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今年を振り返って(1) いよいよ今年も残り一カ月になってしまった。これからは秒読みで正月が迫って来る。早いものである。歳と共に時の経つのを早く感じるのは侘しくなる。それだけ時間というものを充分に体験し理解しているからこそ時の経つのを惜しむのだ。それに引き換え充分に満足でき意義のある過ごし方をして来たかどうかは別の話に成るが、何時も気を張り詰めてばかり居ればパチンと弾けてしまうから適当に緩急を繰り返し緊張緩和と称して息を抜く人生を送って来ている。つまり一言で言えばだらしない人生なのかもしれない。自分では几帳面な性格だと想ってはいるのだが。1月(旧校舎の解体工事の最中)。 もっと真摯に人生を見つめている人からすればとんでもない奴に見えるかも知れないが、それでもボクはボクなのだから仕方が無い。弁解はしないが反省すべき点は多々あるだろう。それを日々見つめながら今日まで来たせいか振り返ってみて、これから挑戦してみようかと想うことが多いのが気に掛かるところだ。パイロットに成りたかったとかスポーツ選手にとか画家にと色々な願望は今もあるが可能性としては画家ぐらいなものだろう。元々好きだったから油絵で残りの人生(多分20年はあると想うのだが)をその方面に注ぐのも良いだろう。そんな反省地味た考えが年末には起きるものだ。2月(解体工事で出たアスベスト等の産業廃棄物を処分場で埋めているところ)。 それでも昨年は小学校の工事が始まる準備で気忙しかったから、こういう気持ちにはならずに居られた。人生、暇になるとロクなことは無い。適当に忙しいぐらいが良い。親父が86歳まで現役で居たからそれを見習いたいと想っている。尤も、仕事の内容が違ったからボクの場合は10年は短いだろう。ということはあと10年が現役で居られるということになる。親父は税理士だったからデスクワークばかりだったのだ。体力をそれほど要しないから自宅でも出来、外と内の割合がボクと違って半々だった。昔の旧制高校の同窓会に出席する度に、大会社の社長になっている連中から羨ましがられたという。3月(旧校舎の解体工事が終わって整地しているところ)。 学業が出来たから同窓会で堂々としていたのだろうが、ボクなんか同窓会なぞ興味がなく、これまで数える程も行っていない。毎年のように何処からか案内が来るが行かない。一昨年だったか52年ぶりに初めて小学校の同窓会に行って失望したことがあった。というのは羽振りの良かった連中が殆ど居ず、地味で目立たなかった連中がしっかりとしていて一人前の口をきいているのだった。当然ながら経済的な裏付けも伴うから言うことに重みのあるのは少なかったが、それよりも人間的に成長していると想える連中が見当たらず失望したのだった。52年も経っているのだからもっと大きく成長しているだろうと予想したボクが甘かったのだ。4月(古い20mの松杭を抜いているところ)。 人間はそう変わるものでもないということが改めて分かって失望したのだろうか。「三つ子の魂、百まで」というのは当たっていると想う。そういう目で見れば、中学、高校、大学と年齢が行くほど覚めた目で観るから、ボクなんかサラリーマンが嫌いで役人ももっと嫌いということもあって同窓会には行く気がしないのだ。そういう嫌いな相手と今でも仕事で付き合わねばならないのだが、それはそれで割り切っているから問題はない。別世界の人種だと思えば腹も立たないのだ。しかし、今流行りの政府の事業仕分けをニュースで観て、実に役人の小賢しい返答ぶりに矢張り官僚の横暴は潰さねばと想うのだ。5月(新しいコンクリート杭工事も終え、基礎工事に入ったところ)。 やり過ぎと想える程の突っ込みは一種のパフォーマンスにしても、あれぐらいやっても役人は蛙の面に小便という程度にしか想って居ないだろう。学者先生には気の毒な面もあったが、大体、金が無いから研究が出来ないという理屈だけでは政治家は納得しないだろう。かのノーベル賞の我が国での第1号受賞者だった湯川博士は戦前戦後の金が無い時代でも理論物理学の世界で中間子の存在を予測し後に海外での実験で証明され世界をアッといわせたのだ。学問に金はあるに越したことは無いが理論を健全に構築させるには環境さえ整えれば巨額な資金はそう要するものではない筈だ。基本の環境を整える費用をケチっていては駄目なことぐらい馬鹿な政治家でも分かるだろう。6月(鉄筋コンクリート工事が本格的にはじまったところ)。 そういう意味では社会資本であるインフラはまだまだ日本では未整備だ。欧米はその点では進んでいる。時代的に早く目覚め、世界から富を集約させて自国につぎ込んだお蔭だ。中国が今、必死でそれをやろうとしている。東京オリンピックの頃の日本と似ている。だから日本は東京以外にももっと社会的なインフラを地方都市や主要港湾・空港にも力を入れる余地が多くあるだけに頑張らなくては世界から置き去りにされ、単なる東洋の観光地に陥ってしまうだろう。尤も、スイスのように精密機械や薬剤の特許だけで喰って行ける自信があるならそれでも良いだろうが、日本は基本が農業国であったことを忘れてはならないと想う。そこに一枚、特許(ノウハウ)大国をプラスするならば鬼に金棒なのだが。(つづく)
2009/11/30
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次の工事現場 小学校の工事が終わらない内に次の工事現場が動き始めた。次の工事現場は同じ大阪市内でも都心である。土一升、金一升とよばれる地価の高い商業地だから前の小学校の市の外れと雰囲気が違う。どのように違うのかと言えば、先ず車の通行量である。段違いに今度の方が多い。それに車種も違う。前のはトラックやコンテナが多かったが今度は乗用車が殆どで外車が多い。日本人は外車が好きなようだ。同じ程度の車でも外車だと割高なのに乗りたがる。多分、ステイタスの違いという勘違いがそうさせるのだろう。外車だと金持ちに見える。高層建築の基礎鉄筋は鉄筋だらけというイメージで、前回の小学校とは大分違う。 金持ちに見られるということがステイタスと想っているのだから日本人は単純である。車は車でしかない。気持ちよく安全に乗れて高性能な機能性を持っていれば何処の車でも構わない筈なのに外車がそうだと想いたがるところが可愛いというか幼稚なのだ。中国人もそうだという。ところが、中国の国産車は外車の真似ばかりで性能はイマイチだから外車に憧れるのは分かる。むしろ日本の車の性能の良いのを知りながら日本人が外車に憧れる点が一寸違うのだ。戦後、ドッと外車が輸入され、それまでの国産車が余りにもみすぼらしかったイメージが今も記憶に残っているのだろう。基礎の鉄筋検査は複雑で、降りて行って移動するのが大変だ。 しかし今ではその頃の車を知っている世代は高齢者ばかりだから中年以下の若い人々は知らない筈である。そこが面白いところで、親の代での印象が語り継がれているのか外車の方が優れているという思い込みがあるようだ。先ずベンツが一番多い。次はBМWで、三番目はワーゲンかオペルかシトロエンかボルボという順のようだ。つまり、ドイツ車が一番人気で、次いでイタリー、フランス、イギリス、スウェーデンという欧州車ばかりである。ボクはスタイルでランク分けしていて、一番好きなのはイギリスのジャガーだ。貴婦人と呼ばれるだけあって流麗なデザインが昔から好きだ。検査風景の写真撮影の為の黒板とテープ・メジャーが準備されている。 好きだからそれに乗るのは趣味の話だ。趣味で乗る人は無理をしてでも乗るだろう。燃費がどうの税金がどうのと言っている人は外車は乗れない。国産車でも高級車は燃費が悪い。だから経済性で乗る人はその辺りを考えて選んでいて、最近では軽四輪が圧倒的に多い。まるで自転車代わりだ。それは住宅地に多く、田舎へ行けば行くほど多くなる。軽四輪は若い主婦や老人に多い。それだけに運転が荒く怖い。未熟な運転者が多いのである。それにマナー違反が多い。軽い車の割には最近のエンジンは高性能だから直ぐにスピードが出る。高速道路でもビュンビュン飛ばしている。よくあれでひっくり返らないものだと感心する。道路際は勿論、敷地境界線は矢板の代わりに地盤改良剤で土を固めて掘削する。 先日など、阪神高速が大渋滞で、交通事故が原因だった。それも別の場所で二か所もあったから予定時間を大幅に遅れてしまった。最初の事故現場ではポルシェと軽四輪の衝突事故だった。ポルシェの後が大きく壊れていたから軽四輪が追突したのだろう。軽四輪は20mほど前方に飛ばされて停まっていた。最近は高速道路でも軽四輪が我が物顔で飛ばしているから怖い。通り過ぎてやっと渋滞を脱したと想った矢先、再度、環状線で大渋滞に出合った。分岐線の手前で事故っていたから車線変更の失敗が原因だったのだろう。慣れない道を行くと、スピードに乗れずに車線変更が出来ないまま直前で気が付き、急に変更して接触事故を起こしてしまう単純なミスだ。場所打ちコンクリート杭の上に載ったベース(部分)。 お蔭さまでボクは事故を起こしたことは一度も無い。たまに交差点の信号で停まっている時に追突や接触の事故にあったことがあるが、どれも相手のミスで停車中のボクの方は手の打ちようが無かった。腹立たしいし時間もロスするだけに何の得にもならない。幾ら修理をしてくれても有り難くない。むしろ車の価値が下がるので不愉快なものである。相手が未熟なほどワーワーと騒ぐ。何とかして自分のミスをカバーしたいのだろうが保険で直すのだから損といっても保険金の料率が少し変わるだけなのに詫びの一言も無い場合がある。人間性を疑ってしまうが、そういう手合が多いのも現代社会だ。だから極力、変な運転を見れば離れることにしている。場所打ちコンクリート杭の上に載ったベース(全体)。 新しい工事現場の紹介と配筋検査のブログのつもりだったのに車の話ばかりしてしまった。つまり、それほど外車が多い地区なのだ。変わったものではワンブロック離れた処にある、まるでルイ・ヴィトンの廻し者のようなマンションがあることだ。あの細かい家紋のようなマークが壁一面に散りばめられているのだ。設計者は中国人だそうで大陸にはそういうビルはよく見かける。日本では違和感があって面白いと想ったがボクには出来ない芸当だ。日本人は簡素化されてスッキリしたファサードが好きなのだ。最近のスッキリしたファサードは首相官邸のような軽やかなガラス張りと縦横の格子ラインが多い。あれは流行だから流行が過ぎればダサくなるだろう。
2009/11/29
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ドラムビート トライアンフ(カトレア) 先日、自治会長さんからブル-ボ-イ・ファントム(カトレア)を貰ったばかりなのに、ボクが出先から帰って来ると「今朝、○○さんが、わざわざ新しいカトレアを持ってきて下さったわ」と妻が興奮気味に言った。「へえ~、会長さんが、わざわざ?」「お一人だと想って気楽に出迎えたら、車の中に奥様も乗ってらしたのでびっくりしたわ」「へえ~、珍しい。上がって貰った?」「いえいえ、脚が悪いから遠慮されていたし、うちは階段があるから無理ヨ」「そうか、リハビリに行く途中だったんだな」「そう言えば、綺麗に化粧されてたわネ」「あんたと話がしたかったのもあるかも知れないヨ、同じ日本画を描く者同士ネ」ドラムビート トライアンフ(カトレア) 「リハビリに送ってもらう途中だったのネ」「絵の話はした?」「少しネ。今何を描いているの?と聞かれたから人形と果物なんか・・・」そんな話をしながら新しいカトレアに観入ると「ドラムビート・トライアンフ」と名札が付けてあった。初めて知る名前だ。ボクはカトレアの種類が多すぎて覚えきれないから一くくりでカトレアとして観てしまう。マニアや愛好家は当然のように知っているのだろうが覚えるには時間が掛かりそうだ。温室で可愛がりながら育てている彼の後姿が観えるようだ。温室を持って無いから育てるのは難しいが、花を愛でる分には貰ったものでも充分だ。暫く、テーブルの貴婦人になることだろう。ガラス・ケースの貝殻とカトレアが美を競い合っている。 ドラムビート トライアンフ(左) と ブル-ボ-イ ファントム(右) 夫々の葉っぱの色が違うのは陽の光の当たり方が違ったのだろう。
2009/11/28
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最後の定例会議 小学校の増築工事がほぼ終わり、後は建物内部の洗いとワックス掛けだけとなって、現場事務所の仮設建物も今月限りで撤去となることから定例工程会議も最終回となった。通常の司会進行でボクが前回の議事録の読み上げをし、懸案になっている事項のその後の対応について訊くと、役所(教育委員会)の手配遅れで理科室の実験台の納期が大幅に遅れるということが判明した。役所仕事というものは全く何を考えているののだろうと思えるほどいい加減なものということが今更のように分かる。役所の女性工事担当は部署が違うので自分には関係が無いとばかりニヤニヤしている。廊下(床の中央線と教室入り口横には下足入れが見える)。 役所の設備担当者も只困ったという顔をするだけだ。実験台に電気・水道・ガスを接続する各設備業者は納入後に接続工事をする関係で工期に間に合わなくなるので矢張り困ったという顔をして設備監理者と役所担当者の顔を伺っている。高が小学校の増築工事程度のことながら関係する部署は多岐に分かれ、先ず建物の工事担当課から入札で勝ち抜いた建設会社に工事発注がなされ、次に設備(電気、水道、ガス)の工事も矢張り入札で勝ち抜いた電気・水道・ガスの各業者に夫々発注が行き、監理は設計した事務所に委託発注がなされ、設備の監理も設備設計事務所に委託発注がなされる。 各教室の備品類は教育委員会から専門業者に別個に発注が行き、建設会社とは無関係の工事扱いになる。しかし、最後の締めくくりは建設会社が総てまとめなければならない。工事業者は工期が延長されても有り難くない、むしろ迷惑な話なのだ。監理のボクにしても段取りが狂うことになる。11月末が工期のエンドだったのだが大事をとって先月に12月の15日に工期延長したばかりだったのに更に工期の再延長ということになる。流石に工事担当の女性は気まずい顔になり「教育委員会さんのせいでご迷惑をお掛けすることになってしまいましたが、学校側への引き渡し日が12月25日の関係から引き渡し日は変えられませんので当日までの10日間延長ということで宜しくお願いします」音楽室は、オルガンや電子ピアノ用に床から電源が取れるようになっている。 ボクの方は今月限りで工事監理は終え、来月の検査に立ち会うだけになる。それまでに監理者としての竣工検査と各書類の整備と点検をせねばならない。監理報告書は直ぐにでも書き上げる事が出来るが、むしろゼネコンの監督が作成・整理する各書類(施工台帳、各施工要領書、各実験報告書、ミルシート、会議議事録、打ち合わせ記録、工事写真、産業廃棄物マニュフェスト、作業日報、ガードマン日報など)に目を通し捺印をせねばならないのが大変だ。だから監督の書類整備能力で決まることになる。ボクは待ちの状態である。そういった一連の作業を監督が理解しているかが気がかりだが任せるしかない。それよりも監理者としての竣工検査の日取りが気に掛る。 それを終えて役所の検査になる段取りだから、そのことを監督に言うと「どうぞ勝手にやって下さい」と言うのだ。「ボクはあなたの下請けでは無い!勘違いしてもらっては困る。監理事務所としての検査基準があるので手直しがあれば指示を出す関係で立ち会人を立ててもらうことになる。不良個所があればドンドン手直しの目印テープを張りまくることになるが」と言うと顔色を変えた。会議に出席している全員の前で監督は恥をかくことに成った。役所の女性工事担当が日頃監督とため口を叩いている関係で仲裁役をと考えたのか「監理の検査を役所の下検査と一緒にやりません?」と言ったので「順序が逆になりますが工事課がそれで良いということでしたら、うちは構いません」と受け入れることにした。パソコン教室には空調機があり、ОAフロアで夫々のパソコンにケーブルが繋がる)。 慣れない現場監督というものは役所の工事担当のご機嫌さえとっておけば監理者なぞ無視しても良いと勘違いする連中が多い。ボクはそういう手合いが大嫌いで、そういう態度を取る連中には厳しく検査をすることにしている。なめるなヨという訳である。だから最後にギャフンと言わせることが度々ある。民間工事の場合はそういうことは先ず無い。大手のゼネコンの監督は心得ているからだ。役所の大規模(20億円以上)な工事は大手のゼネコンが請け負うから馬鹿な監督は少ないが中小工事を手掛ける小さな建設会社ほど分かっていない監督が居るものだ。不勉強なのかどうか知らないが世間を知らないのだろう。 以前に、余りにも横着な業者が居て、そのことは日頃から役所の担当者に報告をしておいたのだが、何度注意しても聞かないから「好きにすれば?その代り、最後に泣くことになるヨ」と突き放しておいた。そして竣工検査の段になってデータは不足、写真は無い、試験結果も無いと分かり、出来上がった構造物の数か所にコンクリートのコア抜きをさせ、改めて破壊検査の為に公共検査試験場に依頼せざるを得なくなって大枚の検査費を負担する羽目になり、役所からは嫌みや苦言を受け、検査合格証を得るのに非常に時間が掛かり苦労した様だった。「先生の指導が悪かったのでは?」と役所の係長が言うので「何を馬鹿な。担当の方に訊いてもらえれば分かりますが、私の指示を無視してばかりで何度も忠告はしておいたのですヨ」役所の手配ミスで、理科室の夫々の実験台の納品が遅れて工期延長になった。 「当方には手順通りの記録もありますから裁判をすればこちらが勝ちますヨ」と言うと黙ってしまった。地元の業者と役所との癒着があるので役所は及び腰なのだ。今は時代が違って、議員に頼んでデータの改ざんやもみ消しをしようとも出来ないのだ。小さな地方自治体ほどそういうケースは多い。大都市になれば少ないが、それでも地方公務員は消極的というか自ら進んで工事の進捗や促進を図るというようなことは全くしない。それに、最近では箱モノ行政が激減しているから技術者としての人間も育っていないのが実情だ。益々これからは役所は下降線をたどり、大手の民間企業が主流になって行かざるを得ない状態になるだろう。
2009/11/27
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玄関のレリーフ デパートからテラコッタのレリーフが届いたので早速、取りつけてみることにした。が、その前に、壁の下地になる部分に釘が上手く打てるかどうかを確かめる必要があった。壁の向こうは和室の押し入れである。押し入れを開けると布団が山のように積まれていた。来客用の布団だ。しかし、今では泊り客なぞ居ないから無駄な寝具になっている。捨てるのも勿体ないが、さりとて置いておいても空間を無駄にしているだけだ。寝具の処分は今度にでも考えることにして取りあえず壁の中身が知りたい。観えている室内の柱が必ずしもレリーフを取り付けたい処にあるとは限らないから問題なのだ。レリーフを取り付けたい場所の裏側を知るには壁板をめくるか天井から見るかだ。玄関風景(ライトはアール・デコ風のペンダント)。 釘を打ちたい処の外壁の位置を寸法取りすると角から横へ50cmの処だった。押し入れの天井点検口を持ち上げて懐中電灯で照らし出すと丁度そこには柱は無かった。10cm程横には細い間柱があったが用を為さない位置だ。仕方が無いので外壁の下地板に打ち付けることにして外壁の水平目地に沿って角から50cmの位置にコンクリート釘を大ハンマーで打ち込んだ。金槌よりも重量があるので二発で板に到達してしっかりと固定出来た。壁面から10mmほど出た釘にレリーフのフックを引っかけバランスを取ってからコーキング剤で釘の周辺とレリーフの裏面の四隅にコーキング剤を塗布し壁に固定させた。目地に釘を打ち込み、防水を兼ねてコーキング剤を塗布した。 更に釘の頭をコーキング剤で隠した。壁の色と同じものだ。そして壁との馴染みを良くする為にボンドを周りに塗った。乾かない内は白く見えるが乾けば透明になるからコーキングの黄色が浮かんで来る手筈だ。テラコッタのレリーフは小さなものだが玄関がそう広くも無いので相応の大きさかも知れない。周りの植栽の成長でバランスも取れて来るだろう。目立ち過ぎてもいけないが存在感が無いのも困る。門の辺りから離れて見ればそこはかとなく目的とするエスニックな雰囲気が出せたのではないかと想えた。妻を呼んで見させた。彼女も満足した様だった。息子が夕方、帰宅しても多分気が付かないだろう。ココが終始取り付けを眺めていたから息子よりも注意力があることになる。目地のコーキング剤が未だ乾かないので白く見える。乾けば透明になる。 これで当面はガーデニングも家の模様替えも休みになる。あとは書斎のカーテンが出来上がって来るのを待つばかりである。そう言えば、あのカーテン屋の親父はボクよりも年上だと思っていたら二つも年下だったことが分かった。見掛けでは分からないものである。人の良さそうな親父で、名刺の住所をグーグル・アースで検索すると、何と、昔母方の祖父が住んでいた辺りだった。子供時分によく遊びに行って、近くの山陰線の蒸気機関車(SL)が通る度に珍しくて走って観に行ったことを想い出した。そのことを先日、工事現場で会った時に話をすると「そうですか・・・。昔に親が買っていた家を、私どもは結婚してから住むことになりましたから40年ほどに成ります」ライオンに五六名のキューピッド達がからんでいるテラコッタのレリーフ。 「もう今では山陰線は高架になってSLは勿論走っていませんが、近くに大きな駅が出来て、あの辺りも大分変わりましたヨ」と言っていた。懐かしい場所に住んでいることが分かってカーテン屋の親父に何となく親近感が持て、レース・カーテンとドレープ・カーテンの他にロール・カーテンも注文しておいた。「何かの縁だな。工事現場で偶然観掛けて、何となく声を掛けてみれば祖父の住んでいた辺りにお住まいの方だったとはネ」「本当に。そんなものですヨ、人の縁というものは。先生、これからもどうぞ宜しく」そう言って親父は頭をヒョイと下げて見本帳を現場事務所から引き揚げて行ったのだった。
2009/11/26
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風邪気味(4) 勤労感謝の日の祝日とで三日の連休だったから充分に休養がとれた。風邪もようやく消えてくれたようだ。妻は土曜のディナーで疲れ、日曜は終日ジッと自宅で養生していたが、月曜の祝日には何とか持ち直してスーパーの買い物に行けるようになっていた。「ああ、もう歳ねえ。昔はあんなじゃ無かった」とため息をつきながら「でも、美味しかった・・・」とボクに気を使ってか感想めいたことを言い「メイン・ディッシュのステーキは残せば良かった・・・。お腹が一杯だったのに・・・」とも反省していた。「ワインが一寸ばかり過ぎたネ」とボクは笑いながら返し、村山現象が身近に起きたのは妻がもうそういう年齢なのだと感じた。久しぶりに難波球場跡の再開発ショッピング・モール街を歩いた。 5年前に乳癌の手術を受けて以来、彼女は老けてしまった。最近はそれでも少しは持ち直して来たようで術後5年が過ぎて抗がん関連の薬も終わってホッとした矢先だったから無理に急いで平常の生活に戻そうとする方が無理があるのだろうと想える。医学技術が進歩して乳癌の早期発見と治療法も進んで来たから今ではそう心配した病気でも無くなったものの、女性にとっては脅威の対象には違いないのだ。更には若い女性にも多く現れるようになって煩わしいに違いない。ボクもそういう眼で女性を観るようになって、これまでのように単なる女としては女性を観なくなってしまった。勿論、年齢的なせいもあるだろう。 が、谷崎潤一郎ではないが、老人の感覚としての異性を観る眼はまだまだ先のことのように想える。我ながら気が若いというか前期高齢者になったくせにチョイ悪親父のような気でいるのだ。ファッションもそうだ。20年前の服装を今でも着ている。古くなって痛んだり虫が喰って穴が開けば同じようなスタイルのものを亦買ったりしている。サラリーマンを辞めて長くなるからネクタイは極たまにしかせず、ズボンはコール天のものや色ものの替えズボンだ。新幹線にもそのスタイルで乗り工事監理の検査にも行く。所謂、老人臭いダーク・グレーのスタイルが嫌いなのだ。気ぜわしい年末の風景には未だ至っていないのか、のんびりしたムードが漂う。 妻もそういうタイプだから近所では年齢の割には若く見られているようだ。同じ住宅団地でボクよりも若い男性が定年でリタイアした途端に老けこんでしまって、老人会にも顔を出さず家に引き籠ってしまうケースが多い。出る出ないは個人的な好みの問題だから第三者がああだこうだと言う必要は無いのだが、せめてウオーキングでもするなり出歩けばもっと若々しく行けるのにと気の毒に想えてしまう。矢張り精神年齢的な問題なのだろう。昔なら60歳を越えれば立派な老人だった。いや、50歳でもそう見えたものだ。それが社会現象として全般的に老人が増えたり、幼稚になったせいもあって10年から20年はずれてしまった。 それなのに人間はどうして若く見られたいのだろう。男も女も必死で若返ろうとする。美容整形は論外としても髪の毛を染めるのは当たり前だ。敢えて染めずに白髪のままの人も居るが、そういう人はそれなりにファッションを考えていて似合っている。歳相応の顔というものは見ていて感じの良いものである。多分、自分の表情に自信があるのだろう。自信があればそれが表情に出るものである。幾ら美容整形で綺麗に仕上げても作られた表情には何所か堅さと寂しさが感じられる。それでも美容整形で自分を騙して自信を持つのも一つの自己暗示で良いのかも知れない。要は精神的な問題なのだ。「買い物に疲れたので一寸一休み」という人が観られる。 それとは別に健康を売り物にする政治家は必ず髪を染めている。染めない人は珍しいぐらいだ。政治家のように人を騙して(別の言い方をすれば、夢を抱かせて)生きる商売は常に緊張感があるから精神的には若く居られるのだろう。その代り実によく人の動向や表情を読む。情報にも敏感だ。そうでないと政界では生きていけないのだろう。財界人はその点。一寸違う。実利の上に立って政治家を動かす知恵が加わるから政治家よりも狡いだけに狸のような惚けた表情をしながらも狐のような姑息な眼で見ている。そのくせ内心は「俺がお前に金を出してやっているのだ」という自信がみなぎっている。 そういう様々な人種がこの世には居て、自分こそは一番偉いのだと内心想っているものだから、直ぐにエゴを出し、権利を主張する。被害者意識も強いから損をするようなことには敏感で防御線を張りたがる。家族でもそうだ。親の遺産争いで兄弟姉妹間で醜い対立が生じる。人間不信に陥るから肉親とて信用がならない。まして他人は全部敵だ。他人のそういう風な場面を見聴きし自分は違うと想いたがる。体面上は実際に表面に出さなくとも内心はウジウジと堪えているから精神に異常を来す。それが癌細胞となって身体を蝕む。そこまで酷くならなくても胃潰瘍に近い現象はざらに生じる。下校時の高校生達がたむろしている。 何事も達観すれば病魔なぞ怖くは無い。ええい、どうにでも成れと開き直れば病気も治ることもあるものだ。それだけに少々の風邪気味程度で、やれ微熱があるの、だるいのと甘っちょろいことを言っていられる内は人間は幸せな内に居るということになる。ボクが妻の愚痴を聴きながらレリーフのことを想ったのも多分そういう気があったからだろう。決して冷淡な訳ではなく人間として基本を全うすれば自然にそうなるのだ。「風邪は万病の元」ではあるが「病は気から」ということもある。無理をせず不健康なことも出来るだけ慎めば何とかなるものだ。暇になる来月からは規則正しい生活を心掛けないとそれこそ不健康になってしまう。そこが一番大事な留意点だろう。
2009/11/25
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風邪気味(3) ヒルトン・ホテルの5階へ行くとレストランへ通じる通路が閉鎖されていた。不審に想ってエレベーター・ホールの横にあるフロントで訊くと、別館になるので一旦1階へ戻って別のエレベーターで行かねばならないとのことだった。久しぶりに来たホテルだったので勝手が違っていた。更には別館とは別に新館も出来ているのだった。そう言えば新館らしきものが出来て5年ぐらいが経ち、レストランも5周年記念の案内があったことを想い出した。日頃からその建物の前を通っているのにホテルと繋がっているものと思い込んでしまっていたのだ。レストランの電話番号を携帯に入れていたので電話を入れ、今ホテルのロビーに居るのでこれから行く旨を伝えた。時間は丁度予約の時間になっていた。発光ダイオードの青いクリスマス・イルミネーションは幻想的だ。 予約席に着くとガラス壁の向こうに吹き抜けロビーの巨大なクリスマス・ツリーのイルミネーションが目に入った。最近は発光ダイオードの青い光になっているので幻想的に観える。それだと電気代が格段に安く、発熱量も殆どないので非常に普及して何処でも観られる光景になった。ちなみに神戸のルミナリエの電球も発光ダイオードにすれば維持費が安くなり市の財政も楽になるのにと変な同情をしてしまった。イタリーから専門の業者を呼んで開催するから億単位の莫大な費用が掛かっているという。不景気だと言いながら日本は金持ちだと海外では想われているのだ。実態は、来年度にはGDPは中国に抜かれ、不況が更に深刻になるだろうと予測されているのだ。ディナーは先ず食前酒から。 政府も認めるデフレ・スパイラル現象(嫌な言葉だ)が現れ始め、当面はこの状態から抜け出せないだろうと言われている。街は活況を呈しているかのように観えながら実際は採算の合わないセールをして何とかしのいでいるのが実状だ。そのくせ店々には高価な商品が並んでいる。売れなくとも高級品を飾り立てることで景気を呼び込もうとしているのだろうか。そう言えば新装なった阪急デパートの1階には高級スイーツ(菓子類)の店が並んでいて人々が群がっていた。せめて甘いものでも買って不況の現象を忘れようとしている風にしか想えなかった。女性がスイーツにハマるのは一種の欲求不満解消だろう。イタリー料理にはワインが付きものだ(今回は赤ワインを注文した)。 さて、パン皿の小さな窪みにはバター代わりのオリーブが注がれた。こんがり焼かれたパンが運ばれて来る手はずだ。食前酒が注がれ前菜が出て、ようやく落ち着くことが出来た。見渡せば店内は若い女性客ばかりが目につく。夫婦客も居るのだろうが、必ずしもアベックがそうとは限らないから観ないようにした。日本では夫婦がゆったりと食事するには未だ未だ和食が向いているのかもしれない。ボクなんか新婚の頃から和風よりも洋風に目が行ったものだが今時の若者は女性同士でそれを実行しているのだ。若い女性が多いのは時代を反映していて青春時代を楽しむ期間が長くなっているのだ。そのせいか結婚適齢期も遅くなっている。つまりは男が軟弱になってしまったのだろう。つい美味につられて妻はワインを飲み過ぎてしまったようだ。 ワイン・メニューから赤ワインを選び、テイストすると口当たりの柔らかい上品な甘みのある味だった。「これは、お母さん向きだな。それに肉に合いそうだ」と言うとソムリエが「その通りです」と妻のグラスにも注いだ。一口飲んで「美味しいわ」と妻は言って更に飲んだ。珍しくアルコールに弱い妻でも飲めるワインのようだった。最初の料理はブリのオリーブあえだった。中華料理で言えばナマス、和食では刺身と言ったところだろう。オリーブ・オイルで包み込むように丸くコンパクトに盛り上げてある。頃あいをみて海老入りケチャップのパスタが来て、次にキノコと海鮮食材のバター炒め、そして更に平たいパスタが出て、メイン・ディッシュのステーキが仕上げに出た。デザートには数種のアイスクリーム添えのフルーツとコーヒー、更にプチ・チョコ・クッキーが出た。レリーフはエスニックな雰囲気を醸し出してくれそうだ。 簡単に考えていたイタリー料理だったのが種類も多くワインも適当に合ってディナーとして充分満足出来るものだった。隣の席のボク達よりも早くから来ていた若い女性4人組は未だデザートにまで進んでいなかった。こちらは食べるのが速いボクだから自然に速くなったのだろう。美味しかったと言って店を出、ビルの地下から地下鉄に乗り、ターミナル駅まで行った。すると妻が急に気分が悪いと言ってトイレへ立った。永く待たされ20分ほどしても戻って来ないのだ。携帯で呼び出したが返事が無かった。暫くして携帯が鳴って「ようやく気分が良くなったわ」と言って出て来て「村山現象が起きたわ」とぐったりとしていた。こんなレリーフなら気が効いているが当分はイタリー産のもので様子を観てみよう。 村山現象とは、イタリーで首相がディナーの席でオリーブが刺激したのかひっくり返った現象を指しているのだ。ワインも少々過ぎたのかも知れない。多分、風邪気味もあって過度に胃を刺激したのだろう。「自信を無くしたわ。オリーブ油があんなに効くとは思わなかった」とポツリと言った。これまでイタリー料理はランチ程度の軽いものが多かったのだ。それに電車だと行き帰りにどうしても寒気の中を歩かねばならない。「飲めるお父さんには悪いけれど、食事の時は車の方が良いわ」とも言った。そう言われ、ふと、レリーフのことが頭をよぎった。食事の一時の味覚よりも、レリーフは眼で永くエスニックを味わえる。デパートからの配送が楽しみに想えて来るのだった。(つづく)
2009/11/24
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風邪気味(2) 予約してあるイタリー・レストランへ妻と出かけた。二人とも風邪気味でコンディションは良い状態では無かったが、予約を取り消す程のものでも無かったので出かけた。車だと飲めないので電車にした。が、飲むといっても食前酒とワインを少々程度だから車でも大丈夫と想うのだが酒気帯び運転でも厳しい目で見る時代だから大事をとって電車にしたのだ。夕方だったのもあるが土曜日だけにガラガラに空いていた。此処に大学がある関係で居残りの女子大生がパラパラと一緒に乗ったぐらいのものだった。もう1時間ほど早ければ女子大生だらけだったろう。もうクリスマス気分の街角風景(1)。 30分ほどでターミナル駅に着いた。何時もならターミナル駅にあるデパートに入るのだが、今日は心斎橋のデパートの屋上にあるガーデニング・コーナーに用があったので、そのまま地下鉄に乗り換えた。其処にはテラコッタの壁飾りが展示してあるらしく以前に妻が見つけて気に言って居て一緒に観て欲しいということだった。玄関の前栽の壁に飾りたいのだそうだ。和風建築だがエスニックな雰囲気を出したいと以前から言っているのと、ボクも壁に何かテラコッタのレリーフでも取りつけても良いなと想っていたから意見が一致したのだ。更には、先日ハンチングを買った梅田の阪急デパートにもついでに立ち寄ってみるつもりだ。新しくなった姿を妻は知らず、車だと素通りするのでじっくりとは見られないのだ。こういうレリーフは、レプリカでも売っていない(アンコールワット遺跡の一部)。 まるでお上りさんの気分である。夫婦して出かける姿は地下鉄でも少なく、勿論休日だからサラリーマンも居ず、流行りの黒っぽい服装の若い女性ばかりが目立った。我々夫婦は彼女らの親か若しくはもう少し上の世代だから彼女らにとっても珍しいのかチラチラと観ていた。地下入り口からエスカレーターでエレベーターの前まで行き、屋上へ行く。やっと外気に触れて寒気が顔や身体を引き締める。客は全く居ず閑散としていた。寒い夕方に屋上にまで来る客なぞ居ないのだ。イタリー産のテラコッタの鉢やレリーフが沢山あった。テラコッタの鉢は以前に大きいのを数個購入していて見慣れたのがあった。問題のレリーフは10点ばかり壁に飾ってあった。もうクリスマス気分の街角風景(2)。 今日はイタリー料理を食べに来て、イタリー産のレリーフを買うことになるという偶然が重なった。それにしてもなかなかこういう機会はないものだ。尤も、気に入ったものが無かった。出来ればボクはエジプト風のものが良かったのだ。イタリー産のものはキューピットやライオンや女性の顔のものが多かった。その中から四角いものでライオンを囲んで子供(キューピット)たちが群がっているのを選んだ。2点同じのが壁にあって店員に下ろして貰って比較し、色の少しくすんだ方を選んだ。それなら何とか前栽の壁に合いそうだった。結構重いもので、発送の手配を頼んでデパートを出た。もうクリスマス気分の街角風景(3)。 心斎橋から梅田へ行き、阪急デパートを上から下まで観て廻ると人混みで蒸し暑く、汗をかいてしまった。全体の半分しか出来上がっていないデパートは狭く、品数も少なく、人混みで疲れてしまって何も買わずに出た。ヒルトン・ホテルへは地下街を通り抜ければ行ける。未だ予約時間には30分ほどあるので途中の阪神デパートの地下食品売り場を覗いてみた。が、其処も相変わらず阪神間の台所だけあってごった返していた。余りの人混みに辟易として素通りして西出口まで来たところでパン屋があった。食後では閉まってしまうのでバゲットと山食と菓子パンを買ってから、クリスマスの飾りつけのツリーが吹き抜けロビーにそびえるホテルのロビーで休憩した。(つづく)
2009/11/23
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風邪気味 治ったと想っていた風邪が一寸した油断から亦ぶり返して薬を飲んでいる。薬嫌いなのに飲まねば治らないから仕方なく飲んでいるのである。効くと想ってはいるのだが風邪の菌が未だ体内に潜んでいるらしいのだ。体調が良くなって治ったと想って薬を止めると身体がだるくなる。微熱がある。だから今度は治ったと想っても二三日は薬を続ける必要がある。今流行りのインフルエンザではないのは高熱が出ないので分かる。子供時分にはよく高熱を出して寝込んだものだった。だからその頃にインフルエンザの抗体が出来ているのだろうとボクは想っていて、満員電車でも移される心配は無いと逆に安心している。寒がり屋のくせに外へ出たがるが、一向に風邪をひかないココ。
2009/11/22
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慌ただしい季節 たまたま現在の小学校の監理業務が終える頃に先日始まったマンションの監理業務とが重なって、書類整理や後片付けで慌ただしくなってきた。来月早々にある小学校の竣工検査が済めばガタンと暇になるのだが、それまでは何かと気ぜわしい。役所の仕事は何故こうまで書類が多いのかと何時も訝される。竣工検査では建物そのものは観れば一目瞭然だからチームに分かれて観て廻ると直ぐに終えるのだが、各種のファイリングした書類の検査がやたらと時間がかかるのだ。勿論、それを揃えるのは施工当事者のゼネコンだが監理者が事前にチェックした上で役所の検査官が再度チェックする。工事現場のガードマン(1) 技術屋と事務方ではスピードが違う。技術屋は専門だから理解が早いが事務方は書式や形式にこだわり整合性に疑義があれば物事の本質よりも形式的に揃えるよう要求する。同じ表現でも見た目が違えば別のことのように観てしまうのだ。事務方(技術の素人)に理解できる表現をしておかないと関連性にも疑義をはさむことになってしまう。例えば、元請の会社の名前が表面に出ず、子会社の名前宛でメーカーから送り状伝票(鋼材ならミルシート)がある場合、本当に元請が受け取ったものなのか疑わしいと観る。実際に現場に納入されたものかどうか証明性を求めるのである。工事現場名が同じだからOKという訳には行かないのだ。 そういうケースは多くあって、元請と下請との契約書が揃っていればOKとなるが案外、口約束とか慣例で従前のまま契約書も交わさず仕事を受発注する場合もある。中には元請よりも下請の方が会社の規模が非常に大きい場合、元請はその下請けに任せっきりになる場合が多いから書面だけでも関係が証明できるようにしておかなくては検査は通らないこともある。中には表面的に元請が契約者になっていても会社が大きくてしっかりした下請けが総てを仕切っている場合もよくある。所謂丸投げで元請が関知していないと(これは違法なのだが)責任の所在が曖昧になってしまうのだ。不景気で中堅のゼネコンが倒産しているご時世だけにこういうケースは多い。工事現場のガードマン(2) 一寸した工事(3億円程度)でも元請の下に下請けが数十もある場合があり、その下に孫請があり更にひ孫請けまであって書類上名前が挙がって来ない業者も多い。そういう場合、何処までを下請として書面上に載せるか2次、3次、4次と全部載せると膨大になるからせいぜい2次どまりで検査書類は出来上がる。実際には現場には様々な会社の職人が居るから見極めが大変である。半年目にようやく所属と名前と顔とが理解できた業者が居たりする。工事の前半と後半では職人も殆どが入れ替わるから覚えるのも大変である。現場監督は全員が顔見知りだろうが監理者は初対面ばかりなのだ。最初から最後まで通しで居る人間なら覚えてしまう。 10年ほど前のことだが、大阪市内の行きつけのコーヒー屋に立ち寄った帰りに御堂筋で「先生、久しぶりです」と声を掛けられたことがあって振り返ると一人の年配のガードマンがこちらを見て笑いかけているのだった。何と、彼はその数年前に矢張り大阪市内の小学校の建て替え工事で設計・監理したときの現場に居たガードマンだった。よく覚えていたものだと感心したものだがボクも印象に残っていた相手だった。と言うのは現場事務所によく来て世間話をしていた関係から、ボクが読み終わった小説を何冊か彼に上げたことがあったのだ。温厚な人柄で読み終わった本ながら喜んで貰ってくれたのだった。工事現場のガードマン(3) 今回の現場でもガードマンと親しくなってよく世間話をしたが、彼は学歴は北大出身と自分から明かし大手のレンズ会社の営業部長までやっていたという。定年後、身体を壊して健康維持の為にガードマンをしているのだということだった。今回の工事期間中に彼の奥さんが腸癌の手術を受け、無事退院したのでこの工事が終えれば3カ月ほど休んで北海道へ温泉旅行にでも連れて行くのだと言っていた。監理をしていると様々な人々との出逢いがある。工事関係者が一番多いが、過ぎれば忘れるのが殆どだ。亦何処かで出会うかも知れないが先ず無いのが普通だ。それだけに声を掛けられたのは珍しかった。
2009/11/21
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ココとの対話 朝一番早く起きるのはココである。その次がボクで、息子、妻の順である。ココは5時頃から起きだし部屋を出たくて仕方ないように高い処からフローリングにトンと飛び降りて隣室のボクに合図する。その合図を察知するのはボクだけで、廊下を隔てた部屋の息子は気がつかないでグーグー寝ている。階下の離れの寝室に居る妻へは音が伝わらず、おまけにテレビを観ている時もあるから全く聴こえず二階で物音がしても分からないのである。6時過ぎにおもむろに起き、ココの部屋のドアを開けてやると、待ってましたと直ぐに飛び出して来てボクの足元をグルグル廻る。階段の踊り場に近いから危ないので尻尾を引っ張って横へやる。それがボクのココへの朝の挨拶である。ガラス戸を開けてもらえるのを待っているココ(パソコンの上が温かいのだ)。 ボクが降り始めるとココも付いてくる。途中でボクを追い越して先に階段を降りるココに足を取られないように手摺に捉らなければ危なくて降りられない。台所で餌を作っている間もココは足元を身体をこすりながら廻る。立てている尻尾もボクに触れさせるのだ。早く朝ごはんが食べたいという合図である。出来あがって目の前に茶碗を置き掛けると「ニャ」と短く声を出す。「頂きます」という程度の言葉なのだろう。後は黙って食べるのに専念する。ボクは水を一杯飲んでから隣の書斎へ行く。雨戸を開けて庭の風景を観、気温を確かめ、空も見上げる。天気予報通りの空模様の場合もあれば反対の時もある。「未だ開けてくれないの?」と庭を観て待つココ。 しかし、大体予報は当たっている。携帯の傘を常時バッグに入れているから傘が要るかどうか心配はしないが、なるべくなら降って欲しくない。そうこうしている内にココはやってきて庭に出してくれというポーズをとる。パソコンに書き込み中だから直ぐに開けてはやれないから暫くたたずんで庭を観て待っている。出してやれば何処か行く。そうすることがココの日課になっている。ボクも庭に出てパティオや玄関の方に廻り、前栽の様子を観て、新聞と牛乳を取り込む。台所に戻って牛乳を冷蔵庫に入れ、新聞の第一面の見出しだけを見る。大したニュースが無いのを確認してから隣室の書斎へ行き、電気髭剃りで髭をそる。それだけで七時頃になっている。目土をした芝生から少し新芽が出て来たところ。 そろそろ息子が起きだす頃だ。妻の部屋からは未だ何も物音がしない。七時半には朝食の用意の為に出てくるだろう。それまでボクはパソコンの前でブログを書く。今朝は、昨夜の内に書いておいたものをアップするだけだったのでメールを調べ、それでも時間が余ったので再度庭に出て、カメラで庭の様子を撮ってみた。すると上の方からココの声がする。見上げると下屋の先端からココが見下ろしている。早速それも撮った。パティオの方へ行くと、ココも屋根伝いに来て、ガレージの屋根にドサッと降りてからボクの足元に来た。ニャ-ニャーと啼くので未だ食べ足りない様子なのだ。仕方なく部屋に戻るとココも付いて来る。煮干し雑魚を二三匹やると満足して出て行った。つまりデザートという訳だ。上からココの鳴き声がするので見上げると、下屋に居るのだ。 息子は今朝は起きるのが遅かったので遅刻しそうになって食事も取らずに妻に頼んで駅まで車で送ってもらった。帰って来た車に食事の済んだボクが乗り込んで矢張り妻の運転で駅まで送ってもらい、次発の電車に乗った。それが今朝の我が家の風景だ。ココは一連の流れを物陰から観ていて慌ただしい風景だと想ったことだろう。何時もはもっと余裕のある光景なのだが、息子が夜遅くまで何をしていたのか知らないが、そう言えば友人と電話で長話をしていたようだった。亦、仕事に行き詰って相談していたのだろうか。妻も知らないようだ。男一匹、自分のことは自分で決めて行動するしかない。何時までも親に頼っていては男に成り切れないのだ。ぐずぐず言ったところで自分のことは自分で解決するしかないのだ。芝生が生えそろうまでひと月はかかるだろう。 ラッシュのピークが過ぎた電車には、遅出のサラリーマンや学生が乗っていた。それでも途中からの乗客で車両は半分ぐらいに詰って、大阪に着いた頃には結構な数の乗客がホームにあふれていた。その中に混じって電車を乗り換え、工事現場に着いたら9時を少し過ぎていた。現場は8時から始まっているから遅出のボクは少し場違いな気がする。現場の監理事務所に入って空調機のスイッチを入れ、コーヒー・メーカーでコーヒーを沸かす。それがボクの仕事の始まりだ。それも今月で終える。後は書類の整理と報告書の作成だ。1月から始まった工事もようやく完成である。次の仕事は既に始まっている。検査を2週間に一度の割で実施することになるが、役所の監理が終わったから暫くは暇になる。
2009/11/20
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報道されなかった北京の超高層ビル火災 今年の2月9日に北京で起きた超高層ビル(TVCC:テレビ文化センター)の火災写真が入って来た。日本では報道されなかったものだ。TVCC は、中国中央電視台(CCTV)の北側に建設中の超高層ビルで、高さは159m。オランダの設計事務所OMAが設計して、CCTVとともに世界的に注目を集めていた。今年の開業予定で、ホテル「マンダリン・オリエンタル」などが入居するはずだった。昨年夏の北京オリンピックの頃には急ピッチで仕上げ工事に入っていた。政府系の建物だけに、中国政府が報道を規制しているらしく、今も正式な発表がない。火災の原因が分からないものの、テロによるNYのWTCツイン・タワービル(9・11)事件の記憶がまだ残っている折から不気味である。焼ける前のテレビ文化センター・ビル(TVCC)。 左の建物はテレビ文化センター(TVCC)、右は中国中央電視台(CCTV)の建物。 野次馬でごった返す火災現場 1 野次馬でごった返す火災現場 2 翌日の焼け跡のテレビ文化センター(TVCC)1 翌日の焼け跡のテレビ文化センター(TVCC)2 翌日の焼け跡のテレビ文化センター(TVCC)3
2009/11/19
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「○○殺すにゃ刃物はいらぬ、雨の三日も降ればいい」 「○○殺すにゃ刃物はいらぬ、雨の三日も降ればいい」という言葉を連想させる秋雨前線が居座っている。お蔭で庭の芝生の目土をしたのが青々と新芽が出てきた。表題の言葉はボクが大学を卒業して最初に現場実習で工事現場に出された時に、現場所長から聞かされたものだ。最初、意味が分からなかった。○○というのは今では土工事の職人を指す言葉で差別用語になっているというから○○にしただけのことだが実際には差別用語になっているかどうか知らない。要するに日銭で喰っている職人は雨で屋外工事が出来ないと休みになるから三日も喰い上げになると大変だということの表現で昔から言われているようだ。東京浅草の鈴本演芸場 それとは別に「噺家殺すにゃ刃物はいらぬ、あくびのひとつもあればいい」というのがある。それは芸の道の厳しさを表したもので生死には直接関係がないが、将来的には人生を変えるほどの重大事でもある。落語家で一番辛いのは修業での苦労もそうだが、実際に寄席での客入りが悪かったり、前座で出られても客が話が面白くないので退屈してあくびをすることだそうだ。一所懸命に演じていても努力と技量は比例しそうでしないものだから内心苦しむのだ。ひょんなことでコツを掴むとトントン拍子で人気が出たり名人と持てはやされたりするから運もあれば才能も大いに左右するのだろう。大阪天満の繁昌亭(はんじょうてい) どのような世界にも苦労は付きものである。傍目には気楽そうに観えても門外漢には計り知れない苦労がある。社長は社長なりの苦労が、平社員は平社員なりの苦労があって、それを通り過ぎて成長するのだ。社長の次は後が無いではないかと想うのは素人の考えで、事業が上手く存続するかとか後継者が上手く会社を経営してくれるかという一般的な苦労の他に、成功したらしたで自分が亡くなった後の財産の分配で家族が対立しないかとか放蕩息子が真人間になってくれるかという様々な想いが頭の中を駆け巡る。どんなに幸せそうに観えても人は様々な苦労を持っているものである。
2009/11/18
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カーテン カーテン屋がもって来てくれた見本帳を見たものの気にいったものが無かった。特にレース・カーテンに無かった。グリッドのサイズまで言っておいたのに無いのだ。出直して週明けにもって来てくれた二冊(サンゲツとリリー)にも無かった。ドレープは種類も多く、数点気に入ったものがあったが、どちらにしてもレース・カーテンが決まらなければ進めることが出来ないので、もう一度、小さなメーカーでも良いからと言うと「もう一度探して、もって来ます」とカーテン屋は言った。折角来てくれたのだからとボクが先日書いたブログの写真を見せた。それでようやく納得したのだった。彼はボクの言葉を理解していなかったのだ。見本帳の写真のレース・カーテン(これでもグリッドが小さい)。
2009/11/17
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Blue Boy Fantom(ブル-ボ-イ・ファントム) 久しぶりに自治会長から「これから、お伺いして宜しいですか?」と電話があって暫くして彼はやって来た。ボクよりも一回り以上年上なのに健康そのものの人である。昔、大阪で小学校の校長先生をしていて、奥さんもこの地元で小学校の先生をしていた関係から市長を始め市の幹部連中は殆どが教え子になり一目置かれている夫婦である。今年の春、ボクが自治会長の任期切れに際し彼に相談したところ快く引き継ぎを内諾してくれ、ボクが相談役という立場に退くようになってからも定期的に彼は訪問してくれている。時間的にも余裕があり、子供が居ないせいか歳の割には若々しく見え行動的でもあるので、ボクは自治会長としてはうってつけの人だと想っている。新自治会長から以前に貰ったパフィオペディルム と プリンセス・パトリシア。 自治会長は原則として指名制ではなく公選制で選ばれることになっているのだが、ボクの代の前までは密室で内々に決められていたからボス政治のような雰囲気があった。が、ある事件がきっかけで大改造せざるを得なくなったのだ。ある事件とは市からの老人会への補助金の不正流用が判明したことで老人会の会長が辞任することとなり、その直後に自治会長を脅迫する怪文書がばら撒かれる事件が起き警察問題にまでなったのだった。その事件の黒幕と主犯は単純な構図だったので直ぐに判明し、謝罪させて事件は解決を見、彼等の今後の生活のこともあるので内々に処理された。新たに貰ったBullboy Fantom(ブル-ボ-イ・ファントム)1 そしてボクの代から会長の任期切れの二か月前に30程ある班から自薦・他薦で出て来た班長10名で構成した会長推薦委員会を立ちあげ、自治会長候補者を推薦し、自治会総会で議決を取るという手続きを取ることになったのだ。だから一応民主的な方法となって新生自治会が今年の春からスタートしたのだった。しかし、それでも犯人一派の名前が公表されなかったことに味をしめた連中が懲りずに、亦、裏で何やらゴソゴソとうごめいて新生自治会に妨害工作をしていることが出て来たので自治会長が相談を持ちかけて来たのだった。何処までも心根の腐った連中は性根が直らないもののようだ。新たに貰ったBlue Boy Fantom(ブル-ボ-イ・ファントム)2 ボクは会長に「子供のような連中なぞ放っておきなさいヨ。それよりも自治会活動がやり易いように備品(大型複写機や防災用・集会用の大型拡声器など)も揃えて、役員さんも若くて頭の切れる人を募れば案外良い人が多くが集まるのではありませんか」と進言しておいた。参考までに事件を起こした黒幕や犯人、更には不良民生委員の暗躍した背景なども詳しく説明しておいた。来年は民生委員の入れ替え時なので近隣の評判の良い人物の名前も挙げておいた。住み易い開かれた明るい住宅団地となる為には腐った古いボス連中(元市会議員や現役の市会議員、歴代の自治会長)の名前も参考までに教えておいた。新たに貰ったBlullboy Fantom(ブル-ボ-イ・ファントム)3 そういった連中の動向や評判は他府県の議員(国会・県会・市会)からの情報が案外役立つのだから世間は狭いものだということがよく分かる。たまたまボクが建築設計の仕事をしている関係と学友の官僚の話で中央(東京)をも含めて知り得た情報が役に立っているのは偶然にしろ面白いものである。尤も、深入りは禁物で、なるべくなら情報を知っているということだけで充分で、行動にまで出ないように注意しておいた。つまらない下世話なことから893の情報まで知っていれば先手を打て、予防も出来るからだ。事件が起きてからでは遅いのだ。彼は礼として新しい蘭(ブル-ボ-イ・ファントム)と萎びた古い鉢とを入れ替えてくれた。
2009/11/16
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МP3(iPod) 毎日、当たり前にМP3(iPodのイヤフォン)でクラシック音楽(バッハが中心)を聴いていると慣れてしまって違和感が無く、音楽について考えることも無いのだが、同じ音楽を毎日聴いていてよく飽きないものだとは想う。言わば水や空気のような存在なのだろうが、精々楽器が変わるとかスタイルが変わる程度の変化で生活にしっかりと入り込んでいる。楽器はオルガン、バイオリン、チェロ、ピアノ、ハープシコード、ギターが主で、他には声楽や管楽器やオーケストラが数曲録音されていて全部で240曲ほどある。騒音がやかましい地下鉄では聴きとり難いから曲種を変えている。単にボリュームを上げたのでは頭が痛くなるだけだからボリュームはそのままでキイの高い曲を選ぶ。МP3(iPod)で毎日音楽を聴いている。 例えばハープシコードや管楽器だ。管楽器の中でもトランペットは甲高く響くが録音している曲が少なく、ブランデンブルグ協奏曲の一部にそういうのがあったりする程度である。それよりもギター(リュート)曲が耳に馴染み易いのはどうしたことだろう。静かな曲が多いので地下鉄では不向きな筈なのに心が和むのだ。耳触りが良いという言い方は適切ではないが、昔クラシック・ギターをやっていたことがあるから馴染むのかも知れない。バッハ以外にも、ソル(フェルナンド)やターレガのものが数曲入っている。良い歳をした親父がイヤフォンなぞしてと想われているかも知れないがボクは一向に気にしていない。 20年ほど前、東京で単身赴任をやっていた頃もウオークマンを聴きながら通勤していたから慣れているのもあるのだろう。そう言えば、ウオークマンは本体が重いのでクラッチバッグに入れ、コードを伸ばして聴いていた。立っているので電車の荷棚にクラッチバッグを置いてコードを耳までたらして本を読んでいると隣の若い女性がコードが気になって腕で払いのけようとしたことがあった。それでバッグが引っ張られたりコードが切れると困るので急いでクラッチバッグを脇に抱えたが、その女性が哀れに想えたものだった。心に余裕が無いというか触れることもない他人のウオークマンのコードを払いのけようとする行為が浅ましく見えたのだ。 東京の若いサラリーマン女性が何か突っ張っているように観え、ギスギスした感じの連中が多かったように感じたのは男中心社会での通勤ラッシュで疲れていたのでは無いだろうか。その頃は未だ女性専用車両というのが無かった。たまたまボクの乗っていた小田急だけのことだったかも知れないが、あそこも実に混む線だった。時には行儀の悪い女性が居て、ハイヒールのかかとで周りの男性の靴を踏みながら出て行こうとするのでトラぶっていたことがあった。というのはボクも踏まれた経験があったのだ。亦同じことをされては敵わないのでドアの位置を一つ替えて乗るようにした。 ところが矢張り亦同じようにトラぶっている風景が以前の場所で再現されているのだった。踏みつけている女性が気丈というよりも異常なのだが、踏まれた男性が余程腹に据えかねたのか大きな声で「何ィ!表へ出ろ!」と怒鳴っていた。同じ被害者の立場として聴きながら「ああ、亦やっているな」と振り返ると若い女性が必死の形相で出て行きかけていた。周りの人々が彼女に同情する気配は全く無く、多分、彼等も以前から知っていたのだろう。ウオークマンのコードの件といい、ハイヒールで踏みつける件といい、通勤ラッシュの異常さは分かるが、そこまで突っ張らなくてはならない女性が居ることも異常だと考えさせられたのだった。 関西に帰ってからは、サラリーマンを辞めて建築家として独立したせいもあるが、工事現場へ監理に行く時間帯も通勤ラッシュを外しているからそういう目には遭ったことは無い。時にはマイカーで行ったりするから益々そういうことは無いが、最近ではラッシュ時間帯に女性専用車両が設けられたからトラブルは無いようだ。尤も、女性専用車両が出来た背景は痴漢防止の為だった。あれは実に卑劣な犯罪だ。女性はか弱い者という前提で成り立っている。しかし、最近ではその逆があって、犯罪の事実が無いのに男性を訴える事件があり、裁判で無罪が確定するまで非常に迷惑を受けるケースを報道で知り、同情の目で観てしまうのだ。だからでもないが男性は女性の隣に立つと要注意だ。 実は先日、現場からの帰り、何時もの駅から電車に乗ったところスタイルの良い若い女性がジッとボクを観ているのだった。ホームで待っている時から隣に立って、電車に乗り込んでもボクの横で観ている様子で、気持ち悪くなってずーっと無視してМP3(iPod)に集中していたのだった。急行だったので20分程で乗り換え駅に着き、降りて待機していた準急に乗り換えホッとしたのだった。見知らぬ若い女性に見つめられて悪い気はしないだろうというのは軽薄な男の言うことで、帰宅して早速そのことを妻に言うと「女性が仕掛ける痴漢かも。お父さん、注意してネ」と言われてしまった。インターネット映画FBIの「ロマンスグレーの、ジャック・マローン捜査官」 女性からの申告罪という痴漢行為というのは身に覚えの無い男性にとっては一種の脅威である。だから常に周りに注意をしていないと何に巻き込まれるか分かったものではない。乗り換えた準急電車でも向かいの席に座った中年女性が矢張りボクをジッと見つめていたことも妻に話すと「バーバリーのハンチングを被ってイヤフォンなんかしているロマンス・グレーのお父さんが良い鴨に見えたのかも知れないわヨ。くれぐれも注意してネ」と念を押されてしまった。矢張りМP3(iPod)を聴いている初老の男性が珍しいのだろうか、ボクは慣れて当たり前と想って居ても世の中の人々は未だまだ慣れていず変わって見えるのだろうかと自問してみるのだ。
2009/11/15
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料理 ボクは昔から美食家だ。母が料理上手だったせいだろう。学生時代はアルバイトをした金で有名な料亭やレストランを巡ることもした。今で言うグルメの走りだ。お蔭で料理に関しては割合通になって、味付けには一寸うるさい。だから家内も結婚当初のことを想えば数段に腕が上がった。うるさく言うだけでは腕は上がらないので彼方此方の店へもよく連れて行った。最近でこそ極たまにしか行かなくなったが、それでも月に一度は必ず行く。今月は大阪ヒルトンのイタリアン・レストランを予約している。このところ和食、フランス、中国と続いているのでイタメシにしただけのことだが、イタリーの場合はどうもディナーというよりもランチというイメージが強い。イタリー料理の一部。 イタリー料理といえば直ぐにパスタを連想するぐらいだから、わざわざ構えることもない気がしないでもないが、実際は沢山の種類があるのだろう。中華料理で言えば北京、上海、四川と大まかに分類できるのだから王政時代を経た国には必ずある筈である。ボクが知らないだけのことだろう。世界三大料理と言えば勿論、中国、フランスと並び、三つ目は中東のトルコというのは知識としては知っているがトルコ料理は日本では馴染みが少ない。それよりもイタリーの方が一般的だ。日本人に言わせれば世界三大料理の一つには日本(懐石)料理を入れた方がしっくり来るだろう。懐石料理を真似たフランス料理や中華料理もあるぐらいである。 しかし、懐石料理は「新鮮な食材ばかりを一寸味付けしただけのものだから、あれは料理の内には入らない」という欧米人が居た。そういう連中は脂ぎった手の込んだ料理だけを料理だと思っているのだろうが、お蔭で欧米人は不健康に肥り、ダイエットに一生を掛けねばならなくなって今頃になって日本料理を見直している。その証拠に寿司が世界的なブームになり、見向きもしなかった中国人までが刺身を食べ始め、トロ(マグロの上質の脂身部分)を買い漁って日本では品薄か高騰の現象を示す勢いだ。何せ日本人の10倍もの人口の国だから金持ち層も10倍居て1億近いセレブが金に糸目をつけずに買うから困った現象である。 そろそろ世界食糧危機に際して日本がどのようにして食料を確保して行くかが大問題になりつつあるのを現実問題として意識しなければならないだろう。ボクのような美食家は粗食に甘んじる覚悟が要るかも知れない。しかし、美味い料理というものに対する解釈は案外簡単なもので、腹が減っている時に何でも美味いと想いながら食べる状態のことを指すのだから、昼飯に大衆食堂で秋刀魚の焼いたのを大根おろしで食べ、豚汁を啜(すす)っている時が人間の幸せな時なのだと想えば良い訳だ。単身赴任していた頃、連れられて行った新宿の有名なラーメン屋で行列待ちしていた頃が懐かしくも想えるのもそうだ。 さて、我が家では両親が亡くなって7年ほどになるが、それ以来、年末年始をホテルで過ごすのを止め、正月のおせち料理をデパートに注文し自宅で正月を過ごしている。今年もその予定だが、おせち料理にも色々あって洋風から中華風、そして勿論和風とバラエティーに富んでいるものの、経験から言えば高価な有名料亭のものが必ずしも美味いとは限らない。色々食べ比べてみて良かったというのを再度注文するようにしているが、若い頃と違って前期高齢者夫婦と息子一人だから盛りだくさんあっても腐らせるだけになるのだ。正月三が日同じ料理では飽きるから、元旦か精々二日目で食べ切れるものが良い。直ぐに日常の食生活のものを求めたくなるのだ。正月に流行る懐石風おせち料理。 つまり、味覚というものは確かに美味い不味いの見分けは直ぐにつくが、自分に馴染んだ味覚の方が優先するということだろう。たまにご馳走を食べるのが良いのであって毎日ご馳走ばかり食べていては嫌になってしまうものだからである。何、そんな目に遭ったことも無いから一度でも遭ってみたいと思うのは知らない内の話であって、美女も毎日見ていると何も感じなくなるものだ。毎日明けても暮れても美女に囲まれ辟易としている王侯貴族やドン・ファンが、偶然にも清楚で純朴なマリア様のような田舎娘を見た途端、コロリと参るのも成程とうなづけるのである。アイスクリームにウエハースが付いている意味が分からないと折角の美味も半減してしまうのである。
2009/11/14
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男のファッション小物 このところ腕時計に凝っている。現在修理に出している外国物がニ三か月掛るというので他の二つの時計(フォーマルな型とカジュアルなワールド時計)を交互にしているのだが、ファッション性からして同じものばかり付けているのも能がないと新たに二つばかり買った。ひとつは「フィラ」でもうひとつは「テクノス」だ。ワールド時計になっているカジュアルものと腕のカーブに沿って湾曲しているファッショナブルなものだ。現在のところその四つの使いまわしで毎日替えているが、服装に合わせるのもなかなか面白いものである。これまで腕時計をファッションとしては観てこなかった。機能していれば何でもよかったのだ。外国物は修理期間に時間がかかり過ぎるようだ。 ところが、凝っている人は20個ぐらい持っているのが当たり前というのを知って、それじゃひとつボクも凝ってみようかと想い始め、実際に服に合わせてみると矢張りフォーマルな分とカジュアルなもの、スポーティーなものと使い分ける意味がよく分るようになった。同じ型でもメーカーによってデザインが少し違って気分で付け替えるのもそれなりに意味があるようだ。男の服装は基本が背広で他には精々ブレザーではカジュアルやスポーティーなものしか無いからファッションとして凝る部分は腕時計かバッグか帽子ぐらいなものだ。バッグや帽子は昔から気に入れば直ぐに買っているから大分溜まって、中にはブランド物もある。 クラッチ・バッグなんかダンヒルやその他のブランドものがあるが実用で使うから5年も使えば型も崩れ色も剥げてくる。だからバッグは消耗品だと思っている。アタッシェ・ケースも凝って沢山買って、中には気に入った革張りの細身のアタッシェの修理に4万円ほど払ったこともある。気に入れば矢張り修理してでも残したくなるものだ。バッグと帽子と時計に凝っているからでもないが、この間は阪急デパートの新築開店で覗いたついでにハンチングを買った。バーバリーのチェック柄の冬物とあい物を20年前に買って使って来ているが、ふと無地のものが気に入って買ったのだ。そう言えば若い頃はベレーもよく被った。バーバリー・ハンチング(冬物、あい物を20年来被っている)。 ファッションは年齢的なもので趣向が変わってくるものだが、確かに若い頃には手を出さなかったものでも身に付けるようになった。良いと想っても似合わなかったものが今では似合う年頃になったせいもあるようだ。特に冬は若い頃と違って気候が身体に大きく作用するようになるとスーツもカシミヤ専門になったり帽子も保温性があるから手放せなくなる。かつて親父がカシミヤのラクダ色のコートを着ていたのを観て、あんな色のコートなぞまだまだ先の話だと想って黒や紺を専門にしていたのが最近では薄色系統も着るようになったから、それを着るのも時間の問題かも知れない。
2009/11/13
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カーテン 久しぶりに書斎のカーテンを変えようかと思いついてカーテン屋に声を掛けてみた。早速見本帳を届けますということで待っているところだ。他の部屋のカーテンは未だ汚れていないのでそのままにしておくつもりだが、カーテンというものは案外時間が経っていても汚れないものだ。カーテンよりもブラインドが好きでブラインドだらけにしていた時期があった。今も居間・食堂はブラインドでカーテンはしていない。他の部屋はブラインドとカーテンを併用していて、ブラインドだけの部屋もあるが、カーテンだけの部屋は書斎だけである。何故そこだけブラインドを入れなかったのか覚えていないのだが、最近ではカーテンの方が優雅な雰囲気があるのでブラインドは新たには入れる気はない。趣味は年齢と共に変わるようだ。グリッドのレース・カーテン(せめてこれ位の粗さのグリッドにしたいと想っている)。 書斎のカーテンはレースと厚手のドレープとの二重である。日常は殆どレースを使っていてドレープの方は極たまにしか使わない。使わないが両サイドに束ねておくと部屋が落ち着くのだ。ボクはこだわりがあって、レースの方はグリッドの粗めを使っている。化繊の細かいのは余り好きではないのだ。庭の風景が観えて陽の光が和らげられる効果があればどのようなレースでも良さそうなものなのにグリッドが好きなのだ。グリッドの目は今入っているのは2mmぐらいで希望は5mmぐらいのだが、カタログ見本帳にあるかどうか。細かいグリッドでは全体がぼやけてしまってグリッドが見えなくなってしまうので嫌なのだ。レース・カーテンとドレープ・カーテン(大分汚れて来た頃だ)。 最近でこそ慣れて触らなくなったが、ココがレースのカーテンを引っ掻いたことがあって困った。そういうことがあったから慌てて食卓の円柱(直径15cmぐらい)2本にロープを巻きつけてココ専用の引っ掻き柱にしたのだった。猫は前脚の爪が毎日どんどん伸びて来るので常に引っ掻く癖があるのだ。お蔭で、それ以来、カーテンを引っ掻くことは無くなった。その代わり庭から部屋に入って来る時にレースのカーテンをくぐって来るから白いレースがずず黒く汚れてしまったのだ。一度クリーニングに出したがココの引っ掻き傷が気になって替えよう替えようと想いながら今日まで来てしまった。注文して十日ぐらいで出来るから今月の末ぐらいには出来上がるだろう。楽しみに待とう。
2009/11/12
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芝生の目土入れ 長年、芝刈りはして来ているものの目土をして来なかった為に庭の芝生が大分汚くなって来ている。雑草も増えて来て眼につく処は抜いているのだが、冬枯れになって来て雑草が枯れだすと芝目がよく見え始め、そうなると芝生の美しさが揃っていないことがよく分るのだ。そこで芝生の目土を買ってきて撒くことにしたのだが、案外手間のかかることが分かった。というのは直径1cm、深さ10cmの穴を10cmピッチで開けなければならず、それが大変なのだ。そう言えばゴルフ場でグリーンの手入れをしているのを観たことがあったのを想いだした。ゴルフ場のグリーンの目土入れ作業。 それは突起のついたローラー車で転圧しながら目土をしている風景だった。考えてみれば実際は転圧よりも1cmの穴のサイズの突起付きローラーで無数に穴を開けながら進んでいたのだ。その後で目土を撒いて均していた。グリーンの大きさは100~300坪あって全体では少なくとも9ホールの倍から3倍はあって予備ホールも入れれば数十ものグリーンになる。それを人力ではとてもじゃないが大変で、機械に頼らないと効率が悪い作業になるのだ。我が家はゴルフ場のグリーン一つ分も無い精々猫の額のような庭だから簡単に考えていたのだった。が、それでもブスッ、ブスッと鉄の暖炉用引っ掻き棒で穴を開ける作業は大変だった。 最初の1平米ぐらいで嫌になってしまった。そこへ目土を入れて行くのだが、上手く穴に入らない分は目土が周りに溜まるから芝生が半分ほど黒っぽくなる。箒で均してみれば何とか穴に入っているようだが雨で勝手に入って行くのだろうと大まかに考えることにした。それにしても天気の良い日に暇があればブスッ、ブスッと穴を開けていくしか無さそうである。それを横で「何をしているのだろう?」とココがジッと観ている。まさか「馬鹿なことをしているな」とは想わないだろうが似たり寄ったりのことをしているのだ。それよりも穴あけに3mも進むと疲れるものだ。案外芝生面が硬く、引き抜くのにも力が要るのだ。目土を撒いただけで細かい穴を開けずに箒やトンボで均すだけなら楽なのだが。 終いにハンマーで叩きながら鉄の引っ掻き棒を打ち込んで進む始末になった。その音を今度は台所に居る妻が聴き付けて「お父さん、亦、変なことをやり始めたな」と想っていることだろう。ココと妻から変な眼で観られても、やるべきことはやらねば気が済まない性分だからと頑張ってみたが1時間もすると飽きてしまった。当面、夕方や休みの日にやるしかないようだ。一袋で一坪分あって取りあえず四袋買ったから今月は芝生の目土だけでガーデニングは終えるようだ。何か楽にできる方法はないものかと考えながらやれば、その内、良い知恵も出るだろう。
2009/11/11
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蟷螂(かまきり) 網戸にカマキリが飛びついていた。もし、ココに見つかれば一口でその命を終えてしまう。「見つからないように隠れろヨ」と部屋側からデジカメで撮りながら暫く眺めていた。ソロリそろりと降りて下の方に来た。網戸に影が映って面白いオブジェになっている。ココは幸いにも付近には居ない。多分、動かないモノには興味を持たないから現れても気が付かないかも知れない。写真を撮り終え、一寸眼を離している内に何処かへ行ってしまった。小春日和の中を越冬する為に何処かに潜り込んだのだろうか。一寸ばかり平和な時間を味わった気分になった。蟷螂 1 蟷螂 2蟷螂 3蟷螂 4蟷螂 5蟷螂 6
2009/11/10
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インターネット映画(5) 映画の本質として演劇に目を向け、原点の神への奉納劇や祈りへとたどって行くと当然ながら宗教そのものが人間の生き方を左右し、政治に影響を及ぼし、国の進路をも決定する要因になっていることを改めて知ることになる。だからこそハリウッド映画がアメリカ政府のプロパガンダの機関として大いに活躍したことが今更ながら分かって来ることになるのだ。日本で言えば大日本帝国陸軍が満州へと進軍し、その記録や政策の宣伝を映画という手法を用いたのだった。敗戦後は、残っているものは殆どGHQに没収されてしまったが、敗戦が濃厚となった頃には既に関係機関の手で封印されたり廃棄処分され戦前の政府の貴重な記録は殆ど消されてしまった。南京事件を扱った中国映画はねつ造した部分が多すぎる。 個人的に隠し持っていたりして、かろうじて残っていたフィルムが最近極たまに放映される程度で、真実を記録したフィルムによる戦争犯罪の証拠は無いに等しい状態だ。南京虐殺事件などは廃棄処分されてしまっているので中国側がねつ造した写真以外は無く、その状況の下で中国側は殊更事件を誇張して国民教育として伝え、日本帝国陸軍が如何に悪行を働いたかを基礎教育の資料にしている。戦争を批判するのは正しいことだが、殊更ねつ造した中国政府に都合のよい資料で国民を教育することは正しいことではない。そのことが知れ渡っても日本政府は中国に正式に抗議をもせず、黙認したかのような状態に成っているのは残念である。ジョン・ラーべの南京事件(これも中国政府のねつ造したプロパガンダに想えてしまう)。 ボクはそういう中国に不信感を抱く。孔子の時代の中国には尊敬の念を持っているが、近代では孫文の頃までの中国が頭にあって、周恩来が最後の信頼できる中国人としか想えないのだ。登小平は好きだったが毛沢東は嫌いだった。大方の日本人が好感を抱いていた周恩来が亡くなって中国のイメージはガラリと変わってしまった。だから今の中国は全く別の国というイメージしか持てない。漢民族が満州民族に復讐し、他の混在する少数民族を虐待しているような国の政府の言うことなぞ信用できないと想うのが日本の常識人の考え方だ。この先、アジアのリーダーとして中国が台頭するであろうことを考えると不安になってしまう。タイトロープ(ビルの谷間を命がけで渡るメリットがあるのだろうか?) それは漢民族政府がタイトロープを渡っている姿に観えてしまうのはボクだけではあるまい。危ない橋を渡るということは危険を冒してまでそういうことをせざるを得ない状態にあるということだ。そうすることで何らかのメリットがあるのだろう。アジアの覇権を狙っているとか日本を配下に置くということも考えられる。対中国貿易が今の世界経済で大きな要素を占めているのは事実だ。アメリカの世界覇権が消えつつある中でBRIC(ブリック)が世界経済を牽引すると言われる昨今、日本はどうしても中国を相手に貿易を考えざるを得ないだろうし、内需拡大と言ったところで外貨を稼ぐ手段にはならない以上、それは時流として当面続くだろう。三国志や水滸伝は今も中国で人気のある映画である。 経済問題は重要な要素だが人間はパンのみに生きる訳ではないから生きざまや文化が国の行く末を決める最も重要な要素になるのは歴史が示している。確かに経済が歴史を動かしてはいるが経済は水もので、さしものアメリカも農業や製造業を捨て金融立国となった時から凋落は始まっていたと観ることが出来る。リーマン・ショックなぞ来るべくして来た結果に過ぎない。ヘッジファンドなぞというバクチで経済が動かされて来たこと自体異様だったのだ。要するに保有する金塊の倍以上のドル紙幣を印刷して世界中にばら撒いた結果のツケが今回ってきているだけの話である。中国映画の原点は労働者を描いた社会派ものであろう。 大量ドル保有国のBRIC(ブリック)がその価値の目減りを如何に少なくするかでG8がG20という新しい組織に変わったのは耳目に新しいが、民主党政権になった日本は中国と共にG20のメンバーとして如何に上手く立ち回れるか国民は固唾を飲んで見守っている。ボクも民主党を支援している一人として、上手く乗り切って欲しいと願うのだが、日本の本来の姿はハイテクによる付加価値の高い製品を世界に売ることに尽きるのだから、今や国内の生産性を高める方策が優先されるべきであろう。その為にも安心して働ける環境づくりこそが急がれる。亦、子育ての環境も整備しなければならない。保育所増設や高校無料化もその一つだ。文化大革命を取り扱った中国映画も盛んである。 中国のように人口が13億もある国は思うように動きが取れないだろうが、日本はその10分の1の人口なのだから素早い対応が出来る筈だ。本来はフランスのように6~7,000万人ぐらいの人口が適切だろうと言われているのに戦後の高度成長期のベビー・ブームが人口を押し上げ、やがてそれがピークを過ぎ、数年後には1億2,000万人を割り、20年もすると1億を割るのではないかと言われている。そうなれば単純労働は外国人労働者に頼らざるを得ないことになるとも言われている。正にヨーロッパ型の労働社会に似てくる。右も左も外国人だらけの社会になる。それが国際化の流れなのだ。中国王朝時代を描いた中国映画は益々盛んである。 国際化になれば文化の交流が盛んになり、それぞれが融合し合い新しい文化を生み出すだろう。その一つが最近の映画に観られる国際化だ。邦画が下火に成り、韓国ものや中国ものが氾濫するインターネット映画の世界は時代の流れの最先端を行っているのだろう。それでもボクは好きな映画と嫌いな映画の仕分けをしながら観て行くつもりだ。情に流されっぱなしの韓国ものには辟易とし、王朝文化を懐かしむだけの映画にも飽き、SFものの特撮の上手いものや現実との整合性が出来るだけ無理なく出来ているものに興味を持って行くだろう。その点、古典は良い。シナリオがしっかりしていて監督が良ければ、後は役者だけの問題となる。これからも優れた作品が出てくるのを楽しみにしている。
2009/11/09
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インターネット映画(4) インターネット映画に対抗するかのように大都会の最近の映画館は経営者側の営業戦略のシステム改革で、シネコン(シネマ・コンプレックス)という大小の映画館を一堂に集め機械室も集中させた機能性を追求したものになってしまった。従来の映画館と違う点は総入れ替え制になったことで途中で入れなくなったことだ。仮に途中で入れたとしても金を払って再入場しないと初めから観させてくれないのだ。昔なら途中から入っても終わり迄観て、亦最初から観直し、気に入ればそのまま居ても良し、途中で出ても良かった。映画の前半と後半が逆に頭にインプットされることになるが、それでも簡単に頭の中でストーリーが再構築出来、時間の節約も出来、それが半ば当たり前だった。アメリカの映画館(シネコンとは五つ以上のスクリーンがある映画館をいうそうだ)。 ボクなんか仕事中に2時間ほど待ち時間が出来ると何時もそうして時間を潰したものだった。だから映画は実によく観た。テレビでやっている日曜洋画劇場とか金曜ロードショウなどで放映される映画は殆ど観たものばかりだ。それでも面白い映画はもう一度観るようにしている。単にストーリーを追うのではなく役者の演技や場面構成を見直すのだ。出来れば台詞を吹き替えていない方が良いのだがそうも行かないのが残念だ。字幕スーパーを読むのが面倒で読みにくいという大方の人の為には商業ペースから言えばその方が良いのは決まっている。台詞を吹き替えていないメリットは臨場感が違うということだ。シネコンでは多くの映画の中からどれかを選んでチケットを買って上映時間を待つ。 言葉が分からなくても雰囲気は確かにその方がピッタリと合っている。英語(イギリスとアメリカとでは少し違うが)は当然ながら、フランス語やドイツ語、イタリー語、スペイン語、ロシア語、中国語は簡単な会話なら今時の人々なら理解出来るのではないだろうか。挨拶や日常会話なんてものはペットでも分かる時代なのだ。専門用語は別として難しく考えると話せないが、空気のようなものだと思えれば何とか分かるものである。映画の台詞は難しくすれば観客が付いてこないのだ。芝居や演劇も同じだ。一種のプロパガンダなのだから簡単な言葉の羅列で成り立っていて元々が大衆演劇から始まったものだけに台詞は簡単なのだ。シネコンのチケット・カウンターとロビー天井(映画館だから暗くしてある?)。 目的は相手に簡単に伝えることだから無言劇でも良かったのが次第に台詞が入って来たのである。パントマイムや音楽を見れば、台詞という言葉ではなく目や耳で伝える言葉以前の言葉であることが分かる。日本の能の仕舞は演劇の究極の姿だといわれるが、あれも実に簡単な言葉の羅列と簡単な動きの仕舞の姿だけで成り立っていて大道具は勿論なく小道具も殆どない。ボクは観世流謡曲を少しかじった程度だが、最初は難しく考えていたのだったのが言葉が簡素化されたもので仕舞の動きも歌舞伎の見栄のようなもので言わば型にはまったものだと分かってからは気楽に接することが出来るようになった。シネコンのロビーで待つ観客達(この待つというのがボクは嫌いなのだ)。 あれは無限に近い時間の引き延ばしを表現する手段の芝居なのだ。その元は神への奉納劇(神楽)から派生し、歌舞伎も文楽も神楽から派生したものだっただけに、後に映画という手段が発明され輸入された技術が殊更難しいものに成る筈がないのである。それを小難しく表現しようとし原点を忘れて全く異質なものを作ろうとするのはナンセンスである。人間と神との対話というのは「今、神様に今ご報告申し上げているのだ」と観ている人々に分からせる為のゼスチャーだから言葉は要らないのである。祝詞(のりと)にしても祈願の文言にしても明瞭な言葉で言わなくても口の中でモゴモゴと声を発するだけで良い。マレーシアのテント・シネマ風景(熱心に観る観客達の目は素朴だ)。 神様には気持ちだけで伝わっているので、モゴモゴでは伝わらないのではと心配する必要はない。何か言っているなと分かるだけで良いのである。観ている側こそが大衆であり大衆の気持ちこそが神様の心なのである。つまり何でも大衆が望む方向こそが神の指し示す道だと思えば新興宗教の勃興も納得出来る。ところが、既にキリスト教を始め、仏教も回教も優れた教義が出来上がっていてそれを覆すだけのものでないと人々は付いて行かない。だから新興宗教は騙しや誤魔化し、更には催眠術や薬物まで使って信徒を引っ張ろうとする。そこにカルト集団が生じる隙が出来るのである。狂信的になった信徒には恐ろしいものは何も無い。「世界の明日はどうなる?」という恐怖を売り物にすれば当たるという目論見だ。 彼等は教祖の言うことには命まで捧げようとするのだから第三者にはどうしようも無い。日本ではオーム真理教というカルト集団が地下鉄サリン事件を起こして世界を驚愕させた。そのことを観ても分かる通り、カルト集団を抑えるには法律による強制力だけしか市民には自衛手段はなく、一方では新興宗教というものに簡単には頼れなくなるという危惧も持ち合わせることとなる。ちなみにキリスト教もそうだが、日本では鎌倉時代に勃興した新興宗教である各宗派(親鸞や日蓮など)は、やがて大教団となって今日まで続いているのだから新興宗教が一概に悪と決め付けることは出来ないのである。(つづく)
2009/11/08
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インターネット映画(3) 自宅でテレビを観ていて気に入った番組があると直ぐにCDに録画してしまう。だからCDが沢山溜まってしまう。1枚当たり4時間分も録画できるのに直ぐに一杯になってしまうのだ。どういう風なものを録画するのかと言えば内外の観光案内や寺院とか遺蹟、更には人間国宝の制作中の風景などである。短い物では10分程度のものや長いものでは1時間である。BSや地デジの液晶画面だから鮮明に映る。民放の場合はコマーシャルが入るから見苦しい点があるが取りあえず録画しておく。後で見直すつもりなのだが今のところどれも見直してはいない。CD-RWだから消して再度録画できるメリットがあるのでどんどん録画する。インターネット映画(懐かしい役者だが、彼はもうこの世には居ない)。 未だ一度も見直していないからどれも消していないのだが、要するに見直す時間が無いのだ。いづれ観る機会が訪れるだろうという読みで居るのだが今のところやりたいことが多くあり過ぎて観る間がない。多分、一種の気休めだろう。その代わり映画は録画しない。そこまでやればキリがないからだ。もし見たくなれば借りてくるか購入すれば何時でも観られるのだ。正月休みでもゴールデン・ウイークでも観なかった。テレビの前でジッと録画や映画を観ながら菓子類を食べていると不健康に肥るからしないのだ。雨が降っていなければガーデニングでもしている方が健康的で気休めにもなる。インターネット映画(懐かしいインディー・ジョーンズ)。 最近では年寄りの庭いじりに少し毛の生えた程度のガーデニングになってしまったが、それでも麦わら帽を被らないと日差しがきつい日もあって日焼けするぐらいだ。晩秋から初冬にかけてのポカポカ陽気は実に気持ちが良い。そういう時はインターネット映画なぞ観る気も起きない。天候が悪い日とか夜が向いているのだろう。それでも観れば面白い。ボクは京都(市内)で生まれ育ったから映画館が何十軒もあって小学時分から全部の映画館を観て来た。同級生と一緒に行ったりしたこともあった。帰りが遅いので母親達が心配して迎えに来たこともあった。街の子だから繁華街は平気で、映画は今で言うテレビのようなものだった。インターネット映画(「宇宙の果て」という映画があったのだ)。 今の子は何でも揃っていて結構なことだと想うのだが、実際はそうでもないらしい。クリエイティヴなことが出来ない環境になっているからだという。どういう意味かと言うと、何でも揃っていると素朴な遊びを知らないが故に原理的なことが分からなくなるのだそうだ。原理的というのは力学や熱力学に結びつく遊びで、ターザンごっことか冒険ごっこやナイフを使う工作なぞで、ボクなんかはサイフォンの原理をホースを使っている内に勝手に見つけたし小屋を作っていて柱と梁の力学的関係を勝手に身体で覚えたりしたものだった。何でも危険だから親や教師がさせないのだという。だから鉛筆もナイフで削れないのだ。インターネット映画(自由の女神像が破壊されている・・・)。 ところが、テレビ・ゲームが上手いからと言ってコンピュータ技術者に成れる訳でもないのだが、今年の囲碁の名人は史上最年少(井山裕太・二十歳)で、5歳頃から親に買ってもらったコンピュータ囲碁で遊んだというから案外、才能を伸ばして行く方法としてはパソコンが役立つのかも知れない。映画もパソコン(コンピュータ・グラフィクスやその他の情報)で勉強できるから凄い映画を作るかも知れない。そう想えば楽しみでもある。時代に合った遊びが一番良いのかも知れない。だから一概に原始的な遊びばかりにこだわることも無いのかも知れないとも想える。そういうボクだって年齢の割にはパソコンで遊んでいるのだからボケ防止には良いのだろう。インターネット映画(地球温暖化?不都合な真実・・・詰らない映画だった) 要するにボク達六十代の世代は何でも新しいものが出来る過渡期だったから(人工衛星が飛び、ガガーリンを出迎え、パソコンが普及し、様々な家電製品も普及し、テレビはブラウン管から薄型壁掛けになり、カーナビが車に普及したり)古いものと新しいものとの両方が分かるのだ。だから懐古趣味という意味でなく古いものにはそれなりに良さもあり新しいものにも新しい良さがあるのだから両方の良い面を取捨選択して生活に取り入れている。わざわざ映画館へ行かなくても自宅で映画が観られる時代が来るとは子供時分には考えたこともなかった。この先、益々科学文明が発達して便利にはなるだろう。しかし、そうなればノスタルジーが鎌首を持ち上げるのも人間社会なのだ。(つづく)
2009/11/07
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インターネット映画(2) ボクは映画は好きだが自分でつくりたいとは思わない。観る側のままで良いと思っているからだ。尤も、観るからには批評や評論は当然ながらする。つくる難しさを云々したところでそれは単なる弁解にしか聴こえないから泣き言は言わないことだ。どんな世界にも産みの苦しみはあるものだ。建築だって同じだ。それを殊更自慢げに言うなぞ芸術家や作家の風上にも置けないと思ってしまう。批判は甘んじて受ければ良いのだ。それで潰れる作家は偽物であったということだ。批評家は無責任なことばかり言うから真に受けて反論したところで相手は意に介さないだろう。言うだけ損という訳だ。それよりも次の作品に目を向けるべきだ。インターネット映画(アニメーション) ところで、日本映画を観て何時も想うのは、何と下手なことかということだ。役者も監督もカメラマンもだ。辛気臭いし暗いし動きも鈍い。ひょっとして日本人は映画には向いていないのではないかと想ってしまう。しかし、小津や黒沢なんかは時代のせいもあったのだろうが上手い作品を残している。何だ、それでは言うことが矛盾するではないかと反論が出るだろうが、そういう天才は別にして全体を見渡して日本人は下手くそだと想うのである。ボクの友人にドキュメント専門の映画監督が居るが、同じようなことを言ったことがある。勿論、当然ながら反論していたがボクの気持ちを覆すほどのものではなかった。インターネット映画(SF) その代わり日本人は先にも言ったように暗い映画は実に上手く作る。根がそうなのか、あっけらかんとしたネアカでは無いのだろう。ネクラというのは嫌な言葉だが正しくそのものズバリで生まれて来たようなものだ。だから喜劇も下手だし笑いやウイットの本質も知らないのかと想ってしまう。欧米のユーモアをそのまま導入すればバタ臭くなるから嫌みで白けるのも歴史が浅いせいだろう。赤毛ものを演じさせればまるで歌舞伎そのものに観えてしまう。観客は翻訳ものであると事前に理解した上で観るから納得しているが、舞台用のリアリズムが本当のリアリズムだと勘違いしているのではないだろうか。ボクに言わせればナンセンスな学芸会だ。インターネット映画(ゴッド・ファーザー) 例えばピエロなんか演じさせても悲しいばかりで本質が分かっていないのか笑いまでが悲しく泣き笑いになってしまう。ピエロの役割は、ヨーロッパの王侯が臣下に不信感を抱いているのを悟られないようにピエロにワザと嫌なことを言わせ、その反応を観て自分に忠誠・忠実であるかどうかを判断する為の一種のリトマス試験紙としての役割を演じさせていたのだ。臣下側にすればピエロよりも位が上だからピエロを捕まえて痛めつけようとする。が、それをさせない免罪符を王侯は与えて保護していた。それを人々から馬鹿にされる表面的な役割ばかりを観て、物悲しい仕草とおどけて見せる演技からピエロとはそういうものと思い込んでいるのだ。インターネット映画(中国もの) そう言えば、妻の友人に韓国ものにハマって、病(やまい)膏肓(こうこう)に入っている人が居る。「冬ソナ」以来、本場まで何度も行っている熱狂的なファンだが、何処がそんなに良いのかボクにも妻にも分からない。ファンとは有難いもので好きになるには理由なぞ不要だから幾らでも金を使ってくれるし、ドラマのストーリーに涙し、共に喜怒哀楽をしてくれるのである。そいうのは映画会社にとっても貴重な客だからガッチリと掴んで離さない。だから会社は儲け、次の作品を作れる。そのブームもそろそろ色褪せて来たのではないかと想うのだがインターネット映画では韓国ものが花盛りである。だからそういう情ものが嫌いなボクにとっては映画の選択肢が減ることになり大いに困る。インターネット映画(マリー・アントワネット) サスペンスものや探偵ものが好きなボクの希望通りには行かないことになる。「ミッシング捜査官」や 「名探偵ポワロ」や「メグレ警視」や「シャーロックホームズの冒険」など面白いドラマ映画が片隅に押しやられシリーズが直ぐに終わってしまうのだ。アメリカ以外の国の映画も数少ないがたまにやっているのを観ると面白い。フランス、イギリス、ドイツ、イタリーと欧州の主要国の作品も結構沢山作られているのに近場(韓国、中国)ものが幅を効かしているのである。粗製乱造という言葉通り安上がりに作って雑多に販売する作品が多すぎる。多分、買う方は安いので番組を賑わわせる為には好都合なのだろうが、全体のレベルを下げるという心配はしないのだろうか。(つづく)
2009/11/06
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インターネット映画 インターネットで映画やドラマを観ていると、画面はPCサイズだから小さいものの、記憶には映画館で観たのと同じサイズで残るから映画館で観たのと同じ感覚になる。だから大画面であろうと小画面であろうと中身の印象は変わらない。その代り、映画館の大画面は目が粗いので見苦しいのが気に掛かり、PCのデジタル画像の鮮明なのを観ていると映画館のが詰らなく想えてしまう。が、昔はあれで結構満足していたのだから慣れというものは恐ろしいというか技術力の優劣の差を殊更気にしてしまう今と違って、知らないということは案外素朴で大まかな気持ちで居られるものである。インターネット映画の一場面。 中には古いアナログ画面をデジタルに置き換えたもので画面の目の粗いままのものがあるが、それはそれでレトロな雰囲気があるから懐かしくて良い場合もある。何もかも明確に見せるだけが映画ではないが、肝心なものはハッキリと観たいし、どうでも良いようなものは粗くても良いと想うのは絵画の手法と同じである。つまり映画監督やカメラマンに絵心があるか無いかで画面構成が変わるのだろうが、名画と言われるものほどそれは上手く表現されている。だから現代の誰が撮っても簡単に鮮明に綺麗な画面が撮れるデジタル・カメラではその優劣よりも中身が問題になるのは当然だろう。 それが本当の映画なのだろうが、詰らないものでも安価で大量に世に出される作品(作品と呼ぶほどでもないものがある)は観るのも苦痛で直ぐに切ってしまう。よくもまあ、こんな詰らない映画を撮るものだと思えるものが余りにも多いのである。インターネットで観る作品の中でもたまには良い映画があったりすると得をした気分にもなれる。ドラマでもそうだ。シリーズもので良い作品だと次回が待ち遠しくなる。海外のテレビ・ドラマやテレビ用映画でシリーズものが放映されていて、以前にも印象に残ったもののコメントをしたことがあるが、最近も気に入ったのが数本あって結構楽しめるのは嬉しい。それに無料というのが良い。インターネット映画(FBI・ミッシング捜査スタッフ)。 最近ハマっている中の一つは、FBI捜査官の「ミッシング(行方不明者)」というシリーズものだ。なかなか人間模様が面白い。FBI捜査官というと映画では大体嫌われ役が多いが、このドラマでは主役だけに上手く好イメージを抱かせるように作ってある。FBIの宣伝映画のようなドラマだが知らない面が分かって興味深く観ている。それにスピーディーだ。最近の映画は実に展開が速い。モタモタしていると観客がブーイングするのを恐れる程気を使っているのが分かるし観ている方も頭の回転を速めないと見逃してしまいそうである。10年前の同じアメリカ映画と比較すると明らかに展開が速い。 物語の内容は昔も今もそう変わる訳でもないのだが、場面場面で退屈させないのだ。観客の考えよりも先を行く感じである。中には「ボクなら、こうするだろうな」と想った通りに展開するものもある。だから映画と自分との競争のような処があって、裏をかかれて違う展開になったりすると「やられた!」と想うこともある。平凡なストーリーでは観客は満足しないのだ。言わばすれっからしになった観客を如何に退屈させずに亦観させようとするには大変な努力と思考力が要求される。面白い映画は何度観ても面白い。脚本と監督と役者の三拍子が揃えば出来るのだろう。インターネット映画(かつて一世を風靡したマリリン・モンローのレトロ画像)。 ところが、それでも必ずしも成功するとは言えないものだけに大きなバクチである。最近は昔のように大金を掛けたから良い映画やヒット作品が出来るとは限らないから出資者も大変だろう。もっと大変なのは監督だろう。そういう意味では役者もその他のスタッフも大変な訳だ。観る方は、そんなことは関係ないから好きなことを言う。言われてポシャルのは本物ではない。それはどの業界にも言えることで、大変なことをやるには情熱が無ければ続かない。金も必要だが馬鹿にならなければ続かない。傍で観ていて「馬鹿じゃなかろか」という程のめり込んでいる当人は案外幸せなのだろう。好きなことをしているのだから続くのだ。(つづく)
2009/11/05
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最後の仕上げ いよいよ小学校の工事も大詰めになって、本体工事の最後となる非常階段(夫も数年間しか使わない屋外階段だが)の取り付け工事となった。今回の増築工事の建物の中には立派な幅広の階段が屋上のペントハウスまで付いていて、渡り廊下部分にも非常階段がついているので三つ目の階段になる。そんなに階段ばかり設置して無駄に想えるのだが、建築基準法では床面積に比例して一棟の建物には二方向の避難階段が必要になり、その内の一つが遮断して通れなくなる構造になれば別に設けよということになっている。つまり渡り廊下と屋外の非常階段は既に9月に防火区画の非常ドアで増築部分と遮断して学校側に引き渡しているから別棟の扱いになるのだ。最終工程の屋外階段工事(トラックから荷降ろしをしているところ)。 だから更に屋外の非常階段を設けることになる訳だが、法律というものはそういうものなのだ。無駄と分かっていても短期間でも法に抵触する部分があれば是正しなければならない。開け閉めできる非常ドアでも防火区画として渡り廊下と非常階段を増築部分と鍵を掛けて遮断してしまえば、そこには階段が一つしかない状態になるので、先々月に紹介した窓からの非常脱出シュートを既存建物に設けて二方向避難として消防検査を合格させている。しかし、先ず使うことはないだろう。そんな非常用具を出して誘導する間に非常階段を走って降りれば30秒もあれば地上へ出られるからだ。二方向避難の便宜的手続きということになる。それも法律ということである。現実的にはそういう無駄なことは多いものである。最終工程の屋外階段工事(組み立て工事が始まった)。 今回の非常階段は次の増築二期工事が完成し、引き渡されるまで使われるものだ。だから精々一、二年の寿命である。構造計算をして材料と施工の検査もして60年は軽く持ちこたえる頑丈な階段なのにスクラップにされてしまう訳である。そのまま残しておけば充分に機能的にも安全上も安心して使えるのだが役所は損得計算なぞ無く撤去させてしまう。それに増築二期工事の着工は来年の春以降のことになり別の設計事務所と建設会社が受注して設計・監理・施工をすることとなる。連続して同じところに発注しないシステムになっているのだ。それは役所と業者とが癒着関係にならないようにとの配慮だが実際は役人の身の保全手段でしかない。最終工程の屋外階段工事(ほぼ出来上がった状態)。 何故なら本来の公正な入札制度を実施し誰にも文句を言われない契約をして、設計・監理・施工が為されれば癒着関係なぞ発生しない筈なのだ。が、昔は市民の声が五月蠅くなかったのと役人のモラルも低かったから裏取引が為され癒着関係の言わばナアナア契約(随意契約)があったのだ。勿論、そこには酒と女と金の誘惑があった。役人はケチケチした生活をしているから業者の誘惑に弱く、バレなければ何でもОKという時代があったのだ。同じ政権が長く続くと組織は腐って来てモラルは低下し、若くて正義感に燃えた役人も先輩の流儀に流されて正義が分からなくなってしまう。昔からよくある話である。そして何時かは是正される時が経ては亦同じことを繰り返す。最終工程の屋外階段工事(取りつけ工事が終わって足場の解体作業が始まった)。 最近ではそういうことは珍しくなったが、今度は役人が神経質に成り過ぎて良い面までもが消えてしまった。一次工事と二次工事との業務連絡や申し渡し事項が伝わらなくなって業者も権限外のことには無関心になってしまったのだ。トータルに見渡せる立場の役人も不勉強と無関心から前後の関連なぞ自分には関係が無いという立場から、まるで人ごとのような見方で業務を処理してしまう。そこには関連性のある事柄は断絶したままなのだ。勿体ない話だが現在の役所仕事は全国的にそういう風になっていると言って間違いないだろう。民主党政権になった今、地方の役人も古い殻を打ち破って体質改善をしないと第2の夕張市になってしまうだろう。
2009/11/04
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結婚35周年 先月の末、ボク達夫婦の35年目の結婚記念日で食事会をしてきた。大阪の帝国ホテルにある中華料理屋でこの時期、上海蟹が美味いので予約しておいたのだ。香港でも台湾でも横浜中華街でも上海蟹は食べているが妻は一緒ではなかったのでそれを知らない。大阪で会計事務所をしていた彼女の親の郷里が四国高松なので多分彼女も幼少の頃にはワタリガニは食べているのだろうが、ワタリガニが上海蟹と同種であっても味は多少違うかも知れないし、旬の味というものは通が指定するぐらい微妙に美味なものだから選んだのだ。尤も、たまたま先月の初めにフランス料理に連れて行ってフォアグラを食べ「美味しいものネ」と矢張り初めて食べたような口ぶりだったので案外知らないのかと驚いたのだった。黄昏の帝国ホテル大阪の全景(行った時は既に日は暮れていた)。 これまでに何度も高級レストランや懐石料亭にも連れて行っているので恐らく忘れているだけのことだろうと思うのだが、逆に忘れるほど久しく行っていないのかと内心反省もさせられた。土曜なのに高速道路は空いていて30分ほどで着いた。レストランは23階にあって夜景が綺麗な席が取ってあった。眼下には大川が流れ、昼間なら桜の時期は川の沿岸一面が桜のピンクで覆われて綺麗な風景だろう。今時分は木々の緑もそろそろ紅葉に色づき始めているのだろうが真っ暗な風景に街灯が点在してるだけで、むしろ対岸の建物のネオンや灯りが川沿に並んで広がり、その向こうには高層アパート群が黒っぽく林立し無数の窓々に灯りが灯っているのが目立った。 車なので酒は飲めないと断って、ジャスミン茶で喉を潤しながら食べた。呑みたければ電車で来たのだが、行き帰りのことを想うとターミナルや乗り換え電車の面倒なのよりも車の方が遙かに楽で良い。それに季節の味を食すのに酒で舌を麻痺させるのも勿体ない気がしたのだ。それでも前菜の夫々の工夫した味付けには矢張り酒(紹興酒)が合うと想いながら食べた。次のフカヒレ・スープで身体が温まり、濃厚に味付けした牛肉の照り焼き風で満腹感が来たり、口直しのように貝柱の油いためを食すと、メインディッシュの上海蟹の味が薄れるのではと気にかかった。秋の味覚、上海蟹(食べるのが少々面倒だが、濃厚な味が美味だ)。 が、いよいよメイン・ディッシュがワゴンで運ばれて来て横で蟹の脚や甲羅を切って皿に並べてくれているのを観ていると更に食欲が出るのだった。そして矢張り旬の味だけあって上海蟹は濃厚な旨味があった。特に細くて平たい脚の身よりも甲羅の中のミソや脚の付け根の身が詰まった部分の方が味が濃く良かった。フィンガー・ボールで何度も指を洗いながらその都度食べて行くのだが鮮度の良い蟹の匂いが指に付いて、海老の場合は皮をむいても指の匂いは気にならないのに蟹はそれだけ強いのだ。食べ終わって熱いお絞りで何度も手を拭ったが、それでも尚匂うので再度新しいお絞りを貰って拭った。 中国人は食べ方が豪快でキャーキャーわーわー言いながら種や小骨を床にプイと飛ばしながら食べるから日本人から見ればお行儀が悪く観える。まさかそういう食べ方は出来ないので我々は静かに食べているが、本来は旬の食べ物はそういう風に食べる方が美味いのかも知れない。それに直に手で触れながら食べる料理なのだから上品も下品もないものだ。寿司なんかは手で取って食べる方が美味いし箸なんかでは味気ない。インド人はカレーをナン(パンの一種で薄く焼いたもの)に付けて矢張り指で取って食べる。それぞれ国によって食べ方は違い料理というものは舌だけで味わうものではないということだ。指も目も鼻も総てが味わいの要素なのである。帝国ホテル大阪からの夜景(足元に大川が観える)。 最後に焼き飯と数種の香の物が出て、デザートにマンゴーのプディング(プリン)で会食は終わった。ゆっくりとした食事だったので2時間近く時が経っていた。確か、先々月だったか、新しい工事現場の関係者の会食(宴会)で最初体調が悪かったのが美味しい料理で途中から持ち直して気分が良くなったように、今回も最初は体調が悪く気乗りしなかったのが途中から良くなって旬の美味を味堪能できて良かった。店から「ご結婚記念、おめでとうございます」と一輪のバラが妻に贈られた。そして記念写真を撮ってくれた。直ぐに出来上がりますのでとロビーで待っていると間もなく写真を持ってきてくれた。観れば35年目の夫婦が和やかな雰囲気で写っているのだった。
2009/11/03
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宇宙の果てという考え方(3) 建築家のスタートを切り始めていた青年時代、建築大学院生の友人が建築家のМという老教授を紹介してくれたことがあった。お蔭で折からの大学紛争で休講が相次ぐ中、彼の正法眼蔵(道元)の講座を社会人のボクは幸いにも受けるチャンスに恵まれた。数日間の集中講座の間、夜は教授とその取り巻き連中と一緒に祇園で呑むということもあってボクは仕事そっちのけで楽しんだものだった。単に呑むということが楽しいのではなく教授との打ち解けた対話でアカデミックな雰囲気に浸れることを楽しんだのだ。М教授は30年ほど前に亡くなられたが先年亡くなった建築家の黒川記章氏の恩師で大酒飲みで有名だった。ボクも同じ大酒飲みとして意気投合したのだった。曹洞宗(禅)永平寺の開祖、道元禅師。 丁度、ボクの処女作とも言える室町の呉服問屋の本社ビルを設計・監理し終わった頃で毎晩のように祇園を呑み廻っていた矢先だったから呑み仲間が多ければ多いほど楽しかった。酒呑みの心理として同好の志というものは単純だが酒を楽しむ相手なら誰とでも良いという雰囲気があって、ボクは特にあちこちで出逢った一見の相手でも気に入れば意気投合して一緒に呑み明かすことがあった。後年、東京へ単身赴任している頃もそういうことがあって、矢張り或る大学教授と気が合い、新宿から荻窪まで呑み廻って最終電車で楽しく別れ、翌日自室で目を覚ますとクラッチバッグが無いので慌てたことがあった。 そのことは以前にも書いたことがあるので経緯は省略し結論を言えば、小田原警察で保管しているのが半月ほどしてから判明し、喜びいさんで受け取りに行ったのだった。預金通帳と印鑑と重要書類が入っていたので二週間ほど深刻に悩んだものだったが、幸せにも何時も神様が見守ってくれているのか困った時には何かの救いがある人生を歩んでいる。その感謝のお礼でもないが、小田原からの帰途、新宿の伊勢丹で妻の誕生日祝いを兼ねてイタリー製の高価なカメオを買って贈ったことがあった。呑んで失ったことを思えば安い買い物だと割り切ったのだ。神様がそういう風な気持ちに仕向けたのかも知れない。 ボクはそういう風に簡単に神様を引き合いに出すが、この世は人間のようなちっぽけな生き物だけでは神様の助けがなければ到底生きて行けないと信じているのだ。その神様は大きな存在で、宇宙全体を見守っていてくれているのだから宇宙の果てといえども神様が作った作品の内だから人間の手の及ばない処でも訳なく問題の処理をしてしまう。地球温暖化などと訳知りのような顔をして世の中を煽っている政治家連中には申し訳ないが裏に隠された陰謀があるに決まっているからへ理屈で誤魔化していてもボクは余り心配していない。成るように成るという気持ちで居るのだ。狩野元信《祖師図》「香巌撃竹:きょうげんきゃくちく」 さて、そんなことよりもそろそろ宇宙の果ての結論的説明に入らなければ想い出話に花を咲かせて時間を費やしていては読者をイライラさせるばかりだろう。だから先に述べたМ教授の正法眼蔵の講義内容で言えば、例えば人が月を指すのを観て、指そのものを観るのと指の前方の月を観るのとでは意味が違うという話をしてみよう。勿論、月を指されれば誰もが月を観るだろう。が、指された指と月を観比べるのではなく「月そのものをジッと観よ」と禅では言うのだ。言わば「月そのものに成りきって月を観よ、そうすれば月の気持ちになれる」というのである。では月の気持ちとは何だろう。 尤も、月は月である。しかし、水溜まりに映った月も、托鉢僧の鉢に溜まった涙に映る月も同じだとするのが禅の世界で言う月なのである。それが月の心であり観る者の本人の姿でもあるとするのである。月を観ることは自分が月に成りきるということであり、月が鉢に降りてきて本人と同化することである。それは世間一般では何を言っているのか訳が分からないという禅問答そのものに観えるだろう。が、その心が読めないと宇宙の果ての姿はとてもじゃないが観ることは出来ない。だからこそ例え話で説明するのである。別の例えでは、僧侶が庭を箒で掃除して石ころが箒に飛ばされて竹に当たり、カーンという音を立てるというのがある。 その森閑とした自然の中で発する竹の澄んだ音を聞いて俄かにその僧侶は自然界に置かれた自分の立場の役割を知り悟りの境地に入るのである(「香巌撃竹:きょうげんきゃくちく」)。それは受け手が毎日、自分はこの世で何を学んだのか、真理とは何か、自然(宇宙)とは何かを問い掛け、悶々と修行していたからこそ感じる瞬間だと教授は言う。そしておもむろに、道元が、師の如浄から聞かされたという詩「ティーティン、トンリャオ、ティーティン、トン・・・(滴丁東了滴丁東・・・)」を中国語で吟じるのである。教授は正に中国の天童山(道元が修行した寺)にチリン~チリン~と鳴り響く風鈴そのものに成りきっていた。ボクは今もその姿を想い出す。混沌(カオス)とした状態とは、何も無い、その存在をも否定する状態のことである。 もう分かって頂けたであろうか。宇宙の果ては「滴丁東了滴丁東」というようなイメージの漠たる観えないものでありながら感じさせる存在感そのものなのである。それを混沌(カオス)という言い方に替えても良いだろう。遥かかなたには水平線のようなゆったりと曲がった次元が在り、船の煙突や帆先が小さく見え始めたと想う間に次第に姿を現すような時空をイメージするのも良いだろう。しかし、そこには入道雲のような明瞭な形のものは何も観えないのだ。勿論船も無い。何も無い、空間そのものもない何も無い状態なのである。空間が無ければ時間も無い。絶対的な無の状態が在るであろうという状態なのである。
2009/11/02
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宇宙の果てという考え方(2) ボクに限らず、アインシュタインを好きだという人は多いだろう。しかし、中にはへそ曲がりな人が居て「彼が特殊相対性理論を打ち立てなければ原爆は生まれなかっただろうから、彼のことは好きになれない」というのをたまに聴く。それは誤った考え方で「車は多くの人を轢き殺すから、ダイムラー(ベンツ)やフォードが嫌いだ」というのと変わらない。美味しい刺身料理を食べながら「包丁は刺身を作れるが、人も刺し殺せるから刺身は食べない」という人は居ないだろう。そんな馬鹿な・・・と想う人は正常な考えの人だ。それなのにアインシュタインが好きになれないというのは数学物理の分からない人が言う言葉だ。間違った太陽系の概念図(どの惑星も近距離過ぎるのだ)。 つまり無知からくる短絡した考え方に過ぎないということで、家庭的には不幸だったが彼の偉いところは、時間の概念を変えたことだろう。それはやがて述べる宇宙の成り立ちとか宇宙の果てについての基本になることだ。ボクは彼の相対性理論の論文は読んだこともないし理解したこともないのだが、様々な解説書や手引書を読んだ限りでは「時間は場所(空間・次元)によって違う」ということで「空間は歪む」とか「光の速さは何処に居ても同じ」ということなどを学んだぐらいなものだ。だから簡単に言ってしまえば浦島太郎の現象は起こり得るということである。 もし、光の速さに近い乗り物で宇宙の彼方まで行って戻って来たなら、その人は戻って来た場所の人々を観て自分よりも老人になっているのを知るだろう。というのは、速い乗り物に乗れば時間の経つのが遅い為に、その分だけ歳をとるのも遅くなるということなのだが、現実にはそういう乗り物はないから精々、宇宙飛行士がマッハ(音速)の何倍かのスピードのロケットで宇宙空間を移動する度に数秒だけ長生きをするという程度だろう。時間の遅くなる実証は既に為され世界的に確認されているから我々凡人が心配する余地はない。 それよりも我々自身、宇宙ロケットよりも速い乗り物に乗って宇宙旅行をしていることを知らない人の方が多い。その乗り物は我々の住む宇宙船地球号のことで、365日と6時間掛かって太陽の周りを一周する猛スピードで回っているのだ。太陽までの距離は1億4,960万kmだから光速なら499秒(8.3分)掛かることになる。地球が太陽の周りを楕円形で周回している距離は約9億kmだから、光速なら3,000秒(50分)で回れるところを現実はその1万倍余の31,557,600秒、つまり365日と6時間掛けて回っているのだ。これはマッハ83.8(マッハ1は気温 15℃、1気圧 (1013 hPa) の空気中を340m/秒で進む速さ)という実に超スピードなのだ。アインシュタイン それほど速く回ってもなかなか行きつくことが出来ない広大な存在である太陽系を図式化して地球を直径1cmにして描けば、太陽との距離は実に117mにもなる。実に地球の直径の1万1千7百倍だ。だから宇宙の概念図の初歩である太陽系の図式の殆どの本には間違った表記がされているということになる。太陽の周りを最初に水星が、その次に金星が、そして地球が回り、その外側を火星、木星、土星、天王星、海王星が・・・と続くのだが、2006 年の国際天文学連合(IAU)会議で冥王星は地球よりも小さい(図式すれば3mmしかない)為に惑星の仲間からは外されてしまった。 それよりも太陽系の中心である太陽を描けば109cmにもなるのだ。木星なんか地球の11倍もあって地球から25kmも離れていることになる。だから太陽系の図式は物凄く広大過ぎて幾ら大規模な建物でも入りきらないから概念図でしか表せないのだ。概念図はイメージとして分かれば良いだけのことだから頭の中で描けばどんなものでも観える筈である。しかし、宇宙の果てをその方法で描けば、常識的には分からないということになってしまう。何故なら誰も観たこともないのと元々何も無い処に太古にビッグバンという宇宙の大爆発があって現在も広がり続けているからだ。つまり何も無いという概念が分からなければ宇宙の果ても分からないということになるのである。 何も無いというので有名なのはインド哲学のゼロの概念だ。日本で言えば般若心経だろう。実に多くの無が出てくる。観自在菩薩行心般若波羅密多時(かんじーざい ぼーさつ ぎょうしん はんにゃーはーらーみったーじー)・・・と口ずさんで行くとボクなんか次第に心が落ち着いて来て無の境地になって行く。仏教の無は何も存在しない混沌とした状態を指し無我の境地になることをいう。だから気がむしゃくしゃする時は電車の中でも何処でも口の中でモゴモゴと般若心経を唱える。そうするとイライラが消えて行く。元来、無という混沌とした状態から生まれた我々には無は心の拠り所なのだろう。般若心経の教文。 つまり、縦、横、高さの認識でしか空間をとらえることが出来ない我々は、地球上の生き物の中で人間こそが万物の霊長(代表)と勝手に決めていて、そういう空間のとらえ方をし、在ると信じているだけのことなのかも知れない。実際は空間なんてものは幻想(まやかし若しくはバーチャル)であって実は何も無いのかも知れないのだ。だから既成概念的に宇宙の果てを想像するに、子供のようにその向こうには何が?と同様の物体を期待する目には何も観えないだろう。ガス状になっていたり、次元(空間)がねじれたり反対側と繋がっていたり何処まで行っても行き止まりが無い状態なのかも知れない。時間の概念も次元と同じく混沌としているのだろう。(つづく)
2009/11/01
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