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無論、不適当である。 そのような表現に至る考え方があるだけでもいかんのに 例え思っていたにしても口にはしないのが賢さ だが、これを言ったのが女性だったらどうなのか? 同じ発言は、民主党の議員だとて、可能性はある? 菅直人の口から出ることは100%無いのか? 石原慎太郎だったら、当意即妙に、もっと強烈な表現で上塗りするかも 誰が言ったかで左右されることもあるんじゃないか? 政局に利用するのはいかがなものか? これで、厚生労働大臣の首ひとつとぶのが正しいあり方なのか? 参院選前の時期だから、でないのか? 国会は、もっと大事なことを論じるべきだ 大臣が軽率にそのような表現に至るのは、少なくとも今までの啓蒙活動を見直しせねばなるまい。所轄の大臣ひとりの意識も変えられないようなことに、われわれは金を投じてきたのだ。 大臣がそんな発言に至る教育制度は、Workしていない。 人間とは何か、男女とは何かを教えないから、不思議な思想を自分で作ってしまっているのだ。 そこまで大事なことならば、なぜ学校でしっかり教える体制づくりをしないのだ? 大臣の首ひとつ取って終わる話しじゃない。 大臣の首と引き換えに、もっとやるべき話しはいっぱいある。 単に首を取るだけの話しにはするなよ! 衆愚政治の臭い
January 31, 2007
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「どうして、あなたは私の嫌いだってことを何度も何度も繰り返すの?」「だから、どこが嫌なんだって聞いてるじゃないか?僕の言うことのどこがいけないの?」「だからー、あ、ここでいつもこいつはこういうこと言うんだよなぁ、嫌だなぁ、って思ってるときに、あなたは、それをほんとに言ってくれちゃうんだもの。それがいけないの」「だって、ほかの人が同じこと言ったって、君はぜんぜん気にしないじゃん。どうして俺だけいけないんだよォ?」「ほかの人が言うのは構わないの。でもあなたは違うの!」「それは差別なのか?」「そんなこと言ってないわよ。あなたは、それを言って欲しくない相手なの」「だから差別してるじゃん。そこまで言われて俺は我慢しなきゃならないのか?」「わかんない人ねーっ。私はそんなこと言ってないわよ!」「言ったじゃん。今」「差別なんかしてないって言ってるの」「だって、俺だけ、そう言っちゃいけないんだろ?差別じゃん」「それと差別は違うんだって言ってるんでしょ」???.....最初が何の話しだったか、だんだんに違うところに話しが言ってしまい本論は、どこへやら「何度も嫌なことを繰り返さないで」というお願いは聞き届けられない一方で、何が嫌なの?も解らないまま。***「お前、なんで結婚しないんだよ」「だからー、親父が死んでまだ3回忌も終わってなくって、以前に亡くなったおふくろの着物なんかも未だあって」「だから、それがどうして結婚できないって話になるんだよ・」「そうじゃないよ」「だって、お前はいつも、親父が死んでまだ3回忌も終わってなくって、以前に亡くなったおふくろの着物なんかも未だあってって言うじゃないか?なんでそれが結婚しない理由になるのか解らないよ!だったら、もうすぐ3回忌が来るだろ?おふくろさんの着物は俺が預ってやるよ」「そんなこと頼んでないって」「だって、おふくろさんの着物があるのがいけないんだろ?」「そうじゃないよ」「だって、いつもそう言うじゃないか?」「話しをちゃんと聞いてくれよ」「だから、ちゃんと聞いてるじゃないか。親父さんの3回忌と、おふくろさんの着物だろ?」「そうじゃないよ」「だって、お前、ウチはそういう家だからって言うじゃないか?」「そうだよ」.....趣旨は、三回忌と、ご両親の遺品をちゃんと処理したら結婚を考えますということなのだが、このおふたりも、話しを最後まで聞かない人と、最後まで言わないで終わらす人の取り合わせなので、何回お話ししても、話しが完結しない。いづこも同じ1月の夜
January 31, 2007
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1980年代に入っても、女性の場合、結婚、出産を潮に会社を退職することが、かなり一般的に行われていた。 「時代は変わり、今日び、一生を配偶者の収入に依存せんと、など、かなりの度胸を要す。相手は、死ぬかもしれない。死なぬまでも、大病かなにかで、もはや働けぬこともある。職場を辞めるなどで収入が途絶えることもある。別れることもある。」 そんなことを考え、一緒の職場で働く同僚の女性たちには、「結婚したからとか、子供が出来たからと言って、すぐ辞めるのはいかがなものか?どうしたら働き続けられるかと考えてみることは出来ないか?」と言い続けてきた。昨年暮れ、小学校同級の女性にその話しをしたところ、「親、親戚、ご近所の手前、仕事などしてもらっては困ると言われ、泣く泣く会社を辞めねばならない人もいる中、そんなこと言われたら悲しいじゃない」と言われた。思しきことは言わざるが、ではある。時の厚生労働大臣(男)が、女性を「子供を生む機械」にたとえた発言があり、大臣自身がどういうつもりで発言したかは、別としても、発言に対する反響の大きさは、まだまだ根深く、今なおジェンダー差別が存在する背景を示す。世間一般の大臣と同世代=70歳前後の男性ならばともかく、少なくともジェンダーフリー(英語圏でいう「ジェンダー・イクォリティ(Gender Equality)」)の実現に向かおうとする厚生労働省のトップが使う表現としては適切さを欠いた。ややこしいのは、「親、親戚、ご近所の手前」と発言するのが、男性配偶者、或いは、頭の固い高齢男性だけでなく、意外と配偶者若しくは自分の母親だったりすること。舅がそう明言しているわけでもなく、「ご親戚」のおじさま、おばさまたちが、面と向かって言ってくるものでもない。場の雰囲気、世間的風潮といった、責任の所在が無い、いわば「空気」が為せる技だけに、根強さを感じさせる。「自分の意見」ではなく、単に「異質なものを排除する」だけのところもある。働かない選択は、当然に存在する。働きながら、かつ、家を切り盛りしていくことは、配偶者、自分若しくは配偶者の家族等の協力があっても容易ではない。結婚前と、結婚後では、配偶者と自分の関係も変化するし、新たな関係をきちんと作っていくのには、考える時間、話し合う時間も必要だ。子供の小さいときは、なるべく両親と一緒に過ごす時間を多くすることが大事だし、思春期、受験期など不安定な時期のコミュニケーションは、いきなりできるものではなく、幼少期から継続した関係の中で形成されるのが一般。 でもねー「家付き、カー付、ババ抜き」などとおっしゃっていたのが、お母さん、あなたの世代なんですけど...それが「世間の手前的」に働かないことを選択した結果?今、自分たちがやっていることの結果は、自分たちが親の世代になった時に自分たちに襲い掛かる現実なのだ。
January 29, 2007
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昔から整理というものが得意ではない。家の中が非常にきちんと整理されている友人に、整理の秘訣を尋ねたところ、「とにかく捨てること」と言われた。捨てなければ、場所が空かない。場所が空かねば、整理が面倒。一年使わなかったものの大半は一生使わないもの(定期預金の証書、株券、土地の権利証、建物の建築確認などは別)と割り切り、捨てる、捨てる。こちらは、両親の教育の賜物か?結婚後しばらくは、台所のゴミを庭に穴を掘って埋め、家人の目がまん丸になった。さすがに、コンパスの先のような針を、アームの先にとめて使うレコードプレーヤーこそ捨てたものの、古いものでも、直せば使えると、オープンリールのテープレコーダー、78回転付のレコードプレーヤーなどがまだある(78回転のレコードもどこかにあるはずだ)。家人に話し、捨てようとするが、あちらはあちらで捨てられない。そのうち、親まで登場し、曾祖母の着物、大叔母から叔母が拝領した足踏みオルガン、祖母愛用の三面鏡...と登場した日には、その友人ならば卒倒しそうなものだろう。なにせ、つい先日まで庭の片隅に、1960年頃購入した丸石自転車の残骸が放置してあったほど。何かを捨てるたびに、抵抗勢力が文句を言い、捨てることの出来るのは、自分のものだけ。先日、ついに父親を説得し、爺さんの本を一掃できることになった。聞けば、爺さんが始末をつけずに死んでしまい、残されたものは捨てるに捨てられなかったとのこと。そういうご自分も、山ほどの荷物の中に埋もれている。そして、かく言う私も。骨董的価値など、考えるまい。自分のモノは、死ぬまでに整理をつけよう。今からはじめなければ追いつかない。何せ、家賃に換算すれば、ひと月、ひと坪一万円だ。
January 29, 2007
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ついこの間建ったばかりだと思っていた家も、もうはや35年。 15年くらい毎に大修理が必要と、分かってはいても、なかなか、何かが起こるまでは、決心がつかないもの。 雨も降らないのに、勝手口の通路が濡れていて、「おや?」っと思ったのが発端。動脈硬化と同じように、配水管の内側にカルシウム分だとか、いろいろなものがこびりつき、流れが細くなっていた。そこへ何か大きなものが流れてきて、細い穴を塞いでしまったので、水が管につまり、風呂を落としたときに、逆流を起し、排水升の空気穴から水が噴出した。 家がダメになるのは、水回り、屋根といったところから。 ときどき、飛び込みセールスがやってきて、「お宅の屋根が」とか、壁面の塗装とかいうけれど、基本的に、仕事は地元の人に任せるようにしている。 飛び込みの業者(仕事をとってくる業者)は、どんなところか分からないし、法外な値段をふっかける可能性もある。1年ほど前に社会問題化したこともある。 地元の人ならば、評判もあるし(悪く言われることも多いが、針小棒大の類。長年ご商売が続くということは、お客さまからの信頼があることの証明。飛び込みよりは遥かにいいはず)、土地のことも分かっている。 鉄筋コンクリートだから大丈夫というものでもなく(木造は日本で1200年経った建物があるが、100年経ったコンクリート造の建物は1つも無い)、建物が建ってから15年目毎をめどに、点検と修理は欠かせない。 つい、この間が35年前だった我が家は論外としても、毎日毎日続けて使っていると、古くなったという実感に乏しい。 何かの折に、近くの大工さん、工務店に見てもらうのも手なのだが。 その地元の「大工さん」、「工務店さん」はどこにあるのだろう?
January 28, 2007
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遅い約束で、夜景のきれいなレインボーブリッジを渡ってお台場へ。 行きはまだしも、帰りは堪える。 などと思っていたら、「お台場となると、やはり、車になってしまう」と誰かが言い出した。車で来た人ばかりで、案に相違して誰も飲まない。 結局、自分も、同じ方向へ帰る同席者に送ってもらい、楽に帰ってくることができた。 そういえば、回りの席をみていても、お酒があるところは、5卓に1卓ぐらいか。 予約をとるのは、結構難しいらしいが、完全に車依存のお台場では、飲酒はタブーのようだ。
January 27, 2007
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知人から、昔書いたという詩をいただいたので、ご紹介。 彼女曰く 「これはこれであたしです。こういう気持ちでいるのも事実だったりします。と言うか しました。今読むとかなり不幸だけど」 気にしなくていいよあたし 通り雨みたいな女だからどうかして欲しいなんて言ったりしないからあんたの胸ん中今夜やさしい雨をいっぱい降らせてさ嫌なこと 流してあげる忘れさせてあげる男の人は大変だもの無邪気に笑えたら それでいいよ通り雨の女短い夢を重ねて行く通り雨の女どうすれば あたし永い夢に辿り着ける心配しないでよあたし ほんと生まれついての根無し草気楽に生きて来たわ傷ついたりしないどう生きてみたって誰も笑ってばかりいれる筈は無いけどあんたが思うよりは捨てたもんじゃないよ元気になれば 可愛い人とあたしを忘れて暮らしなよ通り雨の女淋しい嘘を重ねて行く通り雨の女どうすれば あんた永い夢に辿り着ける通り雨の女どうすれば ふたり永い夢に辿り着ける
January 26, 2007
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泰澄禅師の母は、美麗な白玉が懐中に入ると夢みて禅師を孕んだ。伝教大師の母は、光明の神体が現れて教えを授くと夢みて孕んだ。弘法大師の母は、天竺(インド)の聖僧が飛び来たって懐中に入ると夢みて孕んだ。慈恵大師の母は、日の光が懐中に入ると夢みて大師を孕んだ。恵心僧都の母は、聖僧が来て美しい玉を授くと夢みて孕んだ。西行法師の母は、普賢菩薩から金剛経を授かると夢みて孕んだ。 「高僧御実伝記」より
January 26, 2007
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戦前の住宅開発はここまでで終わり、第2次大戦を経て、戦後の農地改革に至る。 農地改革の最大の受益者は、都市近郊の小作農だった。彼らは労せずして手に入れた農地を、住宅として切り売りしていくことで、20世紀後半に巨額の富を手にすることになる。 このとき、彼らが手にした土地は、あぜ道、用水路等によって分割されていた。 朝鮮戦争が終わり、復興が本格化すると、本格的な住宅開発ブームがやってくる。 残念ながら、この時期の住宅開発は、農地改革による土地細分化の結果、日本住宅公団などによる大規模集合住宅開発は限定的な範囲にとどまり、戦前の大規模開発と異なる無数の小規模開発の集積という形態をとった。 すなわち、このとき、あぜ道、用水路といった自然地形とも幾何学的規則性ともつかぬ不思議な形に分けられた土地が、しかもそれが必ずしも計画性を伴わずに、順次切り売りされていった。 計画性が伴わぬ小規模開発では、切り売りされた区画内だけの道路インフラしか考えられていない。しかも、元来が、あぜ道、用水路の類が境界線であるから、ここで幾何学的整合性とは無縁の形状をした住宅地が出現することになる。 この段階になると、沢筋も開発されてくる。沢筋では、水路がベースの自然地形から成立した生活道路を起点に開発がはじまるので、ここにも「幾何学的整合性」とは異なる住宅地となる要因がある。 正面左側の丘から下る道が沢沿いの道に出会ったところ 都市計画が存在しなかったわけではない。しかし、この時期の都市計画は、それこそ一家に一台の自家用車を所有する敷地面積50坪以下の戸建て住宅の大量出現を前提に立案されていたものではないし、また、複雑な自然地形、権利関係への配慮も限定的なものにとどまらざるを得なかった。何より、あくなき住宅需要を満たすための宅地供給促進が優先される必要があったのだ。 都市計画道路は(当然であるが)、道路建設に伴う土地収用コスト、住民立ち退きの最小化といった考慮の結果であろう市街化された台地上ではなく、水路が流れる低地(=沢)に計画されていた。せめてこの時期、農地改革と都市計画道路の線引きが同時に行われていれば、結果はかなり変わったものとなっていたであろう。 戦前の大地主だけと話をすれば道路用地が確保できた時代と異なり、一本のまっすぐな計画道路を建設するためには、無数の中小地主との交渉を行われねばならず、今でも街を走っていると突如として太いまっすぐな道路が出現し、それを走りつづけると、しばらくで行き止まりになってしまう、という事態に陥ることになる。 かつての、農村時代の生活道路の多くがそのまま保存され、都市計画上は避けるべき4m以下の幅員しかない道路も、いわゆる2項道路として、あるいは、あかみちとして、残ることになった。 都市計画道路の建設も行われていたのだが、なにせ、初期計画を超える宅地開発の進展と、土地価格の高騰は、用地買収に支障を来たし、そこら中に、細切れの計画道路が、分散して存在する状況となった。 都市計画道路の建設はまだ続いている(標識ご参照)
January 26, 2007
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1.歌舞伎などで、興行中楽屋に詰めて、俳優の使用するかつらの結髪・修理・保管その他一切を扱う人。昔は俳優自身の髪を結った。 2. 相撲で、力士のまげを結うことを業とする人。 と、辞書を調べると出てくるのが床山。 意味はそうだが、どうして床山というのだろう? 「一段高くなった床で、髪を結うから」と答えた人が居たけれど、それでは、どうして山というのかが次の疑問さらに、なぜ床屋というのかも分らない 江戸時代、現代の「床屋」は、「髪結い」と呼ばれていた。店構えは、現在の屋台のような移動式だが車はついておらず、折り畳み式だったようだ。それを「床店」と呼んだところから、現在の「床屋」に派生していったらしい。私の解釈では、床山の山は、「山車(だし)」の山。車の無い時代は、可動式の装備を山と言い、理髪用の山(移動施設)が床山ではなかろうか?相撲でも、歌舞伎でも、興行には移動がつきもの。 その一行に、移動式の理髪施設を携帯しながら、随行したところから、床山となったのではないだろうか?ご存知の方がいらっしゃればご教示願いたい。そうすると、床屋のほうは、固定の店を構えたところを言うのだろうか? 次に、売り切れを「山」「今日は、やまになりましたー」というのはなぜか? 知り合いが「積もり積もって山になる」の「山」という意見を出してきたのでご紹介。酒宴で、その酌で終わりにすることを「つもり」、地方によっては「おつもり」というところもある。「これで今晩は―にしよう」などと使う。歌舞伎の演目「入谷二八そば」が「山になりました」の出典。「山」は、「積もり積もって山になる」の「つもり」からのしゃれ。ついでに、二八そばも、値段が十六文のしゃれ。二八が十六文は、当時の物価水準に比して、安いのか高いのか?などとは申しません。私の場合、「今日は、やまになりましたー」を実際に耳にしたことは数度だけしかない。歌舞伎に「山になりました」の出典があるというのも、「つもり」に「〆」の意味があることは、今回初めて知った。
January 26, 2007
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「セクシーだって思う政治家って誰?」「男と女は違うからなー 小泉なんかどう」「政治家としては、大っきらいだけど、ちょっとセクシーかなぁ?」「田中角栄」「角栄はセクシーだね。平沼なんかどう?」「うーん。そうは思わない。」「総理大臣で言えば、角栄。福田さんも嫌いじゃないし、大平さんも良いね。そこからこっちはセクシーじゃない」「私は宮沢さんって良いと思うの」「へー!?男と女は違うんだー」「石原慎太郎は?」「死ぬほど嫌いだけど、セクシーなところはあると思う」「筑紫哲也が選挙に出れば、じいさん対決だな。どっちも人材いねえんだなー」「菅直人もだめだ」「愛人になるなら、小澤しかないね」「小澤ねぇ。肝心なとこでこけるからなぁ」「今の体たらくは、おまえがしっかりしないからだーだよね」
January 23, 2007
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家に帰り、食事を終えて風呂に入り、さてと、E-mailを開けると、さきほどご案内の若い友人からの連絡で、奥さまがつわり?とか。 少々早すぎるきらいもありますが、もし事実ならば、おめでとうございます。 さっそくにアドバイスが役に立っていくのだろうか? それとも、 いずれにしても、最初が肝心!
January 22, 2007
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先週、かねてから親交のある若い友人が「昨年暮に結婚したご報告」と言ってお見えになり、食事する機会があった。 若いといっても、昨今の結婚事情もあって、ご夫婦とも30は超えている。 共働きで、休みの日取りが合わないなど、問題はあっても、なんとか、時間を繰り合わせ、新婚生活を楽しまれているご様子。 それでも早めに子供は欲しいとおっしゃる。 そこで、祖父祖母の代からの共働き夫婦3代目として、新婚ご夫妻に全くの老婆心アドバイス。 1.最初から夫も家事参画すべし もはや、「家事は女のやるもの」などと言う男はいないだろうと思っても、まだまだ残る男女差。でも、これはそういうことではなく、男性も家庭の中で、自分がやる役割を、ちゃんと最初から持っておきなさいということ。 付き合い残業、接待、ゴルフ...家に寄り付かぬ理由には、まだまだことかかぬ。だが、それを重ねると、家庭不和へと発展するだけでなく、将来、家に居てもやることが無い老人になってしまう。 2.男は時限性ある作業を おしめの世話、お風呂。面倒くさいけれど、男はここらを積極的に負担すべし。 子供はいつか育つ。おしめもお風呂もせいぜいが2-3年。子供ともコミュニケーションが育ち、将来無視されないためにも、ここらの負担が大事。 3.女は、男を恒常的作業に巻き込む そうは言っても、子供が育って手が離れ、やることが無い、では、いけない。 炊事、洗濯、掃除。永遠に続く、これら作業に男を巻き込む。 できればローテーションで、全部できるようにしておけば、老後だけでなく、単身赴任でも耐えられる。 4.家か地元でお食事を 家族のコミュニケーションは、家族で作るもの。 すれ違いであっても、必ず朝を一緒に、とか、なるべく家、或いは家のそばで一緒に食事をすべし お金も安いし、時間も結果、節約になる。 テレビと寝坊は出来る限りやめよう。 言われたことは、夫婦だからこそ、すぐやるべし。 それを見て、子供も育つ。 5.ふたりの共同作業をいっぱいつくろう 一緒にやることが多ければ多いほど、共通の話題が出来る。 楽しいことばかりではないけれど、苦しいことを一緒に解決していくことこそ、長い家庭生活の醍醐味だ。 ふりかえって、自分らは?とは言うまい。 反省もあれば、うまくいったとの自負もある。
January 22, 2007
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「どざえもんの苗字知っている?」「野比じゃないの?」「それはどらえもん」「最近水死事件あったっけ?」「うぅ...その水死体の土佐衛門!」「知らないよーそんなの」「成瀬川土佐衛門って言うんだ」「?」「江戸時代のお相撲さん。ふっくらしてて、ふくらんだ水死体と似てたから、水死体のことを土佐衛門っていうようになったんだって。それぐらいは広辞苑にも載ってるのよ!色白の良いお相撲さんだったらしいけど、ふっくらしているのが水死体に似てるってのはねぇ」「じゃんけんって正式にはなんていうの?」「じゃんけんぽん?」「関西じゃそう言わない」「じゃいけんぽんってのは聞いたことがあるような気がするけど」「それは聞いたことがない」「じゃんけんぽんってどういう意味?」「石と鋏と紙」「どれがどれなの?」「分からない」石拳(じゃくけん)または鋏拳(りゃんけん)のいづれか中国語が訛って出来たらしい。関西では、「いんじゃん、いんじゃんほい、いんじゃんほし」などがある。小学校の頃、ぐう、ちょき、ぱーを使った拳遊びで、軍艦、沈没、ハワイというのがあった。当然、昭和16年12月8日以降に成立した遊びですな。「ハワイ、ハワイ、ちーんぼつ」とかやって、3個目に出すものが、相手と同じか違うかで、勝敗が決まる。「うんこ、しっこ、パンツ」などのバリエーションがあった.。「犬の鳴き声は?」「わんわん」「きゃんきゃん」「中国でもわんわんなんだけど、あとガイガイとかある」「それは受けるね」「英語じゃバウワウだ」
January 21, 2007
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「どれにしようかな?は知ってるよね」「神さまの言う通りってやつね」「あれ大阪じゃあ、ぶっとこいてぶっとこいてぶっぶっぶっっていうんだ」「???」「どれにしようかな、神さまと天神さまの言う通り、だったな」「神さまと天神さまの言う通り、なのなのなとつきましたな」「あ、それは知らないです」「知らない?なのなのな」「分からない」「どういう意味?」「さあ?」「小学校のときは、神さまと仏さまの言う通り、中学で神さまと天神さまの言う通りを聞いたけど、天神さまってなんだか知らなかった」「ぶっとこいてぶっとこいてぶっぶっぶっ、もひとつおまけにぷっとこいてぷっとこいてぷっぷっぷっ」「???!」
January 21, 2007
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小学校 入学式が終わって、 桜の花びらが舞う渡り廊下の階段を降りて、1年2組の教室に入った その日、隣に座った女の子が、何年か前から丹念にBLOGを書いていました 一番最近の松沢病院のお話しを読んで、久しぶりに将軍池に出かけ、水鳥の動きを飽きずに眺めていたのももうひと月以上前。 昨年暮から更新がなく、どうしたのかなと思っていたら 年が明けて、お父上ご逝去の報に接した 葬儀から戻られて、丁寧なE-mailを頂戴したが、まだBLOGには復帰されていない しばらくご無沙汰ですけれども、そろそろ、次のお話しを聞いてみたい 週末にお電話でもしてみましょう
January 18, 2007
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「あっちがダメでもこっちで何とかなんてのは駄目なんだよー。自分はこれでやるんだって、行かなきゃぁ」早実から早大への進学が決まった斎藤祐樹君のお話し。大学というモラトリアム的なところで4年間を過ごすことに決めたことがお気に召さない人もいる。 「あれも、これも、って器用貧乏は、結局、自分はこれしかないって若いうちからこつこつこつこつやっていく人に、最後は勝てないんだよー」それはそうだ。この年齢になって、そう言われるのは重い。だが、それも人生。自分の一生という意味では、「人は自分の人生で脇役は出来ないんだよ」と言われたことを思い出す。
January 17, 2007
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1年、2年、5年、10年... 早いもので、もう震災から干支も一巡。 知り合いに、震災直後の粉塵舞う中、関与したビル等への影響確認に奔走し、持病の喘息を悪化させた建設関係の先輩がいらっしゃる。 被害の有無にかかわらず、近代建築物が、あれだけの規模で災害に直面した初めてのケース。被害とはまた別に、将来のためのデータ収拾、分析は欠かせない。 自分は、まさにその当日1995年1月17日早朝、成田から海外へ飛んだ。そのせいで、地震発生直後を除き、その後1週間のTV報道は知らない。 10年一昔という。わずか干支一巡で、情報・通信の分野は大きく変わった。 12年前は、海外でもある程度の都市ならば、日経、朝日の新聞は読めたが、ようやくCNNがあった程度で、Internetは、まだそこまで普及していなかった。 ワープロは打ったけれど、E-mailは到着の有無を相手先に電話をかけて確認したものだ。Addressを持っていても、使い方も知らない人たちがいっぱい居たのもこの頃。 東京は今後10年間、大地震を免れているだろうか? 大地震に襲われたとき、阪神大震災の教訓は活かせるのか? 10年後の世界はどう変わっているか? 変わらない部分が多いことは想像がつくが、 何がどう変わるのか、 それは、 何をどう変えようとするのかでも決まっていく。 10年間無策であってはならぬことも多い。 週末は大寒
January 17, 2007
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15日は小正月 今日は薮入り でも会社は休みじゃない
January 16, 2007
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1月16日は禁酒の日1920年にアメリカで禁酒法が施行された日だそうな。それまでも、禁酒法を制定した州はあったが、この日全米に施行された。「今日は禁酒の日だって」「なんですかそれ?」「オレのPCって、今日は何の日って出てくるんだ。そしたら今日は禁酒の日なんだと」「へー」「禁酒の日なんか作ったら飲み屋が儲からないじゃない」「本当は、禁酒の日って一週間に一日とか、もっといっぱいあるんじゃないかな?」「それは、あなたの医者がそうしなさいっていう日だろうが」禁酒法というのは、合衆国憲法修正第18条として米国憲法に規定されていたらしい。1919年にこの憲法修正とその実施法であるVolsted法(Volstedはミネソタ選出の下院議員)が成立し、それらをあわせて禁酒法と一般に呼ばれている。当時の米国大統領はウッドローウィルソン。0.5%以上のアルコールを含む飲料販売を規制する法案に対し、2.75%を規制値とする対案を出すが否決された。1933年にフランクリンルーズベルトが廃止するまで、この法律は続いた。廃止された背景は、・米国産飲料用アルコールの製造・販売・運搬等が禁止されたが、自宅内における飲酒は禁止されなかった・カナダ産アルコールの運搬は禁止されず、カナダ経済が一方的に米国禁酒法の恩恵を享受した・非合法のアルコール販売、酒場の運営によりマフィアが潤った・これら非合法行為に対しての課税がなされず、不公平を生じたといったことがあるらしい。アルコールは控えめに飲んだら乗るな 乗るなら飲むな
January 16, 2007
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1月15日毎日新聞によると、大手菓子メーカー・不二家(本社・東京都中央区)は15日、埼玉工場(埼玉県新座市)が消費期限切れの原料を使ってシュークリームなどを製造していた問題で、新たに過去7年間で18件の消費・賞味期限切れ原料の使用が判明した、と発表した。また、札幌工場で昨年5~7月に出荷した洋生菓子から食品衛生法の基準の10倍の細菌を検出していたにもかかわらず、社内規定に定められた回収や出荷停止などの処置を一切取っていなかったことも判明。藤井林太郎社長は記者会見で「会社の体質そのものに重大な問題がある」として、引責辞任する意向を表明した。藤井社長は「社会に不安を招いたのは私の責任」と謝罪し、品質管理体制を確立した上で、3カ月後をめどに新体制に移行する考えを示した。不二家によると、埼玉工場で新たに判明したのは、99年から昨年にかけての7年間に牛乳や生クリームなど消費期限切れの乳製品を使用したケースが9件、卵類の使用が6件。ほかに賞味期限(主に加工食品に適用)切れのブルーベリージャムなどの使用も3件あった。11日の記者会見では「ベテランの男性パート社員がにおいなどで判断して使っていた」と答えていたが、今回は複数の従業員から同様の証言があり、同工場内で常態化していた疑いが強まった。***倉廩実(み)つれば則ち礼節を知り、衣食足れば則ち栄辱を知る。(倉廩実則知礼節、衣食足則知栄辱)管子 牧民篇「衣食足りて礼節を知る」の出典である。創業97年の名門企業不二家が、期限切れの材料を使い、商品を販売していた。「食糧難の時代ならば、消費期限切れだろうがなんだろうが、かまっていられなかっただろうに」「それは違う。消費する前に食べられてしまうような時代に、消費期限切れなどあり得ない」「それでも、食中毒など、頻発したではないか?」「冷蔵庫など発達していない時代。期限切れは、すなわち食中毒に直結した。食品会社にとって、商道徳に反する行為は、即致命傷となった時代。今は、その切実感に乏しい」「もったいないと思ってしまったのでは?」「心得違いしてはいけない。期限切れになるほど、材料を買ったり、商品を過剰生産したりすることこそがもったいないことではないか」「問題の本質は、材料、商品の在庫管理にある。在庫回転率を向上させれば、期限切れになるような原料在庫を持たなくてすんだはずなのだ。管理側がしっかり発言できる体質ならば、品質管理からも指摘は出来たであろう」「確かに」「ずさんな管理体制が会社の危機を招く。しかも、発表をクリスマス商戦後に遅らせるなど、姑息なことでさらに危機を深めた」とか言いながら、どこかの会社では、不二家チェーン店の立地を調べ、メイン銀行へ渡りをつける。他人の不幸は、商売の種。
January 16, 2007
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文芸春秋2007年2月号は、巻頭特集で「驚愕の予測 10年後の格差社会」と題し、「雇用」、「会社」、「所得」、「資産」、「教育」、「自治体」、「治安」、「対災害」、「医療」、「結婚・出産」、「老後」以上11項目について将来予測を行っている。これを、わが町「経堂」に当てはめて考えてみるとどうだろうか?「雇用」、「会社」から始めると、これらは所詮、個人個人の問題であって、経堂のような、巨大地域社会東京の下部構造地域には、直接関係無いように思える。しかし、10年後というのは、団塊の世代が職域社会から地域社会へと、ほぼ移行を終えようとする時期であり、従前の職域社会と地域社会のあり方は大きくその姿を変え、或いは、変えつつある可能性がかなり高い。しかも、少子化に伴い、若年労働力は不足するであろうから、退職者を労働資源として有効活用していくことにおいて、果たして、高齢者の場合、職住はなるべく近接していることが望ましく、経堂という地域社会が有効な機能を持ちうるかは存外大事かもしれない。「住むところはあれども、働くところが無い」地域の違いが雇用格差につながる可能性はあるのだ。もっとも、10年後は、雇用形態だけでなく、労働形態も変化しているであろうから、必ずしも、現時点で在来型の労働需要が無いということが、10年後も引き続き、労働需要が無いということを意味するわけではない。地域社会の中で、高齢者を含めた地域住民による互助努力が実現していく。これが本来目指すところであるべきで、健康で活力ある高齢者が多い経堂は、高齢者雇用におけるモデル地域足り得るかもしれない。次に「所得」、「資産」であるが、これらも個人個人の問題であって、帰属する地域社会は、ある意味、格差結果の具体例であって、原因ではない。もっとも、何をもって格差ありと捉えるのかは、個人個人で千差万別であるのだけれども。無論、「所得」「資産」は、ある程度「雇用」「会社」或いは「教育」といったものの結果でもあるから、地域社会が新たな格差を再生産する原因となりうることは否定し得ないが、10年後という期間で捉える範囲では、因果関係がそれほど強いものではないだろう。「教育」は大きい。経堂町内には学校が無いが、近隣の船橋、桜上水は、それぞれ小学校から大学まで揃った文教都市である。かつて、公教育がしっかりしていた1970年以前、桜ヶ丘、緑ヶ丘といったこのあたりの公立中学校は、優良との評価があったと思う。先輩には、学問、経済、政治などの分野で、それぞれ相当に活躍されておられる方々も多い。公教育建て直しの成否は、将来を大きく左右する問題。これらが魅力ある教育機関として機能すれば、おのずと、将来を支える若い住民層を誘致する可能性が増えるのだ。学校は社会の縮図。公立学校のよさは、生徒、児童の多様性にある。エリートの子弟だけを集めたような小学校、中学校が、果たして人間の将来にとって有為な人材を育成できるのか?植物だって、同じ種類のものだけを集めて植えれば、病気にかかりやすい。だいたい、小学生、中学生が、通勤電車で往復1時間も2時間もかけて学校へ通うことなど、不健全だし、彼らにとって、まったくの時間の無駄。どうせ、それだけの時間と金をかけるならば、どこかで遊ばせてやるか、本を読ませるべきだ。遊ぶときに遊ばなかった奴は、大人になってロクなことにならない。健全な子供の遊び場こそ、整備課題。「自治体」東京都世田谷区。人口80万の大都市だ。政令指定都市にも匹敵する人口を有する世田谷区。現在の東京23区制度が維持される限りは、特に格差へのリスクは少ないように見える。だが、実際には世田谷区全体として、住民が多い高齢化が進む土地が高い施設インフラはこれからの整備という状態ではないか?高齢化社会到来へ向け、特別養護老人ホームなど世田谷区が自治体として供給する社会インフラは多いけれども、需要はそれを上回る状態がまだまだ続く。その意味で、漫然としていると、桜上水というより、世田谷区に住んでいることに老後の生活格差が生ずるかもしれない。どうせなら千代田区あたりに住んだほうが、面倒見はいいのだ。世田谷区としては、早い時期から民間の力を導入して、人口増減カーブに応じた社会インフラを調整していくことが求められる。もっとも、高齢化がピークを過ぎると、今度は需要に追いつくべく整備されてきた社会インフラは一転供給超に転ずるから、10年後はともかく、30-40年後には、転用をどうするかの問題になる。次に、自治体能力である。役所(この場合東京都と世田谷区)と議会がきちんと機能しているか。人口80万の大都市を切り盛りすることは、それほど簡単ではない。マネージメント能力の有無が、10年を重ねると、あきらかに違いとなって出てくる。私たちは「誰かがやってくれる」と放置してきたのではないだろうか?特別区という存在も、本来は「市」と同等のはず(地方自治法)。東京都と世田谷区のハザマに埋もれ、責任の所在が曖昧になっていないか?自治体を住民がちゃんと監視しないと、自治体間の格差リスクが生ずる。「治安」本BLOG昨年12月4日に、「あなたの街は安全か?」と題する 月間現代1月号の東京市区別町丁目別全犯罪ランキングなる記事をご紹介した。http://plaza.rakuten.co.jp/kd2006/diary/2006120400002006年1月―9月末の累計、全刑法犯の東京都内市区町村別で、世田谷区は第1位。町丁目別で比較すると、経堂1丁目が区内8位141件。犯罪は繁華街に多い。また、一部商店街が短い赤堤方面などは、駅からちょっと歩けば人通りの少ない住宅地。もっと健全な人通りを多くしないと、治安面では不安がある。「対災害」経堂の災害テーマは、地震に尽きる。(かつては、烏山川の氾濫による水害があり得たが、現在はあまり考えないでよいだろう)町内ではないが、学校、団地の存在は、災害時の避難場所という観点からすれば、かなりの強み。高架化された小田急線も、火災類焼の防波堤となるだろう。木造家屋が密集しているところが多く、地震に限らず、火災一般は逆に経堂は脆弱かもしれない。「医療」総合病院が無いのは、不利。町内でご開業中のお医者さんたちが高齢化してきている点も気になるところだ。本当は、駅前再開発で、保留床に病院施設を誘致するというのが、理想なのだが、なんでもかんでも、駅中心が良いのかどうか?経堂町内ではないが、意外なのは、率直に言って、長らく地域の嫌われ者だった松沢病院。都市住民の精神病理を総合的に治療、相談できる場所は、21世紀の都市にとって欠くことのできない領域だ。しかも、今となっては、武蔵野の風情を残す貴重な緑でもある。「結婚・出産」特に問題はないように思える。「老後」ここまで書いてきた格差予測を踏まえ、私たちは、老後を経堂あたりで暮らすことを選択するか?私の答えはYesである。諸兄、諸姉はいかがか?
January 15, 2007
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1月15日読売新聞によれば、青森県東通村の風力発電機倒壊事故で、発電機を支える円筒形の鉄鋼製部品(基礎上部)と、地中の基礎コンクリート(基礎下部)をつなぐ鉄筋216本のうち152本が、ほぼ無傷だったことが14日、経済産業省原子力安全・保安院の調査でわかった。 発電機の倒壊を防ぐ基礎部分の鉄筋が、ほとんど役立っていなかったことになり、保安院は、これが倒壊の要因とみて、設計や工事にミスがなかったか調べている。それによると、発電機(高さ68メートル、重さ179トン)は、地中に埋められた基礎下部に、高さ1・5メートルの基礎上部を介して固定。発電機と基礎上部は、ボルトで固定され、基礎上部と基礎下部は鉄筋とコンクリートでつながれていた。破断は、基礎上部と下部の間で起こり、「通常では起きにくい壊れ方」(保安院)だった。 それにしても、素人目には、回りの鉄筋は細くて頼りなくしか見えないし、真中の方など単なるコンクリートだけ。折れたからではなく、これで大丈夫?って思えてしまう。施工した人たちは、そう感じなかったのか?
January 15, 2007
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ここ四半世紀、喫茶店、飲み屋その他で口角泡を飛ばし話しをする光景にお目にかからなくなった。なにか、もの足りない気がして、自分の気持ちをお話ししてみようとするのだけれど、まだるこしいことに、うまく表現できない。 政治にしてもこれから、都知事を含む統一地方選、参議院議員選と続く亥年選挙じゃ自民党は参議院で勝てないといわれるのはご存じの通り小泉さんが安部さんに交代したせいだろうか?特にこの半年、世の中全般に政治に興味が薄れた気がする右だ、左だと言っている間はまだ良いらしい。戦前、無関心はデカダンにつながり、デカダンはファッショへと向かった誰も強いリーダーシップをとらない中で、日本が戦争への道をひたすら走り続けた日々を、私たちのほとんどは知らない。顔の無い、責任の見えない官僚主義は、政府だけでなく、人々の思いを無視し、組織の論理だけで、この国を、組織を、蝕み続けてきた。 皆が無関心、誰かがやってくれているだろう その頽廃は何をもたらしていくのか?
January 14, 2007
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行きつけの店で、以前のBLOGでご紹介した納豆かきまぜ棒が話題になり、わざわざひとりのお客さんが、「正月明けでお時間がとれた」と言って、かきまぜ棒を東急ハンズでご購入。持ってきた。事前に情報を聞いたほかの常連さん方。近くのスーパー、新宿の百貨店などでそれぞれ納豆をご用意、かきまぜ棒の到着を待つしかし、乾燥納豆まで登場とはいかがなものか?話題を知らないほかのお客さんが新宿でお求めのシュウマイを持参。ときならぬ宴会が始まってしまい、そうこうするうち、満を持してかきまぜ棒のご到着。「なるほど、こういうものか」と一同納得し、早速にまずは、用意の藁苞納豆を「ふたつ」といて食したところで「納豆をとく」は、 解く 溶く のどちら?それともほかの字?みなさん「おいしい」とおっしゃるなかで、自分は、正直分らなかった。 お持ちになったお客さん。 「これは中国製で、もう少し高いのは、形が少し違ってきます」とのこと。 今度は自分でやってみるか。 そう言うひとたちがかきまぜ棒バリエーション市場を支えている。
January 13, 2007
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1月10日読売新聞は、東京急行電鉄が9日、「全国の私鉄ワースト2位となっている田園都市線の混雑を和らげるため、二子玉川―渋谷間の上り急行列車を平日朝のラッシュ時に限って各駅停車で運行する方針を明らかにした」と報道。 その記事には、「急行列車は混雑が激しいために、乗降に時間がかかり、これが路線全体の慢性的な遅延の原因になっている。このため、ラッシュ時に限り各駅停車にすることで混雑を平均化する。今春にダイヤ改正する方向で、相互直通運転をしている東京地下鉄(東京メトロ)などと調整し、1月中に発表する。都市の鉄道は通勤時間を短くするために急行などの導入を進めてきたが、各駅停車への「格下げ」は珍しい。同線の急行は、二子玉川―渋谷間は三軒茶屋のみ停車し、途中の4駅を通過している。各駅停車にすると、同区間の所要時間は2分程度増えるが、逆に普通列車は途中駅で急行を待避する必要がなくなるため2分程度短くなるという。」とある。 新たに、ラッシュ時急行停車となるのは、池尻大橋、駒澤大学、桜新町、用賀の4駅。小田急と田園都市線は、複々線化、途中駅乗り換え事情・相互乗り入れ(下北沢、代々木上原)、と事情は異なるが、優等列車への混雑集中を避けるための施策として一つの方法。 田園都市線と小田急は、中央林間で接し、相模原から藤沢にかけての渋谷、東京都心方面への通勤を支える2線である。 遠距離かつ、都心通勤者の多い住宅地を走るため、世田谷区内では混雑が激しい。 小田急の回答は複々線化 田園都市線の回答は、通勤時全列車各駅停車化 人口減とはいえ、まだまだ通勤には厳しい時代が続く
January 11, 2007
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空き缶回収器にアルミ缶を入れて頂くと、1個につき1枚チップがでてきます。そのチップ100枚を事務局にお持ち頂くとBOXティッシュ又はトイレットペーパどちらか1個と交換させて頂きます。 ●関係 ●名前 ●年齢 ●説明 父 耕作 52 多少頑固だがファミリーの大黒柱で、二代目店主。農大通り商店街をひっぱるリーダー的な存在でもある。 母 通子 48 太陽のように明るくやさしいママ。近所の奥様達との井戸端会議の議長をやっています。 兄 商一 26 今はサラリーマンだけど、いずれパパの後を継ぐつもりらしい。パパには言わないけれど。 兄嫁 栄子 28 兄の年上女房。頭が良くて快活で、たまに母と衝突するけれど、商店向きの人だと母はよく言います。 甥 健介 2 兄に似ず頭が良さそうで、末が楽しみなわが家の初孫です。 弟 康次 10 勉強嫌いでやんちゃな私の弟。気の優しいところは許せる。 祖父 拓右衛門 75 頑固一徹を絵に描いたような人だったらしいけれど、私のお願いは何でも聞いてくれる優しいおじいちゃんです。 祖母 はる 70 長い間、今のお店を守ってきたのは実はおばあちゃんなのだ。だから、わが家では一番偉い人かもしれない。 私 夢子 16 小さいときから商店街が私の遊び場。だから、この街が大好きな私の故郷。 私の彼 小田鉄雄 19 駅前の本屋で知りあった長身の彼氏。農大目指して浪人中。 私の友達 16 同じ高校のクラスメート。私の一番のなかよしです。
January 8, 2007
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820,920人(男393,601人、女427,319人)425,295世帯住民基本台帳による世田谷区2007年1月1日現在の人口と世帯数。 その世田谷区が今年2007年5月3日で誕生60周年を迎える。ここで還暦といっているのは、1947年5月3日に地方自治法が成立、そこに規定される東京都の区=特別区としての現行世田谷区が誕生したことに因む。東京都世田谷区誕生までの経過を簡単に記す。荏原郡松沢村、世田谷町、駒沢町、玉川村の4町村が東京市に編入されて「東京市世田谷区」になったのは1932年、75年前。その意味では、今年世田谷区は75歳。しかし、この時代は、まだ千歳、砧両村の地域は、世田谷区ではなかった。北多摩郡砧村・千歳村が東京市世田谷区に編入され、今の世田谷区の区域が定まったのが、1936年、71年前。第二次世界大戦中の1943年7月1日には、東京市と東京府は廃止され、東京都が設置された。東京都世田谷区の名前はこのときからで、63年前。このとき、東京都は35区。世田谷区は統合、分割されることなく、結果、影響がなかったが、戦後の1946年10月に東京都区域整理委員会は、35区を22区に整理統合する案を提出。1947年3月15日東京都は22区制を実施、同年5月3日地方自治法成立=特別区のはじまりは、22区だった。同年8月1日、練馬区が板橋区から分離、独立し、東京23区がここに成立。「東京23区」も今年60年を迎える。因みに新制中学も1947年5月3日の発足だから、緑ヶ丘、桜ヶ丘、桜木、松沢といった経堂駅周辺の中学各校も、今年還暦。東京都世田谷区。人口は23区中最大、人口だけで見れば、徳島、高知、島根、鳥取の各県をしのぎ、ほぼ福井県並。面積は大田区に次ぐ(大田区の面積は埋め立てにより増加)。市制施行という話しがときどき持ち上がる。世田谷区を世田谷市と書き換えるだけで、どれだけコストがかかるか?実質的に変わらぬものを、名前を変える必要があるのか?東京23区だから、東京都が面倒みてくれる部分があるが、東京都世田谷市となって財政基盤は大丈夫か?逆に、市として、小県並の人口を有するこの自治体の運営を行う能力があるのか?周辺市或いは区との統合はどうなるか?人口減少の時代を迎え、舵取りは難しい。***地方自治法 第281条(特別区)1 都の区は、これを特別区という。 2 特別区は、法律又はこれに基づく政令により都が処理することとされているものを除き、地域における事務並びにその他の事務で法律又はこれに基づく政令により市が処理することとされるもの及び法律又はこれに基づく政令により特別区がしょりすることとされるものを処理する。 3 第2条第4項の規定は、特別区について準用する。
January 8, 2007
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世の中には不思議な商品があるものだ。正月に家人が、米とぎ棒なる商品を求め、また一つ使わない道具が家に増えたと嘆く。お米を研ぐ時、おいしく炊くコツのひとつに冷水で研ぐというのがある。しかし、冬場など冷たい水に手をさらすのは手荒れや、ネイルにキズが付くかも、と若い女性を中心に抵抗があるようだ。この米とぎ棒を使えば簡単にすばやくお米がとげ、手荒れの心配もネイルケアにも便利というのが謳い文句。こういうものをよく買うなあ、と変に感心していたら、今度は、「納豆かきまぜ棒」の名前を耳にすることに。納豆をおいしく食べるには糸が肝心、200回かきまぜろ、といわれたことがあるが、この商品、微妙な凹凸が納豆とからみ、おいしい糸をつくり出すとか。180円と値段を聞き、それなら買う人も居るだろう と思う。次は、自分が何か考えることにする?意外と思いつかぬものですな。
January 7, 2007
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かねてより療養中だった由紀子さんのお父さまが昨夜亡くなられました。心から哀悼の意を表するとともに、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。経堂の商店街でのご商売。まだ車の無い時代には、築地から経堂まで仕入れた商品を載せた荷車を引いて運ばれていたと由紀子さんに伺ったことがある。BLOGの経堂町小史を書くにあたり、昔の経堂の様子をお伺いし、とも考えていたのだが、いまだ構想なかばにして、準備整わず、機会が永遠に失われてしまった。同級生たちの親御さんの訃報に接するようになって久しい。大正から昭和の始めにかけてお生まれになり、戦争、復興、高度成長、そして、安定成長からバブル崩壊を経て、20世紀を生き抜かれた世代。かくいう自分は、母の介護を老いた父にいつまでも任せ続けるわけにもいかずとは言え、自分がどこまで関与することが良いのか?ほかの人と馴染まない母のこと施設よりは、不便はあっても自宅が心地良いのだろうと慮るが、もはや答えてはくれぬ現役の頃、母と家族をないがしろに、自分の父母の介護にも関与せず、「仕事」と遊びに専念した父だが、母の病気とともに、ここ数年は引きずり込まれるように、母の面倒を見る日々が続く。そろそろ解放してあげたいが、その決断の背中を一押し出来ない。
January 7, 2007
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正月二日はお昼から谷根千(谷中、根津、千駄木)へ。千代田線で一本。便利になったものだ。正月2日も、池之端裏の喫茶室Pekoeは営業中。(http://plaza.rakuten.co.jp/kd2006/diary/200609270002/をご参照ください)今日はしっかりお散歩と決めてかかったので、最初からお茶というわけにはいかない。次回はいつ?ときどきセロなどのコンサートもやるので、土曜の午後にでも来てみようか?坂を下り、横丁の中をくぐるように歩いて、WITHUS根津なるケア付きマンションにいたる。外観が古びた木造を思わせるが、実際はSRC造だろう。隣接して釜竹なる古い土蔵をあしらったうどんやも面白い。この「ウィーザス根津」、文京区根津、千駄木と台東区谷中地域の8町会と、災害時の相互救護活動について「災害時応援協定」を結んだそうな。協定の内容は、災害時、ウィーザスの施設敷地を、一時避難場所にする一方、地域住民がウィーザスの高齢者救出活動を行うというもの。今後は、協力して避難訓練も行うらしい。このあたり、戦災を免れたこともあって細い道が入り組み、木造家屋が密集、かつ、行政区画が台東、文京両区が入り混じり、防災上は脆弱に映る。その立地の「老人ホーム」は、災害時に積極的に自分を守る手段をもたねばならない。21世紀の施設のあり方としては、今後ともいろいろな試みがなされるべきだ。こちらは本物の木造で文化財にもなっている串揚げ屋「はん亭」をぐるりと回って、家人と話しを交わしながら、谷中へび道(旧藍染川流路跡)を遡上。さらに、千駄木で三崎(さんざき)坂を渡ってよみせ通りから、谷中銀座へ。http://www.yanesen.net/map.pdfコシヅカハムはお正月は休みだけど、さすがに谷根千。前日歩いた地元経堂より、行き交う人の人数も、街中で開いている店も多い。ちゃんとお正月でも行く場所、食べる場所がある街は、活気が出るものなのか。正月の街を楽しみ、遅くならぬよう、本郷へ登り、菊坂を回って、後楽園へ抜けて帰途についた。
January 2, 2007
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1月2日は国立競技場で大学ラグビーの準決勝昔の甲子園の準々といっしょ(といっても甲子園は八チーム、大学ラグビーは四チームだけど)で、ベストチームの顔合わせを満喫できる玄人好みの日でもある。試合は関東学院大対大阪体育大、京都産業大学対早稲田大と、せっかくの東西対抗なのだが、準々決勝で法政、慶應、明治の動員力のある伝統校が軒並み敗れたこともあって、スタンドの入りは第一試合の途中まではいまひとつ。場内アナウンスと演出が何かサッカーぽくなってきたのも気に入らない。とか言っていると、残念だが年寄りのグチみたいに聞こえる。ラグビーゲームの緊張感、静と動の切り替わりは、スポーツ鑑賞の原点だと思うのだが、21世紀にはもはや通用しないのか。例年通り関東の壁は厚く、同志社に次ぐ関西からの決勝進出はならず、二試合とも関東勢の大勝に終わったが、関東学院も早稲田も勝ちっぷりは今ひとつぴりっとしない。特に京産大は、試合開始早々名刺代わりとばかりに早稲田の自陣エンドゾーンからのキックをチャージし、「これは」と期待を抱かせたが、前半なかばで息切れしてしまい、かえって早稲田に本気を出させてしまった感がある。だが、まともに勝負して勝てる相手ではなくとも、それを敢えて勝負するのが、学生スポーツの良さ。大味な試合を繰り返す関東学院、早稲田がいつまでもトップに君臨するわけではない。黙々と努力し、関東に挑戦しつづける二校にひそかに声援を送る。
January 2, 2007
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ORICON STYLE全国アンケート調査。初詣どこの神社へお参りしているのか。1位に輝いたのは「近所の神社」という意外(?)な結果。以下、明治神宮、伊勢神宮、川崎大師、成田山と続き、大宰府天満宮、北海道神宮、伏見稲荷、生田神社、熱田神宮、湯島天神、出雲大社、豊川稲荷、浅草寺、北野天満宮、靖国神社、鶴岡八幡、清水寺、氷川神社、寒川神社と続く。さて、そこで我が家であるが、やはり、身近でご利益もありそうと、地元の神社。元旦は、午前中は比較的天気がよくて穏やかに始まったお正月。午後からは日が陰ってしまい、寒い一日。お屠蘇とおせちを済ませ、年賀状の整理をしたところで、家族で散歩がてら神社へ初詣。未明に受験の友人たちと一緒に済ませたとかで、息子にはつれなく振られたが、娘が途中まで一緒。この間生まれたばかりと思っていた子供たちも、もう22と18。一家で過ごすお正月もあと何回?手を洗い、口を漱いで列に並ぶ。毎年、何かお願いしようと考えるのだけど、いざお参りすると、頭の中は空白となり土地の神さまに、一年間の健康をお願いするだけで終わってしまう。自分のこと、家族のこと、全ての原点は健康であって、それ以上を願おうとしても邪念は排除されてしまう。迷信とかは信じないが、神社のおみくじだけは別。吉と出た年はつつがなく、凶と出れば確かに悪い。仕事で行き詰まり、お払いをしていただいたら、途が拓けた経験もある。要するに気のもちよう、着実に努力を重ねることと思いつつ、年頭のおみくじは、毎年力が入る。家人が中吉、自分が吉。今年は、幸先良いスタート?小さいほうはきんかんで、大きいのは何だろう?冬に濃い緑と黄色のコントラストが目に映るのは、柑橘系の植物。ご近所のお庭を眺めて歩くのも楽しみ。袋小路でキャッチボールの親子。緑道では女の子3人とそれぞれのお母さんとおぼしき人たちがバトミントンに興じている。ようやくと正月らしい光景。宮坂のご町内で黄色い小さな花をつけているのはろうばい?大きな枯れた実のようなものは前年のものなのだろう。椿の花にくちばしをつっこんで蜜をとっているのは、うぐいすのつがい。この時期、うぐいすはどこに巣を求めているのか?春先に里に降りてくると言うが、わざわざ寒い時期に寒い山中に居るのかな?それは不合理だ。今年は去年に比べ、街に行き交う人たちが多いように感じる。去年は、塩原湯の前で茂実君に会ったが、今年は中学校同級の金子君を遠藤書店の前あたりでお見かけした。お正月は神社でご家族連れでお見かけしたことがあったが、ふだんは桜上水のほうへお越しになるのでは?すずらん通りでは、珍しくカフェが元旦から営業正月というのを忘れて店を開けてますという風情のせともの屋のオヤジさんそういえば、お遣物があったので、昔は和菓子屋さん洋菓子屋さんの中には正月も営業する人たちが居た。お菓子やさんの「七つの水仙」もお正月から開いている。塩原湯は元旦お休みで、2日は朝湯で午後は早い時間に閉まってしまう430円なんだ!3日は19時までで、4日、5日はお休み。お正月の寒さに勝手ながら、2日間の休みは辛い。駅前を経堂西通りの方まで回るが、そちらは、あたりまえだけど皆さんお休み。家へ戻り、レンタルビデオで借りたPirates of Carribeanを見ながらエビチリ、麻婆豆腐、オニオンスライスのスモークサーモンサラダ、茄子いため、蟹玉スープと、油っぽくなく作れて、好評。
January 1, 2007
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