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図書館で『図説不思議の国のアリス』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくると・・・この本にはアリスとキャロルのポートレート、キャロル自筆のイラスト、ジョン・テニエルの挿絵、アーサー・ラッカムの挿絵などがてんこ盛りであり、まさにビジュアル本という感じでおます。【図説不思議の国のアリス】桑原茂夫著、河出書房新社、2013年刊<「BOOK」データベース>よりおかしな住人の出自を探り、奇妙な論理を読み解く、魅惑のワンダーランドの完全ガイド。【目次】序章 不思議の国への招待(『不思議の国のアリス』の成立/地下の国こそ不思議の国 ほか)/第1章 アリスの「不思議の国」へー『不思議の国のアリス』を読む(ウサギ紳士に誘い込まれたアリス、深い穴を落下/いきなり小さくなったアリス ほか)/第2章 アリスの「鏡の国」へー『鏡の国のアリス』を読む(アリス、鏡の国でチェスの駒を驚かせる/鏡を通して見ればちゃんと読める文字 ほか)/第3章 アリスとキャロルと写真術(キャロルにとっての写真術/キャロルの時代の写真術 ほか)<読む前の大使寸評>この本にはアリスとキャロルのポートレート、キャロル自筆のイラスト、ジョン・テニエルの挿絵、アーサー・ラッカムの挿絵などがてんこ盛りであり、まさにビジュアル本という感じでおます。rakuten図説不思議の国のアリスジョン・テニエルが出てくるあたりを、見てみましょう。p27~37<アリス・ファンタジーのキャラクター> このような歌、それも「マザーグース」など多くの子どもたちが知っている童謡からも、いろいろなキャラクターが作り出されている。 たとえば『不思議の国のアリス』に登場するハンプティ・ダンプティやトゥイードルダムとトゥイードルディーの双子などはそうしたキャラクターの代表的存在である。 ハンプティ・ダンプティはマザーグースで歌われているとおり、卵の形をした、ずんぐりむっくりの紳士(?)で、歌詞のまま、塀の上に腰かけている。そして通りかかったアリスと、言葉の専門家然とした態度で複雑にしてあやしげな問答をする。そのあとは、歌われているとおりに塀から落ち、王様が派遣したたくさんの兵士や馬がどどっとかけつけるのである。 トゥイードルダムとトゥイードルディーのほうは、ケンカをしても、それが歌のとおりなので、アリスには、次にどんなことが起きるか、すべて読めてしまう。「おりもおり黒きことタール桶さながら、怪物ガラスが舞いおりて」ダムとディーを驚かせるのも、アリスにはお見通しだった。 アリス・ファンタジーには、これまで見てきたように、ことば遊びから生れたキャラクターやら、ゲームや歌から生れたキャラクター、それにキャロルとアリスが生きていた時代共通の話題となりえたような変わった人たちなど、実にいろいろなキャラクターが登場し、その中心に実在のアリス・リデルをキャラクター化したアリスがいる。 このような、その出自や姿かたちが多彩なキャラクターのひとつひとつに、しっかりした線描で強いイメージを与え、100年以上経た今も、読者にありありとそのすがたを思い浮ばせてしまうという、魔術的なワザをふるったのは、挿絵を担当したジョン・テニエルである。 ルイス・キャロルも、自筆本に自らイラストを描いている。これも奇妙な味わいを持つイラストなのだが、一般向けに印刷・刊行するにあたって、当時、第1級のメディアと目されていた風刺雑誌「パンチ」の主要イラストレーターだったテニエルに、オリジナルのイラストを依頼したのである。 まだ無名のファンタジー作家とジョン・テニエルという組み合わせは、まさに意表を突くものだったにちがいない。というより、よくもまあテニエルほどのイラストレーターが、少女を主役とした、無名作家によるファンタジーのイラストを引き受け、とりかかったものである。作品を読んでふかく感じるところがなければこうはいかなかっただろう。 しかし、そもそもこの人にさし絵を依頼するというのは、ルイス・キャロルの友人、ダックワースのすすめだったという。 ジョン・テニエルは、「パンチ」のイラストレーターとして、皮肉をたっぷりきかせた絵が得意であり、そのために著名人を動物に似せて描いたりするパロディもお手のものであり、なによりも動物を上手に描けるイラストレーターでもあった。こうしたすべての要素が、『不思議の国のアリス』のイラストレーターとしてジョン・テニエルを思い浮ばせたのだろう。「不思議の国のアリス」といえば・・・この映画が面白かった♪アリスもさることながら、ハートの女王の存在感が圧倒的でした。【アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅】ジェームズ・ボビン監督、2016年米制作、2016.7.04鑑賞<movie.walker作品情報>より「不思議の国のアリス」のその後を描き、大ヒットを記録した『アリス・イン・ワンダーランド』のシリーズ第2弾。悲しい過去に心を奪われたマッドハッターを救うため、時間をさかのぼるアリスの冒険がつづられる。ジョニー・デップやミア・ワシコウスカらに加え、“時間の番人”タイム役でサシャ・バロン・コーエンが新たに登場。<大使寸評>4次元のパラドックスに挑むということで、SFテイストの溢れるお話になっていました。また、ジャバーウォッキーに乗って飛び回る意地悪な姉姫の存在感が圧倒的でおます♪アリス役のミア・ワシコウスカは『奇跡の2000マイル』のヒロインでもあったとは、観た後で知りました♪movie.walkerアリス・イン・ワンダーランド/時間の旅
2018.11.30
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図書館で『四谷コーポラス』という本を、手にしたのです。日本初の民間分譲マンションが建て替えられることになったそうで・・・興味深いのでおます。写真や画像の多いビジュアルな本である。【四谷コーポラス】志岐祐一, 松本真澄編、鹿島出版会、2018年刊<「BOOK」データベース>より建設当時の資料や証言をとおして、日本初の民間分譲マンション「四谷コーポラス」の集合住宅史上における重要性を考える一冊。1956(昭和31)年に竣工し、日本発の民間分譲マンションと呼ばれた「四谷コーポラス」。2017年に建て替えが決まり、解体されることとなった。<読む前の大使寸評>日本初の民間分譲マンションが建て替えられることになったそうで・・・興味深いのでおます。写真や画像の多いビジュアルな本である。rakuten四谷コーポラス四谷コーポラスの建替えを、見てみましょう。p167~169<建替え・・・四谷コーポラスの場合> 四谷コーポラスでも築後30年が過ぎた平成元年頃から、居住者のあいだで建替えが話題に上がり始めた。一番のきっかけは、建築設備の老朽化。特に排水管の水漏れであった。台所や洗面、風呂場の排水管はレイアウト上どうしても横方向の配管が必用になる。現在、特に分譲ではメンテナンスや将来のリフォームへの対応として専用部分であるコンクリートの床上で配管を引き回す。 その分、床下のふところ寸法が必要になり、結果として階高が高くなり建設コストがかかったり、積もり積もると高さ制限の下では階数が取れなくなる。そこで階高を抑えるため賃貸や古い集合住宅では、鉄筋コンクリートの床を貫通してその下で横方向に配管を引く、つまり下の住戸の天井裏に配管がある状態が生まれる。 四谷コーポラスの場合は、玄関脇の縦配管に接続するため横配管が丁度玄関の真上を横断するレイアウトだった。このため水漏れへの対策をするには下階にある玄関に影響を与える工事が必要で、場合によっては住戸への出入りができなくなる場合があった。工事会社としても気が進まないのか、ずいぶんと高い見積りになったそうだ。 このようなことがたびたび起こるのでは困ると、2006年に再生の検討が始まる。2011年の東日本大震災を受けて、2013年には新宿区の補助金を活用して耐震診断を行なった。黒四ダムをつくった佐藤工業のRC造だから頑丈だと思っていた居住者もいたが、旧耐震の建物のため結果はやはりNGだった。耐震補強をするにも工事費の見積りを取ると8000万から2億8000万かかるということで、再生検討委員会をつくり、建替えの議論が本格化することになった。 話を聞く限りでは、四谷コーポラスは居住者同士コミュニケーションがとれ、建替えに至る議論も比較的スムースに運んだようだ。 そんな好条件だったが、話はまとまらない。総論は賛成だが、居住者の再生検討委員会では個々の事情を解きほぐすことができなかったのだ。では建替えはどうしてまとまったのか。 ここで運命的な二人が登場する。元・信販コーポラス社員の川上龍雄氏と建築家の東泰規氏である。川上氏は、四谷コーポラスの生みの親である日本信販に勤め、昭和40年台にコーポラスシリーズや宅地開発を手掛けたのちコンサルタントとして独立。2014年に建替え事業のパートナーとしてくわわった。建替えのコンサルタントは初めてだったが、宅地開発の経験を活かして、居住者個々の問題にていねいに向き合った。東氏は、坂倉建築研究所東京事務所長を経て独立。坂倉事務所はル・コルビジェの弟子である坂倉準三がはじめ、坂倉の没後も優れたデザインの建築を数多く世に送り出している設計事務所である。 だが東氏は、居住者の意向をまとめるためまずはデザインよりも容積をいかに稼ぐかのスタディに取り組んだ。居住者にとっては、なによりも建替えにどれくらいの費用がかかり、建替え後はどのような住宅に住むことになるかが重要で、その基礎となる建物を把握することが必要であった。 もちろん、建替え事業の方向性が見えてからは、四谷コーポラスの特徴であるメゾネットを建替えの計画案へ反映することを試みるなど、四谷コーポラスのレガシーをいかに受け継ぐかに取り組んでいった。 この二人のサポートによって居住者主体の建替え計画は大きく進んだ。その後、9社のヒアリングと提案を経て、2016年に旭化成不動産レジデンスが事業者に決定する。建て替え後は現在の地上5階28戸から、地下1階・地上6階51戸のマンションへと生まれ変わるようです。「四谷コーポラス」建替えについて | プレスリリース | 旭化成に詳細が出ています。『四谷コーポラス』2:オーダーメイド・マンション『四谷コーポラス』1:日本初の民間分譲マンション
2018.11.30
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図書館で『四谷コーポラス』という本を、手にしたのです。日本初の民間分譲マンションが建て替えられることになったそうで・・・興味深いのでおます。写真や画像の多いビジュアルな本である。【四谷コーポラス】志岐祐一, 松本真澄編、鹿島出版会、2018年刊<「BOOK」データベース>より建設当時の資料や証言をとおして、日本初の民間分譲マンション「四谷コーポラス」の集合住宅史上における重要性を考える一冊。1956(昭和31)年に竣工し、日本発の民間分譲マンションと呼ばれた「四谷コーポラス」。2017年に建て替えが決まり、解体されることとなった。<読む前の大使寸評>日本初の民間分譲マンションが建て替えられることになったそうで・・・興味深いのでおます。写真や画像の多いビジュアルな本である。rakuten四谷コーポラス画期的な四谷コーポラスを、見てみましょう。p112~117<オーダーメイド・マンション> かつての団地やマンションは、住戸プランもそうだが内装も画一的で、同じ建物であれば、同じ床、同じ扉、同じ壁紙があたりまえで、効率性や公平性が優先され、居住者の好みは重視されていなかった。日本では、購入した新築マンションの間取りや内装に手をくわえずそのまま暮らすのは普通のことである。 いまでこそ、マンションの分譲時に間取りの変更やインテリアカラーの選択など、居住者のニーズを取入れる仕組みが増えているが、60年以上前に居住者の意向を聞いて住戸の個別設計を行なったのは画期的なことだった。 四谷コーポラスの設計は、佐藤工業の木村恵一による基本設計と、居住者の希望に沿った実施設計の二段階的な供給方式がとられており、建設工事と並行して実施設計が進められた。 基本設計では、メインルームと呼ばれる階は、独立した和室が三室、トイレ、風呂、洗濯機などが置けるスペースとそれらをつなぐ廊下から構成され、東側の六畳と西側四畳半の間に押入れがある。各室には縁側は設けられ、それにより柱や梁の出っ張りが隠されるようにデザイン的な配慮がされている。サブルームと呼ばれる階は、洋室、台所、玄関と階段から構成されている。 佐藤工業の設計図には、購入者の名前が記載された住戸ごとの実施設計図が残されている。同じ仕様のものは見あたらず、住戸ごとに購入者の意向が反映されていたことがわかる。和室を洋室に変更したり、部屋のつながり方についても襖で仕切り続き間にしたり、広い一部屋にするなどの変更がなされている。 東と西の間にある押入れについても、両側から利用できるような形式にしたり、仕切りの位置を調整するなど細かな要望に応えている様子がわかる。現在のマンションでは、畳があれば和室と呼ばれるが、昭和30年は戦前からの生活様式が色濃く残っていることもあり、座敷としてこだわりのある床の間や欄間が配されている。一方、掛け軸をかけるための床の間風の簡素でかわいらしい設えもある。(中略) メゾネット式の室内階段は、特に高齢者には昇降が大変なために不評だったが、世代交代した若い居住者からは、こうした空間に魅力を感じるという声も聞かれた。近年、若い世代を中心に住宅をカスタマイズする暮らし方が浸透しているが、そうした人々にとって四谷コーポラスは格好の住宅であったはずだ。 築60年を経た四谷コーポラスは、オリジナルの内装が昭和の雰囲気を伝える住戸から、それぞれの暮らしに合わせてリフォームした住戸まで、暮らしの痕跡が幾重にも重なっている。貴重な民間マンションの先駆けであると同時に、住みこなされた空間としての豊かさがそこにあった。『四谷コーポラス』1
2018.11.30
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図書館で『四谷コーポラス』という本を、手にしたのです。日本初の民間分譲マンションが建て替えられることになったそうで・・・興味深いのでおます。写真や画像の多いビジュアルな本である。【四谷コーポラス】志岐祐一, 松本真澄編、鹿島出版会、2018年刊<「BOOK」データベース>より建設当時の資料や証言をとおして、日本初の民間分譲マンション「四谷コーポラス」の集合住宅史上における重要性を考える一冊。1956(昭和31)年に竣工し、日本発の民間分譲マンションと呼ばれた「四谷コーポラス」。2017年に建て替えが決まり、解体されることとなった。<読む前の大使寸評>日本初の民間分譲マンションが建て替えられることになったそうで・・・興味深いのでおます。写真や画像の多いビジュアルな本である。rakuten四谷コーポラス(1956年竣工時)「はじめに」で、日本初の民間分譲マンションを見てみましょう。p24~27<はじめに:大月敏雄> 日本の戦後の集合住宅の歴史を勉強していると、必ず出て来る集合住宅のひとつが、四谷コーポラスである。日本で最初の分譲マンションという枕詞つきで登場することが多いが、よく考えると、「最初の分譲マンション」と呼ばれる集合住宅や、それに近いものはほかにもありそうだ。 戦後の混乱期に払い下げられた戦前賃貸集合住宅がまず思い浮かぶ。例えば、東京都渋谷区に建っていた東光園アパート。昭和10年頃に木造3階建てで建設されたが、昭和21年にGHQに徴税された際、国に物納されたのである。こうした戦後の財産税の物納によって「分譲集合住宅」となった物件は、ほかにもあった。 次に思い浮かぶのは同潤会アパート。大正12年の関東大震災の復興住宅建設のため、国内外から集まった義捐金をもとに、内務省社会局の外郭団体として財団法人同潤会が設立された。同潤会では、被災地である東京、横浜の都心部に、同潤会アパートと呼ばれる鉄筋コンクリート造の集合住宅団地16ヶ所を建設したが、このうち東京都内所在のものについては、同潤会の財産を引き継いだ住宅営団からGHQを経て東京都に引き継がれ、1951-57年にかけて、月賦によって当時の居住者に個別に払い下げられた。こうして戦後個人所有となった同潤会アパートも、戦争による混乱期を契機に「分譲集合住宅」となった例である。(宮益坂ビルディングについては中略) そして同じ年、国によって設立された日本住宅公団(現・UR都市機構)によって全国主要都市で集合住宅団地がいっせいに建設された。この際、賃貸集合住宅と分譲集合住宅が建設された。分譲集合住宅の第一号は1956年の稲毛団地であった。分譲集合住宅は、「普通分譲」と呼ばれる個人が買い取るタイプのものと、「特定分譲」と呼ばれる企業が買い取り社宅として使うタイプのものの二種類が建設された。 そして稲毛団地と同じ1956年に建設されたのが、四谷コーポラスという「民間による個人向分譲集合住宅」だった。すなわち、本邦初の、民間企業による個人向けの分譲集合住宅である。現在でも、URや公社といった公的主体によって分譲される集合住宅も若干残るものの、社宅用として企業向けに分譲されることはほとんどなくなったので、いまでは四谷コーポラスを「日本初の民間分譲マンション」と呼んで差し支えはないだろう。 ところで、上述してきた分譲集合住宅の慨史のなかでは「マンション」という名前は出てこなかったのだが、「邸宅」を意味するマンションが分譲集合住宅のネーミングに最初に付けられたのは、四谷コーポラスの後にできた信濃町亜細亜マンション(1959)であった。(中略) さて、四谷コーポラスは公的住宅ではなく個人向けの分譲共同住宅であったために、公的住宅と比べ、その企画・設計・建設記録が系統立てて記録されてこなかった。そのため、たまたまその建設に関わりのあった人の証言などの断片的な記事によってしか、その特徴の一端を知ることができない都市伝説的な存在であった。
2018.11.29
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図書館で『字幕の花園』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、彼女が訳した映画がずらりと並んでいて圧巻です。各作品の中の決めセリフ、名セリフが英文と訳文で出てきます。それから、スーパースターたちとの交友が語られているが、役得というか彼女の人徳もあるんでしょうね♪【字幕の花園】戸田奈津子著、集英社、2009年刊<商品説明>より7年半にわたって「ロードショー」に連載された人気コラム「BRUSH UP YOUR ENGLISH」を完全収録します。(1)ドラマ篇(2)コメディ篇(3)アクション篇(4)ミステリー篇(5)ファンタジー篇、ラブストーリー篇、全90本を内容別にカテゴライズ。各々、字幕翻訳の実際やエピソードを披露しながら「映会話」のレッスンを進めます。巻頭の4C口絵では、人気スターとのプライベートな2ショットや貴重な秘蔵フォトを大公開。セレブなビッグスターの知られざる素顔や来日時の未公開エピソードもさまざま披露しちゃいます。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、彼女が訳した映画がずらりと並んでいて圧巻です。各作品の中の決めセリフ、名セリフが英文と訳文で出てきます。rakuten字幕の花園戸田さんとスターたちの交友を、見てみましょう。p228~230 <スターと行く日本の旅> 旅行の日程は約1週間。デ・ニーロ一家は、ヨーロッパからプライベート・ジェットに乗って成田に到着しました。ボブの秘書からあらかじめリクエストされていたのは、シャンデリアのついた大型バスを1台、一家の移動用に手配すること。ところが、プライベートジェットから出てきた荷物は30個以上もあり、とてもバスには積みきれません。急きょ荷物用にもう1台バスを借り、そのバスを人間より先に目的地に着くよう移動させる形で旅行を進めて行くことになりました。 まず向かったのは、箱根です。温泉好きのボブのリクエストで、強羅にある高級旅館に宿泊。周辺の観光を楽しんだあとで京都に向かいました。 ボブは、初来日した1981年にマーチン・スコセッシ監督に連れられて二条城を訪れています。それが強烈に印象に残っていたのか、今回連れてきた3人の子供たちにも「うぐいす張り廊下をぜったいに見せたい」と言うので、二条城を見学。また、子供たちが「忍者を見たい」と言ったので、東映太秦映画村にも行きました。 子供たちがかなり和食通だったのは、ボブが日本料理店のNOBUを共同経営しているからでしょう。朝から和食でも平気。いちばん下の坊やなど、たたみいわしをおいしそうにパリパリ食べるのですから。 ロバート・デ・ニーロに私を紹介したロビン・ウィリアムスの一家とは3回ほど京都へ行っていますが、それをはるかに上回る回数で一緒に京都を旅しているのが、リチャード・ギヤです。 これまで数多くのハリウッド・スターと接してきましたが、リチャードほど日本の「わび・さび」がわかる外国人は、ほかにいません。 ハンパじゃない仏教徒の彼は、初めて京都を訪ねたとき、お寺の庭をながめながら、突然「I was here.僕は(前世で)ここに来たことがある」と言い出し、私はいったいなんのことかと、一瞬、戸惑ったものです。同じ京都と言っても、彼は観光客の押しかける有名な寺にはまったく興味を示しません。ほとんど知られていない静かなお寺を訪ね、仏像を拝み、庭に面した回廊で20分、30分と座禅を組みます。 来るたびに絶対欠かさないのは、桂離宮拝観。ここは予約制なので拝観が面倒なのですが、日本美の極致といえるあの美しい庭をそぞろ歩き、お得意のモノクロ写真のシャッターを切り続ける彼の姿が頭に焼きついていて、言われなくとも、事前に拝観の手続きをしてしまう私です。ネットでデ・ニーノ評を見つけました。 <ああ見えて素顔は物静かで口下手・・・ロバート・デ・ニーロ>(映画じゃなくても語れるよ?より)これも男優の卵が「10人に9人は目標に掲げる」ロバート・デ・ニーロ。デ・ニーロというと、強面で骨太で芯の強いイメージ。プライベートでも親分肌で子分を引き連れて頼りがいがあって・・・なーんてことは全くない。自分の考えを言葉にするのが上手いタイプじゃないんだね。取材を受けても言いよどむことがしょっちゅうあるみたい。戸田さんに言わせると、真っ白な人。真っ白なキャンバスに絵を描いていくように、役柄に合ったキャラクターを作りこんでいくタイプの俳優さん。役所広司や内藤剛志も常々そうありたいと語っている役者の模範。内藤剛志は外見からして徹底していて、私服は白か黒かグレーしか着ない。「役者はニュートラルであるべし」が内藤さんの持論。話が内藤剛志論に流れかけてますが、とにかくデ・ニーロは普通の人。こないだも子供2人連れて京都のお寺を回る間、至って普通のお父さんだったそうです。「そっち行ったらアカンよ」言うては子供(10歳そこそこ)に翻弄される。あ、関西弁ちゃうよな。言い方だけ私の創作です。『字幕の花園』2:はじめに『字幕の花園』1:ラスト サムライ
2018.11.29
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図書館で『字幕の花園』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、彼女が訳した映画がずらりと並んでいて圧巻です。各作品の中の決めセリフ、名セリフが英文と訳文で出てきます。それから、スーパースターたちとの交友が語られているが、役得というか彼女の人徳もあるんでしょうね♪【字幕の花園】戸田奈津子著、集英社、2009年刊<商品説明>より7年半にわたって「ロードショー」に連載された人気コラム「BRUSH UP YOUR ENGLISH」を完全収録します。(1)ドラマ篇(2)コメディ篇(3)アクション篇(4)ミステリー篇(5)ファンタジー篇、ラブストーリー篇、全90本を内容別にカテゴライズ。各々、字幕翻訳の実際やエピソードを披露しながら「映会話」のレッスンを進めます。巻頭の4C口絵では、人気スターとのプライベートな2ショットや貴重な秘蔵フォトを大公開。セレブなビッグスターの知られざる素顔や来日時の未公開エピソードもさまざま披露しちゃいます。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、彼女が訳した映画がずらりと並んでいて圧巻です。各作品の中の決めセリフ、名セリフが英文と訳文で出てきます。rakuten字幕の花園「はじめに」で字幕のイロハを、見てみましょう。p4~6 <はじめに> ゲーリー・クーパー扮する外人部隊の兵士とマルレーネ・ディートリッヒ扮する酒場の歌姫の恋を描いた『モロッコ』は、日本初の字幕スーパー映画として知られています。 字幕翻訳を担当なさったのは田村幸彦さん。私は、1~2回しかお目にかかったことがありませんが、帽子のよく似合う、おシャレなジェントルマンでした。 この田村さんがパラマウントの社員でいらしたように、字幕の草創期に翻訳を担当していたのは、全員、映画会社に勤める外国語が堪能な社員でした。人数は、前者合わせても数人。この方たちが、戦後しばらくして映画会社から独立して、フリーランスの字幕翻訳者となっていったのです。 日本は、外国映画を字幕で鑑賞する習慣が定着しているひじょうに珍しい国です。ほかの国は、吹き替えが主流。現に『モロッコ』の時代、ハリウッドは、自分たちで日本語の吹き替え版をつくり、それを日本に輸入させようとしたようです。 ところが、アメリカで吹き替えにかかわった日系二世に広島の出身者が多かったため、吹き替えのせりふが全部広島弁になってしまった。これでは使えないというので、最終的に字幕が採用されることになったのだとか。 字幕をスクリーンのどこに入れるか? 文字数をどの程度にするか? 字幕草創期にはさまざまな実験が繰り返され、試行錯誤の結果、「1秒間に3~4字、1行につき10文字を2行まで、画面の右側に入れる」というルールができあがっていきました。 ルールづくりに貢献したのは、なんと新橋の芸者さんたち。映画会社の担当者が平均的な日本人の代表ということで芸者さんたちを集め、字幕つきの映画を見てもらって、1秒間に何文字くらい読めるかをテストしたそうです。 そうやってレイアウト的な物差しは決まったのですが、中身については「かくあるべき」というルールなどなく、字幕翻訳者がそれぞれ自分なりの考え方に基いて、自由にやっていました。 私が少女時代に見た作品で印象に残っているのは、清水次郎長ふうの字幕がつけられたミュージカル。アメリカ映画なのに、「大政、小政」なんていうせりふが出てくるのです。おそらく、そういうのがお好きな翻訳者だったのでしょうね。(中略) 草分けたちがフリーランスで活動するようになってからも、字幕翻訳は翻訳者独自の流儀に任されていました。 これには短所もありました。翻訳の中身をだれもチェックしないので、誤訳がまかりとおることがあったのです。そのいっぽう、翻訳者の自由を尊重することによって、たとえ意訳であっても、ドラマの真髄を見事にとらえた名訳が数多く誕生したことも事実です。 たとえば、『第三の男』の“I shouldn't drink it. It makes me acid.”。直訳すれば、「私はこれを飲んではいけない。酒は私をacid(酸性、不機嫌)にするからだ」というせりふを、「今夜の酒は荒れそうだ」と訳したのは、絶妙と言うしかありません。 『カサブランカ』のハンフリー・ボガードの名せりふとして知られる「君の瞳に乾杯」もしかりです。 原文の“Here's looking at you, kid”は、「君を見ながら」という意味。「瞳」という単語も「乾杯」という単語も含まれていません。今なら、「原文と違いすぎる」と映画会社からダメ出しをされたり、「“瞳に乾杯”なんていう言い方はおかしい」とインターネットでバッシングされることもあるでしょう。 実際、近ごろは、字幕を間違い探しの槍玉にあげる風潮が強いので、『第三の男』や『カサブランカ』の例にあげたような「本当のドラマがわかったうえでの意訳」がたいへんやりづらくなってしまいました。それは、字幕翻訳者にとってはもちろんのこと、ある意味、映画の観客にとっても不幸なことだと思います。『字幕の花園』1:ラスト サムライ
2018.11.29
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図書館で『字幕の花園』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、彼女が訳した映画がずらりと並んでいて圧巻です。各作品の中の決めセリフ、名セリフが英文と訳文で出てきます。それから、スーパースターたちとの交友が語られているが、役得というか彼女の人徳もあるんでしょうね♪【字幕の花園】戸田奈津子著、集英社、2009年刊<商品説明>より7年半にわたって「ロードショー」に連載された人気コラム「BRUSH UP YOUR ENGLISH」を完全収録します。(1)ドラマ篇(2)コメディ篇(3)アクション篇(4)ミステリー篇(5)ファンタジー篇、ラブストーリー篇、全90本を内容別にカテゴライズ。各々、字幕翻訳の実際やエピソードを披露しながら「映会話」のレッスンを進めます。巻頭の4C口絵では、人気スターとのプライベートな2ショットや貴重な秘蔵フォトを大公開。セレブなビッグスターの知られざる素顔や来日時の未公開エピソードもさまざま披露しちゃいます。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten字幕の花園戸田さんの一番のお友達ともいえる(?)トム・クルーズを見てみましょう。p170~171 <ラスト サムライ> これを読んでいるみなさんは、もう『ラストサムライ』をご覧になって、そのすばらしい出来に腰を抜かしているはずだ。 ハッキリ言って、期待がこれほどいい方向に裏切られた映画って、そう多くはない(その逆は数知れずあるけど)。 『バニラ・スカイ』で来日していたトムから、「今度、日本のサムライ映画をつくる」と聞いたときは、ちょっと心が沈んだ。もちろん口には出さなかったけれど、「なぜ、あなたが? 日本を舞台にしたハリウッド映画ってロクなものにならないのよ。せっかく順風満帆でスーパースターの頂点に登りつめたのに、少なくとも日本では、あなたの名にミソがつくことになるわ」と。 それでも撮影は始まった。いろいろ噂は聞こえてきたが、映画は映像を見なくては評価不可能である。 映像を垣間見たのは、8月にトムとエドワード・ズウィック監督が来日して、20分ほどの抜粋フィルムをマスコミに見せてくれたとき。これを見た人は、その映像の素晴らしさ、合格点をつけられる時代考証に驚き、「これは本物。あなどってはならない」と襟を正した。そして(例によって)期限ギリギリで完成フィルムが到着。ついに、その全貌に接することができたのである。 完成した作品を見ながら、私はトムが自分に課したリスクと、それに挑戦した勇気に感動せずにはられなかった。日本の武士道という、まったく異質の世界に飛び込んで、観客の心を動かすドラマをつくる。それが、どれほど危険で、容易ならないことか。でも彼は、あの驚くべき前向きの姿勢でそれを達成したのだ。 “You've done it, Tom! Congratulation!” 「やったわね、トム! おめでとう!」 それに答えるトムの顔は光り輝いていた。 “Thank you! I am so proud of the film” 「ありがとう。この映画、本当に誇りに思っているんだ」 “But tell me, honestly. How was my Japanese?” 「でも正直に教えて。僕の日本語どうだった?」 ね? なんて気さくな、かわいいスーパースター! 完成した今回、日米の主演スターが一堂に会して明らかになったのは、この映画の成功が、文字どおり、彼らのコラボレーションの上に成り立っていたということ。トムにつきっきりで日本語のせりふをコーチしたのは真田広之さんで、英語をかなりの量しゃべる渡辺謙さんは、本番前に何時間もかけ、トム及び監督とディスカッションして、せりふを磨いたという。 (中略) 映画そのものの出来もさることながら、製作過程におけるキャスト、スタッフの努力と、この映画にかけた情熱は、聞けば聞くほど胸が熱くなるものがある。 ハリウッド映画の「ヘンな日本、ヘンな日本人」に苦笑し続けてウン十年。長かったけれど、その歴史にやっと終止符が打たれたのだ。
2018.11.28
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くだんの2本立て館が「大女優を偲んで・・・」と題して樹木希林さんの出演作品を取り上げたが・・・この際、大使が見た作品を集めてみました。・モリのいる場所(2018年制作)・あん(2015年制作)・そして父になる(2013年制作)・わが母の記(2011年制作)・悪人(2010年制作)・歩いても 歩いても(2008年制作)・東京タワー・オカンとボクと時々オトン(2007年制作)樹木希林さんといえば、郷ひろみとのデュエットで「林檎殺人事件」を歌うチャラチャラしたイメージが強いのだが・・・昨今では是枝作品のスタッフ会議で、鋭いコメントをしたりして、アーチストというか大女優の風格が漂っていました。*****************************************************************************【モリのいる場所】沖田修一監督、2018年制作、H30.10.18観賞<Movie Walker作品情報>より「祈りの幕が下りる時」の山崎努と「あん」の樹木希林が洋画家・熊谷守一夫妻を演じるヒューマンドラマ。守一の自宅の庭には様々な動植物が生きている。守一は30年以上、それらをじっと眺めるのを日課にしていた。守一の家には毎日のように人が訪ねてくる。監督・脚本は、「モヒカン故郷に帰る」の沖田修一。出演は、「3月のライオン」前・後編の加瀬亮、「谷崎潤一郎原案/TANIZAKI TRIBUTE『悪魔』」の吉村界人。<大使寸評>文化勲章を辞退した熊谷守一夫妻の仙人のような生き方もさることながら・・・気さくで、気丈な演技をしている樹木希林さんは、この時期、体はガンに冒されてボロボロであり、死を覚悟していたようです。movie.walkerモリのいる場所*****************************************************************************【あん】河瀬直美監督、2015年、日・仏・独制作、H28.1.1観賞<Movie Walker映画解説>より「萌の朱雀」でカンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)を、「殯の森」では同グランプリを獲得した河瀬直美監督が、作家やパフォーマーとして活躍するドリアン助川が人はなぜ生きるのかという根源的な問いに迫った同名小説を映画化。小さなどら焼き屋で粒あん作りを任された元ハンセン病患者の女性の姿を、四季の情景を織り交ぜながら描く。偏見にさらされ続けても精一杯生きようとする女性を「わが母の記」で第36回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞した樹木希林が、人生につまずいた雇われ店長を「KANO 1931海の向こうの甲子園」の永瀬正敏が、女性の良き理解者を「黒い雨」の市原悦子が演じる。<大使寸評>ハンディがあっても、慎ましく、精一杯に、優しく生きようとする元ハンセン病患者の静かな達観がいいですね。小説の原作者のドリアン助川という人は、芸人、タレントとでもいう人であるが、又吉直樹より先行して小説を出していたわけで…この人の経歴もすごいではないか♪Movie Walkerあん*****************************************************************************【そして父になる】是枝裕和監督 2013年制作<Movie Walker作品情報>より6年間愛情を注ぎ、育ててきたわが子が、もし他人の子だったら? 突然、過酷な現実にさらされた2組の夫婦の姿を映し出すヒューマンドラマ。『誰も知らない』の是枝裕和監督が、福山雅治を主演に迎えた深遠なドラマは、第66回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品されるや、審査員賞に輝いた。<大使寸評>主演は福山雅治であるが、リリー・フランキーの演技力には驚いたのです♪Movie Walkerそして父になる覚えていないが、みどりの母役を演じていたようです。*****************************************************************************【わが母の記】原田眞人監督、2011年制作、H30.11.24観賞<Movie Walker作品情報>より作家・井上靖が自身と家族との実話をベースにつづった自伝的小説を役所広司主演で映画化した家族ドラマ。幼少期の出来事により母親との間に大きな溝を抱える中年作家と、年老いて記憶もあいまいな母親との関係を中心に、家族の深い絆が描かれる。母親役の樹木希林、主人公の娘役の宮崎あおいなど、実力派の共演が物語を盛りたてる。<大使寸評>不穏な時代を生きる知恵として父親は家族を分散する策をとったわけで・・・作家は曽祖父の妾が住む伊豆の山奥で8年間も暮らし、一方で母親は息子を妾に取られたとの思いがつのるのであった。母親の認知症が進むと、この家族に凄まじい確執と母の徘徊が生じてしまうのです。でも、作家が真相を知るにおよんで、穏やかな日々が予感されるのです。井上靖の自伝的小説をもとに作った映画だけに・・・凄絶さと深みが感じられました。movie.walkerわが母の記*****************************************************************************【悪人】李相日監督、2010年制作、H24.7.18観賞<goo映画解説>より長崎在住の清水祐一は、博多で働く石橋佳乃と待ち合わせをしていた。しかし、待ち合わせ場所で佳乃は他の男の車に乗って行ってしまった。佳乃を追いかけた祐一は、福岡県の三瀬峠で彼女を殺してしまう。その後、長崎でいつも通りの日常を送っていた祐一は、以前出会い系サイトでメールをやりとりしていた馬込光代という女性と会うことに。ホテルでお互いを求めあった後で、祐一は光代に佳乃を殺したことを告白するのだが…。<大使寸評>李相日監督作品となれば、見ないわけにいかないが・・・・娘を殺された親父が、スパナを隠し持って真犯人?に迫るところが、凄い。goo映画悪人覚えていないが、祐一の祖母役を演じていたようです。*****************************************************************************【歩いても 歩いても】是枝裕和監督、2007年制作、2013.10.17観賞<Movie Walker作品情報>より「誰も知らない」の是枝裕和監督が描く、家族ドラマ。長男の15周忌で実家に集まった次男一家や両親の姿を静かにとらえ、温かだが時に厄介な家族の関係を見つめていく。<大使寸評>最近観た「そして父になる」の原点みたいな感じの作品でもあり、山田監督の「東京家族」にも似た作品でした。昨今はそれだけ、家族をテーマにする作品が求められているんだろうか?これらの3作品の中でも、この作品がもっとも起伏がないというか日常的な物語だと思うが・・・・それが、かえって身にしみるわけです。「フィクションをドキュメンタリーのように撮るのだというのが僕の演出上のコンセプト」と監督がおっしゃっています。とにかく、観終わったあと優しい気持ちが湧いたのですが・・・ウェットな演出はしないという監督の手法が良かったのかも。役者では、樹木希林とYOUがこれまでの作品とだぶって出ていたけど、是枝ワールドの一員なんでしょうね。Movie Walker歩いても 歩いても*****************************************************************************【東京タワー・オカンとボクと時々オトン】松岡錠司監督、2007年制作、H30.11.24観賞<Movie Walker映画のストーリー>より飲んだくれの自由人である“オトン”(小林薫)の家を出て、“オカン”(樹木希林)と幼い“ボク”は筑豊の実家で暮し始める。炭坑町でオカンとその姉妹たちと暮す日々が続くが、高校進学を間近にひかえたボクはオカンのもとを離れて大分の美術高校に行くことを決めた。オカンが小料理屋で働きつつ送ってくれる仕送りでボクは、自堕落な高校生活を送る。やがて憧れていた東京に出て美大生になるに至っても、ボク(オダギリジョー)は自堕落な生活を送り続けていた。<大使寸評>息子の美大卒業証書を額に入れて病院の病床まで持ち込むオカンにとって、息子さえ健在であれば、オトンとの辛い別居も耐えられるのであった。リリー・フランキーの自伝的小説をもとに作った映画だけに・・・ニッポンの高度成長期の庶民の悲哀と希望がよく描かれています。時代考証は映画「三丁目の夕陽」より優っているのではないかと、思ったりします。この映画は2時間20分と長いので、フィルム入れ替えのための10分の休憩タイムがありました。おお、この映画館はフィルム映画とデジタル映画の両方が提供できるのか♪movie.walker東京タワー・オカンとボクと時々オトン
2018.11.28
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今回借りた4冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「ビジュアル本」でしょうか♪<市立図書館>・オレって老人?・字幕の花園<大学図書館>・図説不思議の国のアリス・四谷コーポラス図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【オレって老人?】南伸坊著、みやび出版 (2013年刊<カスタマーレビュー>より南伸坊のエッセイ集で、連載中のみやび出版『myb』の「日々のシンボー」と毎日新聞『本の時間』の「じじの時間」を軸に、『文藝春秋スペシャル』『うえの』『室内』の各誌に注文されて執筆した文を集めています。そのさい、年寄りがよくする懐旧談、自分が老化に直面したことについての文章を選んだという。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/20予約、11/25受取)>amazonオレって老人?【字幕の花園】戸田奈津子著、集英社、2009年刊<商品説明>より7年半にわたって「ロードショー」に連載された人気コラム「BRUSH UP YOUR ENGLISH」を完全収録します。(1)ドラマ篇(2)コメディ篇(3)アクション篇(4)ミステリー篇(5)ファンタジー篇、ラブストーリー篇、全90本を内容別にカテゴライズ。各々、字幕翻訳の実際やエピソードを披露しながら「映会話」のレッスンを進めます。巻頭の4C口絵では、人気スターとのプライベートな2ショットや貴重な秘蔵フォトを大公開。セレブなビッグスターの知られざる素顔や来日時の未公開エピソードもさまざま披露しちゃいます。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、彼女が訳した映画がずらりと並んでいて圧巻です。各作品の中の決めセリフ、名セリフが英文と訳文で出てきます。rakuten字幕の花園【図説不思議の国のアリス】桑原茂夫著、河出書房新社、2013年刊<「BOOK」データベース>よりおかしな住人の出自を探り、奇妙な論理を読み解く、魅惑のワンダーランドの完全ガイド。【目次】序章 不思議の国への招待(『不思議の国のアリス』の成立/地下の国こそ不思議の国 ほか)/第1章 アリスの「不思議の国」へー『不思議の国のアリス』を読む(ウサギ紳士に誘い込まれたアリス、深い穴を落下/いきなり小さくなったアリス ほか)/第2章 アリスの「鏡の国」へー『鏡の国のアリス』を読む(アリス、鏡の国でチェスの駒を驚かせる/鏡を通して見ればちゃんと読める文字 ほか)/第3章 アリスとキャロルと写真術(キャロルにとっての写真術/キャロルの時代の写真術 ほか)<読む前の大使寸評>追って記入rakuten図説不思議の国のアリス【四谷コーポラス】志岐祐一, 松本真澄編、鹿島出版会、2018年刊<「BOOK」データベース>より建設当時の資料や証言をとおして、日本初の民間分譲マンション「四谷コーポラス」の集合住宅史上における重要性を考える一冊。1956(昭和31)年に竣工し、日本発の民間分譲マンションと呼ばれた「四谷コーポラス」。2017年に建て替えが決まり、解体されることとなった。<読む前の大使寸評>日本初の民間分譲マンションが建て替えられることになったそうで・・・興味深いのでおます。写真や画像の多いビジュアルな本である。rakuten四谷コーポラス********************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き344
2018.11.28
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<『オレって老人?』5>図書館に予約していた『オレって老人?』という本を、待つこと5日でゲットしたのです。『仙人の壷』という南さんの(マンガ)本を読んで良かったので、その勢いで予約していたのです。なお、帰って調べてみると、この本を今年4月に借りていたことが判明しました(またか)・・・で、(その5)としています。【オレって老人?】南伸坊著、みやび出版 (2013年刊)<カスタマーレビュー>より南伸坊のエッセイ集で、連載中のみやび出版『myb』の「日々のシンボー」と毎日新聞『本の時間』の「じじの時間」を軸に、『文藝春秋スペシャル』『うえの』『室内』の各誌に注文されて執筆した文を集めています。そのさい、年寄りがよくする懐旧談、自分が老化に直面したことについての文章を選んだという。<読む前の大使寸評>『仙人の壷』という南さんの(マンガ)本を読んで良かったので、その勢いで予約していたのです。<図書館予約:(11/20予約、11/25受取)>amazonオレって老人?南さんがオタクについて論じているので、見てみましょう。p66~69 <好きこそものは気持ちいい> コドモの頃から、相撲が好きで今も場所が始まれば、たいがいTV中継をつけっぱなしにしている。 かといっていわゆる「ムヤミに相撲に詳しい」とか「めちゃくちゃうるさい」といえるほどに趣味が深いわけじゃない。 相撲の技に異常に詳しいとか、相撲の歴史や、相撲協会の裏事情に地獄耳だとかというわけでもなく、単に、ふつうよりもちょっと相撲好きというに過ぎない。 このことを、自分では少し物足りなく感じている、というか、自分の集中力や向上心、根気や探究心の薄弱さが情けない。 だから、世間ではヤユしたりネガティブに見られることの多いオタクといわれる人々を、私はリスペクトしている。 何もわざわざ「オタク」と呼ばずともつまり、「趣味」というものの力を大いに尊敬しているということだ。 先日、清水義範さんから「坂本龍馬は船オタクだった」という龍馬論『龍馬の船』をおくっていただいた。一気に読んだ。大いに我意を得たのである。 坂本龍馬がなした偉業の数々は、つまり彼が船オタクであって、自分の船を持ちたいという強い願望を持ち続けていたからこそだった。という仮説を様々に証明してみせた小説だ。 この龍馬像は、司馬遼太郎が『竜馬が行く』でつくりあげた龍馬像に、更に踏み込んだといえるもので、私は清水義範氏だけでなく、ここに司馬遼太郎その人にも、オタク的な匂いを嗅ぎ取っている。 先日、友人の間でも、名実ともにオタクの烙印を押されている人物と語らう機会があったのだが「オタク自身の語るオタク力」というテーマの長広舌が、実におもしろかった。 「それはキミ」と私は言った。本に書いたほうがいい。 なぜ、ヨーロッパやアメリカにまで、日本のアニメーションのファンが生まれ、自らを0TAKUと称するまでになったのか? どれだけのオタクな人々が、世界の一線に躍り出ているか、オタクが作り出すウソのような冗談のようなエピソード、などなどだが、それを紹介することはここではしない。 彼の話を聞いていた我々が、いかに話に引込まれていたかどれほど熱心に聴いてしまったか、ということが肝心なのだ。 つまり、我々はオタク的な情熱、オタク的執着力、オタク的ディテールといったものに、根源的に魅かれるのだ、ということを私は言いたい。 オタクがヤユされるのは、主にその異常なまでの熱心さと、常人には無意味にしか思えないことへの執着にあるけれども、それはそのまま裏返しの憧憬につながっているのだ。 オタクの力というのは、一言でいうと「採算度外視」であると彼は言った。これは、つまり言葉を変えれば社会性の欠如ということだろう。オタクの原動力というのは快感原則だったのだ。 オタクがなんとなし胡乱に思われるのは、この快感を自分たちが共有できないことによる。南さんをネットで検索したら、こんなんが出ました。装丁デザイナー、イラストレーター、エッセイスト。講談社出版文化賞装丁賞受賞とのこと。『オレって老人?』4 :日本語の乱れp70~73『オレって老人?』3 :肺ガンの危機p194~198『オレって老人?』2 :近頃のツバメp22~25『オレって老人?』1 :アノホラ検索p38~40『仙人の壷』1
2018.11.27
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図書館に予約していた『オレって老人?』という本を、待つこと5日でゲットしたのです。『仙人の壷』という南さんの(マンガ)本を読んで良かったので、その勢いで予約していたのです。なお、帰って調べてみると、この本を今年4月に借りていたことが判明しました(またか)・・・で、(その4)としています。【オレって老人?】南伸坊著、みやび出版 (2013年刊)<カスタマーレビュー>より南伸坊のエッセイ集で、連載中のみやび出版『myb』の「日々のシンボー」と毎日新聞『本の時間』の「じじの時間」を軸に、『文藝春秋スペシャル』『うえの』『室内』の各誌に注文されて執筆した文を集めています。そのさい、年寄りがよくする懐旧談、自分が老化に直面したことについての文章を選んだという。<読む前の大使寸評>『仙人の壷』という南さんの(マンガ)本を読んで良かったので、その勢いで予約していたのです。<図書館予約:(11/20予約、11/25受取)>amazonオレって老人?このところ日本語の乱れが気になるが、これって老化なんでしょうか?p70~73 <現代日本語の問題点> TVを見ていたら、居酒屋チェーンの日本人従業員が、質問に答えて、こんな風に日本語で答えていた。 「網のほうに置かしていただいて焼かしていただいてます」 質問は、最近コチラではヤキトリの串を抜いているって聞いたんですけど、じゃあどうやって焼いているんですか? という質問である。 その日本人(と思われる)従業員の方は、お客さんに対して失礼があってはいけない、と思って、ちょっとテイネイに答えたんだと思う。 しかし、どうだろう? 「ハイ、網でやいております」 と言ったら、ダレかに失礼に当たるだろうか? 網のほう、というのは「網」と呼びつけにしては焼き網に失礼にあたるからだろうか? 「置かしていただいて」 というのは、やっぱり焼き網様に失礼にないように、ただ置いてとかそれさえも略して「網で」焼いているというのじゃ、あんまりだということだろうか? ヤキトリの肉片を焼くについては、死んだトリとか、ブタなどの内蔵に対して、感謝の気持ちを表す意味合いで、焼かしていただいているのであろうか? というような意味合いのことを、私がTVを見ながらぼやいていると、ツマが聞きつけて、 「あたしはねー、デパートでネギ買った時、あの、こちらおネギのほう、お曲げさしていただいてよろしいでしょうか? って聞かれたよ」 で、なんて答えたの。 「なんてって、そりゃ口ではハイっていうよ。(おれはしらねえよネギに聞いてくれ)って、思ったまんま言ったら、シンちゃんが字にかけないような人に思われちゃうじゃない」 というのだった。なるほど、ツマの言い分はわかる。 「オマゲサシテイタダイテヨロシイデショウカ?」ってさあ、なんで「曲げてもいいですか、」って言えねんだよ、というわけだ。 ネギの立場に立ちすぎだろ、それからなんで許可だけコッチに求めるの?ウーム お客に対してこれだけへり下った物言いをしていると・・・お客のほうだって増長してカスタマーハラスメントに陥ったりするんだろうね。それから、これだけ謙譲語を縦横無尽に操る言語は、たぶんニッポン語だけだろうね。南さんをネットで検索したら、こんなんが出ました。装丁デザイナー、イラストレーター、エッセイスト。講談社出版文化賞装丁賞受賞とのこと。『オレって老人?』3 :肺ガンの危機p194~198『オレって老人?』2 :近頃のツバメp22~25『オレって老人?』1 :アノホラ検索p38~40『仙人の壷』1
2018.11.27
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<図書館予約の軌跡144>『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・加村一馬著『洞窟おじさん』(6/07予約、副本2、予約37)現在11位・半藤一利『歴史と戦争』(7/11予約、副本10、予約120)現在8位・与那覇潤『知性は死なない』(7/25予約、副本4、予約23)現在1位・原田マハ『フーテンのマハ』(8/06予約、副本9、予約65)現在12位・サピエンス全史(上)(10/11予約、副本25、予約151)現在86位・the four GAFA 四騎士が創り変えた世界(10/13予約、副本5、予約83)現在66位・山尾悠子『飛ぶ孔雀』(11/08予約、副本4、予約26)現在22位・更科巧「絶滅の人類史」(11/18予約、副本9、予約67)現在62位・三浦しおん「愛なき世界」(11/25予約、副本23、予約366)現在368位<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・8月の果て・ある日うっかりPTA(副本4、予約39)<予約候補>・トランスヒューマンガンマ線バースト童話集・「月夜のでんしんばしら」谷川雁、C.W.ニコル・谷川雁「極楽ですか」 ・南伸坊「ねこはい」・Coloring in Wadaland―和田誠カラー作品集:図書館未収蔵・サピエンス全史(下):図書館未収蔵?・高橋源一郎『ニッポンの小説』:以前に借りている・浅田次郎『天子蒙塵1~3』:図書館未収蔵・阿刀田高『ギリシア神話を知っていますか』:芸工大に収蔵・阿刀田高『裏声で歌へ君が代』・原田マハ『楽園のカンヴァス』・重松清『ビタミンF』:阿刀田さんが「セッちゃん」をお奨め・デジタルエコノミーはいかにして道を誤まるか:図書館未収蔵・高橋源一郎著「読んじゃいなよ」・カズオ・イシグロ著『癒されざる者たち』:図書館未収蔵・『ウォルマートがアメリカをそして世界を破壊する』:図書館未収蔵・銃・病原菌・鉄(上)・ネルケ無方著『迷える者の禅修業』・ボリス・ヴィアン著『うたかたの日々』:芸工大に収蔵・『一汁一菜でよいという提案』・中島岳志著『血盟団事件』・・・西図書館の棚で見た・『排除と抵抗の郊外 フランス〈移民〉集住地域の形成と変容』・フィールドサイエンティスト 地域環境学という発想・禁じられた歌(田)<予約分受取:10/06以降> ・渋谷由里『馬賊で見る「満州」』(10/01予約、10/06受取)・佐野洋子『あっちの女 こっちの猫』(10/01予約、10/06受取)・デズモンド・モリス『猫の美術史』(10/06予約、10/11受取)・円城塔『文字渦』(9/05予約、10/16受取)・サマセット・モーム『アシェンデン』(10/22予約、10/24受取)・中国古代史研究の最前線(10/22予約、10/28受取)・ミヒャエル・エンデ『モモ』:10/28バザーで購入した。・堀田善衛『方丈記私記』(10/26予約、11/02受取)・ロアルド・ダール『飛行士たちの話』(11/05予約、11/09受取)・南伸坊「オレって老人? 」(11/20予約、11/25受取)【洞窟おじさん】加村一馬著、小学館、2004年刊<作品情報>より昭和35年、13歳の少年は「両親から逃げたくて」愛犬シロを連れて家出した。以来、彼はたったひとりで、足尾鉱山の洞窟、富士の樹海などの山野で暮らしヘビやネズミ、コウモリに野ウサギなどを食らい命をつないできた。発見されたとき、少年は57歳になっていた。実に43年にわたる驚愕のサバイバル生活。―これは現代のロビンソン・クルーソーの記録である。<読む前の大使寸評>驚愕の自叙伝というか、平成の冒険的ドキュメンタリーではなかろうか。図書館で探してみよう。<図書館予約:6/07予約、副本2、予約37>amazon洞窟おじさん【歴史と戦争】半藤一利著、幻冬舎、2018年刊<「BOOK」データベース>より幕末・明治維新からの日本近代化の歩みは、戦争の歴史でもあった。日本民族は世界一優秀だという驕りのもと、無能・無責任なエリートが戦争につきすすみ、メディアはそれを煽り、国民は熱狂した。過ちを繰り返さないために、私たちは歴史に何を学ぶべきなのか。「コチコチの愛国者ほど国を害する者はいない」「戦争の恐ろしさの本質は、非人間的になっていることに気付かないことにある」「日本人は歴史に対する責任というものを持たない民族」-80冊以上の著作から厳選した半藤日本史のエッセンス。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(7/11予約、副本10、予約120)>rakuten歴史と戦争【知性は死なない】與那覇潤著、文藝春秋、2018年刊<「BOOK」データベース>より平成とはなんだったのか!?崩れていった大学、知識人、リベラル…。次の時代に、再生するためのヒントを探してーいま「知」に関心をもつ人へ、必読の一冊!【目次】はじめに 黄昏がおわるとき/平成史関連年表 日本編/第1章 わたしが病気になるまで/第2章 「うつ」に関する10の誤解/第3章 躁うつ病とはどんな病気か/平成史関連年表 海外編/第4章 反知性主義とのつきあいかた/第5章 知性が崩れゆく世界で/第6章 病気からみつけた生きかた/おわりに 知性とは旅のしかた<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(7/25予約、副本4、予約24)>rakuten知性は死なない【フーテンのマハ】原田マハ著、集英社、2018年刊<出版社>よりモネやピカソなど、美術にまつわる小説をはじめ、精力的に書籍を刊行する著者、その創作の源は旅にあった!? 世界各地を巡り、観る、食べる、買う。さあ、マハさんと一緒に取材(!?)の旅に出よう!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(8/06予約、副本9、予約65)>rakutenフーテンのマハ【サピエンス全史(上)】ユヴァル・ノア・ハラリ著、河出書房新社、2016年刊<「BOOK」データベース>よりなぜホモ・サピエンスだけが繁栄したのか?国家、貨幣、企業…虚構が文明をもたらした!48ヶ国で刊行の世界的ベストセラー!【目次】第1部 認知革命(唯一生き延びた人類種/虚構が協力を可能にした/狩猟採集民の豊かな暮らし/史上最も危険な種)/第2部 農業革命(農耕がもたらした繁栄と悲劇/神話による社会の拡大/書記体系の発明/想像上のヒエラルキーと差別)/第3部 人類の統一(統一へ向かう世界/最強の征服者、貨幣/グローバル化を進める帝国のビジョン)<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(10/11予約、副本25、予約151)>rakutenサピエンス全史(上)【the four GAFA 四騎士が創り変えた世界】スコット・ギャロウェイ著、東洋経済新報社、2018年刊<「BOOK」データベース>より激変を預言した著名教授が断言。次の10年を支配するルール。【目次】1章 GAFA-世界を創り変えた四騎士/2章 アマゾンー1兆ドルに最も近い巨人/3章 アップルージョブズという教祖を崇める宗教/4章 フェイスブックー人類の1/4をつなげた怪物/5章 グーグルー全知全能で無慈悲な神/6章 四騎士は「ペテン師」から成り上がった/7章 脳・心・性器を標的にする四騎士/8章 四騎士が共有する「覇権の8遺伝子」/9章 NEXT GAFA-第五の騎士は誰なのか/10章 GAFA「以後」の世界で生き残るための武器/11章 少数の支配者と多数の農奴が生きる世界<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(10/13予約、副本5、予約83)>rakutenthe four GAFA 四騎士が創り変えた世界【飛ぶ孔雀】山尾悠子著、文藝春秋、2018年刊<「BOOK」データベース>より庭園で火を運ぶ娘たちに孔雀は襲いかかり、大蛇うごめく地下世界を男は遍歴する。伝説の幻想作家、待望の連作長編小説。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/08予約、副本4、予約26)>rakuten飛ぶ孔雀【絶滅の人類史】更科功著 、NHK出版、2018年刊<「BOOK」データベース>より700万年に及ぶ人類史は、ホモ・サピエンス以外のすべての人類にとって絶滅の歴史に他ならない。彼らは決して「優れていなかった」わけではない。むしろ「弱者」たる私たちが、彼らのいいとこ取りをしながら生き延びたのだ。常識を覆す人類史研究の最前線を、エキサイティングに描き出した一冊。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/18予約、副本9、予約67)>rakuten絶滅の人類史【愛なき世界】三浦しをん著 、中央公論新社、2018年刊<「BOOK」データベース>より恋のライバルは草でした(マジ)。洋食屋の見習い・藤丸陽太は、植物学研究者をめざす本村紗英に恋をした。しかし本村は、三度の飯よりシロイヌナズナ(葉っぱ)の研究が好き。見た目が殺し屋のような教授、イモに惚れ込む老教授、サボテンを巨大化させる後輩男子など、愛おしい変わり者たちに支えられ、地道な研究に情熱を燃やす日々…人生のすべてを植物に捧げる本村に、藤丸は恋の光合成を起こせるのか!?道端の草も人間も、必死に生きている。世界の隅っこが輝きだす傑作長篇。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/25予約、副本23、予約366)>rakuten愛なき世界【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死【8月の果て】柳美里著、新潮社、2007年刊<「BOOK」データベース>より日本統治下の朝鮮・密陽に生を受け、マラソンでの五輪出場を目指した亡き祖父・李雨哲。そのうしろ姿を追い、路上を駆けることを決意した柳美里。ふたりの息づかいが時空を越えて重なる瞬間、日本と朝鮮半島のあわいに消えた無数の魂が封印を解かれ、歴史の破れ目から白い頁に甦る。偉丈夫の雨哲と美丈夫の弟・雨根。血族をめぐる、ふたつの真実の物語が、いま日本文学を未踏の高みへと押し上げる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>rakuten8月の果て図書館予約の軌跡143予約分受取目録R18中央図書館新着図書リスト図書館情報ネットワーク 蔵書検索システム図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・ウィキペディアでめぼしい著作を探す
2018.11.27
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図書館で『消えゆくアジアの水上居住文化』という本を、手にしたのです。災害大国ニッポンであるが・・・この本の「自然の脅威を回避し、快適で持続可能な環境をつくる知恵」という視点が、気になるのでおます。【消えゆくアジアの水上居住文化】畔柳昭雄編著、鹿島出版会、2018年刊<出版社>よりアジアの水辺に残る、多様性を極めながらも個にして普遍的な水辺の暮らしと、近代化のうねりを受け、その変容する姿を見つめるーー。アジアの水上住居は原始的のようでいて、環境と一体化する生活空間は今日的な示唆に溢れている。自然の脅威を回避し、快適で持続可能な環境をつくる知恵は伝統文化の賜物である。しかし、急速な都市化の波でこうした空間がいま減少しつつある。10年前は萌芽にすぎなかった現代社会との摩擦に注視しながら、価値あるアジアの環境的な空間づくりをフィールドワークの成果からビジュアルに読み解く。失われつつある貴重な生活文化の記録。<読む前の大使寸評>災害大国ニッポンであるが・・・この本の「自然の脅威を回避し、快適で持続可能な環境をつくる知恵」という視点が、気になるのでおます。rakuten消えゆくアジアの水上居住文化伊根の舟屋伊根の舟屋など、日本の舟小屋を見てみましょう。p142~147■日本海側で発達した舟小屋 日本海側の舟小屋は、降水量が多く変動の激しい気候と干満差の小さい潮汐作用を見せる海象条件を加味しながら建てられている。干潮と満潮の水位差は、太平洋側に比べ日本海側は非常に小さい。このことが日本海側で舟小屋が今でも残されている理由である。 干満差の小さい日本海側では、満ち潮が海浜に遡上する幅も小さく30~50cmほどである。一方、太平洋側では、おおむね1~2mに達する。この差が舟を浜に揚げる際に大きな違いを生み出す。日本海側では満ち潮の寄せる幅が小さい分、舟を波打ち際に近い前浜に置くことができるたえ、舟の揚げ下ろしが容易で出漁もしやすい。 かつては、太平洋側の海岸にも舟小屋は建てられたが、船体が木造からFRP造に替わり腐蝕や劣化の心配がなくなってからは、ほぼ完全に消滅することになった。日本海側では船体がFRPに替わっても、冬場は船体に雪が溜まり沈没の恐れがあったり、海がしけて漁が出来ない時期が続いたりするため、舟を収納する場所として舟小屋が必要とされた。(中略) ■伊根の舟屋なかでも、京都府伊根町の舟小屋は、他の地域とは異質であることに気づかされる。それはまず、この地区では呼び名が「舟屋」あるいは「舟倉」と呼ばれていることに表れている。立地形態や数が他と大きく異なり規模が大きく、圧巻といえる水辺の漁村風景が創出されている。2005年には文化庁により重要伝統的建造物群保存地区の指定を受けている。 井根町を構成する7集落は、伊根湾を囲むように位置しており、各集落は曲がりくねった海岸線に沿って連なりを見せる。伊根湾の入り口付近に位置する日出地区からはじまり、高梨、西平田、東平田、立石、耳鼻そして亀山地区へとつながる。この間、ほぼ同程度の規模、形態で、舟の出入口も同規模の舟屋が230軒余り海際に連続的に建ち並び、異彩と形容できる景観美を形成しているのである。 異彩といえる理由のひとつに、まず、舟屋が海の上に建っているように錯覚する見え方があげられる。正しくは、舟屋が汀線付近に建てられ、水面が屋内に引込まれた状態になるため、海面に建っているように見えるのだ。ふたつ目は、230軒の舟屋がぎっしりと立錐の余地なく建ち並んでいることがある。また、それらは各々、同程度の勾配の切妻屋根をもち、同程度の間口の収納口を開けながら、整然と海に向いている。3つ目は、この舟屋とその背景に位置する主屋がセットになっていて、伊根湾沿いに美しい帯状の集落景観を形成していることがあげられる。『消えゆくアジアの水上居住文化』2:カンボジア・トンレサップ湖の湖上集落『消えゆくアジアの水上居住文化』1:日本の牡蠣船
2018.11.26
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図書館で『消えゆくアジアの水上居住文化』という本を、手にしたのです。災害大国ニッポンであるが・・・この本の「自然の脅威を回避し、快適で持続可能な環境をつくる知恵」という視点が、気になるのでおます。【消えゆくアジアの水上居住文化】畔柳昭雄編著、鹿島出版会、2018年刊<出版社>よりアジアの水辺に残る、多様性を極めながらも個にして普遍的な水辺の暮らしと、近代化のうねりを受け、その変容する姿を見つめるーー。アジアの水上住居は原始的のようでいて、環境と一体化する生活空間は今日的な示唆に溢れている。自然の脅威を回避し、快適で持続可能な環境をつくる知恵は伝統文化の賜物である。しかし、急速な都市化の波でこうした空間がいま減少しつつある。10年前は萌芽にすぎなかった現代社会との摩擦に注視しながら、価値あるアジアの環境的な空間づくりをフィールドワークの成果からビジュアルに読み解く。失われつつある貴重な生活文化の記録。<読む前の大使寸評>災害大国ニッポンであるが・・・この本の「自然の脅威を回避し、快適で持続可能な環境をつくる知恵」という視点が、気になるのでおます。rakuten消えゆくアジアの水上居住文化遺跡と暮らす アンコールより水上居住といえば、トンレサップ湖がまず思い浮かぶのです。p90~97<カンボジア・トンレサップ湖の湖上集落>■伸縮する湖、トンレサップ湖 カンボジアのシェムリアップは、世界歴史遺産のアンコールワットやアンオールトムをはじめ、アンコール王朝時代に建立された宮殿などの遺跡が数多く残され世界的に知られている。ここにはもうひとつ注目すべきものがある。それは「伸縮する湖」として知られる東南アジア最大の淡水湖トンレサップ湖である。 このトンレサップ湖をはじめて訪れたのは、2003年のこと。アンコール王朝に関連した遺跡の調査後に立ち寄り、それ以来何度も訪れることになった。当時はこの湖が雨季と乾季で湖面の広がりを大きく変えることや3階建てほどの高さを持つ高床式住居の存在、数多くの水上居住が湖面に集落を形成していることなど、まったくしらなかった。 しかし、各漁村集落を訪ねるごとに、多様な水上居住があることに目を奪われた。この経験がその後のトンレサップ湖調査へと発展することになった。 この地域は、おおむね5~11月が雨季、12~翌年4月が乾季である。雨季と乾季で、湖の水面の規模が大きく異なることから「伸縮する湖」と呼ばれてきた。雨季の湖面は乾季の5~6倍ほどに膨れ上がり、水位も5倍以上に上昇する。乾季は、平均水深が1.0~2.0m程度であるのに対し、雨季には8.0~11.0mほどになる。(中略) トンレサップ湖の場合は、湖から流れ出るトンレサップ川が逆流することが要因である。トンレサップ川はメコン川に合流するため、メコン川の上流が増水すると、流路の影響を受けて逆流が起きる。 環境変動の激しい湖周辺では、標高が10m以上の土地は農地に利用されている。10m以下の土地は浸水林や湿地帯となっており、場所によってはマングローブ林が繁茂する。氾濫湿地帯は雨季に水位が上昇すると奥行き20~40kmの幅で浸水する。樹木も背丈が高くないものは、枝葉の上部を水面に残し完全に水没してしまう。(中略)■湖畔湖面の住居と集落 沿岸部の村々では、氾濫湖特有の水位変動に対応し、多様な居住形態が生まれだされてきた。変動の大きいところで水位は11mも上昇するため、これに耐えうる長い柱の高床式住居を建てたり、舟や筏で住居を水面に浮かべたりしている。 これらの水上住居は、立地ごとの水位変動を反映したり、生産活動としての漁業形態を反映したりしている。大別すると、1.定位置に固定された高床形式の住居、2.移動可能な小型の高床形式の住居、3.簡易な仮設的小屋掛けにより湖面に立地する高床形式の住居、4.場所移動の可能な舟住居、5.定位置付近で移動する筏形式や浮函形式の住居がある。(中略) また、トンレサップ湖の水上居住の特徴のひとつに、ベトナム系の住民の存在があげられる。彼らの定住地は、すべて水上に限られているのである。調査した4ヶ所の村のうち3ヶ所でベトナム系住民が見受けられた。その存在については、数百年前にトンレサップ川を遡りこの地で漁業を営み、今日まで継承されてきているという説がある。その他、難民としてこの地に逃れてきた、あるいは、カンボジア内戦時に進駐しそのまま居着いたなど、それぞれの村で事情は異なる。 いずれにせよ、ベトナム系住民とクメール系住民の同化はないようで、同じ村のなかでもベトナム系住民は水上に限った居住であるのに対し、クメール系住民は陸上と水上の両方に居住できるなど違いを見せる。ただし、クメール系住民でも仏教徒は船上生活はしない。『消えゆくアジアの水上居住文化』1
2018.11.26
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図書館で『消えゆくアジアの水上居住文化』という本を、手にしたのです。災害大国ニッポンであるが・・・この本の「自然の脅威を回避し、快適で持続可能な環境をつくる知恵」という視点が、気になるのでおます。【消えゆくアジアの水上居住文化】畔柳昭雄編著、鹿島出版会、2018年刊<出版社>よりアジアの水辺に残る、多様性を極めながらも個にして普遍的な水辺の暮らしと、近代化のうねりを受け、その変容する姿を見つめるーー。アジアの水上住居は原始的のようでいて、環境と一体化する生活空間は今日的な示唆に溢れている。自然の脅威を回避し、快適で持続可能な環境をつくる知恵は伝統文化の賜物である。しかし、急速な都市化の波でこうした空間がいま減少しつつある。10年前は萌芽にすぎなかった現代社会との摩擦に注視しながら、価値あるアジアの環境的な空間づくりをフィールドワークの成果からビジュアルに読み解く。失われつつある貴重な生活文化の記録。<読む前の大使寸評>災害大国ニッポンであるが・・・この本の「自然の脅威を回避し、快適で持続可能な環境をつくる知恵」という視点が、気になるのでおます。rakuten消えゆくアジアの水上居住文化かき広日本の水辺として、舟屋と牡蠣船が取り上げられているが、まず牡蠣船を見てみましょう。p152~154<消えゆく川面の牡蠣船> 牡蠣船とは、もともとは瀬戸内海地方の港町に牡蠣を運搬して、そこで販売することを目的とした和船であった。 次第にそれが運搬した先で、牡蠣を剥き身にしたり、焼いたりと調理し船の中で客に振る舞い提供するようになったことで、水上の飲食店として発展した船である。 発祥地は安芸(現在の広島県草津)であるが、大阪の掘割で有名になり、風物詩となった。 広島市内には、猿候川、京橋川、元安川、本川(太田川)、天満川、太田川放水路の6河川が流れている。そのなかのひとつ、元安川には1963年から「かなわ」と呼ばれる牡蠣船が繋留されていた。近年、対岸側に「かき船ひろしま」が繋留されたが、どちらも牡蠣の季節には多くの客で賑わいを見せる。 牡蠣船の存在は、あまり知られてこなかったが、江戸時代に当地で養殖される牡蠣の産地直送販売を目的として建造され、次第に調理も船内で行なうようになり、牡蠣通には人気の的となった。 この牡蠣船は、生産地である広島よりもむしろ大阪で人気となり、最盛期には大阪堀川に20隻余りの牡蠣船が集まった。その他、瀬戸内海各地、四国の松山、高知、九州の別府、日本海側の金沢、新潟、東京の築地川などの河川や港、さらに、隣国の中国青島や北朝鮮平壌にまで出向き、牡蠣の産地直送販売を行なってきた。 また1933年より、海のない長野県松本市の松本城の掘割に牡蠣船を浮かべての産地直送販売が行なわれ、この船は現在も営業中である。 現存する牡蠣船のなかで最も古いものは、大阪土佐堀川の「かき広」である。1920年以来約90年、今の場所に係留されている。現在は、木製の船体を鋼製のパージに搭載して営業を続けている。 呉市境川にある牡蠣船も大正元年(1912)ごろに係留され100年ほど経過いているが、船台は船歴を経るごとに変更され現在のものはFRP製である。この船の場合、船体を安定させるため、船倉に注水し河床に着底させている。 なお、元安川の「かなわ」と「ひろしま」は国土交通省の指導の下に、2014年にそれまで係留していた場所から、「かなわ」は400m上流に、「ひろしま」は本川の東岸へ移動した。これらは水のほとんど流れない「死水域」である。
2018.11.26
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お天気、良~し・・・ちょっと寒いけど、くだんの2本立て館に繰り出したのです。今回の出し物は「東京タワー・オカンとボクと時々オトン」と「わが母の記」であり、館主の設けたテーマは「日本が誇る大女優を偲んで」となっています。毎度のことながら、2作品を選ぶ館主のセンスには感心しているのですが、今回のテーマとしては、申し分ないんじゃないでしょうか♪なお、大使がテーマを設けるなら「作家の母たち」となるわけです。死を覚悟した役者・樹木希林が二人の作家の母を演じています。【東京タワー・オカンとボクと時々オトン】松岡錠司監督、2007年制作、H30.11.24観賞<Movie Walker映画のストーリー>より飲んだくれの自由人である“オトン”(小林薫)の家を出て、“オカン”(樹木希林)と幼い“ボク”は筑豊の実家で暮し始める。炭坑町でオカンとその姉妹たちと暮す日々が続くが、高校進学を間近にひかえたボクはオカンのもとを離れて大分の美術高校に行くことを決めた。オカンが小料理屋で働きつつ送ってくれる仕送りでボクは、自堕落な高校生活を送る。やがて憧れていた東京に出て美大生になるに至っても、ボク(オダギリジョー)は自堕落な生活を送り続けていた。<大使寸評>息子の美大卒業証書を額に入れて病院の病床まで持ち込むオカンにとって、息子さえ健在であれば、オトンとの辛い別居も耐えられるのであった。リリー・フランキーの自伝的小説をもとに作った映画だけに・・・ニッポンの高度成長期の庶民の悲哀と希望がよく描かれています。時代考証は映画「三丁目の夕陽」より優っているのではないかと、思ったりします。この映画は2時間20分と長いので、フィルム入れ替えのための10分の休憩タイムがありました。おお、この映画館はフィルム映画とデジタル映画の両方が提供できるのか♪movie.walker東京タワー・オカンとボクと時々オトンこの映画館では毎回、幕間にお昼の弁当を食べるのだが・・・・今回はダイエーで買ったコロッケとサンドイッチでした♪【わが母の記】原田眞人監督、2011年制作、H30.11.24観賞<Movie Walker作品情報>より作家・井上靖が自身と家族との実話をベースにつづった自伝的小説を役所広司主演で映画化した家族ドラマ。幼少期の出来事により母親との間に大きな溝を抱える中年作家と、年老いて記憶もあいまいな母親との関係を中心に、家族の深い絆が描かれる。母親役の樹木希林、主人公の娘役の宮崎あおいなど、実力派の共演が物語を盛りたてる。<大使寸評>不穏な時代を生きる知恵として父親は家族を分散する策をとったわけで・・・作家は曽祖父の妾が住む伊豆の山奥で8年間も暮らし、一方で母親は息子を妾に取られたとの思いがつのるのであった。母親の認知症が進むと、この家族に凄まじい確執と母の徘徊が生じてしまうのです。でも、作家が真相を知るにおよんで、穏やかな日々が予感されるのです。井上靖の自伝的小説をもとに作った映画だけに・・・凄絶さと深みが感じられました。movie.walkerわが母の記希林さんの逝去を受けて急遽組み込まれた今回は、館主が言うには、連休にも恵まれて全席が埋まるほどの盛況とのことでした。なお、希林さんの出た『モリのいる場所』が穏やかに自己貫徹で見られます。パルシネマ上映スケジュール
2018.11.25
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図書館で『方丈記・徒然草(新潮古典文学アルバム12)』という本を、手にしたのです。先日、堀田善衛著『方丈記私記』という本を読んで、方丈記づいている勢いで借りたのです。帰って調べてみると、この本を去年3月に借りていたことが判明しました(またか)・・・で、(その2)としています。【方丈記/徒然草 (新潮古典文学アルバム12)】 稲田利徳, 山崎正和著、新潮社、1990年刊<「BOOK」データベース>より24時間、働きづめではいられない、人間らしい生き方を求めて出家遁世した2人の艶隠者、日本人のものの考え方と美意識を決定づけた随筆文学の代表作。<読む前の大使寸評>方丈記・徒然草というタイトルの本は数多いが、この本はカラーやモノクロの写真が満載で、いわゆるビジュアル本となっているのが、ええでぇ♪rakuten方丈記/徒然草 (新潮古典文学アルバム)「おわりに」を、見てみましょう。p102~103<おわりに:稲田利徳> 『方丈記』と『徒然草』をめぐり、作者の生涯や作品の魅力とその読み方を語ってきた。長明や兼好が生を営んだ中世は、飢えや戦乱の渦まく混迷の時代であり、常に死と対峙せねばならなかった。その変転する無常の世に、彼らは自分の生きざまを真剣に模索、その格闘の軌跡が、『方丈記』『徒然草』に結晶した。 彼らの時代に比べ、現代は物が溢れ、医学が進歩、人生八十年時代などという言葉が飛び交うなかで、人々が最も安直に忘れているのは諸行無常の思念ではなかろうか。そのことは同時に、自己の生き方を模索したり、豊潤な生を自覚することを怠ることに連なる。兼好は、「人皆生を楽しまざるは、死を恐れざる故なり」とも説諭している。 長明は自己の生きざまを問い詰めて解決を得なかった。『徒然草』の最終章段も、八歳のとき、父に仏の始源を問い詰めた逸話を綴る。回答に窮した父の苦笑は、そのまま「人生、不可解なり」を痛感した兼好自身の苦渋の告白と読みとれる。 二人の隠遁者は、生きざまを真剣に模索したが、遂に確固たる生き方を掌握できなかったようだ。けれども人生を思索するそのこと自体、鮮烈な生そのものともいえよう。現代のような時代なればこそ、彼らの作品を味読し、今一度、この世この生を思索してほしいと思う。『方丈記・徒然草(新潮古典文学アルバム12)』3:いかが要なき楽しみを述べ・・・(続き)『方丈記・徒然草(新潮古典文学アルバム12)』2:いかが要なき楽しみを述べ・・・:山崎正和『方丈記・徒然草(新潮古典文学アルバム12)』1:『徒然草』の魅力:稲田利徳『方丈記私記』2
2018.11.25
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図書館で『方丈記・徒然草(新潮古典文学アルバム12)』という本を、手にしたのです。先日、堀田善衛著『方丈記私記』という本を読んで、方丈記づいている勢いで借りたのです。帰って調べてみると、この本を去年3月に借りていたことが判明しました(またか)・・・で、(その2)としています。【方丈記/徒然草 (新潮古典文学アルバム12)】 稲田利徳, 山崎正和著、新潮社、1990年刊<「BOOK」データベース>より24時間、働きづめではいられない、人間らしい生き方を求めて出家遁世した2人の艶隠者、日本人のものの考え方と美意識を決定づけた随筆文学の代表作。<読む前の大使寸評>方丈記・徒然草というタイトルの本は数多いが、この本はカラーやモノクロの写真が満載で、いわゆるビジュアル本となっているのが、ええでぇ♪rakuten方丈記/徒然草 (新潮古典文学アルバム)山崎さんの論評の続きを、見てみましょう。p6~8<いかが要なき楽しみを述べ・・・:山崎正和> 周知のやうに、日本もまた日記や随筆の盛んな国であって、文学全体のなかに占める比重の高い国であるが、この点で、イギリスと日本には何か共通の背景があるのだらうか。すぐに思ひつくのは、どちらも大陸に近い島国であり、宗教や世界観や文学形式の点で、恐るべき生産力を持った世界の周辺にゐた、という事実だらう。 つねに求心的な力で世界を統一したがる精神を横目に見て、それとつきあひながらも、より多く人生の細部に興味を持つ気風が共通してゐたといへば、乱暴な牽強付会になるだらうか。 それにしても、二つの古典的随筆の傑作を読むにつけ、いつも思ふのは随筆といふ形式の難しさである。定義上、随筆はいっさいの形式上の約束事を排し、主張や思想の体系性をも捨て、物語といふ枠組にも頼らないといふのだから、これは海図のない航海をするやうな難しさである。 それでゐて、随筆も文学であるからには何らかの統一が必要であり、少なくとも全篇を貫く気分的な同質性が求められる。それが文体であるとか、筆者の人格であるとかいふのは簡単だが、約束事のない文体とか、物語のない人格などといふのは、抽象的で何のことやらわからない。 そこで、たいていの随筆家が無意識に身につけ、言はず語らず用ゐてゐるのが、生活演技といふ方法である。『方丈記』の筆者がもっとも露骨な例であるが、文章を書くまへにまづ形式のある生活を構想し、それを身をもって生きるか、あるいは生きるふりをしてみせるといふ方法である。 一日の日課を脚本として書き、調度や日用品を芝居の道具として整へ、長明はうっとりと自己催眠をかけて、満誓や源経信や蝉丸や猿丸大夫の役を演じてゐる。兼好の場合も、それが演じてゐる具体的な役名こそ明らかではないが、彼の基本的な性格と行動様式は歴然としてゐる。「つれづれなるままに」、「心にうつりゆくよしなし事」を眺め、「あやしうこそもの狂ほし」くしてゐる人物がそれであって、この冒頭のいささか概念的な総括は、一篇の芝居のト書として読んでこそ自然なのである。 この二人にとって、演じられてゐる世界は半ば「王朝」の文人生活であって、それが失はれたものであるだけに、筆者の演技意識ははっきりしてゐる。虚構を虚構として生きる覚悟が明確に読みとれ、それがこの二人の作品に、例えば『枕草子』のやうな幸福な作品以上の緊張をあたへてゐる、と見ることもできる。ある意味で、随筆は風俗の混乱期にこそ書かれるべきものであり、失はれた趣味を一人の筆者が必死に演じてゐるときに、傑作を生むものなのかもしれない。 しかし、その反面、随筆はそれだけに危険な形式であって、とかく生活演技の自己満足が鼻につくことになりやすい。方法としての生活様式の安定が、やがて筆者の精神そのものを鋳型にはめ、ゆとりはただの怠惰になって、相対化するべきあの固い核を忘れてしまふ。 長明の「いかが要なき楽しみを述べて、あたら時を過ぐさむ」といふ言葉は、その意味では随筆形式そのものへの自戒であり、この自戒があってこそ随筆は文学の緊張を保ちうる、といへさうに思はれる。『方丈記・徒然草(新潮古典文学アルバム12)』2:いかが要なき楽しみを述べ・・・:山崎正和『方丈記・徒然草(新潮古典文学アルバム12)』1:『徒然草』の魅力:稲田利徳『方丈記私記』2
2018.11.25
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『アシェンデン』という本を読んだのです。このところ、なにかとモームが気になるので、モームに関して集めてみます。・スパイだったスパイ小説家たち・アシェンデン・アジア幻想ラッフルズ・ホテルR1:『スパイだったスパイ小説家たち』を追記*****************************************************************************【スパイだったスパイ小説家たち】アンソニー マスターズ著、新潮社、1990年刊<「BOOK」データベース>よりジョン・ル・カレ、イアン・フレミング、グレアム・グリーン、サマセット・モーム…。元スパイだった彼らの作品はいかなる状況のもとに生みだされたのか。作家の実人生と作品との関りあいを綿密に探る。<読む前の大使寸評>ジョン・ル・カレやサマセット・モームが元スパイだったって・・・これは読んでみるしかないようです。amazonスパイだったスパイ小説家たち『スパイだったスパイ小説家たち』1:生い立ちから情報部員への登用まで『スパイだったスパイ小説家たち』2:アシェンデン物語に関する部分『スパイだったスパイ小説家たち』3:ロシアでの任務*****************************************************************************【アシェンデン】サマセット モーム著、新潮社、2017年刊<「BOOK」データベース>より時はロシア革命と第一次大戦の最中。英国のスパイであるアシェンデンは上司Rからの密命を帯び、中立国スイスを拠点としてヨーロッパ各国を渡り歩いている。一癖も二癖もあるメキシコやギリシア、インドなどの諜報員や工作員と接触しつつアシェンデンが目撃した、愛と裏切りと革命の日々。そしてその果てにある人間の真実―。諜報員として活躍したモームによるスパイ小説の先駆にして金字塔。Star Classics名作新訳コレクション。<読む前の大使寸評>諜報員としての経歴を持つモームの描くスパイ小説とは如何なるものか・・・期待できそうである。<図書館予約:(10/22予約、10/24受取)>amazonアシェンデン『アシェンデン』1:第3章ミス・キング『アシェンデン』2:第6章 ギリシャ人のスパイ*****************************************************************************【アジア幻想】村松友視著、講談社、1989年刊<「BOOK」データベース>より“擬似楽園”に深く刻まれた?マークの謎。ラッフルズ・ホテルの木陰にたたずむとなぜか苦渋にみちたモームが現われてきた…。<読む前の大使寸評>この本の副題が「モームを旅する」となっているが、和田誠さんの本で『アシェンデン』の書評を読んだあとだけに・・・モームにいたく惹かれる大使でおます。amazonアジア幻想『アジア幻想』1:イギリス文壇から冷遇されたモーム『アジア幻想』2:東洋におけるモーム
2018.11.24
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図書館で『スパイだったスパイ小説家たち』という本を、手にしたのです。ジョン・ル・カレやサマセット・モームが元スパイだったって・・・これは読んでみるしかないようです。【スパイだったスパイ小説家たち】アンソニー マスターズ著、新潮社、1990年刊<「BOOK」データベース>よりジョン・ル・カレ、イアン・フレミング、グレアム・グリーン、サマセット・モーム…。元スパイだった彼らの作品はいかなる状況のもとに生みだされたのか。作家の実人生と作品との関りあいを綿密に探る。<読む前の大使寸評>ジョン・ル・カレやサマセット・モームが元スパイだったって・・・これは読んでみるしかないようです。amazonスパイだったスパイ小説家たちロシアでの任務に関する部分を、見てみましょう。p94~97<「事実は・・・退屈なストーリー・テラーである」> モームのロシアにおける任務の重要性は、スイス時代のそれをはるかに上回っていた。「ハリントン氏の洗濯物」は、アシェンデンが旅に出発する場面で、モーム自身の心のありようを正確に描いている。今回の任務はいままででいちばん重要であり、その重い責任感が彼には快かった。だれに命令されるわけでもなかったし、資金は潤沢だったし、人間業とも思えない難事をまかされていたにもかかわらず、ご本人はそうとは思わずに自信満々でこの任務に取りくもうとしていた。 当然予想されたことだが、ロシアの冬はモームの肺の病気を悪化させ、帰国したときは熱があって、できるだけ早くサナトリウムに入ることを医者にすすめられた。しかし首相官邸のほうがそれ以上に切迫していて、政府高官にまじってほかならぬワイズマンも出席している緊急会議に彼を呼びだした。 モームはこの会議に新たな報告書を提出した。彼にかわってワイズマンが出席者の前で報告書を読みあげたとき、モームは新しい任務(今度はルーマニア行き)の話を持ちだされて仰天した。依然として自分が信頼されているという驚きから立ちなおると、いまだにロシア行きの任務は完全な個人的失敗だったと思っていただけに、満更悪い気はしなかった。 しかしすぐに自分の健康状態と医者の忠告を持ちだすと、委員会はこの話を引っこめて、かわりに療養につとめることをすすめた。モームはこの思いがけない心づかいにすっかり感激して首相官邸を辞した。 モームは自伝的エッセイ『要約すると』のなかで、控え目なプライドとともに情報部時代の活動をふりかえっている。秘密会談のやりかたや、尾行のまきかたや、国境を越えて報告書を持ちだす方法などを教えられたことを述べている。いま思い返してみると、のころの自分はどんなことにでも(裏切りにさえ)慣れることができると感じていたと。しかしながら、彼が冒した多くの危険と同じように、戦争そのものも現実とは思えなかった。彼が読書家たちに遺した遺産はアシェンデン物語だった。 第二次大戦中、モームハイギリス情報部の新しいアメリカ支部長、サー・ウィリアム・スティーブンソンのもとで、スパイ活動を再開していたらしい。スティーブンソンはテッド・モーガンあての手紙で、モームは自分の指揮下に属していたと述べたうえで、しかし彼をとくに役に立つ人間とは見ていなかったと断っている。 モームについていうならば、彼はわれわれがBSC名簿から選んだ人材と一緒に仕事をするときに突き当たる問題の典型でした。ナチズムとの戦いに志願してきた多くの人間が、国家緊急のときだからこの仕事をしているのだといって、情報機関で働いていることを隠そうとしました。この仕事が好きだという人間はきわめてまれで、みなほかに選択の余地がないから情報機関に入ったという者ばかりでした。彼らの意志を尊重しないわけにはいきませんでした。 スティーブンソンのもとではさまざまな友人や知人が働いていた。彼が自伝『』のなかで名前をあげた人々は、みな情報機関で働いていたことが世に知られても差し支えないと述べている。しかしモームの場合は彼らより寡黙だった。 アシェンデンは最初のアンチ・ヒーロー・スパイであり、その後裔にレン・デイトンのハリー・パーマーやジョン・ル・カレのスマイリーがいる。モームと同じように、アシェンデンも不便を忍ぶことが嫌いである。神経質で、厭世的で、あちこち旅をし、享楽的傾向がある。おいしい料理と、読書と、列車の旅と、長湯が好きである。ジュネーヴでのアシェンデンは、モームと同じように逮捕され投獄される可能性を気にしながらも、熱いバスにつかって慰めを見いだす。『アシェンデン』中の一篇、「ミス・キング」のなかに、ホテルの浴槽に横たわりながら、満足そうに呟く場面がある。 「実際、混沌とした原初の時代いまにいたるまで連綿と続いているこのばか騒ぎにも、なにほどかの意味があるように思える瞬間があるもんだな」アシェンデンは勇敢でもなければ敏腕でもなく、情報部のとりたてて重要な一員ですらない。事実彼の生活の大部分はモームのそれに劣らず単調で型にはまっている。『スパイだったスパイ小説家たち』1:生い立ちから情報部員への登用まで『スパイだったスパイ小説家たち』2:アシェンデン物語に関する部分『アシェンデン』1:第3章ミス・キング『アシェンデン』2:第6章 ギリシャ人のスパイ
2018.11.24
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図書館で『スパイだったスパイ小説家たち』という本を、手にしたのです。ジョン・ル・カレやサマセット・モームが元スパイだったって・・・これは読んでみるしかないようです。【スパイだったスパイ小説家たち】アンソニー マスターズ著、新潮社、1990年刊<「BOOK」データベース>よりジョン・ル・カレ、イアン・フレミング、グレアム・グリーン、サマセット・モーム…。元スパイだった彼らの作品はいかなる状況のもとに生みだされたのか。作家の実人生と作品との関りあいを綿密に探る。<読む前の大使寸評>ジョン・ル・カレやサマセット・モームが元スパイだったって・・・これは読んでみるしかないようです。amazonスパイだったスパイ小説家たちアシェンデン物語に関する部分を、見てみましょう。p76~78<「事実は・・・退屈なストーリー・テラーである」> ジェラルド・ケリーはスペインで活動する情報部員だった。モームの友人だった彼は、有名な肖像画『道化師』で彼を描いているし、アシェンデン物語のうち少なくとも二篇、「毛のないメキシコ人」と「黒髪の女」は、ケリーの生活で実際に起きた事件にもとづいている。しかしながら、アシェンデン物語の諸篇の大部分は、1915年から16年にかけてのモーム自身の経験にきわめて近い・・・たとえそれがどれほど退屈な経験であったとしても。 モームは、ほかにも未発表のアシェンデンものを持っていたが、その原稿を読んだウィンストン・チャーチルから、公職守秘法違反のおそれがあると警告されたために原稿を焼き捨てなければならなかった。しかし残った作品群からも、モームのスパイ活動の実態をうかがい知ることができる。 たとえばアシェンデンがジュネーヴのホテルの部屋でスイス警察の尋問を受ける場面で、スイスにおける活動の説明を求められて、彼は戯曲を執筆していると答える。なぜジュネーヴで執筆するのかという問いに対しては、イギリスは目下戦乱のさなかにあって、執筆の場所にふさわしくないと答える。またバーゼルでは、モームが味方のスパイとの間で悶着を起こしたように、アシェンデンも同様の問題に直面する。バーゼルに配置されてスパイの一人がドイツに情報を売っていて、もう一人が報酬を上げてくれなければアシェンデンの正体をスイス警察にばらすと脅迫する。 アシェンデンの役割は、味方のスパイたちを訪問し、情報を送り、イギリスからの指示を待つという点で、モームのそれと同じである。アシェンデンはまた、決して読まれることがないとわかっている報告書を書くことに飽きて、あるときそのなかにジョークをまぎれこませたために、悪ふざけがすぎるといって直属の上司に叱られる・・・モームにもこれとそっくり同じ経験があった。 さらにまた、モームと同じように、アシェンデンもイギリス人の裏切者とそのドイツ人妻を見張るためにルチェルンへ行かされるが、自分はその裏切者をイギリスへ帰らせるための囮だったことに気づく。 ほかの事件も含めて、これらはみな部分的にモーム自身が経験したことだが、アシェンデンの描写に当ってはかなり誇張されている。チャーチルの要請で何篇かが焼き捨てられたにもかかわらず、残った作品が充分に真実を伝えている。 ジョン・ル・カレは自作について、モームの伝記作者につぎのように語っている。「アシェンデン物語からはたしかに影響を受けた・・・おそらくモームは、幻滅と、ほとんど散文的といってもよい現実のムードでスパイ活動を描いた最初の作家だろう」また1928年4月12日号の《タイムズ文芸付録》は、「反諜活動が潔癖な人間や良心的な人間には不向きな、道徳的見地からは弁護の余地のない仕事から成り立っていることを、かくも明白に示した作品は空前絶後である」と評している。 アシェンデンとモームの相似は彼らの経験だけに限られているのではない。アシェンデンはモームの性格的特徴の多くを反映している。彼もブリッジをやるし、中年で、髪の毛が薄くなり、禿げることを恐れている。人間の弱さに寛大で、客観的になれるし、内気ではあるが、彼にとっては素材であるがゆえに退屈な人々と話もする。だがモームが最も恐れていた二つのもの、湾曲足と吃りはアシェンデンにはない。たぶんそれらはあまりにも苦痛が大きかったのだろう。『スパイだったスパイ小説家たち』1『アシェンデン』1:第3章ミス・キング『アシェンデン』2:第6章 ギリシャ人のスパイ
2018.11.24
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図書館で『韓国ワンダフル突撃記』という本を、手にしたのです。この本の表紙には見覚えがあるが、中身は覚えていないので、まァいいかと借りたのです。とにかく、今の日韓関係は最悪であるが・・・韓国に興味は尽きないのでおます。帰って調べてみると、この本をおよそ1年前に借りていたことが判明しました(またか)・・・で、(その3)としています。【韓国ワンダフル突撃記】大原利雄著、光文社、2001年刊<「BOOK」データベース>よりメシがうまくて、人が親切で、何でも安い!そしてなにより、トイレが安心して使えるのがありがたい、居心地のいい国・韓国。飛行機でたった2時間。釜山で恐るべきおばちゃんと渡り合い、慶州では暴風雨に遭遇。激辛食に唇を腫らし、物売り軍団と数々の激闘を繰り広げる。そんな、ワンダフルな突撃記。<読む前の大使寸評>この本の表紙には見覚えがあるが、中身は覚えていないので、まァいいかと借りたのです。とにかく、今の日韓関係は最悪であるが・・・韓国に興味は尽きないのでおます。rakuten韓国ワンダフル突撃記前読んだ箇所を避けて、読み進めます。p67~70<食は気合だ!> 韓国の食といえば、やはり、焼肉だろう。これは、譲れない。どんなへそ曲がりでも韓国に行けば必ず一度は食べるはずだ。 たかが焼肉。 といっても、韓国のは、なかなか奥深い料理だ。ただ、肉を焼いて食べるだけのことなのに、様々な種類とバリエーションがある。 同じ牛肉でも「ヤンニョム」というタレで味付けした「カルビグイ」という骨付き牛肉があれば、素の牛のヒレ肉を焼いて軽く粗塩を振っただけで食べる「セントンシムグイ」というのもある。プルコギという肉は読んで字のごとく焼肉のこと。プルは火、コギは肉の意味。しかし、日本の焼肉とは違いヤンニョムした薄切りの牛肉を鉄板で煮る?ような感覚の、まるで、すき焼きのような焼肉だ。 豚肉をヤンニョムしたのはテジカルビ。これは、韓国人には人気が高い。 韓国の肉はなんせ、ヤンニョムで味付けしたものが多い。実は、このヤンニョムというタレが曲者なのだ。店によって味が全然違う。このヤンニョムの味で店の繁盛が左右されるといっても過言ではない。内容は醤油、砂糖、ニンニク、そして、その店独自の隠し味を少々。まあ、秘伝のタレとでもいえばいいのだろうか。ヤンニョムの味が分かれば、韓国の焼肉通と胸を張っていえるだろう。 しかし、意外にも韓国人が好んで食べるのはこのヤンニョムが付いていない豚肉というのだから、頭がこんがらがってしまう。 カリカリに焼いた厚めに切った豚肉を生ニンニクのスライスと味噌、キムチ等と一緒にチシャやエゴマの葉にくるんでばりばり食べる。これをサムギョップサルという。大体、韓国人が集団で焼肉を食べているのを見ると、このサムギョップサルが必ずある。 一見、無造作な簡単な焼肉と思いきや、これが、意外にうまいのだ。豚肉の濃厚な味わいにさっぱりとした野菜のミックス。包んだニンニクとキムチの辛さが絶妙に舌に残る。ヤンニョムの付いている肉よりはしつこくなくどんどん食える。それに、安い。爆発的に食べる韓国人にはピッタリの焼肉なのだ。 実は本場韓国の焼肉の特徴は、種類もそうだが、その本質は量にある。 日本みたいに一人前の肉が皿に数切れ、なんてことはまずない。それに1枚1枚、ちまちま焼いて食べるなんてチンンケなこともしない。鉄板一杯に肉を乗せて気合いを入れて「どぉりゃ~!」と掛け声を掛けながら食べる豪快な食い方だ。 だから量が凄い。 肉が山盛りでドーンと来る。 深夜のある焼肉屋で酒に酔った若い男の3人連れが焼肉を食べるのを見て目を丸くしたことがある。顔を酒で真っ赤にして入ってきた男たちはまずは焼酎を注文。そして豚肉を頼んだ。それが、まあ、なんと凄い量! 30センチぐらいの銀色の皿に肉が山盛り。どう見ても1キロは軽く超えている。それが、みるみる内になくなっていき、追加の皿が2つ3つと積み上げられていく。 なんせ、隣のテーブルに座ってチゲ鍋を食べているこちらまでガシガシと租借の音が聞こえそうなぐらいの食いっぷり。 さすがに最後は見ていて、こちらまで胸が一杯になり気持ち悪くなったほどだ。 唐突だが、焼肉ということで、一つ思い出したことがある。不思議と野菜を焼いて食べるような韓国人は見たことがないことだ。なんせ、ニンニクだろうがタマネギだろうが、とにかく生で食う。 なぜ? と初めは不思議に思っていたのだが、自分も韓国人のまねをして生野菜を食ったら納得した。というのも、生の野菜がうまいのだ。タマネギなどは生で食うと涙の出るほどの辛さの中にほのかな甘みが口腔に広がる。日本の温室育ちのヘナチョコ野菜では味わえない野太くて豊穣な大地が匂い立つような味だ。 だから、青唐辛子も涙が出るほどの強烈な辛さなのだが、韓国人は好んで食べる。もちろん、生。実は、これが癖になるぐらい、うまい。ウン 韓国産の青唐辛子には大使も癖になったのです。日本でもいろいろと青唐辛子の生食を試しているが、まだ韓国産に近い味には出会っていません。 11/25の朝鮮日報がソウルの初雪を報じていました。『韓国ワンダフル突撃記』3:食は気合だ!p54~59『韓国ワンダフル突撃記』2:お買い物(激闘編)p93~98『韓国ワンダフル突撃記』1:食は気合だ!p69~72
2018.11.23
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図書館で『韓国ワンダフル突撃記』という本を、手にしたのです。この本の表紙には見覚えがあるが、中身は覚えていないので、まァいいかと借りたのです。とにかく、今の日韓関係は最悪であるが・・・韓国に興味は尽きないのでおます。帰って調べてみると、この本をおよそ1年前に借りていたことが判明しました(またか)・・・で、(その3)としています。【韓国ワンダフル突撃記】大原利雄著、光文社、2001年刊<「BOOK」データベース>よりメシがうまくて、人が親切で、何でも安い!そしてなにより、トイレが安心して使えるのがありがたい、居心地のいい国・韓国。飛行機でたった2時間。釜山で恐るべきおばちゃんと渡り合い、慶州では暴風雨に遭遇。激辛食に唇を腫らし、物売り軍団と数々の激闘を繰り広げる。そんな、ワンダフルな突撃記。<読む前の大使寸評>この本の表紙には見覚えがあるが、中身は覚えていないので、まァいいかと借りたのです。とにかく、今の日韓関係は最悪であるが・・・韓国に興味は尽きないのでおます。rakuten韓国ワンダフル突撃記前読んだ箇所を避けて、読み進めます。p54~59<食は気合だ!> 韓国の食い物は、と聞かれると、即座に「赤い」と答える。うまいとか安いとか、そんなことより、なんせ、食い物と言われ即座に頭に浮ぶのが赤色なのだ。 それも、ぴかぴかと艶光りしているような鮮烈な赤。 そう、いわゆる唐辛子の色。 なんせ、鍋だろうが肉だろうが何を頼んでも、必ず赤い色の食い物がテーブルに乗る。 キムチはもちろん、味噌(コチュジャン)、刺身(フェ)、ちょっとした酒のツマミ、メシを食っていると、米粒まで赤く染まっていくのだから印象は強烈だ。 まあ、赤、赤としつこいようだが、なんせ、この色がメシの色。韓国の食い物には燃えるような色がついている。 韓国では、腹が減ると大体そこら辺のメシ屋にひょいと入る。といっても、一応、選ぶ基準は、あることにはある。ソウルや釜山の大都市には看板やメニューに日本語を掲げている店も多いが、出来る限りこういう所は避けるようにしている。 というのも、いかにも日本人用に作ったような食い物が出てくることがあるからだ。辛さも抑え、場合によってはおかずの皿が1,2品少ないことさえある。 メニューもビビンバや冷麺、キムチチゲとまるで日本人はこれしかしらないだろうといわんばかりの単調な品目が並ぶ。 こんな店は、どんなに腹が減っていてもパス。バカにされているようでいやなのだ。 だから、必然的にハングル文字しか書いていないような店に入ることになる。しかし、注文はどうするのか。中国ならばメニューに書かれた漢字で何となくどんな料理か分かるが、ハングル文字は、まるっきり暗号のようなもの。 壁にべたべた張られているハングル文字が食い物の名前なのか、はたまた、調理場でむっつりして包丁を使っているオヤジの名前なのかさえ分からないだろう。だから、一人でこんなディープ(というほどでもないが)な店に入るのは韓国初心者じゃ、ちょいと無理だろう。 じゃ、私はどうなのかといえば、実はほとんど困らない。なんと、私はハングル文字が読めるのだ! どうだ! 驚いたか! このやろう! だから、どんな店でも割合平気で入っていけるのだ。さすがに、本場韓国人並にすらすらと読めるわけではないが、とりあえず、何を書いているのかは大体理解できる。 こういう店の定食は経験上、5000ウォン(500円)ぐらいが相場のようだ。熱々の鍋にメシ、当然キムチがついて後は2、3品の小皿が並ぶ。 これで、腹一杯になる。 それに較べると日本人目当ての店はやはり、高い。同じようなメニューでも2、3割は値段を引き上げているように思えるところもある。 観光地などのレストランなんかでは焼肉定食が15000ウォン(1500円)とかいうのはざらになる。それにビールやら焼酎、ちょっとした酒のつまみでフェ(刺身)なんかを頼めば軽く日本円で3000~4000円、なんてことになる。 これじゃ、日本の安居酒屋で酒を飲んでいるのと変わらない。実は、そんなレストランから少し歩けばもっと安くてうまいメシ屋が一杯あったりする。 しかし、そんな所は日本語はほとんど通じない。しかし、たかがメシ。韓国語が分からなくても何とかなるもの。あっちも商売。何とか分かろうとしてくれるはずだから心配はない。 とにかく、韓国のメシはべらぼうに安い。 なんなら、もっと安く上げることも出来る。(中略) 韓国のコンビニには簡単な飲食をする客用のテーブルを置いているところがほとんどでお湯のポットを完備している。 日本で、コンビニでカップラーメンというのはちょいと抵抗があるが、韓国は割合と普通らしく、親父から若者まで、何時でも誰かしらカップラーメンを食べている。 そんなわけで、100円も出せばメシが食える。もちろん、日本の海苔巻のようなご飯も売っているので、とりあえず、腹は膨れる。 まあ、これは、あくまでも緊急避難的な食事だ。韓国に来てまで日本の貧乏生活を持ちこむこともあるまい。 さっきも書いたように、メシは5000ウォン(500円)も出せばかなり立派な定食が食える。その定食に付いてくる副食の小皿の中身は店によって違ってくる。甘辛く煮たスルメやチャンジャ(魚の内臓の辛い韓国風塩辛)、中にはただの生タマネギに味噌をつけて出すような店もある。青唐辛子は出たりでなかったりとなかなかその小皿が楽しめる。 白菜キムチは何処に行っても必ず出た。まったりとした濃厚な味わいに舌の上にほのかに残る甘い香り。 うまい!『韓国ワンダフル突撃記』2:お買い物(激闘編)p93~98『韓国ワンダフル突撃記』1:食は気合だ!p69~72
2018.11.23
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図書館に予約していた『アシェンデン』という本を、待つこと2日で超速ゲットしたのです。諜報員としての経歴を持つモームの描くスパイ小説とは如何なるものか・・・期待できそうである。【アシェンデン】サマセット モーム著、新潮社、2017年刊<「BOOK」データベース>より時はロシア革命と第一次大戦の最中。英国のスパイであるアシェンデンは上司Rからの密命を帯び、中立国スイスを拠点としてヨーロッパ各国を渡り歩いている。一癖も二癖もあるメキシコやギリシア、インドなどの諜報員や工作員と接触しつつアシェンデンが目撃した、愛と裏切りと革命の日々。そしてその果てにある人間の真実―。諜報員として活躍したモームによるスパイ小説の先駆にして金字塔。Star Classics名作新訳コレクション。<読む前の大使寸評>諜報員としての経歴を持つモームの描くスパイ小説とは如何なるものか・・・期待できそうである。<図書館予約:(10/22予約、10/24受取)>amazonアシェンデンこの小説の語り口を、ちょっとだけ見てみましょう。p138~141<第6章 ギリシャ人のスパイ> アシェンデンはまた時計をみた。とことん疲れていた。もう本を読む気にもなれないし、何も考えられない。 そっとドアが開いた。アシェンデンは飛び上がった。全身に鳥肌が立った。ヘアレス・メキシカンが目の前にいた。 「驚かせてしまいましたか」男がにこにこしていった。「ノックはしないほうがいいと思いまして」 「だれにもみられていませんね?」 「ホテルの夜番の者に入れてもらいました。呼び鈴を鳴らしたときは寝てましてね、こちらを見もしませんでしたよ。遅くなって、申し訳ありません。着替える必用があったものですから」 ヘアレス・メキシカンはこのあいだの旅行姿で、金髪のかつらをつけていた。今朝会ったときとはまったく別人だ。体も大きく、態度も派手にみえる。顔つきまで変わっていた。目を輝かせ、上機嫌だ。男はアシェンデンの顔をみて声をかけた。 「どうしました、まっ青じゃありませんか。恐ろしいことでもあったのですか」 「書類は」 「いえ。彼は持っていませんでした。持っていたのはこれだけです」 男はふくらんだ財布とパスポートをテーブルに置いた。 「そんなものは必用ない」 アシェンデンはとっさに答えた。「取っておいてください」 ヘアレス・メキシカンは肩をすくめると、ふたつをポケットにもどした。 「ベルトのなかは? しょっちゅう腹のあたりに手をやっていたといっていましたよね」 「金しか入っていませんでした。財布も調べましたが、個人的な手紙と女の写真のほかは何も。書類はスーツケースにしまって鍵をかけたんでしょう。今夜、わたしとここを出るまえに」 「まいったな」 「彼の部屋の鍵は持っています。これからいって荷物を調べましょう」 アシェンデンは不安のあまり、吐き気がこみあげてきた。どうするかと迷っていると、男はにっこり笑った。 「だいじょうぶですよ、アミーゴ」まるで小さな男の子を安心させるような口調だ。 「しかしご心配なら、ひとりでいってきます」 「いや、わたしも一緒にいこう」 「このホテルの人間はみんな寝ています。ミスター・アンドレアディも邪魔をしたりしないでしょう。よかったら靴を脱いでください」 アシェンデンは答えず、顔をしかめた。両手がかすかに震えている。靴紐をほどいて、靴を脱ぎ、男も同じようにした。 「先に出て、廊下を左にまっすぐいってください。38号室です」 アシェンデンはドアを開けて外に出た。廊下の照明は暗い。 アシェンデンは腹立たしかった。自分がこんなに冷や冷やしているというのに、相手の男はまったく落ち着いている。目的の部屋に着くと、男は鍵を差しこんで回し、なかに入った。そして電気をつけた。アシェンデンは後ろからついていくとドアを閉めた。鎧戸は閉まっている。 「さあ、だいじょうぶです。ゆっくり調べましょう」 男は鍵の束をポケットから取り出すと、ひとつかふたつ試してみて、そのうち合う鍵をみつけた。スーツケースには衣類が詰まっていた。 「安物ばかりだ」男は馬鹿にしたようにいうと、中身をつかみ出した。「わたしのモットーは、最高のものを買うのがいつでもいちばん安上がり、です。要するに、紳士か、そうでないかの違いですが」 「少し静かにしてもらえませんか」 「危険というスパイスは人によって効き方がちがうようです。わたしはわくわくするのですが、あなたは不安になってしまうようですね、アミーゴ」 「みてのとおり、あなたは平気だが、わたしは不安でしょうがないんですよ」アシェンデンは正直に認めた。 「神経が太いか細かいかだけの問題です」 そういいながら男は衣類を手早く、しかも丹念に調べながら、外に出していった。『アシェンデン』:第3章ミス・キングこの本もモームあれこれに収めておくものとします。
2018.11.23
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図書館で『方丈記・徒然草(新潮古典文学アルバム12)』という本を、手にしたのです。先日、堀田善衛著『方丈記私記』という本を読んで、方丈記づいている勢いで借りたのです。帰って調べてみると、この本を去年3月に借りていたことが判明しました(またか)・・・で、(その2)としています。【方丈記/徒然草 (新潮古典文学アルバム12)】 稲田利徳, 山崎正和著、新潮社、1990年刊<「BOOK」データベース>より24時間、働きづめではいられない、人間らしい生き方を求めて出家遁世した2人の艶隠者、日本人のものの考え方と美意識を決定づけた随筆文学の代表作。<読む前の大使寸評>方丈記・徒然草というタイトルの本は数多いが、この本はカラーやモノクロの写真が満載で、いわゆるビジュアル本となっているのが、ええでぇ♪rakuten方丈記/徒然草 (新潮古典文学アルバム)この本の冒頭を、見てみましょう。p2~4<いかが要なき楽しみを述べ・・・:山崎正和> 『方丈記』と『徒然草』は、執筆年代のうへでほぼ百年の距離があるやうだが、見方によっては、後者は前者の書き終へたところから書き始めてゐる、といふ印象がないでもない。無常観といふ時代の流行思想とつきあふうへで、兼好は長明が辿りついた心境から出発してゐるやうに見えるからである。 『方丈記』は、有名な書き出しから終末近くまで、一見、高飛車な無常思想の宣伝の書として読める。自伝的な記録も世相観察の報告も、すべてきはめて整然と、この世が無常であることの論証として書かれてゐる。主張の一徹さにやや鼻白む思ひもするのだが、救はれるのは、巻末に及んでこの調子が劇的に一転するところである。 「仏の教へ給ふおもむきは、事にふれて執心なかれとなり。今、草庵を愛するもとがとす。閑寂に著するもさはりなるべし。いかが要なき楽しみを述べて、あたら時を過ぐさむ」。 ここで、長明はみづからの思想的な立場を相対化してゐる。その立場の具体化として営んで来た、自分自身の反俗生活をも相対化してゐる。反省の言葉づかひそのものは苦しげだが、世界と自己にたいする彼の態度は、にはかにゆとりのあるものに一変した。 そして、まさにこのゆとりのなかから出発するのが兼好であって、いはば彼は無常の世を軽やかに楽しんで生きてゐる。「日暮し硯にむかひて心にうつりゆくよしなし事」も、彼にはそれが「よしなし事」であればこそ、かへって観察し記録するに価ひする対象なのである。 この二冊の書は、日本の随筆文学の代表的古典とされてゐるが、随筆文学の本質はじつはこの相対化のゆとりだ、といへるかもしれない。ゆとりといへば常識的だが、逆にいへば、随筆はまづ相対化するべき固い核を持たねばならず、そのうへでそれと軽くつきあってこそ文学になりうる、といふことかもしれない。 固い核といふのは、もちろん思想や世界観だけにはかぎらない。長明も兼好も本来は歌人であって、その精神の中心には伝統的な和歌の様式があった。 三十一文字といふ形式から、比喩や修辞にいたる厳密な枠組が課せられてゐて、それが二人の現実観察の正統の方法となってゐた。随筆といふ、文字通り自由な散文による表現形式は、それ自体、この固い様式的な核を相対化するかたちで生れたのである。そればかりではなく、この時代の和歌は平安朝の伝統に直結してをり、それと関連して、「王朝」の美意識そのものが二人を支配してゐた。長明も兼好も、一方でこの優雅な趣味をたっぷりと呼吸しながら、しかしそれとつかず離れず、他方で同時代の写実的な眼で現実を見つめてゐるのである。 さらに、長明は職業的な神官であり、兼好は公家の家司を勤めたこともあって、それぞれに正規の職業を知ってゐる人間であった。和歌を別として、文章の執筆は生計の主要な手段ではなく、とくにこの二冊の本は、彼らにとって完全に余技の産物であった。職業の要求といふ現実の重い核を十分に知ったうへで、いはばそれを「よそながら」に見ながら、彼らは文章の世界に遊んでゐたといへる。 さういへば、随筆はとくにイギリス文学が得意とする分野であるが、ふと思うのは、イギリスがアマチュアリズムの国だといふことである。近代以後ももっとも長く貴族を温存したこの国は、たぶんそのせゐで貴族的なゆとりを重んじる気風を残し、スポーツに典型的に見られるやうに、余技を尊ぶ精神を養ってきた。 有名なシャーロック・ホームズは素人探偵であるが、これがロンドン警察の玄人の鼻をあかして喝采を浴びる国である。さまざまな思想家や文学者や政治家が本務とは別に、あへて余技風の文章に興じるのは当然だといっても、悪い冗談ではないのかも知れない。 図に乗っていへば、そのイギリス人が随筆に求める趣味に、いはゆるユーモアとペーソスがあるが、そのうちでユーモアが深刻な事態を相対化する態度であるのは、いふまでもない。ウン イギリス人のユーモアということでは、先日読んだロアルド・ダール著『飛行士たちの話』という短編小説集のなかで重傷の飛行士が究極のユーモアを演じてくれました。『方丈記・徒然草(新潮古典文学アルバム12)』1:『徒然草』の魅力:稲田利徳『方丈記私記』2
2018.11.22
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今回借りた4冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「東アジア」でしょうか♪<市立図書館>・方丈記・徒然草(新潮古典文学アルバム12)・森は知っている<大学図書館>・消えゆくアジアの水上居住文化・韓国ワンダフル突撃記図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【方丈記/徒然草 (新潮古典文学アルバム12)】 稲田利徳, 山崎正和著、新潮社、1990年刊<「BOOK」データベース>より24時間、働きづめではいられない、人間らしい生き方を求めて出家遁世した2人の艶隠者、日本人のものの考え方と美意識を決定づけた随筆文学の代表作。<読む前の大使寸評>方丈記・徒然草というタイトルの本は数多いが、この本はカラーやモノクロの写真が満載で、いわゆるビジュアル本となっているのが、ええでぇ♪rakuten方丈記/徒然草 (新潮古典文学アルバム)【森は知っている】吉田修一著、幻冬舎、2015年刊<「BOOK」データベース>より自分以外の人間は誰も信じるな―子供の頃からそう言われ続けて育てられた。しかし、その言葉には、まだ逃げ道がある。たった一人、自分だけは信じていいのだ。ささやかでも確かな“希望”を明日へと繋ぐ傑作長篇!<読む前の大使寸評>追って記入amazon森は知っている【消えゆくアジアの水上居住文化】畔柳昭雄編著、鹿島出版会、2018年刊<出版社>よりアジアの水辺に残る、多様性を極めながらも個にして普遍的な水辺の暮らしと、近代化のうねりを受け、その変容する姿を見つめるーー。アジアの水上住居は原始的のようでいて、環境と一体化する生活空間は今日的な示唆に溢れている。自然の脅威を回避し、快適で持続可能な環境をつくる知恵は伝統文化の賜物である。しかし、急速な都市化の波でこうした空間がいま減少しつつある。10年前は萌芽にすぎなかった現代社会との摩擦に注視しながら、価値あるアジアの環境的な空間づくりをフィールドワークの成果からビジュアルに読み解く。失われつつある貴重な生活文化の記録。<読む前の大使寸評>災害大国ニッポンであるが・・・この本の「自然の脅威を回避し、快適で持続可能な環境をつくる知恵」という視点が、気になるのでおます。rakuten消えゆくアジアの水上居住文化【韓国ワンダフル突撃記】大原利雄著、光文社、2001年刊<「BOOK」データベース>よりメシがうまくて、人が親切で、何でも安い!そしてなにより、トイレが安心して使えるのがありがたい、居心地のいい国・韓国。飛行機でたった2時間。釜山で恐るべきおばちゃんと渡り合い、慶州では暴風雨に遭遇。激辛食に唇を腫らし、物売り軍団と数々の激闘を繰り広げる。そんな、ワンダフルな突撃記。<読む前の大使寸評>韓国旅行のボリューム・ゾーンは、若い女性と思われるので(たぶん)、図書館にもその手のガイド本が多いのです。でも大使としては、安くて旨い酒のアテなどが載っていればいいわけで・・・この本がフィットしたわけでおます。rakuten韓国ワンダフル突撃記********************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き343
2018.11.22
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図書館で『スパイだったスパイ小説家たち』という本を、手にしたのです。ジョン・ル・カレやサマセット・モームが元スパイだったって・・・これは読んでみるしかないようです。【スパイだったスパイ小説家たち】アンソニー マスターズ著、新潮社、1990年刊<「BOOK」データベース>よりジョン・ル・カレ、イアン・フレミング、グレアム・グリーン、サマセット・モーム…。元スパイだった彼らの作品はいかなる状況のもとに生みだされたのか。作家の実人生と作品との関りあいを綿密に探る。<読む前の大使寸評>ジョン・ル・カレやサマセット・モームが元スパイだったって・・・これは読んでみるしかないようです。amazonスパイだったスパイ小説家たち「第三章 サマセット・モーム」で、モームの生い立ちから情報部員への登用までを見てみましょう。p63~72<「事実は・・・退屈なストーリー・テラーである」> うわべだけを見れば、サマセット・モームはおよそMI6向きでない志願者だった。1874年生れの彼は、きわめて不幸な幼少時を送り、その影響が精神的にも肉体的にも終生尾を引くことになった。 彼は8歳になるまでパリに住んだ。その年に母親が出産で死んだ(モームはこの打撃からついに立ちなおれなかった。医師たちは母親に結核の療法として出産を薦めた)これは当時の医学界でポピュラーな学説だった。その2年後に、父親がぜいたくな休暇旅行と、夫の半分の年齢だった妻の浪費によって、あらかた底をついたわずかばかりの遺産を残して、胃癌で死んだ。モームはフランスをあとにしてイギリスへ渡り、ホイットステーブルの牧師である叔父のもとで、その後の少年期を送ることを余儀なくされた。 こうしてたてつづけに両親を失った結果、モームは吃り癖にとりつかれ、それに湾曲足と背の低さが加わって、いじめの集中攻撃の対象となった。そのために本の世界に逃避して、ヴィクトリア朝の海辺の町の偏狭な田舎気質と、彼が忌み嫌ったカンタベリーのキングズ・スクールにおける教育を避けて、自分の殻に閉じこもるようになった。 母親が死んだときすでに十代に達していた三人の兄たちは、モームがまだ幼いうちに家をはなれって寄宿学校に入り、ドーヴァー・カレッジでりっぱにやっていた。いろいろ問題があるのはモームだけだった。 1915年に出版された『人間の絆』のなかで、モームは主人公のフィリップに託して、キングズ・スクールの日々を精細に描いている。「彼は多くの賞をもらっていた。いずれも粗悪な紙に印刷されたつまらない本だが、学校の紋章入りの装丁だけはりっぱだった。この立場が彼をいじめから解放し、彼も満更ではなかった。仲間は彼の肉体的欠陥に免じてこの成功を許した」 モームはラテン語とギリシャ語がよくできたが、湾曲足のせいで運動は苦手だった。上級に進むといじめはやんだが、その過程で防衛本能(辛辣な皮肉)が身についてしまい、そのせいで人気者にはなれなかった。(中略) 1915年8月13日に、ウィリアム・ハイネマンがロンドンで『人間の絆』を出版し、アメリカではダブルディが同時出版した。モームは事実とフィクションがわかちがたく溶けあった自伝的小説としてこの作品を書いた。 初版は五千部で、それまでの彼の作品では最もよく売れた。『人間の絆』はロンドンでは批評家の受けが芳しくなかったが、モームはそのころローマにいてサイリーの出産を待っていたために、そっちのほうに気をとられて、本来なら気になったであろう不評もあまり気にならなかった。娘のライザは1915年9月1日に生まれ、娘とサイリーの板ばさみになって苦しんだあげく、モームはふたたび戦地に舞い戻ることを望むようになった。 しかし傷病兵輸送部隊には欠員がなく、逃道を捜してむなしくロンドンのあちこちを歩きまわった。皮肉なことに救いの手をさしのべたのはサイリーだった。かつてインド警察の一員で、のちにフランスとイタリアのイギリス情報機関の責任者となり、第一次大戦の終りまでその地位にとどまることになる彼女の友人、サー・ジョン・ウォリンジャーを紹介してくれたのである。 ウォリンジャーはモームに向かって、あなたのようにフランス語とドイツ語に堪能で、しかも職業作家とくれば、第一級の情報部員としてのすべての資格がそなわっているようなものだといいだした。モームが最初の驚きから立ちなおると、ウォリンジャーはある任務に彼を誘った。 その任務とは、本を書いているように見せかけて中立国のひとつに住むことだという。モームはこの申し出に大いに関心をそそられた。人目を忍ぶ生活もスリルがあって面白そうだし、そのうえ目先の責任から逃れられるだけでなく、今後本を書くときの材料まで仕込めそうだったからである。ウォリンジャーは、行先はスイスで、ノイローゼになった情報部員の後任としてただちに出発してもらいたいと語った。
2018.11.22
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図書館で『仙人の壷』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくると、イラスト風のマンガがなかなかの味で・・・顔マネで異才を披露する南さんならではのテイストでおます。【仙人の壷】南伸坊著、新潮社、1999年刊<「BOOK」データベース>より漫画+エッセイで楽しむ奇妙で不思議で奇々怪々なお話16篇。中国四千年の歴史を生きのびた仙人たちが世紀末ニッポンにお目見え。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると、イラスト風のマンガがなかなかの味で・・・顔マネで異才を披露する南さんならではのテイストでおます。amazon仙人の壷最後に「あとがき」を、見てみましょう。p204~206<あとがき> 壷中の天というコトバがあります。 別世界、仙堺を意味すると辞書にあります。つづけて出典が要約されているので、『広辞苑』から引いてみましょう。[壷中の天][後漢書](後漢の費長房が市の役人をしていた時、市中で薬売りの老人が店頭に壷をかけておき、店をしまうとその壷に入るのを見た。老人に頼み一緒に壷の中へ入ると、立派な建物があり美酒佳肴がずらりと並んでいたので、ともに飲んで出て来たという故事に基ずく) 小さな壷の口を通り抜けると、そこに別世界がひろがっている。楼閣や二重三重の門や二階造りの長廊下がめぐらしてあるお邸があり、そして、その外にはさらに景色が広がっている。そこはアナザー・ワールドなのだった。 このイメージに私は、ひどく荒唐無稽でありながら、奇妙に懐かしいような、不思議に腑に落ちる気分があります。 プラネタリウムやアクアリウム、芝居の幕の開く瞬間や、明るい中庭に抜ける時、坂道を登り切ったところに突然開けるパノラマというような、やはり私の好みのイメージとも重なるけれども、もっとピッタリと体についた不思議な気分。 一体何が、このイメージの説得力なんだろう?と考えて、フト思いついたのは、壷とはつまり頭蓋骨のことじゃなかったか、というアイデアでした。 入るはずのない大きなものが、小さな壷に際限もなく入ってしまう。 大昔の中国人の考え出したイメージが、現代日本人である自分にピタリとくるのは、脳ミソのカラクリが、共通しているからに違いない。 と、これはまァ、たんなる理屈。そんなことより、なんだかわからないが魅力的な話。奇妙に気になるイメージや、突然中空に放りだされたような面白さにつられて、いつのころからか、中国の志怪や伝奇の世界に遊んできて、ついにはそれを漫画の形にしてみたいと考えるようになりました。 この本にまとめたのは、以前『チャイナ・ファンタジー』というタイトルで出した、私のはじめての漫画本と、重なる部分もあるのですが、既に件の本は絶版になっており、出版をすすめて下さる方もあったので、このような形にまとめてみました。 タイトルの『仙人の壷』は、収録した漫画の題「仙人の締切」から「息子の壷」までを一括りにしたズボラな命名でもありますが、私の好きな「壷中の天」のイメージにもダブらせてみたものです。 間にはさんだ、蛇足ぎみの解題は、漫画に慣れない活字の読者にも、親しみを持っていただけたらという気持ちです。南さんは、装丁デザイナー、イラストレーター、エッセイスト・・・などと紹介されるが一時期、『ガロ』の編集長をしていたそうで、お見それいたしました。『仙人の壷』1
2018.11.21
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図書館で『仙人の壷』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくると、イラスト風のマンガがなかなかの味で・・・顔マネで異才を披露する南さんならではのテイストでおます。【仙人の壷】南伸坊著、新潮社、1999年刊<「BOOK」データベース>より漫画+エッセイで楽しむ奇妙で不思議で奇々怪々なお話16篇。中国四千年の歴史を生きのびた仙人たちが世紀末ニッポンにお目見え。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると、イラスト風のマンガがなかなかの味で・・・顔マネで異才を披露する南さんならではのテイストでおます。amazon仙人の壷最初に「まえがき」を、見てみましょう。p8~10<まえがき> 中国の怪談には、奇妙なものが多い。読んだあとにポンとそこらに放っぽらしにされるような気分です。私は、この気分がことのほか好きで、そんなものばかり捜して読んできたようです。 こうしたジャンルを、中国では「志怪」とか「伝奇」と呼んでいます。「志怪」は怪をしるす、「伝奇」は奇を伝えるという意味。 もともと、中国には孔子様という偉い方がいらっしゃって「怪力乱神」は語らず、ということにしてしまったもんだから、こういうジャンルというのは、いわば邪道の文になる。 しかし、だからこそ、中国人は怪しいこと奇妙なこと、ワケのわからないことを、ことさら好きなような気もします。 中国人の国民性として、合理性、現実肯定といったようなことが言われますが、人間ですから、そう一面的であるわけにはいかない。 そうした一面が強ければ強いほど、またその裏面のワケのわからなさというのも、それに比例しているのかもしれません。 私が、こういう奇妙な世界に興味を持ったのは、どうやらコドモの頃に、芥川龍之介の『杜子春』という童話を読んだのが始まりだったと思います。 以来、仙人や怪奇譚に魅かれて、芥川の『杜子春』の原典になる『続玄怪録』を読んだのはそれでも十代の後半でした。本を読むのが苦手なタチですが、この系統のものは楽しくて、次々色々に読みました。 中島敦の『山月記』というのも、国語の教科書などに載っているらしくて、変り者の詩人が虎に変身して、その親友と邂逅する話はよく知られているようです。 私は『山月記』を読む前に、この話のもとになった『宣室志』の「虎と親友」という物語の方を先に読んでいました。 中島敦の文章は格調が高く、そのお荒唐無稽な話を、みごとに現代小説の形の中におさめた素晴らしい名作ですが、依然として私の中では、前野直彬先生が訳された、淡々とした記述の「虎と親友」の方が、ずっとピッタリくる。ここに登場するのは、近代人を介して、描かれる人物像ではなく、いちいち不条理におどろいてない現代からみると非常識な人たちであるところが、とても好みなのです。 南さんをネットで検索したら、こんなんが出ました。装丁デザイナー、イラストレーター、エッセイスト。講談社出版文化賞装丁賞受賞とのこと。
2018.11.21
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胃癌が見つかって全摘手術を受けた後、再発がなく6年が過ぎました。まあ、無罪放免みたいな予後であり、個人的には執着至極でおます♪・・・ということで、余裕を持って「がん」に罹った作家たちを見回したのです。・佐野洋子『ヨーコさんの“言葉”わけがわからん』・荻野アンナ『カシス川』・内澤旬子『身体のいいなり』・東海林さだお『ガン入院オロオロ日記』R1:『ヨーコさんの“言葉”わけがわからん』を追加*****************************************************************************【ヨーコさんの“言葉”わけがわからん】佐野洋子×北村裕花著、講談社、2017年刊<「BOOK」データベース>より全世界300万部のベストセラー『100万回生きたねこ』の著者の言葉が痛快!NHKの人気番組・大人に響くイラストエッセイ第3弾。【目次】その1 神の手/その2 言葉/その3 カラオケセットと井戸端会議/その4 お月さま/その5 うるさいわね/その6 私はどちらも選べなかった/その7 真二つの結婚/その8 わけがわからん/その9 2008年冬<読む前の大使寸評>ヨーコさんの没後に、こんなイラストエッセイを出す手があるのか・・・北村裕花さんのイラストがいい味を出していて、ええでぇrakutenヨーコさんの“言葉”わけがわからん『ヨーコさんの“言葉”わけがわからん』1*****************************************************************************【カシス川】荻野アンナ著、文藝春秋、2017年刊<出版社>より7年前に彼を癌で亡くし、父を見送った私の腸に、癌が見つかった。これで私はようやく休める、私は腹の中に「楽園」を抱え込んでいるのだ。告知を平然と受け止めた私は、ともに暮らす要介護4の母との入院を心に決めた。<読む前の大使寸評>胃を全摘した大使にとっては「がん」ものは、まあ、ツボともいえるので借出し予約していたのです。<図書館予約:(1/20予約、7/13受取)>rakutenカシス川・『カシス川』2:アンナさんの入院記*****************************************************************************【身体のいいなり】内澤旬子著、朝日新聞出版、2010年刊<「BOOK」データベース>より腰痛、アトピー性皮膚炎、ナゾの微熱、冷え性、むくみ…著者がずっと付きあってきた「病気といえない病気」の数々。ところが、癒治療の副作用を和らげるために始めたヨガがきっかけで、すっかり体質が変化し、嗜好まで変わってしまった。不思議に仕事も舞い込むようになり、いまさらながら化粧の楽しさに目覚めてしまう。そして乳腺全摘出を決断。乳房再建手術の過程で日頃考えたこともなかった自分の「女性性」に向き合わざるを得なくなりー。ベストセラー『世界屠畜紀行』の著者が、オンナのカラダとココロの不条理を綴った新境地エッセイ。<読む前の大使寸評>胃の無い大使にとって、がんには切実な関心があるのです。rakuten身体のいいなり・『身体のいいなり』2:全身麻酔から醒める*****************************************************************************【ガン入院オロオロ日記】東海林さだお著、文藝春秋、2017年刊<「BOOK」データベース>より病院食、ヨレヨレパジャマ…見るもの聞くもの、すべてが目新しい。おや、なんだか面白くなってきたぞ。堂々四十日!【目次】初体験入院日記/官能で「もう一度ニッポン」/大冒険水陸両用バス/粉もん大好き/〆切り5分前/ミリメシはおいしい/流行語大研究/初詣はおねだりである/「肉フェスティバル」は肉爛漫/そうだ、蕎麦食いに行こう/分類学入門/ガングロを揚げる<読む前の大使寸評>東海林さだおの最新のエッセイ集ではないか・・・それに、ガン入院を取り上げているのが、借りる決め手にになったのです。rakutenガン入院オロオロ日記・『ガン入院オロオロ日記』1
2018.11.21
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図書館で『東京観光』という本を、手にしたのです。おお 中島京子の短篇小説集ではないか・・・このところ、海外作家の短篇小説を集中して読んだので、趣向を変えて国産の短編小説を読むのもええやんけ、ということでおます。【東京観光】中島京子著、集英社、2011年刊<「BOOK」データベース>より恋情、妄想、孤独、諧謔…中島京子ワールドへようこそ女の部屋の水漏れが、下に住む男の部屋の天井を濡らした。女が詫びに訪れたのをきっかけに二人は付き合い出し、やがて男は不思議な提案をするが…。(「天井の刺青」)。直木賞作家が紡ぐ珠玉の7篇。<読む前の大使寸評>おお 中島京子の短篇小説集ではないか・・・このところ、海外作家の短篇小説を集中して読んだので、趣向を変えて国産の短編小説を読むのもええやんけ、ということでおます。amazon東京観光『東京観光』の語り口をちょっとだけ、見てみましょう。p191~201<東京観光> 私が東京へ行ったのはずいぶん前になります。 まだ20世紀のことで、携帯電話はそれほど普及していあせんでした。街のあちこちに、灰色の公衆電話が見られたころのことです。 行ったのは一度きりで、それ以来、ついぞ訪ねていませんので、いまはどんなふうになっているのか、想像もできかねます。 そのころ私は、生命保険の外交員をしていました。とても小さな地方の町でのことです。私はその町の人々の保険を、とてもたくさん取り扱っていましたから、本社がご褒美に東京へよんでくれることになったのです。(中略) 私はその女性の話を聞くことにしました。 驚いたことは驚いたけれど、何か事情があるのだろうと、目を見てわかったからです。 赤いバスローブを着た黒い髪の三十代女性は、自分自身を、たいへん遠い国から働きにやってきた者だと説明しました。 「トオーイイイ、トオーイイイノクニカラ、キマシタ」 と言うのです。トオーイイイイノクニが、ただ単に、外国のことだとわかるのに少し時間がかかりましたが、その後はからんだ糸がほぐれるように彼女の言うことがわかるようになりました。 いってみれば、実際の耳ではなく、心の耳で聞いたからです。 私はすぐに彼女が好きになりました。 彼女の生れた国は、とても貧しい国だったので、自由を得ようと働き口を探した女性は、とうとう日本の首都東京にたどり着いたとうわけです。 彼女が初めて職を得たのは、郊外にある、お弁当工場でした。 そのお弁当工場では、彼女と同郷の仲間が何人か働いていて、いっしょに働こうと誘ってくれたのだそうです。 ちなみに、彼女の名前はマリアナと言います。 マリアナはお弁当工場で三ヶ月の間、元気で働いていたのですが、工場長によるセクシャルハラスメントに断固として抗議の声を上げたために、首を切られてしまったのだそうです。しかもそのハラスメントは、マリアナに対してのものではなく、同僚の日本人女性に対してなのだというから、驚くではありませんか。 その日本人女性は妊娠三ヶ月で、身重の体で働いていましたが、工場長が仕事中に向上裏に呼び出して無理やり関係を迫ったのだそうです。仕事中にです。義憤にかられたマリアナは、同僚たちを募ってストライキをしようとしたのですが、事前にことが発覚して、彼女だけが首になってしまいました。 悲しい話です。(中略) マリアナは、弁当工場を首になった後、都心に出てきて、はげ親父のホテルの掃除のパートに入りました。 しばらくして、ここも首になったのですが、他に行くところもないので、いまでもここに住んでいるというのです。夜は、お酒を飲ませるところで仕事を見つけました。 住んでいるといっても、きちんとお金を払っている様子ではなかったので、どうやって住んでいるのかと訊ねると、働いていたころに鍵を盗んですべての部屋の合鍵を作り、夜間出入り口から出入りしているというのです。はげ親父はマリアナを首にした後、経費節約のために自分で掃除してまわっているのですが、掃除用具の入ったカートをやたらと大きな音をさせて引っ張りまわす癖があるので、その時間に空き部屋を物色しては、好きなように入ったり出たりして暮らしているということでした。この本も中島京子の世界に収めておくものとします。
2018.11.20
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<『ヨーコさんの“言葉”わけがわからん』1>図書館で『ヨーコさんの“言葉”わけがわからん』という本を、手にしたのです。ヨーコさんの没後に、こんなイラストエッセイを出す手があるのか・・・北村裕花さんのイラストがいい味を出していて、ええでぇ【ヨーコさんの“言葉”わけがわからん】佐野洋子×北村裕花著、講談社、2017年刊<「BOOK」データベース>より全世界300万部のベストセラー『100万回生きたねこ』の著者の言葉が痛快!NHKの人気番組・大人に響くイラストエッセイ第3弾。【目次】その1 神の手/その2 言葉/その3 カラオケセットと井戸端会議/その4 お月さま/その5 うるさいわね/その6 私はどちらも選べなかった/その7 真二つの結婚/その8 わけがわからん/その9 2008年冬<読む前の大使寸評>ヨーコさんの没後に、こんなイラストエッセイを出す手があるのか・・・北村裕花さんのイラストがいい味を出していて、ええでぇrakutenヨーコさんの“言葉”わけがわからん『その9 2008年冬』を、見てみましょう。p153~175<その9 2008年冬> 私の乳ガンは女の耳鼻咽喉科医が見つけてくれた。 「すぐ病院に行きなさい」と言われ、 やっぱりガンだったので切ってもらった。 1週間入院して帰って来て、抗ガン剤でツルッパゲになったが 1年は生きていると思われないほど 使いものにならないきつい1年で、 使いものにならなかったので、寝たきりで韓流ドラマを見ていたら、あごが外れた。 骨に再発した。 「あと何年もちますか」 「ホスピスを入れて二年くらいかな」 「いくらかかりますか死ぬまで」 「一千万」 「抗ガン剤はやめてください。延命もやめてください。なるべく普通の生活が出来るようにしてください」 「わかりました」 ラッキー、 私は自由業で年金がないから九十まで生きたらどうしようとセコセコ貯金をしていた。 私はその帰りに うちの近所のジャガーの代理店に行って、 そこにあったイングリッシュグリーンの車を指さして 「それください」と言った。 乗った瞬間 「あー私はこういう男を一生さがして 間にあわなかったのだ」 と感じた。 シートがしっかりと私を守りますと言っている。 買って一週間たったらボコボコになっていた。 私は車庫入れが下手でうちの車庫は狭いのだ。 その上毎日カラスが ボンネットの上にふんをする。 私は今、何の義務もない。 子供は育ち上がり、 母も二年前に死んだ。 どうしても やりたい仕事があって 死にきれないと思うほど、 私は仕事が好きではない。 二年と言われたら 十数年私を苦しめた ウツ病がほとんど消えた。 人間は神秘だ。 人生が急に充実してきた。 毎日が とても楽しくて仕方ない。 死ぬとわかるのは、 自由の獲得と同じだと思う。 父は訓辞をたれるのが 好きだった。 「金と命は惜しむな」 と何もわからん子供に言っていた。 だから父は貧乏なまま 五十歳で死んだ。 命は地球より重い というような事も信じない。 私も命を惜しみたくない。 でも思う。 私は死ぬのは平気だけど、 親しい好きな友達には 絶対死んで欲しくない。 死の意味は 自分の死ではなく 他人の死なのだ。 人はいい気なものだ。 思い出すと恥かしくて 生きていられない 失敗の固まりのような私でも 「私の一生は いい一生だった」 と思える。この本も佐野洋子の世界に収めておくものとします。
2018.11.20
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今回借りた4冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「手当り次第」でしょうか♪<市立図書館>・ヨーコさんの“言葉”わけがわからん・東京観光<大学図書館>・仙人の壷・スパイだったスパイ小説家たち図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【ヨーコさんの“言葉”わけがわからん】佐野洋子×北村裕花著、講談社、2017年刊<「BOOK」データベース>より全世界300万部のベストセラー『100万回生きたねこ』の著者の言葉が痛快!NHKの人気番組・大人に響くイラストエッセイ第3弾。【目次】その1 神の手/その2 言葉/その3 カラオケセットと井戸端会議/その4 お月さま/その5 うるさいわね/その6 私はどちらも選べなかった/その7 真二つの結婚/その8 わけがわからん/その9 2008年冬<読む前の大使寸評>ヨーコさんの没後に、こんなイラストエッセイを出す手があるのか・・・北村裕花さんのイラストがいい味を出していて、ええでぇrakutenヨーコさんの“言葉”わけがわからん【東京観光】中島京子著、集英社、2011年刊<「BOOK」データベース>より恋情、妄想、孤独、諧謔…中島京子ワールドへようこそ女の部屋の水漏れが、下に住む男の部屋の天井を濡らした。女が詫びに訪れたのをきっかけに二人は付き合い出し、やがて男は不思議な提案をするが…。(「天井の刺青」)。直木賞作家が紡ぐ珠玉の7篇。<読む前の大使寸評>おお 中島京子の短篇小説集ではないか・・・このところ、海外作家の短篇小説を集中して読んだので、趣向を変えて国産の短編小説を読むのもええやんけ、ということでおます。amazon東京観光【仙人の壷】南伸坊著、新潮社、1999年刊<「BOOK」データベース>より漫画+エッセイで楽しむ奇妙で不思議で奇々怪々なお話16篇。中国四千年の歴史を生きのびた仙人たちが世紀末ニッポンにお目見え。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると、イラスト風のマンガがなかなかの味で・・・顔マネで異才を披露する南さんならではのテイストでおます。amazon仙人の壷【スパイだったスパイ小説家たち】アンソニー マスターズ著、新潮社、1990年刊<「BOOK」データベース>よりジョン・ル・カレ、イアン・フレミング、グレアム・グリーン、サマセット・モーム…。元スパイだった彼らの作品はいかなる状況のもとに生みだされたのか。作家の実人生と作品との関りあいを綿密に探る。<読む前の大使寸評>ジョン・ル・カレやサマセット・モームが元スパイだったって・・・これは読んでみるしかないようです。amazonスパイだったスパイ小説家たち********************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き342
2018.11.20
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<図書館予約の軌跡143>『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・加村一馬著『洞窟おじさん』(6/07予約、副本2、予約37)現在13位・半藤一利『歴史と戦争』(7/11予約、副本10、予約120)現在28位・与那覇潤『知性は死なない』(7/25予約、副本4、予約23)現在5位・原田マハ『フーテンのマハ』(8/06予約、副本9、予約65)現在21位・サピエンス全史(上)(10/11予約、副本25、予約151)現在114位・the four GAFA 四騎士が創り変えた世界(10/13予約、副本5、予約83)現在74位・山尾悠子『飛ぶ孔雀』(11/08予約、副本4、予約26)・更科巧「絶滅の人類史」(11/18予約、副本9、予約67)・南伸坊「オレって老人? 」(11/20予約、副本9、予約0)<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・8月の果て・ある日うっかりPTA(副本4、予約39)<予約候補>・三浦しおん「愛なき世界」・「月夜のでんしんばしら」谷川雁、C.W.ニコル・谷川雁「極楽ですか」 ・南伸坊「ねこはい」・Coloring in Wadaland―和田誠カラー作品集:図書館未収蔵・サピエンス全史(下):図書館未収蔵?・高橋源一郎『ニッポンの小説』:以前に借りている・浅田次郎『天子蒙塵1~3』:図書館未収蔵・阿刀田高『ギリシア神話を知っていますか』:芸工大に収蔵・阿刀田高『裏声で歌へ君が代』・オクタビオ・パス『マルセル・デュシャン論』:図書館未収蔵・原田マハ『楽園のカンヴァス』・重松清『ビタミンF』:阿刀田さんが「セッちゃん」をお奨め・デジタルエコノミーはいかにして道を誤まるか:図書館未収蔵・高橋源一郎著「読んじゃいなよ」・カズオ・イシグロ著『癒されざる者たち』:図書館未収蔵・『ウォルマートがアメリカをそして世界を破壊する』:図書館未収蔵・銃・病原菌・鉄(上)・ネルケ無方著『迷える者の禅修業』・スティーヴ・スターン『どいつもこいつも昼行灯』:図書館未収蔵・ボリス・ヴィアン著『うたかたの日々』:芸工大に収蔵・『一汁一菜でよいという提案』・中島岳志著『血盟団事件』・・・西図書館の棚で見た・『排除と抵抗の郊外 フランス〈移民〉集住地域の形成と変容』・フィールドサイエンティスト 地域環境学という発想・禁じられた歌(田)・私家版鳥類図鑑:図書館未収蔵<予約分受取:9/28以降> ・アマゾンのすごいルール(5/18予約、9/28受取)・渋谷由里『馬賊で見る「満州」』(10/01予約、10/06受取)・佐野洋子『あっちの女 こっちの猫』(10/01予約、10/06受取)・デズモンド・モリス『猫の美術史』(10/06予約、10/11受取)・円城塔『文字渦』(9/05予約、10/16受取)・サマセット・モーム『アシェンデン』(10/22予約、10/24受取)・中国古代史研究の最前線(10/22予約、10/28受取)・ミヒャエル・エンデ『モモ』:10/28バザーで購入した。・堀田善衛『方丈記私記』(10/26予約、11/02受取)・ロアルド・ダール『飛行士たちの話』(11/05予約、11/09受取)【洞窟おじさん】加村一馬著、小学館、2004年刊<作品情報>より昭和35年、13歳の少年は「両親から逃げたくて」愛犬シロを連れて家出した。以来、彼はたったひとりで、足尾鉱山の洞窟、富士の樹海などの山野で暮らしヘビやネズミ、コウモリに野ウサギなどを食らい命をつないできた。発見されたとき、少年は57歳になっていた。実に43年にわたる驚愕のサバイバル生活。―これは現代のロビンソン・クルーソーの記録である。<読む前の大使寸評>驚愕の自叙伝というか、平成の冒険的ドキュメンタリーではなかろうか。図書館で探してみよう。<図書館予約:6/07予約、副本2、予約37>amazon洞窟おじさん【歴史と戦争】半藤一利著、幻冬舎、2018年刊<「BOOK」データベース>より幕末・明治維新からの日本近代化の歩みは、戦争の歴史でもあった。日本民族は世界一優秀だという驕りのもと、無能・無責任なエリートが戦争につきすすみ、メディアはそれを煽り、国民は熱狂した。過ちを繰り返さないために、私たちは歴史に何を学ぶべきなのか。「コチコチの愛国者ほど国を害する者はいない」「戦争の恐ろしさの本質は、非人間的になっていることに気付かないことにある」「日本人は歴史に対する責任というものを持たない民族」-80冊以上の著作から厳選した半藤日本史のエッセンス。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(7/11予約、副本10、予約120)>rakuten歴史と戦争【知性は死なない】與那覇潤著、文藝春秋、2018年刊<「BOOK」データベース>より平成とはなんだったのか!?崩れていった大学、知識人、リベラル…。次の時代に、再生するためのヒントを探してーいま「知」に関心をもつ人へ、必読の一冊!【目次】はじめに 黄昏がおわるとき/平成史関連年表 日本編/第1章 わたしが病気になるまで/第2章 「うつ」に関する10の誤解/第3章 躁うつ病とはどんな病気か/平成史関連年表 海外編/第4章 反知性主義とのつきあいかた/第5章 知性が崩れゆく世界で/第6章 病気からみつけた生きかた/おわりに 知性とは旅のしかた<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(7/25予約、副本4、予約24)>rakuten知性は死なない【フーテンのマハ】原田マハ著、集英社、2018年刊<出版社>よりモネやピカソなど、美術にまつわる小説をはじめ、精力的に書籍を刊行する著者、その創作の源は旅にあった!? 世界各地を巡り、観る、食べる、買う。さあ、マハさんと一緒に取材(!?)の旅に出よう!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(8/06予約、副本9、予約65)>rakutenフーテンのマハ【サピエンス全史(上)】ユヴァル・ノア・ハラリ著、河出書房新社、2016年刊<「BOOK」データベース>よりなぜホモ・サピエンスだけが繁栄したのか?国家、貨幣、企業…虚構が文明をもたらした!48ヶ国で刊行の世界的ベストセラー!【目次】第1部 認知革命(唯一生き延びた人類種/虚構が協力を可能にした/狩猟採集民の豊かな暮らし/史上最も危険な種)/第2部 農業革命(農耕がもたらした繁栄と悲劇/神話による社会の拡大/書記体系の発明/想像上のヒエラルキーと差別)/第3部 人類の統一(統一へ向かう世界/最強の征服者、貨幣/グローバル化を進める帝国のビジョン)<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(10/11予約、副本25、予約151)>rakutenサピエンス全史(上)【the four GAFA 四騎士が創り変えた世界】スコット・ギャロウェイ著、東洋経済新報社、2018年刊<「BOOK」データベース>より激変を預言した著名教授が断言。次の10年を支配するルール。【目次】1章 GAFA-世界を創り変えた四騎士/2章 アマゾンー1兆ドルに最も近い巨人/3章 アップルージョブズという教祖を崇める宗教/4章 フェイスブックー人類の1/4をつなげた怪物/5章 グーグルー全知全能で無慈悲な神/6章 四騎士は「ペテン師」から成り上がった/7章 脳・心・性器を標的にする四騎士/8章 四騎士が共有する「覇権の8遺伝子」/9章 NEXT GAFA-第五の騎士は誰なのか/10章 GAFA「以後」の世界で生き残るための武器/11章 少数の支配者と多数の農奴が生きる世界<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(10/13予約、副本5、予約83)>rakutenthe four GAFA 四騎士が創り変えた世界【飛ぶ孔雀】山尾悠子著、文藝春秋、2018年刊<「BOOK」データベース>より庭園で火を運ぶ娘たちに孔雀は襲いかかり、大蛇うごめく地下世界を男は遍歴する。伝説の幻想作家、待望の連作長編小説。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/08予約、副本4、予約26)>rakuten飛ぶ孔雀【絶滅の人類史】更科功著 、NHK出版、2018年刊<「BOOK」データベース>より700万年に及ぶ人類史は、ホモ・サピエンス以外のすべての人類にとって絶滅の歴史に他ならない。彼らは決して「優れていなかった」わけではない。むしろ「弱者」たる私たちが、彼らのいいとこ取りをしながら生き延びたのだ。常識を覆す人類史研究の最前線を、エキサイティングに描き出した一冊。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/18予約、副本9、予約67)>rakuten絶滅の人類史【オレって老人?】南伸坊著、みやび出版 (2013年刊<カスタマーレビュー>より南伸坊のエッセイ集で、連載中のみやび出版『myb』の「日々のシンボー」と毎日新聞『本の時間』の「じじの時間」を軸に、『文藝春秋スペシャル』『うえの』『室内』の各誌に注文されて執筆した文を集めています。そのさい、年寄りがよくする懐旧談、自分が老化に直面したことについての文章を選んだという。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/20予約、副本9、予約0)>amazonオレって老人?【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死【8月の果て】柳美里著、新潮社、2007年刊<「BOOK」データベース>より日本統治下の朝鮮・密陽に生を受け、マラソンでの五輪出場を目指した亡き祖父・李雨哲。そのうしろ姿を追い、路上を駆けることを決意した柳美里。ふたりの息づかいが時空を越えて重なる瞬間、日本と朝鮮半島のあわいに消えた無数の魂が封印を解かれ、歴史の破れ目から白い頁に甦る。偉丈夫の雨哲と美丈夫の弟・雨根。血族をめぐる、ふたつの真実の物語が、いま日本文学を未踏の高みへと押し上げる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>rakuten8月の果て図書館予約の軌跡142予約分受取目録R18中央図書館新着図書リスト図書館情報ネットワーク 蔵書検索システム図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・ウィキペディアでめぼしい著作を探す
2018.11.19
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図書館で『どうしてニッポンはこんなに便利で息苦しいのか?』という本を、手にしたのです。9年前刊行の本であるが・・・わりと今日的なテーマのタイトルではないかと思ったのです。週刊SPA!の連載エッセイ『ドン・キホーテのピアス』の単行本化13巻だって・・・こんな連載エッセイがあたことも知らんかったで。【どうしてニッポンはこんなに便利で息苦しいのか?】鴻上尚史著、扶桑社、2009年刊<商品の説明>より混迷を極める現代社会。ネットでは極端にセンシティブで歪曲されたコミュニケーションが横行し、現実社会でもそのいびつさが侵食。人々は、コミュニケーションにおいて非常な不安を感じている。われわれが生きていくうえで、人は人にどう対応し、どう付きあっていくべきか?<読む前の大使寸評>9年前刊行の本であるが・・・わりと今日的なテーマのタイトルではないかと思ったのです。週刊SPA!の連載エッセイ『ドン・キホーテのピアス』の単行本化13巻だって・・・こんな連載エッセイがあったことも知らんかったで。rakutenどうしてニッポンはこんなに便利で息苦しいのか?驚きのカスタマーハラスメントが語られているので、見てみましょう。p253~255<ちゃんとしすぎな生活とストレス> 仙台にワークショップに行ったのですが、帰り、東北新幹線の中で、隣に座ったサラリーマンの人が、ワゴンを押してきたお姉さんに、「××、1個ちょうだい」と声をかけました。「××」は、よく聞き取れなかったのですが、たぶん、沿線の銘菓だと思います。 お姉さんは、「はい、××、1個でよろしいですか?」とおうむ返しに言いました。その途端、「1個って、言ったじゃないか! 話をちゃんと聞けよ! バカかお前は!」と、そのサラリーマンの人は叫びました。僕はびっくりして、体がびくんとしました。お姉さんは、「すみませんでした」とすぐに答えて、「あいにく××は、今、切らしておりまして、後でお届けします」と答えました。サラリーマンの人は、「あ、そう」とだけ返しました。 僕はちらりとサラリーマンの顔を見ました。普通の中年の男性でした。特に、そのスジの人でもなく、亀田選手のお父さんのようなケンカ好きな顔でもなく、じつに普通の人でした。 あのお姉さんは、ストレス溜まっただろうなあ、どこかで吐き出すのかなあと、僕は心配しました。 それにしても、普通の人が、突然、「キレる」瞬間に立ち会うと、ドキドキするもんです。 朝日新聞で、「キレる大人たち」という特集をしていました。それには、「暴行犯行時の年齢別検挙人員の推移」という警察庁の統計が引用されていました。 “警察庁によると、暴行の動機は各年代とも「憤怒」、いわゆる「キレ」が最も多く、8割前後を占める傾向に変わりはない。しかし、'98年から'06年までの推移をみると、10代がほぼ横ばいなのに20代以上は軒並み増加。60代以上は約10倍、30代と50代が約5倍と大幅に増加し、実数でも中高年の増加が目立つ。” と、解説されています。 統計グラフでは、ダントツの1位が検挙数5000人の30代、次に20代、50代、40代とほぼ同じ数が続き、なんと10代は最低の水準、30代の三分の一以下の1500人ほどなのです。 んで、記事に登場するメンタルヘルスの専門家は、「今の職場はかなり抑圧され、一種のあきらめムードが漂っている感じがする」と指摘し、「職場で溜めた不満を、地域や公共の場で爆発させているのではないか」と、不満の対象と怒りをぶつける対象とのズレを特徴にあげています。 新幹線のサラリーマンがキレた時に言った「話をちゃんと聞けよ! バカかお前は!」という言葉は、じつは、僕は聞きながら、「この言葉はとてもスムーズだ」と感じました。つまり何回も言い慣れている言葉だと思った思ったのです。 で、このサラリーマンは、ワゴンのお姉ちゃんに怒りながら、じつは、職場の誰かに怒っているんじゃないかと、僕は感じたのです。 で、思うのはね、なんだか、切ないよね、ということなのですよ。 僕はここらへんのことを、「気くばりのファシズム」とか、もっと具体的に、「空気を読めというファシズム」と呼んでいるのですが、日本人はみんな、ちゃんと働き過ぎなんですよ。折りしも先日、NHKクロ-ズアップ現代+で深刻化するカスタマーハラスメントが放映されたが、過剰なサービスを期待する日本人に特有のキレ方なのかもしれませんね。クロ-ズアップ現代より『どうしてニッポンはこんなに便利で息苦しいのか?』2:「空気を読む」『どうしてニッポンはこんなに便利で息苦しいのか?』1:理不尽な暴力
2018.11.19
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大阪商業大学准教授の原田禎夫さんがオピニオン欄で「大量消費 リサイクル限界」と説いているので、紹介します。(原田さんのオピニオンを11/17デジタル朝日から転記しました)環境への懸念から、ストローの廃止運動が盛り上がっています。海洋プラスチックごみ問題の「悪役」とされていますが、これ以外にも、ペットボトルやレジ袋などが海洋汚染に影響しているとされます。身の回りにあふれるプラごみ削減の解決策を考えます。■大量消費、リサイクル限界 原田禎夫さん(大阪商業大学准教授) 使い捨てストローをやめる店が広がり、プラスチックごみへの関心が高まっています。米国の海洋研究家チャールズ・モアらの著書「プラスチックスープの海」などを機に、海にたまったプラごみが世界的に注目されるようになったことが大きいと思います。 プラスチックは20世紀後半に広まり、容器や医療品から飛行機にまで使われるようになりました。安く大量に作れ、軽くて丈夫という利点のためです。身近な紙おむつの吸水ポリマーやマスクなどに使われる不織布もその一種です。 * しかしごみになるととても厄介です。木や紙と違い自然界で分解しないため、海に流れ込むと蓄積し、海流に乗って遠くの沿岸や海にも拡散します。やがて波や紫外線によって砕かれ、細かな破片や粒子「マイクロプラスチック」となって海中に残り続けるのです。 粒子になると表面積が増え、有害物質が吸着しやすくなる。魚や海鳥、そして人の便からもこの粒子が見つかりました。人の健康被害につながるかどうかはまだ判明していませんが、リスク評価ができないこと自体がリスクです。プラごみが漁業や観光などの経済活動に与える影響も重大です。 国連の調査などによると、海中のプラごみの7~8割が河川から流れたものでした。私は京都の保津峡をきれいにする活動をしていますが、川のごみではペットボトルが一番多く、食品容器、生活用品、ポリ袋が続いていました。 こうした「散乱ごみ」にはポイ捨ても含まれますが、そんなことをする人はごく一部で、街のごみ箱などから飛ばされてきたものも多いと思います。プラスチックの消費量が多ければ、散乱ごみも出てしまう。「全国川ごみネットワーク」は、ペットボトルだけで少なくとも4千万本が国内の河川に散乱していると推計しています。 日本には、ペットボトルやプラ容器を資源ごみとして回収し、再生利用するよう定める容器包装リサイクル法があり、ペットボトルのリサイクル率は84%と公表されています。実はその4割以上が主に中国で処理されていました。 しかし汚れたごみが多く、中国でも排出量が増えたことから、昨年末に中国は受け入れを停止。いま日本の港などには処理できないプラごみが積み上がっています。 * 便利さから日本は使用量を減らすよりリサイクルを重視してきました。しかし大量の散乱ごみやリサイクル可能量を考えると、脱プラスチックへシフトすべきです。国内ではプラごみを焼却した熱を工場で使う「サーマルリサイクル」が処理方法の6割近くを占めます。しかしこれは和製英語でそもそもリサイクルでもなく、環境に負荷はかかるが再生利用しきれないごみの焼却熱を利用しようという緊急避難措置です。それほどプラごみがあふれているのです。 脱プラスチックのためには、消費者のモラルや意欲に頼る現在の回収制度では不十分です。レジ袋の有料化やデポジット制など、消費者や事業者にインセンティブとなる制度を設けるべきだと思います。そして、必需品ではない使い捨てプラスチック品の利用は減らしていくことが近道でしょう。 ウミガメの鼻に刺さった痛々しい画像から、ストロー廃止運動は今年に入り広がりました。ただ国際的な調査では、ストローは以前から海岸で回収されたごみの上位の常連でした。日本でも容器リサイクル法の対象外であり、汚れが残ったり散乱しやすかったりなどリサイクルが難しい製品です。それに多くの場合、無くても支障はなく、すぐに使用をやめられるものなのです。「使い捨て文化の象徴」として、運動のシンボルになるのには理由があると思います。(聞き手・藤田さつき) ◇原田禎夫:1975年生まれ。専門は公共経済学。NPO法人プロジェクト保津川の代表理事として循環型のまちづくり活動も。 先日読んだ『海を脅かすプラスチック(ナショナルジオグラフィック2018年6月号)』です。(ニッポンの宿題)あふれるプラごみ原田禎夫2018.11.17この記事も 朝日のインタビュー記事スクラップR2に収めておきます。
2018.11.19
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図書館で『宮沢賢治フィールドノート』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくると写真や地図が満載で・・・・ビジュアルなところが、ええでぇ♪【宮沢賢治フィールドノート】林由紀夫著、集英社、1996年刊<「MARC」データベース>より賢治さんの道を歩いてみませんか? アウトドアの先駆者から学ぶイーハトヴ低山徘徊。「銀河鉄道の夜」「風の又三郎」など作品の舞台をコース・ガイド。詳細地図、写真、キャンプ場情報など満載。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると写真や地図が満載で・・・・ビジュアルなところが、ええでぇ♪amazon宮沢賢治フィールドノート物見山の「風の又三郎像」を、見てみましょう。p28~29<種山高原 物見山>モナドノックの広い野原を風が遊ぶ。ギンガギンガと牧草は輝き、夜は星が降る。 賢治さんのイーハトヴという理想郷を考えるときに、どうしても浮んでくる風景があります。僕は生まれが賢治さんと同じ岩手県花巻市ですから自然の風景の捉え方で妙に納得できるところがあるのです。 イーハトヴは実際に四国四県よりも広いですからさまざまな地形があります。そして無国籍ともいえる風景が突然あります。自分の目の届く身近な低山徘徊、そして目の視点が遥か彼方まで行ってしまう大陸的な広がり。低山徘徊を自分の足でフィールドワークし、より詳しく知り心象スケッチ。賢治さんのイーハトヴはもっとさまざまな要素があるでしょうが自然を歩くことに限って言えば僕はそんな気がします。だからイーハトヴは無国籍的な理想郷なのです。もっとも無国籍さを感じさせる風景のひとつに種山ヶ原があるわけです。 盛岡高等農林学校(岩手大)の3年に在学中、同級生ふたりと江刺郡の地質調査に来て初めて種山ヶ原を知った賢治さんは文句なしに虜になりました。 『海だべがど おら おもたればやっぱり光る山だたぢゃい ホウ 髪毛 風吹げば 鹿踊りだぢゃい』と『高原』という詩に印象をスケッチしています。海ほど広い草原と遠くに広がる山並みを見て大好きな鹿踊りのように髪を風になびかせながら小躍りして体いっぱいで喜んでいる賢治さんです。 種山ヶ原あたりを歩くには賢治さんはたくさんのフィールドガイドを残してあります。思い入れもわかるというものです。童話『種山ヶ原』、劇『種山ヶ原の夜』、詩『種山ヶ原』、そして童話『風の又三郎』などがあります。 ドボルザークの「新世界交響曲」に賢治さんは詩をつけて種山ヶ原のテーマにしているかと思えば、鹿踊りも、鬼剣舞も出てくる無国籍地帯に風と遊んでみましょう。風が集まってくる種山ヶ原を、林さんが讃えています。p35 山からも平野からも海からも風が集まってくる地形、種山ヶ原は遠野市、江刺市、住田町に跨って位置しています。ここからはイーハトヴ全体どこにでも行きやすいですからとにかく風と相談して旅してください。そうそうこの辺は『風野又三郎』さんも通りますから聞いてくださいな。きっとこんなふうに言いますよ。 「ふん、イーハトヴのどこからきたんだい。僕はパシフィック・オーシャンから種山に着いたばかりさ。どこが素敵か聞きたいのかい。耳を澄ましてごらんよ。風に乗って聞こえないかいあの音が『ダー、ダー、ダー、ダー、スコ、ダー、ダー』ってね」『宮沢賢治フィールドノート』2:イギリス海岸『宮沢賢治フィールドノート』1:C・W・ニコルさん×林さんの対談
2018.11.18
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図書館で『宮沢賢治フィールドノート』という本を借りて読んでいるのだが・・・この際、宮沢賢治のつなぐ輪について、あれこれ集めてみました。・宮沢賢治フィールドノート(1996年刊)・賢治から、あなたへ(2013年刊)・Rain Won't 雨ニモマケズ(2013年刊)・賢治関連サイト<『宮沢賢治フィールドノート』2>図書館で『宮沢賢治フィールドノート』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくると写真や地図が満載で・・・・ビジュアルなところが、ええでぇ♪【宮沢賢治フィールドノート】林由紀夫著、集英社、1996年刊<「MARC」データベース>より賢治さんの道を歩いてみませんか? アウトドアの先駆者から学ぶイーハトヴ低山徘徊。「銀河鉄道の夜」「風の又三郎」など作品の舞台をコース・ガイド。詳細地図、写真、キャンプ場情報など満載。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると写真や地図が満載で・・・・ビジュアルなところが、ええでぇ♪amazon宮沢賢治フィールドノート『宮沢賢治フィールドノート』3:物見山の「風の又三郎像」『宮沢賢治フィールドノート』2:イギリス海岸『宮沢賢治フィールドノート』1:C・W・ニコルさん×林さんの対談<賢治から、あなたへ>異邦人でもあるロジャー・パルヴァースさんが、賢治の作品を語っているのだが・・・今も色褪せない賢治の魅力を解き明かしています。【賢治から、あなたへ】ロジャー・パルヴァース著、集英社インターナショナル、2013年刊<「BOOK」データベース>よりあなたが、たったいま、ここに生きている。それ以上の奇跡があるだろうか。「雨ニモマケズ」「マグノリアの木」「フランドン農学校の豚」「なめこと山の熊」など、珠玉の作品にこめられた真のメッセージを読み解く。<大使寸評>異邦人でもあるロジャー・パルヴァースさんが、賢治の作品を21世紀の見方で読んでいきます。大使の好みは「雨ニモマケズ」、「虔十公園林」あたりなんですが。rakuten賢治から、あなたへ<Rain Won't 雨ニモマケズ>図書館で『Rain Won't 雨ニモマケズ』という絵本を手にしたが・・・・宮沢賢治、アーサー・ビナード、山村浩二のお三方の合作のような絵本がええでぇ♪【Rain Won't 雨ニモマケズ】宮沢賢治、アーサー・ビナード、山村浩二著、今人舎、2013年刊<「BOOK」データベース>よりアニメーション作家・山村浩二の絵と詩人・アーサー・ビナードの新訳が出会う、本当の宮沢賢治の里山。ビナード,アーサー(Binard,Arthur)1967年、ミシガン州生まれ。高校時代に文学を志して詩を書き出し、ニューヨーク州のコルゲート大学に進んで英米文学を学ぶ。卒業と同時に来日、日本語でも詩作を始める。2001年、第一詩集『釣り上げては』(思潮社)が中原中也賞に選ばれる。2007年に『ここが家だーベン・シャーンの第五福竜丸』(集英社)で日本絵本賞、2013年に『さがしています』(童心社)で講談社出版文化賞絵本賞を受賞山村浩二1964年、名古屋市生まれ。子どものころから盛んに絵を描き、13歳で最初のアニメーションを制作。東京造形大学卒業後、自主制作をつづけながら独自の手法を見出し、2002年に発表した『頭山』がアヌシー国際アニメーション映画祭のグランプリに選ばれ、米国アカデミー賞にもノミネートされる。フランツ・カフカ原作の『カフカ田舎医者』で2007年オタワ国際アニメーション映画祭のグランプリを受賞。現在、東京藝術大学大学院教授<大使寸評>アーサー・ビナードさん英訳の「Rain Won't 雨ニモマケズ」とのこと。海外の読者に賢治のメッセージが伝わるとええな♪ということでおます。rakutenRain Won't 雨ニモマケズ賢治の原著にアーサー・ビナードさん英訳を組み込んでみました。雨ニモマケズ 風ニモマケズ Rain won't stop me.Wind won't stop me.雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ Neither will driving snow.Sweltering summer heat will only rise my determination.丈夫ナカラダヲモチ 慾ハナク With a body built for endurannce, a heart free of greed.決シテ瞋ラズ イツモシヅカニワラッテヰル I'll never lose my temper, trying always to keep a quiet smile on my face.一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ My diary diet must be simple:several heaped bowls of brown rice,some vegetables and miso.アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズニ Profit must never be the issure.ヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ I'll listen to others, observe carefully, and refuse to forget.野原ノ松ノ林ノ蔭ノ 小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ I'll make my home in a hut with a thatched roof, near a meadow surrounded by pine trees.東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ If a child were to fall ill in the east, I'd run there to help with the nursing.西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ If a mother were to overwork herself in the west, I'd be there to carry the heavy bundles of rice.南ニ死ニサウナ人アレバ 行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ If a man were on the verge of death in the south, I'd rush to soothe his fears.北ニケンクヮヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイヒ If bitter lawsuits and fighting were to break out in the north, I'd uege all parties to come togeher and talk things over.ヒデリノトキハナミダヲナガシ In days of drought, I'd weep, just weep.サムサノナツハオロオロアルキ In unseasonable cold spells, I'd walk the fields and worry over the stunted crops.ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ People may call me a fool. I doubt if anyone will applaud me.Then again, perhaps none will detest me either.サウイフモノニ ワタシハナリタイ All this is my goal ― the personiwant to become. <賢治関連サイト> 宮沢賢治の宇宙グスコーブドリの伝記賢治の学び舎イギリス海岸
2018.11.18
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本屋の店頭で『定年バカ』という新書を手にしたのです。定年のときの記憶も薄れつつある大使であるがが・・・この本の目次にならんだ数々のバカが気になったので、つい購入したのです。本は図書館で借りるものとなってしまった大使にとって、新刊本を購入するのは久しぶりのことでおます♪【定年バカ】勢古浩爾著、SBクリエイティ、2017年刊<「BOOK」データベース>より定年後に続く、20年、30年という人生を思うと、人はいろいろと考えてしまう。生きがいは?健康は?老後資金は?などなど。しかし、多彩な趣味や交友、地域活動などを通じて充実した定年後を送ろう、いや送るべきという「圧」が昨今やたらと強くなってはいないか?無理して「地域デビュー」なんてしないほうが互いの幸せだったりもする。「なにもしない生活」だってアリなのではないか。<読む前の大使寸評>この本の目次にならんだ数々のバカが気になったので、つい購入したのです。本は図書館で借りるものとなってしまった大使にとって、新刊本を購入するのは久しぶりのことでおます♪rakuten定年バカ第5章「社交バカ」も、なかなか含蓄がおます。p104~107■湖畔の公園でひとり いやあ、今年の夏も暑かったですねえ。7、8年前は、市民球場のある公園で、陽を浴びてすごし、一夏で真っ黒になったものである。今年、湖面を臨む公園を見つけた。とはいえベンチが四つ並んでいるだけの小さな公園なのだが、眼前には鮮やかな緑の木々と草が広がり、その先に広く穏やかな湖面が見える。 空間が開けていて眺望がいいのだ。ベンチの上には屋根がある。それがここに通うようになった理由おひとつである。もう夏の直射日光に耐える気力も体力もない。 そこに行くのはたいてい午後の1時過ぎ、最近の昼食(朝食兼用)は焼きそばパンに缶コーヒー1個だけ。それをコンビニで買っていく。前は町中の店のB級グルメを食べていたが、それだと食べた後、腹一杯になり、不快になることがしばしばだった。そこで落ち着いたのが焼きそばパンである(品切れのときはミックスサンド。冬には肉まん1個ということもある)。コロッケパンは重すぎる。おにぎり2個も重い。 その公園でひとりのときは気分がいい。ときどき、近所のおじいさん三人が話しあっているときがある。なかなか人気のある公園らしいのだ。草木の手入れを管理している園芸店の人なのか、おじいさんが携帯で「あんた今日何時まで? え、残業すんの? やめたほうがいいよ」などと仲間と話していたりする。両端のベンチが埋まっているときや、高校生のカップルがいたりすると、わたしはさっさと立ち去る。落ち着かないからだ。 背もたれによりかかってパンを食べ終わると、タバコを喫って一服する。こんな時間が一番好きだ。前方の景色を眺める。風が吹いてくる。いろんなことを考える。なんの脈絡もない。連想で懐かしい人々を想い出したりする。このような気持ちで・・・。(中略) 長居はしない。1時間ほどで公園を離れる。「ひとり」ということがわたしには重要である。わたしはとくに人間嫌いではないし、人見知りでもないと思うが、ひとりでいることがまったく苦にならない。ときには、むしろ好ましいとさえ思っている。竹中星郎氏は「ひとりでいることができることは才能である」といっていた。そうではない。性格であり、経験である。むしろ、だれとでも仲良くできる人こそが才能だと思う。 そんな人いるのか? と思うが、いるのだ。 わたしが中学生のころは、そんなににぎやかな連中が羨ましかったが、さすがにいまはそんなことはない。 人見知りではないが、「社交家」かといえば、まったくそうではない。なにしろ、「ひとり」好きなのだから。定年後の問題のひとつは「孤独」だという人がいる。「孤独地獄」と、脅かす人もいる。だからそうならないようにするためには、仕事をつづけることが一番といわれる。その他、地域社会に溶け込んで、交際の範囲を広げなさいと忠告する人も多い。 あるいは家族(とくに妻)との関係を見直し、信頼を築きなおしなさい、と。ボランティア活動するのもいいよ。生きがいも得られて一石二鳥だ。趣味仲間も増やしましょう。旧交を温めるもよし。とにかく「人」のなかに入っていきなさい。 そんなことをする必要はない、とは、わたしはいわない。したほうがいいよ、ともいわないし、いえない。ただ、わたし自身はごめんである。わたしはほんとうの「孤独」を知っているとはいえないが、そこそこの「孤独」ぐらいなら耐えられる。全然、苦ではない。というより、好きである。それゆえ「孤独」にならないように、右のようなことをする必要がないのである。 私は間違っているかもしれない。「地域の親睦会に入ったんだが、新しい人たちと知り合えてよかったよ、分科会の役割も与えられて毎日の生活にもハリが出たよ」という人がいるだろう。そしてそういう人のほうが、結果的に、人々に囲まれた充実した老後を送り、それの比べてわたしは、これがほんとうの「孤独」だったのかと、後悔することになるかもしれない(まあ、ならないと思うが)。もしそうなったら、それはしかたがない。自分で選んだことである。ウン ある意味、卓見ではあるなあ。 『定年バカ』4:なにもしない自由p74~76『定年バカ』3:この本の結論p25~27『定年バカ』2:終活バカp168~169『定年バカ』1:夫と妻の地獄p188~191
2018.11.18
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神戸文学館で表記の記念講演があるので、昼前から出かけます。なお、記念講演の感想は追って書き込む予定でおます。【企画展「直筆原稿で探る~陳舜臣の神戸」記念講演】神戸文学館ホームページより「“落地生根”の行方~『枯草の根』を出立点として」文学館正面玄関 少年時は新聞に載った出船入船の情報に心躍らせ、長じてからは海に向いて開かれた窓の下で想を練り、数多くの名作を世に送り出していった作家、陳舜臣。彼の作品の魅力はどこにあるのでしょうか? それは該博な歴史的な知識に支えられて、作品の舞台を神戸から東アジア全域にまで広げていくスケールの大きさと、時代のうねりの中で自身の生の拠り所を求めていく人々が分泌するものを見つめていくエモーショナルな側面とにあると思います。 今回はそうした彼の文学の特徴を、初期の作品である『枯草の根』を出立点として探りたいと思います。【講師】大橋毅彦(関西学院大学文学部教授)・・・とまあ、陳舜臣には神戸市民として親近感があるわけで、陳舜臣アンソロジーR9など作ってフォローしているのです。ヴォーリズゆかりの神戸文学館について、ネットから紹介します。。 【神戸の王子市民ギャラリー (神戸文学館)】ヴォーリズを訪ねてより 少し番外編になるかも知れません。神戸灘区の王子公園は関西学院が上ヶ原に移転する前の原田キャンパスでした。その一角にあったブランチ・メモリアル・チャーチは今も王子公園の南西部に残っています。 オリジナルの礼拝堂はヴォーリズの設計ではありませんが、1993(平成5)年に改修したのが、関西学院とゆかりの一粒社ヴォーリズ建築事務所であったこともあり紹介します。最近まで王子市民ギャラリーとして使われていましたが、今年(2006年)10月1日に閉館し12月4日から神戸文学館としてオープンする予定です。一時閉館のことを聞いたのであわてて訪問しました(笑)。詳しくは↓のURLをどうぞ。http://www.geocities.jp/miyamoto_tadao/
2018.11.17
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図書館で『宮沢賢治フィールドノート』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくると写真や地図が満載で・・・・ビジュアルなところが、ええでぇ♪【宮沢賢治フィールドノート】林由紀夫著、集英社、1996年刊<「MARC」データベース>より賢治さんの道を歩いてみませんか? アウトドアの先駆者から学ぶイーハトヴ低山徘徊。「銀河鉄道の夜」「風の又三郎」など作品の舞台をコース・ガイド。詳細地図、写真、キャンプ場情報など満載。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると写真や地図が満載で・・・・ビジュアルなところが、ええでぇ♪amazon宮沢賢治フィールドノート北上川河畔のイギリス海岸を、見てみましょう。p40~42<「プリシオンコースト」の土手に腰をおろし白亜紀の海岸を夢見る。>賢治さんは北上川の岸辺に立っていますここのちょっと上流で猿ヶ石川と瀬川が合流してきます「流れの様はまるで海の潮流にも似て複雑 この岸にしたってまるで海岸のようではないですか イギリスのドーバー海峡の白亜紀の海岸」と呟きました イーハトーヴの名河北上川がイーハトーヴのメトロポリスを流れます。イギリス海岸は見逃してしまいそうなそれは小さな海岸、賢治さんはこう言っています。『実際そこを海岸と呼ぶことは、無法なことではなかったのです。なぜならそこは第三紀と呼ばれる地質時代の終わり頃、たしかにたびたび海の渚だったのです。(中略)ここを海岸と名をつけたってどうしていけないといわれましょうか。それにここを海岸と考えていいわけは、ごくわずかですけれど、川の水が丁度大きな湖の岸のように、寄せたり退いたりするのです』 僕も物心ついたころにはここはイギリス海岸と呼んでいましたから違和感はなく、子供が見られる一番の大河でした。賢治さんは地質学的にも海岸と納得する説を唱えました。でも、イーハトヴの物語を考えた場所ですからイギリス海岸でいいのです。賢治さんの見ているのは現在だけではないのです。<時間を越えたイーハトヴ 天上の白亜海岸> 賢治さんが見ていたころのイギリス海岸と僕が生まれてから見たイギリス海岸と今旅して見られるイギリス海岸と姿は変化しています。風景監察官の賢治さんが生きていたら驚くことでしょう。町が大きくなりハーナムキヤ(花巻)も変わっています。なにしろ賢治さんがこの河原にイギリス海岸と名付けてから70年以上経っているのですから。 北上川も雨量が多くなり堤防決壊し、まわりの田畑と家屋に浸水することもあり改修の手が施されてきました。僕が初めてイギリス海岸に行った記憶があるのは35年くらい前のことです。鍋割川と台川が花巻の郊外椚ノ目で合流し、瀬川となりイギリス海岸の200mくらい上流で北上川と合流します。この瀬川のあまりの変わりように驚いています。イギリス海岸といえば・・・あやうく日本3大がっかり名所になりかねない名所かと思うのだが、定年祝いの夫婦旅行でここを訪れて、いたく感激した覚えがあるのです♪『宮沢賢治フィールドノート』1より
2018.11.17
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図書館で『えんとつ町のプペル』という本を、手にしたのです。おお 一時期探していた絵本ではないか・・・ということで、即借りたのでおます。【えんとつ町のプペル】西野亮廣著、幻冬舎、2016年刊<商品の説明>よりペン一本で描いたモノクロ絵本で世界を圧倒したキンコン西野が、業界の常識を覆す完全分業制によるオールカラー絵本!「信じぬくんだ。たとえひとりになっても。」<読む前の大使寸評>おお 一時期探していた絵本ではないか・・・ということで、即借りたのでおます。rakutenえんとつ町のプペル『えんとつ町のプペル』大サービスの続きを紹介します。大ヒット中の絵本『えんとつ町のプペル』を全ページ無料公開します(キンコン西野)より「ちょっとまってよ。どうしたっていうんだい?」 「いそがなきゃ。ぼくの命がとられるまえにいこう」「どこにいくんだよ」「いそがなきゃ、いそがなきゃ」たどりついたのは、ひともよりつかない砂浜。「いこう、ルビッチ。さあ乗って」「なにいってんだよ。この船はこわれているからすすまないよ」おかまいなしにプぺルはポケットから大量の風船をとりだし、ふうふうふう、と息をふきこみ、風船をふくらませます。ふうふうふう、ふうふうふう。この絵本が本屋の店頭に平積みになっていた一時期・・・たかが絵本に2160円という大枚をはたく習慣がなかったので、やりすごしてしまったけど、ネットで全ページ無料公開という大サービスには本当に驚きました。・・・西野亮廣さんのメッセージです。実は今回、この絵本を最後まで無料で公開したのは、とても勇気がいることでした。僕だけでなく、この作品に携わっているスタッフは、この絵本の売り上げで生活をしているからです。ただ一方で、「2000円の絵本は、子供が、子供の意思で手を出すことができない」という声も耳にしました。たしかに、2000円は決して安くない値段です。僕は子供に届けたいと思うけれど、「お金」という理由だけで、受け取りたくても受け取れない子がいる事実。だったらいっそのこと、「お金なんて取っ払ってしまおう」と思いました。『えんとつ町のプペル』を、お金を出して買いたい人は買って、無料で読みたい人は無料で読める絵本にしてしまおう、と。せっかく生んだ作品も、お客さんの手に届かないと、生まれたことにはなりません。10万部《売れる》ことよりも、1000万人が《知っている》ことの方が、はるかに価値があると僕は考えます。それに、人間が幸せになる為に作り出した『お金』で、人間に格差ができるのなんて、やっぱり全然面白くない。お小遣いなんて貰えない幼稚園児や小学生が、出費が重なって金欠になった学生や主婦が、何かの事情で本屋さんまで足を運ぶことができなくなってしまった人達が、それでも手に入れられるモノにしたい。『えんとつ町のプペル』1
2018.11.17
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<『えんとつ町のプペル』1>図書館で『えんとつ町のプペル』という本を、手にしたのです。おお 一時期探していた絵本ではないか・・・ということで、即借りたのでおます。【えんとつ町のプペル】西野亮廣著、幻冬舎、2016年刊<商品の説明>よりペン一本で描いたモノクロ絵本で世界を圧倒したキンコン西野が、業界の常識を覆す完全分業制によるオールカラー絵本!「信じぬくんだ。たとえひとりになっても。」<読む前の大使寸評>おお 一時期探していた絵本ではないか・・・ということで、即借りたのでおます。rakutenえんとつ町のプペルネットで著者:キンコン西野の大サービスを見つけたので、紹介します。大ヒット中の絵本『えんとつ町のプペル』を全ページ無料公開します(キンコン西野)より「ねえ、プぺル、『ホシ』って知ってるかい?」「ホシ?」「この町は煙でおおわれているだろ? だからぼくらには、みることができないけど、あの煙のうえには『ホシ』と呼ばれる、光りかがやく石っころが浮かんでるんだ。それも一個や二個じゃないよ。千個、一万個、もっともっと」「そんなバカなはなしがあるもんか。ウソっぱちだろ?」「……ぼくの父ちゃんが、その『ホシ』をみたんだ。とおくの海にでたときにね、ある場所で、頭のうえの煙がなくなって、そこには光りかがやく『ホシ』がたくさん浮かんでいたんだって。町のひとはだれも信じなくて、父ちゃんはうそつき呼ばわりされたまま死んじゃったんだ。でも、父ちゃんは『煙のうえにはホシがある』っていってね、西野亮廣さんの「えんとつの町」であるが・・・『ブレードランナー』で観た酸性雨けむるロサンゼルスを彷彿とするわけです。また、松本大洋「鉄コン筋クリート」で観た宝町に似てなくもないのですこのように大使の場合は、画像、映像つながりで輪が広がっていくのでおます。
2018.11.16
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<『宮沢賢治フィールドノート』1>図書館で『宮沢賢治フィールドノート』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくると写真や地図が満載で・・・・ビジュアルなところが、ええでぇ♪【宮沢賢治フィールドノート】林由紀夫著、集英社、1996年刊<「MARC」データベース>より賢治さんの道を歩いてみませんか? アウトドアの先駆者から学ぶイーハトヴ低山徘徊。「銀河鉄道の夜」「風の又三郎」など作品の舞台をコース・ガイド。詳細地図、写真、キャンプ場情報など満載。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると写真や地図が満載で・・・・ビジュアルなところが、ええでぇ♪amazon宮沢賢治フィールドノートC・W・ニコルさん×林さんの対談を、見てみましょう。p90~91<賢治さんは、やっぱりフィールドワーカーだった>林:賢治さんの作品の翻訳には7年間おかけになったんですか? ひとつの物語に半年、それで14の物語があるから7年とか。その辺からおうかがいしようかな。ニコル:そうね。賢治の作品に触れるようになったきっかけは、詩人の谷川雁さんとの長い付き合いがあったからです。僕は1970年にエチオピアから帰ってきて、東京イングリッシュセンターで翻訳という仕事を通じて子供の本作りをしていたんです。 谷川雁さんもそこにいたのですが、彼は辞めたんです。そこから僕も本格的に小説を書こうと思っていましたから、雁さんの住む黒姫へ2ヶ月ごとに通いました。最初に1年かけて子供が読める『古事記』の翻訳をしました。そして雁さんが「ニック、イヌイットの動物の話を書け」と言うので、僕は英語で書き、雁さんがそれを日本語に訳した。 雁さんは「じゃあ、これからお前は本当の仕事をやらなくちゃいけない」と言ったんです。それが宮沢賢治作品の翻訳だった。でも僕は、賢治のこと聞いたこともなければ、読んだこともなかったんです。林:そうだったんですか。「本当の仕事」・・・賢治にたどり着くまで雁さんもニコルさんに試練を与えたんですね。賢治さんとの初めての出会いはどうでしたか? 自分で読んだんですか?ニコル:1980年の秋、作品を雁さんが読んでくれたんです。それで僕は目からうろこが落ちたね。それまで日本人はヒューモア(ユーモア)の感覚があることは知っていたけれど、イギリス人が一番すぐれたヒューモアだと思っているノンセンス(ナンセンス)な感覚はまったくないと思っていた。林:それが賢治さんの作品にはあったと。賢治さんの言葉は独特で理想郷イーハトブ語を作っているくらいですから、日本人でも冗談の通じない人には難解な言葉もありますよ。驚いたでしょう。ニコル:翻訳を進めていくと、例えば東北の言葉が出てきますね。英語に訳すときこの言葉をどうすればいいか? イギリスの北のほうに当てはめるか?どうするか迷いました。そこで、まったく新しい方言を創るしかないと。林:新しい英語を創った。驚いたな、それって、まさに賢治さん的発想ですね。ニコル:雁さんと一緒にね。それでひとつのストーリー、『どんぐりと山猫』だけでも6ヶ月。午後の2時から夕方6時まで、毎日ね。日曜日だけは休み。それが彼といっしょの時間。林:ところで『どんぐりと山猫』を訳した時は、早池峰山へは行かれたんですか?ニコル:いや、3、4冊がすでに出来上がり、それを清六さんが納得して招待が来るまでは行かないよって雁さんが言ってたから、その時は行っていないんです。それで実際に見ていなかったので、翻訳する時には写真とか、ドキュメンタリーとかを参考にしました。行ったのはその後、3年くらいたってから。作品に出てくる自然は僕の住んでいる黒姫に似ているところも多いから、何かわからないときには、どこかあるいて確かめてみた。(中略)林:まあ、黒姫のニコルさんの住んでいる山々の風景にも、実際に賢治さんの作品にある原風景みたいなものがあったわけですか。ニコル:うん、そう。おお ニコルさんが黒姫山に住むようになったのは、谷川雁さんとの付き合いがあったからなのか。ネットで「アファンの森」を見つけたので、見てみましょう。アファンの森より<アファンの森が生まれるまで>世界中の自然を観てきたC.W.ニコル。北には流氷、南にはサンゴ礁と、世界でもっとも生物の多様性に富んだ風土を持つ国は、日本だと言います。そこに住む人々は、自然を愛する繊細な文化を持っていましたが、残念なことに、高度経済成長期以降、経済の発展のためにその自然の素晴らしさに背を向けるようになります。樹齢400年以上のナラ、ブナ、トチなどの大木が一瞬にして切り倒され、スギやカラマツの人工林になってしまいました。人間の都合のいいようにつくりかえられてしまった森は、野生動植物を育んだり、水をきれいにしたり、土をつくったりす森本来の力を失っていきました。
2018.11.16
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本屋の店頭で『定年バカ』という新書を手にしたのです。定年のときの記憶も薄れつつある大使であるがが・・・この本の目次にならんだ数々のバカが気になったので、つい購入したのです。本は図書館で借りるものとなってしまった大使にとって、新刊本を購入するのは久しぶりのことでおます♪【定年バカ】勢古浩爾著、SBクリエイティ、2017年刊<「BOOK」データベース>より定年後に続く、20年、30年という人生を思うと、人はいろいろと考えてしまう。生きがいは?健康は?老後資金は?などなど。しかし、多彩な趣味や交友、地域活動などを通じて充実した定年後を送ろう、いや送るべきという「圧」が昨今やたらと強くなってはいないか?無理して「地域デビュー」なんてしないほうが互いの幸せだったりもする。「なにもしない生活」だってアリなのではないか。<読む前の大使寸評>この本の目次にならんだ数々のバカが気になったので、つい購入したのです。本は図書館で借りるものとなってしまった大使にとって、新刊本を購入するのは久しぶりのことでおます♪rakuten定年バカp74~76■なにもしない自由 なにもしていないと、「家でゴロゴロしてばっかり」と、まるでダメ人間の象徴のようにいわれる。しかたのないことである。生きているように見えないのだ。しかし、なにもしなくてもいい、という在り方に一定の理解をしめしている人がいる。1941年生れの老年精神医学者の竹中星郎氏である。めずらしい人である。 「巷に流れている『・・・するな』といった戒律や『・・・すべし』という説教には違和感があった。もっと自由に生きたほうがいい。健康法や生涯教育などクソ食らえだと思っていたが、精神科医がそれをいうのは憚られた。しかし多くの高齢者の生き方をみて、必ずしもまちがいではないと思えるようになった」(『高齢者の孤独と豊かさ』NHKブックス)。 またこうもいっている。「一人でいることができるのは大きな能力でもある。それは孤独に直面したときに、それに耐える原動力となる」 竹中氏は「なにもしないことは悪か?」という問いを設定している。竹中が対象としているのは高齢者で、定年退職者ではない。しかし、高齢者・定年者にかぎらず、こう自問するだけでも稀有なことである。世間では「なにもしないこと」は無条件によくないこととされているからである。考えるまでもないのだ。 竹中氏はこういっている。「老年期に恐れるべきことは、心の貧しさである。自分らしく自由にいきいきと生きることを見失ってしあい、すべてのことに興味や関心がなくなる。人との交わりがなくなり、孤立する。そのような生き方である」。なにもしない人の最終地点であろうか。わたしは、そうなったら、それでしかたがないと思う。 「なにもしない生活が精神的によいとはいえない。豊かとはいいがたい。しかし、働くことが是であり、なにもしないことが悪であるという価値観を老年期にもちこむのは検討の余地がある。このなかなか答えのでない問題に直面して家族や関係者が悩むのは、そのかたわらに居つづけることが辛いからである。彼らは、なにもしない老人に対して焦る。施設のスタッフは、自分がなにも仕事をしていないのではないかと不安になり、ゲームや歌にはしる。大勢をあつめた催しは高齢者のためではない」 これはたぶん75歳以上の高齢者についていわれている。しかし定年者にとっても示唆にとんでいる。「高齢になってからは自分のために生きることを柱にする。ボケないためといった将来の不安のためでも、人のためでもなく、自己本位に自由に生きることである」ウン ある意味、卓見ではあるなあ。 『定年バカ』3:この本の結論p25~27『定年バカ』2:終活バカp168~169『定年バカ』1:夫と妻の地獄p188~191
2018.11.16
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図書館で『オフ・オフ・マザー・グース』という本を、手にしたのです。おお 和田さんが訳したマザー・グースではないか・・・絵本はやはりイラストレーターが訳するのがええでぇ♪【オフ・オフ・マザー・グース】和田誠訳、筑摩書房、1989年刊<「BOOK」データベース>より和田誠の新訳60篇。原詩の韻にこだわって。やっぱりマザー・グースは面白い。<読む前の大使寸評>おお 和田さんが訳したマザー・グースではないか・・・絵本はやはりイラストレーターが訳するのがええでぇ♪rakutenオフ・オフ・マザー・グース和田さんの「あとがき」の続きを見てみましょう。p177~179<ちょっと長めのあとがき> そしてやはりマザー・グースは面白い、と思った。面白さもさまざまだが、いちばんの魅力は「いい子」の登場が少ないことだ。教育を目的とした唱歌とは違い、自然発生的、読み人知らずの無責任さがある。一見教訓的なやつも、それは道徳ではなく、生活の知恵のようなものだ。残酷なところや、イメージがとんでもなく飛躍するところも面白い。 信じられないほどのイメージの飛躍の一つは風刺や寓意によるものだろう。事件なり時の権力者の電動なりを遠まわしに歌にする。当時の人にはよくわかったものが、今は事件の方が忘れ去られ、言葉の面白さだけが残る、そういうことが大いにあるのだろう。そしてもう一つ大事なのが韻の問題。押韻にこだわるために、とんでもない言葉を持ってきてしまう。そのためにナンセンスな面白さが生まれる。 「豚」と「かつら」は日本語では何のつながりもないが、実はpigとwigという密接な関係がある。意味の上ではこの組合わせは、ナンセンスなものとなる。ハンプティ・ダンプティは塀wallの上に坐っていたから墜落fallしたのである。坊やの名がJack Hornerだから隅っこcornerに坐っているのである。コック・ロビンを殺したのは雀sparrowであるなら、武器は矢arrowでなければならない。 ここのところを何とか日本語におきかえようと頑張ってみたのが、わたくし版マザー・グースなんです。原詩を正確に日本語化しつつ韻にもこだわるのは、基本的に無理な話ではあるけれど、やってみると意外にすらすらできるものである。無理矢理ねじふせなければならないものもある。とうてい不可能なものもある。 谷川さんもいくつか語呂合わせを主体に訳す試みをしているが、全体の中ではわずかなものだ。無理をすると詩的な味わいをそこねてしまうし、できるだけたくさん翻訳しようという試みから遠ざかることになるからだろう。ぼくの場合は言葉遊びと割り切って始めたので、いささか強引なものもないではないが、完訳をこころざしたわけではないから、できないものはさっさとあきらめて、とにかく60篇をここにまとめてみた。 原詩を載せているから対照していただけるといいのだが、意訳というより誤訳じゃないか、と叱られることもあるかも知れない。例えばラヴェンダーの色は原詩ではblueとgreenである。ぼくは青とむらさきにした。緑と紫では違うけれど、greenはqueenとの関係において緑なのである。queenをおきさきとしたので、この場合むらさきがちょうどいい。逐語訳としては間違いだが、韻を大切にする視点ではこれも正しいのではないかと思う。それにラヴェンダーの花が紫というのは間違いではないし。 コック・ロビンの歌におけるsparrowとarrowのような関係は、この歌に出てくるたくさんの動物たちすべてに当てはまることである。動物の名と動物の役割がすべて語呂合わせになっているのだ。そこを生かすために、何匹かの動物はやむなく代役を立てなければならなかった。Robin、つまりヨーロッパコマドリは、イギリスの国鳥ともされる馴染み深い野鳥であり、様々な伝承に登場する。(ウィキペディアより)『オフ・オフ・マザー・グース』2:ハンプティ・ダンプティ、他『オフ・オフ・マザー・グース』1:ねことヴァイオリン、他
2018.11.15
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図書館で『清水義範ができるまで』という本を手にしたのです。おお 小説家になるためのハウツー本やないけ♪・・・というわけで、小説家を目指す大使は、迷わず借りたのです。なお、帰って調べてみるとこの本を借りたのは2度目であることが分かりました。さらにこの本は、先頃、大学の文化祭のバザーで50円でゲットしたわけで、かなり複雑な経歴を持っているわけでおます(笑)。【清水義範ができるまで】清水義範著、大和書房、2001年刊<「BOOK」データベース>より稀代のパスティーシュ作家はいかにして生まれたか。好きなコトバのあれこれから、創作の秘密、ヘンテコな本の話まで人気作家のすべてがわかるはじめての自伝的エッセイ集。<大使寸評>稀代のパスティーシュ作家でも、自分の特性を見つけるのに数十年間、悩んだようですね…小説家を目指す大使の行く末に暗雲が湧き上がるようでおま。shogakukan清水義範ができるまで清水さんが日本語について語っているので、見てみましょう。p109~111<日本語は守りきれないなあ> ある週刊誌から取材を受けた。あんまり私に似合わないテーマの取材だ。 おじさんたちには、今の若者が我慢の限界を超えたひどいものに思え、ガツンと叱りつけなきゃ気がおさまらんぞ、という特集記事のための取材だった。 その依頼を受けた時、私は念のためにこう言った。 私はどちらかというと若い人に点が甘く、その未来に期待しているので、そちらの期待通りには叱りつけないと思うが。 そうしたら、いろんな人から意見を集めたいのでそれでいい、という。それでも若い人に言いたいことはあるでしょうし、と。 そこで、取材を受けたのだが、やって来た記者が20代半ばといったところで、私から見ればあさに若者だったのが、おかしかった。 私は思わず、「あなたにはこの取材は違和感があるんじゃないの」と言ったが、「実は、少し・・・」なんて言ってた。 でもまあ、話はした。記者は、多くの人が若者のこんなところに怒ってるんですが、というのを並べたてた。 人前で男女がいちゃつく。 電車の中で、床にしゃがみこんだり、化粧したりする。 バカ丸出しのファッションに狂う。 礼儀をわきまえない。 私はこう言った。流行や風俗に対しては、怒っても無意味です。時にはヘンなことがはやることもあるけど、どうせすぐすたれるし、そう重要なことでもない。 それから、公徳心のようなものが失われ、日本人の精神文化が壊されていくような気がして腹が立つというのは、いつの世にもあることです。でも案外、根本のところでは日本人は日本人のままで、そう心配することはないんです。 たとえば若い人たちの発言をきいていると、みんなの迷惑を考えずに自分だけよけりゃいいって考えるような奴って、最低だよな、なんて言っている。約束したことは絶対守るのがまともな人間の条件じゃん、とか。 思いのほか、みんなの調和を気にしているのだ。まさしくそれが日本文化だよなあ、と思う。少なくとも、全体の中で自分をスポイルされることなく生きていきたい、と発言する若者はあまりいない。 結局のところ、髪型や服装やしゃがみこみや身勝手は大きな問題ではないのだ、若いってことはそういう愚かなものだってことだ。でも、いつまでも愚かなままではないかもしれない。いやでもほとんどの人間は成長するのだから。今の若者が成長した時、我々より優秀だという可能性はちゃんとあるのである。 だが、そんなふうに思う私にも、今の若者への苦言がないわけではない。叱りつけたいこともある。(中略) もう少し、科学的思考力の方向に努力しなさいよ、と私は言いたい。 それから、世界の中の一員として生きていると認識して、最低限は世界を見なさいよ、というのも言いたい。大学生が本をあまり読まないことはもう目をつぶるから、オランダってパリにあるんだっけ、みたいなことを言う大学生ってのはやめてほしい。そこまで、ただ楽しきゃいいで生きているのかと思うと悲しくなってくる。ウン 清水さんはパスティーシュものだけでなく、真面目なことも書けるんだね♪・・・いや、冗談でなく、大学生はもっと本を読んでほしいと思う大使でんがな。『清水義範ができるまで』2:私がきいている昭和p29~31『清水義範ができるまで』1:どんな小説を書きたいかp8~11
2018.11.15
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図書館で『どうしてニッポンはこんなに便利で息苦しいのか?』という本を、手にしたのです。9年前刊行の本であるが・・・わりと今日的なテーマのタイトルではないかと思ったのです。週刊SPA!の連載エッセイ『ドン・キホーテのピアス』の単行本化13巻だって・・・こんな連載エッセイがあたことも知らんかったで。【どうしてニッポンはこんなに便利で息苦しいのか?】鴻上尚史著、扶桑社、2009年刊<商品の説明>より混迷を極める現代社会。ネットでは極端にセンシティブで歪曲されたコミュニケーションが横行し、現実社会でもそのいびつさが侵食。人々は、コミュニケーションにおいて非常な不安を感じている。われわれが生きていくうえで、人は人にどう対応し、どう付きあっていくべきか?<読む前の大使寸評>9年前刊行の本であるが・・・わりと今日的なテーマのタイトルではないかと思ったのです。週刊SPA!の連載エッセイ『ドン・キホーテのピアス』の単行本化13巻だって・・・こんな連載エッセイがあたことも知らんかったで。rakutenどうしてニッポンはこんなに便利で息苦しいのか?9年前に「空気を読む」が語られているので、見てみましょう。p208~211<みんな、「気配りのファシズム」に疲れ切っている> 「空気を読む」という言い方は、もうすかり定着したようです。「空気を読めない人」と言われてしまうと、けっこうなダメージを受けるようになりました。 安倍首相(連載当時)のかたくなまでの首相続投の態度は、とても、「再チャレンジ」を政策のモットーにしていた人とは思えないのですが、まさに「空気を読めない人」の代表と思われているようです。 考えてみれば、小泉元首相は、「空気を読む」のが得意な人でした。それだけの人だったと言ってもいいかもしれません。 その場でどんな発言をすれば、聴衆は興奮するのかを、瞬間的に生理的に自動的に理解して表現できる人でした。 空気を読めない原因は、空気を読んでいる時間も能力もないということが一番です。 空気を読まずに何を読んでいるかというと、「自分」です。「空気」とは、みんなの顔色だったり、周りの雰囲気だったり、それぞれの関係性だったりします。 もっと馴染みの言葉で言えば、「世間体」です。なんのことはない、若者が「空気、読めよ」と突っ込んでいるのは、「世間さまの声を聞けよ」とか「世間体を気にしろよ」と言っているのと同じなのです。んまあ、日本人の変わらないことよ(笑)。 ですから、「空気を読む」の反対語は、「自分を読む」になります。 自分のことを一生懸命考えているから、周りのことが見えなくなるのです。人間の能力には限界がありますから、自分のことを深く考えながら、同時に周りのことにも気を配るなんてことは不可能なのです。ま、よっぽど器の大きい人は別でしょうが。 でも、人間ですから、自分のことをまず深く考えたくなります。自分の可能性やら、自分が周りからどう見られているあやら、自分がどう振る舞えばいいのかやら、そんな自分のことで頭の中は一杯一杯になります。それは、とても自然なことです。(中略) いきなり大きなことを言えば、「空気を読む」ことを大切にすることは日本人の美徳だと僕は思います。けれど、「空気を読むことだけが上手になる」ことは、日本人の不幸だろうと思うのです。 なぜなら、「空気を読む」ことが上手になればなるほど、「自分を読む」ことがおろそかになるからです。みんなが気を使っている世界は素敵ですが、気だけを使って疲れ果てている世界は貧しい世界です。 沖縄のブームがずっと続いているのは、僕は、みんなが、ずっと「空気を読み」続けることに疲れているからだと思っています。 みんな、「気配りのファシズム」とでもいうものに疲れ切っている、と僕は思っています。 と、考えると、安倍首相は、ただの「空気が読めない人」なのか。それとも、「空気を読んだ」上で、みんなの気持ちがわかった上で、なおかつ、それを無視して続投を主張しているのか。『どうしてニッポンはこんなに便利で息苦しいのか?』1
2018.11.15
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図書館で『どうしてニッポンはこんなに便利で息苦しいのか?』という本を、手にしたのです。9年前刊行の本であるが・・・わりと今日的なテーマのタイトルではないかと思ったのです。週刊SPA!の連載エッセイ『ドン・キホーテのピアス』の単行本化13巻だって・・・こんな連載エッセイがあたことも知らんかったで。【どうしてニッポンはこんなに便利で息苦しいのか?】鴻上尚史著、扶桑社、2009年刊<商品の説明>より混迷を極める現代社会。ネットでは極端にセンシティブで歪曲されたコミュニケーションが横行し、現実社会でもそのいびつさが侵食。人々は、コミュニケーションにおいて非常な不安を感じている。われわれが生きていくうえで、人は人にどう対応し、どう付きあっていくべきか?<読む前の大使寸評>9年前刊行の本であるが・・・わりと今日的なテーマのタイトルではないかと思ったのです。週刊SPA!の連載エッセイ『ドン・キホーテのピアス』の単行本化13巻だって・・・こんな連載エッセイがあたことも知らんかったで。rakutenどうしてニッポンはこんなに便利で息苦しいのか?“理不尽な暴力”が語られているので、見てみましょう。p53~57<ブログ炎上の背景にある正義感とは?> 今年も終わりますねえ。1年が終わり、1年が明けるというのは、それだけで、なんだか希望を感じたりするのですが、そんな時に、ブログの炎上の話を書くなんてのは、じつに、切ないもんです。 けど、まあね。それも、人生。 いきなりのことを書けば、どの時代にも、“理不尽な暴力”はありました。 いえ、“理不尽な暴力”は必要だとさえ言えます。 それは、暴走族だったり、校内暴力だったり、学生闘争だったりしました。 いじめ、という形で今は続いています。 そして、ブログの炎上というのも、じつは、この時代の“理不尽な暴力”だと僕は思っています。 人間は、理不尽な存在です。自分の感情をちゃんとコントロールして、自分の理想と現実の折り合いをつけながら、上手に生きている人は、そんなにはいません。いや、まったくいないかもしれません。そこには、必ず、さまざまな感情が生まれ、それを解消させるために、“理不尽な暴力”を必要とします。ただし、問題は、そのレベルと方法です。 という話に進む前に、NHKBS2の『クールジャパン』のことです。前回、書きましたが、番組中の僕の発言に対して、2ちゃんねるやあちこちの掲示板で、誹謗中傷のお祭りが盛り上がったのですが、僕なりに理由を考えると・・・。 2ちゃんねるにアップされた一部分の動画だけではなく、番組全体を見れば、僕のフランス人アニメオタクに対する口調が、「国辱もの」でも「逆切れ」でもないと分かってもらえると思うのですが、それでも、荒らしが殺到したのは、これはもう、僕がお笑いの世界やコメント業界の中で有名人でなかったということです。 テレビ的に、あれくらいのつっこみをしている人は、有名人なら普通にいます。いますが、問題にはなりません。僕はテレビの世界が認める有名人でないので問題になったのです。島田紳助さんが同じことをやっても、何の問題にもならなかったでしょう。 そして、もうひとつ、これはとても大切な点だと思うのですが、匿名で抗議した人は、たぶん、「外国人の友達がいない」人だと思います。僕は、『クールジャパン』と言う番組のスタンスを、「普通の友達づきあい」でやろうとしています。(中略) 人間は“理不尽な暴力”を抱えている存在です。けれど、人間は、自分で自分の暴力を“理不尽”と呼ぶことは認めません。そうしてしまうと、自分が、ただの狂犬にんってしまうからです。 理不尽な暴力ではなく、正当な暴力である、という保証がなければ、人は、それを吐き出しません。たとえ、「肩がぶつかった」でも「メンチを切った」でも、とにかく“正当な理由”が必用なのです。 じつは、僕は、今回の騒動の中で、(たぶん)一番最初に、2ちゃんねるに画像をアップして、抗議を開始した人物のブログにたどりつきました。彼は、「日本人として本当に恥かしい」「この男は、日本人の恥だ」と書き続け、最後に、「さあ、最大の荒らし祭りが始まる」と結んでいました。 僕が驚いたのは、ブログを炎上させようと決意することに対する、ためらいのなさどころか、誇らしさでした。堂々と、自分は正義をしているという自信に溢れて、「最大の荒らし祭りが始まる」と書いていました。その自信と誇らしさは、感動的でさえありました。 それは、2ちゃんねるで悪意の書き込みをしている人達の後ろめたさとは正反対の匂いでした。 この自信は、いったい、どこから来るのだろうかと僕は驚きました。9年前に“理不尽な暴力”が語られていたのだが・・・折りしも12日に、NHKクロ-ズアップ現代+で深刻化するカスタマーハラスメントが放映されたのです。2018年11月12日暴言に土下座! 深刻化するカスタマーハラスメントより「死ねと言われた」「土下座を強要された」「SNSに実名をアップされた」など、顧客によるサービス提供者への過剰なクレームや迷惑行為(カスタマーハラスメント)が、今問題になっている。 あるアンケートによると、回答者8万人のうち、およそ7割が顧客からの迷惑行為に遭遇したことがわかった。精神疾患になったケースも600人近くいた。最近では、一見ごく普通の人が突然キレて暴れ出したり、企業に繰り返しサービスを求めるなど、クレームの内容が多様化・深刻化している。 背景には、日本の質の高いサービスが消費者の間に「過剰期待」を高めたことや、社会全体の不寛容化・格差の広がりなどもあるという。行き過ぎたクレームは対応する企業の人材不足を加速させる要因にもなっており、「お客様は神様」とばかり言ってはいられない状況だ。厚労省も、実態のヒアリングをはじめた。8万件のアンケートをもとに、カスタマーハラスメントの実態を明らかにし解決の方策を考える。 ある企業に寄せられた、顧客からのクレームです。“クソみてーな対応してるってよ、ネットでさらしたほうが効果あるんだろうな。お前らの実名さらしてやろうか。” 恫喝まがいの言葉。“どんなことしても、お前、追い詰めたるからな。覚えとけよ。” こうした悪質なクレームが今、深刻化しています。流通、サービスなどに携わる人が加盟する労働組合では、現場へのアンケートを実施。回答を寄せた8万人のうち実に7割が、顧客からの過剰なクレームに苦しんでいました。居酒屋で「自分の靴が見つからない」と腹を立てた客に、朝まで正座をさせられ、靴代も弁償。弁当を買った客に、「たれが車にこぼれたから」と、シートの洗浄代として2万円を要求された。女性従業員の体にしつこく触る客に困り警察を呼ぶと、逆恨みし、ネットで名前を公開された。「カスタマーハラスメント」と呼ばれる顧客からのこうした行為。その被害は業界を超えて広がっています。ウーム 世の中に余裕がなくなったというか、不寛容さが増してきたようですね。とにかく空気を読むような同質社会ニッポンでは、日本独自の不寛容さが現れるので、このあたりを何とかする必要があるようでんな。
2018.11.14
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図書館で『オフ・オフ・マザー・グース』という本を、手にしたのです。おお 和田さんが訳したマザー・グースではないか・・・絵本はやはりイラストレーターが訳するのがええでぇ♪【オフ・オフ・マザー・グース】和田誠訳、筑摩書房、1989年刊<「BOOK」データベース>より和田誠の新訳60篇。原詩の韻にこだわって。やっぱりマザー・グースは面白い。<読む前の大使寸評>おお 和田さんが訳したマザー・グースではないか・・・絵本はやはりイラストレーターが訳するのがええでぇ♪rakutenオフ・オフ・マザー・グース感想その1のスタイルを踏襲して、この本を見てみましょう。p34~35<ハンプティ・ダンプティ>ハンプティ・ダンプティ 塀の上でらくらくハンプティ・ダンプティ おっとついらく王さまの家来馬にのった部隊誰もハンプティをもとにもどせない<HUMPTY DUMPTY>Humpty Dumpty sat on a wall,Humpty Dumpty had a great fall.All the King's horses,And all the King's men,counldn't put Humpty together again.もうひとつ、おまけだ。p114~115<悪魔>セント・ダンスタンの昔ばなし悪魔の鼻に焼け火箸十マイルもの丘をこえきこえた悪魔の叫び声<THE DEVIL>St. Dunstan, as the story goes,Once pulled the devil by his nose,With red hot tongs, which made him roar.That could be heard ten miles or more.和田さんの「あとがき」の続きを見てみましょう。p162~163<ちょっと長めのあとがき> ポピュラーソングの中の引用に気づかせてくれたのは、アル・ジョルスンの歌うI'm Sitting on Top of the Worldで、世界の頂点に坐っているような気分、と歌われる恋の歌であるが、あまり高いところにいるから「ハンプティ・ダンプティのように落ちてしまいそう」という一節があり、この歌詞を初めて知った時はこの部分の意味がわかららなかった。学生時代あるで勉強をしなかったので、ぼくのわずかな英語の知識は全部アメリカ映画の題名とポピュラーソングの歌詞から得たものである。 アメリカの歌の歌詞をさらにしつこく読むようになったのは大学を出てからのことで、「ジャック・ホーナーのように隅っこに坐って」(Black and Blue)とか、「牛がとびこした」(This Isn't Love)などという歌詞に出くわして喜んだりした。サイモンとガーファンクルの歌うScarborogh Fairには「パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム」という繰り返しが使われているが、この原点がマザー・グースであることは、ずっと後にぼくが谷川俊太郎訳の「マザー・グース」に挿絵を描いた時初めて知ったのだった。 大学時代からはかなりはっきりとイラストレーターを目指したので、資料として外国の絵本を集め始めた。当然マザー・グースもある。アリスとマーティン・プロヴェンセンのもの、ジョセフ・ロウの絵文字によるもの、怪奇漫画のチャールズ・アダムスによるものなど。そしてベン・シャーンにはA Partridge in a Pear Treeがあり、これは「クリスマスの1日目」から始まり、二日目、三日目と十二夜まで詞がつみ重ねられてゆく歌。一つの歌で洒落た大人の絵本になっている。おお ついにベン・シャーンまで登場したか♪『オフ・オフ・マザー・グース』1
2018.11.14
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