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2020年に東京オリンピックが開催される。新国立競技場を始め、いろいろな設備、社会インフラが整備されるなど、投資が活発化し、経済が上向くと、一般に考えれている。日曜夕方、義父の入居する高齢者住宅へ。カミサンの掃除を手伝ったあと、一階のレストランで夕食をともにする。「胃酸過多で胸焼けがして、食欲がないんですよ」と言いつつ、ごはんこそお粥だが、義父はあいかわらずの健啖ぶりで、僕らと同じおかずをほぼ完食。常日ごろから「食事の量が少ない。野菜が少ない」と言い続けている。桜上水の僕ら夫婦、駒沢大学の義妹夫婦、それぞれの家からほぼ等距離にある高齢者住宅に義父が入居してこれで10年。 新築時からの入居者は、義父のほかは、もう何人もあるまい。新しく入居してきた男性陣が何人かあるが、入居条件が夫婦いづれかが65歳以上ということで、そろそろ、僕ら夫婦とあまり年齢の変わらないような方々も散見する。2010年から2020年にかけて、東京都の人口は2010年に13159千人だったものが、2020年には13315千人。社会増、自然増をあわせて約156千人増加すると見込まれている。日本全体の人口が減少する中、大阪、名古屋ですら、人口が横ばいないし減少する中、東京だけが増加する。 いいではないか、そこまでは、そう思う。だが、その中身をよく見るとき、「これはオリンピックに浮かれるだけではいかんなぁ」と愕然。2010年に1486千人であった15歳未満の人口は2020年には、1421千人と65千人減2010年に8994千人であった15歳から64歳までの生産年齢人口は、2020年には8653千人と341千人減それぞれ4%減である。衝撃的なのは、ポスト生産年齢人口の増加2010年に2679千人であった65歳以上の高齢者人口は、2020年には3241千人、562千人 21%増中でも、2010年に1234千人であった75歳以上の後期高齢者人口は、2020年には1712千人、478千人 39%増(国立社会保障・人口問題研究所 日本の地域別将来推計人口)東京は、昭和10年代、20年代生まれの人口が突出して多い街だ。この年代の人たちが、昭和30年代から40年代の高度成長期に、多く東京に移り定住、今日に至った。2020年には、昭和20年代生まれの全てが高齢者人口に、昭和10年代生まれの全てが後期高齢者人口に移行する。その結果が、この数字..........日本の人口が減少に転じた中でも2010年から2015年にかけて、東京、埼玉、神奈川、愛知の都府県人口は増え続ける。大阪、千葉では....すでに人口減が始まっている。2015年から2020年にかけて、その東京、埼玉、神奈川、愛知すらも人口減に転じていく。しばらく前に核家族化という言葉をよく聞いた。高齢者と住居を共にしない家族。というか、住居を共にしない高齢者も核家族であるから、高齢者とそれ以外が住居を共にしないということか。「家付き、カー付き、ババ抜き」と言い放ったのは、ウチの両親どもの世代に始まる。高齢者を家族の中におかないことは、高齢者とはいかなるものかを知らないということ。高齢者とはいかなるものかを知らないことは、将来、自分がいかなる高齢者であることを認識しないことにつながる。高齢者はしばしば横暴、ボケ、或いは、詐欺の被害者である。或いは、壊れたレコード(既に死語化している)のように同じことを繰り返す。僕は、これらのことの多くは、実は、単にアルツハイマーということだけではなく、自分がいかなる高齢者であることを認識しないことに起因しているのではないかと思っている。我々の多くは、この東京の家庭という狭い閉鎖空間で、いかに他者、他世代と折り合いをつけて生活するか、そのことに未熟なのではないか。「組織の中で立派にやってきた」と自負するも、実は、それは組織なる、いかに理不尽であるように見えても、そこにはルールが存在し、一般に若輩は年長者へそれなりの敬意、配慮を示す。だが、家庭においては、しばしば、その部分が、互いに無遠慮、理不尽。昭和20年代生まれの全てが85歳以上となる2040年。東京の総人口は、12308千人、うち生産年齢人口は、7129千人(2010年では8994千人)、65歳以上の高齢者人口は4118千人(2010年では2679千人)、75歳以上の後期高齢者人口は、2139千人(1234千人)と予想されている。都会の人口増を支えてきた地方の高齢化、ポスト高齢化は、都会においても、いよいよ人口減、本格的高齢化へと変化しつつある。もはや「都会に生産年齢人口を供給する地方」は存在しない。減少する一方の生産年齢人口が、増える一方の後期高齢者を支える。東京でも、いよいよそういう時代が始まった。877千人⇒901千人⇒859千人34千人⇒28千人⇒21千人96千人⇒95千人⇒69千人621千人⇒614千人⇒516千人80千人⇒102千人⇒140千人2010年⇒2020年⇒2040年と 変化する、世田谷区の総人口、5歳未満人口、15歳未満人口、生産年齢人口、後期高齢者人口の数字である。今、世田谷は待機児童日本一、保育園整備に全力をあげている。そう言っては申し訳ないが、それは、たかだか今がピーク。2-30千人の問題。それに対し、後期高齢者人口は、今後の四半世紀(2015年~2040年)、爆発的に増えていく。自分がいかなる高齢者たるかを知らずして、この時代を迎えるのは、いささか不安ではないか?4月26日(日曜日)は世田谷区長、区議会議員選挙
April 20, 2015
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経堂は、小田急線経堂駅が開設されたときからの住宅街で、それが昭和2年(1927年)であるから、東京郊外の住宅地としては、比較的古いほうであろう。先日、所用で恵泉学園のほうから経堂西通りへ車で抜けたのだが、通り沿いにある古い洋館の一角に新しい建物が建ち始めていた。こちらのお宅は、今から半世紀前に、すでに、相当に風格のある洋館で、敷地も隣地の恵泉学園の農園を含む広大なお宅であった。先年逝去されたご当主は、熱力学関係の方ならどなたでもご存知の先生で、僕らも大学2年か3年のとき、そちらの教科書にお世話になった。とはいえ、広大な敷地とお屋敷のメンテナンスは、おそらく、庭木の手入れ、掃除だけでも、相当の手が必要であり、マンション建設のご計画もあられたやに記憶するが、ご近所に遠慮なされたのであろう、恵泉学園の農地としてお使いになり、緑が現在まで維持されている。洋館も、世田谷の中では、もはや稀有のものであられるであろう。恵泉学園、或いは、経堂緑丘教会とのご縁もあり、その希少性を考えば、個人の負担に依存するよりは、世田谷区なり、そのトラストなりで維持していくことが妥当であり、その方向での動きであれば、いいのだが。もし、そうであるならば、ささやかに貧者の一灯とこれまでの建物等の維持のご苦労への感謝を捧げるものである。
April 18, 2015
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お堅い経済書の、それも大著であるにもかかわらず、全世界で100万部超え、日本語版も13万部のベストセラーであるトマ・ピケティの「21世紀の資本」時間のある先輩方はしっかりお読みのようで(多くはちゃんと経済学部の卒業で、某国立大学で経済学の教鞭をおとりの方も)、議論もなかなか興味深い。 「みんながすごいって言うから読んでみたんだけど、なーんだ、そんなことかって程度だよな。あんなこと昔から誰でもわかってることじゃない」「金持ちは、金儲けが得意だから、金持ちなんだ」「同じことが何度も出てくるだけで、言ってる内容は十分の一ぐらいで表現できる」「それは違う。 これまで経済学で理論といっても、仮説、近似の域を出なかった。それを実証したことに、価値があるんだ。同じ内容が繰り返されるように見えるが、それは、様々な角度から仮説なり、理論が、実際と合致することを検証していくプロセスだからね。アインシュタインの相対性理論が観測によって実証されたのと一緒だ」「計量経済学とかいっても、社会科学は自然科学に比べ、とてもexact scienceとは言えなかった。この論文は、経済学に科学的アプローチを導入したメルクマール的存在。どれほど褒めようと、褒めすぎということはない」「とはいえ、検証されたのは、しょせん、ある程度信頼に足るデータが、ある程度長期にわたって継続して観測蓄積できた一部先進国の範囲に過ぎない。普遍性が実証されたというにはほど遠いけどね」「経済指標は指数だろ。資本が一部富裕層に集中していくっていうけれど、一次関数的に格差が拡大してるだけで、そもそも、それは経済統計の宿命じゃない。指数関数的に格差が拡大してるならば確かに問題だが」「指数関数的に格差が拡大し、富も集中してるんだ」「だがね。冨の集中が問題というが、貧者のほうだってレベルは上がってるじゃないか」「冨、資本の範囲においては、貧者は引き続き貧者だ」「俺みたいに老後の貯蓄のないヤツはしょせん貧者ということか」「そうだ」「だがね、確かに冨は一部富裕層に集中しつつあるが、貧者とて冨の回転の恩恵には預かっている」「その、冨の回転である所得の再配分がうまく機能していないってのがピケティの指摘だろ。だけど、それは、社会主義的だと思うなぁ」「過去において所得の再配分は自然発生的であった。ところが、それでは冨が過度に一部社会階層に集中してしまう結果、格差が拡大し、それが社会を不安定にし、革命とか戦争とか、極度の社会変動につながっていく。だから、さらに、人為的な冨の再配分を加速するべきである」「だが、それはもはや経済学じゃなくて政治の領域だ」「経済とは経世済民、ギリシャ語でoikonomikos。フランス人にも政治が含まれてるニュアンスはあるさ。政治と経済が関係無い、関係しちゃいけないと思ってるのは日本人だけだ」「13万部も売れればそのうち何人かは読むだろう。日本の政治経済にも多少科学的なアプローチが根付くことになるかもしれないね」「財務省は困るんじゃないか?消費税上げるなっていうんだから」「消費税上げずに、富裕層への課税を強化せよだから、財務省的には、痛し痒し程度だろう」「だが、欧米だと単純に富裕層課税の強化だが、日本の場合、冨が集中してるのは、一部富裕層というより、企業の内部留保だからね。富裕層の課税を強化しても、企業課税は国際競争力とか言って、軽減の方向にある。このままではますます税収の低下を招く」「戦争とか革命とかがなければ、富裕層と企業はますます肥え太るか」「革命はともかく、冨の偏在の是正に戦争はニュートラルだと思うよ。そりゃあ、負ければ悲惨だけど、一人勝ちしたアメリカでは、第二次世界大戦によって、さらに冨の偏在が加速されてるじゃないか」「結局、冨の偏在の是正には不況かぁ。そうだよな。制度破綻だもんな」「エドモンド・バークは金持ちは貧乏人の貯金箱と言いましたが。金持ちが個人のうちは富裕層への課税強化でいいでしょうけれど、企業ばかりが金持ちとなって、そこへの課税が軽減の方向ということは、冨の再配分を進めれば進めるほど企業ばかりが儲かるということになりませんか?」「富裕層への課税強化といっても、課税できるのはせいぜい小金持ちまで。大金持ちは、高い税金が嫌ならシンガポールあたりへ逃げちゃえばいいんだから、結局、税金を払わない」「金持ちもそうだが、企業に金が集まるのは当然だ。企業は儲けるための組織だし、そのために人も雇うし、金をつかって研究もする。貧乏人がどこまで頑張っても叶うもんか。結局所得の再配分をいかに強化しようと、最期にその金は企業に集まって内部留保となる」「内部留保に課税せよってか?共産党だな」「企業は個人、貧乏人を搾取してますます肥え太る」 「だがね。さっきも言ったが、少なくともピケティ本のデータとなっているような国では、格差は確かに広がってるんだろうが、最低水準の貧乏人の生活レベルだって、それなりに上がってるんだ。金持ちがさらに儲けたからと言って、貧乏人がさらに貧乏になったわけではない。生きてくため最低限の固定費以上のものは、国が保障する制度がある」「つまり、冨の再配分をいくら進めても儲かるのは企業ばかりで、それを負担してるのは国家財政なんだ」「僕は、実は、ピケティはアベノミクスの正しさを証明したとも言えると思ってるんだ」「どこがぁ?だって、ピケティは、逆進性の強い消費税は冨の偏在を助長するから適切じゃないって言ってるんだぜ」「消費増税はアベノミクスじゃないよ」「さっき政治と経済は不可分だって話しだったでしょ。経済に科学的アプローチを導入したってことは、政治に科学的アプローチを導入するってことでもあるわけよ。ピケティは先進資本主義国における冨の分布を時系列にミクロレベルでまとめてデータベース化した。そこでは、冨は人為的に再配分を強化せねば、さらに富裕層に蓄積され、それは格差を拡大し、社会を不安定にしていく可能性がある。でも、日本では冨は企業に偏在する。一方、これはどの国でもそうだが、税による冨の再配分にはコストがかかりすぎる。科学的アプローチは、もっとコストがかからず、抵抗も少ないやり方で冨を再配分する方法を提供する可能性を提示するかもしれない」「そんなことが可能なわけがない」「できるさ。俺だって考えついたもの。年金で株買えばいいのさ」「そんなこと、もうやってるし、株式投資はリスキーじゃないか」「もっと株式投資に集中すべきだと僕は思ってる」「確かにGPIF改革はその方向だが、強烈に批判を浴びてる」「だけど、ピケティ理論は、少なくとも日本に限っては、冨が企業に偏在していくことを証明してることになっている。偏在するのが自然なら、それを利用すればいいのさ。長期的には株はあがる。だからそこに投資する」「僕はそうは思わない」「しょうがないよ。ピケティを翻訳した山形君は野村総研の社員でMIT留学組。ピケティの仲間だもん」「...............」 :::::::::::::::「みすず書房から日本語版が発売される前は、”21世紀の資本論”の書名で紹介されていたでしょ。僕は論がついてるほうが良かったんじゃないかって思うんだ。だけど、それだとちょっと当たりすぎてて怖いかもね。同じマルクスでも資本論じゃなくて、共産党宣言のほうなんだけどね」「一つの妖怪がヨーロッパにあらわれているってヤツね」「まさにそれだ。共産主義をISILに、ヨーロッパを世界に置き換えてみると、まさに、それは今日の世界そのものなんだなぁ。欧米は、キリスト教の立場からISIL、あと、アルカイダとかを捉えて、イスラムという枠の中で考えてる、というか、イスラムという枠の中に押し込めておこうとしてるんじゃないか。イスラムって枠をはずして、ISILが貧困、格差の中から出てきていることを考えると、ひょっとして、ISILは21世紀の共産主義じゃないかって。怖すぎるものなぁ」「それとピケティとどこに共通性があるのかな?」「所得格差の拡大は資本主義社会における普遍的傾向というのを、ちょっと変えれば、所得格差の拡大は資本主義世界における普遍的傾向となる。ピケティは個別の国ごとに、その国内社会での所得格差拡大を指摘しているけれど、ISILは国家の枠を超えて拡散している。そこで、所得格差のほうも国家の枠を超えて考えてみると、これまで国家間では相対的だった所得格差が、絶対的な格差であることが、改めて認識される」「自明だな」「所得格差の拡大が資本主義世界における普遍的傾向であるならば、だ。そこでピケティくんなんだが、格差是正のためには、累進課税の富裕税を導入して所得の再分配を図るという手段を提言している。ところが、しれは資本主義社会、資本主義国家のことであり、資本主義世界化しつつある今の地球において、果たして、ISILのような問題の解決に、累進課税の富裕税が有効であるだろうか?」「税の使途のひとつであるODAは、ある意味、国家間の所得格差是正策ではあるが、国家の枠を超えた、或いは、破綻した国家にはびこるISILのような問題に対しては有効ではない」「そこでまた、ピケティくんだ。20世紀資本主義社会において、所得格差の拡大が抑制された実績は、恐慌と戦争だった。さすれば、ISILが、ああいう形で紛争を引き起こすことは、そのように意識してのことであるかどうかはわからないが、確かに一理あるとも言える」「怖いね」「怖いよ。20世紀初頭に、第一次世界大戦とロシア革命が勃発した。今、21世紀の初頭に、ふたたびロシアがクリミア問題で世界に反旗を翻し、中共が事実上の覇権国家として登場している」「変化は辺境からやってくるですね」「20世紀の共産革命が当時の資本主義国家群からすれば辺境のロシアで勃発した。21世紀のISILは、何をもたらすのか?共産ソ連の登場から終わりまでに費やした期間と、その後遺症を考えると、恐ろしいことではあるね。幸い、僕は、それを見るところまで生きていないだろうけど」
April 15, 2015
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天皇皇后両陛下がパラオにおいでになり、ペリリュー島などで日米双方の太平洋戦争戦没者慰霊を行われた。天皇陛下ご訪問以前、ペリリュー島は長く、「忘れられた島」であった。少なくとも日本においては。その名前が久しぶりに再登場したのは、昨年8月のNHKスペシャル「狂気の戦場ペリリュー~忘れられた島の記録」放映がきっかけと思う。おそらく、その前に、米国でのフィルム発見があって、かねてより計画があった両陛下のご訪問が本決まりとなったことなどから、昨年の終戦特番となったものであろう。平成27年4月8日(水)パラオご訪問ご出発に当たっての天皇陛下のおことば(東京国際空港)忘れられた島というのは、あまりの犠牲者の多さと過酷さからとNHKはいう。しかし、忘れられたのは「少なくとも日本においては」であり、というより、最初から「記憶されなかった島」 だった。日本において、太平洋戦争の戦いの記憶といえば、真珠湾⇒ミッドウェイ⇒ガダルカナル⇒サイパン⇒硫黄島⇒沖縄⇒原爆投下⇒8月15日米国では若干異なり、真珠湾⇒コレヒドール(フィリピン)陥落⇒ミッドウェイ⇒ペリリュー⇒硫黄島⇒沖縄⇒9月2日(日本の降伏文書調印)といった感じ。少なくとも、僕の知る限り、米国でのペリリューは、硫黄島と並び伝えられた激戦の島である。ペリリューでの戦いは、 1944年9月15日から11月25日にかけて。サイパン島陥落(1944年7月⇒サイパンの戦い)よりあとである。サイパンは、ガダルカナル撤退後の日本が絶対国防圏と呼ぶ重要拠点であり、サイパン陥落後しばらくして、サイパン、グアム、テニアンからのB29による日本本土爆撃が本格化した。ペリリューの戦いは、ちょうどこの時期にあたり、日本国民の多くは、どことも知らぬ南洋の島での戦いより、東条内閣退陣から帝都(東京)をはじめとした米軍空襲のほうが、はるかに切実な問題と感じていたと思う。戦争報道の面でも、緒戦の連戦連勝ムードがミッドウェイで頓挫し、ガダルカナル撤退。徐々に戦の劣勢は、美辞麗句に真実を隠した大本営発表を川上に、言葉は勇ましいが中身の薄い紙面に隠されて伝わらなくなっていった。サイパン陥落後の空襲から硫黄島、沖縄と続く戦の中で、ペリリューは人々の記憶に留まることなく今日に至った。逆に米軍にとっては、比較的楽だった(相対的な問題であり、むろん楽ではないのだが)、戦力67,000中死傷者17,000のサイパンに比べ、戦力27,000中死傷者9、800のペリリューは、日本側が守備陣地を構築した島へのはじめて本格的な進行であり、その後の硫黄島、沖縄と続く激闘の始まりを告げる島であった。米国において太平洋の島々での戦闘がどのように評価されているかは、2010年に米国で放映され、米国の連続テレビドラマとしては史上最高と言われる制作費200百万ドルを費やした大作「The Pacific」において、Part One 第1章〜ガダルカナル 前編〜Part Two 第2章〜ガダルカナル 後編〜Part Three 第3章〜メルボルン〜Part Four 第4章〜グロスター岬/パヴヴ〜Part Five 第5章〜ペリリュー 前編〜Part Six 第6章〜ペリリュー 中編〜Part Seven 第7章〜ペリリュー 後編〜Part Eight 第8章〜硫黄島〜Part Nine 第9章〜沖縄〜Part Ten 最終章〜帰還〜にみられる通り、ガダルカナルが2回、硫黄島が1回、沖縄が2回とそれぞれエピソードを費やしたのに対し、ペリリューは3回であり、米国にとって、ペリリューは決して忘れられた島ではないことを示している。忘れられた という表現が、NHKをはじめとするマスコミが取り上げなくなったという意味ならば、それは正しいかもしれない。実は、僕ら世代は、存外ペリリューの名称を知っている。1970年前後頃まで、日本のテレビ番組では、米国制作の戦記モノシリーズの放映は、さほど珍しいものではなく、例えば硫黄島なら硫黄島、マリアナ沖海戦ならマリアナ沖海戦の日米それぞれの戦闘参加者の回想が実写フィルムとともに対比されるシリーズなど、何年かにわたって放映されていたと思う。そういった米国制作の戦記モノの中に、ペリリューでの戦いがあり、おそらく再放送であろうけれど、何度か、ペリリューの番組が繰り返されたことから、日本側では聞かない(といっても、少年マガジンとかサンデーの緑色の紙に印刷された漫画ではないページの戦記、或いは、もう少しまとまったものとしては、雑誌「丸」の戦記モノ程度ではあるけれど)名前に、意外な感があり、それが僕の頭にペリリューの名を記憶させたのである。戦争の記憶が薄れていく中、いつしか、そういった戦記モノも放映されることがなくなり、ペリリューの名は消えていった。ご高齢を圧して天皇皇后両陛下がパラオ、ペリリューへ慰霊に赴かれた。戦後70年。戦争を知る人は、いよいよ少ない。 今年93になる父は、戦争中陸軍砲兵大尉としてラバウルにあった。入居している高齢者施設の父のもとを訪れると、4月10日付の朝日新聞がテーブルの上にあり、その一面トップは両陛下のペリリュー島慰霊碑ご訪問の記事。「ありがたいことです」記事を伏し拝んで父は感謝した。両陛下の訪問ののち、ペリリューでの戦いはふたたび私たちの記憶から薄れていくであろう。僕は、それでいいのだと思っている。
April 12, 2015
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中華人民共和国(PRC)に私物化されるのではないか?理事会のあり方が不透明すでに、日米が主導するアジア開発銀行(ADB)が存在するのに、どうして別の組織が必要なのか?英国など欧州各国などが設立メンバーに参加したことは米国の誤算アジアの成長を取り込むと言うのに、当初の設立メンバーにならないことによるデメリットは大きいいろいろなことが言われているAIIB(アジアインフラ投資銀行)だが、少々別な観点からの話し:::::::::::::::30年ほど前のことADBの人から、人材募集のお話しをいただいたことがある。一応、これでも、昔、銀行に勤めていたことがあり、海外のプロジェクトファイナンスなど、当時としては多少珍しい経験もあったなどが、お話しの背景だった。銀行から次の企業に転職して数年目だったと記憶する。 マニラで面接ということになって、多少事情のわかる銀行時代の先輩に相談したところ、こんなことを言われた。・それなりにやりがいのある仕事ではあるだろう・経済条件は、外務省基準(非常に高い)・オフィスはマニラ(マルコス退陣まもない頃で政情は不安定、東京には駐在事務所機能しかなかった)・実際の仕事は、発展途上の国々で、ということになる・融資の健全性、安全性、将来性を判断、調整するわけだが、それらの国々は、制度など当然に整わない・銀行なり、官庁なりからの派遣者はともかく、プロパーの場合マニラ行は片道切符・マニラなり、仕事先の国で骨を埋める覚悟がなければ、務まらない・上層部の日本人は、官庁の天下りと出向者。そこに金融機関からの出向者が交代で派遣される・プロパーの日本人は、厳しい現場を支えるが、そういった出向者の下風に置かれる・官庁の天下りとか、出向者が、上層部を占めるのは、日本のみならず米国も一緒・そういう連中が、米日をはじめとする出資各国の思惑をもって、政策判断する組織・理念をどこまで実現できるか、難しいのではないか今ほど雇用の流動性がない時代。カミサンも子供もある中、マニラへの片道切符は、やはり困る当時の上場企業役員並み経済条件は魅力的だったが、お断りすることに:::::::::::::::アジア開銀は、当初、東京に本部を置くものと思われていた。それが、一部の国々が反発し、マニラが本部ということにその後の政情不安定などもあって、アジア開銀設置時に思われていたほどに、マニラは発展しなかった。フィリピンには申し訳ないが、一部にあるアジア開銀が十分に機能していないという根強い批判は、東京でなくマニラに本部が置かれたことにも原因するだろう。また、アジア開銀と邦銀間に十分の人材交流がない中、日本の銀行はことごとく、海外のプロジェクトファイナンスに後ろ向き。ノウハウの蓄積もいまだ十分でない。アジアの発展 というが、発展には資金が必要である。日本という金融大国が、政府がらみのODAはともかく、自らリスクをとってのアジアファイナンスに消極的に過ごしてきた中、AIIBには、それなりの意義があるやにも思う。ただし、日本が参加することは、どうかなぁ?別に反PRCということではなくAIIBが設立され、AIIBとの競合によってADBも発展するそういうことも考えられていいみんなで渡れば でなくとも 役割分担ということもある。だけど、ADBについての僕がそうだったが、AIIBでの勤務リスクをとる日本人が、どれだけあるかなぁ金融 ということについて、それでも、人材的にもノウハウの蓄積についても、PRCより日本のほうが、はるかに深いものがある世の中、うまくいかんなぁ:::::::::::::::別に中華人民共和国(PRC)を詐欺呼ばわりするものでも、皮肉るものでもない。この銀行がスタートするときには、必ず起債が行われるはず。日本においても、その債券は買える(直接ではなくとも間接には買えるだろう)はずと思う。PRCの各付けを考えると、この債券に利回りは、たぶん、日本国債より高い利回りへのコミットメントが求められ、そのことは、多少なりとも新聞などで話題になるであろう。日本が出資していないとき、その出資話の真贋を判断する根拠は我が国にはないかもしれない。こういうときには、必ず、不心得モノが居て、「AIIBへの出資証券が買えまっせ」とやる。引っかかる人がいるよなぁ。わかっていても防げまい。困ったもんだ。::::::::::::::::最近、勤務先の会社からネット関係の同業他社へ派遣された息子が、こんなことを言っていた「今居るところは、規制とか規則からすると緩い会社。派遣元の会社は、規制、規則からすれば、きつい方に属する。きつい会社からみると緩い会社は、あぶなっかしいけど、緩い会社はきつい会社を馬鹿げてると思ってる。でも、お客さまからすれば、安全確実と、リスクはあるが、もうかる、両方へのニーズがある。AIIBも同じ。日本とかアメリカの基準でアジアの発展途上国に融資するADBと、それこそジャンクボンドレベルでリスクをとるAIIBの二つがあって、はじめてアジアの金融ニーズに応えられる。それはいいんだが、AIIBの出資国には英仏などの欧州勢が入ってきていて、どこまでリスクとるか、合意できるだろうか?成立するかどうかは、まだわかんねぇ」
April 9, 2015
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安倍さんが、戦後70年を契機に首相談話を出すと言い、有識者懇談会を設置した。座長の西室さんが昭和10年(1935年)生まれであるから、70年前はようやく10歳。当時20歳の人は今年90歳。15歳としても85歳であるから、かの戦争にある程度の意識をもって関わった人々が、相当数、当事者として証言できる最期の機会。その節目において、ヨーロッパ、アジアそれぞれで、何らか周年イベントなどが開催され、安倍さんの談話も、その中のひとつとして位置づけられるだろう。昨年6月6日の、ノルマンディ上陸作戦70年式典エリザベス女王、オバマ、プーチン、オランド(フランス大統領)にポロシェンコ(ウクライナ、当時は次期大統領)など当自各国首脳が集る中、メルケル(ドイツ首相)も参列。このとき、2015年9月2日ないし3日、第二次世界大戦終結イベントが開催された場合、さじ加減いかんでは、中華人民共和国(PRC)あたりから、日本が世界の孤児として演出されると危惧した。その後、安倍さん乃至日本として、不謹慎ではあるが、おそらく幸いなことに、ウクライナ問題が欧米とロシア間に深い溝を刻み、ISIL関連のテロが中東のみならずヨーロッパ全体から北アフリカまでの覆う中、本年の中盤は、いかにPRCと云えども、露骨に反日を演出できる環境にはなさそうである。今後の日程を展望すると、4月末から5月にかけて、安倍さんの訪米、米国上下合同議員総会でのスピーチヨーロッパ(ドイツ、イタリア)戦線の終戦イベント6月、沖縄戦終結8月には、広島、長崎の原爆投下70周年を経て、8月15日となる9月3日には、PRCの70周年記念イベントが開催され、一応ここまでが、70周年の季節である。僕が注目するまずひとつ目は、さる3月11日に、モスクワで5月10日に開催されるロシア政府主催の70周年記念行事に、メルケル首相が、ウクライナ問題を理由に欠席する(前後に訪露はする可能性があり、無名戦士の墓に献花するとも)と報道されたことである。3月11日は、メルケル来日中であり、前後のメルケルと安部さんの一連の動き、発言に鑑みるに、この時期、表立って連携することの少ない日独間に、おそらく米国を交えて、微妙な調整が行われていることを示すものであろう。メルケルがロシア政府主催行事欠席となれば、9月のPRC政府主催イベントへ安部さんの出欠の自由度が増す。折しも、全人代などの機会にPRC首相、外相が安部さんの談話、イベント出欠への牽制が報道される中、なかなか有効なカウンター攻撃とも見える。実際安倍さんも、このイベント不参加を表明し、そもそも、日本はこのイベントの直接当事国ではないし、米国の意に沿った行動に見えて、間接的にメルケルを助けている。メルケルも、逆に9月のPRC主催イベントに不参加はともかく、それまでの間に行われる上記を含めて様々な機会に、日本を意識した動きを見せるであろう。もう一つ注目するのは、有識者懇談会の北岡伸一座長代理が、安部さんの70周年談話について、敢えて侵略の文言を入れたいと言ったことである。当然、保守というか右側の立場から、かなり激しい非難があるが、これはなかなかに意味深長。予算が通り、4月の統一地方選が終わると、9月までを展望するに、政治的に、少なくとも国内的に安部さんの発言の自由度は高い。むろん、それは国会での議席上の優位ということに加え、ひとつは、反安部、左派メディア代表格の朝日新聞が慰安婦誤報などでの躓きもうひとつは、衆院選での右派、次世代の党惨敗と、田母神スキャンダルに見られる右派内部分裂これらから、4月から9月までの約半年は、喧しいように見えて、安部さんにとって、実は左右両方からもっともバイアスの少ない時期なのである。安部さんは、一般に右側だと考えられている。集団的自衛権、憲法改正、原発再稼働、靖国参拝。これまでの発言、行動からも確かに左ではない。その彼が戦後70周年談話を言うとき、多くの人は、右も左も、あるいは海外の幾つかの国も、それが従前より右よりになるという前提で動いている。だが、総理大臣へ復帰してからの安部さんをみていると、そもそも、中韓両国は、自民党政権復帰への牽制があるにもせよ、安部さんが何かしかける前から先に動いたのであって、従前の安部さんから見れば相当自制的にも見える。さらに、右寄りという以外に、例えば、消費税率引き上げ先送りなど、リアリストとしての側面が出てきているように思う。どうも右の人が、戦後政治の総決算なり、戦後レジームからの脱却を言うと、憲法改正、総理大臣の靖国参拝、教育制度改革と日教組解体、国連常任理事会改革、国連憲章からの敵国条項削除、北方領土返還、尖閣諸島実効支配の確立、竹島返還さらに南京大虐殺、韓国従軍慰安婦問題の全否定ここまでを、この右寄り安部政権で全部解決しなければいけないそのマイルストーンとしての70年談話と肩に力が入る。僕は自分で、有る程度右寄りだと思っている。上に列挙した中のかなりの部分は、右の人たちの意見に100%ではないものの同意するところが多い。だが、現実を考えれば、それは、国内政治においては、特に与党公明党への配慮であり、海外については、特に米中露韓、そして北朝鮮、さらに、近い立場にあるドイツとのバランスそれらを欠けば、いかに安部政権といえども、上記のただ一つすら満足に解決し得ない。一時のカタルシスを求めて暴発すれば、それは形を変えた真珠湾の再現に過ぎない。必要なのはリアリズムなのである。その意味で、比較定型化した左派勢力が弱く、それに対する右派もしばらく前までの勢いにブレーキがかかった今ならば、安部さんとして一番リアリズムに徹することができる状態ではないか。米中国交回復は、世界の予想を覆し、タカ派ニクソンが主導した。札付きの右派、安倍晋三だからこそ徹せられるリアリズムに僕は期待する。安部さんは懇談会はあくまでも参考と言っているらしいが、そうではあるまいこの時期、西室さんのまとめたものを政府が無視できるはずがない懇談会メンバーの北岡伸一、岡本行夫ご両名は、朝日新聞の第三者委員会メンバーでもある人選にも充分の配慮がなされている。作用には必ず反作用がともなう。侵略という文言が談話に入る時、すなわち、日本政府が初めて自分の意思で第二次大戦には日本の侵略あったと公式に認めるとき、その反作用に、今以上日本にとって不利なものがあるだろうか。先月、日本記者クラブで大久保昭明治大学特任教授と韓国世宗大学の朴裕河教授の記者会見が行われた。中では、朴教授の近著が裁判で、元慰安婦の人権を侵害しているとされ、出版のためには驚くほどの訂正が必要とされたことがメインに取り扱われているものの、会見からは、日韓双方に静かであれども公平な人々の地道な努力があることがよく理解できる。こういう方々のお話に、少なくとも日本では耳を傾けることが始まっている。重箱の隅をつつくごとき稚拙な反論でなく、世界を信頼して事実をたんたんと積み重ね、理解を得て行くことで良いではないか出るべきものは出尽くしており、あとは言いがかりに過ぎない。実は、一連の中での最大の関門は、4月末から5月はじめにかけて一週間にわたる長い訪米と、上下両院合同議員総会での演説である。日本の首相として米国議会で演説するのは、池田隼人首相以来半世紀ぶりであり、かつ上下両院合同議員総会では、史上始めて。今、沖縄で普天間基地移設に関連した辺野古埋め立てで、強烈な鞘当が行われている。これは、むろん、直接に辺野古埋め立て阻止へ向けてではあるが、そこには当然、6月の沖縄戦終結70周年、そして、この安倍さんの米国議会でのスピーチへの牽制が背景にある。有識者懇談会の結論を待つまでもなく、このスピーチで安倍さんが何を言うか。それで、70周年談話の内容はほとんど決まり。ワシントンポスト紙のインタビューで安倍さんは、慰安婦問題について、人身売買と表現し、これが波紋を呼んでいる。落としどころをそのあたりに設定しているわけだ。米国議会でのスピーチには、第二次世界大戦、太平洋戦争の当事国総理大臣としての考えが披瀝され、それが今後を規定していく。冒頭にあるとおり、70周年。当時20歳の人は今年90歳。15歳としても85歳であるから、かの戦争にある程度の意識をもって関わった人々が、相当数、当事者として証言できる最期の機会。これを過ぎては、当事者がどなたも存在しない事件となり、風化が進む。その節目であるからこそ、各方面からの牽制があるのだ。一事不再理東京裁判然りでありせば、南京大虐殺然り、慰安婦問題然りなのである。東京裁判を否定するは、これらに関連した一事不再理をも否定することになる。いいとこ取りだけを続けることはできない。作用には必ず反作用がある。戦後政治の総決算は過去への復帰ではなく、より多くの果実をより多くの人に与える未来への前進であって欲しい
April 2, 2015
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昨日定年を迎えられた、読書家の友人Oさんは、当時の実質的トップバンクにその社会人のキャリアを銀行員としてスタートさせた。⇒ 定年「銀行(都市銀行)とは、ものすごいところです。あれだけ優秀な人材を採用して、そのことごとくをすりつぶしていく。常務まで昇進した同期がしばらく前にやめました。これで同期入行324名、ただの一人も残っていません」:::::::::::::::Oさんとも同じ仲間で会社経営者のK川くんと、Oさんの定年を祝った(慰労した)あと一杯の席で、なにかのことから、こんな話しになった。 「政策投資金融公庫って、あそこは優秀ですねぇ」「僕んとこも、輸銀と開銀が合併して政策投資銀行ができたときに、それこそ会社の政策的に、それまでのメイン先を替えていったことがあります。なかなか優秀な連中ですよね」その後、地方の仕事を手がける中でも、政策投資銀行の人たち何人かと知り合う機会があったが、みなさん優秀で、今でもおつきあいのある方も。「返事が早い。都銀だと担当者が持ち帰って、答えに3日かかるものが、政策金融公庫だと早ければ半日です。それと、金利が安い。とても都銀ではできない金利を提示してくれる」「しかし、政策投資銀行も、今は民間じゃないですか。以前みたいに収益無視というわけにはいかんでしょう」「だいじょうぶなんですよ。やはりそこは、政府の政策を担うところがあって、制度融資とかいろいろなものが利用できる」「そうなんですね」「若い連中は、もちろんまだまだですが、担当者が優秀です。人材育成のノウハウができてるんでしょう。それから女性、これがまた、優秀なんですよ」中小企業、ニッチと自嘲気味に言うが、隠れた優良企業。それを率先垂範、自ら率いる経営者。人を見る目は命。:::::::::::::::酔っ払っているせいもあるものの。名前が似ていて実は異なる金融機関の話しをして、なぜか話しが噛み合っている。思い当たるのは、この二つの異なる金融機関は、ともに、いわゆる政府系金融機関で、従来の所轄官庁の枠を超えて合併した。都市銀行などが旧大蔵省の所轄であったに対し、これらの金融機関は、その管轄下になく、しかも、直接競合し、或いは、比較される他の組織がない。読書家のOさんは、日本陸海軍にも造詣が深い。その彼がときどき言うのが「日本海軍は、その全力をもって日本陸軍と戦い、余力をもって米英軍と戦った」これじゃぁ戦争に勝てるわけがない。その弁を借りれば、「都市銀行は、全力をもって大蔵省銀行局に従い、余力をもって他の金融機関と戦った」「都市銀行の銀行員は、その全力をもって行内他店との業績、同僚との評価出世を戦い、余力をもって仕事をした」いずれにしても、そこには、金融機関の使命としての、顧客の存在が置き去りにされている。箸の上げ下ろしまで と揶揄された旧大蔵省銀行局の銀行管理。その設計通りに、つくられ、運営されてきた都市銀行をはじめとするいわゆる大手銀行(都銀、興長銀、信託銀行)。むろん、その従業員の多くは、まっとうな社会生活を営む人たちであり、一部の連中の悪行が、あらぬことを含めて悪評を得る原因ではあるのだが、地方銀行、第二地方銀行、信用金庫などと比べても、そのエリート意識、官僚体質、閉鎖性が目立って指摘されてきた。結局、旧大蔵、日銀を頂点とする設計主義。よかれと思ってやってきたことであるし、ひとつひとつには、何の間違いもない。だが、出た結果は、明らか。かつて四半世紀ぐらい前までは20行と言われた大手銀行。今、その中で合併を経験せぬ銀行は一行もなく、元の名前が残る銀行もない。かく言う僕も実は某都市銀行の出身。Oさんも僕も、銀行の全盛期に社会人としてそのスタートを切り、そのわずか10年前後ののち、他企業に転じた。僕の場合、別に見極めた ということではない。体質に合わない。それだけのこと。だが、実は、僕らが入行した、まさにその時期、銀行はその全盛を過ぎていたのだろう。Oさんは、他業態に転じ、そのサラリーマン人生にひとつの区切りをつけた。かつての僕らの仲間たちをみれば、死屍累々。いい学校へ、いい大学へ、いい職場へ、良き伴侶をそれが良き人生と、叩き込まれ、実践してきた優等生数百名が一堂に会した入行式。それをかわきりに、当初の自己実現、自分の存在証明、良き仕事をの意欲は、同質化された金太郎飴的組織の中で、それは自己顕示へと、やがてつながり易く、却って、我らは人間をすり潰すような激しい競争の中に埋没し、どこまで自分というものを持てたものかその中で、政策金融公庫、政策投資銀行は、組織としても人材としても、新しい金融機関のあり方を提示しているのかもしれない。
April 1, 2015
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昨3月31日は、知人の読書家Oさん定年退職の日だった。親しい仲間が集まり、一杯飲んだ。「38年間、働いてきました」ときおりの軽口にまぎらわすも、人生の区切り。感慨無量と思う。正直に、羨ましい。Oさんの場合、ひとつの会社ではないものの、「38年間働いた」 達成感がおありになる。僕の場合、定年の遥か前に勤め人であることを辞めてしまい、もちろん定年もない。勤め上げたという安堵も、達成感もなければ、祝って(慰労して)くれる人もない。ただ、ひたすらに、これからも、格闘の日々が続く。死ぬまで、潰れるまで働かねばならぬだろうやめようと思えば、明日にでもやめられる?そうではないなぁ他者によって自分が規定されることを良しとするか否かは別に自分で自分を規定することは難しい終わったあと、自分を冷ましたく、一緒だったK川君に無理を言って一杯つきあってもらった。K川くんは経営者。僕以上に、「辞めようと思えば明日にでもやめられる」立場にない。「38年間。節目ということなんでしょう」人生の節目。確かにそうなんだろうなぁ。だが、節目のない人生を送ってきた、いや、そうではないな節目は自分で決めると思いつつ、節目らしきものを結局つくれずにここまできた他者によって規定されてであろうとも、節目があることへの羨ましさ?「いや、38年前、会社に勤めたときから、この日を意識してきたんじゃないですか?」K川くんに言われて、彼の意味せんとするところとは違うのだろうが、はっとした。正直、今日まで定年を自分のものとして意識したことは一度もなかったもちろん、おのれを組織に帰属せしむることを決めたときにもそういう、きちんとした?人生設計など考えたことはないただ、そのとき、そのときで、自分にできること、やらざるを得ないこと追い込まれて、逃げられないことそれだけをやってきた結果が、今の自分にすぎないOさんは、組織に帰属すると決めた最初に自分を規定し、節目を迎えた僕は、何も自分で規定することをせず、従って節目もなく、今ある自分は、偶然の産物他者によって規定されたのはOさんではなく、自分なのだそれゆえ、Oさんを羨ましく感じるものかいや安住の地を得ることなく、坂の上の雲をめざして彷徨はいつまでも続く僕は、自分をそう規定したのだ「お疲れさま」肩の力を抜いて、だが、万感を込めて、Oさんに捧ぐ
April 1, 2015
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