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数日間にわたっての心理学講座に参加して考えたことを書きます。この記事は心理学についての学問的なことやその講座での内容、直接の感想ではなく、あくまでも私個人が印象的だったこと、考えたことを述べただけなので、そう思って読んでください。心理学はそもそも19世紀後半フロイトより始まった新しい学問です。二千年以上の歴史を持つ哲学や数学などに比べ、本当に新しいすぐ前の時代です。そして初期の心理学者で有名な人、ユング以外のフロイト、アドラー、フランクルはいずれもユダヤ人でナチスの迫害に苦しめられ特にフランクルは自身が収容所に入れられ家族を殺されるという壮絶な体験をしています。人間の心について考える心理学が始まったきっかけは精神病、ヒステリー患者の治療を行っている時でした。人間の心には意識できない無意識の領域があるという発見から、心について深く調べるという学問が始まりました。社会に適応できない苦しい状態が続くのはなぜか、どうすればその苦しさがなくなるのか、人の心の不思議について考えることは、人とどう付き合うかということにもつながります。仕事先に恐いお局様(笑)がいてもその人が何に価値をおいているか、どういうきっかけで怒り出し手がつけられなくなって攻撃されるか、そういうことがわかっていれば間違って地雷を踏むこともなく自分も相手のお局様も気持ち良く仕事を続けることができます。心理学を学ぶことで、直接カウンセラーにならなくても人間関係をよくすることができ、不必要な争いを避けることができると思います。さらに自分の生きる意味、使命について考えることは大切だと思いました。使命と言うと大げさですが、子供でも自分のよさ、価値がわかっていて十分に認められ愛されていると実感できれば、他の子に対して違いがあってもその子のよさを認めることができるようになり、いじめや暴力を防ぐことにもなるでしょう。心理学という学問を直接教えることは難しくても、小さな子供の頃から自分の価値そして他の子のよさを考えることはとても大切だと思いました。創成期の有名な心理学者はユング以外ユダヤ人でいずれもその人生の中で迫害を経験しています。心理学、人の心の不思議について深く考え、違う信念や価値観をもつ人間とどうつきあうかと考えることは、辛い症状をなくして生きやすくなる、職場でのお局様対策に役立つということももちろんですが、民族や宗教、信念の違いによる迫害や悲惨な出来事を止める力にもなる、ということを強く感じました。
2015年01月26日
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続けてスペイン人作家の小説について思うことです。「風の影」という小説の中、Fというものすごく残忍な悪人が出てきます。主人公の少年DはKという謎の作家が書いた小説に魅せられKについて調べていきます。作家Kは少年時代にある金持ちの援助を受けて途中から金持ちの子ばかりがあつまる学校に転入します。そこには特別枠で入った守衛の息子Fもいました。Fの家は貧乏なだけでなく自分は上流婦人、お姫様だと信じているズレた母親と情けない父親がいました。Fは学校で友達もいなく孤独でしたが、転入生KはそんなFにもやさしく声をかけ、彼を自分がすぐに仲良くなったグループに誘います。グループの中でも特にKと気があい、フロイトに夢中になっていた少年MはFのことも冷静に分析して彼は危険だとKに警告しますが彼は気にしません。やがてFは密かに好きになっていた女の子に振られ、グループの仲間にも侮辱されるということがあって、友人達、特に最初に親切にしてくれたKに激しい憎悪を抱くようになります。Fはやがて独裁政権の中で頭角をあらわします。屈折した者が、異常な政権の中では逆に力を持ってしまう、それは小説の中だけでなく歴史上の人物でもたくさんいると思います。個人的な屈折した感情を持つ者が権力を持ってしまい、周りの人間もおなじような社会への不満を抱いていたために熱狂的に支持してしまう、その結果は本当に怖ろしいことになっています。
2015年01月24日
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JUGEMテーマ:読書前にスペイン人の作家ミゲル・デリーベスの小説を3つ読みました。そのどれもが自分にとって深い意味があったのであらためてここで紹介します。読んだ順番としては「異端者」「糸杉の影は長い」「ネズミ」ですが作者が発表した順で書きます。またこの3つの小説は自分の過去世とも深い関わりのあるものでした。「糸杉の影は長い」は作者の初めての長編小説です。孤独な少年の友情や恋の物語で、それぞれの場面の風景描写も素晴らしくまたストーリーも巧みなので、この作者の小説を初めて読むという人にまずお勧めしたい作品です。墓地の周りに植えられた糸杉の場面は忘れがたいものです。「ネズミ」は前の2作に感動したのでこの作者とは相性いいだろうと読んでみたのですが、まったく面白くなかったです(笑)ネズミをとって暮らしている貧しい親子の話で、結末も非常に暗い、何が言いたいのかさっぱりわからずイライラして読みました。ただこの本はスペインが独裁政権だった時に出版されたものなので、もしかしたら深い意味や批判の気持ちがこめられているのかもしれません。検閲にひっかからないように細心の注意を払いながら・・・・そしてこの本のタイトルも私の過去世と深い関わりがありました。そして作者が晩年に書いた最後の作品が「異端者」です。これは16世紀のスペインで実際にあったプロテスタントへの迫害について書かれています。タイトルから想像できると思いますが結末は非常に暗く救いはありません。でもこれは作者がどうしても書きたかったテーマ、自分の作家人生全てを捧げて書こうとした内容なので、迫力が違います。もし歴史の事実をありのままに書いたら、迫害した側のカトリックの人は反発を覚えるかもしれないし、宗教に関心のない人はあまり興味をもたないでしょう。でも小説という形で架空の人物の人生を書くことで、主人公の境遇(金持ちの家に生まれながらも、生まれてすぐ母親を亡くして乳母に育てられ、父親からは全く愛されず結婚生活も不幸な形で終わった)に共感し主人公と同じ気持ちになって迫害について知ることができる、小説というものの大きな可能性と力を実感しました。今表現の自由についていろいろ言われています。表現というのは政府が規制するものではなく自由が守られるべきものですが表現者としてそれがどういう意味を持つのか、どういう方法を用いたら一番伝えたい人に伝わるのか、それが時代が変わっても伝えられるべき内容なのか、考えるべきだと思いました。
2015年01月22日
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前世療法を受けると時々というかほぼ毎回、びっくりするようなひどい人が出てきます。政略結婚で正妻は人質扱いで情が移らないようにとあまり顔も見ず側室をたくさん持っていたくせに妻がキリスト教宣教師に憧れているらしいと聞いて嫉妬に狂い、禁止令が出たのをいいことに領内で激しい弾圧を行う殿さま、自分を批判した学者を徹底的に追い詰め、異端者として処刑する宗教改革の指導者などです。正直、前世療法というやり方で過去世が正確に出てくるとは信じていません。自分が前に見た映画やドラマ、小説などでインパクトの強いものを集めて無意識に1つの人生にしているところが大きいと思います。何をインパクトが強いものとして記憶するのか、もしかしたら本当の過去世に似ているからその話がひっかかってくるのかもしれませんが・・・どちらにしろトラウマになるようなインパクトの強い話が出てくるわけで、周りに祝福されて相思相愛で結婚し幸せに暮らしましたという過去世は少ないというか私自身はまだ1度も見ていません。登場人物は一癖二癖もある人ばかりです。暴力的な権力者は必ずと言っていいほど、自分を正統化しています。後の時代の人から見ればあきらかに酷過ぎるということでも、自分は殿さまだから、神の声を聞いた預言者だからと信じて疑わず、反対する者に対しては限りなく残酷になっています。ここまで酷くない普通の暴力夫、DVに走る人も結局は同じように自分を正統化するか、逆に劣等感や恐怖心で止められなくなるのかなとも思います。そういう暴力的な人と結婚することになった過去世の私は、現実逃避の方法として不倫や宗教に走る、あるいは無気力になるということを選んでいました。無気力になって心を動かさない、人となるべく関わらない、人の目を見て話さない、思っていることを言わない、何も期待しない・・・こういう生き方は決められた結婚から逃れられない時代なら仕方がないことなのかもしれません。でも今の自由にいろいろな生き方が選べる時代に傷つくことを怖れて無気力に生きるのは幸せなことなのか、と考えてしまいました。
2015年01月20日
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新聞でのニュースを見たり本や漫画を読んでいる時、これだけは絶対許せない、と思うことがあります。1つは子供を狙った犯罪、これはもうどんな理由があろうとも決して許されることではないでしょう。そしてもう1つは、自分の宗教や信念が絶対的に正しいとして受け入れられない人を殺したり傷つけたりする人です。これはもう歴史の中で繰り返し出てきます。その人がどれだけ知識があり純粋な信仰心があるとしても、理不尽な殺され方や迫害を受けた側から見れば怖ろしい敵でしかありません。指輪物語やハリーポッターでの敵役は本当に不気味で怖ろしい姿をしています。オークはもともとエルフであり、例のあの人だって優秀な魔法使いであった、それがなぜああも極悪非道な存在となりそれにふさわしい姿になったのか、とても不思議でした。でも歴史の中で力があり権力を握った人ほど残酷になると知ると、そのような姿での敵役が納得できました。迫害された側から見れば、そのような権力者は何よりも残忍で悪魔のような存在に思えたでしょう。無抵抗な子供を殺す、宗教や信念の違いで殺し合う、この2つはどんな時代、どんな国でもけっして許されないことだと思います。
2015年01月17日
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好きな架空の人物をあげるとしたら、映画部門では「指輪物語」のファラミア、漫画では「チェーザレ」のミゲルです。架空の人物でもその人に心底ほれ込み、その人になりきっていろいろ想像すると思いがけない考えが浮かびます。映画や漫画に夢中になるということは、自分とまったく違う立場の人物の考えや思想感情などもわかってくるということだと思います。私はミゲルに夢中になって、あの時代にユダヤ人がどういう状況に置かれていたかについてとても敏感になりました。15世紀、スペインではイスラム教徒との戦いで領土を広げていくなか、ユダヤ人への弾圧も行っています。そしてイタリアのフィレンツェでサヴォナローラのような狂信的な人間が実権を握ったということはユダヤ人のミゲルにとっては大きな脅威だったと思います。メディチ家のロレンツォが健在だった頃、フィレンツェはルネサンスの文化が栄え芸術や思想が保護されていました。でも1492年を境にフィレンツェは大きく変わります。ピコ・デッラ・ミランドラのような人文学者までサヴォナローラに傾倒してしまうのですから、その影響力は大きく、混乱した時代で不安になった市民を巻き込んで熱狂させ、異教徒迫害に乗り出すのですからたまったものではありません。けれどもサヴォナローラの神権政治は長くは続かず、やがて異端者として処刑されます。そのきっかけになったのが別の修道会からの火の試練の挑戦でした。同じキリスト教修道院でありながら、宗派の違いによる勢力争いや憎み合いがあったようです。これがうまくいかず市民の信頼を失ったサヴォナローラはチェーザレの父アレクサンドル6世によって異端者とされます。ミゲルにしてみれば1番の敵で脅威であった人物を倒してくれたのですから、このことだけでもボルジア家に生涯忠義を尽くせると思いました。そして教皇アレクサンドル6世は亡命してきたたくさんのユダヤ人をローマに住まわせました。それは金持ちのユダヤ人からたくさん税金が取れるとかボディーガードとして役立つなど世俗的な理由があったからかもしれませんが、純粋な教理に走って異教徒は追い出せ、皆殺しにしろと叫ぶ熱狂的な人物が最高権力者になるよりも、ユダヤ人にとってはるかによいことだったと思います。漫画の登場人物に夢中になることで、違う立場の人間から見たらどうかということを常に意識するようになりました。そして異なる立場の人間がどう思うか、想像力を働かせ考えることが、今の時代必要になっていると思います。
2015年01月15日
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モーニングで新しくジャンヌ・ダルクをテーマにした漫画の連載が始まったと聞いて、さっそく雑誌を購入して読んでみました。ジャンヌ・ダルクについては前から興味があったのですが、その死があまりにも怖ろしくトラウマにもなっていました。そのジャンヌの生涯が、バレエ漫画を読んで美しいだけでないシビアな世界に深く感動した山岸先生の絵で漫画化されて読めるというのはとてもうれしいです。歴史上の人物、しかもジャンヌ・ダルクのように様々な小説やドラマ、映画になっている人を漫画化するのは制約も多いし、複雑な歴史的背景も説明しなければならない、さらには宗教の問題も出てくるのでとても大変だと思います。それでもこのテーマを選んだことに作者の強い意志を感じました。冒頭、いきなりジャンヌが死刑を宣告され、牢獄から連れだされるショッキングなシーンから始まります。馬車に乗せられ魔女だと罵られる中、あれはなんだったのかと問いかけて回想します。平凡な村娘だった頃の風景、でも一見平和な村でも地主と小作の階級差があり、派閥の違う者は肩身が狭く、さらに別の村が派閥の違う傭兵によって焼き打ちされる、なんてことまであります。日常の細かいところを描きながら、自然にその時代の生活、現実がわかってくるのは漫画ならではです。百年戦争がなぜ始まったかも王家の家系図で詳しく説明してありましたが、このあたりはぱっと見ただけではなかなか理解できません。とてもややっこしいところです(笑)漫画は小説や映画と違ってすぐに先がわからないで、長い連載が続き、そこから同じファンの人とあれこれ想像する楽しみがあります。また視覚的に声や光をどう表現するか、とても楽しみです。【数量限定】【送料490円 2900円以上で送料無料】講談社/モーニング 2015年1月12日・15日合併号...価格:340円(税込、送料別)
2015年01月05日
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新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。12月31日から1月1日にかけて1泊2日で伊豆へ行っていました。私と夫、次男と私の父の4人です。子供の小さい時に千葉や伊豆へはよく行っていて、その時は水族館やテーマパークを訪れていたのですが、子供が大きくなるとそういう場所に行くのはイヤだと言い出すので、今回は主に海岸へ行ったりリフトやロープエーで山に登るのを目的としました。海岸のつり橋とか山に登って景色を見るのは夫も大好きなので、まずまず満足していたようです。ホテルは夕食がバイキングというところを選びました。夫と子供、さらに私の父も食べ物の好き嫌いが激しくて共通に食べられるものがほとんどない、何でも食べられるのは私だけなので(笑)バイキングというのがホテル選びの重要点でした。他には海の近く、温泉があるという場所を選びました。夕食は和食と洋食がバランスよく入っていてとてもよかったです。おなかがいっぱいになってベッドで本を読みながら(伊豆ではなくイタリアのガイドブックを読んでいた)ゴロゴロしていたらいつの間にか熟睡、夜8時~朝6時と10時間も寝ていました(笑)夫に起こされて朝海岸を散歩したら周りは初日の出を見る人でいっぱい、ちょうど太陽が出るあたり雲がありましたが、金色に輝く雲と太陽を見ることができました。お正月にホテルに泊まっていいのが、朝食にたくさんおせち料理が出ることです。自分で作るのは面倒だし買うのも高い、さらにこれまたおせち料理というのは私の父、夫、次男の3人がそれぞれ嫌いなものがたくさん入っている、好きなものを好きなだけ選んで食べられるというのは本当にありがたいです。そして唯一好き嫌いがない私は全種類一通り試すので朝からかなり食べることになる、体重計に乗るのが怖ろしいです(笑)帰り道、突然思いついて三島大社に寄ったのですが、初詣の人でものすごく混んでいて、並ぶの大嫌いな夫と次男に散々文句言われましたが、苦労してお参りしてきたのできっと御利益があると信じてます。そして帰りの高速道路、御殿場付近でまさかの大雪、大渋滞にはまりました。家に着く時間が予定より大幅に遅れ夜中に帰ることを覚悟しましたが、その場所を過ぎると雪も降ってなくスムーズに車は動いて無事7時くらいには家に着きました。
2015年01月02日
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