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朝日のインタビュー記事、オピニオン記事をスクラップのように集めてみました。ネットでは記事の全文が見えないので、朝日デジタルから全文を転記しました・・・そのうち朝日からお咎めがあるかも?(いい記事なんだから、無料で公表してほしいんだけど)あとで、見渡すとほとんどの記事が2大覇権国からみになっていました。【2019年】【2018年】・日中戦争前夜 絡み合う思惑浅田次郎2018.12.02・吉岡桂子記者の渾身記事24吉岡桂子2018.10.05・中露関係は「離婚なき便宜的結婚」廣瀬陽子2018.9.21・2030年未来予想図ジャック・アタリ2018.8.25・Gゼロの世界の先イアン・ブレマー2018.8.22・(耕論)鏡を見よう、日本エマニュエル・トッド2018.7.18・(ニッポンの宿題)個人データ どこまで岡嶋裕史2018.2.15・(ニッポンの宿題)やはり新築・持ち家?平山洋介2018.2.09【2017年】・(耕論)明治維新150年三谷博2017.12.20・(オピニオン)日米同盟の現在地佐藤丙午2017.12.19・(2017衆院選)岐路に立つ平和半藤一利2017.9.29・(ニッポンの宿題)重い住まいの負担川田菜穂子2019.8.8・(ニッポンの宿題)魚、食べ続けるために有路昌彦2017.6.21・取り残された白人たちJ・D・バンス2017.6.06・(ニッポンの宿題)シャッター商店街藻谷浩介2017.5.13・(耕論)緊迫の朝鮮半島平岩俊司2017.4.29・(耕論)史上初、罷免の底流小此木政夫2017.3.11・(ニッポンの宿題)人質司法の闇周防正行2017.2.24・外国人に国をひらく国松考次2017.2.01・(ニッポンの宿題)老朽化するインフラ宮本泰介2017.1.28・トランプ政権への期待オリバー・ストーン2017.1.24・(ニッポンの宿題)米軍基地のこれから佐道明広2017.1.14・(ニッポンの宿題)移民の受入れ方田村太郎2017.1.08・(ニッポンの宿題)老いるニュータウン石橋尋志2017.1.06・(シェアの時代:1)人と人、分かち合い変わる社会2017.1.01【2016年】・東京都は変わるのか上山信一2016.12.21・揺れる中東、100年前の分断クルド人政治学者2016.12.5・大統領を追い込んだ怒り康煕奉2016.11.30・保護者なき日本白井聡2016.11.25・(一語一会)雨宮処凛さん雨宮処凛2016.11.10・(耕論)AIと生きる新保史生2016.11.9・(耕論)変な国アメリカ?矢口祐人2016.11.8・北朝鮮を止めるには古川勝久2016.9.13・IT 30年後の未来2016.9.02・文化大革命50年徐友漁2016.8.31・(憲法を考える)公共のゆくえ桐野夏生2016.4.12・AIは人の脅威か、アルファ碁の圧勝北野宏明2016.4.09・テレビ報道の現場金平キャスター2016.3.30・中東安定への道世界銀行副総裁ハフェズ・ガネム2016.3.26・イランとサウジ田所昌幸・慶大教授2016.3.7・時流に抗う辺見庸2016.1.21・出版流通の壁新井敏記2016.1.20・選べない国で藤田孝典2016.1.04【2015年】・田園回帰1%戦略藤山浩2015.11.17・試されるアジア経済吉野直行2015.11.13・中国の自画像北京大学国際関係学院院長2015.10.30・イスラム過激派の系譜パリ政治学院教授2015.10.20・TPPの底流白石隆2015.10.07・変調する中国経済余永定、茅于軾2015.9.30・書棚から見える中国 書店「万聖書園」劉蘇里2015.9.12・世界経済、不安の正体猪木武徳2015.8.25・米国との間合い百旗頭真2015.8.06・「あの戦争」とは加藤陽子2015.8.05・日本の誇るべき力ジョン・ダワー2015.8.04・変わらぬダムに物申す宮本博司2015.7.04・生活保護のこれから 上山信一2015.6.30・米国、指導力の行方カート・キャンベル2015.6.20・若者の狂気と希望見つめる藤原新也2015.6.11・中ロ蜜月、その内実ロシア高等経済学院教授2015.6.10・台湾で日本軍にいた私辜寛敏2015.6.4・防衛指針改定、米の視点デビッド・シアー2015.4.29・隣国を、見直す徐賢燮2015.4.8・中国「官僚資本主義」 區龍宇2015.4.2・台湾、ひまわりの芽は邱義仁2015.3.21・IS 本質を見極めるロレッタ・ナポリオーニ2015.3.18・中華民族復興パトリック・ルーカス2015.2.25・分断される世界エマニュエル・トッド2015.2.19・中国、権力と文学閻連科2015.2.06・フランス社会の混迷マリーヌ・ルペン2015.1.27・何となく肯定、変わらない日本斎藤環2015.1.10・人類の未来のために川田順造2015.1.04・失われた平等を求めてトマ・ピケティ2015.1.1【2014年】・政治化するナショナリズムワンチョン2014.11.15・米国と世界のこれからフランシス・フクヤマ2014.11.8・日韓「愛国」の圧力千葉大学教授の趙さん2014.10.24・カジノで考える民主主義内田樹2014.10.21・紛争下で命をどう守る緒方貞子2014.9.17・成長戦略の「勘違い」冨山和彦2014.9.9・国家の枠を超えて中国人文学研究者2014.8.27・揺れ動く民主主義英オックスフォード大学教授2014.8.21・中国バブルの虚実梶谷懐2014.7.12・米政権が見る東アジアダニエル・ラッセル米国務次官補2014.7.7・変わるアジア太平洋マイケル・グリーン2014.6.20・新しい資本論トマ・ピケティ教授2014.6.14・「どん底」から見た中国政治・社会学者のユイさん2014.6.12・在宅医療で見えたもの太田秀樹さん2014.6.3・中国、成長の罠香港大学教授2014.02.26・米国から見る安部政権1年在米作家の冷泉彰彦さん2014.02.21・是枝監督の政治的発言2014.02.16・中国の「不動産バブル」大手不動産会社トップ2014.01.28・これからの日米 キャロライン・ケネディ2014.01.23・ 「満州国化」する日本山室信一2014.01.10【2013年】・人間本意の金融論米エール大教授2013.12.06・NRC委員長インタビュー「第一原発の教訓」 2013.12.05・ 国家は常に秘密主義に傾くAP通信社長2013.11.30・中国 国有企業の行方張維迎 2013.11.07・アレックス・カーさんへのインタビュー2013.10.10・安部政権と戦争の記憶キャロル・グラック 2013.8.21・中国と影の銀行陳志武 2013.08.02・技術者が見る原発事故名嘉幸照 2013.07.15・中国、労働者の権利は常凱 2013.06.22・アベノミクスに欠けるものスティグリッツ 2013.06.16・ アジア主義から見た中国中島岳志 2013.03.30・同盟強化、ですか榊原英資 2013.02.17・米の「アジア回帰」外交カート・キャンベル 2013.02.09・春の闘い何のため?ビル・トッテン 2013.01.31・本屋サバイバル松岡正剛 2013.01.23【2012年】・丹羽さん、ご苦労さんでした丹羽宇一郎 2012.12.23・華夷秩序に生きる精華大学院長イエン・学通 2012.12.13・反TPPの核心佐伯啓思 2012.12.02・北京大教授へのインタビュー賀衛方 2012.11.07・ジョン・ダワーさんのインタビュー2012.10.31・ 「原発ゼロ」方針に驚いたアメリカ米戦略国際問題研究所所長 2012.10.26・成功物語の裏面で米支配が…吉見俊哉 2012.09.06・米保守派の対中感アーロン・フリードバーグ 2012.08.29・米中不信の時代が来るのかケネス・リバソール 2012.07.22・ 金曜の夜、官邸前で 小熊英二 2012.07.21・尖閣問題で開いた傷口をどうするか?宮元雄二、他 2012.07.10・書籍販売の巨人:アマゾンジェフ・ベゾス 2012.05.24・チャイナマネーの正体 高西慶 2012.05.18・老いゆく中国 ツアイ・ファン 2012.04.21・政権を出た派遣村村長湯浅誠 2012.04.14・朝ドラ「カーネーションが終わったけど 渡辺あや 2012.04.06・五百旗頭真(防衛大学校長)のオピニョン2012.02.23・橋下さんのルール 橋下徹 2012.02.14・「真珠湾が教えるもの」加藤陽子 2012.02.08・ドルの落日行天豊雄 2012.02.07・日本は「中国化」しつつある與那覇潤 2012.02.03・デジタル最優先の新聞社ジョン・ペイトン 2012.02/17・国債暴落というオオカミが見える伊藤元重 2012.01.23・五百羅漢図に取り組む村上隆2012.01.17・『貧困の装置化』に対抗して内橋克人 2012.01.08・東アジアは壊れるか 白石隆 2012.01.06・ウォール街占拠の仕掛け人カレ・ラースン 2012.01.02
2018.12.31
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“文学賞にチャレンジ”という秘めたる野望を持つ大使なんですが・・・この際、文学賞についてあれこれ集めてみました(アホやで)・『いしいしんじの本』・『極夜行』・『五色の虹』・大特集『作家と文学賞』・作家の履歴書・新人賞へチャレンジ・書評サイトR1:『極夜行』『いしいしんじの本』を追記<『いしいしんじの本』>図書館で『いしいしんじの本』という本を、手にしたのです。巻末の著者略歴を見ると、京大仏文科卒で、織田作之助賞を受賞しているということで、変り者なんでしょう・・・ということで借りたのです。図書館が正月休みに入るので、年越し本として追加して借りたのです。【いしいしんじの本】いしいしんじ著、白水社、2013年刊<商品の説明>より小説家いしいしんじは読む。とにかく読む。青年時代に没入した漱石や宮沢賢治、ブラッドベリから、小川洋子、小島信夫、辻原登、莫言、グレアム・スウィフト、ゼーバルト、マンガレリといった古今東西の作家たちまで。ジャンルの分け隔てなく読むのも、いしい流読書の魅力。写真家鬼海弘雄や絵本作家荒井良二、現代美術家大竹伸朗、漫画家ほしよりこなど、著者が語る本は、どれもみななんと面白そうであることか。なにより読んでいる本人が心の底から、身体の底から、本の時間を味わい、楽しみ、生きている。<読む前の大使寸評>巻末の著者略歴を見ると、京大仏文科卒で、織田作之助賞を受賞しているということで、変り者なんでしょう・・・ということで借りたのです。amazonいしいしんじの本『いしいしんじの本』5:シンジさんの読書遍歴『いしいしんじの本』4:吉幾三と太宰治のつながり『いしいしんじの本』3:いしいさんの読書歴『いしいしんじの本』2:中国という感覚『いしいしんじの本』1:韓国のひとたちへこのたび角幡唯介著『極夜行』が大仏次郎賞を受賞し、本屋大賞と合わせて2冠達成となったのです。とにかく『極夜行』には角幡さんのサバイバル感覚が余すことなく描かれているようで、すごい♪<ETV特集『極夜 記憶の彼方へ~角幡唯介の旅~』>先日(12/01)のETV特集『極夜 記憶の彼方へ~角幡唯介の旅~』を観たのだが、壮絶な内容であった。2018.12.01極夜 記憶の彼方へ~角幡唯介の旅~より 厳冬の北極圏で何か月も太陽が昇らない「極夜」。探検家・角幡唯介は、この暗闇と極寒の世界をたった一人で旅をした。自撮りカメラの映像と肉声でつづる壮絶な旅の記録! 厳冬の北極圏で何か月も太陽が昇らない「極夜」。探検家・角幡唯介は、この暗闇と極寒の世界をたった一人で旅をした。猛烈な吹雪に襲われて方角を知るすべを失い、食料が底を尽き生死の境をさまよう。 壮絶なサバイバルが繰り広げられた「極夜」の世界で、角幡は何を見たのか? 自撮りカメラには、極限の状態に置かれた人間の生々しい姿と肉声、そして人類のはるかな記憶に回帰していく探検家の思索の跡が収められていた。 出発早々に六分儀を失ったので、角幡さんは北極星と月と移動時間だけをたよりに備品デポ地点を目指すのですが、この自撮りレポートはほぼ全篇が暗い地底のような光景が続くのです。それだけに、冬至を過ぎて、地平線上に太陽が顔を出したときの感激がよく伝わったのです。相棒のソリ犬は精神安定剤の役目をはたす存在でもあったが、最悪状況では殺して食べることも考えていたと、サラっと語っていました。しかしまあ、角幡唯介の辞書には絶望という言葉は存在しないのか?あるいは危機に対してある種の鈍感モードに切り替わるのか? まあ、凄いわ。(孤独なサバイバルを耐える鈍感さがあり、自分の危機を客観視できる)・・・ということで、早速『極夜行』という本を図書館に借出し予約したのです。イラチな大使でおます。予約状況を見ると、入手できるのは半年後というところでしょうか。【極夜行】角幡唯介著、文藝春秋、2018年刊<「BOOK」データベース>よりひとり極夜を旅して、四ヵ月ぶりに太陽を見た。まったく、すべてが想定外だったー。太陽が昇らない冬の北極を、一頭の犬とともに命懸けで体感した探検家の記録。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/02予約、副本7、予約93)>rakuten極夜行<『五色の虹』>第13回開高健ノンフィクション賞受賞作品は、三浦英之の『五色の虹』とのこと。満州建国大学卒業生たちの戦後に着目して、彼らの半生を追った著者のジャーナリスト魂がいいではないか♪・・・ということで、「五族協和」にこだわる大使は、出版社のサイトを覗いてみました。第13回開高健ノンフィクション賞受賞作品『五色の虹』より三浦英之 日中戦争の最中、日本の傀儡国家となった満州で、日本、中国、朝鮮、モンゴル、ロシアの五民族から選抜された優秀な若者たちが六年間、共同生活を送った場所がある。 幻の大学と呼ばれる最高学府「満州建国大学」。 そこでは満州国の国是「五族協和」を実践すべく、特殊な教育が施されていた。学生たちは二十数人単位の寮に振り分けられ、授業はもちろん、食事も、睡眠も、運動も、生活のすべてを異民族と共同で実施するよう強制されていたのだ。一方、学生たちには「言論の自由」が等しく与えられ、五民族の学生たちはそれぞれの立場から、日本や満州の政策をめぐって日夜激しい議論を戦わせていた。 1945年、満州国が崩壊すると、建国大学は開学わずか八年足らずで歴史の闇へと姿を消す。それぞれの母国へと戻った学生たちは「日本帝国主義への協力者」として弾圧され、過酷な生活を余儀なくされた。日本人学生の多くはシベリアに送られ、中国やロシア、モンゴルの学生たちは長年、それぞれの権力の監視下に置かれた。 そんな彼らが半世紀以上、密かに編み続けてきた記録がある。極秘の同窓会名簿である。卒業生1500人の氏名と住所、戦後に就いた職業などが記されている。かつてのニッポンが目指した「五族協和」と、現在の中国共産党の進める「少数民族同化政策」とが、どう違うのか?・・・ついナショナリズムに傾く大使でんがな。<大特集『作家と文学賞』>本屋でIN★POCKET 2014年10月号を見かけたが・・・大特集『作家と文学賞』となっているので、即買いでした。超お買い得やで♪【IN★POCKET 2014年10月号】雑誌、講談社、2014年刊<出版社サイト>より【大特集:作家と文学賞】いつ、どこで、どの作品で、賞を受けたのか。驚いた。喜んだ。はたまた、悔しかった。文学賞に対する思いは、作家の数だけ違う。けれど、ひとつだけ共通すること。どんな賞にも受賞者しか知らない秘密と思い出がある。作家がこっそり教えてくれる、ここだけの「文学賞」、うちあけ話。 <大使寸評>ピンポイントで大使のツボを突いています。これで200円なら、超お買い得でおま♪文学賞カレンダー(p53)なんてのもあるので、だめもと応募に役立ちそうです。(アホやで)kodanshaIN★POCKET 2014年10月号<作家の履歴書>『作家の履歴書』という本は適当につまみ読みしても、文学賞デビュー方法が学べる内容になっています。つまるところ、読んで楽しいハウツー本として評価できるのではないでしょうか♪(デビューできるかどうかは、読者の素質次第なんでしょうけど)【作家の履歴書】阿川佐和子、他著、KADOKAWA、2014年刊<商品説明>より当代きっての人気作家が、志望動機や実際に応募した文学賞、デビューのきっかけなど、作家になるための方法を赤裸々に語るノンフィクション。作家志望者必読の、様々なデビュー方法が具体的に学べる決定版!<読む前の大使寸評>作家志望の大使にとって、作家デビューのヒントが満載の1冊でおま♪rakuten作家の履歴書作家の履歴書byドングリ<新人賞へチャレンジ>『日本語文章がわかる』という本のなかで、某誌編集者の松成氏が新人賞へ勧誘していました。某誌および出版業界の宣伝も兼ねているんでしょうけど。<新人賞へチャレンジ:松成武治>よりp101~102 『生きる』で今期(2002年下期)の直木賞を受賞した乙川優三郎氏は、「何の下地もなしに小説らしいものを書きはじめてから十余年」と自らの歩みを回想しています。 乙川氏が、小説の世界に入ったのは、「気まぐれ」からだったといいます。 ある夜、酒を飲みながらテレビで退屈な時代劇を見ていた。これなら自分にも、短篇なら書けるかなとワープロに向かいます。 10秒前までは、その気もなかったのに、書き始めてみると、結局、2週間ぐらいかかりますが、最後まで書くことができた。で、小説雑誌の新人賞に応募する。落選。以来、年に2篇、新人賞にチャレンジして、5年目に「藪燕」でオール読物新人賞にゴールイン。 『霧の橋』で第7回時代小説大賞、『五年の梅』で第14回山本周五郎賞授賞、と乙川氏は、一作、一作、階段を上がるように作品世界を充実させて、今回の直木賞受賞を迎えます。乙川氏の場合、何の準備もない、ずぶの素人からここにいたるまでに十余年の歳月が必用だったというわけです。 第109回の直木賞を授賞し、乙川さんの先輩にあたる高村薫氏もよく似たコースを辿りました。 日本経済が右肩上がりの好調を続けた80年代のなかば、高村氏は、当時はまだまだ高価、70万円ほどもしたパソコンを入手。 買ってはみたものの、さほどの用途もなく、暇つぶしの気分で文章を作ってみた。それが高村氏にとって、小説世界への入り口でした。 書き上げてみると、だれかに読んでもらいたく、といって親や友達に見せるのは恥ずかしく、と、新人賞に応募したのが今日の高村氏に接続します。 高村、乙川氏ばかりではなく、新人賞にチャレンジする人々は増加の一途です。 発行部数よりも、新人賞への応募数のほうが多いと悲鳴を上げる雑誌まであらわれるほどの活況ぶりですが、この現象は、次の世代の文壇隆盛のために大変に喜ばしいことだと受け止められます。 偶然、出来ごころ、好奇心、動機はさまざまで結構です。続々と小説世界への参加を期待しています。大変に魅力に満ちた世界であると確信しています。<書評サイト>ネット上には、いろんな書評サイトがあり、大使もフォローしているのだが・・・この中に文学賞受賞作も含まれているので、励みになるのでは。■朝日新聞系列好書好日トップベストセラー解読売れてる本朝日デジタルの書評からbyドングリ■文芸春秋・今月買った本・新書の窓■図書:岩波書店・読む人・書く人・作る人
2018.12.31
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図書館で『いしいしんじの本』という本を、手にしたのです。巻末の著者略歴を見ると、京大仏文科卒で、織田作之助賞を受賞しているということで、変り者なんでしょう・・・ということで借りたのです。図書館が正月休みに入るので、年越し本として追加して借りたのです。【いしいしんじの本】いしいしんじ著、白水社、2013年刊<商品の説明>より小説家いしいしんじは読む。とにかく読む。青年時代に没入した漱石や宮沢賢治、ブラッドベリから、小川洋子、小島信夫、辻原登、莫言、グレアム・スウィフト、ゼーバルト、マンガレリといった古今東西の作家たちまで。ジャンルの分け隔てなく読むのも、いしい流読書の魅力。写真家鬼海弘雄や絵本作家荒井良二、現代美術家大竹伸朗、漫画家ほしよりこなど、著者が語る本は、どれもみななんと面白そうであることか。なにより読んでいる本人が心の底から、身体の底から、本の時間を味わい、楽しみ、生きている。<読む前の大使寸評>巻末の著者略歴を見ると、京大仏文科卒で、織田作之助賞を受賞しているということで、変り者なんでしょう・・・ということで借りたのです。amazonいしいしんじの本シンジさんの読書遍歴を、見てみましょう。p182~185<小説を「生きる」時間> 「「おれ」のこの場面の「赤シャツ」に対する気持をこたえなさい。(『坊ちゃん』より)」「おれなあ、イタリア生まれやから赤シャツとか似合うやん、そやから絹の袖になあ、スルルルッと腕とおしてな、広場のテラスでスパゲティチュルルルッツって食うてん」。満州帰りの中学の国語の教師はさすがに馬鹿にされていることはわかったらしく試験の点数はもちろん素行点は下の下の下だった。 パンチパーマをゆるくほどいた髪型で校舎の裏でセブンスターを吸っていたら、近所の友だちに冷水器のところに呼び出され「しんちゃん、このままやったらお前、ただのチンピラになってまうで。チンピラ格好ええか?」といわれ、そんな顔していうんやったら、あんまし格好ようないかもな、と思った。 この頃、大藪春彦や横溝正史など読んでいたのを覚えている。いま振り返ればまんま角川映画の戦略に乗せられていて微笑ましい。小学生の頃はなにより海外のSFだったが、中学校に入ってから文庫で芥川龍之介、太宰治などの日本のメジャーどころを読みこんなにおもしろいのかとびっくりした。「日本語で書かれている」と思った。 海外のSFも日本語に訳されてはいたけれど、ぎりぎり限界の命がけで書かれた日本語は次々とかたまりのままこちらの深い穴に飛びこんできては、意味とかストーリーとか以前に、黒い湯につかっているような熱っぽい感覚で僕の内側を満たした。 なかでも夏目漱石や正岡子規、森鴎外の日本語はすごかった。捕獲したての野生動物のように暴れ、うなり、なにかを猛然と平らげていくといった感じがした。そんな年齢ということもあったかもしれないが、こういう人たちが、それまでになかった小説の日本語を、書いていくその一瞬ごとに作りだしていったことはたしかなことだ。 高校生になってジャズのレコードを聴き、そうか俺はジャズをやる人間だったと気づいてテナーサックスを買った。テナーサックスは三週間練習してもスー、スー、としか鳴らなかった。よく行くジャズバーにサックスを持っていき、バーテンの人に「俺ジャズやる人間かと思ってたら違った。三週間やっても鳴らへん」といったら、バーテンの人は僕のサックスを調べて妙な顔をし、「いしい君、サックスは竹のリードをはめな鳴らへんで」といった。竹のリードを買ってはめたら三秒で音が出た。 週に三回ジャズバーに通って専属のミュージシャンに練習をつけてもらった。ジャズなどはじめるとどうしてもアメリカの小説に手が伸びていく。メルヴィルにホーソーン、ヘミングウェイ、フィッツジェラルドにフォークナー。サリンジャーやアップダイクなどの現代小説を読むようになると、読めもしないのに古本屋でペーパーバックを買って、公園や電車の駅でぱらぱらめくる癖がついた。カート・ヴォネガットはその古本屋の主人に薦められて初めて手にした。 ブローティガン、ジョン・バース、アイイザック・シンガー。それまでになかった小説の言葉をいま作りだしている人たちが、まだこんなにいるのかと驚き、サックスを鳴らして興奮した。 ヤングアダルト図書総目録2009年12月ウン 織田作之助賞受賞にふさわしいシンジさんの関西弁がええでぇ♪・・・それにしてもイラチなのにアホなところがいかにも関西人である(笑)。『いしいしんじの本』4:吉幾三と太宰治のつながり『いしいしんじの本』3:いしいさんの読書歴『いしいしんじの本』2:中国という感覚『いしいしんじの本』1:韓国のひとたちへ
2018.12.31
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図書館で『いしいしんじの本』という本を、手にしたのです。巻末の著者略歴を見ると、京大仏文科卒で、織田作之助賞を受賞しているということで、変り者なんでしょう・・・ということで借りたのです。図書館が正月休みに入るので、年越し本として追加して借りたのです。【いしいしんじの本】いしいしんじ著、白水社、2013年刊<商品の説明>より小説家いしいしんじは読む。とにかく読む。青年時代に没入した漱石や宮沢賢治、ブラッドベリから、小川洋子、小島信夫、辻原登、莫言、グレアム・スウィフト、ゼーバルト、マンガレリといった古今東西の作家たちまで。ジャンルの分け隔てなく読むのも、いしい流読書の魅力。写真家鬼海弘雄や絵本作家荒井良二、現代美術家大竹伸朗、漫画家ほしよりこなど、著者が語る本は、どれもみななんと面白そうであることか。なにより読んでいる本人が心の底から、身体の底から、本の時間を味わい、楽しみ、生きている。<読む前の大使寸評>巻末の著者略歴を見ると、京大仏文科卒で、織田作之助賞を受賞しているということで、変り者なんでしょう・・・ということで借りたのです。amazonいしいしんじの本吉幾三と太宰治のつながりを、見てみましょう。p166~167<金木町のブルース> 演歌師吉幾三は言うまでもなく太宰治と同じ金木町の出身で太宰治が玉川上水に浮んで4年後の昭和27年に生れた。私は一度間近で会ったことがあるがぎょっとするぐらい背が高く、太宰治も当時としては皆がふり返るくらい長身というのをどこかで読んだことがある。 いまインターネットで調べてみたら今年の11月にやはり金木町に太宰治の等身大の銅像を建てる計画があるらしくその高さは176センチである。吉幾三は公称178センチだからふたり太宰と吉が岩木山をバックに並んでいる姿はまさに津軽の空である。吉幾三は歌詞を自分で書いている。「俺はぜったい!プレスリー」の歌詞で太宰なのは一見目立つ病院やマイネではなく、これは楽曲を聴かないとわからないが、イェイイェイイェイのうねりと含羞である。 「俺ら東京さ行ぐだ」は、もう当たり前というくらい太宰治に聞こえるが、それはもちろん歌詞の内容がどうというよりよくいわれる通り「日本においてヒットした最初のラップ」であるからだ。「女生徒」「駆け込み訴え」などを引くまでもなく太宰治の小説はほぼすべてラップである。また、ヒットした当時、この歌の方言はまったく津軽弁でない、とか、金木町には「電気は通っていた」しそれほどの田舎ではない、などと揶揄されていたのを覚えているが、田舎のイデアというか、逆理想郷のようなものを設定して東京をひっくり返すというやりかたも吉と太宰は通じる。 そしてさらに重要なのはただ技法状、ライムを重ねていくだけという表層的な偽ラップでなく、太宰治の小説は人間のブルースから来る本物のラップであり、その点太宰治とは北部の白人の富豪家にまぎれこんだ黒人だったともいえる。 うたうしか他にできず、神様にやけにすがり、なにかあるとすぐ薬に手を出してしまう。そしてギター代わりに筆を持ちトーキング・ブルースをうたう。吉幾三のラップがいまも生きており、卒業やら桜やらふやけた言葉をただ並べただけのラップっぽいだけの楽曲がすぐに消えていくのは、太宰ほどの濃厚っさはなくても、吉幾三にも津軽の黒人の血が入っているせいにちがいあるまい。 「俺ら東京さ行ぐだ」が大ヒットする前年私は交換留学でアメリカにいったが格好をつけるための英語のペーパーバックと、そして新潮文庫で出ている太宰治の本を全冊、持っていった。たいへん重い荷物だった。 シカゴで迎えに来るはずの人が誰も来ず、郵便飛行機で小包扱いで田舎町へ行った。何ヶ月が過ごすうち、近所の喫茶店でわりと話すようになった大学生のバイトの黒人が、私が読んでいる文庫本に目をつけ、それ面白いんやったら訳してくれよ、といった。私はいちばん短い「満願」を1週間くらいかけて英訳した。黒人と友人らに喫茶店で読んで聞かせたが、皆からだをエビのように折って手を叩いて爆笑したのは、私の珍妙な英語ばかりでなく、「満願」に流れ渡るブルースの光と影のせいだったろう。 「文芸別冊 総特集 太宰治」2009年4月ウン カラオケでは吉幾三の「雪国」を熱唱する大使であり、わりとファンであるが・・・「ブルースをうたう吉幾三のラップ」という賛辞には、なるほどと思ったのです。『いしいしんじの本』3:いしいさんの読書歴『いしいしんじの本』2:中国という感覚『いしいしんじの本』1:韓国のひとたちへ
2018.12.30
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図書館で『いしいしんじの本』という本を、手にしたのです。巻末の著者略歴を見ると、京大仏文科卒で、織田作之助賞を受賞しているということで、変り者なんでしょう・・・ということで借りたのです。図書館が正月休みに入るので、年越し本として追加して借りたのです。【いしいしんじの本】いしいしんじ著、白水社、2013年刊<商品の説明>より小説家いしいしんじは読む。とにかく読む。青年時代に没入した漱石や宮沢賢治、ブラッドベリから、小川洋子、小島信夫、辻原登、莫言、グレアム・スウィフト、ゼーバルト、マンガレリといった古今東西の作家たちまで。ジャンルの分け隔てなく読むのも、いしい流読書の魅力。写真家鬼海弘雄や絵本作家荒井良二、現代美術家大竹伸朗、漫画家ほしよりこなど、著者が語る本は、どれもみななんと面白そうであることか。なにより読んでいる本人が心の底から、身体の底から、本の時間を味わい、楽しみ、生きている。<読む前の大使寸評>巻末の著者略歴を見ると、京大仏文科卒で、織田作之助賞を受賞しているということで、変り者なんでしょう・・・ということで借りたのです。amazonいしいしんじの本いしいさんの読書歴を、見てみましょう。p66~70<仕事をしていない人間はひとりもいない> 仕事を、金銭を得る手段ではなく、それぞれの人間が、別の人間、あるいは世界ととり結ぶ、関係のありかたとして捉えるなら、この世で仕事をしていない人間はひとりもいない。ひとりで屋内にとじこもり、隣の部屋で植物を栽培し、それを食べ、一生外へ出ずに死んでいったとしても、そのひとが仕事をしなかったとは、けして断言できないように思う。 デパートや商店や、ひとそれぞれの職場で、言葉も理屈も届かない場所に、人間の存在を感じ、いちいち立ち止まっていては、とても厄介で、物事がたちゆかなくなってしまうが、本を読む時間のなかでは、そういう感覚に身を任せて、字面より深いところへ潜っていく、ということを誰もがだいたいしている。読書とは、ストーリーを味わうことでも、理解することでもなくて、そのなかへからだごと入っていき、言葉の届かない場所を揺さぶられることだ。 『流刑地にて』フランツ・カフカ 仕事と人間、というテーマで本をあげるならまずはカフカだ。カフカにおいては、仕事はその内容や目的でなく、いつの間にかはじまって終わるまでの、なんだかよくわからないひとつのプロセスとして描かれ、それは生れて死ぬまでの人間とつまり同じことである。手続きとしての人間。作業場としての世界。すべての作品に、どこか知らない場所の事務所や、現場独特の匂いがある。匂いといえば、徹底してドライに描きながら、あらゆる行間にユーモアがたちこめているのは、もちろん狙ってできることではなく、カフカ自身が一プロセスに徹した、その残り香にほかならない。 短篇『流刑地にて』は、何度読んでもなんのことかわからず、そのわからなさ自体が深い読後感を残す、たちのぼっては消えていく煙のような作品。(中略) 『北京の秋』ボリス・ヴィアン 十代のころに読んだ本で、ストーリーなどまったく覚えていないが、出てくるひとたちが皆、とにかく働いていた、という強い印象がある。誰かに強いられてでなく、といって自発的にでもなく、電信柱が立っているように、ただそこにいて、なんだかわからないことを休まずにこなしている。 いま振り返ってみれば、それは、小説に出てくる、という仕事にほかならず、無責任であろうが真面目であろうが、その働きの点ではまったく等価で、単純に裏返すと、すべての人間はこの世にいるという意味において絶望的に等価である、というアイロニーにつながっていく。小説の舞台は北京ではないし、季節は秋でもなんでもないけれど、やはりこの小説は「北京の秋」という題のまま、何百年も前から電信柱のように存在していたような、たまたま著者が20世紀のフランスにいて、自分の知っていることばで書いただけのような、そんな奇妙な広がりを感じつつ、読み終えたおぼえがある。 幼いころ一度きいただけなのに、何十年も耳について離れない、正体のわからない物音のような小説。 青山ブックセンターのイベントによせて2006年1月『いしいしんじの本』2:中国という感覚『いしいしんじの本』1:韓国のひとたちへ
2018.12.30
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図書館で『いしいしんじの本』という本を、手にしたのです。巻末の著者略歴を見ると、京大仏文科卒で、織田作之助賞を受賞しているということで、変り者なんでしょう・・・ということで借りたのです。図書館が正月休みに入るので、年越し本として追加して借りたのです。【いしいしんじの本】いしいしんじ著、白水社、2013年刊<商品の説明>より小説家いしいしんじは読む。とにかく読む。青年時代に没入した漱石や宮沢賢治、ブラッドベリから、小川洋子、小島信夫、辻原登、莫言、グレアム・スウィフト、ゼーバルト、マンガレリといった古今東西の作家たちまで。ジャンルの分け隔てなく読むのも、いしい流読書の魅力。写真家鬼海弘雄や絵本作家荒井良二、現代美術家大竹伸朗、漫画家ほしよりこなど、著者が語る本は、どれもみななんと面白そうであることか。なにより読んでいる本人が心の底から、身体の底から、本の時間を味わい、楽しみ、生きている。<読む前の大使寸評>巻末の著者略歴を見ると、京大仏文科卒で、織田作之助賞を受賞しているということで、変り者なんでしょう・・・ということで借りたのです。amazonいしいしんじの本良きにしろ悪しきにしろ中国は大きな関心事ということで、中国に関するエッセイを見てみましょう。p132~133<中国という感覚にのみこまれる> いま中国人の莫言という作家が書いた小説『転生夢現』を読んでいて、読んでいきながら自分がこれまで読んだどんな小説よりも広く暗くそしてまぶしく感じ、興奮し涙し爆笑し、ということばかりつづくのだが、これは莫言の新しい作品の日本語訳がされてそれを読むたびにそうである。 『転生夢現』は上下巻あって上巻は436ページあり、ある地主が1950年土地改革の騒動のなかで銃殺され地獄におち、そして無実を訴えるがもとの村へロバとして転生させられてしまう。 第4章「農業合作社のドラとどろき、雪中ロバが蹄鉄を打つこと」第6章「転生ロバがほのかに恋をし、知勇をふるってオオカミと闘うこと」第11章「転生ロバが義足をつけてもらうも、飢民に襲われて食われること」。その後地主は牛、豚と転生し短い生を継いでいきながら、農業、工業の国営化、紅衛兵の跋扈、文化大革命と、現代中国への流れを動物の低い目線から物語る。 歴史大河小説というような言葉におさまりきらない何かが莫言の小説にはいつもあるが、これは中国の本物の作家が本物の中国のことを書いているからそうなっている気がする。「三千年の歴史」などと戯れ言のように日本では中国のことをいうが中国では「歴史」と過去何年何千年という紙の積み重なりではなくて、もっと不定形で毛むくじゃらでウニョウニョうごめいていて、そのどこかの部分に自分のからだがおさまっている生暖かく巨大ななにかである。それは足を浸した夜の海に似ている。膨張と収縮をくりかえす「宇宙」に似ている。そしてまさしく「物語」のことでもある。 はじめて中国にいったのがたしか1995年でそれ以降いっていないが、こんなことを書くと怒られそうだが、上海の市街を数日歩きまわり、電車ですし詰めにされ別の名の知れない町へいってそしてまた戻ってきて、有名な大きな川の河岸にぼんやり立って北東の方角の空を見あげ、アーこの先に日本があるとふとおもったとき、日本という国が中国という大きなかたまりのなかのとても変わった一部と感じられ、ハッとしたことがあった。 アメリカの属州などといわれるカリフォルニア州の海岸に立って太平洋を眺め、この先の日本はアメリカの一部の島、と日本人が感じたりするだろうか。河岸に立ったとき私は中国という感覚にのみこまれていた。それは安らかであると同時にきなくさく、非論理的でふしだらな感じでもあった。「これからは中国だ」といってその時期誇らしげに移り住んだ大勢の日本人をみたがその人たちはいまふりかえるとなにか「転生」したあとのようにみえた。 そうした不合理や矛盾、非人間性をも内にのみこんで咀嚼し、一部と化してしまう大きさ、明るさ、暗さが中国とその歴史にはあり、そしてそのようなものを作ったのは人間である。というようなことが、莫言の小説を動かしている原理だとおもう。中国と宇宙と物語りは同じ軸でまわる。 「TRANSIT」2008年3月『転生夢現』の続きを、見てみましょう。p135~136<ページのむこうの特別な時間> 本を読むとは、一見そこに書いてある字を読むことだけだと思いがちだが実は、その書いてあるページのむこうの空間に全身ではいりこみ、日常の時間ではなくそこに流れている特別な時間に身を任せ流されていく、一種の身体経験、見えない踊りのようなものとみることもできるだろう。 音楽の場合を考えてみたらわかりやすいが、きいていると思っている瞬間音楽は逃げ去っているがその逃げさって行く瞬間の折り重なりがつまり音楽の流れで、小説や詩にも同じようなところがあり、本の場合文章を「演奏する」のは読者自身である。 『転生夢現』は歴史小説といえるが歴史上の出来事を連ねていくから歴史小説というのでなく、「釣り文学」とか「恋愛小説」などと同じく、「歴史とはなにか」「なぜ歴史があるのか」といった答えのない問いかけを、背後に響かせながら進んでいく「歴史小説」である。 主人公ははじめロバで、1950年のある日、橋の上で銃殺された主人公の地主が、閻魔大王の前に引きだされ無実を訴え、じゃあ同じ村に生まれかわらせてやるといわれて気がついたらロバになっている。ロバは寿命が人間ほど長くないので第1章で死んでしまい、再び閻魔大王の前に出てだましたことをなじると、次に転生させられるのは牛である。ブタ、犬、猿と転生を繰りかえす主人公の地主は、毛沢東時代、文化大革命、改革解放から2000年問題と、動物の目線ですべてを目撃し、その同じ目線のまま読者も歴史の波にたゆたう。中国そのものを生き直すといってもよい。 歴史とは過去の記憶などでなく、いま自分のいる場所を揺さぶりながら、行く先の知れない果てへ枝葉を伸ばしていく真新しい音楽であると、読者は全身で笑いながら知ることができる。(後略) 「MOE」2008年7月『いしいしんじの本』1
2018.12.30
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ブログを綴りながら、隅っこにワンセグ縮小画面をセットして、NHKを観るとはなく付けっ放しにしているわけです。だけど、最近のNHKは東京色を強めている(ように見える)ので、関西在住の大使はややカンに障るわけです。…で、NHK放送が目障りになってくると、地方基地のMBSテレビに切り替えて気分をなだめるわけでおます。MBS「ちちんぷいぷい」の企画一覧より<昨夜のシンデレラ> 2009年3月、JR西日本がダイヤ改正で終電(最終電車)を早めた事を受けて、「☆印」で歓楽街の様子は変わるのかが話題になった。終電の12時前後に駅に駆け込む様子をシンデレラになぞらえ、久しぶりに大阪の夜を取材する事になった。4月改編から「昨夜のシンデレラ」に改題したうえで、15:55からレギュラー放送を復活。関西ローカル放送に戻った2010年4月以降も、16時前後で放送を続けている。【大使寸評】大阪の中小企業の悲哀と矜持が垣間見えるし、おもろい受け答えがええでぇ♪<西靖アナ、年齢41歳ですが結婚せずに独身です>MBS西靖アナ、2度目世界一周の旅!年齢41歳ですが結婚せずに独身ですより【大使寸評】西靖アナは「結婚できない」という身を切るような自虐が売りであるが、周りの皆さんが気にしている(笑)また、西靖アナは右の皆さんから嫌われているようだが・・・・・大使ににとっては、逆にそのあたりが評価できるわけです。ところで、NHKの感想であるが・・・東京色が強い、ターゲットは若者なのか(老人の思い過ごしか)、お笑い番組が総じて騒がしい等々で・・・ウッチャンなんかが出てくると、即、eテレ、その他に切り替えるのでおます。それから、関西出身だけど裏切者のようなサンマも許せないので、これまた他チャンネルに切り替えるのです。
2018.12.29
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図書館で『いしいしんじの本』という本を、手にしたのです。巻末の著者略歴を見ると、京大仏文科卒で、織田作之助賞を受賞しているということで、変り者なんでしょう・・・ということで借りたのです。図書館が正月休みに入るので、年越し本として追加して借りたのです。【いしいしんじの本】いしいしんじ著、白水社、2013年刊<商品の説明>より小説家いしいしんじは読む。とにかく読む。青年時代に没入した漱石や宮沢賢治、ブラッドベリから、小川洋子、小島信夫、辻原登、莫言、グレアム・スウィフト、ゼーバルト、マンガレリといった古今東西の作家たちまで。ジャンルの分け隔てなく読むのも、いしい流読書の魅力。写真家鬼海弘雄や絵本作家荒井良二、現代美術家大竹伸朗、漫画家ほしよりこなど、著者が語る本は、どれもみななんと面白そうであることか。なにより読んでいる本人が心の底から、身体の底から、本の時間を味わい、楽しみ、生きている。<読む前の大使寸評>巻末の著者略歴を見ると、京大仏文科卒で、織田作之助賞を受賞しているということで、変り者なんでしょう・・・ということで借りたのです。amazonいしいしんじの本この本の目次を見てみると、著者の広い守備範囲が見えるわけで、まさに読ませるエッセイ集となっています。エッセイの一つを、見てみましょう。p13~14<韓国のひとたちへ> 韓国のみなさんへ。はじめまして、いしいしんじと申します。ぼくの本を手にとっていただいて、たいへん感謝しております。韓国語といううつくしいことばで、ぼくの文章がみなさんの目にふれるなんて、まるで夢のようです。出版社のかた、翻訳家のソ・ヘヨンさんには、感謝のことばもありません。 ぼくの小説は、日本において、たいへん珍しいものと受け止められているようです。「現代の社会問題を鋭くえぐること」とか「現代人のこころの傷をあきらかにすること」などとは、まったくかけはなれた、他愛のないはなしばかりだからです。たとえば、動物と会話ができるとおもいこんだ、木の上で暮らす少年。空から無数のねずみがふってくる港町。呼ばれれば「にゃあ」とうたう、ねこという少年がいる田舎の吹奏楽団。こんなやつら、世界のどこにいるんだよ、と自分の作品ながらいいたくもなります。ある意味、現実ばなれしている、といわれて、しかたないかもしれません。 ただぼくは、こどものころに熱中して読んだ本は、本のなかだけ、現実があったようにおもいます。ごはんだよ、と呼ばれても、学校にいく時間がきても、ただ本のなかにはいりこんで夢中でページをめくる。こういう体験は、日本であろうが韓国であろうが、こどもならきっとやっているはずです。おとなになったわれわれは、あのころの没入した時間を忘れがちでいます。ただ、あの興奮はまちがいなく、胸の奥でちいさな炭のように燃えつづけている、と信じています。 ぼくはいま、その小さな灯りに照らしながら、小説をかいています。はじめておはなしをかいた四歳半のころから、このやりかたはかわっていません。どんなはなしが作りたいですか、とひとにきかれると、ぼくはいつでもこうこたえることにしています。「百年前のイヌイットのこどもでも、二百年後のアイルランドのおじいちゃんでも、おもしろいな、とおもってもらえるはなし」 トリツカレ男はこうして、韓国のみなさんに読んでいただけることになりました。おもしろいな、とおもっていただければ、そして本のなかの時間に一瞬でも没入していただければ、こんなに嬉しいことはありません。 『トリツカレ男』韓国版刊行によせて 2002年9月エッセイをもう一つ、見てみましょう。p18~21<みさきのすきま> 三浦半島の突端、三崎の一軒家にひっこししてまる二年が過ぎた。はじめのころ、地元のひとびとはずいぶん距離があった。三崎になんのゆかりもない、顔色のわるい男が、タオルをのどにぐるぐると巻き、昼ひなかから露地や埠頭をあてどなくさまよっている。これは怪しまれて当然だろう。家に近隣のこどもが遊びにくるようになってから、「あれはどうも無害だ」とあたりに知れ、一枚ずつカードをひっくりかえすように、ご近所のみなさんと親しくなっていった。 夏には揃いのはんてんを着て神輿をかついだ。きのうは隣のおじいさんと草むしりをした。ぶどうをもっていったお返しに、はすむかいのスナックから、手製のさんま寿司をいただいた。今朝、米屋さんに酒瓶をもっていくと、夕方ししとうをもらった。 ぼくと三崎の距離はずいぶん縮まったけれど、その「すきま」がなくなることは、これからもないだろう。すきまというとどこか寂しげだけれど、すきまがあいているからこそうまれる笑いや美しさもある。南へひらけた港町、三崎には、昭和の中期にまぐろ漁で大もうけしたせいか、陽気なひとが多い(なにか冗談をいわないひとをぼくはひとりも知らない)。ただその笑いは、自分たちを外から笑いとばすような、どこかシニックな気配をふくんでいる。 祭礼行事がさかんで野良猫が多く(みな餌をやる)、百歳近い老人とかくれんぼの小学生が路上で話しこんだりしている。この港町自体に、目にみえないしきまを大切にする気風があるようにおもう。 多和田葉子さんのエッセイ『エクソフォニー』を読むと、すきまに立つときにこそ、人は豊かな表現をうみだし得るのだと気づかされる。ドイツ語と日本語のあわいに見をおきながら、多和田さんはことばがことばになる以前の暗がりへ、そっと指を伸ばし、その大きな塊をゆっくりとなぞる。エクソフォニーとは、みずからの表現手段として、母語以外の「外のことば」を選びとった状態のことで、亡命者や被圧政者だけでなく、外国へ移り住んだ作家、外国語をすすんで習得した小説家、もっといえば、自分の使用することばに「外的に」意識的な作家たちも、このなかにふくまれる。 詩人はすべてエクソフォニーであるべきだし、現代小説家もしかり、と多和田さんはおっしゃっている。日常の薄皮一枚むこうに、不気味かつ愉快なエクソフォニーの世界がひろがっていることは、三崎の老人と幼女のあいだでかわされる、ふしぎなことば遊びをきいても明らかだ。(後略) 「ことし読む本いち押しガイド2004」2003年10月
2018.12.29
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ネットをめぐっていて、『大東建託の内幕』の出版を中止せよという記事があり気になったのです。MyNewsJapanの調査報道と企業の言論弾圧との戦いのようだが・・・このあと調べてみます。なんでこの記事が気になるのか? 買うにしろ、借りるにしろ、貸すにしろ、住宅は高額商品の最たるもので、庶民の夢でもあるのだが・・・新築に短絡するニッポンの住宅政策が気になるわけです。2018/12/25『大東建託の内幕』の出版を中止せよ―大東建託から版元に内容証明届くより MyNewsJapan連載を書籍化した『大東建託の内幕“アパート経営商法”の闇を追う』(同時代社)は、ことし6月の出版後1週間で初刷1,500部を完売、以後増刷を重ね、12月現在で1万4,000部が全国に流通し、この種のノンフィクション本としては大反響となった。 筆者の元には、同書を読んだ顧客や社員・元社員らからの悲鳴が連日届いており、新聞・テレビが長年黙殺してきた「大東建託商法」の問題の深刻さを雄弁に物語っている。こうした状況のなか、2018年12月12日、大東建託から出版元・同時代社に内容証明郵便が送りつけられた。出版は名誉毀損であるから、中止・回収し、今後発行しない旨の誓約書を出せ――というのだ。 同書を契機とした批判の高まりを無視できなくなり、名誉毀損訴訟による“恫喝”を企てているものと思われる。むろん筆者も出版社も「出版中止要請」に応じるつもりはない。不当な言論弾圧には断固として戦う決意を互いに確認し、「有事」を想定して警戒態勢に入った。【大東建託の内幕】三宅勝久著、同時代社、2018年刊<「BOOK」データベース>より“一括借り上げ(サブリース)で資産運用”の甘い罠。「こんなはずではなかった」と苦しむアパート経営者たち。契約を取るために犯罪に手を染める社員、パワハラが横行する職場、成果主義に追い詰められて自殺事件が続発ー。「いい部屋ネット」の大東建託で何が起こっているのか!<大使寸評>買うにしろ、借りるにしろ、貸すにしろ、住宅は高額商品の最たるもので、庶民の夢でもあるのだが・・・新築に短絡するニッポンの住宅政策が気になるわけです。rakuten大東建託の内幕新築に短絡する住宅ということで・・・以前とりあげた『居住の貧困』という記事をまるまる復刻します。*****************************************************************************<『居住の貧困』>我が家は、阪神・淡路大震災の後に、一戸建てのプレハブ住宅を建てたわけですが・・・たぶん、この震災がなければ木質系の在来工法を選んでいただろうと思うわけです。確かに地震に対してはプレハブ住宅が一番強かったが、プレハブ住宅が好きというのでもなかったのです。このように個人的な好き嫌いがあるのだが、この本でプレハブ住宅がどのように書かれているか、興味深いのです。【居住の貧困】本間義人著、岩波書店、2009年刊<「BOOK」データベース>より職を失い、住まいを奪われる人たち、団地で進む高齢化と孤独死、規制緩和がもたらしたいびつな住環境…。人権としての居住権が軽視され、住まいの安心・安全が脅かされている日本社会の現状を詳細に報告。社会政策から経済対策へと変容した、戦後の住宅政策の軌跡を検証し、諸外国の実態をもとに、具体的な打開策を提言する。【目次】第1章 住む場がなくなる/第2章 いびつな居住と住環境/第3章 居住実態の変容、そして固定化へ/第4章 「公」から市場へ-住宅政策の変容/第5章 諸外国に見る住宅政策/第6章 「居住の貧困」を克服できるか<読む前の大使寸評>我が家は、阪神・淡路大震災の後に、一戸建てのプレハブ住宅を建てたわけですが・・・たぶん、この震災がなければ木質系の在来工法を選んでいただろうと思うわけです。この本で、プレハブ住宅がどのように書かれているか、興味深いのです。rakuten居住の貧困プレハブ住宅と分譲マンションの出現で、街の景観が変わったほどですが、そのあたりを見てみましょうp137~142<プレハブ住宅の発展> 住宅産業としてのプレハブメーカーが登場するのも、1950年代から60年代にかけてです。たとえば、もっとも古い積水化学は47年設立ですが、ナショナル住宅産業が50年、ミサワホームが51年、大和ハウスが55年、積水ハウスが60年といった具合です。そして87年には日経・住宅供給ランキング130社の上位5位までを、これらプレハブメーカーが占めるまでに成長することになります。これは国の産業政策としてのプレハブメーカー育成策によるところが大きかったのです。 プレハブ住宅は当初、組み立て住宅と呼ばれていました。価格は安いが粗悪で、物置などに使われることが多かったのです。ところが、東京オリンピック直前の63年、住宅建築の需要に対応する名目で、建設省が省内に「建築生産近代化促進協議会」を設けてプレハブ住宅促進を打ち出し、「住宅建設工業化の基本構想」をまとめました。それ以降、プレハブ住宅が一挙に拡大することになります。 さらに71年、建設省と通産省が80年までに一戸建てプレハブ住宅を、75年当時の約半分の価格(床面積100平方メートルで500万円台)で供給しようという「ハウス55」なるプロジェクトをスタートさせます。それによって、供給拡大に一層拍車がかかることになり、従来工法による住宅供給を超えることになったのです。つまり、国の後押しがあって、プレハブ住宅の需要が増え、メーカーはその基盤を確かなものにしていったのです。 しかし、プレハブ住宅は戸建てが中心でしたから、都市空間を著しく改変するまでには至りませんでした。その都市空間が一変するのはマンションという集合住宅供給が住宅産業の主力になるに至ってからのことです。<大型分譲集合住宅の建築ラッシュ> 戦後の東京で分譲集合住宅が初めて登場したのは1956年のことです。日本信販の子会社であった信販コーポラスが新宿区四谷に建てた四谷コーポラスが最初です。この集合住宅は高級志向で、当時としては珍しいセントラルヒーティングを備えており、500万~800万円台で分譲されました。同年には東急代官山アパートが賃貸集合住宅として誕生しています。 こうした富裕層を対象としたものが大衆化するのは、秀和が60年に青山レジデンスという集合住宅を売り出してからだといわれています。これらはいずれも都心につくられましたが、60年代末になると、郊外に大型の団地まで現われることになります。田んぼの中に公団や公社の団地と同様な街が出現したわけです。 ただし、このあたりまでは民間集合住宅の開発によって、周辺住民が異議を唱えるほどに空間が改変されてしまうことはなかったように思われます。また住宅産業も今日ほど巨大化していませんでした。それが一変するのは中曽根内閣によって、民間による都市再開発が進められて以来のことではないかと思われます。 中曽根内閣による民間資本への支援策は、都市・建築規制の緩和と国公有地の払い下げの二つを中心に進められました。うち規制緩和は、83年4月に経済対策閣僚会議で「今後の経済対策について―規制の緩和策による民間投資の推進策」が決定されたのを受けて、一気に走りだします。政府に民間活力検討委員会が設けられ、その報告に基き、建設省がまとめた「規制緩和等による都市開発の促進方策」は、それまでの都市計画法や建築基準法が行ってきた規制策を大幅に緩和して、民間資本が都市開発に参入しやすくしようとするもので、きわめて多岐にわたるものでした。 それは例えば、都市計画を見直し、大都市中心部の住宅地を中高層住宅に代える、特定街区での容積率の割り増しを行い、複数街区では未利用容積の移転を可能にする、住宅を用途とした建築物に大幅な容積率の割り増しを認める市街地住宅総合制度を積極的に活用する、などといった内容でした。これにより民間資本は市街地に大型集合住宅を開発しやすくなったのです。 東京では、隅田川の景観を一変させた超高層の集合住宅が出現することになり、それに続き各所でいわゆるタワーマンションと称される巨大集合住宅の建設ラッシュが起こります。そして住民との間でさまざまな紛争を起こすことにもなったのです。こうした施策が「中曽根アーバンルネッサンス」といわれたのは前述している通りです。 <住宅産業の繁栄、住宅政策の貧困> 国公有地の払い下げについては、中曽根首相の指示で政府に国公有地等有効活用推進本部が設けられ、まず人口10万人以上の都市にある国有地163件(65ヘクタール)などを払い下げることが決定されます。これを受けて大蔵省理財局長の私的諮問機関、公務員宿舎問題研究会が、わずか1ヵ月の検討で、そのモデル第一号として東京都新宿区の西戸山団地(30ヘクタール)の払い下げを決めたのを皮切りに、各地で旧国鉄用地を含め、国公有地の払い下げが行われることとなります。 この西戸山団地の払い下げを1983年、随意契約で受けたのは、三菱地所を発起人総代とする出資者募集に応じた不動産業56社により設立された西戸山開発会社です。この会社の中心になったのは中曽根首相に個人献金をしていた人物でした。同社はそれまで中層400戸の団地を中高層670戸の集合住宅団地に再開発しました。(中略) いずれにしても、この中曽根民活はそれまでの都市における生活空間を経済空間に変え、これをきっかけに大手住宅産業とデベロッパーがますます巨大化していくことになります。 こうした直接、住宅政策によらない、むしろ産業政策として進められた住宅供給が中高所得層の住宅取得・改善に果たした役割は無視できないところですが、だとしたら住宅政策は、そうした住宅供給に応じられない低所得層を対象とした施策をより重点的に進めるべき公的責任があったはずです。 その公的責任が縮小するばかりなので、逆に住宅産業による住宅供給が隆盛の一途をたどり、低所得層まで無理をして住宅取得するケースが増えるのです。 その結果、ローン地獄や破産状態に追い込まれる人たちが増え、また居住貧困、居住格差が拡大し、さらには街全体が壊れていっているのは、どう見てもいびつとしかいいようがありません。・・・ということで、(ニッポンの宿題)やはり新築・持ち家?なんかを読み返してみようと思うのです。
2018.12.29
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最近、図書館で絵本を借りることが多くなった大使である。気紛れなミニブームかもしれないが、借りた本を並べてみます。・えんとつ町のプペル(2016年)・夏のルール(2014年)・かないくん(2014年)・ねこはい (2013年)・Rain Won't 雨ニモマケズ(2013年)・鳥の王さま(2012年)・ロスト・シング(2012年)・遠い町から来た話(2011年)・アライバル(2011年)・うみべのまち(2011年)・まっくら、奇妙にしずか(2008年)・カフカ田舎医者(2007年)・The ROALD DAHL Treasury(1997年)・目で見るグリム童話(1996年)・青い蓮(1993年)・オフ・オフ・マザー・グース(1989年)こう並べてみると、ショーン・タンの本が5冊もあります。いかにショーン・タンが衝撃的だったか分かるというものです。なお、このような絵本をグラフィック・ノベルとも言うそうです。R3:『ねこはい』を追加*******************************************************************【えんとつ町のプペル】西野亮廣著、幻冬舎、2016年刊<商品の説明>よりペン一本で描いたモノクロ絵本で世界を圧倒したキンコン西野が、業界の常識を覆す完全分業制によるオールカラー絵本!「信じぬくんだ。たとえひとりになっても。」<読む前の大使寸評>おお 一時期探していた絵本ではないか・・・ということで、即借りたのでおます。rakutenえんとつ町のプペル『えんとつ町のプペル』1*******************************************************************【夏のルール】ショーン・タン著、河出書房新社、2014年刊<「BOOK」データベース>よりきょうだいがいる人もいない人も大人も子供もみんなの心にじん、と残る『アライバル』『遠い町から来た話』のショーン・タンが描くあたらしい夏のものがたり。<大使寸評>すばらしい作品がならぶ、ショーン・タンの絵本の最新刊(2015年時点)です。不安感と郷愁が垣間見えるのは・・・・ディアスポラあるいは移民としての原点が見えるようです。ついでに、持論をひとこと・・・・強大な漢族と対峙するニッポンも、ディアスポラの不安感は他人事ではないわけです。rakuten夏のルール夏のルールbyドングリ*******************************************************************【かないくん】谷川俊太郎×松本大洋著、東京糸井重里事務所 、2014年刊<商品説明>よりある日、ともだちのかないくんが学校を休んだ。かないくんは親友じゃない。ふつうのともだち。日常に訪れた、はじめての“死”。死ぬって、ただここにいなくなるだけのこと?詩人、谷川俊太郎が、一夜で綴り、漫画家、松本大洋が、二年かけて描いた絵本。<大使寸評>松本大洋は、絵本に注力したいのか?rakutenかないくん松本大洋の世界byドングリ*******************************************************************【ねこはい】南伸坊著、青林工藝舎、2013年刊<「BOOK」データベース>より世界初! 猫が作った俳句絵本!!猫だってなかなかやるらしい。四季折々の世界を猫の目から見て俳句にしたらどんな感じ?<大使寸評>ぱらぱらとめくると、猫の絵がなかなかの味で・・・南さんの絵心に感心したのです。なお、文章のほうは5分ほどで読破いたしました。<図書館予約:(12/13予約、12/18受取)>amazonねこはい猫の絵と俳句をいくつか、見てみましょう。ひだまりで まんぷくである ごーしちごいちめんの ねこじゃらしなり われひとりどろぼうと ののしるこえを おいぬいてれんたんの もえるめつきの あかあおき東京イラストレーターズ・ソサエティのShinbo Minami「ねこはい」でねこの絵が見られます。*******************************************************************【Rain Won't 雨ニモマケズ】宮沢賢治、アーサー・ビナード、山村浩二著、今人舎、2013年刊<「BOOK」データベース>よりアニメーション作家・山村浩二の絵と詩人・アーサー・ビナードの新訳が出会う、本当の宮沢賢治の里山。ビナード,アーサー(Binard,Arthur)1967年、ミシガン州生まれ。高校時代に文学を志して詩を書き出し、ニューヨーク州のコルゲート大学に進んで英米文学を学ぶ。卒業と同時に来日、日本語でも詩作を始める。2001年、第一詩集『釣り上げては』(思潮社)が中原中也賞に選ばれる。2007年に『ここが家だーベン・シャーンの第五福竜丸』(集英社)で日本絵本賞、2013年に『さがしています』(童心社)で講談社出版文化賞絵本賞を受賞山村浩二1964年、名古屋市生まれ。子どものころから盛んに絵を描き、13歳で最初のアニメーションを制作。東京造形大学卒業後、自主制作をつづけながら独自の手法を見出し、2002年に発表した『頭山』がアヌシー国際アニメーション映画祭のグランプリに選ばれ、米国アカデミー賞にもノミネートされる。フランツ・カフカ原作の『カフカ田舎医者』で2007年オタワ国際アニメーション映画祭のグランプリを受賞。現在、東京藝術大学大学院教授<大使寸評>アーサー・ビナードさん英訳の「Rain Won't 雨ニモマケズ」とのこと。海外の読者に賢治のメッセージが伝わるとええな♪ということでおます。rakutenRain Won't 雨ニモマケズRain Won't 雨ニモマケズbyドングリ*******************************************************************【鳥の王さま】ショーン・タン著、河出書房新社、2012年刊<「BOOK」データベース>より『ロスト・シング』でオスカーを獲得、『アライバル』で世界中の読者を魅了した作家の想像力の源泉を集めて贈る魅惑のスケッチブック。<読む前の大使寸評>このところショーン・タンの本を追っかけているが、この本でショーン・タンの魅力の秘密がわかるかも?♪<図書館予約:(6/06予約、7/10受取)>rakuten鳥の王さま鳥の王さまbyドングリ*******************************************************************【ロスト・シング】ショーン・タン著、河出書房新社 、2012年刊<商品説明>より少年が海辺で出会った迷子は大きくて赤いだるまストーブとヤドカリとタコが合わさったような奇妙な生き物。街でも目立つのに誰もその存在に気づかない。アカデミー賞受賞映画の原作絵本! <大使寸評>日本で2012年に発刊されたこの絵本は、オーストラリアでは2000年に発刊されています。いわば、ショーン・タンの絵本の原点のようです。絵本であるが、大人向けのSF風イラストでもあるわけで・・・・優しいショーン・タンの持ち味がよく表れています。rakutenロスト・シングロスト・シングbyドングリ*******************************************************************【遠い町から来た話】ショーン・タン著、河出書房新社、2011年刊<「BOOK」データベース>より町のはずれに住んでいた水牛のこと、覚えている?誰にも愛されなかった物からペットを手作りすることや結婚までのとても危険な道のりの話、それから異次元からのちっちゃな交換留学生のことー。【著者情報】タン,ショーン(Tan,Shaun) 1974年オーストラリア生まれ。幼い頃から絵を描くことが得意で、学生時代にはSF雑誌で活躍。西オーストラリア大学では美術と英文学を修める。 これまでに発表したいずれの作品も卓越した内容と表現で評価が高く、オーストラリア児童図書賞など数々の賞を受賞。作品は世界中で翻訳出版されている。現代を代表する新進気鋭のイラストレーター、絵本作家として活躍する一方、舞台監督、映画のコンセプトアーティストとして活動の場を拡げている<大使寸評>この絵本に描かれた絵に、ディアスポラの不安感が表れているのです。もしかして、移民という著者の境遇が影響しているのかも。この絵本の装丁が素晴らしいが、オーストラリア版と河出書房新社版でどう違っているのだろうか?それから・・・ショーン・タン公式サイトを見てみると、クロスメディアのアーティストなんですね♪2011年には、The Lost Thingでアカデミー賞短篇アニメーション賞を受賞したんだそうです。rakuten遠い町から来た話遠い町から来た話byドングリ*******************************************************************【アライバル】ショーン・タン著、河出書房新社、2011年刊<「BOOK」データベース>より新たな土地に移民した者が、その土地で生まれ変わり、新生児のように成長していく。そこには過去の自分を捨てなければならない辛さと、新しい人生を歩むチャンスを手にした幸せとの両面がある。それをまるでサイレント映画のように一切の文字を使用せず表現した、究極の文字なし絵本。 <大使寸評>大型本でハードカバーであるので重厚感があり、表紙の装丁も古めかしくいい感じです。そして、なによりセリフが無い、絵ばっかりである。絵の中に意味不明の文字が描かれているが、新規に入国した移民にとっては読めないわけです。・・・セリフが無い、従って翻訳文もないわけで、絵本の中には読める文字が一切無いわけです。小さなコマ割りが並んだページは、サイレント映画の弁士の説明みたいなものでストーリーを補足してくれます。また映画といえば・・・移民船の到着はエリア・カザンが『アメリカ・アメリカ』でよく似たシーンを描いています。モノクロで全体的に暗く労働者の悲哀を描くということでは、テリー・ギリアム『未来世紀ブラジル』を彷彿とします。ま~、字のない絵本を飽きもせずながめているが、ひとえにショーン・タンの画力によるのでしょう♪個人的には、古代のヒエログリフに接するように、稀有な文化的体験であるが(笑)・・・・まるで、韓国で迷子になった時と同じで、シュールな趣きがあり、しびれるわけでおま♪Amazonアライバルアライバルbyドングリ*******************************************************************【うみべのまち】佐々木マキ著、太田出版、2011年刊<「BOOK」データベース>より漫画本のためか、データなし。<読む前の大使寸評>久々に、中央図書館まで遠出したところ、この本を見つけたのです。手にとると重量感のあるハードカバー製本で、定価2850円なりの豪華さに感激した次第です。この本では、吹き出し付きの作品と吹き出しなしの作品が収められているけど、どちらもええわけです。モノクロの絵を見ているだけでも鑑賞にたえられるわけで…線描画の達人と言うべきなんでしょうね♪rakutenうみべのまち佐々木マキの世界byドングリ*******************************************************************【まっくら、奇妙にしずか】アイナール・トゥルコウスキィ著、河出書房新社、2008年刊<「BOOK」データベース>よりいつの話なのか、どこの話なのか、いつかどこかで起こりそうな、雲をつかむような話。不思議な男は、きょうもどこかで漁りをつづけているーブラティスラヴァ世界絵本原画展グランプリ、レーゼペーター賞、トロイスドルフ絵本賞2席など、数々の賞を受賞。<読む前の大使寸評>3年間かけて400本の芯を消費してシャープペンシルだけで描かれた緻密な絵とのことで、見てみたいわけです。rakutenまっくら、奇妙にしずかまっくら、奇妙にしずかbyドングリ*******************************************************************【カフカ田舎医者】山村浩二×フランツ・カフカ著、プチグラパブリッシング、2007年刊<「BOOK」データベース>よりフランツ・カフカの傑作短篇をアニメーション作家山村浩二が映像化!田舎医者の孤独と不安、そして絶望を描いた本作をもとに、幾重にも重ねた原画によって見事なまでに描き出した、幻惑の世界に誘う山村浩二渾身の傑作。 <大使寸評>絵はいいのだが、とにかく解らないお話である。amazonカフカ田舎医者*******************************************************************【The ROALD DAHL Treasury】ロールド・ダール著、Puffin、1997年刊<カスタマーレビュー>よりこどもの本とくにロールドダールの本を多読したい大人向きです。英語はやさしくて、どのお話も短いので、ひとつひとつ読み進むと、読み応えがあります。挿絵もとってもかわいくて、いいですよ! 洋書を試したい初心者の大人の方にお勧めします。<読む前の大使寸評>この本は絵本でもあるわけで・・・当然、カラーの挿絵が満載で、見るだけでも楽しい本になっています。amazonThe ROALD DAHL Treasury『The ROALD DAHL Treasury』3:Survival『The ROALD DAHL Treasury』2:「The Enormous Crocodile」『The ROALD DAHL Treasury』1:「The Owl and the Pussy-Cat」*******************************************************************【目で見るグリム童話】野村ヒロシ著、筑摩書房、1996年刊<「BOOK」データベース>よりカラーで楽しむ『グリム童話』一枚絵の世界。いばら姫、蛙の王様、赤ずきん、ブレーメンの音楽隊、白雪姫…美しい図版と読みやすい翻訳で贈る16話。 <大使寸評>赤頭巾、白雪姫、シンデレラ、ブレーメンの音楽隊等が当時の絵柄で見られるのが、ええでぇ♪一枚絵(原語イラスト)のページ、訳文付きイラストのページとお話(文字だけ)のページの3パターンがあり、一枚絵では発刊当時の雰囲気まで伝わってきます。Amazon目で見るグリム童話目で見るグリム童話byドングリ*******************************************************************【青い蓮(タンタンの冒険旅行14)】エルジェ著、福音館書店、1993年刊<カスタマーレビュー>より1930年代の上海を舞台に、おなじみタンタンが悪徳日本軍人の陰謀に挑むという筋立て。不名誉な悪役とはいえ日本人が重要な役回りを務めているので、日本のタンタンファンには随一の必読書であろう。この当時のいわゆる魔都上海に関しては現在の日本でも関心が高く、数多くの本も出版されているが、このタンタン上海編は1930年代リアルタイムに執筆されたものなので、その点からも注目に値する。<大使寸評>大学の図書館でタンタンの全シリーズ見っけ♪・・・で、まず日中が描かれた『青い蓮』を借りたのです。国際連盟を脱退した頃の日本人が登場するのだが・・・ちょび髭で眼鏡をかけて悪賢いという典型的なプロトタイプなんですね(悪)タンタンのシリーズでは、わりと政治的イシューが見られて、異色の一冊ではないでしょうか。Amazon青い蓮(タンタンの冒険旅行14)TIN TIN タンタンの冒険byドングリ*******************************************************************<『オフ・オフ・マザー・グース』1>図書館で『オフ・オフ・マザー・グース』という本を、手にしたのです。おお 和田さんが訳したマザー・グースではないか・・・絵本はやはりイラストレーターが訳するのがええでぇ♪【オフ・オフ・マザー・グース】和田誠訳、筑摩書房、1989年刊<「BOOK」データベース>より和田誠の新訳60篇。原詩の韻にこだわって。やっぱりマザー・グースは面白い。<読む前の大使寸評>おお 和田さんが訳したマザー・グースではないか・・・絵本はやはりイラストレーターが訳するのがええでぇ♪rakutenオフ・オフ・マザー・グースお話しをひとつ、見てみましょう。p4~5<ねことヴァイオリン>ぎこぎこ ごりんねことヴァイオリン牝牛が月をとびこした子犬がそれ見て笑った そしてお皿がおさじと逃げだしたTHE CAT AND THE FIDDLEHey diddle, diddle,The cat and the fiddle,The cow jumped over the moon;The little dog laughedTo see such sport,And the dish ran away with the spoon.
2018.12.28
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図書館に予約していた『神の火』という本を、待つこと6日でゲットしたのです。『リヴィエラを撃て』でスパイ・アクションを描いた高村薫の男性的な筆力に驚いたのであるが・・・このクライシス小説も期待がもてるのである。【神の火】高村薫著、新潮社、1991年刊<「BOOK」データベース>より軍事施設なみの防護網。完璧にシールドされたコンピュータ制御機器。「不可能」のハードルを越えると、またひとつ「不可能」が二人の前に立ち塞がった…。超話題作『黄金を抱いて翔べ』から1年。高村薫は持ち前の科学知識を総動員して、原子炉に狙いを定めた。比類なきクライシス小説千枚。巨大な構築物に素手で立ち向かう男たちの、見果てぬ夢がここにある―。<読む前の大使寸評>『リヴィエラを撃て』でスパイ・アクションを描いた高村薫の男性的な筆力に驚いたのであるが・・・このクライシス小説も期待がもてるのである。<図書館予約:(12/15予約、12/21受取)>rakuten神の火読み始めると冒頭から原発の建設現場がでてくるのだが・・・加圧水型原発に関する用語や、鉄筋コンクリート打設に関する技術用語が続くのです。もとエンジニアの大使が読んでも、かなりハイレベルの知識が展開されているわけで、著者の広く深い勉強ぶりに、唖然とするのです。冒頭の語り口を、ちょっとだけ見てみましょう。p3~8<プロローグ> 男は地上20メートルの高さに組まれた単管の枠組足場を登り、一番上の作業床に乗ったところだった。「良ちゃん、寒うないんか」と、先に上がっていた仲間が声をかけた。 男は、夏も冬も作業着1枚で、安全のために軍手はつけているが、防寒用のアノラックは着たことがなかった。首に巻いたタオルは、夏は汗止め、冬は埃よけのためだが、皆が「日焼け止めか」と笑うとおり、男は、白磁を思わせる白さの肌を持っていた。 男は事実、寒いと感じたことはなかった。じっとりと湿った空気は、感覚的には「寒い」というより「重い」という方が合っていた。男は、軽く首を横に振った。仲間は「お前は若いさかいな」と吐き捨てて、鼻をすすった。 建設中の建屋は、すでに屋上まで型枠工事が終わり、その日は午前中に、屋上部分のスラブ配筋を済ませることになっていた。男に割り当てられているのは、鉄筋を種類別に所定の位置に仮置きすることであり、組み立ては熟練者の仕事だった。鉄筋は、場所ごとにフックや折り曲げの角度が違うので、ただ運ぶといっても、それほど漫然とやれる作業ではなかった。だが、そうして歩き回る間、自由にあたりを眺めるぐらいのひまはあり、ただそれだけの理由で、男は高いところへ上る作業を好んだ。 その建屋は、他のいくつもの棟とつながった巨大な施設の一部にすぎなかった。造成された40万平方メートルの敷地は、まだ大部分、整地もされず、建設中の一群の建屋と工事用の資材倉庫や販場と、林立するクレーンが雑然とした姿をさらしていた。敷地の背後は松と雑木の緩やかな山腹で、正面は、小さな湾を抱いた海だった。その湾は護岸工事の施された真新しい岩壁で囲まれ、北岩壁に作られた荷揚げ場には、800トン用のジンポールが立っている。湾の両側の海岸線は激しく切り立っている岩場になり、北端は音海断崖だ。 男が立っている建屋は、海岸の岩壁に面していた。南北200メートル、東西50メートルの屋根の下には、やがて、出力百十万キロワットのタービン発電設備が二基据えられることになっている。その建屋から続いた一段低い棟は、同じように型枠工事が終わっているが、そこは大型計算機の並ぶ中央制御室になる。そこから横に広がる大きな建屋は、細かな内部仕切りが造られていて、間もなく各種冷却器や、ほう酸水のタンクや、高・低圧注入ポンプなどが置かれ、数百の配管が走ることになる場所だった。 そしてその建屋の南北の両端には、半球型の屋根をもつ円筒型の巨大なドームが二つ、そびえ立っていた男がいるタービン建屋からはそれぞれ100メートル以上離れているが、直径45メートル、地上高40メートルのコンクリートの塊は、山側の視界を半分は遮っていた。 そのドームが完成したのは、ほかのどの建屋よりも早かった。円筒型の側壁に、半球形の鋼鉄製のドームライナーが被せられ、その上にコンクリートが打設されて屋根が出来上がったのは二年も前のことだ。円筒の側壁は今、周囲の足場と緑色の防護ネットで覆われているが、真新しい屋根は、灰白色の特殊コンクリートが異様に白々として美しかった。(中略) 湾の彼方に、小さな船が一隻浮んでいた。まるで、灰白色の雲の中から現れたかのようだ。エンジン音はどこか虚空へ流れ、船は一面の雲の海に浮いたまま、ほとんど止まっているように見えた。漁船だろうか。舳先は高浜に向いているが、どこの港を出てきたのだろう。 正午のサイレンが鳴り渡っていた。配筋の組み立ては、ほぼ終わりかけていた。手の空いた者が、足場を下り始めた。誰かが男の肩に手を置いた。昨日、よその現場から移ってきた男だった。 「あんた、良さんやろ? 北のトイレで待っとるから」と、その男は呟いた。『リヴィエラを撃て』4
2018.12.28
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2本立て館で観た映画を集めてみました。ま~個人的な鑑賞目次みたいなものです。R14:「年末特集#3:イタリアにて」を追記・年末特集#3:イタリアにてH30.12.26・大女優を偲んで・・・H30.11.24・穏やかに自己貫徹H30.10.18・雨降って・・・H30.10.03・ニクソン政権×パルシネマH30.8.22・彼らをつき動かすものH30.7.21・覚悟をもった嘘!H30.6.28・時空を超えて・・・H30.5.24・今年一番の「衝撃」と「温もり」H30.4.14・静と動・・・H30.3.16・【年末】掘り出し物特集H29.12.25・家族の歴史H29.10.04・子供たちのためH29.6.29・ヨーロッパの景観H28.11.18・噂と真実・・・H28.11.7・人生いたるところに青山ありH28.9.8・暑中お見舞い2本立てH28.8.15・新春の2本立てH28.1.1・仲間と家族、大切なのは絆・・・ H27.11.24・行動すると、何かが・・・ H27.11.03・使命を背負う者は・・・H27.10.04・家族以上の絆H27.8.04・初老向け二本立て映画H27.3.28・生きた証H26.10.30・不良老年2本立てH26.09.20・文芸2本立てH26.8.14・離婚の危機を乗りこえたH26.3.09・頑張るフランス女H26.2.06・大晦日に2本立て館へH26.1.5・豪華2本立てを観たH25.9.28・屋根裏部屋のマリアたちH25.4.24・「キリマンジャロの雪」と「星の旅人たち」H24.12.20・全天候型ロボジーと自称しているのでH24.8.11・マーガレット・サッチャー鉄の女の涙H24.7.8・ゴーストライターH24.4.11・ハートロッカー2010.09.07・グラントリノ2009.08.14・ナイロビの蜂(The Constant Gardener) 2006.09.21以降、折りをみて追記予定。 この鑑賞目次をつらつらと眺めてみると・・・2018年の書き込みが突出して多いのです。なんでやろ?と思うのだが、映画の数が増えたせいでもあるだろうし、何といっても大使が暇になったせいでしょうね。
2018.12.28
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図書館に予約していた『ぬかるんでから』という本を、待つこと5日でゲットしたのです。著者初めての短篇集とのこと。『イラハイ』を出している著者だけに、期待できそうである。【ぬかるんでから】佐藤哲也著、文藝春秋、2007年刊<「BOOK」データベース>より「これは奇跡に関する物語だ。」-洪水に苦しむ人々を救うため、愛する妻が“亡者”と交わした取引とは?鮮烈な余韻を残す表題作ほか、謎の圧死をとげた伯父の家での不思議な邂逅を描く「やもりのかば」、裏の空き地で少年が体験する不条理「夏の軍隊」など、美しく奇想天外な13の物語。<読む前の大使寸評>著者初めての短篇集とのこと。『イラハイ』を出している著者だけに、期待できそうである。<図書館予約:(12/13予約、12/18受取)>rakutenぬかるんでから短篇のなかから「ぬかるんでから」のさわりを、ちょっとだけ見てみましょう。p14~16<ぬかるんでから> 妻がどうやって生き延びていたのか、わたしにはわからない。水も食物も一切を拒んで石のようにうずくまり、身動きをまったくしようとしなかった。不安に駆られて傍によって肩を抱くと、妻の身体は暖かかった。吐息を漏らすこともあった。不思議なことに誰もが干涸びて死にかけていたのに、妻の肌には艶があった。誰もが痩せ細って息絶えようとしていたのに、妻の肌には張りがあった。妻は死者のように振る舞いながら、死からもっとも遠いところにいたのだ。 疑いを抱いて妻を調べようとした者がいた。食料を隠して夜の間に食べているのではないか、その男は声高にそう言った。それはないと確約する者がいた。すでに調べた者がいたのだ。ではなぜ息だけで生きているのか。よろめく足をどうにか動かし、周りにひとが集まってきた。近寄って妻に触れようとする者もいた。鼻を近づけて嗅ごうとする者もいた。わたしはその連中の目論みを阻んだ。 動かない妻のために、できることを夫がしたのだ。秘密を教えろと迫る者もいた。秘密はない、とわたしは言った。目の前にあることがすべてだ、これは奇跡かもしれない。その奇蹟によって、その女だけが生き残るのか。そう叫ぶ者もいた。そして我々は死ぬのか。そうなるだろう、とわたしは言った。ひとりの女が石を拾おうとしていた。ゆっくりと身を屈めて少しでも急げば命が縮まる。まるでそのような仕草で地面に向かって手を伸ばし、小石をひとつ拾い上げた。わたしは女を睨みつけた。女が石を捨てるまで、そうしていた。 三週間目を迎えるまでもなく、すでに事態は深刻だった。大半の者が動けなくなっていた。かれらが妻と違っていたのは、確実に死につつあるというその点でだった。そしてその点では、わたしもまったく同じだった。十五日目の夜明けまでに三人ノ者が決断を下し、救援を求めて丘を下りた。知らぬ間に出発したのだ。必ず戻るとの書き置きがあったが、期待する者はひとりもなかった。わたしたちは生き延びた者の数から、さらに三を引いた。 わたしたちがかつて知っていた世界では、町がひとつ泥に沈めば必ず翌朝には救援があった。もしそれが来ないのであれば、ほかにも沈んだ町があるということになる。待っていれば順番が来る、必ず来ると考えていたんおは最初の二日ほどだった。その翌日には沈んだものは町ではなく、国なのだと考えるようになっていた。次の二日間はその考えを打ち消して過ごし、7日目が過ぎる頃には滅んだものは国ではなく、この世界だと考えるようになっていた。 災厄の翌日に爆音だけを聞いたあの飛行機は、着陸する場所を見失っていたのかもしれない。地平に見えたあのきらめきは、泥に流される文明の残骸だったのかもしれない。だとすれば期待を持たせた音と光は、どちらもいまはぬかるみの下に埋まっていることになる。救いはない、それがわたしたちの結論だった。二十日目の朝を迎えるまでは。 二十日目の朝、そいつはやってきた。いや、やってくるのを見た者はひとりもいない。陽に乾いた泥を突然破り、立ち上がって現れた。亡者だった。のけぞるようにして高らかに笑い、自分の口でそう言ったのだ。「どうだ驚いたか、おれは亡者だ。偽りのないこの姿を見るがいい。髪は抜け落ちて残りはわずかだ。また伸ばそうにもこの頭には皮膚がない。目は目蓋を失った」ところで、その『イラハイ』という本が積読になっているので・・・年越しを機に、読んでみようかと思ったりするのだが。【イラハイ】佐藤哲也著、新潮社、1996年刊<「BOOK」データベース>より婚礼の日にさらわれた花嫁を追って、波瀾をのりこえて駆ける青年の冒険の物語…。「贅沢な遊び、これこそがファンタジー」と絶賛された新古典。第五回日本ファンタジーノベル大賞受賞作。 <大使寸評>面白そうな本であるが・・・とにかく、この本は改行のない文体なので、イラチな大使にとって、読みづらいのである。で、途中ストップで積読状態にあるのだが、暇になれば読もうと思っている。Amazonイラハイ
2018.12.27
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<年末特集#3:イタリアにて・・・2本立て館>お天気は、まあまあでんな。ちょっと寒いけど、くだんの2本立て館に繰り出したのです。今回の出し物は「フェリーニに恋して」と「いつだってやめられる」であり、館主の設けたテーマは「年末特集#3:イタリアにて」となっています。毎度のことながら、2作品を選ぶ館主のセンスには感心しているのですが、今回のテーマとしては、いいんじゃないでしょうか♪ちなみに、去年の年末には「【年末】掘り出し物特集」として「はじまりへの旅」と「ちょっと今から仕事やめてくる」が掛かっていて、出し物もどこか似ているのです。【フェリーニに恋して】タロン・レクストン監督、2016年米制作、H30.12.26観賞<Movie Walker作品情報>よりイタリア各地を舞台に巨匠F・フェリーニへのオマージュを散りばめたドラマ。母親に守られ、世間を知らずに育った20歳のルーシー。母の末期の病を知った彼女は自立を決心するが、うまくいかない。そんなとき、『フェリーニ映画祭』と題した劇場が目に入る。出演は、「ブラック・スワン」のクセニア・ソロ、「マックス・スティール」のマリア・ベロ。<大使寸評>この映画は、感傷的なイタリア旅行という意味では『旅情』を彷彿とするし、フェリーニ『道』へのオマージュになっているような作品でした。『道』では、ジェルソミーナが奏でるラッパのメロディが記憶に残って秀逸であったが、この『フェリーニに恋して』でも民謡「カタリ、カタリ」が2度ほど挿入されていて・・・映画音楽の威力にはマイッタ大使でおました♪movie.walkerフェリーニに恋してこの映画館では毎回、幕間にお昼の弁当を食べるのだが・・・・今回はダイエーで買ったおにぎりとサンドイッチでした♪【いつだってやめられる】シドニー・シビリア監督、2017年イタリア制作、H30.12.26観賞<Movie Walker作品情報>より落ちこぼれインテリ教授たちがドラッグ製造に手を染めるイタリア発コメディシリーズ最終章となる第3作目。服役中の神経生物学者ピエトロは、ある男が神経ガスによるテロを企てていることを突き止める。テロを阻止するため、ピエトロはかつての仲間を集める。出演は、「おとなの事情」のエドアルド・レオ、「人間の値打ち」のルイジ・ロ・カーショ、「暗黒街」のグレタ・スカラーノ。監督・原案・脚本は、シリーズ全作を手掛けているシドニー・シビリア。<大使寸評>過酷な経済状況を背景にして、大学教授たちが犯罪(すれすれ)に手を染めるというブラックな作品である。でも、こういうブラックさを笑い飛ばすのは案外とストレス発散になるんですね。movie.walkerいつだってやめられる【年末】掘り出し物特集・・・2本立て館パルシネマ上映スケジュール
2018.12.27
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このたび角幡唯介著『極夜行』が大仏次郎賞を受賞し、本屋大賞と合わせて2冠達成となったのです。とにかく『極夜行』には角幡さんのサバイバル感覚が余すことなく描かれているようで、すごい♪・・・で、この際、個人的に評価するサバイバル術を集めてみました。・極夜行(2018年)・火星で生きる(2018年)・サバイバルファミリー(2017年)・オデッセイ(2015年)・ニッチを探して(2013年)・TOKYO 0円ハウス 0円生活(2011年)・洞窟おじさん(2004年)・極限の民族(1967年)<ETV特集『極夜 記憶の彼方へ~角幡唯介の旅~』>先日(12/01)のETV特集『極夜 記憶の彼方へ~角幡唯介の旅~』を観たのだが、壮絶な内容であった。2018.12.01極夜 記憶の彼方へ~角幡唯介の旅~より 厳冬の北極圏で何か月も太陽が昇らない「極夜」。探検家・角幡唯介は、この暗闇と極寒の世界をたった一人で旅をした。自撮りカメラの映像と肉声でつづる壮絶な旅の記録! 厳冬の北極圏で何か月も太陽が昇らない「極夜」。探検家・角幡唯介は、この暗闇と極寒の世界をたった一人で旅をした。猛烈な吹雪に襲われて方角を知るすべを失い、食料が底を尽き生死の境をさまよう。 壮絶なサバイバルが繰り広げられた「極夜」の世界で、角幡は何を見たのか? 自撮りカメラには、極限の状態に置かれた人間の生々しい姿と肉声、そして人類のはるかな記憶に回帰していく探検家の思索の跡が収められていた。 出発早々に六分儀を失ったので、角幡さんは北極星と月と移動時間だけをたよりに備品デポ地点を目指すのですが、この自撮りレポートはほぼ全篇が暗い地底のような光景が続くのです。それだけに、冬至を過ぎて、地平線上に太陽が顔を出したときの感激がよく伝わったのです。相棒のソリ犬は精神安定剤の役目をはたす存在でもあったが、最悪状況では殺して食べることも考えていたと、サラっと語っていました。しかしまあ、角幡唯介の辞書には絶望という言葉は存在しないのか?あるいは危機に対してある種の鈍感モードに切り替わるのか? まあ、凄いわ。(孤独なサバイバルを耐える鈍感さがあり、自分の危機を客観視できる)・・・ということで、早速『極夜行』という本を図書館に借出し予約したのです。イラチな大使でおます。予約状況を見ると、入手できるのは半年後というところでしょうか。【極夜行】角幡唯介著、文藝春秋、2018年刊<「BOOK」データベース>よりひとり極夜を旅して、四ヵ月ぶりに太陽を見た。まったく、すべてが想定外だったー。太陽が昇らない冬の北極を、一頭の犬とともに命懸けで体感した探検家の記録。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/02予約、副本7、予約93)>rakuten極夜行 <『火星で生きる』6>図書館で『火星で生きる』という本を手にしたのです。表紙にTED Booksとシリーズ名が見えるとおり、いかにもアメリカの本でんな。…と、言いつつも借りた反米の大使でおます。【火星で生きる】スティーブン・ペトラネック著、朝日出版社、2018年刊<「BOOK」データベース>より 2027年、流線形の宇宙船が火星に降りていくーいまや問題は火星に「行く」ことから、そこでどう「暮らす」かへと移った。 イーロン・マスク、ジェフ・ベゾス、マーズワンといった民間プレーヤーが宇宙をめぐって激しく開発競争を展開するなか、新型ロケットやテラフォーミング技術など、火星移住に向けた準備は着々と進んでいる。駆り立てるのは地球の危機と人類の探求心。数々の科学誌編集長を歴任したジャーナリストが、宇宙開発史から環境的・経済的な実現可能性まで、「最後のフロンティア」火星の先にある人類の未来を活写する。<読む前の大使寸評>表紙にTED Booksとシリーズ名が見えるとおり、いかにもアメリカの本でんな。…と、言いつつも借りた反米の大使でおます。rakuten火星で生きる『火星で生きる』1:イントロダクション 夢p8~10【サバイバルファミリー】矢口史靖監督、2017年制作、2017.2.17観賞<movie.walker解説>よりある日突然、電気がなくなった世界を舞台に、とある家族のサバイバル生活を描く、矢口史靖監督によるコメディ。登場人物たちに次から次へとトラブルが降りかかる監督お得意の手法で物語が進行。バラバラだった一家が、過酷な生活を通して、絆を取り戻していく。一家の主を小日向文世、その妻を深津絵里が演じる。<観る前の大使寸評>矢口史靖監督の新作とあれば・・・観るしかないか♪movie.walkerサバイバルファミリー【オデッセイ】リドリー・スコット監督、2015年米制作<movie.walker作品情報>よりマット・デイモンが火星に取り残された宇宙飛行士を演じる、リドリー・スコット監督によるサバイバル・ドラマ。残り少ない酸素や食料をよそに、科学の力を武器に生き残ろうとする主人公ワトニーと、彼を火星に置き去りにしてしまった事を悔やみ、救出しようとする人々の葛藤や友情を描く。原作はアンディ・ウィアーのベストセラー小説。<観る前の大使寸評>ハリウッド映画を極力観ないようにしているのだが・・・リドリー・スコット監督のハードSF映画となると観ないわけにはいかないだろう。movie.walker【オデッセイ】【ニッチを探して】島田雅彦著、新潮社、2013年刊<「BOOK」データベース>より背任の容疑をかけられ、妻と娘を残し失踪した元銀行員の冒険。飢えに耐え、星を見ながら、草の上で眠り、雨に濡れ、虫に刺されながら、死者と対話したり、神に祈ったりし、なまった筋肉に鞭打ち、鈍った勘を研ぎ澄まし、わずかばかりの食料を調達してくる。所持金ゼロでも暮らせるニッチは何処にある?<読む前の大使寸評>元銀行員のホームレスの所持金ゼロの生活とは、如何なるものか♪パラパラめくると、どうやらミステリー調のエンタメ小説のようである。島田さんのエンタメ小説とやらは、いかなる趣きか・・・ということで借りたのです。amazonニッチを探して『ニッチを探して』1『ニッチを探して』2『ニッチを探して』3『ニッチを探して』4『ニッチを探して』5<『TOKYO 0円ハウス 0円生活』4>図書館で『TOKYO 0円ハウス 0円生活』という本を、手にしたのです。今、加村一馬著『洞窟おじさん』という本を借出し予約して半年以上も待っているのだが・・・要するに、金がなくても生きていくサバイバル術に関心があるわけです。この「洞窟おじさん」よりも現実味のあるサバイバル術がこの『TOKYO 0円ハウス 0円生活』に載っているだろうということでんがな♪【TOKYO 0円ハウス 0円生活】坂口恭平著、河出書房新社、2011年刊<「BOOK」データベース>より「東京では1円もかけずに暮らすことができる」-住まいは23区内、総工費0円、生活費0円。釘も電気も全てタダ!?隅田川のブルーシートハウスに住む“都市の達人”鈴木さんに学ぶ、理想の家と生活とは?人間のサイズに心地良い未来の暮らしを提案する、新しいサバイバルの知恵がここに。<読む前の大使寸評>今、加村一馬著『洞窟おじさん』という本を借出し予約して半年以上も待っているのだが・・・要するに、金がなくても生きていくサバイバル術に関心があるわけです。この「洞窟おじさん」よりも現実味のあるサバイバル術がこの『TOKYO 0円ハウス 0円生活』に載っているだろうということでんがな♪rakutenTOKYO 0円ハウス 0円生活『TOKYO 0円ハウス 0円生活』3:居住空間への拘り『TOKYO 0円ハウス 0円生活』2:鈴木さんとみっちゃん(続き)『TOKYO 0円ハウス 0円生活』1:鈴木さんとみっちゃん【洞窟おじさん】加村一馬著、小学館、2004年刊<作品情報>より昭和35年、13歳の少年は「両親から逃げたくて」愛犬シロを連れて家出した。以来、彼はたったひとりで、足尾鉱山の洞窟、富士の樹海などの山野で暮らしヘビやネズミ、コウモリに野ウサギなどを食らい命をつないできた。発見されたとき、少年は57歳になっていた。実に43年にわたる驚愕のサバイバル生活。―これは現代のロビンソン・クルーソーの記録である。<読む前の大使寸評>驚愕の自叙伝というか、平成の冒険的ドキュメンタリーではなかろうか。図書館で探してみよう。<図書館予約:6/07予約、副本2、予約37>amazon洞窟おじさん【極限の民族】本多勝一編、朝日新聞社、1967年刊<カスタマーレビュー>より昔々、朝日新聞に連載されていた新聞記事を切り取って今でも持っている。当時(中学生)、こんな経験が出来る新聞記者っていう職業を面白そうだと思ったけれど、エスキモーの生活でカリブーの内臓を食べる話を読んで早々にギブアップした。エスキモーからニューギニアそしてアラビアと今から考えたらかなりの短期間に3ヶ所に実際に住み込んでのルポルタージュである。全て本当に面白い。いたずらに学術っぽくなく内容が深い。<読む前の大使寸評>著者の芳名は知っているが、その著書を読むのは初めてかな。極限の3ヶ所がルポルタージュされているが、大使の個人的な関心はサバクに向かうわけです。rakuten極限の民族
2018.12.27
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図書館に予約していた『フーテンのマハ』という本を、待つこと約5ヵ月でゲットしたのです。 マハさんといえば、名画を題材にしたエッセイがおしゃれ♪・・・それを追っかけるミーハーな大使である。【フーテンのマハ】原田マハ著、集英社、2018年刊<出版社>よりモネやピカソなど、美術にまつわる小説をはじめ、精力的に書籍を刊行する著者、その創作の源は旅にあった!? 世界各地を巡り、観る、食べる、買う。さあ、マハさんと一緒に取材(!?)の旅に出よう!<読む前の大使寸評>マハさんといえば、名画を題材にしたエッセイがおしゃれ♪・・・それを追っかけるミーハーな大使である。<図書館予約:(8/06予約、12/21受取)>rakutenフーテンのマハおじさんたらしのようなマハさんを、見てみましょう。p117~119<親切なおじさんはタクシーに乗って> どうしてなのだろう、私は旅先で必ずと言っていいほど印象深い「おじさん」に出会う。もちろん、印象深いおばさんにも出会うけれど、圧倒的に印象深く、親切で、かつおもしろいのはおじさんなのだ。どういう法則が働いているのかわからないが、旅先で、いい人だなあ、おもしろいなあ、ときにはヘンだなあ、と感じるのはおじさんが多い。 見知らぬおじさんとの偶然の出会いが、そのまま人生を変える出会いになってしまったこともある。 私が小説を書き始めるきっかけになったのが、旅先でのある男性と「犬」との出会いだった。物書きになる前から、私はなんのあてもなくぶらりとフーテンの旅に出るのが常だったが、そのときも、もともと行く予定ではなかった沖縄の伊是名島という離島を訪れた。その前日に泊まった民宿の女将さんが「いいところだから行ってごらん」と勧めてくれたのだ。 それじゃあ行ってみようか、と出かけたところ、美しい浜辺で黒い犬と戯れる男性と出会った。と書けば読者の皆さんの脳内には玉山鉄二的イケメンが登場するかもしれないが、当然ながら一般人のおじさんだった。すごいのは犬のほうで、おじさんがサンゴの塊を海に投げると、ザンブと飛びこんで回収してくるのだ。 私は目をみはり、しばらく眺めていのたが、ついに好奇心に抗いきれずに話しかけた。「すごいですね、コノワンちゃん。なんていう名前ですか?」。するとおじさんは応えた。「カフーです」「おもしろい名前ですね、どういう意味ですか?」「沖縄の言葉で『幸せ』という意味ですよ」。その瞬間に、なにやら霊感じみたものが、すとーんと私の中に落ちてきた。 沖縄の離島の浜辺で、「幸せ」と言う名の犬に出会ってしまった。まさにこの瞬間、わがデビュー作『カフーを待ちわびて』が芽吹いたのだった。この島人おじさん、名嘉さんのネーミングセンンスが、私の作家人生を決定づけたと言ってもいい。何しろ、このとき出会った犬の名前が「クロ」とか「ジョン」とか「シーサー」とかだったら、きっと私はなんの霊感も得ることなく、小説を書き始めるにいたらなかっただろう。 沖縄では、土地柄のせいか、ほかにもさまざまなおもしろいいじさんに出会った。漁師のカツオさんも忘れられないひとり。何しろ名前がカツオさん。素潜り漁の名手で、「おれは魚の友だちだからさ」と言う。友だちなんだけど獲って食べちゃうのだ。このカツオさんとは前述の民宿で出会ったのだが、めちゃくちゃ濃い眉毛と凸凹の激しい目鼻立ち、筋骨隆々、真っ黒に日焼けしていて、まったく年齢不詳の上、国籍もわからないくらいだった。べらぼうに酒が強くて、三線も歌もうまい。 さぞや女性にモテるだろうなあ、と思っていたら、1年後に再会したとき、妙齢の女性を連れていた。くだんの民宿の女将さんによると、女性は神戸出身のバツイチで、傷心を抱えて沖縄旅行をしていたところ、カツオさんと巡り会ってしまったのだという。ちなみにカツオさんは堂々のバツヨン。魚ばかりではなく、女性をモノにするのも名手のようだ。カツオさんは作家デビューをして沖縄に戻ってきた私のために、「カフー節(幸せ音頭)」なる民謡を披露してくれた。まったくめでたいおじさんであった。『フーテンのマハ』1
2018.12.26
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図書館に予約していた『フーテンのマハ』という本を、待つこと約5ヵ月でゲットしたのです。 マハさんといえば、名画を題材にしたエッセイがおしゃれ♪・・・それを追っかけるミーハーな大使である。【フーテンのマハ】原田マハ著、集英社、2018年刊<出版社>よりモネやピカソなど、美術にまつわる小説をはじめ、精力的に書籍を刊行する著者、その創作の源は旅にあった!? 世界各地を巡り、観る、食べる、買う。さあ、マハさんと一緒に取材(!?)の旅に出よう!<読む前の大使寸評> マハさんといえば、名画を題材にしたエッセイがおしゃれ♪・・・それを追っかけるミーハーな大使である。<図書館予約:(8/06予約、12/21受取)>rakutenフーテンのマハマハさんは神戸で学生時代を過ごしたそうで・・・神戸市民としては気になるのです。p126~129<永遠の神戸> 学生時代を過ごした街・神戸は、エキゾチックでレトロな雰囲気のある街として知られる。グローバル化の進んだ現在では、何をもって「エキゾチック」というのかは不明だが、昔もいまも、どこかしら日本的ではないムードが漂っているのは事実だ。「レトロ」というのも、ひょっとすると「頑固に変わらない」と言い換えることができるかもしれない。つまり、昔のまんま変わらずにいる、それでいてそれがたまらなくすてきだ・・・そういう街である。 最も多感で、かつ最も貧乏だった時代をこの街で過ごしたことによって、私という人間の根幹が形成されたのだといまでは思っている。 80年代、神戸はふたつの意味で魅力的だった。ひとつは、私の同世代の女性たちが「神戸ガール」と呼ばれて、人一倍新しいものに飛びつき、颯爽とおしゃれして、日本中の女性が憧れるファッションリーダーになっていたこと。もうひとつは、ファッションリーダーには決してなれない私のような部外者も、ぶらぶら歩くだけでじゅうぶん楽しめる要素が街に溢れていたこと。新しいモノと古いモノの共存が、絶妙に成立している街なのだ。 大学生の私は、番今日はそこそこに、生活費を稼ぐためにいくつものバイトを掛け持ちしていた。ゆえに毎日が忙しく、デートもショッピングも旅行もできない身分だった。そんな私が唯一の楽しみにしていたのが、神戸の街をあてもなくぶらぶら歩くことだった。 青春の頃も、大人になってからも変わりなく、神戸ほどぶらぶら歩くのにふさわしい街はない。気がつくと、三ノ宮駅から元町駅、さらに神戸駅へと、JR神戸線の駅を三つ分くらい歩いてしまう。線路の高架下にきゅうきゅうと肩を寄せ合うようにひしめき合い、延々と続く店先をひやかしながら進むのが楽しい。 神戸から元町へと一駅戻って、元町商店街へと歩いていくと。古くからのコーヒーショップやパン屋、インポートものの靴店、子供服のブティック、さらには南京町。スクランブル交差点の向こうにそびえ立つのは大丸神戸店。その向こうへと進んでいくと、かつて外国人が多く住んでいたという旧居留地が見えてくる。古めかしい石造りの建物の多くは、いまではしゃれたブティクやレストランに様変わりしている。その先には、細長くて赤い鼓のような形の神戸ポートタワーが悠然と立つ、メリケンパークにたどりつく。 カモメの舞い飛ぶ波止場にたたずんで、いま歩いてきた方向を振り向く瞬間が、長い散歩のハイライトだ。北の空には六甲山の山並みが青々と、まるで舞台背景のように横たわっている。山並みから海まではなだらかな傾斜になっていて、ジオラマのごとき神戸の街が広がっている。南に向かってひらけているので、天気のよい日中に眺めると、建物が日差しに白く輝いて見える。 私はよくこうして三ノ宮や元町からメリケン波止場までずんずん歩いて、振り返って街を眺める瞬間を楽しみにしていた。朝靄の中、眠りから覚める街。夕焼けに赤く染まる街。雨に煙る街。そして夜、輝く宝石箱に変わる街。 たとえ財布の中が寒くたって、未来が霧の中にあったって、神戸の街を歩き、街を呼吸し、街を眺めれば、いつだって元気になれた。いまにして思えば、あれほど目新しくてゴージャスな体験は他にはなかったのではないか。古い街並みを歩くたびに、いつも新しい発見があった。おしゃれな老マダムとすれ違ったり、ケーキ屋に新作のケーキが並んだり、花屋の店先で季節の花が香っていたり、古いビルの入り口のサインのかっこいいデザインに気づいたり。そのすべてが、私のものだったのだ。 神戸の街は、たしかにあの頃、私のものだった。あの街に住んでいるすべての人が、きっと私と同じように思っていたに違いない。不思議な包容力と磁力を持ち合わせた、まったく稀有な街だと思う。 いまでも二年に一度ほど、なつかしい神戸へと私は舞い戻る。そのたびに訪れる場所が、メリケンパーク以外に三つある。 ひとつは、欧風料理店「もん」。すばらしくおいしいとんかつを食べさせてくれる老舗レストランで、神戸の住人であれば知らぬ人はいないんじゃなかと思う。なんでも神戸港が開港した頃から存在しているという、由緒正しき老舗である。ここのとんかつ定食を食べずして神戸を去るなかれ。 素朴な風合いの皿の上に、海老フライのような形をしたヒレカツが5、6個と、脇を固めるのはカレー風味のゆでキャベツ。サクサクの衣の中には熱々のやわらか肉。これをはふはふといただく瞬間の幸せたるや。ウン マハさんのテイストに何となく親近感を感じていたのは・・・彼女が一時期、神戸ですごし神戸の空気を吸っていたせいだったようですね。欧風料理店「もん」なんて大使は知らなかったでぇ、とにかく神戸の魅力を完璧に紹介してくれています。
2018.12.26
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『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・加村一馬著『洞窟おじさん』(6/07予約、副本2、予約37)現在9位・サピエンス全史(上)(10/11予約、副本25、予約151)現在61位・the four GAFA 四騎士が創り変えた世界(10/13予約、副本5、予約83)現在55位・山尾悠子『飛ぶ孔雀』(11/08予約、副本4、予約26)現在19位・更科巧「絶滅の人類史」(11/18予約、副本9、予約67)現在54位・三浦しおん「愛なき世界」(11/25予約、副本23、予約366)現在335位・角幡唯介「極夜行」 (12/02予約、副本7、予約93)現在89位・多和田葉子「献灯使」(12/09予約、副本4、予約94)現在94位・サピエンス全史(下)(12/25予約、副本23、予約122)<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・8月の果て・ある日うっかりPTA(副本4、予約39)<予約候補>・大東建託の内幕・いしいしんじ『トリツカレ男』・多和田葉子「エクソフォニー」・高橋源一郎『読んじゃいなよ』・莫言『転生夢現』・銃・病原菌・鉄(上)・装丁/南伸坊・井本三夫『米騒動という大正デモクラシーの市民戦線』・トランスヒューマンガンマ線バースト童話集:図書館未収蔵・文明に抵抗した弥生の人びと:図書館未収蔵・「月夜のでんしんばしら」谷川雁、C.W.ニコル:図書館未収蔵・Coloring in Wadaland―和田誠カラー作品集:図書館未収蔵・高橋源一郎『ニッポンの小説』:以前に借りている・浅田次郎『天子蒙塵1~3』:図書館未収蔵・阿刀田高『ギリシア神話を知っていますか』:芸工大に収蔵・阿刀田高『裏声で歌へ君が代』・重松清『ビタミンF』:阿刀田さんが「セッちゃん」をお奨め・デジタルエコノミーはいかにして道を誤まるか:図書館未収蔵・カズオ・イシグロ著『癒されざる者たち』:図書館未収蔵・『ウォルマートがアメリカをそして世界を破壊する』:図書館未収蔵・ネルケ無方著『迷える者の禅修業』・ボリス・ヴィアン著『うたかたの日々』:芸工大に収蔵・『一汁一菜でよいという提案』・中島岳志著『血盟団事件』・・・西図書館の棚で見た・『排除と抵抗の郊外 フランス〈移民〉集住地域の形成と変容』・フィールドサイエンティスト 地域環境学という発想・禁じられた歌(田)<予約分受取:11/02以降> ・堀田善衛『方丈記私記』(10/26予約、11/02受取)・ロアルド・ダール『飛行士たちの話』(11/05予約、11/09受取)・南伸坊「オレって老人? 」(11/20予約、11/25受取)・与那覇潤『知性は死なない』(7/25予約、12/09受取)・谷川雁「極楽ですか」 (12/01予約、12/09受取)・半藤一利『歴史と戦争』(7/11予約、12/09受取)・佐藤哲也「ぬかるんでから」(12/13予約、12/18受取)・南伸坊「ねこはい」 (12/13予約、12/18受取)・高村薫「神の火」 (12/15予約、12/21受取)・原田マハ『フーテンのマハ』(8/06予約、12/21受取)【洞窟おじさん】加村一馬著、小学館、2004年刊<作品情報>より昭和35年、13歳の少年は「両親から逃げたくて」愛犬シロを連れて家出した。以来、彼はたったひとりで、足尾鉱山の洞窟、富士の樹海などの山野で暮らしヘビやネズミ、コウモリに野ウサギなどを食らい命をつないできた。発見されたとき、少年は57歳になっていた。実に43年にわたる驚愕のサバイバル生活。―これは現代のロビンソン・クルーソーの記録である。<読む前の大使寸評>驚愕の自叙伝というか、平成の冒険的ドキュメンタリーではなかろうか。図書館で探してみよう。<図書館予約:6/07予約、副本2、予約37>amazon洞窟おじさん【サピエンス全史(上)】ユヴァル・ノア・ハラリ著、河出書房新社、2016年刊<「BOOK」データベース>よりなぜホモ・サピエンスだけが繁栄したのか?国家、貨幣、企業…虚構が文明をもたらした!48ヶ国で刊行の世界的ベストセラー!【目次】第1部 認知革命(唯一生き延びた人類種/虚構が協力を可能にした/狩猟採集民の豊かな暮らし/史上最も危険な種)/第2部 農業革命(農耕がもたらした繁栄と悲劇/神話による社会の拡大/書記体系の発明/想像上のヒエラルキーと差別)/第3部 人類の統一(統一へ向かう世界/最強の征服者、貨幣/グローバル化を進める帝国のビジョン)<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(10/11予約、副本25、予約151)>rakutenサピエンス全史(上)【the four GAFA 四騎士が創り変えた世界】スコット・ギャロウェイ著、東洋経済新報社、2018年刊<「BOOK」データベース>より激変を預言した著名教授が断言。次の10年を支配するルール。【目次】1章 GAFA-世界を創り変えた四騎士/2章 アマゾンー1兆ドルに最も近い巨人/3章 アップルージョブズという教祖を崇める宗教/4章 フェイスブックー人類の1/4をつなげた怪物/5章 グーグルー全知全能で無慈悲な神/6章 四騎士は「ペテン師」から成り上がった/7章 脳・心・性器を標的にする四騎士/8章 四騎士が共有する「覇権の8遺伝子」/9章 NEXT GAFA-第五の騎士は誰なのか/10章 GAFA「以後」の世界で生き残るための武器/11章 少数の支配者と多数の農奴が生きる世界<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(10/13予約、副本5、予約83)>rakutenthe four GAFA 四騎士が創り変えた世界【飛ぶ孔雀】山尾悠子著、文藝春秋、2018年刊<「BOOK」データベース>より庭園で火を運ぶ娘たちに孔雀は襲いかかり、大蛇うごめく地下世界を男は遍歴する。伝説の幻想作家、待望の連作長編小説。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/08予約、副本4、予約26)>rakuten飛ぶ孔雀【絶滅の人類史】更科功著 、NHK出版、2018年刊<「BOOK」データベース>より700万年に及ぶ人類史は、ホモ・サピエンス以外のすべての人類にとって絶滅の歴史に他ならない。彼らは決して「優れていなかった」わけではない。むしろ「弱者」たる私たちが、彼らのいいとこ取りをしながら生き延びたのだ。常識を覆す人類史研究の最前線を、エキサイティングに描き出した一冊。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/18予約、副本9、予約67)>rakuten絶滅の人類史【愛なき世界】三浦しをん著 、中央公論新社、2018年刊<「BOOK」データベース>より恋のライバルは草でした(マジ)。洋食屋の見習い・藤丸陽太は、植物学研究者をめざす本村紗英に恋をした。しかし本村は、三度の飯よりシロイヌナズナ(葉っぱ)の研究が好き。見た目が殺し屋のような教授、イモに惚れ込む老教授、サボテンを巨大化させる後輩男子など、愛おしい変わり者たちに支えられ、地道な研究に情熱を燃やす日々…人生のすべてを植物に捧げる本村に、藤丸は恋の光合成を起こせるのか!?道端の草も人間も、必死に生きている。世界の隅っこが輝きだす傑作長篇。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/25予約、副本23、予約366)>rakuten愛なき世界【極夜行】角幡唯介著、文藝春秋、2018年刊<「BOOK」データベース>よりひとり極夜を旅して、四ヵ月ぶりに太陽を見た。まったく、すべてが想定外だったー。太陽が昇らない冬の北極を、一頭の犬とともに命懸けで体感した探検家の記録。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/02予約、副本7、予約93)>rakuten極夜行【献灯使】多和田葉子著、講談社、2014年刊<「BOOK」データベース>より鎖国を続ける「日本」では老人は百歳を過ぎても健康で、子供たちは学校まで歩く体力もないー子供たちに託された“希望の灯”とは?未曾有の“超現実”近未来小説集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/09予約、副本4、予約94)>rakuten献灯使【サピエンス全史(下)】ユヴァル・ノア・ハラリ著、河出書房新社、2016年刊<「BOOK」データベース>より文明は人類を幸福にしたのか?帝国、科学、資本が近代をもたらした!現代世界の矛盾を鋭くえぐる!【目次】第3部 人類の統一(宗教という超人間的秩序/歴史の必然と謎めいた選択)/第4部 科学革命(無知の発見と近代科学の成立/科学と帝国の融合/拡大するパイという資本主義のマジック/産業の推進力/国家と市場経済がもたらした世界平和/文明は人間を幸福にしたのか/超ホモ・サピエンスの時代へ)<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/25予約、副本23、予約122)>rakutenサピエンス全史(下)【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死【8月の果て】柳美里著、新潮社、2007年刊<「BOOK」データベース>より日本統治下の朝鮮・密陽に生を受け、マラソンでの五輪出場を目指した亡き祖父・李雨哲。そのうしろ姿を追い、路上を駆けることを決意した柳美里。ふたりの息づかいが時空を越えて重なる瞬間、日本と朝鮮半島のあわいに消えた無数の魂が封印を解かれ、歴史の破れ目から白い頁に甦る。偉丈夫の雨哲と美丈夫の弟・雨根。血族をめぐる、ふたつの真実の物語が、いま日本文学を未踏の高みへと押し上げる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>rakuten8月の果て図書館予約の軌跡147予約分受取目録R18好書好日トップ図書館情報ネットワーク 蔵書検索システム図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・ウィキペディアでめぼしい著作を探す
2018.12.26
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図書館で『朝鮮幽囚記』という東洋文庫を、手にしたのです。昨今では韓国から「歴史認識」を突きつけられる日本であるが、では、オランダ商人が見た李朝朝鮮、江戸期の日本はどんなだったか・・・興味深い本である。先頃『韃靼漂流記』という東洋文庫を読んだが、これら二つの記録ではオランダ人と日本人という違いがあるにしろ遭難時に体験した朝鮮がどんなだったか比較してみるのも面白いと思うのです。【朝鮮幽囚記】ヘンドリック・ハメル著、平凡社、1969年刊<カスタマーレビュー>より江戸時代、長崎に来るはずのオランダ商船が東シナ海で遭難、30数名の乗組員が李王朝時代の朝鮮に長年に亘って幽囚の身と成ったとき、彼等の目で見た当時の朝鮮を書き残している貴重な歴史的書物。後年英国の旅行家イサベラ・バードが書き残した20世紀初頭の朝鮮の状況と殆ど変わらない姿に、我が国同様に長年鎖国を堅持した朝鮮の、新しい時代の流れを自力で吸収しようとしなかった国の姿を見ることが出来た。<読む前の大使寸評>昨今では韓国から「歴史認識」を突きつけられる日本であるが、では、オランダ商人が見た李朝朝鮮、江戸期の日本はどんなだったか・・・興味深い本である。amazon朝鮮幽囚記長崎到着からオランダへの帰還あたりを、見てみましょう。p69~72<一六六六年> 彼等はそこで私たちの船を大きな錨と太い綱でしっかりともやって、見張りの小舟で厳重に監視しました。彼等は前に連行した男の他にもう一人を連行し、二人を上陸させて尋問しましたが、お互いに理解することはできませんでした。陸上では大騒ぎをしていましたが、人々はかならず一本か二本の刀を帯びているようでした。私たちはお互いに悲しい目を見合わせて、いよいよ捕らえられたのだと観念しました。彼等は長崎の方角を指して、同地には我が国の船と国民とがいるのだということを手真似で示そうとしていました。彼等はこれで私たちを慰めようとしてはいたのですが、私たちを疑っていないというわけではなく、ちょうど捕らえた時のように逃げることができなくして、安心するつもりだったのでした。 夜に入ると大きな船が湾に入って来て、私たちを乗船させました。後で長崎で聞いたところによりますと、その船には同地まで私たちを連れて行ってくれた、この群島の第三番目の人物がいたということでした。彼は私たちを見て、私たちがオランダ人であるとはっきり言明しました。そして長崎には五隻の船が入っていて、私たちは四、五日中にそこに連れて行かれるのだということを手真似で説明してくれました。 ここは五島で、住民は日本人で、皇帝の支配下にあるということで、私たちはたいへん安心しました。彼等はどこから来たのかと手真似で聞きますので、どこから来たのかを手真似でできる限り説明しました。すなわち私たちは朝鮮から来たのであって、十三年前に船が難破し、現在は同胞の許に帰るために長崎に行こうとしているのだと説明したのです。この時には私たち一同は少々気をとりなおしてきたのですが、まだ恐怖が残っていました。というのは、朝鮮人は私たちに、日本の島々に漂着した外国人はかならず殺されてしまうと教え込んでいましたし、未知の海を四十マイル以上も古く脆い船で航海して来たばかりだったからです。 九月九、十、十一日は碇泊し、船上でも、陸上でも前に述べたとおり厳重に監視されました。彼等は私たちに副食物や飲料水や薪その他の必要品を支給し、また雨が激しく降りましたので、船内が濡れないように藁むしろで屋根を張ってくれました。 九月十二日。私たちの長崎への旅行に必要な準備が完了しました。私たちは正午に錨をあげて、夕方にはある島の内側に到着し、村の正面に投錨しました。私たちはその夜はそこに碇泊しました。(中略) 九月十四日。私たちは全員一緒に上陸させられました。そして会社の通訳から歓迎を受けました。彼は私たちにあらゆる事柄を質問しました。それは彼等によって紙に記録されて奉行に提出されました。正午頃私たちは奉行の前に呼び出されました。 総督は私たちが自由を求め、これほど広い海を、このように小さく、古く、そして脆い船で危険を冒して横断してその自由を得たことを賞讃し、通訳に、私たちを出島の商館長の所に連れて行くように命じました。 そこに着きますと、商館長ウィルレム・フォルヘル閣下、次席ニコラス・デ・ローイ閣下および居合わせた使用人の方々から鄭重なもてなしを受け、ふたたびオランダ風の衣服を身につけました。人々は全能の神に対して、幸運の恩寵と、長期間の健康を与えられたことについて感謝を捧げました。(中略) 十月一日にフォルヘル閣下は出島を離れ、同月二十三日七隻の船を率いて湾を出発されました。私たちはこれらの船を悲しみとともに見送りました。というのは、それまでは閣下と一緒にバタビアに航海できるとばかり想像していたのですが、長崎奉行によって一年間滞在させられることになったからです。(中略) 一六六七年。十月二十三日、正午頃、新奉行の着任とともに出発の許可を得ることができました。私たちは夕方フライト船デ・スプレーウ号に乗船し、フライト船デ・ウィッテ・レーウ号と船団を組んで出発することになりました。 十月二十五日。夜明けとともに錨をあげて長崎港を出発しました。[私たちは1667年12月28日にバタビアを出帆し、ほとんど支障なく1668年7月20日にアムステルダムに到着しました]この本も朝鮮紀行あれこれに収めるものとします。『朝鮮幽囚記』5:朝鮮人の性癖や貿易『朝鮮幽囚記』4:朝鮮の家屋、家具『朝鮮幽囚記』3:朝鮮国王への謁見とか、かの地での任官『朝鮮幽囚記』2:朝鮮人との遭遇『朝鮮幽囚記』1:遭難時の状況
2018.12.25
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図書館で『朝鮮幽囚記』という東洋文庫を、手にしたのです。昨今では韓国から「歴史認識」を突きつけられる日本であるが、では、オランダ商人が見た李朝朝鮮、江戸期の日本はどんなだったか・・・興味深い本である。先頃『韃靼漂流記』という東洋文庫を読んだが、これら二つの記録ではオランダ人と日本人という違いがあるにしろ遭難時に体験した朝鮮がどんなだったか比較してみるのも面白いと思うのです。【朝鮮幽囚記】ヘンドリック・ハメル著、平凡社、1969年刊<カスタマーレビュー>より江戸時代、長崎に来るはずのオランダ商船が東シナ海で遭難、30数名の乗組員が李王朝時代の朝鮮に長年に亘って幽囚の身と成ったとき、彼等の目で見た当時の朝鮮を書き残している貴重な歴史的書物。後年英国の旅行家イサベラ・バードが書き残した20世紀初頭の朝鮮の状況と殆ど変わらない姿に、我が国同様に長年鎖国を堅持した朝鮮の、新しい時代の流れを自力で吸収しようとしなかった国の姿を見ることが出来た。<読む前の大使寸評>昨今では韓国から「歴史認識」を突きつけられる日本であるが、では、オランダ商人が見た李朝朝鮮、江戸期の日本はどんなだったか・・・興味深い本である。amazon朝鮮幽囚記朝鮮人の性癖や貿易あたりを、見てみましょう。p52~54<この国民の誠実、不誠実および勇気について> 彼等は盗みをしたり、嘘をついたり、だましたりする強い傾向があります。彼等をあまり信用してはなりません。他人に損害を与えることは彼等にとって手柄と考えられ、恥辱とは考えられていません。したがってある人が取引でだまされた場合、その取引を破棄することができるという習慣があります。 馬や牛の場合は3、4ヶ月過ぎると時効になります。土地や不動産の場合は引渡しの行なわれる前であれば破棄することができます。彼等は親切で、信仰心の篤い人々です。私たちは彼等に対し、私たちが何を希望しているかを完全に納得させることができました。人々、特に僧侶は外国人に好意を持っています。彼等は女のような心を持っています。信仰篤い人々は、かなり昔のこと、日本人がやって来て、彼等の王を殺し、町や村を焼き払ったり、破壊したりした時に・・・と私たちに語りました。 オランダ人ヤン・ヤンスゾーンは、タルタル人が氷を踏んでやって来てこの国を占領した時に、多くの人々が森の中で縊死していたと私たちに語りました。彼等は敵に殺されるよりもむしろこの方を選んだのです。したがってこれは何ら恥辱とは見なされず、多くの人々は、彼等はやむをえずそうしたのだといって彼等をあわれみます。 またオランダ、イギリス、あるいはポルトガルの船が日本に向けて航海していて、朝鮮の近海を漂流することがよくありますが、彼等は戦争用のジャンクでそれを捕らえようと試みます。しかし、つねに衣服を汚すだけで目的を達せずに引き返します。彼等は血を見ることを嫌います。誰かが足許に倒れたりすると、人人は急にそこから走り出してしまいます。 彼等は病人、特に伝染病患者を非常に嫌います。病人はただちに自分の家から町あるいは村の外に出され、そのために作られた藁ぶきの小屋に連れて行かれます。そこには彼等を看病する者の外には誰も訪れませんし、誰も彼等と話をしません。その傍を通る者は必ず病人に向かってつばを吐きます。(中略) 病人が出た家あるいは村にはただちに松明で垣根が作られ、病人がいる家の屋根にはそのような松明がいっぱい立てられて、知らない人に対する標識とされます。<当地で行なわれている外国人との貿易および国内での商業について> 当地には対馬島の日本人以外には貿易に来ません。彼等は東南部の釜山市に商館を持っています。それは、同島の領主に所属しているもので、当地に胡椒、蘇木、明礬、牛角、鹿皮、鮫皮およびその他の多くの品物を持って来ます。それらは我々オランダ人および中国人によって日本にもたらされた物です。 彼等はそれと引き替えに当地で産出して日本で要求されている商品を入手します。当国民は北京およびシナの北部でも若干の貿易を行ないますが、陸路を馬で行かねばなりませんので、大変な費用がかかります。(中略) この国はタルタル人がこの国の主人となるまでは、非常に豊かで楽しい国で、人々は食事や飲酒や、その他考えられるあらゆる楽しみぬふけってばかりいましたが、現在では日本人とタルタル人のために国土が非常に荒されてしまいましたので、凶作の年には食料が充分に行き渡るかどうか危うい状態です。それは彼等が重い貢物を、特にタルタル人に納めなければならないからで、タルタル人は通常年に三回それを徴収に来ます。彼等は十二の国すなわち王国しか知りません。 彼等のいうところに従うと、シナはその支配者であり、その他の諸国は昔はシナに貢物を納めなければなりませんでしたが、現在ではそれぞれの主人がいるということです。何故ならば、タルタル人はシナを支配はしましたが、他の国を支配下に置くことができなかったからだということです。 彼等はタルタル人を勅使とかオランカイとか呼びます。彼等は我が国を南蛮国と呼びます。それは日本人がポルトガル人を呼ぶ名称ですが、彼等は我々オランダ人やオランダのことを何も知らず、日本人から南蛮国という名称を教わったのです。この名称は煙草を通じて彼等の大部分に知られています。しかし5、60年前までは彼等はそれを知りませんでした。 彼等は喫煙の習慣と煙草の栽培の方法を日本人から学んだのです。そして日本人は彼等に対して、その種子は最初南蛮国から来たのだと語りましたので、現在でもまだ多くの人が煙草のことをナムパンコイと呼んでいます。当地では喫煙の風習が盛んになり、4、5歳の子供も喫煙しますし、現在では男でも女でも喫煙しない人は非常に稀です。煙草が当地に輸入された時、彼等はパイプ1本につき銀1マスか、これと同じ価格の品物を支払いました。ウーム タバコをやらない人が稀なのか。当時のタルタル人(満州族)、漢族、朝鮮人、日本人の通商や力関係がよくわかるレポートですね。遭難した南蛮人にとっては大陸は怖い所であり、その点、日本は安全だったようですね。「窮鳥、ふところに入れば」でんがな。『朝鮮幽囚記』4:朝鮮の家屋、家具『朝鮮幽囚記』3:朝鮮国王への謁見とか、かの地での任官『朝鮮幽囚記』2:朝鮮人との遭遇『朝鮮幽囚記』1:遭難時の状況
2018.12.25
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図書館で『朝鮮幽囚記』という東洋文庫を、手にしたのです。昨今では韓国から「歴史認識」を突きつけられる日本であるが、では、オランダ商人が見た李朝朝鮮、江戸期の日本はどんなだったか・・・興味深い本である。先頃『韃靼漂流記』という東洋文庫を読んだが、これら二つの記録ではオランダ人と日本人という違いがあるにしろ遭難時に体験した朝鮮がどんなだったか比較してみるのも面白いと思うのです。【朝鮮幽囚記】ヘンドリック・ハメル著、平凡社、1969年刊<カスタマーレビュー>より江戸時代、長崎に来るはずのオランダ商船が東シナ海で遭難、30数名の乗組員が李王朝時代の朝鮮に長年に亘って幽囚の身と成ったとき、彼等の目で見た当時の朝鮮を書き残している貴重な歴史的書物。後年英国の旅行家イサベラ・バードが書き残した20世紀初頭の朝鮮の状況と殆ど変わらない姿に、我が国同様に長年鎖国を堅持した朝鮮の、新しい時代の流れを自力で吸収しようとしなかった国の姿を見ることが出来た。<読む前の大使寸評>昨今では韓国から「歴史認識」を突きつけられる日本であるが、では、オランダ商人が見た李朝朝鮮、江戸期の日本はどんなだったか・・・興味深い本である。amazon朝鮮幽囚記朝鮮人との遭遇あたりを、見てみましょう。p9~12<オランダ領インド総督閣下および評議員各位殿> 8月18日。私たちは早朝から大きなテントを作りました。正午頃になって一、二千人ばかりの騎兵と歩兵が私たちの近くにやって来て、テントを包囲しました。私たち一同が整列していますと、書記、一等運転士、掌帆長および給仕一名が彼等によってテントから連れ出され、マスケット銃の射程ぐらいの所にいた隊長の所に連れて行かれました。 私たちはそれぞれ頸に鉄鎖を結びつけられ、その端にちょうどオランダで羊が頸に下げているような大きな鈴がつけられました。そして地面をはって司令官の前に進み、額を地面にすりつけさせられました。それと同時に聞くも恐ろしい兵士の歓声が起こりました。 テントの中にいた乗組員一同はこの叫び声を聞き、この様子を見て、「士官が先に行ったのだから、私たちも続いて行かなければならないだろう」と話し合っていました。いばらくたつと私たちはひざまづくように指示されました。そして司令官が私たちに対していくつかの質問をしましたが、私たちにはそれを理解することができませんでした。 私たちは日本の長崎に向かおうとしていたのだということを手真似で説明しようとしましたが、まったくの徒労に終わりました。というのはお互いに理解しあうことができなかった上に、彼が日本(ということば)を知らなかったからでした。彼等の間では日本はイエーナレとかイルポンとか呼ばれているのです。 司令官は私たちの一人一人に対して酒を一杯づつ与えさせ、それから、テントの中にいる仲間の所にもどしました。同時に兵士たちは私たちが食料を持っているかどうかを確かめにやって来ましたが、前にも申しましたように肉とベーコンしかありませんでしたので、彼等はそのことを司令官に報告しました。一時間ばかりたってから、彼等は私たちの一人一人に米を水で煮た粥を持ってきました。彼等は私たちがひどく空腹なので、たくさん食べさせるのはよくないと思っていたようでした。 午後になると大勢の人々がめいめい1本の縄切れを手に持ってやって来ましたので、私たちは彼等が私たちを縛って殺すためにやって来たのではないかと考えて、非常に恐ろしくなりました。だが彼等はガヤガヤ騒ぎながら、潮のひいた後に発見される品物を手に入れるために、難破船の方に歩いて行きました。夕方になると私たちの一人一人に少量の米が食べるようにと与えられました。正午に一等航海士が緯度を測定して、ケルパールツ島が33度32分に位置していることを発見しました。 8月19日。彼等は依然として品物を陸地に運んで乾かし、釘のささっている木材を燃やしていました。士官たちはそこに来ていた島の司令官と提督の所に行って、それぞれに望遠鏡を贈り、一壷のチンタ酒と、それを注ぐために、私たちが暗礁の間から発見した会社の銀の杯を持って行きました。彼等は酒を味わってみて、それがおいしいことを知り、非常にたくさん飲みましたので、機嫌がよくなり、私たちの仲間をテントの所まで送って来てくれました。彼等が非常に親しいそぶりを示すようになりましたので、私たちは彼等に例の杯を進呈しました。 8月20日。彼等が鉄製品を取り出すために難破船と残りの木材とを燃やしていますと、燃えている難破船の中で弾丸の装填されていた二門の砲が爆発しました。彼等は身分の高い者も低い者もみな逃げ出し、しばらくたってから私たちの所にやって来て、まだ爆発が起こるかどうかを手真似で訊ねました。もう爆発はないだろうと説明しますと、彼等はすぐに仕事を再開しました。彼等は私たちに二回若干の食物を持って来てくれました。ウーム 遭難者や難破船に対して、大陸人と日本人ではかなりの違いが見えますね。この遭難、幽囚のあらましが、ネットのオランダ船の海難事件から見えてきた、朝鮮人の考え方と略奪根性で見られます。『朝鮮幽囚記』1
2018.12.25
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図書館で『朝鮮幽囚記』という東洋文庫を、手にしたのです。昨今では韓国から「歴史認識」を突きつけられる日本であるが、では、オランダ商人が見た李朝朝鮮、江戸期の日本はどんなだったか・・・興味深い本である。先頃『韃靼漂流記』という東洋文庫を読んだが、これら二つの記録ではオランダ人と日本人という違いがあるにしろ遭難時に体験した朝鮮がどんなだったか比較してみるのも面白いと思うのです。【朝鮮幽囚記】ヘンドリック・ハメル著、平凡社、1969年刊<カスタマーレビュー>より江戸時代、長崎に来るはずのオランダ商船が東シナ海で遭難、30数名の乗組員が李王朝時代の朝鮮に長年に亘って幽囚の身と成ったとき、彼等の目で見た当時の朝鮮を書き残している貴重な歴史的書物。後年英国の旅行家イサベラ・バードが書き残した20世紀初頭の朝鮮の状況と殆ど変わらない姿に、我が国同様に長年鎖国を堅持した朝鮮の、新しい時代の流れを自力で吸収しようとしなかった国の姿を見ることが出来た。<読む前の大使寸評>昨今では韓国から「歴史認識」を突きつけられる日本であるが、では、オランダ商人が見た李朝朝鮮、江戸期の日本はどんなだったか・・・興味深い本である。amazon朝鮮幽囚記遭難時の状況を、見てみましょう。p3~8<オランダ領インド総督閣下および評議員各位殿> 私たちは1653年1月10日の夕方、順風にめぐまれてテクセルの泊地を出帆し、逆風と嵐とに妨げられながらも、6月1日にバタビアの泊地に到着いたしました。 私たちは総督閣下および東インド評議員の方々からホルモサ(台湾島)のタイオワン港の政庁に着任して、同地に在任中のニコラス・フェルブルフ長官閣下と交代するコルネリス・カエザル閣下とその家族を乗せてタイオワン港に向かうよう命令を受け、6月18日にヤハト船スペルウェール号で、バタビアの泊地を出帆いたしました。 私たちは幸運でしかもすみやかな航海ののち、7月16日にタオワン港の泊地に到着いたしました。閣下は同地で上陸され、また私たちが積み込んで来た荷物も陸揚げされました。私たちは長官閣下およびタイオワンの評議員からさらに日本に向かうようにという命令を受けましたので、積荷をすませ、閣下に別れをつげ、同月30日に前記のタイオワン港の泊地を出帆し、神の御名において私たちの航海が早くすむように先を急ぎました。 7月31日は好天にめぐまれましたが、夕方になってタイオワンの海岸から激しい暴風に襲われました。その夜は暴風は続けば続くほど激しくなりました。 8月1日。夜明けの光によって私たちはある小さな島のすぐそばにいることがわかりました。私たちはその島の陰に投錨し、激しい風と荒狂う波を少しでも避けようとしました。私たちは大きな危険を冒してようやくその島に近づき、その陰に投錨しましたが、背後には大きな暗礁があって、波が非常に激しく湧きかえっていましたので、錨索をゆるめることができませんでした。船長がこの小島を船尾の展望台の窓から一目見て偶然発見しなければ、私たちはそこで難破してしまい、雨と暗闇のために船を失ってしまったに違いありません。というのはその小島を最初に発見した時には、そこまでマスケット銃の射程ほどの距離もなかったからです。 明るくなってみますと、私たちはシナの海岸のすぐ近くを漂流していることがわかりました。そしてシナ人が完全に武装して、隊伍を組み、海岸に沿って行進しているのが見えました。それは私たちが座礁するに違いないと考えているためだと思われました。しかし最高の神の御助けにより、そのようなことにはならずにすみました。その日は暴風は止むどころかますます強くなりましたので、私たちは投錨したままで過ごし、その晩もそれを続けました。 8月2日。朝になると暴風は完全におさまりました。シナ人は依然として示威運動を行ない、私たちを生捕りした狼のように見張っていました。そこで私たちは錨やロープやその他の品物の危険を避けるために、錨をあげて出帆し、彼等の視界を去って海岸を離れることにしました。その日は海は日中も夜も非常におだやかでした。 8月3日。朝になって、私たちは海流のために20マイルほども流されていたことを発見しました。しかもフォルモサ島の海岸がふたたび見えてきましたので、私たちは進路を両者の中間にとりました。(中略) 8月15日。風が激しく吹くため、上甲板では話をしても聞きとることも理解することもできず、また帆をあげることもできませんでした。船は漏水がひどくなってきましたので、ポンプを充分に働かせて組み出さなければなりませんでした。船は時化のために時々ひどく波をかぶりましたが、そんな時にはこれでもう船が沈んでしまったのではないかということしか頭に浮びませんでした。(中略) 第二直の二点鐘頃、見張りをしていた男が「陸だ!陸がマスケット銃の射程ぐらいの距離にある」と叫びました。彼は暗闇と大雨のために、その時までそれを発見することができなかったのです。私たちはすぐに錨を投じ、舵を錨索の線に固定させましたが、海が深く、またうねりや激しい風のために錨がきかず、船はたちまち座礁し、一瞬の中に三回衝撃を受けて完全にばらばらになってしまいました。 下甲板の寝棚で横になっていた人々は、上甲板に出て自らを救う時間がなかったようで、命を捨てなければなりませんでした。上甲板にいた人々は、ある者は甲板から海中に飛び込み、他の者は波のためにあちらこちらに投げ出されてしまいました。陸地に漂着したのは十五人で、大部分は裸で、ひどく負傷しており、他に助かったものはいないだろうと考えていました。 8月16日。早朝、日が昇ると、多少とも歩くことのできる人は海岸に沿って歩き、誰か他に上陸していないか探したり、大声で呼んだりしました。やがてあちらこちらから数人の人々が姿を現わし合計三十六人であることがわかりました。大部分は前に申しましたようにひどく負傷しておりました。オランダ人たちの遭難から9年前の1644年、ロシア沿海州の海岸で、日本人が遭難したのです。【韃靼漂流記】園田一亀著、平凡社、1991年刊<カスタマーレビュー>より 17世紀の半ば、越前国新保村の竹内藤右衛門ら58名は、松前貿易のために三国浦を船出しますが、航海中暴風のため難破の憂き目に遭い、今の沿海州ポシエット湾の辺り、「韃靼」の地に漂着します。仲間の大半は現地民とのトラブルにより非業の最期を遂げますが、生き残った15名は瀋陽を経て北京に送られ、当局の保護の下、暫し北京滞在の日々を送ることとなります。<読む前の大使寸評>興味深い史実であるが・・・ぱっと見とにかく、漢字の密度が多い文章である。歴史的仮名遣いは丸谷才一さんほどではないけど、読みにくいことこの上ないのだ。amazon韃靼漂流記『韃靼漂流記』7:北京留置の理由『韃靼漂流記』6:北京の見聞談、満州語の紹介『韃靼漂流記』5:奉天官憲の取調べ『韃靼漂流記』4:韃靼国の都・奉天までの旅『韃靼漂流記』3:下手人の素性『韃靼漂流記』2:遭難の状況『韃靼漂流記』1:著者による序言
2018.12.24
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図書館で『「カエルの楽園」が地獄と化す日』という本を、手にしたのです。百田尚樹, 石平著ということで、右寄りの本と予想がつくのだが・・・ぱらぱらとめくってみると、中国の覇権の歴史が語られています。【「カエルの楽園」が地獄と化す日】百田尚樹, 石平著、飛鳥新社、2016年刊<「BOOK」データベース>より日本人に襲いかかる軍事衝突、巨額賠償請求、虐殺の運命。軍艦、戦闘機の次はどんな手を打ってくるか、最悪の日本侵略シナリオをシミュレーション。【目次】第1章 戦わずして尖閣を奪われるシナリオ(人目をはばからず涙を流した/軍が侵入してきた ほか)/第2章 中国はなぜ日本侵略を企むのか(人が住めない環境、暮らせない社会/生存空間とは何か ほか)/第3章 チベット、ウイグルで見た恐ろしい支配の実態(中華帝国と戦った異民族を取り込み、版図を拡大してきた歴史/日本人は「消滅すべき民族」 ほか)/第4章 沖縄「独立」を足がかりにした侵略(なぜ沖縄が大切なのか/全面戦争は絶対に避けたい中国 ほか)/第5章 日本が中国に占領されるとき(アジアのルールは中国が決める/史上もっとも安全な時代に、最大の軍拡に走る異常な国 ほか)<読む前の大使寸評>百田尚樹, 石平著ということで、右寄りの本と予想がつくのだが・・・ぱらぱらとめくってみると、中国の覇権の歴史が語られています。rakuten「カエルの楽園」が地獄と化す日尖閣での中華の挑発と日本メディアの反応を、見てみましょう。p33~38<自分たちの逆立ちした考えに気づかない>石:(2016年)6月15日、中国軍艦が領海に侵入した時、また私の頭に浮んできたのは『カエルの楽園』でした。怖いほどの現実との一致がある。ひょっとしたら、中国共産党の指導者も『カエルの楽園』を・・・。百田:読んでなぞっているんじゃないか、と(笑)。接続水域に侵入した際には、「日本とインドが演習をしていたから中国艦とロシアの軍艦が追尾していた。中国艦はロシア艦を追いかけただけ」という解説が、日本の自称専門家や中国側からもありました。しかも、尖閣はあくまでも中国領だから問題ない、という言い分。しかし、わずか6日後に口永良部島周辺の領海に侵入してきた。尖閣のような言い訳がまったく成立しないところに、堂々と情報収集艦をよこす。石:実際に、軍艦が接続水域に入った時、日本国内の専門家がテレビ解説していた内容は、ことごとく「中国が喜ぶような説明」でした。中国側は徴発を意図していたのではなく、ロシアとともに演習を監視しており、追尾していたら入ってしまったのだと。もし口永良部島沖の領海侵犯が起きなければ、この説明も通ってしまうところでした。わずか6日後の領海侵犯ですから、意図的なエスカレートだとわかる。しかも朝日新聞は「侵入」という表現も一切使っていなかった。百田:そう、「航行」でした!石:日経新聞、産経新聞、読売新聞とも「侵入」と書いています。NHKニュースですら「侵入」。しかし、朝日新聞と毎日新聞は「領海に入る」または「領海を航行する」と書いているわけです、この危機的状況を。百田:さらに、領海侵入に日本政府が抗議していない。専門家の解説も国際法上の「航行の自由」の解釈の話などをしていますが、いまはそういう状況じゃない、と言いたい。中国が友好的な国ならばとにかく、彼らは尖閣を奪取すると宣言し、日本政府の抗議を一切無視して無法な行動を繰り返すなかでの今回の事件ですから、この領海侵入は侵略、恫喝と受け取って当然です。 たとえると、近所の仲の良いおっちゃんが、うっかり自分の家の庭に入ってきたのと違うんです。以前から「この庭はウチのもんや、取ったる!」と散々言ってる危ないおっちゃんが、ついに入ってきたわけです。石:しかも、近所のみんなが知っている悪者。他の家にもすでに何回も侵入した前科がある。百田:それが、今回は棍棒を持って入ってきた!石:そういう奴が庭に入ってきたらどうすればいいのか、ということです。庭の前の道路なら誰でも通っていい。しかし庭はだめ。 中国の侵入を受けて、日本のマスコミ、新聞やテレビに出てくる評論家、コメンテーター、つまり“デイブレイク”の連合体みたいな人たちは、ほぼ自動的に中国の行動を合理化し、中国は悪くない、という論調に持っていきました。「中国軍より先にロシア軍艦が航行していた。中国軍単独の行動ではない」「領有権と接続水域内の航行はほとんど関係がない。まるで自宅前の公道を不仲の人が通ったことに怒り、真夜中にどなり込むクレーマーじみた行動だ」「領海侵入の前に、これを誘発した日米印の海上演習実施の必要があったか。意識的に緊張を招く行為だ」 中国は悪くない、演習を監視していただけだ。接続水域は誰でも入っていい。領海に入っても、国際法上、中国は何も悪くないと言い続ける。百田:この場合は領海でも「無害通航」が認められるんだ、と中国に有利な法律の解釈ばかり。石:そもそも、そういう屁理屈を持ち出すのは相手側のはず。中国政府が言い出す前に、日本人が率先して中国の言い分を宣伝するおかしさ。用は、悪いおっちゃんが「俺は悪いことしていない」と言う前に、家のなかの人間が「あのおっちゃんは悪くない」と言う。私には日本だけ、世界の天地がひっくり返って逆になっているような気がします。百田:私は『ビートたけしのTVタックル』という討論番組で、朝日新聞の記者と論争したことがあります。私は「国防軍を創設すべきだ」という立場で、軍隊を家に備えて、防犯のために、鍵を強力にしなければならないと言いました。すると朝日新聞の記者は、いまでも自衛隊はあるのだから、すでに鍵はついていると反論してきた。私は、いまの鍵はとても弱いから、もっと強い鍵にする必要がある、と言い返しました。すると彼は、「強い鍵なんかにしたら、相手は強い鍵を壊す怖い武器を持ってくるからだめだ」と言うわけです!石:その人の論理は最終的に、いっそのこと鍵をかけないほうがいい、警察もいらないというところに落ち着きます。鍵をかけないようにすれば、相手は強い武器を持ってくる必要がなくなる、だからもってこない、と。その代わり、泥棒は自由に入ってくるようになりますが。百田:あの時は本当に驚きました。強い鍵をつけたら、相手はもっと強い武器を持ってくるから危険だ、なんて。強盗に狙われている日常生活で、実際に実行する人はいません。本当に口だけの理屈です。こんな人間と喋ってもまともな議論にならない、と諦めました。石:真っ当な大人が喋ることではありません。正直言って、普通の生活を送るうえでは通用しない。ところが、このばかばかしい発言が、日本のテレビでは堂々と通用する。やはり天と地が逆さまになっています。百田:だから私が『カエルの楽園』という寓話を書いた動機も、マスコミを支配する異常な空気にあるんです。そもそも寓話小説というのは、直接批判したら政府や教会などの権力、権威に睨まれて、許されない内容を表現売るためのものでした。現代日本では言論の自由で、一応、何を書いてもいいとなっていますが、それでも私がなぜカエルに置き換えたかといえば、石平さんがおっしゃったように、テレビや新聞で言うてることはすごくおかしい。ところが、多くの人は外国の侵略を肯定するような言論の不自由さ、軍事に繋がる発言を制限するような空気の支配に気づいていない。このおかしさを気づかせるためにどうすればいいか考えた結果、カエルにしたんです。 カエルの世界を作り上げてカエルたちに喋らせると、読者はみんな「あ、このカエルたち、ものすごいアホや。変なこと言ってる」と気がつくんです。ところが作中のセリフは、実際に私たちが普段、テレビや新聞で目にする、マスコミが日常的に繰り返すセリフそのままなんです。カエルに置き換えて初めて「変だ」と気がつく。石:カエルの寓話に置き換えると、我々が毎日見ている新聞、テレビが逆さまの主張、あべこべの世界であることがわかりやすくなる。たとえば琉球新報の社説。同じ6月11日に何と書いたか。「話し合いでの解決提案を」「日本側も今回の事態に乗じて今後、中国の脅威を喧伝することは厳に慎むべきであろう」と。百田:はっきりと危険を煽るなと言っている。 『「カエルの楽園」が地獄と化す日』2:チベットの苦難『「カエルの楽園」が地獄と化す日』1:中国の領土拡大の歴史
2018.12.24
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図書館で『クマラボ イン トウホク』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくると、日本文と英文が半々くらいの構成であり・・・世界的な視点で東北復興を考えるという趣向でしょうか♪【クマラボ イン トウホク】隈研吾著、東京大学出版会、2018年刊<出版社>より【エッセイ】倫理を超えて、FUKUSHIMA を考える(隈 研吾)東北と復興(津田大介)南相馬、福島(あるいは東北)をこれからどうしたらよいか(開沼 博)福島の原発被災地域における空間計画(窪田亜矢)残されたものの顛末(ソフィ・ウダール)「東北、そして福島のこれから」を考える(山本俊一)遠い未来と遠い過去に向かって(藤原徹平)【スタジオ】2014 南三陸の復興広場 嵩上げした土地に、過去の区割りを重ね合う 物語を伝承するランドスケープ 高台と海をつなぐスリットを街に挿入する 出会いの起きる路地をつくる 盛り場の復興 桟橋の上のパブリックスペース 構造物と自然のあいだ <読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると、日本文と英文が半々くらいの構成であり・・・世界的な視点で東北復興を考えるという趣向でしょうか♪rakutenクマラボ イン トウホク開沼博さんの提言を、見てみましょう。p51~54<南相馬、福島(あるいは東北)をこれからどうすればよいか> 農業のみならず、これまで地域を支えてきた土木建設業が製造業が大きく衰退する流れにある中で、3.11が起こり、状況は混乱した。一部の事業者には行政の助成金や大手企業の支援なども入っていったが、そうでないところも多い。工場が壊れたり、若い人材が足りなかったり。 これから地域の産業がどう再構築していけるのかが問われる。それが短時間のうちに、より鋭く示されるきっかけとなったのが3.11だった。 これはつまり「他の地域が数十年先に抱えるだろう問題を、先取りした状況」だと捉えることができる。3.11後の福島は、他の地域・国が今後抱えていくであろう課題を先んじて抱えることになった「課題先進地」だと言う言い方を私は繰り返ししてきた。 日本が「課題先進国」であるという言い方は既に広がってきたが、その中のさらに課題を抱えた先進地であるという意味だ。福島をはじめとする地域は3.11後、もちろん3.11という特殊な事態に突き当たりつつも、極めて普遍的な問題に向き合ってきたのだ。この普遍的な問題はいずれ福島の外でも多くの人が困る問題なわけだから、福島でそれを解決するための方策を生み出せば、それは他の地域に暮らす人のためにもなるものだ。その点で福島(あるいは3.11の被災地)は課題先進地だ。 特殊性と普遍性。この両者を視界に入れながら福島の問題をとらえることは、「福島のため」になることをするために不可欠であると同時に「福島の外のため」にもなる。そう捉えることが重要なのは、福島の問題が「倫理の対象」としてだけではなく「利害の対象」となる余地を広げることになるからだ。 福島をめぐるマスメディア上や様々な社会運動の言説を見ると、「可哀想だから救済すべきだ」「原発事故を二度と起さないために脱原発イデオロギーの象徴とすべきだ」といった、福島を「倫理の対象」として向き合おうとする姿勢が大きい。それは福島を特殊性の中に位置づけ、その純度を高めていく意識的・無意識的にもったものだとも換言できる。 当然、そういう姿勢はあってしかるべきだ。しかし、それだけでは解決できない問題もこれから大きくなる。先日、南相馬で高校まで過ごした後に東京に出てきた大学生が「これまでに大きなショックを受けた経験」を語るのを聞いた。それは、「何で(避難し続けず)南相馬に住むの」と言われたことだったり、大学の同級生に南相馬出身であることを告げたところ「じゃあ、反原発なんだ」と言われたことだったりした。このような感覚を持つ人は地元住民に多い。「そこに暮らすこと自体を否定する価値観」や「ステレオタイプなイメージ」を押し付けられた経験こそが、現時点でも残る困惑だという。 この困惑が地域の人やそれを支える人の言葉や行動を抑圧している部分がある。「表立って福島出身だと言わないようにしよう」「ステレオタイプな見方をされるなら、そこから外れたことをしないようにしよう」などと。福島人にこの苦しみの存在を意外に思う人もいるかもしれない。しかし、その意外さは福島を、外から「倫理の対象」として見続ける眼差しのもとにあり、その「倫理」が地元の人のニーズに逆行するものになっていることを示す。このミスマッチはもったいないし、うまくマッチングされるべきことだ。 このマッチングのためには福島を「利害の対象」、つまり「福島に良いことをする」という姿勢ではなく「福島に関わるとメリットがある。楽しい、得する」という関係を再構築することだ。福島を「倫理の対象」ではなく、「利害の対象」とすることは、その中に生きる人々やそこに外から関わろうとする人が味わう「倫理」的な窮屈さを、ズラし、解きほぐすことに繋がる。 「利害の対象」というと、誤解を招くかもしれない。いわゆる「焼け太り」「惨事便乗型資本主義(ショックドクトリン)」という概念を想起する人もいるだろう。確かに不正な手順で私腹を肥やして地元に何も残らない「利益の対象」はダメだ。しかし、「業務の一環として」とか、あるいは金銭的利害に関与しなくても「福島に行くことが楽しいから」という福島マニア・オタク的に「利害の対象」として福島との関係をつくる人が増えることは、その「不健全な利害」とは別のものだ。そうではない「健全な利害関係」が立場の違う人同士をつなぐきっかけとなるならば、その新たな「利害」の社会関係はおそらく「倫理」的なものよりも持続性をもちつつ広い人を取り込みうるものであるし、創造性をもつものでもあるだろう。ウン 福島を「利害の対象」とする考え方がいいではないか。『クマラボ イン トウホク』1『まちを読み解く』1
2018.12.24
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図書館で『クマラボ イン トウホク』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくると、日本文と英文が半々くらいの構成であり・・・世界的な視点で東北復興を考えるという趣向でしょうか♪【クマラボ イン トウホク】隈研吾著、東京大学出版会、2018年刊<出版社>より【エッセイ】倫理を超えて、FUKUSHIMA を考える(隈 研吾)東北と復興(津田大介)南相馬、福島(あるいは東北)をこれからどうしたらよいか(開沼 博)福島の原発被災地域における空間計画(窪田亜矢)残されたものの顛末(ソフィ・ウダール)「東北、そして福島のこれから」を考える(山本俊一)遠い未来と遠い過去に向かって(藤原徹平)【スタジオ】2014 南三陸の復興広場 嵩上げした土地に、過去の区割りを重ね合う 物語を伝承するランドスケープ 高台と海をつなぐスリットを街に挿入する 出会いの起きる路地をつくる 盛り場の復興 桟橋の上のパブリックスペース 構造物と自然のあいだ <読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると、日本文と英文が半々くらいの構成であり・・・世界的な視点で東北復興を考えるという趣向でしょうか♪rakutenクマラボ イン トウホク冒頭の隈研吾さんのエッセイを、見てみましょう。p14~20<倫理を超えて、FUKUSHIMA を考える> 建築家の最大の病は、倫理的であるフリをすることである。そもそも、既存環境を破壊して新しい物をたてるのであるから、倫理とは程遠い職能であるにもかかわらず、なぜ倫理的なフリをするのだろうかと、レム・コールハースは不思議がっている。 しかし、不思議がる必用はない。倫理的でありえない罪悪的職能を隠蔽するために、過剰に倫理的な人間であることをアピールする必要があるのである。これは世界共通の、建築家の宿アといってもいいだろう。 後ろめたさのある職能は、福島のようなシリアスな問題を前にすると、余計に倫理的なフリをする。そんなシリアスなフリだけは避けたいと僕は思った。 さらに、それにプラスして日本的な事情というものもある。現代の日本の建設業は、江戸時代の武士階級の置かれた社会的ポジションに酷似していると、僕は考える。江戸に先行する戦国時代、武士は必要とされた。人々は戦って、新しい秩序を構築する必要があったからである。 しかし、江戸という平和な秩序が確立したあと、もはや武士は必要なくなった。しかし、かつての時代のリーダーであり社会のエリートであった武士から、力をとりあげることを、徳川政権はできなかった。過去のリーダー、エリートと政治とが結託し、武士というエリート階級が温存された。日本は温情主義と惰性とが支配する、ぬるま湯だったのである。士農工商という不自然なヒエラルキーが設定され、武士はそのヒエラルキーのトップとしての地位を、300年にわたって保証されたのである。 最終的に武士の温存は、明治維新で終結したと考えられている。しかし、武士の集団主義、暴力崇拝は、その後も温存された。第二次大戦も、この集団主義、暴力崇拝のひとつの帰結であった。そして第二次大戦後な何が起こったのか。 江戸時代と同じことが繰り返されたのである。建設業は、第二次世界大戦後の日本を支えたエリートであり、リーダーであった。高度成長と都市の拡張が必要な時代には、建設が必要であった。戦国時代に武士が必要であったように。 しかし、1970年代以降、一応の目標が達成され、少子高齢化と低成長の時代がやってきた後、政治と武士(建設業)とは結託して、武士階級(建設業)はまたしても温存された。建設業の集団主義と規律とが、選挙における集票装置として有効であることを見抜いた政権は、現代の武士階級を温存し、建設と結託する道を選んだのである。 1970年代以降の日本の最大の課題は、もはや必要とされなくなった工業化のリーダー達を、いかに食わせ、延命させるかであった。建設設計業界も建築家も、無意識的に、この課題の達成に協力した。70年代以降、日本の建設業全体が、その歪みの中にあった。(中略) 僕は、倫理とも美学とも無縁の海外の学生たちと一緒に、根本さんのすすけた木造の家に招かれて、たっぷりとお酒を飲んで、福島の野菜をたらふく頂いて、南相馬の未来を話し合った。 福島を倫理と美学から解放して、具体的に楽しみ、盛り上げなくてはいけない。その盛り上げのための雑多なアイデアをまとめて、ぶっちゃけてみたのが、本書である。福島をきっかけとして、サムライから日本の建築と都市を救い出したのである。フクシマはサムライを葬るための、絶好のチャンスとなる。ウン 建設業の集団主義と規律とが、戦後も温存されたというのが、鋭いではないか。要するに、政官業に資源を集中されて、庶民は餌食にされているんじゃないかな?震災復興ということでは、先日読んだ『まちを読み解く』という本にも建設業集団の限界が見てとれましたね。【まちを読み解く】西村幸夫, 野澤康編、朝倉書店、2017年刊<「BOOK」データベース>より【目次】岩手県(旧)大野村ー地域の構想づくりと実践/釜石ー復興計画を構想する/喜多方ー「蔵ずまいのまち」を現代につないでゆくための都市デザイン/板倉町ー文化的景観の分布調査/大宮氷川参道ー参道樹木調査とその保全活動の実践/佐原ーまち並み保存と観光が一体となったまちづくり/幕張ベイタウンー都市空間を計画し実現するアーバンデザイン/浅草ー地域の資源を地域の人たちといっしょに掘り起こす/神楽坂ーまち並みに再生される「花街建築」のパーツ/中野区ー密集市街地でデザインを考える意義〔ほか〕<読む前の大使寸評>中をめくると釜石の復興計画が載っているが・・・釜石は出張で寄ったことがあるので、個人的に気になるのでおます。rakutenまちを読み解く『まちを読み解く』1byドングリ
2018.12.23
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図書館で『「カエルの楽園」が地獄と化す日』という本を、手にしたのです。百田尚樹, 石平著ということで、右寄りの本と予想がつくのだが・・・ぱらぱらとめくってみると、中国の覇権の歴史が語られています。【「カエルの楽園」が地獄と化す日】百田尚樹, 石平著、飛鳥新社、2016年刊<「BOOK」データベース>より日本人に襲いかかる軍事衝突、巨額賠償請求、虐殺の運命。軍艦、戦闘機の次はどんな手を打ってくるか、最悪の日本侵略シナリオをシミュレーション。【目次】第1章 戦わずして尖閣を奪われるシナリオ(人目をはばからず涙を流した/軍が侵入してきた ほか)/第2章 中国はなぜ日本侵略を企むのか(人が住めない環境、暮らせない社会/生存空間とは何か ほか)/第3章 チベット、ウイグルで見た恐ろしい支配の実態(中華帝国と戦った異民族を取り込み、版図を拡大してきた歴史/日本人は「消滅すべき民族」 ほか)/第4章 沖縄「独立」を足がかりにした侵略(なぜ沖縄が大切なのか/全面戦争は絶対に避けたい中国 ほか)/第5章 日本が中国に占領されるとき(アジアのルールは中国が決める/史上もっとも安全な時代に、最大の軍拡に走る異常な国 ほか)<読む前の大使寸評>百田尚樹, 石平著ということで、右寄りの本と予想がつくのだが・・・ぱらぱらとめくってみると、中国の覇権の歴史が語られています。rakuten「カエルの楽園」が地獄と化す日チベットの苦難を、見てみましょう。p104~107<チベットで起きた虐殺と民族浄化>百田:もし日本の一部が中国に占領されたら、チベット自治区のようになるでしょうね。いや、あるいはそれ以上に苛烈な政策がとられる怖れは十分にあります。80年前の恨みがあるわけですから。石:中国の歴史をひも解けば、自国民同士の戦争でも平和的占領はなく、例外なく殺戮が起きます。外国の民族に対しても同じことをやるわけです。 チベットに対する占領も同じでした。私のチベットの友人は次のように語っています。 「侵略された国家というものは、ただ領土を失い、主権を奪われるだけでは済まない。 チベット国民は、侵略者・中国によってすべての市民権を奪われた。移動の自由、言論の自由、信仰の自由、思想の自由、良心の自由、職業選択の自由、財産の自由、裁判に訴える自由などの基本的人権のほかに、政治的な基本権としての参政権、社会的な基本権としての結社の自由までも奪われてしまった。 その過程のなかで、一時、母国語であるチベット語までも禁止された。人間の当然の営みとしての出産の自由までもが奪われ、強制的に中絶や避妊手術を受けさせられた。侵略者の圧制に対して抵抗する者は徹底的に弾圧され、1959年から1970年代までの11年間に、約百二十万人ものチベット人が殺される事態となった」 当時、チベット全域の人口は約五百万~六百万でした。中国共産党は1950年にチベットに侵攻、東チベットを占領し、翌51年に「17か条協定」を一方的に突きつけ、拒否すれば首都・ラサまで侵攻すると恫喝しながら調印させ、併合します。55年に漢民族の大量入植や圧政に反発する抗中蜂起が自然発生的に始まり、チベット動乱が勃発すると、60年までに人民解放軍は武力で鎮圧、平定しました。その過程で、チベット全域で虐殺が起こりました。 どういうふうに殺されていったのでしょうか。目撃者の証言によると、まず裕福な男たちが処刑されました。その様子を見るよう中国人に命令された農民によれば、自分の村の「二十五人の男たちが磔にされ、その下には火が焚かれます。火は磔にされた男たちの身体に燃え移り、生きながらにして焼かれました。さらに彼は、二十四人が眼球にクギを撃ち込まれて殺されるのを目撃したといいます」。 別の商人は次のように証言しました。 「数多くの人々が財産を公開しなかったという理由で処刑された。新しいリーダーたち(多くは元乞食たち)は、人々のなかに武器や財産を放棄していない者がいることを知っていた。これらの人々は逮捕されて六人が殺され、残りの者は鉄道工事現場に送られた。ある者は立ったままの姿勢がいいか、横になったままの姿勢がいいかと尋ねられ、立ったままの姿勢がいいと答えた。すると穴が掘られ、男は穴のなかに入れられた。穴には泥が入れられ、泥は男が死ぬまで続々と押し込まれた。男の顔から眼球が飛び出すと、中国人はその眼球を切り取った」 地域の富裕層、地主、指導者層を処刑していったあと、中国人がターゲットにしたのはチベット仏教です。僧侶が次々と処刑されていきました。 「カム地方で最も有名な高僧の一人であるドゾルチェン・リンポチェは、四肢に杭を打たれて身動きできないようにされたうえで、腹を上から下まで切り裂かれたといいます」(中略) チベットでは分離主義者とみなされた数千人が逮捕され、現在でも獄中生活を強いられています。中国当局の刑務所における拷問の凄まじさに関しても、多くの証言が公刊されています。 このあと信じられないような聞くに耐えないような証言が続くのだが、割愛します。 とにかくどこまでが本当かわからないが、チベット人は残虐な仕打ちを受けたようですね。『「カエルの楽園」が地獄と化す日』1
2018.12.23
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図書館で『「カエルの楽園」が地獄と化す日』という本を、手にしたのです。百田尚樹, 石平著ということで、右寄りの本と予想がつくのだが・・・ぱらぱらとめくってみると、中国の覇権の歴史が語られています。【「カエルの楽園」が地獄と化す日】百田尚樹, 石平著、飛鳥新社、2016年刊<「BOOK」データベース>より日本人に襲いかかる軍事衝突、巨額賠償請求、虐殺の運命。軍艦、戦闘機の次はどんな手を打ってくるか、最悪の日本侵略シナリオをシミュレーション。【目次】第1章 戦わずして尖閣を奪われるシナリオ(人目をはばからず涙を流した/軍が侵入してきた ほか)/第2章 中国はなぜ日本侵略を企むのか(人が住めない環境、暮らせない社会/生存空間とは何か ほか)/第3章 チベット、ウイグルで見た恐ろしい支配の実態(中華帝国と戦った異民族を取り込み、版図を拡大してきた歴史/日本人は「消滅すべき民族」 ほか)/第4章 沖縄「独立」を足がかりにした侵略(なぜ沖縄が大切なのか/全面戦争は絶対に避けたい中国 ほか)/第5章 日本が中国に占領されるとき(アジアのルールは中国が決める/史上もっとも安全な時代に、最大の軍拡に走る異常な国 ほか)<読む前の大使寸評>百田尚樹, 石平著ということで、右寄りの本と予想がつくのだが・・・ぱらぱらとめくってみると、中国の覇権の歴史が語られています。rakuten「カエルの楽園」が地獄と化す日中国の領土拡大の歴史を、見てみましょう。p98~103<中華帝国と戦った異民族を取り込み。版図を拡大してきた歴史>百田:歴史的に見て、中国の定義は難しい。石平さんは中華帝国とおっしゃいましたが、近代日本が最初に戦争をした相手は清国でした。ややこしいのは、清は中国なのかどうか。中華人民共和国の領土はやたらと大きいのですが、いまの中国東北部、かつての満州はもともと、中国三千年の歴史上、中華の土地だったことは一度もないのです。万里の長城以北は、いわゆる化外の地ですから、台湾も同様に、中華文明の外の、教化の及ばない地とされていました。石:はい、漢民族が生息してきた中華の伝統的な領土は、いまの中国の領土の三分の一くらい。残りの三分の二は、あとから奪い取った領土です。 百田:満州は、孫文が辛亥革命で中華民国を建国して清国を倒し、満州人を追い出したときに、中華民国は清国の領土をそのまま継承する、と勝手に宣言したものです。清という国は、もともと満州地域で女真族が建国し、1644年に中国に攻め入って中原を支配して1912年に滅亡した。ところが新しい国家が、「清国の領土はそっくりうちのもの」と言い出したわけです。 当時、満州がはたして中華民国のものなのかどうか、国際社会もよくわからなかった。そこで日本は、満州国という傀儡国家を立てたのです。満州国を正式に認めるかどうかも当時の国際社会では流動的で、だからこそリットン調査団が派遣され、日本の権益も認められたわけです。そして戦後、中国はどさくさ紛れに勝手に満州を中国領にしてしまった、という順ですね。 中国は戦中戦後のどさくさに紛れて、領土をたくさん手に入れました。チベットも、ウイグルも、内モンゴルも。そういう意味で中国という国は、政権交替とともに必ず領土を拡大してくる。石:そういう傾向はたしかに顕著ですね。 百田:領土を取り返す過程で、前の国家が支配していた分まで取ってしまう。ただし、最初は口だけという実情もありました。中華民国ができた頃、彼らは「満州は自国の領土だ」と言いましたけど、満州を実効支配できていなかったからです。満州を実効支配していたのは軍閥の張作霖です。張作霖と中華民国は何度も争っています。中国は実効支配ができていない状況でも、「あれはうちのもんや!」と勝手に言い始め、いつの間にか国際的に認められてしまう言い分をこしらえていく。こうした策楽が美味いのです。沖縄だけでなく、ロシア沿海州やシベリアも虎視眈々と狙っていることでしょう。<日本人は「消滅すべき民族」>石:2004年に中国で実施された、17歳から30歳を中心に良好な教育を受けた都市部の青年1664人を対象とした面接調査で、「あなたは戦士として上級者の許可があった場合、婦女子や捕虜を殺せますか?」との質問に「必ず殺す」と回答したのは46.7%、「日本人なら殺す」と答えた28.4%とあわせて、75%が殺せると答えています。 「絶対殺さない」という回答は10.1%しかなく、中国人青年たちは、いざ戦争になれば平気で日本人を殺せると考えていい。 石:まあ中国人は、酒の席で当たり前のように「東京大虐殺をやりたい」という話をしますからね。中国人は日本への憎しみを植え付けられる教育を受けていて、南京大虐殺を真実だと信じ、「まだ日本への復讐が済んでいない」と考える人のほうが圧倒的に多いです。歴史教育の結果、中国人の多くが「我々に屈辱を与えた日本人は消滅させるべき民族」「小日本は根絶やしにしなければならない」・・・それが偉大な中華民族の使命だと本気で考えていることを、厳然たる事実として日本人は知っておかねばなりません。 最大の問題は、庶民だけでなく中国のエリートたちも、過去の戦争で日本から受けた損害と屈辱がいまだに精算されていない、と考えていることです。つまり、日本に対する歴史の清算こそが、習近平政権の考える「民族の偉大な復興の第一歩と位置づけられていることを、日本人はわかっていません。 習近平自身が「抗日戦争で中国人三千万人が殺され、被った経済的損失は五千億ドル」という根拠の乏しい数字を盛んに持ち出すのも、習近平政権になってから「南京大虐殺犠牲者国家哀悼日」や「抗日戦争勝利記念日」などの国家的記念日を新たに制定したのも、そのためです。 日本人はすぐ、「日本からさらなる謝罪とカネを引き出すため、歴史教育を外交カードにしている」と、すべて経済の問題に還元して考えがちですが、中国人エリートは本気で日本を中華帝国の一部に取り込むつもりなのです。彼らにしてみれば、東シナ海と南シナ海を制覇して日本の領域を新たな中華秩序に組み入れる時こそ、日本に対する「」がようやく完了する日なのです。 そうなれば日本国と日本人は、すべてを失う覚悟を決めなければなりません。歴史上の中華秩序の「藩臣国」以上の亡国の運命、中華秩序の奴隷として過酷な支配を受けることになるでしょう。百田:中国人は21世紀になっても反日歴史教育のために、日本と戦争になって、あるいは日本の領土を占領したら、躊躇なく日本人を殺せる人が多いという現実を我々は知っておくべきでしょうね。石:中国人民解放軍は国軍ではなく、中国共産党の私兵であり、数百発の核兵器を持っています。もし日本が日米同盟の庇護を失い、米軍の核の傘を失ってしまえば、中国軍人たちは東京や大阪に核ミサイルを撃ち込むことに何の抵抗感も感じません。日本に罰を与えるのは当然と思っていますし、戦争ですから客観的にも許容されると考える。 もちろん、日本は核兵器を持っていませんから核による反撃は受けないので、中国にとって実害はない。自衛隊が中国大陸に侵攻してくる、と本気で考えている軍人はいません。国際社会に批判されたとしても、戦争に勝てると判断すれば、核兵器を撃ち込むことを躊躇わない。これで日本を消滅させることができる、というのが中国軍人の一般的な考え方です。 ウーム 孫子の兵法(何でもありの兵法)は怖いのである。
2018.12.23
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図書館に予約していた『知性は死なない』という本を、待つこと5ヶ月ほどでゲットしたのです。自身の「うつ」からカミングアップした著者の近作であるが・・・副題が「平成の欝をこえて」となっているのがええでぇ♪【知性は死なない】與那覇潤著、文藝春秋、2018年刊<「BOOK」データベース>より平成とはなんだったのか!?崩れていった大学、知識人、リベラル…。次の時代に、再生するためのヒントを探してーいま「知」に関心をもつ人へ、必読の一冊!【目次】はじめに 黄昏がおわるとき/平成史関連年表 日本編/第1章 わたしが病気になるまで/第2章 「うつ」に関する10の誤解/第3章 躁うつ病とはどんな病気か/平成史関連年表 海外編/第4章 反知性主義とのつきあいかた/第5章 知性が崩れゆく世界で/第6章 病気からみつけた生きかた/おわりに 知性とは旅のしかた<読む前の大使寸評>自身の「うつ」からカミングアップした著者の近作であるが・・・副題が「平成の欝をこえて」となっているのがええでぇ♪<図書館予約:(7/25予約、12/09受取)>rakuten知性は死なない第5章「知性が崩れてゆく世界で」でポピュリストが語られているので、見てみましょう。p230~232ポピュリストの危険な身体 ポピュリストの政治スタイルは例外なく、ワンフレーズに要約されます。 ・・・すなわち「朕は国家なり」ならぬ、「私が民族だ」。 わかりやすいので、トランプ大統領を例にすると、俺はアメリカだ。アメリカ人の俺には、ムスリムはテロリストにみえる。だから入国禁止にしよう。おまえらもアメリカ人なら、とうぜんおなじように感じるだろう? 感じてないなら、おまえはアメリカ人じゃないから、おまえの意見なんてきかない。 こういう政治を続けるとどうなるかは、ロシアが示しています。2012年の世論調査では、各項目について「信頼している」とこたえる国民の割合が、「プーチン」と教会が5割でならび、政府は3割、警察は2割、政党は1割強だったそうです。 皮肉なことに、権力者の身体を「みずからの帰属集団の全体」と同一視してもてはやすのは、スターリンや毛沢東の肖像画をかかげて広場を行進するような、社会主義国の指導者崇拝が最悪期にたっしたときとおなじ特徴です。 これでは、リベラルの勝利とされた「冷戦の終焉」とはなんだったのか、ますますもってわかりません。 こうした身体感覚にもとずく権力にたいし、言語による批判は往々にして無力です。リベラルな法律家も出身で、名演説家としてもならした前任者オバマとくらべて、罵詈雑言だらけのトランプのほうが自身の意思を現実に反映させてゆくなら、私たちは身体にたいする言語の屈従を、否応なく思い知ることになるでしょう。 なにか対案は、ないのでしょうか。 ポピュリズムという「民主主義の鬼子」を防ぐのは、貴族制だといわれることがあります。専制君主のひとりの身体にたいして、おなじように社会的な権威をもつ複数の貴族の身体で、歯止めをかけるということです。 歴史的にみてもイギリスを典型として、議会政治が長い伝統をもつ国は、王権にたいして貴族の力が強かった事例が多い。同等の力をもつ貴族どうしが、たがいの立場をそれなりに尊重しつつ、みずからの主張をぶつけあう場としての議会を育てることで、特定のひとりだけが「わたしの意志が人民の意志だ」とは、僭称できないようにしてきたからです。 いわゆる高貴なるものの責務(ノブレス・オブリージュ)であり、その伝統はEU離脱のさいに貴族院の承認が最後の関門となった、こんにちの英国でもまだ生きています。トランプ政権発足後のアメリカで、多くのセレブリティが積極的に大統領批判の先頭に立つのも、おなじ気風が大衆社会よりにアレンジされたものです。 日本の戦後知識人を代表する丸山真男は、国語の教科書で目にする「『である』ことと『する』こと」というエッセイで、「ラディカルな精神的貴族主義」を「ラディカルな民主主義」と結合させる、という理想をうたいました。たんに民主主義なだけでは、「私が民族だ」と主張する僭主が自由な議論を圧殺する世のなかになることを、見ぬいていたからです。 しかし貴族やセレブの良識によって、ポピュリズムの弊を矯めることを期待するのは、丸山のような「立派な大学の先生」に「悪しき自民党政治」を叱ってもらって満足していた時代と同様の、4章でみた「知性主義」の発想です。 そうしたエリーティズムじたいが、反知性主義というかたちでゆきづまりをむかえたいま、私たちはリベラルな批判者たちの勇気を感謝しつつも、そこにとどまらないあらたな政治と身体のありかたを、模索しなくてはいけません。ウン オバマさんとトランプさんとの違いがよくわかる論調ですね♪ 貴族がいなかったアメリカにはトランプさんのようなポピュリストが出てくる怖さがあるようです。<大使註>僭主:力で奪って君位についた者。君主の名を僭称する者。『知性は死なない』4:言語・身体のマトリクスp145~148『知性は死なない』3:リベラルはなぜ衰退したのかp190~193『知性は死なない』2:「帝国適性」の高い中国p217~221『知性は死なない』1:「平成の欝」p10~13
2018.12.22
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<キャット・ギャラリーあれこれR3>図書館で『キャット・ギャラリー 猫の贈りもの』というアート絵本なるものを、借りたのだが・・・おお 古今東西の猫画像がいいではないか。・・・ということで猫に関する本を集めてみました。・ねこはい・猫の美術史・あっちの女 こっちの猫・作家の猫1・作家の猫2・キャット・ギャラリー 猫の贈りもの・白猫亭・ボブという名のストリート・キャットR3:『ねこはい』を追記***********************************************************************<『ねこはい』>図書館に予約していた『ねこはい』という絵本を、待つこと5日でゲットしたのです。ぱらぱらとめくると、猫の絵がなかなかの味で・・・南さんの絵心に感心したのです。なお、文章のほうは5分ほどで読破いたしました。【ねこはい】南伸坊著、青林工藝舎、2013年刊<「BOOK」データベース>より世界初! 猫が作った俳句絵本!!猫だってなかなかやるらしい。四季折々の世界を猫の目から見て俳句にしたらどんな感じ?<大使寸評>ぱらぱらとめくると、猫の絵がなかなかの味で・・・南さんの絵心に感心したのです。なお、文章のほうは5分ほどで読破いたしました。<図書館予約:(12/13予約、12/18受取)>amazonねこはい猫の絵と俳句をいくつか、見てみましょう。ひだまりで まんぷくである ごーしちごいちめんの ねこじゃらしなり われひとりどろぼうと ののしるこえを おいぬいてれんたんの もえるめつきの あかあおき東京イラストレーターズ・ソサエティのShinbo Minami「ねこはい」でねこの絵が見られます。***********************************************************************【猫の美術史】デズモンド・モリス著、エクスナレッジ、2018年刊<出版社>より名画の猫はなぜそのポーズなの?動物行動学者デズモンド・モリスが古今東西の猫の絵の秘密を解き明かします。古代エジプトから、現代のストリート・アートまで猫の“かわいい! "と“なるほど! "がつまった134点を紹介します。<読む前の大使寸評>しかしまあ、よくも集めて綴った134点であり、著者の粘りはなかなかのものでおます♪<図書館予約:(10/06予約、10/11受取)>rakuten猫の美術史『猫の美術史』2『猫の美術史』1*********************************************************************** <『あっちの女 こっちの猫』2>図書館で『あっちの女 こっちの猫』という本を手にしたのです。この本の挿絵はすべてがモノクロ画像であるが・・・それがかえって佐野洋子の線描画の素晴らしさを表しているようです♪【あっちの女 こっちの猫】佐野洋子著、講談社、1999年刊<商品の説明>より猫と女を巡る佐野洋子の描き下ろし画文集。モノトーンの銅版画ながらエネルギッシュで大胆な構成とユニークなモノローグで、新しい佐野ワールドが展開する。クスッと笑えてズンと胸に響く洒落た大人の絵本<読む前の大使寸評>この本の挿絵はすべてがモノクロ画像であるが・・・それがかえって佐野洋子の線描画の素晴らしさを表しているようです♪<図書館予約:(10/01予約、10/06受取)>amazonあっちの女 こっちの猫『あっちの女 こっちの猫』1***********************************************************************<『作家の猫1』>図書館で『作家の猫』という本を、手にしたのです。『作家の猫2』という姉妹本は先に読んでいましたが・・・やっとこの本に巡り合ったわけで、まよわず借りたのです。【作家の猫】平凡社編、平凡社、2006年刊<「BOOK」データベース>より漱石の「吾輩」から、中島らもの「とらちゃん」まで作家に愛され、描かれた猫たちのアルバム。<読む前の大使寸評>『作家の猫2』という姉妹本は先に読んでいましたが・・・やっとこの本に巡り合ったわけで、まよわず借りたのです。rakuten作家の猫『作家の猫』2:池波正太郎さんちの猫たち『作家の猫』1:中島らもの「とらちゃん」***********************************************************************<『作家の猫2』>図書館で『作家の猫2』という本を、手にしたのです。わりと写真の多いビジュアル本となっています。それから・・・赤塚不二夫さんちの菊千代、米原万里さんちの無理、道理、ソーニャ、ターニャなど有名猫がみられるのが、ええでぇ♪【作家の猫2】ムック、平凡社、2011年刊<「BOOK」データベース>よりしろ、ミイ、クック、ヤン坊、ナルト、リュリ、クーちゃん…作家に愛された猫たち。【目次】加藤楸郎ーしろ、たま、ミイ/長谷川〓(りん)二郎ータロー/萩原葉子ー舞子/池部良ーミンゴ、チー、チビ/城夏子ーノン、メエ、茶目、チャコ…/武満徹ークック、すず、ノノ/佐野洋子ーミーニャ、金太、クロ、フネ/川本恵子ーゴロニャン、プカジャ、ヤン坊/田中小実昌ーミヨ、ミイ/米原万里ー無理、道理、ソーニャ、ターニャ…〔ほか〕<読む前の大使寸評>赤塚不二夫さんちの菊千代、米原万里さんちの無理、道理、ソーニャ、ターニャなど有名猫がみられるのが、ええでぇ♪rakuten作家の猫2***********************************************************************【キャット・ギャラリー 猫の贈りもの】深大寺かおる著、小学館、2003年刊<「BOOK」データベース>より人の心の中には、猫のための場所がある。名画の中から飛び出した猫、ネコ、ねこ。猫いっぱいのアート絵本。<読む前の大使寸評>おお 古今東西の猫画像がいいではないか。巻末には切り取り可能なポストカード集がついている、粋な絵本やでぇ♪rakutenキャット・ギャラリー 猫の贈りもの『キャット・ギャラリー 猫の贈りもの』2:ピカソの描いた猫、藤田嗣治の描いた猫***********************************************************************【白猫亭】宇野亜喜良著、小学館、2004年刊<「BOOK」データベース>よりLOVE?質問はひとつ、答えは1万通り。追憶の波止場にある料理店・白猫亭、宇野亜喜良が贈るラブ・ファンタジー。<読む前の大使寸評>絵本といっても、大人の絵本のような本で、猫好きにとって(また、大人にとって)たまらないわけでおます。rakuten白猫亭***********************************************************************【ボブという名のストリート・キャット】ジェームズ・ボーエン著、辰巳出版、2013年刊<「BOOK」データベース>よりロンドンでプロのミュージシャンを志したものの様々な困難に遭い路上生活者となった青年ジェームズ。人生に目的も目標も持てないままいつまでもヘロイン中毒から抜けだせずにいた。そんな彼の前に突然現れた、一匹の野良猫ボブ。ホームレスの青年と野良猫の友情物語。<読む前の大使寸評>猫好きにとってはたまらない本で・・・表紙のボブの写真がええなあ♪<図書館予約:(2/9予約、3/10受取)>rakutenボブという名のストリート・キャットちなみに、この本を原作にした『ボブという名の猫』を先日観たのです♪【ボブという名の猫 幸せのハイタッチ】ロジャー・スポティスウッド監督、2016年英制作、2018.7.03観賞<tsutaya作品情報>よりロンドンのホームレスの青年が野良猫“ボブ”と出会い、互いに支え合う日々を綴ったベストセラー『ボブという名のストリート・キャット』を映画化。美形俳優のルーク・トレッダウェイをはじめ、ジョアンヌ・フロガットら実力派俳優が好演。 <大使寸評>ボブが飼い主の青年とハイタッチするシーンが何度かあるのだが、何度見ても可愛いのだ♪それにしても薬物中毒者のカムアウトが如何に苦しいものかが、わかる映画でした。tsutayaボブという名の猫 幸せのハイタッチウン 期せずして、黒猫、白猫、茶トラのオンパレードになったやんけ♪
2018.12.22
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図書館に予約していた『ねこはい』という絵本を、待つこと5日でゲットしたのです。ぱらぱらとめくると、猫の絵がなかなかの味で・・・南さんの絵心に感心したのです。なお、文章のほうは5分ほどで読破いたしました。【ねこはい】南伸坊著、青林工藝舎、2013年刊<「BOOK」データベース>より世界初! 猫が作った俳句絵本!!猫だってなかなかやるらしい。四季折々の世界を猫の目から見て俳句にしたらどんな感じ?<大使寸評>ぱらぱらとめくると、猫の絵がなかなかの味で・・・南さんの絵心に感心したのです。なお、文章のほうは5分ほどで読破いたしました。<図書館予約:(12/13予約、12/18受取)>amazonねこはい猫の絵と俳句をいくつか、見てみましょう。ひだまりで まんぷくである ごーしちごいちめんの ねこじゃらしなり われひとりどろぼうと ののしるこえを おいぬいてれんたんの もえるめつきの あかあおき東京イラストレーターズ・ソサエティのShinbo Minami「ねこはい」でねこの絵が見られます。
2018.12.22
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今回借りた5冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「年越し本」でしょうか♪<市立図書館>・神の火・「カエルの楽園」が地獄と化す日・フーテンのマハ<大学図書館>・朝鮮幽囚記・クマラボ イン トウホク図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【神の火】高村薫著、新潮社、1991年刊<「BOOK」データベース>より軍事施設なみの防護網。完璧にシールドされたコンピュータ制御機器。「不可能」のハードルを越えると、またひとつ「不可能」が二人の前に立ち塞がった…。超話題作『黄金を抱いて翔べ』から1年。高村薫は持ち前の科学知識を総動員して、原子炉に狙いを定めた。比類なきクライシス小説千枚。巨大な構築物に素手で立ち向かう男たちの、見果てぬ夢がここにある―。<読む前の大使寸評>『リヴィエラを撃て』でスパイ・アクションを描いた高村薫の男性的な筆力に驚いたのであるが・・・このクライシス小説も期待がもてるのである。<図書館予約:(12/15予約、12/21受取)>rakuten神の火【「カエルの楽園」が地獄と化す日】百田尚樹, 石平著、飛鳥新社、2016年刊<「BOOK」データベース>より日本人に襲いかかる軍事衝突、巨額賠償請求、虐殺の運命。軍艦、戦闘機の次はどんな手を打ってくるか、最悪の日本侵略シナリオをシミュレーション。【目次】第1章 戦わずして尖閣を奪われるシナリオ(人目をはばからず涙を流した/軍が侵入してきた ほか)/第2章 中国はなぜ日本侵略を企むのか(人が住めない環境、暮らせない社会/生存空間とは何か ほか)/第3章 チベット、ウイグルで見た恐ろしい支配の実態(中華帝国と戦った異民族を取り込み、版図を拡大してきた歴史/日本人は「消滅すべき民族」 ほか)/第4章 沖縄「独立」を足がかりにした侵略(なぜ沖縄が大切なのか/全面戦争は絶対に避けたい中国 ほか)/第5章 日本が中国に占領されるとき(アジアのルールは中国が決める/史上もっとも安全な時代に、最大の軍拡に走る異常な国 ほか)<読む前の大使寸評>百田尚樹, 石平著ということで、右寄りの本と予想がつくのだが・・・ぱらぱらとめくってみると、中国の覇権の歴史が語られています。rakuten「カエルの楽園」が地獄と化す日【フーテンのマハ】原田マハ著、集英社、2018年刊<出版社>よりモネやピカソなど、美術にまつわる小説をはじめ、精力的に書籍を刊行する著者、その創作の源は旅にあった!? 世界各地を巡り、観る、食べる、買う。さあ、マハさんと一緒に取材(!?)の旅に出よう!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(8/06予約、12/21受取)>rakutenフーテンのマハ【朝鮮幽囚記】ヘンドリック・ハメル著、平凡社、1969年刊<カスタマーレビュー>より江戸時代、長崎に来るはずのオランダ商船が東シナ海で遭難、30数名の乗組員が李王朝時代の朝鮮に長年に亘って幽囚の身と成ったとき、彼等の目で見た当時の朝鮮を書き残している貴重な歴史的書物。後年英国の旅行家イサベラ・バードが書き残した20世紀初頭の朝鮮の状況と殆ど変わらない姿に、我が国同様に長年鎖国を堅持した朝鮮の、新しい時代の流れを自力で吸収しようとしなかった国の姿を見ることが出来た。<読む前の大使寸評>昨今では韓国から「歴史認識」を突きつけられる日本であるが、では、オランダ商人が見た李朝朝鮮、江戸期の日本はどんなだったか・・・興味深い本である。amazon朝鮮幽囚記【クマラボ イン トウホク】隈研吾著、東京大学出版会、2018年刊<出版社>より【エッセイ】倫理を超えて、FUKUSHIMA を考える(隈 研吾)東北と復興(津田大介)南相馬、福島(あるいは東北)をこれからどうしたらよいか(開沼 博)福島の原発被災地域における空間計画(窪田亜矢)残されたものの顛末(ソフィ・ウダール)「東北、そして福島のこれから」を考える(山本俊一)遠い未来と遠い過去に向かって(藤原徹平)【スタジオ】2014 南三陸の復興広場 嵩上げした土地に、過去の区割りを重ね合う 物語を伝承するランドスケープ 高台と海をつなぐスリットを街に挿入する 出会いの起きる路地をつくる 盛り場の復興 桟橋の上のパブリックスペース 構造物と自然のあいだ <読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると、日本文と英文が半々くらいの構成であり・・・世界的な視点で東北復興を考えるという趣向でしょうか♪rakutenクマラボ イン トウホク********************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き348
2018.12.21
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図書館で『ルイス・キャロル小辞典』という本を、手にしたのです。おお 「不思議の国のアリス」を著わしたルイス・キャロルではないか・・・「アリス・イン・ワンダーランド」はただいま大使のミニブームなので、この本を借りた次第でおます。【ルイス・キャロル小辞典】定松正編、研究社出版、1994年刊<「BOOK」データベース>より世界的名作となった二つの「アリス」の著者、論理と言語をあやつるノンセンス文学の先駆ルイス・キャロルの総合ガイドブック。<読む前の大使寸評>おお 「不思議の国のアリス」を著わしたルイス・キャロルではないか・・・「アリス・イン・ワンダーランド」はただいま大使のミニブームなので、この本を借りた次第でおます。amazonルイス・キャロル小辞典4章「キャロル文学と挿絵」で挿絵そのものについて、見てみましょう。p89~90<文学作品の挿絵> 19世紀までの文学作品で、挿絵がついて出版された本はきわめてまれであった。今日では、挿絵のない『ロビンソー・クルーソー』や『ガリヴァー旅行記』など想像すらできない。だが、双方とも初版には肖像画と地図が数葉あるのみで、挿絵がつくのは数版を重ねてからである。つまり、一定の購読者を得てはじめて挿絵が加えられたのである。 印刷技術の機械化、教育の普及による識字率の上昇などによって、19世紀の出版界は活況を呈し、挿絵の流布を阻んでいた経済的な障壁もとれるようになった。『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』が出版されたヴィクトリア朝中期は挿絵入りの出版物がこれまでにないほどあふれるようになる。 『ペニー・マガジン』、『パンチ』、『イラストレイティッド・ロンドン・ニューズ』などに代表されるジャーナリズムにあっても、挿絵が本文と並んで重要視されるようになる。「会話も絵もない本なんて、いったい何の役に立つの?」というアリスの断定的な口調は、こうした背景を文脈にしていたのであった。 ジョージ・クルックシャンク、リチャード・ドイル、ジョン・リーチ、G・デュ・モーリエ、オーブレ・ビアズリーなど、卓越したイラストレーターが輩出し、ジョン・テニエルの挿絵がほどこされた『アリス』物語も、挿絵文化の潮流のまっただなかに位置していたわけである。そして、挿絵は本文をただ単に説明するだけの飾りものではなく、むしろ啓発するようになっていたのである。 ジョン・テニエル以後も、キャロルの作品群は多くの画家たちの想像力を借りたててやまなかったようだ。アール・ヌーヴォー、アール・デコ、シュールレアリスム、ポップ調といった絵画史上の変遷そのものが挿絵に集約され、変奏され続けてきたと言ってよい。『アリス』物語だけに限っても、チャールズ・ロビンソン(1907年版)、アーサー・ラッカム(1907年版)、ウィリー・ポガニー(1929年版)、マーヴィング・ピーク(1954年版)、サルヴァドール・ダリ(1969年版)、マックス・エルンスト(1970年版)・・・、とたちまちのうちに列挙できよう。 挿絵は本文の解釈として、それぞれ意義がある。ただ文学作品の場合、初版の挿絵ほど重要なものはない。作者が挿絵画家に作品の内容を説明し、意味を解釈しているからである。画家を指揮下に置き、内なるヴィジョンを忠実に写そうとしたキャロルの挿絵は、本文に劣らず意味を生み出してくる。「わからないときは挿絵を見てください」というような言葉まで飛び出してくるのだから。エッ ダリやエルンストまでが、『アリス』物語の挿絵を描いているのか・・・探してみよう。『ルイス・キャロル小辞典』2『ルイス・キャロル小辞典』1
2018.12.21
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図書館で、『まちを読み解く』という本を手にしたのです。中をめくると釜石の復興計画が載っているが・・・釜石は出張で寄ったことがあるので、個人的に気になるのでおます。【まちを読み解く】西村幸夫, 野澤康編、朝倉書店、2017年刊<「BOOK」データベース>より【目次】岩手県(旧)大野村ー地域の構想づくりと実践/釜石ー復興計画を構想する/喜多方ー「蔵ずまいのまち」を現代につないでゆくための都市デザイン/板倉町ー文化的景観の分布調査/大宮氷川参道ー参道樹木調査とその保全活動の実践/佐原ーまち並み保存と観光が一体となったまちづくり/幕張ベイタウンー都市空間を計画し実現するアーバンデザイン/浅草ー地域の資源を地域の人たちといっしょに掘り起こす/神楽坂ーまち並みに再生される「花街建築」のパーツ/中野区ー密集市街地でデザインを考える意義〔ほか〕<読む前の大使寸評>中をめくると釜石の復興計画が載っているが・・・釜石は出張で寄ったことがあるので、個人的に気になるのでおます。rakutenまちを読み解く第2章「釜石」で地域性と防災性の共存について、見てみましょう。p122.4 地域性や居住性と防災性をいかに共存させるか 地域性のテーブルでは、釜石とはどのようなまちだったのか?という視点から、現地調査結果の振り返りと、市民それぞれの生活の記憶の振り返りや心象風景を語るといった議論が進められた。 その結果、青葉通り、天王山、埠頭のクレーン(緑のキリン)、魚市場、観光船(はまゆり)、商店街、飲兵衛横丁、橋上市場など被災前の釜石の地域資源を復活または活用するアイデアが多々出され、復興のなかで継承すべき地域性が明らかになった。 これらの地域資源は、天王山を除けばすべて低地や水際に存在していたために流され、壊滅的な被害を受けた。地域資源を活かした復興、(商店街、飲兵衛横丁、橋上市場といった)釜石らしさのあるにぎわいの復興には、市街地全部を嵩上げ再建するのでなく、水際やその背後地などの場所に暮らし、危険を承知でいざというときには逃げることを前提にまちを計画すべきだという思いが一部参加者からは語られた。 産業のテーブルでは、魚市場や水産加工など従前の水産漁業関連産業の復興が望まれるだけでなく、経済特区の形成、エコファクトリーの形成、クリーンエネルギー活用など、もともとの衰退地域を再生するための新たな産業振興のアイデアが生理された。 居住のテーブルでは、ヒアリング調査を通じて、避難所暮らしや仮設住宅に関するさまざまな不安や不満が出された。さらに、同じ所に住みたい、同じ地域の高台に住みたい、同じ地域は嫌だが同じ学区内に住みたい、などなどの多様な希望が出されたことから、それに応えられる多様な選択肢の必要性が指摘された。 仮設店舗やキッチンカーなどひとびとが集まる仕掛けの必要性、散歩できたり眺めがよい避難路がほしいといった日常的に活用したり親しめる場所の必要性が意見として出された。 こうした各テーブルの議論の成果や意見を取りまとめて、最終的には東部地区全体の土地利用イメージがまとめられた。そしてワークショップの成果と国交省「津波被災市街地復興手法検討調査」の成果をもとに、復興プロジェクト会議が「スクラムかまいし復興プラン」を策定した。ウン 官民の連携がこれだけ取れているとは予想外でした。見直したというかご立派ということですね。なお、神戸市の場合、復興のスピードは目を見張るばかりでしたが、やや神戸市のペースに押し切られた感がするのです。震災以前から海上都市さえ作った神戸市の実績、スキルは馬鹿にできないのです。かつての橋上市場『まちを読み解く』1
2018.12.21
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図書館で、『まちを読み解く』という本を手にしたのです。中をめくると釜石の復興計画が載っているが・・・釜石は出張で寄ったことがあるので、個人的に気になるのでおます。【まちを読み解く】西村幸夫, 野澤康編、朝倉書店、2017年刊<「BOOK」データベース>より【目次】岩手県(旧)大野村ー地域の構想づくりと実践/釜石ー復興計画を構想する/喜多方ー「蔵ずまいのまち」を現代につないでゆくための都市デザイン/板倉町ー文化的景観の分布調査/大宮氷川参道ー参道樹木調査とその保全活動の実践/佐原ーまち並み保存と観光が一体となったまちづくり/幕張ベイタウンー都市空間を計画し実現するアーバンデザイン/浅草ー地域の資源を地域の人たちといっしょに掘り起こす/神楽坂ーまち並みに再生される「花街建築」のパーツ/中野区ー密集市街地でデザインを考える意義〔ほか〕<読む前の大使寸評>中をめくると釜石の復興計画が載っているが・・・釜石は出張で寄ったことがあるので、個人的に気になるのでおます。rakutenまちを読み解く第2章「釜石」で復興のその後を、見てみましょう。p10~11<復興計画を構想する>より 岩手県釜石市の中心市街地である東部地区は、東日本大震災の津波により甚大な被害を受けた。現在は復興に向けた整備が進んでいる。被災した市街地を再建し住みつづけるには、防災の観点から市街地の強靭化が望まれる。一方、その地域にひとびとが住みつづけたいと思うには、防災のような非日常の視点と、生活のための日常の視点をあわせもった復興まちづくりの構想が必要である。 そこで本章では、防災性の向上と日常生活の場の再生という二つの視点を中心に、釜石東部ちくにおける復興まちづくりの基本計画の構想過程を振り返り、まちを読み解く手法がいかに適用されているかを明らかにする。2.1 復興まちづくり基本計画策定とその後の進展 釜石市の復興まちづくり基本計画「スクラムかまいし復興プラン」は、被災から1ヵ月後(4/11)の市長による釜石市復興まちづくり基本方針の明示を起点に、骨子案の作成(7/11)、中間案の作成(10/26)を経て、2011年12月22日に策定した。この間の詳細な策定経緯については、基本計画に詳述してあるので参照してほしい。 2011年12月の東日本復興特別区域法の成立を受けて、復興推進計画、復興整備計画、復興交付金事業計画の作成に作業の重心がシフトすると、各地区に導入する復興交付金想定事業の精査がおこなわれ、2012年1月から3月にかけて土地利用方針と事業想定の詳細内容に関する地元合意が、各22地区の復興懇談会において進められた。 復興基本計画策定後の東部地区では、被災した主要公共施設(市民文化会館、市庁舎、警察署、消防署)の再配置検討に始まり、大規模遊休地(中番庫)への大規模商業施設(A社)出店構想、これに端を発する大町地区4街区の市街地整備検討が1月から4月頃に進められた。 検討成果と復興基本計画をふまえて6月には、東部地区整備のマスタープランを庁内で作成した。当該マスタープランに沿って、7月以降には基盤整備計画の具体化と、大町地区4街区の市街地整備の具体化が進んだ。災害公営住宅は秋の住民意向調査をふまえて全体計画の検討が12月頃から始まり、復興事業は本格化していった。2.2 復興まちづくりのためのワークショップ「スクラムかまいし復興プラン」は、専門家と市民とが協働でおこなったワークショップの成果が提案のベースになっている。 2011年5月過ぎころに市の復興プロジェクトチームが国との折衝(補助事業の適用、復興予算の確保など)を念頭に作成した復興計画の「たたき台案」はあったが、その内容は土地の嵩上げ、区画整理や街路整備などの土木・基盤整備事業の全面的導入によりまちの歴史や記憶まで失うかのような無個性なまちをつくる案にみえた。そこで、もっと釜石らしさのあるまちの再建の視点が必要との思いから、防災だけでなく地域性・産業・居住を加えた四つのテーマを立てて素案づくりをおこなうプロセスを導入することになった。ウン 復興事業は着実に進められているようですね。かつての橋上市場やや 無いものねだりになるが、「スクラムかまいし復興プラン骨子」から伝統的な地域の顔の復活を見てみましょう。 スクラムかまいし復興プラン骨子より 新たな希望づくり・新魚市場の整備・伝統的な地域の顔の復活(例;橋上市場・呑兵衛横丁のような)・海岸観光交流拠点の整備・祭り、イベントの展開
2018.12.20
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図書館で『善と悪(ナショナルジオグラフィック2018年2月号)』という雑誌を、手にしたのです。先ごろ、(ナショナルジオグラフィック2018年4月号)でスズメの生態を読んで、いたく惹かれたのだが、今月号の鳥シリーズ「鳥の知能」もなかなかのもので、借るしかないのです。【善と悪(ナショナルジオグラフィック2018年2月号))】雑誌、日経ナショナルジオグラフィック社、2018年刊<商品の説明>より【特集】●善と悪の科学:見ず知らずの人を命懸けで守る人もいれば、残忍な凶悪犯になる人もいる。善悪の概念の違いはどのように形成されるのだろう。脳の働きに、その答えがみつかりつつある。シリーズ 鳥たちの地球●鳥の知能:オウムは器用に道具を作り、カラスは少女に贈り物をする。鳥たちは小さなその頭脳に驚くほど優れた能力を秘めていることが、さまざまな研究でわかってきている。●中国の胃袋を満たす:巨大な人口を抱える中国。急速な経済発展に伴い、かつてないほど多くの肉や乳製品、加工食品が食べられるようになった。そうした需要に応えるため、農業は変化を迫られている。<読む前の大使寸評>今月号の鳥シリーズ「鳥の知能」もなかなかのもので、借るしかないのです。amazon善と悪(ナショナルジオグラフィック2018年2月号)中国の農業、食生活を、見てみましょう。p88~90<中国の胃袋を満たす:トレーシー・マクミラン> 中国北西部の甘粛省にある0.1ヘクタールもない小さな畑で、蒋万年と平翠香の夫婦が大根の種を収穫している。その姿を見ていると、まるで過去に迷い込んだかのようだ。 種の莢が付いたまま、乾燥させた大根の茎を腰の高さまで積み上げた山に、夫がさびたトラクターで乗り上げる。山はつぶれ、それを妻が熊手でかき集め、夫が再びトラクターでつぶす。夫婦が砕かれた茎を両手で宙に投げると、赤茶色の種がぱらぱらと落ちてくる。この作業は何時間も続く。機械を使えば数分でできるが、夫婦には買う余裕がないのだ。 蒋と平は中国とその農業の一端を物語る。この国では1ヘクタール未満の小規模な農地が全体の9割余りを占め、農家1軒当りの耕作面積は世界最低レベルだ。ただ、話はそれで終わらない。 中国は欧米諸国が150年かけて進めた農業の近代化を過去40年ほどで進め、先進的な取り組みもしている。小規模農家、工業型畜産・酪農施設、環境に配慮したハイテク農場、さらには都市型の勇気農業まで、今の中国にはさまざまな農業が存在する。 それというのも、難題に答えを出さねばならないからだ。中国は、世界全体の1割足らずの農地で、世界人口の2割近い国民を養わなければならない。しかも食の好みは変わろうとしている。30年前には都市人口は全体の約25%にすぎなかったが、2016年には人口の57%が都市で暮らすようになり、食生活も欧米化しつつあるのだ。 肉の消費量は1990年の3倍近くに達し、牛乳・乳製品の消費量は95年から2010年までに都市部で4倍、農村部では6倍近く増えた。加工食品の需要も08年から16年までにおよそ1.7倍になった。 農業資源に乏しい中国は新たな食料需要を満たすために外国に進出する必要がある。そのため政府が旗振り役となり、中国湖業は米国やウクライナ、タンザニア、チリなどで農地や食品会社の買収を進めている。しかし主食の穀物については、思想上の理由から、また食料安全保障の観点から自給を目指してきた。となると厄介な疑問が生じる。食糧自給を目指す一方で、食せいかつの欧米化が進む中国。そのニーズは農業をどう変えるのか。■細分化された中国の農地 今の中国では農産物の需要と供給の不釣合いを解決することなど不可能なほど難しく思える。耕作可能な土地は約1億3500万ヘクタールで、そのうち約1500万ヘクタールは汚染されているか、復旧待ちの休耕地になっている。 14億人近い人工を養わなければならないが、欧米式の食生活を支えているような巨大農場の導入は不可能に近い。山や砂漠が国土のかなりの部分を占めるためでもあるが、農地が約2億ヵ所もの区画に細分化されているためでもある。中国の農業地帯を空から見ると、緑一色のカーペットというより、小さなパーツをつなげたパッチワークのキルトのようだろう。 蒋と平が暮らす集落は、毛沢東時代の集団農場「人民公社」の名残で、第7大隊と呼ばれている。この方式はうまくいかず、中国は1950年代末から60年代初めにかけて大飢饉に見舞われた。蒋によると当時、飢えをしのぐために樹皮や皮製のベルトを煮て食べたという。80年代初頭に人民公社は解体されたが、土地は引き続き国家が所有し、耕作権を村人たちに平等に分け与えた。 それによって蒋と平が得たのは、4ヶ所に分散した合計1.2ヘクタールほどの畑だった。里帰りしていた娘の蒋ユイビンが畑を案内してくれた。彼女は郷里から約1900キロ離れた雲南省昆明の旅行会社で働いている。 青空が広がる暑い日、彼女はまず、両親がステビアを作付けした0.4ヘクタールほどの畑に連れて行ってくれた。緑の葉をつけた丈の低いステビアは甘味料の原料になる。さらに歩いて行くと、0.2ヘクタールほどの亜麻仁の畑があり、そこから2キロほど先に、大根、レタス、トウモロコシの畑があった。畑の案内を終えるとユイビンは両親のことを話し、米国式のような農業ができたらいいのにと、ため息をついた。「これが中国の現状です。大半の土地は管理が大変で、労働力も資源も無駄になっていっます」 質的にも量的にも変わりつつある食料需要を国内生産でまかなうには「多くの改革が必要です」と、北京大学の農業経済学者である黄季クンは言う。灌漑設備の改良、新技術や機械の普及も重要だが、真っ先に取り組むべきは農業の大規模化だと、黄は指摘する。解決は簡単だと思われるかもしれない。パッチワークのキルトを巨大なカーペットに変えればいいだけだ、と。 しかし、大きいことは必ずしも最善ではないと、黄はくぎを刺す。中国の主要な穀物であるトウモロコシ、米、小麦はいずれも、比較的小規模の農地で単位面積当りの収量が最も多くなるという。2~7ヘクタールが最も効率が良いという研究結果もある。 そもそも、中国は小規模な畑を集めて大農場にするつもりはない。それは物理的にほぼ不可能なばかりか、何百万もの農家の路頭に迷わせ、社会的な混乱を生むだろう。少なくとも現段階で試みられているのは、大型スーパーの駐車場ぐらいの規模にすることだ。『善と悪(ナショナルジオグラフィック2018年2月号)』1
2018.12.20
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図書館で『善と悪(ナショナルジオグラフィック2018年2月号)』という雑誌を、手にしたのです。先ごろ、(ナショナルジオグラフィック2018年4月号)でスズメの生態を読んで、いたく惹かれたのだが、今月号の鳥シリーズ「鳥の知能」もなかなかのもので、借るしかないのです。【善と悪(ナショナルジオグラフィック2018年2月号))】雑誌、日経ナショナルジオグラフィック社、2018年刊<商品の説明>より【特集】●善と悪の科学:見ず知らずの人を命懸けで守る人もいれば、残忍な凶悪犯になる人もいる。善悪の概念の違いはどのように形成されるのだろう。脳の働きに、その答えがみつかりつつある。シリーズ 鳥たちの地球●鳥の知能:オウムは器用に道具を作り、カラスは少女に贈り物をする。鳥たちは小さなその頭脳に驚くほど優れた能力を秘めていることが、さまざまな研究でわかってきている。●中国の胃袋を満たす:巨大な人口を抱える中国。急速な経済発展に伴い、かつてないほど多くの肉や乳製品、加工食品が食べられるようになった。そうした需要に応えるため、農業は変化を迫られている。<読む前の大使寸評>今月号の鳥シリーズ「鳥の知能」もなかなかのもので、借るしかないのです。amazon善と悪(ナショナルジオグラフィック2018年2月号)鳥シリーズ「鳥の知能」から頭のいいカラスについて、見てみましょう。p73~77<カラスの道具作り:バージニア・モレル> 鳥類、なかでもカラスとオウムは「羽毛を生やした類人猿」と呼ぶにふさわしいと、認知生物学者のネイサン・エメリーは言う。これはエメリーが妻のニコラ・クレイトンと書いた論文でカラス科の鳥を表現するのに使った言葉だ。 夫妻は以前の研究で、アメリカカケスが木の実の隠し場所を変える行動を研究し、この行動は本能ではなく、ほかの鳥の木の実を横取りした後にだけ見られることを突き止めた。「盗みの経験がカケスの行動を変えたのです」とエメリーは話す。どうやらカケスは自分の木の実がほかの鳥に盗まれるかもしれないと考えて、隠し場所を変えたようだ。 カラスと類人猿は関係が薄く、共通の祖先から枝分かれしたのは3億年以上も前だ。それでも同じように複雑な認知能力を発達させたのは、似たような状況に置かれていたからだと夫妻は考える。 どちらも社会集団を形成するため、仲間の動機や要求を理解することが欠かせない。また、さまざまな食べ物を見つけて加工するには、道具が必要になることがある。野生でその技術を発揮できるのはチンパンジーとオランウータン、カレドニアガラスだけだ。 艶やかな黒い羽毛のカレドニアガラスは、アメリカガラスと共通の祖先をもち、太平洋南西部に位置するニューカレドニアの二つの島にのみ生息する。1993年、現地を訪れたガビン・ハントが、樹上で何か奇妙なものを置いているカラスを見つけた。 「それが現在『ステップド・ツール』と呼ばれるものです」。ハントはそう言って箱から実物を取り出した。「見た瞬間、道具だとわかりました。特定の目的のために作られたものです。遺跡の発掘現場から出てきたら、人間が作ったと思うでしょう。でも見つけたのは森で、製作者はカラスだったのです。」 その道具は長さ15センチほどで、細長い葉でできていた。薄くて柔軟性があり、縁に段差がついて一方の先が細くなっている。元は熱帯の島によく見られるパンダナスという、ヤシに似た植物の葉だ。人間ならはさみを使うところだが、カラスはこれを嘴で作った。 カラスは出来上がったステップド・ツールをくわえて、ゴキブリやクモなどの獲物を探すのに使う。ほかにも、同じ目的で先の曲がった枝を使ったり、まっすぐな棒を倒木の穴に差し込んで虫を探したりもする。「人間と同じで、カラスにも道具作りの伝統があり、それを次の世代に伝えています。だからステップド・ツールにしろ、先の曲がった枝にしろ、形や大きさが決まっているんです」とハントは解説してくれた。 道具を自作する動物はごく少数だ。用途に応じて決まった形の道具を作るとなると、さらに珍しい。チンパンジーが道具を作ることを霊長類学者のジェーン・グドールが発見するまで、道具作りはヒトだけの能力であり、それが高度な知能の発達を促したと考えれていた。 「ところがカレドニアガラスも道具を作り、道具作りの文化を有していることがわかりました。野生の状態で自然に見られる行動で、しかも霊長類から関係が遠い動物が道具作りの能力を発達させている。これは重要な発見です」と、米ワシントン大学の野生動物学者ジョン・マーズラフは話す。「道具作りの能力は、霊長類と鳥類という、構造が大きく異なる少なくとも2種類の脳で発達してきたということです」スズメたちの生態については、先ごろ借りた『超監視時代(ナショナルジオグラフィック2018年4月号)』1に載っています。
2018.12.20
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日ごろブログをつづるうえで困ることといえば・・・難読漢字をどう読むか、どう書くか(打つか)というこということである。大使が往生こいた経験から、次のような解決策を得たので伝授いたします。・難読漢字の周りの短文を、そのままネット検索にかける・ネットの漢字辞書でヘン、ツクリを手がかりにして探す・中国の省名、地名は事前に一覧表を作っておく・中国の簡体字は日本語設定のパソコンの場合は書けない・台湾の繁体字は日本語設定のパソコンでも書けるようです(このあと試してみます)*****************************************************例えば、さんずいの漢字の読みかたがネットで330件も載っているので、ここを探せば全てのさんずいの漢字が読める(したがって打てる)わけです。「(さんずい)」が部首の漢字(330件)より氾 音読み ハン 訓読み ひろがる汀 音読み テイ 訓読み なぎさ その他 なぎさ,みぎわ汁 音読み ジュウ,シュウ 訓読み しる,つゆ その他 つら汎 音読み ハン,ホン 訓読み ひろい汐 音読み セキ 訓読み しお,うしお その他 きよ,しお汕 音読み サン(以降省略)*****************************************************中国の地名関連の記事を書く時に、書けない(打てない)漢字にでくわすことがあるので、以下のようにメモしておくと便利である。(特に浙江省など)<中国の地方行政区分>安徽省福建省甘粛省広東省の回りの貴州省海南省河北省黒竜江省河南省湖北省湖南省江蘇省江西省吉林省遼寧省青海省陝西省山東省山西省四川省雲南省浙江省台湾省 (実効支配していない)
2018.12.19
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<『ぜんぶの後に残るもの』2>図書館で、川上未映子のエッセイ集『ぜんぶの後に残るもの』を見つけて借りたのです。大使は普段、週刊新潮を読まないのだが、未映子さんの「オモロマンティック・ボム!」というコラムがあって・・・そのコラムのエッセイを集めて、この本のようなエッセイ集になるようです。【ぜんぶの後に残るもの】川上未映子著、新潮社、2011年刊<「BOOK」データベース>よりわたしにとっての南三陸町は、その母子の輝きそのものである。町の記憶は匂いや光や言葉とともに、あの筆舌に尽くし難い圧倒的な生命力と分かちがたくわたしのなかにある。津波にも地震にも奪いきれないものが、わたしたちのなかにはある。<読む前の大使寸評>大使は普段、週刊新潮を読まないのだが、未映子さんの「オモロマンティック・ボム!」というコラムがあって・・・そのコラムのエッセイを集めて、この本のようなエッセイ集になるようです。amazonぜんぶの後に残るもの未映子さんが故郷・大阪について語っているので、見てみましょう。<いっそ、すがすがしいほどディープ>よりp124~126 人間というものは個人差もあるだろうけれど、家とその周辺、そして職場があればその地域だけで難なく生きていけるものでもあって、そんなだからわたしは大阪出身なのに大阪の地理や名所みたいなものに激しく疎く、なにかの折りに知人友人などから「」「」と言われても、ただの一軒も頭に浮ばない体たらく。 もちろん大阪城にも入ったことがなければユニバーサル・スタジオ・ジャパンにも行ったことないし、おしゃれな堀江だってまったく知らない。おいしいたこ焼きの店もお好み焼きの店もなんにもひとつも案内できるところがない。知らへん知らへんではなんだかとてもいけないのではないかときゅっと思い立ち、せっかくの大阪滞在というか長期の帰阪なので、このさきよっぽどのことがない限り訪れることがないだろう新世界になんの理由もないけれど独りぶらりと行ってみた。 東京の友人と一緒に串カツを食べに来たことはあったけれど、この街のディープさはちょっと歩いてみるだけではおそらく認識できないほどのディープさで、いっそすがすがしく映るのだけど街角では今日も色々なものが解体されていた。ものすごい看板、ものすごい人々。特有の活気に目を焼かれるような思いで目指したのは通天閣。もうこんな機会はないだろうし、意味もなく登っておこうという気になったのだ。 このあたりには「ビリケンさん」という神さまがいて、わたしは大人になるまで知らなかったのだけれど、神さまらしく、通天閣の頂上にも祀られていてみんなが手をあわせていた。足の裏を触ると御利益があるらしく木で作られた足の裏はすでにえぐられたようになっていた。活気あるう、と思っておみくじを引くとけっこう最悪なことしか書かれておらず、もう一度引いてみるとさらに最悪なことが書かれてあってその上回りの連続にちょっぴり感心したりした。 展望台の椅子に座って薄暮に沈む大阪の街をぼんやりと眺めながら、あっちが天王寺駅、あそこが動物園、と色々と目で追うのだけど、思い出はいくつも頭にあるのに、何故なのか、胸に迫るものがなく、つまり一切が懐かしさから遠くにありすぎて、逆に不安になるのだった。 予想していた感情のパターンから外れてしまうことへの不安なのか、変化への不安なのか、なにかが終わってしまいつつあることへの不安なのか。それとも感受性の死に目に立ち会っている不安? わからないけれど、動いてくれそうにない気持ちでもって、青い夕暮れをぼうっと見つめていた。 通天閣内部にはいくつかのゲームがあって、目についたのは「くるくるコイン」。最初、意味がわからなかったけれど、どうやらコインを入れるとくるくるまわって落ちていくよ、それを見るのが楽しいよ、というわけらしく、つ、つまりはお金を回収するだけのおそろしい機械で驚いた。 お金がくるくる孤を描いて落ちていくのを見るんだけど、そこはお客さんも上手であって、若いお母さんはお金が最後の穴に回収されるまえにばしっと手でおさえて財布にちゃんともどしてた。か、活気あるう。ン? 関西弁を駆使する未映子さんであるが・・・大阪をこれだけ知らなかったとは意外でした。なんか関西人という枠に収まらない新人類なんでしょうかね。『ぜんぶの後に残るもの』1
2018.12.19
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図書館で、川上未映子のエッセイ集『ぜんぶの後に残るもの』を見つけて借りたのです。大使は普段、週刊新潮を読まないのだが、未映子さんの「オモロマンティック・ボム!」というコラムがあって・・・そのコラムのエッセイを集めて、この本のようなエッセイ集になるようです。【ぜんぶの後に残るもの】川上未映子著、新潮社、2011年刊<「BOOK」データベース>よりわたしにとっての南三陸町は、その母子の輝きそのものである。町の記憶は匂いや光や言葉とともに、あの筆舌に尽くし難い圧倒的な生命力と分かちがたくわたしのなかにある。津波にも地震にも奪いきれないものが、わたしたちのなかにはある。<読む前の大使寸評>大使は普段、週刊新潮を読まないのだが、未映子さんの「オモロマンティック・ボム!」というコラムがあって・・・そのコラムのエッセイを集めて、この本のようなエッセイ集になるようです。amazonぜんぶの後に残るものでは、オモロマンティックな、はたまた真摯なエッセイをいくつか紹介します。<世界に濡れた気になって>よりp59~61 新聞の読書委員になって2年目に入り、自分で購入する以外の本が増えて、まるでドラえもんの秘密道具「バイバイン」(お饅頭とかにかけると5分ごとに倍になっていくやつ)みたいな感じ、我が家も限界にきたようです。 読書委員会は2週間に1度ひらかれて、その間に刊行された文字通り山と積まれた本のなかからまずは気になるものを選ぶ。それを車座になった委員から委員へぐるぐる回して、こんな本が出たのか、あの連載がまとまったのか、これにはちょっとひと言あるな、などなど目を通しつつメモをとったりあれこれして、一巡したらそれぞれがプレゼンテーションをする時間。 読んでみないとわからないからだいたいは検討しますという報告だけれども、取り上げる意思があるならその理由を述べる必用があり、同時にセリも行なわれ(人気のある本を選者が取りあう)、そのやりとりが結果を左右することもあってこれがなかなかスリリングなのだった。ほかの新聞の書評委員の方にきけば基本的にはそういった議論の場はないらしく、読売新聞独特みたい。 連載だったり定期的に文章を書く仕事はいくつかしているが一番大変なのが書評であってこれがものすごく緊張する。なんせ本一冊ができるまでというのはすべてとは言わずともこれが大変に大変な労力がかかっているに違いないからできるだけ多く紹介したいが、しかし数には限りがあってぐんと背中が重くなる。 考え方は色々あるけど、新聞書評は批評でも評論でもなく日曜日に新聞を読んだ人が、共感でも驚きでもとにかくなにか刺激されて、思わず手に取りたくなるようなその本の「良さ」を伝えることがまずは初発の役割だと思っているので、ありとあらゆることが難しい。その本のポイントをつかむのも難しければそれをどう書けば読者の刺激に繋がるのかも難しい。そんなことなにも考えずにただ強く思ったことを書くのが人を動かす場合も多々あるし、パズルみたいに作り込むのがその本の内容を発揮することになっていい場合もある・・・そしてなにより責任重大な感じが張っても入るわけで(人の子どもを預かる気分というかなんというか)そんな感じで自分が担当する週などは1日中、書評のことを考えているようなそんな具合。 そうなってくるとですね、自分の小説への意識がなんとなーく希薄になってくるのも事実なのだよね! 自分で書いた文章とそうでない文章、あるいは、もうすでに存在している文章とまだ書かれていない文章という違いこそあるけれど、自分の仕事は自分にしかできないし、いつか書き上げることがわかってるからこそいまは他人によって書かれた物語や考えの世界に浸るのもいいんじゃないのとかそういうことを思ってしまう。 他我が溶け出す感じというか、世界にあるsyべての本で1冊の本になる、じゃないけど、たくさんの本に触れてるとなんか気持ちが大きくなるのだよね・・・まあ理想はすべてをおなじ濃さでやり抜くことにあるからやりますけれど、でもなんかちょっとした贅沢なひとときではあるのだったよ・・・とかいいつつも小説が滞ってるので実際はかなり焦っているのもまた事実!ウーム とにかく書評委員は気苦労の多い仕事のようですね。以前に読んだ未映子さんのエッセイ集を挙げておきます。【人生が用意するもの】川上未映子著、新潮社、2012年刊<「BOOK」データベース>より「世界のみんなが気になるところ」を論じ、あの三月を思い、人生のデコボコに微苦笑しながら、読者の意表を突きまくる最新エッセイ六十余篇。断酒日記付き。<大使寸評>週刊新潮に連載の「オモロマンティック・ボム!」を単行本化した3冊目にあたるとのことであるが・・・「オモロマンティック・ボム!」というタイトルからして、そして中身も面白いのである。彼女は紫式部文学賞なるものを授賞しているそうだが・・・なるほど、長くつづる文体は紫式部のようでもある。でも、彼女の文体は、清少納言や吉田兼好のような随筆にこそ生きるのではないかと思うのです。rakuten人生が用意するもの『人生が用意するもの』2『人生が用意するもの』1
2018.12.19
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図書館で『ルイス・キャロル小辞典』という本を、手にしたのです。おお 「不思議の国のアリス」を著わしたルイス・キャロルではないか・・・「アリス・イン・ワンダーランド」はただいま大使のミニブームなので、この本を借りた次第でおます。【ルイス・キャロル小辞典】定松正編、研究社出版、1994年刊<「BOOK」データベース>より世界的名作となった二つの「アリス」の著者、論理と言語をあやつるノンセンス文学の先駆ルイス・キャロルの総合ガイドブック。<読む前の大使寸評>おお 「不思議の国のアリス」を著わしたルイス・キャロルではないか・・・「アリス・イン・ワンダーランド」はただいま大使のミニブームなので、この本を借りた次第でおます。amazonルイス・キャロル小辞典ジョン・テニエルによるジャバウォック5章「登場人物・事項インデクス」でジャバーウォッキーを、見てみましょう。p109~110<ジャバーウォッキー『鏡の国のアリス』> キャロルの「ジャバーウォッキー」は、エドワード・リアの詩集『ノンセンスの本』と肩を並べるイギリスのノンセンス詩の白眉である。しかし、たくさんの合成語を用いており難解な詩である。しかし、たくさんの合成語を用いており難解な詩である。 第6章でハンプティ・ダンプティが、アリスの質問に答えて第一連の用語解説をしている。ジャバーウォッキーという言葉についてキャロルは投書にこたえて、アングロサクソン語でジャバは調子に乗ってべらべらしゃべるの意、ウォックはその結果生まれたものの意です、と言っている。エリック・パートリッジはテニエルの挿絵から、ジャバは爪のあるいは爪での意、ウォックはと説明している。 この詩の最初の4行は、キャロルが1855年に家庭内で発行していた雑誌『ミッシュマッシュ』(ごったまぜ)にのせた「古代英語詩の断片」である。なかの五連は、1867年ホイットバーンに住むいとこのウィルコックス家をおとずれたとき、退屈しのぎに始めた詩作ゲームから生れたものと言われている。そこには、いとこのメネラ・ビュート・スメドレーも同席していた。 彼女は1846年にドイツのバラード「巨人山の羊飼い」を英訳している。この話は、若い羊飼いが羊をおそうグリフィンを、そのねぐらのある巨木まで追いつめ、ねぐらを焼き、心臓を突いて退治し、その手柄のために彼は公爵の娘と婚約する、という筋書きのものである。 キャロルはこの話を念頭に置いていたらしい、とロジャー・L・グリーンは述べている。高橋康也は『ルイス・キャロル詩集』の中で、ジャバーウォッキーは言語怪獣であると言っている。wikipediaで『ジャバウォックの詩』を覗いてみました。wikipedia『ジャバウォックの詩』より夕火の刻、粘滑なるトーヴ遥場にありて回儀い錐穿つ。総て弱ぼらしきはボロゴーヴ、かくて郷遠しラースのうずめき叫ばん。『我が息子よ、ジャバウォックに用心あれ! 喰らいつく顎、引き掴む鈎爪! ジャブジャブ鳥にも心配るべし、そして努(ゆめ) 燻り狂えるバンダースナッチの傍に寄るべからず!』『ルイス・キャロル小辞典』1
2018.12.18
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図書館で『ルイス・キャロル小辞典』という本を、手にしたのです。おお 「不思議の国のアリス」を著わしたルイス・キャロルではないか・・・「アリス・イン・ワンダーランド」はただいま大使のミニブームなので、この本を借りた次第でおます。【ルイス・キャロル小辞典】定松正編、研究社出版、1994年刊<「BOOK」データベース>より世界的名作となった二つの「アリス」の著者、論理と言語をあやつるノンセンス文学の先駆ルイス・キャロルの総合ガイドブック。<読む前の大使寸評>おお 「不思議の国のアリス」を著わしたルイス・キャロルではないか・・・「アリス・イン・ワンダーランド」はただいま大使のミニブームなので、この本を借りた次第でおます。amazonルイス・キャロル小辞典4章「キャロル文学と挿絵」でジョン・テニエルを、見てみましょう。p95~98<ジョン・テニエル> 『アリス』物語を思い浮かべるとき、読者の脳裏には必ずといっていいぐらいテニエルの描いた、イギリス紳士の典型である滋味あふれた白うさぎ、珍奇な幻獣、あのアリスなどが現れてくる。 キャロルの物語にテニエルの挿絵が付随しているのではなく、絵が物語を発動しているかのような錯覚にとらわれてしまう。それほどまでにテニエルの挿絵は、不可分な形でテクストと結びついている。 両者の深くて強い結びつきを切り放ち、新しい『アリス』像を提示しようとこれまで百名以上の画家が試みてきたが、テニエルの呪縛から解放され、新しい像を提示できた画家はいない。テニエルの挿絵は、あまたある『アリス』像の変数に対する定数と言ってよい。 では、作家と画家のこうした強力な相互関係はどのようにして生れたのであろうか。 結論から言えば『アリス』物語の挿絵は二人の幸福な関係から生れたのではなく、葛藤と妥協の産物であると言ってよい。現に92葉ある挿絵のうち、キャロルが気に入ったのは、ハンプティ・ダンプティ1葉のみという事実からだけでもかなり屈折したドラマを想像できる。 キャロルは視覚的想像力に富んでいたのだが、自らのイメージを紙にうつす技量を欠いていた。ヴィジョンを表現するためには、どうしても画家の手を必用としたのである。でも、内なる眼に映っていたものと寸分でも違うものができてくると大いなる失望を感じ、異なったヴィジョンが自己の聖なるヴィジョンを汚している、とまで思い込んでしまうほどであった。 キャロルのこうした自負が、テリエルとの共同作業を困難なものにsた。結果的には、キャロルの描いた挿絵の四分の三までもがテリエルに採用されている。異なる構図、モチーフを合体させたような分まで含めると、その割合はもっと大きくなるであろう。(中略) 『パンチ』の挿絵画家であったテリエルがとった戦略は、『パンチ』の挿絵の中にアリスとその世界を置いてみることであった。『パンチ』に二千もの挿絵を描いたテニエルは、たちまちのうちに、キャロルの制約を受けながらも独自の世界をつくり上げたのである。挿絵が本文を主導していくほどの世界を。
2018.12.18
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今回借りた6冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「予約本」でしょうか♪<市立図書館>・ぜんぶの後に残るもの・『善と悪(ナショナルジオグラフィック2018年2月号)』・ぬかるんでから・ねこはい<大学図書館>・ルイス・キャロル小辞典 ・まちを読み解く図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【ぜんぶの後に残るもの】川上未映子著、新潮社、2011年刊<「BOOK」データベース>よりわたしにとっての南三陸町は、その母子の輝きそのものである。町の記憶は匂いや光や言葉とともに、あの筆舌に尽くし難い圧倒的な生命力と分かちがたくわたしのなかにある。津波にも地震にも奪いきれないものが、わたしたちのなかにはある。<読む前の大使寸評>大使は普段、週刊新潮を読まないのだが、未映子さんの「オモロマンティック・ボム!」というコラムがあって・・・そのコラムのエッセイを集めて、この本のようなエッセイ集になるようです。amazonぜんぶの後に残るもの【善と悪(ナショナルジオグラフィック2018年2月号))】雑誌、日経ナショナルジオグラフィック社、2018年刊<商品の説明>より【特集】●善と悪の科学:見ず知らずの人を命懸けで守る人もいれば、残忍な凶悪犯になる人もいる。善悪の概念の違いはどのように形成されるのだろう。脳の働きに、その答えがみつかりつつある。シリーズ 鳥たちの地球●鳥の知能:オウムは器用に道具を作り、カラスは少女に贈り物をする。鳥たちは小さなその頭脳に驚くほど優れた能力を秘めていることが、さまざまな研究でわかってきている。●中国の胃袋を満たす:巨大な人口を抱える中国。急速な経済発展に伴い、かつてないほど多くの肉や乳製品、加工食品が食べられるようになった。そうした需要に応えるため、農業は変化を迫られている。<読む前の大使寸評>今月号の鳥シリーズ「鳥の知能」もなかなかのもので、借るしかないのです。amazon善と悪(ナショナルジオグラフィック2018年2月号)【ぬかるんでから】佐藤哲也著、文藝春秋、2007年刊<「BOOK」データベース>より「これは奇跡に関する物語だ。」-洪水に苦しむ人々を救うため、愛する妻が“亡者”と交わした取引とは?鮮烈な余韻を残す表題作ほか、謎の圧死をとげた伯父の家での不思議な邂逅を描く「やもりのかば」、裏の空き地で少年が体験する不条理「夏の軍隊」など、美しく奇想天外な13の物語。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/13予約、12/18受取)>rakutenぬかるんでから【ねこはい】南伸坊著、青林工藝舎、2013年刊<「BOOK」データベース>より世界初! 猫が作った俳句絵本!!猫だってなかなかやるらしい。四季折々の世界を猫の目から見て俳句にしたらどんな感じ?<大使寸評>ぱらぱらとめくると、猫の絵がなかなかの味で・・・南さんの絵心に感心したのです。なお、文章のほうは5分ほどで読破いたしました。<図書館予約:(12/13予約、12/18受取)>amazonねこはい【ルイス・キャロル小辞典】定松正編、研究社出版、1994年刊<「BOOK」データベース>より世界的名作となった二つの「アリス」の著者、論理と言語をあやつるノンセンス文学の先駆ルイス・キャロルの総合ガイドブック。<読む前の大使寸評>おお 「不思議の国のアリス」を著わしたルイス・キャロルではないか・・・「アリス・イン・ワンダーランド」はただいま大使のミニブームなので、この本を借りた次第でおます。amazonルイス・キャロル小辞典【まちを読み解く】西村幸夫, 野澤康編、朝倉書店、2017年刊<「BOOK」データベース>より【目次】岩手県(旧)大野村ー地域の構想づくりと実践/釜石ー復興計画を構想する/喜多方ー「蔵ずまいのまち」を現代につないでゆくための都市デザイン/板倉町ー文化的景観の分布調査/大宮氷川参道ー参道樹木調査とその保全活動の実践/佐原ーまち並み保存と観光が一体となったまちづくり/幕張ベイタウンー都市空間を計画し実現するアーバンデザイン/浅草ー地域の資源を地域の人たちといっしょに掘り起こす/神楽坂ーまち並みに再生される「花街建築」のパーツ/中野区ー密集市街地でデザインを考える意義〔ほか〕<読む前の大使寸評>追って記入rakutenまちを読み解く********************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き347
2018.12.18
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『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・加村一馬著『洞窟おじさん』(6/07予約、副本2、予約37)現在9位・サピエンス全史(上)(10/11予約、副本25、予約151)現在61位・the four GAFA 四騎士が創り変えた世界(10/13予約、副本5、予約83)現在55位・山尾悠子『飛ぶ孔雀』(11/08予約、副本4、予約26)現在19位・更科巧「絶滅の人類史」(11/18予約、副本9、予約67)現在54位・三浦しおん「愛なき世界」(11/25予約、副本23、予約366)現在335位・角幡唯介「極夜行」 (12/02予約、副本7、予約93)現在89位・多和田葉子「献灯使」(12/09予約、副本4、予約94)現在94位<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・8月の果て・ある日うっかりPTA(副本4、予約39)<予約候補>・装丁/南伸坊・井本三夫『米騒動という大正デモクラシーの市民戦線』・トランスヒューマンガンマ線バースト童話集:図書館未収蔵・文明に抵抗した弥生の人びと:図書館未収蔵・「月夜のでんしんばしら」谷川雁、C.W.ニコル:図書館未収蔵・Coloring in Wadaland―和田誠カラー作品集:図書館未収蔵・サピエンス全史(下):図書館未収蔵・高橋源一郎『ニッポンの小説』:以前に借りている・浅田次郎『天子蒙塵1~3』:図書館未収蔵・阿刀田高『ギリシア神話を知っていますか』:芸工大に収蔵・阿刀田高『裏声で歌へ君が代』・原田マハ『楽園のカンヴァス』・重松清『ビタミンF』:阿刀田さんが「セッちゃん」をお奨め・デジタルエコノミーはいかにして道を誤まるか:図書館未収蔵・高橋源一郎著「読んじゃいなよ」・カズオ・イシグロ著『癒されざる者たち』:図書館未収蔵・『ウォルマートがアメリカをそして世界を破壊する』:図書館未収蔵・銃・病原菌・鉄(上)・ネルケ無方著『迷える者の禅修業』・ボリス・ヴィアン著『うたかたの日々』:芸工大に収蔵・『一汁一菜でよいという提案』・中島岳志著『血盟団事件』・・・西図書館の棚で見た・『排除と抵抗の郊外 フランス〈移民〉集住地域の形成と変容』・フィールドサイエンティスト 地域環境学という発想・禁じられた歌(田)<予約分受取:10/24以降> ・サマセット・モーム『アシェンデン』(10/22予約、10/24受取)・中国古代史研究の最前線(10/22予約、10/28受取)・ミヒャエル・エンデ『モモ』:10/28バザーで購入した。・堀田善衛『方丈記私記』(10/26予約、11/02受取)・ロアルド・ダール『飛行士たちの話』(11/05予約、11/09受取)・南伸坊「オレって老人? 」(11/20予約、11/25受取)・与那覇潤『知性は死なない』(7/25予約、12/09受取)・谷川雁「極楽ですか」 (12/01予約、12/09受取)・半藤一利『歴史と戦争』(7/11予約、12/09受取)・佐藤哲也「ぬかるんでから」(12/13予約、12/18受取)・南伸坊「ねこはい」 (12/13予約、12/18受取)・高村薫「神の火」 (12/15予約、12/21受取)・原田マハ『フーテンのマハ』(8/06予約、12/21受取)【洞窟おじさん】加村一馬著、小学館、2004年刊<作品情報>より昭和35年、13歳の少年は「両親から逃げたくて」愛犬シロを連れて家出した。以来、彼はたったひとりで、足尾鉱山の洞窟、富士の樹海などの山野で暮らしヘビやネズミ、コウモリに野ウサギなどを食らい命をつないできた。発見されたとき、少年は57歳になっていた。実に43年にわたる驚愕のサバイバル生活。―これは現代のロビンソン・クルーソーの記録である。<読む前の大使寸評>驚愕の自叙伝というか、平成の冒険的ドキュメンタリーではなかろうか。図書館で探してみよう。<図書館予約:6/07予約、副本2、予約37>amazon洞窟おじさん【サピエンス全史(上)】ユヴァル・ノア・ハラリ著、河出書房新社、2016年刊<「BOOK」データベース>よりなぜホモ・サピエンスだけが繁栄したのか?国家、貨幣、企業…虚構が文明をもたらした!48ヶ国で刊行の世界的ベストセラー!【目次】第1部 認知革命(唯一生き延びた人類種/虚構が協力を可能にした/狩猟採集民の豊かな暮らし/史上最も危険な種)/第2部 農業革命(農耕がもたらした繁栄と悲劇/神話による社会の拡大/書記体系の発明/想像上のヒエラルキーと差別)/第3部 人類の統一(統一へ向かう世界/最強の征服者、貨幣/グローバル化を進める帝国のビジョン)<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(10/11予約、副本25、予約151)>rakutenサピエンス全史(上)【the four GAFA 四騎士が創り変えた世界】スコット・ギャロウェイ著、東洋経済新報社、2018年刊<「BOOK」データベース>より激変を預言した著名教授が断言。次の10年を支配するルール。【目次】1章 GAFA-世界を創り変えた四騎士/2章 アマゾンー1兆ドルに最も近い巨人/3章 アップルージョブズという教祖を崇める宗教/4章 フェイスブックー人類の1/4をつなげた怪物/5章 グーグルー全知全能で無慈悲な神/6章 四騎士は「ペテン師」から成り上がった/7章 脳・心・性器を標的にする四騎士/8章 四騎士が共有する「覇権の8遺伝子」/9章 NEXT GAFA-第五の騎士は誰なのか/10章 GAFA「以後」の世界で生き残るための武器/11章 少数の支配者と多数の農奴が生きる世界<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(10/13予約、副本5、予約83)>rakutenthe four GAFA 四騎士が創り変えた世界【飛ぶ孔雀】山尾悠子著、文藝春秋、2018年刊<「BOOK」データベース>より庭園で火を運ぶ娘たちに孔雀は襲いかかり、大蛇うごめく地下世界を男は遍歴する。伝説の幻想作家、待望の連作長編小説。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/08予約、副本4、予約26)>rakuten飛ぶ孔雀【絶滅の人類史】更科功著 、NHK出版、2018年刊<「BOOK」データベース>より700万年に及ぶ人類史は、ホモ・サピエンス以外のすべての人類にとって絶滅の歴史に他ならない。彼らは決して「優れていなかった」わけではない。むしろ「弱者」たる私たちが、彼らのいいとこ取りをしながら生き延びたのだ。常識を覆す人類史研究の最前線を、エキサイティングに描き出した一冊。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/18予約、副本9、予約67)>rakuten絶滅の人類史【愛なき世界】三浦しをん著 、中央公論新社、2018年刊<「BOOK」データベース>より恋のライバルは草でした(マジ)。洋食屋の見習い・藤丸陽太は、植物学研究者をめざす本村紗英に恋をした。しかし本村は、三度の飯よりシロイヌナズナ(葉っぱ)の研究が好き。見た目が殺し屋のような教授、イモに惚れ込む老教授、サボテンを巨大化させる後輩男子など、愛おしい変わり者たちに支えられ、地道な研究に情熱を燃やす日々…人生のすべてを植物に捧げる本村に、藤丸は恋の光合成を起こせるのか!?道端の草も人間も、必死に生きている。世界の隅っこが輝きだす傑作長篇。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/25予約、副本23、予約366)>rakuten愛なき世界【極夜行】角幡唯介著、文藝春秋、2018年刊<「BOOK」データベース>よりひとり極夜を旅して、四ヵ月ぶりに太陽を見た。まったく、すべてが想定外だったー。太陽が昇らない冬の北極を、一頭の犬とともに命懸けで体感した探検家の記録。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/02予約、副本7、予約93)>rakuten極夜行【献灯使】多和田葉子著、講談社、2014年刊<「BOOK」データベース>より鎖国を続ける「日本」では老人は百歳を過ぎても健康で、子供たちは学校まで歩く体力もないー子供たちに託された“希望の灯”とは?未曾有の“超現実”近未来小説集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/09予約、副本4、予約94)>rakuten献灯使【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死【8月の果て】柳美里著、新潮社、2007年刊<「BOOK」データベース>より日本統治下の朝鮮・密陽に生を受け、マラソンでの五輪出場を目指した亡き祖父・李雨哲。そのうしろ姿を追い、路上を駆けることを決意した柳美里。ふたりの息づかいが時空を越えて重なる瞬間、日本と朝鮮半島のあわいに消えた無数の魂が封印を解かれ、歴史の破れ目から白い頁に甦る。偉丈夫の雨哲と美丈夫の弟・雨根。血族をめぐる、ふたつの真実の物語が、いま日本文学を未踏の高みへと押し上げる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>rakuten8月の果て図書館予約の軌跡146予約分受取目録R18中央図書館新着図書リスト図書館情報ネットワーク 蔵書検索システム図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・ウィキペディアでめぼしい著作を探す
2018.12.17
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大学図書館がときどき不要となった本を放出しているのだが、そこで『グリフォンの頭』という本を入手したのです。副題が「工学者の愛しているコンピュータ」となっていて、全篇にわたって「不思議の国のアリス」が引用されているという・・・興味深い構成になっています。【グリフォンの頭】Th.K. オトスキー著、アジソンウェスレイパブリッシャーズジャパン、1996年刊<「MARC」データベース>よりこよなくコンピュータを愛する工学者9人が、32の設問と解答を通じてコンピュータに対するイメージを組み立てる。コンピュータによる社会現象のシミュレーションは可能か、ネットワーク戦争について、等。<読む前の大使寸評>副題が「工学者の愛しているコンピュータ」となっていて、全篇にわたって「不思議の国のアリス」が引用されているという・・・興味深い構成になっています。amazonグリフォンの頭この本をめくると「不思議の国のアリス」の挿絵があちこちに出てくるのだが・・・その訳が「はじめに」に述べられているので、見てみましょう。piv~v<はじめに> この本のタイトル「グリフォンの頭―工学者の愛しているコンピュータ」について少しばかりの蛇足を加えておこう。「不思議の国のアリス」の中ではグリフォンと呼ばれる動物がいる。これは、胴から上は鷲で羽があり、胴から下がライオンの想像上の動物である。一般にはこの動物は、神的なものと人的なものの一体化した象徴と考えられている。日本古来の対応する動物では「ぬえ」に相当するといえよう。 日本の「ぬえ」は、化け物の一種で人に害を与え、人間に敵対する動物のようである。これに対しグリフォンは、少なくとも「不思議の国のアリス」における性格づけでは、アリスに優しい、陽気な動物となっている。見た目は恐ろしいが人間に優しいというパターンは、コンピュータに似ている。 コンピュータは見る人によって、見る立場によってさまざまに理解される。いまや、コンピュータとは何かという設問に包括的に答えられる人はいないのではないか。現に、この原稿を作成しているワードプロセッサもコンピュータの一つの応用であるが、この本ではワードプロセッサとしてのコンピュータの応用はほとんど念頭にない。 この意味で、グリフォンという得体の知れないコンピュータの中から、この本で著者たちが理解した部分を「グリフォンの頭」という言葉で表したのである。この本は、短い設問あるいは命題と、これに対する解答ないし解釈、さらにこれらに対するコメントにより構成されている。設問の選び方、解答やコメントは、大学や企業の立場を離れて自由奔放に思いきって書かれている。結果として、生半可な知識を振り回して、物事の本質を見失っている議論もあるかもしれない。(中略) しかし、ここでの文章はいずれもコンピュータをこよなく愛する工学者や実際の問題解決に携わっている企業の工学者の心情を吐露したものである。この本で考えた32個の設問と解答を通じて、コンピュータに対する一つのイメージを読者に汲み取っていただければ、著者たちは幸せである。設問と解答の一例を見てみましょう。p5~8<2 巨大データベース>【設問】 歴史上のあらゆる文献を入力したデータベースが可能になったとき、これから推論される未来は天国か地獄か。 ごく最近まで人間が蓄積した知恵は、文章によってか、広い意味の絵画によって表現され紙の上に記録されてきた。これらの情報は、有限のビットパターンに変換可能であろうから、データベース化も可能である。このようなデータベースから未来を推論するプログラムを作成することも可能であろう。こうして推論される未来はどのような様相を示すだろうか。現在の私たちにとっては、天国と感じられる世界なのだろうか。それとも地獄となるのだろうか。*****************************************************************************【解答】 天国である。 数多くの人々が、毎日毎日、知恵と汗をしぼって多くのデータを作り出している。それらは真なること、善なること、美しいこと、愛についてのことを小説、エッセイ、音楽、絵画や学術文献、報告書の形で表現してある。 それらは文章、画像、音響であり、紙、CD、LD、フィルム、CGなどの媒体を通して手に入れられる。また、特別な知恵を絞らなくても社会活動の巨視的、微視的な側面を写した新聞、雑誌からデータが手に入る。それを集積した統計が手元に来る。 このデータあるいは情報は、数値的な、画像的な、音響的なものである。実に膨大なデータである。これをある視点で整理して、コンピュータの利用を前提として収集したものがデータ集やデータベースと呼ばれる。こうすると今日の活動や成果としての情報は将来のデータベースの素材料である。 経済についてのデータベースが異なった観点で数種類も用意されていると、自分で仮定したモデルを用いて経済予測も可能かもしれないし、あるいは物事のメカニズムを新しく解釈できるかもしれない。物理的で工学的なデータベースがあるとき、それからインプリケーション(含意)を抽出して新しい工学的装置が開発可能になろうと考える。
2018.12.17
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図書館に予約していた『知性は死なない』という本を、待つこと5ヶ月ほどでゲットしたのです。自身の「うつ」からカミングアップした著者の近作であるが・・・副題が「平成の欝をこえて」となっているのがええでぇ♪【知性は死なない】與那覇潤著、文藝春秋、2018年刊<「BOOK」データベース>より平成とはなんだったのか!?崩れていった大学、知識人、リベラル…。次の時代に、再生するためのヒントを探してーいま「知」に関心をもつ人へ、必読の一冊!【目次】はじめに 黄昏がおわるとき/平成史関連年表 日本編/第1章 わたしが病気になるまで/第2章 「うつ」に関する10の誤解/第3章 躁うつ病とはどんな病気か/平成史関連年表 海外編/第4章 反知性主義とのつきあいかた/第5章 知性が崩れゆく世界で/第6章 病気からみつけた生きかた/おわりに 知性とは旅のしかた<読む前の大使寸評>自身の「うつ」からカミングアップした著者の近作であるが・・・副題が「平成の欝をこえて」となっているのがええでぇ♪<図書館予約:(7/25予約、12/09受取)>rakuten知性は死なない第4章「反知性主義とのつきあいかた」で言語・身体が語られているので、見てみましょう。p145~148言語・身体のマトリクス ほんとうに言語と身体をきれいに二分できるのかは、3章でややくわしく検討しましたが、この章の内容に関しては、さしあたり言語とは「ことばを使って論理的に分析するもの」、身体とは「論理ではわりきれなかったり、そもそも言語化不可能だったりする、感覚や情動の母体となるもの」くらいにとらえていただいて、問題はありません。 「大学かつ言語」の枠に入るのは、かつて私自身もそうであったような、いわゆるふつうの大学教員です。しかしこれも前章でみたように、いまは大学の先生のなかにも、「言語」より「身体」を思考の軸にすえる人たちもいます。 人間にとって大事なのは、論理をつきつめてみえてくる答えというより、直感的なとっさの反応のほうじゃないか。哲学者の書いた正義論の本をよんで、ふんふんと納得してからきみは正義に味方するのか。ちがうだろう。もっと本能的に、身体に埋めこまれた反射神経のように「こうしなくては!」として起きる反応、それこそが人倫の基盤ではないのか・・・たとえば、そんなふうに考える人です。 こういった人たちを広くいって、身体論の研究者とよぶことにしましょう。じっさいメルロ=ポンティのような、理性だけではなく身体をもって人間が生きていることの意味を、堀りさげて探求した哲学者について、研究している大学の先生はかなりいます。 いっぽうで、当然ながら大学の外にも、ことばでものを考えぬいた知識人は多くいます。哲学者の鶴見俊輔や歴史学者の鹿野政直氏は、そういった人たちの業績のほうに、むしろ近代日本の思想の良質な部分があるのではないかと考えて、かつて「民間学」という理念をつくりました。 ふつうの人でも名前におぼえのある、もっとも著名な民間学者は、日本民俗学をうち立てた柳田國男あたりでしょうか。こういう在野のことばのプロフェッショナルが、「言語かつ学外」の枠に入ります。 それではのこる「学外かつ身体」に入るのは、ただの不勉強でバカな人たちなのでしょうか。 こたえは否です。 まさに柳田國男らの民俗学者によって、探求の対象となった人びと・・・本人自身はさほど論理的に語ることはできず、場合によっては文字すら読めないこともあるのだけど、それでも社会を支えるうえできわめて有益な、なんらかの「知」を持った人たちがここに入ります。 そういう言語ならざる知のことを、学者によっては「生活知」「実践知」などといったりします。ピンとこないばあいは、職人さんお技とか、マニュアル化できない組織運営のコツのようなものを想像してもらうと、わかりやすいでしょうか。学術用語としては誤用になりますが、「暗黙知」という言い方で、ビジネスのハウツー本に登場することもあります。 じつは、橋下市政や安倍政権の「反知性主義」が懸念されだす前から、日本人が「知性のあり方」としていちばん好きっだったのは、この生活知の部分です。 昭和時代の最末期、1980年代にバブル景気で日本製品が世界を席巻していたころは、「アメリカ企業はMBAのような、大学院を出たてで口先だけの若造が経営しているからダメで、日本の強みは現場主義だ」といった議論が流行しました。平成のグローバル人材ブームとは180度逆のことが、直前の時期までいわれていたのです。 2000年代前半に人気を博したNHKの『プロジェクトX』や、各種の「仕事のエキスパート」を紹介するテレビ番組がとりあげるのも、ペラペラと社会を分析してみせる大学教員というよりは、「寡黙に芸をみがく職人気質のエンジニア」といった人びとでしょう。 ただでさえそういう土壌があったところに、前章でみたような経緯で21世紀には、知識人にも「言語」よるも「身体」に寄せてものを考える人が増えました。『私の身体は頭がいい』という本まで書かれている内田樹氏などは、まさしく「大学かつ身体」の枠を代表する論客でした。 しかし時代は彼らを追いこして、むしろ「学外かつ身体」という最大のボリュームゾーンを地盤に「流行作家は現実を知っている。ビジネスマンも現実を知っている。小理屈だけで現実を知らないのは大学教授だけだ」と公言する、橋下徹氏のような人が権威をまとうようになってしまった。 もし知性というものを言語に寄せてとらえるなら、おたがい批判しあっていた内田氏も橋本氏も、ともに「反知性主義者」なのです。むしろ私はいま、そういう広義の反知性主義のほうが「多くの人間にとってはふつうのありかた」なのだと、発想を変えなくてはいけないと思っています。 ほんらい、主義(-ism)とよばれるべきなのは、「大学、ないしそれに準ずる正統的なサークルに属し、言語によってものを考え・分析し・ひょうげんしている人びとだけが、知性のにない手である」とする価値観、いわば「知性主義」のほうではないかと思います。 そうすることではじめて、世界的なアンチ・インテレクチュアリズムの奔流にどうむきあうか、そのために大学にはなにが必要なのかが、みえてくるのだと思っています。『知性は死なない』3:リベラルはなぜ衰退したのか『知性は死なない』2:「帝国適性」の高い中国『知性は死なない』1:「平成の欝」
2018.12.17
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図書館に予約していた『知性は死なない』という本を、待つこと5ヶ月ほどでゲットしたのです。自身の「うつ」からカミングアップした著者の近作であるが・・・副題が「平成の欝をこえて」となっているのがええでぇ♪【知性は死なない】與那覇潤著、文藝春秋、2018年刊<「BOOK」データベース>より平成とはなんだったのか!?崩れていった大学、知識人、リベラル…。次の時代に、再生するためのヒントを探してーいま「知」に関心をもつ人へ、必読の一冊!【目次】はじめに 黄昏がおわるとき/平成史関連年表 日本編/第1章 わたしが病気になるまで/第2章 「うつ」に関する10の誤解/第3章 躁うつ病とはどんな病気か/平成史関連年表 海外編/第4章 反知性主義とのつきあいかた/第5章 知性が崩れゆく世界で/第6章 病気からみつけた生きかた/おわりに 知性とは旅のしかた<読む前の大使寸評>自身の「うつ」からカミングアップした著者の近作であるが・・・副題が「平成の欝をこえて」となっているのがええでぇ♪<図書館予約:(7/25予約、12/09受取)>rakuten知性は死なない第5章「知性が崩れてゆく世界で」でリベラルの衰退が語られているので、見てみましょう。p190~193リベラルはなぜ衰退したのか 1989年、東欧の社会主義国の崩壊とともにはじまった平成という時代は、2017年のドナルド・トランプ米国大統領就任に象徴される、リベラルの世界的な退潮のなかで、幕をおろそうとしています。 人種・宗教・性・障害などにかんする差別発言を連発するトランプにたいしては、選挙中から批判が集中した反面、「あれは、支持者をもりあげるためのレトリックだろう。さすがに当選したら、穏当な政策をとるだろう」という評価も聞かれました。しかし、イスラム圏を中心とする特定国の国民の入国禁止や、メキシコとの国境への壁の建設などの過度な公約は、司法との軋轢をかかえながらも、じっさいに着手されています。 奴隷制に代表される人種差別の暗い過去をのりこえて発展してきた、自由主義の本場ともいえるアメリカで、どうしてこのようなことが起きるのでしょうか。 平成の日本では、やはりリベラル派の衰退がいわれはじめた小泉改革のころから「リベラルが弱いのは、有効な経済政策がないからだ」といった解説が語られてきました。 結果として、思想的にはリベラルに近いとされた民主党政権がたおれ、復古的な保守主義の色が濃い第二次安倍内閣が発足したときも、「アベノミクスは期待できるから」といって、リベラルを称する人びとのかなりの部分が支持にまわるという、もの悲しい光景もみられました。 この保守やリベラルといった用語じたい、平成とともに役割を終えつつあるのでしょうから、最小限の定義としておきましょう。 そもそも、20世紀には左翼と同義語だった社会主義とは、本人たちの主観では最強の「経済政策」でした。産業を国有化することで、資本家の労働者にたいする搾取をなくせば、これまでは資本家の懐を肥やすだけだった部分が、社会的な厚生にまわる。解放された勤労大衆も、これからは資本家ではなく自分たち自身のために働けるのだから、生産力の爆発的な増加が起こり、貧困は消滅する。だいたいこういった理屈です。 これは、文字どおり革命的な変化なので、とうぜん反発をまねきます。社会秩序の安寧のためには、そういった変化をゆるしてはならないとするのが、保守の立場です。 たいして両者の中間で、リベラル(自由主義者)がになった役割はふたつありました。ひとつは、社会主義の経済政策にたいして、それはむしろ「非効率」ではないかと指摘すること。じっさい、官僚による計画経済の運営は、民間の市場経済とくらべてうまく機能せず、社会主義の国では物資の不足が常態化していきました。 もうひとつは、左翼が主張する社会主義の実現、ないし保守がとなえるその阻止にたいして、「それよりも、もっと大事なものがありませんか」という価値を示すこと。社会主義国で政府の方針を批判したものは投獄・粛清され、逆に革命を防止するために反共主義をとった国でもまた、レッドパージのような思想弾圧や、政治犯の虐殺がおきました。 われわれの目的は、あらゆる人が人権を尊重されて、自由に活動できることなのだから、優先順位をまちがえてはいけない。これがリベラルの立場です。 その意味では、「必用なのは経済政策だ」といった手段の議論が幅をきかせ、はては「多少不自由になっても、成長戦略のある政権がいい。思想よりお金だ」といわんばかりの発想が語られはじめた時点で、政治勢力としてのリベラルの意義は、おわっていたのでしょう。それでは、たんなる保守ないし左翼の下請けです。 しかしいま私たちが直面している課題は、より深刻です。自由や人権といった、リベラルがかかげてきた価値自体が、「それって、そんなに大事なものなのか」「政策の邪魔なら、なくしたっていいんじゃないか」と、広く思われはじめている。 消えつつあるのはリベラル派という思想集団ではなくて、私たち自身の権利なのです。しかもそれを途上国の独裁者ではなく、先進国の民主的リーダーが、つまり「私たち自身」の代表がみずから先導している。 どうして、そんなことになったのでしょうか。 病気から回復する途中で、そのことについて、考える手がかりをくれた小説があります。 2008年末に刊行された、伊藤計カクの『ハーモニー』というSF長篇です。翌年の著者の急逝や、海外での受賞もあって、ファンのあいだではすでに古典的な扱いをされている作品だそうです。 内容じたいは、古くからあるディストピアものの一種です。舞台となるのは核戦争の抑止のために、いわば「リベラルな思想が強制される」ことで、じっさいに平和が実現した未来社会。 強制といっても、大学で教員が自由主義を教えるような、効率の悪いことはしません。人間全員がコンピュータを埋めこまれて、食事管理やストレスコントロールから、異なる文化をもつ隣人との共生まで、「みんなに優しい選択肢」をメカニックに提供されつづけるのです。『知性は死なない』2:「帝国適性」の高い中国『知性は死なない』1:「平成の欝」
2018.12.16
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図書館に予約していた『知性は死なない』という本を、待つこと5ヶ月ほどでゲットしたのです。自身の「うつ」からカミングアップした著者の近作であるが・・・副題が「平成の欝をこえて」となっているのがええでぇ♪【知性は死なない】與那覇潤著、文藝春秋、2018年刊<「BOOK」データベース>より平成とはなんだったのか!?崩れていった大学、知識人、リベラル…。次の時代に、再生するためのヒントを探してーいま「知」に関心をもつ人へ、必読の一冊!【目次】はじめに 黄昏がおわるとき/平成史関連年表 日本編/第1章 わたしが病気になるまで/第2章 「うつ」に関する10の誤解/第3章 躁うつ病とはどんな病気か/平成史関連年表 海外編/第4章 反知性主義とのつきあいかた/第5章 知性が崩れゆく世界で/第6章 病気からみつけた生きかた/おわりに 知性とは旅のしかた<読む前の大使寸評>自身の「うつ」からカミングアップした著者の近作であるが・・・副題が「平成の欝をこえて」となっているのがええでぇ♪<図書館予約:(7/25予約、12/09受取)>rakuten知性は死なない第5章「知性が崩れてゆく世界で」で中国が語られているので、見てみましょう。p217~221「帝国適性」の高い中国 いままさに帝国の解体が進もうとしている米・欧・日にたいし、平成初頭の冷戦終焉のころから「崩壊する、崩壊する」といわれながら、いっこうに崩れない帝国があります。 われわれの隣国である中国です。 なぜ、中国はいまだに崩壊しないのか。同語反復ではありますが、「歴史的に、帝国としての適正が高い地域だから」とこたえるほかないでしょう。 「帝国」としての中華人民共和国のルーツをどこに求めるかは、むずかしいですが、多数派の漢民族を支配者とする王朝としては、1368年建国の明朝。かつて大日本帝国が「満州国」をつくった東三省をも、支配下に入れていたという点では、1644年に全土統一をはたした清朝となるでしょう。 いずれをとっても直近の400年近く、同じ地理的サイズで国を運営してきたことは、中国の帝国維持において、大きな強みとなっています。これは、ヨーロッパおよび日本と比較すれば、すぐわかります。 ヨーロッパの場合、イギリスをふくめた全土を完全に支配下においた帝国は古代のローマ帝国をふくめて、存在したためしがありません。大陸部にかぎっても、ナポレオンやヒトラーの絶頂期をのぞいては、統一されたことがなく、しかも彼らの支配は安定的な帝国というより、戦争にともなう「占領地」のそれでした。 日本の場合、そもそも列島の外部に進出して帝国をきずこうという志向が、歴史的にみてあまりありません。近代の大日本帝国をのぞけば、1590年代におこなわれた豊臣秀吉の朝鮮出兵が、ほぼ唯一です。 じっさいに経済統合という面にしぼっていえば、EUを一種の「できそこないの中国」としてみる専門家もいます。 EUの場合、加盟国の主権をのこしているので、いかにブリュッセルから経済政策を発令しようと、各国政府を完全には統制しきれません。EU本部が「緊縮財政をしろ」といっても、ギリシャ政府がお金をばらまいてしまったら、それまでなのです。 中国はとうぜんながらひとつの国であり、しかもご存知のとおり、一党性ですので、中央政府が発した命令は党官僚をつうじて、それなりには徹底します。発足時はカリスマの欠如が心配された習近平政権ですら、官吏の綱紀粛正をつうじて、いまはむしろ強権統治を強めているといわれるゆえんです。 それではなぜ中国では、ソ連共産党を解体に追いこみ、アメリカでトランプ現象をまきおこした「官僚帝国への身体的反発」が、かたちをとらないのか。 大日本帝国のすぐれた中国観察者であった、東洋史家の内藤湖南は、一見するとあまりにもわかりやすい答えを示しています。要は、「あまりにも長くつづきすぎて、もうみんなあきらめてしまったから」。 最初の統一国家とされる紀元前の秦朝にすら、法家主義というかたちで官僚制度があったように、中国の王朝は官僚制の先進国です。とくに、960年成立の宋朝からは、儒教思想とセットになった科挙制度の普及によって、世襲ではなく筆記試験で選抜される、かなり「近代的」な官僚制が採用されました。 こんにち漢民族とよばれているのも、実際にはこの「帝国官僚の選抜試験にエントリーするために、儒教的な思考法や風習を身につけた人びと」というのが正確な定義で、ローカルなエトノスとはだいぶちがいます。いいかえれば、ソ連政府は「ソ連民族」の創出に失敗しましたが、中国は歴史が長いぶん、ほんとうに帝国のサイズにほぼひとしい「民族の身体」をつくりだしてしまったのです。 科挙じたいはかなりフェアな試験でしたが、合格した官僚たちはとうぜん、その後の統治にあたっては自分の出身である一族をえこひいきします。ネポティズム(縁故主義)とよばれるもので、これはソ連統治下の中央アジアなどでも、民族より細かいレベルの「部族対立」をしばしばもたらしました。 ところが、現にそういう体制が数百年を超えてつづいた結果、中国の人びとは「政治とは、そもそもそういうものだ」と慣れきってしまった。だから中国では、意識の高い人ほどもうあきらめて、政治にはコミットしない。むしろその才能をビジネスや文化でつかうのだ・・・というのが、内藤湖南の考察でした。 中国崩壊論は、こうした中ソの帝国としての「年季の差」を無視して、たんに社会主義国というくくりだけを見て、「ソ連が崩壊したなら、中国も」といっていただけです。そうした希望的観測は、平成を最後にすてたほうがいいと、私は思います。『知性は死なない』1
2018.12.16
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図書館に予約していた『極楽ですか』という本を、待つこと1週間でゲットしたのです。この本は著者から、政治家、思想家、作家等に出された手紙という構成となっています。あまり見かけない構成であるが、なるほどこういう手もあったのか♪【極楽ですか】谷川雁著 、集英社、1992年刊<「BOOK」データベース>より〈現代〉は、地獄か、極楽か?歴史の激動を見つめながら、〈他者〉を求めて明滅する詩人の言葉。同時代を生きる〈あなた〉への手紙。<読む前の大使寸評>この本は著者から、政治家、思想家、作家、学者等に出された手紙という構成となっています。あまり見かけない構成であるが、なるほどこういう手もあったのか♪<図書館予約:(12/01予約、12/09受取)>rakuten極楽ですか宗左近宛の手紙を、見てみましょう。(宗左近:詩人、仏文学者であり翻訳家)p108~114<真言の火は縄文をてらす> 宗左近様 いくつかの夜明けをつながなければ、この手紙は終わりますまい。不覚にも私は、あなたがかの5月25日の東京空襲に追われ、炎のなかで「」と手をふった母に別れた息子であることを知らなかった。はずかしげもなく戦争中の自分を語ったりした。江戸川べりの高い窓からしのびこむ暮色につつまれ、縄文土器の視線を首筋に受けて、宋磁の盃をふくむ招きに何度もあずかり、それと同じ頃の兵営の喜劇譚に興じたりした。ときにけたたましく口をはさむあのインコと変わるところなかった。(中略) 自分が現代詩の怠惰な読者であることをいまさら改める気はありませんが、これにはまいりました。これまで私は調子にのってあなたの駘蕩たるもてなしを受けていました。だが動員直後の人影まれな文学部に籍を置いていた私たちは、会ったこともなければ名前も知らなかった。おとどしの暮、縄文土器の先達としてのあなたにはじめて対面して以来、しだいに私の直感はあなたのが戦争中のどこかで突然変異を体験したらしいと推測するようになり、題名だけあった『炎える母』を所望したのです。 下宿の畳や歯みがき粉のにおい、手鏡のくもりぐあいとともに、私があなたと何を共有するからといって、かくもしばしば礼節ただしい微笑にむかえられるのか。私をひきつけるこの平安は、離れた虚空に重心があり、そこから見えない糸がぴんと張られているせいにちがいない。一巻を読みおわって、予感は衝撃に変わりました。あの微笑は遠い紅蓮の数時間をとむらう喪主のそれなのだ。それでは私は秘められた法事の席に招かれていたのだ。 送られてきた本には手書きの名刺がはさんであった。
2018.12.16
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図書館に予約していた『極楽ですか』という本を、待つこと1週間でゲットしたのです。この本は著者から、政治家、思想家、作家等に出された手紙という構成となっています。あまり見かけない構成であるが、なるほどこういう手もあったのか♪【極楽ですか】谷川雁著 、集英社、1992年刊<「BOOK」データベース>より〈現代〉は、地獄か、極楽か?歴史の激動を見つめながら、〈他者〉を求めて明滅する詩人の言葉。同時代を生きる〈あなた〉への手紙。<読む前の大使寸評>この本は著者から、政治家、思想家、作家、学者等に出された手紙という構成となっています。あまり見かけない構成であるが、なるほどこういう手もあったのか♪<図書館予約:(12/01予約、12/09受取)>rakuten極楽ですか高橋裕宛の手紙を、見てみましょう。(高橋裕:芝浦工大教授、「河川工学」の専門家)p192~200<思想としての雲仙火砕流> 高橋裕様 雲仙火山群普賢岳の地獄変にはボディ・ブロウがじわじわきいてくる心理的打撃を味わっています。いまさらのように災害が出郷者の襟髪をつかんで離さない力であることを感じます。あの海坊主みたいな連峰について身を入れて考えた記憶はありません。風景にすぎなかったのです。(中略) 百五十年、二百年の間隔で溶岩があふれ大地震がくる。その合間を縫ってしばしの桃源郷が出現する。これは雲仙の本質であるとともに、横軸から切りとられた日本そのものの相ではないか。列島社会の躁鬱質を身をもって体現する場であるゆえに、雲仙からは物語が消えるのではないか。 そもそもこの国におけるとはなにを意味するのか。しょせん大噴火または大地震のはざまの一紀元がそのたびに同じバイオリズムをくりかえすという事実に帰着するのではなかろうか。自然災害によって歴史を区分する史観があっていい。それは歴史のとぼしい雲仙が火砕流の形で届けてくれた思想の贈り物といわねばなりません。 だとすれば明治・大正とは安政地震と関東大震災の間にはさまった大一期のことであると規定できます。そして現在は1922年にはじまりつぎの巨大災害までの時間を漂流している第二期のそれです。 カルル・フォン・リンネの眼をもってすれば京都だっていくつもの亜種、変種に分類できるはずですが、日本人がそれをやらないのは天皇制の利害に関わっておりましょう。いずれにせよ宝永山の爆裂なみの富士噴火が起きたら、東海道と中山道を経由した東西の交通は相当の期間断絶すると見なければなりますまい。(中略) 災害といえばさしあたっての衣食住を心配する。それはいいが、真の民衆苦はそれにつづく段階におとずれる。すくなくとも富士噴火を列島文明の再編成に結びつけるシミュレーションは皆無であるようにおもえます。 この憂いがまとはずれでないことは雲仙水無川流域という局所についても日日あきらかになっている気がします。火山学者は状況の監視にいそがしく、地震学者は周縁にいて、治水工学者は蚊帳の外。政治も行政も口をつぐんでいますが、住民はただ一つの焼けつくような疑問に日夜苦しめられているにちがいありません。すなわちこの土地は果して復旧可能でしょうか。復旧できるとしても、したのがよいのでしょうか。避難民はいずれは帰れるのかどうか。その見通しがさっぱり語られません。 いったいこのような告知について責任を持つ体制は存在するのでしょうか。伊豆大島の場合は町長の判断で住民を島に帰しましたね。すると市町村の長が託宣の神になるのですか。だれがいつどのような方法でいかなる種類のの判定をするのか。立入禁止の経過を眺めても、私などにはむしろこそが危険きわまりないと感じられるのです。 ここで50年代後半からはじまった炭鉱の潰滅をおもいだします。いくたの調査団が組まれたけれども、なにがしかの大局観があれば容易に到達できたはずの結論を避け、国内石炭産業の全面的な消滅は必至だとする前提に立った報告は一つもありませんでした。つねに目前の利害に妥協する弥縫策に終始し、ために労働者とその家族数十万人は動揺し混乱し反目し、多くの犠牲者をうみだしました。 雲仙にも同じことが起きるのではないか。(中略) 自然災害にゆたかな経験をお持ちのあなたにおたずねします。復旧すべきない災害もありうるのではないでしょうか。住民へのゆきとどいた十分な補償とひきかえに、水無川流域を手つかずにのこし、きたるべき噴火災害にそなえる各分野共同のにする。そうすることが地霊にしたがう道であるならば、告知は早いほうがいい。ウン 東北津波後の国・行政の災害復旧策が短慮にすぎた例が多々みられるが、要するにお役人の時間感覚が庶民より長すぎて(悠長で)・・・高台移転など完成しても、助ける対象者がいなかったりして。『極楽ですか』3:菅木志雄『極楽ですか』2:藤間生大『極楽ですか』1:井上光晴
2018.12.15
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図書館に予約していた『極楽ですか』という本を、待つこと1週間でゲットしたのです。この本は著者から、政治家、思想家、作家等に出された手紙という構成となっています。あまり見かけない構成であるが、なるほどこういう手もあったのか♪【極楽ですか】谷川雁著 、集英社、1992年刊<「BOOK」データベース>より〈現代〉は、地獄か、極楽か?歴史の激動を見つめながら、〈他者〉を求めて明滅する詩人の言葉。同時代を生きる〈あなた〉への手紙。<読む前の大使寸評>この本は著者から、政治家、思想家、作家、学者等に出された手紙という構成となっています。あまり見かけない構成であるが、なるほどこういう手もあったのか♪<図書館予約:(12/01予約、12/09受取)>rakuten極楽ですか菅木志雄宛の手紙を、見てみましょう。(菅木志雄:1944年岩手県生まれ、「もの派」のアーティスト)p127~134<超近世―原記号の祭としての> 菅木志雄様 しょせん人間の抒情など、夏はかまどうま冬はへっぴりむしのうたた寝の倍音にすぎません。されど虫どもをだしぬく山居のおごりはこれにかぎると使っていた檜風呂が、さすがに朽ちて水もりがするので高野槙に変えました。(中略) あなたと列島の伝統との背離は先験的なものです。ゆえに展観用に指名された小文で、独断の鍛治屋である私はあなたをと命名しました。 それをくりかえせば「ドルイド教の僧侶のおもかげがちらとかすめるときもあるが、それよりも古くストーン・ヘンジの石並べの癖をのこしている血」であって、「シベリアに潜入した古アーリア人」が列島を渡り、その末がなにゆえともしれず「タイガが育んだ単独狩猟者の儀礼を風のようにきれぎれに思い出しはじめた」ことになる。「つまり、日本列島にはめずらしくもふしぎな司祭がひとりいるとおもえばいい。美術というよりは祭儀である。創造というよりは執行である。素材の変形というよりは位置による変形である」ヘンリー・ムーアなどにくらべてはるかに古態を保つ、素性のちがった儀礼感覚が、その脱近代は超近世であるよりほかはない列島に開花しかけている。私のエールはそこの向けられているのです。 手紙であなたはシルク・ロード寄りに出自を自己診断してきたが、私は反対だ。モノを相手にするとき、あなたは主従関係を結ばないでしょう。おたがいに流し目で間をとりあうモノと、猛然と攻撃的に破壊するモノとをはっきり区別する。なるほどあなたの眉目はインド系といっていいけれども、この習性は農民や牧畜民のそれではない。第一、あなたには越境の観念がない。があるだけだ。 森をすぎ川をわたり、狩人にとっての要所にきたとき、ふとある信号がめざめるのだ。私にいわせれば、あなたの作品の大半はバイカル湖の匂いがする。(中略) 文学にくらべて美術をおそろしいとおもう一点は、民族や個人に、文法とか文体とかよりもっと強い偏キがあることです。殷のとうてつ文にしろマヤの雷文にしろ、世界を愛撫するするときの習癖の底に、単なる書法をこえた認識のモナドの反映、かれらのがあります。そこは批評を絶したものです。同じように個々の美術家も、たとえばカンディンスキーが肘にXの運動を持ち、李兎煥が手首に∞への誘惑をためているように、なにか遠くからひっぱられているとしかいいようのない衝動があります。これも原記号とよぶなら、二つの種類の原記号の間にあたかも抗原と抗体のような緊張関係を示すがあるのではないでしょうか。ネットで菅木志雄の個展を見てみました。ちょっと古いけど。「もの」を通した精神の解放と表現。菅木志雄の個展が六本木、渋谷、銀座で同時開催中より「もの派」の主要メンバーであり、戦後日本美術を代表するアーティスト菅木志雄の個展が東京・六本木の小山登美夫ギャラリー、渋谷ヒカリエ内の8/ART GALLERY/Tomio Koyama Gallery、そしてGINZA SIX内のTHE CLUBといった東京都心のギャラリー3ヶ所で開催されている。それぞれの展覧会の見どころとは? 1944年に岩手県盛岡市で生まれた菅木志雄は、多摩美術大学絵画科を卒業した68年以降、「もの派」グループの中心メンバーとして国内外で活動。世界中の美術館で個展が開催されてきたほか、グループ展や芸術祭にも数多く参加してきた。その作品は、東京都現代美術館をはじめとする国内の美術館をはじめ、テート・モダン(ロンドン)、ダラス美術館、ポンピドゥー・センター(パリ)、M+(香港)など世界中の美術館に所蔵されており、世界中からもっとも注目を集める作家のひとりだ。 菅はインド哲学などの東洋的思想に共鳴した自身の哲学を基に、石や木、金属といった「もの」同士や、空間、人との関係性に対して様々なアプローチをしかけ、「もの」の持つ存在の深淵を顕在化し、独自の地平を切り開いてきた。もの派への再評価が確固たるものになった今日においても、その思考を深化させて従来の認識概念を徹底的に問い直している。会期:2018年5月25日? 6月30日『極楽ですか』2:藤間生大『極楽ですか』1:井上光晴
2018.12.15
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