全92件 (92件中 1-50件目)

図書館で『海を脅かすプラスチック(ナショナルジオグラフィック2018年6月号)』という雑誌を、手にしたのです。先日も、『鳥たちの地球(ナショナルジオグラフィック2018年1月号)』を借りて読んだのだが、この雑誌の特集や記事が、骨太のコンセプトに裏打ちされていることに好感をもったのです。【海を脅かすプラスチック(ナショナルジオグラフィック2018年6月号)】雑誌、日経ナショナルジオグラフィック社、2018年刊<商品の説明>より【特集】●海に流れ出るプラスチック:丈夫で軽く、安価なプラスチックの発明は、人々の暮らしを大きく変えた。便利になった一方で、廃棄された大量のプラスチックが海へと流出している。海洋生物を介した人体への影響も懸念されるなか、この厄介な問題を解決しようと各地で取り組みが始まっている。シリーズ 鳥たちの地球●タンチョウ:かつて絶滅が危ぶまれたタンチョウ。保護活動が実を結び、生息数が回復する一方で、課題も出てきた。●消えた入植者たちの影:16世紀、英国から北米大陸に入植を試みた人たちが姿を消した。400年にわたる謎を考古学が解明するか?<読む前の大使寸評>先日も、『鳥たちの地球(ナショナルジオグラフィック2018年1月号)』を借りて読んだのだが、この雑誌の特集や記事が、骨太のコンセプトに裏打ちされていることに好感をもったのです。amazon海を脅かすプラスチック(ナショナルジオグラフィック2018年6月号)p38~41<17世紀、宗教弾圧を受けた清教徒が英国南西部の都市プリマスから新天地を求めて北米大陸に渡ったとき、まだプラスチックが発明されていなくてよかったと、つくづく思う:ローラ・パーカー>メイフラワー号 彼らを乗せて新大陸を目指すメイフラワー号にペットボトル入りの水やプラスチック包装のスナック菓子が満載されていたら、用済みで海へ捨てられたパッケージは大西洋の波と太陽光で小さな粒子に砕かれ、現在も世界の海を漂っていただろう。もともと有害な化学物質を含んでいる粒子は、さらに海中の有害物質を吸着し、魚やカキの体に取り込まれた後、めぐりめぐって人間の口に入っていたかもしれない。 2017年の秋、私はプリマス行きの列車の中で、そんなことを考えていた。プリマスでは、プラスチックの利用が招いた惨状について、ある人物に話を聞く予定だった。 プラスチックは19世紀後半に開発され、生産が本格化したのは1950年頃のことだ。これまでの累計生産量は83億トン。そのうち廃棄されたのは63億トンにのぼるが、廃棄されたなかでリサイクルされていないプラスチックは、実に57億トンもあるという。2017年にこの数字を割り出した科学者たちも驚く状況だ。 回収されなかった廃プラスチックがどれだけ海に流入しているのか、誰にもわからない。2015年、米ジョージア大学の工学者ネンナ・ジャムベックがおおよその値を推定し、世界の注目を集めた。沿岸部から流出する分だけでも年間480万~1270万トンにのぼるという。 その大半は、主にアジアの国々で不用意に捨てられたものだ。想像してみてほしい。廃プラスチックを詰めたレジ袋を、世界中の海岸線に沿って1メートルおきに捨てるとしよう。1ヶ所につき年間15個捨てれば、プラスチックは約800万トンになる。これはちょうどジャムベックが推定した値の中間値だ。これらのプラスチックが分子レベルまで生分解されるのにかかる時間は、450年という説もあれば、永久に分解されないとの見方もあり、明確な答えはわからない。 こうしたプラスチックは絶滅危惧種も含めた700種近い海洋生物に影響を与え、毎年多くを死に追いやっていると推定される。投棄された漁網にからまるなど、目に見える形での被害もあるが、目に見えない形でダメージを受けている生物はもっと多いだろう。 直径5ミリ以下の微小なプラスチック粒子は「マイクロプラスチック」と呼ばれ、今では動物プランクトンからクジラまで、あらゆる大きさの海洋生物が体内に取り込んでいる。私が訪れた米国ハワイ島の人里離れた浜辺でも、この粒子は足首が埋まるほど堆積していた。 2017年12月にナイロビで開催された第3回国連環境総会で、国連環境計画(UNEP)の代表は「海洋のハルマゲドン」という表現を使い、危機的状況にある海を救うことの重要性を訴えた。 「解決方法はわかっているんです」と言うのは、開発途上国のごみ問題に25年余り取り組んできた資源経済学者のテッド・シーグラーだ。「ごみの拾い方は知っていますし、誰でも拾えます。処分やリサイクルの仕方もわかっています」。必用なのは、それを実行するための制度や仕組みを確立することだという。行方不明のプラスチックはどこへ? 目的地の英プリマス大学に着くと、海洋生態学者のリチャード・トンプソンが出迎えてくれた。64歳のトンプソンは、博士号を目指していた1993年に、西部沖にあるマン島で初めて海岸の清掃活動に参加した。 ボランティアたちがペットボトルや漁網を拾うなか、彼は満潮時の波打ち際に残された、見過ごされそうなほど小さな粒子に目を留めた。最初はプラスチックかどうか確信がもてず、警察の科学捜査班に助言も求めたという。(中略) 初めての政争活動を皮切りに、トンプソンは何年も研究を続け、その謎を解く手掛かりを得た。行方不明のプラスチックは、誰も気付かないような微細な粒子に姿を変えていたのだ。彼は2004年の論文で、こうした粒子を「マイクロプラスチック」と名づけ、海洋に大規模に集積している可能性があると予測した。この予測はその後の調査で裏づけられることになった。 プラスチックを細かく砕くのは、波と太陽の光の作用だけではない。私がプリマスを訪れる直前、トンプソンはヨーロッパ沿岸部でよく見られる小さなエビに似た甲殻類の一種が、1枚のレジ袋を175万個もの小さな破片に裂くことを、実験室で突き止めていた。 マイクロプラスチックは、深海の堆積物から北極の解氷まで、調査されたあらゆる海域で見つかっている。ある論文によると、北極で氷の融解が進めば、今後10年間に1兆個ものプラスチック粒子が海に流出する可能性があるという。ハワイ島の浜辺の砂は、多い地点でこの粒子が15%を占めている。私が歩いたカミロ・ポイント・ビーチには、北太平洋をぐるりと回る、北太平洋旋回と呼ばれる海流に乗ってプラスチックが漂着する。 世界には大量のごみを一定の海域に集める循環流が五つあるが、なかでも北太平洋旋回は最もごみが多い。そこには、洗濯かごや瓶、それに中国語、日本語、韓国語、英語、時にはロシア語のラベルの付いた容器が堆積していた。ちなみに、最近読んだナショナルジオグラフィックです。『鳥たちの地球(ナショナルジオグラフィック2018年1月号)』2:耕す人:池澤夏樹『鳥たちの地球(ナショナルジオグラフィック2018年1月号)』1:鴛鴦 世界一美しいカモ:福田俊司『超監視時代(ナショナルジオグラフィック2018年4月号)』2:イズリントン区の監視カメラ『超監視時代(ナショナルジオグラフィック2018年4月号)』1:「鳥たちの地球」シリーズ
2018.10.31
コメント(0)

今回借りた5冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「ナショナルジオグラフィック」でしょうか♪<市立図書館>・アイスランド・海を脅かすプラスチック(ナショナルジオグラフィック2018年6月号)・中国古代史研究の最前線<大学図書館>・浮世絵に見る江戸の食卓・韓国を食べる図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【アイスランド】椎名誠著、日経ナショナルジオグラフィック社、2015年刊<「BOOK」データベース>より大西洋のまん中に浮かぶ極北の孤島、アイスランド。敬愛するジュール・ヴェルヌが代表作『地底旅行』の舞台にも使った火山と氷河がおりなす絶景を誇るこの国はさまざまな幸福度ランキングの上位国でもある。美しい国をめぐり、幸せについて考えた旅する作家、椎名誠“最後のでっかい旅”の記録。ナショジオの絶景写真と著者撮り下ろし!<読む前の大使寸評>追って記入rakutenアイスランド【海を脅かすプラスチック(ナショナルジオグラフィック2018年6月号)】雑誌、日経ナショナルジオグラフィック社、2018年刊<商品の説明>より【特集】●海に流れ出るプラスチック:丈夫で軽く、安価なプラスチックの発明は、人々の暮らしを大きく変えた。便利になった一方で、廃棄された大量のプラスチックが海へと流出している。海洋生物を介した人体への影響も懸念されるなか、この厄介な問題を解決しようと各地で取り組みが始まっている。シリーズ 鳥たちの地球●タンチョウ:かつて絶滅が危ぶまれたタンチョウ。保護活動が実を結び、生息数が回復する一方で、課題も出てきた。●消えた入植者たちの影:16世紀、英国から北米大陸に入植を試みた人たちが姿を消した。400年にわたる謎を考古学が解明するか?<読む前の大使寸評>先日も、『鳥たちの地球(ナショナルジオグラフィック2018年1月号)』を借りて読んだのだが、この雑誌の特集や記事が、骨太のコンセプトに裏打ちされていることに好感をもったのです。amazon海を脅かすプラスチック(ナショナルジオグラフィック2018年6月号)【中国古代史研究の最前線】佐藤信弥著、星海社、2018年刊<「BOOK」データベース>より われわれ日本人は、日頃から古代中国に親しんでいます。日本語のなかに溶け込んだ故事成語、読み継がれた古典、そして『封神演義』や『キングダム』等のフィクション…。これほど身近な時代でありながら、残念なことに研究の進展はほとんど紹介されず、教科書の記述も古いままです。 中国大陸では、国土の開発とともに、金文・竹簡・帛書などの文字史料ーすなわち「出土文献」が現在進行形で陸続と発見され、研究状況は劇的に変化しています。本書では、近代以降の研究史と最新の研究状況をもとに、ある面ではフィクションよりもダイナミックな中国古代史の実像を紹介していきます。中国古代史をもっと楽しむため、研究の最前線をのぞいてみましょう。<読む前の大使寸評>甲骨文や金文など、言語学的な遺物に関心があるので、この本を予約していたのです。<図書館予約:(10/22予約、10/28受取)>rakuten中国古代史研究の最前線【浮世絵に見る江戸の食卓】林綾野著、美術出版社、2014年刊年刊<商品説明>より食のシーンは、浮世絵の世界に度々描かれてきました。鰹の初売り、夏の白玉、雪中の蕎麦屋など。そこには今もなお受け継がれる食文化があり、また失われてしまった食習慣に気づくこともあります。食を描いた浮世絵を紐解きつつ、そのレシピも紹介する一冊。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten浮世絵に見る江戸の食卓【韓国を食べる】黒田勝弘著、光文社、2001年刊<「MARC」データベース>より韓国人は「耳」で食べる? 在韓20年におよぶ著者が、自らの実体験をもとに韓国の食文化に迫る、驚きの韓国・食紀行。食べれば日本人の知らなかった韓国人のメンタリティがわかる。<読む前の大使寸評>追って記入amazon韓国を食べる********************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き338
2018.10.31
コメント(0)

図書館で『超老力(芸術新潮2018年3月号)』という雑誌を、手にしたのです。雑誌の表紙でわかるように、【スペシャル対談】横尾忠則×香取慎吾につられて借りたのでおます。【超老力(芸術新潮2018年3月号)】雑誌、新潮社、2018年刊<商品の説明>より◆特集◆超老力大先輩にまなぶ、アートと生きるゴールデンエイジ篠田桃紅 104歳 野見山暁治 97歳 柚木沙弥郎 95歳 安野光雅 91歳 中谷芙二子 84歳超老力。それは身体の老化を超えた先に現れる、さまざまな力。蓄積される経験と技術、研ぎ澄まされていく色と形、しがらみから解放されて自由にはばたく表現欲??。80歳を超えた現在も、魅力的な作品をひたむきに作り、美術界を牽引しつづける大先輩たちの「超老力」から心ゆたかに、美しく生きるヒントを探ります。【スペシャル対談】横尾忠則 81歳×香取慎吾 41歳【超老たちのLife & Creation】篠田桃紅/野見山暁治/柚木沙弥郎/安野光雅/中谷芙二子<読む前の大使寸評>雑誌の表紙でわかるように、【スペシャル対談】横尾忠則×香取慎吾につられて借りたのでおます。amazon超老力(芸術新潮2018年3月号)おお♪ニッチの権化のようなみうらじゅんの「マイブーム」が載っているので、見てみましょう。p132<還暦みうらじゅんの「マイブーム」大全SINCE1958> みうらじゅん(1958年生まれ)の肩書きは、一般的には漫画家であり、イラストレーターであり、エッセイストだったりもする。 一方で、「マイブーム」と「ゆるキャラ」という、日本語として完全に定着したふたつの言葉の名付け親でもある。そんなみうらのこれまでで最大規模の展覧会が始まった。内容は、彼のマイブームの変遷をたどる、というもの。 たとえば「いやげ物」。たいていのお土産は実は嫌がられているのでは? と命名され、「誰も買わなそうな物を買う」ことを自分に義務付けてきた長年の成果がズラリと展示されている。 「ヤシやん」、「甘えた坊主」、「ニ穴オヤジ」・・・。最初のマイブームである小学校1年生の時の怪獣スクラップから、最新の「冷マ」や「SINCE GO」まで、実に50近くのマイブームが展示されている。 総数1000を超える膨大な展示品にめあいを憶えつつ改めて驚くのは、みうらのやっていることが少年時代からまったく変わっていないという事実。おもしろいと思うものを自分なりに編集して、それを他の人に見せて楽しんでもらう(みうらいわく、「一人電通」)。 マンガもイラストもエッセイもその手段に過ぎないのだ。小1から還暦あで変わらぬ日々の営み…。唯一無二の創造性と言えよう。 そして来場者たちがこれほど笑顔に溢れた展覧会も他にはないだろう。 「マイブーム」というわりと一般的なことばも、みうらさんの創作だったのか…何事につけ、言い出しっぺはえらい♪川崎市市民ミュージアムのみうらじゅん企画展を覗いてみましょう。MJ’s FES みうらじゅんフェス!マイブームの全貌展 SINCE 1958より「マイブーム」「ゆるキャラ」などの命名者であり、現在の「仏像ブーム」を牽引してきたみうらじゅんは、2018年2月1日で還暦を迎えます。 本展では、みうらじゅんの生誕60年を記念し、「MJ’s FES みうらじゅんフェス!」と銘打って膨大かつ深遠な創作活動に迫り、「マイブーム」の起源と全貌を明らかにします。★★代表 みうらじゅんからのメッセージ★★ 私がデビューしたのは世間的に’80年ということになっているのですが、私調べによるとすでに小学一年生から始まっているマイブームの軌跡。 今では国宝ならぬ『ボク宝』級価値の“怪獣スクラップ・ブック”制作から実に54年もの時が流れたことになります。その後、自作の漫画誌、新聞、エッセイ本、アニメに至るまで、誰からも頼まれることない“ない”仕事を続け現在に至っているのですがこの度、川崎市市民ミュージアムでその全貌に迫る展覧会が開催されることになりました。たぶん、みな様はその数に圧倒され、開いた口が塞がらないと思います。 そして、“一体、この展覧会は何なのか?”と、問うことでしょう。私も同じです。そこは会期中、私の友人によるトークショーで明らかになるであろうと確信しております。 長きに渡る収集癖と発表癖を篤と御覧になってください。よろしくお願い申し上げます。みうらじゅん展代表 みうらじゅんウン 『ボク宝』なんて…ニッチの極致であるなあ♪『超老力(芸術新潮2018年3月号)』2『超老力(芸術新潮2018年3月号)』1
2018.10.31
コメント(0)

図書館で『群馬県ブラジル町に住んでみた』という漫画本を、手にしたのです。なるほど、住んでみるという手があるのか・・・究極のフィールドワークというか、軽いフットワーク(あるいは貧乏暮らし)や、おまへんか♪【群馬県ブラジル町に住んでみた】中川学著、KADOKAWA、2013年刊<「BOOK」データベース>より 中川学、人付き合いが苦手な37歳。海外に行ったことがなく、外国人と交流した経験もほとんどない。そんな彼が外国人の友だちをつくるために引っ越したのは、ブラジル人・ペルー人が人口の1割以上を占める、群馬県の町。 地元のスーパーマーケットやレストラン、飲み屋を歩き、サッカーやサンバで交流を図った先につかんだものとは…。汗と涙と爆笑の“異国の友だちづくり”コミックエッセイ!<読む前の大使寸評>なるほど、住んでみるという手があるのか・・・究極のフィールドワークというか、軽いフットワーク(あるいは貧乏暮らし)や、おまへんか♪rakuten群馬県ブラジル町に住んでみたこのマンガの冒頭を見てみましょう。ネットではスクロール可能なマンガ頁もあるので、お後は宜しく。「広報おおいずみ」の外国人特集号を、見てみましょう。広報おおいずみ(特集:多くの外国人が住む大泉町)より 大泉町の総人口は4万1834人。 このうち外国人が7586人を占めます(平成30年3月末現在)。割合にすると18.1%と、全国的にも高い数値です。「どうして、こんなにたくさんの外国人が住んでいるの」と首を傾げる人もいると思います。そこで改めて、外国人増加の背景や町の取り組みと課題などについて、お知らせします。■外国人増加の背景法律改正と工場の「人手不足解消」が要因 特に、「日系ブラジル人」が増加しはじめたのは、平成2年6月の入管法の改正が要因です。 これにより、日系人の2世、3世とその配偶者などには、活動や就労を制限しない「定住者」という、在留資格が認められました。 従来から「工業の町」として栄えてきた大泉町の工業製品出荷額は順調に伸びている一方で、多くの中小企業では、労働力不足の問題を抱えていました。いわゆる3K(きつい、危険、汚い)といわれる部門で働く人たちが減少していたためです。 このような状況の下、中小企業は、外国人に労働力を求め、受け入れたことにより、近隣も含めた好評の生産現場などでは仕事のある大泉町をはじめ、製造業が盛んな東海地域などで、多くの南米系外国人が存在することとなったのです。日本での生活が長くなった外国人たちと「多国籍化」急増の当初は、「出稼ぎ」という感覚が強かった外国人も、母国の経済状況や子どもの教育など、さまざまな理由で日本の滞在年数が長くなってきました。 町内にはポルトガル語の看板を掲げたスーパーやレストラン、雑貨店などが増え、休日にもなると、県外からの日本人・外国人を含む多くの買物客なども見られます。また近年では、南米系外国人のみならず、ネパールをはじめとするアジア径外国人も仕事を求めて増加。その国籍は46ヶ国にわたるなど、「多国籍化」しています。■町の取り組みと課題日本の習慣やルール、マナーを身につけてほしい“郷に入れば郷に従う”ということわざがありますが、日本のルールを守り、日本の習慣を身につけてもらうことは、日本に住む外国人にとっても安全で快適な生活につながるものと考え、町では全国に先駆け、ごみ出しのマナーをはじめ、納税への理解、子どもの教育や日本語習得の必要性などを、役場の各窓口やポルトガル語の広報紙、また説明会の開催により、積極的に伝えようと務めてきました。【Interview 6】 大泉町に住んで6年になります。地域の一員となるためには、外国人が日本のルールやマナー、文化などを学ぶことが大切だと思います。 特に、ごみのマナーは重要です。私の経営する工場の前にごみステーションがあるのですが、ごみが散乱していることが多く、私が片づけをしたこともあります。その地域に住んでいる住民がしっかりとマナーを守らなければならないと思います。日本の生活習慣への理解を積み重ね、日本人と交流し顔の見える関係を築いていきたいです。外国人キーパーソン:ファリアス ビルマル さんこのところ、新聞なんかでは外国人労働者の問題(人手不足、過酷な入管、諸国間争奪、日系4世の悲哀など)でもちきりであるが・・・大泉町はその問題を先取りしているのかも。政府、国会ではわりと無責任に取り扱っているが・・・とにかく、縦割り行政で(政策責任者がいないわけで)、そのツケは大泉町の町政、町民、日系人に回ってくるのでしょう。安倍さんの国会答弁を聞いているのだが何だか空しいぜ・・・国債目当ての(借金目当ての)予算案、消費税率、外国人投資家目当ての経済政策、少子高齢化の現状、中ロに対する安保などの経済的連立方程式のセンスがあれば国会においてウソをつきまくることや、ビジョンを語ることは容易である。・・・要は国民、貧者へ奉仕するマインドが有るかどうかなんでしょうね。
2018.10.30
コメント(0)

図書館で『作家の猫』という本を、手にしたのです。『作家の猫2』という姉妹本は先に読んでいましたが・・・やっとこの本に巡り合ったわけで、まよわず借りたのです。【作家の猫】平凡社編、平凡社、2006年刊<「BOOK」データベース>より漱石の「吾輩」から、中島らもの「とらちゃん」まで作家に愛され、描かれた猫たちのアルバム。<読む前の大使寸評>『作家の猫2』という姉妹本は先に読んでいましたが・・・やっとこの本に巡り合ったわけで、まよわず借りたのです。rakuten作家の猫お次は池波正太郎さんちの猫たちを、見てみましょう。p92~93<猫が書かせた小説:常盤新平> 池波先生は猫がお好きだった。『鬼平犯科帳』の「猫じゃらしの女」には、長谷川平蔵が可愛がっているトラ猫の五郎がちらりと登場する。 『剣客商売』の「おたま」は、おたまという白い牝猫が主人公のような短篇小説である。秋山小兵衛もまた作者と同じく猫が好きだ。小兵衛も池波先生と同じくこれまでに何匹も飼っていたが、大半は死んでしまった。 おたまは迷い猫である。小兵衛はこの猫を可愛がったが、猫の毛が落ちていたり、泥足で家のなかへはいってくるのが我慢できない、きれい好きの女房、おはるは叱ったり叩いたりしてきた。 おたまは2年前に小兵衛とおはるがすむ鐘ヶ淵の隠宅に住みついてしまったのだが、それから1年あまりたって、梅雨のころに突然、姿を消した。そのおたまが春の日にもどってきたときから、小説がはじまり、小兵衛を事件へと案内する。 その昔、小兵衛はおくろという黒い牝猫を飼っていた。この猫もおはるに邪険に扱われた。 初秋のある夜、居間に寝そべっていた小兵衛が銀煙管を手にして、半身を起こし、煙草盆へ手を伸ばしかけると、居間の片隅でやはり寝そべっていたおくろがむっくりと起きあがり、煙草盆に近づき、それを自分の尻にあてがって、小兵衛の目の前まで押してきた。 おはるが小兵衛の隠宅に女中に来たばかりのころである。おはるが驚いたのはいうまでもない。だが、小兵衛は平然と言う。 「なあに、いつものことだよ」 おくろはかなり年をとっていて、翌年の夏に病死した。小兵衛はおくろをまるで家族の人に対するように看病したという。 おたまもおくろに劣らず利口な猫だ。そして、おくろの利口なところが「おたま」という小説の伏線になっている。 先生の自選随筆集『私が生れた日』(朝日文芸文庫)の目次を見ると、先生がいかに猫を大事にしていたかがわかる。 目次は「私が生れた日」にはじまり「父」、「母」、「家」とつづき、つぎが「猫」なのである。「猫」の冒頭で池波先生は次のように書いておられる。 「私のところでは、むかしから猫を飼っているので、猫のいない自分の家など考えられなくなってしまっている」 「猫」は18年前に書かれたエッセーである。先生がお元気そのものだったころである。 先生は猫をおもちゃ代わりにしたので、猫には嫌われていたようだ。でも、シャム猫のサムだけは先生になついていた。 サムは夜半すぎに音もなく先生の書斎にはいってきて、先生の仕事が終わるまでベッドで眠っている。やがて仕事が終わると、先生が寝酒にウィスキーを飲むのだが、そのとき、サムの小皿にもウィスキーをちょっぴり水割にしてやる。 サムは音もなく飲んでしまう。最初はおもしろがってウィスキーを飲ませた。 池波家ではサムのほかに3匹の猫を飼っていたが、5、6匹の野良猫が飯を食べに来る。奥さまも猫がお好きだったようだ。『作家の猫』1
2018.10.30
コメント(0)

図書館で『作家の猫』という本を、手にしたのです。『作家の猫2』という姉妹本は先に読んでいましたが・・・やっとこの本に巡り合ったわけで、まよわず借りたのです。【作家の猫】平凡社編、平凡社、2006年刊<「BOOK」データベース>より漱石の「吾輩」から、中島らもの「とらちゃん」まで作家に愛され、描かれた猫たちのアルバム。<読む前の大使寸評>『作家の猫2』という姉妹本は先に読んでいましたが・・・やっとこの本に巡り合ったわけで、まよわず借りたのです。rakuten作家の猫表紙の猫は中島らもさんちのとらちゃんです。それでは、とらちゃんについて見てみましょう。p117~118<らもと猫たち:中島美代子> らもの傍らには、いつも猫がいましたね。元々、私が動物を飼うことが好きで…最初はウサギでした。ただ、らもはぬいぐるみのようなウサギよりは、知性が感じられるような動物…たとえば犬だったらいいななんて。 そして犬を飼うわけです。互いに「猫はいらないね」と言っていたんですけど、家の裏で見つけたノラ猫の子どもを飼ったことをきっかけに、ふたりして猫の可愛らしさがわかったんです。らもによれば、猫は媚びてこないこと、こちらのいうこともわかること…が気に入った理由だったようです。 そのノラ猫は、いつの間にかどこかへ行ってしまいましたが、その後、私が豊中で拾ってきた猫「ミケ」は、生涯らもに愛されました。ミケは拾われる前にしつけをうけたことがあったのか賢い猫で、ずっと我が家の女王様。いろんな方にもらっていただいたのですが家には多いときで猫が4匹いましたね。 らもは、事務所に泊まり込んで仕事をしていましたから、向こうにも猫がほしくなって、とらちゃんを飼うようになったんでしょう。ただ、とらちゃんが事務所の大家さんになついてしまったから、さびしかったかもしれませんけど(笑)。 とらちゃんの世話は、事務所のスタッフの担当。らもは、家にいる動物の世話もほとんどしませんでした。ただ横にいて、話しかける。猫も「にゃぁ」とか返事していましたよ。いつも寝ている猫を見て、うらやましがり、ときには一緒に寝ていただいていましたね(笑)。 とらちゃんは、らもが体調を崩して自宅で仕事をするようになったとき、本人が大家さんに託してきました。猫好きな大家さんに愛され、何匹かに増えた仲間とともに元気にしているようです。諸般の事情でこの本を先に読んだのですが・・・赤塚不二夫さんちの菊千代、米原万里さんちの無理、道理、ソーニャ、ターニャなどが載っています。【作家の猫2】ムック、平凡社、2011年刊<「BOOK」データベース>よりしろ、ミイ、クック、ヤン坊、ナルト、リュリ、クーちゃん…作家に愛された猫たち。【目次】加藤楸郎ーしろ、たま、ミイ/長谷川〓(りん)二郎ータロー/萩原葉子ー舞子/池部良ーミンゴ、チー、チビ/城夏子ーノン、メエ、茶目、チャコ…/武満徹ークック、すず、ノノ/佐野洋子ーミーニャ、金太、クロ、フネ/川本恵子ーゴロニャン、プカジャ、ヤン坊/田中小実昌ーミヨ、ミイ/米原万里ー無理、道理、ソーニャ、ターニャ…〔ほか〕<読む前の大使寸評>赤塚不二夫さんちの菊千代、米原万里さんちの無理、道理、ソーニャ、ターニャなど有名猫がみられるのが、ええでぇ♪rakuten作家の猫2『作家の猫2』1byドングリとらちゃんの日常がいいではないか♪
2018.10.30
コメント(0)

大使はSNSとか「インスタ映え」などと聞くと、まず邪悪なモノという感じがするわけで・・・かなり流行から取り残されているわけです。が・・・でも、このたびフェイスブックから大量のアカウント情報が流出したと聞き、それ見たことかと思ったのです。2018/10/01Facebookの脆弱性にサイバー攻撃、約5000万ユーザーに影響より Facebookは、脆弱性が悪用され、アカウントのアクセストークンを不正に取得される攻撃を受けたことを明らかにした。約5000万のアカウントに影響があり、予防措置の対象となったアカウントとあわせ、あわせて約9000万件におよぶアカウントをリセットしたという。 同社によれば、脆弱性が存在していたのは、表示状態を確認するためプレビューを提供する「特定のユーザーへのプレビュー(View As)」機能。 Facebookにログインするためのアクセストークンを第三者が不正に入手し、アカウントを乗っ取ることが可能な状態で、同社では9月25日昼ごろに脆弱性が悪用されていることを発見したという。 同社では、2017年の7月に動画のアップロード機能を変更したが、その際の変更が今回の脆弱性に影響を及ぼしたとしている。ザッカーバーグの開き直りは、こうです。2018/10/02「裸の王様化」したザッカーバーグはユーザーの安心のために何をすべきかより Facebookは同日、ユーザーのプロファイルが、他の人に対してどう表示されているかという機能で、コードの欠陥をついてハッカーが侵入したと、ブログで発表した。実際の被害は現在不明だが、アカウントを乗っ取ることはできたとしている。このためFacebookは、影響を受けたとされるアカウントをリセットした。筆者をはじめ、数千万人が再ログインをしなければならなかった理由だ。 「欠陥なんてあっていいのかって思うけど、Facebookはいいと思ってるんだよ」過去に個人情報漏洩の報道後、「#DeleteFacebook」の呼びかけに応じてアカウントを閉鎖した友人は、こう言った。 アップルストアに勤める友人は、「アップルなら絶対にそんなことしない。ユーザーがきちんと対応するまで警告を続ける」と言う。もっとも、フェイスブックやインスタグラムの危険性は2017年時点から警告されていました。2017/11/01フェイスブックやインスタグラムを含むSNSが、「人間の心理学的な脆弱性を悪用する」意図で設計され、「いかに子どもの脳を破壊しているか」が元CEOより暴露されるより 私の子どもは小学6年生で、うちには共用の Mac パソコンがあるのですけれど、彼はよく YouTube を見たりしています。そういうのは放置しているのですけれど、YouTube でも「コメントしてはダメ」としています。 SNSは論外で、「もう少し大きくなるまでは絶対に関わってはいけないもの」ということにしています。代表的なものだと 今回のフェイスブックとかインスタグラムとか LINE とかですかね。そういうものは「良い悪いは考えなくていいので関わらないことにしましょう」ということにしています。 もちろん、自主的に判断する年齢になれば、あとは本人の責任ですが、最近のスマートフォンなどは最初からアプリがインストールされていたりいます。彼は今は小学生ですからスマートフォンは関係ないにしても、「スマホは中学生になっても高校生になっても買いません」とも言ってあります。連絡用には親など登録した相手だけに連絡できる「見守りフォン」みたいなのは持っています。 さらに、大使は2012年にGoogle+ はやばいかも?と「Google+」の危険性を予感していました。今となっては、GoogleのChromeが大使にとって最後の頼みのツールなので・・・頼みますよ、Googleさん。中国の情報市場に再度参入するGoogleであるが・・・「邪悪になるな」が社是であったグーグルは・・・・今は昔の感があるのです。…ということで、用心深い大使はミクシイ、フェイスブック、Google+、インスタ映えなどというモノには近づかないよう心がけてきたのです(笑)。
2018.10.29
コメント(0)

図書館で丸谷才一編集の『恋文から論文まで』という本を、手にしたのです。たくさんの作家による文章論が載っていて、興味深いではないか♪・・・ということで借りたのです。【恋文から論文まで】丸谷才一編、福武書店、1987年刊<「BOOK」データベース>より恋文、卒論、作文、料理、小説、悪文…と、豊富な題材で文章上達の極意を伝授!<読む前の大使寸評>たくさんの作家による文章論が載っていて、興味深いではないか♪・・・ということで借りたのです。amazon恋文から論文まで『文章読本』対談の続きが語られているので、見てみましょう。p216~219<『文章読本』についての閑談:吉行淳之介×丸谷才一>■現代日本語の成立吉行:さて、丸谷さんのこの本で、納得できなかったところを言いましょう。 一つは、「文語体を勉強することによって文章が良くなってくる」。もう一つは、「外国語をどれか一つ学ぶべし」、これは注釈がついていて、「キザを承知で言えば」と。しかし、これは昭和初期までのことではないですかね。 と言うのは、あの時代には、文語体とか欧文脈の消化がまだ十分できてなくて、みんな大変苦労した。そのあといろんな人が、日本の古典とか欧文とか勉強をして、口語を作っていってくれたわけですよね。げんにそういうお手本になるようなものがいっぱいある。それですましちゃいけないのですか、昭和50年代においては。 丸谷:しかしあれは、僕の体験がこもっているのでね。僕個人の体験じゃ狭すぎるのなら、こういうのはどうでしょう。 池田満寿夫のものを読んだときに、あのひとは、英語を読めないと言っているけど、やはり、英語と何らかの形でつき合わされちゃった人だろうと思った。そのことが池田満寿夫の文才を磨いていると思うんですね。吉行:英語かな、それは。 ああいう場所で暮らしている生活感覚じゃないかしらね。 丸谷:もちろん、それは非常に大きいでしょう。でも、やはり英語の文章といろんな意味でヘンにつき合わされていると思うんです。英語というものを日本語の横に置いたから、日本語がよくわかってきた。見えてきた。 たとえば、志賀直哉などは、日本の古典とか、漢文とか、特に読まなかった人でしょうよ。でも、明治時代の教育のせいで、不本意ながら、そういうものに接したということがあると思う。その経験がモノを言ってるでしょうね。伝統というものがわれわれに向かって押し寄せてきて、われわれの表現能力をきちんとさせるというのは、直接的じゃなくて、思いがけないところで妙な具合で迫ってくるものだから。吉行:ただ、明治初年から大正期までは、英語を読む能力は、新時代としての必需的な感じで非常に高かったろうし、日本の古典文学だって、もっと身近にあったんじゃないの。 丸谷:それはそうでしょうね。吉行:いまや、そこをさんざん苦労して現代日本語に消化した名文があるじゃないですか。それを読めばいいという意見はどうでしょう。 丸谷:手っ取り早い方法としてはそうかもしれないけど、さらに元に戻ったら、もう一つ手っ取り早い。吉行:本格的だよな。手っ取り早くないよ、大変だもの。 丸谷:つまり、石川淳を読んで勉強するよりは、蜀山人を読むほうが早いと、僕は思うんだなあ。吉行:勉強ということになれば、手っ取り早いかもしれないけど、ちょっとゴロ寝しては読めないよ。字引を横に置いて机に向かわなきゃ。石川淳も、いまの人にはかなり辛いだろうけど、僕が高校生の頃は、普通に読めたよね。 丸谷:そうそう。吉行:それよりちょっと厄介になると、もうダメで、勉強という感じになってくる。でも、その見解を除外すると、この『文章読本』は、厚さが三分の二になってしまう。 丸谷:そうです。吉行:定価が三分の二になって、印税も三分の二になる。(笑) それにしても、「ちょっと気取って書け」のところで出てくる永井荷風の『日和下駄』ね、あれでも坐り直して机の上にきちんと置いてよまなきゃ、もう普通には読めませんよ。 丸谷:そうかな? そうかもしれませんね。『恋文から論文まで』1
2018.10.29
コメント(0)

図書館で丸谷才一編集の『恋文から論文まで』という本を、手にしたのです。たくさんの作家による文章論が載っていて、興味深いではないか♪・・・ということで借りたのです。【恋文から論文まで】丸谷才一編、福武書店、1987年刊<「BOOK」データベース>より恋文、卒論、作文、料理、小説、悪文…と、豊富な題材で文章上達の極意を伝授!<読む前の大使寸評>たくさんの作家による文章論が載っていて、興味深いではないか♪・・・ということで借りたのです。amazon恋文から論文まで谷崎潤一郎の『文章読本』が語られているので、見てみましょう。p203~210<『文章読本』についての閑談:吉行淳之介×丸谷才一>■さまざまな事情吉行:谷崎潤一郎がその仕事を引き受けたのは何だろう。義理かしら。 丸谷:そうじゃなくて、やはり、お金に困っていたんでしょう。吉行:そ、そうか。 丸谷:あの頃、谷崎の助手をやっていた高木治江さんの『谷崎家の思い出』を読むとわかるけど、本当に金がないのね。そんなひどい状態で、しかもたいへんなお金持ちの奥さんと恋愛してるわけでしょう。とすれば、絶対に金が要りますよ。 書かせたのは中央公論の嶋中雄作だということになってるけど、その前に、谷崎の金策の申し込みが猛烈だから、嶋中雄作としてはそれに応じてアイディアを出さなければならない。そこで出てきたのが『文章読本』というプランだったと思います。そんな事情だから、谷崎としては、実用書を書いてくれともちかけられても、書かざるを得ない。断るわけにゆかない。 そこで彼は実用の文章について考える羽目になったんですね。しかし、実用の文章についてだけ書く気はない。そこで出てくるのが、文章の芸術性と実用性とは区別がない、という考え方が一つ。もう一つは、谷崎はあの頃、虚飾を排した。スタスタ歩く散文にかなり魅力を感じていたという面があるんじゃないでしょうか。鏡花の小説みたいな、あるいは漱石の『虞美人草』みたいな、絢爛豪華なやつではなくて…。吉行:初期の悪魔主義の文章ね、あれはスタスタ歩いてないでしょう。 丸谷:うーん、歩いているところもあるし、歩かないで踊っているところもある。吉行:やはり、修飾が多い文章と言われても、しょうがないんじゃないの。昭和9年と言ったら、何を書いている頃だろう…。『蘆刈』が昭和7年で、『陰鬱礼賛』『春琴抄』が昭和8年か。なるほど、そういう時期になるわけで、さかんに「含蓄」ということを、言っている。 丸谷:そう。吉行:自戒を含めているんだな。 丸谷:それは非常にあるんでしょうね。装飾たくさんのゴテゴテした文章も困るけど、ただスタスタ歩くだけの愛想のない態度も魅力がない。そこで「含蓄」…というわけかな。吉行:専門家向けの文章を書いたら、売れ行きが悪いだろうから、アマチュアでもこれを読めばうまくなる、というものを…。 丸谷:注文された。吉行:やや、その板ばさみになっているところがあるね。 丸谷:あります。でもね、その板ばさみをりようして文章の問題をじっくり考えよう、という姿勢もずいぶんあると思うんです。そこのところが、注文されて書くという条件をうまく使っているわけで、やはり、偉いよね。■握り箸と酢豚吉行:谷崎が最後のほうで言ってるね。 「もし皆さんが感覚の練磨を怠らなければ、教わらずとも次第に会得されるやうになる、それを私は望むものであります」 これは、感覚の練磨を怠らなければ、ここに書いてあることはおのずから身に備わるようになるものである、というふうに解釈していいんだろうね。 丸谷:感覚の練磨を怠らなければ、文章の極意はみんなわかる。吉行:つまり、自分がこの本に書いたことはすべておのずからわかる。 その前に、何だかんだ言っても、主観というのが大きく作用する、ということも言っていますよ。たとえば丸谷さんの本に出てくるように、何が名文かという判断も、主観によって大きく違ってくるのであります、というのと同じですね。そこでだ、谷崎も丸谷才一も、石をもう一つ置けば、話が風通し良くなったと思われることがあって、たとえば、僕はこういう経験があるんですよ。(中略) 丸谷:谷崎読本は、読者を選択しないように、門戸開放主義で書いてますね。あの「あります」調なんかは、そういうことのしるしでしょう。僕のほうは、わりに読者を選択する調子で書いている。ごく普通の文芸評論の調子で行なっている。でも見てくれはそういう具合に違うけれど、基本的な態度は、ほとんど同じだなと思うな。吉行:じゃあ、いま言ったのは、もう自明の理である、と…。 丸谷:ええ、自明の理。やはりそうでしょうね。だって、考えてもごらんなさいよ。あの頃の日本で、谷崎潤一郎はものすごく偉かったけど、彼の名前を知っている人なんて、本当に僅かだったでしょう。しかも、知っている人の大部分は、奥さんを交換した人か、といったような、そんな意味でしょう。ウン 同業者に対する情け容赦ない対談になってまんな。
2018.10.29
コメント(0)

26日のNHK「かんさい熱視線」で西はりま天文台の天体観望会が放映されたけど、良かった。西はりま天文台は人に見せるための天文台なんだって・・・日本で2番目の光学望遠鏡を備えていることもすごいけど、実測式プラネタリウムという感じの天体観望会がええでぇ。年間に100日も説明をこなす(引きこもりだった)鳴沢専門員の熱意もすごかった。この天体観望会のリピーターである老夫婦が出ていたが、そのおばあちゃんはうつ病で悩んでいたそうです。だけど観望会で癒されて、今では泊り込みで通っているそうです。ネットで「西はりま天文台」を見てみましょう。西はりま天文台とはより 「天空の輝き、望遠鏡で読み解く星と宇宙の物語」公開望遠鏡として世界最大を誇る『なゆた望遠鏡』で望むあまねく星空。毎夜開催される一般開放の天体観望会。星空の出前に、天文を楽しむ講座、様々なイベント。「兵庫県立大学 西はりま天文台」は研究活動と共に、「星」と「宇宙」の魅力を通じて一般の方の楽しみや学びに貢献する、兵庫県の佐用、大撫山に開設された公開天文台です。清々しい空気に包まれた自然あふれる環境の中、街の灯りがほとんど届かない山頂で見上げる天空。それは作り物のCGやプリントされた写真ではない本物の宇宙です。満天の星が瞬き語る「星」と「宇宙」の物語に想いを馳せる時間を過ごしませんか。世界最大の公開望遠鏡「なゆた」一般の方が日常的に見学したり、星を直接覗くことができる望遠鏡としては世界最大の望遠鏡です。晴れている夜は毎晩「観望会」と、その前後に「研究観測」が行われています。天文台へのアクセス道路通行止めと迂回路について、宇宙NAW No.341に載っているので、ご注意ください。
2018.10.28
コメント(0)

図書館で『火星ガイドブック』という本を、手にしたのです。おお 火星やんけ♪ 先日『火星で生きる』という本を読んだが、まるで尻取り借出しのように借りたわけです。【火星ガイドブック】鳫宏道著、恒星社厚生閣、2018年刊<「BOOK」データベース>より本書では、火星は何が面白いのか、何を見たらいいのか、その方法と楽しむポイントについて、解説。さらに、過去の火星観測から今の火星探査に至る歴史的な経緯やその過程で考えられてきた火星像、得られた情報をどう解釈してきたのか、さらに何を知ろうとしているのか、そのための手段としての探査の歴史と積み重ねてきた成果、など大まかな火星に関する歴史をまとめました。<読む前の大使寸評>おお 火星やんけ♪ 先日『火星で生きる』という本を読んだが、まるで尻取り借出しのように借りたわけです。rakuten火星ガイドブック火星の気候が語られているので、見てみましょう。p127~137<火星の大気と気候> 大気中に浮遊するダストが太陽エネルギーを吸収して大気の加熱源となっていることも火星特有の気象現象だ。ダスト、といっても、常に大気中に浮遊しているのは、粒径で0.2~1.5μm。これはほぼ煙の粒子サイズといっていい。火星の希薄な大気にあっても浮遊できるサイズなのだ。 このチリを含む大気は、季節の変わり目に大規模な砂嵐などの気象現象を引き起こすことがある。(中略)<北極冠、南極冠の消長> 地球の南極大陸が氷河で覆われているように、火星の北極と南極にも白い氷の地形(極冠)が広がっているのが見られる。それぞれ、北極冠、南極冠と呼ばれる。火星の極冠の正体については、南北とも氷(H2O)の本体をドライアイス(CO2)が覆っている。 ドライアイスは、冬に氷全体と周囲の地表を覆って白く見える部分の範囲を広げ、夏には昇華してその下にある水の氷が露出すると考えられている。(中略) <グローバルなダストストーム(砂嵐)> 学校のグラウンドなどの広場で、晴れた日中につむじ風がおこることがある。この突風は地表付近のダストを大気中に巻き上げることから「塵旋風」と呼ばれるが、英語では「ダストデビル」と呼ばれる。火星でもダストデビルはが頻発し、そのサイズは高さ数百mに及ぶ。 火星のダストは それが大きなダストストーム(砂嵐)へつながることもある。 マリナー9号のデータによると、ダストストームは時速200km以上の速度で移動し、風速は最大時速500~600kmにもなり、地球上の暴風の風速をはるかに上回っていた。 バイキングの着陸船は最大30m/sの風速を測定した。さらに、火星の薄い大気のもとでは、粒子が衝突すると飛び散った小さなかけらは2次的な衝突を起こす。空気が小さなかけらにブレーキをかけるいわゆるクッション効果を実質的に生じないのだ。高速の風とダストの衝突は、小さな粒子が効果的な浸食作用をすることを可能にする。これらから火星のダストの嵐は、高い浸食率を示している。 こうしたダストはどのようにして供給されてきたのだろう。1つは火山噴火による火山灰などからの供給がある。さらに粘土鉱物も見られる。ガラスのビーズや岩石の破片でできている月のレゴリスに似た細かい固溶体は間違いなく隕石の衝突から生成されるのだろう。直径数mのクレーターを作る小さな隕石落下はかなりの頻度でとらえられている。これらの細かい物質は強風によって持ち上げられ、拡散し火星全土を覆っている。ネットで北極冠を見てみましょう。火星の北極冠のなぞ、解明かより NASAの火星探査機マーズ・リコナサンス・オービター(MRO)による観測から、火星の北極冠の複雑な地下構造が明らかになった。構造の分析から、北極冠の渦模様や巨大な谷がどのように形成されたのかという、長年のなぞに迫る成果が得られた。北極冠 火星の北極冠は差渡し約1000km、面積は日本の2倍ほどで、表面から約30kmほどの深さまで氷とちりの層が堆積している。もっとも顕著な特徴は「Chasma Boreale」と呼ばれる谷で、長さはグランドキャニオンと同じくらいだが、幅はその7倍ほどの約200kmもある。 「Chasma Boreale」の成因について研究者たちは、火山活動の熱で氷床の一番下の氷が融けて大規模な洪水が発生したためではないか、あるいは、極域に吹く強い風によって氷のドームが削られたことによるものではないか、と考えている。 また、極冠にはそのほか多くの溝があり、中心から外側に向かって渦を巻くような形をしている。1972年に発見されて以来、その形成プロセスについてはよくわかっていないが、火星の自転に伴って、極から遠い場所にある氷に比べて近い方の氷がゆっくりと動き、半液状化した氷に割れ目ができたという考え方がある。一方、ある計算モデルでは、太陽の熱が一部の領域で増加し、それが伝わって溝ができたことが示されている。ネットでダストストームを見てみましょう。火星で大規模なダストストームが発生中より【2018年6月8日 PVOL/月惑星研究会】 火星は5月22日に秋分を迎え、北半球は秋から冬へ、南半球は春から夏へと移り変わる時期だ。この時期には大規模なダストストーム(砂嵐)が発生することがある。 NASAの火星周回探査機「マーズ・リコナサンス・オービター(MRO)」で撮影された画像によると、5月31日ごろに北半球のアキダリア平原からアラビア大陸にかけての地域でダストストームが発生したようだ。ダストストームは成長しながら南下し、6月3日にはクリュセ平原や赤道付近のメリディアニ平原まで広がる大規模なものとなっている。『火星ガイドブック』1
2018.10.28
コメント(0)

図書館で『火星ガイドブック』という本を、手にしたのです。おお 火星やんけ♪ 先日『火星で生きる』という本を読んだが、まるで尻取り借出しのように借りたわけです。【火星ガイドブック】鳫宏道著、恒星社厚生閣、2018年刊<「BOOK」データベース>より本書では、火星は何が面白いのか、何を見たらいいのか、その方法と楽しむポイントについて、解説。さらに、過去の火星観測から今の火星探査に至る歴史的な経緯やその過程で考えられてきた火星像、得られた情報をどう解釈してきたのか、さらに何を知ろうとしているのか、そのための手段としての探査の歴史と積み重ねてきた成果、など大まかな火星に関する歴史をまとめました。<読む前の大使寸評>おお 火星やんけ♪ 先日『火星で生きる』という本を読んだが、まるで尻取り借出しのように借りたわけです。rakuten火星ガイドブックオリンポス山オリンポス山が語られているので、見てみましょう。p114~117<巨大な火星の火山> 火星の最大の火山は、地球上の火山のサイズの少なくとも2倍もあるオリンポス山だ。タルシス地域のドーム状隆起の西側に位置し、その直径が約550kmで、周辺の平原より25kmの高さがある。これはエベレストの3倍近い高さだ。斜面の傾斜は角度が数度しかないゆるやかな山だが、外縁部は高さ5000m以上の切り立った崖が取り巻いている。オリンポス山の火口 オリンポス山の火口は大きなカルデラ地形となっている。カルデラは直径80km、深さ3.2kmもあり富士山がほぼ収まってしまう。中央のカルデラには放射状の多くの長い尾根、溶岩流路に似た狭い流路、すじ状の流れがある。これらの流れのタイプはすべて地球の盾状火山にもあり、それらを作った溶岩の物理的性質は玄武岩に似ていることを示唆している。(中略) 火星の火山がたいへん巨大である理由は、長い年月にわたって同じ場所から溶岩が噴出し、それが積み重なったこと、重力が地球に比べると弱く、大きな山体が作られたこと、雨や風による風化もないか、あっても弱い、こうした理由のためだと言われている。 なかでも火星には、地球にあるようなプレートテクトニクスのメカニズムがないか、あったとしてもごく初期に起こったが内部の冷却が速く、止まってしまった。地球ではいまだに中心部がとても熱いために、マントルと呼ばれる地球内部の岩石の層がゆっくりと対流して、プレートと呼ばれる地表がマントル対流に運ばれ島や大陸が移動し、地球内部に潜り込むことで地表が作り替えられているが、火星ではほぼ同じ地域、場所で火山の形成が行なわれてきた。先日読んだ『火星で生きる』です。【火星で生きる】スティーブン・ペトラネック著、朝日出版社、2018年刊<「BOOK」データベース>より 2027年、流線形の宇宙船が火星に降りていくーいまや問題は火星に「行く」ことから、そこでどう「暮らす」かへと移った。 イーロン・マスク、ジェフ・ベゾス、マーズワンといった民間プレーヤーが宇宙をめぐって激しく開発競争を展開するなか、新型ロケットやテラフォーミング技術など、火星移住に向けた準備は着々と進んでいる。駆り立てるのは地球の危機と人類の探求心。数々の科学誌編集長を歴任したジャーナリストが、宇宙開発史から環境的・経済的な実現可能性まで、「最後のフロンティア」火星の先にある人類の未来を活写する。<読む前の大使寸評>表紙にTED Booksとシリーズ名が見えるとおり、いかにもアメリカの本でんな。…と、言いつつも借りた反米の大使でおます。rakuten火星で生きる『火星で生きる』5:第8章「ゴールドラッシュの再来」p172~177『火星で生きる』4:第6章「火星で生きる」p86~89『火星で生きる』3:民営化する宇宙開発競走p38~43『火星で生きる』2:夢の続きp13~15『火星で生きる』1:イントロダクション 夢p8~10
2018.10.28
コメント(0)

図書館に予約していた『文字渦』という本を、待つこと1ヵ月ほどでゲットしたのです。「紙の動物園」のような言語学的SFが大使のツボであるが、この本はそれよりもさらに学術的であり・・・果して読破できるか?と、思ったりする。【文字渦】円城塔著、新潮社、2018年刊<出版社>より昔、文字は本当に生きていたのだと思わないかい? 秦の始皇帝の陵墓から発掘された三万の漢字。希少言語学者が遭遇した未知なる言語遊戯「闘字」。膨大なプログラミング言語の海に光る文字列の島。フレキシブル・ディスプレイの絵巻に人工知能が源氏物語を自動筆記し続け、統合漢字の分離独立運動の果て、ルビが自由に語りだす。文字の起源から未来までを幻視する全12篇。<読む前の大使寸評>「紙の動物園」のような言語学的SFが大使のツボであるが、この本はそれよりもさらに学術的であり・・・果して読破できるか?と、思ったりする。<図書館予約:(9/05予約、10/16受取)>rakuten文字渦「新字」の謎はますます深まっているので、続きを見てみましょう。p124~129<新字> 「新字」と問う声に明らかな苛立ちが混じっている。 「ペルシアの向こうの言葉で書かれております。日出る国の天子より、日沈む国の天子に宛てる手紙の草案です」 ショウ嗣業が紙片を投げ出して笑い出す。 「貴殿は」と音を立てて卓に右手を打ちつける。「日本はカリフと同盟を結んで唐を挟撃するつもりだと告げにきたのか」 「まさか」と芝居がかって両手を挙げてみせる石積である。「東夷の小国である我が国にそんな余裕はありません。国としては、ね。でもご記憶でしょうか、12年前、わたくしとともにやってきた定恵という僧のことを」 「つい先年まで、玄奨門下にいたと記憶している」 「その後、日本本国からの国命を受け、インドへ向かったことは」 というのは無論、石積の出任せである。中臣鎌足の息子である定恵は石積とはすれ違う形で飛鳥に入った。石積はまだ知らないことながら、この時既に定恵は突然死を遂げているのだが、それはこの話とは関係がない。 「新羅経由で帰国したと報告を受けた」 後追い気味になっているショウ嗣業へ、石積は余裕の笑みを向け、洛陽の波斯教徒から仕入れてきた名を投げ込む。 「ムアーウィアという名にお聞き覚えは」 ショウ嗣業の顔が引き締まるが、返事はない。シリアで頭角を現し、先頃カリフの地位についた男の名前だ。ショウ嗣業が投げ出した紙片を拾い上げてもう一度示す。無論そこに記されているのは石積が勝手に組み合わせて並べた、楔形をした文字であり、回教徒の王朝の言葉などではなかったが、ここではむしろ、それが誰にも読むことができないものであるということの方が重要だった。 下手に意味を持つ文章などを持ち出せば、なんの証拠とされていまうかわからない。ただ装飾のための模様ではなく文字であり、何か意味を含んでいるように見えることだけが必用だった。 「馬鹿馬鹿しい」とショウ嗣業は夢を追うように頭の上で手のひらを振り、「二つ目というのは」と記憶力がよいところを示してみせた。 「皇后陛下に一つ、進言が御座います」 「…この情勢下、そんなことが許されるわけがなかろう」 ショウ嗣業の呆れ顔を手で制し、 「単純なことです。皇后陛下の徳を讃えるための進言です。是非、皇后陛下御自身の高貴さを示すための文字を制定することを提言致します。その文字はただ皇后陛下を示すためだけに用い、他には使用を許さぬのです。これまで皇帝たちは、特定の文字を避カンさせてきましたが、自らの名を示す文字を作り出した帝王はありません」 「貴殿の言うことならばできる限り、と思っていたが、下らぬことに願いを使ったな」 「では」と身を乗り出した石積に、 「無論、最初の願いを認めるわけにはいかん。カリフとの同盟を仄めかしたことを理由に捕縛しないことを、友情の証と考えて頂く。二つ目については」 と席を立ちながら言う。 「具申しておく。貴殿の名は出さないが、よいな」 石積は深く頭を下げて、退出するショウ嗣業の背中を見送る。 とりあえずはこれでよいと石積は思う。もしもこの12年、自分の考えて続けてきた文字の力が本当に存在するのなら、皇后の名の下に勝手な文字をつけ加えられた既存の漢字たちは、秩序を乱されたことに怒り、反乱を企てるだろう。楷書によって完成に近づいた文字の帝国に小さな穴が空くだろう。あの皇后なら、と石積は思う。さぞ独創的な、奇態な文字を案出してくれると期待してよい。 無論、外交官の堺部としてはそんな夢想に頼るつもりは全くない。今回の面会はただ、元留学生の石積の思いつきであるにすぎない。これによって今後の交渉が好転するか悪化するかはわからなかったが、どうせこれ以上悪くはなりようがない交渉である。以降全力を尽すのは当然として、さて、こと成らなかった場合にどうするか。 一つ目の願いは単に、ショウ嗣業へ揺さぶりをかけるためのものだったが、存外悪くない案だと堺部も思う。はるかに砂の海を越え、同盟相手を探しにいくのだ。その頃には母国は唐に攻め滅ぼされているかもしれないが、新たな土地に新たな言葉で、かつて存在したという日本の歴史を記しにいくのも、国を永らえる一つの道なのではないか。 文字を書くとは、国を建てることである。ウン ここまで読んでくると・・・この本は言語学的SFというよりも、堺部石積を主人公にした言語学的実験小説というのが、正しいのかもね。この本も漢字文化圏あれこれR3に収めておくものとします。『文字渦』3:「新字」の謎『文字渦』2:「第5回遣唐使」『文字渦』1:CJK統合漢字
2018.10.27
コメント(0)

今回借りた5冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「作家」でしょうか♪<市立図書館>・アシェンデン・群馬県ブラジル町に住んでみた・火星ガイドブック<大学図書館>・作家の猫・恋文から論文まで図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【アシェンデン】サマセット モーム著、新潮社、2017年刊<「BOOK」データベース>より時はロシア革命と第一次大戦の最中。英国のスパイであるアシェンデンは上司Rからの密命を帯び、中立国スイスを拠点としてヨーロッパ各国を渡り歩いている。一癖も二癖もあるメキシコやギリシア、インドなどの諜報員や工作員と接触しつつアシェンデンが目撃した、愛と裏切りと革命の日々。そしてその果てにある人間の真実―。諜報員として活躍したモームによるスパイ小説の先駆にして金字塔。Star Classics名作新訳コレクション。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(10/22予約、10/24受取)>amazonアシェンデン【群馬県ブラジル町に住んでみた】中川学著、KADOKAWA、2013年刊<「BOOK」データベース>より 中川学、人付き合いが苦手な37歳。海外に行ったことがなく、外国人と交流した経験もほとんどない。そんな彼が外国人の友だちをつくるために引っ越したのは、ブラジル人・ペルー人が人口の1割以上を占める、群馬県の町。 地元のスーパーマーケットやレストラン、飲み屋を歩き、サッカーやサンバで交流を図った先につかんだものとは…。汗と涙と爆笑の“異国の友だちづくり”コミックエッセイ!<読む前の大使寸評>なるほど、住んでみるという手があるのか・・・究極のフィールドワークというか、軽いフットワーク(あるいは貧乏暮らし)や、おまへんか♪rakuten群馬県ブラジル町に住んでみた【火星ガイドブック】鳫宏道著、恒星社厚生閣、2018年刊<「BOOK」データベース>より本書では、火星は何が面白いのか、何を見たらいいのか、その方法と楽しむポイントについて、解説。さらに、過去の火星観測から今の火星探査に至る歴史的な経緯やその過程で考えられてきた火星像、得られた情報をどう解釈してきたのか、さらに何を知ろうとしているのか、そのための手段としての探査の歴史と積み重ねてきた成果、など大まかな火星に関する歴史をまとめました。<読む前の大使寸評>おお 火星やんけ♪ 先日『火星で生きる』という本を読んだが、まるで尻取り借出しのように借りたわけです。rakuten火星ガイドブック【作家の猫】平凡社編、平凡社、2006年刊<「BOOK」データベース>より漱石の「吾輩」から、中島らもの「とらちゃん」まで作家に愛され、描かれた猫たちのアルバム。<読む前の大使寸評>『作家の猫2』という姉妹本は先に読んでいましたが・・・やっとこの本に巡り合ったわけで、まよわず借りたのです。rakuten作家の猫【恋文から論文まで】丸谷才一編、福武書店、1987年刊<「BOOK」データベース>より恋文、卒論、作文、料理、小説、悪文…と、豊富な題材で文章上達の極意を伝授!<読む前の大使寸評>たくさんの作家による文章論が載っていて、興味深いではないか♪・・・ということで借りたのです。amazon恋文から論文まで********************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き337
2018.10.27
コメント(0)

図書館で『生きるぼくら』という本を、手にしたのです。著者の本で『あなたは、誰かの大切な人』というのが良かったので、この本も期待できるかも♪・・・ということで借りたのです。【生きるぼくら】原田マハ著、徳間書店、2015年刊<「BOOK」データベース>よりいじめから、ひきこもりとなった二十四歳の麻生人生。頼りだった母が突然いなくなった。残されていたのは、年賀状の束。その中に一枚だけ記憶にある名前があった。「もう一度会えますように。私の命が、あるうちに」マーサばあちゃんから?人生は四年ぶりに外へ!祖母のいる蓼科へ向かうと、予想を覆す状況が待っていたー。人の温もりにふれ、米づくりから、大きく人生が変わっていく。<読む前の大使寸評>著者の本で『あなたは、誰かの大切な人』というのが良かったので、この本も期待できるかも♪・・・ということで借りたのです。rakuten生きるぼくらこの小説の語り口を、ちょっとだけ見てみましょう。p116~119<さようならケータイ> やがて、抑揚のない静かな声がした。 「息子が…新多が、遺していってくれたのかもしれないわねえ。私がひとりぼちになってしまってもさびしくないように。…つぼみと、あなたとを」 人生は、顔を上げた。マーサばあちゃんのおだやかな眼差しがこちらを向いている。ふっと笑いかけて、ばあちゃんは言った。 「私ね。新多が逝ってしまってから、なんだかいろんなことがぼんやりしちゃって、霧がかかったみたいに、よくわからなくなっちゃたの」 私は松本から蓼科に嫁いだ。新多が生まれて、幸せに暮らして…。昔のことは、なんだって、よおく憶えてるのよ。 それなのに、新多がいなくなっちゃってから、自分の周りに誰もいなくなってしまったような気がして。 なんだか、私、孤独だったの。 世の中のすべてから、置き去りにされてしまったような。ひとりぼっちはいやだなあ、って思っていたら…。 そこまで話すと、思い出し笑いの顔になって、ばあちゃんは言った。 「あるとき、ひょっこり現れたのよ。おかっぱ頭の、あの子…ええと、つぼみがね」 年が明けて間もない元旦の夜。 突然、玄関の戸を開けて、いまにも泣き出しそうな顔をして、飛びこんできたのだ。「見知らぬ」女の子が。 おばあちゃん! あたし、いやだからね。 新多パパが死んじゃって、おばあちゃんまで死んじゃうなんて、絶対にいやだからね! おばあちゃんはひとりじゃない、つぼみがいるよ。一緒にいるよ。だから、死なないで。遠くへ逝かないで! 「まあ、なんだかわからないんだけど、私の顔を見るなり、わんわん泣き出しちゃってね。あったく、どこかの中学生が家を間違えて入ってきたんじゃないかって、びっくりするやらあわてるやらで」 まあまあ、どこのどなたか存じませんが、ご心配には及びませんよ。私はこの通りぴんぴんしてますよ。天国からお声がかかるまでには、もうちょっと余裕がありそうですよ。 だから、ね。もう泣かないで。 一緒に甘酒、飲みましょうか? 「ご本人いわく、私はおばあちゃんの孫なんだ、ってね。ほんとうに残念なんだけど、私には、とんと覚えがなくて…」 ふふふ、とくすぐったそうに、ばあちゃんは笑った。 「あの子といい、あなたといい、どう考えても新多が私のもとに送りこんでくれたとしか思えないのよ。母さんはひとりじゃないんだ、こうして孫もいるんだから安心しなよ、って」 人生は、微笑を浮かべたばあちゃんの穏やかな顔をみつめていた。 そうだったのか。 あの子も、おれと同じように、ばあちゃんから送られてきた年賀状を見て、びっくりしてすっ飛んできたんだ。 私は余命数ヶ月、残された日々を生き生きと暮らしていこうと思っています。 あなたと人生に、もう一度会えますように。私の命が、あるうちに。 ばあちゃんからの年賀状には、そう書いてあった。きっと、つぼみへの年賀状(彼女の母親宛かもしれない)にも、似たようなことが書かれていたのだろう。対人恐怖症だったつぼみと認知症が進むマーサばあちゃんと人生の3人が、このあと米つくりに取り組むようです。名画を巡って海外取材なんかこなしている著者であるが、守備範囲を農業にまで広げていたのか♪この本も原田マハの世界R1に収めておきます。
2018.10.27
コメント(0)

図書館で『超老力(芸術新潮2018年3月号)』という雑誌を、手にしたのです。雑誌の表紙でわかるように、【スペシャル対談】横尾忠則×香取慎吾につられて借りたのでおます。【超老力(芸術新潮2018年3月号)】雑誌、新潮社、2018年刊<商品の説明>より◆特集◆超老力大先輩にまなぶ、アートと生きるゴールデンエイジ篠田桃紅 104歳 野見山暁治 97歳 柚木沙弥郎 95歳 安野光雅 91歳 中谷芙二子 84歳超老力。それは身体の老化を超えた先に現れる、さまざまな力。蓄積される経験と技術、研ぎ澄まされていく色と形、しがらみから解放されて自由にはばたく表現欲??。80歳を超えた現在も、魅力的な作品をひたむきに作り、美術界を牽引しつづける大先輩たちの「超老力」から心ゆたかに、美しく生きるヒントを探ります。【スペシャル対談】横尾忠則 81歳×香取慎吾 41歳【超老たちのLife & Creation】篠田桃紅/野見山暁治/柚木沙弥郎/安野光雅/中谷芙二子<読む前の大使寸評>雑誌の表紙でわかるように、【スペシャル対談】横尾忠則×香取慎吾につられて借りたのでおます。amazon超老力(芸術新潮2018年3月号)横尾vs香取スペシャル対談の続きを、見てみましょう。p24~25<スペシャル“作家”対談>横尾:怖いですよ~、美術の世界は。 持ち上げて、叩く。それも香取さんの耳に直接入ってこないところで言われているかも。はっきり言わない声のほうが大きいんですよ。「芸術新潮」だって怖いかも(笑)。でもあなたはみんなに愛されているから心配無用です。香取:まあ絵に限らず、これまで自分がやってきた仕事でも当然、批判やネガティブな声はありましたからね。それに、僕の中ではまわりの声は、いつも1%勝ってたらいいかな、ぐらいの感覚なんです。49%の人が「ふざけんな、香取慎吾」って言ってても、51%の人が応援してくれてるならOKっていう感じですかね。横尾:外野の声をすでに経験されて修行をしておられるので、非常に強いと思いますよ。誰しもが経験できることではないですからね。批判の声や、反作用があるということは、僕はある意味、羨ましい。絵でその時の気持ちを吐き出せますからね。大丈夫、大丈夫。香取:たしかに、去年おととし描いた絵がいくつかあるんですけど、この絵でこのタイトルで、2016年、2017年…って「慎吾ちゃん、きっとあのことを描いてるな」って思われるような、人には見せられない絵もあります。横尾:でも絵はウソつけないから、覚られるよ。それに吐き出したらその先に別の世界が見えてくると思うし、そういう経験はこれからの仕事にもいい影響があるはずですよ。さっきも言いましたけど、アートの世界って子ども性が一番大事で、物わかりのいい人間になったらアウト。目的も結果もなく、今やりたいことをやればいい。それに対して、周辺でああだこうだ言う人がいたらそれは全部、物わかりのいい「大人」なんです。でも、子どもなんだから聞いちゃダメなんです。いつまでも大人になりたくない、ピーター・パンでいることですね。香取:危ない、ちょっとずつ聞いてました。ダメだ、聞いちゃ(苦笑)。横尾:そうしてだんだん想像力のない大人になっていくんです。僕は才能がある人は、二足、三足、四足の草履をはけばいいと思うし、本当にやりたいこと、したいことは、どんどんやっていけばいいと思う。方向性なんて自分で定めなくても自然に決まってくるものですし、気がついたらそうなってたっていうくらいがいいんじゃないですかね。とかいいつつ、これからの計画とか聞いちゃったりして。香取:それが思いのほか、ないんです。横尾:いいんじゃないですか。そのほうが“その日暮らし”ができますから。香取:本当にその日暮らしです。こうやって横尾さんに会えてっていうのが今日ですけど、その“その日暮らし”の今日がすごく大きな日ですし、それこそこれから「さあどうしよっかな」ってすごい力になりますね。横尾:“その日暮らし”のラテン系でいってください。能動的に考えるのもいいけれど、僕の場合はいつも自分を流れに乗っけちゃう。仕事がなければないで、暇なこの間に本でも読もうかなって。 仕事がないと焦りまくる人がいますけど、ドツボにはまってロクなことがない。待っていれば、本当に必要な時期に必用な仕事しか来なくなります。言っちゃ悪いけど、今まで香取さんは芸能界で不必要な仕事もやってこられたかもしれない。でも今は一人なんだし、アーティストになる以上は義理や人情に引きずられないほうがいいですよ。 人にいい顔しようと思っていると自分がすり減るし、アートの世界に飛び込んだということは、悪魔の世界に飛び込んだようなものだから。香取:悪魔の世界!! 芸能界という暗黒の世界で子どもの頃から仕事をしてきましたって、今まで何回か言ったことがあるんですけど、暗黒から悪魔に変わったっていうことですね(笑)。横尾:しかも今度はね、それに勝とうと思ったら、自分が悪魔になればいいんですよ。アートはそれができるからね。香取:なるほど、悪魔になって遊べと(笑)。横尾さんの「遊ぶ」という言葉、忘れかけていたかもしれないです。今日は帰ったら、久しぶりに描ける気がしています。おお 画材を買いそろえた大使も、水彩画を描こうではないか♪【透明水彩なるほどレッスン】永山裕子著、グラフィック社、2006年刊<「BOOK」データベース>より風景スケッチ、静物、人物、なんでも描ける。すぐに役立つ、プロのとっておきの技法をお教えします。<読む前の大使寸評>おお 暇な大使は、暇になったら絵を描くのだった。水彩画の画材もぼつぼつ揃ってきたので、このような本の出番である。rakuten透明水彩なるほどレッスン『透明水彩なるほどレッスン』4:水彩色鉛筆の使い方『透明水彩なるほどレッスン』3:「紙の白を残す」という感覚『透明水彩なるほどレッスン』2:透明水彩の基本『透明水彩なるほどレッスン』1:描くまえにこれらの本も暇になったら、絵を描くのだったR5に収めておきます。『超老力(芸術新潮2018年3月号)』1
2018.10.26
コメント(0)

図書館で『超老力(芸術新潮2018年3月号)』という雑誌を、手にしたのです。雑誌の表紙でわかるように、【スペシャル対談】横尾忠則×香取慎吾につられて借りたのでおます。【超老力(芸術新潮2018年3月号)】雑誌、新潮社、2018年刊<商品の説明>より◆特集◆超老力大先輩にまなぶ、アートと生きるゴールデンエイジ篠田桃紅 104歳 野見山暁治 97歳 柚木沙弥郎 95歳 安野光雅 91歳 中谷芙二子 84歳超老力。それは身体の老化を超えた先に現れる、さまざまな力。蓄積される経験と技術、研ぎ澄まされていく色と形、しがらみから解放されて自由にはばたく表現欲??。80歳を超えた現在も、魅力的な作品をひたむきに作り、美術界を牽引しつづける大先輩たちの「超老力」から心ゆたかに、美しく生きるヒントを探ります。【スペシャル対談】横尾忠則 81歳×香取慎吾 41歳【超老たちのLife & Creation】篠田桃紅/野見山暁治/柚木沙弥郎/安野光雅/中谷芙二子<読む前の大使寸評>雑誌の表紙でわかるように、【スペシャル対談】横尾忠則×香取慎吾につられて借りたのでおます。amazon超老力(芸術新潮2018年3月号)今月号のメインイベント:横尾vs香取スペシャル対談を、見てみましょう。p16~20<スペシャル“作家”対談>横尾忠則さんのアトリエを訪れたのは、近年、作品発表の機会も増え、アーティストとしても注目を浴びている香取慎吾さん。 年齢差ダブルスコアのおふたりの、「今、絵を描くこと」とは…。刺激を与えあった2時間の記録。香取:横尾さんは僕のこと、知ってますか?横尾:どなたですか?なんて(笑)、もちろん知ってますよ。僕はけっこうミーハーなところがあって、いろいろ知ってるんです。香取さんは最近、絵のほうに転向したわけじゃなくて、もともと描いてらしたんですよね。香取:はい。絵が好きで今までも描いてきたんですけど、自分の新しい人生の始まりに絵のお仕事を頂けている感じで、びっくりしてます。今日も、なんで僕は横尾さんにお会いできてるんだろうって。横尾:僕も似たような経験があるんですよ。長い間グラフィックの仕事をやっていて、数え年で45のときに画家に転向したんです。動機はあったけど、魔が差してそうなっちゃったような感覚もどこかあってね。香取さんは魔が差したわけじゃないだろうけど、SMAPの解散がなければ、絵が人生の一部にならなかったんじゃないかな。僕はそんな運命論者的なところがあって、描かざるを得なくて絵を描くようになったと思っているし、人生に偶然はないと思ってるんです。香取さんが今、アートに関連するお仕事が増えているのも必然的だったと思いますよ。香取:そうかもしれないですね。だから今日は横尾さんにいろいろお聞きしたくて。1日に何枚描くとか決めているんですか?横尾:それはないですね。香取:ひとつの作品を完成させるのに、どれくらいの時間をかけるのでしょうか?横尾:時間ではちょっと計れない。小さい作品もあれば大きい作品もあるし、小さいから早く終わるわけでもないですしね。本当は毎日描かなきゃいけないんだろうけど、年齢とともにだんだん怠け者になっていって、できれば描きたくないなって(笑)。香取さんが、たくさんの作品と一緒に写っている写真をどこかで見て、うわぁ、これはすごいなと思って。香取:実は僕、今日は横尾さんに会えるということで、いくつか作品を持ってきたんです。出発するときに、いったん車に乗ったんですけど、こんなチャンスめったにないと思って、もい1回家に戻って持ってきちゃいました。<ふたりの共通点>香取:これは裏に「3階V4スタジオ前様」って書いてあるんですけど、実はスタジオに届いたお弁当が入っていた段ボールなんです。仕事場で急に作りたくなって、ADさんが使うテープなどを借りて作った作品です。横尾:生活の素材を使って、作品の中に生活を取り込んでいる。なかなかできないですよ。普通のアーティストなら、生活と想像の一体化を図ろうと、まず頭で考えてしまうんだけど、香取さんは体が先に動いて、作ってしまってる。こんなに無秩序で暴力的で、この狂気はどこからくるんだろう? やっぱり香取さんが今まで体で表現をしてこられたことが、この絵にも表れているんでしょうね。体を動かしてないと、こういう作品は作れない。美術学校に入っちゃうといろんな芸術理念を植え付けられて、これはやっちゃいけないとか、こうやるべきだとか、結果や目的をどうしても先に考えちゃうんですよ。でも香取さんのこれを見ると結果も目的も考えてない(笑)。香取:はい、ないです(笑)。横尾さんはご自分の作品は好きですか?横尾:なかなか好きになれにの。嫌だなと思う。でも、1度満足してしまうと、同じ傾向の作品ばかり作ってしまってよくない。香取さんが今日持って来てくれたのは3作とも傾向が違いますよね。この3つで3人展といってやったら面白いんじゃない? 僕は昔、展覧会をやったときに先輩に、君の絵は統一感がないって言われたことがあるけど。香取:僕もいろんな作品がありすぎるから絞ったほうがいいと言われたことがあります。
2018.10.26
コメント(0)

24日のNHK「クローズアップ現代+」を観たのだが・・・ フィリピンでは日本のタンス類が安く売られているそうです。 まるで日本製中古車のように、終活家具類の市場が形成されているが、どこかおかしい。 フィリピン人にとってはリーズナブルな家具市場であるが、日本人から見れば壮大な無駄遣いである・・・ これってまるで、アホな日本人ではないか。2018/10/24広がる“遺品再生”ビジネスより 年間130万人を超える人が亡くなる多死社会・ニッポン。1軒家が残されると膨大な“遺品”が出て、その処分に困る遺族が増え続けている。 ここ数年、そうした遺品を再生させようという動きが加速している。日本製品が「中古でも欲しい」というアジアのニーズを受けて、フィリピンで“オークション”を始めた遺品整理業者は「まだまだニーズは掘り起こせる」と輸出を拡大させようとしている。 遺品になる前に「形見分け」をすることで、大切なものを必要とされる場所で“再生”させようとマッチングに乗り出した業者も。遺品再生ビジネスの最前線を追う。出演者:中尾彬さん(俳優)、池波志乃さん (俳優) ニッポンの住宅政策はスクラップ&ビルトというか、住宅市場任せであるから・・・団塊世代が亡くなる2030~40年頃には大量の空き家が生まれるし、大量の家具が捨てられる(あるいは捨て値で売られる)はずである。 要は、企業重視の住宅政策、マンションの再建、古民家再生、シェアハウス、もったいない、など住宅に関する多くの要因のうちで最適解は何か?ということなんでしょうね。悲観的な大使は以前に読んだ『居住の貧困』という本を思いおこすのでした。【居住の貧困】本間義人著、岩波書店、2009年刊<「BOOK」データベース>より職を失い、住まいを奪われる人たち、団地で進む高齢化と孤独死、規制緩和がもたらしたいびつな住環境…。人権としての居住権が軽視され、住まいの安心・安全が脅かされている日本社会の現状を詳細に報告。社会政策から経済対策へと変容した、戦後の住宅政策の軌跡を検証し、諸外国の実態をもとに、具体的な打開策を提言する。【目次】第1章 住む場がなくなる/第2章 いびつな居住と住環境/第3章 居住実態の変容、そして固定化へ/第4章 「公」から市場へ-住宅政策の変容/第5章 諸外国に見る住宅政策/第6章 「居住の貧困」を克服できるか<読む前の大使寸評>我が家は、阪神・淡路大震災の後に、一戸建てのプレハブ住宅を建てたわけですが・・・たぶん、この震災がなければ木質系の在来工法を選んでいただろうと思うわけです。この本で、プレハブ住宅がどのように書かれているか、興味深いのです。rakuten居住の貧困居住の貧困byドングリ
2018.10.26
コメント(0)

図書館で『偉いぞ!立ち食いそば』という本を、手にしたのです。そば文化の伝統が生きている地域といえばトウキョウである。・・・そのあたりを心して、ショージ君の立ち食いそば論を読んでみたい。【偉いぞ!立ち食いそば】東海林さだお著、文藝春秋、2006年刊<「BOOK」データベース>よりかけそば、チリチリ春菊天、つゆ浸しコロッケそば、サクサクジュクジュク玉ねぎ天…う、美味い!立ち食いそば@サポーターズのショージ君が挑んだ新境地。<読む前の大使寸評>そば文化の伝統が生きている地域といえばトウキョウである。・・・そのあたりを心して、ショージ君の立ち食いそば論を読んでみたい。amazon偉いぞ!立ち食いそば立ち食いそばから話題を変えて・・・黒川伊保子さんとの脳科学的かつ言語学的対談を、見てみましょう。p247~251<ことばの不思議を尋ねてみたら>■怪獣の名前がガギグゲゴなわけ東海林:黒川さんがお書きになった『怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか』(新潮新書)を半年ぐらい前に読んだらすごい面白くて、ずーっとお話ししたいと思っていたんです。黒川:ありがとうございます。東海林:(付箋で膨らんだ本を取り出して)今日ね、ぼく、すごい勉強してきた(笑)。黒川:わあ、そんなに分厚くなるまで。嬉しい! 恐縮です。東海林:この本は、ひと言でまとめると「ことばの音の響きには潜在的に人の心を動かす意味がある」ということを物理学、人口知能、脳科学、言語学の知識を駆使して説明しているんですね。黒川:はい。ことばには、私の造語で「サブリミナル・インプレッション」、潜在的な印象があると。東海林:たとえば?黒川:簡単に言うと、サシスセソとかシャシュショのSの音には爽やかさを感じ、T音に確かさを感じ、H音で解放され、N音で鼓舞されるんですよ。東海林:それは認知科学で「クオリア」と呼ばれているものに当るんですね。黒川:本にはそう書いたんですけど、あとになって「クオリア」ということばを使って、かえってわかりにくくしちゃったかなあと反省しているんです。東海林:どの辺を反省しているんですか。黒川:「クオリア」というのは、すごく大雑把に言うと、ピアノのミの音を聴いたときとか、レモンの匂いを嗅いだときみたいに、聴覚や嗅覚の五感から脳に浮かぶイメージのことなんですね。だから、ことばの音を聴いたときのイメージを書いたと思われちゃったけど、違うんですよ。東海林:そうすると、どういうことになるのかな?黒川:私が着目しているのは、音を出すときに口の中で起こる物理効果がもたらすイメージ。だから、音じゃなくて、喉や唇の力加減、息の流れ、唾の混じり方・飛び方なんかの物理効果が中心なんです。東海林:Kの音を例に挙げると…。黒川:私たちはKの音を出すとき、喉の奥をクッと締めて、息を喉にぶつけてブレイクスルーしているんですね。そうすると、息が最速で抜けて唾と混じらないから、ことばの中で一番乾いていると同時にスピード感も感じる。東海林:(確かめるように)カキクケコ…うん、そうですね。黒川:さらに、締めた筋肉を戻すとき、喉の奥が丸くなるんですよ。だから、K音だけで、硬さ、スピード感、ドライ感、丸さの五つのイメージを小脳が受け取るんです。大脳系の処理よりずっと早く。東海林:この本は小脳論ですよね。黒川:はい、そうなんです。だから、「クオリア」みたいな既存の理論を持ち出すべきじゃなかったかもしれません。ちょっと自画自賛になっちゃうけど、考えたことがあまりも斬新だったんですね。東海林:そうですよ。ことばの音にはもともと意味があるなんて、今まで誰も気がつかなかったでしょ。黒川:あまり自然で誰も意識してなかったんですね。東海林:結論から言っちゃうと、黒川さんの理論では、何で男の子に人気がある怪獣とかの名前にはゴジラとかガメラとかガンダムとか濁音が入ってるんですか。黒川:ブレイクスルー系のK、T、Pは緊張と放出の動作で出す音で、男性が整理的に持っている意識の質を刺激するんですよ。で、B、G、D、Zの濁音四音は、それにさらに振動雑音を加えて出す音なんです。だから、さらなる力強さと膨張感、飛び散る賑やかさが加わる。東海林:うんうん。黒川:つまり、射〇とか放尿の快感があるから、男の子は濁音が好きなんです。それで、怪獣の名前はみんな「ガギグゲゴ」になってるんですね。東海林:ああー、わかりやすい。本にはそこまでハッキリ書いてなかったじゃない(笑)。黒川:ちょっと科学っぽく聞こえるように、難しく言おうかなと思って(笑)。東海林:しかし、何でこんな研究をしようと思ったんですか。黒川:私、昔からことばフェチなんですよ。小さな頃からずーっとことばには意味とは別に、音の表情があると思っていたんです。それで、今日はあったかいことばが欲しいと思ったら、ボーイフレンドに「今日、私のことホタルと呼んで」とか頼んで言ってもらってた。東海林:夢見る少女(笑)。黒川:そういうことを人に伝えたかったんですけど、科学で伝えないとただのバカな女で終わってしまうから、口の中で起こっていることを物理的にものすごく細かく精査していって…。東海林:理論づけが始まった。黒川:そうです。人にナメられないために。東海林:アハハハ。それ、おかしいね。黒川:別に誰かに威張ろうと思ったわけじゃないんです(笑)。ウン 思いのほかアカデミックな対談であり、ショージ君を見直したのです♪『偉いぞ!立ち食いそば』4:ショージ君の偉業発案時点『偉いぞ!立ち食いそば』3:『富士そば』の丹社長との対談(続き)『偉いぞ!立ち食いそば』2:『富士そば』の丹社長との対談『偉いぞ!立ち食いそば』1:「特製富士」の全容
2018.10.25
コメント(0)

図書館で『偉いぞ!立ち食いそば』という本を、手にしたのです。そば文化の伝統が生きている地域といえばトウキョウである。・・・そのあたりを心して、ショージ君の立ち食いそば論を読んでみたい。【偉いぞ!立ち食いそば】東海林さだお著、文藝春秋、2006年刊<「BOOK」データベース>よりかけそば、チリチリ春菊天、つゆ浸しコロッケそば、サクサクジュクジュク玉ねぎ天…う、美味い!立ち食いそば@サポーターズのショージ君が挑んだ新境地。<読む前の大使寸評>そば文化の伝統が生きている地域といえばトウキョウである。・・・そのあたりを心して、ショージ君の立ち食いそば論を読んでみたい。amazon偉いぞ!立ち食いそば『富士そば』の丹社長との対談を、見てみましょう。p127~132<立ち食いそば立志伝>■デキてる二人は立ち食いそばへ東海林:今日は6回にわたって立ち食いそばを連載してきた集大成として、『富士そば』の丹社長においでいただきまして。丹:こんなに長い間、書いてくださってありがとうございます。 東海林:西荻窪の店に通い詰めましたから。いろいろ質問があるんです。丹:ぼく以上に知ってるかも(笑)。 東海林:今、『富士そば』は全部で何軒あるんですか。丹:62、3軒あるんじゃないかな。 東海林:他の立ち食いのチェーン店は、『小諸そば』とか…。丹:『ゆで太郎』『箱根そば』『二葉』『梅もと』…。 東海林:支店が62というのはダントツに多い?丹:そうですね。うちは、去年(2004年)、立ち食いそばで日本一になったんですよ。そのとき、JRが駅の構内でやっている『あじさい茶屋』が80店あって年間売り上げが50億円。うちは61店舗で55億円あった。 東海林:日本一ってすごい。(中略)■正しい立ち食いそばの食べ方東海林:立ち食いそばの食べ方にマナーはあるんですか。丹:立ち食いだった頃は、カウンターでパッとお金を出すでしょ。それで、スポーツ新聞を小脇に抱えたまま、片手で丼を持って、箸を口にくわえて、空いてるほうの手で割るのね。 東海林:そうそう(笑)。丹:で、天ぷらが入ったスープは絶品だから入れるのは常識なんですけど、まず天ぷらを浸していないスープを味わって、それから、のびないうちにおそばを味わう。その後、天ぷらを浸したスープを味わう。これが粋なんですよ。 東海林:最初に天ぷらを丼の底に沈めるのはどうですか?丹:ダメですね(笑)。 東海林:マズイな(笑)。丹:それは二口目でいい。まず天ぷらが沈んでないところを味わう。 東海林:なるほど…。一番出るメニューはなんですか?丹:やっぱりかき揚げです。ダントツに多い。昔は、店員の目を盗んで、天ぷらを盗んじゃう人が多かったんですよ。東海林:確かにそういう衝動にかられるよね。目の前に並んでたから、店員が後ろを向いているうちにって(笑)。丹:そうそう。 東海林:社長が一番好きなメニューは何ですか。丹:食べやすいのはきつねですね。油があまり得意じゃないもんで。でも、うちのかき揚げはその辺のフランス料理よりうまいと思ってる(笑)。 『偉いぞ!立ち食いそば』1なお、なぜ東京では「うどんより蕎麦」なのか?という疑問があるのだが・・・その回答が『関西人と関東人の味の違いに驚く本』1で見られます。
2018.10.25
コメント(0)

図書館で『偉いぞ!立ち食いそば』という本を、手にしたのです。そば文化の伝統が生きている地域といえばトウキョウである。・・・そのあたりを心して、ショージ君の立ち食いそば論を読んでみたい。【偉いぞ!立ち食いそば】東海林さだお著、文藝春秋、2006年刊<「BOOK」データベース>よりかけそば、チリチリ春菊天、つゆ浸しコロッケそば、サクサクジュクジュク玉ねぎ天…う、美味い!立ち食いそば@サポーターズのショージ君が挑んだ新境地。<読む前の大使寸評>そば文化の伝統が生きている地域といえばトウキョウである。・・・そのあたりを心して、ショージ君の立ち食いそば論を読んでみたい。amazon偉いぞ!立ち食いそば「特製富士」の全容が語られているので、見てみましょう。p92~95<その奥深き様式美> 「きつね」とか「たぬき」とか「ごぼう」とか「玉ねぎ」とかの平易なネーミングが並ぶメニューの中に、突然現れるいかめしいネーミング「特製富士」。 誰もが、「これは何かある」という予感に思わず身構えるはずだ。 なにしろ「特製」が入っているのだ。 特製ということは、「富士そば」が、あだやおろそかな気持ちではなく、特別の思いで製造したことを意味する。 「富士そば」が自社の技術と伝統と誇りを以って、すなわち総力を挙げて世に送り出したのが「特製富士」であると考えられる。 「富士そば」の全メニューを見渡しても、「富士」という社名を冠したメニューは他には一つもない。言ってみれば「特製富士」は、「富士そば」のフラッグシップなのだ。 トヨタで言えばクラウン、ニッサンで言えばシーマ的存在と考えてさしつかえない。 緊張して券売機の「特製富士」のボタンを押す。 券売機からハラリと転げ出てきたその券は、さすが「富士そば」の誇りだけあって、他の券と大きく異なり、その周辺は金色のふちどりがしてあると思いきや、他のとまったく同じものだった。 それでも気を取り直し、カウンターに特別の声で、 「そば!」 と言ったのだが、白長靴のおじちゃんの表情に特別のものはなかった。 おきちゃんは常に平常心を心がけているもののようであった。 「特製富士」完成。 「富士そば」がその総力を挙げて製作した「特製富士」とはどんな内容か。 まず三角形の小ぶりの油揚げが一枚。 まず「きつね」だぞ、ということらしい。 そいて天かす。 「たぬき」だぞ、と言ってるらしい。 そして半切りの温泉卵。 その横に5センチほどのカニカマ。 あと、どの丼にも入っているネギとワカメ。 「うーん」 ぼくは思わずうなった。 総力を挙げたにしては参加人員が少ない。もう少し何かを加えてもいいのではないか。 イカ天を小さく切ったのでもいい。コロッケ半分でもいい、ちくわ天のナナメ切りでもいい、これでは少し寂しすぎはしないか。 「一応、キツネとタヌキとカニと鶏一族を参加させてますんで」と釈明するかもしれないが、タヌキと言ったって天かすだろ、カニと言ったってカニ代理だろ、鶏と言ったって卵だろ、しかも半分だろ、確かにカニは他のどのエニューにも出席させておらず、この「特製富士」だけに特別に出席させてはいるのだが、カニだけにそんな重責を負わせるのはどんなものカニ。(中略) よく考えてみると、「特製富士」の値段は390円。 玉ねぎ天が380円であるからその差はたったの10円。 たったの10円に、あまりに大きな期待をこめてしまった自分が恥かしい、と、最後は反省しつつ帰途につくのだった。なお、なぜ東京では「うどんより蕎麦」なのか?という疑問があるのだが・・・その回答が『関西人と関東人の味の違いに驚く本』1で見られます。
2018.10.25
コメント(0)

先日『火星で生きる』という本を読んだのだが・・・イーロン・マスク氏率いる「スペースX」など、どうしても眉ツバに思える部分が拭いきれなかったのです。だけど、wedgeの最新記事「人類はなぜ「月」を目指すのか?」を見ると、宇宙開発競走がより現実として意識されるのです。2018/10/23イーロン・マスク、ZOZO前沢氏…人類はなぜ「月」を目指すのか?より 人類が最後に「月」に行ったのは1972年12月、46年前になる。アメリカはアポロ11~17号まで合計12人を月に送った。長い間、月から遠ざかっていた人類であるが、21世紀になり、再び月を目指す動きが出てきている。 ZOZOの前沢友作氏がイーロン・マスク氏率いるスペースXのBFR(ビッグファルコンロケット)で月を周回してくるということが話題になったが、アメリカのみならず世界中の「宇宙Geek(ギーク)」たちが、着々と準備を進めている。アマゾンのジェフ・ベゾス氏率いる「ブルーオリジン」、テスラのイーロン・マスク氏率いる「スペースX」などだ。ブルーオリジンは、2019年から宇宙旅行のチケットを販売すると発表し、スペースXにいたっては、2024年に人類を火星に送り出し、2060年には火星に100万人を移住させるとしている。 もちろん、日本でも準備がはじまっている。今年7月、月・火星の探査活動を進める「国際宇宙探査センター」が宇宙航空研究開発機構(JAXA)に設置された。センター長に就任した佐々木宏氏に、なぜ人類は月を目指すのか聞いた。 そもそもどうして、「月」や「火星」をめざさなければならないのだろうか。「実際、地球が人類にとっていつまでも住み心地の良い場所であるという保証はありません」 恐ろしい話ではあるが、誰もその可能性を否定することはできない。多様な場所に生きる場所を確保しておくことは、リスクヘッジになる。「人が月や火星住むなんて夢物語じゃないの?」と笑い飛ばすことはできないのだ。「アポロ計画(1961年~72年)までは、アメリカとソ連の国威発揚や、行くことだけが目的の冒険的な意味合いが強い時代でした。現在は、より詳細な調査を行うために、月の周回軌道に宇宙ステーションを設置することが検討されています(アメリカが中心になって行われる『月近傍ゲートウェイ』。これが、現在運用されている国際宇宙ステーション(ISS)(補足:2024年までの運用継続が決定)の後継プロジェクトとなる)。JAXAでは、2021年度に小型月着陸実証機(SLIM)を、さらに2030年頃には欧州やカナダの宇宙機関と協力して人間を月面着陸させる計画です」 では、月面着陸して、いったい何をするのだろうか? 月には「ヘリウム3」と呼ばれる、核融合の燃料になる元素が存在するとされている。「ヘリウム3をスペースシャトル1杯分(25トン)地球に持ち帰って核融合に使うことができれば、アメリカが消費する電力の1年分が発電できると試算されています」(『世界はなぜ月をめざすのか』佐伯和人、講談社ブルーバックス) こんな夢のような資源もあるが、最も注目されているのは「水」だ。月の極域には「水(氷)」が存在している可能性が高いとされている。「月の水を使用することができれば、水素、酸素としてロケットの燃料にすることができ、地球から持っていくよりも効率的です」 つまり、月を開発することでより遠くの惑星や宇宙に行くための前進基地として使用することができるということだ。人間が住む環境としては、大気や磁場のない月よりも、大気や磁場のある火星のほうが好ましい。 しかし、地球から月までの距離は38万キロであるのに対して、火星は5759万キロと、月のほうが圧倒的に近い。しかも、月はいわゆる「うさぎの形」が見える側がいつも地球の方向を向いているため、自転する火星のように地球とは逆側を向いたときに通信が途切れるという心配もない。先日読んだ『火星で生きる』という本です。【火星で生きる】スティーブン・ペトラネック著、朝日出版社、2018年刊<「BOOK」データベース>より 2027年、流線形の宇宙船が火星に降りていくーいまや問題は火星に「行く」ことから、そこでどう「暮らす」かへと移った。 イーロン・マスク、ジェフ・ベゾス、マーズワンといった民間プレーヤーが宇宙をめぐって激しく開発競争を展開するなか、新型ロケットやテラフォーミング技術など、火星移住に向けた準備は着々と進んでいる。駆り立てるのは地球の危機と人類の探求心。数々の科学誌編集長を歴任したジャーナリストが、宇宙開発史から環境的・経済的な実現可能性まで、「最後のフロンティア」火星の先にある人類の未来を活写する。<読む前の大使寸評>表紙にTED Booksとシリーズ名が見えるとおり、いかにもアメリカの本でんな。…と、言いつつも借りた反米の大使でおます。rakuten火星で生きる『火星で生きる』5:第8章「ゴールドラッシュの再来」p172~177『火星で生きる』4:第6章「火星で生きる」p86~89『火星で生きる』3:民営化する宇宙開発競走p38~43『火星で生きる』2:夢の続きp13~15『火星で生きる』1:イントロダクション 夢p8~10
2018.10.24
コメント(0)

図書館で『鳥たちの地球(ナショナルジオグラフィック2018年1月号)』という雑誌を、手にしたのです。先ごろ、(ナショナルジオグラフィック2018年4月号)でスズメの生態を読んで、いたく惹かれたのだが、こちらの鳥特集はさらに拡大版であり、借るしかないのです。【鳥たちの地球(ナショナルジオグラフィック2018年1月号)】雑誌、日経ナショナルジオグラフィック社、2018年刊<商品の説明>より【特集】『新シリーズ 鳥たちの地球』●鳥はなぜ大切なのか?:生態系に欠かせないだけでなく、人の心にとっても大切な鳥たち。2018年、本誌はその驚異の世界を探る。●羽ばたきの軌跡:鳥が飛ぶ軌跡は大空に残らない。肉眼ではとらえられない鳥が描く模様を、写真家が映像を駆使して明らかにする。●耕す人:耕し育てる人がいて、いただく人がいる。農業とはいったい何か?公文健太郎の写真と池澤夏樹のエッセイで考える。<読む前の大使寸評>先ごろ、(ナショナルジオグラフィック2018年4月号)でスズメの生態を読んで、いたく惹かれたのだが、こちらの鳥特集はさらに拡大版であり、借るしかないのです。amazon鳥たちの地球(ナショナルジオグラフィック2018年1月号)池澤さんの「耕す人」を、見てみましょう。このところ縄文文化に関するブームが続いているが・・・狩猟・採集から農耕へ移行する頃の時代背景とか、水田稲作の起源あたりが興味深いのです。p85<耕す人:池澤夏樹> 人口の一部が農業や牧畜に携わるだけで全員が食べるものが確保できるようになった。残った労力は社会と文化の発展に振り向けられた。 穀物は収量が多くてしかも保存ができる。これによって人間は社会の規模をぐんと大きくすることができたし、それを管理する行政者ないし支配者を生み出した。そして、保存された穀物は武力で奪うこともできる。そこから戦争というものが始まり、社会の規模はいよいよ大きくなった。ナイル川沿いの農業がなければピラミッドは造れなかった。 しかも農業では労働力を投入した分だけ収量が増える。他人をたくさん働かせれば金持ちになれる。このからくりによって社会は支配者と奴隷に分かれ、労働時間は伸びた。 狩猟採集というのは実に楽な暮らしだった。一日ないし数日で歩ける範囲は決まっている。そこを一周して得られたものをみんなで食べる。人口が少なかった頃にはそれで充分に食べられた。それに狩猟も採集も半ばは遊びだった。そういう気楽な生活を人間は捨ててしまった。 もっと楽になると言われながら実際にはもっとずっと苦しくなった。そのあげくの果てが現代の過労死である。タヌキやモグラは運悪く餓死や事故死することはあっても過労死はしない。 その先に貨幣がある。初めは食糧など生活に必要なものの交換に便利にするツールだった。そこに農業にならって時間によって増やす利子という機能が加わった。 古代の日本には出挙(すいこ)という制度があった。種まきの時期に種籾を貸し出し、収穫の時期に貸した分の数倍を返させる。今の米作りのように1粒の籾が2000粒にはならないだろうが、100倍になっただけでも10倍分くらいは返せる。同じことを貨幣にもやらせようと誰かが考えついた。貸した金は世間を一周する間に増えている。その一部を返させる。現代の金融工学となると普通の人間には何が起こっているかわからない。どこかはるかに遠いところでことが決まり、いきなり極貧が襲いかかる。 こういうことの源に農業の発明がある。 本当の篤農家に会ったことがある。 近藤亨は新潟の農業専門学校の教師だった。合理的な農法によって品質を改良し収量を増やす。彼はネパールの奥地に渡って、まずリンゴの栽培を指導した。当時、現地の人々は摘果ということを知らなかった。枝についた幼い実の多くを取ってしまい、残った実を丁寧に育てる。大きな甘い実が得られる。 そこから始めて農村の暮らしを彼は大幅に変えた。ぼくは1993年にネパールで会って詳しい話を聞き、活動を見せてもらった。 近藤さんはネパールの人々に敬愛され、95歳の天寿をまっとうして昨年亡くなった。ウン 労働の意味、気楽な生活、貨幣の機能なんかが語られているが・・・大陸から邪悪なモノが渡ってくる、とどうしてもそう思ってしまうわけです(汗)『鳥たちの地球(ナショナルジオグラフィック2018年1月号)』1
2018.10.24
コメント(0)

図書館で『鳥たちの地球(ナショナルジオグラフィック2018年1月号)』という雑誌を、手にしたのです。先ごろ、(ナショナルジオグラフィック2018年4月号)でスズメの生態を読んで、いたく惹かれたのだが、こちらの鳥特集はさらに拡大版であり、借るしかないのです。【鳥たちの地球(ナショナルジオグラフィック2018年1月号)】雑誌、日経ナショナルジオグラフィック社、2018年刊<商品の説明>より【特集】『新シリーズ 鳥たちの地球』●鳥はなぜ大切なのか?:生態系に欠かせないだけでなく、人の心にとっても大切な鳥たち。2018年、本誌はその驚異の世界を探る。●羽ばたきの軌跡:鳥が飛ぶ軌跡は大空に残らない。肉眼ではとらえられない鳥が描く模様を、写真家が映像を駆使して明らかにする。●耕す人:耕し育てる人がいて、いただく人がいる。農業とはいったい何か?公文健太郎の写真と池澤夏樹のエッセイで考える。<読む前の大使寸評>先ごろ、(ナショナルジオグラフィック2018年4月号)でスズメの生態を読んで、いたく惹かれたのだが、こちらの鳥特集はさらに拡大版であり、借るしかないのです。amazon鳥たちの地球(ナショナルジオグラフィック2018年1月号)オシドリの魅力について、見てみましょう。p16~18<鴛鴦 世界一美しいカモ:福田俊司> オシドリの魅力を教えてくれたのは、海外の人たちだった。 1990年より、私は極東ロシアのへき地で多くの時間を過ごして、かの地のワイルドライフを撮ってきた。 十数年前のある日、世界最大のネコ科動物、アムールトラの痕跡を探して原生林の深奥部へ分け入ったときのことだ。突然、案内役のレンジャーがこう叫んだ。「マンダリンカ!」 すると数十メートル先の淀みから、あでやかな雄ガモと地味な雌ガモが飛び立った。レンジャーはさらにひと声。 「世界一美しいカモ!」 ひと息置いて、私はマンダリンカがオシドリであることに気づき、興奮するロシア人の姿に戸惑いを覚えた。多くの日本人にとって、オシドリは都会の公園でしばしば見かける、ごく普通の野鳥ではないだろうか・・・それまでは、視界にさえ入っていなかった。 しかし、この瞬間、オシドリの輝きを見てしまった。そして東アジアの至宝は私の心にすみついたのだ。 オシドリを撮り始めて10年以上たつが、興味は尽きない不思議なカモだ。私はオシドリが越冬する沼や湖の近くに部屋を借り、未明から日暮れまで撮影して冬を過ごす。野生のオシドリは警戒心が強く、普段は岸辺のやぶに潜んでいて、20~30羽の群れがチラホラと姿を見せるだけ。ところが2~3週間に1度、多いときには1200羽以上の群れが湖面を埋め尽くす。そして数分で幻のごとく消える。理由は分からない・・・呆然とするだけ。 ほかにも、つがいの相手をめぐる疑問がある。 アジアでは、オシドリが夫婦愛や貞節の象徴されている。日本でもオシドリは特別な鳥で、万葉時代から「をし」「をしどり」、つまり愛おしい鳥として愛されてきた。 ところが近年、最大の生息地である日本では、つがいの相手を毎年変えると言う説が広まり、オシドリが「浮気者」と蔑称されている。しかし、この通説はカモの習性から類推された仮説であって、実証されたわけではない。スズメたちの生態については、先ごろ借りた『超監視時代(ナショナルジオグラフィック2018年4月号)』1に載っています。
2018.10.24
コメント(0)

図書館で『世界の眼でみる古墳文化』という大型本を、手にしたのです。おお 国立歴史民俗博物館の企画展の公式図録ではないか♪内容は画像が多くて、楽しめる資料になっています。国立という殻を梅棹さんが打ち破っていた伝統が、まだ生きているのかも。とにかく、表紙のデザイン「眼鏡をかけた戦士の土偶」が斬新で、いいではないか♪【世界の眼でみる古墳文化】公式図録、国立歴史民俗博物館、2018年刊<国立歴史民俗博物館>よりこのたび、国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)では、企画展示「世界の眼でみる古墳文化」を2018年3月6日(火)~5月6日(日)まで開催いたします。日本列島には、3世紀中頃から6世紀までの約350年間、世界史的に見ても稀なスケールをもった先史モニュメントが築かれました。それは現代でも地域の景観を演出し、一部はいまだに国家的祭祀の対象となっています。<読む前の大使寸評>おお 国立歴史民俗博物館の企画展の公式図録ではないか♪内容は画像が多くて、楽しめる資料になっています。国立という殻を梅棹さんが打ち破っていた伝統が、まだ生きているのかも。rekihaku世界の眼でみる古墳文化渡来人や鉄器が現れたあたりを、見てみましょう。<生産をわがものとする王>p54~55 王は、配下の集団に富をもたらす経済的な存在でもあった。 古墳時代には朝鮮半島や中国との外交・交易がさかんに行なわれたが、そこでは資源や優れた製品の獲得とともに、先進的な知識と技術の移入が目指された。朝鮮半島諸国間の抗争もあって、倭には多量の渡来人が招致され、また流入した。倭王の機構内だけでなく、地方王の傘下にも渡来人は組織され、その技は次のように地域経済に大きな変化をもたらした。 治水技術は、河川管理・貯水・導水技法の変革をともなって広大な耕地を生み出した。金属加工技術の刷新は、鉄製ツールの品質を改良し、新たな金工品を誕生させた。馬生産の開始は、駿馬だけでなく、農耕や荷役に益する駄馬を供給し、人力から畜力へという動力革新をもたらした。窯業にも進展ががあり、硬質で貯蔵力に富んだ須恵器の生産が各地で展開した。また、紡織や製塩などにも新しい技が投入されている。 古墳時代の王は、こうした新産業を推し進める「産業王」の性格をもち、経済的利益を集団にもたらすことが期待された。畿内の沿岸部には、王と集団の富を象徴する大型倉庫群が設けられた。巨大な古墳の築造もまた、そうした経済力が反映されたものである。 また、新たな作物の導入や調理法の刷新といった生活面での改変も進み、文字使用をともなう行政事務や歴史記述の発生といった文化的な変革も推し進められていった。■治水の刷新 古墳時代には、築堤、掛樋をはじめとした治水技術の刷新が行なわれた。河川のコントロールによって新田開発や既存農地の集約化が進んだ。一辺が2m内外の小区画の水田が、広大な面積に開かれていくのも、一連の農業技術体系の革新に伴ったものとみられる。 同時に、山麓部や集落の空閑地には一面の畑も開かれていった。これによって新たな作物の移入、食生活の変化がもたらされたに違いない。■製塩 古墳時代には塩の生産も大規模化した。紀伊半島、若狭湾、瀬戸内沿岸、愛知県知多半島などに産地が集約され、各地で特徴ある製塩土器が使用された。 貴重な塩は、王権への貢納物、牧での馬生産、内陸との交易品として用いられた。■金属器生産の革新 古墳中期以降には、鉄製品の生産も飛躍的に伸びた。朝鮮半島から輸入された鉄素材を製品に加工する遺構(小鍛治)が多数検出される。 大阪府柏原市大県遺跡・交野市森遺跡、奈良県御所市南郷遺跡群などでは、鍛治炉・フイゴの羽口・鉄サイ・砥石・工房跡・鍛治具・未成品などが見つかっており、大規模な鉄器生産所の存在が明らかになった。 鍛造に加えて、鋲止めなどの組み立て技術、鍍金やタガネ彫りなどの金工技術の取得により、冠・耳飾り・帯金具・履・武器・武具・馬具など新たな貴重品や利器が生まれ、各地の王に配分された。 古墳時代後期には、中国地域などを中核として砂鉄などから鉄の国内生産(製錬)がはじまった。火力向上に必用な炭の生産も連動して行なわれ、森林資源の利用が進んでいった。 この図録の半分くらいは、ヨーロッパや中南米の古墳について述べられているのだが・・・近視眼的な大使はどうしても、日朝の古墳に目がいってしまうのでした。なお、鉄器生産はいわば国家機密のような技術であるので、渡来人はスパイのように移入したのではなかろうか?と思ったりして。『世界の眼でみる古墳文化』2:ガラパゴス化する墳墓『世界の眼でみる古墳文化』1:「はじめに」
2018.10.23
コメント(0)

図書館で『世界の眼でみる古墳文化』という大型本を、手にしたのです。おお 国立歴史民俗博物館の企画展の公式図録ではないか♪内容は画像が多くて、楽しめる資料になっています。国立という殻を梅棹さんが打ち破っていた伝統が、まだ生きているのかも。とにかく、表紙のデザイン「眼鏡をかけた戦士の土偶」が斬新で、いいではないか♪【世界の眼でみる古墳文化】公式図録、国立歴史民俗博物館、2018年刊<国立歴史民俗博物館>よりこのたび、国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)では、企画展示「世界の眼でみる古墳文化」を2018年3月6日(火)~5月6日(日)まで開催いたします。日本列島には、3世紀中頃から6世紀までの約350年間、世界史的に見ても稀なスケールをもった先史モニュメントが築かれました。それは現代でも地域の景観を演出し、一部はいまだに国家的祭祀の対象となっています。<読む前の大使寸評>おお 国立歴史民俗博物館の企画展の公式図録ではないか♪内容は画像が多くて、楽しめる資料になっています。国立という殻を梅棹さんが打ち破っていた伝統が、まだ生きているのかも。rekihaku世界の眼でみる古墳文化仁徳天皇陵日朝の墳墓を見てみましょう。とかく歴史を粉飾する大陸の歴史認識に惑わされないことが肝要であるが。<ガラパゴス化する墳墓>p12 日本列島で古墳が造られたころ、朝鮮半島でも墳墓が発達した。日本列島の古墳も含め、これら東アジアの墳墓は、たがいに影響しあって現れ、終始密接なつながりを保っていた。その中でも、日本列島の古墳の規模がとくに大きくなったのはなぜだろうか。その理由は、いくつか考えられる。 第一は、朝鮮半島の墳墓は、中国に近い高句麗と百済では比較的小さく、そこから遠い新羅や伽耶で大きいことにヒントがある。先進社会から遠いほど墳墓が大きいというこの傾向は、文字による制度がまだ十分に社会に浸透していないところほど、知覚や感情、人の心にじかに訴えることによって王の偉さを演出するという素朴な社会の形が強く残ったと理解できるだろう。海を越えてさらに遠く離れた日本列島では、墳墓はいちだんと大きく造られたのである。 第二は、に、朝鮮半島で発達した山城などの軍事施設がみられないことにヒントがある。陸続きでたがいに侵攻を繰り返していた高句麗・百済・新羅と伽耶諸国は、軍備にたくさんの資本や労力を投入する必要があった。かたや海に囲まれた日本列島では、はるかに多くの資本と労力を墳墓に集中できた。このような経済的余力が、日本列島の墳墓の巨大化を許したのである。 第三に、日本列島の古墳時代に都市が発達しないことも、古墳巨大化の要因を考えるうえで重要である。都市経済が盛んになれば、王の手を離れて市場に流通する財や物資も増える。都市が未発達だということは、それらの流通を王たちが独占していたことを示す。王たちの手持ちの経済力の豊かさも、その墓を大きく造れる条件につながったのだろう。 海で隔絶されていた日本列島の古墳時代には、城なし、都市なしの特異な歴史的環境が生み出されていたことはまちがいない。このような特異な環境のもと、ガラパゴス諸島の生物たちのように、墳墓はユニークな進化をとげた。それが巨大な古墳だったのである。『世界の眼でみる古墳文化』1
2018.10.23
コメント(0)

図書館で『世界の眼でみる古墳文化』という大型本を、手にしたのです。おお 国立歴史民俗博物館の企画展の公式図録ではないか♪内容は画像が多くて、楽しめる資料になっています。国立という殻を梅棹さんが打ち破っていた伝統が、まだ生きているのかも。とにかく、表紙のデザイン「眼鏡をかけた戦士の土偶」が斬新で、いいではないか♪【世界の眼でみる古墳文化】公式図録、国立歴史民俗博物館、2018年刊<国立歴史民俗博物館>よりこのたび、国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)では、企画展示「世界の眼でみる古墳文化」を2018年3月6日(火)~5月6日(日)まで開催いたします。日本列島には、3世紀中頃から6世紀までの約350年間、世界史的に見ても稀なスケールをもった先史モニュメントが築かれました。それは現代でも地域の景観を演出し、一部はいまだに国家的祭祀の対象となっています。<読む前の大使寸評>おお 国立歴史民俗博物館の企画展の公式図録ではないか♪内容は画像が多くて、楽しめる資料になっています。国立という殻を梅棹さんが打ち破っていた伝統が、まだ生きているのかも。rekihaku世界の眼でみる古墳文化まず「はじめに」でこの図録のパースペクティブを、見てみましょう。<「はじめに」>p6 日本列島には、沖縄を除く各都道府県に約15万基の古墳があります。長さ480mを超える前方後円墳から直径10mほどの小円墳まで、すなわち大王の陵から庶民の墓まで含みます。そこまでこぞって大きな墓づくりに血道をあげた約350年間(250年頃~600年頃)が古墳時代なのです。 墓にかぎらず、生活や生産には何の役にも立たない巨大な構造物を大地に造りつける行為は、世界の歴史のなかに普遍的に見いだせます。文字に書かれた法律や制度、宗教の教義などによって社会が完全に律されるようになる前に、大型モニュメントを造営する行為が、ほぼむき出しの形で流行する歴史段階をもった地域が多いのです。 日本列島は、そのもっとも典型的な一地域です。なおかつ、築かれるモニュメント(古墳)の巨大さと密度は、世界の中でも群を抜いています。比較的狭い国土に、エジプトのピラミッドや中国の始皇帝陵に比肩するスケールの前方後円墳が林立するという特異な社会は、いかなる要員で、どんなメカニズムで形成されたのでしょうか。それは、日本列島の歴史的特質の根幹にかかわる重要な問いなのです。 モニュメントが林立する景観は、そこに葬られた人やそれを造った人の記憶が色あせ、記録が失われたのちにもずっと残り続けて、現代に至ります。私たちも含め、遺産として古墳を受け継いだ人びとは、それをどんな眼で見て、それぞれの世代の「現代」社会にどのように活かしてきたのでしょうか。これもまた、古墳を未来へ、世界へと伝えていくためのよりどころとなる大切な問いです。 これらの「問い」に応えるために、本展を企画しました。展示は、5つのテーマに大きく分けて構成しています。 1)王権とモニュメント 2)王と墓:権威と象徴性 3)古墳時代の王の姿 4)古墳へのまなざし 5)古墳を見る「いま」の眼 ここでは、現代の考古学者だけではなく、古墳を営んだ当事者たち、すでに古墳が過去の遺産となっていた中世の日本人、外国の研究者、アーティスト、現代社会のさまざまな立場、災害を乗り越えて古墳を未来に残そうとする人びとなど、さまざまな「世界」から見える古墳の姿を並べました。そうすることによって、古墳とは何かをあらためて考え、それを一つの個性とする日本の歴史と文化に迫ろうとします。(中略) 歴史学や考古学は、そのような多様な営みの一つとして、自らの立場や役割をあらためて考える時がきているとも言えます。
2018.10.23
コメント(0)

今回借りた4冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「雑誌」でしょうか♪<市立図書館>・鳥たちの地球(ナショナルジオグラフィック2018年1月号)・超老力(芸術新潮2018年3月号)・偉いぞ!立ち食いそば・生きるぼくら<大学図書館>・(今回はパス)図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【鳥たちの地球(ナショナルジオグラフィック2018年1月号)】雑誌、日経ナショナルジオグラフィック社、2018年刊<商品の説明>より【特集】『新シリーズ 鳥たちの地球』●鳥はなぜ大切なのか?:生態系に欠かせないだけでなく、人の心にとっても大切な鳥たち。2018年、本誌はその驚異の世界を探る。●羽ばたきの軌跡:鳥が飛ぶ軌跡は大空に残らない。肉眼ではとらえられない鳥が描く模様を、写真家が映像を駆使して明らかにする。●耕す人:耕し育てる人がいて、いただく人がいる。農業とはいったい何か?公文健太郎の写真と池澤夏樹のエッセイで考える。<読む前の大使寸評>先ごろ、(ナショナルジオグラフィック2018年4月号)でスズメの生態を読んで、いたく惹かれたのだが、こちらの鳥特集はさらに拡大版であり、借るしかないのです。amazon鳥たちの地球(ナショナルジオグラフィック2018年1月号)【超老力(芸術新潮2018年3月号)】雑誌、新潮社、2018年刊<商品の説明>より◆特集◆超老力大先輩にまなぶ、アートと生きるゴールデンエイジ篠田桃紅 104歳 野見山暁治 97歳 柚木沙弥郎 95歳 安野光雅 91歳 中谷芙二子 84歳超老力。それは身体の老化を超えた先に現れる、さまざまな力。蓄積される経験と技術、研ぎ澄まされていく色と形、しがらみから解放されて自由にはばたく表現欲??。80歳を超えた現在も、魅力的な作品をひたむきに作り、美術界を牽引しつづける大先輩たちの「超老力」から心ゆたかに、美しく生きるヒントを探ります。【スペシャル対談】横尾忠則 81歳×香取慎吾 41歳<読む前の大使寸評>雑誌の表紙でわかるように、【スペシャル対談】横尾忠則×香取慎吾につられて借りたのでおます。amazon超老力(芸術新潮2018年3月号)【偉いぞ!立ち食いそば】東海林さだお著、文藝春秋、2006年刊<「BOOK」データベース>よりかけそば、チリチリ春菊天、つゆ浸しコロッケそば、サクサクジュクジュク玉ねぎ天…う、美味い!立ち食いそば@サポーターズのショージ君が挑んだ新境地。<読む前の大使寸評>そば文化の伝統が生きている地域といえばトウキョウである。・・・そのあたりを心して、ショージ君の立ち食いそば論を読んでみたい。amazon偉いぞ!立ち食いそば【生きるぼくら】原田マハ著、徳間書店、2015年刊<「BOOK」データベース>よりいじめから、ひきこもりとなった二十四歳の麻生人生。頼りだった母が突然いなくなった。残されていたのは、年賀状の束。その中に一枚だけ記憶にある名前があった。「もう一度会えますように。私の命が、あるうちに」マーサばあちゃんから?人生は四年ぶりに外へ!祖母のいる蓼科へ向かうと、予想を覆す状況が待っていたー。人の温もりにふれ、米づくりから、大きく人生が変わっていく。<読む前の大使寸評>著者の本で『あなたは、誰かの大切な人』というのが良かったので、この本も期待できるかも♪・・・ということで借りたのです。rakuten生きるぼくら********************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き336
2018.10.22
コメント(0)

図書館に予約していた『文字渦』という本を、待つこと1ヵ月ほどでゲットしたのです。「紙の動物園」のような言語学的SFが大使のツボであるが、この本はそれよりもさらに学術的であり・・・果して読破できるか?と、思ったりする。【文字渦】円城塔著、新潮社、2018年刊<出版社>より昔、文字は本当に生きていたのだと思わないかい? 秦の始皇帝の陵墓から発掘された三万の漢字。希少言語学者が遭遇した未知なる言語遊戯「闘字」。膨大なプログラミング言語の海に光る文字列の島。フレキシブル・ディスプレイの絵巻に人工知能が源氏物語を自動筆記し続け、統合漢字の分離独立運動の果て、ルビが自由に語りだす。文字の起源から未来までを幻視する全12篇。<読む前の大使寸評>「紙の動物園」のような言語学的SFが大使のツボであるが、この本はそれよりもさらに学術的であり・・・果して読破できるか?と、思ったりする。<図書館予約:(9/05予約、10/16受取)>rakuten文字渦アラム文字「新字」という章で謎めいた『新字』が語られているので、見てみましょう。p119~121<新字> 図書室に圧倒的に多いのはシリア語で書かれた本だが、中に文字の形の読み取りにくいものがあり、阿羅本に訊ねてみたところ、阿拉ム文字で書かれた文章であるということだった。 「阿語」と石積。 「シリア文字の祖型となった文字で、梵字やヘブライ文字に影響を与えた文字でもあります」と阿羅本。 「そしてなにより、楔形文字を滅ぼした文字です」とまた、石積には意味の取りにくいことを言った。当惑する石積の表情を観察しながら、 「言葉はまず音を用いるもの。文字は音を写すもの。何かの文字を様々の文字で記すことができるわけです。ペルシャ語をシリア文字やアラビア文字で記すことだってできます。アラム文字はそれまで世界共通語だった楔形文字を滅亡においやった文字です」 文字が滅びる、ということが石積にはよく理解できない。篆書が隷書になるように書体が変化するということであればわかるが、阿羅本が言うのはそういうことではないはずである。阿羅本は棚の前でしばし指を踊らせたあとで手を伸ばし、石積の前に一枚の紙葉を置いた。 「これがその、楔形文字と呼ばれたものです」 表面にはなにやら、釘をばらまいたような模様が連ねられており、右から読むのか左からか、上から下に読んでよいのかさえもわからない。場所によっては縦書きされたところもあるようであり、文書というより、呪符のようなものと考えるのが妥当と見えた。 何度か瞬きをした石積の瞼の裏に釘状の線が焼きついている。目をあげた石積へ阿羅本が言う。「アッシュール・バニパル王に命じられ、ナブ・アヘ・エリバが記した『ウトナピシュティムの書』と呼ばれる書物の一部、その写しだと言われています。もともとは粘土板に押されたものだったはずです」 無論、石積が知る由もないことだが、この唐滞在からおよそ千と百年後の宝暦十年、新井白石の文字研究書『同文通考』が出版され、そこにはこう記されることになる。 「四十代ノミカト天武天皇白鳳十一年春三月境部連石積等ニ招シテ更ニ肇て新字一部四十四巻ヲ造シメラル(後略)」 天武天皇は白鳳十一年、境部石積に命じて『新字』一部四十四巻を作らせた。『釈日本紀』巻十五、述義十一、天武下は「新字一部」の項目を立て、その解説をこう続ける。 「私記曰師説此書今在図書寮但其字躯頚似梵字未詳其字義所准拠乎」 ここでいう『私記』はいわゆる『日本書記私記』を示し、これは平安期に行なわれた『日本書記』の講義禄である。既にこの時点で国史たる『日本書記』は専門家による読解を必要とするものとなっていた。 「『日本書記私記』に、その『新字』なる書物は現在、図書寮に収められており、書かれている文字は梵字に非常に似ているが、意味や由来は不明である、とある」。(中略) 歴史、地理、文学に深い造詣をもち、当時の海外事情に目を配りつつ古代史に思いを馳せ、邪馬台国の位置などを思案していた新井白石は当然、文字にも強い興味を抱いており、後世、石積の仕事をそのように捉えることになる。万葉仮名、変体仮名の出現以前に、漢字ならざる、しかし俗字とも異なる、日本語記述用の文字を定めたのではないか、ということである。ウーム ギルガメシュ叙事詩、日本書記まで遡り、なにやら謎めいた『新字』であるが・・・著者の真偽とりまぜた妄想が面白いのである♪この本も漢字文化圏あれこれR3に収めておくものとします。『文字渦』2:「第5回遣唐使」『文字渦』1:CJK統合漢字
2018.10.22
コメント(0)

図書館に予約していた『文字渦』という本を、待つこと1ヵ月ほどでゲットしたのです。「紙の動物園」のような言語学的SFが大使のツボであるが、この本はそれよりもさらに学術的であり・・・果して読破できるか?と、思ったりする。【文字渦】円城塔著、新潮社、2018年刊<出版社>より昔、文字は本当に生きていたのだと思わないかい? 秦の始皇帝の陵墓から発掘された三万の漢字。希少言語学者が遭遇した未知なる言語遊戯「闘字」。膨大なプログラミング言語の海に光る文字列の島。フレキシブル・ディスプレイの絵巻に人工知能が源氏物語を自動筆記し続け、統合漢字の分離独立運動の果て、ルビが自由に語りだす。文字の起源から未来までを幻視する全12篇。<読む前の大使寸評>「紙の動物園」のような言語学的SFが大使のツボであるが、この本はそれよりもさらに学術的であり・・・果して読破できるか?と、思ったりする。<図書館予約:(9/05予約、10/16受取)>rakuten文字渦「新字」という章で「第5回遣唐使」が語られているので、見てみましょう。p111~114<新字> 堺部がこうして唐にやってくるのは12年ぶりのことであり、一度目は白雉4年の第2回遣唐使の第1船に、学生として乗り込んでいた。白い雉が見つかったために改元して白雉ということだから、どうも自分の人生の変転期には瑞獣が関わりがちなようである。 瑞獣は天子の徳を讃えるのではなく、堺部の運命を告げにやってきているという見方もありうる。堺部としては12年前のあのときに自分の半分は死んだと考えている。ほぼ同数の人員を乗せたニ船から構成された遣唐使の第2船は九州の先で沈んで、ほとんどの者は助からなかった。自分が第1船に乗ったのはたまたまであり、生き残ったのは偶然である。であるならば、自分は半分死んでいる生者なのだと、堺部はすっきり考えている。 前回は学生としての渡唐だったが、今回は重大な外交任務を負っている。大使は、小錦、守君大石。先の白村江の戦いにおける負将である。次に位の高いのが、小山である堺部石積ということになる。小錦は上から五位、小山は七位を数える。まだ三十代に手の届かない堺部が副使に任じられたのは、家柄と才、留学時の人脈を期待されてのことなのだが、単に体力を見込まれての人選である。(中略) 隋のヨウ帝から唐の太宗まで、度重なる侵攻を防ぎ続けた高句麗も、高宗の前についに膝を屈しようかという情勢である。新羅の北方、半島と大陸の接続部を占める高句麗が倒れ、唐が朝鮮半島全体を陥れることとなれば、四海に睨みをきかせる唐の次の標的は日本と考えるのが自然である。筑紫では来寇に備えて防壁や山城の建設が進み、飛鳥では遷都の声もあがっている。 それはまあそれとして、と堺部の視線は、急を告げる極東情勢をよそに、空中に何かを探している。 王牒に刻まれているのは、一体どんな文字なのだろうか。 「クテシフォン・セレウキア」 と12年前の石積が、相手の口の発した音を繰り返すと、テーブルの向こう側に座る男はやや意外というように軽く眉を持ち上げてみせた。 「お上手だ」と続いたのは、一音一音を確認するような中国語である。 「家柄、様々な言葉に接することには慣れております」と石積。 「なるほど」と男は一音で受け、「しかしこれまでどおり中国語で続けた方がよろしいですな」と笑みを含んだ調子で続ける。「それは勿論」、と石積も耳に神経を集中したままで頷く。 家柄、他国の言葉は、物心つくころから叩き込まれている。日本にいる間でも、ふとすると中国語で考えていることが多かったりする。 書物の内容をいちいち日本語に直してから理解するよりも、そのまま読んだ方が手間がはぶけたからでもあるし、詩を詠むにも天下国家を考えるにも中国語の方が話が早く、確実だったからでもある。 多言語を操る者には、用いる言語の選択により思考の道筋が変わることがよく起こる。さらに、日本の言葉は書き留めるにもそのための文字が決まっておらず、漢字で当て字をする手間が必要だった。あとから見ると、自分でも何を書いたのかがよくわからなくなることが頻繁に起こる。それならば最初から中国語で書いてしまった方が手っ取り早い。 僧に混じって異国の言葉で唱えられる教に耳を澄ませたこともあり、そこに混じる奇妙な響きが、梵語という名の、はるかかなた、インドと呼ばれる土地の言葉であるということも知識としては知っていた。その言葉の組み立てを知ろうとしたが、ただ音だけが伝わっているということで、梵語での文章の組み立て方を知るものは当時の飛鳥ではまだいなかった。音さえ合えば功徳があるということだったが、それでは人が唱える甲斐がないと石積は思う。 堺部の家では、日本、朝鮮、中国の言葉が自由に用いられており、石積は幼い頃からそれらに馴染んだ。長安にきて思うのは、どうやら自分が馴染むのは、特定の言葉ということではなく、言葉というものに対してらしいということである。個別の各言語より純粋に、言葉というもの自体が好きなのだ。この本も漢字文化圏あれこれR3に収めておくものとします。『文字渦』1
2018.10.22
コメント(0)

図書館に予約していた『文字渦』という本を、待つこと1ヵ月ほどでゲットしたのです。「紙の動物園」のような言語学的SFが大使のツボであるが、この本はそれよりもさらに学術的であり・・・果して読破できるか?と、思ったりする。【文字渦】円城塔著、新潮社、2018年刊<出版社>より昔、文字は本当に生きていたのだと思わないかい? 秦の始皇帝の陵墓から発掘された三万の漢字。希少言語学者が遭遇した未知なる言語遊戯「闘字」。膨大なプログラミング言語の海に光る文字列の島。フレキシブル・ディスプレイの絵巻に人工知能が源氏物語を自動筆記し続け、統合漢字の分離独立運動の果て、ルビが自由に語りだす。文字の起源から未来までを幻視する全12篇。<読む前の大使寸評>「紙の動物園」のような言語学的SFが大使のツボであるが、この本はそれよりもさらに学術的であり・・・果して読破できるか?と、思ったりする。<図書館予約:(9/05予約、10/16受取)>rakuten文字渦「誤字」という章でハングルの盛衰やCJK統合漢字が述べられているので、見てみましょう。p181~183<誤字> 今はもう完全な復元さえ困難である遠い昔の記録によれば、キリストの1996年、ハングルの大移動と呼ばれる事件が起こった。 ハングルとは民族名ではなく、朝鮮語を表記するための表音文字のことである。母音と子音にそれぞれ、字母と呼ばれる部分が定められており、基本的にはそれらを組み合わせて1文字1音節とする。同1446年、李氏朝鮮四代国王、世宗の時代に制定されたが、当初これを文字とみなすかには議論が起こった。 いうまでもなく正当な文字とは漢字であって、それは確かに、蒙古、西夏、日本、西蕃などは独自の文字を育てているが、夷狄の無知、厚顔というものである。同じく1文字1音節の漢字を利用することで、自分たちの言葉を記すことは不可能ではない。 建て前の上ではそうであったが、漢訳の経典などを見てもわかるとおりに、漢字は音を写すにはあまり向かない。結局、ハングル、当時でいう訓民正音は世宗の強い意志によって流通された。 ハングルの大移動の原因はわかっていない。ただしそのハングル跡地には、1999年、CJK統合漢字拡張Aに属する6582字が入植し、続いて2003年には易経記号が入植したことから、大規模な侵略や異言語の流入が言われたりする。 古地図によれば、故郷を離れたハングル字母は、グルジアとエチオピア文字の間に、字母の組み合わされたハングル音節は、マニプリ文字の後背に安住の地を得たようである。 同様の古地図において、満州文字はモンゴル文字のブロックに含まれ、西夏文字は三つの地方に分割された。チベット文字は、ラオス文字とミャンマー文字の間に、パスパ文字は、シロティ・ナグリ文字の後ろ、サウラーシュトラ文字の手前に位置する。 各国で様々な字形として暮らしていた漢字の諸族は、各種規格が攻伐を繰り返した末の1992年、CJK統合漢字として一応の統一をみた。Cは中国を、Jは日本を、Kは朝鮮をさすが、越南(ヴェトナム)を含めてCJKVとすることもある。もっとも、統合は痛みをもたらし、統合漢字の中にはさまざまな軋轢が解消されないままに残された。 中国、台湾、日本、朝鮮で利用されていた漢字は、多少の字形の違いであれば方言のようなものとして吸収、統合、同じものであるとされ、細かな差異は印字、表示時に対応するということになった。そのため、同じとされる文字であっても、国によって画数が異なる場合もあった。(中略) 様々な混乱を引き起こした漢字の電子植民だったが、その以前、中国、台湾、日本がそれぞれ自由に正規の漢字を定めていたのが近因である。近代国家としての体裁を整えることは文字を整える必要を生み、中国は草体を取り入れた漢字を、台湾は昔ながらの字画の多い楷書を、日本はやや略した楷書をそれぞれ正規の漢字と定め管理していた。 漢字の書き順、止めやハネをどうするか、筆画の省略という問題は、古来おおらかに扱われてきたのだが、ここに原理原則が立つことになり、当然それまでも統合整理の試みは多くあったわけだが、例外なく例外にさらされてきた。ウーム とにかく漢字の統合整理は難しいということは分かりました。漢字から東アジア共同体を目指すことは・・・あきらめざるを得ないようですね。この本も漢字文化圏あれこれR3に収めておくものとします。CJK統合漢字についてウィキペディアを覗いてみました。 CJK統合漢字は、ISO/IEC 10646(略称:UCS)およびUnicodeにて採用されている符号化用漢字集合およびその符号表である。 CJK統合漢字の名称は、中国語、日本語、朝鮮語で使われている漢字をひとまとめにしたことからきている。CJK統合漢字の初版であるUnified Repertoire and Ordering第二版は1992年に制定されたが、1994年にベトナムで使われていた漢字も含めることにしたため、CJKVと呼ばれる事もある。『紙の動物園』1
2018.10.21
コメント(0)

図書館で『岡本太郎と語る'01/'02』という本を、手にしたのです。なんか見たことのあるような本だと思うが、ま、いいかと借りたわけです。帰って調べてみたら、およそ1年前に借りて読んでいたのです(イカン イカン)【岡本太郎と語る'01/'02】岡本太郎記念館編、二玄社、2003年刊<「BOOK」データベース>より「ただのサロンではない」「ただの講演会ではない」。岡本太郎が夢みてやまなかった「丁々発止の精神の共同体」。太郎“と”語る空間への扉が、今、ここに、ある。<読む前の大使寸評>なんか見たことのあるような本だと思うが、ま、いいかと借りたわけです。帰って調べてみたら、およそ1年前に借りて読んでいたのです(イカン イカン)amazon岡本太郎と語る'01/'02「手の椅子」赤瀬川原平との対談を、見てみましょう。赤瀬川さんを取り上げるのは二度目になるが。p222~226<岡本太郎の見る眼>赤瀬川:皆さんは、岡本太郎という人をいろんなカタチで体験されていると思うのですが、僕は、岡本太郎を二度ほど強く体験しました。今日は、その辺りを中心にお話したいと思います。<セザンヌはヘッポコ絵描きだった> 最初の太郎体験というのは、もちろん『今日の芸術』です。ちょうど僕が、武蔵野美術学校に通っていた頃。先輩や仲間といった、ほとんどの人があれを読んでいましてね。僕もあの本で非常に勇気づけられた。とにかく驚いた。あれがすべてをゼロにしてくれたという感じだったんです。 僕は子供の頃から絵が好きで、高校も美術科。それで当時、武蔵美に進んでいたんですね。今でこそ立派な大学になっていますが、その時代の武蔵美というのは、何か、昔の女子寮か兵舎だったような古い建物が一棟ある程度のもので、自分もその頃、貧乏でボロボロの格好をしていましたから、「うわー! 自分以上の存在がある」と、逆に圧倒されましてね。 それで、その武蔵美の学生になって1年目くらいだったと思います。仲間が皆読んでいて、面白いと言うんで、僕も『今日の芸術』を読んだわけです。それにしても、強烈でしたね。「セザンヌはヘッポコ絵描きだった」と、あえて挑発的に書いていたりする。その語調がまた気持ちいいんですよ。 言っている論理もすごいんだけど、リズムというか、読み物として本当に面白かった。当時、18か9ですが、「そうか、やることは結構あるんだ」って思って、そうやって勇気づけられた僕は、それから自分のことを少しずつやり始めていったわけなんです。 でもあの時代、太郎さんというのは、アヴァンギャルド芸術ということで、すでにかなり売れていらっしゃいましたから、僕にとっては何か恐れ多い感じで憧れながら、こう、活字の上でちらっと見ていたという感じでしたね。(中略)<「第五次ミキサー計画」展のテープを切る> それで僕は、「ハイレッド・センター」というグループを組織して、自分もいろんな活動をやり始めたわけです。最初の展示は、新宿第一画廊というところでやった「第五次ミキサー計画」ですね。1964年でしたかね、高松治郎、中西夏之、それと僕の三人でやったんです。 もちろん、我々にとって第1回目の展覧会でしたが、わざと「第五次…」というふうにしたんです。僕も昔から、何かフェイントをかけるのが好きだったんですね(笑)。(中略) その頃はね、芸術というか、展覧会などが、とても面白い時代だったんですよ。例えば、横尾忠則なんかを中心にして、イラストレーションというのがバーッと膨らんできたり、イラストレーションとかデザインといった世界が確立されていく前ですね。上野美術館の読売アンデパンダン展、日本美術協会のアンデパンダン展なんかも、この頃始まった。特に、読売アンデパンダン展の方では、いろいろな面白い実験の競走みたいなこともあったりして。それで皆、何かそういう展来会で、「何か変なことが起こる」ということに、とても関心を持っていたんですよ。 社会的にも、「何かが始まる」というような空気がありましたし。ですから、太郎さんほどの有名な方でも、ちょいちょい、そういう展覧会なんかを見て回られていたわけなんですね。 次に太郎さんにお会いしたのは、千円札裁判の時。僕が作った千円札の作品というのが、模造紙幣というようなことで裁判になってしまいまして…。もちろん、僕にとっては初めての体験でしたから、「どうしようか」ということで、いろんな見識者のご意見を聞いてみようということになった。 で、川仁さんという人と、美術の知り合いの今泉省彦さんと、3、4人ぐらいで、こちら(アトリエ、現・岡本太郎記念館)へ伺ったんですね。それが、ここに来た最初。65年頃ですかね。 しかし、この船の屋根のような構造、あの当時から全然変わってないですね。以前から雑誌なんかで見て、「おお、すごいんだなぁ」と思っていあましたから、実際おじゃました時は、「ここがそうか!」という感じで、もう感心してしまって…。で、太郎さんは、いろんなアドバイスをくださったのですが、実は僕、太郎さんがどんな話をしてくれたか、全然覚えてないんです。かなり上がっていたというか、緊張していたせいもあるんでしょうね。その辺に「手の椅子」とかいろんなものがあって、「ここがそうなのか、これがあれか」というふうで、とにかく感激して帰ってきました。 で、その後の僕はというと、何か自分たちのやることに夢中になっていって、あまり人のことまで目が行かなくなったんですね。誰でもそういう時期があるんでしょうけど。もちろん、太郎さんは依然、テレビのCMに出たりして、様々なステージで活動されていた。ですから、その後も相変わらず僕は、遠くから太郎さんを眺めていたというわけです。『岡本太郎と語る'01/'02』3:ヤノベケンジ『岡本太郎と語る』2:横尾忠則『岡本太郎と語る』1:赤瀬川原平
2018.10.21
コメント(0)

図書館で『岡本太郎と語る'01/'02』という本を、手にしたのです。なんか見たことのあるような本だと思うが、ま、いいかと借りたわけです。帰って調べてみたら、およそ1年前に借りて読んでいたのです(イカン イカン)で、(その3)としています。【岡本太郎と語る'01/'02】岡本太郎記念館編、二玄社、2003年刊<「BOOK」データベース>より「ただのサロンではない」「ただの講演会ではない」。岡本太郎が夢みてやまなかった「丁々発止の精神の共同体」。太郎“と”語る空間への扉が、今、ここに、ある。<読む前の大使寸評>なんか見たことのあるような本だと思うが、ま、いいかと借りたわけです。帰って調べてみたら、およそ1年前に借りて読んでいたのです(イカン イカン)amazon岡本太郎と語る'01/'02ヤノベケンジとの対談を、見てみましょう。(岡本太郎記念館館長の岡本敏子さんを岡本と表記)p66~72<太陽の塔、乗っ取り計画>ヤノベ:皆さんこんばんわ。今日は、僕が今計画している「太陽の塔」に関わる作品のことや、これまでの作品や個人的な体験、何でも喋って構わないということで、物凄く興奮した状態でやって来ました。それがまた、が住まわれていたこの記念棺で行なわれ、岡本太郎さんがまるで憑依したような敏子さんが隣にいらっしゃって、しかもなぜかお盆という時期。岡本太郎さんが非常に戻ってきやすい状態に発表できるというのは、何か偶然というだけでは済まない必然性でここにいるような気がしています。岡本:はい、ここにちゃんと来ていますよ(笑)。ヤノベ:あ、ありがとうございます。本当に非常に興奮しています。 さて、今日の題目は、皆さんご存じのとおり、「太陽の塔、乗っ取り計画」です。 実はこの計画は、とてつもない僕の妄想から始まったもので、数年、いや数十年の時間をかけながら、必然的にじわりじわりと実現させていこうというもの。皆さんの目前でこれが具現化していく様を、リアルタイムでたっぷりとお見せできると思いますので、僕自身も非常に楽しみにしているものなのです。 では、どうしてこのヤノベケンジという人間が、大阪万博、岡本太郎さん、そして太陽の塔なのか…。皆さんにこのストーリーを理解していただくために、まず簡単に僕の作品を説明しながら、僕と大阪万博との関わり、太陽の塔との関わりについてお話してから、「チェルノブイリ・プロジェクト」、2000年の「太陽の塔、内部侵入成功」など僕にとっての時間旅行の概念をお話し、さらに「太陽の塔、乗っ取り計画」の全貌を明かしたいと思います。時間旅行=タイムマシンとやらに順じて、最後は皆さんも僕の計画にすっかり洗脳されて帰られることを心から願っています(笑)。<遊園地的「人類のサバイバル」を創る> では最初に、ヤノベケンジの作品とは一体いかなるものかを、簡単に説明いたしましょう。 僕はもともと、美術館や展覧会などで発表している美術作家ですが、人間が中に入って浮遊瞑想ができる巨大なタンクとか、放射能から身を守る鉄と鉛の服(イエロースーツ)とか、ゴジラの下半身にまたがって前進できる「征服兵器」という作品など、いわゆる「体験型彫刻作品」というようなものを数多く手がけてきました。(中略)<「太陽の塔侵入計画」> チェルノブイリから帰ってしばらくすると、それは「未来の廃墟」から「現実の廃墟」に転じていました。すると、「未来の時間旅行のプロジェクトを完成させるには、もう一つの未来の廃墟、太陽の塔をもう一度掘り起こしたい」という気持ちが湧き出てきたのです。 しかし、すぐに難関にぶつかりました。そうです。万博跡地はすでに非常にきれいに整地されてしまっている。では唯一、未来の廃墟の状態が残っている聖域はどこか? そう思った時、一つ思い起こした場所がありました。昔、父が買ってきたあの写真集に載っていた太陽の塔内部の「生命の樹」です。太陽の塔の中の大きなインスタレーション。太陽の塔の内部こそ、聖域なのでは? そう思うと、僕は矢も立てもたまらず、ただ、ただ、「太陽の塔の中に入りたい!」と猛然と燃え出したのです。『岡本太郎と語る』2:横尾忠則『岡本太郎と語る』1:赤瀬川原平
2018.10.21
コメント(0)

図書館で『アジア幻想』という本を、手にしたのです。この本の副題が「モームを旅する」となっているが、和田誠さんの本で『アシェンデン』の書評を読んだあとだけに・・・モームにいたく惹かれる大使でおます。【アジア幻想】村松友視著、講談社、1989年刊<「BOOK」データベース>より“擬似楽園”に深く刻まれた?マークの謎。ラッフルズ・ホテルの木陰にたたずむとなぜか苦渋にみちたモームが現われてきた…。<読む前の大使寸評>この本の副題が「モームを旅する」となっているが、和田誠さんの本で『アシェンデン』の書評を読んだあとだけに・・・モームにいたく惹かれる大使でおます。amazonアジア幻想ラッフルズ・ホテル東洋におけるモームを、見てみましょう。p118~120<ラッフルズの未来は、その過去にあるモーム常宿の78号室に泊まる> 私の周辺でモームの名を出せば、すぐに「教科書」という反応が返ってくる。私自身も、高校だったか大学だったかの英語の教材に、『雨』が使われていたのを憶えている。その『雨』にしたところで、いったいどんな物語であったかは曖昧だ。そんな私のなかでに、忘れかけていたモームの名前が急浮上したのは、2年前のことだった。 テレビ番組でシンガポールのラッフルズ・ホテルの120号室、つまりかつてモームが常宿した78号室に宿泊したのをきっかけに、モームに対するこだわりが私に棲みついたのだ。シンガポール、ラッフルズ・ホテル、そしてモームという存在が、太い線で結びついたあげく、からんでは解れ、解れてはからみつくのが、この2年のあいだ、心地良いかすかな熱病のごとくになっているという趣だ。 コロニアルスタイルの極致…ラッフルズ・ホテルはそのように紹介されるし、実際のたたずまいもその通りだ。椰子の緑陰に建つフレンチ・ルネッサンス風の白壁、ゆるやかなアーチを描く窓、三階まで吹き抜けの天井にゆっくりと旋回する扇風機、中庭の白い椅子とテーブル、白いコスチュームを身につけた老ボーイ、そしてこのホテルにある「ロング・バー」のバーテンダーが作ったというシンガポール・ジン・スリングというなのカクテル…それらのすべてが、コノホテルを訪れる英国人には、随喜の涙ものであるらしい。 私は、もちろん植民地感覚でシンガポールを訪れる立場でも年齢でもない。だが、かつて英国人が極東の常宿として利用したホテルの建物やシステムには、どこか強く惹かれるものがあった。シンガポールの時代屋ホテル…2年前のテレビ番組は、私の作品になぞらえて、そんなタイトルになっていた。 たしかに、ラッフルズ・ホテルの魅力の大きなパーセンテージは、その骨董的なたたずまいが占めているにちがいない。ラッフルズの未来は、ラッフルズの過去にある…そう居直ったセンスによって、ラッフルズ・ホテルがあざやかに甦ったのは、厳然たる事実に相違ないのだ。 19世紀初め、シンガポールに上陸した英国のスタンフォード・ラッフルズ卿の名を冠してあるラッフルズ・ホテルの幕開けは、ラッフルズ卿の死後60年後の1886年、サーキーズ兄弟の手によって成されたのだった。当時は、シンガポールに錫が採れはじめ、ゴム栽培も盛んになってきた、いわば黄金時代だった。それから曲折を経て木造の建物も老朽化し、その神話が消えようとしたとき、大胆にも世の中に吹き始めた風の逆を発想し、ラッフルズ・ホテルは蘇生したのである。『アジア幻想』1:イギリス文壇から冷遇されたモーム
2018.10.20
コメント(0)

図書館で『アジア幻想』という本を、手にしたのです。この本の副題が「モームを旅する」となっているが、和田誠さんの本で『アシェンデン』の書評を読んだあとだけに・・・モームにいたく惹かれる大使でおます。【アジア幻想】村松友視著、講談社、1989年刊<「BOOK」データベース>より“擬似楽園”に深く刻まれた?マークの謎。ラッフルズ・ホテルの木陰にたたずむとなぜか苦渋にみちたモームが現われてきた…。<読む前の大使寸評>この本の副題が「モームを旅する」となっているが、和田誠さんの本で『アシェンデン』の書評を読んだあとだけに・・・モームにいたく惹かれる大使でおます。amazonアジア幻想イギリス文壇から冷遇されたモームを、見てみましょう。p58~61<77歳にして母国で評価、文名は長寿によって結実した> そして、1919年に出た『月と六ペンス』は、通俗の要素を欠いているにもかかわらず、たちまち多数の読者をとらえ、それらの人々はモームの愛読者として固定したのだった。批評家からも好評を受け、それによって『人間の絆』があらためて注目されるという効果を生んだ。そんな時期になっても、イギリス文壇、批評家、および読者からのモームに対する冷遇はまだまだつづいていたのだ。(中略) しかし、『月と六ペンス』に次いで『ひとめぐり』が注目されて、モーウの職業作家としての位置はたしかなものとなった。これとても、職業作家という立場に理解のない批評家を満足させることはなかったが、とにもかくにもモームは、自分の読者を大量にもつ確乎とした作家となったのだった。 モームが書いた短編小説は百五十近いと言われ、そのため劇作家、長篇小説家としてよりも、短篇小説家としてのイメージが強い。そしてモームは、今世紀においてもっとも広く読まれた短編作家という位置づけができるだろう。 また、ここが本書のキーポイントと重なるもだが、短編小説の半数が極東や南海を舞台としているところから、モームには“エキゾティックな短篇を書く作家”という印象もからんでいる。しかしここでもやはり、あまり人気がありすぎたことが、批評家たちの素直な評価を妨げたのは同じだった。 モームは、当時のインテリが好んだマンスフィールドやチェーホフの短篇の微妙な心理描写や独特のムードに、自分の作品の趣きをかさねることをしなかった。そして、むしろフランスのモーパッサンの文学エキスを選んだかに見える。微妙な心理やムードよりも、人生の劇的な面をねらって、人物の行為や事件の面白さを取り上げ、“”と呼ばれることもあった。(中略) とにかくモームは、短篇についてもフランスやアメリカでの評価が先行し、イギリスで人気が高まったのは短篇全集三巻が出た、1951年以後なのである。 1951年といえば、モームは77歳の高齢だ。母国であるイギリスにおいてそこまで理解されにくかったというのは、それ自体がひとつの価値でないかと思いたいくらいの待遇だ。まったく、モームに対する評価は極端で、定評というやつが見つかりにくいのだ。20世紀の作家の中で、モームほど一方で高く評価され、他方で酷評された作家はいない。それにもかかわらず、モームはほぼ三世代にわたり、国際的に知識層から一般大衆にまで多数の読者をもっているのだから、その評価が混乱するのは無理のないはなしだ。 「もし私が60歳で死んでいたら今頃は忘れられていただろう。この十年間に大変妙なことが起こった。その間これというほどのものは書いていないのに、私はかつてない成功をおさめた。短篇は年に30万部近い売れ行きを示した。イギリス人というものは老人に対しておかしなもので、一度誰かを思い込むと最後まで忠誠を尽すものだ…それが声の出なくなった歌手であろうと、せりふを忘れる俳優であろうと。こうしたことが私にも起こったらしい」 これは、1958年のあるインタビューにおけるモームの言葉だ。まったく、イギリスにおけるモームの文名はその長寿によって結実したといった観がある。ウン 村松友視という作家の著作を読むのは初めてのことであるが・・・モームを高く評価するということでは、和田誠さんとお仲間であり、この縁でこれからも注目したいと思うのです。『物語の旅』2:アシェンデン
2018.10.20
コメント(0)

今回借りた5冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「アジア」でしょうか♪<市立図書館>・文字渦・アジア幻想・中国人の誤解 日本人の誤解<大学図書館>・世界の眼でみる古墳文化・岡本太郎と語る'01/'02図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【文字渦】円城塔著、新潮社、2018年刊<出版社>より昔、文字は本当に生きていたのだと思わないかい? 秦の始皇帝の陵墓から発掘された三万の漢字。希少言語学者が遭遇した未知なる言語遊戯「闘字」。膨大なプログラミング言語の海に光る文字列の島。フレキシブル・ディスプレイの絵巻に人工知能が源氏物語を自動筆記し続け、統合漢字の分離独立運動の果て、ルビが自由に語りだす。文字の起源から未来までを幻視する全12篇。<読む前の大使寸評>「紙の動物園」のような言語学的SFが大使のツボであるが、この本はそれよりもさらに学術的であり・・・果して読破できるか?と、思ったりする。<図書館予約:(9/05予約、10/16受取)>rakuten文字渦【アジア幻想】村松友視著、講談社、1989年刊<「BOOK」データベース>より“擬似楽園”に深く刻まれた?マークの謎。ラッフルズ・ホテルの木陰にたたずむとなぜか苦渋にみちたモームが現われてきた…。<読む前の大使寸評>この本の副題が「モームを旅する」となっているが、和田誠さんの本で『アシェンデン』の書評を読んだあとだけに・・・モームにいたく惹かれる大使でおます。amazonアジア幻想【中国人の誤解 日本人の誤解】中島恵著、日本経済新聞出版社、2013年刊<出版社>よりえっ、「日本は中国と戦争したがっている」って?日本を知らない中国人、中国を知らない日本人が、互いの悪印象を増幅させる。「抗日ドラマ」を見ているのは誰か?「愛国教育」の影響力とは?中国現地の多くの人々に本音の話を聞き、日中関係を覆う「不幸の構造」を解き明かす。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten中国人の誤解 日本人の誤解【世界の眼でみる古墳文化】公式図録、国立歴史民俗博物館、2018年刊<国立歴史民俗博物館>よりこのたび、国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)では、企画展示「世界の眼でみる古墳文化」を2018年3月6日(火)~5月6日(日)まで開催いたします。日本列島には、3世紀中頃から6世紀までの約350年間、世界史的に見ても稀なスケールをもった先史モニュメントが築かれました。それは現代でも地域の景観を演出し、一部はいまだに国家的祭祀の対象となっています。<読む前の大使寸評>おお 国立歴史民俗博物館の企画展の公式図録ではないか♪内容は画像が多くて、楽しめる資料になっています。国立という殻を梅棹さんが打ち破っていた伝統が、まだ生きているのかも。rekihaku世界の眼でみる古墳文化【岡本太郎と語る'01/'02】岡本太郎記念館編、二玄社、2003年刊<「BOOK」データベース>より「ただのサロンではない」「ただの講演会ではない」。岡本太郎が夢みてやまなかった「丁々発止の精神の共同体」。太郎“と”語る空間への扉が、今、ここに、ある。<読む前の大使寸評>なんか見たことのあるような本だと思うが、ま、いいかと借りたわけです。帰って調べてみたら、およそ1年前に借りて読んでいたのです(イカン イカン)amazon岡本太郎と語る'01/'02********************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き335
2018.10.20
コメント(0)

<穏やかに自己貫徹・・・2本立て館>くだんの2本立て館に繰り出したが・・・・今回の出し物は「モリのいる場所」と「ラッキー」であり、館主の設けたテーマは「穏やかに自己貫徹」となっています。毎度のことながら、2作品を選ぶ館主のセンスには感心しているのですが、今回のテーマとしては、申し分ないんじゃないでしょうか♪なお、大使がテーマを設けるなら「死を覚悟した演技」となるわけです。死を覚悟した役者とは、先ごろ亡くなった樹木希林とハリー・ディーン・スタントンですね。【モリのいる場所】沖田修一監督、2018年制作、H30.10.18観賞<Movie Walker作品情報>より「祈りの幕が下りる時」の山崎努と「あん」の樹木希林が洋画家・熊谷守一夫妻を演じるヒューマンドラマ。守一の自宅の庭には様々な動植物が生きている。守一は30年以上、それらをじっと眺めるのを日課にしていた。守一の家には毎日のように人が訪ねてくる。監督・脚本は、「モヒカン故郷に帰る」の沖田修一。出演は、「3月のライオン」前・後編の加瀬亮、「谷崎潤一郎原案/TANIZAKI TRIBUTE『悪魔』」の吉村界人。<大使寸評>文化勲章を辞退した熊谷守一夫妻の仙人のような生き方もさることながら・・・気さくで、気丈な演技をしている樹木希林さんは、この時期、体はガンに冒されてボロボロであり、死を覚悟していたようです。movie.walkerモリのいる場所この映画は実話をもとに作られたのだが、文化勲章辞退のくだりを見てみましょう。仙人と呼ばれた男、その独自の生き方より日本経済新聞の「私の履歴書」に熊谷守一が登場した昭和46年、文化部記者として取材をおこなった田村祥蔵さんに、美術史家・山下裕二さんが話を聞きました。山下:それから40何年経って田村さんは新たに「仙人と呼ばれた男」を書かれたわけですが、いろいろと知らなかったことが書いてありました。特に「えっ」と思ったのは文化勲章の件ですね。辞退されたということは知っていたのですが、この本の中ではものすごく激怒したという風に…。田村:それは秀子夫人から聞いたのです。「人が人に勲章をやるなんて」と怒ったと。本音だと思います。袴をはいて授与式に出るなんて一番嫌いな人だったから。山下:でも、文化勲章内定を知らせる使者が来た時に会ってはいるんですよね。「文化勲章は結構ですけど、これだけはいただいておきます」と、お土産に持っていったトランジスタラジオはもらったという逸話を何か別の本で読んだことがあります。田村:あ、ほんと(笑)。周りもずいぶん勧めたそうですがね。熊谷さんは最後、「母ちゃん(※秀子夫人のこと)がもらった方がいいと思うんなら、もらってもいいよ」と言ったそうですよ。ところが、夫人は「本人があれほど嫌がってるのに、もらうことないと思いました」と言ったんです。これは「私の履歴書」の後に直接聞いたのかな。この映画館では毎回、幕間にお昼の弁当を食べるのだが・・・・今回はダイエーで買ったコロッケとサンドイッチでした♪【ラッキー】ジョン・キャロル・リンチ監督、2017年米制作、H30.10.18観賞<Movie Walker作品情報>より「パリ、テキサス」のハリー・ディーン・スタントン最後の出演映画。90歳のラッキーはいつもと変わらぬ日常のなかでふと、人生の終わりが近づいていることを思い知らされ、死について考え始める。小さな街の人々と交流しながら、彼は“それ”を悟っていく。監督は、「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」出演のジョン・キャロル・リンチ。出演は鬼才デヴィッド・リンチなど。<大使寸評>この映画のエンドロールでハリー・ディーン・スタントンを讃える歌が流れるので、この映画は役者スタントンへのオマージュなんだと知れるのです。以前に出演した「パリ、テキサス」での存在感は出色のものであり、よく憶えています。Movie Walkerラッキー今回の2作品は、死を控えた役者が哲学的に演じているのを周りのスタッフが温かく見守っていることが感じられるわけでおます。「モリのいる場所」の方はおふざけのシーンがあったりで、やや雑であるが・・・一方「ラッキー」の方は、乾いた死生観が貫かれていて、完成度はこちらが優るようです。以前に観た『パリ、テキサス』の感想を付けておきます。【パリ、テキサス】ヴィム・ヴェンダース監督、1984年独・仏制作、H24.1.31観賞<Movie Walker作品情報>よりテキサスを舞台にひとり放浪していた男が妻子と再会するがまた再び去ってゆく姿を描く。監督は「ことの次第」のヴィム・ヴェンダース、出演はハリー・ディーン・スタントン、ナスターシャ・キンスキーなど。<大使寸評>出だしはモハベ砂漠あたりを歩くところや、ドイツ人監督ということで「バクダッド・カフェ」と同じであり・・・・一言もしゃべらないトラヴィスが、このあとパリに行くんだろうか?と期待が膨らむツカミがいいですね。ネタバレになるが・・・・テキサス州のなかにパリという町があるそうです(笑)movie.walkerパリ、テキサスパリ、テキサスbyドングリパルシネマ上映スケジュール
2018.10.19
コメント(0)

図書館で『地球全史の歩き方』という本を、手にしたのです。カラー写真&モノクロ写真満載のビジュアル本となっていて、大使好みの本でおます。【地球全史の歩き方】白尾元理著、岩波書店、2013年刊<商品の説明>より地球の歴史を見に行こう! 大陸移動、恐竜絶滅、スノーボールアース、生命の誕生など「大発見」の現場から、気軽にツアーで行ける観光地、世界遺産になった地質構造、ぜひ訪れたい大自然の絶景まで。20年以上をかけて世界各地を撮り歩いた『地球全史――写真が語る46億年の奇跡』の著者による、カラー写真満載の旅の記録とガイド。<読む前の大使寸評>カラー写真&モノクロ写真満載のビジュアル本となっていて、大使好みの本でおます。amazon地球全史の歩き方地球的規模といえばグランドキャニオンを外すわけにはいけません。そのあたりを見てみましょう。p182~189<国立公園とビジターセンター> アメリカが誇るべきものの第一に挙げられるのは国立公園のシステムだろう。これは国立公園の土地種有権や使用権を国が取得し、連邦政府がしっかりと管理しているためである。大きな国立公園の中には落ち着いたたたずまいのロッジやレストランがあるが、これも国立公園局と契約した民間企業が官吏・運営し、その数も限定して景観を損なわないように考慮されている。 またトレイルの要所には、耐久性のある金属製の説明版が設置され、旅行者の目の前に広がる地形や地質が、どのようにしてできたかを教えてくれる。ときどき出会うカーッキー色の制服を身につけたパークレンジャーもたよりになる。 ビジターセンターの存在も重要だ。どの国立公園も入口で入場料(車1台につき10~25ドル)を支払い、しばらくいくとビジターセンターがある。ここには旅行者が必要な情報が集まっている。道路状況、天気、見どころなどがわかりやすく表示してあるし、受付にいるスタッフに尋ねればさらに詳しい情報が得られる。レンジャーが2~4時間程度でハイキングをしながら案内をシテクレルレンジャープログラムもある。また見逃せないのは、売店にある本や地図である。アメリカ西部の国立公園の見どころは地形や地質なので、その見どころを解説した本や地質図が置いてあり、一般向けのものからプロ向けのものまで揃っている。<空から見るには> アメリカ西部は、セスナのような軽飛行機で遊覧飛行やチャーター飛行が気軽に出来る場所である。軽飛行機ならば車では行けない地域でも簡単に近づけ、高い視点から全体を見渡すことができる。 アメリカ西部では、国立公園の近くには小さな飛行場があり、遊覧飛行を提供している。遊覧飛行のパンフレットはビジターセンターやモーテルのフロントに置いてある。インターネットで国立公園名と「air tour」のキーワードを入れて検索することもできる。 遊覧飛行に使われる軽飛行機はセスナ172が多い。セスナ172は翼が機体の上についている4人乗りの軽飛行機で、座席が前後2列で前列のパイロットの横に1人、後列に2人が座れる。料金は2人以上が搭乗した場合の1人の料金が記されているので、1人だけで乗りたい場合には2人分の料金を払えばよい。コースにないルートを飛ぶ場合にはチャーターということになる。アメリカ西部ではセスナ172ノチャーター料は1時間400ドル程度である。この料金は日本の半額程度で、世界の中でも安い。(中略) アップヒーバル・ドームのような衝突構造やクレーターレークのようなカルデラは直径5キロ以上もあるから、対地高度2000メートルで近寄り過ぎると超広角レンズでも全体が入らない。事前に、どの方向・高度からどのようなレンズを使って撮影するかを考えておく。 空撮では自由度が高いので、無計画に目的地に行くと時間を浪費するだけで、満足な結果を残せない。時間があれば事前に地上から撮影地を訪れ、撮影対象を間近に見てどのように空撮すればよいかを整理しておくとよい。Google Earthの登場で、どのような写真が撮れるか見当をつけやすくなった半面、空撮の魅力が薄れてしまったのは残念である。『地球全史の歩き方』3:火山活動が活発なアイスランド『地球全史の歩き方』2:ドーバーの白亜の崖『地球全史の歩き方』1:エジプトの白砂漠
2018.10.19
コメント(0)

図書館で『地球全史の歩き方』という本を、手にしたのです。カラー写真&モノクロ写真満載のビジュアル本となっていて、大使好みの本でおます。【地球全史の歩き方】白尾元理著、岩波書店、2013年刊<商品の説明>より地球の歴史を見に行こう! 大陸移動、恐竜絶滅、スノーボールアース、生命の誕生など「大発見」の現場から、気軽にツアーで行ける観光地、世界遺産になった地質構造、ぜひ訪れたい大自然の絶景まで。20年以上をかけて世界各地を撮り歩いた『地球全史――写真が語る46億年の奇跡』の著者による、カラー写真満載の旅の記録とガイド。<読む前の大使寸評>カラー写真&モノクロ写真満載のビジュアル本となっていて、大使好みの本でおます。amazon地球全史の歩き方セブンシスターズお次にドーバーの白亜の崖を、見てみましょう。p135~136<白亜の崖…セブンシスターズ> イギリスで白亜の崖というとドーバー海峡が有名だが、ドーバーの町から白亜の崖までは遠く、規模も小さい。見応えのある白亜の崖はドーバーから70キロ西のセブンシスターズにある。ロンドンからはレンタカー、あるいは列車で南海岸のリゾートタウン、ブライトンを経由して行くことになる。 白亜とは英語のチョークの訳語で、黒板に書くあのチョークの原料である。前にも述べたように、チョークはコッコリソフィアと呼ばれる微細藻類が作り出す炭酸カルシウムの殻コッコリスが、浅い海の底に堆積したものだ。微細藻類は単細胞の植物プランクトンの一種で、赤潮を発生させるのもこの仲間。白亜紀の名前も、この「白亜」に由来する。白亜紀の後半は現在よりも気温が10℃以上高く、海水面が200メートルも高い、いま騒がれている地球温暖化とは比べものにならないほどの異常高温期だった。 セブンシスターズ付近では、高さ100メートル以上の白亜の崖が十数キロにわたって続く。起伏のある白亜の崖を遠方から見ると七人の姉妹が並んでいるように見えることから、このように名づけられた。展望するには西側にある河口沿いの海岸からがよい。 セブンシスターズの東側にあるバーリングギャップの駐車場から階段を降りると、白亜の崖に近づくことができる。よい撮影ポイントを探すためにわたしは階段を下りてビーチーヘッド(白亜の崖の最高点、163メートル)に向かって約2キロ進んだところで、潮が満ちてくることに気づき、急いで戻ることにした。しかし潮がみちるのは予想以上に早く、幅が数百メートルもあった浜辺がいつの間にか10メートル足らずになっている。重いザックを背負っているうえに、足元は礫がごろごろしていて走りにくい。白亜の崖は垂直にそそり立つ断崖なので逃げ場がない。息を切らしながら階段にたどり着いたときには、浜辺の幅は30メートルになっていた。 日本に戻ってから調べると、この付近では大潮の干満差は8メートルもあり、日本最大の有明海の2倍にもなるという。もしバーリングギャップから海岸に降りるならば、干潮の時刻をよく調べておいたほうがよい。『地球全史の歩き方』1
2018.10.19
コメント(0)

図書館で『地球全史の歩き方』という本を、手にしたのです。カラー写真&モノクロ写真満載のビジュアル本となっていて、大使好みの本でおます。【地球全史の歩き方】白尾元理著、岩波書店、2013年刊<商品の説明>より地球の歴史を見に行こう! 大陸移動、恐竜絶滅、スノーボールアース、生命の誕生など「大発見」の現場から、気軽にツアーで行ける観光地、世界遺産になった地質構造、ぜひ訪れたい大自然の絶景まで。20年以上をかけて世界各地を撮り歩いた『地球全史――写真が語る46億年の奇跡』の著者による、カラー写真満載の旅の記録とガイド。<読む前の大使寸評>カラー写真&モノクロ写真満載のビジュアル本となっていて、大使好みの本でおます。amazon地球全史の歩き方白砂漠(トウジョウエンジンより)大使のツボとも言える砂漠の地形を、先ず見てみましょう。p74~77<バフレイア・オアシスと黒砂漠> 山頂でしばらく清川さんと地質の議論をする。現在の火山地域からぽつんと離れた、このような場所に火山があったことは不思議だが、清川さんは紅海が開いたときの火成活動と関連したものだろうという。もっと説得力のある説はないのか、いろいろと考えるが時間が迫ってきたので下山する。 黒砂漠を抜けると丸太と芦で編んだレストランに着く。ここが今日の昼食場所だ。外には小さなプールのような温泉がある。「昼間から温泉はなあ」と思う間もなく、清川さんは水着を取り出して入浴。砂漠の真ん中で黒砂漠の小丘群を眺めながらの入浴は、さぞかし気持ちいいに違いない。 入浴後は、昼食。砂の上に一面にゴザが敷いてあり、その上に座る。食事の内容は、朝昼晩とも変わりばえがしない。食後はしばしばの昼寝。屋根からは木漏れ日が差し込み、芦の隙間から流れる風が心地よい。白砂漠での星空撮影 午後1時に出発。30分も走ると白砂漠国立公園の入口に着く。ここからは国道を外れ、イングリッシュ・トラックと呼ばれるダートを通って白砂漠に向かう。しばらくすると下りのスロープになる。行く手には50メートルを超える石灰岩の巨塔が並び、その奥に白砂漠が見える。坂の上で車を降りてひと眺め、再び乗車して坂を一気に下る。 白砂漠はエジプトのほぼ中央に位置するが標高が50メートル足らずしかなく、周囲よりも低い。それならば水が溜まりそうな気がするが、この地域の年平均降雨量は1ミリ以下。したがって水は溜まらず、風が地形を支配する世界である。風によって地層が削られ、白亜紀の浅海にたまった石灰岩が露出する。 石灰岩といってもさまざまだが、白砂漠を作っているのはチョークである。ty-クはコッコリソフォアと呼ばれる単細胞生物の石灰質の微小な殻、コッコリスが堆積したものだ。当時は、現在の地中海の数倍も大きく、東西にも広がるテーチス海があった。その北縁にイギリス南岸、南端にエジプトの白砂漠が位置していた。古第三紀になるとテーチス海がさらに狭く、浅くなってクジラが海に戻る環境を生み出した。 白砂漠を走っていくと高さ10メートルものチョークの岩塔が林立する。今晩泊まるキャンプ場は、その中にあった。キャンプ場といっても入口があるわけではなく、数キロ四方のどこにでもテントを張ることができる。午後5時、私たちは他のキャンパーから少し離れた岩塔の脇にテントを張ることにした。 テントを張り終わって、周囲を散策する。ここを訪れる人々は4WD車、ラクダ、徒歩とさまざまな方法でそれぞれの旅を楽しんでいるようだ。夕食ができたのは、とっぷりと日が暮れた頃である。南の空には天の川が流れ落ちるように見えはじめる。食事は焼き飯と鳥の唐揚げ、ブドウ、バナナ、飲み物はコーラとシンプルだが、満天の星空が最高のごちそうだ。
2018.10.18
コメント(0)

図書館で『物語の旅』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、和田さんのカラー挿絵がええでぇ♪この挿絵のために紙質を選んだと思われるが、この本を持つとずっしりと重たいことに驚いたのです。【物語の旅】和田誠著、フレーベル館 、2002年刊<「BOOK」データベース>より書物の国からの絵はがき。著者が選んだ54作品。カラー挿絵とともに四方山ばなし満載!子どもの頃に初めて読んだ「かちかち山」から現在に至るまでの“読書体験”の数々。本好き・装丁好きの著者がその思い出をふり返る。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、和田さんのカラー挿絵がええでぇ♪この挿絵のために紙質を選んだと思われるが、この本を持つとずっしりと重たいことに驚いたのです。amazon物語の旅54作品のうちロアルド・ダールの「南から来た男」を、見てみましょう。p142~144<南から来た男> とにかくダールはぼくの好きな作家の一人である。学生時代に雑誌で短篇の一つか二つは読んでいたのだが、卒業してまもなく早川書房から「異色作家短篇集」の第1弾として出た「キス・キス」を読んだのが、ダールを認識する第一歩だった。 ダールのような作風をジャンル分けすると、「奇妙な味」ということになる。犯罪ものであっても、通常なら犯人が捕まって解決するところを、誰も犯人に気がつかない、という終わり方になり、それまで読んでいたものとは確かに異なる味だった。 「キス・キス」の中でとりわけ奇妙で、不気味なだけに強い印象を残したのが「ウイリアムとメアリイ」と題する作品だった。ウイリアムは女房が煙草を吸うこと、酒を飲むこと、無駄使いをうることなどを許さない、厳しい夫だった。ウイリアムが死んだあと、友人の医者が彼の脳髄を取り出し、人工心臓につないで容器の中で生かしておく。眼球もつないで液面に浮かべる。当然口はきけないが、以前通り意識はある。女房のメアリイが医者を訪ね、容器の中の夫に会う。そして煙草を吸い、煙を眼球に吹きかける。そして家に連れて帰りたいと言う。 これを読んで、ぼくは、結婚とはなかなか大変なものだ、という読後感を持った。ぼくの結婚がずいぶん遅くなったのはダールとは関係ないが。 夫婦の物語では「ビクスビイ夫人と大佐のコート」というのが軽妙で皮肉で面白かった。妻の長年の浮気相手、金持の大佐が別れ際に高価なミンクのコートをくれる。家に持って帰りたいが、どこで手に入れたか言い訳がむずかしい。そこでひとまず質屋に入れ、質札を拾ったと夫に見せる。ここから先は書かないでおこう。 物語を書いてしまうと、これからの読者の感興を削ぐことになるので、オチのある短篇の紹介は非常にむずかしい。ダールの作品はおおむねストーリイを書くことができない。 「キス・キス」に注いで読んだ短篇集は「あなたに似た人」である。その中の「おとなしい凶器」がたいそう面白い。妻が夫を殺す話。凶器は冷凍庫から出したばかりの羊の骨つき肉だ。食料品が把手のある固い鈍器になるところがいいアイデアである。物語はもっと先があるが、これも書かない。 この作品をぼくが最初に読んだのは雑誌に掲載された時で、ダールという名を知らない学生時代だった。「あなたに似た人」で読み返し、こんなに面白い短篇だったのか、と思った。 ダールの作品はどれも面白い。自伝らしきものもあるが、多分にホラ話的である。「チョコレート工場の秘密」のような童話もある。いろいろある中で、代表作はときかれれば、おそらくは多くの人が同意見だろうが、「あなたに似た人」に収められている「南から来た男」と答える。 プールサイドから話が始まる。アメリカの青年がよくつくライターを持っている。外国人らしい老人がやってきて賭けをしようと言う。ライターで十回続けて火がついたら、キャデラックをあげる、失敗したら左手の小指をくれ、と言うのだ。さてどうなるか。ちょっと怖くて小味のきいた、実によくできた話である。阿刀田高さんもロアルド・ダールの『キス・キス』を高く評価しています。『物語の旅』3:霧笛『物語の旅』2:アシェンデン 『物語の旅』1:長いお別れ
2018.10.18
コメント(0)

図書館に予約していた『猫の美術史』という本を、予約後5日でゲットしたのです。しかしまあ、よくも集めて綴った134点であり、著者の粘りはなかなかのものでおます♪【猫の美術史】デズモンド・モリス著、エクスナレッジ、2018年刊<出版社>より名画の猫はなぜそのポーズなの?動物行動学者デズモンド・モリスが古今東西の猫の絵の秘密を解き明かします。古代エジプトから、現代のストリート・アートまで猫の“かわいい! "と“なるほど! "がつまった134点を紹介します。<読む前の大使寸評>しかしまあ、よくも集めて綴った134点であり、著者の粘りはなかなかのものでおます♪<図書館予約:(10/06予約、10/11受取)>rakuten猫の美術史浮世舞台香松助風浮世絵に描かれた猫を、見てみましょう。p199~202<江戸時代の浮世絵に描かれた猫> 江戸時代になると、日本人はますます家猫に執着するようになり、偉大な画家が描いた猫の絵が多数生まれました。日本にとっては安定した平和な時代で、芸術が盛んになりました。しかし、多くの画家たちは猫を絵具で描くのではなく、木版画の手法で表しました。「浮世絵」と呼ばれるこの手法は、まず版木に絵師が描いた下絵を彫り、それに絵具を塗って紙に刷りつけます。このような手法で大量に刷られた浮世絵は、たちまち日本中に大流行しました。 浮世絵の名は、私たちの生きる世界は流れ去るはかないものだという仏教概念から来たものです。しかし、日本の裕福な中産階級は、そのはかなさを嘆き悲しむのではなく、では「今日を逃してはならぬ」とばかりに、人生の今この時を存分に楽しもうと大衆芸術を盛り上げたのです。 大富豪は質の高い木版画を好み、最高品質の紙や耐久性に優れた岩絵具が使われるようになりました。時が経つにつれ、さほど裕福でない階層も浮世絵の収集に熱をあげ始めると、紙や絵具も安価なものが使われ、大衆向けに出回るようになりました。 日本はたちまち浮世絵で溢れかえり、誰もが、何かテーマを決めて、自分だけのコレクション作りに精を出しました。風景画を集める者、武者絵や花魁の絵姿を好む者、そして猫の絵もたいそう人気を博しました。 浮世絵の大家で猫の絵も手がけたのは、狩野探幽、葛飾北斎、歌川豊国、歌川国貞、歌川広重、歌川国芳です。北斎は、生涯で30を下らない名前を使って制作活動をしました。国際的に有名な北斎ですが、ときには猫の浮世絵も手がけました。(中略) 歌川豊国と言えば、歌舞伎の役者絵やエロチックな春画が最も有名ですが、日本で広く飼われていた短尾種の猫を描いた魅力的な作品も残しています。19世紀初頭の絵では、床に座った若い女性が子猫を2匹膝に乗せ、もう1匹を持ち上げて優しく頬ずりしています(図:浮世舞台香松助風)。3匹のうち2匹は伝統的な赤い首輪を着けています。 豊国は浮世絵では第一人者とされてはいませんが、その「豪華な装飾性」や「大胆で緊張感溢れる構図」は定評がありました。この本もキャット・ギャラリーあれこれR1に収めておきます。『猫の美術史』1
2018.10.18
コメント(0)

図書館に予約していた『猫の美術史』という本を、予約後5日でゲットしたのです。しかしまあ、よくも集めて綴った134点であり、著者の粘りはなかなかのものでおます♪【猫の美術史】デズモンド・モリス著、エクスナレッジ、2018年刊<出版社>より名画の猫はなぜそのポーズなの?動物行動学者デズモンド・モリスが古今東西の猫の絵の秘密を解き明かします。古代エジプトから、現代のストリート・アートまで猫の“かわいい! "と“なるほど! "がつまった134点を紹介します。<読む前の大使寸評>しかしまあ、よくも集めて綴った134点であり、著者の粘りはなかなかのものでおます♪<図書館予約:(10/06予約、10/11受取)>rakuten猫の美術史19世紀前半の猫の絵を、見てみましょう。p86<マルグリット・ジェラールが新しい猫の絵の扉を開く>《猫のランチ》 時代が19世紀に変わるころマルグリット・ジェラールが描いた《猫のランチ》では、猫が構図の中心になりました。人間のほうが跪き、喜んで召使い役を引き受けています。飼い犬でさえ羨ましさをこらえ、気むずかしげに捧げ物をなめる猫の横で、あきらめ顔で控えています。 若い女性の衣裳から、これがフランス革命終了から何年も経たないころの作品だとわかります。 ジェラールは30年間ルーブル宮で暮らし続けましたが、フランス国内の権力の大変革に巻き込まれるのは免れました。しかし、19世紀に入ってからの彼女の作品のテーマが家庭的な光景に絞られるようになったのは、18世紀にパトロンだった裕福な貴族たちがギロチンで首を失ったからです。 《猫のランチ》で、ジェラールは新たな世紀に入った西洋で、猫に対する姿勢や猫の絵に求められる雰囲気に何が起ころうとしているかを予見しました。この絵は、前ヴィクトリア朝の作品ですが、写実的で感傷的な情緒はまさにヴィクトリア朝の絵画そのものです。いよいよ、猫にとって幸福な時代がやって来るのです。 1837年ヴィクトリア女王が英国の王位に就いた後、猫は、ついに飼い主から深い思いやりと理解をもらえるようになりました。今や、猫の家族の営みにまでも関心が寄せられ、人間を伴わずに単独で絵の構図の中心になるほど重視されるようになりました。その好例が、猫の肖像画家として有名になったオランダ生れのベルギー人画家アンリエット・ロナー=ニップです。彼女は、遊ぶ子猫を見守る母猫など、仲良く寄り添うほのぼのとした猫の家族を多く描きました。アンリエット・ロナー=ニップ《母猫と3匹の子猫》この本もキャット・ギャラリーあれこれR1に収めておきます。
2018.10.17
コメント(0)

図書館で『物語の旅』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、和田さんのカラー挿絵がええでぇ♪この挿絵のために紙質を選んだと思われるが、この本を持つとずっしりと重たいことに驚いたのです。【物語の旅】和田誠著、フレーベル館 、2002年刊<「BOOK」データベース>より書物の国からの絵はがき。著者が選んだ54作品。カラー挿絵とともに四方山ばなし満載!子どもの頃に初めて読んだ「かちかち山」から現在に至るまでの“読書体験”の数々。本好き・装丁好きの著者がその思い出をふり返る。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、和田さんのカラー挿絵がええでぇ♪この挿絵のために紙質を選んだと思われるが、この本を持つとずっしりと重たいことに驚いたのです。amazon物語の旅54作品のうちサマセット・モームの「アシェンデン」を、見てみましょう。p182~184<アシェンデン> 「アシェンデン」はサマセット・モームの短篇連作スパイ小説であるが、スパイ小説ときいて、ハラハラドキドキ波乱万丈の作品を期待すると肩すかしを食う。スパイ小説には違いないのだけれど、どちらかと言えば地味な、おっとりした小説なのだ。 小説というよりドキュメントのような感じもする。それもその筈、モームは実際にスパイをしていたことがあるのだ。第一次世界大戦中、モームはイギリスの情報部員としてスイスのジュネーブに派遣されていたのである。この作品はその時の経験を土台にしているには違いないのだが、ストーリイ・テラーのモームのことだから、どこまでが実体験なのかは不明だ。 アシェンデンはモームと同様にイギリスの作家という設定である。R大佐に口説かれてスパイを引き受けるのが第1話である。小説のネタ探しになるし、それを口実に外国に行ければ怪しまれずにすむので、作家は具合がいいとR大佐が言い、アシェンデンはあっさりと同意する。普通の小説なら、身の危険も考えて逡巡するところを描くだろう。ところがそういった描写はまるでない。モームもそんなふうに引き受けたのだろうか。 アシェンデンは中立国スイスのジュネーブのホテルを根城にして、必要に応じてヨーロッパ各地に行き、諜報活動をする。活動と言っても冒険をするわけではない。各地の諜報員と連絡をとり合ったり、敵側、つまりドイツ側のスパイがいないか探ったりする程度のことで、むしろ退屈な仕事である。本業の戯曲を書いて1日を過ごすことが多い。 アシェンデンはさまざまな人物に出会う。いずれも魅力的な人物だ。ただしアシェンデンにとっては奇妙な人物であったり迷惑であったりうるのだが、描写が面白いので読者にとっては大いに魅力的なのだ。 R大佐は諜報員たちの上司として優秀な人物らしいが、かなり強引な男である。 「毛なしのメキシコ人」と呼ばれる男はその名の通り体毛のないメキシコ人である。かつらをつけている。女にもてることをひけらかす。スパイであるが、殺し屋でもある。かつて恋に落ちた女性が敵側のスパイだったことを知って殺したという話をアシェンデンにしたり、ギリシャ人スパイを狙い、別のギリシャ人を殺してしまったりする。 アシェンデンは毛なしのメキシコ人と同行してリヨンカラナポリへ汽車で行く。国境では外交官パスポートを持っているアシェンデンがメキシコ人の武器を預かることにする。メキシコ人は拳銃と短刀を預け、「ほかには?」ときかれて「両手があるよ」と応える。 インド人スパイを捕らえるためにアシェンデンはスパイの恋人であるイタリア人の踊り子を利用する。その踊り子の性格も、情熱と打算がないまぜになっていて面白い。 イギリス人だがドイツ婦人と結婚してドイツ側のスパイになった男もいる。ある国のイギリス大使はアシェンデンに自分の恋物語をえんえんと話してきかせる。 アシェンデン自身にも恋の記憶がある。相手はロシア婦人。いい関係なのだが彼女が朝食で必ずスクランブルド・エッグを食べ、それを彼に強要するので、いやになってしまったことが語られる。 その20年後、アシェンデンは諜報活動の中で彼女に再会する。再会するのはモスクワで、そこにいたる11日間の汽車の旅がある。そこで同じコンパートメントに入るのがアメリカの商社マンだ。ひっきりなしに話しかけるので、アシェンデンはうんざりしてしまう。 などなど16のエピソードがそれぞれ読切短篇になっている。各エピソードにまたがって出てくる人物もいて、続けて読むと長篇ともとれる形式である。かなりユーモラスに語られているが、のんびりしたスパイとは言え、裏切りや、手段を選ばぬかけひきや、殺人や、処刑がちりばめられているから、ユーモアだけではすまない、裏側に苦い気分がただようのである。 アシェンデンもまた、風変わりな人物である。祖国のために、正義のために任務を遂行する、というタイプではない。ドイツ側のイギリス人スパイに対して憎悪を燃やしたりはしない。淡々と接し、彼には彼の事情があるんだろうと思い、実にクールである。自分の興味のために諜報活動を引き受けたらしく、任務よりも人間観察を主体にしている様子がうかがえるのだ。 『物語の旅』1:長いお別れ
2018.10.17
コメント(0)

図書館で『物語の旅』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、和田さんのカラー挿絵がええでぇ♪この挿絵のために紙質を選んだと思われるが、この本を持つとずっしりと重たいことに驚いたのです。【物語の旅】和田誠著、フレーベル館 、2002年刊<「BOOK」データベース>より書物の国からの絵はがき。著者が選んだ54作品。カラー挿絵とともに四方山ばなし満載!子どもの頃に初めて読んだ「かちかち山」から現在に至るまでの“読書体験”の数々。本好き・装丁好きの著者がその思い出をふり返る。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、和田さんのカラー挿絵がええでぇ♪この挿絵のために紙質を選んだと思われるが、この本を持つとずっしりと重たいことに驚いたのです。amazon物語の旅54作品のうちレイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」を、見てみましょう。p134~135<長いお別れ> 高校三年生の時、レイモンド・チャンドラーという名とフィリップ・マーロウという名を同時に知った。映画「三つ数えろ」を観たからである。 原作は「大いなる眠り」。映画の原題は小説通り「ビッグ・スリープ」なのに「三つ数えろ」とは妙な邦題をつけたものだ。物語の中程で登場する殺し屋が「映画のセリフじゃないが、三つ数えてみな」と凄むところがあって、映画輸入会社の担当者がそれを気に入ったとみえる。原作にもこの殺し屋は出てくるけれど、そんなセリフは言わない。脚本家の創造である。 この映画でマーロウに扮したのはハンフリー・ボガートである。なかなかカッコよかったし、監督ハワード・ホークスの演出も歯切れがよく、好きな映画ではあったのだが、登場人物の人間関係が複雑で、ストーリイがよく飲みこめないもどかしさがあった。 かなり後に(社会人になってから)原作「大いなる眠り」を読んだのだが、やはりよくわからない。読みながら登場人物たちの名前を憶えるのが大変だし、誰がどの役割をしているのか、なかなか飲みこめないのだ。けれども、この小説はチャンドラーのデビュー作であり、チャンドラーを有名にした作品なのだから、わかりにくさが欠点ということはない筈だ。ぼくの読解力不足もあるだろうし、日本人には外国名前が頭に入りにくいというハンディキャップもあるのだろう。 チャンドラーは長篇7冊、短篇集4冊を書いている。長編はほとんど読んだが、その中でぼくは「ロング・グッバイ」が好きである。「ロング・グッバイ」は「長いお別れ」と訳されている。「ロング・グッバイ」という語感が乾いているのに対して、「長いお別れ」は湿っているように思える。乾いている方がハードボイルドには合う。ただし、マーロウものはハードボイルド小説の中では乾いてばかりもいない。特に「ロング・グッバイ」におけるマーロウは、あまりクールな性格を与えられてはいない。むしろセンチメンタルなところがあり、クールな私立探偵を期待すると、少しばかり裏切られた気持ちにもなる。とは言っても、優しいマーロウがなかなか素敵なのである。 マーロウはこの物語の冒頭で一人の酔っぱらいを助ける。テリー・レノックスという男だ。どうしようもない男だが、どこか人を惹きつけるところがあって、マーロウもつい助けてしまう。説明しようのないレノックスの魅力がうまく描けている。主要な人物だけれど、登場する場面はあまり多くない。それなのにテリー・レノックスという名前がいつの間にか頭に入っているのだ。マーロウものの脇役なら、このテリー・レノックスと「さらば愛しき女よ」に出てくる大鹿マロイが、印象に残る度合いでは双璧ではないだろうか。 ある日の早朝、レノックスがマーロウの家にやってきて、メキシコ国境まで車で送ってくれと言う。マーロウは頼みを聞いてやる。ところがそれより前にレノックスの妻が惨殺されていた。嫌疑は当然レノックスにかかるし、マーロウは犯人を助けたことになる。やがてレノックスがメキシコで犯行を告白する手紙を書いて自殺したと知らされる。その事件は落着したように見える。 テリー・レノックスが姿を変えて現れる劇的なシーンの翻訳については、村上春樹訳と清水俊二訳(『ギムレットにはまだ早すぎるね』)の二つがよく話題に上がるのですが・・・過去の日記にも取りあげています。
2018.10.17
コメント(0)

図書館で『三つの鏡』という本を、手にしたのです。おお ミヒャエル エンデと安野光雅、井上ひさし、河合隼緒の三人との連続対談ではないか♪これは期待できそうである。【三つの鏡】ミヒャエル エンデ×安野光雅×井上ひさし 著、朝日新聞社、1989年刊<「BOOK」データベース>より『モモ』『はてしない物語』の作者と語りあう心に残る真実の言葉。1989年春、ミヒャエル・エンデは、父親の画家、故エトガー・エンデとの「エンデ父子展」オープニング出席のため3度目の来日をした。本書はその折、エンデが『朝日ジャーナル』誌の求めで行なった連続対談の全容である。<読む前の大使寸評>おお ミヒャエル エンデと安野光雅、井上ひさし、河合隼緒の三人との連続対談ではないか♪これは期待できそうである。amazon三つの鏡エンデと安野光雅の対談の続きを、見てみましょう。<黒い紙の上に描く画家>p88~91安野:話は変わりますが、日本では、ジャパネスクなどと自称して、浮世絵が印象派に影響を与えたと言っています。確かにゴッホとかマネなどの絵の中には具体的に浮世絵が現れてくる場面がありますし、彼らは浮世絵の影響を受けたと言っています。けれども、それを私たち現代の人間が自慢していいのかなと、思うのですかどね。 エンデ:それは誤解に基ずく影響です。世界の歴史の中では、創造的誤解と言ってよい影響関係がよく生じます。ある種の外面的な形に目が行って、「」と思うと、取り入れるということをしますね。そこに含まれる内的な姿勢は取り入れることができません。で、もちろんロートレックは日本の影響なしには考えられません。ロートレックの絵を見る日本人にとってはおよそ日本的とは思われないかも知れないけれども、それでも日本の絵を抜きにしてロートレックは考えられません。他にも、たとえば日本の陶芸がドイツで知られています。非常に単純な素材と形でできている、木の切り株とか石の姿をした陶器。安野:ロートレックの場合で言いますと、日本の浮世絵が偉いのではなくて、ロートレックが偉いわけです。もっと言いますと、浮世絵を描いたのがたとえば北斎だとしますと、北斎も偉いがロートレックも偉いのだ、と言うわけにはいかないでしょう。つまり、ヨーロッパでそんな浮世絵の影響があるんだったら、日本の現代美術だって浮世絵からもっと影響を受けていいはずなのに、ヨーロッパの影響ばかり受けて、浮世絵なんか見向きもしない。むしろ無視していたいくらいなんですが、そういう状況の中で、ロートレックが浮世絵の影響を受けたから、日本の浮世絵がすばらしいというのは言い出すのは情けないという意味なんです。 エンデ:そうでしょうか? ただ、それとは別に、さっきの創造的誤解ということは、ヨーロッパの文化史の中ではしょっちゅうあったわけです。たとえば、ルネッサンスというのはギリシャ時代の「再生」だとよく言われます。ルネッサンス人は自分たちがギリシャ時代の息吹をよみがえらせたと思っていた。それは錯覚で、全然ギリシャとは関係がなかった。それでもそこには何か偉大なものが出てきたのです。安野:ギリシャ時代の「再生」つまり文芸復興という言い方は、教科書的な、手短な言い方でして、あのルネッサンスはかなり複合的なものですね。宗教と科学、海外情報、とりわけ時代の経済的な変化は大きいと思います。異文化が出会うと一種の融合反応が起こって、予期しないエネルギーが発生する。それを「錯覚の現象」と見るとしmすと、ヨーロッパの浮世絵に対する錯覚というのは、すばらしい錯覚ですよね。 エンデ:ヨーロッパ文化は日本とか中国とか、そういうアジアの芸術との出会いによって恐ろしく大きな刺激を受けましたよ。その出会いがなかったならば、バウハウスもクレーすらも考えられないぐらいです。そのおかげで完全に、今までなかったものが出てくるのですから。ユーゲントシュティール、つまりヨーロッパのアール・ヌーボーも日本のアール・ヌーボー抜きには考えられません。もちろん、だからと言って、アール・ヌーボーの建築や洋服が日本家屋や和服のように見えるわけではない。安野:光栄なことなんですが、ヨーロッパにそれほど影響を与えたということを誇りに思うためには、日本もまたその影響を持続していなければならないわけです。日本でも古典を受け継いで、いまだに浮世絵なりのすばらしさを保持しえているときにだけ、自慢していいわけです。 『三つの鏡』1
2018.10.16
コメント(0)

図書館で『三つの鏡』という本を、手にしたのです。おお ミヒャエル エンデと安野光雅、井上ひさし、河合隼緒の三人との連続対談ではないか♪これは期待できそうである。【三つの鏡】ミヒャエル エンデ×安野光雅×井上ひさし 著、朝日新聞社、1989年刊<「BOOK」データベース>より『モモ』『はてしない物語』の作者と語りあう心に残る真実の言葉。1989年春、ミヒャエル・エンデは、父親の画家、故エトガー・エンデとの「エンデ父子展」オープニング出席のため3度目の来日をした。本書はその折、エンデが『朝日ジャーナル』誌の求めで行なった連続対談の全容である。<読む前の大使寸評>おお ミヒャエル エンデと安野光雅、井上ひさし、河合隼緒の三人との連続対談ではないか♪これは期待できそうである。amazon三つの鏡『快楽の園』エンデと安野光雅の対談を、見てみましょう。<黒い紙の上に描く画家>p45~48安野:この前、日本に見えたのはいつでしたかね? エンデ:3年前、1986年の「子どもの本世界大会」のときでした。安野さんと一緒にテレビやシンポジウムに出ましたね。安野:あのときのエンデさんの話があまりにもすばらしかったので、私はすっかり影が薄くなりました。(笑) エンデ:そんなことをおっしゃってくださって光栄です。テレビのインタヴューで「なぜファンタジーがいいのか」と聞かれたので、ムカデの話をしたのを覚えています。安野:そうそう、そうでした。どうして歩くのか、と聞かれたムカデが、意識しすぎて歩き方が分からなくなるという話でしたね。ところで2週間くらい前になりますが、ベルン郊外のミュンヘンフゼーにあるパウル・クレーの生家から帰ってきたばかりです。パウル・クレーは私の一番好きな絵かきです。その次がエトガー・エンデです。(笑) エンデ:その二人の芸術のあり方は、どう見ても、ほとんど両極に対立しているぐらいです。どういうふうかと言うと、クレーの場合には、非常に繊細な美意識があります。父はそういう美意識を一生涯、拒絶しつづけました。「趣味がいい」という言い方がありますが、芸術にはそういうものは無関係だというのが、父の口癖でした。 もっとひどい言い方をすると、「趣味がいい」必用があるのは、流行の洋服をつくる人だ。ゴヤの『5月3日の銃殺』とか、グリュ-ネワルトの『イーゼンハイム祭壇画』などを「趣味のよさ」でなんかまったく評価できない、と言っていました。安野:趣味という点で二人が両極だという意味ですね。趣味の問題については、デザインと絵とに分けて考えたほうがいいと思うんです。洋服のデザインや本のデザイン、それからポスターとか建築もそうですけれども、これらはやはり趣味がよくなかればいけません。芸術的表現ということになると、『イーゼンハイム祭壇画』だって趣味がいいと言えるだろうし、ボッシュの『快楽の園』でも、グロテスクではあるけれども、趣味が悪いとは思いません。エンデ:誤解しないでいただきたいのですが、私自身はクレーをすごい画家だと思っているんですよ。さっき申し上げたのは父の意見です。安野:それはそうだと思います。「繊細な美意識を拒絶する」という言葉の中には、すでにそれを認めている、という前提が含まれていますから。で、デザインの場合は趣味がいいか悪いかという判定がありうると思うんですが、絵になると、趣味というのはあまり当てはまらなくなってくると思います。違う言葉で言うと、グロテスクという言葉は趣味が悪いということとは関係がないと思います。エンデ:それは確かにその通りですが、私はヨーロッパ美術史の歩んだ道のことを言いたいのです。たとえばイタリアでマニエリスムが始まったときのこと、つまり16世紀ですね、あのとき、画家たちはわざわざ意図的にファルムをいわば歪めました。いわゆる美しいフォルムではなくなるほどにまで持っていった。そもそも今日の美術が直面する問題は、実はあのときから始まったわけです。安野:それは確かにヨーロッパの芸術の功績だと思います。グロテスクなものを追求していきながら、出来上がってみると、やはりそれが美しいという・・・。美の質がそういう方向で高まっているということもあるけれども。しかし日本ではそういうことはなかったように思います。また、フォルムの歪みという点では、伝統的な日本画は、気がついてみたら、初めから歪んでいた、という感じですね。
2018.10.16
コメント(0)

今回借りた4冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「旅」でしょうか♪<市立図書館>・猫の美術史・三つの鏡<大学図書館>・物語の旅・地球全史の歩き方図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【猫の美術史】デズモンド・モリス著、エクスナレッジ、2018年刊<出版社>より名画の猫はなぜそのポーズなの?動物行動学者デズモンド・モリスが古今東西の猫の絵の秘密を解き明かします。古代エジプトから、現代のストリート・アートまで猫の“かわいい! "と“なるほど! "がつまった134点を紹介します。<読む前の大使寸評>しかしまあ、よくも集めて綴った134点であり、著者の粘りはなかなかのものでおます♪<図書館予約:(10/06予約、10/11受取)>rakuten猫の美術史【三つの鏡】ミヒャエル エンデ×安野光雅×井上ひさし 著、朝日新聞社、1989年刊<「BOOK」データベース>より『モモ』『はてしない物語』の作者と語りあう心に残る真実の言葉。1989年春、ミヒャエル・エンデは、父親の画家、故エトガー・エンデとの「エンデ父子展」オープニング出席のため3度目の来日をした。本書はその折、エンデが『朝日ジャーナル』誌の求めで行なった連続対談の全容である。<読む前の大使寸評>おお ミヒャエル エンデと安野光雅、井上ひさし、河合隼緒の三人との連続対談ではないか♪これは期待できそうである。amazon三つの鏡【物語の旅】和田誠著、フレーベル館 、2002年刊<「BOOK」データベース>より書物の国からの絵はがき。著者が選んだ54作品。カラー挿絵とともに四方山ばなし満載!子どもの頃に初めて読んだ「かちかち山」から現在に至るまでの“読書体験”の数々。本好き・装丁好きの著者がその思い出をふり返る。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、和田さんのカラー挿絵がええでぇ♪この挿絵のために紙質を選んだと思われるが、この本を持つとずっしりと重たいことに驚いたのです。amazon物語の旅【地球全史の歩き方】白尾元理著、岩波書店、2013年刊<商品の説明>より地球の歴史を見に行こう! 大陸移動、恐竜絶滅、スノーボールアース、生命の誕生など「大発見」の現場から、気軽にツアーで行ける観光地、世界遺産になった地質構造、ぜひ訪れたい大自然の絶景まで。20年以上をかけて世界各地を撮り歩いた『地球全史――写真が語る46億年の奇跡』の著者による、カラー写真満載の旅の記録とガイド。<読む前の大使寸評>カラー写真&モノクロ写真満載のビジュアル本となっていて、大使好みの本でおます。amazon地球全史の歩き方********************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き334
2018.10.16
コメント(0)

『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・加村一馬著『洞窟おじさん』(6/07予約、副本2、予約37)現在19位・半藤一利『歴史と戦争』(7/11予約、副本10、予約120)現在48位・与那覇潤『知性は死なない』(7/25予約、副本4、予約23)現在11位・原田マハ『フーテンのマハ』(8/06予約、副本9、予約65)現在35位・サピエンス全史(上)(10/11予約、副本25、予約151)・the four GAFA 四騎士が創り変えた世界(10/13予約、副本5、予約83)<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・8月の果て・ミヒャエル・エンデ『モモ』(市立図書館の児童書コーナーで見かけた)・ある日うっかりPTA(副本4、予約39)<予約候補>・Coloring in Wadaland―和田誠カラー作品集・サマセット・モーム『アシェンデン』・ロアルド・ダール『あなたに似た人』・サピエンス全史(下)・高橋源一郎『ニッポンの小説』・浅田次郎『天子蒙塵1~4』:図書館未収蔵・阿刀田高『ギリシア神話を知っていますか』:芸工大に収蔵・阿刀田高『裏声で歌へ君が代』・オクタビオ・パス『マルセル・デュシャン論』:図書館未収蔵・原田マハ『楽園のカンヴァス』・重松清『ビタミンF』:阿刀田さんが「セッちゃん」をお奨め・デジタルエコノミーはいかにして道を誤まるか:図書館未収蔵・高橋源一郎著「読んじゃいなよ」・南伸坊『シンボーの絵と文』図書館未収蔵・フィリップ・ボール『かたち』・カズオ・イシグロ著『癒されざる者たち』図書館未購入・『ウォルマートがアメリカをそして世界を破壊する』図書館未購入・銃・病原菌・鉄(上)・バーバラ・タックマン著『八月の砲声』外大の蔵書・ネルケ無方著『迷える者の禅修業』・スティーヴ・スターン『どいつもこいつも昼行灯』図書館未購入・ボリス・ヴィアン著『うたかたの日々』:芸工大に収蔵・『都会の鳥たち』図書館未購入・『一汁一菜でよいという提案』・中島岳志著『血盟団事件』・・・西図書館の棚で見た・『排除と抵抗の郊外 フランス〈移民〉集住地域の形成と変容』・フィールドサイエンティスト 地域環境学という発想・禁じられた歌(田)・私家版鳥類図鑑(神戸市図書館では蔵書なし)<予約分受取:8/30以降> ・萩野アンナ『ブリューゲル、飛んだ』(8/24予約、8/30受取) ・カズオ・イシグロ『夜想曲集』(9/09予約、9/13受取)・原田マハ著『スイート・ホーム』(4/16予約、9/16受取)・EVシフト(6/28予約、9/21受取)・野地秩嘉『食の達人たち』(9/14予約、9/21受取)・アマゾンのすごいルール(5/18予約、9/28受取)・渋谷由里『馬賊で見る「満州」』(10/01予約、10/06受取)・佐野洋子『あっちの女 こっちの猫』(10/01予約、10/06受取)・デズモンド・モリス『猫の美術史』(10/06予約、10/11受取)・円城塔『文字渦』(9/05予約、10/16受取予定)【洞窟おじさん】加村一馬著、小学館、2004年刊<作品情報>より昭和35年、13歳の少年は「両親から逃げたくて」愛犬シロを連れて家出した。以来、彼はたったひとりで、足尾鉱山の洞窟、富士の樹海などの山野で暮らしヘビやネズミ、コウモリに野ウサギなどを食らい命をつないできた。発見されたとき、少年は57歳になっていた。実に43年にわたる驚愕のサバイバル生活。―これは現代のロビンソン・クルーソーの記録である。<読む前の大使寸評>驚愕の自叙伝というか、平成の冒険的ドキュメンタリーではなかろうか。図書館で探してみよう。<図書館予約:6/07予約、副本2、予約37>amazon洞窟おじさん【歴史と戦争】半藤一利著、幻冬舎、2018年刊<「BOOK」データベース>より幕末・明治維新からの日本近代化の歩みは、戦争の歴史でもあった。日本民族は世界一優秀だという驕りのもと、無能・無責任なエリートが戦争につきすすみ、メディアはそれを煽り、国民は熱狂した。過ちを繰り返さないために、私たちは歴史に何を学ぶべきなのか。「コチコチの愛国者ほど国を害する者はいない」「戦争の恐ろしさの本質は、非人間的になっていることに気付かないことにある」「日本人は歴史に対する責任というものを持たない民族」-80冊以上の著作から厳選した半藤日本史のエッセンス。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(7/11予約、副本10、予約120)>rakuten歴史と戦争【知性は死なない】與那覇潤著、文藝春秋、2018年刊<「BOOK」データベース>より平成とはなんだったのか!?崩れていった大学、知識人、リベラル…。次の時代に、再生するためのヒントを探してーいま「知」に関心をもつ人へ、必読の一冊!【目次】はじめに 黄昏がおわるとき/平成史関連年表 日本編/第1章 わたしが病気になるまで/第2章 「うつ」に関する10の誤解/第3章 躁うつ病とはどんな病気か/平成史関連年表 海外編/第4章 反知性主義とのつきあいかた/第5章 知性が崩れゆく世界で/第6章 病気からみつけた生きかた/おわりに 知性とは旅のしかた<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(7/25予約、副本4、予約24)>rakuten知性は死なない【フーテンのマハ】原田マハ著、集英社、2018年刊<出版社>よりモネやピカソなど、美術にまつわる小説をはじめ、精力的に書籍を刊行する著者、その創作の源は旅にあった!? 世界各地を巡り、観る、食べる、買う。さあ、マハさんと一緒に取材(!?)の旅に出よう!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(8/06予約、副本9、予約65)>rakutenフーテンのマハ【サピエンス全史(上)】ユヴァル・ノア・ハラリ著、河出書房新社、2016年刊<「BOOK」データベース>よりなぜホモ・サピエンスだけが繁栄したのか?国家、貨幣、企業…虚構が文明をもたらした!48ヶ国で刊行の世界的ベストセラー!【目次】第1部 認知革命(唯一生き延びた人類種/虚構が協力を可能にした/狩猟採集民の豊かな暮らし/史上最も危険な種)/第2部 農業革命(農耕がもたらした繁栄と悲劇/神話による社会の拡大/書記体系の発明/想像上のヒエラルキーと差別)/第3部 人類の統一(統一へ向かう世界/最強の征服者、貨幣/グローバル化を進める帝国のビジョン)<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(10/11予約、副本25、予約151)>rakutenサピエンス全史(上)【the four GAFA 四騎士が創り変えた世界】スコット・ギャロウェイ著、東洋経済新報社、2018年刊<「BOOK」データベース>より激変を預言した著名教授が断言。次の10年を支配するルール。【目次】1章 GAFA-世界を創り変えた四騎士/2章 アマゾンー1兆ドルに最も近い巨人/3章 アップルージョブズという教祖を崇める宗教/4章 フェイスブックー人類の1/4をつなげた怪物/5章 グーグルー全知全能で無慈悲な神/6章 四騎士は「ペテン師」から成り上がった/7章 脳・心・性器を標的にする四騎士/8章 四騎士が共有する「覇権の8遺伝子」/9章 NEXT GAFA-第五の騎士は誰なのか/10章 GAFA「以後」の世界で生き残るための武器/11章 少数の支配者と多数の農奴が生きる世界<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(10/13予約、副本5、予約83)>rakutenthe four GAFA 四騎士が創り変えた世界【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死【8月の果て】柳美里著、新潮社、2007年刊<「BOOK」データベース>より日本統治下の朝鮮・密陽に生を受け、マラソンでの五輪出場を目指した亡き祖父・李雨哲。そのうしろ姿を追い、路上を駆けることを決意した柳美里。ふたりの息づかいが時空を越えて重なる瞬間、日本と朝鮮半島のあわいに消えた無数の魂が封印を解かれ、歴史の破れ目から白い頁に甦る。偉丈夫の雨哲と美丈夫の弟・雨根。血族をめぐる、ふたつの真実の物語が、いま日本文学を未踏の高みへと押し上げる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>rakuten8月の果て【モモ】ミヒャエル・エンデ著、岩波書店、2005年刊<「BOOK」データベース>より町はずれの円形劇場あとにまよいこんだ不思議な少女モモ。町の人たちはモモに話を聞いてもらうと、幸福な気もちになるのでした。そこへ、「時間どろぼう」の男たちの魔の手が忍び寄ります…。「時間」とは何かを問う、エンデの名作。小学5・6年以上。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>rakutenモモ図書館予約の軌跡139予約分受取目録R17中央図書館新着図書リスト図書館情報ネットワーク 蔵書検索システム図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・ウィキペディアでめぼしい著作を探す
2018.10.15
コメント(0)

新開地の古書店で、このパンフレットを300円で買ったのだが・・・定価500円だからリーズナブルなんでしょうね。今時の映画パンフレットはだいたい700円くらいするので、シルバー料金1100円にプラスすると手元不如意の大使は手が出ないのです。ちなみに、映画パンフレットの46番館を覗いてみると、『ラストエンペラー』のお値段は700円になっていました。【ラストエンペラー】ベルナルド・ベルトルッチ監督、1987年イタリア・中国制作<商品の説明>より映画パンフレット「ラスト・エンペラー」(1988年刊)、出演 ジョン・ローン/坂本龍一/ジョアン・チェン/ピーター・オトゥール/高松英郎/立花ハジメ<大使寸評>新開地の古書店で、このパンフレットを300円で買ったのだが・・・定価500円だからリーズナブルなんでしょうね。amazonラストエンペラーこのパンフレットに、この映画の歴史的背景が述べられているので、見てみましょう。<関東軍によってつくられた「満州」という国:新島淳良> 愛新覚羅溥儀は三たび皇帝になったが、最初のときは彼は3歳で、次は11歳、まだ自分の意思というものを持てない時期で、彼に責任はない。しかし、三度目は26歳になっていて、5、6年前から自分でも皇帝になりたいと思って、いろいろと画策した結果であるから、彼はその「皇帝」であった時期について責任を負わなくてはならないのである。 だが、この映画『ラストエンペラー』の冒頭、1950年7月、ハルビン駅頭で自殺を図る彼は、まだその責任を自覚していない。自分が「満州国」の「皇帝」になったのは、すべて日本の政治や軍閥の強制によることで、自分のせいじゃないと思っている。 現実の溥儀が自分の罪を自覚するにはその後10年間の獄中生活が必要だった。自分の責任であったことをすべて認めたとき、溥儀はひとりの人間になった。そして中国政府は彼を釈放し、彼に市民権を与えるのである。映画はそれを3時間で足らずに圧縮する。見事なものである。 44歳にもなった溥儀が、「満州国皇帝」になったのは強制によるもので自分のせいではないと思うにはそれだけの根拠があった。「満州国」は「国」ではなく、溥儀も実質的には皇帝ではなかったからである。 「満州国」をこしらえたのは関東軍と呼ばれる軍隊である。関東軍は1906年、つまり日露戦争の翌年に、戦争で手に入れた関東州(旅順・大連地区)と南満州鉄道の守備部隊としてつくられた。彼らは中国の東北部の三つの省(遼寧、吉林、黒竜江)を日本の植民地にしようと計画したが、いきなり武力を使ったのでは国際的制裁を受ける。地元の政治勢力が自治を望んで独立したという形にしたい、そのためには満州族の清朝最後の皇帝である溥儀をかつぎ出すのが一番だと考えた。溥儀はもう一度清朝の皇帝になりたいと望んでいたので関東軍のこの謀略に乗った。 そこで関東軍は1931年9月18日、柳条湖で軍事行動をおこし、たちまち東北三省(満州)を占領してしまったのだ。翌年の2月には関東軍の演出のもとに「全満州会議」が開かれ、元の清朝の高官や匪賊あがりの地方軍閥が東北の「独立」と、溥儀を「清国家執政」とすることを宣言した。こうして「満州国」が成立。2年後の1934年3月には愛新覚羅溥儀が皇帝になり、「満州帝国」になるのである。 溥儀が執政に就任した日の午後、鄭考ショがやって来て、関東軍の本庄司令官が私に国務総理をやれと命じました、といって閣僚名簿を提出した。溥儀は事前に甘粕正彦から言いふくめられていた通りに、その人事をすべて承認した。(中略) 「満州国」が日本の傀儡だったということは広く知られていると思うが、ぼんやりとアメリカの占領時代の日本や韓国や南ベトナムを連想するのではないかと思う。全く違うのである。占領下でも日本の政治は日本人がやってきた。アメリカの悪口を言ったからといって死刑になった日本人はひとりもいない。 しかし、「満州国」では溥儀の妹婿になるはずの現職の省長でも、関東軍をほんの少し批判しただけで死刑を執行されている。総理の鄭考ショすら関東軍によって罷免されたうえ、暗殺されている。 「満州国」の建国と同時に締結された「日満議定書」は、日本が「満州国」の国防と治安を担当し、鉄道、港湾、水路、空路を管理し、日本軍が必用とする物資と設備は「満州国」が調達すること、などを規定していた。しかし実際はこの規定をはるかに越えて、農民が強制的に、安い価格で土地を買い上げられて劣等地に追いやられたりした。これは傀儡国家以上の事態といえるだろう。このパンフレットも映画パンフあれこれR1に収めておきます。
2018.10.15
コメント(0)
全92件 (92件中 1-50件目)