せを掬い上げた、心温まる連作短篇集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(4/16予約、副本10、予約149)>rakutenスイート・ホーム【オンブレ】エルモア レナード著、新潮社、2018年刊<「BOOK」データベース>よりアリゾナの荒野を行く七人を乗せた駅馬車―御者メンデスとその部下アレン、十七歳の娘マクラレン、インディアン管理官フェイヴァー夫妻、無頼漢のブレイデン、そして「男」の異名を持つジョン・ラッセル。浅黒い顔に淡いブルーの瞳、幼少期をアパッチに育てられた伝説の男と悪党たちが灼熱の荒野で息詰まる死闘を繰り広げる。レナードの初期傑作二作品を、村上春樹が痛快無比に翻訳!<読む前の大使寸評>アメリカ合衆国黎明期の活劇譚を村上春樹が訳しているってか・・・面白そうである♪<図書館予約:(5/02予約、副本3、予約17)>amazonオンブレ【変調「日本の古典」講義】内田樹, 安田登著、祥伝社、2017年刊<「BOOK」データベース>より思想家・内田樹と能楽師・安田登。異才の二人が語り尽くす。日本文化の奥の底のさらに奥へ!能、論語、古事記…あまりに濃厚な対談講義。<読む前の大使寸評>古典と名がつけば図書館予約は少ないだろうという読みはバッチリ(予約4)でした。果して、論語、古事記はどう語られるのか?・・・期待できそうでおます。<図書館予約:5/13予約、副本2、予約4>rakuten変調「日本の古典」講義【ニューギニア紀行】ニコライ ミクルホ・マクライ著、中央公論新社、1992年刊<「BOOK」データベース>より本書は1871年9月、ニューギニア島北東海岸に上陸して長期間滞在した若きロシア人学術探検家のフィールド日誌である。急ごしらえの小屋での不自由な生活に耐えマラリアと戦いながらも、言葉が通じず猜疑心の強い原住民の信頼を次第に得てゆく経緯を克明な筆致で記す。著者自身によるスケッチ37点。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:5/16予約、副本1、予約0>rakutenニューギニア紀行【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死【8月の果て】柳美里著、新潮社、2007年刊<「BOOK」データベース>より日本統治下の朝鮮・密陽に生を受け、マラソンでの五輪出場を目指した亡き祖父・李雨哲。そのうしろ姿を追い、路上を駆けることを決意した柳美里。ふたりの息づかいが時空を越えて重なる瞬間、日本と朝鮮半島のあわいに消えた無数の魂が封印を解かれ、歴史の破れ目から白い頁に甦る。偉丈夫の雨哲と美丈夫の弟・雨根。血族をめぐる、ふたつの真実の物語が、いま日本文学を未踏の高みへと押し上げる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha8月の果て図書館予約の軌跡122予約分受取目録R12中央図書館新着図書リスト図書館情報ネットワーク 蔵書検索システム図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・ウィキペディアでめぼしい著作を探す
2018.05.17
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図書館の放出本コーナーで『ぼくの翻訳人生』という新書を、手にしたのです。巻末の著者来歴を見ると、東大仏文科卒で、共同通信社の記者、ワルシャワ大学の日本語学科講師などを経て翻訳家になったようです。とにかく、米国留学を中退し、ポーランド文学、ロシア文学を専攻するというヘソ曲がり具合が大使のツボを打つのです。【ぼくの翻訳人生】工藤幸雄著、中央公論新社、2004年刊<「BOOK」データベースより>翻訳を手がけて半世紀。著者はポーランド語翻訳の第一人者であり、ロシア語、英語、仏語からも名訳を世に送り出してきた。満洲での外国語との出会い、占領下の民間検閲局やA級戦犯裁判での仕事、外信部記者時代の思い出。翻訳とは、落とし穴だらけの厄介な作業だという。本書は、言葉を偏愛する翻訳者の自分史であると同時に、ひとりの日本人の外国語体験の記録でもある。トリビア横溢の「うるさすぎる言葉談義」を付した。<読む前の大使寸評>巻末の著者来歴を見ると、東大仏文科卒で、共同通信社の記者、ワルシャワ大学の日本語学科講師などを経て翻訳家になったようです。とにかく、米国留学を中退し、ポーランド文学、ロシア文学を専攻するというヘソ曲がり具合が大使のツボを打つのです。rakutenぼくの翻訳人生クール・ジャパンのような「日本語」が述べられているので、見てみましょう。p90~91■「語学」という言い方が好きになれない 外国人が厄介な日本語をなぜ学ぼうとするのか。どこかのお役所から留学生・研修生に訊ねたアンケートがあるなら、ぜひ見たいものだ。推測すれば、日本語学習の動機には、あらゆる意味での日本の力量への羨望・憧憬・尊敬・嫉視があるに違いない。われわれは彼らの気持ちを汲んでやるこころ掛けを忘れてはいけない。 日本の技術を学ぼうとする彼らに、それが正しく伝わる日本語で話してやらねばならない。われわれのひとりびとりが日本語教師でありたい。一昔前の中国人のように、彼らは諸外国の著作物を日本語の翻訳書を通して読んでいるかもしれない。 翻訳書がこれほどの点数で月々、出版される国はアジアでは日本以外に存在しないのだし、書店に出回るさまざまな雑誌や新書や文庫や辞典や学術書や数種類の百家辞典も含めて、どれほど彼らに刺戟となっているかは計りしれない。しかも、中国・インドなどには遠く及ばぬにせよ、日本の歴史は長い。 夜郎自大に響きがちな言い方を敢えてするなら、テレビも映画も歌や音楽もアニメも美術も文学館も美術館もテーマパークも建築も教育も交通機関も航空路網も港湾も海運も軽食堂もレストランも、その他、どのひとつを採り上げても、現代日本は間違いなくアジア諸国の先頭を切っている。それゆえに、いまや、日本語は紛れもなく、押しも押されもしないグローバルな言葉となっている。 語学・・・正直な話、この「語学」という言い方が好きになれない。語学者を目指すことなく、外国語習得などは手段のひとつと考える筆者にとって、外国語の勉強がどうしても「学」とは思えないからだ。「語学の天才」の表現には、どこやら見下したような響きさえある。「語学」論議の結論として、若き学徒に対しては外国語への深入りは阻止したいと、もう一度、申し上げておく(語学者を期する人たちはともかくとして)。ウン 鼻息の荒い工藤さんである。この本の発刊された2004年当時は、日本は全ての面で、間違いなくアジア随一であったが・・・その後の中国の躍進は凄まじく、IT技術の一部、軍備などは中国の後塵を拝するのである。『ぼくの翻訳人生』3:第二外国語の学習『ぼくの翻訳人生』2:翻訳家になる前の就職活動『ぼくの翻訳人生』1:フランス文学体験
2018.05.16
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図書館で『おもしろ玩具図鑑』という本を、手にしたのです。おお 神戸新聞が出した本やないけ♪ぱらぱらとめくってみたら、カラー画像満載で、見て楽しい構成となっています。こういうビジュアル本は気が張らないので・・・疲れた人にはお奨めでおます♪【おもしろ玩具図鑑】日本玩具博物館編、神戸新聞総合出版センター、2007年刊<「BOOK」データベース>よりムックということなのか、データなし<読む前の大使寸評>おお 神戸新聞が出した本やないけ♪ぱらぱらとめくってみたら、カラー画像満載で、見て楽しい構成となっています。こういうビジュアル本は気が張らないので・・・疲れた人にはお奨めでおます♪rakutenおもしろ玩具図鑑七夕さんの紙の着物を、見てみましょう。p94~95■京の七夕さん 京都には、幕末から明治時代にかけて、寺子屋の少女たちが手縫いした優雅な紙の着物が残されている。七夕が近づくと、材料屋が色刷りした着物の型紙を売りにやって来る。 少女たちはこれを求めて、振り袖、羽織、被布など、15センチ四方のひな型を縫い、裁縫の上達を願った。手縫いのひな型をたんすに入れておくと、衣装が増えるとされた。 平成12(2000)年に京都文化博物館で復刻され、「京の七夕さん」の名で型紙が販売されている。(「紙衣・京の七夕さん」と「梶の葉の飾り」)より■「七夕さんの着物」発見記「七夕さんの着物」が飾られるのは、姫路市飾磨区妻鹿から高砂市曽根町までの限られた地域だ。七夕にヒトガタ形式の紙の着物が飾られた記録は江戸時代の文献にあり、全国で行なわれていたと推測されるが、今も継承されるのは全国でも珍しい。この地域で私が発見したのは昭和42(1967)年。感動は今も残る。 報告するまで民俗学者も知らず、地元の方々も、珍しい民俗行事であることに気付かれていなかった。『おもしろ玩具図鑑』2:神戸人形『おもしろ玩具図鑑』1:ろくろびきの木の人形
2018.05.16
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図書館に予約していた『世界のミリメシを実食する』という本を、待つこと4日でゲットしたのです。図書館でぱらぱらとめくってみたら、予想どおりカラー画像満載で、見て楽しい構成となっています。ただ平成18年刊とやや古いので、陸上自衛隊にはまだ飯盒が配備されています。【世界のミリメシを実食する】菊月俊之著、ワールドフォトプレス、2006年刊<「BOOK」データベース>よりムックにつきデータなし<読む前の大使寸評>図書館でぱらぱらとめくってみたら、予想どおりカラー画像満載で、見て楽しい構成となっています。ただ平成18年刊とやや古いので、陸上自衛隊にはまだ飯盒が配備されています。<図書館予約:(5/08予約、5/12受取)>rakuten世界のミリメシを実食する米豪スプレッド対決を、見てみましょう。p138<米豪スプレッド対決> パンやクラッカーに欠かせない存在、それがスプレッドだ。一口にスプレッドといっても種類は多いが、その中には特定の国だけといったスプレッドも存在する。そして、その代表格がアメリカのピーナッツ・バターとオーストリアのペジマイトで、他国のレーションにはまず見られないアイテムだ。 ピーナッツ・バターは我が国でも比較的ポピュラーだが、これがアメリカで発明されたのは1932年のことで、第二次大戦中には軍が大量に使用。これが全国的に普及するきっかけとなった。ピーナッツ・バターは野戦用レーションにも用いられたが、食べるとノドが乾くために兵士からは嫌われ、ベトナム戦争ではレーション加熱用の燃料として使われることが多かったという。 これに対しオーストラリアの国民食とも言えるのがペジマイトで、原料に酵母エキス、塩、麦芽エキス等を使用。1923年に発明されている。で、その味だが、これは確かにオーストラリア限定。これを食べた外国人は一様に絶句すると言う。機会があれば挑戦されたし。ウーム ピーナッツ・バターを燃料にしたというのがすごい!いずれにしても米豪スプレッドには、どちらもあまり食指が出ませんね。お次にコカコーラを、見てみましょう。p106<コカコーラの誕生> 現在アメリカ文化の象徴となったコカコーラだが、それが誕生したのは1886年のジョージア州アトランタだった。発明者は南軍の退役軍人ジョン・ペンバートンで、最初は薬として販売されていた。その後、コカコーラは清涼飲料として普及し、19世紀末には全米で販売されるようになる。 とはいえ、現在のようには普及していなかったようで、第一次大戦中に入隊した兵士は、アメリカ南部の基地で初めてコカコーラを飲んだと手紙に書いている。その普及には戦争と軍隊が一役買っていたわけだ。
2018.05.16
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図書館に予約していた『世界のミリメシを実食する』という本を、待つこと4日でゲットしたのです。図書館でぱらぱらとめくってみたら、予想どおりカラー画像満載で、見て楽しい構成となっています。ただ平成18年刊とやや古いので、陸上自衛隊にはまだ飯盒が配備されています。【世界のミリメシを実食する】菊月俊之著、ワールドフォトプレス、2006年刊<「BOOK」データベース>よりムックにつきデータなし<読む前の大使寸評>図書館でぱらぱらとめくってみたら、予想どおりカラー画像満載で、見て楽しい構成となっています。ただ平成18年刊とやや古いので、陸上自衛隊にはまだ飯盒が配備されています。<図書館予約:(5/08予約、5/12受取)>rakuten世界のミリメシを実食する冒頭に「レーション」の説明があるので、見てみましょう。p2~3<RATION> 一般に戦争の歴史は軍事行動だけがクローズアップされ、補給の問題はほとんど無視されている。補給は戦闘力の維持増進が目的で、その品目には様々なものが存在するが、兵士にとって最も重要なのは毎日の食事、すなわち“レーション(糧食)”だ。 戦争の形態はその時代によって変化してきたが、常に問題となったのが兵士に支給する食料だった。軍隊の食料調達は基本的に現地調達だったが、これは軍の作戦期間や進撃ルートに大きな制限を課した。ナポレオンは「腹が減っては戦ができぬ」と言ったが、これは補給できる糧食の量が作戦行動を左右した当時の状況を端的に言い表している。 このような背景からレーションが生まれてくるが、その最初のものは17世紀のフランス軍が1日分の食料として支給したパンだったという。そして、レーションの導入によって作戦行動の自由と移動速度は、従来に比べて大幅に向上することになる。 ただし、当時の食品保存技術は低く、兵士に支給される食料は貧弱で質が低いのが普通だった。このような状況を改善すべく食品の保存法が模索され、その過程で缶詰が登場。さらに20世紀に開発されたフリーズドライ、レトルト等の技術により、レーションの品質と機能性は格段に向上した。皇軍用タバコを見てみましょう。p82<皇軍用タバコ> 旧日本陸軍でもタバコは配給だったが、愛煙家にとっては不充分な量だった。タバコは他国の軍隊と同様に酒保(売店)で購入することができたが、その代金は市価の半額。下写真の20本入り「誉」は太平洋戦争直前の時点で7銭と、市価の半額以下だった。ちなみに、タバコはたとえ兵士が喫煙しなくても支給されるため、入隊してタバコを覚えたという人間も多い。 現在の米軍では、レーションへのタバコ同梱は1972年に中止されているそうです。自衛隊はどうかな? 戦争とは兵站線の維持と破壊につきるとまで思うのですが・・・かつての大戦では日米の違いが、その点に集約されて見えてきます。米潜水艦の跳梁しかり、インパール作戦の失敗しかり、つまるところ皇軍においては兵士の命や糧食が徹底的に軽視されていたのです。(陸軍参謀連中のアホたれが・・・)
2018.05.15
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図書館で『おもしろ玩具図鑑』という本を、手にしたのです。おお 神戸新聞が出した本やないけ♪ぱらぱらとめくってみたら、カラー画像満載で、見て楽しい構成となっています。こういうビジュアル本は気が張らないので・・・疲れた人にはお奨めでおます♪【おもしろ玩具図鑑】日本玩具博物館編、神戸新聞総合出版センター、2007年刊<「BOOK」データベース>よりムックということなのか、データなし<読む前の大使寸評>おお 神戸新聞が出した本やないけ♪ぱらぱらとめくってみたら、カラー画像満載で、見て楽しい構成となっています。こういうビジュアル本は気が張らないので・・・疲れた人にはお奨めでおます♪rakutenおもしろ玩具図鑑大使は神戸生まれではないが、「神戸人形」というネーミングが気になるのです。日本玩具博物館所蔵の神戸人形を、見てみましょう。p68~70■神戸人形 神戸人形は木製の真っ黒なからくり人形。手のひらに載るほどの大きさで、台の横のつまみを動かすと人形が首を振り、手を動かし、大きな口を開けて酒を飲んだり、スイカを食べたりする。 ユニークな動作から神戸っ子だけでななく、神戸を訪れた外国人観光客の人気をさらった。明治から昭和初期にかけられて作られた神戸人形は、アメリカやヨーロッパに数多く残されている。写真はアメリカから里帰りした明治末期の神戸人形。里帰りした神戸人形(中略)■神戸人形の今 平成10(1998)年ごろには神戸の町から神戸人形は姿を消した。日本玩具博物館は、平成12(2000)年に米国ニューヨークの収集家から戦前の神戸人形43点を入手。さらに数岡家から譲り受けるなどして、500点を超える神戸人形を所蔵する。 神戸人形の復興を望む声に応え、当館では4種類を復原した。しかし作者の事情により平成24(2012)年に制作が中断。幸い、有能な制作者(吉田太郎)が現れ、神戸人形は再び甦った。吉田太郎の作(<神戸人形・船乗り>より)『おもしろ玩具図鑑』1
2018.05.15
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図書館の放出本コーナーで『ぼくの翻訳人生』という新書を、手にしたのです。巻末の著者来歴を見ると、東大仏文科卒で、共同通信社の記者、ワルシャワ大学の日本語学科講師などを経て翻訳家になったようです。とにかく、米国留学を中退し、ポーランド文学、ロシア文学を専攻するというヘソ曲がり具合が大使のツボを打つのです。【ぼくの翻訳人生】工藤幸雄著、中央公論新社、2004年刊<「BOOK」データベースより>翻訳を手がけて半世紀。著者はポーランド語翻訳の第一人者であり、ロシア語、英語、仏語からも名訳を世に送り出してきた。満洲での外国語との出会い、占領下の民間検閲局やA級戦犯裁判での仕事、外信部記者時代の思い出。翻訳とは、落とし穴だらけの厄介な作業だという。本書は、言葉を偏愛する翻訳者の自分史であると同時に、ひとりの日本人の外国語体験の記録でもある。トリビア横溢の「うるさすぎる言葉談義」を付した。<読む前の大使寸評>巻末の著者来歴を見ると、東大仏文科卒で、共同通信社の記者、ワルシャワ大学の日本語学科講師などを経て翻訳家になったようです。とにかく、米国留学を中退し、ポーランド文学、ロシア文学を専攻するというヘソ曲がり具合が大使のツボを打つのです。rakutenぼくの翻訳人生工藤さんが第二外国語の学習について語っているので、見てみましょう。p85~88■万人向けの分野では決してない いくつかの外国語を欲張って仕入れたところで、経験に照らせば、大して面白い事件にも、人物にも出くわすものではない。どうしてもと気張る諸君には、外国語はせいぜい二ヶ国語ぐらいに止めておくのが無難だと忠告する。 はっきり言えるのは、人間には1日に24時間しか与えられておらず、しかもその半分以上は、睡眠と雑事に奪い取られ、せっかくの語学力を十全に発揮しようにも、さほどの時間は残りはしない。まして、三つも四つも頭の中に収めたさまざまな国の言葉を、連日、自由自在に操る余裕に恵まれようなどとは夢のまた夢である。 この忠告を耳に入れたくない読者がいたら、猪突猛進するがよい。だが、日本人として日本語で読めるもの、読みたいもの、読んでいなければならない基本的な著作物を、犠牲とする危険を冒してまでと、前もって諦めを付けたうえでなら・・・との条件は絶対に忘れないでほしい。 外国事情・海外文学に通暁するためには、ほぼ翻訳書で間に合う。あくまで原書で読む、などという気を起こさないことが肝要である。この忠告はぼく自身の嘆息・慨嘆の裏返しと疑ってよろしい。1日が短いように、一生は決して長い時間ではない。 近ごろの語学講座をちらちらと見ての感想を言えば、冗談やら、おふざけで楽しませながら、にこにこと始まり、嬉しそうに終わる。あれはあれで結構だし、文句は言えない。文法だ、動詞の活用だ、格変化だ、例外だ・・・と受講生を尻込みさせる怖い、出来すぎの、秀才才媛の先生方がかつては多かった。あの厳しさ、取っつきの悪さが捨てがたい。半面、言葉のお勉強は楽しいものだと「錯覚」させたがっている最近の講座の運び方に賛成できなくもない。だが、ほんとうのところ、言葉の勉強とは、血の滲む努力また努力の積み重ね・・・にこやかに、すらすらと、左団扇で外国語が読めるようになろうとは、ゆめゆめ夢想してはならない。 そう考えると、番組に出演の外国人講師の先生方から、却って日本語習得の苦労話をぜひとも伺いたくなってくる。失敗談には笑いもあろうが、おそらくは、よくぞ勉強なさったと感服するばかりの血と涙の物語に違いない。(中略) 大学で教えたころ、ぼくは第二外国語にフランス語を選ぶ1年生の講義始めに言ったものだ・・・「これまで英語ができなかった諸君は、まず上達の見込みがないから受講を諦めてください」次に「フランス語は英語と同様に簡単です。なんといっても漢字を覚える必用が全然ありませんから」と。もうひとつ「フランス語だけが発音の美しい言葉ではない。実はどの国の言葉も美しい。その間になんら優劣の差はない」とも説いた。 Je t'aime.(仏) I love you.(英)Ich liebe dich.(独) 我愛ニー(中国)などなど、どの言葉による告白も真情の籠もる限り、それを聞く男女の耳には、必ずやうっとりとするほど美しく響き、こころ動けば、その場でさっそく同じ愛の言葉で応ずるだろう。(大使注:ロシア語、ポーランド語も載っているが、その活字が打てないので割愛) 言わんとするところは、問題は発音・抑揚を含む個人個人の日本語の表現力にある。この点では翻訳文の作成・表記の場合と酷似する。外国語の習得の可能性のいかんは、日本語習得の基礎に左右される。「ちいちいぱっぱ」がしっかりと身に付かない幼児に、どの外国語を押しつけても無駄である。 本嫌いの子どもが言葉好きに成長するはずはない。音感の優れない男女に外国語のイントネーションを受け入れる耳はない。要するに、外国語を学ぶには、それなりの資格・能力・性格・経歴が要求される。万人向けの分野では決してない。『ぼくの翻訳人生』2:翻訳家になる前の就職活動『ぼくの翻訳人生』1:フランス文学体験
2018.05.15
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図書館で『ディスカバー・ジャパン(2017年9月号)』という本を手にしたが・・・・昨今では大学卒の職人も増えているそうだが、この本も就活資料としていけてるかも♪表紙に「職人という生き方」とあり、中を見ると、民芸的なものとか、宮大工とかかなり本格的な取り組みが見て取れるわけで・・・ええでぇ♪【ディスカバー・ジャパン(2017年9月号)】雑誌、エイ出版社、2017年刊<商品の説明>より日本には世界が驚くものづくりがあります。これまで『Discover Japan 』では、うつわやクラフト、民藝、食など、たくさんの「もの」を紹介してきました。今回の特集では、さまざまな分野で活躍する職人に注目いたします。まず何百年と受け継いできた技術を生かし、いまのライフスタイルに合うような柔軟なものづくりで進化を続ける、世界で活躍する職人をフィーチャー。独自の着色技術を開発し、金属着色の可能性を広げている銅器着色職人の折井宏司さん、ブリキや銅、錫の茶筒をつくる茶筒職人の八木隆裕さん、寺院用のおりんの技術を生かした曲げられる金属「すずがみ」が熱い視線を集める鍛金職人の島谷好徳さんの活躍を取材。<読む前の大使寸評>表紙に「職人という生き方」とあり、中を見ると、民芸的なものとか、宮大工とかかなり本格的な取り組みが見て取れるわけで・・・ええでぇ♪amazonディスカバー・ジャパン(2017年9月号)仕口(台持ち継ぎ)宮大工について斑鳩工舎・小川三夫氏と作家・塩野米松氏が対談しているので、見てみましょう。p105~108 <教わったのは飛鳥工人の技術と知恵と生き方>塩野:小川さんの師匠は西岡常一棟梁です。僕がはじめて西岡棟梁を訪ねたのは1985年。その頃、小川さんは奈良で西岡棟梁と一緒にやっていたね。 小川:そうだなぁ。ずいぶん経ったもんだ。俺らはよ、同い年だな。年とったよなぁ(笑)。もう70だからな。塩野:西岡棟梁に「弟子にしてください」って言いに行ったのは18歳のときでしょ。 小川:高校卒業するときだから19になるときか。「もう遅い」「いまは仕事がない」って、ふたつの理由で断られたよ。18でも遅いって言うんだな。15で来なきゃって言うんだ。それでも、法輪寺の三重塔を再建することになって呼んでくれた。3年ほかで修業してからだ。塩野: これまでも何度も聞いてきたけど、小川さん。宮大工と普通の大工さんはどう違いますか?小川:仕事は一緒。家大工でもすごく腕のいい人はいる。ただ、俺らは大きな木を使う。大きな木というのは木の癖が出る。ねじれたり、割れたり、だから宮大工っていうのは木の癖をくまなくてはいけない。塩野:「釘を使わないのは本当ですか」って、よく聞かれるでしょ。 小川:それは本当。軸部といって力の加わる部分は木だけで組む。垂木を止めたり、板を止めたりっていうのは釘が必要になる。そうはいっても、仕事全体からいえば、釘を使わないって言ってもいいくらいだな。塩野:釘で押さえられる木が細くない。「釘が使えない」と言うほうがいいんだな。ほかにはどんなところが違う? 小川:家大工は施主さんの意向に沿ってつくらなくちゃいけねぇな。俺らは神仏のためにつくる。神さま仏さまは、ああしろこうしろってうるさいことは言わねぇ(笑)。 いやいや、そりゃ冗談だ。堂塔をつくるときは、お寺さんが檀家から何億っていう浄財を集めるんだ。だから俺らは、檀家の人たちが頼りにできる。安心できる建物をつくんなくちゃならねえぇ。塩野:木の太さ、大きさが家とは違うわけだけど、寺社建築には本当にあれほどの部材が必要なの? 小川:細い木でやってやれないことはない。しかし、俺らは何百年も変わらないものをつくるんだ。長い間安定する建物。それから集まる人が安心できる建物っていうこと。そうすると、太い材ということになる。塩野:神さま仏さまだけではなく、人が慕って集う建物。大きな木を使っても、重苦しくちゃいけない。だから、ゆったり曲線を使ったり美しい細工をしたり、さまざまな工夫がされるんだね。 小川:仕口っていって、木と木を組む技術がある。これは長い歴史の中で、大工たちがいろいろ工夫してつくったわけだけど、法隆寺が建てられた時代には、簡単な仕口しかできなかったんだ。なにせ、当時はまだ大工道具がそれほどなかったからな。塩野:縦引き鋸すらないから製材もできなかった。太い材木に楔を打ち込んでいって割ったんだな。それを槍鉋できれいに仕上げた。小川:そうだな。法隆寺や薬師寺の塔の中に入ると、木と格闘した跡がありありとわかる。鋸がないから、製材した木でも太さはバラバラや。外は何とかきれいに加工するんだけども、中はバラバラ。長さも斧で断ち切ってあんだよ。不揃いの木を組み上げるのは本当に大変だよ。木を1本1本見て、これがどこって場所を決める棟梁がいたからできたんだ。塩野:奈良には、そうやって建てられて、1300年も経った建物がたくさんある。それがだいたい同時代に建っている。小川:うん。だいたい60年で建ったんだ。同時進行でやったんだな。その頃、経験者っていうのはあんまりなかったと思う。塩野:いないね。小川:道具も少ない。それだけじゃなく、図面もなかったのに、だよ。やっぱり、知恵だ。昔の人っていうのは知恵を働かせたんだ。木を組むだけじゃねぇ。あれだけ大きな木をどうやって山から切り出し、運んだのか。塩野:そういう飛鳥時代の工人の、技術と知恵と生き方を受け継いでいたのが、小川さんの師匠の西岡棟梁だった。 小川:棟梁は、ずっと貧乏していた。塩野: 法隆寺や薬師寺っていう寺の仕事しかやってはいけないって育てられた。そんな昔の教えをきっちり守った最後の宮大工だね。
2018.05.14
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