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1週間に1度スペイン語の教室に通っています。先生が過去世から見た理想のタイプ(?)、何よりスペイン語はノリがよいので毎回楽しくしゃべっているのですが、家に帰ってテキスト見ると単語の意味が全然わからない、とあせってもいます。スペイン語はフランス語やイタリア語などと同じように主語が変わると動詞の活用も変わり(6通りある)、男性名詞か女性名詞かで冠詞や形容詞の形も変わってきて、覚えるのが大変です。ただ語尾が変化するということは語尾の母音がそろって繰り返されるので自然にリズムができて聞いていて心地よいです。El punto neguro esuta a la derecha de un punto verde.エル プント ネグロ エスタ ア ラ デレッチャ デ ウンプント ヴェルデ黒い点は緑の点の右にあります。先生がホワイトボードに黒い点と緑の点を描いて説明してくれました。簡単な文章ですが、プント(点)は男性名詞なので冠詞のエルをつけ形容詞もネグロ(黒)と母音がオで終わる形にする(女性名詞の場合はネグラ)、デレッチャ(右)は女性名詞なので冠詞はラ、形容詞ヴェルデ(緑)は男性名詞と女性名詞が同じ形です。黒い点と緑の点があるという簡単なこと言うのでも、男性名詞か女性名詞かで形が変わる冠詞や形容詞のことを考え区別しなければならない、本当に面倒です(笑)ただそうして文法通りに分を作ると自然に同じ音が繰り返されリズムが出てくる、それはもう見事です。だからスペイン語は先生の真似してしゃべっている時はスラスラ言えても、いざ家で勉強しようと思うとなかなか言葉が出てこないと納得しました。リズムがある言葉と言うのは聞いていて眠くもなります(笑)1人で語学のCD聞いていると猛烈な睡魔に襲われ結局お昼寝前のリラックスに利用することも多いです(笑)またテキストのCDの会話がサービス精神が旺盛なのかとにかく効果音や感情の盛り上がりが大きい、単なる自己紹介やインタビューの会話まで、これってデートや口説いてる時の会話なの?と疑ってしまうくらいドラマチックです。スペイン語というのは普通の文章や会話でもリズムや歯切れがよいので感情をのせやすくついついドラマチックになってしまうのでしょう。ドラマやオペラにまさにぴったりの言葉なのでしょう。スペインは歴史上の人物でも激しくドラマチックな人が多いです(女王イザベルやファナなど)そして絵画や建築、小説などは世界的に有名な天才奇才が数多く出ているのに自然科学や哲学などでスペイン出身の人はいたかなと考えてしまいます。感情が盛り上がりやすい言語で生活していると文章や会話がついついドラマチックになってしまう、論理的ではなくなってくるのかもしれません。その国の言葉は、その国の気候風土や食べ物と同じように国民の性格と大きく関わっているのかもしれません。言葉をうまく使えるかどうかで人との付き合い方やその人の思考まで変わってしまいます。今の時代はテレビやパソコン、スマホなどで直接相手がいない中でのコミュニケーションも多いし、外国語の教材もたくさんあります。人相手でなく言葉を使う機会が多いので、相手の感情や関係を考えての表現が大切だと思いました。
2015年02月26日
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同じタイトルで描き続けた過去世人物について、何をしてきたか、箇条書きでまとめて書いてみます。1、大農園の次男として生まれ、兄が障害があるために 後継ぎとなれるかどうか微妙な立場にある。2、10代後半、顔がよくてモテモテだったため、農園で 働く近隣の村の娘複数と付き合い関係を持つ。3、醜い兄が貴族の血を引く美しい娘と結婚、その兄嫁に 魅かれて今まで付き合った娘と手を切る。4、兄は妻と関係を持てない。兄嫁を口説いて関係を持つ。 不倫の関係。しばらくして子ができたことを告げられる。5、邪魔な兄を殺して兄嫁と結婚しようと計画するが、彼女 の子が早く生まれ過ぎていると疑われることを怖れ、兄嫁 を海岸に誘い出し崖から突き落として殺してしまう。6、海岸で彼女の無残な遺体が発見され、ショックを受けて 家出し、遠く離れた場所にある修道院の修道士となる。7、20代の10年ほど、修道院でもモテモテとなり(笑)予想 外に快適な(?)毎日を過ごす。8、30代になって自分の罪深さをあらためて思い知り、出世 して別の大きな修道院長となり、堕落した(男同士の関係 など)修道院内に規律を作り厳しく取り締まろうとする。9、宗教改革が起こり、スペインでも新教の信者が増えてき たことで、異端者への取り締まりが厳しくなる。10、自分の使命が異端者の撲滅にあると思い込み、異端 審問の裁判や異端者の処刑に積極的に関わるようにな る。この過去世、今の私の価値観で嫌だと思うこと全部やっています(笑)モテるのをいいことに複数の女性と付き合い、兄嫁と不倫して今までの相手とは手を切る、それこそ真実の愛と思いきや、自分の都合で愛する人も殺してしまいます。ここまでだけでも、エゴの固まり、最悪の男です。それが修道院に入って自分の罪を自覚するかと思えば、またまたモテモテになるから堕落する(笑)さんざんいろいろやった後で、ようやく自分の罪深さがわかって愕然とします。ただここで自分の罪深さを知り内面を見つめればよかったのですが、地獄に落とされるかもしれないという恐怖に取りつかれ必死で神に許されるにはどうしたらいいか考えます。堕落した修道院を立てなおそうとしたり、孤児院を作ったのはいいと思うのですが、彼の恐怖は異端審問と結びついてしまいました。宗教改革の後、カトリックの教えをを固く守ろうとするスペインでは新教ルター派への厳しい迫害がありました。自分の犯した罪を怖れ、地獄へ落とされることを怖れた彼は、別の宗派の者、異端者を残酷に扱い迫害することこそ正義であり神の道、そのために自分は選ばれた特別な人間と信じてしまいます。それが正義と信じているのですから、後悔することなどありえない、結果多くの人間を残酷な方法で殺すという最悪のことをしてしまいます。正義とは自分が犯した罪から目をそらし、自分が裁かれて地獄へ落とされることを怖れた者が、異なる宗派、宗教の者を裁いて滅ぼすことで自分が犯した小さな罪など許されると信じた残虐行為の理由だと思いました。歴史を振り返ればこのような正義の人はたくさんいます。宗教改革をした人などは、自分はこんな欲望にまみれた俗世間の罪など犯していない、正しい行いだけをして神の言葉を聞き、それを広めて異端の者を処罰しただけだと言うかもしれません。でもエゴのため自分の立場を守るために酷いことをしたということは同じで、それを正義としている限りいつまでたっても他の宗派、宗教の者との真の和解、共存ができないのではと思いました。この過去世の彼がやったことは自分自身許せなく、本当に大嫌いな男なのですが、それでも正義ということに関して、さらには愛についても考えるよいきっかけとなりました。
2015年02月21日
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グループでの前世療法体験で見た過去世、15世紀スペイン北部で大農園の次男として生まれ、後継ぎの兄は生まれつき体が不自由で、さらに病気が原因で顔も醜く正常な判断力も持たなくなったが、後継ぎは長男だと父は頑固に言い張り、母に溺愛された自分は中途半端な状態に置かれて村の女の子と手軽な恋愛を楽しみ、兄が美しい貴族の血を引く娘と結婚して彼女と不倫関係になり、彼女が身ごもってしまった後謎の死を遂げる、こんな話しでした。美しい義姉が死んだ理由はなんなのか、体験で見た時に、私は自殺と思いました。自分の愛した人(義弟)が邪魔になった兄を殺そうとしていることに気付いて絶望したから、というのが主な理由です。けれどもメールやコメントでいくつか意見をいただいて考えるうちに、別の動機、真犯人が浮かんできました。真犯人は私の過去世、大農園の弟の方です。彼は考えました。身ごもっていることに気付いた時すでに数カ月過ぎていて、今すぐ兄を殺して自分が義姉と結婚しても子供が生まれるのが早過ぎると疑われる、特に父に疑われたら後継ぎになれないだけでなく、兄を殺したことまで疑われ、罪を告発されるかもしれません。投獄、拷問、最悪死刑となりますし、当時死刑となればその苦痛だけでなく死後は地獄に落とされ永遠に苦しむことになる、その恐怖は大変なものだと思います。そんな危険を犯すより先に義姉を殺して後からゆっくり兄を殺し、正式な後継者になってからあらためて結婚相手をさがした方がよっぽど安全です。そう考えて彼は自分が愛した義姉を殺しました。この考えが浮かんだ時、私はかなりショックでした。前世療法で今まで悲惨な死に方をした過去世などを見て衝撃を受けたのですが、自分が加害者、しかも身勝手な理由でというのが許せなかったです。私は昔から恋愛のドラマや小説、特に不倫関係のものは大嫌いだったのですが、その原因はこの過去世にあるのかもしれません。恋愛なんてしょせんエゴや自分の都合でやっているのにそれを美化して自分たちの世界に浸り、周りの人をを不幸にしてもそれに気付かない、そう思っていました。あんまり受け入れたくない過去世ですが、ここから人間が残酷になる原因は恐怖からかもしれないと考えました。彼は何よりも自分が罪人となり告発されることを恐れている、それは罪が現世で裁かれるだけでなく神にも裁かれ地獄で永遠の責苦を受けねばならない恐怖があるからです。恐怖がある時、人間はそうした責苦を代わりに受けてくれる者がいれば安心します。自分も罪を犯したけど、正しい宗教を混乱させる異端の説を唱える者はもっと罪深い、そうした者を見つけ出し、残酷な方法で処刑すれば人々は恐れを感じ正しい信仰を守れる、そのような正義の行いをしたのだからきっと自分は天国へ行ける、地獄へ落とされることの恐怖から人間は限りなく残酷になり、地上に地獄を作り出しています。今日2月17日は哲学者ジョルダーノ・ブルーノが異端者として処刑された日です。1600年の2月17日、生きたままの火あぶりという残酷な刑でした。正義とは何か、多くの人に考えてもらいたいと思いました。
2015年02月17日
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前回、グループでの前世療法体験で見た話、大農園の次男で、醜くて判断力も持たない兄がいたために後継者になれず、兄の美しい結婚相手と関係を持ってしまった過去世を書きました。彼はあれこれ理由をつけて邪魔になった兄を殺そうとしていました。そのことについてのいくつかのコメントやメールをいただいたのですが、それを読んであらためて考えさせられました。前世療法体験の時は主人公になりきって見ているので、その人や時代の価値観や感情で考えてしまうのはしかたがないのですが、それはその時だけでなく後まで続いていたとわかって愕然としました。ブログに書いている時も彼は兄を殺すか自分が修道院に入るかぐらいしか道はない、相手を殺すか自分が不幸になるかどちらかと狭い範囲で考えていました。不幸な兄の苦しみや悲しみを思いやるということは全くなく、ただ自分の都合、エゴで考えていてそれを正当化するためにあれこれ理由を考えています。「正義とは、相手のことを全く考えず自分が正しいと信じた者が、エゴを実現し不都合な相手を攻撃するためにあれこれ付け加えた理由」なんて考えてしまいました。そして愛についても、それまで村の女の子と気楽な恋愛を楽しんできた男に真実の愛を語る資格があるのか(笑)兄の結婚相手が並みの容姿や家柄だったら見向きもしないだろうにと無性に腹も立ちました。自分の過去世、潜在意識から出てきた人ですが、こういう男は嫌いです(笑)その後、美しい義姉が行方不明となり、海岸で変わり果てた姿(遺体)となって発見されるという2時間サスペンスみたいなシーンが突然でてきました。さて、ここでまた問題です。醜い兄と結婚していながらその弟と不倫の関係になってしまった美しい彼女はどうして死ぬことになったのでしょう?自殺と他殺の両方の線から、理由や動機を考えてみてください。
2015年02月12日
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グループでの前世療法体験会で見た過去世です。見たそのままではなく問題をわかりやすくしたりするために多少脚色してあります。私は15世紀の後半、スペイン北部の大農園の家に次男として生まれました。父は広大な葡萄畑を所有して、人を使って葡萄酒づくりをしていて、領主と言っていいほどの財産と村での権限を持っていました。2歳年上の兄は体が少し不自由で顔も醜い、逆に弟の私は美しい顔立ち、母は兄を嫌い私を溺愛していました。でも後継ぎになるのは長男の兄、私は聖職者となるように定められていました。ところは兄は10歳の時に病気にかかって顔も膨れて醜くなり、さらに頭も熱でやられてしゃべれなく正常な判断もできない状態になりました。私を溺愛する母や他の村人は私を後継ぎにすればいいと言いましたが、父は後継ぎは長男だと譲りません。やがて10年が過ぎ、兄は相変わらずの状態で大人となりました。美しい若者として成長した私は後継ぎになれない鬱憤をはらすため、村の女の子と手軽な恋を楽しんでいました。やがて兄の結婚が決まります。相手は街に住む貴族の娘、我が家の財産をあてにした政略結婚でした。彼女はとても美しい人、私は1目見て恋に落ち、手軽な恋のお相手とは全部手を切りました。結婚したからと言って兄の病状がよくなるわけもなく、お金を持ってフラフラと街にでかけてばかりいました。私の義姉はほったらかしにされ、いつしか私達は激しく愛し合うようになり、義姉は身ごもってしまいます。私は憎んでいた兄を殺すことを考えるようになりました。さて、ここで問題です。私が兄を殺すこと(直接手は汚さず人を雇う)は正しいことでしょうか?正常な判断力を持たずにフラフラと街に出かける兄はいずれ強盗に殺されるか行き倒れになるでしょう。私と義姉は互いに愛し合っていますが兄が生きている限りそれは許されぬ関係、生まれた子も私生児となってしまいます。兄が後継ぎとなれば家は没落し、葡萄畑も荒れて村人は生活に困るようになるかもしれません。すべての人が兄の死を望んでいるような状況です。あなたならどうしますか?私はこの過去世から、正義とは何かという問題を突きつけられました。2回目の体験でその答えというかその後の状況がわかるのですが、あなたならどのように考えますか?
2015年02月09日
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「生まれ変わりについて」と大きなタイトルつけていますが、実は私、サイキック能力や霊感は低い方、限りなくゼロに近いです(笑)。幽霊なんて見たことないし、エネルギーも感じない、敏感な人にとってはそばに近づくだけで足がふらつくほど強力なエネルギーを出しているらしいのですが、本人はそれを感じることができません。スピリチュアル系や心理学の講座にも何度か出ていますが、極めることはできずカウンセラーやセラピストにはなっていません。そして前世療法、過去世について何度もブログに書いていますが、それも本当に見たのかと問い詰められると自信がありません。私の場合前世療法でもはっきり場面が見えるのではなく、なんとなくストーリーや感情が浮かんでくるだけ、小説を書いたり1人芝居しているのと変わらず、妄想だと言われればそれを否定できる根拠がありません。さらによく出てくる過去世Mは16世紀のスペイン修道院で育った医者であり聖職者でもあった人、周囲のドロドロとした恋愛や権力争いをたっぷり見て聞いていて、その上聖職者として人の懺悔や告解も膨大な量聞いてそれを記憶に持っているので、もはやどこまでが彼の人生でどこから人の話なのか、わからなくなっています。そんなスピリチュアルな能力もなく、妄想たっぷりの人間が書く「生まれ変わりについて」なので、深刻に読まないでください。最近見た日本人の過去世で、2つの人生がありました。1つは戦国時代末期、政略結婚で人質同様に扱われて生きる希望がない中、異国から来た宣教師の言葉に心魅かれていきます。そしてその宣教師が病気になって看病し、自分も幼い頃から修道院にいて愛を知らずに育ったと言われ、恋に落ちます。結局彼女はその宣教師とも会えなくなり殺されてしまうのですが、生まれ変わってもう1度あの人に会いたいと強く願っていました。そして同じ国にすぐ生まれ変わり、その宣教師の生まれ変わりと信じた人と出会ってからは、今度はためらうことはありませんでした。家出して信仰生活に入り、最後は一緒に殺されてしまいます。この2つの過去世から、生まれ変わりのしくみについて次のことを考えました。まず、理不尽な殺され方をしたり、強い感情がある場合は霊となって残るよりも、早くやり残したことをしようと生まれ変わりも早くなるのでは、ということです。もちろん悲惨な出来事があって未浄化霊として残ることもあるかもしれませんが、それは魂が分裂したり、その出来事や感情を後世に伝えるためにあえて残ることを選んだ、そのように感じました。基本人間の魂はいろいろな国や時代、立場の人へとどんどん生まれ変わる、でも感情や思いが強すぎると同じ国や立場の人、あるいは立場を入れ変えてやりなおす、そう思いました。さらに思いが強ければ、魂は分裂してその部分を残す、それが未浄化霊やガイドとなって別の人生へと転生した魂にも影響を与える、そんなことを考えました。そして今、生まれ変わりやスピリチュアルに興味を持つ人が多くなったのはなぜか。今までの時代、理不尽な殺され方をしたり、強い恨みを持った人、あるいは罪を犯しカルマを背負った人でも生まれ変わってやり直すチャンスがありました。でも今の時代、戦争は人間のものだけでなく、たくさんの生き物を巻きこみ、地球を滅ぼすことにもなりかねません。宗教も思想も感情も人間が生み出したもので、絶対的に正しい者はいないのだから、それを理由に地球を滅ぼしてはいけない、そう強く思います。
2015年02月02日
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